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唯「はんてん!」
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/08(木) 23:50:59.69 ID:1X4h3hnhP [1/4]
平沢唯はどこにでもいる至極普通の女子高生だ
成績やギターの腕前は確かに平均的とは言えないものだが
その人生は平凡で逸脱したものでは無い
毎日大きな変化があるわけでなく、退屈ともとれる毎日
そんな暮らしの最中
彼女は道端で一人の老紳士に出会った
きっちりした身なりの老紳士は困った顔で口を開く
「いいところで人に出会えました。私の手助けをしてもらえないでしょうか・・」
「ひょっとして道に迷ってるとか・・?」
「いえ、実は車の燃料が尽きてしまったのです」
老紳士が指をパチリと鳴らすと、どこからともなくボールのようなカプセルが出現した
「うわっ な、なんですかコレ!?」
「実は私、未来からやって来た者でして・・・所謂タイムマシンという代物です」
いかにも胡散臭い物言いではあるが、唯はマシンを見て
老紳士の言葉を一点の疑いも無い真実と認める
2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/08(木) 23:53:16.56 ID:1X4h3hnhP
「す、凄い・・・・!」
「そこで頼みたいことがあるのですが」
「でもでも、私ガソリンなんて持ってないし・・・」
それを聞くと老紳士は少し笑い声を漏らした後
口髭を撫でながら言う
「この機械の燃料はガソリンではありません。髪の毛です」
「え?」
「いえ、本来は未来独自の特殊な燃料を利用するのですがその代替として髪の毛が必要なのです」
4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/08(木) 23:54:48.68 ID:1X4h3hnhP
突然女性に髪の毛を要求する人間に対して、警戒しない者はそうそういない
変質者にしか見えないし、何より髪は女性の命だ
少し顔を曇らせる唯を見て 老紳士は付けくわえた
「未来の人間とこの時代の人間では細胞の組織に幾らか違いが見受けられまして・・・」
「あなた達の髪一本で、とりあえず片道分の出力が保てるのです」
大真面目な顔で話す老紳士を見て、唯は一本の髪の毛を渡した
老紳士がタイムマシンのくぼみにそれをぽとりと落としたかと思えば
たちまちマシンは強い光を発しだす
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/08(木) 23:57:23.16 ID:1X4h3hnhP
「おー」
「ありがとうございます。なんとお礼をしたらいいか・・」
唯はお菓子でも頼もうかと思ったが
すぐに良心を発揮して お礼はいらないと答える
しかし老紳士は言う
「いえ何かお返しをせねば・・・そうですね、こんなものでよければ・・」
手渡されたのは小さな缶バッチ
絵柄は無く、鏡のように反射している
「これは・・?」
「それを付けていれば鏡の中に入ることが可能になります」
「え!ホント!?」
耳を疑うような効力だが 未来人が言うのだから間違い無い
そんな能天気な考えで納得した唯は使用法を聞くことにした
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:01:22.34 ID:XHxsnihXP [1/22]
「やり方は簡単です。それを付けて鏡に触れれば侵入できます」
「へー!」
老紳士は少し声を大きくし
これから言う事柄を忘れないようにと念押して続きを話す
「鏡の中は侵入した瞬間のまま時が停止しているので変化はおきません」
「また、鏡の中には生物はおらず完全な無人ですのでお好きなように行動してください」
「しかし現実世界の時間は進んでいるのであまり長居はなさらぬよう・・」
「といっても時間制限は御座いませんが、入った鏡からしか出られないので場所は覚えておくといいでしょう」
あらかたの説明を終えると老紳士は一礼し
タイムマシンのスイッチを入れる
目が霞むような閃光が走ったかと思えば あっさりと唯の目の前から消えていた
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:04:21.19 ID:XHxsnihXP [2/22]
唯はとりあえず試してみようと 公園に設置されている公衆便所へ向かった
鏡は酷く汚れていたが 問題は無いだろうと手を伸ばしてみる
「うわわわわ!?」
触れるや否や 体が鏡に吸い込まれていく
視界がぐるぐる回り 上も下も無くなって
ジェットコースターのような感覚に包まれた後
気付けば元のように鏡の前に立っていた
「びっくりしたぁ・・でも、ここはもう鏡の世界なんだよね?」
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:05:47.59 ID:XHxsnihXP [3/22]
周りを見れば確かに左右が反転している
遊んでいた子供達もおらず
まるで違う公園にいるかのような違和感
そして音が無い
誰もいない世界なので 音を立てる者も無く
自分の立てる足音だけが空気中に響く
「なんか怖いかも・・・」
時計を見ると 反転して見にくいが夕方の5時24分
入った時刻と同じだが 秒針は動いていなかった
老紳士の言っていたことが正しいとわかるや否や
唯は真っ先にコンビニへ向かった
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:07:12.18 ID:XHxsnihXP [4/22]
辿り着いたコンビニは自分で開くタイプのドアだ
もし自動ドアのコンビニだったら センサーは作動するのだろうか
そんな事を考えながらカゴに商品を入れ 出口の前でピタリと止まる
「待って待って!私何気なく凄いことしようとしているよ・・!」
こんなにも堂々と万引きをする度胸は
無人とわかっていても中々出せるものではない
現実世界なら犯罪なのだ
「や、やっぱり返しておきますねー・・・」
商品を棚に戻しながら今日はそろそろ戻ろうと考える
こうしている間にも現実世界は時を進めており
家では妹の憂が心配しているに違いない
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:09:10.14 ID:XHxsnihXP [5/22]
しかし帰る前に疑問がいくつか浮かび上がった
「もしこの世界の物を持ち帰ったらどうなるのかな・・・」
「それと、次この世界に戻った時に また元通りになってるのかな」
とりあえず前者の実験だけでも と道端に落ちていた石ころを掴んでポケットにしまう
こんな石ころなら誰も困るまい
その後公衆便所の鏡に触れ
あの回転するような感覚と共に現実世界に戻った
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:12:19.24 ID:XHxsnihXP [6/22]
「うぅー くらくらするよぉ・・」
外は来た時よりも大分暗い
目を回しながら公園の時計を見ると 5時55分
やはり時間は進んでいるようだ
「今度から腕時計付けないとね!」
「・・ってあれ?その腕時計も動くのかな・・・聞いておけばよかったよぉ」
その後ハッと思い出し ポケットに手を入れると
石は入っていない
空っぽだった
「じゃあ・・あっちの物は、あっちで使わないとダメなんだね・・・」
決まりごとの多い鏡の世界をどう利用するか
頭を使うのが苦手な彼女は思い悩むが、極力誰かの力は借りたくなかった
この力は共有するものではなく 独占するものだと
彼女は心の奥でうっすら感じていたからだ
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:15:33.30 ID:XHxsnihXP [7/22]
その後は実験の毎日だった
腕時計は動いたが 携帯電話は圏外
前回壊したり無くしたりした物も、一回出てまた入れば現実世界の位置に置かれている
反転していて当然漫画は読めない・・・ので新刊の立ち読みはできない
セルフタイマーで撮った写真を見ると
侵入している間は現実世界から完全に消えているらしい
16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:17:34.43 ID:XHxsnihXP [8/22]
実験中は何度も物を壊してみた
どうせ誰もいないし元に戻る
最初は抵抗があった万引きも 次第に当然のように行い始める
どうせ誰もいないし元に戻る
口喧嘩したあの子の教科書をビリビリに破いてみる
どうせ誰もいないし元に戻る
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:20:53.22 ID:XHxsnihXP [9/22]
結局この世界を有効利用するには 食糧庫として使用するか
職員室のテストの答えを覗き見たりするくらいしか浮かばなかった
別世界に入るという大層な能力だが 何ともせこい使用法しかない
しかし唯は割り切った
せこいなら とことんせこく使ってやろう
何をしようと 何を壊そうと 何を覗き見ようと
バレることは無いし
どうせ誰もいないし 元に戻る
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:26:51.08 ID:XHxsnihXP [10/22]
ある日の学校
唯は掃除当番として倉庫の掃除を任される
古い倉庫 大量の埃が宙を舞う
まともに掃除をしようとすれば相当の骨を折るだろう
「めんどくさいなぁ・・・」
ここで彼女は閃いた
鏡に入っても 外の時間は過ぎるんだから
中で隠れて終了時間まで待てばいい
せこい使い方だが彼女にとっては名案だった
「どうせ掃除したって意味無いよー」
倉庫にあった 埃を被った鏡に触れて
中の世界で遊びつつ
終了時間が過ぎたのを確認したら ひょっこり出てきて倉庫の扉を開ける
その後はあたかも掃除をした後の様に振る舞うのだ
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:30:15.68 ID:XHxsnihXP [11/22]
テストは連日満点を取ろうと思えば可能だった
大抵のテストは解答が控えてあるし
それを盗み見るのも簡単だ
簡単なのだが 流石に赤点常連の人間が100点を取り続けるのは不味い
疑われてもバレ無いだろうが いざこざが起きるだけ面倒であり
彼女はせこせこと平均以上の当たり障りの無い点数でやりくりしていった
もちろん解答を覗き見ている以上 立派なカンニングであるのだが
以前程気にすることは無くなった
また勉強する努力を失い 授業を聞く気もすっかり失せる
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:37:37.14 ID:XHxsnihXP [12/22]
平沢唯は軽音部に所属していたが 最近はすっかり練習に参加しなくなった
どうにも鏡の世界で遊ぶのが楽し過ぎるのだ
しかし部員が黙っているわけもなく 毎日今日こそはと部室へ連れて行こうとする
「唯ー、なんで来なくなっちゃったんだよー・・」
「あーごめんねぇ。最近忙しくて・・」
「それを教えてくれよ・・困ってるなら手伝うからさぁ」
「ほっといてよ・・・」
しつこく着いてくる部長を撒く為 急いでトイレの中に駆け込み手鏡に触れる
「こうすれば絶対見つからないもんね」
その後しばらくしたら再び戻り
走って学校から帰っていく
こんな日常が続いた
鏡は彼女の何かを変えた
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:40:46.32 ID:XHxsnihXP [13/22]
「今日はこのチョコレートとー」
「このショートケーキとー」
「このアイスも貰っていこうかなぁ♪」
罪の概念が存在しない無人世界で超時間過ごすようになると
自分の知らぬ間に変化が出始める
彼女は周りの悪事に対して無頓着になった
もし自分の友人が悪事に手を染めようとも 決して止めず
無言で見届けるだろう
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:42:09.29 ID:XHxsnihXP [14/22]
「このすき焼き屋さんで夕ご飯にしよーっと」
「憂にはご飯いらないって言っとかなくちゃ」
「明日はあっちのレストランにしよっかなぁ~」
ノーリスクで、手間を省きつつ高水準の物品を得るようになると
自分の知らぬ間に変化が出始める
彼女は周囲の善意に対して無頓着になった
もし自分の家族が手間暇かけて作った手料理を振る舞ってくれると提案しても
自分の好きな物で無ければ興味を示さないだろう
28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:42:53.50 ID:XHxsnihXP [15/22]
「あははーギー太のそっくりさんだー」
「どうせ元通りに戻っちゃうんだよね・・!」
「バラバラのギー太ー!バラバラのティーカップ!」
リセットを繰り返す、思い入れ無い世界で過ごしていると
自分の知らぬ間に変化が出始める
彼女は思い出に対し無頓着になった
もし自分の大切な楽器が直せる範囲で故障しても
新しい物に買い替えるだろう
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:44:27.85 ID:XHxsnihXP [16/22]
ある日の学校
彼女は再び掃除当番として 倉庫の掃除を任される
前回の掃除の成果がまったく見られないとされ
教師に目を付けられたようだ
「やっぱり、めんどくさいっていうか・・どうでもいいなぁ・・・」
最早彼女の瞳の中に 現実世界は見えていない
前と同じように鏡に手を触れ しばらくの自由時間を過ごすことにした
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:45:33.09 ID:XHxsnihXP [17/22]
教師が扉を開け 掃除の様子を見に来る
どうせまたサボっているのだろう
そんな予感は的中した
散乱した倉庫は埃で覆われており 全く清掃は行われていない
溜息を付きながら 教師は彼女の代わりに片付けを始めた
次会ったらしっかり指導せねば・・
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:47:50.44 ID:XHxsnihXP [18/22]
30分程遊んだ後 唯は再び倉庫の鏡に触れた
そろそろ掃除が終わる時間なのだ
すっかりサボった後であるにも関わらず 罪の意識など欠片も無い
どうでもいい
ぐるぐると視界が回り いつものように元の世界の元の位置へ
もうこの感覚にも慣れたものだ
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:49:00.63 ID:XHxsnihXP [19/22]
倉庫は元と同じように散乱して 埃塗れだった
自分が掃除しなかったから当然だ
わざと疲れた顔をしながら外へ出る
が
廊下に誰もいない
いやそれどころか 教室にも誰もいない
声も無い
音も無い
時間を誤って 少し長居し過ぎたか
否 腕時計はしっかり目的の時刻だ
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:51:36.06 ID:XHxsnihXP [20/22]
言い表せぬ不安が襲う
どう考えても普通じゃないので 再び鏡に触れてみる
ひょっとしたら外に出た気になっていただけかもしれない
風景がぐるぐる回り 元の立ち位置へ
しかし
相変わらず音が無い
どんなに静かな時間帯でも 学校で音が無いなどあり得ないのだ
何度も鏡に触れて移動してみるが
いくらやっても無音の世界
これではまるで
「どっちも・・鏡の世界みたい・・・」
「ううん・・間違い無い・・・出られないんだ・・・」
36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:53:46.65 ID:XHxsnihXP [21/22]
―――――――――――
教師は倉庫を片付けている最中
古い鏡を手にした
授業で配布していた小型の鏡だ
ダンボールに大量に詰め込まれたそれの内の一つが 外に放り出されていたのだろう
汚れているし もう使うこともあるまい
廃棄処分にでもせねば
そう思って鏡を手にし 鏡面を重ね合わせるように詰め込んだ
鏡を見て
教師はふとサボっている平沢唯のことを思い浮かべた
以前はもっと素直な良い生徒だったが
ここ最近はすっかり真逆な性格に変わってしまったようだ
まるで鏡にでも写したように
終わり
平沢唯はどこにでもいる至極普通の女子高生だ
成績やギターの腕前は確かに平均的とは言えないものだが
その人生は平凡で逸脱したものでは無い
毎日大きな変化があるわけでなく、退屈ともとれる毎日
そんな暮らしの最中
彼女は道端で一人の老紳士に出会った
きっちりした身なりの老紳士は困った顔で口を開く
「いいところで人に出会えました。私の手助けをしてもらえないでしょうか・・」
「ひょっとして道に迷ってるとか・・?」
「いえ、実は車の燃料が尽きてしまったのです」
老紳士が指をパチリと鳴らすと、どこからともなくボールのようなカプセルが出現した
「うわっ な、なんですかコレ!?」
「実は私、未来からやって来た者でして・・・所謂タイムマシンという代物です」
いかにも胡散臭い物言いではあるが、唯はマシンを見て
老紳士の言葉を一点の疑いも無い真実と認める
2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/08(木) 23:53:16.56 ID:1X4h3hnhP
「す、凄い・・・・!」
「そこで頼みたいことがあるのですが」
「でもでも、私ガソリンなんて持ってないし・・・」
それを聞くと老紳士は少し笑い声を漏らした後
口髭を撫でながら言う
「この機械の燃料はガソリンではありません。髪の毛です」
「え?」
「いえ、本来は未来独自の特殊な燃料を利用するのですがその代替として髪の毛が必要なのです」
4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/08(木) 23:54:48.68 ID:1X4h3hnhP
突然女性に髪の毛を要求する人間に対して、警戒しない者はそうそういない
変質者にしか見えないし、何より髪は女性の命だ
少し顔を曇らせる唯を見て 老紳士は付けくわえた
「未来の人間とこの時代の人間では細胞の組織に幾らか違いが見受けられまして・・・」
「あなた達の髪一本で、とりあえず片道分の出力が保てるのです」
大真面目な顔で話す老紳士を見て、唯は一本の髪の毛を渡した
老紳士がタイムマシンのくぼみにそれをぽとりと落としたかと思えば
たちまちマシンは強い光を発しだす
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/08(木) 23:57:23.16 ID:1X4h3hnhP
「おー」
「ありがとうございます。なんとお礼をしたらいいか・・」
唯はお菓子でも頼もうかと思ったが
すぐに良心を発揮して お礼はいらないと答える
しかし老紳士は言う
「いえ何かお返しをせねば・・・そうですね、こんなものでよければ・・」
手渡されたのは小さな缶バッチ
絵柄は無く、鏡のように反射している
「これは・・?」
「それを付けていれば鏡の中に入ることが可能になります」
「え!ホント!?」
耳を疑うような効力だが 未来人が言うのだから間違い無い
そんな能天気な考えで納得した唯は使用法を聞くことにした
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:01:22.34 ID:XHxsnihXP [1/22]
「やり方は簡単です。それを付けて鏡に触れれば侵入できます」
「へー!」
老紳士は少し声を大きくし
これから言う事柄を忘れないようにと念押して続きを話す
「鏡の中は侵入した瞬間のまま時が停止しているので変化はおきません」
「また、鏡の中には生物はおらず完全な無人ですのでお好きなように行動してください」
「しかし現実世界の時間は進んでいるのであまり長居はなさらぬよう・・」
「といっても時間制限は御座いませんが、入った鏡からしか出られないので場所は覚えておくといいでしょう」
あらかたの説明を終えると老紳士は一礼し
タイムマシンのスイッチを入れる
目が霞むような閃光が走ったかと思えば あっさりと唯の目の前から消えていた
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:04:21.19 ID:XHxsnihXP [2/22]
唯はとりあえず試してみようと 公園に設置されている公衆便所へ向かった
鏡は酷く汚れていたが 問題は無いだろうと手を伸ばしてみる
「うわわわわ!?」
触れるや否や 体が鏡に吸い込まれていく
視界がぐるぐる回り 上も下も無くなって
ジェットコースターのような感覚に包まれた後
気付けば元のように鏡の前に立っていた
「びっくりしたぁ・・でも、ここはもう鏡の世界なんだよね?」
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:05:47.59 ID:XHxsnihXP [3/22]
周りを見れば確かに左右が反転している
遊んでいた子供達もおらず
まるで違う公園にいるかのような違和感
そして音が無い
誰もいない世界なので 音を立てる者も無く
自分の立てる足音だけが空気中に響く
「なんか怖いかも・・・」
時計を見ると 反転して見にくいが夕方の5時24分
入った時刻と同じだが 秒針は動いていなかった
老紳士の言っていたことが正しいとわかるや否や
唯は真っ先にコンビニへ向かった
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:07:12.18 ID:XHxsnihXP [4/22]
辿り着いたコンビニは自分で開くタイプのドアだ
もし自動ドアのコンビニだったら センサーは作動するのだろうか
そんな事を考えながらカゴに商品を入れ 出口の前でピタリと止まる
「待って待って!私何気なく凄いことしようとしているよ・・!」
こんなにも堂々と万引きをする度胸は
無人とわかっていても中々出せるものではない
現実世界なら犯罪なのだ
「や、やっぱり返しておきますねー・・・」
商品を棚に戻しながら今日はそろそろ戻ろうと考える
こうしている間にも現実世界は時を進めており
家では妹の憂が心配しているに違いない
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:09:10.14 ID:XHxsnihXP [5/22]
しかし帰る前に疑問がいくつか浮かび上がった
「もしこの世界の物を持ち帰ったらどうなるのかな・・・」
「それと、次この世界に戻った時に また元通りになってるのかな」
とりあえず前者の実験だけでも と道端に落ちていた石ころを掴んでポケットにしまう
こんな石ころなら誰も困るまい
その後公衆便所の鏡に触れ
あの回転するような感覚と共に現実世界に戻った
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:12:19.24 ID:XHxsnihXP [6/22]
「うぅー くらくらするよぉ・・」
外は来た時よりも大分暗い
目を回しながら公園の時計を見ると 5時55分
やはり時間は進んでいるようだ
「今度から腕時計付けないとね!」
「・・ってあれ?その腕時計も動くのかな・・・聞いておけばよかったよぉ」
その後ハッと思い出し ポケットに手を入れると
石は入っていない
空っぽだった
「じゃあ・・あっちの物は、あっちで使わないとダメなんだね・・・」
決まりごとの多い鏡の世界をどう利用するか
頭を使うのが苦手な彼女は思い悩むが、極力誰かの力は借りたくなかった
この力は共有するものではなく 独占するものだと
彼女は心の奥でうっすら感じていたからだ
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:15:33.30 ID:XHxsnihXP [7/22]
その後は実験の毎日だった
腕時計は動いたが 携帯電話は圏外
前回壊したり無くしたりした物も、一回出てまた入れば現実世界の位置に置かれている
反転していて当然漫画は読めない・・・ので新刊の立ち読みはできない
セルフタイマーで撮った写真を見ると
侵入している間は現実世界から完全に消えているらしい
16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:17:34.43 ID:XHxsnihXP [8/22]
実験中は何度も物を壊してみた
どうせ誰もいないし元に戻る
最初は抵抗があった万引きも 次第に当然のように行い始める
どうせ誰もいないし元に戻る
口喧嘩したあの子の教科書をビリビリに破いてみる
どうせ誰もいないし元に戻る
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:20:53.22 ID:XHxsnihXP [9/22]
結局この世界を有効利用するには 食糧庫として使用するか
職員室のテストの答えを覗き見たりするくらいしか浮かばなかった
別世界に入るという大層な能力だが 何ともせこい使用法しかない
しかし唯は割り切った
せこいなら とことんせこく使ってやろう
何をしようと 何を壊そうと 何を覗き見ようと
バレることは無いし
どうせ誰もいないし 元に戻る
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:26:51.08 ID:XHxsnihXP [10/22]
ある日の学校
唯は掃除当番として倉庫の掃除を任される
古い倉庫 大量の埃が宙を舞う
まともに掃除をしようとすれば相当の骨を折るだろう
「めんどくさいなぁ・・・」
ここで彼女は閃いた
鏡に入っても 外の時間は過ぎるんだから
中で隠れて終了時間まで待てばいい
せこい使い方だが彼女にとっては名案だった
「どうせ掃除したって意味無いよー」
倉庫にあった 埃を被った鏡に触れて
中の世界で遊びつつ
終了時間が過ぎたのを確認したら ひょっこり出てきて倉庫の扉を開ける
その後はあたかも掃除をした後の様に振る舞うのだ
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:30:15.68 ID:XHxsnihXP [11/22]
テストは連日満点を取ろうと思えば可能だった
大抵のテストは解答が控えてあるし
それを盗み見るのも簡単だ
簡単なのだが 流石に赤点常連の人間が100点を取り続けるのは不味い
疑われてもバレ無いだろうが いざこざが起きるだけ面倒であり
彼女はせこせこと平均以上の当たり障りの無い点数でやりくりしていった
もちろん解答を覗き見ている以上 立派なカンニングであるのだが
以前程気にすることは無くなった
また勉強する努力を失い 授業を聞く気もすっかり失せる
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:37:37.14 ID:XHxsnihXP [12/22]
平沢唯は軽音部に所属していたが 最近はすっかり練習に参加しなくなった
どうにも鏡の世界で遊ぶのが楽し過ぎるのだ
しかし部員が黙っているわけもなく 毎日今日こそはと部室へ連れて行こうとする
「唯ー、なんで来なくなっちゃったんだよー・・」
「あーごめんねぇ。最近忙しくて・・」
「それを教えてくれよ・・困ってるなら手伝うからさぁ」
「ほっといてよ・・・」
しつこく着いてくる部長を撒く為 急いでトイレの中に駆け込み手鏡に触れる
「こうすれば絶対見つからないもんね」
その後しばらくしたら再び戻り
走って学校から帰っていく
こんな日常が続いた
鏡は彼女の何かを変えた
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:40:46.32 ID:XHxsnihXP [13/22]
「今日はこのチョコレートとー」
「このショートケーキとー」
「このアイスも貰っていこうかなぁ♪」
罪の概念が存在しない無人世界で超時間過ごすようになると
自分の知らぬ間に変化が出始める
彼女は周りの悪事に対して無頓着になった
もし自分の友人が悪事に手を染めようとも 決して止めず
無言で見届けるだろう
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:42:09.29 ID:XHxsnihXP [14/22]
「このすき焼き屋さんで夕ご飯にしよーっと」
「憂にはご飯いらないって言っとかなくちゃ」
「明日はあっちのレストランにしよっかなぁ~」
ノーリスクで、手間を省きつつ高水準の物品を得るようになると
自分の知らぬ間に変化が出始める
彼女は周囲の善意に対して無頓着になった
もし自分の家族が手間暇かけて作った手料理を振る舞ってくれると提案しても
自分の好きな物で無ければ興味を示さないだろう
28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:42:53.50 ID:XHxsnihXP [15/22]
「あははーギー太のそっくりさんだー」
「どうせ元通りに戻っちゃうんだよね・・!」
「バラバラのギー太ー!バラバラのティーカップ!」
リセットを繰り返す、思い入れ無い世界で過ごしていると
自分の知らぬ間に変化が出始める
彼女は思い出に対し無頓着になった
もし自分の大切な楽器が直せる範囲で故障しても
新しい物に買い替えるだろう
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:44:27.85 ID:XHxsnihXP [16/22]
ある日の学校
彼女は再び掃除当番として 倉庫の掃除を任される
前回の掃除の成果がまったく見られないとされ
教師に目を付けられたようだ
「やっぱり、めんどくさいっていうか・・どうでもいいなぁ・・・」
最早彼女の瞳の中に 現実世界は見えていない
前と同じように鏡に手を触れ しばらくの自由時間を過ごすことにした
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:45:33.09 ID:XHxsnihXP [17/22]
教師が扉を開け 掃除の様子を見に来る
どうせまたサボっているのだろう
そんな予感は的中した
散乱した倉庫は埃で覆われており 全く清掃は行われていない
溜息を付きながら 教師は彼女の代わりに片付けを始めた
次会ったらしっかり指導せねば・・
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:47:50.44 ID:XHxsnihXP [18/22]
30分程遊んだ後 唯は再び倉庫の鏡に触れた
そろそろ掃除が終わる時間なのだ
すっかりサボった後であるにも関わらず 罪の意識など欠片も無い
どうでもいい
ぐるぐると視界が回り いつものように元の世界の元の位置へ
もうこの感覚にも慣れたものだ
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:49:00.63 ID:XHxsnihXP [19/22]
倉庫は元と同じように散乱して 埃塗れだった
自分が掃除しなかったから当然だ
わざと疲れた顔をしながら外へ出る
が
廊下に誰もいない
いやそれどころか 教室にも誰もいない
声も無い
音も無い
時間を誤って 少し長居し過ぎたか
否 腕時計はしっかり目的の時刻だ
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:51:36.06 ID:XHxsnihXP [20/22]
言い表せぬ不安が襲う
どう考えても普通じゃないので 再び鏡に触れてみる
ひょっとしたら外に出た気になっていただけかもしれない
風景がぐるぐる回り 元の立ち位置へ
しかし
相変わらず音が無い
どんなに静かな時間帯でも 学校で音が無いなどあり得ないのだ
何度も鏡に触れて移動してみるが
いくらやっても無音の世界
これではまるで
「どっちも・・鏡の世界みたい・・・」
「ううん・・間違い無い・・・出られないんだ・・・」
36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/04/09(金) 00:53:46.65 ID:XHxsnihXP [21/22]
―――――――――――
教師は倉庫を片付けている最中
古い鏡を手にした
授業で配布していた小型の鏡だ
ダンボールに大量に詰め込まれたそれの内の一つが 外に放り出されていたのだろう
汚れているし もう使うこともあるまい
廃棄処分にでもせねば
そう思って鏡を手にし 鏡面を重ね合わせるように詰め込んだ
鏡を見て
教師はふとサボっている平沢唯のことを思い浮かべた
以前はもっと素直な良い生徒だったが
ここ最近はすっかり真逆な性格に変わってしまったようだ
まるで鏡にでも写したように
終わり
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