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律「あれ、地震?」

1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 22:47:44.83 ID:byH2AwU80
律が紅茶のカップを持ち上げた、その途端、微かなゆれを感じた。

「なんか揺れてない?」

以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 22:49:01.73 ID:byH2AwU80
軽音部の五人が顔を見合わせる。

「これは単なる初期微動に違いないよ!」

唯が青ざめながらそう言ったとき、大きな揺れが部室を襲った。

――――― ――


3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 22:51:52.06 ID:byH2AwU80
揺れがおさまり、目を開けると、部室がすごい惨状になっていた。
紬の持ってきたティーセットはもちろん、楽器ケースや本棚、ガラクタを入れていた
棚まで倒れてそこら中に破片や何かが散乱している。

「みんな、大丈夫か?」

とりあえず状況を確認すると、律は後ろを向いて訊ねた。
幸い、揺れが怒ったとき皆一斉にテーブルの下に身を隠したので怪我をしている
者はいなかった。

「澪は……」
「わ、私は大丈夫」

澪は震えながらもそう言うと、「それより」と唯を指差した。


4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 22:54:40.61 ID:byH2AwU80
唯は尋常じゃないくらい、ガタガタと震え青ざめていた。

「唯ちゃん?」

紬が声を掛けても何も反応しない。
梓が少し強く「唯先輩!」と言って唯の身体を揺すると、唯がやっと顔を上げた。
けど、その目は焦点が合っていなかった。

「や、やだ……怖いよ……」

唯は何度も「やだ」と繰り返し、震える。

「唯先輩、大丈夫ですから落ち着いてください!」

梓がそう言って唯の手を握ると、唯はなんとか落ち着きを取り戻した。
梓に目を向けると、「ありがとう」と小さな声で言った。


5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 22:58:12.65 ID:byH2AwU80
「とりあえず、早くここから脱出した方がいいんじゃないかしら」

唯が落ち着いたのを見ると、紬が言った。
律も頷く。

「あぁ、そうだな。またいつ揺れがくるかわかんないし。……唯、いけそうか?」
「……う、うん」

唯が頷いたのを見るとすぐ、律は澪を見た。
澪も頷く。

「よし。それじゃあ行くぞ。……えーっと、一応何か頭とか守れるものが
あるといいんだけど……」

律はテーブルから這い出しながら言った。
その後に、紬、澪、唯、梓と続く。
梓がきょろきょろと周りを見回し「あれならいいんじゃないですか」と倒れた
棚のほうに走り寄って、棚からちょびっと出ていた綿入れを取り出して言った。




6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:01:04.12 ID:byH2AwU80
「いや、意味ないんじゃ……」
「まあないよりはマシだろ」

律は澪の肩をぽんっと叩くと、梓を手伝い倒れた棚から手際よく綿入れを
取り出していった。
綿入れは、人数分あった。

「すげーなこれ。またさわちゃんが作ってた奴なのか?冬に着るとすっげー
あったかそうだぞ」

律がそれを皆に手渡しながら言った。
それから部長らしく部員全員を見回した。

「何か落ちてきたときとかにこれを頭に被ること。それじゃあ早く外に出るぞ」

そして足場に気をつけて歩き出す。
ドアに向かう道すがら、ドラムスティックやその他必要そうなものを拾っていく。



7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/25(月) 23:05:05.35 ID:byH2AwU80
律がドア付近に辿り着いたとき、唯が「あ!」と声を上げた。

「どうしたの、唯ちゃん?」
「ギー太!」
「今は必要ないじゃないですか!今は避難することが……」
「でも……」

唯は俯くと、倒れてはいるけど何の被害も受けていなさそうなギターケースを見た。

「唯、後で取りに来よう。私もエリザベスが心配だけど……」

澪が言うと、唯は「そうだよね」と弱弱しい笑みを浮かべた。
律は「そんじゃ、改めて早く避難するぞ」とドアに手を掛けた。


34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 15:44:54.49 ID:ysh/RmKI0
ドアに手を掛けたのはいいが、それっきり律は動こうとはしなかった。

「律?どうしたんだよ?」
「……開かない」

澪が訊ねると、律は前を向いたまま、呆然としたように答えた。
唯と梓が「そんな……」と同時に呟く。

「りっちゃん、ちょっとどいて」

紬が律を押し退けると前に出て確かめてみる。
確かにドアは開かなかった。

「そういえば前、避難訓練で地震があったらドアは開けとこうって聞いたことが」
「それ、トイレにいたら、の話じゃなかったですか?」
「あれ、そうだっけ?」


35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 15:49:37.83 ID:ysh/RmKI0
「いや、どっちでもいいだろ」

律と梓の会話に澪が割り込むと、紬が「どうしよう?」とドアをガチャガチャと
動かした。しかし、扉が開く気配はない。

「ここでまた地震が来たら流石にまずいよな……」
「や、やだりっちゃん、そんなこと言わないでよ!」

唯が耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。
律は慌てて「悪い」と謝ると、「力尽くで開けるしかないな」と言って
腕まくりする。

「どうするんだよ?」
「体当たり?それか蹴破る」
「いや、無理だろ」

やってみなきゃわかんないだろ、と律は言うと、軽く助走をつけてドアに
身体ごと向かっていった。
微かにドアの軋む音がした。





36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 15:59:24.37 ID:ysh/RmKI0
「よっしゃ!」

律がガッツポーズするのを見て、今度は紬が「私もやらせて!」と名乗り出た。
さっきの律と同じように助走して、ドアに体当たりする。
僅かにドアが向こう側に開いた。

「やった!」
「さすがムギ!」

紬と律がハイタッチを交わすと、地面から微かな震動を感じた。
唯が小さく悲鳴を上げた。
皆それぞれその場に立っていることが精一杯で、揺れがおさまると部室の中は
さらに酷いことになっていた。

「みんな無事か!?」

律がいち早く全員に声を掛けた。
紬が「梓ちゃんの足に本が落ちてきたみたい」と返す。

「梓、大丈夫か!?」
「大丈夫です、大したことありません!」

梓は蹲っていた身体を立たせると、心配ないですと答えた。
しかし、梓の周りには大量の本が落ちていて、それが全部梓の足に当たったため、
ひどい痛みだった。それでも梓は「早く避難しましょう!」と言った。


37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 16:03:54.06 ID:ysh/RmKI0
「澪も唯もいけるか?」
「うん、なんとか」

律の近くにいた澪、そして唯が頷く。律は改めて、ドアに向き直った。
しかし今の揺れで扉はさらに歪んでおり、折角開きそうだったドアがまた
しても開かなくなっていた。

バンバンと扉を叩いてもびくともしない。

「誰か手伝ってくれ!」
「誰かじゃなくって、全員でドアに当たってみたら?」

紬の提案に、律が「そっか」と声を上げた。

「じゃあいっせーのーで!で行くぞ!いっせーのーで!」

律の声で、全員がドアに向かって体当たりした。


39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 16:09:32.83 ID:ysh/RmKI0
ドアが大きく音を立てて開いた。
皆ほっと息を吐く。

「……よし、それじゃあさっさと外に……」

律がそう言って出口を目指そうとすると、梓が「先輩!」と悲鳴に近い声を
上げた。

「どうしたの、あずにゃん?」
「階段、下りれません……」
「え?」

梓の言葉に全員が前を向くと、階段はさっきの揺れやその前の大きな地震のせいで、
崩れかけていた。
しかも、それだけじゃなかった。

「向こう側の校舎、……火が出てます」


41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 16:18:39.03 ID:ysh/RmKI0
音楽室があるのは左端。この学校の校舎は端と端がだいぶ離れてはいるけど、火が
回ってくるのなんてすぐだ。

「ど、どうしよう……」

流石の紬も顔を青ざめさせた。

「とりあえず他に逃げ道を探そうぜ!」

唯たちはそれぞれ半分諦めながらも頷いた。
本当の端にもう一つ、非常階段がある。一階に下りて外に出るには、そこを
使うしかなかった。
だけど、そこは変な噂が流されている場所で、普段は誰も近付こうとしなかった。

皆がそっちのほうへ走り出そうとすると、澪が「や、やめとこうよ」と泣き声になり
ながら言った。

「けど澪先輩、こっちしか避難できませんよ?」
「そうだよ澪、あんな噂、信じんな!」


43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 16:23:58.06 ID:ysh/RmKI0
律が励まそうと声を掛けたが、澪には逆効果だった。
「思い出させるな!」と耳を塞いでしまう。

「澪ちゃん……!」

紬が澪の手を引っ張ろうとするけど、澪は頑なに動こうとしない。

「澪、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!?」
「だ、だって……」

「澪ちゃん、大丈夫だよ!早くしないと火が来ちゃう!」

それまで黙っていた唯が、初めて自分から口を開いた。
ずっと不安そうにしていた唯の手を、いつのまにか梓が握っていた。

「唯……」
「私たち、こんなとこで死にたくないよ!澪ちゃん、早く皆と一緒に逃げようよ!」

唯は言った。
弱弱しい顔で。だけど声は力強く。

「私、地震が怖いよ、怖いけど皆と一緒だから平気だよ!だから……」



44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 16:28:34.33 ID:ysh/RmKI0
「……わかった、唯」

澪は唯の必死の声に頷くと、「ごめん」と律に謝った。
律は「いいって」と笑うと、一旦澪の元に戻ると澪の手を握ってやった。
梓が唯の手を握って安心させたように、自分も澪の不安を取り除きたいと思ったから。

「それじゃあ早く行きましょう!」

紬が言うと、再び5人は走り出した。
角を曲がるとすぐ、非常階段が見えてくる。
非常階段は部室の前の階段と違って大きく崩れてはいなかった。

5人が安心して階段を下り始めたとき、また地面が揺れだした。
今度は最初のときと同じように、大きな揺れだった。


45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 16:32:02.29 ID:ysh/RmKI0
5人は手すりや壁に掴まって階段から落ちないように必死になっていて、
上から聞こえる微かな物音に気付く暇はなかった。

気が付くと、天上が崩れ落ちてきていた。
階段が音を立てて崩壊していく。

それぞれの悲鳴が、その音にかき消されていった。

――――― ――


46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 16:43:58.46 ID:ysh/RmKI0
「……痛ぅ……」

頭に被った埃や小さな瓦礫を落とし咳き込みながら律は起き上がった。
どうやらどこにも怪我はなさそうだ。

ただ、大きな瓦礫が周りを阻んでいて動けそうに無い。
登ろうとしたら登れるくらいの隙間はあるが、ちゃんと逃げれる保障はない。

「皆、無事かー!?」

律は大きく声を張り上げた。
すぐ近くで、カラカラと音がした。

「りっちゃん?」

紬の声がした。

50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 18:14:09.16 ID:6rULGmm50
「ムギ!?」

紬は律と同じように頭から埃を被りながらも無事そうだった。
律は少しほっとすると、姿勢を低くしながら紬に近付いた。
いくら小柄な律の身長でも、天上が低く立って歩くことは出来ない。

「ムギ、大丈夫?」
「うん、りっちゃんも大丈夫そうね」
「まあな」
「他の皆はどこかしら……?」

紬が不安そうに辺りを見回した。
その時微かに「律、ムギ!」と声が聞こえた。


51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 18:17:03.55 ID:6rULGmm50
「澪か!?」

声の聞こえた方は、ここよりもさらに天上が低くなっている場所だった。
そこに澪がいた。
足が大きな瓦礫の下敷きになっており、動けないらしかった。

「澪!」
「澪ちゃん!」
「助けて、足が……」

澪が言い終わらないうちに、律はわかってると頷き身体を低くしながら澪の
傍に寄った。紬もそれに続く。

「ムギ、そっち側持って」
「えぇ」
「せーの!」

律の掛け声に合わせ、二人は澪の足を下敷きにした瓦礫を持ち上げた。
しかし低い姿勢と、低い天井のせいで力が入らず中々持ち上げることが出来ない。

53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 18:18:53.78 ID:6rULGmm50
何度かそれを繰り返していると、やっと僅かに動かすことが出来た。
澪の右足が見えた。

「澪、足、動かせるか?」
「うん、なんとか」

ズズッと音を立てながら、まだ瓦礫の下にあった左足も、なんとか
抜くことが出来た。

「澪ちゃん、怪我は?」
「足がちょっと」

澪はそう言うと、左の足首を擦った。



54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 18:21:52.12 ID:6rULGmm50
下敷きになったときに負った打撲のせいか、靴下の上からでもわかるくらい
腫れていた。
おまけに靴下を下ろして確かめてみると、足を抜いたときに擦ってしまった
ために擦り傷が出来ていた。少し血も出ている。

「うわ……」
「痛そう……」

律と紬が顔をしかめて言った。
澪が泣きそうな顔になる。

「澪ちゃん、歩けそう?」
「うん……」

不安そうに頷く澪。
律がほんとに?と訊ねると、紬が「ちょっと待って」と言ってポケットから
白いハンカチを取り出した。それを真っ二つに引き裂く。


57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 18:31:41.07 ID:6rULGmm50
「ムギ!?」
「りっちゃん、さっき部室出るときに色々拾ってたよね。見せてくれない?」
「え?あぁ、いいけど……」

紬に言われ、律は急いでさっき部室でポケットに詰め込んだものを出して行った。
さすがにカバンまでは持ち出せないので、ポケットや内ポケットに入れられるものしか
ない。

律のポケットから出てきたのは、
携帯、紅茶のパック、マッチ箱や、なぜか落ちていたお絞りやフォーク。
その他諸々、小さいものが多数。
内ポケットにはドラムスティックを入れていた。

「ないよりはマシね……」

紬はその中からお絞りを手に取ると、袋を開けて足首に巻くと、さっき引き裂いた
ハンカチをその上に置いて包帯のように巻いた。


58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 18:36:29.15 ID:6rULGmm50
「一応応急処置。痛みが少しでも引くといいけど……」

紬が手を離すと、澪が「ありがとう、ムギ」とほっとしたように足首を撫でた。
さすがにこんなことで痛みは引かないが、紬の優しさに触れ、澪は少しだけ痛みが
マシになった気がした。

「よし、じゃあ唯たちを探しながら早く外に出るぞ」

出したものをまたポケットに仕舞って律が立ち上がろうとすると、
天上に頭をぶつけた。

「ったー!」
「りっちゃん大丈夫!?」
「あー、うん、平気。っていうか今ので瓦礫とか落ちてこなきゃいいけど……」


59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 18:45:37.76 ID:6rULGmm50
暫く息をひそめて何かの落ちてくる音に耳を澄ませてみたが、結局何も聞こえず
「大丈夫そうじゃないか?」と澪が小さな声で言った。

「みたいだな」
「うん」

律と紬も頷くと、出口を探して進み始めた。
とりあえず、三人は天上の高い場所を目指す。
そこに出ると、やっと大きく息を吸えるようになった。

「にしてもここ、どこなんだ?もうちょい端に行ったら外出れるかな?」

律が言ったとき、紬が「しっ!」と人差し指を口許に立てた。
誰も話さなくなると、少しだけサイレンや人の声が聞こえた。

「出口が近いのかな?」
「かも!よし、行くぜ!」

紬が言うと、律は声を弾ませた。澪も「うん!」と大きく頷いた。


61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 19:15:03.98 ID:6rULGmm50
「……ぱいっ!ゆいせんぱ……!」

唯先輩!

声が聞こえ、唯はゆっくりと目を開けた。
どうやら瓦礫に埋もれて意識を失っていたらしい。
身体を揺すっていた梓が、唯が意識を取り戻したのを見ると「よかった」と
目尻に涙を溜めながら呟いた。

「あずにゃん……」
「唯先輩、大丈夫ですか?」

梓に手伝ってもらいながら、唯はゆっくりと起き上がった。
頭をぶつけたのが、少し後頭部が痛かった。
触ってみると、たんこぶが出来ている。

「どうしよう、あずにゃん。私たち、閉じ込められちゃったの?」

唯は頭に触れたまま、呆然と呟いた。
周りは全て瓦礫で隔てられていて、唯と梓のいる空間だけ僅かに空いていた。
天上も低く、このままずっとここから動けそうになかった。


62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 19:37:07.19 ID:6rULGmm50
「わかりません……」

梓は自分を落ち着けようと深呼吸した。
心なしか、瓦礫の山がゆっくりと動いているような気がする。
もしかしたらこっちのほうに落ちてくるかもしれない。
もしそんなことになったら、危険だ。

「登ってみる?」

唯が上のほうを指差して言った。
しかし、まったくと言っていいほど空は見えない。
登ったとしても外に出るのは無理だろう。

「……暫く、救助が来るのを待ってみますか?」

梓が諦めたように言うと、唯は一瞬だけ不安そうな顔をした。
それでも頷き、「でも」と続けた。


64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 19:43:31.24 ID:6rULGmm50
「なんですか?」
「手、握っててくれる?」

唯は恥かしそうに俯きながら、少し汚れた手を梓に差し出した。
その手に、やっぱり少し黒くなった手を重ねると、梓は笑った。

「あ、あずにゃん、笑わないでよう……」
「すいません、いつもの唯先輩らしくなくってつい……」

そう言って笑う梓を見て、唯もつられて笑い始めた。
梓はさっきとは違う意味で目尻に浮かんだ涙を開いた手で拭って言った。

「でも、唯先輩でも怖いものがあるんだなって安心しました」
「えぇ!?私にだって怖いものの一つや二つあるよ!」



65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 19:52:35.85 ID:6rULGmm50
「だからすいませんって」
「もう、あずにゃんー」

拗ねて指をいじいじする唯を見て、突然梓が笑うのをやめて真面目な顔になった。

「あずにゃん?」
「……良かったです」
「ん?」
「いつもの唯先輩に戻ってくれて」

梓は呟くように言うと、すぐ傍にいる唯に抱き着いた。
手は離れてしまったけど、梓はぎゅっと背中に手を回した。

「あずにゃん……」

「地震が起こったとき、いつもの唯先輩じゃなくって、だから私が唯先輩を
守らなきゃって……。だけど、凄く不安でした。それで他の先輩方と離れてよけいに
怖くなって……」


66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 19:56:46.90 ID:6rULGmm50
それでもずっと、泣くのを我慢していた。
唯に涙を見せてしまったら唯をよけいに不安にさせてしまう。
けど、今の唯なら自分の不安と唯の不安を分け合えるような気がした。
だから梓は、今までの自分の心内を吐露した。

「……ごめんね、あずにゃん」

唯は、梓の言葉を聞き終えるとただそれだけ言って、梓の背中に自分の腕を
まわした。
そして、いい子いい子というように、咽び泣く梓の頭を撫でた。

「私ね、昔から地震が怖かったの」
「……見てたらわかりました、そんなこと。意外でしたけど」


67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 20:02:36.59 ID:6rULGmm50
「う……」

唯は、梓の言葉にめげながらも言葉を繋いだ。

「何でかわかんないんだけど、トラウマなのかなあ、地震が起こるたびに頭が
パニクっちゃって……。それにこんな大きな地震って初めてだから、よけいに
どうしよう!?ってなっちゃった」

「……はい」

「でもね」

唯は一旦言葉を切ると、梓と身体を離して、梓の目を見て、微笑んだ。

「澪ちゃんにも言ったけど、私、皆がいてくれたから冷静になれたし、あずにゃんが
手を握ってくれたから安心できた。たぶん、ここにあずにゃんがいなかったら私、
怖くておかしくなってたと思う」


68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 20:14:31.51 ID:6rULGmm50
梓はあまりにストレートな唯の言葉に少し赤面して目を逸らした。
そんな梓を再び抱き締めると、「ありがとね、あずにゃん」と唯が囁くように言った。

「べ、別にお礼なんて……」
「えへへ」
「……唯先輩」

梓は照れてしまって唯の肩に顔を埋めた。
それから、そのままで唯の名前を呼んだ。

「なに、あずにゃん?」
「絶対、無事に外に出ましょう。一緒に帰りましょう」
「うん」
「それで、澪先輩や律先輩やムギ先輩、皆に笑顔で会いに行きましょう」
「……うん」



69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 20:20:47.10 ID:6rULGmm50
「約束です」と梓が言った。
唯が「指きりげんまん!」と梓と自分の小指を絡めた。
目と目が合って、笑い合う。

その時、近くで瓦礫の山が崩れる音がした。



狭くて通りにくいものの、道のように真直ぐ伸びているところを律たちはひたすら
出口を目指して突き進んでいた。

「おいおい、うちの学校ってこんなに広かったか?」
「学校が崩れたときに横に瓦礫が流れていったから、よけいにかも……」

澪が律の疲れた声に答えたその時、ガラッと音を立てて瓦礫が上から落ちてきた。

72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 20:29:29.94 ID:6rULGmm50
「ひっ!」
「澪ちゃん、大丈夫!?」

律と紬が振り向いたときにはもう遅かった。
最後尾を進んでいた澪の姿は、落ちてきた瓦礫に阻まれ見えなくなっていた。

「澪!?」

律たちは急いで駆け寄った。無事か?と向こう側に問いかけると、「なんとか」と
声が返ってきた。

「澪、ちょっと後ろに下がってろ、すぐにこの瓦礫を……」

律がそう言って瓦礫を押し倒そうとしたとき、「だめだ!」と澪の切羽詰った
声が聞こえた。


73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 20:36:58.13 ID:6rULGmm50
「澪ちゃん?」
「また落ちてきそ……」

澪の声がそこで途切れた。
向こう側で、さっきよりももっと大きな音が響いた。

「おい澪!?澪っ!」

いくら名前を呼んだって返事は返ってこない。
「くそっ」と律が目の前にある瓦礫を叩いた。しかし、それはびくともしなかった。

と、紬が「りっちゃん!」と言って北側に少し出来た隙間を指差した。
そこから煙が出ていた。
それでやっと、律たちは火事が起こっていたことを思い出した。

「まだ消えてなかったのかよ!」
「このままじゃまずいよね、なんとかしないと……」

ここまで煙が届いているとすると、澪のいる向こう側は既に火が回ってきている
状態かも知れない。


75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 20:43:12.35 ID:6rULGmm50
「こっちから澪のとこに行けないのかよ!?」
「りっちゃん、そんなの無茶よ!」
「けど澪をほったらかしになんてできねーよ!」

律がそう言ったとき、ポケットの中で携帯が鳴った。
唯の声がその場に流れる。
放課後ティータイムの「ふわふわ時間」。

携帯を出してみると、澪からだった。
それを見て、今更ながら律と紬は携帯で唯たちにも連絡をとればよかったのだと
いうことに思い当たった。
けど、それを思いつくことも出来ないほど混乱していたのだから仕方無い。
それに唯には梓がついてる。きっと大丈夫だ。

とりあえず律はそう思うことにして、通話ボタンを押した。

『律?』


78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 20:51:14.74 ID:6rULGmm50
「澪!?無事か!?」

電話越しの澪の声は、諦めや恐怖や、色々な感情の色が滲んでいた。
人は本当に終わりだと感じたとき、冷静になれるものなのだろうか。
思わず叫んだ律に、澪が『うるさい』と笑った。

『……今ね、凄い火が来ちゃってて』
「待ってろ、すぐ……」
『無理だよ。だから律、ムギと一緒に逃げて。それで唯たちと無事に再会して……』

しかし律は澪の言葉に覆い被せるようにして、言った。

「しねーよ!」
『え?』
「澪とムギと一緒じゃなきゃ、唯たちに会えるわけないだろ!」


80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 21:17:26.18 ID:6rULGmm50
『けどもうだめなんだよ!すぐそこまで火が迫ってきてる!もう助からないんだ!』

澪が泣きそうな声でそう言った。
いや、もう泣いてしまっているのかも知れない。

「じゃあ……、じゃあ何で澪は私に電話したんだよ!」

 『なんでって……』

「私やムギにお別れの言葉言うためか!?今までありがとうってか!?違うだろ!
ほんとはまだ、澪だって諦めてない!ほんとは助けを待ってるんだろ!」

 『ちが……』

「もし違ったとしても、けど私は澪を助けたいんだよ!澪が諦めてたとしても、
それでも私は澪と一緒に外に出たい!生きて帰って、そしてまた放課後ティータイムで
一緒に演奏したいんだよ!」


81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 21:25:59.04 ID:6rULGmm50
待ってろ、律はもう一度言った。
澪はもう、何も言わなかった。ただ、律は見えないけど向こう側で澪が頷いた
ような気がした。

電話を切ると、律は紬に向き直った。
話を聞いていた紬は、「私も行く」と言って律を見た。
けど律は首を振った。

「ムギはここで待っててくれ。必ずまた戻ってくるから」
「……わかった」

紬は頷くと、「待ってるね」と言って笑った。律も「あぁ」と笑い返した。


85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 22:05:04.14 ID:6rULGmm50
熱い。
真っ赤な炎がもうすぐ澪を飲み込もうとしていた。
逃げ場はもうなかった。

けど、澪は携帯をぎゅっと握り締め、信じていた。
律が来てくれることを。

律の言葉で、やっぱり生きたいと思った。
まだやりたいことが沢山あるんだと。
まだ伝えなきゃいけないことが沢山あるんだと。

ここで、死ぬわけにはいかない。

ガラッ

またどこかで瓦礫が崩れる音が響いた。
けど、近くではないようなので澪はほっと息を吐いた。
煙を吸い込まないように、澪はしゃがみ込む。
その時、小さいながらも聞き覚えのあるリズムが聞こえてきた。


86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 22:11:06.76 ID:6rULGmm50

「翼を下さい?」

唯は聞こえてきたリズムに耳を澄まして呟いた。
梓も同じように耳を澄ましてみると、確かに何かを叩く音が聞こえた。

この、少し走り気味のリズムは――

「律先輩!?」
「りっちゃんだ!りっちゃんがすぐそこにいる!」

唯たちは叫んだ。
正直、もう諦めかけていた。すぐ傍から熱気が伝わってきて、もうすぐ火が
自分達の場所に到達するとわかっていたから。

けど、律の刻むリズムが「諦めるな」と言っているように聞こえた。


87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 22:15:56.56 ID:6rULGmm50

「りっちゃん……!」

律の刻む音が、想いが、紬の耳にも届いた。
もう、ここにいたって感じる熱気に負けまいと、紬は歌った。

皆の無事を祈って。
皆をここで待ってるよ!そんな想いを込めて。

 「今 私の 願い事が 叶うならば 翼が欲しい!」

生きて一緒に帰るんだ。
そして、私たちの始まりの曲を、今度は五人で、放課後ティータイムで演奏するんだ!



89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 22:19:38.12 ID:6rULGmm50
紬の歌声が、瓦礫の山に響いた。
律はだから、ずっと「翼を下さい」のリズムを刻み続けた。

すぐ傍で、皆の演奏が、歌声が、聞こえるようだった。

いや、違う!
聞こえるんだ、皆の歌声が!

 「この背中に 鳥のように 白い翼 つけて下さい!」

梓が。

 「この大空に 翼を広げ 飛んで行きたいよ!」

唯が。

 「悲しみのない 自由な空へ 翼はためかせ!」

澪が。

91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 22:24:00.24 ID:6rULGmm50
 「 いきたい! 」

皆の声が。
聞こえた!

律は叫んだ。

「澪!唯、梓!」

律のいる、下のほうから澪の声が聞こえた。前を向くと、いつのまにか火がすぐ
傍まで近寄ってきていた。

「律!」
「澪、手伸ばせ!」

澪が必死に手を伸ばす。律もそれを掴もうと、必死で手を伸ばした。
二つの指が僅かに触れ合い、そして離れそうになった。
けど、二人はそれを絶対に離さなかった。
力を込めて、やがて手と手が繋がった。


93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 22:29:45.82 ID:6rULGmm50
ぐっと力を込め、澪を引っ張り上げる。
手が滑りそうになったとき、近くから唯の歌声が聞こえてきた。
ふわふわ時間だった。
それに梓のコーラスが被る。

律はさらに力を込めると、澪を引っ張り上げた。
丁度その瞬間、勢いよく火の海が今まで澪のいた場所に押し寄せてきた。

「危ねぇ……」

二人は安堵の息を漏らした。
それから、律は立ち上がると澪に手を差し出した。

「澪、おかえり」
「……ただいま、律」

もう一度、手と手を繋ぎ合う。
今度はちゃんと、しっかりと。




94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 22:34:20.48 ID:6rULGmm50
ふわふわ時間が終盤に差し掛かってきたとき、またどこかで瓦礫の崩れる音が
響いた。
だんだんと煙が進入してきて、目が、喉が痛かった。

それでも唯たちは歌った。仲間を信じて。

 「あぁ カミサマ お願い 一度だけの」

 「Miracle Time ください!」

梓ではない、別の声が唯の声にはもった。
澪の声だった。

ガラガラッ

今度は近くで崩壊の音が響く。
律や澪の悲鳴が聞こえた。

「律先輩、澪先輩っ!」



95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 22:39:22.40 ID:6rULGmm50
梓が叫んだとき、突然上の瓦礫がなくなり、少しだけ明るくなった。
そして、そこから真っ黒になった律先輩と澪先輩が覗いていた。

「唯、梓!大丈夫か!?」

「りっちゃん!澪ちゃん!」

唯が、二人の無事な様子を見て泣きそうになっている梓の手を掴んで引っ張った。

「あずにゃん、帰ろう!」

「……はいっ!」

律が、澪が、唯と梓に手を差し伸べる。
四人の手が、繋がる。





96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 22:43:29.60 ID:6rULGmm50
声が、聞こえなくなった。
聞こえるのは、風の音と、そして炎が全てを燃やし尽くそうとしている音。

「……風の音?」

紬はハッと風の吹いてくる方向を見た。
光こそまだ見えないものの、確かに風が、吹いてくる。
きっと消防署や学校関係者の人が必死で捜索してくれているんだ。

紬は再び前に向き直ると、「私はここにいるよ!」という言葉を込めて、
再び翼を下さいを歌った。

 「今 冨とか 名誉ならば いらないけど 翼がほしい!」

98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 22:47:35.20 ID:6rULGmm50

「ムギちゃんだ!」

唯が声を弾ませた。
四人は頷きあう。

「待ってろよ、ムギ!」

律が叫ぶと、それに答えるかのようにさらに大きな声で紬の歌声が響いた。

 「子どものとき 夢見たこと 今も同じ 夢に見ている!」

熱い炎が、だんだんと感じなくなってくる。消火活動が進んでいるのかも知れない。
前に進むごとに、瓦礫が崩れていく。
だけど律たちは進むのを止めなかった。

紬のいる場所へ、全員で。
そして五人揃って外へ!




99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 22:51:29.08 ID:6rULGmm50
また崩れる音がした。
思わず目を瞑った紬が次に目を開けたとき、目の前には懐かしい仲間の姿があった。

「ムギ!」
「ムギちゃん!」
「ムギ先輩!」

澪が、唯が、梓が、そして律が、「ムギ、ただいま」と。

紬は「おかえり」と、ただそれだけしか言えずに、四人に手を差し出した。
二人の繋がった手が二人に繋がり、一人に繋がり、そして五人に繋がった。



100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 23:00:17.59 ID:6rULGmm50
「皆ぁ……」

ようやく皆が揃ったとき、唯が鼻をすすって泣き出した。
律は笑うと「バカ」と唯の頭を軽く叩いた。

「まだ泣くとこじゃねーだろ。ほら澪も」
「……うん」

律は澪の涙を拭うと、風が吹いてくる方向に顔を向けた。
最後のひと踏ん張り。

「行くぞ!」

いつのまにか、光が漏れてきていた。
さわ子の声が聞こえてきた。

今目の前にある瓦礫をどけることさえできたら、きっと外に出られる。

 「この大空に 翼を広げ 飛んで行きたいよ」

律は歌った。
律の歌声に、唯の、澪の、紬の、梓の声が重なっていく。

 「悲しみのない 自由な空へ 翼はためかせ」

        いきたい

101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/10/26(火) 23:02:29.14 ID:6rULGmm50











                   そして光が、五人を照らした――

終わり。


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