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鶴屋さん「キョンくんっ、愛してるよっ!」 3

284 名前:都留屋シン [] 投稿日:2010/03/15(月) 19:33:43.37 ID:Rkgal7Au0
前置き1

これから再開したいと思います。
ただ前置きしておきたいことがあるので二三文言を置きます。


このSSの執筆時のタイトルは

不思議迷探偵キョン
Wandering wonder detective the kyon
~鶴屋さんが主役の物語~

と言って推理ものの皮を被った純然たる恋愛ものという主題でした。

>>370修正済み。
285 名前:都留屋シン[] 投稿日:2010/03/15(月) 19:36:14.83 ID:Rkgal7Au0
前置き2
なぜ推理もので恋愛もので鶴屋さんが主役で迷探偵なのか、
それを頭の片隅に置いたまま読んでいただけると幸いです。
今回は分量が多いので巻いていきます。
書き込みは気にせずどんどんしていただけると助かります。
それでは前回からの続きに入ります。

286 名前:19-1[] 投稿日:2010/03/15(月) 19:38:31.03 ID:Rkgal7Au0

十一日目 十一日目 不器用名探偵キョン その2


今すぐに話しがしたいんだろう、と俺は言った。
電話の向こうで古泉は数拍ほど押し黙った後、俺の質問を肯定する。

古泉「場所はこの間と同じ喫茶店です。
   深夜営業もやっているところですから時間の方は気にしないでください。
   ゆっくり来ていただいても──」

キョン「今すぐ行くよ。
    どうせただブラブラ歩きまわってたって虚しくなるだけなんだからな」

古泉は短く「そうですか」と言うと何も言わなくなった。
そっちからかけておいてそれはないんじゃないか。

そうして俺が代わりにしゃべることになる。

キョン「朝比奈さんも居るんだろう?
    ほかには誰かいるのか? 長門やハルヒは来るのか」

古泉「涼宮さん、長門さん組は参加しません。
   というより、できないといった方が正しいのですが。
   あなたがおっしゃるとおり朝比奈さんも一緒です。
   ある程度時間を取らせることになると思うのでご自宅などに連絡されては──」

キョン「必要ない、余計な気はまわさんでいい。
    さっさと行ってさっさと帰る、それから、それから……」


288 名前:19-2[] 投稿日:2010/03/15(月) 19:40:47.50 ID:Rkgal7Au0

言い淀んでしまったのはそのあとに続ける言葉が
思いつかなかったわけではない。
次に言おうとした「また明日」、の後に
どう言葉をつなげていいかわからなかったからだ。

また明日、鶴屋さんと会うんだ。とでも続けようとしたのだろうか。
そんなことを古泉に宣誓してどうなるってんだ。まったく調子が狂ってしまっている。

疑問、反証、疑問、反証、クエスチョン、アンサー、クエスチョン、アンサー……。
そしてまたクエスチョン。

しゃべることも億劫になってそれ以上何を言うでもなく俺は通話を切った。

その場に固まり根をはりそうになるのをなんとか堪えて
重苦しい足を駅の方へ向ける。電車に揺られながらも俺は考え続けていた。

この状況を正当化する術はあるのか。
俺が鶴屋さんと個人的に関わり続ける、そんな状況を肯定する術が。

電車が目的の駅に停まるまでさんざん考えてみたが、ついに思い浮かばなかった。

結局のところ、俺が鶴屋さんと知り合ったのも
こうして共同作業をしているのもSOS団の活動を通してに他ならない。

そこに根差さない関係などありえない。

だからこそそれは俺と鶴屋さんの限界であり、
超えられない壁であり、閉ざされた垣根であり、
故にそれを乗り越えたいなどと思うことはそれ自体が異端なことなのだ。

289 名前:19-3[] 投稿日:2010/03/15(月) 19:42:59.34 ID:Rkgal7Au0

駅のホームの自販機で銘柄も確認せず適当に
缶コーヒーを買ってぐい飲みする。しまったことにブラックだった。

胸やけと喉に痛みを感じたが胸の内のもやもやを晴らすにはちょうどよかった。

吐き気に助けられている自分がいた。
苦痛によってかろうじて頭を冷静に保ち
改札を抜けた俺は待ち合わせの喫茶店へと入った。

店内の人気はまばらでこちらに気づいた古泉が奥の席で手を上げている。
隣には朝比奈さんが座っている。

その姿を確認して俺は少しだけ胸の内が軽くなった。
結局のところこの安心感ってのは、俺が朝比奈さんを傷つけることはあっても
朝比奈さんが俺を傷つけることはないという信頼から来ているのかもしれないな。

それも一方的なもんだが。古泉も憎いことをする。
おそらく俺の気分を和らげるそのためだけに朝比奈さんをここに呼びつけたのだろう。
やっかいな話をする際の清涼剤として。

ハルヒや長門がいなくてよかった。
今の俺のあり様はとてもあいつらには見せられない。いや、見せたくない。

俺は古泉の正面に座った。はす向かいには朝比奈さんが座っている。
両腕を組んで古泉の言葉に備えた。
何を言われてもいいように、しっかりと心の準備をして。

ところが話し始めたのは古泉ではなかった。
おれのはす向かいに座っている朝比奈さんが口を開く。

290 名前:19-4[] 投稿日:2010/03/15(月) 19:45:10.19 ID:Rkgal7Au0

思わず動揺してしまい俺は組んでいた両腕を
いつの間にかほどいてしまっていた。心の準備などまったく意味がなかった。

みくる「メビウスの輪って、知ってる? ……キョンくん」

その口調はどことなく朝比奈さん大を感じさせるような、しっかりとした口調だった。
最初に俺に自分の正体を言ってきかせたように必要なことを伝えるための語り口だった。

キョン「……なんでしたっけ、細い紙を半回転させて
    反対方向につなげるとできる裏表のない輪っかみたいなやつでしたっけ」

朝比奈さんはそれで納得したようにまぶたを一瞬だけ閉じると続ける。

みくる「今私たちが直面している状況はそれに非常によく似ているの。
    それでもまだ端と端が閉じ切っていない、不完全なものだけれども」

なんとなく捻じれた紙が一本ある様をイメージする。
表と裏が半々に両方見えるような紙。
それが今の状況、つまりこの探偵ごっこ云々を表しているとでもいうのだろうか。

古泉「僕と朝比奈さんは、実はずっとあなたと鶴屋さんのことを監視していたんですよ」

古泉が驚くべきことを言った。
俺は動揺に動揺を重ね身構えるかのように前かがみになった。

キョン「……なんだって? お前はともかくとしてどうして朝比奈さんまで……
    まさか、最初っから……」

俺は一つの可能性に思い当たる。

291 名前:19-5[] 投稿日:2010/03/15(月) 19:47:21.57 ID:Rkgal7Au0

もしかして、荒川さんや森さんが調査対象というのは嘘だったのか?
なら、本当の調査対象は俺と鶴屋さんのどちらか、
あるいはその両方だっていうのか。

まさか、ハルヒや長門までそうなんじゃないだろうな。

俺の背筋に冷たい汗が伝い落ちていく。
だが古泉はそんな俺の疑念にとくに反応を示すでもなく無表情のまま首を横に振った。

古泉「それは違います。僕たちの調査対象はあくまで真実に荒川さんと森さんです。
   少々ややこしい事情がありまして、初日のうちにすべての調査を終えてしまったのです。
   それで余った二日目以降の時間をあなたと鶴屋さんを見守ることに使っていたわけです」

俺は少しだけ安心した。ずっとつけられていたってのは許せないが、
どうやら騙されていたわけではないようである。
ハルヒも長門も真剣にコンピ研部長のことを調査していたらしい。

ただ古泉と朝比奈さんが一日で調査を終えてしまったというのには驚いたが。
俺個人の印象はともかくとして、この二人は未来人と秘密組織の構成員なのだから
意外とこういうことには達者なのだろうか。しかし……。

古泉「あの日僕たちが調査を始めてから今現在までの経緯はこうです」

ともすると打ち切られる気配のない俺の思考を遮るように
古泉が自分たちが辿った行動や成り行きを説明し始めた。
それをまとめると次のようになる。

古泉が荒川さんのことをいざ調査しようとした矢先、
突然荒川さんから連絡が来て人生相談に乗るハメになったらしい。

293 名前:19-6[] 投稿日:2010/03/15(月) 19:49:52.15 ID:Rkgal7Au0

そこで若い頃の過ちや戦場での出来事、
外国の公安に居たとき惚れたゴリラみたいな女の話をされたとか、
偉大な英雄とされている父親を手にかけたとか、
昔コックをやっていたこともあったなど些細なことから重要なことまで
多岐に渡ったよもやまな思い出話を。

朝比奈さんも古泉と同じで突然森さんから古泉を通して呼び出され
あんなことやこんなこと、とても人に言えないような
個人的に恥ずかしい秘密まで共有することになったそうな。

そこであっという間に暇ができた二人はハルヒを長門に任せて
ずっと俺と鶴屋さんの調査を見守ってくれていた、らしい。
頼んでもいないのになんで俺が感謝せにゃならんのかは知らんが。

ところで森さんの個人的に恥ずかしい秘密というのは是非一度聞いてみたいものだ。
朝比奈さんがまとめた調査レポートに載せられてやしないだろうか。

なんとかしてそれを読んでみたいと思うのだが、
俺の良からぬ考えを察知した朝比奈さんが
人差し指を顔の前で立ててめっのポーズを取っている。

禁則事項です、と言われる前に俺は居住まいを正し古泉に向き直った。

古泉「あなたと鶴屋さんを観察していてあることに気づきました」

キョン「なんだ、そのあることってのは。
    もったいぶらずに話せ、お前らしくもない」

古泉はその後「絶対とは言えないのですが……」と予防線を張る。

294 名前:19-7[] 投稿日:2010/03/15(月) 19:52:02.72 ID:Rkgal7Au0

そうして俺の緊張を解きほぐそうとするような文言を前置きする。

確信もない話をこいつが口にするとは思えない。
それだけ話しにくいことなのだろう。

昨日会った時は俺の精神状態を確認するだのと言っていた。
即ち今日、古泉が俺に話したいという内容を聞いても
俺が正気を保っていられるかどうか遠まわしにテストされていたのだ。

そのテストに合格したからこうして呼び出されたんだと思うがいかにも釈然としない。
まぁそれでも、こいつが俺に語る真面目な話が
ろくでもないということは決まりきっているので今更構えることもない。

たとえ根拠が十分に揃っていなくても、
こいつはこいつなりに掴んだ情報を元に推論を立てているハズだ。

少なくともその点では俺のありきたりな頭よりも
その紅色だか灰色だかの脳細胞はまともに機能するだろう。

いつぞや冬山で遭難した時も俺を蚊帳の外に置き去りにしたまま
ハルヒと会話しつつほとんど一人で長門が残した謎を解いてしまっていた。
論理が完全ではなくとも何の益にもならないとは考えにくい。
その紅色の脳細胞を信頼して俺は聞き役に徹することにした。

古泉「これは、例えるなら、そう。シミュレーションなんですよ」

シミュレーション? ごっこ遊びがそうだというならそうなんだろうが……。
俺は先走りそうになる思考を制して古泉の言葉を待った。
既に手元だけでなく足元の方も落ち着かなくなり始めていた。

295 名前:19-8[] 投稿日:2010/03/15(月) 19:54:16.39 ID:Rkgal7Au0

古泉「まず始めに断っておきます。
   僕たちが涼宮さんのもとへ集められた基準は単純明快で、
   宇宙人、未来人、超能力者だからです」

そんなことは今更聞くまでもないぞ。
だがこれから話す内容に不可欠な布石だというなら黙って聞こう。

古泉「しかしここで一つの疑問浮かびます。
   ……その宇宙人はなぜ長門さんだったのでしょう?」

キョン「なっ!? ……どういうことだ……古泉……」

どういうことだ、何が言いたい。長門であって悪い理由でもあるっていうのか。

背筋に嫌な悪寒が走る。聞きたくない奴の名前が飛び出してくるような、
そんな本能を刺激するような嫌な予感がした。

古泉「もっとありていに言います。なぜ朝倉涼子ではなかったのでしょう?」

俺は古泉に掴みかかろうとするのをなんとかこらえた。
なんだ、長門よりも朝倉涼子の方がよかったってのか。

古泉がそんなことを言いたいわけではないことはわかりきっていた。
わかりきっていたのに、俺の理性によらない本能的な部分が
激しい拒絶を示していた。
俺は暴走しそうになる手を膝上の置き深呼吸をして落ち着こうとした。

そんな俺に短く「ありがとうございます」とだけ言うと古泉は話を続ける。

297 名前:19-9[sage] 投稿日:2010/03/15(月) 19:56:30.86 ID:Rkgal7Au0

古泉「僕たちが部室に集められたとき、いいえ、
   涼宮さんが宇宙人未来人超能力者に出会いたいと願ったそのとき、
   もうすべては始まっていたのです。涼宮さんが願った内容は
   『宇宙人『『未来人』『超能力者』に出会いたいというものです。
   ならばそこにどうして『無口で読書好きな』とか『小柄でおびえるうさぎのような』とか
   『笑顔が爽やかな好青年』という連体修飾語がなかったのでしょうか?」

無口で読書好きとか小柄でおびえるうさぎっていう点には異論はないが、
笑顔が爽やかな好青年ってのはなんだ。
お前まだエルキュール・一樹が混じってんじゃないのか?

しかし悪びれる様子もなく古泉は話を続けて行く。
ボケ倒されてつっこめないことも俺の居心地を悪くさせていた。
野郎、わざとじゃないだろうな。

古泉「──にも関わらず、どうして我々が集められたのか。
   まったくの偶然ではないという前提に立つならば、
   答えは朝倉涼子が選ばれなかった理由を考えれば自ずと見えてきます」

長門と朝倉の違い。それは俺に対する姿勢の違いだった。
生かすか、殺すか。その一点において。

古泉「涼宮さんがその実現過程を詳細に指定していない以上、
   世界は最も自然な形で涼宮さんの願望を叶え、かつその状態を
   維持しなければならない。故に、涼宮さんやあなたに対して
   敵対行動を取りうる朝倉涼子は選択肢から除外された────」

知り合ったばかりの同級生、
せっかく作った面白同好会の団員その一が自分の教室で無残に刺殺される。

298 名前:19-10[] 投稿日:2010/03/15(月) 19:58:39.97 ID:Rkgal7Au0

そんな事態を受けてハルヒはどのような行動を取るのだろうか。
世界をリセットしようとするのか、
それともハルヒの常識って奴に邪魔されて神人が暴れるだけで済むのか。
それは宇宙を破壊するようなことなんじゃないのか?

ならどうして朝倉はそんな危険まで犯して俺を殺そうとしたんだ。
急進派の連中や朝倉だってまるごと消滅しちまうんじゃないのか。
今更ながらにそんなことを思った。
いや、もしかして、それは構わないことだったんじゃないのか。

世界が終わりを迎えてもなんとでもなる、そんな確信を持っていたんじゃないのか。
このとき俺はつかみかけていた。
時間と言うものの正体と、その振る舞い方について。

古泉「────つまるところ、涼宮さんの能力はありえないものを
   この世に付け加える性質を持ちながら、
   その実現過程は極めて消去法的なのです。
   まず最もありえない実現方法から消去されていき、
   ありうる可能性へとだんだんと絞られていきます。
   そしてそれが傍目にどんなにめちゃくちゃな実現過程でも、
   考慮された選択肢の中では最も自然で無理のないものが
   選び出されていると言えるのです」

ハルヒの能力に対する推論を語り古泉は一つ息を吐く。
ため息とまではいかないそれは古泉の逡巡を物語っていた。

ここから先は今現在の俺たちの話になる。俺はそう直感した。
なぜならよどみなく過去の事件について語っていた古泉からは
感じられないためらいがそこににじんでいたからだ。

299 名前:19-11[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:00:51.41 ID:Rkgal7Au0

俺は促すでもなく押し止めるでもなくただ古泉の言葉を待った。
視線は合わせられなかった。じっと卓上を見つめたまま、ぼんやりと。
ただ座っていた。

古泉「荒川さんや森さんの対応から察するに、
   どうやら涼宮さんの力で自然と自分たちの秘密を暴露する方向へと
   誘導されているようなのです。
   コンピ研の部長もおそらくその力の影響下にあると思われます。
   ただ、あまりにも涼宮さんに対する恐怖心が強いので
   あのような事になっているんだと思われますが」

すなわち、ハルヒの力も無理のない範囲、即ち対象の人間性を否定しない形で
その秘密に迫ろうとすれば力量をセーブせねばならず、
調査対象当人の強い感情に阻まれた場合困難を極めるというのだそうだ。

コンピ研部長がほとんどひきこもるようなことになったのも、
ハルヒのあの疲れきった表情からも伺える通り、その巨大な力と拒絶の感情とが
絶えずせめぎ合っているからなのだろう。

俺は甘いもんをバクバク食ってエネルギーを補給していたハルヒを思い出す。

あれはかつてないほど持続的に力を行使した無理がたたっていたのだろうか。
そんなハルヒが暴走しないように長門はずっとそばで付き添って見守っていたのだ。

おそらくハルヒが寝ている間も一睡もしないまま、その精神を安定させることに専念して。
まったく、これじゃぁどっちがサポートされているんだかわかりゃしない。

俺は頭が痛くなって甘いものが食いたくなった。ハルヒもこんな風だったんだろうか。
そう思って少しだけ同情の念が湧いた。自業自得だとは思ったのだが。

300 名前:19-12[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:02:58.01 ID:Rkgal7Au0

古泉「そこであなたと鶴屋さんの調査がいつまで経っても終わらないことを
   不審に思った次第です。あなた達の和やかな雰囲気を見て数日のうちには
   調査を終えるだろうと踏んでいたのですが、
   ところがあなた達はあちこちさを迷い歩いたり待ち合わせ場所に来なかったり、
   それはもう散々な追跡でした」

その点に関しては同情を禁じ得ない。
だがこっそりストーキングするつもりならそのぐらいは覚悟しておけ。
古泉の見通しが甘いのが悪い。そこだけは突き放した。

古泉「そうして日々を過ごしていると、七日目のあの日、
   鶴屋さんが突然あなたの顔面にコーヒーカップを投げつけました。
   一体何事かと思いましたよ」

どうやらあの場には居合わせていたらしい。まずい現場を見られたもんだ。
朝比奈さんも一緒だったのだろうか。
もしそうならバツが悪い、なんともかんとも、バツが悪い。

八日目の中間報告のあの嫌な感じはもしかしてそれだったのか?
古泉の疲れきった表情。朝比奈さんの心配そうな顔。
朝比奈さんの視線の先には鶴屋さんがいた。

あの時の違和感、あれはつまりそういうことだったのだ。
俺と鶴屋さんのやり取りを目撃した二人は、本気で心配をしていたのだ。

だからあんなに疲れた表情だったのだ。そして、あの後俺と鶴屋さんが
ハタからは抱き合っているかのように見えたその後のことも
ずっと二人は見ていたのだろう。

301 名前:19-13[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:05:06.54 ID:Rkgal7Au0

二人も驚いただろうが、俺だって驚いていたんだ。
どうすることもできず、ただ座っていることしかできなかったんだ。
笑うなら笑え、畜生。本当に、ここは居心地が悪すぎる。

そうした鶴屋さんの極端な行動を踏まえて出した推論は以下の通りになる。

朝比奈さんと古泉とで立てた仮説は
どうやら鶴屋さんの意思とハルヒの力が衝突しているらしいとのことだった。

ハルヒの力を改めて分析した古泉はハルヒの力はなるべく無理のない形で
鶴屋さんの個人的な秘密を引き出そうとしているのだと結論づけた。

古泉が荒川さんから、朝比奈さんが森さんから向けられた突然の好意から類推するに、
その最も無理のない形というのは
俺に向けられる鶴屋さんの関心が少しだけ増すというものだった。
そうして鶴屋さんが個人的な秘密を暴露する方向へ誘導しようというものだった。

古泉「──それが、鶴屋さんの変化に深く関係しています。
   涼宮さんの願いは鶴屋さんの秘密を強引に暴くことはしませんでした。
   ですから、鶴屋さんの方から自らを曝け出さざると得ない方向へと導いていったのです。
   導くという言い方すら大げさかもしれません。それはいわば敷石を置いたという
   ただそれだけのことなのですから。そして鶴屋さんはその歩きやすい道を
   なんの疑いもなく歩いていった。ただ好奇心に任せるままに」

だが、鶴屋さんの意思の抵抗が思った以上に強く性急な結果は期待できなかった。
ハルヒの力はさらに鶴屋さんの奥へ奥へと侵食し、俺への関心は増大を続けていると。

そしてそれはこの現状を揺るがしかねない程に大きくなってしまった。
このまま放置しておけば後々深刻な事態になる、古泉はそう言った。

302 名前:19-14[sage] 投稿日:2010/03/15(月) 20:07:19.51 ID:Rkgal7Au0

古泉「鶴屋さん、あるいは涼宮さんのどちらか一方が限界を迎えて
   精神に異常をきたす可能性があります。鶴屋さんがそうなった場合、
   これはひどい言い方になりますが、まだマシな方です。
   ですが涼宮さんがそうなった場合、その影響は直接我々に降りかかってきます。
   神経を病んだ涼宮さんが何を考えるかなんて、想像したくもありません」

俺だってそうだ。ある日突然インデペンデンスなデイでもないのに
UFOがうにょんうにょんと現れてヴィーナスアタックよろしく宣戦布告の白い鳩を
そこら中に飛ばし始める様を想像して背筋が寒くなった。
エージェントMが助けてくれるとは到底思えなかった。

それはそれで愉快なんじゃないのか、
などという邪念には一切耳を貸さず俺は思考を打ち消した。
SFならまだいい。妖怪とかファンタジーとかの域にまで入ったらもうどうしようもない。
そちらに関して俺は門外漢だ。
ロード・オブ・ザ・ピンクというAVを間違って借りたことはあるが。それっきりだ。うん。

古泉「この事態をなんとかしなければなりません」

どげんかせんといかん。そこに異論はない。
たがどうやって? どうやってハルヒにこのバカな探偵ごっこを止めさせるというのだろう。
あの鉄にダイヤモンドをコーティングしたような固い意思を持つハルヒに
どうやって言い聞かせようというのだろうか。
無理じゃないのか、とは考えない方がよかったのかもしれない。

古泉「涼宮さんの方へとアプローチするのはやめておいた方がいいでしょうね。
   これ以上余計な負荷を与えるといくら長門さんがそばについていても
   どうしようもないくらいに消耗してしまうでしょう。
   そのような危険な道は辿らない方が無難です」

303 名前:19-15[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:09:28.00 ID:Rkgal7Au0

無難、か。ま、無理っていうよりは聞こえのいい言葉だよな。
まだもう少しなんとかなりそうでよ。

古泉は苦笑すると言葉を続けた。その内容はわかりきっていた。
ハルヒに対するアプローチが不可能なら、残された道は鶴屋さんただ一人。

コンピ研部長に対しては窓をぶち割って侵入するぐらいの強攻策は取れようが、
鶴屋さんその人に対してそういった強行的な手段は取りようもない。
古泉の組織での立場上、朝比奈さんの親友としての立場上
それは考えるまでもないことだった。

よりにもよってこの二人が俺と鶴屋さんを監視するハメになったのだから難儀なものである。
それは相当の苦労を伴なうものだと、今更ながらに感じ入った。

おつかれさまの一言でも言ってやりたかったが、今はやめておいた。
なんというか、そういうのはまだ早い。そんな空気だった。

古泉「──そこで世界の自浄作用を利用しようと思います。
   これには朝比奈さんが答えてくれます。どうか落ち着いて聞いてください。
   なかなかにショッキングな内容ですから」

ショッキングな内容、か。あの映画の内容もなかなかにショッキングだったが、まぁいい。
それを上回るショッキングさを出せるものなら出してもらおうじゃねぇか。

俺は半ばヤケクソになって朝比奈さんに向き直る。
なるべく朝比奈さんを不安にさせないように居住まいを正しながら平静を装う。

だがそんな俺の気遣いは無用なようで、朝比奈さんは俺の方に一瞥をくれるでもなく
視線を左斜め下に置いて言葉を選ぶように話し始める。

304 名前:19-16[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:11:42.99 ID:Rkgal7Au0

みくる「最初に私が正体を明かした時のことを覚えていますか……?
    あの時、私がした話を……」

キョン「たしか……時間は映画のコマ送りフィルムや
    アニメーションみたいに不連続なものなんでしたよね」

朝比奈さんはかつて時間がアニメーションのように
不連続なものだと言っていた。一つ前のシーンがハチャメチャなことになっても
次のコマからはまったく問題なく時間が続いてくのだと。

みくる「そうです、時間というのは連続で映し出されるフィルムのようなもので、
    映像としては連続していても、
    その瞬間瞬間では切り離されているものなんです。
    ちょうど人の意識が0コンマより小さい世界で切り離されているみたいに」

人間の意識もアニメーションのように不連続なもの。
それは当人たちには気付かれないほどの短い間隔で起きる。
ゲームの主人公がゲーム機の存在を知り得ないように、
俺たちにはまったく察知し得ない極短時間の世界なのだ。

みくる「世界には……時間の流れには、本流と支流があります。
    私は、その流れをなるべく私たちの存在する未来に向けようとしています」

そう、ゲームのシナリオに例えるなら、
主人公が勝手に台本にないセリフをしゃべりだすことが物語を混乱させるように、
それはまずいことなのだ。だからこうして朝比奈さんはここにいる。
だが古泉は自浄作用といっていた。それがなんだか気にかかった。
朝比奈さんは話を進める。

305 名前:19-17[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:13:54.11 ID:Rkgal7Au0

みくる「時間っていうのは……ちょうどこう、一本の紐があって、
    それがずっとまっすぐ続いているものだと思うでしょう……?
    時間とは不可逆なもので、光速を突破しない限り遡行することはできない、
    不可逆で不可塑なものだって。
    遡及して影響を及ぼすことのできない手の届かない世界だって」

アインシュタインの相対性理論って奴か。概要ぐらいなら俺も知っている。
NHKの教育だか総合だかでやっていた。その程度の理解ではあったが。

みくる「でも……本当はそうじゃないの。キョンくん、私が最初に
    メビウスの輪のことを知ってるって聞いたのは、つまりそういうことなの」

どういうことだ、メビウスの輪、無限に繰り返す螺旋。
それが今この状況の何を表しているというのか。

俺は背筋が凍る思いだった。聞きたくない、聞いてしまったら何かがおかしくなる。
そんな確信めいた予感に胃の上に鈍い痛みを抱えながら
俺は朝比奈さんの言葉を待つ。今はそれしかできなかった。

朝比奈さんは両方の指先を立てると人差し指と人差し指を
その場でピタッとくっつけた。決してもじもじしているわけではない。
微動だにせず、そのまましっかりと俺を見据えて言う。

みくる「時間っていうのは、そう、こうやって絶えず行ったり来たりを繰り返して、
    どっちつかずなものなの。過去に戻ったり、未来に進んだり。
    そんなことを日常的に繰り返している。誰にも気付かれないまま、
    でもそれはエネルギーの法則には反しないことなの。
    たとえ時間がさかのぼっても、物質は変わらずにそこにある。
    坂の上から転げ落ちたボールは、もう一度坂の頂上へ登ることはなくって……」

306 名前:19-18[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:16:12.48 ID:Rkgal7Au0

まるで科学者か専門家のような語り口だった。
普段の朝比奈さんからは想像もできない流暢な語り口だった。
未来と絶えず連絡を取っている、そういうサポートもあってか、
朝比奈さんは本当に未来人のように見えた。

いや、正真正銘未来人の朝比奈さんがそこにいた。
俺が普段意識していないだけの朝比奈さんの姿が。

古泉「世界を物語に例えましょう。これは通常の連続掲載のような形とは違って
   既に完結したシナリオが用意されているようなもので、
   そのシーンが単に再生されているに過ぎません。
   映画のフィルムや記録メディアのようにね。そうやって再生され、
   コンピュータ上で演算されるように再現されたシーンは限りなくライブなのです。
   舞台上の演劇のように、絶えず不確定因子にさらされている。
   観客が騒いだり演者がとち狂ったりして劇を台なしにすれば
   それはもう深刻な事態になります。ちょうど今の僕たちのようにね」

古泉はそう言って一拍間を置いた。
そして俺が思考を挟む隙も見せずに一気に頭の中の文言を読み上げる。

古泉「そうした中でシナリオが継続不可能なまでの混乱が起きた場合、
   世界はどうするのでしょうか。それはつまり、自浄作用です。
   それまでのシーンをなかったことにして、時間の輪の中に閉じ込める。
   本筋から外れた脇筋はすべてブラックボックスの中に内包され、永劫の時を刻む。
   その誤ったシーンだけを繰り返し続けながら、
   延々と、終わることのない、永劫の時を刻むのです」

時間の輪というのはそういうことだったのだ。
ねじれてしまった時間を元に戻すにはもはや閉じきってしまうしかない。

308 名前:19-19[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:18:23.01 ID:Rkgal7Au0

しかし、そうなると時間の流れが止まってしまって
未来というのがなくなってしまうのではなかろうか。
俺のそんな疑問を打ち消す言葉を古泉はポツリとつぶやく。

古泉「フィルムが切り替わる……」

俺の背筋に何度目かの寒気が走った。
映画館で上映中に何気なく見つけたスクリーン上の黒丸を思い出す。

フィルム交換のサイン。右上方に穿たれた黒い穴。
あの不安の先、あの暗がりの先に覗くもの。
それは次の世界、次のフィルムに他ならなかった。

古泉「よく考えてみてください。二月の中頃になにかがあった、
   とんでもなくとてつもない世界を揺るがすような
   破天荒な出来事があったような、そんな気がしませんか?」

俺は記憶の糸を手繰り寄せる。言われてみるとそれは確かにあった。
意識しなければ一生気がつかないような、
しかしそれでいて妙に確信的でぼんやりとした実感。
一瞬のっぺりとした表情の俺自身が浮かび上がる。

直後に記憶にノイズが走って頭痛がした。俺はなおも思い出そうとする。

なんだか小さな鶴屋さんと、あともう一人……くそ、思い出せない。
なんだってんだこれは。

少しでも映像を鮮明に思い出そうとすると頭痛がしやがる。
ほんとになんだってんだよ。

309 名前:19-20[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:20:41.59 ID:Rkgal7Au0

古泉「きっとその物語が終わったある時点でシーンが切り替わったんですよ。
   まるで映画のフィルムが交換されるように、何事もなく、予定調和に物事が進行していく。
   その中間にあったあらゆる異常事態や未来の可能性をも無視して、
   世界が本来あるべき姿として存続していく。僕たちの頭の中にあるこの記憶は
   画面に焼きついたいわば残像なのです。過去はすべて閉じ込められたんです。
   ありえた未来、ありえなかった未来、望まれた未来、追及された新たな可能性。
   それらすべてをブラックボックスに内包したままに……」

俺は愕然とする。

キョン「じゃ、じゃぁ今の俺達はなんなんだよ!
    そうやって何度も何度もリセットを繰り返して今ここに居るっていうのか!
    じゃぁ今の今までいろんな出来事や事件があったってのに
    世界のシナリオから外れるからっていう理由で破棄されてきたってのかよ!
    答えろ、古泉っ!!」

古泉はイエスともノーとも言わない。ただ小さく、首を縦に振った。
顎を軽く引くだけの些細な所作。俺の疑惑を肯定するにはそれだけで十分だった。

古泉「世界の自浄作用……」

古泉が再び呟いた。

古泉「たとえその前後にどれほどめちゃくちゃな事態が起ころうと、
   たとえその過程で世界が滅亡していようが、核戦争が起こっていようが、
   巨大流星群が落下してこようが関係なく、ある時点でフィルムが切り替わるように
   元の世界に戻るのです。我々の機関の分析班が立てた涼宮さんの能力に関する仮説の一つに、
   そうした世界の自浄作用を突破して異常現象をフィルムにまたがって継続させることが
   涼宮さんの能力だ、という見解があります。少なくともそういった要素は含んでいると思われます。

310 名前:19-21[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:22:50.50 ID:Rkgal7Au0

古泉の言いたいことは俺にもなんとなくだがわかった。

古泉「もし涼宮さんの能力にそのような性質があるとしたら、
   世界はもともとありえないことが頻繁に起こっていて、
   けれども僕たちはそれを幾度となく忘れ、
   再び何事かが起きては忘れを繰り返すことで
   あたかも何事もなかったかのように生きていく。
   その事実を永久に知ることもなく、自らの人生のエンディングを迎えるまで。
   あなたはあの8月の出来事を覚えていますか?」

キョン「忘れるもんか、一万数千回も夏休みを繰り返していたんだぞ。忘れるわけないだろ」

古泉「ですが、僕たちはそのすべてを覚えているわけではない」

キョン「うぐっ、ま、まぁそうだが……」

古泉「言ってしまえば、これは繰り返せないあの8月なんですよ。
   名づけるならそう、エンドレスレスエイト。
   まるで鎖のように閉じた時間の輪が連続的に連なって時間の”本筋”を形成している。
   そして不確定因子や不都合な結末はすべてその輪の中に置き去りにして
   次の輪へと切り替わっていくのです。おそるべきことですが、
   時間とは本来そのようなもので、我々の過去には時間の輪に閉じ込められた
   僕たちや歴史上の人物があまた置き去りにされているのです。
   次の時間へと進むことなく、映像記録のように同じシーンを繰り返し再生再現しながら。
   ”永劫回帰”、哲学者でもあり作家でもあるフリードリヒ・ニーチェの有名な思想ですが、
   案外的を射ていたのかもしれませんね」

そこで朝比奈さんが口を挟む。

311 名前:19-22[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:25:00.98 ID:Rkgal7Au0

みくる「その理論に則るなら……三年と、それと半年と少し前の七夕のあの日、
    涼宮さんが校庭に白線でいたずら描きをしたその日に、
    大規模な時間の輪の転換があったのではないかと思えるんです。
    あるいは、本来起こるハズがなかった宇宙人との交信というイベントを涼宮さんが起こし、
    かつそれを時間の輪を突破して無理やり世界の本筋にねじ込んでしまった……
    そう考えれば、あれ以前の時間に遡行できない理由もぼんやりとですけど……
    見えてくるような気がします」

古泉「下手をすれば我々は幾度となくこういった結末に遭遇しているのかもしれません。
   そしてこの話をするのも、この時点でのことに限られるわけではなくなってきます。
   何度目なのか、という疑問は、世界が幾度となくリセット、いえ、
   リカバリーされている以上意味のないことですが」

エンドレスレスエイト。終りのない終わり。横倒しのエイトナンバー。メビウスの輪。
時間の鎖。ブラックボックスに内包された世界。過去の俺たち、今ある俺たち。
その不連続性。俺の視界がぐらりと揺れた。

もし世界の自浄作用がそのような形で発揮されるのならば、
朝比奈さんのように未来から人が派遣されてきて
時間の流れを元に戻そうとする必要などないのだ。
しかしそうしなければならない理由。それはたった一つ、ハルヒの力の存在。
だからこうして朝比奈さんはこの時間で戦っている。
何度も時間の輪の中に置き去りにされる、そんな覚悟の上に立ちながら。

古泉「この状況をなるべく早めに終わらせなければなりません。
   涼宮さんの精神が崩壊して世界に取り返しのつかない永続的な変化が刻まれる前に、
   時間の輪を閉じてこの状況を元に戻す、本筋から逸れた脇筋を捨て、
   探偵ごっこなどしていないのか無事に終えたのかはわからない僕たちに向けて、
   時間の流れを修正する。それが今僕たちが取るべき最善の道なのです」

312 名前:19-23[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:27:11.92 ID:Rkgal7Au0

それをどうして俺に話す? それをどうして俺に言う、どういうことだ古泉、どういうことなんだ。

古泉「その理論に乗っ取るなら、シーンの前後の繋がりがおかしくなろうと
   本筋さえ外れなければいいのです。
   そういった脇筋は一つのイベントが終えるごとに修正されます。
   則ち、予め極端な変化を作為的に引き起こすことによって
   世界の自浄機能を故意に引き起こし、今までの変化を元に戻す、なかったことにしようという考えです。
   そうすれば涼宮さんの精神は回復し、世界は平穏無事なまま存続するのです」

世界の平和を守りましょう。そんなことを古泉は言った。
だがどうやって? どうやって守るんだ?
俺には世界を救うような超能力も時間の作用に介入する
超自然的なパワーもないぞ。お前だってそうだろ。朝比奈さんだってそうだ。
時間そのものを操作することなんて、誰にもできやしないんだ。

古泉「いいえ、あります。一つだけ、一つだけ方法があります」

古泉はもう一人の重要人物……鶴屋さんの名前を挙げた。

古泉「常に一歩引いたところでSOS団を観察する。それが鶴屋さんのスタンスですよね。
   鶴屋さんがSOS団の名誉顧問というサブ的な立場であり続けることが
   この世界の本筋から外れないための、この物語を継続し続けるための
   絶対的必須条件なのです。その立ち位置を一歩でも外れたならばそれはもう鶴屋さんの、
   鶴屋さんが望むSOS団との関わりではなくなってしまう。
   春休みに芽生えたあなたへの感情はそんな鶴屋さんの立ち位置を根底から覆す
   いわば悪魔のいざないなんです。故に、その立ち位置から強制的に引きずり出せばいい。
   そうすれば世界の自浄作用が働き、あるべき姿へとすべて元に戻る。
   それが僕と朝比奈さんが考えた世界を元に戻す唯一の方法です。
   僕たちにできる、最大最善の強攻策なのです」

313 名前:19-24[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:29:20.79 ID:Rkgal7Au0

お前はいいとして、朝比奈さんも考えただって?
鶴屋さんは朝比奈さんの友人で、
現代にやって来て出来た大切な親友なんじゃないのか。

俺は朝比奈さんの方を見る。
その朝比奈さんの表情は、言葉にならないくらい悲痛だった。

目元には涙を浮かべて、きつく唇を結び肩を震わせていた。
スカートを握る指が肉に食い込むこともかまわずに、肩をいからせて震えていた。
朝比奈さんが平気なわけがなかった。

鶴屋さんを救い、ハルヒを救い、世界を救うにはそれしか方法がない、
そんな苦渋と苦痛に満ちた決断をした朝比奈さんは、一体今何を思い、
何に耐えているのか。俺なんかにつかみきれるものではなかった。

自分の使命のために何者をも犠牲にする、そんな苦痛が俺に理解できるはずもなく。
俺よりもずっと遠いところで朝比奈さんも一人で苦しんでいたのだ。
俺と鶴屋さんを見守るその最中も、ずっと。ずっと耐えていたに違いなかったのだ。

大切な親友が戻ることのできない危険な道を嬉しそうに歩んでいくその姿を
ただ見ていることしかできないことに。
俺は考えを現状に戻す。

最初は小さな好奇心と疑問。それは時間が経つ程に大きくなっていった。
それが一線を超えた時点で、鶴屋さんの物語に俺が参入することとなった。

それは間違いなく鶴屋さんが主役の物語だ。
鶴屋さんが主役を降りる手段はたった一つ。
俺を鶴屋さんの物語から排除すること。

314 名前:19-25[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:32:22.84 ID:Rkgal7Au0

自分が参入することでSOS団がSOS団でなくなってしまう。
そうなれば鶴屋さんは想いが遂げられても遂げられなくても、
深く傷つくことになる。そんなことを考えているに違いなかった。

今この状態を続けたい。
そう思っていたのは俺だけじゃなく、鶴屋さんだってそうだったんだ。
だがこの探偵ごっこを続ける限りハルヒの力との軋轢は継続する。
それ以前に鶴屋さん個人のSOS団に対する姿勢とも相反する。
俺と鶴屋さんの関係はあくまでSOS団を通してのものであって、
単なるの先輩後輩の間柄でありそれ以上であってはならないのだと。

おそらく鶴屋さんはこの状況を続けたいと思うと同時に、
終わらせるべきだとも思っていたんだろう。

だが自分の特別な秘密を俺に語って聞かせて
調査を終えるという手段はもはや選ぶことはできない。

なぜならこれ以上自分のことを俺に話せばそこには絆が生まれてしまうからだ。
秘密を共有するものとしての、深い絆が。

それは即ち俺たちの関係を一歩も二歩も先に進めてしまうと同時に、
俺たちの現状をも終わらせてしまう。


取り返しがつかない。


鶴屋さんが言っていた言葉が不意に脳裏をよぎる。
あれはこういうことだったのだ。

315 名前:19-26[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:35:11.48 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さんが現状を継続させようと思えばただ黙って身を引いて、
ひたすらハルヒの力との軋轢に耐え続けるしかない。
しかし耐えれば耐えるほど衝突の力は強まり俺への想いは増していく。
この状況はそんな螺旋構造になっている。

九日目に強引に屋敷を訪ねた日に、
たまには自分のことを話したいと言っていた鶴屋さんの言葉の奥の裏には、
俺との関係を進展させたいという想いと共に
現状のままにとどめておきたいという相克し合う二つの感情が隠されていたんだ。

俺の記憶の底から昨日あの時計のある広場で
鶴屋さんに尋ねられた質問がひとりでに浮かび上がってくる。

(「あたしたちの違いって、なにかなっ?」)

その後の出来事。
鶴屋さんの、俺の指先を握って震える手と押しとどめられた言葉。
あれは俺の名前なんかではなく。

ただ単純に、鶴屋さん自身の気持ちだったのではないだろうか。

おそらく鶴屋さんは昨日俺との違いを尋ね、俺が答えきった後に決心したハズだ。
このまま黙って身を引こうと。

あの人は愛情深い人だ。他人を傷つけてまで自分を出すことなど絶対にできるわけがない。
だがそれでも、それは世界の存続を危うくさせるのほどの致命的な決断なのだ。

鶴屋さんが周囲の為に俺を排除しようとすれば、
それは即ち現在の状況が継続することを示している。

316 名前:19-27[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:37:31.53 ID:Rkgal7Au0

もしそうなれば、ゆったりと破滅への道を歩むほかない。
薄ら暗い穴の奥へゆっくりと吸い込まれて行く、そんな道に他ならないのだ。

俺はそんな鶴屋さんに何をしてあげられるのか。
俺が近づくほどに、俺に近づくほどに鶴屋さんの葛藤と理性と本能の軋轢は強まっていく。

してあげられることなどない。なぜなら俺自身が、鶴屋さんの苦しみの源なのだから。

古泉「例えばそう、これをマルチエンディングのゲームに例えるのなら。
   ゲームはその答えとしてパラレルワールドを用意します。
   いくつにも分岐した結末を用意します。ですがこの世界の本筋は一つしかない。
   それはリセットできないシミュレーションのようなものなんですよ。
   世界が修正された際に起こる変化の可能性は三通りです。
   一つは当て馬。鶴屋さんと共に過ごし、鶴屋さんが気持ちを抱いた人間が
   あなた以外の誰かにすり替わるというものです。
   二つ目はパラレルワールド。脇筋そのものが本筋から切り離されて新たな本筋として
   続いていくというものです。これは一番可能性が低いパターンです。
   なぜならこうした結末になるのであれば自浄作用というのは初めから必要ないからです。
   三つ目は記憶消去及び改竄。単純に記憶が消去されたり書き換えられたりするだけです。
   最も可能性の高いパターンですね。物理的な修正の必要のないタイプです。
   私達はこの結末になると予想しています。微妙な齟齬は残るかもしれませんが、
   とにかく誰もが違和感を感じずに日々を過ごすことができるようになるはずなのです」

シミュレーションを終えた時点で世界が元に戻る。
記憶は刷新され当たり障りのない記憶に書き換えられる。そんなことを古泉は言った。

当て馬か、パラレルワールドか、記憶の改竄か。


317 名前:19-28[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:39:52.37 ID:Rkgal7Au0

仮にパラレルワールドだとしてその先に未来はあるのか?
分裂した世界に、分岐した世界に先はあるのか?

実は枝葉に生るだろう、だがその先はあるのか?
幹から外れてしまえば実や花にすら価値がないのか?

俺は最もありえない可能性にすがろうとしていた。
今、今日、この時から続く、明日があるのかもしれないと。淡い期待を抱いていた。

だがそんな泡沫めいた期待は、状況やこの世界の時間の仕組みにとっては
何の意味もないことだった。

俺は膝の上で拳を握りしめたままでどうすることもできずにただ座っていた。
あの時のように。凍えそうな鶴屋さんに何もしてやれなかった、あの時のあの俺のように。

俺はいまだ何も変わっちゃいなかったのだ。
名探偵のまま、ただ間抜けなアホ面を晒したままで。

古泉「大きくなりすぎたあなたへの感情、想いを……
   あなたの手で鶴屋さんの口から吐き出させてください」

鶴屋さんの想い。俺への想い。
ハルヒの力によって増大された鶴屋さんの想い。

だがそれだけなのか。ハルヒの力が鶴屋さんを刺激した、
ただそれだけの理由なのか?ただそれだけのことで、
鶴屋さんは俺に対して変えようのない想いを抱いたってのか?
信じたくない。そんな風には思いたくない。
受け入れたくない、そう思う自分がいた。

318 名前:19-29[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:42:04.26 ID:Rkgal7Au0

古泉「そうすることで、ついに決定的に世界の本筋から外れた物語は完結し、
   鶴屋さんも涼宮さんも衝突の軋轢から開放されて自由になります。
   時間の輪の両端は接続し閉じられ、新たな輪へと繋がっていきます。
   そうすることでしか、あの二人を助ける方法はありません。
   それしかこの世界を救う方法はありません。ですから、どうか。どうか────」

俺が受け入れたくない現実がそこにあった。だが、ここで一つだけ疑問が残る。
古泉の言葉を遮って俺は言う。

キョン「だが古泉……どうしてこの状況が本筋の世界ではないと断言できるんだ?
    その根拠をお前は用意しているのか?」

根拠があるのか、ではなく用意しているのかと言ったところに
俺の焦りが浮かんでいた。結論などわかりきっていた。
俺のはす向かいには、時間に関しては俺や古泉の及びのつかない
情報量を抱えるその人が座っていたからだ。ただ、その根拠を聞いておきたかった。
そうでなければ納得できるものではなかった。

朝比奈さんが古泉の代わりに話し始める。

みくる「私達の時代から見た今、
    春休みに涼宮さんが探偵ごっこを始めるというイベントは起こっていないの。
    それは、現在の状況が既に修正されることを前提として
    事態が進行しているからだと思うの……。
    涼宮さんが能力を行使して時間の輪にまたがって現状を継承させることはない、
    そう示してるんだって」

未来から観測した現状を分析するとそのようになるらしい。
だがハルヒの能力は時間に不確定な変化をもたらす。

319 名前:19-30[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:44:19.70 ID:Rkgal7Au0

実際に世界を本筋に戻すには俺の行動が不可欠らしい。
探偵ごっこが本筋から外れているとする根拠はそれだ。
さもなければ待ち受けるのはカタストロフ、唯一それだけだった。

俺は煩悶する。
このままでは鶴屋さんかハルヒのどちらかの心が先に壊れてしまう。

俺は鶴屋さんに何度となく助けてもらった。
深く事情も聞かずに朝比奈さんをかくまってくれたり、
頼みごとを聞いてくれたりした。

ならば今度は俺が鶴屋さんを助ける番なんじゃないのか?

ハルヒだって世界を滅ぼすようなことを望んじゃいないだろう。
このバカな探偵ごっこだって、きっと面白おかしく春休みを過ごそうと
必死になって計画したに違いない。

あいつはいつだってそうやってきた。
そうして、積極的にものごとを楽しもうとしてきた。
それだけのことだ。そんなハルヒを責める資格を、俺なんかが、
持ち合わせているわけはないのだ。
ただこうやって何かに憤っている資格さえ、本当はないのだから。

キョン「俺は……なんだ……? 古泉。俺は、一体なんなんだ? 何者なんだ?」

古泉は訝るような視線を向けてくる。
そして、釈然としないながらも俺の質問に答えようとする。

古泉「……なんだ……と申しますと」

320 名前:19-31[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:46:30.38 ID:Rkgal7Au0

これが永遠に繰り返す物語だとしても。
たとえそうだとしても、鶴屋さんや俺が幾度となく苦しんで、
幾度となく引き裂かれて、幾度となく辛い想いをしたのだとしても。
これが俺と鶴屋さんの物語であるのなら。

その最後はハッピーエンドにしなければならない。

最終的な幕引きは、俺と鶴屋さんの手で行われなければならない。
そうでなければ、報われない結末を永遠に繰り返すことになる。

この物語を終わらせる。それも最高の形で。
それだけが俺に残された、唯一の救いの道なのだ。

キョン「お前はエルキュール・一樹! あなたは刑事みくるンボ!
    なら、俺はなんだ? なんなんですか?」

朝比奈さんがシャーロッキョン……と言いかけてやめた。
どうやら話の流れを察してくれたらしい。

古泉「不思議名探偵……」

古泉が俺を見ながら小声で言う。
驚いているのか、訝っているのかわからない、複雑な表情と共に。

キョン「違うな。それはおそらく一文字違うんだ」

俺は胸いっぱいに空気を吸込み、一息で言う。
胸の内のわだかまりを吐き出すように、心の淀みを洗いさらうように一息で、
肺と喉の痛みを随伴させながら。

321 名前:19-32[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:48:43.76 ID:Rkgal7Au0

キョン「不思議名探偵、
    グレート・ワンダー・ディテクティブ……違う! 俺は──」

俺は誰なのか。俺は何者なのか。そんなことはもうわかりきっていた。
最初ハルヒに名探偵と名づけられたその時に、俺は気づいていたんだ。

自分の領分がなんなのかを。名高い探偵などではない。
自分がどういう属性を持った探偵なのかを。

キョン「俺は──、ワンダリング・ワンダー・ディテクティブ……そう……
    不思議迷探偵、不思議”迷”探偵キョンだ!
    不思議を求めてさ”迷”う探偵、それが俺だ、それが俺のやってきたことだ!」

ついに俺は目を覚ました。ここで与えられた自分の役割についてついに気づいた。
自分が今まで何をやって、何をやってこなかったのかということに。

俺の決心、それがどんなに残酷な結末をもたらそうとも、
俺は鶴屋さんに言わせなければならない。
そうすることでしかあの人の心を救えないというなら、喜んでそうしよう。

あの人の為ならそうしよう。鶴屋さんの為ならそうしよう。
俺の耳の奥の裏の裏の方で、かつて消え去ったフレーズが呼び起こされる。


また明日、いつか絶対に。


その明日を守るためなら、俺はなんだってする。
たとえありえた可能性の一つ一つを、殺してしまうのだとしても────。

322 名前:19-33[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:50:54.22 ID:Rkgal7Au0

「何か僕たちにできることはありますか」という古泉に俺は「ない」とはっきり告げた。
これは俺と鶴屋さんの調査なのだと。

古泉は何も言わずに了解してくれた。朝比奈さんには頭を下げておいた。
朝比奈さんは俺に何を言うでもなく俯いていた。
俺が席を立った後、去り際の背中にただ一言「がんばって……」とだけ呟いて。

俺は、鶴屋さんのかたくなに閉ざされた心と戦わなくてはならない。
ハルヒの力を跳ね返すほどの強烈な意思を崩さなければならない。
それは生半可なことではなく、俺と鶴屋さんの心に
どれほど深い傷を残すのだとしても必ずやり遂げなければならないことだった。

鶴屋さんとの戦いの時は、もうすぐそこまで迫っていた。
明日は十二日目。春休みはまだ三日ある。
たとえ明日すぐに鶴屋さんと会えなくても、まだ猶予はあるのだ。

俺はルールをおさらいする。
鶴屋さんに俺を好きだと言わせたら、俺の勝ち。世界は無事に元に戻る。
すべての記憶は刷新され、これ以上鶴屋さんもハルヒも、
長門や朝比奈さんや古泉が苦しむ必要もなくなる。

鶴屋さんが俺を排除すれば鶴屋さんの勝ち。
その場合、ハルヒの力は鶴屋さんやハルヒ自身を解放することなく
世界に永続的な傷を刻むだろう。世界の自浄作用とやらも及びつかない、
長大で深遠に穿たれた海溝のような傷が。

俺はABC殺人事件の内容を思い出す。あの手は使えないだろうか?
あの思考方法というか、やりくちというか、ああいったやり方で
鶴屋さんにアプローチして攻め落とすことはできないだろうか。

323 名前:19-34[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:53:03.26 ID:Rkgal7Au0

そう思い俺は再び本屋へと足を運んだ。
鶴屋さんを主役として舞台上に引きずりだす、
その秘策を復習する為に。

俺のあ頭の中でブライアン・アダムズが鳴り響く。

18 till I die.

18のまま。死ぬまでずっと。
リフレインされ続けるフレーズ。繰り返されるサビの部分。

それはこれから迎える結末を示しているようでいて、
なんとも寂しく、もの悲しかった。

軽快なロックのサウンドも、今は暗がりに沈んでいた。

水底のような黒い穴。フィルムに穿たれた交換マーク。
その奥の奥には何もない。
無限の闇が広がっている。ついに描かれなかった物語は悲しい終局を迎えようとする。
そして俺はその状況の中で踊る、踊る哀れな探偵だ。

ポワロ、コロンボ、古畑、ホレイショ、シャーロック・ホームズ、ワトソン医師。

そんな面々が今迎える最後の舞台上は、犯人と主人公とで占められる。
並み居る強豪を抑えたままで、明日、最弱の俺が舞台上に立つ。
最大最強の、レベルカンストの助手の前に。
究極無比の、モリアーティ教授の前に。

迷える一般人の俺は今まさに、”迷”探偵に変わったのだった。

325 名前:19-35end[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:55:29.79 ID:Rkgal7Au0

俺たちの今までを守ろうとする鶴屋さんと、

俺たちのこれからを守ろうとする俺との。



互いの未来を賭けた一騎打ちに向けて。







next十二日目 不思議迷探偵キョン に続く

326 名前:20-1[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:57:38.81 ID:Rkgal7Au0

十二日目 不思議迷探偵キョン


十二日目。
最後の最後は鶴屋さんの感情を揺さぶるほかはない。
それが俺の出した結論だった。

ロジックはあくまで退路を絶つ手段に過ぎない。
そこまで鶴屋さんを追い込めなければ自動的に俺の敗北が決まる。
そうなれば、まぁ厄介なことになるだろうが、その時はその時だ。

今はとにかく日取りを決めるの先決だ。正直言って自信はまったくない。
俺のロジックというのがどれだけ鶴屋さんに通用するのかということも未知数だった。

けれども現状を終わらせることだけがあの人を開放するというのなら、
そうする他ないのが俺の考えだ。
とはいえどうしたものか、鶴屋さんと連絡を取る手段を俺は持っていない。

家の電話番号にかける、という手もあるし直接鶴屋さんの屋敷へと赴く手もある。
だがそのどちらもがはばかられた。

家の電話にかけてうっかり鶴屋さん以外の人間が出たら、
というか鶴屋さん以外が出ると考えるのが普通だろう。

電話番みたいな人間がいるかは知らないが、
あれだけ大きな屋敷であるからそれは当然の考えだと思う。
直接赴いてもそう都合よく鶴屋さんが出てくるとは思えない。
ああいうことはそうそう起こらない奇跡みたいな出来事なのだ。
そこに頼みを置くのは軽率なように思えた。

327 名前:20-2[] 投稿日:2010/03/15(月) 20:59:47.45 ID:Rkgal7Au0

俺はあの四日目の違和感のことを思い出す。
背中に感じた妙な感覚に今は思い当たる節があった。
俺は鶴屋さんの携帯に発信をかける。
相変わらずコール音が鳴り響くばかりで誰も出ることはなかった。

それだけを確認すると俺は鶴屋さんの携帯に向けてメールを送った。

今日の夜、丸鶴デパート近くの並木通りを抜けた例の広場で待っています、と。

俺の予測が正しいのならこれでいいはずだ。
夜、と時間を指定せずに打ったのは時刻指定がアキレス腱にならないようにする為だ。
夜の間なら何時までも待つ、そういう含みも込めて。

なんなら朝まで待ってもいい。
それで来ないなら、その時は、いよいよ自宅に突撃すればいいだけだ。
戦いの舞台としてはいささか落ち着き過ぎている気はするのだが。

そうして昼を何をするでもなく過ごす。
日が傾いて来た頃に俺は自転車に乗って駅へ向かった。
夜は冷えるだろうから初日に鶴屋公園へ着ていったジャケットを羽織ってきた。

防寒対策は十分だと思える。
そこからバスに乗って丸鶴デパートへ向かう。到着した頃には日が沈む少し前だった。
昨夜とは違って赤く染まった並木通りを俺は歩いていく。

例の広場についた俺は昨日鶴屋さんと休憩したベンチに座って天を仰いだ。
そして天を仰いで何をするでもなくずっと座っていた。
時計の短針と長針が何周目かの交差を終える頃には
辺りはすっかり夜闇と静けさに包まれて人の気配もまったくしなくなった。

328 名前:20-3[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:02:07.12 ID:Rkgal7Au0

ビルやマンションに挟まれて音響的に隔離された空間となっているここには
大通りの喧騒も届くことはなかった。
そんな静けさの中で俺は一人鶴屋さんを待ち続ける。
最後に時計を確認したときは九時を過ぎていたが、それからもう大分経つ。
一、二時間程度は経ったかもしれない。
俺はどこを見つめるでもなくただ並木通りの先をじっと見つめていた。

十数分ほどそうしていると並木通りの向こうから誰かが歩いてきた。
ここに来てから何度もそうやって誰かが通りかかるたびに
身を乗り出しては引っ込めてを繰り返している。
今回もそうなのかと思いながらも俺は身を乗り出して目を凝らした。

淡い黄色のワンピースの下に細い横縞の長袖を着た春らしい格好。
奇しくもお互いに鶴屋公園で待ち合わせをした日と同じ格好だった。

鶴屋さんは俺を見つけると大きく手を振って俺のもとに駆け寄ってきた。
そして数メートル手前で足を止める。

俺を見る目はなんともいたずらっぽく、それでいて小さな子供を叱りつける直前のように
眉根を引き締めていたのだった。最初に出た言葉は挨拶ではなく質問だった。

鶴屋さん「キョンくん、よくわかったね?
     あたしが本当はケータイを取り上げられてないってさっ」

やはりそうだったのか。俺は自分の予想が的中したことに一先ず安堵していた。
今日がダメなら明日、明後日、とは思っていたものの
朝まで待ちぼうけでは疲労もそれなりで、半日は潰すハメになるところだった。

不敵な笑みを浮かべる鶴屋さんはなんとも楽しげだった。

329 名前:20-4[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:04:30.95 ID:Rkgal7Au0

自分の嘘を見抜いた頼りない後輩、もとい探偵を少しは
褒めてやろうというのだろう。鶴屋さんはねぎらいの言葉を述べた。

鶴屋さん「こうして呼び出されたことはとても意外だったよっ、
     だってまだバレてないと思ってたからね。
     キョンくんがどこまで推理できてるかはわからないけど、
     まっ、聞いてあげてもいいにょろよっ? 採点してあげるっさっ」

そう言って余裕綽々な笑みを絶やさないまま前かがみになって小首をかしげるのだった。

小悪魔的な仕草をする鶴屋さんの雰囲気に飲まれないよう
気をつけながら俺は淡々と答える。

キョン「ケータイの件に関してはついでというか、
    一つの推論から派生したものに過ぎないんですが。
    正直確信はなかったですし、それでこうして来ていただけるという
    確信もありませんでした。俺がそう踏んだのは四日目のあの日、
    俺が自転車を取りに行った日に感じた妙な違和感からです」

鶴屋さん「違和感? どーいうことかなっ」

キョン「四日目に鶴屋さんの自宅に自転車を取りに行ったあの日、
    鶴屋さんはでかける用事があると言ってましたが、
    本当は自宅に居たんですよね?」

鶴屋さんは少しだけ頬を緩め次いでそのスレンダーな胸の前で両手を組むと
背筋を反らせながら「まーねっ!」と力強く言い放った。

それは俺を威圧するようでいて、俺との間に防衛戦を張ろうとしているように思えた。

331 名前:20-5[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:06:52.60 ID:Rkgal7Au0

まずは一歩、本丸に踏み込んだ証だった。

キョン「これは推論というほどでもなくて、ぶっちゃけ俺の勘なんですよ。
   あの背中から感じた違和感、出てけ、って言われた気がしたんです。
   ここに居てはいけないってね。それは、鶴屋さん、あなたの視線か気配かは
   わかりませんが、とにかく出どころはあなただと踏んだわけです」

今にして思えば鶴屋さんの自宅に呼ばれた三日目の日から家人や使用人を
まったく見かけていないことをおかしいと思うべきだった。
その気配や痕跡も見なかったのは、そもそもそこに家人も使用人もいなかったからだ。

普段からそうなのかはわからないが、
少なくとも春休みの期間中はそうであるように思えた。
でなければ俺一人を自宅に招き入れるということはありえなかった。

一度お邪魔しているという慣れからほとんど気にすることはなかったが、
SOS団の面々で招かれるのと俺一人で招かれるというのとでは
意味合いがまったく異なってくる。

そういった誤解を恐れなくていい状態。
それは即ち家の人間が出払っているということだろう。
そうなってくると自然とあの気配を発した人間はたった一人しかいないことになる。

鶴屋さんがどうして俺に会いたくなかったのかまではわからないが、とにかくそういうことなのだ。

鶴屋さん「そっかっ、それだけでわかっちゃったんだねっ。
     キョンくんもなっかなか頭のキレる男の子っさっ!
     でもこーいうことはわかるかいっ? キョンくんがうちにお呼ばれした日にさっ、
     うっかり軒先で寝ちゃったにょろ、あれってなんでだったかわかるかいっ?」

332 名前:20-6[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:09:02.90 ID:Rkgal7Au0

俺が鶴屋さんの屋敷に呼ばれて昼食をご馳走になった後、
俺は鶴屋さんと並んで日向ぼっこをしていた。
そして突然眠くなってしまいそのまま沈み込むように眠ってしまったのだ。
慣れない環境や手痛い失敗をした直後だった為かほとんど記憶に残っていなかった。
今の今まで気にもしていなかった事実を突きつけられ俺の内心はうろたえる。

キョン「……どういうことでしょうか?」

鶴屋さん「ま、それはわかんなくても仕方がないことだねっ。
     教えてあげるよ、答えは簡単! あたしがキョンくんに一服盛ったのさっ。
     お昼ごはんにね、ちょっとだけ、お薬をね。
     でも安心してよっ、身体に害はないはずだからさっ」

鶴屋さんはそう言って指先で何かをつまむような仕草をする。
まさか薬品を使って眠らされたとは思っていなかったが
そうでもなければあれほど急激に眠気を催したとは思えない。
ほとんど意識を失うような形だった。
とはいえそこまでして俺を眠らせたかった鶴屋さんの狙いというのはなんなのだろう。

鶴屋さん「眠っているキョンくんを観察したかったっ、ていう答えじゃぁ不満なのかなっ?」

あまりにも単純な答えだった。
いたずらっぽく笑う鶴屋さんの本気とも冗談とも取れない一言は、
それが真実なのだろうと素直に思えるほどに邪気がなかった。

本当にちょっとしたイタズラを敢行したという印象の語り口だった。
それが俺に対する予防線なのか本気で悪びれていないのかは判断がつかなかった。

キョン「俺を観察する……と言ってましたね、鶴屋さん。それはどういうことなのでしょうか」

333 名前:20-7[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:11:21.79 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さん「それもさ、もーわかってるんじゃないのかなっ?」

キョン「いえ、それは鶴屋さんの口から語っていただきたいんです」

そうは言ったものの俺には本当に検討がついていなかった。
眠らされた事実にすら気づいていなかったのだから当然である。

その答え如何では俺の立てた推理の筋道が覆りかねない。
俺は鶴屋さんの言葉を待った。

鶴屋さんはそんな俺の考えを推し量るようにしばらく俺の表情を観察した後、
納得したように首を縦に振ってから話し始めた。

鶴屋さん「この探偵ごっこ自体、あたしが仕組んだゲームだって聞いたら、
     キョンくん。君は驚くかなっ?」

キョン「なっ……!?」

なんだって、と言おうとして俺は言葉を飲み込んだ。
そんな俺の挙動を見て嬉しそうに笑った鶴屋さんは人差し指を立てて
ちっちっと左右に数回振ったあと言葉を続ける。

鶴屋さん「ハルにゃんに探偵ごっこをしたらどーかって
     提案したのは実はこのあたしなのさっ、
     もちろん、キョンくんが聞いた隣近所に宇宙人が超能力者がっていうのも
     あたしが吹き込んだことだよ。そうやってハルにゃんを炊きつけて、
     衣装まで用意して、すべてのお膳立てをしたのもこのあたしなのさっ」

俺は開いた口がふさがらなかった。。

334 名前:20-8[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:13:39.01 ID:Rkgal7Au0

この探偵ごっこもてっきりハルヒのバカで突発的な思いつきだと思っていた。
しかしそうではなかった。完全に俺の盲点だった。
ハルヒなら何を思いついてもおかしくないという思い込みの裏側では
鶴屋さんの意図が走査線のように幾重にも張り巡らされていたのである。

一体、どこから、どこまでがこの人の計算なのか。
俺は梯子を外されるどころか足場をたたき壊されたような浮遊感に襲われた。

鶴屋さん「実は春休みに予定していた旅行がまるまる取りやめになってね、
     それで暇を持て余していたのさ。だから、何か面白い計画を立てて
     実行してみたらそりゃー面白いんじゃないかと思ってね!
     それをハタから見てたらすっげー楽しいことが
     起きるんじゃないかっていう期待を込めてさっ!」

そう喜色満面に言い放つ鶴屋さんは未だ組んだ両手を解く気配はなかった。
まだ、まだ鶴屋さんは何かを隠している。その仕草から俺はそんな意思を読み取った。

そう思い込もうとしていただけなのかもしれないが、
とにかく今は追求の手を緩めるわけにはいかない。

今はこの場を盛り上げる、それだけに徹することにした。
俺は目いっぱい自分の感情をむき出しにして鶴屋さんに言いすがった。

キョン「で、でも鶴屋さん! SOS団のことには基本的に干渉しないっていうのが
    あなたのスタイルというかやり方なんじゃないんですかっ、
    ハルヒの思いつきを煽ることはあってもあなたからハルヒに
    何かをやらせるっていうのは、あなたらしくないんじゃないですか!?」

俺の言葉に鶴屋さんは少しだけ不機嫌そうな表情をして睨みつけるような目つきに変わった。

335 名前:20-9[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:15:57.04 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さん「んーっ? あたしらしいって何さ?
      何勝手に思い込んでくれちゃってるのかなっ?
      普段あんなに面白い奴らが何のイベントもなく一年を終えようってんだから、
      ここは一つ、何かパーッと楽しめるようなことを計画してやるのが
      先輩の優しさってもんさね! 実際、こうして楽しめてるわけだしさっ」

鶴屋さんはそう言って顎をあげたまま首を斜め後ろに傾け横目で見下すような視線を作る。
俺から見えるその瞳の印象はなんとも尊大で、且つ邪気のないものだった。

正真正銘、事実ありのままのパワーバランスを表している、そんな自負さえ感じられた。
そうやって威圧されながらも俺はなんとか食い下がろうとする。
このまま何もできずに勢いに飲まれることだけは避けたかった。

キョン「なら、どうして俺なんですか?
    観察してて面白いってんなら他の連中の方が打ってつけでしょう、
    どうして一番地味でつまらない俺なんかにしたんですか!
    ていうかそもそも誰が誰を調査するかっていうのはくじを引いて決めたんですよ、
    観察できるならSOS団の誰でもよかったって言うんですかっ!?」

鶴屋さんはふるふると首を横にふり少しだけ微笑むと
手のひらを天に向けて困ったのポーズを取る。

鶴屋さん「それはもちろん、意図的に操作したに決まってるさっ。
      別に特別なことなんて何もしてないよっ、
      ただちょっとくじ引きの箱に細工をしただけさ。
      ガサガサとかき混ぜたときにだけ、
      あたしの名前が書かれたクジが混ざるようにね」

鶴屋さんの仕掛けをてっとり早く説明すると次のようなものだった。

336 名前:20-10[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:18:09.52 ID:Rkgal7Au0

まずハルヒや古泉達におかしな探偵の格好をさせて俺の警戒心を目いっぱい煽る。
そうしてドン引きした俺をハルヒ達から遠ざけ、一番最後にクジを引くように誘導する。

そして四人がクジを引ききった時点でクジ箱の中身は一旦空になる。
そこに元々皮肉屋で疑り深い上に警戒心を抱いた俺が手を突っ込んでかき混ぜる。

その時点で側面の弱いのり付けが剥がれ鶴屋さんの名前が書かれたクジが
俺の手に渡るという仕掛けだ。

なんとも場当たり的で穴だらけの手口だったが、
その点は鶴屋さんの人間を見抜く稀代の洞察力と先を予測する目とで補われ、
見事俺の手にクジを握らせることに成功したのである。

しかしそこまでして俺を選び出した理由というのは何なのだろう。その一点が気にかかった。

キョン「……そこまでしてどうして俺なんかを
    観察対象に選んだんですか……教えてください、鶴屋さん……」

鶴屋さんは一瞬目を細めて値踏みするように俺を見た後
視線を逸らしてふっとため息を吐いた。そこから読み取れる感情はなかった。

ただ少し残念がっているように見えたのだが、それにも確信が持てなかった。
鶴屋さんはややぶっきらぼうに、面倒くさそうにしながら言う。
出きの悪い子に言い聞かせるように。それもまた一つのやり方だった。

鶴屋さん「ただちょっと……気になったのさっ。キョンくん、君のことがね。
      最初の日にした質問を覚えてるかなっ?
      あたしが一番最初にキョンくんにした質問をさっ。
      覚えてないなら別にいーんだけどねっ」

338 名前:20-11[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:20:31.01 ID:Rkgal7Au0

そうやって突き放すように言い放つ鶴屋さんに食い下がる為にはもう一歩も引くことはできない。

キョン「覚えていますよ……どうして俺がSOS団に入ったのか、でしたよね」

鶴屋さん「そーにょろっ、それともう一つ、その後に付け足したよねっ」

キョン「えぇ……普通の俺が、どうして普通じゃないハルヒ達と一緒にいられるのか。
    それを鶴屋さん、あなたはすごいと言ってくれましたよね。
    自分にはとてもできないことだって、あなたは言ってくれました」

鶴屋さん「そうだねっ……そんなことも……言ったかもしれないね……」

鶴屋さんはそう言って少しだけ視線を落とし言葉尻を濁した。
先程までの自信満々の表情とは打って変わって落ち着かない態度だった。
俺はそんな鶴屋さんの表情に一筋の光明を見た。

キョン「俺はあの時きっと鶴屋さんの期待に応えることができなかったんですよね。
    あまりにもつまらない、ありきたりで、ただことの成り行きを述べるだけの
    説明しかできなかった俺にあなたはがっかりしたんでしょう……?」

鶴屋さんは落としていた視線を再び俺に向けると
少しだけ関心を取り戻したようで俺の目を見ながら話すようになった。

鶴屋さん「そうだねっ、本当はキョンくんがどーいう気持ちだったのかとか、
     入ってからどーゆう風に気持ちが変わったのかってとこまで聞きたかったのさっ。
     普通じゃない人たちと普通に過ごすってのはどういう感覚なのか、
     すっげー気になってたからね。あたしは一歩引いたところにいるから、
     そーいうのはわかんないからさっ。みくるも普段はそういう素振りは見せないしね。
     だからキョンくんを通して知りたかったのさ。あの子たちの、日常と非日常を、ねっ」

340 名前:20-12[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:23:35.57 ID:Rkgal7Au0
>>337 ちょっとわからないですが半分過ぎたくらいです

俺を知ることがSOS団を知ることに繋がる。鶴屋さんはそう言った。
ならばその関心の主体はSOS団であって、
俺自身のことは目的のための手段に過ぎないというのか。

いや、まだ聞いていないことがある。そう判断するにはまだ一手早いのだ。

キョン「鶴屋さんは言いましたよね。自分にはできないって。どうしてなんだって」

鶴屋さんが言葉尻を濁してうつむいたこの言葉。
その先を追求することが不可欠だった。

俺がそう言うと鶴屋さんは一瞬気圧されたようにたじろぐ様子を見せた。
しかしその場から一歩も引かずに俺の目を正面から見据える。
組んだ両手は崩さず、それでいて唇は少しきつめに結んだままで。

キョン「その一点が鶴屋さんが俺を理解できない唯一の不明点、
    鶴屋さんには解き明かせない謎なんじゃないですか?
    それを解き明かすことも、この探偵ごっこの主題の一つのはずです」

鶴屋さんの居心地の悪さの正体。
それは鶴屋さんほどの頭脳と勘の鋭さを以てしてもわからない俺の唯一の特殊性。
普通であることを前提として普通ではない者たちを関わり合いを持つ。
俺自身が特殊な人間であるというならそれは疑問にすらならない。

だが俺自身がいたってごく普通の人間であるという事実がそれを決定的な疑問に変える。

なぜ、どうして。どうして俺が、どうして君が、と。

341 名前:20-13[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:25:46.15 ID:Rkgal7Au0
それは長門や朝比奈さんや古泉や、加えてハルヒに対しても抱かれた
俺とSOS団の関わりの出発点「なぜ?」という感情だった。

その感情を唯一の接続点として俺は周囲の陰謀策謀家達、情報統合思念体や未来人、
超能力者機関に「鍵」として注目される対象となったのだ。
それが今鶴屋さんに対しても起こっている。

鶴屋さんの疑念の正体は宇宙人未来人超能力者のグループにだって解き明かせない、
俺自身にさえわからない目下迷宮入り中のミステリーなのだ。
そう思えばこの事件の出発点は探偵ごっこであってもその中心軸は常に俺に向いているのだ。
やはり俺にはこの事件を解決する義務があったのである。

鶴屋さん「そうだね……そこだけは、いくら考えてもわかんなかったよ。
     なんだか自分が負けたみたいで悔しかったのさっ、
     だから何がなんでも絶対解き明かしてやろうってね!
     食事に一服盛ったり、そのあともずっと近くで観察してみようって思ったのさ。
     ま、ちょっちやり過ぎちゃったとは思うけどねっ」

やり過ぎた。やり過ぎたってなんだ。
それは鶴屋さんの当初の意図に反する事態が起こったということなのだろう。
それはおそらく、ハルヒの力のことなのだ。

鶴屋さん「情が移ったのかな……キョンくん、君は本当にいい子だと思うよ。
     やさしいし、思いやりのある子さ。でも、それだけだよ。たったそれだけなのさ。
     それだけのことで、このあたしが気を許すと思うのかいっ?
     あんなに親しくなると思っているのかなっ?
     もしそうなら、舐められたもんだなって返しておくよっ」

どこか自分に言い聞かせているような、奇妙な語り口だった。
鶴屋さんは知らない。ハルヒの介入を。ハルヒの力の正体を。その強大さのほどを。

342 名前:20-14[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:27:59.97 ID:Rkgal7Au0

しかしそんなハルヒの力と長期にわたってはり合い続けている
鶴屋さんの意思の力というのも大したものだった。
もしそれが単なる頑なさや意思の強さではなくSOS団や、
俺やハルヒや朝比奈さんたちに向けられた愛情なのだとしたら。

俺はやはりこの人に負けるわけにはいかない。
絶対にこの人に報いなければならない。
改めてそう決心した。

俺に残されたカードは春休みに過ごした日数分ある。
初日のカード、最初の質問の札は鶴屋さんが切ることになった。

二日目のカード。鶴屋さんが俺にSOS団の中で誰が好きなのかと尋ねた質問。
これは窮状の突破口となりうるので最後まで取っておきたい。

三日目のカード。鶴屋さんの家にお呼ばれした日のこと。
これは解決したようで解決していないような微妙な違和感が残っている。
話の流れ上後回しになりそうだ。

四日目のカード。俺が一番最初に切った札だ。
これはもう使えない。もともとそういうカードだ。

五日目のカード。鶴屋さんが電話にもメールにも出なくなった日。
その後の鶴屋さんが電話を取り上げられたという話をした。
それは嘘だった。このカードはもう死んでいる。

六日目のカード。鶴屋さんの様子がおかしかった理由、それはまだわからない。
俺にとっては切りづらい札だ。これはどちらかというと鶴屋さん側のカードだろう。
これに対する切り返しはまだ考えていない。

344 名前:20-15[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:30:41.51 ID:Rkgal7Au0

七日目のカード。ある意味最強の札である。
ワイルドカードになりうる俺の切り札中の切り札だ。
俺が鶴屋さんにした質問。鶴屋さんからされた質問をそのまま返した質問群。
そして鶴屋さんが俺にコーヒーカップを投げつけた事件。
これを突破口にできれば、なし崩し的に鶴屋さんを陥落できるかもしれない。
それほどの力をこのカードは秘めているはずだ。

八日目のカード。門口に経ってずっと見送っていた鶴屋さん。
弱いが、これは鶴屋さんの攻撃カードにはならない。俺だけが使えるカードのはず。
他のカードと合わせて使えばダメ押しくらいにはなるだろう。

九日目のカード。電話を取り上げられたっていうのは大嘘だった。
これも五日目同様死にかけているが、
この日の会話は鶴屋さんの本心を表していると、そう思う。
じゃなきゃ俺は、そう信じなきゃ俺はここで戦えない。
ある意味、これは俺の一番の心の支えになるカードなのだ。
許して欲しい、ではなく分かって欲しいと言った理由。
あれが鶴屋さんからのSOSだったのなら、俺はそれに絶対に応えなくてはならない。

十日目のカード。俺は電話口で鶴屋さんに
自分の溢れる若さを鶴屋さんに向けていいですか、
と今にして思えば七転八倒宙返りでもしたくなるようなセリフを吐いた。
肯定も否定もできなかったのはSOS団の現状維持と
俺との間で気持ちが揺れていたというのであれば、最も鶴屋さんの心の隙を
突くことができるカードのはず。一番最後に使いたい、そういう種類の札だ。

十一日のカード。鶴屋さんが俺との違いについて質問したこと。
俺はまともに応えられなかった。だからいまいち使い方がわからない。
先に使ってしまいたいが、迂闊に使いようもない。扱いが一番難しい札だ。

345 名前:20-16[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:32:57.98 ID:Rkgal7Au0

そうして一通り手持ちの札を数え上げて俺は鶴屋さんに向き直る。
俺が持っているカードは裏を返せば鶴屋さんのカードでもある。
盤面の見えない将棋を打っているような、そんな居心地の悪さはあるものの。
戦いというのは常にそういうものだと思う。
将棋の名人だから軍師になれますかというと、決してそんなことはないのだ。

キョン「六日目、鶴屋さんの様子がおかしかった理由を聞かせてください。
    それと関連して、七日目のことも。
    鶴屋さんはあの時、どうしてあんなに動揺していたんですか?」

俺は六日目のカードと七日目のカードを重ねて差し出した。
俺のバカな冗談で鶴屋さんがコーヒーカップを投げつけるほど動揺した理由。
初日の俺への疑念を足がかりにしてこのまま一気に畳み掛ける。
だがそれはいささか軽率な判断であった。

鶴屋さん「なにって……おかしいところなんて何かあったかなっ?
      それはキョンくんの勘違いだよっ?」

そう言われて逆に俺が動揺してしまった。
あまりにも単純な答えに出鼻をくじかれてしまう。
面食らうと共に胸の奥に衝撃を受けた俺は
取り繕うこともできないほどに動揺し始めていた。

キョン「な、七日目にコーヒーカップを投げつけたことだって────」

鶴屋さん「あれは単純にキョンくんがみくるをダシにして
      つまんない冗談を言うからだよ。
      そりゃあ親友をあんな風におちゃらけた冗談に使われたら
      誰だって怒るっしょっ」

346 名前:20-17[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:35:10.17 ID:Rkgal7Au0

至極まっとうな答えではあるが、一つ足りない点があった。
その一点に隙を見つけて俺は追求する。

キョン「ではその時の俺の質問────」

あの時、俺は二つ質問をした。

1つ。鶴屋さんはどうしてSOS団に関わろうと思ったんですか?
2つ。鶴屋さんは好きな人っているんですか?

この二つはまだ殺されてはいなかった。
だが二つの質問に一片に答えてはくれないだろう。
今使えるのはどちらか一つだけだった。
2番……といきたいところだが、これはまだ早い。焦るな、落ち着くんだ。

キョン「────どうして、SOS団と関わろうと思ったかについてですが……」

これには鶴屋さんは失望したように俺を見る。
2番を選べない以上、最初からこの七日目のカードに意味はなかった。
俺は自分の下策に最強のカードを最悪の場面で切ったことに深く後悔した。

鶴屋さんはため息を一つ吐いて俺の質問にスラスラと答えた。
七日目に俺に聞かせたように、それを簡潔にまとめて。
俺の質問にはまったく意味がなかった。

次いで鶴屋さんが攻勢に移る。

鶴屋さん「八日目にさ、キョンくんがあたしを家まで送ってくれてさ、
     嬉しかったよ、うん、すっごくねっ!」

348 名前:20-18[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:37:18.73 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さんは八日目のカードを切った。俺だけが使えると思っていたカード。
その裏の意味を鶴屋さんだけが知っていた。

鶴屋さん「でもね、あたしの調査はあの時すでに終わってたんだよ。
      もう、これ以上キョンくんを振り回すのもかわいそうだなってね。
      だから、あの時もう終わりにするはずだったのさっ。
      でもキョンくん、君が翌日にうちにやってきてさ、少々事情が変わったのさ」

鶴屋さんを送った翌日、俺はアポなしで鶴屋さんの家に突撃をし、
塀の通りでヘタクソな18 till I dieを熱唱しながら行進した正真正銘の闖入者だったあの日。

鶴屋さん「キョンくんの歌があんましおかしかったからさっ、笑っちゃったんだよね!
      そいで玄関の前でまたまた面白いこと言うもんだからさっ、悪い気がしちゃってね。
      このまま放っておくのもかわいそうだなって、そう思ったのさっ」

あの時俺は確か、「つ~るやさんっ、あそびましょ~」とかかんとか
壮絶にバカなことを口走ったんだった。

そりゃー笑うだろう。俺だってまさか本人が聞いているとは思いもしなかった。
なんとも言えない居心地の悪さが俺の全身を這い回る。穴があったら滑り込みたかった。

結局俺は鶴屋さんに八日目のカードと
九日目のカードをまとめて切られてしまったのだった。
見事なコンボである。俺とはえらい違いだ。

鶴屋さん「そいでさ、その後で最後に一回遊んであげようとおもったのさ。
     その日は遊んであげられなかったからね。それで十日に電話して、
     十一日にうちのデパートへ遊びに行ったってわけさ。
     どうだいっ、聞いてみれば単純な話だって思わないっかなっ?」

349 名前:20-19[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:39:34.01 ID:Rkgal7Au0

立て続けに十日目と十一日目のカードも殺される。だがまだ半分だ。
裏の意味が半分殺されただけだ。まだ、尋ね切っていないことがある。
残されたカードに必死ですがりつつ、俺はまともに考えられない頭で文面を読み上げた。

キョン「……俺が鶴屋さんに、溢れる若さを向け────」

鶴屋さん「やめなよ」

吐き捨てるように鶴屋さんはそう言った。

鶴屋さん「そーいうことは、気やすく女の子に言っていいことじゃないって、
      たしか言ったはずにょろっ?  もう忘れちゃったのかなっ?
      キョンくん、ちょっとおいたがすぎるにょろよ」

キョン「十日目、否定も肯定もしなかったのは……」

俺が力なくそうすがるように言うのを鶴屋さんは
鼻で笑うように切り捨てると睥睨するように俺を見た。

鶴屋さん「……キョンくん、自分がそこまで優しくしてもらえてるのはどうしてだと思うのさ?
      かわいい後輩だから多目に見てもらえてるだけにょろよ。
      その一線を超えようっていうのなら、あたしも容赦はしないっさ。
      もっとひどい言い方をしたっていいにょろよ? ハッキリ言って────」

俺は心臓が止まる思いだった。
手先は力なく震え、理性で感情を抑えようにも胃の腑から押し寄せる吐き気が
それを遥かに凌駕していた。どうしようもない否定の感情が、
俺の思索を妨害していた。
計画を練る、筋道を立てる、まったくそれどころではなかった。

350 名前:20-20[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:41:43.33 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さん「────鬱陶しかったってさ」

その一言が言い放たれた瞬間、俺の瞳孔は散大と収縮を繰り返すように揺れ動いた。
視点が左右に強烈にズレるような、そんなストレス反応を示していた。
俺は痛む眼球の焦点をなんとか鶴屋さんに合わせて、絶え絶えに言葉をつないでいった。
感情での駆け引きも、鶴屋さんは俺の一枚も二枚も三枚も上手を取っていたのだ。

俺は嗚咽をこらえるように残された二日目のカード、唯一残されたそれにすがった。

キョン「二日目に……俺に尋ねましたよね、鶴屋さん……どうして、だったんですか。
    どうして、SOS団の中で俺が誰が一番好きなのか……なんて質問を────」

鶴屋さん「好奇心、それだけ。それだけだよ」

俺はその場に崩れ落ちそうになったのをなんとかこらえた。

鶴屋さん「……下品だけどね、そんなもんだよ。よくある話さっ。
     他人の恋愛話に首をつっこむなんて。ま、らしくないっちゃないけどねっ」

らしくない、という一言。とくにそういう印象は受けない。らしくないとしたらその後のことだ。

キョン「鶴屋さんは、俺が古泉狙いなのか、ってからかいましたよね」

鶴屋さんは怪訝そうな表情をしたその後どう表情を変えるでもなく言う。

鶴屋さん「そういえばそんなことも言ったね。あぁ、そっか。
      だから七日目にあたしがみくるを~ってなことを言ったわけだね。
      それは謝るよ。ごめん。あたしが悪かったさ。キョンくんは悪くないよ。
      ちょっと仕返しをしただけなんだからね。ま、それも、よくあることだよねっ」

351 名前:20-21[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:44:09.41 ID:Rkgal7Au0

そう言って鶴屋さんはクスリと笑った。
敗北者を見つめるような優しい目で、目いっぱいの哀れみを注ぐ女神のような瞳で。
それでいて、雨に打たれる子犬を見捨てる少女のような陰りをたたえながら。
俺は拳を握りしめて肩をいからせる。

布石は打った。あとは、最後の一撃を放つだけだ。
もってくれ、俺の精神と神経よ。最後の一言を、言い放つその時まで。

俺の推理と手口はたった一つ。
それは例えるならデザイナーズ・ロジックとでも呼ぶべきものだった。
鶴屋さんが語れば語るほど、その布石は確固とした堅牢さを発揮する。

自分の感情と精神と神経を犠牲にして、俺は今この場に立っていた。
自分の正気のすべてを犠牲にしてでもこの人を守る、その決心と共に。

俺は片手を上げて人差し指を立てる。そしてゆっくりと鶴屋さんを指差した。

差し出していない方の手は小刻みに震え、足元はがくがくと定まらない。
だがそれでも差し出すその指先だけは震えないように、
明後日の方向を示さないようにこらえながら、正面から鶴屋さんを指し示す。

鶴屋さんは身構えるように組んだ両手をほどくと少しだけ重心を後ろに引いた。
それだけで十分だった。
俺が決意のほどを実行するにはそれだけの反応で十分だった。
それだけ目にすれば十分だった。

俺はしっかりとした口調で言い放つ。

揺れそうになる焦点を必死で定めながら。

353 名前:20-22[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:46:23.94 ID:Rkgal7Au0

キョン「鶴屋さん……犯人は、あなたです────」

指さされた鶴屋さんの表情は曇っていた。怯えていた、とさえ言っていい。

正真正銘理解できない対象に接触した、そんな表情だった。
不思議迷探偵である俺の行動は、誰にも予測がつかない。
なぜなら俺にも予測がつかないからだ。だがそのさ迷いにはすべて意味があった。
今この時を引き出すための、大切な意味が。

しかし半歩足を引きながらも鶴屋さんはその場で俺に立ち向かう。
姿勢は前傾になり今にも俺に跳びかかりそうだった。
俺の一撃を正面から受けて立つ、そんな覚悟と凄みを全身から発していた。
そうして全身から剣呑さと辛辣な気迫を発しつつ
俺を睨み据えながら言葉の端々に噛み付いてくる。

鶴屋さん「どういうことだい……? キョンくんっ、あたしが、犯人ってのはさっ。
     どういう言葉のアヤなんだい?」

キョン「いいえ、あなたが犯人というよりも……あなたは犯人になった。
    とでも言っておきましょうか」

鶴屋さんの表情がますます疑念に曇る。
鶴屋さんは俺のことを理解しているようで理解しきれていない。
内心の感情が読めても、そこから出てくるものが予測できていないのだ。
それは俺が周囲の連中から抱かれる「なぜ?」という感情に根ざしていて
普通でない連中と付き合うハメになった理由が俺自身にさえわからないとしても、
鶴屋さんから俺の言葉への関心を引き出すには十分なはずだ。

端にも棒にもかからなければ、この一言にはまったく意味がないんだ。

354 名前:20-23[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:48:43.15 ID:Rkgal7Au0

キョン「朝比奈さんと古泉は、ずっと俺たちのことを観察していたようなんですよ。
    春休みの二日目からずっとね。だから鶴屋さん、
    あなたの立ち位置というのはもう覆らないんですよ。
    俺と過ごした時間や出来事は、既に古泉や朝比奈さんの知る処なんです。
    ですから、どうかお願いです……本当のことを言ってください、鶴屋さん。
    本当の気持ちを、言ってください。あなたの本心を聞き出す、そのためだけに、
    俺は、今……ここに来たんですから……」

古泉と朝比奈さんが知っている情報と知らない情報の境界線を
知っているのは俺だけだ。それを利用して鶴屋さんを誤認と誤解へと誘導する。

推理に表面的なデザインを与えるというのが俺の手口だった。
木を隠すには森の中。犯罪を隠すには犯罪の中。感情を隠すには感情の中。
そして、推理を隠すには推理の中、だ。

俺は鶴屋さんに対してすがろうとしているようにポーズを取りつつ、
神経をすり減らしながら質問の意図を履き違えるよう今の今まで誘導してきた。

鶴屋さんがさっきまでに話したようなことを
単に好奇心ゆえに愉快犯的に行ったのだとすれば、
朝比奈さんや古泉といった外部から見た視点との間で
認識上の致命的な齟齬を生じさせることになる。

それは俺さえも含んでのことだった。鶴屋さんが俺を誤解させたというのなら、
それは古泉や朝比奈さんたちをも誤解させたということになる。
鶴屋さんがしてきた振る舞いはそういう振る舞いだと言うことになる。
鶴屋さんは俺のことが好きだと、少なくとも古泉や朝比奈さんに思われるということは、
既に鶴屋さんがSOS団にとって、
俺にとってサブ的な部外者ではないということを示す。

355 名前:20-24[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:50:54.65 ID:Rkgal7Au0

故に、鶴屋さんはもう名誉顧問といいう脇役的な立ち位置でSOS団と関わることはできない。
鶴屋さんのロジックのすべては虚勢で、鶴屋さんが俺のことを本気で好きだと言わなければ、
後輩の感情を弄んだ正真正銘の愉快犯となってしまう。

自分の本当の気持ちを話す。
さもなければ、朝比奈さんとの間にも埋められない禍根を残すことになる。

俺はいまこそ朝比奈さんを正真正銘ダシに使っていた。古泉はついでである。
だがそのついでは保証人の如く機能し、二重の証明が真実性を高める効果を発揮するのだ。
それは欠かせないピースだった。

俺は心の中で古泉と朝比奈さんに感謝していた。
逆転の秘策は、既に放たれたのである。

俺は鶴屋さんが、本気で俺のことを好きになってくれていたのだと信じている。
そう信じる他はない。たとえどれだけ俺を拒絶しようとも、
それだけは真実疑いのないことだと、勝手ながらそう思いたかった。

自惚れ、自意識、そんなことはもうどうでもよかった。
古泉や朝比奈さんの後押しもあって、今俺はここに立てている。
そうでなければ、とっくに倒れていた。この人に倒されていた。

誰も救えないまま、ただ自分の悲しみや寂しさ、悔しさに飲み込まれていた。
俺は一人で今ここに立っているのではない、そう思えた。

そしてそれは鶴屋さん、あなたにとってもそうなんですよ。
俺は心の中でそう強く想った。

鶴屋さん「っ…………──」

356 名前:20-25[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:53:05.59 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さんは何を言うでもなく、肩を小刻みに震わせていた。
悲しんでいるのか、悔しんでいるのか。

それはわからなかった。
だが、真実の一言を鶴屋さんの口から引き出せる、そういった確信があった。


そしてそれは次の瞬間にいとも容易く裏切られ、覆されたのだった。

鶴屋さん「あははははははははははっ!
     それがキョンくんの切り札だったんだねっ!
     面白いよっ、よく考えたね! 褒めてあげるよ、すごいすごい!
     あっははははははははっ!」

お腹を抱えてケラケラと楽しそうに笑う鶴屋さんに俺は戦慄を覚えた。
鶴屋さんに向けて突き出したままの指は力をなくしてわなないた。

もはやどこを指し示すでもなく、ただ揺れる指先の向こうには何もなく、
それは俺の内心の絶望感に根ざしていた。
もはや手を上げていることもできなくなった俺は力なく肘を曲げ、
下がりきりそうになるその腕を反対側の腕で支えてこらえた。

呼吸は荒くなっていく。神経はとっくに限界を超えていた。

嫌な汗が吹き出す。いったい、いったい何が起こった?
俺は何か勘違いをしていたのか?いったい、いったい──。

鶴屋さん「たしかに、そうなるとあたしにとっては
      とっても大変な事態になるよねっ。それでも、キョンくんは誤解しているよ」

357 名前:20-26[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:55:18.36 ID:Rkgal7Au0

誤解? いや、俺は誤解を引き出したんだ。
鶴屋さんが、俺の意図を読み誤るように、そういう風に誘導していったんだ。
なのに、誤解してたのは俺の方だって言うのか?
どうして、どうしてなんだ。それは、何故なんだ。

鶴屋さん「それを、このあたしが知らなかったとでも思っているのかいっ?
     まだまだだなぁ、キョンくんはっ。本当にまだまだだね。
     これじゃあみくるやハルにゃんや長門っちが
     君を放って置けない理由もわかるってもんさね。
     だって、放っておいたら勝手に自滅しそうで危なっかしくってさっ、
     ついつい手助けしたくなっちゃうもんねっ。
     あははっ、それはもう才能だよキョンくん、すごいすごい!」

そうやって手を叩いて俺を見下ろす瞳は暗く、陰っていた。
もはやそこから意図や感情など読み取りようもない、
手の届きようもなく深い暗がりが広がっていた。

映画のフィルムに穿たれた暗い穴。その向こうに何もないように。
その先を見通すことはできなかった。
鶴屋さんの感情は、意思は、
既に俺の手が届かない深い暗闇へと吸い込まれているようだった。

俺は足に力をなくしてその場にひざまずくと、
倒れる混むことだけはなんとかこらえて地面に片手をついた。
もう一方の手で胸元を抑え、小さく、深く、うめき声をあげた。
両手の指を重ねて鶴屋さんはおやおやと言いたげな表情を作る。
そんな鶴屋さんを見上げながら、俺はどうすることもできずにただ見下されていた。
お互いの立ち位置を示すように、頭の高さが代弁していた。
勝者と、敗者の、そのどうしようもない格差を。

358 名前:20-27[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:57:27.34 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さん「そんなことは了解の上だよ。言ったよね、あたしらしさって何? ってねっ。
      キョンくんが一体あたしの何をどれだけ知っているっていうんだい?
      家族は何人? ペットは買ってる? 好きな食べ物は?
      好きな色は? 誕生日は? そんなことさえ、何一つ知らないってのにさっ!」

めっと小さな子供をたしなめるように、
人差し指を立てて腰を曲げると鶴屋さんは俺に言い放った。
満面の笑みとは裏腹にその目はまったく笑ってなんかいなかった。

深い暗がりをたたえたまま、
ただただ夜の闇を吸い込むように横たわっていた。


失望と、悔悟の念が。


残念な後輩に対して、いじめすぎたという上位者の確かな優越心が。
俺は見下ろされていた。物理的に、心理的に。
あらゆる点で、この人の足元に這いつくばっていた。

笑う鶴屋さん。愕然とする俺。
そんなシンプルな構図が、この戦いの結末を物語っていた。

勝敗は決した、そんな絶望感に包み込まれながら、
俺は地面についていた膝を上げ、なんとか両足で立ち上がった。

苦痛で歪む表情のままに鶴屋さんを見据え、
その余裕綽々の先輩の胸の内を推し量ろうとした。
鶴屋さんはそんな俺にクスリと一瞬微笑むと言った。

359 名前:20-28[] 投稿日:2010/03/15(月) 21:59:46.13 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さん「キョンくん……みくるだって、内心ホッとすると思うよ?
      あたしが君のことを、好きでも全然ないってさ、知ったらどう感じると思う?
      きっと安心すると思うなぁ、あたしはっ。
      だってみくるは、君みたいな子が放っておけないからさっ。
      君みたいな子がさ、必要なんだよ。
      自分が誰かに助けられるタイプでもさ、誰かを助けていたいんだよ。
      そういう優しい子なんだよ、みくるはさっ。だから裏切っちゃダメにょろ。
      そんなこーいをさっ」

こーい……こーいだと。鶴屋さんは今「こーい」と言ったのか?

鶴屋さん「じゃないとさぁ……かわいそうっさ。あの子の気持ちがさ。
     それはハルにゃんや長門っちでもそうでしょ。
     キョンくん、君はなんであたしと一緒にいるのさっ?
     君のことを大切に思っている人が、もっと他にいるんじゃあないのかいっ?
     なのになんでここであたしとこうしてるのさっ。それは、裏切りなんじゃぁないっかな?」

鶴屋さんが春休み中に幾度か口にした「こーい」という言葉。
それは厚意のことなのか? それとも、好きとか嫌いとかいう、

その「好意」のことなのか?

鶴屋さん「じゃーないとさぁ……ほんとのほんとに、あたしが許さないっさ。
     怒髪で突いて! こうしてこおして! 懲らしめちゃうにょろよっ!
     キョンくん……っ」

鶴屋さんは俺のことが好きだ。それは間違いない。
朝比奈さんも、古泉も、その点は保証してくれた。
鶴屋さんが俺のことを好きになった、そのことが世界を変えたのか?

360 名前:20-29[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:02:24.53 ID:Rkgal7Au0

それが罪なのか? 誰かが誰かを好きになることが、そんなにも悪いことなのか?

それだけで、時間の輪ってやつは閉じるのか?
そんなわけはない、そんなわけは、ないのだ。

鶴屋さんが俺を好きになったから世界が閉じる。
そんなこと、あってたまるわけがない。


そこまで考えたところで俺は自分の決定的な勘違いに思い至った。

思わず笑ってしまいそうになるのをこらえるのに必死になるくらい、
圧倒的な勘違いだった。不意に立ち上がる力が湧いてきた。

俺は曲げていた膝を伸ばして、しっかりと大地を踏みしめた。
ただつっ立って居るだけではなくしっかりと自分の足を明確な意思に根ざして。
今度こそ本当に、居住まいを正して。

鶴屋さん「キョンくん……?」

鶴屋さんが訝るように俺を見る。その目には若干の焦りが浮かんでいた。
俺の真剣な目つきを見て鶴屋さんは一瞬だけたじろいだ。

だがそれもすぐに気をとりなおしたようで俺に負けないくらい真剣な目つきで俺を睨み返す。
だが、俺にはわかっていた。この人が俺に勝つことはない。その真実の一点について。

推理をデザインする、それが俺の取った手法だった。
ところが、行き過ぎちまった俺は
ついに事件までをもデザインしちまっていたのである。

362 名前:20-30[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:04:41.96 ID:Rkgal7Au0

俺は勘違いをしていた。致命的な、だが取り返しのつく、突破口になりうる勘違いを。
このときの為に準備をしていたんじゃぁないかと思えるくらいベストなタイミングで、
これ以上ないほどの智恵を得た。

そうして再び俺は鶴屋さんの瞳を正面から見据える。
今なら感情が見て取れる。

焦り、戸惑い、疑惑、不安、そして……懇願。

俺がもしこの人を負かすような一言を発しでもしたら。
そう思って鶴屋さんは不安がっている。そして怯えている。

鶴屋さん「キョンくんっ……何を考えてるかは知んないけど、
     今更、あたしに何を言ったって変わんないよ……
     もう話は全部終わったんだから、諦めて降参しなよっ……ねぇ……」

鶴屋さんは俺の内心の自信に対して本気で恐れを抱いているようだった。
肩を小刻みに揺らして、手はワンピースをしっかりとつかんでいる。
本能的に察知した危険に全力で立ち向かっていた。健気に、気丈に。
鶴屋さんらしく立ち向かっているのだ。

俺はそんな鶴屋さんをなだめすかすように優しく微笑んで見せた。

呆気に取られたように鶴屋さんは表情を崩す。
その瞳はもう俺を睨んではいなかった。

鶴屋さん「やめなよ、キョンくん……そんな顔したってダメさ……
      よしなよ……よしなってば……もう、こんなこと終わりにしようよ……
      キョンくん……ねぇ……キョンくんっ……」

363 名前:20-31[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:06:50.77 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さんはただ怯えるようにすがるように俺のことを見ていた。
春休み七日目のあの日に、俺に言わないで欲しいと目で語ったように、哀願していた。

俺はそんな鶴屋さんにもう一度微笑む。
鶴屋さんは泣きそうな表情に変わって、一歩たじろいだ。
俺は俺がここに居る理由を思い出す。

俺はこの人を倒しに来たんじゃない。俺はこの人を、救いに来たのだ。

俺は再びゆっくりと腕を一本天に掲げる。
その人差し指を力強くピンと伸ばしたまま、天を貫くように高々と掲げた。

そしてそのままゆっくりと下ろす。
今にも泣き出しそうな鶴屋さんに向けて。許しを乞うような瞳に向けて。

キョン「鶴屋さん……犯人はあなた────」

鶴屋さんは全身をこわばらせて戦慄する。

キョン「────じゃありません」

そう言った俺の言葉を受けて盛大にずっこけそうになった
鶴屋さんはなんとかその場で姿勢を保った。

そして獣のような唸り声をあげたかどうかは知らないが
責めるような視線を俺に突き刺してくる。

世界を終わらせるのは鶴屋さんの企みでも、ハルヒの力でも、
朝比奈さんと古泉からの指令でもない。

364 名前:20-32[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:09:02.22 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さんが仕組んだこの状況は本を正せば
俺一人を堂々と観察する為のお膳立てに過ぎない。
面白そうだったからと鶴屋さんは言った。だがそれは真実ではない。

ハルヒの力と衝突するまでもなく、
鶴屋さんは既に俺に対して「なぜ?」という疑問を抱いていたのだから。

それが今回の探偵ごっこを思い付くことに繋がった。
そしてハルヒをそれとなくたきつけると自ら敷石を敷いていったのだ。

鶴屋さんはハルヒに敷かれた敷石を歩いていたのではない。自ら置いていたのだ。
しかし一つだけ誤算があった。
鶴屋さん自身は自分の秘密をさらけ出すつもりなどなかったのである。

故に、自らが作り上げた探偵ごっこのルールに反した鶴屋さんは
ハルヒの力と衝突することになったのだ。

鶴屋さんの自業自得かというとそんなことはない。
鶴屋さんは単に俺を観察することが目的だった。
面白可笑しく話をして、それで満足するはずだった。

たった一つ、誤算があっただけなのだ。
鶴屋さんの誘導に乗ったハルヒに同じく、
面白可笑しく春休みを過ごそうとしたというそれだけのことだ。

それはあまりに普通過ぎて俺以外の誰にも思い付かないことだった。
普通でない人間には思いつけないことだった。
何故俺が舞台上に立つことになったのか。その疑問が確信に変わる。
俺でなければならなかったその理由を確信する。

365 名前:20-33[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:11:10.95 ID:Rkgal7Au0

普通な俺にしか出せない明確な答えがそこにあった。
宇宙人未来人超能力者、ハルヒや鶴屋さんの誰にも出せない俺だけの、
普通な俺だけが出せる唯一無二の答えが。俺専用の決断が。

一瞬だけ、俺と鶴屋さんが笑いあって隣同士並んでいる姿が見えたような。
そんな気がした。もしそれが実現したならどれほど素晴らしい未来になるだろう。

俺はそんなありえない可能性に想いを馳せ、
そして、決して似合わない涙を流したのだった。

その涙を鶴屋さんに悟られないように、
目元を手のひらで覆い隠した俺は高らかに笑う。

泣き笑い。半ば嗚咽が混ざりそうになるのをなんとかこらえて
俺は目いっぱい邪悪に高笑いする。

シャーロック・ホームズがするそれではない。ワトソン医師のそれでもない。

モリアーティ教授がするように、俺は高らかに、不敵に、邪悪に笑った。
悪意を全身に散りばめるように、人を苦しめ、傷つけ、苛ませる。

そんな巨大な悪を騙って。

キョン「おかしいと思いませんか? 鶴屋さん。
    おれはおかしいですよ。とっても。
    腹がよじ切れそうになるほどおかしいんですよ。
    笑っちまいたくなるほど、面白可笑しくって仕方がないんです」

鶴屋さん「キョン……く──」

366 名前:20-34[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:13:41.39 ID:Rkgal7Au0

キョン「俺に言わせてくださいよ。先にね。
    そもそもこれを事件だと思うこと自体がおかしな話だったんです。
    鶴屋さんが俺を誤解させて、気持ちを弄ぶ?
    そんなもの、事件でもなんでもない。
    それって俺の単なる一人相撲ってことでしょう?
    そんなことが罪になるのなら、世界は罪であふれ返っている。
    時間の輪だって、何度閉じられるかわからない。
    それほど強烈なことじゃあないんですよ。ねぇ、鶴屋さん」

俺は勘違いをしていた。たとえ鶴屋さんの言っていることが本当でも
それは単に面白いゲームを思いついたというだけのことに過ぎない。
それのどこが罪なのか? 罪状はそれじゃない。
それだけで世界の本筋を外れるわけがない。

そう、これは鶴屋さんの物語だ。ならば悪役は鶴屋さんではない。

鶴屋さんの物語にずかずかと侵入した犯人。
すべての元凶、異分子。

俺の言っていることのところどころがつかみとれない鶴屋さんは
必死で俺の意図を読みきろうと思索を巡らせている。しかしそれは意味のないことだ。

知恵では埋められないどうしようもない知識の差。
情報量の違いがこの場ではものを言う。

鶴屋さんの頭脳では、立ち位置では決してつかめない情報。
俺が朝比奈さんと古泉から託された世界の真実が、鶴屋さんを威圧していた。
それだけで十分だ。俺の一言を、この人に聞かせるには。

367 名前:20-35[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:15:51.61 ID:Rkgal7Au0

キョン「真犯人は────」

これは鶴屋さんが主役の物語なのだ。
主人公が鶴屋さんなら最後の舞台上に立つもう一方の人間。
それが犯人だと相場は決まっている。

間抜けにも探偵役を気取っていたとんだ道化師。それがこの事件の真犯人。

時間の輪を閉じ、永劫回帰のブラックボックスに放り込む存在。
時間の輪を閉じるのは、鶴屋さんの感情ではない。それはまた別の物語だ。
ある意味許された未来だった。結末を違えないのであれば、許された可能性だった。

そんな可能性すら巻き込んで、すべての可能性を否定してしまう感情。
その持ち主は、今この場にいる。今ここで、間抜け面を晒している。

助けを求めるような鶴屋さんの視線。
それすらも貫いて俺の感情は一点を指し示す。

フィルムに穿たれた穴の向こう側には、俺がいた。
薄暗い闇を背負ってニヤニヤと笑う世界の敵が。

キョン「────俺です。俺だったんですよ、鶴屋さん……」

世界を終わらせるのは俺自身だ。俺自身が真犯人だったのだ。
探偵が真犯人、まさに笑えないジョークだった。
あまりにもありきたりでつまらない答え。
それは月並みな俺にお似合いの結末だったのである。

鶴屋さん「キョン……くん……?」

369 名前:20-36[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:17:59.69 ID:Rkgal7Au0

キョン「聞いてください、鶴屋さん。俺の言葉を。俺の意思を」

頭の中にカードが浮かび上がってくる。
無残に切り裂かれ残骸をさらす屑山の中から
一枚だけ浮かび上がるそれは、二日目のカード。

鶴屋さんが、俺にした二度目の質問のカード。

そして言う、乱す。その一言で。最低最悪の方法で。
手段として。方法として。犯行として。

最終犯行を。

変えようのない影響を世界に及ぼす悪の異分子。
世界の修正作用を引き起こす者。
時間の輪を閉じるキーワード。

キョン「鶴屋さん、あの質問の答えはもう必要ありません……
    鶴屋さんが誰が好きなのかと……尋ねたあの七日目の質問には……
    もう答えなくてかまいません」

鶴屋さん「…………」

キョン「鶴屋さんが誰を好きになろうと、それは鶴屋さんの自由です。
    それは罪ではない。何の犯罪性もない。そう、それはごく当たり前のことなんですよ。
    ごく当たり前に起こるイベントなんです」

たとえ鶴屋さんが俺のことを好きになろうとおそらく世界の本筋とやらは継続していく。
だがその継続性を経つものがあるとすれば、そう、それは他ならぬ──。

370 名前:20-37[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:20:40.32 ID:Rkgal7Au0

キョン「俺の好きな人は──」

真の罪状は鶴屋さんが俺を好きになったことではない。
真実の罪状。それは、俺が鶴屋さんを好きになってしまったことだ。

鶴屋さんが誰をいつ好きになろうとそれは鶴屋さんの物語の範疇だ。
だが、俺は違う。この世界を終局に導いて時間の輪を閉じる存在。
それは他ならない俺自身の感情だ。

俺が鶴屋さんを好きになってしまったから世界は閉じられるのだ。
ならば裁かれるべき悪役は、俺自身だった。
鶴屋さんに俺が好きだと自白させれば俺の勝ち。

そう思っていた。そう思い込んでいた。
だが違う。俺が勝つ手段は最初から簡単だった。

ただ一言、こう言えばよかったのだ。
聞かれた時に答えればよかったのだ。

たとえそれが嘘でも、真実でも、そんなことは関係なく。
ただ言えばよかったのだ。


俺の好きな人は────鶴屋さんです、と。


これは鶴屋さんが俺を好きになる物語じゃない。

俺が鶴屋さんを好きになる物語だ。

372 名前:20-38[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:23:30.69 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さんのシナリオを乱しに乱したのは俺だ。
故にこの探偵ごっこは鶴屋さんの物語ではなく俺と鶴屋さんの物語に変貌してしまった。

鶴屋さんが脇役で、俺が主役であったハズなのに。
俺の想いが鶴屋さんを主役にしてしまった。

俺という存在の謎。
いつの間にか妙な連中が周りに集まってくる。それはなぜだ?
多分答えはない。
それは俺が普通すぎるからか。
普通でありながら普通じゃない連中や状況を受け入れようとしてきたからか。
あるいは、普通じゃない連中の普通の部分を見ようとしてきたからなのかもしれない。

鶴屋さんはだんだんと俺と接しているうちに、
普通に、俺を好きになってくれたのかもしれない。どの時点で何故とかではなく。

この広場で鶴屋さんは俺に、自分と俺との違いはなんだと尋ねた。

俺の返答は散々なものだった。
そりゃぁ宇宙人未来人超能力者に比べれば俺たちは普通の部類に入るんだろう。
だが、それでも、視点を俺と鶴屋さんの範囲に絞れば
その相違は宇宙人未来人超能力者に匹敵する大きさな隔たりになる。

それが俺と鶴屋さんの間に伸びる溝の正体であり
鶴屋さんが俺と一緒にいることを諦めた根本なのだ。

鶴屋さんは、全然普通なんかじゃない。
それは比較対象としての俺があまりにも普通すぎるからだ。

374 名前:20-39[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:26:50.58 ID:Rkgal7Au0

普通で平凡で、何の見所も驚きもないからだ。
最初の調査の日にされた質問。そんなあまりにも平凡な俺が
どうしてあんな奇々怪界な連中と四六時中一緒にいられるのか。
それが鶴屋さんが俺に見出した最大のミステリーだった。

自分にはできないことが俺にはできると言ってくれた。
だからか。だからなのか。

普通じゃない自分にも普通の恋愛ができるかもと。
横たわる溝を、俺なら、飛び越えられるかもと。
鶴屋さんが本当に俺のことを拒絶したいのなら、この場に来る必要などなかった。
ただ暗黙の中に、放置すればよかったのだ。

そうすれば俺は普通に、あまりにも普通に諦めていただろうし、
鶴屋さんも敗北の危険を犯すことはなかった。
それでも鶴屋さんがここに来たのは、ここにやって来たこと自体が、
心の底では自分の敗北を望んでのことだったのかもしれない。

俺ならばその隔たりを飛び越えられるかもしれないと。期待して。

そんなに居心地がいいんだろうか、俺のそばは。
俺は、どんな奇天烈な人間でもなんとか受け入れてきた。
故に、自分も受け入れてもらえるかもしれないと思ったのか。だからなのか。
鶴屋さんがかつてつぶやいた言葉。

(キョンくんは……いい子だね……)

その一言がすべてだったのか。

375 名前:20-40[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:29:05.42 ID:Rkgal7Au0

俺のそばでは、普通でないことが許されているから。
鶴屋さんは俺に笑いかけてくれたのかもしれない。

キョン「────鶴屋さん……あなたです」

鶴屋さんの背後で、あらゆるロジックが音を立てて崩壊した。
俺の布石も、鶴屋さんの防御線もすべて巻き込んで、
現状を保つためのありとあらゆる鶴屋さんの努力を俺の一言が吹き飛ばした。

鶴屋さんがSOS団のサブ的な立ち位置で関わり続ける為に
必要だった条件は俺自身を遠ざけること。
その目論見は呆気なく崩れ去った。

今や鶴屋さんは、ハルヒや朝比奈さんや長門や、
ついでに古泉も押しのけて、ついに主役に躍り出てしまった。

鶴屋さんとSOS団とのつかず離れずの位置関係は、完全に崩壊したのだ。
修復不能な深い傷跡と共に。

鶴屋さんの両手が力なくわなないた。
置き場の定まらないその手は鶴屋さんの額に添えられ、
頭を抱える格好になった鶴屋さんは肩をいからせて震えていた。

丸まるように身を屈めて、その場に座り込んでしまった。
俺の位置からその表情をうかがい知ることはできない。
泣いているのか、困っているのか、
悔しんでいるのか、悲しんでいるのか。

俺にはわからない。

376 名前:20-41end[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:31:14.46 ID:Rkgal7Au0

ちょうどその時、時計が鳴った。日付の変更を知らせる、控えめな鐘の音が。

近所迷惑に配慮したそれが。


今日は十三日。午前0時0分だった。










377 名前:21-1[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:34:32.31 ID:Rkgal7Au0

十三日目。午前0時1分。
身をかがめたまま顔を上げない鶴屋さんに俺はゆっくりと歩み寄った。

驚かせないように気を遣ったつもりではあったが、
俺が数歩手前に足を置いた時点で鶴屋さんは怯えるようにその身をすくめた。

手痛い失敗をしてしまって親に叱られるのをただ怯えて待つ子供のように、
小さく丸まって震えていた。
まるでそのまま嵐が過ぎ去って欲しいとでも願うように。
小さな動物のように無力に震えていた。

俺が二の腕に手を添えると一際大きく身体が強ばり、そのまま拒絶するように首をすぼめた。
そんな鶴屋さんは全然鶴屋さんらしくなかった。

思えば今日この広場で出会ってから、鶴屋さんは全然鶴屋さんらしくなかった。

尊大な態度を取ってみたり、邪悪に笑ってみたり、見下すような蔑むような視線を送ってみたり。
そんな行為は全然鶴屋さんらしくなかった。

鶴屋さんだってきっと無理をしていたのだ。
必死になって俺を遠ざけようとしていたのだ。

SOS団の今と今までを壊さない、ただそれだけのために。それだけを願って。

たとえそれで鶴屋さんの心にどれだけ深い傷を残そうとも、
自分を犠牲にしてまで俺たちを守ろうとしてくれていたのだ。
そんな鶴屋さんの願いを俺は木っ端微塵に踏み砕いた。

残酷な方法で、最低最悪の犯行として。

379 名前:21-2[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:38:06.11 ID:Rkgal7Au0

今この場で俺を裁いてくれる探偵はどこにもいなかった。
居るとすればそれは俺自身で、償いの機会は今この瞬間しかなかった。

俺はうつむいた鶴屋さんの頬に手を添えて無理やり顔を上げさせようとする。
むずかるように、拒むように肩と首をゆすった鶴屋さんは、
やがて抵抗するのを諦め俺の手に導かれるままに顔を上げた。

鶴屋さんは泣きじゃくっていた。声もあげず、音も出さず。
無言の沈黙の中で泣きじゃくっていた。

頬は真っ赤に染まり大粒の涙を流しながら泣いていた。
かすかな嗚咽が聞こえた気がしたが、風の音と区別がつかなかった。

それくらいに声を殺して、鶴屋さんは泣いていた。

きつく結ばれた唇がゆるんで大きく息を吐いた鶴屋さんはその場に倒れこみそうになった。

そんな鶴屋さんを脇から支え、もう一度その表情を伺った時、
鶴屋さんの表情はどこか安心したような、
張り詰めていた気がすべて抜けきってしまったような穏やかな笑みを浮かべていた。

そして力ないながらも何かを言おうとする。
上手く呼吸が出来ないのか、苦しそうに宙を噛んでいる。

鶴屋さんの背中をさすりながら俺は言葉を待った。
鶴屋さんはそんな俺に唇の動きだけでありがとうを言うと、
数回深呼吸を繰り返してようやく落ち着いたらしい。

そしてゆっくりと口を開いた。

380 名前:21-3[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:40:15.87 ID:Rkgal7Au0

鶴屋さん「あはは……負け……ちったよ……
      すごいなぁ……キョンくんは……っ……
      このあたしに、勝つなんて……さっ……♪」

そう言いながら力なく笑った。
ついでに片目でウィンクをして、俺の労をねぎらうように優しく笑いかけてもくれた。

それでもそれが精一杯だったようで、糸が切れた人形のように
その場にへたりこんだ鶴屋さんは助け舟を出せと促すように上目遣いに俺を見上げてきた。

その姿はなんとも可愛らしかったのだが、
そうやっていつまでも見ているだけの俺に業を煮やした鶴屋さんの目つきは
だんだんと責めるようにキツくなっていく。

俺が鶴屋さんを抱き抱えると一瞬困ったような恥ずかしがるような表情になった後、
「よろしいっ」と堂々たる先輩の威厳を以てして納得したように頷くのだった。

鶴屋さん「そこのさ……ベンチでいっから、座らしてくんないかな……
      いつまでもこうしてるのは……ちょっち……恥ずかしいっからさっ……」

そう言って俺の手をポンポンと軽く叩く。
若干胸元に手が当たっていたのだがそんな俺の手を強く拒むでもなく
何か言いたげな表情を俺に向けた後で鶴屋さんは恥ずかしそうにうつむいた。

半ば偶然、半ば確信的な俺の犯行に文句ひとつ言わず、
恥ずかしさに耐えるように唇を結ぶ鶴屋さんの横顔を見ながら
俺は嫌がられないのは愛されているからなのかもしれないなどと自分勝手な感慨に浸っていた。

あんまりそこにあぐらをかいていると手痛いお仕置きを受けそうなのでこれぐらいにしておこう。

381 名前:21-4[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:43:38.33 ID:Rkgal7Au0

今はスロットの確変フィーバータイムみたいなもんなんだろうからな。
あんまり調子に乗ってると箱の中身が空になる。

そうなったとき、鶴屋さんがまだ笑っていてくればいいのだが。
そうじゃないだろうな。よしておこう。

鶴屋さんを抱える姿勢をお姫様抱っこに切り替えて
俺は慣れない重心の変化によたよたと振らつきながらもベンチへとたどり着いた。

突然抱え上げられたことに驚いた鶴屋さんがいよいよ抗議の色を濃くし
調子に乗るなと言わんばかりに腕の中でじたばたと暴れ始めた。

なんというか、虎の子供をさらってきたような心地だった。
未成熟ながらも鋭い爪で引っ掻いてくる虎の子の攻勢を受けながら、
俺はなんとか鶴屋さんをベンチに座らせた。

ベンチに座った途端に借りてきた猫のように大人しくなった鶴屋さんは
そのまま肩を落とし膝を抱えて縮こまってしまった。

抱えた膝の隙間からチラチラと俺の顔色を伺うように視線を向けてくる。
そのなんとも鶴屋さんらしくない姿に今ひとつ納得できなかった俺は
鶴屋さんの隣にどっかと腰を下ろした。

一瞬怯えるように肩を抱いて身をすくめた鶴屋さんだったが、
俺の不満そうな表情を見て対抗心を燃やしたのだろう。なんと蹴りかかってきた。

足を踏むところから初めてすねから膝下から太ももへとだんだんと登っていき
最後は横っ腹を思いっきり連続蹴りされた。
両手をベンチについてなんとも嬉しそうに俺を蹴ってくる鶴屋さんの表情は晴れやかだった。

382 名前:21-5[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:46:08.24 ID:Rkgal7Au0

おそらくあの申し訳なさそうな表情の裏側では反撃の機会を終始伺っていたのだろう。
仕掛けた罠にハマった獲物を見るように嬉しそうな顔で俺に攻撃を仕掛けてくる。

ワンピースの奥に何度かチラチラと覗くものがあったのだがそれでもお構いなしに俺を蹴ってきた。

生意気な後輩の出る杭を必死で打つような、自分の体面を必死になって保とうとしているような、
非常に大人気ない鶴屋さんがそこにいた。

しかしそれはある意味俺への信頼の裏返しのようでいてなんとも心地よかった。
蹴るのに飽きた鶴屋さんはくるりと背後に向き替えるそのままベンチの手すりを蹴ってもたれかかってきた。

十一日にそうしたように、俺の膝の上に頭を置く。
まるで自分の指定席だと言わんばかりにふんぞり返って、堂々たる威厳を伴って居座っていた。

いささか不法占拠だとは思ったのだがそれは言わないでおいた。

鶴屋さんの俺を見る目がとても真剣だったからだ。
そしてその真剣な表情のままで、
俺の鼻先や口元を指先でつついて攻撃してくるもんだからたまらない。

俺はなすすべなく顔面をぐりぐりと弄ばれながら、
ケラケラと笑う鶴屋さんの格好の玩具と化したのだった。


384 名前:21-6[] 投稿日:2010/03/15(月) 22:48:24.33 ID:Rkgal7Au0

一通り表情を作って遊び終えた鶴屋さんは足も手も投げ出しだらりと力を抜いて俺に体重を預けてくる。

このままだとうっ血しそうだなと思いながらも
そんな鶴屋さんを押しのけることもできず俺は座布団に徹していた。

鶴屋さんはくるくると自分の髪を弄んだり、
その髪を鞭のようにしならせて俺の顔を叩いたりしてくるのだが、
俺が無言の置物に徹しているのが気に入らなかったのだろう。

かまって欲しがる飼い猫のように俺の腹に額をこすりつけてきた。
そのなんとも言えないむずがゆさというかくすぐったさに負けて、
俺は手のひらを上に向けて降参の意を示した。

見下ろした鶴屋さんの表情はなんとも穏やかで、まなざしは暖かだった。
先程俺をなじっていた時に見せたような、陰りも淀みも微塵もなく。
透き通ったまなざしを向けていた。そして俺の頬に手を添えると愉快そうに微笑んだ。

「それでよしっ!」と、聞こえた気がした。

目で語り表情で語った鶴屋さんは、「よっ!」という掛け声と共に起き上がると
正面に向き直り俺の肩にしなだれかかってきた。

全身全霊で甘えてくる鶴屋さんに対抗する手段もなく、
ただそれもシャクだったので一応手ぐらいは背中に回しておいた。

それで十分だと言うように、
猫の喉鳴らしの声まねをした鶴屋さんは額を俺の顔面にこすりつけてきた。
というかほとんど頭突きをくらったような形になった。
俺がうめき声をあげるのもかまわずに額を頬にめりこませてくる。

385 名前:21-7end[sage] 投稿日:2010/03/15(月) 22:50:34.23 ID:Rkgal7Au0

それがだんだんと上に登って額と額がくっつき合った瞬間に目と目が合わさった。
鶴屋さんの瞳の奥にはここまで近づかないとわからないくらい
かすかな動揺と不安の色が浮かんでいた。

そのままおずおずとまぶたを閉じた鶴屋さんが何を要求しているかなんて考えるまでもなかった。

俺もゆっくりと目を閉じてそのまま互いの唇を重ねた。

触れているだけの、重ねているだけのささやかな口づけだった。

俺はいつまでもそうしていたかったが、
皮肉なことに鶴屋さんが笑い出したせいでせっかくの雰囲気は台なしになったのだった。

「ごめんごめんっ!」と謝りながらも愉快そうに、
嬉しそうにしている鶴屋さんの笑顔を見ていると、
まぁこれもいいかと思えてくるのだからタチが悪かった。

そうしてしばらくの間、俺たちは互いをからかい合ったのだった。
先程までの傷を癒すように、積極的に、傷ついた獣のように。



互いの傷を舐めあったのだった。

387 名前:都留屋シン[] 投稿日:2010/03/15(月) 23:02:02.31 ID:Rkgal7Au0

本日はここで中断させてください。

ほんと、すいませんでした。

続きはまだありますのでまた翌日、よろしければ……

今日はありがとうございました。

392 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/15(月) 23:06:10.92 ID:Rkgal7Au0
ほんとにごめんよ……

まだ興味があったら……保守してください……

もう寝ます…・…おやすみなさい……

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