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紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」 後編
紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」 前編
の続き
の続き
168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:20:31.88 ID:Iof5d2+a0
【平成22年 11月26日】
この日、唯ちゃん達は音楽室に来なかった。
斎藤に渡されたチョコレートケーキは安全に食べられるものだった。
でも、それじゃダメだった。
だから、私はまた梓ちゃんの目の前でそれを落とした。
今度はわざとだとわかるように、これ見よがしに落として、爪先で踏んだ。
梓「ちょ、ちょっと何してるんですか」
梓ちゃんは慌ててしゃがんで箱を開けた。
梓「あぁ、これもう食べられないじゃないですか」
紬「梓ちゃん」
梓「はい?」
紬「昨日チョコレートがいいって言ってたから持ってきたの」
169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:26:03.82 ID:Iof5d2+a0
梓「それはわかりますけど、でもこれじゃ……」
紬「食べたくないの?」
しゃがんで私を見上げる梓ちゃんの目に、少しずつ怯えの色が広がる。
梓「……言ってる意味がわかりません」
紬「私、お茶淹れるね」
私は梓ちゃんを放って、お茶の用意を始めた。
170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:32:58.63 ID:Iof5d2+a0
机の上にティーカップを並べて、梓ちゃんからケーキの入った箱をパッと取ると、私は箱ごと梓ちゃんの席の前に置いた。
紬「座って。お茶にしよう?」
梓ちゃんは愛想笑いを浮かべながら言った。
梓「ええと、すいません、どうつっこんだらいいんですか?」
私は笑い返した。
紬「ふざけてないよ」
梓「って言われても」
紬「ねえ、早く食べようよ」
梓ちゃんは渋々席につき、お茶を啜った。
紬「ケーキは食べないの?」
梓「……はい」
紬「どうして?」
梓「ムギ先輩が落としたから……」
梓ちゃんは伏し目で答えた。
173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:37:44.44 ID:Iof5d2+a0
紬「いらないの?」
梓「……いりません」
紬「食べてよ」
梓ちゃんは顔を上げた。
そこに不安が水彩絵の具みたいに滲む。
梓ちゃんは、自分が悪意を向けられている事に気付き始めたみたい。
梓「なんで……」
梓ちゃんからしてみれば、それは突然で、不可解だったはず。
私には突然ではなかったけど、不可解なのは同じだった。
梓「ムギ先輩、私、何か失礼なことしました?だったら謝りますから……」
紬「怒ってないよ」
梓「怒ってるじゃないですか」
紬「怒ってないわ」
梓「怒ってるじゃないですか!」
梓ちゃんは声を荒げた。
それから目に涙を溜めながら言った。
梓「何かあるならはっきり言ってください。じゃないと私、わからないです……」
174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:42:05.87 ID:Iof5d2+a0
何を言えばいいの?
私は梓ちゃんを大切な後輩だと思っているし、怒る理由なんて何もないのに。
紬「梓ちゃん落ち着いて。怒ってないよ」
梓「でも」
紬「ほら、早くケーキ食べないと」
梓ちゃんは箱をじっと睨んだ。
それから観念したように、箱の中に飛び散ったチョコレートケーキを指先で摘み、口に運んだ。
そうすれば、私の怒りが収まると思ったのかな。
でも何度も言ったように、私は怒ってないんだよ。
こんな事をさせる理由も、自分でよくわかってないの。
梓ちゃんはケーキを飲み込むと、私の方を見た。
私は何も言わずに手の平を見せて、全部食べるように促した。
175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:48:03.22 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんはケーキを手でかき集めて口に入れ、それを飲み込むと、口の周りをチョコレートで汚したまま鼻をすすった。
私はその一挙一動を、両手で机の上に頬杖をつきながら、しげしげと眺めた。
梓「……食べましたよ。これでいいんですか」
私は笑顔でそれに答えると、梓ちゃんから視線を外して、参考書を開いた。
梓ちゃんは啜り泣きながら、流し台で手を洗った。
それからギターをケースにしまい、バッグを肩にかけて、
梓「お疲れ様でした。失礼します」
と言って、部室から出ようとした。
紬「梓ちゃん待って。一緒に帰ろう?」
梓ちゃんは立ち止まったけど、私の方を見ようとしなかった。
176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:51:06.63 ID:Iof5d2+a0
私は帰る準備をして、ハンカチを用意した。
紬「お待たせ~。じゃ、帰りましょう」
私は梓ちゃんの涙を拭いながら言った。
梓「ごめんなさい……」
いくら拭っても、梓ちゃんの瞳は涙を運んだ。
紬「泣かないで梓ちゃん」
梓「ごめんなさい……」
梓ちゃんはしゃくりあげながら、何度も私に謝った。
私は梓ちゃんの手を取り、音楽室を出た。
帰り道、私達は言葉を交わさなかった。
177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:54:54.34 ID:Iof5d2+a0
家に着くと、私は梓ちゃんに電話をかけた。
梓ちゃんはすぐに出てくれた。
梓「はい……」
かすれた声が受話口から聞こえた。
紬「梓ちゃん、ごめん」
梓ちゃんは答えない。
紬「酷いことしてごめんなさい……」
鼻をすすり、梓ちゃんは私に訊ねた。
梓「なんで?なんであんな事させたんですか……?」
今度は私が無言になった。
178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:57:59.17 ID:Iof5d2+a0
梓「昨日せっかくムギ先輩と仲良くなれたと思ったのに……何でですか……?」
紬「ごめんなさい……」
私にもわからないの。
でも、今謝ってるのは本当に悪い事をしたと思ってるからだよ。
梓「いたずら……ですか?」
紬「そう、かも」
体のいい理由を梓ちゃんが用意してくれたので、私はそれに乗っかることにした。
梓「やりすぎですよ……。私、ムギ先輩に嫌われたのかと思いました……」
紬「私が梓ちゃんを嫌いになるわけないじゃない」
梓「ならいいんですけど……ああいうのはもうやめてくださいね。本当にヘコむんですから」
紬「うん。ごめんね」
電話の向こうで梓ちゃんがはーっと息を吐いて、受話口からばたばたという音がした。
179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 12:01:05.30 ID:Iof5d2+a0
梓「良かったです。私、ムギ先輩に何か失礼なことしちゃったのかと思って色々考えちゃいました」
紬「ううん、私が悪いの。だから気にしないで」
梓「はい」
紬「じゃあ梓ちゃん、また明日ね」
梓「はい。失礼します」
そこで私達は電話を切った。
私の左耳は、また暖かくなった。
私はベッドに寝転んで、壁とにらめっこしながら考えた。
なんで私はあんな事をしたんだろう。
梓ちゃんが傷つくのはわかりきっていたのに。
梓ちゃんが傷つけば、私も悲しくなるのに。
その疑問に私の頭が全部持っていかれたおかげで、罪悪感は枕の横に置いたままになった。
200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:08:16.29 ID:Iof5d2+a0
それから一週間、唯ちゃん達も部室に通い続けた。
梓ちゃんが唯ちゃん達に何か言った様子はなく、いつも通りの時間が過ぎていった。
梓ちゃんも私がした事に言及してこなかった。
私だけがいつも通りじゃなかった。
私は音楽室に入るたびに、怖れと好奇心を募らせた。
みんなに知られた時の事を考えると身が竦む。
竦むのに、好奇心は堆積して私を隈なく覆っていく。
私はこっそり、音楽室の物置の内側の鍵を壊しておいた。
201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:16:43.93 ID:Iof5d2+a0
【平成22年 12月6日】
梓「今日はみなさん来ないんですか?」
紬「うん」
梓「そうですか」
そう言って、梓ちゃんは少し残念そうな顔をした。
みんなが来なくて寂しいの?
それとも私と二人でいるのが嫌なの?
梓「あ、でもムギ先輩と二人っきりなら、この前みたいに作曲の話ができますね」
私はそれに答えず、部室の物置を指差した。
紬「梓ちゃん、ちょっと取ってきてほしいものがあるの」
梓「なんですか?」
紬「物置の中なんだけど……」
梓ちゃんは不思議そうな顔をしながら、物置に入っていった。
203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:22:03.75 ID:Iof5d2+a0
梓「どれですか?」
紬「奥の方」
梓「うーん、散らかってて何がなんだか」
私は物置のドアを閉め、鍵をかけた。
梓「あっ、もう!いたずらしないでくださいよ」
私が何も答えないでいると、梓ちゃんは内側から軽くドアを叩いた。
梓「ムギせんぱーい、開けてください」
梓ちゃんはしばらくドアノブをガチャガチャと回した。
梓「はぁ……。ていうか内側にも鍵あるんですからね」
205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:29:56.81 ID:Iof5d2+a0
ドアの向こう側から鍵を外そうとする音が聞こえた。
梓「……ムギ先輩、開けてくれませんか?」
紬「嫌」
そう言った私の声は、自分でも驚くほど冷えきっていた。
梓ちゃんもそれを感じ取ったのか、声のトーンを変えた。
きっと、梓ちゃんは私がケーキを無理矢理食べさせた時の事を思い出したんだと思う。
梓「ムギ先輩、お願いします。開けてください」
紬「ダメよ」
梓「お願いします」
紬「梓ちゃん、私もう帰るね」
私はバッグを肩にかけて、音楽室を出ようとした。
梓「ちょ、ちょっと待ってください!もういたずらはしないって約束したじゃないですか!」
208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:36:13.65 ID:Iof5d2+a0
梓「待って!ムギ先輩待ってください!出してください!」
私は音楽室のドアに耳を当てて、梓ちゃんの声を聞いた。
梓「出して!お願いします!出してください!」
梓ちゃんは数分間叫び続けた後、急に静かになった。
静かにすれば私が戻ってくると思ったのかな。
梓ちゃんはしばらくしてから、さっきより必死に叫び出した。
梓「やだああああ!出して!助けて!!」
私はまたドアに耳を当てる。
梓「誰か!やだ!やだああっ!いやああああっ!!」
214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:44:27.34 ID:Iof5d2+a0
物置のドアを何度も叩く音が聞こえた。
それから一時間近く、梓ちゃんは泣き叫び続けた。
最後の方は声もほとんど掠れていたし、なりふりかまっていられないといった様子だった。
梓ちゃんが静かになって更に一時間くらいしてから、私は音楽室に入った。
物置のドアを開けると、梓ちゃんは泣き疲れたのか諦めたのか、抱えた膝に顔を埋めて座り込んでいた。
紬「梓ちゃん、帰ろう?」
私が声をかけると、梓ちゃんは力なく顔を上げた。
紬「ね、帰ろう?」
梓ちゃんはほっとした顔を見せると、ぽろぽろと涙を流した。
梓「はい……」
私は梓ちゃんの手を引いて、物置を出た。
216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:49:41.22 ID:Iof5d2+a0
家に着くと、私はまた梓ちゃんに電話をした。
紬「梓ちゃん、ごめんね」
梓「もういいです……」
紬「よくないよ。私、梓ちゃんのこと泣かせちゃったんだし。本当にごめんね」
梓ちゃんは涙声で言った。
梓「いたずらはしないって約束したじゃないですか……。狭いところは嫌だって言ったじゃないですか……」
知ってるわ。
だから閉じ込めたの。
紬「ごめんなさい」
梓「……私の事嫌いなんですか?」
紬「そんなことないよ。大好きだよ」
220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:55:03.72 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんはしばらく黙った後、ぽつぽつと言った。
梓「今日のことは忘れます。唯先輩達にも言いません。もちろん、憂にも純にも。だからムギ先輩も忘れてください」
紬「うん、ありがとう」
梓「それから、約束してください。もう意地悪しないって」
紬「うん。約束」
それからお互いを慰める言葉をいくつか掛け合い、私達は電話を切った。
私はお茶を淹れて一息つくと、梓ちゃんに「本当にごめんね。もう絶対に意地悪しないから」とメールを送った。
梓ちゃんは、「はい。ていうか忘れてくださいね。また明日部室で。おやすみなさい」とすぐに返してくれた。
そのメールを見て私は安心したけど、その気持ちも翌朝には綺麗さっぱり消えていた。
222 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:01:53.49 ID:Iof5d2+a0
この日から五日間、私は毎日梓ちゃんを物置に閉じ込めた。
梓ちゃんは抵抗したけど、私は力ずくで押し込めた。
二日目は特に激しく抵抗したから、私は梓ちゃんをぶった。
何度もぶつと、梓ちゃんは大人しくなった。
閉じ込められた梓ちゃんが泣き喚き、しばらくして私がドアを開け、手を繋いで帰る。
それから電話をかけて、私は梓ちゃんに謝って仲直りをする。
電話で交わす言葉数は少しずつ減っていった。
四日目で梓ちゃんは抵抗しなくなり、物置の中で啜り泣くだけになった。
梓ちゃんが泣くと、私は悲しくなった。
お願いだから、泣かないで。
お願いだから、「どうして」なんて訊かないで。
五日目、私は梓ちゃんに「泣いたら絶対に出してあげない」と言った。
梓ちゃんはそれに従ってくれた。
私の好奇心は確実に梓ちゃんの重荷になっていたはずなのに、梓ちゃんはこの事を誰にも話していなかったらしく、唯ちゃん達は普段と変わらず私に接してくれていた。
227 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:08:56.28 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 10月28日】
律「かんぱーい!今日もお疲れー!」
りっちゃんの音頭で、私達は缶の蓋を開けた。
唯ちゃんとりっちゃんはゴクゴクとお酒を喉に通し、澪ちゃんはちびちびと飲んだ。
私はみんなが飲み始めたのを確認すると、ゆっくりと缶につけた。
時計は10時を回っていて、テレビは何度目かわからないくらい放送した映画を流している。
筋肉質な男がテロリストに占拠されたビルに取り残される、有名なアクション映画。
澪「この映画って最後どうなるんだっけ」
律「え?テロリストやっつけて終わりだろ」
澪「そりゃそうだけどさ、どういう流れだったかなーと思って」
唯「どうだったかなー?何回も見たけど忘れちゃったよ」
228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:15:17.19 ID:Iof5d2+a0
私はみんなほどテレビも映画も見ていなかったけど、この映画のラストは覚えていた。
結局テロリストは思想家でもなんでもない、ただのこそ泥。
敵のボスは死闘の末、哀れビルから転落。
律「流れなんてどーでもいいって。悪い奴は最後死んで地獄に落ちるの!」
唯「そうなの?」
律「そう!」
唯ちゃんがりっちゃんに笑顔を向けて言った。
唯「じゃああずにゃんは悪い事してないからいなくならないね~」
りっちゃんは、しまったという顔をして、澪ちゃんに目配せして助けを求めた。
澪ちゃんもどうしていいかわからず、苦手なはずのお酒をぐいっと飲んだ。
テレビから響くマシンガンの音がとても耳障り。
なんで男の人はこう乱暴なのが好きなんだろう。
230 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:19:34.08 ID:Iof5d2+a0
紬「かんぱーい!」
空気を変えるために、私は空気を読まずにわざと間抜けな調子で二回目の音頭をとった。
みんなもそれに続き、お酒は進んだ。
澪ちゃんがリモコンのボタンを押してテレビを消したけど、今度は唯ちゃんも止めなかった。
律「おらー!澪飲め飲めー!」
りっちゃんが大袈裟に澪ちゃんに詰め寄った。
澪ちゃんはりっちゃんを小突いてそれをやめさせる。
唯ちゃんはそれを見て笑顔になる。
231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:22:57.11 ID:Iof5d2+a0
みんなお互いの胸のうちはよくわかっていた。
私はみんなの考えている事が手に取るようにわかったし、きっとみんなも私の事
をよく知ってくれている。
ひょっとしたら、私の知らない私の事も。
だから、いっその事みんなに聞いてしまいたかった。
「どうして私はこんな事を続けているの?」
梓ちゃんならきっと知っている。
私の気持ちは、私の手元にない。
全部梓ちゃんに叩きつけたから、もし梓ちゃんが棄てていなかったら、きっと今も梓ちゃんが持っている。
みんなが談笑を続ける一方で、私は時計が気になって仕方なかった。
さっき確認したばっかりなのに。
時計の針はほとんど進んでいない。
私はまた缶に口をつける。
スクリュードライバーはあんまり好きじゃない。
もっと甘いのが私は好き。
もっと甘いものを飲んで、食べて、それからもっと甘い曲を書くの。
中身を一気に飲み干して缶をテーブルの上に置いた時、私は唯ちゃんが時計に目をやっているのに気付いた。
唯ちゃんは時計から目を離すと、澪ちゃんと話しながら携帯電話に手を伸ばした。
232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:27:01.88 ID:Iof5d2+a0
【平成22年 12月12日】
私が音楽室に行くと、梓ちゃんは水槽の中でふわふわと泳ぐトンちゃんに向かって何か話していた。
紬「梓ちゃん、こんにちは」
梓ちゃんは私のほうを向くと、会釈だけをして、またトンちゃんに向かって何か呟き始めた。
紬「何のお話してるの?」
私は梓ちゃんの隣に行き、水槽を指先でつついた。
梓「いえ……」
と言って、梓ちゃんは目を伏せた。
紬「そっか、トンちゃんは知ってるんだもんね」
235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:31:16.29 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんが私の顔をじっと見詰めた。
紬「なあに?」
梓「今日もあそこに入ってなきゃいけないんですか……?」
梓ちゃんは物置をちらっと見て言った。
私は無視して訊ねた。
紬「梓ちゃん、トンちゃんの事好き?」
梓「……はい。好きです」
紬「じゃあ一緒にご飯食べよっか」
梓ちゃんは拳をきつく握りながら言った。
梓「わかりました」
237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:34:40.30 ID:Iof5d2+a0
私は梓ちゃんのティーカップにトンちゃんの餌を入れて、梓ちゃんに差し出した。
梓ちゃんは眉間にシワを寄せ、目に涙を浮かべながらそれを食べた。
紬「泣いたらダメだからね」
梓「はい。わかってます」
梓ちゃんの物分かりが急によくなった事に、私は疑問を抱かなかった。
梓ちゃんと二人っきりで音楽室にいると、得体の知れないものが私の心を支配して身体を動かし、そういう思考を奪った。
梓「食べ終わりました」
紬「うん」
私は梓ちゃんの頭を撫でた。
梓ちゃんはびくっと身体を震わせた。
それが気に入らなかった。
私は梓ちゃんの髪の毛を掴み、そのまま頭を机に叩きつけた。
240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:41:20.65 ID:Iof5d2+a0
梓「……っ」
梓ちゃんが抵抗してくれなかったから、私はすぐに止めた。
もう物置に閉じこめても、梓ちゃんは泣かない。
ああ、私が禁止してるんだっけ。
どっちでもいいわ。
何か他の事をしないと。
紬「梓ちゃん」
私は座ったまま椅子をひきずり、梓ちゃんのすぐ隣に行き、顔を近づけ、梓ちゃんの頬を触った。
柔らかい。
暖かい。
唯ちゃんが気に入ってる気持ち、何となくわかる。
梓ちゃんは唇を震わせながら、じっと私を見据えた。
243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:45:36.69 ID:Iof5d2+a0
紬「梓ちゃん、前に言ってたよね」
梓ちゃんは何も答えなかった。
そっか。そんなに私が嫌いなんだね。
紬「こういうのに憧れてるって」
私は梓ちゃんのおでこに唇を押し当てた。
梓ちゃんは、「ひっ」と声を漏らした。
私は一度梓ちゃんの頭をぶってから、今度は梓ちゃんの唇に自分の唇を重ねた。
カサカサに乾いた唇。
生臭い。
こんなのに憧れてるなんておかしいよ。
唇を離すと、梓ちゃんは私を突き飛ばす事もなく、膝の上で拳を丸めて微動だにしなかった。
紬「平気なの?」
梓ちゃんは小さく首を横に振った。
245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:49:33.35 ID:Iof5d2+a0
紬「嫌?」
梓ちゃんは黙ったまま首を縦に振った。
その拍子に、目から涙が溢れた。
紬「泣かないで」
私は梓ちゃんの足を蹴った。
梓「すみません」
梓ちゃんは急いで涙をごしごしと拭き取り、私に顔を向けた。
私はまた梓ちゃんに唇を重ねた。
梓ちゃんはぎゅっと目を瞑った。
私は目を開けたまま、梓ちゃんの唇を噛んだ。
248 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:02:25.88 ID:Iof5d2+a0
梓「……つっ……!」
梓ちゃんは声を漏らして痛みに耐えた。
私の口の中に、血の味が広がる。
おいしくない。
私はドラキュラじゃないもの。
おいしいわけない。
私は唇を離し、梓ちゃんに立つように言った。
梓ちゃんは机に両手をつき、私は梓ちゃんの後ろに回って制服のシャツの中に手を入れた。
私に、梓ちゃんに対する情欲があったわけじゃない。
恋愛感情もない。
梓ちゃんの事は大好きだけど、それは恋愛とかそういう事じゃない。
私はただ、梓ちゃんを可哀想な目に遭わせたかっただけ。
それだけの理由で、私は梓ちゃんの身体を触った。
でも梓ちゃんが可哀想になると、私の心は軋んだ。
骨が歪み、皮が千切れるんじゃないかと思うほど、辛かった。
249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:07:57.62 ID:Iof5d2+a0
紬「よかったね梓ちゃん。憧れてたんだもんね」
梓ちゃんは、ふっ、と息を吐いた。
暖房をつけていなかったから、それは白く立ち上ぼり、すぐに消えた。
私は梓ちゃんのスカートの中に手を入れ、下着を脱がせた。
それから私の指は、そっと梓ちゃんの脆いところに触れた。
梓ちゃんの呼吸が乱れた。
それは性感によるものではなく、泣くのを堪えていたからだ。
紬「泣かないで」
梓ちゃんの声が震える。
梓「泣いてません」
紬「泣いてるよ」
梓「泣いてません」
紬「嘘。泣いてるよ。私の指、梓ちゃんの涙で濡れてるもん」
梓ちゃんは身体を机に倒し、顔を隠しながら言った。
梓「……すみません」
252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:12:23.62 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんはいよいよ泣くのを我慢できなくなり、机の上に涙をこぼし、しゃくりあげた。
私は梓ちゃんの中に指を入れた。
梓「っ……く……」
梓ちゃんはまた声を漏らした。
太股に血が伝う。
紬「痛いの?」
梓「……は、い……」
紬「でも憧れてたんだよね?」
梓ちゃんは答えなかった。
254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:16:05.35 ID:Iof5d2+a0
紬「そうなんでしょ?」
私は梓ちゃんの中に埋もれた指を動かしながら言った。
梓「あ……っ。違い、ます……」
梓ちゃんは泣きながら言葉をひりだした。
紬「泣いちゃダメって言ってるのに」
私はまた指を動かした。
梓「いっ……た……痛、い……痛い…………」
紬「じゃあ痛くなくなるまで動かすから」
それから私は指を動かし続けた。
梓ちゃんは随分長いこと涙を流しながら、痛みに耐え続けてくれた。
255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:20:16.65 ID:Iof5d2+a0
窓の外の日が落ちて部屋が暗くなる頃、梓ちゃんの声色が変わった。
動物的なその声に、私は少し怯えながら指を動かした。
指先に当たる、梓ちゃんの子宮の入り口が気持ち悪い。
こんなに小さくて弱々しい身体なのに、子供を作る事はできるなんて、なんだか不思議。
いつもならみんなの笑い声と演奏だけで構成される部室の音景は、単調に展開する梓ちゃんの声だけになり、私はそれがとても嫌だった。
添加物をどっさり入れて作ったお菓子のような下品な声を出し続ける梓ちゃんの身体から、雌の匂いが撒き散らされているような気がして、私は顔をしかめた。
梓ちゃんは一際大きな声で鳴くと、がくりと膝から落ちた。
梓ちゃんから私の指は抜け、てらてらと光る指先に私は寒気を覚えた。
それから私は念入りに手を洗うと、泣きながら項垂れる梓ちゃんの腕を掴んで立たせた。
紬「帰ろっか」
梓「……はい」
258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:23:08.55 ID:Iof5d2+a0
冬の通学路に、人は疎らだった。
街灯は頼りなく揺れ、私と梓ちゃんを導く。
ごめんね街灯さん。
いくら照らしてもらっても、梓ちゃんは元気にならないの。
私が家に帰って電話をかけないと、梓ちゃんは元気にならないの。
不意に、指先に冷たいものが当たった。
紬「梓ちゃん、雪だよ」
梓ちゃんは俯いたまま。
紬「早く帰らないと風邪引いちゃうね」
259 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:26:52.22 ID:Iof5d2+a0
駅に着いて、私は梓ちゃんの手を離した。
バッグから消毒薬を取り出し、ティッシュを湿らせて、私が噛んだ梓ちゃんの唇に当てた。
梓「っ……」
紬「ちょっとだけ沁みるからね」
手当てを済ませても、梓ちゃんは私の顔を見てくれなかった。
紬「じゃあね」
梓ちゃんはようやく顔を上げ、目の周りを赤く腫らした顔で、毅然と言った。
梓「はい。失礼します。また明日」
260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:29:49.18 ID:Iof5d2+a0
家に着き、私は梓ちゃんに電話をかけた。
紬「梓ちゃん、ごめんなさい」
梓「はい」
紬「本当にごめんね……」
梓「大丈夫です。怒ってないです。私こそ泣いちゃってすみませんでした」
紬「私の事嫌いでしょ?」
梓「そんなわけないじゃないですか」
紬「大っ嫌いでしょ……」
梓「私は絶対にムギ先輩を嫌いになりません」
紬「梓ちゃん……もう酷いことしないから……。絶対にしないから嫌いにならないで……」
梓「なりません」
紬「……良かった」
私は安堵して、身体の力がふっと抜けてしまい、ベッドに倒れこんだ。
262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:34:23.85 ID:Iof5d2+a0
次の日からは毎日唯ちゃん達が部室に来たから、私と梓ちゃんが二人っきりになる事はなかった。
私はいつも通りに振る舞う事ができたし、梓ちゃんもいつも通りに接してくれた。
バレンタインには梓ちゃんがチョコレートケーキを持ってきてくれた。
梓ちゃんは私みたいに、箱を落としたりしなかった。
私達三年生は無事に大学に合格し、梓ちゃんのために曲を作る事にしたから、残りの高校生活も消化試合にはならなかった。
梓「アンコール」
卒業式の日、梓ちゃんはその曲を聴いた後、軽口を叩いてからそう言ってくれた。
この日梓ちゃんは泣いちゃったけど、私はそれを咎めなかった。
部活を引退したあの日、私の涙を拭ってくれたのは梓ちゃん。
梓ちゃんがいくら泣いても、私がそれを叱るなんて事があるわけない。
私の役目は、梓ちゃんを叱る事じゃなくて、涙を拭いてあげる事だもん。
263 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:38:30.83 ID:Iof5d2+a0
私達は部室を出る前に、写真を撮る事にした。
唯「どのへんで撮る~?」
さわ子「黒板があるんだし、そこに何か書いてみんなその前に並んだら?」
澪「あ、それいいですね」
律「最後の最後でさわちゃんもやっといい事言うようになったかー」
さわ子「ちょっと!私はいつもいい事言ってるでしょ!」
唯「ねえねえ、何て書く~?」
私はチョークをとり、黒板に文字を書いた。
『きっと、ずっと、いっしょ!』
それから唯ちゃんが星やハートマークを黒板にちりばめ、澪ちゃんがウサギを書き、りっちゃんは自分の立ち位置に「ぶちょう!」と書いた。
最後に梓ちゃんが放課後ティータイムのマークを書いて、私達は黒板の前に並んだ。
268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:56:55.38 ID:Iof5d2+a0
唯ちゃんを真ん中にして、その左側に澪ちゃんとりっちゃん。
右側には私と梓ちゃん。
誰かが言うでもなく、私達は手を繋いだ。
私は梓ちゃんの右手をぎゅっと握った。
でも、梓ちゃんは握り返してくれなかった。
唯ちゃんと繋いだ梓ちゃんの左手は、お互いにしっかりと握られている。
みんなにとって梓ちゃんは、本当に天使だった。
でも、もしかしたら梓ちゃんの目に、私は悪魔として映っているのかもしれない。
私はまた不安になった。
あの時のがっかりした梓ちゃんの顔が過る。
私はまた、梓ちゃんと二人っきりになりたいと思った。
273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:09:29.95 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 10月28日】
唯ちゃんは、時々携帯電話を弄りながら甘いカクテルばかりを飲み続けていた。
りっちゃんはいつもの調子で澪ちゃんを挑発し、それに引っ掛かった澪ちゃんと飲み比べを始めた。
りっちゃんは、
律「これはウーロンハイだから!」
と言いながらウーロン茶を飲み続け、澪ちゃんはひたすらオレンジを使ったカクテルを飲み続けた。
途中でりっちゃんの不正が発覚し、りっちゃんは買い置きの焼酎をラッパ飲みするハメになった。
11時を回る頃には、みんなかなりお酒も回っていた。
澪「唯~……唯は本当にいい子だよな~……」
りっちゃんはベッドの上で寝息を立て、澪ちゃんは首まで真っ赤にしながら唯ちゃんに甘えていた。
唯「もー、澪ちゃん飲み過ぎだよー」
唯ちゃんも相当ご機嫌になっていたけど、澪ちゃんほどじゃなかった。
澪ちゃんがこのテンションになった時は、大体三十分もしないうちにトイレに直行して、泣きながら戻すパターン。
274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:14:05.56 ID:Iof5d2+a0
澪「唯~、私、唯とバンド組めて本当に幸せなんだぞ」
唯「私もだよ澪ちゃ~ん」
私はその二人を眺めているだけでも楽しかったけど、やっぱり自分だけ酔えないのは寂しかった。
でもそのぶん、酔い潰れたみんなのお世話ができるからいいかな。
澪「ム~ギ~」
澪ちゃんは、今度は私にひっついてきた。
紬「きゃっ」
澪「ムギはほんっとうに、いい曲書くよね~」
紬「ありがと。でも澪ちゃん、それこないだも言ってたよ?」
澪「何度でも言うよ!私はムギの曲大好きだー!!」
紬「澪ちゃん、夜遅く騒いだらお隣さんに迷惑だからもうちょっと……」
唯「大丈夫大丈夫ー。ここ防音しっかりしてるから~」
私達がお酒を飲むと、この部屋はサーカス小屋みたいになる。
今まで苦情が来なかったという事は、本当にちゃんとした作りなんだんろうなぁ。
275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:18:37.81 ID:Iof5d2+a0
澪「ん、ムギ~」
澪ちゃんは私の膝に顔を埋めた。
紬「もう、澪ちゃん飲み過ぎよ~。お酒嫌いって言ってたのに」
澪「えへへ」
唯「澪ちゃんは甘えん坊だなぁ~」
ツッコミ役のりっちゃんがダウンすると、本当に収拾がつかなくなる。
澪「ムギ~」
紬「なあに澪ちゃん?」
澪ちゃんは顔を上げて言った。
澪「吐きそう」
いつもより大分早く、澪ちゃんの限界がきたみたい。
278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:23:08.02 ID:Iof5d2+a0
紬「澪ちゃん、トイレいこっか」
澪「う、うん……」
私が澪ちゃんの手をとると、唯ちゃんがそれを制した。
唯「あ、私が介抱するよ~」
紬「え?でも唯ちゃんも酔ってるでしょ?」
唯「私はまだ大丈夫だよ~」
紬「でも……」
唯「いざというときは私も澪ちゃんと一緒に吐きます!ふんす!」
紬「うーん……」
澪「は、早く……」
澪ちゃんの顔がみるみる青醒めていったから、私は問答を終わらせて唯ちゃんに任せる事にした。
279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:28:58.33 ID:Iof5d2+a0
紬「じゃあ唯ちゃん、お願いね。あとこれ、お水」
唯「はーい!ありがとー!ささっ、澪ちゃんいくよ~」
唯ちゃんは携帯電話をポケットに入れると、澪ちゃんを支えながらトイレに向かった。
少しして、トイレから澪ちゃんの戻す音が聞こえた。
私は新しい缶を開け、口の中を湿らせた。
どうやったらみんなみたいに酔っ払えるのかな。
私は缶を持ったまま、窓を開けてベランダに出ようとした。
律「全く、澪はしょうがないな~」
私はベッドに顔を向けて、窓を閉めた。
紬「りっちゃん、起きてたの?」
律「ん、今起きた」
282 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:33:22.27 ID:Iof5d2+a0
紬「澪ちゃんお酒弱いんだから、あんまり飲ませちゃダメだよ」
りっちゃんは私に背中を向けたまま答えた。
律「だってああでもしないと澪は飲まないじゃん。飲まないと酔えないじゃん」
紬「そうだけど」
トイレから澪ちゃんの泣き声が聞こえた。
澪「う、ううう……もうお酒なんてヤダ……ゆいぃ……」
唯「大丈夫だよ澪ちゃん!頑張って吐いて!」
287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:38:54.29 ID:Iof5d2+a0
紬「やっぱり飲ませたら可哀想だよ」
律「酔えないほうが可哀想だって」
またトイレから声が聞こえる。
唯「ほら澪ちゃん吐いて!吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー」
澪「それはお産のときの……うっ、お、おぇ……」
りっちゃんはまだ私に背中を向けたまま、訊ねてきた。
律「ムギは平気なの?全然酔っぱらってないじゃん」
私にはその質問の意味がわからなかった。
またトイレから泣き声が聞こえた。
澪「ふっ……う、う……ムギ……りつ……」
唯「澪ちゃん、ほら吐いて」
澪「あ……ずさ…………」
りっちゃんの背中が震えている事に、私はやっと気付いた。
291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:44:25.86 ID:Iof5d2+a0
澪「ふっ、う、うぅぅ……梓ぁ………」
唯「澪ちゃん飲み過ぎだよ~」
澪「……梓に会いたい……」
それから澪ちゃんは、大声で泣き出した。
防音のしっかりした部屋じゃなかったら、お隣さんに怒られちゃうところね。
唯「澪ちゃん、泣いたらあずにゃんに笑われちゃうよ~」
りっちゃんは枕で顔を隠しながら、身体を震わせた。
言葉を見つけられない私は、りっちゃんの肩を撫でた。
りっちゃんは
律「ごめん、今だけだから」
と言ってから、枕をぎゅっと握り、また身体を震わせた。
私は肩を擦りながら、あやす様に言った。
紬「りっちゃん、大丈夫。きっと飲み過ぎたのよ」
293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:51:24.13 ID:Iof5d2+a0
しばらくして、りっちゃんはまた静かに寝息を立て始めた。
澪ちゃんは泣き止まなかった。
時計に目をやると、もう11時30分を過ぎていた。
りっちゃんが眠った事にほっとして、私は泣き続ける澪ちゃんの様子を見に行こうと思い、部屋を出た。
私がトイレのドアノブに手をかける前にドアが開いて、唯ちゃんが出てきた。
唯「お酒買ってくるね」
紬「えっ?今から?」
294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:54:34.48 ID:Iof5d2+a0
澪ちゃんの泣き声が止んだ。
唯「今度は平沢セレクションで買ってくるよ~」
紬「でも、澪ちゃんもりっちゃんも潰れちゃってるし……」
唯「えへへ~澪ちゃんのことよろしく~」
そう言って唯ちゃんはふらふらと外に出ていった。
私がトイレを覗くと、澪ちゃんは泣き疲れて眠っていた。
私はそのままにしておいてあげたほうがいいと判断して、部屋に戻った。
ソファーに座り、クッションの感触を確かめてから、それを抱き締めた。
それからテーブルの上の缶を取り、口をつける。
私は座椅子を倒して、身体を横たえた。
左耳のピアスがかちゃんと音を立てて床に触れた。
視線の先にある物を見て、私は呟いた。
紬「唯ちゃん、財布置きっぱなし……」
309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:13:11.95 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 4月29日】
高校を卒業し、大学に入ると、私達はすぐに軽音サークルを探した。
でも最初に参加した飲み会で澪ちゃんが散々な目に合ったから、結局自分達でサークルを作る事にした。
その立ち上げ会議は、まだ家具の揃わない唯ちゃんの部屋で行われた。
律「んじゃとりあえず会長は私で」
澪「異議あり」
律「ええー?なんだよ、私じゃ嫌なわけー?」
澪「律が会長やったらまた申請とか忘れるだろ。高校の時は和が生徒会だったから良かったけど、大学じゃそうもいかないし」
律「大丈夫だって。大船に乗ったつもりで任せてもらおうか!」
澪「絶対氷山にぶつかるだろその船。信用できません」
律「なっ?それが大親友に言うセリフかよ!?」
澪「それとこれとは別」
310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:18:51.96 ID:Iof5d2+a0
紬「私はりっちゃんでいいと思うけど」
唯「私も~」
澪「ええ?じゃあ梓はどう思う?」
梓「えーっと……ていうかその前に……」
梓ちゃんはみんなの顔を見渡してから言った。
梓「なんで私がこの会議に参加してるんですか?」
313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:26:58.36 ID:Iof5d2+a0
みんなそれを聞いて不思議そうな顔をした。
律「いや、なんでと言われても」
唯「あずにゃんは会議嫌い?」
梓「そうじゃなくて、これみなさんのサークルを作る会議ですよね?」
澪「うん」
梓「なんで私が……」
憂「みなさん、お茶どうぞ」
お茶を運んできた憂ちゃんは、にこにこしながら座った。
律「だって梓も頭数に入ってるし」
梓「でも私、まだ高校生ですよ?それに高校の軽音部もありますし」
唯「えー?あずにゃんも一緒にサークルやろうよー」
315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:31:21.89 ID:Iof5d2+a0
梓「でも……」
梓ちゃんは私の顔をちらっと見てお伺いを立てるような表情をした。
私は笑顔を見せてそれに答えた。
紬「梓ちゃんも一緒にやろう?」
梓ちゃんは照れ臭そうな顔をした。
梓「私は……はい。構いませんけど」
律「まーったく梓は素直じゃないなー。卒業式の時なんて「卒業しないでよ~!うえーん!」とか言って可愛かったのに」
りっちゃんは梓ちゃんと肩を組んで茶化した。
梓「そ、そんな言い方してません!」
憂「へえ~梓ちゃん、泣いちゃったんだ」
梓「あーっ!もう!そんなことより会長を早く決めましょうよ!そのための集まりなんですから!」
結局なんだかんだで澪ちゃんもりっちゃんが良かったらしく、投票の結果、満場一致で会長はりっちゃんに決まった。
317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:37:01.29 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 5月3日】
梓ちゃんは学校の軽音部の活動と平行して、私達のサークルにも参加した。
よくよく考えてみれば、それはサークルじゃなくてあくまでも放課後ティータイムだった。
一応サークルの申請は出したけど、会員の募集はしなかった。
もう「放課後」ではないから、バンド名を変えようという話も出た。
唯「じゃあ、自主休講ティータイムとか?」
結局バンド名は据え置きで活動を続ける事になった。
大学では高校の時より自由な時間が増えたため、私達四人は高校の時に働かせてもらった喫茶店でアルバイトをするようになった。
バイト代の一部はスタジオを借りる費用に使われた。
ゴールデンウィークは梓ちゃんを入れた五人で練習をして、唯ちゃんの部屋に集まった。
梓「やっと引っ越し終わったんですね。……ていうか……」
梓ちゃんは室内を見渡しながら言った。
梓「実家の部屋とあんまり変わりませんね」
唯「そうなんだよ。大学生なんだから、もっと新鮮な感じが良かったんだけどなぁ」
梓「家具とか新しいの買わなかったんですか?」
318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:40:17.37 ID:Iof5d2+a0
唯「いやぁ~愛着があるもんでね~。あ、でもあずにゃんのためにソファーとクッションを買いました!」
梓「私はセレブに飼われるネコですか……。前に来たときも思ったんですけど、このマンションの外観って唯先輩にはもったいないくらいかっこいいですね」
唯「やっぱり?だよね~。いつかもっと可愛いところに引っ越したいなぁ」
律「唯、今の皮肉だぞ」
梓「一人暮らしってことはもしかして自炊もしてるんですか?」
唯「うん!憂がご飯作って持ってきてくれるんだ~」
梓「通い妻!?ていうかそれ自炊って言わないですから!」
唯「えっ、そうなの?」
梓「はぁ……やっぱり唯先輩は唯先輩ですね」
梓ちゃんは呆れたように言ったけど、どこかほっとしている様に見えた。
319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:45:41.94 ID:Iof5d2+a0
律「さて、では我々の新しい門出を祝ってー」
「かんぱーい」
唯ちゃんとりっちゃんと私はお酒を、澪ちゃんと梓ちゃんはジュースで乾杯した。
梓「いいんですか?みなさんまだ未成年ですよね」
梓ちゃんは抱いたクッションで口元を隠しながら言った。
唯「大学生は大人だから大丈夫だよ~」
さわ子「法律で20歳未満の飲酒は禁止されてるから本当はダメなのよ」
もちろんさわ子先生はビールで乾杯。
律「あー……もうさわちゃんがいきなり現れても驚かなくなったなぁ」
梓「って律先輩、先生の前で何堂々と飲んでるんですか」
さわ子「いいのいいの。私はもうりっちゃん達の先生じゃないんだから、いくら飲んでも私は止めないわ。さあ!どんどん飲むわよー!」
そう言ってさわ子先生はビールを飲み干した。
澪「職務から解放されて前よりのびのびしてますね……」
322 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:48:20.43 ID:Iof5d2+a0
律「ところで梓、制服なんだよな~」
梓「え?まぁ、そうですけど。それがなにか」
唯「制服ですよりっちゃん」
律「初々しいなぁ」
唯「若々しいなぁ」
梓「一歳しか違わないじゃないですか!ていうかついこないだまで先輩達も着てましたよね!?」
唯ちゃんとりっちゃんはしばらくそのネタで梓ちゃんを弄り倒した。
さわ子「あ、梓ちゃんは飲んじゃダメよ。まだ教え子なんだから」
梓「わかってますよ」
律「梓が酔ったら怖いだろうなー。一升瓶振り回して、バキッ!ガシャーン!オラー!って」
唯「あなた、もうやめてー!子供がみてるわー!」
梓「はいはい」
紬「ふふっ」
325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:51:48.14 ID:Iof5d2+a0
梓「ところで、みなさんが酔っ払ったらどうなるんですか?」
唯「えっとね、澪ちゃんはおえーってなって」
澪「おい」
唯「りっちゃんは面白くなって、私は楽しくなるよー。ムギちゃんはあんまり変わらないなぁ」
梓ちゃんは、ぷっと笑った。
梓「つまり、みなさんほとんど変わらないんですね」
律「そういやさわちゃんが酔ったところは見た事ないな」
さわ子「私も大して変わらないわよ」
唯「ふうん。ところでさわちゃん」
さわ子「なあに?」
唯「今日休日だよね」
さわ子「そうよ?」
唯「休日の夜に私達と遊んでるってことは、本当に彼氏いなかったんだねー」
一同沈黙。
律「唯、それそろそろ私達にも跳ね返ってくるから!」
326 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:55:25.07 ID:Iof5d2+a0
お酒は進み、夜が更ける。
先生は少ししてから身支度をして、「いつでも音楽室にきてね」と言って帰っていった。
高校の時は気づかなかったけど、先生はずっと、私達に大人の手垢がつかないように守ってくれていた気がする。
私達が持っている根拠のない全能感や、漠然とした希望を、そのまま残して生きていけるように。
だから私達は振り返らないし、反省もしない。
先生が帰ってしばらくすると、りっちゃんは梓ちゃんにお酒を勧め始めた。
梓ちゃんは押しに負けて飲んでしまい、思いの外その味を気に入ったらしく、何杯も飲んだ。
結局澪ちゃんも、
澪「私だけ飲まないなんてなんか嫌だ……」
と言って、苦い苦いと言いながら先生が開けずに置いていったビールを飲んだ。
330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:00:18.89 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんは意外とお酒に強くて、唯ちゃんとりっちゃんと澪ちゃんが潰れた後も、私と二人で飲み続けた。
私達は大学の様子、新しい軽音部の話、それから作曲の話をした。
私が梓ちゃんにした行為については、一切話題に出なかった。
私はいつその話を出されるのかと内心怯えていたけど、梓ちゃんはそんな様子を全く見せなかった。
梓「ムギ先輩、今ならどんな曲が浮かびますか?」
紬「うーん、さすがに今はお酒も入ってるし……。あ、待って」
私は立ち上がり、部屋の窓を開けてベランダに出た。
それから梓ちゃんに手を差し出した。
梓ちゃんは一度その手を取ろうとして、すぐに引っ込めた。
紬「大丈夫。ベランダに置き去りにしたりしないから」
梓ちゃんは申し訳なさそうな顔をして、私の手を取り、ベランダに出た。
春の夜空が心地よい風を室内に運ぶ。
眼下に流れる川のすぐ側には公園があって、そこのガス灯が川面にちらちら反射する。
煌めくパノラマは宝石箱を引っくり返したみたいで、先生が大人から守ってくれたのは、きっと私達にこれと同じものを見たからだと思った。
331 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:10:06.33 ID:Iof5d2+a0
私は手すりに手をかけると、頭に頼りなく浮かぶ音符をかき集め始めた。
それを頭の中で五線譜に書きなぐり、口ずさんだ。
梓ちゃんはしゃがんで、グラスを口につけた。
赤い顔をして身体を前後にゆすりながら、私の声に耳を傾けてくれた。
川の対岸にある建物郡は、ひとつずつ明かりを消していった。
そのおかげで、星もよく見えた。
でも、星を見る必要はなかった。
目を閉じると、音の微粒子が私の容器に降り積もり、私はそれをひとつずつ掬い上げて、声に変える。
あます事なく、梓ちゃんと、それから眠っている唯ちゃん達に伝えるために。
この曲をみんなが演奏してくれたら、とっても素敵な音になりそう。
333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:13:03.99 ID:Iof5d2+a0
紬「ご清聴ありがとうございました」
梓「なんだか浮遊感のある曲ですね」
梓ちゃんのろれつは回っていない。
紬「やっぱりちょっとお酒入ってるからかな?」
梓「私も最近自分で作ったりしてるんれすけど、中々うまくいかなくて」
紬「……梓ちゃん大丈夫?ちょっと横になる?」
梓「だいじょうぶです。ムギ先輩は一年生の頃から曲書いてたんですよね」
紬「私も一年生の頃は四苦八苦したわ。三年生になってからかな、いっぱい書けるようになったのは」
梓「そうですか……。じゃあ私も」
そこで梓ちゃんは言葉を詰まらせた。
というより、喉に何か詰まらせたみたいだった。
梓ちゃんは口を両手で押さえ、涙目で私をじっと見詰めた。
紬「あ、梓ちゃん!?」
梓ちゃんは額に汗を滲ませながら、首を横に振った。
私は急いで梓ちゃんをトイレに連れていった。
334 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:16:04.50 ID:Iof5d2+a0
梓「うっ、げほっ……おええ……」
私は梓ちゃんの背中を擦りながら謝った。
紬「ごめん梓ちゃん。飲ませ過ぎちゃったね」
梓「だい、じょう……お、おえっ……げほっ……えほっ……」
紬「吐けば楽になるから」
私は梓ちゃんの口に手を入れて舌の奥を刺激して、吐かせてあげた。
梓ちゃんは鼻をすすりながら言った。
梓「すみません……うっ、げほっ、ごほっ……」
梓ちゃんがあらかた吐き終わると、私は服の袖で梓ちゃんの口元を拭った。
梓「すみません、服汚しちゃって」
紬「いいの、気にしないで」
梓ちゃんは肩で息をしていた。
潤んだ瞳が弱々しく私を見詰める。
梓ちゃんが泣きそうだったから、私は気分が悪くなった。
こういう時はどうすればいいんだっけ。
こういう時は。
335 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:20:16.36 ID:Iof5d2+a0
汗でおでこにくっついた梓ちゃんの前髪を引っ張り、私は梓ちゃんに唇を押し当てた。
梓「ん……っく……」
梓ちゃんが驚き、怯えている事はすぐにわかったけど、私はやめなかった。
唇を離すと、梓ちゃんは苦しそうに言った。
梓「酔ってるんですか……?」
紬「わかんない」
トイレの鍵を閉め、私は梓ちゃんの服を脱がせた。
梓「ムギ先輩。ダメですよ。やめましょう。ね?」
梓ちゃんは私の手を握り、子供を諭すような口調で言った。
私は梓ちゃんの口を押さえ、人差し指をその上から当てて、静かにするように促した。
瞳に諦めの色が浮かび、梓ちゃんはゆっくりと頷いた。
私は口を押さえていた手をそっと離した。
紬「声出しちゃダメだよ」
梓ちゃんはまた頷いた。
337 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:25:40.78 ID:Iof5d2+a0
それからの数十分は、きっと梓ちゃんにとっては悪夢でしかなかったと思う。
私は梓ちゃんの中に指を入れて、かき回し、尊厳を踏みにじった。
梓ちゃんは他のみんなに聞こえないよう、歯を食いしばって声を殺した。
梓ちゃんが果てると、私は梓ちゃんの頭を掴んだ。
そして便器の中に頭を突っ込ませた。
溜まった水で梓ちゃんは呼吸できなくなり、それが限界になると私を引っ掻いた。
私は梓ちゃんの顔を上げさせて、その表情をしげしげと見た。
睫毛の一本一本、唇の皺、頬についた水滴、全部目に焼き付けた。
紬「泣いてないよね?」
梓ちゃんはずぶ濡れになりながら、真っ直ぐに私を見て答えた。
梓「泣いて、ません……」
339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:29:18.90 ID:Iof5d2+a0
私はまた梓ちゃんの顔を便器の中に入れた。
梓ちゃんは私を引っ掻き、私は顔を上げさせる。
それを何度も繰り返した。
それに飽きると、私は梓ちゃんを残してトイレを出て、ドアを締めた。
梓「いや……行かないで……」
紬「ちゃんとドアの前にいるわ」
梓「狭い所、恐いんです……」
紬「知ってるよ」
梓「お願いです……出してください……」
紬「それはダメ」
ドアの向こう側で、梓ちゃんは一度泣き出しそうになったけど、すぐにそれを我慢してくれた。
342 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:39:07.21 ID:Iof5d2+a0
明け方になってから、私はみんなが起きる前に梓ちゃんを出してあげることにした。
ドアを開けると、梓ちゃんは小さい身体をさらに小さくして、トイレの中で目を見開いて震えていた。
紬「もう出ていいよ」
梓ちゃんは私に視線を移して、何か言おうと唇を動かしたけど、声になっていなかった。
紬「梓ちゃん、もう出ていいのよ」
梓ちゃんは震えたまま立ち上がらない。
私は携帯電話を持ってベランダに出て、梓ちゃんに電話をかけた。
梓ちゃんは電話に出てくれたけど、何も言わない。何も言えなかった。
紬「梓ちゃん、ごめんね……」
ベランダから川の対岸を見渡そうとしたけど、5月なのに朝靄がばかに濃かったから見えなかった。
私が何度も謝ると、梓ちゃんは消え入りそうな声で言った。
梓「は……い……大丈夫……です……」
343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:42:40.29 ID:Iof5d2+a0
部屋に戻ると、私は梓ちゃんの震えが止まるのを待ち、浴室に連れていった。
服を全部脱がせ、私はジーパンを膝まで上げてシャツの袖を捲り、梓ちゃんの身体を洗ってあげた。
紬「次、顔ね。目を閉じて」
梓ちゃんは言われるがままに目を閉じた。
私は手でシャワーが熱すぎない事を確認すると、そっと梓ちゃんの顔にかけた。
汚れを落とすと、梓ちゃんの肌は水を弾いた。
私がシャワーを止めても、梓ちゃんは目を閉じたままだった。
シャワーヘッドから滴り落ちる水の音が浴室に響く。
紬「目、開けていいよ」
私はそう言ったけど、開けて欲しくなかった。
どんな眼で私を見るのか知りたくなかった。
345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:48:30.98 ID:Iof5d2+a0
律「あれ?誰か入ってんの?」
磨りガラスの向こう側から、りっちゃんの声がした。
今度は私の身体が震え始めた。
梓「私が吐いて汚れちゃったから……」
律「ん?梓か」
梓「ムギ先輩に洗ってもらってるんです」
梓ちゃんは目を閉じたまま言った。
律「わかったー。ムギも面倒見いいな。じゃあ私はもーちょっと寝るから」
それからりっちゃんの足音は遠ざかっていった。
347 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:01:39.58 ID:Iof5d2+a0
私は言葉を詰まらせ、浴室に時間が彷徨った。
紬「梓……ちゃん、もう目開けていいよ」
やっとの思いで声を発すると、
梓「はい」
と言って梓ちゃんは目を開けようとした。
私は膝をついて梓ちゃんの濡れた身体を抱き締め、顔を見ないようにした。
紬「ごめんね……本当にごめんね……」
私は嗚咽を漏らしながら、さらにきつく梓ちゃんを抱き締めた。
お願いだから、泣かないで。
お願いだから、あっちへ行けって言って。
私の鼻をへし折って、もう二度と会わないで。
紬「やだ……そんなのやだ……梓ちゃん、嫌わないで……」
梓「……はい」
紬「お願い……」
梓「ムギ先輩……服濡れちゃいますよ……」
私が泣き続けていると、梓ちゃんは濡れた手で私の頭を撫でてくれた。
348 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:03:45.36 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 5月9日】
次の月曜日、私は澪ちゃんにアルバイトを代わってもらい、桜高の音楽室に向かった。
憂「梓ちゃんですか?今日は掃除当番だからまだ教室にいると思いますけど……」
紬「ありがとう。あ、良かったらこれ、みんなで食べてね」
憂「いいんですか?ありがとうございます!」
私は憂ちゃんにお菓子の入った箱を渡すと、音楽室を出た。
階段を降りる途中で梓ちゃんと鉢合わせになった。
梓「こんにちは」
梓ちゃんは表情を変えずに行った。
紬「梓ちゃん、お出掛けしようよ」
梓ちゃんは少し黙った後に、
梓「はい」
と言った。
349 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:06:50.34 ID:Iof5d2+a0
私は梓ちゃんを学校のトイレに連れていき、唯ちゃんの部屋でしたのと同じ事をして、梓ちゃんを汚した。
六月の終わりまで、私は暇を作ってはこれを繰り返した。
梓ちゃんは抵抗しなかったし、もう泣くこともなかった。
私が帰宅してから電話をかけると、必ず許してくれた。
夏休みになると、私は毎日のように梓ちゃんを呼び出し、桜高の音楽準備室に連れて行った。
梓ちゃんは必ず私より先に部室に来ていて、トンちゃんに何か話しかけていた。
きっと梓ちゃんにとって、トンちゃんだけが全てを話せる相手だったんだと思う。
だから、私は水槽ごとトンちゃんを私の家に移す事にした。
拠り所を失ったはずなのに、梓ちゃんは私に会ってくれた。
354 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:14:28.45 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月9日】
桜高の夏休みが終わっても、私は部室に行った。
この日、梓ちゃんは一人だった。
私が他の部員を帰らせるように言っておいたからだった。
私は鋏をバッグに入れて家を出た。
お辞儀をして見送る執事が、やたら頭の悪い人間に思えた。
私がギターを壊すと、梓ちゃんは久しぶりに泣いた。
紬「泣かないでって言ったでしょ?」
私が梓ちゃんをぶつと、梓ちゃんは唇を噛みしめながら目を閉じた。
零れる涙を止めたくてそうしたんだろうけど、涙は梓ちゃんの意思とは無関係に溢れた。
私は梓ちゃんの髪の毛を引っ張った。
梓ちゃんの小さい頭がぐいと私の方に引き寄せられた。
梓ちゃんはなにも言わなかった。
ただ目を閉じて、私の癇癪が収まるのを待った。
でも私のこれは癇癪じゃない。
なんなのか自分でもわかってない。
だからいつまで待っても収まらないの。
356 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:16:26.92 ID:Iof5d2+a0
紬「これ、いらないよね」
私は梓ちゃんに向かって言った。
梓ちゃんは目を開き、何の事かわからないといった表情を見せた。
私は右手で梓ちゃんの髪を掴んだまま、左手でバッグの中をまさぐり、鋏を取り出した。
途端に梓ちゃんは暴れだした。
梓「い……やっ!やめて!やめてください!」
私が右手を上に挙げると、梓ちゃんの身体は髪と一緒に引っ張られて、爪先立ちになった。
梓ちゃんは泣き叫び、懇願した。
梓「お願いします!やめてください!ムギ先輩やめて!」
何よ。
今まで抵抗しなかったくせに、何で今更。
364 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:19:51.98 ID:Iof5d2+a0
紬「だから泣かないでってずっと言ってるよね」
梓「お腹ならいくら殴ってもいいですから!我慢しますから!」
紬「泣かないで」
梓「他の先輩達に知られますからっ!見えないところなら何してもいいからっ、怒らないし泣かないからやめてください!!」
紬「知られたら梓ちゃんは困るんだ」
梓ちゃんの目から大粒の涙がこぼれた。
私は梓ちゃんの髪の毛に鋏を入れた。
黒くて長い綺麗な髪の毛が、ばさっと床に落ちた。
それから鋏の柄で、私は梓ちゃんの顔を叩いた。
梓「やめて……やめてください……」
梓ちゃんの言葉を潰すように、私は梓ちゃんを何度も叩いた。
がちっという音がして、梓ちゃんの前歯が欠けた。
梓ちゃんの顔は腫れ上がり、本当に可哀想で、私は悲しくなった。
368 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:25:11.50 ID:Iof5d2+a0
紬「梓ちゃん、帰ろっか」
梓ちゃんは答えてくれなかった。
紬「梓ちゃん、一緒に帰ろう?」
梓ちゃんは泣きながら床に座り込んだまま。
私はまた悲しくなった。
結局、私は梓ちゃんを無理矢理立たせて、手を繋いで帰った。
駅に着いても、梓ちゃんは私の顔を見てくれなかった。
私は、早く家に帰って電話しなきゃ、と思った。
きっと私の手は、もう暖かくない。
私が感じているのは、梓ちゃんの方の熱。
紬「じゃあね梓ちゃん」
私が手を離すと、梓ちゃんは顔を上げた。
腫れた顔で笑顔を作って見せ、
梓「はい」
と言った。
それから手まで振って、私を見送ってくれた。
左右に揺れる梓ちゃんの手に合わせて、踏切の警報機の音が聞こえた。
378 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:31:09.70 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月10日】
梓ちゃんと別れた後、私はアルバイトに行った。
私が家に着く頃、もう日付は変わっていた。
私は急いで梓ちゃんに電話をかけた。
紬「もしもし梓ちゃん?」
梓「こんばんは」
紬「梓ちゃん、ごめんね」
梓「はい」
紬「本当に悪いと思ってるの」
梓「わかってます」
紬「ごめんなさい……」
電話の向こうが少し騒がしい。
紬「今外にいるの?」
梓「はい」
紬「まだ帰ってないの?」
梓「いえ、一度帰りました」
383 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:33:54.84 ID:Iof5d2+a0
紬「夜道は危ないわ。私、梓ちゃんに何かあったら悲しいよ」
梓「はい」
紬「気をつけて帰ってね」
梓ちゃんのまわりが更に騒がしくなった。
梓「ムギ先輩。今日の事も、今までの事も、私達だけの秘密ですからね」
紬「内緒話?」
梓「はい、内緒話です」
紬「えへへ」
梓「ムギ先輩」
紬「なあに?」
梓「私はムギ先輩の事、絶対に嫌いになりません。ムギ先輩は私の大事な先輩です」
紬「うん、ありがとう。私も梓ちゃんの事大好きだよ」
梓「はい。じゃあ失礼します」
一際大きな騒音がして、電話は切れた。
393 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:39:26.36 ID:Iof5d2+a0
電話の後、私はシャワーを浴びてすぐにベッドに入った。
朝になって目が覚めても、何もする気になれなかったから、私は澪ちゃんに借りた小説を読んで時間を潰した。
夕方になってから、唯ちゃんの家に行った。
駅で澪ちゃんと合流した後、コンビニでお酒を買おうとしたけど、私がはしゃいだせいで怪しまれたのか、店員さんに年齢確認をされてしまい、少し離れた別のコンビニで買う事になった。
そのせいで唯ちゃんの家に着くのが少し遅れたけど、りっちゃんはまだ来てなかった。
冷房が苦手な唯ちゃんは窓を開け放していたから、夏虫の声が部屋によく響いた。
唯「私レモンティーね!」
澪「じゃあ、アイスティーで」
紬「はーい」
私は流し台の横でお茶を淹れ、テーブルの上に運んだ。
唯「りっちゃん遅いね~」
澪「どこで油売ってるんだろうな。電話しても出ないし」
お茶で喉を潤しながら、澪ちゃんは腕時計を見た。
唯「先に始めちゃおっか」
澪「そうだな」
394 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:41:07.23 ID:Iof5d2+a0
私達はりっちゃんを待たずに、お酒の缶を開けた。
唯ちゃんが乾杯の音頭を取ろうとした時、唯ちゃんの携帯電話が鳴った。
唯「かんぱーい」
澪「乾杯……ってまず電話出なよ」
唯「えへへ。先に飲んでていいよー」
そう言って唯ちゃんは電話に出た。
唯「もしもーし。あ、憂。どうしたのー?」
私と澪ちゃんは声を潜めて「乾杯」と言った後、お酒を一口飲み、小声で話した。
澪「全く、律も遅れるなら連絡くらいしてくれればいいのに」
紬「寄り道してるんじゃないかしら?」
唯「え?なに?よく聞こえないよー」
澪「今頃コンビニでマンガでも読んでるのかな」
紬「そうかも」
395 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/27(月) 22:43:00.22 ID:Iof5d2+a0
唯「ういー、落ち着いて話してよ。何言ってるかわかんないよー」
紬「そう言えばおつまみないね。りっちゃん、買ってきてくれるかな」
澪「いや、ないな。律に限ってそれはない」
唯「うん、うん。それで?」
澪「大体、あいつもうバイト代使いきっただろ」
紬「え?こないだお給料貰ったばかりよ?」
澪「CD買いまくってたからな。あと服も」
紬「りっちゃん、最近どんどんおしゃれになっていくよね」
澪「それはいいんだけどさ。宅飲みで私にお金借りるってさすがに使いすぎだろ」
紬「そう言えば、澪ちゃんとりっちゃん幼なじみなんだし、お揃いの服着たりしないの?」
澪「するわけないだろ……。そもそもサイズが全然違うし」
紬「そっか、残念」
澪「なんでムギががっかりするん……」
言いかけて、澪ちゃんの顔が強張った。
澪ちゃんは唯ちゃんの顔をじっと見ていた。
釣られて私も唯ちゃんの顔を見た。
399 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:45:09.42 ID:Iof5d2+a0
唯ちゃんは電話を耳にくっつけたまま、無表情になっていた。
悲鳴はその人の恐怖をよく伝えるって言うけど、沈黙はそれ以上の効果をもたらした。
私と澪ちゃんは顔を見合わせた。
それから私はまた唯ちゃんを見た。
唯「うん、わかった。すぐ行く」
唯ちゃんは電話を切った。
澪「唯、どうしたの?」
澪ちゃんが訊ねた。
唯ちゃんは何も言わず立ち上がり、財布と携帯電話をポシェットに入れた。
紬「え、唯ちゃん出掛けるの?」
唯「うん」
401 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:47:03.46 ID:Iof5d2+a0
澪ちゃんが唯ちゃんの腕を掴んで言った。
澪「待ちなよ。何かあったの?」
唯ちゃんは澪ちゃんをちらっと見た後、私に視線を移した。
それから手を差し出した。
唯「一緒にいこ」
澪「は?どこに?」
唯ちゃんは説明したくなかったらしく、一人でさっさと部屋を出ていった。
403 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:49:55.14 ID:Iof5d2+a0
唯ちゃんがいつになく深刻な顔をしていたから、取り残された私と澪ちゃんは不安になった。
澪「どうしたんだろう」
紬「わかんない……。とりあえずここで待ってたほうがいいかな」
澪「そうだな。律もそろそろ来るだろうし」
澪ちゃんの携帯が鳴った。 澪ちゃんはサブディスプレイを私に見せた。
澪「噂をすれば」
りっちゃんからだった。
澪「もしもし、律?なにやってるんだよ、もう始めちゃってるぞ」
話す相手のいなくなった私は、所在なく部屋を見渡した。
大きなフォトフレームの中に、私達の写真が何枚も飾ってあった。
澪「え?うん、何?早く言いなよ」
それから私は、指先を弄った。
澪「はぁ?なんだそれ。全然笑えない。ていうか不謹慎だぞ」
私はスカートの裾の乱れを直し、足を伸ばした。
澪ちゃんの声が止まった。
私は澪ちゃんの顔を見た。
405 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:54:04.46 ID:Iof5d2+a0
まだほとんどお酒を飲んでいないはずなのに、澪ちゃんの顔は色を失っていった。
澪ちゃんが携帯電話を落としたから、私はすぐにそれを拾った。
紬「もしもーし、紬です」
律「ムギ」
紬「りっちゃん、今どこにいるの?」
律「梓が死んじゃったんだって」
紬「え?」
それからりっちゃんは、電話の向こうで大声をあげて泣き出した。
9月10日。
夏虫の最期の大合唱の中、電話越しの泣き声。
澪ちゃんはそれを聞きたくなかったのか、両手で耳を塞いでいた。
446 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:30:21.56 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 10月28日】
私は財布を忘れた唯ちゃんが戻って来るのを待った。
りっちゃんも澪ちゃんも寝ちゃってるから、ちょっと退屈。
そう言えばあの時も私だけ話し相手がいなかった。
私は指先を弄った。
あと10分もしないうちに日付は変わる。
退屈。
紬「よし」
私は唯ちゃんの財布をひっつかむと、部屋を出た。
私は唯ちゃんを追いかける事にした。
唯ちゃんに財布を渡して、一緒にお酒を買うの。
今度ははしゃがないように気をつけなきゃ。
450 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:37:13.53 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月12日】
幸か不幸か生き残ってしまった蝉がけたたましく鳴いていた。
残暑の日差しは、喪服の上から照りつける。
お日様が容赦してくれなかったから、私は背中にかいた汗を何度も拭き取る事になった。
玄関で香典を渡した後、喪主の梓ちゃんのお父さんに挨拶を済ませると、私は梓ちゃんの家の中に入った。
中は梓ちゃんの親族や学校のクラスメイトと関係者、中学の同級生でごった返していて、香炉の中で燻るお香と参列者の香水の匂いで、私はくしゃみが出そうになった。
お葬式に香水なんてつけてくるものじゃないのに。
そうやって自分を実物以上に見せるのは、とても下品な事なのに。
和「ムギ。久しぶり」
和ちゃんは泣き続ける憂ちゃんの頭を撫でながら言った。
紬「うん。和ちゃん、眼鏡やめたんだ」
和「お葬式で赤いフレームなんて場違いでしょ。だから今日はコンタクト」
りっちゃんと澪ちゃんは喪服を持っていなかったから、私が貸してあげた。
りっちゃんにはパールの一連ネックレス、澪ちゃんにはオニキスのネックレスをそれぞれあてがった。
唯ちゃんは和ちゃんの隣で、憂ちゃんの背中をさすっていた。
唯ちゃんはおばあちゃんに借りた和喪服を着ていて、とても綺麗だったけど、どこか似合っていなかった。
452 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:41:25.34 ID:Iof5d2+a0
さわ子先生も純ちゃんも、みんないたのにちっとも楽しそうじゃなかった。
お坊さんが上げるお経も音の起伏がなくて、面白くない。
唯ちゃんならもっと可愛くやってくれそう。
木魚の音より、私はりっちゃんのドラムが好き。
お経の中身も澪ちゃんに書いてもらえばずっと良くなるのに。
飾りのお花だってヘン。
こういうのは私達に任せてくれればよかったのにな。
梓ちゃんなら、きっと笑って頷いてくれるはず。
453 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:44:25.74 ID:Iof5d2+a0
何枚も並んだ座布団の上に色んな人が座り、順番に梓ちゃんの前で手を合わせた。
あの日、梓ちゃんは私との電話を切った後、唯ちゃんの家の近くの駅のホームから線路に落ちて、電車に轢かれて死んじゃったらしい。
だから私が壊したギターも、叩いた顔も、切った髪も、全部めちゃくちゃになってわからなくなった。
まず、部長だったりっちゃんにさわ子先生から連絡が入り、その後梓ちゃんと親しかった憂ちゃんと純ちゃんにも知らされたらしい。
それからりっちゃん経由で訃報は私達の知るところとなった。
遺書のようなものは何一つ残されてなかったから、警察も事故なのか自殺なのかわからないままだった。
このお葬式の後に私達は警察に色々聴かれたけど、梓ちゃんとの事は内緒話って約束してたから話さなかった。
私は梓ちゃんが死んだ事に何の実感もなかったけど、梓ちゃんに嫌われたと思って悲しくなった。
唯「ムギちゃんの番だよ」
焼香を終えた唯ちゃんが、私に声をかけた。
455 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:47:28.95 ID:Iof5d2+a0
私は立ち上がり、ゆっくりと梓ちゃんの方へ歩いていった。
私は梓ちゃんが大好きだから、梓ちゃんの寝顔を見たかったけど、棺桶には蓋がしてあって見る事が出来なかった。
前に親戚の葬式に出た時は、棺桶に蓋なんてしてなかったのに。
梓ちゃんは天使みたいに可愛い。
その梓ちゃんをみんなにも見てもらいたいのに、どうしてこんな事をするんだろう。
私は祭壇に向かって一礼をすると、焼香台の横からお香を摘まみ、胸のあたりでそれを潰して、香炭の上に乗せた。
作法通りに何かお別れの言葉を思い浮かべようとした。
でも、お別れとは思えなかったから、何も浮かばなかった。
従香をして、今度は「天国に行けますように」と念じたけど、それもかなり嘘っぽかった。
459 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:49:44.06 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんが霊柩車で運ばれていった後、私は客間に用意されたお料理を食べた。
澪ちゃんとりっちゃんは一口も食べなかった。
憂ちゃんと純ちゃんは泣きながら互いに何か言葉を掛け合っていて、食事には興味も示さなかった。
唯ちゃんだけが、私と一緒に食べてくれた。
唯「ムギちゃん、それおいしい?」
紬「うん。おいしいよ。唯ちゃんもどうぞ」
唯「ありがとう。おいしいね」
澪ちゃんはそんな私と唯ちゃんをなじったけど、りっちゃんがそれをやめさせた。
さわ子先生は私達に何度も励ましの言葉をかけてくれた。
でも自分が泣くのを我慢できていなかった。
りっちゃんと澪ちゃんは泣きながら何度も頷いていた。
唯ちゃんは話の途中で抜け出し、和ちゃんと一緒に、また泣き出してしまった憂ちゃんを慰めていた。
憂ちゃんが落ち着くと、唯ちゃんは私の隣に座り、手を握って笑顔を見せた。
結局私と唯ちゃんは、お葬式の間、一度も泣かなかった。
464 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:54:45.61 ID:Iof5d2+a0
帰宅すると、私は服のボタンを外し、ベッドに身を投げた。
目頭をぐっと押していると、服の袖からお香の匂いがした。
それが不快だったから、私はすぐに着替えた。
それからシャワーを浴びた後に携帯電話を開いて、梓ちゃんに電話をしようと思った。
でも、今日は梓ちゃんに何もしてないから、かける理由がなかった。
私はベッドの上で梓ちゃんから電話がかかってくるのを待ったけど、結局電話は鳴らず、私はそのまま目を閉じて眠った。
469 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:58:32.28 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月14日】
お葬式から二日後、私達は唯ちゃんの部屋に集まった。
律「梓の事は残念だったけど、私達が泣いてたら梓も悲しむと思うんだ」
唯「そうだよー」
律「だからさ、これからも梓の話が出る事はあるだろうけど、それで泣くのはナシ!」
澪「うん、わかった」
律「唯とムギもいいな?」
唯「はーい」
私はそもそも梓ちゃんが死んだ事もよくわかってなかったけど、「はい」と言った。
それから、りっちゃんの言葉とは裏腹に、私達の間で梓ちゃんの話題は出なかった。
むしろ梓ちゃんの話を避けてすらいた。
「泣くのはナシ」だけど、澪ちゃんとりっちゃんは自分が泣いちゃうのがわかっていたから、梓ちゃんの話はしづらくなったみたい。
でも、時々お互いを励ますような事を言うようになり、その言葉は私にも飛び火した。
唯ちゃんはアルバイトに顔を出さなくなり 、大学も休みがちになった。
私は店のオーナーに事情を話し、しばらくの間みんなにお休みを与えてもらった。
梓ちゃんがいなくなってから、 私の左耳は前みたいに暖かくならなくなった。
私はそれが寂しくて、腹立たしかったから、左耳にピアスを開けた。
470 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:01:13.85 ID:lI4bl0IC0 [1/29]
【平成23年 10月27日】
梓ちゃんがいなくなってから四十七日目、その日は台風が来た。
この日も私達は唯ちゃんの部屋に集まった。
特に用は無かったけど、ただ集まれればそれで良かった。
唯ちゃんは、梓ちゃんの話を何度もした。
最初、りっちゃんと澪ちゃんは何とか話を逸らせようとしたけど、唯ちゃんがしつこく梓ちゃんの話をするから、りっちゃんが怒鳴った。
律「いい加減にしろよ!わざとやってるだろ!」
それからりっちゃんは台風の中部屋を飛び出し、澪ちゃんもそれを追いかけた。
私はどうしようか迷ったけど、唯ちゃんが、
唯「台風で危ないから泊まっていきなよー」
と言ったので、結局二人を追いかけなかった。
すぐにりっちゃんから電話が掛かってきて、ちゃんと家についたから心配しなくていい、と言われた。
私は唯ちゃんに電話を渡し 、二人はすぐに仲直りした。
その晩、唯ちゃんはずっと夢枕で私に冗談ばかり言っていたけど、外の風の音でほとんどよく聞こえなかった。
474 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:06:05.95 ID:lI4bl0IC0 [2/29]
【平成23年 10月28日】
コンビニに唯ちゃんの姿はなかった。
私は出来るだけ大人しくしながらお酒を買い、コンビニを出た。
澪ちゃんとりっちゃんは寝ちゃってるから、必要なお酒は私と唯ちゃんのぶんだけ。
唯ちゃんもいつもより控えめに飲んでいたから、それほど量は必要ないと私は判断して、新発売のカクテルを4本だけ買った。
唯ちゃんはどこに行ったんだろう。
携帯に電話をかければすぐにわかるけど、それをしないで探したほうが楽しそうだったから、私はその辺を散歩しながら唯ちゃんを探す事にした。
腕時計は11時57分を指していた。
紬「あと三分」
479 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:08:37.94 ID:lI4bl0IC0 [3/29]
コンビニの周りをうろうろした後、私は近くの河原に向かった。
公園のガス灯が河面に反射して揺れている。
いつもなら綺麗な場所なのに、台風の後だから水かさが増していて、水面の光を飲み込んでしまいそうで不気味だった。
それを見たくなかった私は上を向いた。
星が散りばめられた夜空を見て、人工物の灯じゃやっぱり及ばない、と私は思った。
不意に、聞き慣れた声の耳慣れない響きがした。
水面の前の柵に、唯ちゃんはいた。
紬「いた」
私は唯ちゃんに近づき、声をかけようとして、それをやめた。
唯ちゃんは子供みたいに声を上げて泣いていた。
486 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:10:56.24 ID:lI4bl0IC0 [4/29]
唯「あずにゃ……ん……うあ……うぁぁぁん……」
唯ちゃんは顔も隠さないで泣いていたから、涙は水面に、泣き声は夜空に、それぞれ吸い込まれていった。
私はそれを見て、足がすくんだ。
私は子供だから、梓ちゃんが死んじゃってもわからなかったの。
私は大人だから、いちいち泣いたりしなかったの。
唯ちゃんも同じだと思ってた。
でも、今まであっけらかんとしていた唯ちゃんは、ただ泣くのを我慢していただけで、その上私達にそれを見せないために、今ここでこうして泣いている。
梓ちゃんは子供だから、あんまり泣くのを我慢できなかった。
りっちゃんと澪ちゃんは子供だから、振り返り方がわからない。
だから前しか向けない。
私はちょっとだけ大人だから、後ろを見ても泣かない。
でももう、子供なのは私だけで、大人なのも私だけ。
489 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:12:46.36 ID:lI4bl0IC0 [5/29]
紬「唯ちゃん」
私は唯ちゃんを呼んだ。
唯ちゃんは、はっとした顔で私の方を見た。
唯「えへへ」
唯ちゃんは目をごしごしと擦ってから笑った。
私は唯ちゃんの隣に並び、柵に両手をかけた。
紬「唯ちゃん、大丈夫?」
私は平然を装った。
唯「うん」
紬「よかった」
唯ちゃんは携帯電話を開き、時間を確認してから私に訪ねた。
唯「ムギちゃん、今日が何の日か知ってる?」
493 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:14:40.02 ID:lI4bl0IC0 [6/29]
【平成23年 10月29日】
私は答えた。
紬「うん。知ってるよ。梓ちゃんの四十九日」
唯「あずにゃんが天国に行けるように拝んであげないとね~」
紬「そうね」
唯「澪ちゃんとりっちゃんは知らないのかな?」
紬「うん、知らないみたい」
唯「二人とも子供だなぁ」
紬「たまたま知らないだけだよ」
唯「りっちゃんなんてあずにゃんの話したら怒るし」
紬「唯ちゃん、怒ってるの?」
唯「んーん。りっちゃんも澪ちゃんも、思い出し方がわからないだけだし」
紬「私もよくわからないわ」
500 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:21:36.00 ID:lI4bl0IC0 [7/29]
唯「もう大学生だよ。私達大人だよ。お酒も飲めるようになったし」
紬「本当は飲んじゃダメなんだよ」
唯「あ、そっか。じゃあまだ子供だね~」
私達の言葉は川の水流に飲み込まれ、それが立ち上って空を彩った。
唯ちゃんは一足先に大人になったけど、言葉は子供みたいに燦然としていた。
唯「私、色々調べたんだよ」
紬「何を?」
唯「法事のこと。新聞とか読んで」
紬「新聞には載ってないと思うよ」
唯「うん。だからおばあちゃんに教えてもらったんだ。でね、四十九日って、人が死んじゃった事を受け入れて、納得するのにちょうどいい日数らしいよ」
紬「そうなの。知らなかったわ」
唯ちゃんは笑いながら続けた。
唯「そんなわけないのにね~。そんなすぐに納得なんて出来ないよね~」
507 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:25:21.94 ID:lI4bl0IC0 [8/29]
紬「きっと昔の人は忘れっぽかったんだよ」
唯「私より?」
紬「多分」
唯「ムギちゃんは?もう納得できた?」
わからない。
私は悲しんでないから、きっと唯ちゃんより前の段階にいる。納得するのは、私が泣けるようになってからだと思う。
私が何も答えないでいると、唯ちゃんは川面に視線を移した。
唯「高校の時に私とあずにゃんが演芸大会に出たの覚えてる?」
紬「うん」
唯「えへへ。ゆいあずってね、川原でお話してる時に結成したんだよ」
紬「そうだったんだ」
唯「この川って、その時の川の下流なんだよ~」
紬「だからあのマンションにしたの? 」
唯「ううん、たまたまだよ。この川の事を知ったのは最近だもん」
唯ちゃんは柵を擦った。
唯「あずにゃんごめんね。私、約束破るね」
513 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:27:12.54 ID:lI4bl0IC0 [9/29]
紬「唯ちゃん?」
唯ちゃんが何を言っているかわからなかった。
唯ちゃんは黙りこんだ。
私は話題を変える事にした。
紬「唯ちゃん、来週は大学来るよね」
唯「んー、わかんない」
紬「でもずっと家に一人だと退屈じゃない?いつも何してるの?」
唯「ケータイ触ってるよ」
そう言えば、昨日もすぐに電話に出たし、部屋でもずっと携帯電話をいじってたっけ。
517 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:29:45.76 ID:lI4bl0IC0 [10/29]
紬「ケータイ、楽しい?何してるの?」
唯「メール読んでるんだ」
紬「そう」
唯「でも何て送ればいいのかわからないんだよ」
紬「誰に送るメール?」
唯「んー」
それから唯ちゃんは、私の方を見た。
口調は軟らかかったけど、目は真剣そのもので、まるで……。
唯「ムギちゃんとあずにゃん」
まるで大人みたいだった。
520 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:32:27.83 ID:lI4bl0IC0 [11/29]
唯ちゃんは二回深呼吸をしてから、話始めた。
唯「あずにゃんがいなくなった日に、あずにゃんからメールが来たんだ」
心臓の音が鳴るのがわかった。
鼓膜は体の中の音も拾う。
それでも私の心は見えない。
まだ見えなかった。
唯「見る?」
私は答えない。
唯ちゃんは私が答えるのを待たずに、携帯を操作して、それから私に画面を見せた。
そこにははっきりと、梓ちゃんの言葉が書かれていた。
From あずにゃん
Sub 無題
============
たすけて
532 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:35:00.98 ID:lI4bl0IC0 [12/29]
紬「たすけて」
私は声に出して読んだ。
それは単にメールを読んだだけじゃなく、誰かに向けた私自身の言葉でもあった。
私は川の方を向いて言った。
紬「梓ちゃんはね」
唯「ん?」
紬「知ってた?梓ちゃんは私の事が大嫌いだったんだよ」
唯「えー?そんな事ないよ」
唯ちゃんはまた携帯電話をいじり始めた。
唯「私このメールが来たときびっくりして、あずにゃんに電話かけたんだ。でもあずにゃんは出てくれなかったから、その後メールを返したんだよ」
唯ちゃんはせっせと携帯電話を弄った。
唯「はい。そこのボタン押せば送信メールと受信メールを見れるよ」
そう言って唯ちゃんは私に携帯電話を渡した。
私はボタンを押して、メールを読んだ。
541 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:40:49.22 ID:lI4bl0IC0 [13/29]
To あずにゃん
Sub Re:
===========
あずにゃんどうしたの!?
From あずにゃん
Sub Re2:
===========
ムギ先輩を助けてください
553 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:45:44.98 ID:lI4bl0IC0 [14/29]
To あずにゃん
Sub Re2:Re:
===========
ムギちゃんに何かあったの??
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:
===========
ムギ先輩はきっと怖いんです
ケーキを壊したくないんです
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re:
===========
ケーキが壊れちゃったの??
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2
===========
壊れてません
でもムギ先輩は壊れると思ってるんです
だから壊れないってことを確かめないと怖いんだと思います
563 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:49:39.64 ID:lI4bl0IC0 [15/29]
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re:
===========
よくわかんないよ~
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:
===========
箱は壊れちゃっても、
中身は無事だって伝えてあげてください
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
===========
ムギちゃんにケーキは無事って
教えてあげればいいんだね??
576 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:56:17.17 ID:lI4bl0IC0 [16/29]
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
==============
やっぱり教えないでください
気づかせてあげてください
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re
==============
ええ~!それは教えてあげたほがいいよ~
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
==============
教えちゃったら壊れたと思っちゃいますよ
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
==============
あずにゃん先輩
イミがわかりません!
584 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:02:52.39 ID:lI4bl0IC0 [17/29]
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
====================
とにかく教えちゃダメです
それとなく気づかせてあげてくださいね
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
====================
う~
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re
====================
他の先輩方にも言わないでください
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2
====================
ぶ~
595 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:08:48.79 ID:lI4bl0IC0 [18/29]
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
====================
ていうか誰にも言っちゃダメですよ!
このメールの事も!
To あずにゃん
Sub 無題
====================
スパイ大作戦??
From あずにゃん
Sub Re:
====================
なんでもいいですけど
とにかく絶対言っちゃダメです
何があっても言っちゃダメです
あと泣くのもダメですからね
To あずにゃん
Sub Re2:
====================
よくわかんないけどわかった!
言わない!
泣かない!
606 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:13:04.30 ID:lI4bl0IC0 [19/29]
From あずにゃん
Sub 無題
====================
ありが
To あずにゃん
Sub Re:
====================
途中送信かい??
From あずにゃん
Sub すみません
====================
ありがとうございます
唯先輩のこと尊敬してます
律先輩も澪先輩もムギ先輩も大好きです
From あずにゃん
Sub Re:すみません
====================
でへへ
急にどうしたの~??
609 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:16:43.23 ID:lI4bl0IC0 [20/29]
私が梓ちゃんに電話をかけた直前の時間で、メールは終わっていた。
紬「ありがとう唯ちゃん」
私は唯ちゃんに携帯電話を返した。
私が梓ちゃんにあんな事を続けたのは、私と梓ちゃん、それからみんなとの関係が壊れる事を恐れたからだ。
私が最初にケーキを壊した時、梓ちゃんは悲しんだ。
私はそれを見て、何かの弾みで私とみんなの関係が崩れる可能性を考えた。
だから壊れないって証明したかった。
何度落としても、どれだけ踏みつけても、壊れないって証明したかった。
梓ちゃんは、私が納得するまで、それに付き合ってくれようとした。
そのために、唯ちゃん達にも話さず、私との絆を守ろうとした。
でも、私は最後に梓ちゃんの髪を切り、顔に傷をつけた。
それを誰かに見られたら、私達の関係は壊れる。
梓ちゃんはそうならないように、自分を壊す事で、箱の中身だけを残し、私に差し出してくれた。
617 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:20:12.16 ID:lI4bl0IC0 [21/29]
私は自分の携帯電話を取り出した。
梓ちゃん、ありがとう。
私達の絆は壊れないの。
私が梓ちゃんに電話して、謝れば、全部元通り。
私は梓ちゃんの番号に電話をかけた。
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、もう一度おかけ直し下さい』
私は何度もかけ直した。
唯ちゃんは私を訝しげに見た。
梓ちゃんは電話に出てくれなかった。
出てくれないから、私は謝れなかった。
もう意地悪しないから、泣かせないから、お願いだから。
紬「お願いだから出て……」
梓ちゃんが死んでから、私は初めて涙を流した。
628 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:25:34.21 ID:lI4bl0IC0 [22/29]
唯「ムギちゃん。私、あずにゃんがいなくなってから、ずっとこのメールの意味を考えてたんだ」
私は髪をぐしゃぐしゃにしながら嗚咽を漏らした。
唯「四十九日になれば、あずにゃんの事も納得できて、ムギちゃんの事もわかるのかなって。でも私馬鹿だからわかんなくて」
唯ちゃんの声が震えた。
唯「だからもうこうするしかムギちゃんに伝える方法がないんだよ」
唯ちゃんは私を抱き締めて、泣きながら言った。
唯「ムギちゃん、ケーキは壊れてないよ……」
私は唯ちゃんを抱き返したかったけど、腕に力が入らず、癇癪をおこした子供みたいに泣き喚いた。
633 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:27:33.28 ID:lI4bl0IC0 [23/29]
それからしばらく、私と唯ちゃんは地べたにしゃがみこみ、梓ちゃんを思って泣き続けた。
涙が枯れると、思考は少しずつクリアになった。
目を擦り、私は立ち上がった。
紬「唯ちゃん、私今日は帰るね」
唯「どこに行くの……?」
紬「唯ちゃん、教えてくれてありがとう」
川はもういつもの様にゆったりと流れていて、向こう岸もよく見えた。
私は公園を出て、駅に向かって歩いた。
がらんどうの駅はまだ開いてなかったから、私は改札に続く階段に膝を丸めて座った。
梓ちゃんの声を聞き続けた左耳を弄ると、冷たい金属が指先に触れた。
私はそれを煩わしく思い、引きちぎった。
そうすると耳は暖かくなり、私は少しだけ嬉しくなった。
637 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:29:23.07 ID:lI4bl0IC0 [24/29]
左の耳たぶから血を流したまま、私は目を閉じた。
それから四十九日である事を思い出して、呟いた。
紬「梓ちゃんが天国に行けますように。梓ちゃんが天国に行けますように」
天国でも笑って過ごせますように。
紬「そうだ」
私は梓ちゃんに曲の作り方を教えてあげるって約束してた。
ちゃんとお菓子を持っていくって約束してた。
私が届けてあげなきゃ、私が聴かせてあげなきゃ、梓ちゃんは泣いちゃう。
650 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:32:02.93 ID:lI4bl0IC0 [25/29]
始発の時間になると、駅員が私の身体を揺すった。
私は改札をくぐり、ホームに立った。
唯ちゃんの家の最寄り駅に、特急電車は停まらない。
私を置き去りにして通りすぎる。
でもそれに乗る事が出来れば 、梓ちゃんに会わせてくれる。
駅のすぐ横の踏切の警報機が鳴り出した。
「今ならどんな曲が浮かびますか?」
ごめんね梓ちゃん。
私、嘘ついちゃった。
楽しい時や嬉しい時に曲が浮かぶって言ったけど、本当は今みたいな時でも曲は浮かぶの。
でもそういう曲をみんなに演奏してもらいたくなかったし、何より不出来だったから、言わなかったの。
警報機は鳴り止まない。
私の耳に、それは音符となって届く。
紬「今なら、こんな感じだよ」
私は頭の中に流れる、単調で退屈で出来の悪い曲を口ずさんだ。
紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」
私はゆっくりと線路に降りた。
656 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:33:52.98 ID:lI4bl0IC0 [26/29]
紬「ご清聴ありがとうございました」
線路の上からホームはよく見えない。
思ってたよりここは深い。
足下の揺れが大きくなる。
私は天を仰いだけど、そこに台風後の広い空は無く、コンクリートの天井があるだけ。
『間もなく、電車が通過します。危険ですので、白線の内側までお下がり下さい』
662 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:37:06.56 ID:lI4bl0IC0 [27/29]
視線を天井から少し下におろすと、桜高の制服を着た女の子がホームから私を見下ろしていた。
紬「危ないよ」
女の子の袖を引っ張って白線の内側に戻してあげたかったけど、残念ながら今私がいるのは外側。
せめて、何か楽しい曲を聴かせてあげられればいいんだけどな。
でも、あの時の曲は即興だから、もう思い出せないの。
「私達には楽しい曲のほうが合ってると思います」
私は「梓ちゃん」と呟いた。
女の子が天使みたいに笑った。
私はその女の子に手を伸ばした。
女の子が顔を曇らせた。
私は生きたいと思った。
それから私の身体の潰れる音がした。
おしまい
663 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:37:55.92 ID:lI4bl0IC0 [28/29]
終わりです
保守&支援ありがつ
680 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:40:41.59 ID:1pZ+nmqhI [9/11]
乙 面白かった でも最後の紬の白線の内側、外側の意味がわからんかった誰か教えてくれ
693 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:45:46.53 ID:lI4bl0IC0 [29/29]
>>680
とりあえず最初からもっかい読めば色々わかるように書いてあるつもりなので、そんな感じで
では
【平成22年 11月26日】
この日、唯ちゃん達は音楽室に来なかった。
斎藤に渡されたチョコレートケーキは安全に食べられるものだった。
でも、それじゃダメだった。
だから、私はまた梓ちゃんの目の前でそれを落とした。
今度はわざとだとわかるように、これ見よがしに落として、爪先で踏んだ。
梓「ちょ、ちょっと何してるんですか」
梓ちゃんは慌ててしゃがんで箱を開けた。
梓「あぁ、これもう食べられないじゃないですか」
紬「梓ちゃん」
梓「はい?」
紬「昨日チョコレートがいいって言ってたから持ってきたの」
169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:26:03.82 ID:Iof5d2+a0
梓「それはわかりますけど、でもこれじゃ……」
紬「食べたくないの?」
しゃがんで私を見上げる梓ちゃんの目に、少しずつ怯えの色が広がる。
梓「……言ってる意味がわかりません」
紬「私、お茶淹れるね」
私は梓ちゃんを放って、お茶の用意を始めた。
170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:32:58.63 ID:Iof5d2+a0
机の上にティーカップを並べて、梓ちゃんからケーキの入った箱をパッと取ると、私は箱ごと梓ちゃんの席の前に置いた。
紬「座って。お茶にしよう?」
梓ちゃんは愛想笑いを浮かべながら言った。
梓「ええと、すいません、どうつっこんだらいいんですか?」
私は笑い返した。
紬「ふざけてないよ」
梓「って言われても」
紬「ねえ、早く食べようよ」
梓ちゃんは渋々席につき、お茶を啜った。
紬「ケーキは食べないの?」
梓「……はい」
紬「どうして?」
梓「ムギ先輩が落としたから……」
梓ちゃんは伏し目で答えた。
173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:37:44.44 ID:Iof5d2+a0
紬「いらないの?」
梓「……いりません」
紬「食べてよ」
梓ちゃんは顔を上げた。
そこに不安が水彩絵の具みたいに滲む。
梓ちゃんは、自分が悪意を向けられている事に気付き始めたみたい。
梓「なんで……」
梓ちゃんからしてみれば、それは突然で、不可解だったはず。
私には突然ではなかったけど、不可解なのは同じだった。
梓「ムギ先輩、私、何か失礼なことしました?だったら謝りますから……」
紬「怒ってないよ」
梓「怒ってるじゃないですか」
紬「怒ってないわ」
梓「怒ってるじゃないですか!」
梓ちゃんは声を荒げた。
それから目に涙を溜めながら言った。
梓「何かあるならはっきり言ってください。じゃないと私、わからないです……」
174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:42:05.87 ID:Iof5d2+a0
何を言えばいいの?
私は梓ちゃんを大切な後輩だと思っているし、怒る理由なんて何もないのに。
紬「梓ちゃん落ち着いて。怒ってないよ」
梓「でも」
紬「ほら、早くケーキ食べないと」
梓ちゃんは箱をじっと睨んだ。
それから観念したように、箱の中に飛び散ったチョコレートケーキを指先で摘み、口に運んだ。
そうすれば、私の怒りが収まると思ったのかな。
でも何度も言ったように、私は怒ってないんだよ。
こんな事をさせる理由も、自分でよくわかってないの。
梓ちゃんはケーキを飲み込むと、私の方を見た。
私は何も言わずに手の平を見せて、全部食べるように促した。
175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:48:03.22 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんはケーキを手でかき集めて口に入れ、それを飲み込むと、口の周りをチョコレートで汚したまま鼻をすすった。
私はその一挙一動を、両手で机の上に頬杖をつきながら、しげしげと眺めた。
梓「……食べましたよ。これでいいんですか」
私は笑顔でそれに答えると、梓ちゃんから視線を外して、参考書を開いた。
梓ちゃんは啜り泣きながら、流し台で手を洗った。
それからギターをケースにしまい、バッグを肩にかけて、
梓「お疲れ様でした。失礼します」
と言って、部室から出ようとした。
紬「梓ちゃん待って。一緒に帰ろう?」
梓ちゃんは立ち止まったけど、私の方を見ようとしなかった。
176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:51:06.63 ID:Iof5d2+a0
私は帰る準備をして、ハンカチを用意した。
紬「お待たせ~。じゃ、帰りましょう」
私は梓ちゃんの涙を拭いながら言った。
梓「ごめんなさい……」
いくら拭っても、梓ちゃんの瞳は涙を運んだ。
紬「泣かないで梓ちゃん」
梓「ごめんなさい……」
梓ちゃんはしゃくりあげながら、何度も私に謝った。
私は梓ちゃんの手を取り、音楽室を出た。
帰り道、私達は言葉を交わさなかった。
177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:54:54.34 ID:Iof5d2+a0
家に着くと、私は梓ちゃんに電話をかけた。
梓ちゃんはすぐに出てくれた。
梓「はい……」
かすれた声が受話口から聞こえた。
紬「梓ちゃん、ごめん」
梓ちゃんは答えない。
紬「酷いことしてごめんなさい……」
鼻をすすり、梓ちゃんは私に訊ねた。
梓「なんで?なんであんな事させたんですか……?」
今度は私が無言になった。
178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 11:57:59.17 ID:Iof5d2+a0
梓「昨日せっかくムギ先輩と仲良くなれたと思ったのに……何でですか……?」
紬「ごめんなさい……」
私にもわからないの。
でも、今謝ってるのは本当に悪い事をしたと思ってるからだよ。
梓「いたずら……ですか?」
紬「そう、かも」
体のいい理由を梓ちゃんが用意してくれたので、私はそれに乗っかることにした。
梓「やりすぎですよ……。私、ムギ先輩に嫌われたのかと思いました……」
紬「私が梓ちゃんを嫌いになるわけないじゃない」
梓「ならいいんですけど……ああいうのはもうやめてくださいね。本当にヘコむんですから」
紬「うん。ごめんね」
電話の向こうで梓ちゃんがはーっと息を吐いて、受話口からばたばたという音がした。
179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 12:01:05.30 ID:Iof5d2+a0
梓「良かったです。私、ムギ先輩に何か失礼なことしちゃったのかと思って色々考えちゃいました」
紬「ううん、私が悪いの。だから気にしないで」
梓「はい」
紬「じゃあ梓ちゃん、また明日ね」
梓「はい。失礼します」
そこで私達は電話を切った。
私の左耳は、また暖かくなった。
私はベッドに寝転んで、壁とにらめっこしながら考えた。
なんで私はあんな事をしたんだろう。
梓ちゃんが傷つくのはわかりきっていたのに。
梓ちゃんが傷つけば、私も悲しくなるのに。
その疑問に私の頭が全部持っていかれたおかげで、罪悪感は枕の横に置いたままになった。
200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:08:16.29 ID:Iof5d2+a0
それから一週間、唯ちゃん達も部室に通い続けた。
梓ちゃんが唯ちゃん達に何か言った様子はなく、いつも通りの時間が過ぎていった。
梓ちゃんも私がした事に言及してこなかった。
私だけがいつも通りじゃなかった。
私は音楽室に入るたびに、怖れと好奇心を募らせた。
みんなに知られた時の事を考えると身が竦む。
竦むのに、好奇心は堆積して私を隈なく覆っていく。
私はこっそり、音楽室の物置の内側の鍵を壊しておいた。
201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:16:43.93 ID:Iof5d2+a0
【平成22年 12月6日】
梓「今日はみなさん来ないんですか?」
紬「うん」
梓「そうですか」
そう言って、梓ちゃんは少し残念そうな顔をした。
みんなが来なくて寂しいの?
それとも私と二人でいるのが嫌なの?
梓「あ、でもムギ先輩と二人っきりなら、この前みたいに作曲の話ができますね」
私はそれに答えず、部室の物置を指差した。
紬「梓ちゃん、ちょっと取ってきてほしいものがあるの」
梓「なんですか?」
紬「物置の中なんだけど……」
梓ちゃんは不思議そうな顔をしながら、物置に入っていった。
203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:22:03.75 ID:Iof5d2+a0
梓「どれですか?」
紬「奥の方」
梓「うーん、散らかってて何がなんだか」
私は物置のドアを閉め、鍵をかけた。
梓「あっ、もう!いたずらしないでくださいよ」
私が何も答えないでいると、梓ちゃんは内側から軽くドアを叩いた。
梓「ムギせんぱーい、開けてください」
梓ちゃんはしばらくドアノブをガチャガチャと回した。
梓「はぁ……。ていうか内側にも鍵あるんですからね」
205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:29:56.81 ID:Iof5d2+a0
ドアの向こう側から鍵を外そうとする音が聞こえた。
梓「……ムギ先輩、開けてくれませんか?」
紬「嫌」
そう言った私の声は、自分でも驚くほど冷えきっていた。
梓ちゃんもそれを感じ取ったのか、声のトーンを変えた。
きっと、梓ちゃんは私がケーキを無理矢理食べさせた時の事を思い出したんだと思う。
梓「ムギ先輩、お願いします。開けてください」
紬「ダメよ」
梓「お願いします」
紬「梓ちゃん、私もう帰るね」
私はバッグを肩にかけて、音楽室を出ようとした。
梓「ちょ、ちょっと待ってください!もういたずらはしないって約束したじゃないですか!」
208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:36:13.65 ID:Iof5d2+a0
梓「待って!ムギ先輩待ってください!出してください!」
私は音楽室のドアに耳を当てて、梓ちゃんの声を聞いた。
梓「出して!お願いします!出してください!」
梓ちゃんは数分間叫び続けた後、急に静かになった。
静かにすれば私が戻ってくると思ったのかな。
梓ちゃんはしばらくしてから、さっきより必死に叫び出した。
梓「やだああああ!出して!助けて!!」
私はまたドアに耳を当てる。
梓「誰か!やだ!やだああっ!いやああああっ!!」
214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:44:27.34 ID:Iof5d2+a0
物置のドアを何度も叩く音が聞こえた。
それから一時間近く、梓ちゃんは泣き叫び続けた。
最後の方は声もほとんど掠れていたし、なりふりかまっていられないといった様子だった。
梓ちゃんが静かになって更に一時間くらいしてから、私は音楽室に入った。
物置のドアを開けると、梓ちゃんは泣き疲れたのか諦めたのか、抱えた膝に顔を埋めて座り込んでいた。
紬「梓ちゃん、帰ろう?」
私が声をかけると、梓ちゃんは力なく顔を上げた。
紬「ね、帰ろう?」
梓ちゃんはほっとした顔を見せると、ぽろぽろと涙を流した。
梓「はい……」
私は梓ちゃんの手を引いて、物置を出た。
216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:49:41.22 ID:Iof5d2+a0
家に着くと、私はまた梓ちゃんに電話をした。
紬「梓ちゃん、ごめんね」
梓「もういいです……」
紬「よくないよ。私、梓ちゃんのこと泣かせちゃったんだし。本当にごめんね」
梓ちゃんは涙声で言った。
梓「いたずらはしないって約束したじゃないですか……。狭いところは嫌だって言ったじゃないですか……」
知ってるわ。
だから閉じ込めたの。
紬「ごめんなさい」
梓「……私の事嫌いなんですか?」
紬「そんなことないよ。大好きだよ」
220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 16:55:03.72 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんはしばらく黙った後、ぽつぽつと言った。
梓「今日のことは忘れます。唯先輩達にも言いません。もちろん、憂にも純にも。だからムギ先輩も忘れてください」
紬「うん、ありがとう」
梓「それから、約束してください。もう意地悪しないって」
紬「うん。約束」
それからお互いを慰める言葉をいくつか掛け合い、私達は電話を切った。
私はお茶を淹れて一息つくと、梓ちゃんに「本当にごめんね。もう絶対に意地悪しないから」とメールを送った。
梓ちゃんは、「はい。ていうか忘れてくださいね。また明日部室で。おやすみなさい」とすぐに返してくれた。
そのメールを見て私は安心したけど、その気持ちも翌朝には綺麗さっぱり消えていた。
222 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:01:53.49 ID:Iof5d2+a0
この日から五日間、私は毎日梓ちゃんを物置に閉じ込めた。
梓ちゃんは抵抗したけど、私は力ずくで押し込めた。
二日目は特に激しく抵抗したから、私は梓ちゃんをぶった。
何度もぶつと、梓ちゃんは大人しくなった。
閉じ込められた梓ちゃんが泣き喚き、しばらくして私がドアを開け、手を繋いで帰る。
それから電話をかけて、私は梓ちゃんに謝って仲直りをする。
電話で交わす言葉数は少しずつ減っていった。
四日目で梓ちゃんは抵抗しなくなり、物置の中で啜り泣くだけになった。
梓ちゃんが泣くと、私は悲しくなった。
お願いだから、泣かないで。
お願いだから、「どうして」なんて訊かないで。
五日目、私は梓ちゃんに「泣いたら絶対に出してあげない」と言った。
梓ちゃんはそれに従ってくれた。
私の好奇心は確実に梓ちゃんの重荷になっていたはずなのに、梓ちゃんはこの事を誰にも話していなかったらしく、唯ちゃん達は普段と変わらず私に接してくれていた。
227 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:08:56.28 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 10月28日】
律「かんぱーい!今日もお疲れー!」
りっちゃんの音頭で、私達は缶の蓋を開けた。
唯ちゃんとりっちゃんはゴクゴクとお酒を喉に通し、澪ちゃんはちびちびと飲んだ。
私はみんなが飲み始めたのを確認すると、ゆっくりと缶につけた。
時計は10時を回っていて、テレビは何度目かわからないくらい放送した映画を流している。
筋肉質な男がテロリストに占拠されたビルに取り残される、有名なアクション映画。
澪「この映画って最後どうなるんだっけ」
律「え?テロリストやっつけて終わりだろ」
澪「そりゃそうだけどさ、どういう流れだったかなーと思って」
唯「どうだったかなー?何回も見たけど忘れちゃったよ」
228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:15:17.19 ID:Iof5d2+a0
私はみんなほどテレビも映画も見ていなかったけど、この映画のラストは覚えていた。
結局テロリストは思想家でもなんでもない、ただのこそ泥。
敵のボスは死闘の末、哀れビルから転落。
律「流れなんてどーでもいいって。悪い奴は最後死んで地獄に落ちるの!」
唯「そうなの?」
律「そう!」
唯ちゃんがりっちゃんに笑顔を向けて言った。
唯「じゃああずにゃんは悪い事してないからいなくならないね~」
りっちゃんは、しまったという顔をして、澪ちゃんに目配せして助けを求めた。
澪ちゃんもどうしていいかわからず、苦手なはずのお酒をぐいっと飲んだ。
テレビから響くマシンガンの音がとても耳障り。
なんで男の人はこう乱暴なのが好きなんだろう。
230 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:19:34.08 ID:Iof5d2+a0
紬「かんぱーい!」
空気を変えるために、私は空気を読まずにわざと間抜けな調子で二回目の音頭をとった。
みんなもそれに続き、お酒は進んだ。
澪ちゃんがリモコンのボタンを押してテレビを消したけど、今度は唯ちゃんも止めなかった。
律「おらー!澪飲め飲めー!」
りっちゃんが大袈裟に澪ちゃんに詰め寄った。
澪ちゃんはりっちゃんを小突いてそれをやめさせる。
唯ちゃんはそれを見て笑顔になる。
231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:22:57.11 ID:Iof5d2+a0
みんなお互いの胸のうちはよくわかっていた。
私はみんなの考えている事が手に取るようにわかったし、きっとみんなも私の事
をよく知ってくれている。
ひょっとしたら、私の知らない私の事も。
だから、いっその事みんなに聞いてしまいたかった。
「どうして私はこんな事を続けているの?」
梓ちゃんならきっと知っている。
私の気持ちは、私の手元にない。
全部梓ちゃんに叩きつけたから、もし梓ちゃんが棄てていなかったら、きっと今も梓ちゃんが持っている。
みんなが談笑を続ける一方で、私は時計が気になって仕方なかった。
さっき確認したばっかりなのに。
時計の針はほとんど進んでいない。
私はまた缶に口をつける。
スクリュードライバーはあんまり好きじゃない。
もっと甘いのが私は好き。
もっと甘いものを飲んで、食べて、それからもっと甘い曲を書くの。
中身を一気に飲み干して缶をテーブルの上に置いた時、私は唯ちゃんが時計に目をやっているのに気付いた。
唯ちゃんは時計から目を離すと、澪ちゃんと話しながら携帯電話に手を伸ばした。
232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:27:01.88 ID:Iof5d2+a0
【平成22年 12月12日】
私が音楽室に行くと、梓ちゃんは水槽の中でふわふわと泳ぐトンちゃんに向かって何か話していた。
紬「梓ちゃん、こんにちは」
梓ちゃんは私のほうを向くと、会釈だけをして、またトンちゃんに向かって何か呟き始めた。
紬「何のお話してるの?」
私は梓ちゃんの隣に行き、水槽を指先でつついた。
梓「いえ……」
と言って、梓ちゃんは目を伏せた。
紬「そっか、トンちゃんは知ってるんだもんね」
235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:31:16.29 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんが私の顔をじっと見詰めた。
紬「なあに?」
梓「今日もあそこに入ってなきゃいけないんですか……?」
梓ちゃんは物置をちらっと見て言った。
私は無視して訊ねた。
紬「梓ちゃん、トンちゃんの事好き?」
梓「……はい。好きです」
紬「じゃあ一緒にご飯食べよっか」
梓ちゃんは拳をきつく握りながら言った。
梓「わかりました」
237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:34:40.30 ID:Iof5d2+a0
私は梓ちゃんのティーカップにトンちゃんの餌を入れて、梓ちゃんに差し出した。
梓ちゃんは眉間にシワを寄せ、目に涙を浮かべながらそれを食べた。
紬「泣いたらダメだからね」
梓「はい。わかってます」
梓ちゃんの物分かりが急によくなった事に、私は疑問を抱かなかった。
梓ちゃんと二人っきりで音楽室にいると、得体の知れないものが私の心を支配して身体を動かし、そういう思考を奪った。
梓「食べ終わりました」
紬「うん」
私は梓ちゃんの頭を撫でた。
梓ちゃんはびくっと身体を震わせた。
それが気に入らなかった。
私は梓ちゃんの髪の毛を掴み、そのまま頭を机に叩きつけた。
240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:41:20.65 ID:Iof5d2+a0
梓「……っ」
梓ちゃんが抵抗してくれなかったから、私はすぐに止めた。
もう物置に閉じこめても、梓ちゃんは泣かない。
ああ、私が禁止してるんだっけ。
どっちでもいいわ。
何か他の事をしないと。
紬「梓ちゃん」
私は座ったまま椅子をひきずり、梓ちゃんのすぐ隣に行き、顔を近づけ、梓ちゃんの頬を触った。
柔らかい。
暖かい。
唯ちゃんが気に入ってる気持ち、何となくわかる。
梓ちゃんは唇を震わせながら、じっと私を見据えた。
243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:45:36.69 ID:Iof5d2+a0
紬「梓ちゃん、前に言ってたよね」
梓ちゃんは何も答えなかった。
そっか。そんなに私が嫌いなんだね。
紬「こういうのに憧れてるって」
私は梓ちゃんのおでこに唇を押し当てた。
梓ちゃんは、「ひっ」と声を漏らした。
私は一度梓ちゃんの頭をぶってから、今度は梓ちゃんの唇に自分の唇を重ねた。
カサカサに乾いた唇。
生臭い。
こんなのに憧れてるなんておかしいよ。
唇を離すと、梓ちゃんは私を突き飛ばす事もなく、膝の上で拳を丸めて微動だにしなかった。
紬「平気なの?」
梓ちゃんは小さく首を横に振った。
245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 17:49:33.35 ID:Iof5d2+a0
紬「嫌?」
梓ちゃんは黙ったまま首を縦に振った。
その拍子に、目から涙が溢れた。
紬「泣かないで」
私は梓ちゃんの足を蹴った。
梓「すみません」
梓ちゃんは急いで涙をごしごしと拭き取り、私に顔を向けた。
私はまた梓ちゃんに唇を重ねた。
梓ちゃんはぎゅっと目を瞑った。
私は目を開けたまま、梓ちゃんの唇を噛んだ。
248 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:02:25.88 ID:Iof5d2+a0
梓「……つっ……!」
梓ちゃんは声を漏らして痛みに耐えた。
私の口の中に、血の味が広がる。
おいしくない。
私はドラキュラじゃないもの。
おいしいわけない。
私は唇を離し、梓ちゃんに立つように言った。
梓ちゃんは机に両手をつき、私は梓ちゃんの後ろに回って制服のシャツの中に手を入れた。
私に、梓ちゃんに対する情欲があったわけじゃない。
恋愛感情もない。
梓ちゃんの事は大好きだけど、それは恋愛とかそういう事じゃない。
私はただ、梓ちゃんを可哀想な目に遭わせたかっただけ。
それだけの理由で、私は梓ちゃんの身体を触った。
でも梓ちゃんが可哀想になると、私の心は軋んだ。
骨が歪み、皮が千切れるんじゃないかと思うほど、辛かった。
249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:07:57.62 ID:Iof5d2+a0
紬「よかったね梓ちゃん。憧れてたんだもんね」
梓ちゃんは、ふっ、と息を吐いた。
暖房をつけていなかったから、それは白く立ち上ぼり、すぐに消えた。
私は梓ちゃんのスカートの中に手を入れ、下着を脱がせた。
それから私の指は、そっと梓ちゃんの脆いところに触れた。
梓ちゃんの呼吸が乱れた。
それは性感によるものではなく、泣くのを堪えていたからだ。
紬「泣かないで」
梓ちゃんの声が震える。
梓「泣いてません」
紬「泣いてるよ」
梓「泣いてません」
紬「嘘。泣いてるよ。私の指、梓ちゃんの涙で濡れてるもん」
梓ちゃんは身体を机に倒し、顔を隠しながら言った。
梓「……すみません」
252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:12:23.62 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんはいよいよ泣くのを我慢できなくなり、机の上に涙をこぼし、しゃくりあげた。
私は梓ちゃんの中に指を入れた。
梓「っ……く……」
梓ちゃんはまた声を漏らした。
太股に血が伝う。
紬「痛いの?」
梓「……は、い……」
紬「でも憧れてたんだよね?」
梓ちゃんは答えなかった。
254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:16:05.35 ID:Iof5d2+a0
紬「そうなんでしょ?」
私は梓ちゃんの中に埋もれた指を動かしながら言った。
梓「あ……っ。違い、ます……」
梓ちゃんは泣きながら言葉をひりだした。
紬「泣いちゃダメって言ってるのに」
私はまた指を動かした。
梓「いっ……た……痛、い……痛い…………」
紬「じゃあ痛くなくなるまで動かすから」
それから私は指を動かし続けた。
梓ちゃんは随分長いこと涙を流しながら、痛みに耐え続けてくれた。
255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:20:16.65 ID:Iof5d2+a0
窓の外の日が落ちて部屋が暗くなる頃、梓ちゃんの声色が変わった。
動物的なその声に、私は少し怯えながら指を動かした。
指先に当たる、梓ちゃんの子宮の入り口が気持ち悪い。
こんなに小さくて弱々しい身体なのに、子供を作る事はできるなんて、なんだか不思議。
いつもならみんなの笑い声と演奏だけで構成される部室の音景は、単調に展開する梓ちゃんの声だけになり、私はそれがとても嫌だった。
添加物をどっさり入れて作ったお菓子のような下品な声を出し続ける梓ちゃんの身体から、雌の匂いが撒き散らされているような気がして、私は顔をしかめた。
梓ちゃんは一際大きな声で鳴くと、がくりと膝から落ちた。
梓ちゃんから私の指は抜け、てらてらと光る指先に私は寒気を覚えた。
それから私は念入りに手を洗うと、泣きながら項垂れる梓ちゃんの腕を掴んで立たせた。
紬「帰ろっか」
梓「……はい」
258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:23:08.55 ID:Iof5d2+a0
冬の通学路に、人は疎らだった。
街灯は頼りなく揺れ、私と梓ちゃんを導く。
ごめんね街灯さん。
いくら照らしてもらっても、梓ちゃんは元気にならないの。
私が家に帰って電話をかけないと、梓ちゃんは元気にならないの。
不意に、指先に冷たいものが当たった。
紬「梓ちゃん、雪だよ」
梓ちゃんは俯いたまま。
紬「早く帰らないと風邪引いちゃうね」
259 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:26:52.22 ID:Iof5d2+a0
駅に着いて、私は梓ちゃんの手を離した。
バッグから消毒薬を取り出し、ティッシュを湿らせて、私が噛んだ梓ちゃんの唇に当てた。
梓「っ……」
紬「ちょっとだけ沁みるからね」
手当てを済ませても、梓ちゃんは私の顔を見てくれなかった。
紬「じゃあね」
梓ちゃんはようやく顔を上げ、目の周りを赤く腫らした顔で、毅然と言った。
梓「はい。失礼します。また明日」
260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:29:49.18 ID:Iof5d2+a0
家に着き、私は梓ちゃんに電話をかけた。
紬「梓ちゃん、ごめんなさい」
梓「はい」
紬「本当にごめんね……」
梓「大丈夫です。怒ってないです。私こそ泣いちゃってすみませんでした」
紬「私の事嫌いでしょ?」
梓「そんなわけないじゃないですか」
紬「大っ嫌いでしょ……」
梓「私は絶対にムギ先輩を嫌いになりません」
紬「梓ちゃん……もう酷いことしないから……。絶対にしないから嫌いにならないで……」
梓「なりません」
紬「……良かった」
私は安堵して、身体の力がふっと抜けてしまい、ベッドに倒れこんだ。
262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:34:23.85 ID:Iof5d2+a0
次の日からは毎日唯ちゃん達が部室に来たから、私と梓ちゃんが二人っきりになる事はなかった。
私はいつも通りに振る舞う事ができたし、梓ちゃんもいつも通りに接してくれた。
バレンタインには梓ちゃんがチョコレートケーキを持ってきてくれた。
梓ちゃんは私みたいに、箱を落としたりしなかった。
私達三年生は無事に大学に合格し、梓ちゃんのために曲を作る事にしたから、残りの高校生活も消化試合にはならなかった。
梓「アンコール」
卒業式の日、梓ちゃんはその曲を聴いた後、軽口を叩いてからそう言ってくれた。
この日梓ちゃんは泣いちゃったけど、私はそれを咎めなかった。
部活を引退したあの日、私の涙を拭ってくれたのは梓ちゃん。
梓ちゃんがいくら泣いても、私がそれを叱るなんて事があるわけない。
私の役目は、梓ちゃんを叱る事じゃなくて、涙を拭いてあげる事だもん。
263 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:38:30.83 ID:Iof5d2+a0
私達は部室を出る前に、写真を撮る事にした。
唯「どのへんで撮る~?」
さわ子「黒板があるんだし、そこに何か書いてみんなその前に並んだら?」
澪「あ、それいいですね」
律「最後の最後でさわちゃんもやっといい事言うようになったかー」
さわ子「ちょっと!私はいつもいい事言ってるでしょ!」
唯「ねえねえ、何て書く~?」
私はチョークをとり、黒板に文字を書いた。
『きっと、ずっと、いっしょ!』
それから唯ちゃんが星やハートマークを黒板にちりばめ、澪ちゃんがウサギを書き、りっちゃんは自分の立ち位置に「ぶちょう!」と書いた。
最後に梓ちゃんが放課後ティータイムのマークを書いて、私達は黒板の前に並んだ。
268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 18:56:55.38 ID:Iof5d2+a0
唯ちゃんを真ん中にして、その左側に澪ちゃんとりっちゃん。
右側には私と梓ちゃん。
誰かが言うでもなく、私達は手を繋いだ。
私は梓ちゃんの右手をぎゅっと握った。
でも、梓ちゃんは握り返してくれなかった。
唯ちゃんと繋いだ梓ちゃんの左手は、お互いにしっかりと握られている。
みんなにとって梓ちゃんは、本当に天使だった。
でも、もしかしたら梓ちゃんの目に、私は悪魔として映っているのかもしれない。
私はまた不安になった。
あの時のがっかりした梓ちゃんの顔が過る。
私はまた、梓ちゃんと二人っきりになりたいと思った。
273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:09:29.95 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 10月28日】
唯ちゃんは、時々携帯電話を弄りながら甘いカクテルばかりを飲み続けていた。
りっちゃんはいつもの調子で澪ちゃんを挑発し、それに引っ掛かった澪ちゃんと飲み比べを始めた。
りっちゃんは、
律「これはウーロンハイだから!」
と言いながらウーロン茶を飲み続け、澪ちゃんはひたすらオレンジを使ったカクテルを飲み続けた。
途中でりっちゃんの不正が発覚し、りっちゃんは買い置きの焼酎をラッパ飲みするハメになった。
11時を回る頃には、みんなかなりお酒も回っていた。
澪「唯~……唯は本当にいい子だよな~……」
りっちゃんはベッドの上で寝息を立て、澪ちゃんは首まで真っ赤にしながら唯ちゃんに甘えていた。
唯「もー、澪ちゃん飲み過ぎだよー」
唯ちゃんも相当ご機嫌になっていたけど、澪ちゃんほどじゃなかった。
澪ちゃんがこのテンションになった時は、大体三十分もしないうちにトイレに直行して、泣きながら戻すパターン。
274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:14:05.56 ID:Iof5d2+a0
澪「唯~、私、唯とバンド組めて本当に幸せなんだぞ」
唯「私もだよ澪ちゃ~ん」
私はその二人を眺めているだけでも楽しかったけど、やっぱり自分だけ酔えないのは寂しかった。
でもそのぶん、酔い潰れたみんなのお世話ができるからいいかな。
澪「ム~ギ~」
澪ちゃんは、今度は私にひっついてきた。
紬「きゃっ」
澪「ムギはほんっとうに、いい曲書くよね~」
紬「ありがと。でも澪ちゃん、それこないだも言ってたよ?」
澪「何度でも言うよ!私はムギの曲大好きだー!!」
紬「澪ちゃん、夜遅く騒いだらお隣さんに迷惑だからもうちょっと……」
唯「大丈夫大丈夫ー。ここ防音しっかりしてるから~」
私達がお酒を飲むと、この部屋はサーカス小屋みたいになる。
今まで苦情が来なかったという事は、本当にちゃんとした作りなんだんろうなぁ。
275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:18:37.81 ID:Iof5d2+a0
澪「ん、ムギ~」
澪ちゃんは私の膝に顔を埋めた。
紬「もう、澪ちゃん飲み過ぎよ~。お酒嫌いって言ってたのに」
澪「えへへ」
唯「澪ちゃんは甘えん坊だなぁ~」
ツッコミ役のりっちゃんがダウンすると、本当に収拾がつかなくなる。
澪「ムギ~」
紬「なあに澪ちゃん?」
澪ちゃんは顔を上げて言った。
澪「吐きそう」
いつもより大分早く、澪ちゃんの限界がきたみたい。
278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:23:08.02 ID:Iof5d2+a0
紬「澪ちゃん、トイレいこっか」
澪「う、うん……」
私が澪ちゃんの手をとると、唯ちゃんがそれを制した。
唯「あ、私が介抱するよ~」
紬「え?でも唯ちゃんも酔ってるでしょ?」
唯「私はまだ大丈夫だよ~」
紬「でも……」
唯「いざというときは私も澪ちゃんと一緒に吐きます!ふんす!」
紬「うーん……」
澪「は、早く……」
澪ちゃんの顔がみるみる青醒めていったから、私は問答を終わらせて唯ちゃんに任せる事にした。
279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:28:58.33 ID:Iof5d2+a0
紬「じゃあ唯ちゃん、お願いね。あとこれ、お水」
唯「はーい!ありがとー!ささっ、澪ちゃんいくよ~」
唯ちゃんは携帯電話をポケットに入れると、澪ちゃんを支えながらトイレに向かった。
少しして、トイレから澪ちゃんの戻す音が聞こえた。
私は新しい缶を開け、口の中を湿らせた。
どうやったらみんなみたいに酔っ払えるのかな。
私は缶を持ったまま、窓を開けてベランダに出ようとした。
律「全く、澪はしょうがないな~」
私はベッドに顔を向けて、窓を閉めた。
紬「りっちゃん、起きてたの?」
律「ん、今起きた」
282 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:33:22.27 ID:Iof5d2+a0
紬「澪ちゃんお酒弱いんだから、あんまり飲ませちゃダメだよ」
りっちゃんは私に背中を向けたまま答えた。
律「だってああでもしないと澪は飲まないじゃん。飲まないと酔えないじゃん」
紬「そうだけど」
トイレから澪ちゃんの泣き声が聞こえた。
澪「う、ううう……もうお酒なんてヤダ……ゆいぃ……」
唯「大丈夫だよ澪ちゃん!頑張って吐いて!」
287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:38:54.29 ID:Iof5d2+a0
紬「やっぱり飲ませたら可哀想だよ」
律「酔えないほうが可哀想だって」
またトイレから声が聞こえる。
唯「ほら澪ちゃん吐いて!吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー」
澪「それはお産のときの……うっ、お、おぇ……」
りっちゃんはまだ私に背中を向けたまま、訊ねてきた。
律「ムギは平気なの?全然酔っぱらってないじゃん」
私にはその質問の意味がわからなかった。
またトイレから泣き声が聞こえた。
澪「ふっ……う、う……ムギ……りつ……」
唯「澪ちゃん、ほら吐いて」
澪「あ……ずさ…………」
りっちゃんの背中が震えている事に、私はやっと気付いた。
291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:44:25.86 ID:Iof5d2+a0
澪「ふっ、う、うぅぅ……梓ぁ………」
唯「澪ちゃん飲み過ぎだよ~」
澪「……梓に会いたい……」
それから澪ちゃんは、大声で泣き出した。
防音のしっかりした部屋じゃなかったら、お隣さんに怒られちゃうところね。
唯「澪ちゃん、泣いたらあずにゃんに笑われちゃうよ~」
りっちゃんは枕で顔を隠しながら、身体を震わせた。
言葉を見つけられない私は、りっちゃんの肩を撫でた。
りっちゃんは
律「ごめん、今だけだから」
と言ってから、枕をぎゅっと握り、また身体を震わせた。
私は肩を擦りながら、あやす様に言った。
紬「りっちゃん、大丈夫。きっと飲み過ぎたのよ」
293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:51:24.13 ID:Iof5d2+a0
しばらくして、りっちゃんはまた静かに寝息を立て始めた。
澪ちゃんは泣き止まなかった。
時計に目をやると、もう11時30分を過ぎていた。
りっちゃんが眠った事にほっとして、私は泣き続ける澪ちゃんの様子を見に行こうと思い、部屋を出た。
私がトイレのドアノブに手をかける前にドアが開いて、唯ちゃんが出てきた。
唯「お酒買ってくるね」
紬「えっ?今から?」
294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 19:54:34.48 ID:Iof5d2+a0
澪ちゃんの泣き声が止んだ。
唯「今度は平沢セレクションで買ってくるよ~」
紬「でも、澪ちゃんもりっちゃんも潰れちゃってるし……」
唯「えへへ~澪ちゃんのことよろしく~」
そう言って唯ちゃんはふらふらと外に出ていった。
私がトイレを覗くと、澪ちゃんは泣き疲れて眠っていた。
私はそのままにしておいてあげたほうがいいと判断して、部屋に戻った。
ソファーに座り、クッションの感触を確かめてから、それを抱き締めた。
それからテーブルの上の缶を取り、口をつける。
私は座椅子を倒して、身体を横たえた。
左耳のピアスがかちゃんと音を立てて床に触れた。
視線の先にある物を見て、私は呟いた。
紬「唯ちゃん、財布置きっぱなし……」
309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:13:11.95 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 4月29日】
高校を卒業し、大学に入ると、私達はすぐに軽音サークルを探した。
でも最初に参加した飲み会で澪ちゃんが散々な目に合ったから、結局自分達でサークルを作る事にした。
その立ち上げ会議は、まだ家具の揃わない唯ちゃんの部屋で行われた。
律「んじゃとりあえず会長は私で」
澪「異議あり」
律「ええー?なんだよ、私じゃ嫌なわけー?」
澪「律が会長やったらまた申請とか忘れるだろ。高校の時は和が生徒会だったから良かったけど、大学じゃそうもいかないし」
律「大丈夫だって。大船に乗ったつもりで任せてもらおうか!」
澪「絶対氷山にぶつかるだろその船。信用できません」
律「なっ?それが大親友に言うセリフかよ!?」
澪「それとこれとは別」
310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:18:51.96 ID:Iof5d2+a0
紬「私はりっちゃんでいいと思うけど」
唯「私も~」
澪「ええ?じゃあ梓はどう思う?」
梓「えーっと……ていうかその前に……」
梓ちゃんはみんなの顔を見渡してから言った。
梓「なんで私がこの会議に参加してるんですか?」
313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:26:58.36 ID:Iof5d2+a0
みんなそれを聞いて不思議そうな顔をした。
律「いや、なんでと言われても」
唯「あずにゃんは会議嫌い?」
梓「そうじゃなくて、これみなさんのサークルを作る会議ですよね?」
澪「うん」
梓「なんで私が……」
憂「みなさん、お茶どうぞ」
お茶を運んできた憂ちゃんは、にこにこしながら座った。
律「だって梓も頭数に入ってるし」
梓「でも私、まだ高校生ですよ?それに高校の軽音部もありますし」
唯「えー?あずにゃんも一緒にサークルやろうよー」
315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:31:21.89 ID:Iof5d2+a0
梓「でも……」
梓ちゃんは私の顔をちらっと見てお伺いを立てるような表情をした。
私は笑顔を見せてそれに答えた。
紬「梓ちゃんも一緒にやろう?」
梓ちゃんは照れ臭そうな顔をした。
梓「私は……はい。構いませんけど」
律「まーったく梓は素直じゃないなー。卒業式の時なんて「卒業しないでよ~!うえーん!」とか言って可愛かったのに」
りっちゃんは梓ちゃんと肩を組んで茶化した。
梓「そ、そんな言い方してません!」
憂「へえ~梓ちゃん、泣いちゃったんだ」
梓「あーっ!もう!そんなことより会長を早く決めましょうよ!そのための集まりなんですから!」
結局なんだかんだで澪ちゃんもりっちゃんが良かったらしく、投票の結果、満場一致で会長はりっちゃんに決まった。
317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:37:01.29 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 5月3日】
梓ちゃんは学校の軽音部の活動と平行して、私達のサークルにも参加した。
よくよく考えてみれば、それはサークルじゃなくてあくまでも放課後ティータイムだった。
一応サークルの申請は出したけど、会員の募集はしなかった。
もう「放課後」ではないから、バンド名を変えようという話も出た。
唯「じゃあ、自主休講ティータイムとか?」
結局バンド名は据え置きで活動を続ける事になった。
大学では高校の時より自由な時間が増えたため、私達四人は高校の時に働かせてもらった喫茶店でアルバイトをするようになった。
バイト代の一部はスタジオを借りる費用に使われた。
ゴールデンウィークは梓ちゃんを入れた五人で練習をして、唯ちゃんの部屋に集まった。
梓「やっと引っ越し終わったんですね。……ていうか……」
梓ちゃんは室内を見渡しながら言った。
梓「実家の部屋とあんまり変わりませんね」
唯「そうなんだよ。大学生なんだから、もっと新鮮な感じが良かったんだけどなぁ」
梓「家具とか新しいの買わなかったんですか?」
318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:40:17.37 ID:Iof5d2+a0
唯「いやぁ~愛着があるもんでね~。あ、でもあずにゃんのためにソファーとクッションを買いました!」
梓「私はセレブに飼われるネコですか……。前に来たときも思ったんですけど、このマンションの外観って唯先輩にはもったいないくらいかっこいいですね」
唯「やっぱり?だよね~。いつかもっと可愛いところに引っ越したいなぁ」
律「唯、今の皮肉だぞ」
梓「一人暮らしってことはもしかして自炊もしてるんですか?」
唯「うん!憂がご飯作って持ってきてくれるんだ~」
梓「通い妻!?ていうかそれ自炊って言わないですから!」
唯「えっ、そうなの?」
梓「はぁ……やっぱり唯先輩は唯先輩ですね」
梓ちゃんは呆れたように言ったけど、どこかほっとしている様に見えた。
319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:45:41.94 ID:Iof5d2+a0
律「さて、では我々の新しい門出を祝ってー」
「かんぱーい」
唯ちゃんとりっちゃんと私はお酒を、澪ちゃんと梓ちゃんはジュースで乾杯した。
梓「いいんですか?みなさんまだ未成年ですよね」
梓ちゃんは抱いたクッションで口元を隠しながら言った。
唯「大学生は大人だから大丈夫だよ~」
さわ子「法律で20歳未満の飲酒は禁止されてるから本当はダメなのよ」
もちろんさわ子先生はビールで乾杯。
律「あー……もうさわちゃんがいきなり現れても驚かなくなったなぁ」
梓「って律先輩、先生の前で何堂々と飲んでるんですか」
さわ子「いいのいいの。私はもうりっちゃん達の先生じゃないんだから、いくら飲んでも私は止めないわ。さあ!どんどん飲むわよー!」
そう言ってさわ子先生はビールを飲み干した。
澪「職務から解放されて前よりのびのびしてますね……」
322 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:48:20.43 ID:Iof5d2+a0
律「ところで梓、制服なんだよな~」
梓「え?まぁ、そうですけど。それがなにか」
唯「制服ですよりっちゃん」
律「初々しいなぁ」
唯「若々しいなぁ」
梓「一歳しか違わないじゃないですか!ていうかついこないだまで先輩達も着てましたよね!?」
唯ちゃんとりっちゃんはしばらくそのネタで梓ちゃんを弄り倒した。
さわ子「あ、梓ちゃんは飲んじゃダメよ。まだ教え子なんだから」
梓「わかってますよ」
律「梓が酔ったら怖いだろうなー。一升瓶振り回して、バキッ!ガシャーン!オラー!って」
唯「あなた、もうやめてー!子供がみてるわー!」
梓「はいはい」
紬「ふふっ」
325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:51:48.14 ID:Iof5d2+a0
梓「ところで、みなさんが酔っ払ったらどうなるんですか?」
唯「えっとね、澪ちゃんはおえーってなって」
澪「おい」
唯「りっちゃんは面白くなって、私は楽しくなるよー。ムギちゃんはあんまり変わらないなぁ」
梓ちゃんは、ぷっと笑った。
梓「つまり、みなさんほとんど変わらないんですね」
律「そういやさわちゃんが酔ったところは見た事ないな」
さわ子「私も大して変わらないわよ」
唯「ふうん。ところでさわちゃん」
さわ子「なあに?」
唯「今日休日だよね」
さわ子「そうよ?」
唯「休日の夜に私達と遊んでるってことは、本当に彼氏いなかったんだねー」
一同沈黙。
律「唯、それそろそろ私達にも跳ね返ってくるから!」
326 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 20:55:25.07 ID:Iof5d2+a0
お酒は進み、夜が更ける。
先生は少ししてから身支度をして、「いつでも音楽室にきてね」と言って帰っていった。
高校の時は気づかなかったけど、先生はずっと、私達に大人の手垢がつかないように守ってくれていた気がする。
私達が持っている根拠のない全能感や、漠然とした希望を、そのまま残して生きていけるように。
だから私達は振り返らないし、反省もしない。
先生が帰ってしばらくすると、りっちゃんは梓ちゃんにお酒を勧め始めた。
梓ちゃんは押しに負けて飲んでしまい、思いの外その味を気に入ったらしく、何杯も飲んだ。
結局澪ちゃんも、
澪「私だけ飲まないなんてなんか嫌だ……」
と言って、苦い苦いと言いながら先生が開けずに置いていったビールを飲んだ。
330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:00:18.89 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんは意外とお酒に強くて、唯ちゃんとりっちゃんと澪ちゃんが潰れた後も、私と二人で飲み続けた。
私達は大学の様子、新しい軽音部の話、それから作曲の話をした。
私が梓ちゃんにした行為については、一切話題に出なかった。
私はいつその話を出されるのかと内心怯えていたけど、梓ちゃんはそんな様子を全く見せなかった。
梓「ムギ先輩、今ならどんな曲が浮かびますか?」
紬「うーん、さすがに今はお酒も入ってるし……。あ、待って」
私は立ち上がり、部屋の窓を開けてベランダに出た。
それから梓ちゃんに手を差し出した。
梓ちゃんは一度その手を取ろうとして、すぐに引っ込めた。
紬「大丈夫。ベランダに置き去りにしたりしないから」
梓ちゃんは申し訳なさそうな顔をして、私の手を取り、ベランダに出た。
春の夜空が心地よい風を室内に運ぶ。
眼下に流れる川のすぐ側には公園があって、そこのガス灯が川面にちらちら反射する。
煌めくパノラマは宝石箱を引っくり返したみたいで、先生が大人から守ってくれたのは、きっと私達にこれと同じものを見たからだと思った。
331 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:10:06.33 ID:Iof5d2+a0
私は手すりに手をかけると、頭に頼りなく浮かぶ音符をかき集め始めた。
それを頭の中で五線譜に書きなぐり、口ずさんだ。
梓ちゃんはしゃがんで、グラスを口につけた。
赤い顔をして身体を前後にゆすりながら、私の声に耳を傾けてくれた。
川の対岸にある建物郡は、ひとつずつ明かりを消していった。
そのおかげで、星もよく見えた。
でも、星を見る必要はなかった。
目を閉じると、音の微粒子が私の容器に降り積もり、私はそれをひとつずつ掬い上げて、声に変える。
あます事なく、梓ちゃんと、それから眠っている唯ちゃん達に伝えるために。
この曲をみんなが演奏してくれたら、とっても素敵な音になりそう。
333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:13:03.99 ID:Iof5d2+a0
紬「ご清聴ありがとうございました」
梓「なんだか浮遊感のある曲ですね」
梓ちゃんのろれつは回っていない。
紬「やっぱりちょっとお酒入ってるからかな?」
梓「私も最近自分で作ったりしてるんれすけど、中々うまくいかなくて」
紬「……梓ちゃん大丈夫?ちょっと横になる?」
梓「だいじょうぶです。ムギ先輩は一年生の頃から曲書いてたんですよね」
紬「私も一年生の頃は四苦八苦したわ。三年生になってからかな、いっぱい書けるようになったのは」
梓「そうですか……。じゃあ私も」
そこで梓ちゃんは言葉を詰まらせた。
というより、喉に何か詰まらせたみたいだった。
梓ちゃんは口を両手で押さえ、涙目で私をじっと見詰めた。
紬「あ、梓ちゃん!?」
梓ちゃんは額に汗を滲ませながら、首を横に振った。
私は急いで梓ちゃんをトイレに連れていった。
334 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:16:04.50 ID:Iof5d2+a0
梓「うっ、げほっ……おええ……」
私は梓ちゃんの背中を擦りながら謝った。
紬「ごめん梓ちゃん。飲ませ過ぎちゃったね」
梓「だい、じょう……お、おえっ……げほっ……えほっ……」
紬「吐けば楽になるから」
私は梓ちゃんの口に手を入れて舌の奥を刺激して、吐かせてあげた。
梓ちゃんは鼻をすすりながら言った。
梓「すみません……うっ、げほっ、ごほっ……」
梓ちゃんがあらかた吐き終わると、私は服の袖で梓ちゃんの口元を拭った。
梓「すみません、服汚しちゃって」
紬「いいの、気にしないで」
梓ちゃんは肩で息をしていた。
潤んだ瞳が弱々しく私を見詰める。
梓ちゃんが泣きそうだったから、私は気分が悪くなった。
こういう時はどうすればいいんだっけ。
こういう時は。
335 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:20:16.36 ID:Iof5d2+a0
汗でおでこにくっついた梓ちゃんの前髪を引っ張り、私は梓ちゃんに唇を押し当てた。
梓「ん……っく……」
梓ちゃんが驚き、怯えている事はすぐにわかったけど、私はやめなかった。
唇を離すと、梓ちゃんは苦しそうに言った。
梓「酔ってるんですか……?」
紬「わかんない」
トイレの鍵を閉め、私は梓ちゃんの服を脱がせた。
梓「ムギ先輩。ダメですよ。やめましょう。ね?」
梓ちゃんは私の手を握り、子供を諭すような口調で言った。
私は梓ちゃんの口を押さえ、人差し指をその上から当てて、静かにするように促した。
瞳に諦めの色が浮かび、梓ちゃんはゆっくりと頷いた。
私は口を押さえていた手をそっと離した。
紬「声出しちゃダメだよ」
梓ちゃんはまた頷いた。
337 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:25:40.78 ID:Iof5d2+a0
それからの数十分は、きっと梓ちゃんにとっては悪夢でしかなかったと思う。
私は梓ちゃんの中に指を入れて、かき回し、尊厳を踏みにじった。
梓ちゃんは他のみんなに聞こえないよう、歯を食いしばって声を殺した。
梓ちゃんが果てると、私は梓ちゃんの頭を掴んだ。
そして便器の中に頭を突っ込ませた。
溜まった水で梓ちゃんは呼吸できなくなり、それが限界になると私を引っ掻いた。
私は梓ちゃんの顔を上げさせて、その表情をしげしげと見た。
睫毛の一本一本、唇の皺、頬についた水滴、全部目に焼き付けた。
紬「泣いてないよね?」
梓ちゃんはずぶ濡れになりながら、真っ直ぐに私を見て答えた。
梓「泣いて、ません……」
339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:29:18.90 ID:Iof5d2+a0
私はまた梓ちゃんの顔を便器の中に入れた。
梓ちゃんは私を引っ掻き、私は顔を上げさせる。
それを何度も繰り返した。
それに飽きると、私は梓ちゃんを残してトイレを出て、ドアを締めた。
梓「いや……行かないで……」
紬「ちゃんとドアの前にいるわ」
梓「狭い所、恐いんです……」
紬「知ってるよ」
梓「お願いです……出してください……」
紬「それはダメ」
ドアの向こう側で、梓ちゃんは一度泣き出しそうになったけど、すぐにそれを我慢してくれた。
342 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:39:07.21 ID:Iof5d2+a0
明け方になってから、私はみんなが起きる前に梓ちゃんを出してあげることにした。
ドアを開けると、梓ちゃんは小さい身体をさらに小さくして、トイレの中で目を見開いて震えていた。
紬「もう出ていいよ」
梓ちゃんは私に視線を移して、何か言おうと唇を動かしたけど、声になっていなかった。
紬「梓ちゃん、もう出ていいのよ」
梓ちゃんは震えたまま立ち上がらない。
私は携帯電話を持ってベランダに出て、梓ちゃんに電話をかけた。
梓ちゃんは電話に出てくれたけど、何も言わない。何も言えなかった。
紬「梓ちゃん、ごめんね……」
ベランダから川の対岸を見渡そうとしたけど、5月なのに朝靄がばかに濃かったから見えなかった。
私が何度も謝ると、梓ちゃんは消え入りそうな声で言った。
梓「は……い……大丈夫……です……」
343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:42:40.29 ID:Iof5d2+a0
部屋に戻ると、私は梓ちゃんの震えが止まるのを待ち、浴室に連れていった。
服を全部脱がせ、私はジーパンを膝まで上げてシャツの袖を捲り、梓ちゃんの身体を洗ってあげた。
紬「次、顔ね。目を閉じて」
梓ちゃんは言われるがままに目を閉じた。
私は手でシャワーが熱すぎない事を確認すると、そっと梓ちゃんの顔にかけた。
汚れを落とすと、梓ちゃんの肌は水を弾いた。
私がシャワーを止めても、梓ちゃんは目を閉じたままだった。
シャワーヘッドから滴り落ちる水の音が浴室に響く。
紬「目、開けていいよ」
私はそう言ったけど、開けて欲しくなかった。
どんな眼で私を見るのか知りたくなかった。
345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 21:48:30.98 ID:Iof5d2+a0
律「あれ?誰か入ってんの?」
磨りガラスの向こう側から、りっちゃんの声がした。
今度は私の身体が震え始めた。
梓「私が吐いて汚れちゃったから……」
律「ん?梓か」
梓「ムギ先輩に洗ってもらってるんです」
梓ちゃんは目を閉じたまま言った。
律「わかったー。ムギも面倒見いいな。じゃあ私はもーちょっと寝るから」
それからりっちゃんの足音は遠ざかっていった。
347 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:01:39.58 ID:Iof5d2+a0
私は言葉を詰まらせ、浴室に時間が彷徨った。
紬「梓……ちゃん、もう目開けていいよ」
やっとの思いで声を発すると、
梓「はい」
と言って梓ちゃんは目を開けようとした。
私は膝をついて梓ちゃんの濡れた身体を抱き締め、顔を見ないようにした。
紬「ごめんね……本当にごめんね……」
私は嗚咽を漏らしながら、さらにきつく梓ちゃんを抱き締めた。
お願いだから、泣かないで。
お願いだから、あっちへ行けって言って。
私の鼻をへし折って、もう二度と会わないで。
紬「やだ……そんなのやだ……梓ちゃん、嫌わないで……」
梓「……はい」
紬「お願い……」
梓「ムギ先輩……服濡れちゃいますよ……」
私が泣き続けていると、梓ちゃんは濡れた手で私の頭を撫でてくれた。
348 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:03:45.36 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 5月9日】
次の月曜日、私は澪ちゃんにアルバイトを代わってもらい、桜高の音楽室に向かった。
憂「梓ちゃんですか?今日は掃除当番だからまだ教室にいると思いますけど……」
紬「ありがとう。あ、良かったらこれ、みんなで食べてね」
憂「いいんですか?ありがとうございます!」
私は憂ちゃんにお菓子の入った箱を渡すと、音楽室を出た。
階段を降りる途中で梓ちゃんと鉢合わせになった。
梓「こんにちは」
梓ちゃんは表情を変えずに行った。
紬「梓ちゃん、お出掛けしようよ」
梓ちゃんは少し黙った後に、
梓「はい」
と言った。
349 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:06:50.34 ID:Iof5d2+a0
私は梓ちゃんを学校のトイレに連れていき、唯ちゃんの部屋でしたのと同じ事をして、梓ちゃんを汚した。
六月の終わりまで、私は暇を作ってはこれを繰り返した。
梓ちゃんは抵抗しなかったし、もう泣くこともなかった。
私が帰宅してから電話をかけると、必ず許してくれた。
夏休みになると、私は毎日のように梓ちゃんを呼び出し、桜高の音楽準備室に連れて行った。
梓ちゃんは必ず私より先に部室に来ていて、トンちゃんに何か話しかけていた。
きっと梓ちゃんにとって、トンちゃんだけが全てを話せる相手だったんだと思う。
だから、私は水槽ごとトンちゃんを私の家に移す事にした。
拠り所を失ったはずなのに、梓ちゃんは私に会ってくれた。
354 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:14:28.45 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月9日】
桜高の夏休みが終わっても、私は部室に行った。
この日、梓ちゃんは一人だった。
私が他の部員を帰らせるように言っておいたからだった。
私は鋏をバッグに入れて家を出た。
お辞儀をして見送る執事が、やたら頭の悪い人間に思えた。
私がギターを壊すと、梓ちゃんは久しぶりに泣いた。
紬「泣かないでって言ったでしょ?」
私が梓ちゃんをぶつと、梓ちゃんは唇を噛みしめながら目を閉じた。
零れる涙を止めたくてそうしたんだろうけど、涙は梓ちゃんの意思とは無関係に溢れた。
私は梓ちゃんの髪の毛を引っ張った。
梓ちゃんの小さい頭がぐいと私の方に引き寄せられた。
梓ちゃんはなにも言わなかった。
ただ目を閉じて、私の癇癪が収まるのを待った。
でも私のこれは癇癪じゃない。
なんなのか自分でもわかってない。
だからいつまで待っても収まらないの。
356 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:16:26.92 ID:Iof5d2+a0
紬「これ、いらないよね」
私は梓ちゃんに向かって言った。
梓ちゃんは目を開き、何の事かわからないといった表情を見せた。
私は右手で梓ちゃんの髪を掴んだまま、左手でバッグの中をまさぐり、鋏を取り出した。
途端に梓ちゃんは暴れだした。
梓「い……やっ!やめて!やめてください!」
私が右手を上に挙げると、梓ちゃんの身体は髪と一緒に引っ張られて、爪先立ちになった。
梓ちゃんは泣き叫び、懇願した。
梓「お願いします!やめてください!ムギ先輩やめて!」
何よ。
今まで抵抗しなかったくせに、何で今更。
364 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:19:51.98 ID:Iof5d2+a0
紬「だから泣かないでってずっと言ってるよね」
梓「お腹ならいくら殴ってもいいですから!我慢しますから!」
紬「泣かないで」
梓「他の先輩達に知られますからっ!見えないところなら何してもいいからっ、怒らないし泣かないからやめてください!!」
紬「知られたら梓ちゃんは困るんだ」
梓ちゃんの目から大粒の涙がこぼれた。
私は梓ちゃんの髪の毛に鋏を入れた。
黒くて長い綺麗な髪の毛が、ばさっと床に落ちた。
それから鋏の柄で、私は梓ちゃんの顔を叩いた。
梓「やめて……やめてください……」
梓ちゃんの言葉を潰すように、私は梓ちゃんを何度も叩いた。
がちっという音がして、梓ちゃんの前歯が欠けた。
梓ちゃんの顔は腫れ上がり、本当に可哀想で、私は悲しくなった。
368 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:25:11.50 ID:Iof5d2+a0
紬「梓ちゃん、帰ろっか」
梓ちゃんは答えてくれなかった。
紬「梓ちゃん、一緒に帰ろう?」
梓ちゃんは泣きながら床に座り込んだまま。
私はまた悲しくなった。
結局、私は梓ちゃんを無理矢理立たせて、手を繋いで帰った。
駅に着いても、梓ちゃんは私の顔を見てくれなかった。
私は、早く家に帰って電話しなきゃ、と思った。
きっと私の手は、もう暖かくない。
私が感じているのは、梓ちゃんの方の熱。
紬「じゃあね梓ちゃん」
私が手を離すと、梓ちゃんは顔を上げた。
腫れた顔で笑顔を作って見せ、
梓「はい」
と言った。
それから手まで振って、私を見送ってくれた。
左右に揺れる梓ちゃんの手に合わせて、踏切の警報機の音が聞こえた。
378 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:31:09.70 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月10日】
梓ちゃんと別れた後、私はアルバイトに行った。
私が家に着く頃、もう日付は変わっていた。
私は急いで梓ちゃんに電話をかけた。
紬「もしもし梓ちゃん?」
梓「こんばんは」
紬「梓ちゃん、ごめんね」
梓「はい」
紬「本当に悪いと思ってるの」
梓「わかってます」
紬「ごめんなさい……」
電話の向こうが少し騒がしい。
紬「今外にいるの?」
梓「はい」
紬「まだ帰ってないの?」
梓「いえ、一度帰りました」
383 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:33:54.84 ID:Iof5d2+a0
紬「夜道は危ないわ。私、梓ちゃんに何かあったら悲しいよ」
梓「はい」
紬「気をつけて帰ってね」
梓ちゃんのまわりが更に騒がしくなった。
梓「ムギ先輩。今日の事も、今までの事も、私達だけの秘密ですからね」
紬「内緒話?」
梓「はい、内緒話です」
紬「えへへ」
梓「ムギ先輩」
紬「なあに?」
梓「私はムギ先輩の事、絶対に嫌いになりません。ムギ先輩は私の大事な先輩です」
紬「うん、ありがとう。私も梓ちゃんの事大好きだよ」
梓「はい。じゃあ失礼します」
一際大きな騒音がして、電話は切れた。
393 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:39:26.36 ID:Iof5d2+a0
電話の後、私はシャワーを浴びてすぐにベッドに入った。
朝になって目が覚めても、何もする気になれなかったから、私は澪ちゃんに借りた小説を読んで時間を潰した。
夕方になってから、唯ちゃんの家に行った。
駅で澪ちゃんと合流した後、コンビニでお酒を買おうとしたけど、私がはしゃいだせいで怪しまれたのか、店員さんに年齢確認をされてしまい、少し離れた別のコンビニで買う事になった。
そのせいで唯ちゃんの家に着くのが少し遅れたけど、りっちゃんはまだ来てなかった。
冷房が苦手な唯ちゃんは窓を開け放していたから、夏虫の声が部屋によく響いた。
唯「私レモンティーね!」
澪「じゃあ、アイスティーで」
紬「はーい」
私は流し台の横でお茶を淹れ、テーブルの上に運んだ。
唯「りっちゃん遅いね~」
澪「どこで油売ってるんだろうな。電話しても出ないし」
お茶で喉を潤しながら、澪ちゃんは腕時計を見た。
唯「先に始めちゃおっか」
澪「そうだな」
394 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:41:07.23 ID:Iof5d2+a0
私達はりっちゃんを待たずに、お酒の缶を開けた。
唯ちゃんが乾杯の音頭を取ろうとした時、唯ちゃんの携帯電話が鳴った。
唯「かんぱーい」
澪「乾杯……ってまず電話出なよ」
唯「えへへ。先に飲んでていいよー」
そう言って唯ちゃんは電話に出た。
唯「もしもーし。あ、憂。どうしたのー?」
私と澪ちゃんは声を潜めて「乾杯」と言った後、お酒を一口飲み、小声で話した。
澪「全く、律も遅れるなら連絡くらいしてくれればいいのに」
紬「寄り道してるんじゃないかしら?」
唯「え?なに?よく聞こえないよー」
澪「今頃コンビニでマンガでも読んでるのかな」
紬「そうかも」
395 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/27(月) 22:43:00.22 ID:Iof5d2+a0
唯「ういー、落ち着いて話してよ。何言ってるかわかんないよー」
紬「そう言えばおつまみないね。りっちゃん、買ってきてくれるかな」
澪「いや、ないな。律に限ってそれはない」
唯「うん、うん。それで?」
澪「大体、あいつもうバイト代使いきっただろ」
紬「え?こないだお給料貰ったばかりよ?」
澪「CD買いまくってたからな。あと服も」
紬「りっちゃん、最近どんどんおしゃれになっていくよね」
澪「それはいいんだけどさ。宅飲みで私にお金借りるってさすがに使いすぎだろ」
紬「そう言えば、澪ちゃんとりっちゃん幼なじみなんだし、お揃いの服着たりしないの?」
澪「するわけないだろ……。そもそもサイズが全然違うし」
紬「そっか、残念」
澪「なんでムギががっかりするん……」
言いかけて、澪ちゃんの顔が強張った。
澪ちゃんは唯ちゃんの顔をじっと見ていた。
釣られて私も唯ちゃんの顔を見た。
399 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:45:09.42 ID:Iof5d2+a0
唯ちゃんは電話を耳にくっつけたまま、無表情になっていた。
悲鳴はその人の恐怖をよく伝えるって言うけど、沈黙はそれ以上の効果をもたらした。
私と澪ちゃんは顔を見合わせた。
それから私はまた唯ちゃんを見た。
唯「うん、わかった。すぐ行く」
唯ちゃんは電話を切った。
澪「唯、どうしたの?」
澪ちゃんが訊ねた。
唯ちゃんは何も言わず立ち上がり、財布と携帯電話をポシェットに入れた。
紬「え、唯ちゃん出掛けるの?」
唯「うん」
401 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:47:03.46 ID:Iof5d2+a0
澪ちゃんが唯ちゃんの腕を掴んで言った。
澪「待ちなよ。何かあったの?」
唯ちゃんは澪ちゃんをちらっと見た後、私に視線を移した。
それから手を差し出した。
唯「一緒にいこ」
澪「は?どこに?」
唯ちゃんは説明したくなかったらしく、一人でさっさと部屋を出ていった。
403 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:49:55.14 ID:Iof5d2+a0
唯ちゃんがいつになく深刻な顔をしていたから、取り残された私と澪ちゃんは不安になった。
澪「どうしたんだろう」
紬「わかんない……。とりあえずここで待ってたほうがいいかな」
澪「そうだな。律もそろそろ来るだろうし」
澪ちゃんの携帯が鳴った。 澪ちゃんはサブディスプレイを私に見せた。
澪「噂をすれば」
りっちゃんからだった。
澪「もしもし、律?なにやってるんだよ、もう始めちゃってるぞ」
話す相手のいなくなった私は、所在なく部屋を見渡した。
大きなフォトフレームの中に、私達の写真が何枚も飾ってあった。
澪「え?うん、何?早く言いなよ」
それから私は、指先を弄った。
澪「はぁ?なんだそれ。全然笑えない。ていうか不謹慎だぞ」
私はスカートの裾の乱れを直し、足を伸ばした。
澪ちゃんの声が止まった。
私は澪ちゃんの顔を見た。
405 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 22:54:04.46 ID:Iof5d2+a0
まだほとんどお酒を飲んでいないはずなのに、澪ちゃんの顔は色を失っていった。
澪ちゃんが携帯電話を落としたから、私はすぐにそれを拾った。
紬「もしもーし、紬です」
律「ムギ」
紬「りっちゃん、今どこにいるの?」
律「梓が死んじゃったんだって」
紬「え?」
それからりっちゃんは、電話の向こうで大声をあげて泣き出した。
9月10日。
夏虫の最期の大合唱の中、電話越しの泣き声。
澪ちゃんはそれを聞きたくなかったのか、両手で耳を塞いでいた。
446 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:30:21.56 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 10月28日】
私は財布を忘れた唯ちゃんが戻って来るのを待った。
りっちゃんも澪ちゃんも寝ちゃってるから、ちょっと退屈。
そう言えばあの時も私だけ話し相手がいなかった。
私は指先を弄った。
あと10分もしないうちに日付は変わる。
退屈。
紬「よし」
私は唯ちゃんの財布をひっつかむと、部屋を出た。
私は唯ちゃんを追いかける事にした。
唯ちゃんに財布を渡して、一緒にお酒を買うの。
今度ははしゃがないように気をつけなきゃ。
450 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:37:13.53 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月12日】
幸か不幸か生き残ってしまった蝉がけたたましく鳴いていた。
残暑の日差しは、喪服の上から照りつける。
お日様が容赦してくれなかったから、私は背中にかいた汗を何度も拭き取る事になった。
玄関で香典を渡した後、喪主の梓ちゃんのお父さんに挨拶を済ませると、私は梓ちゃんの家の中に入った。
中は梓ちゃんの親族や学校のクラスメイトと関係者、中学の同級生でごった返していて、香炉の中で燻るお香と参列者の香水の匂いで、私はくしゃみが出そうになった。
お葬式に香水なんてつけてくるものじゃないのに。
そうやって自分を実物以上に見せるのは、とても下品な事なのに。
和「ムギ。久しぶり」
和ちゃんは泣き続ける憂ちゃんの頭を撫でながら言った。
紬「うん。和ちゃん、眼鏡やめたんだ」
和「お葬式で赤いフレームなんて場違いでしょ。だから今日はコンタクト」
りっちゃんと澪ちゃんは喪服を持っていなかったから、私が貸してあげた。
りっちゃんにはパールの一連ネックレス、澪ちゃんにはオニキスのネックレスをそれぞれあてがった。
唯ちゃんは和ちゃんの隣で、憂ちゃんの背中をさすっていた。
唯ちゃんはおばあちゃんに借りた和喪服を着ていて、とても綺麗だったけど、どこか似合っていなかった。
452 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:41:25.34 ID:Iof5d2+a0
さわ子先生も純ちゃんも、みんないたのにちっとも楽しそうじゃなかった。
お坊さんが上げるお経も音の起伏がなくて、面白くない。
唯ちゃんならもっと可愛くやってくれそう。
木魚の音より、私はりっちゃんのドラムが好き。
お経の中身も澪ちゃんに書いてもらえばずっと良くなるのに。
飾りのお花だってヘン。
こういうのは私達に任せてくれればよかったのにな。
梓ちゃんなら、きっと笑って頷いてくれるはず。
453 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:44:25.74 ID:Iof5d2+a0
何枚も並んだ座布団の上に色んな人が座り、順番に梓ちゃんの前で手を合わせた。
あの日、梓ちゃんは私との電話を切った後、唯ちゃんの家の近くの駅のホームから線路に落ちて、電車に轢かれて死んじゃったらしい。
だから私が壊したギターも、叩いた顔も、切った髪も、全部めちゃくちゃになってわからなくなった。
まず、部長だったりっちゃんにさわ子先生から連絡が入り、その後梓ちゃんと親しかった憂ちゃんと純ちゃんにも知らされたらしい。
それからりっちゃん経由で訃報は私達の知るところとなった。
遺書のようなものは何一つ残されてなかったから、警察も事故なのか自殺なのかわからないままだった。
このお葬式の後に私達は警察に色々聴かれたけど、梓ちゃんとの事は内緒話って約束してたから話さなかった。
私は梓ちゃんが死んだ事に何の実感もなかったけど、梓ちゃんに嫌われたと思って悲しくなった。
唯「ムギちゃんの番だよ」
焼香を終えた唯ちゃんが、私に声をかけた。
455 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:47:28.95 ID:Iof5d2+a0
私は立ち上がり、ゆっくりと梓ちゃんの方へ歩いていった。
私は梓ちゃんが大好きだから、梓ちゃんの寝顔を見たかったけど、棺桶には蓋がしてあって見る事が出来なかった。
前に親戚の葬式に出た時は、棺桶に蓋なんてしてなかったのに。
梓ちゃんは天使みたいに可愛い。
その梓ちゃんをみんなにも見てもらいたいのに、どうしてこんな事をするんだろう。
私は祭壇に向かって一礼をすると、焼香台の横からお香を摘まみ、胸のあたりでそれを潰して、香炭の上に乗せた。
作法通りに何かお別れの言葉を思い浮かべようとした。
でも、お別れとは思えなかったから、何も浮かばなかった。
従香をして、今度は「天国に行けますように」と念じたけど、それもかなり嘘っぽかった。
459 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:49:44.06 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんが霊柩車で運ばれていった後、私は客間に用意されたお料理を食べた。
澪ちゃんとりっちゃんは一口も食べなかった。
憂ちゃんと純ちゃんは泣きながら互いに何か言葉を掛け合っていて、食事には興味も示さなかった。
唯ちゃんだけが、私と一緒に食べてくれた。
唯「ムギちゃん、それおいしい?」
紬「うん。おいしいよ。唯ちゃんもどうぞ」
唯「ありがとう。おいしいね」
澪ちゃんはそんな私と唯ちゃんをなじったけど、りっちゃんがそれをやめさせた。
さわ子先生は私達に何度も励ましの言葉をかけてくれた。
でも自分が泣くのを我慢できていなかった。
りっちゃんと澪ちゃんは泣きながら何度も頷いていた。
唯ちゃんは話の途中で抜け出し、和ちゃんと一緒に、また泣き出してしまった憂ちゃんを慰めていた。
憂ちゃんが落ち着くと、唯ちゃんは私の隣に座り、手を握って笑顔を見せた。
結局私と唯ちゃんは、お葬式の間、一度も泣かなかった。
464 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:54:45.61 ID:Iof5d2+a0
帰宅すると、私は服のボタンを外し、ベッドに身を投げた。
目頭をぐっと押していると、服の袖からお香の匂いがした。
それが不快だったから、私はすぐに着替えた。
それからシャワーを浴びた後に携帯電話を開いて、梓ちゃんに電話をしようと思った。
でも、今日は梓ちゃんに何もしてないから、かける理由がなかった。
私はベッドの上で梓ちゃんから電話がかかってくるのを待ったけど、結局電話は鳴らず、私はそのまま目を閉じて眠った。
469 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 23:58:32.28 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月14日】
お葬式から二日後、私達は唯ちゃんの部屋に集まった。
律「梓の事は残念だったけど、私達が泣いてたら梓も悲しむと思うんだ」
唯「そうだよー」
律「だからさ、これからも梓の話が出る事はあるだろうけど、それで泣くのはナシ!」
澪「うん、わかった」
律「唯とムギもいいな?」
唯「はーい」
私はそもそも梓ちゃんが死んだ事もよくわかってなかったけど、「はい」と言った。
それから、りっちゃんの言葉とは裏腹に、私達の間で梓ちゃんの話題は出なかった。
むしろ梓ちゃんの話を避けてすらいた。
「泣くのはナシ」だけど、澪ちゃんとりっちゃんは自分が泣いちゃうのがわかっていたから、梓ちゃんの話はしづらくなったみたい。
でも、時々お互いを励ますような事を言うようになり、その言葉は私にも飛び火した。
唯ちゃんはアルバイトに顔を出さなくなり 、大学も休みがちになった。
私は店のオーナーに事情を話し、しばらくの間みんなにお休みを与えてもらった。
梓ちゃんがいなくなってから、 私の左耳は前みたいに暖かくならなくなった。
私はそれが寂しくて、腹立たしかったから、左耳にピアスを開けた。
470 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:01:13.85 ID:lI4bl0IC0 [1/29]
【平成23年 10月27日】
梓ちゃんがいなくなってから四十七日目、その日は台風が来た。
この日も私達は唯ちゃんの部屋に集まった。
特に用は無かったけど、ただ集まれればそれで良かった。
唯ちゃんは、梓ちゃんの話を何度もした。
最初、りっちゃんと澪ちゃんは何とか話を逸らせようとしたけど、唯ちゃんがしつこく梓ちゃんの話をするから、りっちゃんが怒鳴った。
律「いい加減にしろよ!わざとやってるだろ!」
それからりっちゃんは台風の中部屋を飛び出し、澪ちゃんもそれを追いかけた。
私はどうしようか迷ったけど、唯ちゃんが、
唯「台風で危ないから泊まっていきなよー」
と言ったので、結局二人を追いかけなかった。
すぐにりっちゃんから電話が掛かってきて、ちゃんと家についたから心配しなくていい、と言われた。
私は唯ちゃんに電話を渡し 、二人はすぐに仲直りした。
その晩、唯ちゃんはずっと夢枕で私に冗談ばかり言っていたけど、外の風の音でほとんどよく聞こえなかった。
474 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:06:05.95 ID:lI4bl0IC0 [2/29]
【平成23年 10月28日】
コンビニに唯ちゃんの姿はなかった。
私は出来るだけ大人しくしながらお酒を買い、コンビニを出た。
澪ちゃんとりっちゃんは寝ちゃってるから、必要なお酒は私と唯ちゃんのぶんだけ。
唯ちゃんもいつもより控えめに飲んでいたから、それほど量は必要ないと私は判断して、新発売のカクテルを4本だけ買った。
唯ちゃんはどこに行ったんだろう。
携帯に電話をかければすぐにわかるけど、それをしないで探したほうが楽しそうだったから、私はその辺を散歩しながら唯ちゃんを探す事にした。
腕時計は11時57分を指していた。
紬「あと三分」
479 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:08:37.94 ID:lI4bl0IC0 [3/29]
コンビニの周りをうろうろした後、私は近くの河原に向かった。
公園のガス灯が河面に反射して揺れている。
いつもなら綺麗な場所なのに、台風の後だから水かさが増していて、水面の光を飲み込んでしまいそうで不気味だった。
それを見たくなかった私は上を向いた。
星が散りばめられた夜空を見て、人工物の灯じゃやっぱり及ばない、と私は思った。
不意に、聞き慣れた声の耳慣れない響きがした。
水面の前の柵に、唯ちゃんはいた。
紬「いた」
私は唯ちゃんに近づき、声をかけようとして、それをやめた。
唯ちゃんは子供みたいに声を上げて泣いていた。
486 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:10:56.24 ID:lI4bl0IC0 [4/29]
唯「あずにゃ……ん……うあ……うぁぁぁん……」
唯ちゃんは顔も隠さないで泣いていたから、涙は水面に、泣き声は夜空に、それぞれ吸い込まれていった。
私はそれを見て、足がすくんだ。
私は子供だから、梓ちゃんが死んじゃってもわからなかったの。
私は大人だから、いちいち泣いたりしなかったの。
唯ちゃんも同じだと思ってた。
でも、今まであっけらかんとしていた唯ちゃんは、ただ泣くのを我慢していただけで、その上私達にそれを見せないために、今ここでこうして泣いている。
梓ちゃんは子供だから、あんまり泣くのを我慢できなかった。
りっちゃんと澪ちゃんは子供だから、振り返り方がわからない。
だから前しか向けない。
私はちょっとだけ大人だから、後ろを見ても泣かない。
でももう、子供なのは私だけで、大人なのも私だけ。
489 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:12:46.36 ID:lI4bl0IC0 [5/29]
紬「唯ちゃん」
私は唯ちゃんを呼んだ。
唯ちゃんは、はっとした顔で私の方を見た。
唯「えへへ」
唯ちゃんは目をごしごしと擦ってから笑った。
私は唯ちゃんの隣に並び、柵に両手をかけた。
紬「唯ちゃん、大丈夫?」
私は平然を装った。
唯「うん」
紬「よかった」
唯ちゃんは携帯電話を開き、時間を確認してから私に訪ねた。
唯「ムギちゃん、今日が何の日か知ってる?」
493 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:14:40.02 ID:lI4bl0IC0 [6/29]
【平成23年 10月29日】
私は答えた。
紬「うん。知ってるよ。梓ちゃんの四十九日」
唯「あずにゃんが天国に行けるように拝んであげないとね~」
紬「そうね」
唯「澪ちゃんとりっちゃんは知らないのかな?」
紬「うん、知らないみたい」
唯「二人とも子供だなぁ」
紬「たまたま知らないだけだよ」
唯「りっちゃんなんてあずにゃんの話したら怒るし」
紬「唯ちゃん、怒ってるの?」
唯「んーん。りっちゃんも澪ちゃんも、思い出し方がわからないだけだし」
紬「私もよくわからないわ」
500 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:21:36.00 ID:lI4bl0IC0 [7/29]
唯「もう大学生だよ。私達大人だよ。お酒も飲めるようになったし」
紬「本当は飲んじゃダメなんだよ」
唯「あ、そっか。じゃあまだ子供だね~」
私達の言葉は川の水流に飲み込まれ、それが立ち上って空を彩った。
唯ちゃんは一足先に大人になったけど、言葉は子供みたいに燦然としていた。
唯「私、色々調べたんだよ」
紬「何を?」
唯「法事のこと。新聞とか読んで」
紬「新聞には載ってないと思うよ」
唯「うん。だからおばあちゃんに教えてもらったんだ。でね、四十九日って、人が死んじゃった事を受け入れて、納得するのにちょうどいい日数らしいよ」
紬「そうなの。知らなかったわ」
唯ちゃんは笑いながら続けた。
唯「そんなわけないのにね~。そんなすぐに納得なんて出来ないよね~」
507 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:25:21.94 ID:lI4bl0IC0 [8/29]
紬「きっと昔の人は忘れっぽかったんだよ」
唯「私より?」
紬「多分」
唯「ムギちゃんは?もう納得できた?」
わからない。
私は悲しんでないから、きっと唯ちゃんより前の段階にいる。納得するのは、私が泣けるようになってからだと思う。
私が何も答えないでいると、唯ちゃんは川面に視線を移した。
唯「高校の時に私とあずにゃんが演芸大会に出たの覚えてる?」
紬「うん」
唯「えへへ。ゆいあずってね、川原でお話してる時に結成したんだよ」
紬「そうだったんだ」
唯「この川って、その時の川の下流なんだよ~」
紬「だからあのマンションにしたの? 」
唯「ううん、たまたまだよ。この川の事を知ったのは最近だもん」
唯ちゃんは柵を擦った。
唯「あずにゃんごめんね。私、約束破るね」
513 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:27:12.54 ID:lI4bl0IC0 [9/29]
紬「唯ちゃん?」
唯ちゃんが何を言っているかわからなかった。
唯ちゃんは黙りこんだ。
私は話題を変える事にした。
紬「唯ちゃん、来週は大学来るよね」
唯「んー、わかんない」
紬「でもずっと家に一人だと退屈じゃない?いつも何してるの?」
唯「ケータイ触ってるよ」
そう言えば、昨日もすぐに電話に出たし、部屋でもずっと携帯電話をいじってたっけ。
517 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:29:45.76 ID:lI4bl0IC0 [10/29]
紬「ケータイ、楽しい?何してるの?」
唯「メール読んでるんだ」
紬「そう」
唯「でも何て送ればいいのかわからないんだよ」
紬「誰に送るメール?」
唯「んー」
それから唯ちゃんは、私の方を見た。
口調は軟らかかったけど、目は真剣そのもので、まるで……。
唯「ムギちゃんとあずにゃん」
まるで大人みたいだった。
520 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:32:27.83 ID:lI4bl0IC0 [11/29]
唯ちゃんは二回深呼吸をしてから、話始めた。
唯「あずにゃんがいなくなった日に、あずにゃんからメールが来たんだ」
心臓の音が鳴るのがわかった。
鼓膜は体の中の音も拾う。
それでも私の心は見えない。
まだ見えなかった。
唯「見る?」
私は答えない。
唯ちゃんは私が答えるのを待たずに、携帯を操作して、それから私に画面を見せた。
そこにははっきりと、梓ちゃんの言葉が書かれていた。
From あずにゃん
Sub 無題
============
たすけて
532 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:35:00.98 ID:lI4bl0IC0 [12/29]
紬「たすけて」
私は声に出して読んだ。
それは単にメールを読んだだけじゃなく、誰かに向けた私自身の言葉でもあった。
私は川の方を向いて言った。
紬「梓ちゃんはね」
唯「ん?」
紬「知ってた?梓ちゃんは私の事が大嫌いだったんだよ」
唯「えー?そんな事ないよ」
唯ちゃんはまた携帯電話をいじり始めた。
唯「私このメールが来たときびっくりして、あずにゃんに電話かけたんだ。でもあずにゃんは出てくれなかったから、その後メールを返したんだよ」
唯ちゃんはせっせと携帯電話を弄った。
唯「はい。そこのボタン押せば送信メールと受信メールを見れるよ」
そう言って唯ちゃんは私に携帯電話を渡した。
私はボタンを押して、メールを読んだ。
541 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:40:49.22 ID:lI4bl0IC0 [13/29]
To あずにゃん
Sub Re:
===========
あずにゃんどうしたの!?
From あずにゃん
Sub Re2:
===========
ムギ先輩を助けてください
553 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:45:44.98 ID:lI4bl0IC0 [14/29]
To あずにゃん
Sub Re2:Re:
===========
ムギちゃんに何かあったの??
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:
===========
ムギ先輩はきっと怖いんです
ケーキを壊したくないんです
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re:
===========
ケーキが壊れちゃったの??
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2
===========
壊れてません
でもムギ先輩は壊れると思ってるんです
だから壊れないってことを確かめないと怖いんだと思います
563 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:49:39.64 ID:lI4bl0IC0 [15/29]
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re:
===========
よくわかんないよ~
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:
===========
箱は壊れちゃっても、
中身は無事だって伝えてあげてください
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
===========
ムギちゃんにケーキは無事って
教えてあげればいいんだね??
576 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 00:56:17.17 ID:lI4bl0IC0 [16/29]
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
==============
やっぱり教えないでください
気づかせてあげてください
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re
==============
ええ~!それは教えてあげたほがいいよ~
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
==============
教えちゃったら壊れたと思っちゃいますよ
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
==============
あずにゃん先輩
イミがわかりません!
584 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:02:52.39 ID:lI4bl0IC0 [17/29]
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
====================
とにかく教えちゃダメです
それとなく気づかせてあげてくださいね
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
====================
う~
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re
====================
他の先輩方にも言わないでください
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2
====================
ぶ~
595 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:08:48.79 ID:lI4bl0IC0 [18/29]
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
====================
ていうか誰にも言っちゃダメですよ!
このメールの事も!
To あずにゃん
Sub 無題
====================
スパイ大作戦??
From あずにゃん
Sub Re:
====================
なんでもいいですけど
とにかく絶対言っちゃダメです
何があっても言っちゃダメです
あと泣くのもダメですからね
To あずにゃん
Sub Re2:
====================
よくわかんないけどわかった!
言わない!
泣かない!
606 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:13:04.30 ID:lI4bl0IC0 [19/29]
From あずにゃん
Sub 無題
====================
ありが
To あずにゃん
Sub Re:
====================
途中送信かい??
From あずにゃん
Sub すみません
====================
ありがとうございます
唯先輩のこと尊敬してます
律先輩も澪先輩もムギ先輩も大好きです
From あずにゃん
Sub Re:すみません
====================
でへへ
急にどうしたの~??
609 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:16:43.23 ID:lI4bl0IC0 [20/29]
私が梓ちゃんに電話をかけた直前の時間で、メールは終わっていた。
紬「ありがとう唯ちゃん」
私は唯ちゃんに携帯電話を返した。
私が梓ちゃんにあんな事を続けたのは、私と梓ちゃん、それからみんなとの関係が壊れる事を恐れたからだ。
私が最初にケーキを壊した時、梓ちゃんは悲しんだ。
私はそれを見て、何かの弾みで私とみんなの関係が崩れる可能性を考えた。
だから壊れないって証明したかった。
何度落としても、どれだけ踏みつけても、壊れないって証明したかった。
梓ちゃんは、私が納得するまで、それに付き合ってくれようとした。
そのために、唯ちゃん達にも話さず、私との絆を守ろうとした。
でも、私は最後に梓ちゃんの髪を切り、顔に傷をつけた。
それを誰かに見られたら、私達の関係は壊れる。
梓ちゃんはそうならないように、自分を壊す事で、箱の中身だけを残し、私に差し出してくれた。
617 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:20:12.16 ID:lI4bl0IC0 [21/29]
私は自分の携帯電話を取り出した。
梓ちゃん、ありがとう。
私達の絆は壊れないの。
私が梓ちゃんに電話して、謝れば、全部元通り。
私は梓ちゃんの番号に電話をかけた。
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、もう一度おかけ直し下さい』
私は何度もかけ直した。
唯ちゃんは私を訝しげに見た。
梓ちゃんは電話に出てくれなかった。
出てくれないから、私は謝れなかった。
もう意地悪しないから、泣かせないから、お願いだから。
紬「お願いだから出て……」
梓ちゃんが死んでから、私は初めて涙を流した。
628 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:25:34.21 ID:lI4bl0IC0 [22/29]
唯「ムギちゃん。私、あずにゃんがいなくなってから、ずっとこのメールの意味を考えてたんだ」
私は髪をぐしゃぐしゃにしながら嗚咽を漏らした。
唯「四十九日になれば、あずにゃんの事も納得できて、ムギちゃんの事もわかるのかなって。でも私馬鹿だからわかんなくて」
唯ちゃんの声が震えた。
唯「だからもうこうするしかムギちゃんに伝える方法がないんだよ」
唯ちゃんは私を抱き締めて、泣きながら言った。
唯「ムギちゃん、ケーキは壊れてないよ……」
私は唯ちゃんを抱き返したかったけど、腕に力が入らず、癇癪をおこした子供みたいに泣き喚いた。
633 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:27:33.28 ID:lI4bl0IC0 [23/29]
それからしばらく、私と唯ちゃんは地べたにしゃがみこみ、梓ちゃんを思って泣き続けた。
涙が枯れると、思考は少しずつクリアになった。
目を擦り、私は立ち上がった。
紬「唯ちゃん、私今日は帰るね」
唯「どこに行くの……?」
紬「唯ちゃん、教えてくれてありがとう」
川はもういつもの様にゆったりと流れていて、向こう岸もよく見えた。
私は公園を出て、駅に向かって歩いた。
がらんどうの駅はまだ開いてなかったから、私は改札に続く階段に膝を丸めて座った。
梓ちゃんの声を聞き続けた左耳を弄ると、冷たい金属が指先に触れた。
私はそれを煩わしく思い、引きちぎった。
そうすると耳は暖かくなり、私は少しだけ嬉しくなった。
637 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:29:23.07 ID:lI4bl0IC0 [24/29]
左の耳たぶから血を流したまま、私は目を閉じた。
それから四十九日である事を思い出して、呟いた。
紬「梓ちゃんが天国に行けますように。梓ちゃんが天国に行けますように」
天国でも笑って過ごせますように。
紬「そうだ」
私は梓ちゃんに曲の作り方を教えてあげるって約束してた。
ちゃんとお菓子を持っていくって約束してた。
私が届けてあげなきゃ、私が聴かせてあげなきゃ、梓ちゃんは泣いちゃう。
650 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:32:02.93 ID:lI4bl0IC0 [25/29]
始発の時間になると、駅員が私の身体を揺すった。
私は改札をくぐり、ホームに立った。
唯ちゃんの家の最寄り駅に、特急電車は停まらない。
私を置き去りにして通りすぎる。
でもそれに乗る事が出来れば 、梓ちゃんに会わせてくれる。
駅のすぐ横の踏切の警報機が鳴り出した。
「今ならどんな曲が浮かびますか?」
ごめんね梓ちゃん。
私、嘘ついちゃった。
楽しい時や嬉しい時に曲が浮かぶって言ったけど、本当は今みたいな時でも曲は浮かぶの。
でもそういう曲をみんなに演奏してもらいたくなかったし、何より不出来だったから、言わなかったの。
警報機は鳴り止まない。
私の耳に、それは音符となって届く。
紬「今なら、こんな感じだよ」
私は頭の中に流れる、単調で退屈で出来の悪い曲を口ずさんだ。
紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」
私はゆっくりと線路に降りた。
656 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:33:52.98 ID:lI4bl0IC0 [26/29]
紬「ご清聴ありがとうございました」
線路の上からホームはよく見えない。
思ってたよりここは深い。
足下の揺れが大きくなる。
私は天を仰いだけど、そこに台風後の広い空は無く、コンクリートの天井があるだけ。
『間もなく、電車が通過します。危険ですので、白線の内側までお下がり下さい』
662 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:37:06.56 ID:lI4bl0IC0 [27/29]
視線を天井から少し下におろすと、桜高の制服を着た女の子がホームから私を見下ろしていた。
紬「危ないよ」
女の子の袖を引っ張って白線の内側に戻してあげたかったけど、残念ながら今私がいるのは外側。
せめて、何か楽しい曲を聴かせてあげられればいいんだけどな。
でも、あの時の曲は即興だから、もう思い出せないの。
「私達には楽しい曲のほうが合ってると思います」
私は「梓ちゃん」と呟いた。
女の子が天使みたいに笑った。
私はその女の子に手を伸ばした。
女の子が顔を曇らせた。
私は生きたいと思った。
それから私の身体の潰れる音がした。
おしまい
663 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:37:55.92 ID:lI4bl0IC0 [28/29]
終わりです
保守&支援ありがつ
680 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:40:41.59 ID:1pZ+nmqhI [9/11]
乙 面白かった でも最後の紬の白線の内側、外側の意味がわからんかった誰か教えてくれ
693 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/28(火) 01:45:46.53 ID:lI4bl0IC0 [29/29]
>>680
とりあえず最初からもっかい読めば色々わかるように書いてあるつもりなので、そんな感じで
では
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コメント
No title
No title
かなり実存主義的な書き口だな
カフカを彷彿とさせる切り口だ
カフカを彷彿とさせる切り口だ
No title
すごい
No title
初めて読んだけど、面白かった。
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上手いからこそ、一層胸糞悪くなるな…