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紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」 前編
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:44:50.60 ID:Q1ecnhMm0 [1/41]
【平成23年 10月28日】
五限目の二外の講義が終わって教室を出ると、りっちゃんは早速提案した。
律「さて、金曜だし唯んちにでも行くか」
澪「昨日も行ったけどな。まぁいいけど」
りっちゃんは昨日唯ちゃんと喧嘩しちゃったから、私はちょっと心配だったけど、もう
平気みたい。
紬「私、唯ちゃんに電話するね」
【平成23年 10月28日】
五限目の二外の講義が終わって教室を出ると、りっちゃんは早速提案した。
律「さて、金曜だし唯んちにでも行くか」
澪「昨日も行ったけどな。まぁいいけど」
りっちゃんは昨日唯ちゃんと喧嘩しちゃったから、私はちょっと心配だったけど、もう
平気みたい。
紬「私、唯ちゃんに電話するね」
私は携帯電話をバッグから取り出し、唯ちゃんに電話をかけた。
唯ちゃんはワンコール目が鳴り終わる前に出た。
唯「ムギちゃん、おはよ~」
紬「今日も大学お休み?」
唯「えへへー。ごめんごめん。今起きたー」
嘘だとすぐにわかった。
だって唯ちゃん、すぐに電話に出たじゃない。
電話がかかってくるのを待ってたか、携帯をいじってたかのどっちかでしょ?
だけど私は何も言わない。それを問い質すほど、私は意地悪じゃない。
律「ムギ、ちょっと代わってー」
4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:47:51.35 ID:Q1ecnhMm0
私はりっちゃんに携帯を渡した。
律「もしもしー?ちゃんと大学来いよ」
律「和や憂ちゃんがいないとこれだもんなー」
律「今からみんなと唯んち行くけど、いいよな?」
律「なんか買ってくもんある?」
律「オッケー。そんじゃまた」
りっちゃんは通話を切って、私に携帯を返した。
律「お酒買ってきてーだってさ」
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:52:50.90 ID:Q1ecnhMm0
学部棟を出ると、ロータリーは学生でごったがえしていた。
この時間はいつもそう。
授業を終えると、バイトなりサークルなり他大学の彼氏とのデートなり、各々の
手帳に敷き詰めた予定を消化しようとする。
私達の予定はと言うと、アルバイトを辞めちゃったし、りっちゃんがこういう性格だから手帳のカレンダーには何も書いてない。
大学を卒業するまでみんなと一緒にいる。予定なんてそれだけで十分。
律「あーもー!カチューシャ飛ばされそうだ」
昨日の台風の名残みたいな風が吹き、私はワンピースの裾をぎゅっと握った。
10月末なのに今日は暖かくて、夕方の空気も優しい。
だけどわざとらしいくらいのその快適さは、なんだか私を子供扱いしているよう
で鼻についた。
キャンパスを出て駅の改札をくぐり、ホームに着くまでの間、私達は一言も言葉
を交わさなかった。
ホームには特急電車が停まっていたけど、唯ちゃんが部屋を借りたマンションの
最寄り駅にそれは止まらない。
私達はその後に来る各駅停車の電車を待つことにした。
『間もなく、電車が発車します。白線の内側までお下がりください』
私はホームと車両の間から線路が見えないかと思い、頭だけを前に出して覗き込
んだ。
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:56:57.94 ID:Q1ecnhMm0
澪「おいムギ」
澪ちゃんが私の服の裾を引っ張る。
澪「危ないよ」
紬「うん。ありがとう澪ちゃん」
電車は大きく息を吐くと、のろのろと動き出した。
私は車内に目をやった。
動き出した電車の中から、桜高の制服を着た女の子がじっとこっちを見ている。
私はその子に向かって手を振った。
でも、電車が加速してその子は私の視界から消えたから、それが届いたかどうか
はわからない。
律「ん?知り合いが乗ってたの?」
紬「ちょっと目が合ったから」
律「なんだそりゃ」
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:01:13.90 ID:Q1ecnhMm0
バッグを肩にかけ直しながら、澪ちゃんは言った。
澪「昨日の台風、凄かったな」
律「なー。あんなんなるくらいなら、唯んちに泊まってけばよかったな」
澪「律が怒って飛び出していくからだぞ」
律「だってさぁ……」
昨日も、私達は唯ちゃんの家に行っていた。
音楽室の代わりの溜まり場は、一人暮らしをしている唯ちゃんの家。
アンプもドラムセットもないけど、スタジオが近くにあったから練習に関して不
自由はなかった。
私達はそこでお酒を飲みながら、大学の話、音楽の話、それからたまに恋愛の話
をする。
酒の席は常にトピック過多だったけど、梓ちゃんの話だけはここ最近避けるよう
になっていた。
紬「でも、台風のおかげで今日はよく晴れてるよね」
私はそう言って天を仰いだ。
電線越しの空に、吹き飛ばされそこねた丸い雲が二つ、寄り添うように浮かんでいた。
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:04:48.05 ID:Q1ecnhMm0
構内アナウンスの後、ホームに電車が着いた。
今日も座席は埋まっていて、私達はつり革に掴まる。
背の低いりっちゃんはちょっと辛そうな顔。
学生と定時上がりのサラリーマンですし詰めになった車内で、けばけばしい中吊
り広告を眺めながら澪ちゃんが言った。
澪「ここですらこの時間はこんなに混むんだから、東京はもっとすごいんだろう
な」
律「そうだぞ~。澪なんて痴漢にもみくちゃにされちゃうかも!」
澪ちゃんはりっちゃんを睨んだけど、必死に手を伸ばしてつり革に掴まるりっち
ゃんを不憫に思ったのか、何も言わなかった。
もしここに梓ちゃんがいたら、りっちゃんより小さいんだからきっともっと大変
ね。
それを思うと、私の左耳は疼いた。
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:06:03.33 ID:Q1ecnhMm0
澪「って、ムギまで笑うなよ。怖いんだぞ、痴漢は」
紬「あ、ごめんなさい。澪ちゃんは痴漢に遭ったことあるの?」
澪「ないけど……」
律「ははは。澪が痴漢に遭ったらもう一生電車に乗らなくなっちゃいそうだな」
澪「ムギは?」
紬「私は高校も電車通学だったから、何回か……」
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:09:28.03 ID:Q1ecnhMm0
澪「や……やっぱり怖いのか?」
確かに怖い。
驚きと恐怖と気持ち悪さで、声が出なくなる。
抵抗出来なくなるし、助けを呼ぶ事もできない。
周りに人はいっぱいいるのに、孤立無援になる。
濡れた服のように重くまとわりつく絶望感。
騒ぎを起こすのも嫌だし、我慢しておけばそれで済むと自分に言い聞かせて、更
に惨めになる。
私はそれを澪ちゃんに、なるべく怖がらせないように伝えようと言葉を探した。
でも、隣に立っていたサラリーマンが私達の話を聞いていたのか、片手で掴まっ
ていた吊革に両手をかけるのを見て、私はばつが悪くなって話題を変えた。
紬「そう言えば明日、何の日か知ってる?」
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:12:27.38 ID:Q1ecnhMm0
律「明日?」
紬「うん、明日」
澪「なんかあったっけ?」
律「レポートの提出日は再来週だよな」
澪「それは来週の月曜だぞ」
律「え!私まだなんも手をつけてないんたけど!……あのー秋山さん、折り入っ
てお願いが」
澪「自業自得。諦めなさい」
律「えー?なんでだよー!ちょっとくらいいいだろ」
紬「りっちゃん、私が写させてあげるから……」
律「おおお……!ありがとうございます琴吹サマー!」
澪「ムギがそうやって甘やかすから……。で、なんだっけ?明日何かあるのか?
」
紬「あ、うん。もういいの。大丈夫」
知らないならいいの。
知っても楽しくないから。
誰も楽しくならないから。
私にはその実感なんてなかったけど。
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:15:24.76 ID:Q1ecnhMm0
私は車窓を過ぎる風景に目をやった。
山の稜線はぼやけていて、外は薄暗い。
遠くの空に浮かんでいた雲は、いつの間にかひとつだけになっていた。
さっきは優しかったのに、随分寂しい風景。
陽が完全に落ちていれば諦めもつくけど、夕闇は中途半端な希望を残していて、無責任に思えた。
こんな中に独りで放り出されたらどんなに不安だろう。
そうだ、今度はそうしてあげよう。
梓ちゃんはどんな顔をするかな。
梓ちゃんは何て言うかな。
もっと私の事を嫌いになっちゃうのかな。
澪「それにしても、私達飲んでばっかりだな」
律「澪、今日は吐くなよー?」
澪「吐きません。私がいつも吐いてるみたいに言うな!」
唯ちゃんの家まで二駅。
会話を続けるりっちゃんと澪ちゃんの隣で、私の心は高校生みたいに弾んだ。
私は左耳に開けたピアスを指先で弄った。
そう言えば、高校のクラスメイトにピアスの似合いそうな子がいたっけ。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:19:05.76 ID:Q1ecnhMm0
【平成22年 11月23日】
姫子「あっ、ごめん!大丈夫?」
教室を出ようとした時、私は姫子ちゃんとぶつかった。
紬「うん、大丈夫だよ。姫子ちゃんこそケガしてない?」
姫子「私は大丈夫だけど、それ」
姫子ちゃんが床に落ちた箱を指差した。
姫子「それ、お菓子が入ってるんでしょ?中身大丈夫?」
私は箱を拾って答えた。
紬「大丈夫よ。気にしないで」
姫子「いや、でも……弁償しようか?」
紬「そんな、悪いよ。これ貰い物が余ってるだけだから。本当に気にしなくていいの」
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:21:01.67 ID:Q1ecnhMm0
姫子ちゃんは申し訳なさそうな顔をしながら、
姫子「ごめん。唯、それ楽しみにしてたんだろうなぁ……」
と言った。
紬「今日は唯ちゃんも、それから澪ちゃんとりっちゃんもお家で勉強するって言ってたから平気だよ」
姫子「そう?じゃあ大丈夫かな……」
紬「うん、じゃあね姫子ちゃん。また明日」
姫子ちゃんと別れると、私は音楽準備室に向かった。
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:23:45.97 ID:Q1ecnhMm0
階段を上ってドアを開けると、ソファーに座って一人でギターを弾く梓ちゃんの姿が見えた。
梓「あ、ムギ先輩こんにちは」
梓ちゃんは練習を中断して私に顔を向けた。
紬「続けていいよ」
梓ちゃんは、はい、と返事をしてから、ギターを弾き始めた。
私は椅子に座ると、鞄から参考書を取り出した。
ルーズリーフを何枚か取り、早速英語から解き始める。
梓「あの、やっぱり勉強の邪魔になりませんか?」
演奏を中断して、梓ちゃんがこっちに顔を向けた。
紬「大丈夫よ。私のBGMだから、梓ちゃんのギター」
梓ちゃんはちょっと照れ臭そうに笑って、またギターを弾き始めた。
軽快に響く乾いた音。
アンプに繋いでもいいのにと思いながら、私は問題を解き続けた。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:26:48.86 ID:Q1ecnhMm0
部活を引退した後も、私達三年生は部室に通い続けた。
元々ダラダラするのはみんな好きだったし、部室の居心地の良さは手放せなかった。
梓ちゃんをひとりぼっちにしたくないという気持ちもあった。
帰っても勉強するだけだし、それなら部室でみんな一緒にやったほうがいい。
とは言え、やっぱり本腰を入れて勉強するなら一人のほうが捗った。
一緒にいるとどうしても喋っちゃうし、楽器もいじりたくなる。
みんなそれに気付いていたけど、口には出さなかった。
その代わり、本当に勉強しなきゃいけない時は、誰からともなく「今日は帰る」という意思表示を暗にした。
そして、そのたび私は一人になる。
澪ちゃんはりっちゃんと、唯ちゃんは和ちゃんと、それぞれで勉強をする。
そんな時に私は音楽室に行って梓ちゃんに甘えた。
紬「ふぅ……」
私は長文を二つ解いたところで、ペンを置いた。
ふと、BGMが止まっている事に気づいた。
梓ちゃんのほうを向くと、私と梓ちゃんの目が合った。
目を泳がせる梓ちゃんを見て、私は言った。
紬「お茶にしよっか」
梓「……はい」
梓ちゃんは恥ずかしそうにソファーの影に身を屈めて口元を隠しながら答えた。
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:36:37.64 ID:Q1ecnhMm0
紬「何にする?」
梓「えっと、ミルクティーで」
私はすぐにお茶を淹れて、席に着いた。
梓「いただきます」
紬「どうぞ」
梓ちゃんはゆっくりとカップに口をつけた。
火傷しないようにそっと啜り、唇を離す。
梓「おいしいです」
紬「ありがとう」
綻んだ梓ちゃんの顔を見て、私は嬉しくなった。
お茶を飲まなくても身体が暖かくなった気がした。
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:39:41.91 ID:Q1ecnhMm0
梓「そうだ。ムギ先輩に聞きたい事があるんですけど」
梓ちゃんはカップを置いて訊ねてきた。
紬「なあに?」
梓「いつもどうやって作曲してるんですか?」
紬「え?」
梓「私、ギターは弾けますけど、ムギ先輩みたいに曲は書けないんです。でも来年は私も書かないと……」
紬「あ……」
梓「だからムギ先輩のやり方を参考にできたらと思って」
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:41:38.77 ID:Q1ecnhMm0
私は少し考えてから答えた。
紬「うーん……あんまり難しい事はしてないかな。なんとなく頭に浮かんだフレーズを少しずつ広げていって……あ、みんなが演奏してるところを想像したり。そんな感じだよ」
梓「どういう時にそのフレーズは浮かぶんですか?」
紬「今みたいな時とか」
梓「え?今?」
紬「楽しかったり、ほっとしたり、嬉しかったりした時」
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:45:12.93 ID:Q1ecnhMm0
梓ちゃんは感心したように私の顔を見て言った。
梓「へぇー。だからムギ先輩の曲は楽しい感じのが多いんですね」
梓ちゃんがあまりにも真っ直ぐな眼で私を見て称賛するものだから、私は照れ臭くなった。
梓「じゃあ、今も何か浮かんでるんですか?」
紬「えっ?そうね……今だったら……」
私は椅子から立ち上がると、キーボードの前に立った。
紬「こんな感じかな」
そう言って私は鍵盤に指を滑らせて、思い付くままのフレーズを奏でた。
私がキーボードを弾いている間、梓ちゃんは目を閉じてその音に耳を済ませてくれた。
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:48:17.33 ID:Q1ecnhMm0
紬「……はい。こんな感じ!」
梓ちゃんは拍手をしながら言った。
梓「綺麗な曲ですね」
紬「ご清聴ありがとうございました」
私は小さく笑いながら言った。
梓「私にはそんな風にはできないなぁ……」
紬「今のは即興だから曲と言えるかどうかわからないけど……。梓ちゃんはジャズの経験もあるみたいだし、即興ならお手のものなんじゃない?」
梓「ええ……?私が即興なんてやったらきっとメチャクチャですよ」
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:52:25.00 ID:Q1ecnhMm0
紬「そうかなぁ。そんな事ないと思うよ?」
梓「ちょっと自信ないです……。それで……えっと、もしご迷惑じゃなかったら……」
梓ちゃんの言わんとしている事はすぐにわかった。
もちろん私は笑顔で快諾する。
紬「うん。いいよ。私で良かったら作曲のやり方教えてあげるね。私も梓ちゃんにはたまにギター教えてもらってるし」
梓ちゃんは目を輝かせた。
梓「ありがとうございます!えへへ……」
紬「じゃあお茶の続きしよっか」
梓「そうですね。それも作曲の大事な過程ですし」
梓ちゃんはそう言って笑顔を見せた。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:54:54.15 ID:Q1ecnhMm0
紬「そう言えばまだケーキ食べてなかったね。今用意するから」
梓「はい、ありがとうございます」
ケーキの入った箱を開けて、私ははっとした。
梓「どうしたんですか?」
さっき落とした時だ。
あの時、箱の中身はぐちゃぐちゃになっちゃったんだ。
紬「え、えっと……ごめんなさい!」
梓「えっ?」
私はおそるおそる白状した。
紬「さっき落としちゃったの……。だからケーキも全部崩れちゃって……」
それを聞いて、一瞬、ほんの一瞬だけ、梓ちゃんの表情が曇った。
視線を落とし、下唇を丸め、それから愛想笑い。
失望や落胆と言える程大袈裟ではなかったけど、確実に梓ちゃんの顔は暗い感情
を表した。
それが私に刺さった。
浅い傷口に、その痛みは何かのトゲのように埋まり、抜けなくなった。
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:58:21.32 ID:Q1ecnhMm0
梓「だ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
気にするよ。
梓ちゃんガッカリしてたもん。
紬「ごめんなさい……」
梓「そんな顔しないでください。私はケーキがなくても平気ですから……」
紬「梓ちゃん……」
梓「それより、えーと……ほら、ムギ先輩は受験生なんですから勉強を……」
梓ちゃんはそう言って話題を逸らしたけど、私には逆効果だった。
促されるまま私はペンを握った。
けど、英文は全く頭に入ってこない。
そんな私を見兼ねたのか、
梓「あの……今日はもう帰りましょうか?」
と梓ちゃんは言った。
私が返事をしないままでいると、梓ちゃんはさっさとアンプの電源を切って、ギターを仕舞い、バッグを肩に掛けた。
梓「ほら、いきましょうムギ先輩」
私は小さく頷くと、参考書をバッグに入れた。
それから梓ちゃんと一緒にティーセットを片付けて、私達は音楽室を出た。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:00:09.74 ID:Q1ecnhMm0
外はまだ明るかったけど、11月の下旬ということもあって、マフラーを巻いていても肌寒かった。
校門を出るといよいよ私は申し訳なくなり、 歩みが止まってしまった。
梓「もう、何してるんですか」
梓ちゃんは私の右手をとって、歩き出した。
似てる。
私は梓ちゃんの手を握りしめながら、そう思った。
梓「なんですか?」
紬「梓ちゃん、なんだか唯ちゃんみたい」
梓ちゃんは怪訝な顔をして聞き返してきた。
梓「え……それ喜んでいいんですか?」
紬「うん。もちろん」
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:02:49.11 ID:Q1ecnhMm0
梓「どのへんが似てるんですか?」
私は梓ちゃんの手を握る力を強めて、答えた。
紬「暖かいところ、かな」
梓ちゃんは、ぷっ、と笑ってから言った。
梓「なんですかそれ。ムギ先輩こそ唯先輩みたいですよ」
梓ちゃんも私の手を強く握り返した。
梓「ていうか、ムギ先輩の手のほうが暖かいんじゃないですか?」
前に唯ちゃんに、手も心も暖かいと言ってもらった事を思い出した。
私達はそのまま手を繋いで帰った。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:05:49.75 ID:Q1ecnhMm0
いつもは途中で別れるけど、この日は梓ちゃんが駅まで見送ってくれた。
駅に着いても、私達はしばらく立ち話をした。
その間、電車が何本か通り過ぎていったけど気にしなかった。
繋いだままの手からはお互いの体温が伝わり、どっちが暖かいのかなんてわからなくなった。
一時間くらいしてから、どちらからともなく別れる事にした。
紬「じゃあね梓ちゃん。また明日」
梓「はい。失礼します」
でも梓ちゃんはその場から離れようとしなかった。
紬「どうしたの?」
梓「いや、手を繋いだままじゃ私帰れないですよ」
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:09:30.95 ID:Q1ecnhMm0
紬「あっ!ごめんね。そうだよね」
そう言っておきながら、私は手を離せなかった。
梓「あの~……」
紬「う、うん」
私はゆっくりと手を離した。
梓「もう。本当に唯先輩みたいじゃないですか」
私はえへへ、と笑ってから、小さく手を振って梓ちゃんと別れた。
電車に乗ると、私はつり革に掴まりながら指をこすり合わせて、さっきの熱が逃げないようにした。
次の駅で目の前に座っていたおじいさんが降りたので、私はそこに腰掛けた。
ふいに眠気が襲ってくる。
私は膝のあたりで手をぎゅっと握って目を閉じた。
瞼の裏に最初に浮かんだのは、梓ちゃんの曇った顔だった。
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:14:21.18 ID:Q1ecnhMm0
家に着いて夕食を済ませると、私は自分の部屋に入り、机に向かった。
しばらく勉強をしてから、携帯電話を開いた。
壁の時計を見てまだ0時前である事を確認してから、私は梓ちゃんに電話をかけた。
梓「はい、もしもし」
紬「今大丈夫?」
梓「はい」
紬「えっと……あの……」
私は少し言葉を探した。
なんで今梓ちゃんに電話したんだっけ。
梓「どうしたんですか?」
紬「あの……今日はごめんね。お菓子用意できなくて……」
梓「そんな事ですか?気にしなくていいですってば」
紬「でも梓ちゃん、ガッカリしてたみたいだし」
梓「え?そ、そうでしたっけ……あはは……」
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:16:59.53 ID:Q1ecnhMm0
紬「明日はちゃんと持っていくね」
梓「あー……はい。ありがとうございます」
紬「えへへ」
梓「何かおかしな事言いました?」
紬「私、仲直りって初めて」
梓「いやそもそもケンカしてないじゃないですか!どんだけ心が狭いんですか私は」
電話越しに梓ちゃんの笑い声が聞こえた。
紬「じゃあ、また明日ね」
梓「はい。ムギ先輩、お休みなさい」
私は梓ちゃんが電話を切ったのを確認すると、携帯電話を閉じた。
その時、私はふと思い付いた。
なんでそんな事を思い付いたのかはわからなかった。
でもその思い付きはすぐにアイディアに昇華され、私の明日の予定になった。
私は右手の指をこすり合わせながら呟いた。
紬「明日もケーキを落とさなきゃ」
49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:21:27.90 ID:Q1ecnhMm0
【平成23年 10月28日】
金属の擦れ合う甲高い音がして、電車は駅に止まった。
停車の勢いでバランスを崩した澪ちゃんがりっちゃんにもたれかかり、りっちゃんはそれを肩で押し返した。
隣にいたサラリーマンと、目の前に座っていた二人組の男女がそこで降りて、二人分の座席が空いた。
律「よし、ジャンケンで座る人決めよーぜ」
澪「いいよ私は。あと一駅なんだし」
紬「私も大丈夫だよ」
律「そう?じゃあ私すーわろっと」
そう言うとりっちゃんはどかっと席に座った。
50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:25:42.17 ID:Q1ecnhMm0
紬「澪ちゃんも座ったら?」
澪「平気。ムギ座りなよ」
もう、澪ちゃんなら座っていいのに。
澪ちゃんは梓ちゃんじゃないんだから。
澪「ってなんで残念そうな顔してるんだ」
紬「えっ……うそ?私そんな顔してた?」
律「澪がムギの気遣いを無下に断るからだぞー」
澪ちゃんは頬を指先でちょっと掻きながら、
澪「じゃあ、お言葉に甘えて」
と言って座席についた。
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:27:02.14 ID:Q1ecnhMm0
電車はまた動き始めた。
途端に私は怖くなった。
しがみつくように、つり革を握る力を強めた。
そうしていないと電車から振り落とされる気がした。
電車は前にしか進まない。
一度振り落とされたら、もう置き去りにされたままになっちゃう。
律「ん?どした?」
紬「ううん、なんでもない」
ゆったりと座っているりっちゃんと澪ちゃんを見て、どうしてそんなに落ち着いていられるのか不思議に思った。
それから、この二人に置いていかれるのでは、という懸念。
私はことさら強くつり革を握りしめた。
私は横を向いて、後ろの車両に目をやった。
桜高の制服を着た女の子がいた。
私はつり革に掴まっているのがやっとだったから、今度は手を振らなかった。
55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:31:45.25 ID:Q1ecnhMm0
【平成22年 11月24日】
音楽室に入ると、私はすぐに梓ちゃんに伝えた。
紬「唯ちゃん達は今日も来ないって」
梓「そうですか。仕方ないですよね、受験生ですし」
梓ちゃんは唇をきゅっと結んだ。
紬「今日はちゃんと持ってきたよ」
私はそう言って、ケーキの入った箱を見せた。
梓「ありがとうございます」
紬「じゃあ早速食べよっか」
途端に私の鼓動が速くなる。
今。今やらないと。
やめればいいだけなのに、私にはそれが義務か、ひょっとしたら使命めいたものに感じられた。
紬「あっ」
私はわざと手の力を緩めた。
ぐしゃっと音を立てて、箱は地面に落ちた。
56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:33:37.71 ID:Q1ecnhMm0
紬「落としちゃった」
梓「もう……ムギ先輩も意外とおっちょこちょいで すね」
梓ちゃんはすぐに箱を拾った。
梓「ほら、大丈夫ですよ。中身は無事です。ちょっとだけ崩れちゃいましたけど、これなら全然食べられますよ」
梓ちゃんはそう言って箱の中身を私に見せた。
紬「そう。良かったわ~」
ケーキを食べ終えると、私は受験勉強を、梓ちゃんはギターの練習を始めた。
私の勉強が一段落すると、私は作曲のコツを梓ちゃんに話した。
梓ちゃんは何度も感心しながら、私の話を聞いてくれた。
その日も、私と梓ちゃんは手を繋いで帰った。
57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:37:19.83 ID:Q1ecnhMm0
その日も、私と梓ちゃんは手を繋いで帰った。
家に着き、 夕飯を済ませると、私は机に向かう前に梓ちゃんに電話をかけた。
梓「はい、なんですか?」
紬「梓ちゃん、ごめんね」
梓「え?」
紬「私、今日もケーキ落としちゃって……」
梓「ああ。大丈夫ですってば。普通に食べられたんですし」
紬「ごめんね」
梓「そんな事で謝らないで下さいよ。私はそこまで短気じゃないです」
紬「良かった」
58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:38:03.93 ID:Q1ecnhMm0
コピペミスった
>>57の最初の一文はナシで
60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:40:09.24 ID:Q1ecnhMm0
梓「律儀ですね、ムギ先輩」
紬「えへへ。あ、ごめんね。それを言いたいだけだったの」
梓「そうですか。じゃあまた明日。……あ、ムギ先輩は部室に来ても大丈夫なんですか?勉強は……」
紬「ちゃんとやってるから大丈夫!」
梓「ですよねー。じゃあ、お休みなさい」
紬「うん、お休みなさい。明日、ギター教えてね」
梓「はい!それじゃ失礼します」
電話を切ると、私は胸の中に広がる暖かいものを堪能する一方で、明日やるべき事を考えた。
61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:43:48.39 ID:Q1ecnhMm0
【平成23年 10月28日】
澪「おーいムギー。もう着いたぞ」
澪ちゃんの声で、私は我に返った。
澪ちゃんもりっちゃんも先に電車を降りていて、ホームから私を見ていた。
私は慌てて電車を降りた。
二人に駆け寄って、私は甘えた調子で言った。
紬「ぼーっとしちゃってた」
律「危うく乗り過ごしちゃうところだったじゃん」
澪「もしかして寝不足?」
紬「物思いにふけってました~」
私がふざけてそう言うと、りっちゃんと澪ちゃんは顔を見合わせて、気まずそうな表情になった。
紬「あ、ごめん。そうじゃないの……。違うの」
違くなかったけど、その場を取り繕うために私は嘘をついた。
65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:46:07.96 ID:Q1ecnhMm0
律「ん、まぁいいけどさ。しんどいのはみんなもなんだし……なんていうか……」
澪「そう。何かあったら私達に頼っていいんだぞ」
りっちゃんと澪ちゃんは真剣な顔で言った。
紬「本当に違うの。あ、ほら、早く唯ちゃんの家に行きましょう?」
私が促すと、二人は前を向いて歩き出した。
私は後ろを振り返り、動き始めた電車の中にさっきの桜高生を探した。
車両の中はよく見えたけど、その子は見当たらなかった。
腕時計に目をやると、短針が6時を指していた。
私は前に向き直り、りっちゃんと澪ちゃんを追った。
67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:50:06.22 ID:Q1ecnhMm0
唯ちゃんの家は駅からすぐだったけど、私達は先にコンビニに寄って唯ちゃんに頼まれたお酒とおつまみを買う事にした。
律「じゃあ澪、たのむわー」
澪「また私か」
律「だって私だと店員に年齢確認されちゃうし、ムギはいまだに酒選ぶ時にはしゃぐからやっぱり年齢確認されるじゃん」
澪「やれやれ……。ていうか、こう毎日ここで私が買ってると、店員さんは私の事とんでもない酒好きだと思っちゃってるんじゃないか?」
律「えっ?そ、そお?そんな事ないと思うぞー?な、ムギ!」
紬「う、うん!店員さんもお客さんの一人一人なんて覚えてないだろうし!」
澪「ならいいけど……」
律「あーほら早くしないと!唯が待ってるから!」
澪「はいはい。じゃあ行ってくるよ」
69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:54:28.93 ID:Q1ecnhMm0
澪ちゃんがコンビニに入ると、りっちゃんはすぐに私に耳打ちしてきた。
律「さっきはああ言ったけどさ、やっぱり店員さんももう澪の顔覚えてるだろうな」
紬「うん。澪ちゃん可愛いし……」
律「ややっ?この子は一体なぜこんなに酒を……?はっ!もしかしてフラれたのか?よし、ならばこのしがないコンビニ店員が慰めてあげようじゃないかっ!」
紬「ぷっ」
律「すまん澪!お前の犠牲をムダにはしないから!店員さんとお幸せに!」
紬「ふふっ」
私が笑うと、りっちゃんはほっとしたような顔をした。
その顔を見て、私は自分が気を遣われている事に気付いた。
そんな事しなくてもいいのに。
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:59:34.91 ID:Q1ecnhMm0 [41/41]
紬「りっちゃん、私本当に大丈夫だから」
だって私は、そもそもりっちゃん達みたいに悲しんでないんだもん。
律「ん、そっか。なら安心だ~」
りっちゃんはそう言いながら私から視線を逸らした。
私はブーツの踵で地面に小さく円を書きながら、店内の様子を伺った。
澪ちゃんはレジに大量のお酒を持って行っていて、店員が機械でそれのバーコードを読んでいる。
他の店員がそれを見ながら何かひそひそと話しているのを見て、私は申し訳なくなった。
澪ちゃん、今度お酒を買うときは、私が行くからね。
http://live28.2ch.net/news4vip/【レス抽出】
対象スレ:紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」
ID:Iof5d2+a0
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:03:00.95 ID:Iof5d2+a0 [1/130]
澪「お待たせ」
澪ちゃんはパンパンになった袋を両手に持ちながら、コンビニから出てきた。
綺麗な女の子が毎日これだけのお酒を買ってるんだから、やっぱり店員さんも……。
律「覚えちゃってるだろうなぁ」
澪「え?」
律「なんでもないよーん。さ、行こーぜ」
私が澪ちゃんに袋をこちらに渡すよう促すと、澪ちゃんはありがとうと言って、ひとつだけ私に預けた。
りっちゃんも澪ちゃんからひょいと袋を取り、私達は唯ちゃんの家に向かった。
74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:07:08.99 ID:Iof5d2+a0 [2/130]
唯ちゃんの部屋は川沿いのマンションの五階にある。
一応デザイナーズマンションらしく、シャープな外観と、楽器もある程度演奏できるくらい防音のしっかりした部屋をウリにしていた。
入居したての頃の唯ちゃんは、「もっと可愛いところにすればよかったなぁ」とボヤいていたけど、最近は川沿いにあるガス灯が置かれた公園を気に入ったらしく、そういう事を言わなくなった。
りっちゃんがエレベーター前のインターフォンを鳴らすと、すぐにドアのロックが解除された。
澪「確認もしないで開けたら、セキュリティの意味全くないな」
澪ちゃんが呆れたように言った。
紬「唯ちゃん、セールスとかに引っかかってないかな……」
律「大丈夫大丈夫。ベルが鳴っても唯なら起きないから」
私達はそのままエレベーターに乗り、五階に向かった。
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:10:42.62 ID:Iof5d2+a0
唯ちゃんの部屋の前まで行き、ベルを鳴らす。
玄関の前に山積みになった新聞紙を見て、りっちゃんは言った。
律「あいつ、絶対新聞なんて読んでないぜ 」
ドアが軽い音をたてて開く。
パジャマを着て寝癖をつけたままの唯ちゃんが、携帯電話を片手に持ちながら出てきた。
律「おーす、買ってきたぞ」
紬「お邪魔しまーす」
唯ちゃんは、にっこり笑って言った。
唯「はいはーい。どうぞ~」
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:15:40.92 ID:Iof5d2+a0
【平成22年 11月25日】
次の日は唯ちゃん達も部室に来た。
唯「は~部室はやっぱり落ち着くね~ 」
私はいつも通りにお茶とお菓子を用意した。
お菓子を壊す必要はなかったし、そうしようとも思わなかった。
みんなは勉強をするふりをしながらクッキーをつまみ、普段通りの会話をした。
普段通りなのに、梓ちゃんは普段よりもよく話し、よく笑った。
その事に気付いたりっちゃんが、いたずらな笑顔を浮かべながら言った。
律「梓~良かったな、私達が来て」
梓「えっ」
唯「やっぱりみんな一緒じゃないとさみしいよねー」
梓「なっ……。そ、そんなことないです!えーと……あ、ムギ先輩が来てくれてましたから!」
梓ちゃんは慌ててそう返した。
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:18:00.51 ID:Iof5d2+a0
唯「まあ!いいなぁ。私もムギちゃんと二人っきりでお話したいなぁ」
澪「唯はお菓子独り占めしたいだけだろ」
唯ちゃんはそれを必死に否定したけど、その様子が可笑しくて、部室に笑い声が響いた。
梓「あ、でも」
梓ちゃんが思い出したように言った。
梓「ムギ先輩って意外とおっちょこちょいなんですよ」
唯「え?なになに?」
途端に私の体は強張った。
85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:21:52.24 ID:Iof5d2+a0
みんなには絶対に知られたくないと思った。
知られたら、これからの楽しい未来が全部駄目になる気がした。
紬「梓ちゃん」
澪「ムギがどうかしたの?」
紬「梓ちゃん待って」
梓「昨日……あ、一昨日もなんですけど、ムギ先輩が」
紬「梓ちゃん!」
私は立ち上がり、声を張り上げて梓ちゃんを制した。
みんながきょとんとした顔をして私を見た。
その視線を受けて、私のまわりだけ重力が何倍にもなったように思えた。
重くなった身体から、ねばついた汗が噴き出す。
口の中は乾上がり、鼻の奥に酸っぱいものが込み上げてくる。
私は舌を動かして口内を湿らせる。
私の唾液ってこんなに苦かったっけ。
87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:23:57.78 ID:Iof5d2+a0
律「おーいムギ。どうした?そんな怖い顔するなよ」
紬「あ……」
唯「まあまあムギちゃん、座ってお茶でも飲むといいさ。ほれ、お菓子をあげよう。おいしいよ~」
紬「……うん。ありがとう唯ちゃん」
唯「お母さんにはナイショだよ」
澪「なんだその田舎のおばあちゃんがお小遣いくれる時みたいなノリ」
澪ちゃんが突っ込むと、唯ちゃんとりっちゃんが笑った。
私もそれに合わせようとしたけど、まだ強張ったままの表情筋は歪な笑みを作り出した。
梓ちゃんは手を指先を弄りながら、俯いていた。
結局それ以降、昨日の私の話は出て来なかった。
91 名前:ミスった[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:27:51.93 ID:Iof5d2+a0
律「おーいムギ。どうした?そんな怖い顔するなよ」
紬「あ……」
唯「まあまあムギちゃん、座ってお茶でも飲むといいさ。ほれ、お菓子をあげよう。おいしいよ~」
紬「……うん。ありがとう唯ちゃん」
唯「お母さんにはナイショだよ」
澪「なんだその田舎のおばあちゃんがお小遣いくれる時みたいなノリ」
澪ちゃんが突っ込むと、唯ちゃんとりっちゃんが笑った。
私もそれに合わせようとしたけど、まだ強張ったままの表情筋は歪な笑みを作り出した。
梓ちゃんは指先を弄りながら、俯いていた。
結局それ以降、昨日の私の話は出て来なかった。
92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:29:02.89 ID:Iof5d2+a0
その日の夜、勉強に区切りをつけた私は携帯電話を開いた。
梓ちゃんに電話をしようと思ったけど、特に用事があるわけじゃない。
用もなく電話をかけたところで、軽音部のみんなは怒ったりしない。
むしろみんなも用もなく私に電話をかけてくる事はあるし、私も同じ様にみんなに何度か電話をしてきた。
それでも私の指は、携帯電話のボタンを押す事を躊躇う。
私が小さな液晶画面をぼんやり眺めていると、不意に着信が来た。
私はすぐにその電話に出た。
紬「は、はい!」
梓「はやっ!」
94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:31:21.55 ID:Iof5d2+a0
紬「今ちょうど携帯触ってたの」
梓「そうでしたか。あの、ムギ先輩」
紬「なあに?」
梓「なんていうか、すいませんでした」
梓ちゃんが何の話をしているかはすぐにわかったけど、私は気づかないふりをした。
紬「なんのこと?」
梓「えっと……昨日の話、あんまりされたくなかったんですよね?」
私は何も答えなかった。
梓「すいませんでした。でも、そんなに気にする事ないと思いますよ」
紬「うん。そうだよね」
梓「まぁそのへんは人それぞれなのかもしれないですけど」
紬「うん」
95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:33:38.45 ID:Iof5d2+a0
梓「あ……それだけです。勉強の邪魔してすいません。それじゃ失礼します」
紬「待って、まだ切らないで」
私はベッドの上で膝を抱え、電話を持ち直した。
左耳に電話を押し当てて、私は話し始めた。
紬「もう今日のぶんの勉強は終わったから全然平気!それより梓ちゃん、明日何か食べたいお菓子ある?」
梓「え?そうですね……チョコレート、とか」
紬「うん、わかった。じゃあ持っていくね」
梓「はい!楽しみにしてます」
97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:37:33.45 ID:Iof5d2+a0
それから私達は延々と話を続けた。
梓「子供の頃、ですか?」
紬「うん。どんな事して遊んでたの?」
梓「普通ですよ。鬼ごっことかかくれんぼとかなわとびとか。あ、小4からはギターいじったりもしてましたけど」
紬「いいなぁ」
梓「それも夢だったりするんですか?」
紬「うん」
梓「唯先輩と律先輩なら付き合ってくれそうじゃないですか?」
紬「梓ちゃんは?」
梓「私はそういう遊びは卒業しました」
紬「え~?面白そうなのに」
梓「ていうか、かくれんぼにあんまりいい思い出ないんですよね。押し入れの中に隠れた事があって、でられなくなっちゃって。あれ以来、狭いところはちょっと苦手なんです」
紬「そっかぁ。じゃあかくれんぼは諦めなきゃダメね」
99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:40:20.55 ID:Iof5d2+a0
梓「もう子供じゃないですからね」
紬「じゃあ大人の話しよっか。梓ちゃんどうぞ 」
梓「あはは、そうですね。うーん……大人の話……。あ、そうだ、ムギ先輩に前から聞きたい事があったんですけど……」
紬「なあに?」
梓「ムギ先輩って彼氏とかいないんですか?」
紬「え?いないよ?」
梓「そうですか……。いや、軽音部の中だったら、ムギ先輩ならいそうだなって思ったんですけど」
紬「うーん、まだそういうのはわからないわ」
102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:43:20.43 ID:Iof5d2+a0
梓「私もです……。でもクラスの中にはもう彼氏がいる子もいるんですよね。私って子供なのかな」
紬「じゃあ私達みんな子供ね~」
梓「ふふっ、そうですね。それで、彼氏がいる子って……えーと、その……やっぱりそういう事もあるんですよね……」
梓ちゃんが言おうとしてる事はなんとなくわかった。
紬「なんだか今日の梓ちゃんは大胆ね」
梓「う……すいません。忘れてください……」
紬「ねえねえ、これって恋バナだよね!」
梓「あ……はい。多分」
紬「ふふ、今夢が叶っちゃった」
梓「ぷっ!ムギ先輩、ほんと面白いですね」
紬「それで?梓ちゃんはそういうのをどう思うの?」
103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:47:02.87 ID:Iof5d2+a0
梓「えっと……漠然となんですけど」
紬「うんうん」
梓「怖いなって思う一方でちょっと憧れてたりもするんです。ムギ先輩はどうですか?」
紬「私は……やっぱりわからない、かな」
梓「あ、あー……。ですよね」
紬「梓ちゃんがこんな話するなんて珍しいね」
梓「深夜だからつい……。ほんとに忘れてください!他の先輩方にも内緒で……あ、特に律先輩には」
紬「りっちゃん可哀想」
梓「え?あ、そういうわけじゃなくて……あー!とにかく内緒にしてくださいね!」
紬「うん。わかった。内緒話!私、内緒話するのが」
梓「夢だったんですね?」
紬「うん!」
時計に目をやると、もう0時を回っていた。
でも私は電話を切ろうなんて気持ちにはちっともならなかった。
106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:49:44.74 ID:Iof5d2+a0
【平成22年 11月26日】
それから、次に作るとしたらどんな曲がいいかについて話していると、梓ちゃんが一旦それを止めた。
梓「あ、すいません。充電切れそうなんでちょっと待って下さい」
電話の向こう側で、梓ちゃんが充電器を探す音が聞こえた。
梓「はい、もう大丈夫です。で、なんでしたっけ。あぁそうそう、それで、やっぱり私はあんまり暗い曲はやらなくてもいいと思うんです」
紬「どうして?」
梓「バンドのイメージじゃないっていうか
紬「うん」
梓「曲調の幅があるのも悪くないんですけど、私達には明るい曲が合ってると思います。えっと、そのほうがコンセプティブな感じがしますし」
108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:53:34.57 ID:Iof5d2+a0
紬「そっか。じゃあ今の調子で作っていって大丈夫だね」
梓「はい。今のままが一番です!」
紬「うん!」
梓「って、ちょっと熱く語りすぎましたね私……」
紬「ふふっ」
梓「……ていうかもうこんな時間!すいません、長々と話しちゃって」
紬「ううん、楽しかったよ」
梓「私もです。じゃあムギ先輩、おやすみなさい。また明日」
紬「うん、またね」
それから数秒、私達は無言になった。
110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:55:23.70 ID:Iof5d2+a0
梓「もう切りますよ」
紬「はーい、おやすみ」
また沈黙が訪れる。
梓「切らないんですか?」
紬「じゃあせーので切ろっか」
梓「はい」
紬「せーの」
私は電話を切らなかった。
梓ちゃんも切らなかった。
112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:58:28.16 ID:Iof5d2+a0
梓「もう、なんで切ってくれないんですか」
紬「梓ちゃんこそ」
梓「だって……」
紬「じゃあもうちょっとだけお話する?」
梓「……はい」
顔は見えなかったけど、梓ちゃんが電話の向こうで恥ずかしそうにしているのがなんとなくわかった。
梓「そう言えばムギ先輩、この前言ってましたよね。楽しい時に曲が浮かんでくるって」
紬「うん。今みたいに、楽しい時と嬉しい時に浮かぶよ」
梓「今はどんな曲が浮かびですか?」
私はそっと目を閉じた。
紬「今だったら……こんな感じかしら」
私は鼻歌で、頭に浮かんだメロディを梓ちゃんに伝えた。
115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:01:23.78 ID:Iof5d2+a0
梓「綺麗……。それに、なんだかホッとします。この前のとちょっと似てますね」
紬「ご静聴ありがとうございました」
梓「あ、今なら気持ちよく電話切れそうです!」
紬「じゃあもう寝よっか」
梓「はい。せーので切りましょう。今度はちゃんと切りますからね」
紬「うん、じゃあ……せーの」
私達は同時に電話を切った。
117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:04:19.62 ID:Iof5d2+a0
携帯電話を閉じると、ずっとそれを押し当てていた左耳が疼いた。
繋いだ手と同じくらい暖かくて、嬉しい痛み。
私は寝る前に軽くシャワー浴びた。
ドライヤーで髪を乾かしていると、私の頭の中で、梓ちゃんとした交わした言葉のひとつひとつがランダムに再生された。
私はこの上なく幸せな気持ちでベッドに入り、目を閉じた。
そして、やっぱり瞼の裏には梓ちゃんのがっかりした顔が張りついていた。
翌朝、私は鏡の前で中々纏まらない髪と格闘しながら、斎藤を呼んだ。
紬「チョコレートのお菓子って余ってない?なるべく古いのがいいの」
118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:09:10.16 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 10月28日】
唯ちゃんの部屋は、実家のそれと似た雰囲気だった。
家具も小物も実家から持ってきたものばかりだから当たり前だけど。
違うとすれば、ふかふかのクッションが置かれたソファーと、お洒落な座椅子がある事くらい。
それから窓の形。大きくて、朝には日の光がたくさん射し込んでくる。
ベランダからはマンションの前を流れる川を対岸まで眺める事ができて、私はそれが好きだった。
唯ちゃんとりっちゃんがベッドに座り、部屋の真ん中に置かれたテーブルを挟んで澪ちゃんが勉強机の椅子に、私は床の座椅子に足を伸ばして座った。
これがそれぞれの定位置。
特にそうと決めたわけじゃないけど、音楽室の席と同じで、みんななんとなくそれぞれしっくりくる場所があった。
ちょっと前までは私の向かい側のソファーに、梓ちゃんがクッションを抱きながら座っていた。
私服の私達に対し、梓ちゃんは制服だったから、唯ちゃんとりっちゃんが梓ちゃんを見て「初々しい」「若々しい」と言っていた。
梓ちゃんはその時、「一歳しか違わないじゃないですか」と返した。
唯「ねえねえ何買ってきたの?」
律「秋山セレクションですぜ」
唯「ほほう、そいつは楽しみですなぁ」
澪ちゃんはちょっとだけ得意げな顔をした。
121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:13:02.01 ID:Iof5d2+a0
私は手に持った袋の中身をひとつずつ取り出した。
紬「えっと、スクリュードライバー、オレンジブロッサム、カシスオレンジ、テキーラサンライズ……がそれぞれ3本」
律「まぁ!柑橘系大好き!わたくし最近酸っぱいのが好きなのー……ってなんでオレンジ縛りなんだよ!」
澪「え?だって、可愛いかなって……。でも他のお酒もちゃんと買ってきたぞ」
律「はー、わかってないなぁ。もっとこう、渋いのが大人だぜ?ウイスキーの一本くらい買ってこなくてどうする」
澪「ウイスキー飲んで泣きながら吐いたヤツが何を言ってるんだ」
唯「私は好きだよ、オレンジ!ありがとう澪ちゃん」
私は袋の中の最後の二本を取り出した。
紬「あ、他にもあったわ。えっと、ビールが一本とカルアミルク」
りっちゃんはわざとらしく肩を落とした。
123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:16:28.23 ID:Iof5d2+a0
唯「いくらだったー?」
唯ちゃんは財布を取り出した。
律「二万くらいかなー」
唯「うっ……今月破産確定……」
澪「はいはい、嘘だよ。ほら、レシート。全部で5,500円」
唯「じゃあ、えーと……1100円だね」
澪ちゃんとりっちゃんが視線を落とした。
澪「いいよ、払わなくて。部屋使わせてもらってるんだし」
唯「ええ?悪いよー」
紬「いいのよ」
澪「律はちゃんと払えよ」
律「へいへい」
唯「……えへへ、ありがとう、みんな」
126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:21:52.99 ID:Iof5d2+a0
私達が初めてお酒を飲んだのは、大学に入ったばかりの頃。
他大学と合同の軽音サークルの新入生歓迎コンパの席でだった。
みんなおそるおそるお酒を口にして、それを見た上級生は気を良くして、ことさら私達に飲ませた。
澪ちゃんは外見で目立っていたから、特に標的にされた。
勝手にご機嫌になる唯ちゃんとりっちゃんの横で、一向に酔えない私はずっと先輩と世間話をしていた。
しばらくして澪ちゃんの姿が見当たらない事に気づき、私はすぐにトイレに向かった。
澪ちゃんは息も絶え絶えに吐いていて、その背中を先輩がさすっていた。
私は介抱役を先輩と代わり、澪ちゃんの背中をさすり続けた。
胃の中が空っぽになってからも、澪ちゃんは何度か胃液だけを吐いた。
それから泣きながら、「もうこんなの嫌だ」と言って、澪ちゃんは訴えるような目で私を見た。
私はハンカチで澪ちゃんの涙と口のまわりを拭い、「じゃあ私達でサークル作っちゃおうか」と言った。
澪ちゃんは涙目になりながらも、安心したようにうんうんと頷き、また便器に向かって吐いた。
その飲み会の後も、唯ちゃんとりっちゃんは他のサークルのコンパに顔を出し続けていたから、私と澪ちゃんは不安になったけど、結局二人はタダでご飯を食べたかっただけらしく、晴れて四人でサークルを立ち上げる事になった。
128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:26:18.40 ID:Iof5d2+a0
お酒を開ける前にお菓子の封を開け、しばらく適当に会話をしていると、唯ちゃんがテレビをつけた。
生放送の音楽番組が液晶テレビの画面に映し出された。
唯「私の好きなバンドが出るんだ~」
セットの階段を降りてくるアーティスト。
唯「あっ、この人達だよ~」
唯ちゃんがテレビの画面を指差した。
律「ってお前、それ唯の好きなバンドじゃなくて梓の好きなバンドじゃん」
その言葉で訪れる沈黙に、私達は飲まれた。
やたら明るい司会者の声だけが間抜けに響く。
りっちゃんは自分を責めるように頭をがしがしと書いた。
唯ちゃんはそんなのお構い無しに、テレビの画面を食い入るように見ている。
澪「他になんかやってないの?私、このアナウンサー苦手なんだ」
澪ちゃんがとってつけたような理由を添えて、チャンネルを変えようとした。
129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:27:22.35 ID:Iof5d2+a0
お酒を開ける前にお菓子の封を開け、しばらく適当に会話をしていると、唯ちゃんがテレビをつけた。
生放送の音楽番組が液晶テレビの画面に映し出された。
唯「私の好きなバンドが出るんだ~」
セットの階段を降りてくるアーティスト。
唯「あっ、この人達だよ~」
唯ちゃんがテレビの画面を指差した。
律「ってお前、それ唯の好きなバンドじゃなくて梓の好きなバンドじゃん」
その言葉で訪れる沈黙に、私達は飲まれた。
やたら明るい司会者の声だけが間抜けに響く。
りっちゃんは自分を責めるように頭をがしがしと掻いた。
唯ちゃんはそんなのお構い無しに、テレビの画面を食い入るように見ている。
澪「他になんかやってないの?私、このアナウンサー苦手なんだ」
澪ちゃんがとってつけたような理由を添えて、チャンネルを変えようとした。
132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:30:12.91 ID:Iof5d2+a0
唯「だめだよー。これ見ようよ」
唯ちゃんが澪ちゃんを制した。
澪「唯」
澪ちゃんはなおも食い下がる。
唯「だーめ」
唯ちゃんは笑いながら頑なに拒んだ。
律「まぁいいじゃん。見ようぜ」
りっちゃんが諦めたように言った。
私はテーブルの上の小さい時計に目をやった。
午後八時。
日付が変わるまで、あと四時間。
梓ちゃんの四十九日まで、あと四時間。
前編 おしまい
紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」 後編
へ続く
唯ちゃんはワンコール目が鳴り終わる前に出た。
唯「ムギちゃん、おはよ~」
紬「今日も大学お休み?」
唯「えへへー。ごめんごめん。今起きたー」
嘘だとすぐにわかった。
だって唯ちゃん、すぐに電話に出たじゃない。
電話がかかってくるのを待ってたか、携帯をいじってたかのどっちかでしょ?
だけど私は何も言わない。それを問い質すほど、私は意地悪じゃない。
律「ムギ、ちょっと代わってー」
4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:47:51.35 ID:Q1ecnhMm0
私はりっちゃんに携帯を渡した。
律「もしもしー?ちゃんと大学来いよ」
律「和や憂ちゃんがいないとこれだもんなー」
律「今からみんなと唯んち行くけど、いいよな?」
律「なんか買ってくもんある?」
律「オッケー。そんじゃまた」
りっちゃんは通話を切って、私に携帯を返した。
律「お酒買ってきてーだってさ」
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:52:50.90 ID:Q1ecnhMm0
学部棟を出ると、ロータリーは学生でごったがえしていた。
この時間はいつもそう。
授業を終えると、バイトなりサークルなり他大学の彼氏とのデートなり、各々の
手帳に敷き詰めた予定を消化しようとする。
私達の予定はと言うと、アルバイトを辞めちゃったし、りっちゃんがこういう性格だから手帳のカレンダーには何も書いてない。
大学を卒業するまでみんなと一緒にいる。予定なんてそれだけで十分。
律「あーもー!カチューシャ飛ばされそうだ」
昨日の台風の名残みたいな風が吹き、私はワンピースの裾をぎゅっと握った。
10月末なのに今日は暖かくて、夕方の空気も優しい。
だけどわざとらしいくらいのその快適さは、なんだか私を子供扱いしているよう
で鼻についた。
キャンパスを出て駅の改札をくぐり、ホームに着くまでの間、私達は一言も言葉
を交わさなかった。
ホームには特急電車が停まっていたけど、唯ちゃんが部屋を借りたマンションの
最寄り駅にそれは止まらない。
私達はその後に来る各駅停車の電車を待つことにした。
『間もなく、電車が発車します。白線の内側までお下がりください』
私はホームと車両の間から線路が見えないかと思い、頭だけを前に出して覗き込
んだ。
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:56:57.94 ID:Q1ecnhMm0
澪「おいムギ」
澪ちゃんが私の服の裾を引っ張る。
澪「危ないよ」
紬「うん。ありがとう澪ちゃん」
電車は大きく息を吐くと、のろのろと動き出した。
私は車内に目をやった。
動き出した電車の中から、桜高の制服を着た女の子がじっとこっちを見ている。
私はその子に向かって手を振った。
でも、電車が加速してその子は私の視界から消えたから、それが届いたかどうか
はわからない。
律「ん?知り合いが乗ってたの?」
紬「ちょっと目が合ったから」
律「なんだそりゃ」
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:01:13.90 ID:Q1ecnhMm0
バッグを肩にかけ直しながら、澪ちゃんは言った。
澪「昨日の台風、凄かったな」
律「なー。あんなんなるくらいなら、唯んちに泊まってけばよかったな」
澪「律が怒って飛び出していくからだぞ」
律「だってさぁ……」
昨日も、私達は唯ちゃんの家に行っていた。
音楽室の代わりの溜まり場は、一人暮らしをしている唯ちゃんの家。
アンプもドラムセットもないけど、スタジオが近くにあったから練習に関して不
自由はなかった。
私達はそこでお酒を飲みながら、大学の話、音楽の話、それからたまに恋愛の話
をする。
酒の席は常にトピック過多だったけど、梓ちゃんの話だけはここ最近避けるよう
になっていた。
紬「でも、台風のおかげで今日はよく晴れてるよね」
私はそう言って天を仰いだ。
電線越しの空に、吹き飛ばされそこねた丸い雲が二つ、寄り添うように浮かんでいた。
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:04:48.05 ID:Q1ecnhMm0
構内アナウンスの後、ホームに電車が着いた。
今日も座席は埋まっていて、私達はつり革に掴まる。
背の低いりっちゃんはちょっと辛そうな顔。
学生と定時上がりのサラリーマンですし詰めになった車内で、けばけばしい中吊
り広告を眺めながら澪ちゃんが言った。
澪「ここですらこの時間はこんなに混むんだから、東京はもっとすごいんだろう
な」
律「そうだぞ~。澪なんて痴漢にもみくちゃにされちゃうかも!」
澪ちゃんはりっちゃんを睨んだけど、必死に手を伸ばしてつり革に掴まるりっち
ゃんを不憫に思ったのか、何も言わなかった。
もしここに梓ちゃんがいたら、りっちゃんより小さいんだからきっともっと大変
ね。
それを思うと、私の左耳は疼いた。
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:06:03.33 ID:Q1ecnhMm0
澪「って、ムギまで笑うなよ。怖いんだぞ、痴漢は」
紬「あ、ごめんなさい。澪ちゃんは痴漢に遭ったことあるの?」
澪「ないけど……」
律「ははは。澪が痴漢に遭ったらもう一生電車に乗らなくなっちゃいそうだな」
澪「ムギは?」
紬「私は高校も電車通学だったから、何回か……」
14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:09:28.03 ID:Q1ecnhMm0
澪「や……やっぱり怖いのか?」
確かに怖い。
驚きと恐怖と気持ち悪さで、声が出なくなる。
抵抗出来なくなるし、助けを呼ぶ事もできない。
周りに人はいっぱいいるのに、孤立無援になる。
濡れた服のように重くまとわりつく絶望感。
騒ぎを起こすのも嫌だし、我慢しておけばそれで済むと自分に言い聞かせて、更
に惨めになる。
私はそれを澪ちゃんに、なるべく怖がらせないように伝えようと言葉を探した。
でも、隣に立っていたサラリーマンが私達の話を聞いていたのか、片手で掴まっ
ていた吊革に両手をかけるのを見て、私はばつが悪くなって話題を変えた。
紬「そう言えば明日、何の日か知ってる?」
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:12:27.38 ID:Q1ecnhMm0
律「明日?」
紬「うん、明日」
澪「なんかあったっけ?」
律「レポートの提出日は再来週だよな」
澪「それは来週の月曜だぞ」
律「え!私まだなんも手をつけてないんたけど!……あのー秋山さん、折り入っ
てお願いが」
澪「自業自得。諦めなさい」
律「えー?なんでだよー!ちょっとくらいいいだろ」
紬「りっちゃん、私が写させてあげるから……」
律「おおお……!ありがとうございます琴吹サマー!」
澪「ムギがそうやって甘やかすから……。で、なんだっけ?明日何かあるのか?
」
紬「あ、うん。もういいの。大丈夫」
知らないならいいの。
知っても楽しくないから。
誰も楽しくならないから。
私にはその実感なんてなかったけど。
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:15:24.76 ID:Q1ecnhMm0
私は車窓を過ぎる風景に目をやった。
山の稜線はぼやけていて、外は薄暗い。
遠くの空に浮かんでいた雲は、いつの間にかひとつだけになっていた。
さっきは優しかったのに、随分寂しい風景。
陽が完全に落ちていれば諦めもつくけど、夕闇は中途半端な希望を残していて、無責任に思えた。
こんな中に独りで放り出されたらどんなに不安だろう。
そうだ、今度はそうしてあげよう。
梓ちゃんはどんな顔をするかな。
梓ちゃんは何て言うかな。
もっと私の事を嫌いになっちゃうのかな。
澪「それにしても、私達飲んでばっかりだな」
律「澪、今日は吐くなよー?」
澪「吐きません。私がいつも吐いてるみたいに言うな!」
唯ちゃんの家まで二駅。
会話を続けるりっちゃんと澪ちゃんの隣で、私の心は高校生みたいに弾んだ。
私は左耳に開けたピアスを指先で弄った。
そう言えば、高校のクラスメイトにピアスの似合いそうな子がいたっけ。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:19:05.76 ID:Q1ecnhMm0
【平成22年 11月23日】
姫子「あっ、ごめん!大丈夫?」
教室を出ようとした時、私は姫子ちゃんとぶつかった。
紬「うん、大丈夫だよ。姫子ちゃんこそケガしてない?」
姫子「私は大丈夫だけど、それ」
姫子ちゃんが床に落ちた箱を指差した。
姫子「それ、お菓子が入ってるんでしょ?中身大丈夫?」
私は箱を拾って答えた。
紬「大丈夫よ。気にしないで」
姫子「いや、でも……弁償しようか?」
紬「そんな、悪いよ。これ貰い物が余ってるだけだから。本当に気にしなくていいの」
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:21:01.67 ID:Q1ecnhMm0
姫子ちゃんは申し訳なさそうな顔をしながら、
姫子「ごめん。唯、それ楽しみにしてたんだろうなぁ……」
と言った。
紬「今日は唯ちゃんも、それから澪ちゃんとりっちゃんもお家で勉強するって言ってたから平気だよ」
姫子「そう?じゃあ大丈夫かな……」
紬「うん、じゃあね姫子ちゃん。また明日」
姫子ちゃんと別れると、私は音楽準備室に向かった。
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:23:45.97 ID:Q1ecnhMm0
階段を上ってドアを開けると、ソファーに座って一人でギターを弾く梓ちゃんの姿が見えた。
梓「あ、ムギ先輩こんにちは」
梓ちゃんは練習を中断して私に顔を向けた。
紬「続けていいよ」
梓ちゃんは、はい、と返事をしてから、ギターを弾き始めた。
私は椅子に座ると、鞄から参考書を取り出した。
ルーズリーフを何枚か取り、早速英語から解き始める。
梓「あの、やっぱり勉強の邪魔になりませんか?」
演奏を中断して、梓ちゃんがこっちに顔を向けた。
紬「大丈夫よ。私のBGMだから、梓ちゃんのギター」
梓ちゃんはちょっと照れ臭そうに笑って、またギターを弾き始めた。
軽快に響く乾いた音。
アンプに繋いでもいいのにと思いながら、私は問題を解き続けた。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:26:48.86 ID:Q1ecnhMm0
部活を引退した後も、私達三年生は部室に通い続けた。
元々ダラダラするのはみんな好きだったし、部室の居心地の良さは手放せなかった。
梓ちゃんをひとりぼっちにしたくないという気持ちもあった。
帰っても勉強するだけだし、それなら部室でみんな一緒にやったほうがいい。
とは言え、やっぱり本腰を入れて勉強するなら一人のほうが捗った。
一緒にいるとどうしても喋っちゃうし、楽器もいじりたくなる。
みんなそれに気付いていたけど、口には出さなかった。
その代わり、本当に勉強しなきゃいけない時は、誰からともなく「今日は帰る」という意思表示を暗にした。
そして、そのたび私は一人になる。
澪ちゃんはりっちゃんと、唯ちゃんは和ちゃんと、それぞれで勉強をする。
そんな時に私は音楽室に行って梓ちゃんに甘えた。
紬「ふぅ……」
私は長文を二つ解いたところで、ペンを置いた。
ふと、BGMが止まっている事に気づいた。
梓ちゃんのほうを向くと、私と梓ちゃんの目が合った。
目を泳がせる梓ちゃんを見て、私は言った。
紬「お茶にしよっか」
梓「……はい」
梓ちゃんは恥ずかしそうにソファーの影に身を屈めて口元を隠しながら答えた。
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:36:37.64 ID:Q1ecnhMm0
紬「何にする?」
梓「えっと、ミルクティーで」
私はすぐにお茶を淹れて、席に着いた。
梓「いただきます」
紬「どうぞ」
梓ちゃんはゆっくりとカップに口をつけた。
火傷しないようにそっと啜り、唇を離す。
梓「おいしいです」
紬「ありがとう」
綻んだ梓ちゃんの顔を見て、私は嬉しくなった。
お茶を飲まなくても身体が暖かくなった気がした。
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:39:41.91 ID:Q1ecnhMm0
梓「そうだ。ムギ先輩に聞きたい事があるんですけど」
梓ちゃんはカップを置いて訊ねてきた。
紬「なあに?」
梓「いつもどうやって作曲してるんですか?」
紬「え?」
梓「私、ギターは弾けますけど、ムギ先輩みたいに曲は書けないんです。でも来年は私も書かないと……」
紬「あ……」
梓「だからムギ先輩のやり方を参考にできたらと思って」
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:41:38.77 ID:Q1ecnhMm0
私は少し考えてから答えた。
紬「うーん……あんまり難しい事はしてないかな。なんとなく頭に浮かんだフレーズを少しずつ広げていって……あ、みんなが演奏してるところを想像したり。そんな感じだよ」
梓「どういう時にそのフレーズは浮かぶんですか?」
紬「今みたいな時とか」
梓「え?今?」
紬「楽しかったり、ほっとしたり、嬉しかったりした時」
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:45:12.93 ID:Q1ecnhMm0
梓ちゃんは感心したように私の顔を見て言った。
梓「へぇー。だからムギ先輩の曲は楽しい感じのが多いんですね」
梓ちゃんがあまりにも真っ直ぐな眼で私を見て称賛するものだから、私は照れ臭くなった。
梓「じゃあ、今も何か浮かんでるんですか?」
紬「えっ?そうね……今だったら……」
私は椅子から立ち上がると、キーボードの前に立った。
紬「こんな感じかな」
そう言って私は鍵盤に指を滑らせて、思い付くままのフレーズを奏でた。
私がキーボードを弾いている間、梓ちゃんは目を閉じてその音に耳を済ませてくれた。
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:48:17.33 ID:Q1ecnhMm0
紬「……はい。こんな感じ!」
梓ちゃんは拍手をしながら言った。
梓「綺麗な曲ですね」
紬「ご清聴ありがとうございました」
私は小さく笑いながら言った。
梓「私にはそんな風にはできないなぁ……」
紬「今のは即興だから曲と言えるかどうかわからないけど……。梓ちゃんはジャズの経験もあるみたいだし、即興ならお手のものなんじゃない?」
梓「ええ……?私が即興なんてやったらきっとメチャクチャですよ」
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:52:25.00 ID:Q1ecnhMm0
紬「そうかなぁ。そんな事ないと思うよ?」
梓「ちょっと自信ないです……。それで……えっと、もしご迷惑じゃなかったら……」
梓ちゃんの言わんとしている事はすぐにわかった。
もちろん私は笑顔で快諾する。
紬「うん。いいよ。私で良かったら作曲のやり方教えてあげるね。私も梓ちゃんにはたまにギター教えてもらってるし」
梓ちゃんは目を輝かせた。
梓「ありがとうございます!えへへ……」
紬「じゃあお茶の続きしよっか」
梓「そうですね。それも作曲の大事な過程ですし」
梓ちゃんはそう言って笑顔を見せた。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:54:54.15 ID:Q1ecnhMm0
紬「そう言えばまだケーキ食べてなかったね。今用意するから」
梓「はい、ありがとうございます」
ケーキの入った箱を開けて、私ははっとした。
梓「どうしたんですか?」
さっき落とした時だ。
あの時、箱の中身はぐちゃぐちゃになっちゃったんだ。
紬「え、えっと……ごめんなさい!」
梓「えっ?」
私はおそるおそる白状した。
紬「さっき落としちゃったの……。だからケーキも全部崩れちゃって……」
それを聞いて、一瞬、ほんの一瞬だけ、梓ちゃんの表情が曇った。
視線を落とし、下唇を丸め、それから愛想笑い。
失望や落胆と言える程大袈裟ではなかったけど、確実に梓ちゃんの顔は暗い感情
を表した。
それが私に刺さった。
浅い傷口に、その痛みは何かのトゲのように埋まり、抜けなくなった。
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:58:21.32 ID:Q1ecnhMm0
梓「だ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
気にするよ。
梓ちゃんガッカリしてたもん。
紬「ごめんなさい……」
梓「そんな顔しないでください。私はケーキがなくても平気ですから……」
紬「梓ちゃん……」
梓「それより、えーと……ほら、ムギ先輩は受験生なんですから勉強を……」
梓ちゃんはそう言って話題を逸らしたけど、私には逆効果だった。
促されるまま私はペンを握った。
けど、英文は全く頭に入ってこない。
そんな私を見兼ねたのか、
梓「あの……今日はもう帰りましょうか?」
と梓ちゃんは言った。
私が返事をしないままでいると、梓ちゃんはさっさとアンプの電源を切って、ギターを仕舞い、バッグを肩に掛けた。
梓「ほら、いきましょうムギ先輩」
私は小さく頷くと、参考書をバッグに入れた。
それから梓ちゃんと一緒にティーセットを片付けて、私達は音楽室を出た。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:00:09.74 ID:Q1ecnhMm0
外はまだ明るかったけど、11月の下旬ということもあって、マフラーを巻いていても肌寒かった。
校門を出るといよいよ私は申し訳なくなり、 歩みが止まってしまった。
梓「もう、何してるんですか」
梓ちゃんは私の右手をとって、歩き出した。
似てる。
私は梓ちゃんの手を握りしめながら、そう思った。
梓「なんですか?」
紬「梓ちゃん、なんだか唯ちゃんみたい」
梓ちゃんは怪訝な顔をして聞き返してきた。
梓「え……それ喜んでいいんですか?」
紬「うん。もちろん」
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:02:49.11 ID:Q1ecnhMm0
梓「どのへんが似てるんですか?」
私は梓ちゃんの手を握る力を強めて、答えた。
紬「暖かいところ、かな」
梓ちゃんは、ぷっ、と笑ってから言った。
梓「なんですかそれ。ムギ先輩こそ唯先輩みたいですよ」
梓ちゃんも私の手を強く握り返した。
梓「ていうか、ムギ先輩の手のほうが暖かいんじゃないですか?」
前に唯ちゃんに、手も心も暖かいと言ってもらった事を思い出した。
私達はそのまま手を繋いで帰った。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:05:49.75 ID:Q1ecnhMm0
いつもは途中で別れるけど、この日は梓ちゃんが駅まで見送ってくれた。
駅に着いても、私達はしばらく立ち話をした。
その間、電車が何本か通り過ぎていったけど気にしなかった。
繋いだままの手からはお互いの体温が伝わり、どっちが暖かいのかなんてわからなくなった。
一時間くらいしてから、どちらからともなく別れる事にした。
紬「じゃあね梓ちゃん。また明日」
梓「はい。失礼します」
でも梓ちゃんはその場から離れようとしなかった。
紬「どうしたの?」
梓「いや、手を繋いだままじゃ私帰れないですよ」
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:09:30.95 ID:Q1ecnhMm0
紬「あっ!ごめんね。そうだよね」
そう言っておきながら、私は手を離せなかった。
梓「あの~……」
紬「う、うん」
私はゆっくりと手を離した。
梓「もう。本当に唯先輩みたいじゃないですか」
私はえへへ、と笑ってから、小さく手を振って梓ちゃんと別れた。
電車に乗ると、私はつり革に掴まりながら指をこすり合わせて、さっきの熱が逃げないようにした。
次の駅で目の前に座っていたおじいさんが降りたので、私はそこに腰掛けた。
ふいに眠気が襲ってくる。
私は膝のあたりで手をぎゅっと握って目を閉じた。
瞼の裏に最初に浮かんだのは、梓ちゃんの曇った顔だった。
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:14:21.18 ID:Q1ecnhMm0
家に着いて夕食を済ませると、私は自分の部屋に入り、机に向かった。
しばらく勉強をしてから、携帯電話を開いた。
壁の時計を見てまだ0時前である事を確認してから、私は梓ちゃんに電話をかけた。
梓「はい、もしもし」
紬「今大丈夫?」
梓「はい」
紬「えっと……あの……」
私は少し言葉を探した。
なんで今梓ちゃんに電話したんだっけ。
梓「どうしたんですか?」
紬「あの……今日はごめんね。お菓子用意できなくて……」
梓「そんな事ですか?気にしなくていいですってば」
紬「でも梓ちゃん、ガッカリしてたみたいだし」
梓「え?そ、そうでしたっけ……あはは……」
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:16:59.53 ID:Q1ecnhMm0
紬「明日はちゃんと持っていくね」
梓「あー……はい。ありがとうございます」
紬「えへへ」
梓「何かおかしな事言いました?」
紬「私、仲直りって初めて」
梓「いやそもそもケンカしてないじゃないですか!どんだけ心が狭いんですか私は」
電話越しに梓ちゃんの笑い声が聞こえた。
紬「じゃあ、また明日ね」
梓「はい。ムギ先輩、お休みなさい」
私は梓ちゃんが電話を切ったのを確認すると、携帯電話を閉じた。
その時、私はふと思い付いた。
なんでそんな事を思い付いたのかはわからなかった。
でもその思い付きはすぐにアイディアに昇華され、私の明日の予定になった。
私は右手の指をこすり合わせながら呟いた。
紬「明日もケーキを落とさなきゃ」
49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:21:27.90 ID:Q1ecnhMm0
【平成23年 10月28日】
金属の擦れ合う甲高い音がして、電車は駅に止まった。
停車の勢いでバランスを崩した澪ちゃんがりっちゃんにもたれかかり、りっちゃんはそれを肩で押し返した。
隣にいたサラリーマンと、目の前に座っていた二人組の男女がそこで降りて、二人分の座席が空いた。
律「よし、ジャンケンで座る人決めよーぜ」
澪「いいよ私は。あと一駅なんだし」
紬「私も大丈夫だよ」
律「そう?じゃあ私すーわろっと」
そう言うとりっちゃんはどかっと席に座った。
50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:25:42.17 ID:Q1ecnhMm0
紬「澪ちゃんも座ったら?」
澪「平気。ムギ座りなよ」
もう、澪ちゃんなら座っていいのに。
澪ちゃんは梓ちゃんじゃないんだから。
澪「ってなんで残念そうな顔してるんだ」
紬「えっ……うそ?私そんな顔してた?」
律「澪がムギの気遣いを無下に断るからだぞー」
澪ちゃんは頬を指先でちょっと掻きながら、
澪「じゃあ、お言葉に甘えて」
と言って座席についた。
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:27:02.14 ID:Q1ecnhMm0
電車はまた動き始めた。
途端に私は怖くなった。
しがみつくように、つり革を握る力を強めた。
そうしていないと電車から振り落とされる気がした。
電車は前にしか進まない。
一度振り落とされたら、もう置き去りにされたままになっちゃう。
律「ん?どした?」
紬「ううん、なんでもない」
ゆったりと座っているりっちゃんと澪ちゃんを見て、どうしてそんなに落ち着いていられるのか不思議に思った。
それから、この二人に置いていかれるのでは、という懸念。
私はことさら強くつり革を握りしめた。
私は横を向いて、後ろの車両に目をやった。
桜高の制服を着た女の子がいた。
私はつり革に掴まっているのがやっとだったから、今度は手を振らなかった。
55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:31:45.25 ID:Q1ecnhMm0
【平成22年 11月24日】
音楽室に入ると、私はすぐに梓ちゃんに伝えた。
紬「唯ちゃん達は今日も来ないって」
梓「そうですか。仕方ないですよね、受験生ですし」
梓ちゃんは唇をきゅっと結んだ。
紬「今日はちゃんと持ってきたよ」
私はそう言って、ケーキの入った箱を見せた。
梓「ありがとうございます」
紬「じゃあ早速食べよっか」
途端に私の鼓動が速くなる。
今。今やらないと。
やめればいいだけなのに、私にはそれが義務か、ひょっとしたら使命めいたものに感じられた。
紬「あっ」
私はわざと手の力を緩めた。
ぐしゃっと音を立てて、箱は地面に落ちた。
56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:33:37.71 ID:Q1ecnhMm0
紬「落としちゃった」
梓「もう……ムギ先輩も意外とおっちょこちょいで すね」
梓ちゃんはすぐに箱を拾った。
梓「ほら、大丈夫ですよ。中身は無事です。ちょっとだけ崩れちゃいましたけど、これなら全然食べられますよ」
梓ちゃんはそう言って箱の中身を私に見せた。
紬「そう。良かったわ~」
ケーキを食べ終えると、私は受験勉強を、梓ちゃんはギターの練習を始めた。
私の勉強が一段落すると、私は作曲のコツを梓ちゃんに話した。
梓ちゃんは何度も感心しながら、私の話を聞いてくれた。
その日も、私と梓ちゃんは手を繋いで帰った。
57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:37:19.83 ID:Q1ecnhMm0
その日も、私と梓ちゃんは手を繋いで帰った。
家に着き、 夕飯を済ませると、私は机に向かう前に梓ちゃんに電話をかけた。
梓「はい、なんですか?」
紬「梓ちゃん、ごめんね」
梓「え?」
紬「私、今日もケーキ落としちゃって……」
梓「ああ。大丈夫ですってば。普通に食べられたんですし」
紬「ごめんね」
梓「そんな事で謝らないで下さいよ。私はそこまで短気じゃないです」
紬「良かった」
58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:38:03.93 ID:Q1ecnhMm0
コピペミスった
>>57の最初の一文はナシで
60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:40:09.24 ID:Q1ecnhMm0
梓「律儀ですね、ムギ先輩」
紬「えへへ。あ、ごめんね。それを言いたいだけだったの」
梓「そうですか。じゃあまた明日。……あ、ムギ先輩は部室に来ても大丈夫なんですか?勉強は……」
紬「ちゃんとやってるから大丈夫!」
梓「ですよねー。じゃあ、お休みなさい」
紬「うん、お休みなさい。明日、ギター教えてね」
梓「はい!それじゃ失礼します」
電話を切ると、私は胸の中に広がる暖かいものを堪能する一方で、明日やるべき事を考えた。
61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:43:48.39 ID:Q1ecnhMm0
【平成23年 10月28日】
澪「おーいムギー。もう着いたぞ」
澪ちゃんの声で、私は我に返った。
澪ちゃんもりっちゃんも先に電車を降りていて、ホームから私を見ていた。
私は慌てて電車を降りた。
二人に駆け寄って、私は甘えた調子で言った。
紬「ぼーっとしちゃってた」
律「危うく乗り過ごしちゃうところだったじゃん」
澪「もしかして寝不足?」
紬「物思いにふけってました~」
私がふざけてそう言うと、りっちゃんと澪ちゃんは顔を見合わせて、気まずそうな表情になった。
紬「あ、ごめん。そうじゃないの……。違うの」
違くなかったけど、その場を取り繕うために私は嘘をついた。
65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:46:07.96 ID:Q1ecnhMm0
律「ん、まぁいいけどさ。しんどいのはみんなもなんだし……なんていうか……」
澪「そう。何かあったら私達に頼っていいんだぞ」
りっちゃんと澪ちゃんは真剣な顔で言った。
紬「本当に違うの。あ、ほら、早く唯ちゃんの家に行きましょう?」
私が促すと、二人は前を向いて歩き出した。
私は後ろを振り返り、動き始めた電車の中にさっきの桜高生を探した。
車両の中はよく見えたけど、その子は見当たらなかった。
腕時計に目をやると、短針が6時を指していた。
私は前に向き直り、りっちゃんと澪ちゃんを追った。
67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:50:06.22 ID:Q1ecnhMm0
唯ちゃんの家は駅からすぐだったけど、私達は先にコンビニに寄って唯ちゃんに頼まれたお酒とおつまみを買う事にした。
律「じゃあ澪、たのむわー」
澪「また私か」
律「だって私だと店員に年齢確認されちゃうし、ムギはいまだに酒選ぶ時にはしゃぐからやっぱり年齢確認されるじゃん」
澪「やれやれ……。ていうか、こう毎日ここで私が買ってると、店員さんは私の事とんでもない酒好きだと思っちゃってるんじゃないか?」
律「えっ?そ、そお?そんな事ないと思うぞー?な、ムギ!」
紬「う、うん!店員さんもお客さんの一人一人なんて覚えてないだろうし!」
澪「ならいいけど……」
律「あーほら早くしないと!唯が待ってるから!」
澪「はいはい。じゃあ行ってくるよ」
69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:54:28.93 ID:Q1ecnhMm0
澪ちゃんがコンビニに入ると、りっちゃんはすぐに私に耳打ちしてきた。
律「さっきはああ言ったけどさ、やっぱり店員さんももう澪の顔覚えてるだろうな」
紬「うん。澪ちゃん可愛いし……」
律「ややっ?この子は一体なぜこんなに酒を……?はっ!もしかしてフラれたのか?よし、ならばこのしがないコンビニ店員が慰めてあげようじゃないかっ!」
紬「ぷっ」
律「すまん澪!お前の犠牲をムダにはしないから!店員さんとお幸せに!」
紬「ふふっ」
私が笑うと、りっちゃんはほっとしたような顔をした。
その顔を見て、私は自分が気を遣われている事に気付いた。
そんな事しなくてもいいのに。
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 23:59:34.91 ID:Q1ecnhMm0 [41/41]
紬「りっちゃん、私本当に大丈夫だから」
だって私は、そもそもりっちゃん達みたいに悲しんでないんだもん。
律「ん、そっか。なら安心だ~」
りっちゃんはそう言いながら私から視線を逸らした。
私はブーツの踵で地面に小さく円を書きながら、店内の様子を伺った。
澪ちゃんはレジに大量のお酒を持って行っていて、店員が機械でそれのバーコードを読んでいる。
他の店員がそれを見ながら何かひそひそと話しているのを見て、私は申し訳なくなった。
澪ちゃん、今度お酒を買うときは、私が行くからね。
http://live28.2ch.net/news4vip/【レス抽出】
対象スレ:紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」
ID:Iof5d2+a0
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:03:00.95 ID:Iof5d2+a0 [1/130]
澪「お待たせ」
澪ちゃんはパンパンになった袋を両手に持ちながら、コンビニから出てきた。
綺麗な女の子が毎日これだけのお酒を買ってるんだから、やっぱり店員さんも……。
律「覚えちゃってるだろうなぁ」
澪「え?」
律「なんでもないよーん。さ、行こーぜ」
私が澪ちゃんに袋をこちらに渡すよう促すと、澪ちゃんはありがとうと言って、ひとつだけ私に預けた。
りっちゃんも澪ちゃんからひょいと袋を取り、私達は唯ちゃんの家に向かった。
74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:07:08.99 ID:Iof5d2+a0 [2/130]
唯ちゃんの部屋は川沿いのマンションの五階にある。
一応デザイナーズマンションらしく、シャープな外観と、楽器もある程度演奏できるくらい防音のしっかりした部屋をウリにしていた。
入居したての頃の唯ちゃんは、「もっと可愛いところにすればよかったなぁ」とボヤいていたけど、最近は川沿いにあるガス灯が置かれた公園を気に入ったらしく、そういう事を言わなくなった。
りっちゃんがエレベーター前のインターフォンを鳴らすと、すぐにドアのロックが解除された。
澪「確認もしないで開けたら、セキュリティの意味全くないな」
澪ちゃんが呆れたように言った。
紬「唯ちゃん、セールスとかに引っかかってないかな……」
律「大丈夫大丈夫。ベルが鳴っても唯なら起きないから」
私達はそのままエレベーターに乗り、五階に向かった。
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:10:42.62 ID:Iof5d2+a0
唯ちゃんの部屋の前まで行き、ベルを鳴らす。
玄関の前に山積みになった新聞紙を見て、りっちゃんは言った。
律「あいつ、絶対新聞なんて読んでないぜ 」
ドアが軽い音をたてて開く。
パジャマを着て寝癖をつけたままの唯ちゃんが、携帯電話を片手に持ちながら出てきた。
律「おーす、買ってきたぞ」
紬「お邪魔しまーす」
唯ちゃんは、にっこり笑って言った。
唯「はいはーい。どうぞ~」
80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:15:40.92 ID:Iof5d2+a0
【平成22年 11月25日】
次の日は唯ちゃん達も部室に来た。
唯「は~部室はやっぱり落ち着くね~ 」
私はいつも通りにお茶とお菓子を用意した。
お菓子を壊す必要はなかったし、そうしようとも思わなかった。
みんなは勉強をするふりをしながらクッキーをつまみ、普段通りの会話をした。
普段通りなのに、梓ちゃんは普段よりもよく話し、よく笑った。
その事に気付いたりっちゃんが、いたずらな笑顔を浮かべながら言った。
律「梓~良かったな、私達が来て」
梓「えっ」
唯「やっぱりみんな一緒じゃないとさみしいよねー」
梓「なっ……。そ、そんなことないです!えーと……あ、ムギ先輩が来てくれてましたから!」
梓ちゃんは慌ててそう返した。
82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:18:00.51 ID:Iof5d2+a0
唯「まあ!いいなぁ。私もムギちゃんと二人っきりでお話したいなぁ」
澪「唯はお菓子独り占めしたいだけだろ」
唯ちゃんはそれを必死に否定したけど、その様子が可笑しくて、部室に笑い声が響いた。
梓「あ、でも」
梓ちゃんが思い出したように言った。
梓「ムギ先輩って意外とおっちょこちょいなんですよ」
唯「え?なになに?」
途端に私の体は強張った。
85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:21:52.24 ID:Iof5d2+a0
みんなには絶対に知られたくないと思った。
知られたら、これからの楽しい未来が全部駄目になる気がした。
紬「梓ちゃん」
澪「ムギがどうかしたの?」
紬「梓ちゃん待って」
梓「昨日……あ、一昨日もなんですけど、ムギ先輩が」
紬「梓ちゃん!」
私は立ち上がり、声を張り上げて梓ちゃんを制した。
みんながきょとんとした顔をして私を見た。
その視線を受けて、私のまわりだけ重力が何倍にもなったように思えた。
重くなった身体から、ねばついた汗が噴き出す。
口の中は乾上がり、鼻の奥に酸っぱいものが込み上げてくる。
私は舌を動かして口内を湿らせる。
私の唾液ってこんなに苦かったっけ。
87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:23:57.78 ID:Iof5d2+a0
律「おーいムギ。どうした?そんな怖い顔するなよ」
紬「あ……」
唯「まあまあムギちゃん、座ってお茶でも飲むといいさ。ほれ、お菓子をあげよう。おいしいよ~」
紬「……うん。ありがとう唯ちゃん」
唯「お母さんにはナイショだよ」
澪「なんだその田舎のおばあちゃんがお小遣いくれる時みたいなノリ」
澪ちゃんが突っ込むと、唯ちゃんとりっちゃんが笑った。
私もそれに合わせようとしたけど、まだ強張ったままの表情筋は歪な笑みを作り出した。
梓ちゃんは手を指先を弄りながら、俯いていた。
結局それ以降、昨日の私の話は出て来なかった。
91 名前:ミスった[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:27:51.93 ID:Iof5d2+a0
律「おーいムギ。どうした?そんな怖い顔するなよ」
紬「あ……」
唯「まあまあムギちゃん、座ってお茶でも飲むといいさ。ほれ、お菓子をあげよう。おいしいよ~」
紬「……うん。ありがとう唯ちゃん」
唯「お母さんにはナイショだよ」
澪「なんだその田舎のおばあちゃんがお小遣いくれる時みたいなノリ」
澪ちゃんが突っ込むと、唯ちゃんとりっちゃんが笑った。
私もそれに合わせようとしたけど、まだ強張ったままの表情筋は歪な笑みを作り出した。
梓ちゃんは指先を弄りながら、俯いていた。
結局それ以降、昨日の私の話は出て来なかった。
92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:29:02.89 ID:Iof5d2+a0
その日の夜、勉強に区切りをつけた私は携帯電話を開いた。
梓ちゃんに電話をしようと思ったけど、特に用事があるわけじゃない。
用もなく電話をかけたところで、軽音部のみんなは怒ったりしない。
むしろみんなも用もなく私に電話をかけてくる事はあるし、私も同じ様にみんなに何度か電話をしてきた。
それでも私の指は、携帯電話のボタンを押す事を躊躇う。
私が小さな液晶画面をぼんやり眺めていると、不意に着信が来た。
私はすぐにその電話に出た。
紬「は、はい!」
梓「はやっ!」
94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:31:21.55 ID:Iof5d2+a0
紬「今ちょうど携帯触ってたの」
梓「そうでしたか。あの、ムギ先輩」
紬「なあに?」
梓「なんていうか、すいませんでした」
梓ちゃんが何の話をしているかはすぐにわかったけど、私は気づかないふりをした。
紬「なんのこと?」
梓「えっと……昨日の話、あんまりされたくなかったんですよね?」
私は何も答えなかった。
梓「すいませんでした。でも、そんなに気にする事ないと思いますよ」
紬「うん。そうだよね」
梓「まぁそのへんは人それぞれなのかもしれないですけど」
紬「うん」
95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:33:38.45 ID:Iof5d2+a0
梓「あ……それだけです。勉強の邪魔してすいません。それじゃ失礼します」
紬「待って、まだ切らないで」
私はベッドの上で膝を抱え、電話を持ち直した。
左耳に電話を押し当てて、私は話し始めた。
紬「もう今日のぶんの勉強は終わったから全然平気!それより梓ちゃん、明日何か食べたいお菓子ある?」
梓「え?そうですね……チョコレート、とか」
紬「うん、わかった。じゃあ持っていくね」
梓「はい!楽しみにしてます」
97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:37:33.45 ID:Iof5d2+a0
それから私達は延々と話を続けた。
梓「子供の頃、ですか?」
紬「うん。どんな事して遊んでたの?」
梓「普通ですよ。鬼ごっことかかくれんぼとかなわとびとか。あ、小4からはギターいじったりもしてましたけど」
紬「いいなぁ」
梓「それも夢だったりするんですか?」
紬「うん」
梓「唯先輩と律先輩なら付き合ってくれそうじゃないですか?」
紬「梓ちゃんは?」
梓「私はそういう遊びは卒業しました」
紬「え~?面白そうなのに」
梓「ていうか、かくれんぼにあんまりいい思い出ないんですよね。押し入れの中に隠れた事があって、でられなくなっちゃって。あれ以来、狭いところはちょっと苦手なんです」
紬「そっかぁ。じゃあかくれんぼは諦めなきゃダメね」
99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:40:20.55 ID:Iof5d2+a0
梓「もう子供じゃないですからね」
紬「じゃあ大人の話しよっか。梓ちゃんどうぞ 」
梓「あはは、そうですね。うーん……大人の話……。あ、そうだ、ムギ先輩に前から聞きたい事があったんですけど……」
紬「なあに?」
梓「ムギ先輩って彼氏とかいないんですか?」
紬「え?いないよ?」
梓「そうですか……。いや、軽音部の中だったら、ムギ先輩ならいそうだなって思ったんですけど」
紬「うーん、まだそういうのはわからないわ」
102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:43:20.43 ID:Iof5d2+a0
梓「私もです……。でもクラスの中にはもう彼氏がいる子もいるんですよね。私って子供なのかな」
紬「じゃあ私達みんな子供ね~」
梓「ふふっ、そうですね。それで、彼氏がいる子って……えーと、その……やっぱりそういう事もあるんですよね……」
梓ちゃんが言おうとしてる事はなんとなくわかった。
紬「なんだか今日の梓ちゃんは大胆ね」
梓「う……すいません。忘れてください……」
紬「ねえねえ、これって恋バナだよね!」
梓「あ……はい。多分」
紬「ふふ、今夢が叶っちゃった」
梓「ぷっ!ムギ先輩、ほんと面白いですね」
紬「それで?梓ちゃんはそういうのをどう思うの?」
103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:47:02.87 ID:Iof5d2+a0
梓「えっと……漠然となんですけど」
紬「うんうん」
梓「怖いなって思う一方でちょっと憧れてたりもするんです。ムギ先輩はどうですか?」
紬「私は……やっぱりわからない、かな」
梓「あ、あー……。ですよね」
紬「梓ちゃんがこんな話するなんて珍しいね」
梓「深夜だからつい……。ほんとに忘れてください!他の先輩方にも内緒で……あ、特に律先輩には」
紬「りっちゃん可哀想」
梓「え?あ、そういうわけじゃなくて……あー!とにかく内緒にしてくださいね!」
紬「うん。わかった。内緒話!私、内緒話するのが」
梓「夢だったんですね?」
紬「うん!」
時計に目をやると、もう0時を回っていた。
でも私は電話を切ろうなんて気持ちにはちっともならなかった。
106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:49:44.74 ID:Iof5d2+a0
【平成22年 11月26日】
それから、次に作るとしたらどんな曲がいいかについて話していると、梓ちゃんが一旦それを止めた。
梓「あ、すいません。充電切れそうなんでちょっと待って下さい」
電話の向こう側で、梓ちゃんが充電器を探す音が聞こえた。
梓「はい、もう大丈夫です。で、なんでしたっけ。あぁそうそう、それで、やっぱり私はあんまり暗い曲はやらなくてもいいと思うんです」
紬「どうして?」
梓「バンドのイメージじゃないっていうか
紬「うん」
梓「曲調の幅があるのも悪くないんですけど、私達には明るい曲が合ってると思います。えっと、そのほうがコンセプティブな感じがしますし」
108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:53:34.57 ID:Iof5d2+a0
紬「そっか。じゃあ今の調子で作っていって大丈夫だね」
梓「はい。今のままが一番です!」
紬「うん!」
梓「って、ちょっと熱く語りすぎましたね私……」
紬「ふふっ」
梓「……ていうかもうこんな時間!すいません、長々と話しちゃって」
紬「ううん、楽しかったよ」
梓「私もです。じゃあムギ先輩、おやすみなさい。また明日」
紬「うん、またね」
それから数秒、私達は無言になった。
110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:55:23.70 ID:Iof5d2+a0
梓「もう切りますよ」
紬「はーい、おやすみ」
また沈黙が訪れる。
梓「切らないんですか?」
紬「じゃあせーので切ろっか」
梓「はい」
紬「せーの」
私は電話を切らなかった。
梓ちゃんも切らなかった。
112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 00:58:28.16 ID:Iof5d2+a0
梓「もう、なんで切ってくれないんですか」
紬「梓ちゃんこそ」
梓「だって……」
紬「じゃあもうちょっとだけお話する?」
梓「……はい」
顔は見えなかったけど、梓ちゃんが電話の向こうで恥ずかしそうにしているのがなんとなくわかった。
梓「そう言えばムギ先輩、この前言ってましたよね。楽しい時に曲が浮かんでくるって」
紬「うん。今みたいに、楽しい時と嬉しい時に浮かぶよ」
梓「今はどんな曲が浮かびですか?」
私はそっと目を閉じた。
紬「今だったら……こんな感じかしら」
私は鼻歌で、頭に浮かんだメロディを梓ちゃんに伝えた。
115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:01:23.78 ID:Iof5d2+a0
梓「綺麗……。それに、なんだかホッとします。この前のとちょっと似てますね」
紬「ご静聴ありがとうございました」
梓「あ、今なら気持ちよく電話切れそうです!」
紬「じゃあもう寝よっか」
梓「はい。せーので切りましょう。今度はちゃんと切りますからね」
紬「うん、じゃあ……せーの」
私達は同時に電話を切った。
117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:04:19.62 ID:Iof5d2+a0
携帯電話を閉じると、ずっとそれを押し当てていた左耳が疼いた。
繋いだ手と同じくらい暖かくて、嬉しい痛み。
私は寝る前に軽くシャワー浴びた。
ドライヤーで髪を乾かしていると、私の頭の中で、梓ちゃんとした交わした言葉のひとつひとつがランダムに再生された。
私はこの上なく幸せな気持ちでベッドに入り、目を閉じた。
そして、やっぱり瞼の裏には梓ちゃんのがっかりした顔が張りついていた。
翌朝、私は鏡の前で中々纏まらない髪と格闘しながら、斎藤を呼んだ。
紬「チョコレートのお菓子って余ってない?なるべく古いのがいいの」
118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:09:10.16 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 10月28日】
唯ちゃんの部屋は、実家のそれと似た雰囲気だった。
家具も小物も実家から持ってきたものばかりだから当たり前だけど。
違うとすれば、ふかふかのクッションが置かれたソファーと、お洒落な座椅子がある事くらい。
それから窓の形。大きくて、朝には日の光がたくさん射し込んでくる。
ベランダからはマンションの前を流れる川を対岸まで眺める事ができて、私はそれが好きだった。
唯ちゃんとりっちゃんがベッドに座り、部屋の真ん中に置かれたテーブルを挟んで澪ちゃんが勉強机の椅子に、私は床の座椅子に足を伸ばして座った。
これがそれぞれの定位置。
特にそうと決めたわけじゃないけど、音楽室の席と同じで、みんななんとなくそれぞれしっくりくる場所があった。
ちょっと前までは私の向かい側のソファーに、梓ちゃんがクッションを抱きながら座っていた。
私服の私達に対し、梓ちゃんは制服だったから、唯ちゃんとりっちゃんが梓ちゃんを見て「初々しい」「若々しい」と言っていた。
梓ちゃんはその時、「一歳しか違わないじゃないですか」と返した。
唯「ねえねえ何買ってきたの?」
律「秋山セレクションですぜ」
唯「ほほう、そいつは楽しみですなぁ」
澪ちゃんはちょっとだけ得意げな顔をした。
121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:13:02.01 ID:Iof5d2+a0
私は手に持った袋の中身をひとつずつ取り出した。
紬「えっと、スクリュードライバー、オレンジブロッサム、カシスオレンジ、テキーラサンライズ……がそれぞれ3本」
律「まぁ!柑橘系大好き!わたくし最近酸っぱいのが好きなのー……ってなんでオレンジ縛りなんだよ!」
澪「え?だって、可愛いかなって……。でも他のお酒もちゃんと買ってきたぞ」
律「はー、わかってないなぁ。もっとこう、渋いのが大人だぜ?ウイスキーの一本くらい買ってこなくてどうする」
澪「ウイスキー飲んで泣きながら吐いたヤツが何を言ってるんだ」
唯「私は好きだよ、オレンジ!ありがとう澪ちゃん」
私は袋の中の最後の二本を取り出した。
紬「あ、他にもあったわ。えっと、ビールが一本とカルアミルク」
りっちゃんはわざとらしく肩を落とした。
123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:16:28.23 ID:Iof5d2+a0
唯「いくらだったー?」
唯ちゃんは財布を取り出した。
律「二万くらいかなー」
唯「うっ……今月破産確定……」
澪「はいはい、嘘だよ。ほら、レシート。全部で5,500円」
唯「じゃあ、えーと……1100円だね」
澪ちゃんとりっちゃんが視線を落とした。
澪「いいよ、払わなくて。部屋使わせてもらってるんだし」
唯「ええ?悪いよー」
紬「いいのよ」
澪「律はちゃんと払えよ」
律「へいへい」
唯「……えへへ、ありがとう、みんな」
126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:21:52.99 ID:Iof5d2+a0
私達が初めてお酒を飲んだのは、大学に入ったばかりの頃。
他大学と合同の軽音サークルの新入生歓迎コンパの席でだった。
みんなおそるおそるお酒を口にして、それを見た上級生は気を良くして、ことさら私達に飲ませた。
澪ちゃんは外見で目立っていたから、特に標的にされた。
勝手にご機嫌になる唯ちゃんとりっちゃんの横で、一向に酔えない私はずっと先輩と世間話をしていた。
しばらくして澪ちゃんの姿が見当たらない事に気づき、私はすぐにトイレに向かった。
澪ちゃんは息も絶え絶えに吐いていて、その背中を先輩がさすっていた。
私は介抱役を先輩と代わり、澪ちゃんの背中をさすり続けた。
胃の中が空っぽになってからも、澪ちゃんは何度か胃液だけを吐いた。
それから泣きながら、「もうこんなの嫌だ」と言って、澪ちゃんは訴えるような目で私を見た。
私はハンカチで澪ちゃんの涙と口のまわりを拭い、「じゃあ私達でサークル作っちゃおうか」と言った。
澪ちゃんは涙目になりながらも、安心したようにうんうんと頷き、また便器に向かって吐いた。
その飲み会の後も、唯ちゃんとりっちゃんは他のサークルのコンパに顔を出し続けていたから、私と澪ちゃんは不安になったけど、結局二人はタダでご飯を食べたかっただけらしく、晴れて四人でサークルを立ち上げる事になった。
128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:26:18.40 ID:Iof5d2+a0
お酒を開ける前にお菓子の封を開け、しばらく適当に会話をしていると、唯ちゃんがテレビをつけた。
生放送の音楽番組が液晶テレビの画面に映し出された。
唯「私の好きなバンドが出るんだ~」
セットの階段を降りてくるアーティスト。
唯「あっ、この人達だよ~」
唯ちゃんがテレビの画面を指差した。
律「ってお前、それ唯の好きなバンドじゃなくて梓の好きなバンドじゃん」
その言葉で訪れる沈黙に、私達は飲まれた。
やたら明るい司会者の声だけが間抜けに響く。
りっちゃんは自分を責めるように頭をがしがしと書いた。
唯ちゃんはそんなのお構い無しに、テレビの画面を食い入るように見ている。
澪「他になんかやってないの?私、このアナウンサー苦手なんだ」
澪ちゃんがとってつけたような理由を添えて、チャンネルを変えようとした。
129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:27:22.35 ID:Iof5d2+a0
お酒を開ける前にお菓子の封を開け、しばらく適当に会話をしていると、唯ちゃんがテレビをつけた。
生放送の音楽番組が液晶テレビの画面に映し出された。
唯「私の好きなバンドが出るんだ~」
セットの階段を降りてくるアーティスト。
唯「あっ、この人達だよ~」
唯ちゃんがテレビの画面を指差した。
律「ってお前、それ唯の好きなバンドじゃなくて梓の好きなバンドじゃん」
その言葉で訪れる沈黙に、私達は飲まれた。
やたら明るい司会者の声だけが間抜けに響く。
りっちゃんは自分を責めるように頭をがしがしと掻いた。
唯ちゃんはそんなのお構い無しに、テレビの画面を食い入るように見ている。
澪「他になんかやってないの?私、このアナウンサー苦手なんだ」
澪ちゃんがとってつけたような理由を添えて、チャンネルを変えようとした。
132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/27(月) 01:30:12.91 ID:Iof5d2+a0
唯「だめだよー。これ見ようよ」
唯ちゃんが澪ちゃんを制した。
澪「唯」
澪ちゃんはなおも食い下がる。
唯「だーめ」
唯ちゃんは笑いながら頑なに拒んだ。
律「まぁいいじゃん。見ようぜ」
りっちゃんが諦めたように言った。
私はテーブルの上の小さい時計に目をやった。
午後八時。
日付が変わるまで、あと四時間。
梓ちゃんの四十九日まで、あと四時間。
前編 おしまい
紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」 後編
へ続く
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