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阿良々木「あれ?なんか忘れてる」第四部

152 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/30(水) 18:30:50.53 ID:CpGK6KkP [1/9]
真宵も大きくなり、今年で2歳。

僕も相変わらず順調な生活を送っている。

特に変わったと言えば、ひたぎが運転免許を取った事か。

何かと子供が出来ると、買い物にせよ出掛けるにせよ結構大変だと言う事で。

最近の教習所は託児所もあって、何かと親切だとか。

「ねぇ、あなた。免許を取ったら車を買おうと思うんだけど?」

「ん?ああ、僕の車でも良いんだぜ」

「いやよ、あれは大き過ぎるわ。もう少し小回りのきく車が欲しいの」

「軽自動車?」

「もう少し大きいのが……」

「希望の車ってあるの?」

「ええ、あるわよ」

「じゃそれを買ったら?」

「いいの?」

「小型車だろ?そう高い物でもないし」

「そう、相変わらず理解があるのね」

「そろそろ、その仰々しい話し方をやめないか?」

「やめるも何も、これが普通だから」

153 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/30(水) 18:32:20.72 ID:CpGK6KkP [2/9]
「まぁ、それはそうなんだけど」

「ところで、来月から東京支社に行くんでしょ?」

「え?何で知ってるの?」

「父から聞いたわ」

「そっか、うん。当分単身赴任になるかも知れない。まぁ、正式な辞令は来週だと思うけど」

「ふーん。東京……夜遊びしたら許さないから」

「しないって」

僕はにこやかな顔で返事した。

彼女は本当に心配そうだ。

まぁ、結婚してこの方、短期の出張はあれど、基本的に一緒に居たからな。

「週末にはちゃんと帰るようにするよ」

と、何も考えずに返事をしたのが、2カ月前の話である。


東京支社に来てから、日々の多忙さに少し辟易している。

無駄に仕事量が多い。

何でもかんでも書類だの印鑑だの許可だと小五月蠅い。

支店じゃ、支店長決裁に該当する物件以外は自己判断の事後報告で良かったからね。

結局、毎日残業続き、土曜も自宅(東京の仮の住まい)に持ち帰って、残務処理をする始末。


154 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/30(水) 18:33:17.37 ID:CpGK6KkP [3/9]
ひたぎに約束した事は全然守られていなかった。

それでも一応、毎日帰宅したら電話する。

「あー、僕だけど」

「あら昨日ぶりね。今日も忙しかったの?」

「まぁ、色々と大変なんだ。で、今週も帰れそうにない」

「そう……ご飯はちゃんと食べてる?」

「ああ、その辺は大丈夫。洗濯も自分でやってるし」

「洗濯は洗濯機がするんでしょ」

「まぁ、そうだけど」

「健康には注意してね」

「ああ、分かった。ところで真宵は?」

「今日も元気よ。あなたの写真を見て『おちゃーんおちゃーん』って言っているわ」

「おっちゃんって……すまん、ちゃんと帰って父親らしくしないと本当にオジサンになっちゃうよね」

「違うわ。お父さんって言う所を噛んでるだけよ」

「噛んでるのか!」

「ふふ」

そんな家に居た時と変わらない会話をしつつも、二人してその距離を明らかに感じていた。


155 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/30(水) 18:38:25.04 ID:CpGK6KkP [4/9]
とある週末、久々に仕事が片付いたので、家に戻れるようになった。

新幹線で数時間、1時間なら通勤しても良いんだけどね…

東京駅から電話を入れる。

「僕だけど、今から帰る。うん、地元には8時過ぎに着けると思うよ」

そう言って、僕は新幹線に乗り込む。

窓際の席に座って、出発まで何をする事も無く、窓の外を眺めていた。

反対のホームに、上りが入ってくる。

ゆっくりと電車は停止し、車内の人が徐に立ち上がる。

ガラスの向こうの人はこれから東京、僕は直江津へ。

ふと、もう一つ向こうのガラスの先の女性を見た瞬間、僕の視点は固定された。

そこに居たのは「千石撫子」に似た女性。

そう言えば、東京に出たと聞いていたな。

彼女もあんな感じになるんだろうか?

そんな風に女性をを凝視していたら、目があった。

一瞬、向こうも何かとんでもない物を見つけたかのように吃驚した後、何か言っている。

「こ よ み お に い ち ゃ ん」

僕にはそう聞こえた、ように思えた。

次の瞬間、彼女は走って電車から出て行った。

156 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/30(水) 18:47:53.58 ID:CpGK6KkP [5/9]
そうするうちに、こちらの列車も出発となる。

ホームにアナウンスがなり、ドアが閉まり、列車は動き出す。

また明日の夜には戻ってこなきゃならないんだけど、東京を出る事がこんなに嬉しいとは思わなかった。

家族に会える事よりもだ。

まぁ、ここのところ仕事ばっかだったからな。

窓の外から視線を逸らし、正面を見た時僕は仰天した。

そこにさっきの女性ががいた。

「こよみおにいちゃん!」

彼女は突然僕に抱きつき、そう言った。

「せ、千石?!」

「暦お兄ちゃん逢いたかった!」

彼女は恥じらいもなく、僕に抱きついたまま。

他の乗客の視線が痛い、一呼吸おいて千石に話しかける。

「ほら、一応公共の場だから、ね?」

「ごめんなさい、つい嬉しくって」

面影こそ有れど、僕の知ってる千石とは乖離した明らかに「明るい女性」、それがこの千石撫子。


157 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/30(水) 19:04:44.34 ID:CpGK6KkP [6/9]
「何か変わっちゃって、最初分からなかったよ」

「暦お兄ちゃんは変わってないね」

「そ、そうか?」

「うん、昔のままだよ」

「そ、そうなんだ、ははは」

「うん、そのまま。ところでどこに行くの?」

「え?ああ、家に帰る所だよ、それより千石は今さっき東京に戻ってきたんだろ?またどこか行くのか?」

「ちがうよ、暦お兄ちゃん見つけたから、走って来ちゃった」

「いいのかよ?!」

「うん、まだ時間大丈夫だし、次で降りて戻るから」

「うーん、なんていうか一応それ切符買わないとキセルだからな」

「うんうん、そういう変に厳しい所も昔のままだよね、暦おにいちゃん」

「その暦お兄ちゃんってのは止めないか?千石も……」

僕の言葉を遮るように、千石は言葉を発す。

「暦お兄ちゃんは、いつまでも撫子のお兄ちゃんだから」

何故か何も言えなかった。

「で、今日は東京に出張?」

「うんまぁ、そんな所。ていうか、ここ数カ月ずっと東京に住んでる」

「え?そうなの?何で?単身赴任?」


158 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/30(水) 19:05:59.55 ID:CpGK6KkP [7/9]
「正解。仕事の都合でこっちに居るんだよ。今日は久々に地元に帰って、また明日とんぼ返り」

「ふーん、そうなんだ」

一瞬、千石がニヤリと、そうどこかで見た事のあるような……笑みを零したのを僕は見逃さなかった。

「ねぇ、暦お兄ちゃん。今度どっか遊びに行こうよ」

「そんな暇は無いよ。毎晩夜遅くに帰ってくるし」

「ご飯とかは?」

「コンビニか外食だよ」

「洗濯は?」

「洗濯機がしてくれる」

「添い寝は?」

「添い寝は……はぁ?!お前、何言ってんだ!」

「ふふふ」

千石はまたさっきの様な笑みを零して僕を見る。

「んなもん、いらねぇよ!仕事が終わったらバタンキューだよ!」

「ふーん、相変わらず暦お兄ちゃんは真面目なんだね」

「悪かったな」

「別に悪くないよ、好きだよ、暦お兄ちゃんのそういう所」

千石はサラッと恥ずかしいセリフを吐く、聞いてるこっちが照れるぐらいの事を。

159 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/30(水) 19:06:27.28 ID:CpGK6KkP [8/9]
「でも、また逢えてよかった」

「まぁ久々だしな」

「あのね、これ私の住所なんだ。それから新しい電話番号。何かあったら電話して」

「何もねぇよ」

「洗濯機が壊れたら、手洗いしてあげるから」

と、千石は笑いながら言う。

そして、僕の携帯番号を教えてくれと、これまたサラッと言う。

つい、僕は番号を教えてしまった。

これが後々、色んな事を引き起こすとも知らずに……

次の停車駅で千石は下車し、窓の外から僕に手を振り、そして視界から消えた。

何故かドキドキする心臓。

千石の余りの豹変?気性の変化に驚いた僕だった。

台風一過、その後は到着まで深い眠りに付いた。

164 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/06(火) 18:46:58.75 ID:hc11McUP [1/8]
地元駅に着き、改札を抜けるとひたぎと真宵が待っていてくれた。

「おかえりなさい」

その言葉にとてつもない有難味を感じる。

「ただいま」と、僕は返す。

「迎えに来てくれなくても良かったのに」

そう言いながら、僕は真宵を抱き上げる。

僕の鞄を代わりに持ったひたぎが、

「別に。少し外に出たかっただけよ」

と、相変わらずのツンドラである。

僕の先を歩くひたぎ、あれ?そっちじゃ……

「車で迎えに来たから」

「ああ、もう納車されたんだ」

「今朝ね」

「へーそうなんだ、どれ?」

「これ」

ひたぎは嬉しそうに笑いながら屋根に手を置き、こっちを見据える。

「えっと……この車、なんていう車?」

「フィアット プント エヴォ」

165 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/06(火) 18:48:12.31 ID:hc11McUP [2/8]
「外車なの?」

「そうよ、外車よ。私が国産に乗るとでも思って?」

「あ、いや、別にそういう意味じゃなくて」

「じゃあ何?」

「いや、別に何もないです」

正直驚いた、ひたぎってどちらかと言うと「走れば何でもいいわ」というタイプだと思ってた。

でも、幾らするんだろうか?値段を聞いたら心臓に悪そうだから聞かない事にしよう。

左ハンドルに乗るのは初めてではないが、やはり右側にハンドルが無いのは違和感を覚える。

乗り込んで、シートベルトを締めた時、ひたぎがこっちを向いて話しかけてきた。

いや、その顔つきからして「尋問」だな。

「ねぇ、東京で遊びまくっちゃった?」

「遊んでねぇーよ!」

「ふーん、そう。じゃぁこの女の香りは何なのかしら?」

「はぁ?女の匂い?する訳ないだろ」

と言ってから僕は、はっとした。

もしかすると、ひたぎが言っているのは千石の匂いの事なのだろうか?

確かに、何か香水の匂いがしたな。


166 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/06(火) 18:57:17.94 ID:hc11McUP [3/8]
「あー多分、電車の中で横に座った人の匂いじゃないか?」

「なんか疲れてたみたいで、こっちに寄りかかって寝てたからさ」

「そう……ならいいわ」

ひたぎは、そういうとギアを入れ車を発進させる。

僕は何故正直に言わなかったのだろう?

何もやましい事は無いはずなのに……

自宅に着いて、さっさと飯を食い風呂に入る。

「今日は僕が真宵を入れるよ」

「あら、それは殊勝な心掛けね。でも残念、もう入った後よ」

「そ、そうか」

僕は心なしか残念だった。

「何その残念そうな顔」

「え?」

「昔から直ぐに顔に出るのは変わってないわね」

「さっきも顔に出てたわ」

「嘘つけ!俺は遊んだりしてねぇよ!」

「チッ」

ひたぎは舌打ちをする。


167 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/06(火) 18:58:29.02 ID:hc11McUP [4/8]
「そんなカマ掛けに引っかかる僕じゃない。そもそも僕は…」

「僕は?何?」

「そんな暇ねぇよ、マジで」

「そう。ならいいわ」

と、ひたぎは僕の脱いだシャツを洗濯機に入れようとしつつ、シャツをじっと見る。

「ねぇ、電車で横に居た人ってどんな人?」

「え?えっと……うん、中年の女性」

「ふーん、そう……結構しゃれた女性だったのね」

「いや普通の人だよ」

「そう。この香水、若い子に人気のブランドよ。あまり中年は付けないわ」

そう言うとひたぎはバスルームから出て行った、こっちを一瞥しながら。

ああ、なんてこった。

久々にあの視線を向けられた。

絶対に何か勘繰ってる、いや気が付いてるかもしれない。

僕は東京に戻るまで細心の注意を払う事にした。


168 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/06(火) 19:07:00.81 ID:hc11McUP [5/8]
風呂からあがって、居間で寛いでいると両親が帰宅する。

「暦、久しぶりだな。仕事は順調か?」

「まぁ、非常に忙しいぐらいだよ」

「そりゃよかったじゃないか」

「親父たちはどうなんだよ?」

「ああ、親子水入らずで仲良くやってるよ、孫ともな、あはは」

僕は子じゃないのか!

世間話も適度に切り上げ、寝る事にした。

「なぁ、先に寝るわ」

「そう、折角コーヒー入れたんだけど?」

「ああ、じゃぁ……」

「部屋で寛いでいて。真宵の寝顔でも見ながら。持っていくから」

と、ひたぎは僕を寝室に向かわせる。

部屋ではベビーベッドで真宵が寝ていた。

そりゃこんな時間だもんな。

しかしこの子は可愛い。

あースリスリしたいな、少しぐらいいいかな?じゃぁ、ちょっとだけ

ベビーベッドの中に顔を入れようとした瞬間、部屋のドアが開いた。


169 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/06(火) 19:16:55.61 ID:hc11McUP [6/8]
「あら、ごめんなさい。お邪魔したかしら?」

「べ、別にお邪魔も何も」

「ふーん、えらく娘にご執心ね」

「当たり前だろ!自分の子だぞ、可愛いに決まってるじゃないか!」

「なら、数時間でも帰ってきても良くなくて?」

「……」

「往復5時間で駅で5分しか会えなくても、そこまでするべきじゃない?」

「車内で5時間も睡眠を取れば、家で寝なくても大丈夫でしょ?」

「ごめん、本当にごめん」

僕は謝るしか出来なかった。

確かに、戻ろうと思えば戻れた。

なのに戻らなかったのは僕の怠慢ともいえる。

「待つのは辛いのよ?」

「ごめん」

「別に謝らなくても良いわ。今日は今までの分、しっかりと……」

そこでひたぎが言葉を止める。

「しっかり?何?」

と言った所で、気がつく。


170 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/06(火) 19:17:46.54 ID:hc11McUP [7/8]
なんて僕は鈍感なんだろう。

本当に嫌になるな。

こういう場の空気が読めなくて……

ひたぎは無言でコーヒーカップを僕の前に置いた。

僕はそれに手を伸ばす。

ひたぎも自分のカップを取り、僕の横に座る。

もたれ掛りながら耳元で呟く。

「残業頑張ってね」

勿論、今夜の事であるのは間違いない。

長い夜になりそうだ……

177 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/16(金) 14:48:04.19 ID:IRaGEV6P [1/6]
。夜の生活は省略した。


翌朝、ベッドに潜り込んできた真宵に起こされる。

「とーとー」と足をばたつかせながら抱っこしてくれと。

真宵を抱え、居間に降りると朝飯の準備がしてあった。

「あら?起きたの?」

「あ、うん。というか起こされた」

「あらあら。もう少しゆっくり寝ていれば良かったのに」

「まぁ、リズムも大切だから起きても問題は無いよ」

「そう。じゃぁご飯食べたらどこかに行きましょう」

「そうだな。久しぶりに家族でどこかに行こうか」

朝食後、車でショッピングモールに出かけた。

買い物をしたり、昼食をとったり、真宵と遊んだり、ここ数カ月出来なかった事を全部やった。

一度にすると結構疲れるもんだな。

夕方、早目の夕食を取った後、僕は東京に向かう。

駅までひたぎの運転で送って貰う。

改札前でまたお別れ。

「次はなるべく早く帰ってくるよ」

「そうね。楽しみに待っているわ」

「うん、じゃぁ……」


178 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/16(金) 14:49:38.29 ID:IRaGEV6P [2/6]
改札に向かおうとした時だった。

「ねぇ、また毎日電話してね?」

「ああ、当り前さ。ちゃんと電話する」

「あと……隠し事は無しよ」

「分かってる。大丈夫さ」

僕はそう言ってひたぎ達に見送られながら改札をくぐる。

今から東京に戻ったら、22時か……いつもと変わらない。

新幹線は僕と同じような単身赴任ぽい男性が多い。

みんな、家族の為に帰ったりしてるんだろうな。

昼間頑張り過ぎたせいだろうか、闇の中にポツポツと見える光の流れを見ながら僕はいつの間にか眠っていた。

ふと、何かの温かさ、人の感触で眼が覚める。

横に座っている人がこっちにもたれ掛っている様な感覚。

視界がはっきりと回復した後、僕は横を向く。

そして、車内に響かんばかりの声を出し、驚愕した。

「わっ!千石?」

その声に横の席の人間が顔を上げる。

「暦おにいちゃん」

まぎれもなくそこに居たのは千石だった。

179 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/16(金) 14:50:27.19 ID:IRaGEV6P [3/6]
「暦お兄ちゃん、おはよう」

「おはようって……何やってんだよ」

「別に何もやってないよ。電車に乗ったらたまたま暦お兄ちゃんが居たから横に座ったんだよ?」

「たまたま?たまたまなのか?お前、昨日東京に居たじゃないか」

「今日、またこっち方向に用があったの」

「本当か?」

「本当よ。でね、電車に乗ったらお兄ちゃんが居たの」

「へぇ……そ、そうなんだ」

内心、僕は何かに脅えた。

もしかしたら、ストーキングされたんじゃないかと。

だって、二日続けて同じ人間に会う等考えられない。

これが毎朝の通勤電車ならいざ知らず。

「お兄ちゃん、今帰り?」

千石は屈託の無い笑顔で話しかける。

「ああ、今から東京のマンションに帰って明日からまた仕事」

「ふーん」

その後、千石は何かを考えだしたかのように黙り込んでしまった。

180 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/16(金) 14:51:02.08 ID:IRaGEV6P [4/6]
新幹線を降り、メトロに乗り換える。

何故か千石も居る。

「お前んちこっちなの?」

「こっちなの」

ニコニコしながら答える。

「そ、そうか。俺次で降りるからまたな」

「またがあるんだ?」

「まぁ、地元で会うかもしれないし」

「ふーん。こっちじゃ会わないの?」

「そんな暇ねえよ」

「それじゃぁな」

僕は自分が降りるべき駅で鞄を抱え、何かに脅えるように振り向きもせず、早足で改札に向かう。

改札を出て、マンションに向かう道を歩く。

流石にこの時間になると日曜だし人通りも少ない。

段々と静かになる。

その静けさに自分の足音が映える。

ふとその足音に耳を傾けると、少しテンポの違う足音が聞こえる。

振り向き、僕はまた驚愕した。

181 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/16(金) 15:07:37.33 ID:IRaGEV6P [5/6]
街灯に照らされた道に一人の影がはっきり見える。

見覚えのある影、というかシルエット。

さっきまで一緒に居た人間、千石。

その影を見た瞬間、僕は初めてキスショットに出会った日の感覚が蘇る。

多分、何かヤバい事になる。

これまでの経験則で直ぐにそう思った。

僕は声をかけずに、シカトを決め込んだ。

少し早足になった僕の足音。

それに付いてくるようにもう一つの足音も早くなる。

速度を落とすと同じように……決して近づく事もなければ離れる事も無い。

ある一定の距離を保ったまま、僕の後を付けてくる。

僕は意を決して、振り向き「そこに居るの、千石だろ?」と声を発した。

その声が届いた瞬間、影は一瞬立ち止まったが、直ぐに動き出しこちらにやってくる。

はっきりと千石の顔が認識出来た時には既に僕の目の前に立っていた。


182 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/16(金) 15:08:20.42 ID:IRaGEV6P [6/6]
「お前、何付けて来てんだよ?」

「別に付けてないよ?」

「嘘つけ」

「本当だもん。私の家もこっちだもん」

「適当な事言うな」

「ねぇ、暦お兄ちゃんどうしたの?なんか怖いよ」

「あのな、怖いのはこっちだ。後ろをずっと付けられて気分悪いだろ」

「本当だって。こっちが私のマンションの方向なんだよ」

「昨日渡した住所はこの辺だったでしょ?」

「え?」

僕は鞄からシステム手帳を取り出し、昨日貰ったメモを見た。

そして3回目の驚愕。

住所も番地も全部一緒。

唯一違うのは最後の三ケタの数字。

「えええ!本当だったんだ・・・」

「でしょ?所で暦お兄ちゃんはどこに住んでるの?」

僕は一瞬言葉を発せられなかった。

「ねぇ?お兄ちゃん?」

187 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 11:05:16.42 ID:ru/SDeEP [1/30]
我に返り、僕は話を続ける。

「ああ、あーまぁこの辺かな?」

「かな?」

「あはは……」

「暦お兄ちゃんはマンションに住んでるの?」

「あ、うん」

「へーそうなんだ。この辺でマンションって少ないよね」

「そうだな……」

「もしかして同じマンションだったりして」

「……」

誘導尋問されている様な気がする。

そんな話をしているうちにマンションに着いてしまった。

どうする?ここは一度やり過ごすか?それとも何食わぬ顔で入るか?

今の今まで逢わなかったんだし、ここでやり過ごしても大丈夫かもしれない。

いやいや、万が一中で遭遇したらその時の言い訳に困る。

「暦お兄ちゃん、どうしたの?」

「あ、いや、何でも無い、なんでも……」

僕は意を決して、オートロックの前に立ちキーを差し込む。

自動ドアが解錠され、微かな音を立て開く。

その一部始終を千石は驚く事もなく、見ていた。

そしてこう言った。

「暦お兄ちゃん、私達って不思議な糸で結ばれてるのかもね」

薄く口元に笑みを浮かべながら……


188 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 11:24:30.77 ID:ru/SDeEP [2/30]
エレベーターホールでは既に上りエレベーターが待機していた。

僕はエレベーターに乗り込む。

後ろから千石が乗り込み、すっと手を出し6階のボタンを押す。

僕も遅れて8階のボタンを押す。

「暦お兄ちゃん、8階なんだ」

「ああ、803号室」

「奇遇!私も603号室なんだ」

「そうか……」

そんな話をしているうちにエレベーターは6階に着く。

「じゃあな」

「ねぇ、暦お兄ちゃん」

「ん?何?」

「遊びに行っても良いかな?」

「駄目」僕は即答する。

「なんで?ダメなのかな?」

「年頃の女の子が一人暮らしの妻帯者の家に行くなんて駄目にきまってる」

「誰が決めたの?」

「常識で考えて駄目」


189 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 11:26:19.86 ID:ru/SDeEP [3/30]
「幼馴染なんだよ?なんでダメなのかな?」

「僕がうら若き乙女を連れ込んでるとか思われたくない」

「暦お兄ちゃんは、変な事するような人じゃないよね?」

「当たり前だ!」

「じゃあ、行っても良いよね?」

「駄目なものは駄目」

「もしかして、部屋に誰かいるの?」

「誰もいねえよ!」

「人に見られたくない物があるとか?」

「ねえよ、何にも!」

必死に弁解する僕を見て、千石は少し吹き出した。

明らかに「プッ」という音が聞こえた。

「じゃあ、お休みなさい。また今度遊びに行くから」

「来なくていい」

「ご近所だし仲良くしてね、暦おにいちゃん」

そう言うと、千石は後ろ手で押していたドアを開くボタンを離し、そのままこっちを見ながらエレベーターを降りる。

ドアが閉まり、僕が上がって行くまでずっと手を振る。

ガラス越しに見えた千石はオートロックの時と同じように口元が笑っていた。

192 名前:今日の分はエロ無し[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:10:15.64 ID:ru/SDeEP [5/30]
部屋に入り、自宅へ電話する。

「もしもし、僕だけど、うん今着いた。真宵は?そう寝てるか」

電話の向こうのひたぎはいつもと変わらない調子で受け答えする。

「じゃあ、また明日電話する」

そう言って、僕は電話を切る。

また明日から長い一週間が始まる。

色々有ったせいか、僕はそのままベッドに突っ伏した。

どのくらいの時間が過ぎたんだろう?

呼び鈴を鳴らす音で目が覚める。

ふと時計を見ると朝5時半、こんな朝から誰だよ?と考えたが、一瞬で答えが出る。

僕は玄関に行き、ドアを開ける。

そこに居たのは、勿論千石だった。

「暦お兄ちゃん、おはよう」

「ん、ああ、おはよう。それよりこんな時間にどうした?」

「んっとね、朝ご飯。朝ご飯作ってあげようと思って」

「朝飯?ああ、いいよ、いつも出勤前に会社近くの店で済ませるから」

「駄目だよ、そんな物ばかりじゃ。直ぐに私が作ってあげるから」

と、千石は半ば強制的にドアを開ける。


193 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:11:49.65 ID:ru/SDeEP [6/30]
「分かった、分かった。でも明日からそんなことしなくていいからな」

「ごめんね、暦お兄ちゃんが近くに居ると思うと……ソワソワしちゃって」

「お前も自分の用事があるだろ?」

「いいの、気にしないで。こっちの方が大事だし。それに今日は仕事休みだから」

「ふーん、平日休みなんだ」

「うん。だから、気にしないで」

千石は紙袋から材料を出し、キッチンで何やらゴソゴソと始める。

僕はその間にシャワーを浴び、身支度し出勤の準備をする。

風呂場から出てきたら、食卓には既に朝飯が出来上がっていた。

「へぇ、結構器用なんだな」

トーストにサラダ、ハムエッグに珈琲。

いつも出社途中で食べる喫茶店のモーニングと変わりはしない内容だが、味は格段に違った。

「千石、気持ちはありがたいがこんな事して貰ったら僕も何というか、罪悪感じゃないけど、悪いと思うから……」

話の途中で千石が語り出す。

「暦お兄ちゃん、お兄ちゃんに助けられた事、撫子今も忘れてないよ?そのお礼は何もしてないから」

「そんな事ないだろう。キス、いや忍が行方不明になった時夜遅くまで探してくれたじゃないか?」

「そんなの返したうちにならない」

千石はハッキリと、そしてきつく言い返した。

喜怒哀楽の「怒」を顕わにした千石を見るのは、これが初めてかもしれない。

「そうか。じゃあ今日はありがたく頂くよ」

「うん」

一瞬にして、いつもの千石に戻る。

194 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:13:34.00 ID:ru/SDeEP [7/30]
「美味しい?」

「ああ、美味しいよ。本当に美味しい。これだけ美味ければ毎日でも食べたいよ」

と、僕は本音を零してしまう。

しまった!と一瞬自分で思った時は既に時遅し、千石は目を輝かせながら

「じゃあ毎日作りにくるね」と。

「そりゃ気持ちは嬉しいがこんな時間に毎日起きるとお前の仕事にも影響するだろ?」

「大丈夫。だって撫子もいつもこの時間に起きてるし」

「いやいや、千石。それでも朝早くして貰ったら悪い。それに僕は仕事の都合で会社で寝泊まりする事もあるし」

「じゃあ、洗濯しておいてあげる。ね、それなら気にしないでしょ?」

「そんな事はさせられないよ」

「洗濯は洗濯機がするんでしょ?撫子が干しておいてあげる。」

「夜に洗濯機回すと廻りに迷惑だし、部屋干しは綺麗にならないよ?あと、外で干したら夕立とか困るじゃない?」

「そうだけど、昼間は千石も居ないだろ?」

「うんとね、平日は昼過ぎから夕方までがシフトだから大丈夫。朝干したら昼には乾くし」

「ていうか、お前何の仕事してるの?」

「ふふ、内緒」

「何だよ、内緒って。人に言えない仕事か?」

「そんなんじゃないけど……喫茶店のウエイトレスみたいなものかな」

「へー喫茶店なんだ」

「うん、喫茶店」

成程、珈琲が美味い訳だ。

「ね、だから暦お兄ちゃん気にしないで」

言い切られ、押し切られ僕は承諾してしまった。

昨日の晩、あれだけ突っぱねたと言うのに。

朝早くに来られ、まともに思考回路が働いていなかったか、若しくは何か心の中で期待したのか。

結局、部屋の合鍵を千石に渡してしまった。

195 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:14:24.94 ID:ru/SDeEP [8/30]
甘いと言われるかも知れないが、僕は千石との関係が幼馴染以上になるとは思ってはいなかった。

近所の子が遊びに来て、勝手に部屋まで入ってくるような感覚でしかなかった。

そしてそのまま、出勤した。

夜遅く、部屋に戻ると朝脱いだ下着やシャツが全部洗濯され、綺麗に畳み揃えられていた。

なんか悪いな、こんな事させちゃって。

今度お詫びに何か買ってあげなきゃな。

そんな軽い気持ちで、僕はいつもの様に家に電話し、ひたぎと話す。

他愛もない会話、でもこの電話こそが僕達二人を結ぶ大事な時間。

お互いを気遣い、声を聞く事で安心する。

電話の後、風呂に入る。

ふと気付く、風呂場がやけに綺麗だ。

もしかしたら、千石が掃除してくれたのか?

心の中で少し罪悪感が生まれた。千石に対し、ひたぎに対し。

これ以上の事はさせられない。

今度ちゃんと説明しよう。

そして、僕は布団に潜り込んだ。

微かな違和感を感じながら。

196 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:16:04.58 ID:ru/SDeEP [9/30]
千石に洗濯をして貰うようになって、二週間過ぎた土曜の事。

久々の連休だが、会社のレクリエーションとやらでボウリング大会。

何が悲しくて、休日の昼間からボウリング場に居るのやら。

普段は休めないのに、こういう行事があると不思議と皆休める。

ワイワイと皆楽しそうにしているが、出張組の僕は何となく浮いた感じ。

それでもたまに体を動かすと一応楽しい。

また昔みたいにマウンテンバイクを買って、ぶらぶらと走ってみようか?

などと思いつつ、二次会には参加せず、そこから買い物に出かけた。

丁度、新しいノートパソコンが欲しいと思っていた。

僕は電車に乗り、秋葉原へ向かう。

電気街というより、神原でも連れて来たくなる街だ。

そんな中、一件の店で欲しかったモデルを見つけ購入。

「仕事に使うソフトを入れなきゃ」と帰り道を急ぐと、一軒の喫茶店があった。

「喉が渇いたし、何か飲んでから帰るか」

路上で缶ジュースでも良かったんだが、折角の休みだし、喫茶店でゆっくり飲むのも悪くない。

僕は携帯をマナーモードにし、一軒の店のドアを開けた。

197 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:18:05.07 ID:ru/SDeEP [10/30]
『お帰りなさいませ、ご主人様』

一瞬何が起こったか把握できなかった。

次の瞬間に「ああ、ここってメイド喫茶か」と自己完結する。

話には聞いていたが、生まれて初めて入った。

前に忍野に逢った時にも言っていたな。

「阿良々木君、メイド喫茶は良いもんだよ、ロリからツンデレまで何でもござれだ」

別に、ロリやツンデレに興味は無いと言い切ったら

「それは阿良々木君の周りにはそういう人がいっぱい居るからね」とからかわれた。

落ちついた内装で、どうかすれば普通の喫茶店としか思えない店なのに、女の子は皆メイド服。

僕は案内されるまま、席に着く。

「ご主人さま、今日は何になさいますか?」

注文を聞きに来た女の子の声にハッとし、徐に顔を上げる、そして驚く。

そこにはメイド服姿の千石が居た。

勿論、千石も驚く。

「暦お兄ちゃん!」と驚いてしまったので、店内の注目を浴びる。

つい「いや、違います」と、咄嗟に嘘をつく僕。

千石も「失礼しました。兄にあまりにも似ていたので」と切り返す。

その場を取り繕う事は出来たが、今すぐ店から出たくなった。

もう1秒もここには居たくない。

理由?

僕がこういう店に出入りしていると知人に知られた事。

千石の見慣れない服装を見てられない事。

そんな理由が重なり、椅子に座っているのに針の簟に正座させられている気分だ。

例え、何気に入った店がそういう店だったと弁解しても誰もが「そうなんだ」と言いつつも、絶対に心の中で疑う。

誤解を解くほど、労力と気力を使う事は無い。

しかし、ここで不用意に立ってしまっては、また店内の注目を浴びるかも知れない。

198 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:19:55.55 ID:ru/SDeEP [11/30]
僕はメニューの一番上に会った【オリジナル珈琲】を頼む。

ここからは自分との闘い。

廻りの声は聞こえるが脳内で変換できない程、緊張している。

とりあえず珈琲が出てきたら、さっさと飲んでとっとと店を出よう。

そんな事を考えていたら、千石が珈琲を運んできた。

「ご主人さま、お待たせしました」

テーブルの前で膝をつき、僕のテーブルにカップを置く。

そして「砂糖とミルクはどのくらいに致しますか?」とか言ってきた!

なんなんだ、これは!

いいのか、こんな事があって!

女子が膝着いて砂糖だのミルクを入れるなんて聞いてない。

ただ見るだけだと思ってた。

しかし、いつもの癖というか嗜好は正直で、砂糖2つとミルク無しを頼む僕。

最後はスプーンで混ぜて貰い……

正直なところ、この時点で僕は気を失いかけていた。

というか我を失っていた。

何とか属性とかいうのが自分にあるんじゃないかと。

珈琲を飲んでも、水を飲んでも味に変わりがないほど……

結局、熱い珈琲を一気に飲み干し、僕はレジに向かう。

勿論、千石が見送りに出てきた。

無論、僕はシカトする。

ドアを開けられ「行ってらっしゃいませご主人様」と言われ、道行く人がこっちを見る。

その恥ずかしさ、言葉なんかには出来ない程だった。

199 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:21:21.45 ID:ru/SDeEP [12/30]
僕はふらふらと店を出て通りを歩きだした時、うしろから呼び止められる。

「暦お兄ちゃん、忘れ物!」

さっき買ったばかりのノートパソコンの箱を抱え、千石が走ってきた。

「ああ、ごめん。ついうっかり」

「暦お兄ちゃん、この後暇なの?」

「ん?ああ、別にする事無いよ」

「じゃあ、そこの角曲がったところで少し待っていて」

そう言い残すと、千石は走って店に戻った。

20分ぐらい僕は突っ立って、待っていると私服に着替えた千石が来た。

「あ?バイトは?」

「うん、抜けてきた」

「いいのかよ?」

「大丈夫。今日は暇だったし」

「あれで暇なの?」

「いつもは表で待つ人も居るよ」

「へー、そうなんだ……」

「一緒に帰ろうよ」

「うん、いいけど。それよりいつも洗濯して貰ってるし、悪いからなんか奢るよ」

「うーん、撫子は外食あまり好きじゃないんだな」

「そうなのか」

「それに洗濯ぐらいで気を使わなくていいよ」

「お前、掃除とかもしてくれているだろ?」

「ついでだし」

「ついでねぇ」


200 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:22:13.28 ID:ru/SDeEP [13/30]
「あ、そうだ!買い物して帰って家でご飯作ろうよ」

「いや、お前にそんな事はさせられない」

「別に撫子は気にしないよ?」

「僕が気にする」

「じゃあ、いつものお礼に撫子の言う事聞いてよ」

「出来る事なら聞いてやるよ」

「じゃあ、撫子の作ったご飯食べてみて」

「おい!なんだよそれ」

「撫子、いつも一人でご飯食べてるから……たまには誰かと食べたいなって……」

千石は悲しそうな顔をする。

「分かったよ。その代り、材料は僕が全部買うから」

「うん!」

千石は嬉しそうな返事をした。

結局、またも押し切られる形になった。

何か大事な事を忘れている気がしたが、思い出せない。

しかし、電車を乗り継ぎマンション近くのスーパーで買い物をしている頃にはすっかり記憶から消えていた。


201 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:23:32.08 ID:ru/SDeEP [14/30]
マンションに戻り、とりあえず荷物を置く。

千石は料理の材料を置いて、一旦自分の部屋に戻る。

暫くして、色々と鞄に詰めて戻ってきた。

「暦お兄ちゃんの部屋って、食器とか調理器具少な過ぎなのね」

「仕方ないだろ。男一人で暮らしたら鍋一つもあれば十分だよ」

「だから撫子の部屋で食べようって言ったのに」

何故か僕はそこだけは譲らなかった。

最後の砦というか、一線引いた感じ。

妻帯者が独身女性の部屋に上がり込むなんて、うちのが聞いたらただで済まないだろう。

今の状況だって、千石だからいいものの、ひたぎが知らない女性だと……考えただけで恐ろしい。

結局、僕の部屋で作る事となった。

料理は千石にすべて任せ、僕は言われるがままリビングで寛ぐ。

買ったばかりのノートパソコンを取り出し、仕事で使うファイルやアプリケーションを入れていた。

台所からは良い香りがする。

何を作ってるのかな?と覗きに行くと

「まだ来ちゃダメ」と叱られる。

何かサプライズでもあるんだろうか?

それから半時間ほどし、「出来たよ」と声をかけられ、行ってみるとそこには素晴らしい料理が並んでいた。


202 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:24:27.09 ID:ru/SDeEP [15/30]
「これ全部一人で作ったんだよな……当たり前だけど」

「うん、今日は気合入れたよ」

「そ、そうなんだ」

「だって、暦お兄ちゃんと二人っきりで食事するの初めてだし」

「そっか」

正直、驚いた。そこらのレストラン以上の見栄えに数。

僕だと半日かけても作れないかもしれない。

「ねえ、暦お兄ちゃん。遅くなったけど、再会のお祝いしましょう」

と、千石はワインボトルを鞄から取り出し、栓を抜く。

「へぇ、千石ってそんな事も出来るんだ」

「これ、とっておきの一本なの。2004年のマジ・シャンベルタンなの」

「凄いな。千石はワインに詳しいの?」

「うんとね、ソムリエ目指してるの」

「マジ?」

「うん、マジ・シャンベルタン!」

少し驚いた、とても内向的だった千石が、メイドにソムリエときて、おまけに冗談までいう。


203 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:25:28.50 ID:ru/SDeEP [16/30]
確かに再会した時の明るさというか、押しの強さには少し驚いたよな。

料理も美味いし、話も上手になった。

男も放っておかないだろう。

が、千石にはそんな素振りは全くない。

世の中の男は何を見て生きているんだろうね?

「美味しい?」

「ああ、とっても美味しいよ」

「良かった!暦お兄ちゃんにそう言って貰うと、撫子嬉しいな」

「きっと良いお嫁さんになるよ」

「そうかな?」

「ああ、成れるさ」

「誰のお嫁さんになれるかな?」

「さぁ、それは僕には分からないよ」

「ふーん、撫子、暦お兄ちゃんのお嫁さんになりたかったな」

僕は口に含んだワインを吹き出しそうになった。

「馬鹿な事言うんじゃない。僕なんかよりもっと素敵な男性がきっと見つかる」

「暦お兄ちゃんより素敵な人なんていないもん!」

まただ、また「怒」を表した。


204 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:26:24.63 ID:ru/SDeEP [17/30]
「ごめんごめん、そう言ってくれるのは嬉しいけど僕はもう結婚しちゃったからね」

「結婚で来たって事は、離婚も出来るんだよ?」

「おいおい、物騒な事言うなよ。最近子供も生まれたのに」

「ふーん、撫子、赤ちゃん引き取ってもいいよ?」

「千石!そういう悪い冗談は良くない。折角の料理が不味くなるじゃやないか」

「冗談じゃないよ?撫子真剣だよ?撫子、今でも暦お兄ちゃんの事好きだもん」

「だから、それは幼馴染の……」

「ちがうもん!ずっと好きだったんだから!」

有らんばかりの力でテーブルを叩き、千石が怒鳴る。

僕は怒鳴られた事よりも、そんな千石を見て驚き、呆気にとられる。

「いつでも奪えるもん。だって暦お兄ちゃんはもう私の手のうちにあるんだから」

立ちあがり肩を震わせ俯きながら話す千石の口元が微かに笑う。

なだめようと声を出そうとした時だった。

僕の体から力が抜ける。

段々と視界が狭まる。

なんだこれは!

「暦お兄ちゃんは誰にも渡さないんだから!」そんな声が鼓膜を震わせる頃に僕の意識は無くなっていた。


205 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:27:37.71 ID:ru/SDeEP [18/30]
ふと、冷たく硬い感触で僕は目を覚ます。

眼を覚ましたが、視界は無い。

「暦お兄ちゃん、ごめんね」

千石の声が聞こえる。

「お前、何やったんだ?」

「暦お兄ちゃんには少し大人しくして貰う為に薬で眠って貰ったの」

「お前、こんな事してどうなる?僕の気持は変わらないぞ!」

「少し黙っていて」

首筋の冷たい感触が一層僕の皮膚に強く当たる。

ナイフ?!

「ごめんね、こんな手荒な真似はしたくなかったんだよ」

「なぁ、千石、今からでも遅くない。お前、もう部屋に帰れ、そして僕とは逢わなかった事にしろ」

「駄目よ、暦お兄ちゃん。撫子は今から欲しかった物を手に入れるんだから」

「それに、このまま放置して帰ったら暦お兄ちゃんどうするの?動けないんだよ?」

僕は両手両足を縛られ、リビングに転がされている。

「今日、おまじないをするから」

「何のだよ!」

「覚えている?撫子と暦お兄ちゃんが再会した日の事」


206 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:28:29.17 ID:ru/SDeEP [19/30]
「蛇の怪異か……」

「そう。おまじないってちゃんと効くんだよ?今日はお兄ちゃんが撫子の事が好きになるおまじないをするから」

「馬鹿、やめろ!お前、まだ懲りてないのか!」

「今度は大丈夫。ちゃんと上手くやるから。それに今度は撫子が掛ける番で、誰も苦しめないんだよ?」

「お前、何言ってるのか分かってるのか?」

「うん、分かってるよ。お兄ちゃんを手に入れるだけ。誰も苦しまない。死なない」

「僕の、僕の家族はどうなる!」

「家族?私から暦お兄ちゃんを奪った泥棒とその子どもなんて撫子には関係ないんだから」

「お前!いい加減に……しろ!」

僕はもがいた、精いっぱい力を振り絞ってもがいた。

しかし、手首も足首も動けば動くほど締まる。

段々と手足の感覚が薄れる。

「もう少し辛抱してね」

そう言うと、千石は僕の口をテープで塞いだ。

「おまじないは深夜にするからそれまで大人しくして」

「あと数時間我慢してくれたら、明日から撫子の事しか見えなくなるんだから」

ああ、そうだ、こいつはラスボスだ。

207 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:30:04.51 ID:ru/SDeEP [20/30]
忍野の言った意味がようやく分かった。

とてつもなく恐ろしい。

怪異以上に恐ろしい、そしてそう易々と手出しが出来ない。

はは、僕が馬鹿だったよ。

あの時、マンションの前をスルーすれば良かったのに……

そうすれば、こんな事に成らなかったのに……

アイマスクの下から涙が零れる。

もう諦めるしかないのか?

その時だった、ズボンのポケットが震える。

携帯電話だ、きっとひたぎに違いない。

いつもの時間に電話しない場合は架けてくる。

ということは、今は22時か…

糞!何とか電話に出たい。

でも、両手がふさがり電話に出られない。

少しして電話は切れた。

が、1分後また電話が震えだす。

間違いない、ひたぎだ。

せめてサイドボタンが押せれば通話状態になる。

僕は必死に床を転がりまわる。

だが、努力も空しくまた電話が切れた。

でも僕はこれで少し安心した。

ひたぎならもう一度電話してくる。

それでも出ないならメールがあるはず。


208 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:31:25.94 ID:ru/SDeEP [21/30]
いつもの癖で、喫茶店に入る時は先にマナーモードにする、功を奏した。

僕が携帯を持っている事に千石はまだ気が付いてない。

「暦お兄ちゃん、足掻いても無駄だから。ね、大人しくしてね」

千石は何かをやっている。

恐らく儀式の準備だろう。

何かとあの手の儀式は様式に拘るからな。

3回目の電話が鳴った。

僕は転がりながら何とか着信させようと頑張る。

ポケットから電話が出ても良い、それなら後ろ手でも握れる。

1回転した時に、バイブレーションが止まった。

どっちだ?切れたのか?それとも繋がったのか?

僕はとりあえず体を揺する。

そして耳を澄ませる。

次の瞬間、短いバイブレーションが続く。

それはメール着信の合図。

繋がって無かったんだな……

一瞬にして、僕は全ての望みを断ち切られる。

「暦お兄ちゃん、さっきから何しているのかな?」

「むーむー」

「あ、ごめんね話せないんだっけ?」

「それよりも、ポケットの中光ってるよ?」

僕が放置されている部屋は恐らく電気が消されているんだろう。

だからズボンの布越しにランプが点滅しているのが見つかってしまった。


209 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:32:46.45 ID:ru/SDeEP [22/30]
千石は僕のズボンに手を入れ、携帯を取り出す。

「ふーん、着信3件……全部あの女からだよ?しつこい女だよね?暦お兄ちゃん」

「メールも着てるよ?読んであげようか?」

「今日も仕事ですか?ひたぎ」

「何これ?いつもこんなメールなの?馬鹿みたい。私ならもっと暦お兄ちゃんを労わるメールを打つよ?」

(労わるってんなら、このロープ何とかしろよ!)

「代わりに返事しておいてあげよっか?」

「『う・る・さ・い・だ・ま・れ、お・れ・に・か・ま・う・な』送信っと」

「これ読んで青い顔しちゃうかもね?」ケラケラ

千石は完全に壊れている。

何とかする方法は無いのか?

こんな時、忍がいてくれりゃ助けて貰えるのに……

窓伝いに外の音が聞こえる。

車の走行音、遠くのサイレン、隣のドアが閉まる音。

そして、直接聞こえる千石の声。

「またメール。マジウザい」

そう言うと千石は僕の携帯を叩き折った。

それ先月買ったばかりなんだぜ?

そんな事はどうでも良い、誰か助けてくれ。

声に成らない声で僕は嘆願する。

「ねぇ、暦お兄ちゃん、撫子と気持ちいい事しよっか?」

僕は必死に首を横に振る。

「明日になったら暦お兄ちゃんの方から求めてくるから別に良いんだけど」

「でもおまじないまでの時間、勿体ないし」

「撫子が勝手に遊んじゃおうかな?」

そう言いながら、千石は僕の上に馬乗りになった。

210 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:34:15.76 ID:ru/SDeEP [23/30]
「暦お兄ちゃん、撫子の事ちゃんと見て」

そう言って、千石は僕のアイマスクを剥がす。

千石のシルエットが飛びこむ。

隣の部屋の明かりが千石の背中から差し、影になって表情は見えない。

でも上半身に何も着けていないのは分かった。

「撫子がこんなに暦お兄ちゃんの事好きなのに、気が付いてくれなかったのが悪いんだよ?」

そう言いながら、千石は僕に覆いかぶさる。

耳元で囁きながら、舌で僕の首筋を舐める。真っ正面に構え、ガムテープの上からキスされる。

「ごめんね、本物のキスは儀式の最後まで取っておかないと駄目だから」

そういうと、今度は僕のシャツのボタンを順番に外し、胸のあたりを舐めまわす。

残念だが、男ってこういう状態になっても体が反応してしまう。

その変化に気がついた千石はそっと着衣の上からそれを撫でる。

「これも全部撫子のモノになるんだから」

少し、高翌揚した声で話しかける。

「もう諦めてね」

だれが諦めるか!

僕は渾身の力で千石を振り切る。

「駄目よ、暴れたって。今のうちにあの女に騙された事を悔やんでね」

それは言いがかりだ。

騙されてなんていない。

今でも言える、僕が好きなのはひたぎだけだ

儀式までの時間つぶしを僕の体でするな!

千石が舌を這わそうとすると、僕は体を左右に振り抵抗する。

何度も何度も……

こうなったら頭突きでもひざ蹴りでも何でもいいからこいつを何とかしなきゃ。

千石がまた舌を這わそうとした時に僕は膝を曲げ、体の上から千石を突き落とした。

211 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/07/17(土) 23:37:22.53 ID:ru/SDeEP [24/30]
「いたっ」

千石の小さな悲鳴が聞こえる。

次の瞬間、僕の顔面に拳が突き刺さる。

「いい加減にしなさいよ!こっちが下手に出てりゃ調子に乗って!」

「ふん、もういいわ。どうせ朝には私の物なんだから!」

千石はその場で叫び倒す。

もう僕の知っている千石ではなかった。

「それと、あまり調子に乗るとこうなんだから」

突然、太ももに冷たい感触が走る。
(痛い!)

太ももにナイフが刺さる。

「いい?今度変な気起こしたら、その時は殺すから」

もはや彼女は人間ではない気がした。

いや、怪異と言っても良いかもしれない。

刺された傷口からは血が流れる。

そう深く刺された訳じゃないが、もう普通の体の僕にはその傷を再生する力は残っていない。

痛み、痺れ、恐怖……

段々と僕の意識が遠のいてゆく。

ごめん、ひたぎ、真宵……僕はもうダメかも知んない。

気を失った訳ではないが、思考が止まり時間の経過すら意識できない。

今がいつであるか、いや僕自身が何者であるかという事すら考えられない。

幾許かの時間を何も考えず僕は過ごす、これが無の境地なのか?

ぼんやりとしていたら、千石が僕の足を掴む。

そしてそのまま寝室へ引き摺られ、また転がされる。

212 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:38:45.50 ID:ru/SDeEP [25/30]
「時間だから儀式を執り行うからね、暦お兄ちゃんはじっとしていてね」

千石は部屋に作った祭壇の前で何かを唱える。

段々と意識は回復するが、もう僕には抵抗する気力がない。

窓の外の車の音、サイレンの音、人が走る音、全てが僕の耳に入り、そして消えてゆく。

千石は僕の頭の上から水をかけ、そしてまた呪文を唱える。

そしてこう言った。

「暦お兄ちゃん、ごめんね。でもこれでやっとお兄ちゃんは撫子の物になるんだよ」

そう言って、千石は僕の口元のガムテープを剥がし、手足を縛っていた紐を解く。

今なら逃げられる、そう思っても体が全く動かない。

千石は羽織っていた白装束を脱ぎ捨て、僕の体に乗りかかり、胸のあたりに何かを何かで描く。

「汝、我の物と成りえよ」

そう言って、千石が僕にキスをしようとした。

最後に僕は出せるだけの声を出した。

「やめろー!」

213 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:40:15.53 ID:ru/SDeEP [26/30]
その時だった、部屋の外で大きな音がした。

リビングのドアを思い切り蹴破ったような音。

続いて、聞き覚えのある声がした。

「阿良々木先輩、無事か!?」

得意技はBダッシュのあいつだ。

「貴様、阿良々木先輩に何をする気か!」

神原はそのまま、千石に飛び蹴りを喰らわす。

うしろにぶっ飛んだ千石は祭壇にのめり込みうめき声を上げる。

「午前三時零壱分、監禁致傷の現行犯で逮捕する!」

これたま聞き覚えのある声。

「兄ちゃん生きてるか?もう大丈夫だからな!」

火憐がそこにいた。

そして、そのうしろからいつもの声。

「あらあら、なんて酷い格好なの?」

「ひたぎか?ごめん……」

「今は何も言わなくていいわ。でも無事でよかった」

「兄ちゃん、これマジで何なの?」

「先輩、この子って千石じゃないか?」

「すまん、詳しい事は後で説明する」

僕は安堵で失神してしまった。

214 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:41:22.41 ID:ru/SDeEP [27/30]
気が付いたら、病院のベッド。

「あら?気がついた?」

ひたぎが座っている。

「ごめん」

今の僕にはそれしか言えなかった。

「馬鹿ね。あれだけラスボスって言われてるのにやられるなんて……うちの旦那も大した事がないわ」

「ごめん」

「今回は事情が事情だから許すけど、昔の私だったらあなたも彼女も私自身も殺していたわ」

「ごめん」

「だらしないわね、シャッキとしなさい、阿良々木暦」

回復して間もなく、警察からの取り調べあった。

勿論、僕は全部話した。

会社は休職扱いにして貰ったが、最終的には退職した。

裁判では僕自身が情状酌量の願いを出し、神原や火憐も協力してくれたお陰で千石は執行猶予付きの判決が出た。

ひたぎにはかなりこっぴどく説教されたけど。

でも、許して貰えた。

215 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:42:50.37 ID:ru/SDeEP [28/30]
で、助かった理由なんだけど……

千石が僕の代わりにひたぎにメールした時、『僕』じゃなく『俺』と書いたので、ひたぎが何か感じたらしい。

そして、神原と火憐に連絡し、パトカーぶっ飛ばしてやってきたとか。

一体、何キロで走ったんだ?

神原に聞いたら「先輩、そりゃBダッシュkm/hだよ」と笑って答えた。


216 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:44:55.67 ID:ru/SDeEP [29/30]
後日談

今は、地元に帰りひたぎと一緒に始めた花屋をやってる。

昔、バイトした花屋さんが高齢で跡取りも居ないって事で、引き継いだ。

まさか自分が花屋を始めるとは思ってもみなかった。

でも案外様になってる気がする。

神原と火憐は外回りの途中で、よく休憩しにくる。

「しかし、あの大人しい子が本物のラスボスとは恐れ入った」

「本当よね。兄ちゃんは罪作りな男よね」

「まぁ、阿良々木先輩に惚れる女は多いと思うぞ」

「えーそうなのー?」

「かく言う私も先輩の事好きだからな」

「え?マジで?」

「戦場ヶ原先輩の彼氏でなかったら私が貰っていったぞ」

「まって、神原さんは……その、なんというか……」

「私は両刀使いで、たちでもねこでも大丈夫だ」

「お前ら、うちの店先でなんて話をしてんだ!とっとと仕事に行け」

「はーい!では、街の平和を守ってきます!」

「いってきまーす!」

やれやれ、あいつらいつもあの調子だ。

でも、こんな日常が戻ってきて僕は感謝している。

辛い思い出でもあったが、ラスボス戦でHP1で勝ち残ったのは悪くない。

あの時、誰も来てくれなかったら……

どうなってたんだろう?


217 名前:1です[saga sage] 投稿日:2010/07/17(土) 23:48:40.64 ID:ru/SDeEP [30/30]
「そんなの簡単よ、あなたは彼女の性奴隷になってただけよ」

ひたぎが背後からつぶやく。

「いやね、どんな事になってたかちょっと気になって……」

バスッ!

「いてぇ!腹パンやめろよ」

「仕方がないわね、ズボン下ろして待ってる人の為に、私が想像して教えてあげるわ」

「ああ、そうしてくれ」

「但し、今日は駄目。今から真宵のお迎えにいかなくちゃならないから、後日」

「後日談の後日談かよ!」

「だって、Bパートでいいって言うんだし」

「Bダッシュなら神原に任せりゃいいんだが」

「それを言うならBLでしょ?」

「はいはい」



千石無双(Bというかエロ描写パート)は少しお待ちください。

風邪引かない様に……


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