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和「ちょっと和さわの魅力について授業します」唯「えぇ……」
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 18:57:26.42 ID:JOWkEhNN0 [1/43]
規律は守るためにある。
人間は思いの外弱い。
視線は気にするためにある。
人間は思いの外恥じらう生き物だ。
これが私の人間観で、私は自分の人間観に沿って、どこまでも人間らしく生きていた。
「律、また講堂の使用許可申請提出されてないんだけど」
放課後の音楽室で、腕を組んで、私は事務的に言った。
生徒会長も板についてきたと思う。
悪びれる様子もなく、紅茶を飲みながら、軽音楽部の部長が言った。
「あれ……ごっめん和、出し忘れちゃった」
わざとらしく舌を出す律を見て、私は目を閉じた。
生徒会長は激昂しない、感情を爆発させない……自分で決めたルールを頭の中で繰り返して、再び目を開けた。
放課後ティータイム、だのなんだのと言って、相変わらず軽音楽部はお茶会を続けていた。
「そうなんだ、じゃあ今度の新勧ライブは中止ね」
私が言うと、軽音楽部の部員たちは、何が意外なのか、大きく目を見張った。
さっきまで偉そうに部長に説教を垂れていた黒髪のベースは、遠慮がちに口を開いた。
「の、和……出し遅れただけで、流石にそんな……」
私が横目に睨むと、彼女は口を閉じた。
すると、呑気な声で、私の幼馴染が言った。彼女のパートはリードギター。
「和ちゃん!ここは私の顔に免じてどうかっ!」
規律は守るためにある。
人間は思いの外弱い。
視線は気にするためにある。
人間は思いの外恥じらう生き物だ。
これが私の人間観で、私は自分の人間観に沿って、どこまでも人間らしく生きていた。
「律、また講堂の使用許可申請提出されてないんだけど」
放課後の音楽室で、腕を組んで、私は事務的に言った。
生徒会長も板についてきたと思う。
悪びれる様子もなく、紅茶を飲みながら、軽音楽部の部長が言った。
「あれ……ごっめん和、出し忘れちゃった」
わざとらしく舌を出す律を見て、私は目を閉じた。
生徒会長は激昂しない、感情を爆発させない……自分で決めたルールを頭の中で繰り返して、再び目を開けた。
放課後ティータイム、だのなんだのと言って、相変わらず軽音楽部はお茶会を続けていた。
「そうなんだ、じゃあ今度の新勧ライブは中止ね」
私が言うと、軽音楽部の部員たちは、何が意外なのか、大きく目を見張った。
さっきまで偉そうに部長に説教を垂れていた黒髪のベースは、遠慮がちに口を開いた。
「の、和……出し遅れただけで、流石にそんな……」
私が横目に睨むと、彼女は口を閉じた。
すると、呑気な声で、私の幼馴染が言った。彼女のパートはリードギター。
「和ちゃん!ここは私の顔に免じてどうかっ!」
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:00:36.93 ID:JOWkEhNN0
両手を合わせて、大袈裟に頭を下げてきた。
その仕草に、私は頬を緩めかけたが、直ぐに規律が私を窘めた。
幼馴染の私を見るのはこの娘だけで、生徒会長の私を見るのは全校生徒だから、どちらが重いかは一目瞭然だ。
「あなたの顔も何も無いわ。貴方が何を言ったって、時間は巻き戻らないんだから」
幼馴染と入れ替わりに、さっきまで唖然として黙っていたツインテールの下級生が、高い声を上げた。
彼女のパートはサイドギター。
「でも、今までは和さんがなんとかしてくれてたじゃないですか」
「これからの話をしてるの、梓ちゃん」
気づくと、私は腕を組んだまま、人差し指でとんとん、とリズムを取っていた。
どうやら、私はかなり苛立っているらしい。
4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:04:10.38 ID:JOWkEhNN0
「はっきり言わせてもらうけど、今までだって何とかなってたわけじゃないわ。
単純に、律の代わりに私とさわ子先生が頭を下げて、私たちが怒られていただけ」
小さく、すみませんと声がした気がしたが、私は続けた。
「別に真鍋和はそれでもいいけど、生徒会長はそうじゃないの。
生徒会長が規律を乱すわけにはいかない、融通をきかせるわけにもいかない。
あなたたちを特別扱いするわけにもいかなくなったのよ」
一息に言い終わると、私の指は止まっていた。
沈黙が纏わり付く中、音楽室を出ていこうとする私に、ブロンドの娘が声をかけた。
「ケーキ……食べる?」
とん、と人差し指が跳ねた。
「いらないわ」
そう言って、私は音楽室を後にした。
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:07:17.19 ID:JOWkEhNN0
規律は守るためにある。
視線は気にするためにある。
それが人間というものだ。
そんな人間観に沿って、私はいつのまにか人間らしくなってしまっていた。
「つまんないわね」
私は呟いて、生徒会室の扉を開けた。
茶色がかった短髪の女の子が、背に夕陽を受けて本とにらめっこしていた。
茶色がかった長髪の私は、電灯を背に受けて、彼女とにらめっこをしたがっていた。
「やっほー和ちゃん」
私が声をかけると、気だるそうにその娘は顔を上げた。
ずれた眼鏡をかけなおして、私に言った。
「どうしたんですか、山中先生」
しばらく、しじまが流れて、私たちは見つめ合った。
そのまま私は和ちゃんの隣に座り、ため息をついて、私は言った。
「生徒会長に話があるわけじゃないんだけど」
それを聞くと、優等生のその娘は、眉を下げて笑った。
眼鏡を外して、本を閉じて言った。
「生徒会室でそんなことを言われても困ります、さわ子先生」
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:11:25.46 ID:JOWkEhNN0
彼女が生徒会長としてあるために必要な諸々の物を取っ払うと、そこには短髪の女の子しか残らなかった。
頬杖を突いて、指でとんとんとリズムを取るような、そんな女の子。
無造作に垂れた前髪の中から、上目遣いで疲れたように見つめてくる、そんな女の子。
私は不要な考えを振り払うために、頭を振って、それから言った。
「今日はまた、随分と疲れてるように見えるけど」
「そうですか」
トントンと、音が聞こえる。和ちゃんが指で机を叩く音。
どうやら自分では気づいていないらしい。規則正しく、ゆっくりとしたテンポでたたき続けていた。
「そういえばさ、りっちゃんに泣きつかれちゃったわ」
一瞬指が止まる。続いて、さっきより少し速いスピードで再開する。
「受ける必要はありませんよ」
「なにが?」
私がとぼけると、和ちゃんの指は一層速さを増した。
「律の頼みをです。彼女の不注意のために、わざわざあなたが頭を下げる必要なんて無いでしょう」
「あら、今までは和ちゃんだって一緒に下げてたじゃない」
「私はいくらでも頭を下げますよ。だけど、生徒会長はそれじゃ駄目なんです」
またしばらく、静寂。
私たちは目を逸らすこと無く見つめ合っていた。
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:14:14.67 ID:JOWkEhNN0
「なんでそんなに自分を縛ってるの?」
突然、指の動きが止まった。
じっと私を見つめて、和ちゃんは消えそうな声で言った。
「なんでだと思います?」
「さあ、私は超能力者じゃないもの、分からないわ」
和ちゃんが深く息を吸い込んだ。
綺麗な澄んだ声で、真っ直ぐに私を見つめて言った。
「大人になりたいんです」
なんだかよくわからない答えに、私は言葉を失った。
そして、和ちゃんの続けた言葉が、私から思考を完全に奪った。
「あなたが、私よりずっと大人だから」
「あっ……そっか……」
私は和ちゃんを見つめ続けることも出来ず、目を逸らすことも出来ずに、やっとのこと目を伏せた。
謝ろうと思った。それが良いことか悪いことかは抜きにして、ただ謝ろうと思った。
けれど、私の口は塞がれた。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:16:53.02 ID:JOWkEhNN0
「好きなんです、さわ子先生。規律で自分を縛り付けても苦にならないくらいに。
自分の拠り所としていた規律を台無しにするのも、怖くないくらいに」
そう言って、彼女は私の頬に手を当てた。
それでも私はまだ、謝ろうと思っていた。
けれど、彼女の瞳に溜まっていた涙を見て、私は……私は何を考えたのだろう。
何を考えたら良かったのだろう。
つまらないなと思った。
規律を守って、視線を気にするのをつまらないと思ってしまった。
一歩踏み越えてしまった。
「先生、私は……」
何かを言おうとする彼女の口を、塞いだ。
彼女の目は大きく見開かれて、そして、細められた。
私は戻りたいと思った。
視線を気にせず、規律を破って、根拠のない自信と、あるかも分からない未来に胸を膨らませた頃に。
彼女は足を踏み入れたいと思った。
視線に射ぬかれ、規律に砕かれ、拠り所を失った心と、きっと叶わないだろう夢の残骸に縋りつく墓場に。
ただの交換条件。
分かってるはずなのに、胸が張り裂けそうだった。
「ごめんね」
私はそう呟いて、何度も、何度も、和ちゃんの口を塞いだ。
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:20:21.46 ID:JOWkEhNN0
和「はい以上です」
唯「そうなんだ、じゃあ私音楽室に音楽室行くね」
和「質問がある人は挙手するように。唯は座るように」
唯「帰りたいんだけど」
紬「はいっ!」
和「はいムギ」
紬「二人はこの後どこまで行きましたか!」
和「あなたの思うところまで行ったわ。答えはあなたの心のなかにあるの」
紬「まあ!和ちゃんったらいけないひとッ!」
唯「さすがムギちゃん。私たちにできない事を平然とやってのけるッ そこにドン引きだよ」
さわ子「はいっ!」
和「はい先生」
さわ子「本人のいないところでやってください」
和「やだもう……先生ったら」
さわ子「なんで照れてんのこの娘」
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:24:57.00 ID:JOWkEhNN0
姫子「はいっ!」
和「はい立花さん」
姫子「私も聞いてていいですか」
和「当和さわは誰でもウェルカム」
姫子「やった!」
唯「え、なに、みんな聞いてく感じなの。私音楽室行きたいよ」
紬「唯ちゃん諦めて。みんな教師と生徒の禁断の恋を堪能したいの」
さわ子「してない。恋してない」
和「もう……先生ったら」
さわ子「だからなんで照れてんの」
唯「ねえ姫子ちゃん部活行かないの?」
姫子「背徳感がたまらないからもう少し聞いていくね」
唯「ド畜生」
和「諦めなさい。では次の和さわです」
紬「ひぃやっふぅ!"さわ子『もう少し真面目に』"ね!」
―――――――――――――――――――――――――――――
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:28:12.50 ID:JOWkEhNN0
「もう少し真面目にやれよな」
不真面目だと言われてきた。
先生たる私が、生徒にまでこんなことを言われる有様。
とは言え、生来の気質なのだからどうにもこうにも。
どうせ不真面目なら、もっとおちゃらけたほうが潔いというもの。
「真面目な顧問シリーズ第一弾、野球部の顧問!」
放課後の音楽室に私の声が響き、カチューシャをした軽音楽部長はにやりと笑う。
ティーカップを持っていたブロンドのおいらかな女の子(彼女は何故か音楽室に茶器を一式持ち込んでいた)
は、期待を込めた視線でチラチラとこちらを見ている。
少し癖のついた髪の毛の、ヘアピンをした女の子(彼女はどうにも抜けたところがあり、手を焼くとあの娘がぼやいていた)
は、手を口に当て、わざとらしく咳払いをした。
残りの二人の黒髪は、ため息をついて顔を見合わせていた。
「平沢ァッ、おまっ、やる気あるんか!やる気無いなら帰れ!」
私が太い声で怒鳴りつけると、ヘアピンの女の子はくぐもった声で言った。
「ウッス、スイマセンっす!自分帰らせて頂くっス!」
カチューシャの女の子が一言、
「本当に帰るんかい!」
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:32:29.88 ID:JOWkEhNN0
二人が顔を見合わせて噴出し、私とブロンドの娘はそれを眺めてクスクスと笑う。
黒髪の娘達も、苦笑いをしながらも楽しそうだ。
やはり、不真面目も貫き通すことが大事だ。
この娘たちの青春の一ページ―――小っ恥ずかしい言い方だが―――その中に、私の名前が残ればいいな。
「そんじゃあな、さわちゃん、仕事くらいは真面目にやれよな」
「余計なお世話よ」
カチューシャの女の子が減らず口を叩いて出て行くと、音楽室は空っぽになった。
私の頭も一度空っぽにして、野球部の顧問を追い出し、代わりに招き入れたのはバッハ。
いや、あの娘は、音楽にはあまり詳しくなかったかもしれない。
じゃあ、ドストエフスキーでも入れていこう。
しばらくして、頭の中でラスコーリニコフが苦悩しだした頃に、私は音楽室を出た。
あの娘の青春の本は、随分と重たいらしい。何度通っても、ページが開ける気配はない。
その上、もし開いたとしても、その紙は私のインクを弾いてしまうかもしれない。
生徒会室の扉を開けると、私とは違った短髪の、しかし、私と同じように眼鏡をかけた女の子がいた。
「どうしたんですか、先生。講堂の使用許可申請書は、珍しく提出されてますけど」
そう言って、その娘はくつくつと笑った。
色気も何も無い短髪から覗く首筋は、妙に色っぽい。
「どうって……えっと、文化祭のライブの衣装、これでいいかなって」
私がしどろもどろに言うと、その娘は眼鏡の奥で目を細めた。
苦笑。
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:35:51.39 ID:JOWkEhNN0
「私じゃなくて、澪にでも聞いたほうが良いのでは?」
つれない。恥ずかしがるでもなく、興味を示すでもなく、淡々と意見を述べてくる。
どうにも面白くない。
「そうじゃなくてね、こう、公序良俗に反してないかをね……ね?」
言葉が続かなくなり、私が首を傾げると、その娘は可笑しそうに笑う。
私が手にしているヒラヒラした服を指さして言った。
「このひらひら、演奏するときに邪魔になりませんか。というか、女中さんの服なんですね」
ひらひらじゃなくてフリル。女中さんじゃなくて、メイドさん。
なんとも可笑しな言葉遣いで、口を尖らせたくなるが、私の視線は彼女の手に注がれた。
ひらひら、と言う時に、同時にひらひらと振られた手。
「えっと、どうしたんですか」
その娘は訝しげに自分の手を眺めて、言った。
「何か付いていますか?」
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:38:23.39 ID:JOWkEhNN0
間髪入れずに、私は、その娘に向かって、
「いえ、可愛いなと思ってね」
口を滑らせた。
私は、当然訪れるだろう沈黙に備えて身構えた。
「ありがとうございます」
私の警戒は杞憂に終わった。
けれど、少しはにかんだ彼女の笑顔は、私の心を揺さぶった。
どんなにしっかりしていても、彼女は、年相応の女の子だった。
その笑顔は、彼女が高校生の少女であることを如実に物語っていた。
それなら、と私は思った。
「ねえ、和ちゃん」
私は彼女の名前を呼んだ。
彼女は可愛らしく首を傾けた。
「今度、遊びにいきましょう、一緒に。スプラッタ映画でも見ましょう」
彼女は苦笑いをして、けれど、大きく頷いた。
「ええ、楽しみにしておきます」
私はようやく、不真面目に一歩を踏み出した。
やはり、不真面目も貫き通すのが大事だ。
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:41:35.68 ID:JOWkEhNN0
「和ちゃんは融通が利かないよね」
最近、幼馴染にこんなことを言われた。
とは言え、そうしたほうがずっと生きやすいのだから、仕方ない。
けれど、少し憧れることもある。
みんなと、大声で笑って地べたを転げまわってみたいと思う。
私はいつも、それを止める役、だった。
「スプラッタ映画でも見ましょう」
私は止めなかった。
今更、不真面目な側に回りたいと思うのは、我侭だろうか。
けれども、少し、自分の知らないところに手を伸ばしたい。
さわ子先生は、大人で、少し不真面目で、けれどみんなに慕われている、私の知らないものの塊だった。
その日、私は少し崩した、カジュアルな服を着てみた。
ドレスシャツの胸元を大きく開いて、その上にジャケットを羽織った。
下には色気も何も無いただの長いズボン。
「これは……不真面目というよりはボーイッシュ。胸元は……露出狂みたいだわ」
鏡の前で一人呟く。鏡の前で喋ると、どうにも妙な感じがする。
目の前の自分は、声を出さずに口だけ動かす。
それをずっと見ていたいが、そうするためには自分が喋らねばならず、そのためにどうにも集中できない。
数秒鏡を、それも鏡に写った自分の口を見つめて、首を振り、シャツの胸元のボタンを閉じて、家を出た。
待ち合わせの時刻は十一時。
身だしなみを整えるのに十分で、それでいて、遅いわけでもない。
少なくとも、私はそう思っている時間。
偶然だろうが、さわ子先生がその時間を指定してきて、私は少々驚いた。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:45:11.06 ID:JOWkEhNN0
時計の針が十一時を指す。
時間ぴったりに着いた私は、「五分前集合」の信条を破ったことと、
もしかしたらさわ子先生が待ちわびているかもしれないという期待から、わくわくして辺りを見渡した。
「……来てない」
つい口に出す。負けた。なんとなくそう思った。
五分間腕を組んで待っていると、急ぐ様子も見せずにさわ子先生が現れた。
ハイヒールに、体型が強調されるシャツ、腰の膨らみが映えるスカート。
なんとも女性らしい服装である。
「私の時計は五分遅れているの」
私が何も尋ねないうちにそう言うってことは、途中でもう気づいてたんですね。
いいです、それなら私も、もっと不真面目になりましょう。
先生に気づかれないよう、俯き加減ににやりと笑った。
「先生、行きましょう」
そう言って、私は強引に先生の手を引いて、早足で映画館へ向かった。
先生がハイヒールだろうとお構いなし。
相手のことは気にかけない、中々不真面目、というか悪である。
「ちょっと、和ちゃん、もう着いたから、ここだから」
先生が息も絶え絶えに私に言った。
走ったせいか、顔が真っ赤になっている。
私も肩で息をしている有様だ。
「あら、そうですね。それじゃ、チケットを買いましょうか」
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:48:38.32 ID:JOWkEhNN0
事もなげに言い放つ私。中々不真面目、というかクールだ。
しかし、顔は上気し、肩は上下しているのだから、どうにも格好がつかない。
「ちょっと私は疲れたわ。和ちゃん、私の分も買ってきてくれる」
軽く頷いて、私は列に並んだ。今日見る映画は……怪奇、脳みそ丸出し男。
外れ映画臭が私の鼻腔を強烈に突いたので、私はこっそり他の映画のチケットを買った。
さわ子先生の落胆する顔を思い浮かべて、にんまりとする。
「で、何の映画にしたの?」
チケットを買うと、さわ子先生が楽しそうに訊いてきた。
思わず、えっ、と間抜けな声を出した。
「流石にあんなハズレっぽい映画のチケットは買わないでしょ……もしかして買ったの?」
さわ子先生が眉をひそめたので、私は渋々首を横に振った。
また負けた。私がおずおずと紙切れを差し出すと、先生は、まだかすかに赤い顔で、俯いた。
「恋愛映画は……あんまり私たちに似合わないと思うなあ」
さわ子先生がそう言うのを聞いて、私は思わず、勝ち誇り、言った。
「ふふん、そうでしょう。私の勝ちですね」
しばらく沈黙した後、先生は吹き出して、拗ねたように言った。
「私たちっていうのは、あなたも含まれてるのよ」
「あら、心外ですね」
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:52:22.94 ID:JOWkEhNN0
驚いたように声を上げて、呆れた風に顔を振り、さわ子先生は、
「私も心外よ。今だって、こんなに素敵な男の子とデートしてるのに」
と言った。私には真似出来ない、ちょっとばかりの皮肉と、十分な―――少なくとも、私を赤面させるには―――賛辞を含んだ言葉。
私は、その言葉の核が、彼女の唇にあるかのように、そこを凝視した。
「あの、なにかしら和ちゃん?」
おずおずとさわ子先生が尋ねる。
私は目をそらして、顔を仰いで早口に言った。
「私、女です」
「分かってるわよ」
先生は眉をハの字にして、くすりと笑った。
映画館のライトが落ちた。
先生は隣で、先程からしきりにポップコーンを頬張っている。
「太りますよ」
ぼそりと私がそう言うと、それから先生はポップコーンに手を伸ばさなかった。
映画は至極安っぽい筋書きだった。
普通の女の子が、普通の男の子に恋をする。
安っぽい恋をする。この人が好きなのだのなんだのと、結局は性欲に過ぎない。
少なくとも私にはそうとしか思われない恋をする。
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:56:33.23 ID:JOWkEhNN0
私の隣でさわ子先生は真面目に映画に魅入っていた。
スクリーンの明かりに照らされた横顔は綺麗だった。
「くだらない話でしたねえ」
映画が終わり、さわ子先生が奢ってくれるからと立ち寄った喫茶店で、私たちは映画について意見を交わした。
向かいあって座るさわ子先生が、コーヒーを啜って、苦笑する。
「どこをそう思ったのかしら?」
「性欲を美談に仕立て上げているところ、でしょうか」
映画館の中でずっと考えていたことだ。
苦も無く口から言葉が出てきた。
「辛辣ねえ。だけど、恋なんてそれ以外の何者でもないんじゃないの?」
さわ子先生とは違い、私は砂糖を多く入れて、しかし、先生と同じように人差し指と親指でカップを持ってコーヒーを飲む。
そして、私は真面目に言った。
「違いますよ。恋は、相手の長所―――優しさとか、思慮深さとか、そういう精神的なものです―――
を思い慕うものです。私はそう思っています」
「さっきの映画もそんな話だったじゃない」
「違いますよ。あれは、互いの若さに恋していただけです。
要は、互いの体が好きだっただけですよ」
「脳みそに精子がつまってるってことねえ」
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:00:44.07 ID:JOWkEhNN0
さわ子先生の台詞に、私の思考が一瞬停止する。
そして、そういえば今日は先生の不真面目さを見習おうと思っていたのだと思いだした。
「えっと……」
しかし流石に、今の発言には対応できずに、私は自分の顔が赤くなるのを感じた。
さわ子先生がくつくつと笑っていた。
「ふふ、ごめんなさい。やっぱり真面目ね、和ちゃんは」
私が言い返そうとすると、さわ子先生は人差し指を口の前で立てた。
いわゆる、しーっ、というポーズ。
「私もね、恋は肉体的なものじゃないと思うわ。
もっとずっと、眼に見えない様な何かに対して抱く感情だと思う」
突然、私はまたさわ子先生の唇に視線が吸い寄せられるのを感じた。
「そうね、仰々しい言い方をすれば、精神的卓越性とか……そんなところかしらね。
とにかく、相手の精神に対する敬意みたいなもんだと私は思うわ」
ああ、これは、鏡の前で感じたのと同じ、おかしな感覚だ。
私以外の誰かが、私と同じことを考えている、喋っている。
さわ子先生は、ほんのりと顔を赤らめて続けた。
「そういう点から言うと、私はその……和ちゃんは私と違って真面目だから、そういう所に……」
私はその口の動きをずっと見ていたいと思う。
けれど、そういう訳にはいかないから、私は……
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:03:58.38 ID:JOWkEhNN0
「……なによ」
さわ子先生の口元に手を伸ばし、人差し指を当てた。
しーっ、と小さく呟いた。
さわ子先生は、不満げにそう言うと、店の外に目をやって、それから席を立った。
「帰りましょうか、先生」
私がそう言うと、先生は肩を落として私の後に続いた。
喫茶店から駅まで、先生は終始無言だった。
ちらりと振り返ると、偶然か、それともそれ以外か、毎回目が合い、さわ子先生が逸らす、ということが続いた。
困ったことに、その間も、私は彼女の口が気になって仕方がなかった。
「先生」
駅まで数百メートルとなったところで、私は振り返った。
先生は立ち止まって、私の顔を見つめた。
「なにかしら」
「私、先生のこと尊敬しています。先生の、不真面目なところ」
「嫌味?」
先生が笑った。
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:06:31.92 ID:JOWkEhNN0
「違いますよ。先生は、私と違って不真面目で、それなのにみんなに慕われる、不思議な人です」
先生は、何事かというように小さく首をかしげた。
数秒後、その顔は直ぐに赤くなった。私の口を見つめたまま。
「敬意を表します、あなたの……精神的卓越性に」
さわ子先生は赤くなった顔を地面に向けて、消えそうな声で言った。
「うん、私も」
「じゃあ、待っていてください。私がもっとずっと真面目になるまで」
そう言うと、さわ子先生は顔を上げて、無邪気に笑った。
「明日までなら待ってるわ。けれど、私もずっと不真面目になるから、もしかしたら待ち合わせに遅れるかもしれない」
それから私のほうへ近づいて、人差し指を私の口の前で立てた。
「だから、あなたも待っていて?」
真っ赤になった顔を傾けて、私の顔を覗き込む彼女はとても美しかった。
私は、その瞬間が最高のものになるように、ただその一瞬だけを切り取るために、短く答えた。
「ええ」
最後まで、真面目にいこうと思った。
無理に不真面目にならなくたって、彼女は私の傍にいてくれるのだから。
28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:09:28.57 ID:JOWkEhNN0
―――――――――――――――――――――――――――――
和「以上です」
紬「わかったわ!この、二人共常識人っぽい感じが和さわなのね!
同性愛は駄目……でも感じちゃうッてことね!?」
和「あなたの思うとおりで良いわもう」
紬「やったぜ」
和「はいじゃあ質問がある人」
姫子「はい」
和「姫子さん、どうぞ」
姫子「鏡の表現が多々出てきますが、これはつまり相手と自分の心が合致するということですね。
つまり、唇を見つめている間、真鍋さんは、『さわ子先生のことが手に取るように分かる……でも恥ずかしい』って」
和「やめて。ちょっとまじでやめて」
紬「続けて!お願い姫子ちゃん続けて!」
姫子「やめるわ」
紬「立花アァァァァァァァッ!?」
和「そういう、人の駄洒落を解説するみたいな行為はよくないわ。駄目、絶対」
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:12:33.62 ID:JOWkEhNN0
唯「はい」
和「お、平沢か。やっと真面目に授業受ける気になったか、まあ、もう三年生だからな」
唯「なんだそのノリ」
和「ほら質問してこいよ、どうしたオラびびってんのか?」
唯「面倒臭いよ。和ちゃんはさわちゃんのこと好きなの?」
和「も……もう、唯ったら大胆」
唯「面倒臭いってば。さわちゃん、和ちゃんの頭撫でて」
さわ子「はいよ」
和「んっ、あっ……さわ子せんせえ……」
さわ子「ちょっ、なにこれ凄く可愛い」
紬「エロいわ!唯ちゃんやりっちゃんにはないエロさね!」
唯「そっか、好きなんだね。そう言えばりっちゃん達は?」
紬「音楽室に行ったわよ」
唯「田井中アァァァァァァァ……」
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:15:50.52 ID:JOWkEhNN0
姫子「はい次行きましょう、次」
唯「なんだよ、ノリノリだよこの人」
和「はい……先生がタイトルコールして……?」
さわ子「やばい。これは可愛い」
和「駄目、ですか?」
さわ子「よっしゃ。"唯『くやしいなあ』"」
和「じゃあ、行ってみましょう」
唯「おい、ちょっと待てよ」
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:18:14.88 ID:JOWkEhNN0
紬「唯ちゃん……いい加減にしてくれる?」
唯「え、私が悪いの。なんか和さわなのに私の名前が出てきたよ。なのに私が悪いの」
姫子「我侭言わないの!」
唯「畜生、孤立無援、四面楚歌だよ」
和「あら、難しい言葉知ってるのね。えらいえらい」
唯「んっ……頭撫でられても誤魔化されないよ」
和「内容は健全な和さわだから安心して」
唯「……分かったよ」
和「じゃあ、行きます」
―――――――――――――――――――――――――――――
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:20:27.88 ID:JOWkEhNN0
優しいところが好きですとか、君の眼が好きだとか。
そんなことを恥ずかしげもなく世間の方々は口にするが、まったく、笑止千万である。
「唯はそういうのに興味なさそうだよねえ」
髪を茶色に染めた貴方。
貴方は素敵な方だと思うけれども、そうやって私のことを子供扱いするたびに、私は吹き出しそうになる。
「姫子ちゃんと違って子供だから」
私がそう言ったときに見せる、母親のような笑顔が私は好きだけれども、貴方の思想はいただけない。
その後も、実のない会話が続いた。
私、平沢唯は、世間に馬鹿だと思われている。
しかし、自分ではそうでもないのではないかと思う。
何故って、私は性欲に駆られて行動するようなことはない。
なんだかんだ御託を並べても、相手が異性である以上、そこには生物的な本能が含まれているわけで、
私はどうにもそれが好きになれない。
「あ、ほら唯、お母さんが来ましたよ」
長い茶髪の姫子ちゃんが、くつくつと笑って教室の扉を指差す。
眼鏡をかけた、短髪の、凛々しい顔をした、私の幼馴染が居た。
「私、和ちゃんの子供じゃないよ」
むきになって私がそう答えると、姫子ちゃんは楽しそうに笑った。
和ちゃんを手招きして、明るい声で言った。
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:23:46.54 ID:JOWkEhNN0
「真鍋さん、唯のこと宥めてよ」
それからすぐに、慣れた感覚が頭を覆った。
和ちゃんの、手。
「はいはい。唯も、あまり立花さんを困らせないのよ?」
「和ちゃんまで私のこと子供扱いして」
私がぼやくと、和ちゃんは笑った。
姫子ちゃんとは違う、落ち着いた笑い方。
「そんなことないわ」
なんとなく、そうかな、と思わせるような声だった。
どうにも気恥ずかしくなって、私は和ちゃんの頭を撫で返した。
「このこの、和ちゃんの癖に!」
「え、ちょっと、何よ」
朝から騒々しい私たちを見て、姫子ちゃんは大きな声を上げて笑った。
「では、何故Kは自殺したのでしょうか」
36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:26:34.94 ID:JOWkEhNN0
現代文の授業は嫌いだ。
特に、今読んでいる"こころ"、これはあまり好きじゃない。
なんだって、対して同じ時間を共有したわけでもない人達の間で起きたことを、こんな仰々しく書き立てているのか。
そんなわけで、私は授業中はもっぱら外の真っ青な空を眺めているわけだが、姫子ちゃんは案外真面目である。
今日も授業が終わった後に説教を食らった。
「あのね、唯、もう夏でしょう。もう少し授業を真面目に受けたほうがいいと思う」
外見とは裏腹に真面目な姫子ちゃん。
真面目な人は個人的に好意が持てる。
だから、彼女の意見は尊重したいが、授業がつまらないのだから仕方がない。
「いやあ、授業が始まると、そらも飛べるはずって気持ちになりまして」
そんなとぼけたことを言うと、毎度、姫子ちゃんは笑い、和ちゃんは眉をひそめる。
「ねえ、唯、もう少し真剣になりなさいな。私や憂だって、いつまでも唯の世話をしてはいられないのよ」
いつになく真剣な和ちゃんの言葉に、一瞬空気が変わったが、姫子ちゃんがあっけらかんとした声で言った。
「真鍋さん、私、私も入れてよ。私も今年一年しか唯の世話出来ないよ」
「ねえ、和ちゃん、一緒に帰らない?」
つまらない授業が終わって、私は和ちゃんに言った。
幼馴染からのお誘いを無下にしたりはしないよね。
そう思っていた。
「なに言ってるのよ、あなたは部活があるでしょうが」
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:29:40.84 ID:JOWkEhNN0
適当なことを言ってサボろうと思ったが、間が悪いことに我らが軽音楽部の部長が会話に加わった。
「そうだぞ唯。梓もそろそろ寂しがってる時期だからな」
可愛い後輩の名を出されては私も折れざるを得ない。
それでも私は最後の悪あがきをした。
「でもでも、じゃあ、部活が終わってから一緒に帰ろ」
「ごめんなさい、今日は私生徒会無いのよ」
思わず肩を落とした。
本来なら、よかったねと言うべきだろうが。
「へえ、いつも忙しそうにしてるのに、珍しいね。良かったね」
姫子ちゃんが言った。
悔しいことに、こういうとき姫子ちゃんは素直だ。
「ええ、ありがとう。それじゃあ、お先に失礼するわね」
「ばいば~い」
姫子ちゃんが気だるそうにひらひらと手を振った、
姫子ちゃんに手を振り返して、和ちゃんは教室から出て行った。
「私も帰るね。それじゃあ」
余談だが、姫子ちゃんの所属するソフトボール部はもう公式戦が終わり、三年生は引退しているらしい。
私は観念して音楽室へと向かった。
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:32:53.18 ID:JOWkEhNN0
私は別に部活が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。
しかし、私が和ちゃんと過ごした十年近い歳月は、それだけで全てを凌駕する力を私の中で確立している。
結局、部活の仲間も、クラスメイトも、"今のところ"いい人そうな人、なのだ。
十年経ってもいい人のままである和ちゃんとは比べようもない。
「先輩達は文化祭まで部活をなさるんですか」
軽音楽部全員で帰宅していると、たった一人の後輩が遠慮がちに聞いてきた。きっと寂しいのだろう。
みんなも同じことを感じたようで、部長が笑って言った。
「大丈夫だって、流石に今回ぐらい、さわちゃんも真面目にやるよ。私たちだって真面目にやってんだろ?」
後輩は、微妙な表情をして、くすりと笑った。
「あんまり上手くないですけどね」
そういえば、最近顧問のさわ子先生が音楽室に来ていない。
三年生の担任ともなると、流石に大変なのだろうか。
「あっ、あれ、和じゃないか」
黒髪のベースが声を上げた。
私は素早く彼女が指差すほうを向いた。
和ちゃんだった。色気のない短髪と、飾り気の無い服装は、遠くからでもそれと分かる。
「ん、じゃあな、唯」
部長が言った。
「お前、和と帰りたがってただろ。いいよ、いっておいで」
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:36:14.66 ID:JOWkEhNN0
なんともいい奴だ。
今度アイスクリームでも奢る、と言って、手を振って私はみんなと別れた。
「和ちゃん、一緒に帰ろ!」
和ちゃんは、彼女には似合わない楽器店の前にいた。
手には薄いビニル袋がぶら下がっている。
「あら、唯、奇遇ね」
私は大きく頷いて、彼女が持つビニル袋に目をやった。
「CDでも買ったの?」
私が訊くと、彼女はこくりと頷いた。
「勉強の息抜きにね」
「何聞くの、和ちゃんのことだから、クラシックとか?」
和ちゃんが溜息をつく。
「どんなイメージ持ってんのよ。ほら、これよ」
和ちゃんがビニル袋から出してみせたのは、真っ赤なジャケットとピンクのジャケットの、よく分からないCDだった。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:39:37.97 ID:JOWkEhNN0
「なにこれ知らない」
「軽音楽部なのに?」
「軽音楽部なのに」
私がオウム返しをすると、前と後ろから同時にため息が聞こえた。
「赤いのはsonic youthで、ピンクのはmy bloody valentineですよね、和先輩」
ツインテールの後輩だった。
背中に小さなギターを背負って、店の前で立ち止まる。
「流石に軽音楽部ね。メジャーなバンドは大体わかるのかしら」
「ええ、シューゲイザー、オルタナティブなら、JMCとか、Dinosaur Jrとかも有名ですよね」
なんだか話が盛り上がりそうだが、私は入っていけない。
私の非難がましい視線に気づいたのか、後輩は、
「あっ、私は替え弦を買いに来ただけですので。あしからず」
と言って、店内に駆けていった。
「あら、残念ね。それじゃあ、唯、帰りましょうか」
そう言って、和ちゃんは歩き出した。私がそれに続く。
しばらく沈黙が続くが、それが苦にならないのは、ひとえに私たちが共有してきた年月のお陰だ。
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:42:47.49 ID:JOWkEhNN0
「ねえ、私って子どもっぽいと思う?」
私がおもむろに話を切りだすと、和ちゃんは特に気にする様子もなく、
「どうしてそんなことを訊くのかしら」
と答えた。
「なんか姫子ちゃんが恋愛がどうのって朝、話してたんだけど、よく分かんなくてさ。私、興味もないし。
それに、恋愛ってなんだろうね。出会って数ヶ月の人を好きだのなんだの、すごく馬鹿らしく思えるよ」
私が空を見上げながらそう言うと、和ちゃんは立ち止まった。
いつになく真剣な表情で私の顔を見つめながら言った。
「全然子供っぽくないわ。そうやって、自分なりの考えを持って、それに沿って物事を見るって言うのはね、唯。
全然子どもっぽいことなんかじゃないわよ。大人になったのね、唯。」
そして、優しく微笑んだ。
テストでいい点を取るだとか、ライブが上手く行くだとか、そんなことよりも、和ちゃんに誉められることの方が、ずっと。
ずっと私を喜ばせた。
「そうだよ、アダルト唯ちゃんなのです!」
私が手でVサインを作って和ちゃんに掲げると、和ちゃんは一層優しい笑顔を見せた。
嬉しくなって、もう片方の手で同じことをしようとした。
その時、和ちゃんが急に真面目な顔になって言った。
「でもね、唯、独善的にならないように気をつけて」
それから和ちゃんは、人差し指で私の額を弾いた。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:45:15.49 ID:JOWkEhNN0
「行きましょ、唯。アイス奢ってあげるわ」
また優しい笑顔。
和ちゃんは前を向き直し、またずんずんと歩いていった。
甘えたい時には甘えさせてくれる。
私が頑張ったときには、認めてくれる。
ただそれだけのことを、十年間の歳月が私たちの間に生み出した、非言語的な領域の中で、和ちゃんはしてくれる。
頭を撫でてくれるだとか、微笑んでくれるだとか。
子供扱いもしないし、必要以上に大人として扱いもしない。
ただの、平沢唯として扱ってくれる。
そういうところが好きで、私は和ちゃんが好きだ。
やっと自分の気持に気づいて、私は顔を赤らめた。
気付かれないように、和ちゃんの後ろから抱きつく。
「こら、外でなにしてるの」
「ふふ、いいじゃん」
和ちゃんの髪の毛から、首筋から、なんとも言えない良い匂いが。
多分、恋だとか、青春だとか、そういうものの匂いがした。
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:48:03.15 ID:JOWkEhNN0
「私、さわ子先生のことが好き」
和ちゃんが、放課後の教室でこんなことを言ったのは、それから丁度一週間後のことだった。
恥ずかしそうに、赤らめた顔を俯けて、右手で左腕をギュッと握る彼女は、まるで別人のようだった。
けれど、違うのだ。彼女は紛れもなく和ちゃん本人で、それでいて、そう……
彼女がこれから先、この姿を見せるのは、きっと私に対してじゃない。
「それを私に言ってどうしたかったの?」
自分でも、変な言葉だと思った。
むしろ、お前はなんと答えて欲しいんだ、と自分で思った。
「聞いて欲しかったのよ、何も言わずに」
軽く頬を膨らませて、彼女は言った。
ごめんね、と私は、彼女に聞こえないくらいの声で呟いた。
幼馴染なのに、分からなかったよ。
先生が好きだ、と。
生徒会長としてではなく、幼馴染としてではなく、真鍋和を見てくれるあの人が好きだ、と。
必要以上に大人として扱わない、甘えさせてくれるあの人が好きだ、と。
彼女は震える声で言った。時々、どもりながら、要領を得ない喋り方で言った。
「そっか」
私はそうとしか言えなかった。
どこで間違ったのか、私は、彼女も当然、十年という時を、永劫にも感じられた瞬間を、
きっと何よりも大切に思っていると、そう思っていたのだ。
だのに、全然そんなことはなかった。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:50:57.38 ID:JOWkEhNN0
「うん……聞いてくれてありがとう」
十年の歳月は、私に無意識的に最善の返答をさせたようだ。
つまり、"そっか"の一言。
色気のない短髪で、飾り気の無い制服で、けれど顔を赤らめて、恋する乙女らしく小走りに駆けていく彼女を、私は初めて見た。
きっと、さわ子先生は、これから先、私の知らない彼女を見つけていくのだろう。
彼女の告白を先生が断ることなんて、考えもしなかった。だって、私の幼馴染だから。
私の考えていることを彼女はわかるのに、彼女の考えていることを私は分かっていなくたって、
私の求めているものを彼女はくれるのに、彼女の求めているものを私は与えられていなくたって、
彼女は私の自慢の幼馴染なのだ。
彼女が先生と歩くとき、彼女はどんな顔で笑うのか。
彼女が先生と喧嘩するとき、彼女はどんな顔で泣くのか。悲しむのか。
それを想像しようとしても、彼女の顔が空白なのは何故か。
私が彼女のことを、自分で思っているよりもずっと知らなかったからか、それとも、涙で視界が滲んでいるからか。
「くやしいなあ」
私の声は、放課後の教室に虚しく響いた。
音が消えるまでの一瞬が、彼女と過ごした十年間よりも長く感じられた。
「ごめんね」
後ろから声がして、抱きしめられた。
柔らかい腕だった。
「聞いてたんだ、二人共気づいていなかったみたいだけど」
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:54:09.83 ID:JOWkEhNN0
ドアの傍に誰かがいたらしい。
誰が、なんてことはどうでもよかった。私はただ、溢れ出す思考を言葉にし続けた。
私、幼馴染のことが好きだったんだ、気持ち悪いよね。
勝手に、一緒に過ごした十年間を、切り取って、無限に拡大したんだ。
私は彼女のことなんてちっとも分かってなかったのに、分かった気になってたんだ。
彼女と過ごした時間に恋をしてたんだ。
随分と身勝手だよね、嫌われてもしようがないよね。
「ねえ、だからお願い、笑ってよ、私のことを」
ふわっと、長い茶髪が私の首筋に触れ、甘酸っぱい匂いがした。
「気持ち悪くない、素敵だよ。格好良いよ」
その言葉を聞いて、私は、目から水が溢れるのを感じた。
「じゃあ……和ちゃんは私のことを好きになってくれるかなあ」
「唯の好きと違っていいなら、とっくに、もうずっと、唯のことを好きでいてくれてるよ」
素直な返事だった。自分の気持を隠さない返事だった。
「やだよそんなの……くやしいなあ」
「そうだね、うん……くやしいね」
みっともなく鼻を啜りながら泣きじゃくる私を、その人は優しく撫で続けた。
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:56:17.55 ID:JOWkEhNN0
「唯はさ、大人なんだね」
自分の悪さに気付けるくらいに。
幼馴染のために、自分の気持を隠せるくらいに。
そう言って、その人は私をもっと強く抱きしめた。
「じゃあ、もう少し、大人になってみよう」
泣くのを止められるくらいに。
幼馴染のために笑っていられるくらいに。
「そうしたら、もしかしたら、真鍋さんどころか、私も惚れちゃうかもよ」
そう言って、その人は―――長い茶髪の、姫子ちゃんは―――小さく笑った。
その声が震えていたから、私は何だか可笑しくなった。
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:58:27.87 ID:JOWkEhNN0
「姫子ちゃん、ばか」
私がそう言うと、姫子ちゃんは私を離して、立ち上がり、言った。
「私の悪口を言えとは言ってないよ、ほら」
私に手をさし出して、いつもの素直な声で、
「途中まで一緒に帰ろうよ。軽音楽部、一日くらいサボっちゃおう」
だなんて言うもんだから、私は確信が持てた。
明日からも私と和ちゃんは幼馴染で、姫子ちゃんが隣の席にいる。
そんな確信。
「……うん、私もヤンキーデビューしちゃうよ!」
そう言って飛びついた姫子ちゃんの髪の毛から、首筋から、なんとも言えない良い匂いが……
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 21:02:00.82 ID:JOWkEhNN0
―――――――――――――――――――――――――――――
和「以上で……」
紬「唯姫だったアァァァァァァァッ!分かっとる、ここで唯姫とは、あんた分かっとるで和ちゃん!」
和「え、うん、ありがとう。私的には和さわだったんだけど」
紬「どこまで!?この後二人はどこまで行くの!?」
和「だからあなたの思うところまで……」
紬「ちゃんと言って!なにをしたの!?ナニをしたの!?」
和「わかった。ニャンニャンまでした。これで良い?」
紬「ひゃっほう!和ちゃんにセックスって言わせたわ!」
和「言ってねえよ。じゃあ、質問がある人」
姫子「はい」
和「あなた、本当に意外と真面目なのね」
姫子「どうも。和ちゃんが買ったCDは、センセに勧められて?」
和「そうよ」
姫子「じゃあ、その時から唯の恋は、もう叶わないものだったのね」
和「悲しいけど、これが現実なの」
49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 21:05:10.97 ID:JOWkEhNN0
唯「現実じゃないじゃん、和ちゃんの妄想じゃん」
和「唯、ごめんね……諦めて?」
唯「チックショウ、まじでくやしいなあ」
さわ子「なんか私も、こっちがあるべき現実な気がしてきたわ」
唯「大丈夫かあんた。生徒の妄想に刺激されていいの?」
さわ子「和ちゃん……今度居酒屋にでも行きましょう」
和「ええ、喜んで。ちなみに、私の妄想では金曜日に居酒屋に行って……」
唯「お願いだから誰か話を聞いてください」
紬「素晴らしい一日だったわ。余韻を楽しむために帰るわね」
唯「おい部活」
51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 21:08:28.11 ID:JOWkEhNN0
唯「……姫子ちゃんは?帰らないの?」
姫子「あー、えっとさあ、なんていうか……頑張んな。まだ間に合うよ、多分」
唯「……何がさ」
姫子「さあ、なんだろうね?じゃあ、私運動場行くね」
唯「行っちゃった。姫子ちゃんも大概だね」
唯「……でも、まあ……頑張ってみますか」
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 21:12:54.14 ID:JOWkEhNN0 [43/43]
うん、これで終わりなんだ。
一人称で視点がコロコロ変わるのは読み辛かったかもしれない、すまない。
でもさ、俺先週言ったじゃん。もっと和さわ書いてくれって。
それ言うためだけに初めてSS書いたよ。
それなのにさ、増えないじゃん。なんなの?
もうね、イライラして和ちゃんと同じ赤いアンダーリムの眼鏡買った。
うん、それだけ言いたかった。
両手を合わせて、大袈裟に頭を下げてきた。
その仕草に、私は頬を緩めかけたが、直ぐに規律が私を窘めた。
幼馴染の私を見るのはこの娘だけで、生徒会長の私を見るのは全校生徒だから、どちらが重いかは一目瞭然だ。
「あなたの顔も何も無いわ。貴方が何を言ったって、時間は巻き戻らないんだから」
幼馴染と入れ替わりに、さっきまで唖然として黙っていたツインテールの下級生が、高い声を上げた。
彼女のパートはサイドギター。
「でも、今までは和さんがなんとかしてくれてたじゃないですか」
「これからの話をしてるの、梓ちゃん」
気づくと、私は腕を組んだまま、人差し指でとんとん、とリズムを取っていた。
どうやら、私はかなり苛立っているらしい。
4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:04:10.38 ID:JOWkEhNN0
「はっきり言わせてもらうけど、今までだって何とかなってたわけじゃないわ。
単純に、律の代わりに私とさわ子先生が頭を下げて、私たちが怒られていただけ」
小さく、すみませんと声がした気がしたが、私は続けた。
「別に真鍋和はそれでもいいけど、生徒会長はそうじゃないの。
生徒会長が規律を乱すわけにはいかない、融通をきかせるわけにもいかない。
あなたたちを特別扱いするわけにもいかなくなったのよ」
一息に言い終わると、私の指は止まっていた。
沈黙が纏わり付く中、音楽室を出ていこうとする私に、ブロンドの娘が声をかけた。
「ケーキ……食べる?」
とん、と人差し指が跳ねた。
「いらないわ」
そう言って、私は音楽室を後にした。
6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:07:17.19 ID:JOWkEhNN0
規律は守るためにある。
視線は気にするためにある。
それが人間というものだ。
そんな人間観に沿って、私はいつのまにか人間らしくなってしまっていた。
「つまんないわね」
私は呟いて、生徒会室の扉を開けた。
茶色がかった短髪の女の子が、背に夕陽を受けて本とにらめっこしていた。
茶色がかった長髪の私は、電灯を背に受けて、彼女とにらめっこをしたがっていた。
「やっほー和ちゃん」
私が声をかけると、気だるそうにその娘は顔を上げた。
ずれた眼鏡をかけなおして、私に言った。
「どうしたんですか、山中先生」
しばらく、しじまが流れて、私たちは見つめ合った。
そのまま私は和ちゃんの隣に座り、ため息をついて、私は言った。
「生徒会長に話があるわけじゃないんだけど」
それを聞くと、優等生のその娘は、眉を下げて笑った。
眼鏡を外して、本を閉じて言った。
「生徒会室でそんなことを言われても困ります、さわ子先生」
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:11:25.46 ID:JOWkEhNN0
彼女が生徒会長としてあるために必要な諸々の物を取っ払うと、そこには短髪の女の子しか残らなかった。
頬杖を突いて、指でとんとんとリズムを取るような、そんな女の子。
無造作に垂れた前髪の中から、上目遣いで疲れたように見つめてくる、そんな女の子。
私は不要な考えを振り払うために、頭を振って、それから言った。
「今日はまた、随分と疲れてるように見えるけど」
「そうですか」
トントンと、音が聞こえる。和ちゃんが指で机を叩く音。
どうやら自分では気づいていないらしい。規則正しく、ゆっくりとしたテンポでたたき続けていた。
「そういえばさ、りっちゃんに泣きつかれちゃったわ」
一瞬指が止まる。続いて、さっきより少し速いスピードで再開する。
「受ける必要はありませんよ」
「なにが?」
私がとぼけると、和ちゃんの指は一層速さを増した。
「律の頼みをです。彼女の不注意のために、わざわざあなたが頭を下げる必要なんて無いでしょう」
「あら、今までは和ちゃんだって一緒に下げてたじゃない」
「私はいくらでも頭を下げますよ。だけど、生徒会長はそれじゃ駄目なんです」
またしばらく、静寂。
私たちは目を逸らすこと無く見つめ合っていた。
8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:14:14.67 ID:JOWkEhNN0
「なんでそんなに自分を縛ってるの?」
突然、指の動きが止まった。
じっと私を見つめて、和ちゃんは消えそうな声で言った。
「なんでだと思います?」
「さあ、私は超能力者じゃないもの、分からないわ」
和ちゃんが深く息を吸い込んだ。
綺麗な澄んだ声で、真っ直ぐに私を見つめて言った。
「大人になりたいんです」
なんだかよくわからない答えに、私は言葉を失った。
そして、和ちゃんの続けた言葉が、私から思考を完全に奪った。
「あなたが、私よりずっと大人だから」
「あっ……そっか……」
私は和ちゃんを見つめ続けることも出来ず、目を逸らすことも出来ずに、やっとのこと目を伏せた。
謝ろうと思った。それが良いことか悪いことかは抜きにして、ただ謝ろうと思った。
けれど、私の口は塞がれた。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:16:53.02 ID:JOWkEhNN0
「好きなんです、さわ子先生。規律で自分を縛り付けても苦にならないくらいに。
自分の拠り所としていた規律を台無しにするのも、怖くないくらいに」
そう言って、彼女は私の頬に手を当てた。
それでも私はまだ、謝ろうと思っていた。
けれど、彼女の瞳に溜まっていた涙を見て、私は……私は何を考えたのだろう。
何を考えたら良かったのだろう。
つまらないなと思った。
規律を守って、視線を気にするのをつまらないと思ってしまった。
一歩踏み越えてしまった。
「先生、私は……」
何かを言おうとする彼女の口を、塞いだ。
彼女の目は大きく見開かれて、そして、細められた。
私は戻りたいと思った。
視線を気にせず、規律を破って、根拠のない自信と、あるかも分からない未来に胸を膨らませた頃に。
彼女は足を踏み入れたいと思った。
視線に射ぬかれ、規律に砕かれ、拠り所を失った心と、きっと叶わないだろう夢の残骸に縋りつく墓場に。
ただの交換条件。
分かってるはずなのに、胸が張り裂けそうだった。
「ごめんね」
私はそう呟いて、何度も、何度も、和ちゃんの口を塞いだ。
10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:20:21.46 ID:JOWkEhNN0
和「はい以上です」
唯「そうなんだ、じゃあ私音楽室に音楽室行くね」
和「質問がある人は挙手するように。唯は座るように」
唯「帰りたいんだけど」
紬「はいっ!」
和「はいムギ」
紬「二人はこの後どこまで行きましたか!」
和「あなたの思うところまで行ったわ。答えはあなたの心のなかにあるの」
紬「まあ!和ちゃんったらいけないひとッ!」
唯「さすがムギちゃん。私たちにできない事を平然とやってのけるッ そこにドン引きだよ」
さわ子「はいっ!」
和「はい先生」
さわ子「本人のいないところでやってください」
和「やだもう……先生ったら」
さわ子「なんで照れてんのこの娘」
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:24:57.00 ID:JOWkEhNN0
姫子「はいっ!」
和「はい立花さん」
姫子「私も聞いてていいですか」
和「当和さわは誰でもウェルカム」
姫子「やった!」
唯「え、なに、みんな聞いてく感じなの。私音楽室行きたいよ」
紬「唯ちゃん諦めて。みんな教師と生徒の禁断の恋を堪能したいの」
さわ子「してない。恋してない」
和「もう……先生ったら」
さわ子「だからなんで照れてんの」
唯「ねえ姫子ちゃん部活行かないの?」
姫子「背徳感がたまらないからもう少し聞いていくね」
唯「ド畜生」
和「諦めなさい。では次の和さわです」
紬「ひぃやっふぅ!"さわ子『もう少し真面目に』"ね!」
―――――――――――――――――――――――――――――
12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:28:12.50 ID:JOWkEhNN0
「もう少し真面目にやれよな」
不真面目だと言われてきた。
先生たる私が、生徒にまでこんなことを言われる有様。
とは言え、生来の気質なのだからどうにもこうにも。
どうせ不真面目なら、もっとおちゃらけたほうが潔いというもの。
「真面目な顧問シリーズ第一弾、野球部の顧問!」
放課後の音楽室に私の声が響き、カチューシャをした軽音楽部長はにやりと笑う。
ティーカップを持っていたブロンドのおいらかな女の子(彼女は何故か音楽室に茶器を一式持ち込んでいた)
は、期待を込めた視線でチラチラとこちらを見ている。
少し癖のついた髪の毛の、ヘアピンをした女の子(彼女はどうにも抜けたところがあり、手を焼くとあの娘がぼやいていた)
は、手を口に当て、わざとらしく咳払いをした。
残りの二人の黒髪は、ため息をついて顔を見合わせていた。
「平沢ァッ、おまっ、やる気あるんか!やる気無いなら帰れ!」
私が太い声で怒鳴りつけると、ヘアピンの女の子はくぐもった声で言った。
「ウッス、スイマセンっす!自分帰らせて頂くっス!」
カチューシャの女の子が一言、
「本当に帰るんかい!」
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:32:29.88 ID:JOWkEhNN0
二人が顔を見合わせて噴出し、私とブロンドの娘はそれを眺めてクスクスと笑う。
黒髪の娘達も、苦笑いをしながらも楽しそうだ。
やはり、不真面目も貫き通すことが大事だ。
この娘たちの青春の一ページ―――小っ恥ずかしい言い方だが―――その中に、私の名前が残ればいいな。
「そんじゃあな、さわちゃん、仕事くらいは真面目にやれよな」
「余計なお世話よ」
カチューシャの女の子が減らず口を叩いて出て行くと、音楽室は空っぽになった。
私の頭も一度空っぽにして、野球部の顧問を追い出し、代わりに招き入れたのはバッハ。
いや、あの娘は、音楽にはあまり詳しくなかったかもしれない。
じゃあ、ドストエフスキーでも入れていこう。
しばらくして、頭の中でラスコーリニコフが苦悩しだした頃に、私は音楽室を出た。
あの娘の青春の本は、随分と重たいらしい。何度通っても、ページが開ける気配はない。
その上、もし開いたとしても、その紙は私のインクを弾いてしまうかもしれない。
生徒会室の扉を開けると、私とは違った短髪の、しかし、私と同じように眼鏡をかけた女の子がいた。
「どうしたんですか、先生。講堂の使用許可申請書は、珍しく提出されてますけど」
そう言って、その娘はくつくつと笑った。
色気も何も無い短髪から覗く首筋は、妙に色っぽい。
「どうって……えっと、文化祭のライブの衣装、これでいいかなって」
私がしどろもどろに言うと、その娘は眼鏡の奥で目を細めた。
苦笑。
15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:35:51.39 ID:JOWkEhNN0
「私じゃなくて、澪にでも聞いたほうが良いのでは?」
つれない。恥ずかしがるでもなく、興味を示すでもなく、淡々と意見を述べてくる。
どうにも面白くない。
「そうじゃなくてね、こう、公序良俗に反してないかをね……ね?」
言葉が続かなくなり、私が首を傾げると、その娘は可笑しそうに笑う。
私が手にしているヒラヒラした服を指さして言った。
「このひらひら、演奏するときに邪魔になりませんか。というか、女中さんの服なんですね」
ひらひらじゃなくてフリル。女中さんじゃなくて、メイドさん。
なんとも可笑しな言葉遣いで、口を尖らせたくなるが、私の視線は彼女の手に注がれた。
ひらひら、と言う時に、同時にひらひらと振られた手。
「えっと、どうしたんですか」
その娘は訝しげに自分の手を眺めて、言った。
「何か付いていますか?」
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:38:23.39 ID:JOWkEhNN0
間髪入れずに、私は、その娘に向かって、
「いえ、可愛いなと思ってね」
口を滑らせた。
私は、当然訪れるだろう沈黙に備えて身構えた。
「ありがとうございます」
私の警戒は杞憂に終わった。
けれど、少しはにかんだ彼女の笑顔は、私の心を揺さぶった。
どんなにしっかりしていても、彼女は、年相応の女の子だった。
その笑顔は、彼女が高校生の少女であることを如実に物語っていた。
それなら、と私は思った。
「ねえ、和ちゃん」
私は彼女の名前を呼んだ。
彼女は可愛らしく首を傾けた。
「今度、遊びにいきましょう、一緒に。スプラッタ映画でも見ましょう」
彼女は苦笑いをして、けれど、大きく頷いた。
「ええ、楽しみにしておきます」
私はようやく、不真面目に一歩を踏み出した。
やはり、不真面目も貫き通すのが大事だ。
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:41:35.68 ID:JOWkEhNN0
「和ちゃんは融通が利かないよね」
最近、幼馴染にこんなことを言われた。
とは言え、そうしたほうがずっと生きやすいのだから、仕方ない。
けれど、少し憧れることもある。
みんなと、大声で笑って地べたを転げまわってみたいと思う。
私はいつも、それを止める役、だった。
「スプラッタ映画でも見ましょう」
私は止めなかった。
今更、不真面目な側に回りたいと思うのは、我侭だろうか。
けれども、少し、自分の知らないところに手を伸ばしたい。
さわ子先生は、大人で、少し不真面目で、けれどみんなに慕われている、私の知らないものの塊だった。
その日、私は少し崩した、カジュアルな服を着てみた。
ドレスシャツの胸元を大きく開いて、その上にジャケットを羽織った。
下には色気も何も無いただの長いズボン。
「これは……不真面目というよりはボーイッシュ。胸元は……露出狂みたいだわ」
鏡の前で一人呟く。鏡の前で喋ると、どうにも妙な感じがする。
目の前の自分は、声を出さずに口だけ動かす。
それをずっと見ていたいが、そうするためには自分が喋らねばならず、そのためにどうにも集中できない。
数秒鏡を、それも鏡に写った自分の口を見つめて、首を振り、シャツの胸元のボタンを閉じて、家を出た。
待ち合わせの時刻は十一時。
身だしなみを整えるのに十分で、それでいて、遅いわけでもない。
少なくとも、私はそう思っている時間。
偶然だろうが、さわ子先生がその時間を指定してきて、私は少々驚いた。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:45:11.06 ID:JOWkEhNN0
時計の針が十一時を指す。
時間ぴったりに着いた私は、「五分前集合」の信条を破ったことと、
もしかしたらさわ子先生が待ちわびているかもしれないという期待から、わくわくして辺りを見渡した。
「……来てない」
つい口に出す。負けた。なんとなくそう思った。
五分間腕を組んで待っていると、急ぐ様子も見せずにさわ子先生が現れた。
ハイヒールに、体型が強調されるシャツ、腰の膨らみが映えるスカート。
なんとも女性らしい服装である。
「私の時計は五分遅れているの」
私が何も尋ねないうちにそう言うってことは、途中でもう気づいてたんですね。
いいです、それなら私も、もっと不真面目になりましょう。
先生に気づかれないよう、俯き加減ににやりと笑った。
「先生、行きましょう」
そう言って、私は強引に先生の手を引いて、早足で映画館へ向かった。
先生がハイヒールだろうとお構いなし。
相手のことは気にかけない、中々不真面目、というか悪である。
「ちょっと、和ちゃん、もう着いたから、ここだから」
先生が息も絶え絶えに私に言った。
走ったせいか、顔が真っ赤になっている。
私も肩で息をしている有様だ。
「あら、そうですね。それじゃ、チケットを買いましょうか」
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:48:38.32 ID:JOWkEhNN0
事もなげに言い放つ私。中々不真面目、というかクールだ。
しかし、顔は上気し、肩は上下しているのだから、どうにも格好がつかない。
「ちょっと私は疲れたわ。和ちゃん、私の分も買ってきてくれる」
軽く頷いて、私は列に並んだ。今日見る映画は……怪奇、脳みそ丸出し男。
外れ映画臭が私の鼻腔を強烈に突いたので、私はこっそり他の映画のチケットを買った。
さわ子先生の落胆する顔を思い浮かべて、にんまりとする。
「で、何の映画にしたの?」
チケットを買うと、さわ子先生が楽しそうに訊いてきた。
思わず、えっ、と間抜けな声を出した。
「流石にあんなハズレっぽい映画のチケットは買わないでしょ……もしかして買ったの?」
さわ子先生が眉をひそめたので、私は渋々首を横に振った。
また負けた。私がおずおずと紙切れを差し出すと、先生は、まだかすかに赤い顔で、俯いた。
「恋愛映画は……あんまり私たちに似合わないと思うなあ」
さわ子先生がそう言うのを聞いて、私は思わず、勝ち誇り、言った。
「ふふん、そうでしょう。私の勝ちですね」
しばらく沈黙した後、先生は吹き出して、拗ねたように言った。
「私たちっていうのは、あなたも含まれてるのよ」
「あら、心外ですね」
22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:52:22.94 ID:JOWkEhNN0
驚いたように声を上げて、呆れた風に顔を振り、さわ子先生は、
「私も心外よ。今だって、こんなに素敵な男の子とデートしてるのに」
と言った。私には真似出来ない、ちょっとばかりの皮肉と、十分な―――少なくとも、私を赤面させるには―――賛辞を含んだ言葉。
私は、その言葉の核が、彼女の唇にあるかのように、そこを凝視した。
「あの、なにかしら和ちゃん?」
おずおずとさわ子先生が尋ねる。
私は目をそらして、顔を仰いで早口に言った。
「私、女です」
「分かってるわよ」
先生は眉をハの字にして、くすりと笑った。
映画館のライトが落ちた。
先生は隣で、先程からしきりにポップコーンを頬張っている。
「太りますよ」
ぼそりと私がそう言うと、それから先生はポップコーンに手を伸ばさなかった。
映画は至極安っぽい筋書きだった。
普通の女の子が、普通の男の子に恋をする。
安っぽい恋をする。この人が好きなのだのなんだのと、結局は性欲に過ぎない。
少なくとも私にはそうとしか思われない恋をする。
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 19:56:33.23 ID:JOWkEhNN0
私の隣でさわ子先生は真面目に映画に魅入っていた。
スクリーンの明かりに照らされた横顔は綺麗だった。
「くだらない話でしたねえ」
映画が終わり、さわ子先生が奢ってくれるからと立ち寄った喫茶店で、私たちは映画について意見を交わした。
向かいあって座るさわ子先生が、コーヒーを啜って、苦笑する。
「どこをそう思ったのかしら?」
「性欲を美談に仕立て上げているところ、でしょうか」
映画館の中でずっと考えていたことだ。
苦も無く口から言葉が出てきた。
「辛辣ねえ。だけど、恋なんてそれ以外の何者でもないんじゃないの?」
さわ子先生とは違い、私は砂糖を多く入れて、しかし、先生と同じように人差し指と親指でカップを持ってコーヒーを飲む。
そして、私は真面目に言った。
「違いますよ。恋は、相手の長所―――優しさとか、思慮深さとか、そういう精神的なものです―――
を思い慕うものです。私はそう思っています」
「さっきの映画もそんな話だったじゃない」
「違いますよ。あれは、互いの若さに恋していただけです。
要は、互いの体が好きだっただけですよ」
「脳みそに精子がつまってるってことねえ」
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:00:44.07 ID:JOWkEhNN0
さわ子先生の台詞に、私の思考が一瞬停止する。
そして、そういえば今日は先生の不真面目さを見習おうと思っていたのだと思いだした。
「えっと……」
しかし流石に、今の発言には対応できずに、私は自分の顔が赤くなるのを感じた。
さわ子先生がくつくつと笑っていた。
「ふふ、ごめんなさい。やっぱり真面目ね、和ちゃんは」
私が言い返そうとすると、さわ子先生は人差し指を口の前で立てた。
いわゆる、しーっ、というポーズ。
「私もね、恋は肉体的なものじゃないと思うわ。
もっとずっと、眼に見えない様な何かに対して抱く感情だと思う」
突然、私はまたさわ子先生の唇に視線が吸い寄せられるのを感じた。
「そうね、仰々しい言い方をすれば、精神的卓越性とか……そんなところかしらね。
とにかく、相手の精神に対する敬意みたいなもんだと私は思うわ」
ああ、これは、鏡の前で感じたのと同じ、おかしな感覚だ。
私以外の誰かが、私と同じことを考えている、喋っている。
さわ子先生は、ほんのりと顔を赤らめて続けた。
「そういう点から言うと、私はその……和ちゃんは私と違って真面目だから、そういう所に……」
私はその口の動きをずっと見ていたいと思う。
けれど、そういう訳にはいかないから、私は……
26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:03:58.38 ID:JOWkEhNN0
「……なによ」
さわ子先生の口元に手を伸ばし、人差し指を当てた。
しーっ、と小さく呟いた。
さわ子先生は、不満げにそう言うと、店の外に目をやって、それから席を立った。
「帰りましょうか、先生」
私がそう言うと、先生は肩を落として私の後に続いた。
喫茶店から駅まで、先生は終始無言だった。
ちらりと振り返ると、偶然か、それともそれ以外か、毎回目が合い、さわ子先生が逸らす、ということが続いた。
困ったことに、その間も、私は彼女の口が気になって仕方がなかった。
「先生」
駅まで数百メートルとなったところで、私は振り返った。
先生は立ち止まって、私の顔を見つめた。
「なにかしら」
「私、先生のこと尊敬しています。先生の、不真面目なところ」
「嫌味?」
先生が笑った。
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:06:31.92 ID:JOWkEhNN0
「違いますよ。先生は、私と違って不真面目で、それなのにみんなに慕われる、不思議な人です」
先生は、何事かというように小さく首をかしげた。
数秒後、その顔は直ぐに赤くなった。私の口を見つめたまま。
「敬意を表します、あなたの……精神的卓越性に」
さわ子先生は赤くなった顔を地面に向けて、消えそうな声で言った。
「うん、私も」
「じゃあ、待っていてください。私がもっとずっと真面目になるまで」
そう言うと、さわ子先生は顔を上げて、無邪気に笑った。
「明日までなら待ってるわ。けれど、私もずっと不真面目になるから、もしかしたら待ち合わせに遅れるかもしれない」
それから私のほうへ近づいて、人差し指を私の口の前で立てた。
「だから、あなたも待っていて?」
真っ赤になった顔を傾けて、私の顔を覗き込む彼女はとても美しかった。
私は、その瞬間が最高のものになるように、ただその一瞬だけを切り取るために、短く答えた。
「ええ」
最後まで、真面目にいこうと思った。
無理に不真面目にならなくたって、彼女は私の傍にいてくれるのだから。
28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:09:28.57 ID:JOWkEhNN0
―――――――――――――――――――――――――――――
和「以上です」
紬「わかったわ!この、二人共常識人っぽい感じが和さわなのね!
同性愛は駄目……でも感じちゃうッてことね!?」
和「あなたの思うとおりで良いわもう」
紬「やったぜ」
和「はいじゃあ質問がある人」
姫子「はい」
和「姫子さん、どうぞ」
姫子「鏡の表現が多々出てきますが、これはつまり相手と自分の心が合致するということですね。
つまり、唇を見つめている間、真鍋さんは、『さわ子先生のことが手に取るように分かる……でも恥ずかしい』って」
和「やめて。ちょっとまじでやめて」
紬「続けて!お願い姫子ちゃん続けて!」
姫子「やめるわ」
紬「立花アァァァァァァァッ!?」
和「そういう、人の駄洒落を解説するみたいな行為はよくないわ。駄目、絶対」
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:12:33.62 ID:JOWkEhNN0
唯「はい」
和「お、平沢か。やっと真面目に授業受ける気になったか、まあ、もう三年生だからな」
唯「なんだそのノリ」
和「ほら質問してこいよ、どうしたオラびびってんのか?」
唯「面倒臭いよ。和ちゃんはさわちゃんのこと好きなの?」
和「も……もう、唯ったら大胆」
唯「面倒臭いってば。さわちゃん、和ちゃんの頭撫でて」
さわ子「はいよ」
和「んっ、あっ……さわ子せんせえ……」
さわ子「ちょっ、なにこれ凄く可愛い」
紬「エロいわ!唯ちゃんやりっちゃんにはないエロさね!」
唯「そっか、好きなんだね。そう言えばりっちゃん達は?」
紬「音楽室に行ったわよ」
唯「田井中アァァァァァァァ……」
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:15:50.52 ID:JOWkEhNN0
姫子「はい次行きましょう、次」
唯「なんだよ、ノリノリだよこの人」
和「はい……先生がタイトルコールして……?」
さわ子「やばい。これは可愛い」
和「駄目、ですか?」
さわ子「よっしゃ。"唯『くやしいなあ』"」
和「じゃあ、行ってみましょう」
唯「おい、ちょっと待てよ」
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:18:14.88 ID:JOWkEhNN0
紬「唯ちゃん……いい加減にしてくれる?」
唯「え、私が悪いの。なんか和さわなのに私の名前が出てきたよ。なのに私が悪いの」
姫子「我侭言わないの!」
唯「畜生、孤立無援、四面楚歌だよ」
和「あら、難しい言葉知ってるのね。えらいえらい」
唯「んっ……頭撫でられても誤魔化されないよ」
和「内容は健全な和さわだから安心して」
唯「……分かったよ」
和「じゃあ、行きます」
―――――――――――――――――――――――――――――
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:20:27.88 ID:JOWkEhNN0
優しいところが好きですとか、君の眼が好きだとか。
そんなことを恥ずかしげもなく世間の方々は口にするが、まったく、笑止千万である。
「唯はそういうのに興味なさそうだよねえ」
髪を茶色に染めた貴方。
貴方は素敵な方だと思うけれども、そうやって私のことを子供扱いするたびに、私は吹き出しそうになる。
「姫子ちゃんと違って子供だから」
私がそう言ったときに見せる、母親のような笑顔が私は好きだけれども、貴方の思想はいただけない。
その後も、実のない会話が続いた。
私、平沢唯は、世間に馬鹿だと思われている。
しかし、自分ではそうでもないのではないかと思う。
何故って、私は性欲に駆られて行動するようなことはない。
なんだかんだ御託を並べても、相手が異性である以上、そこには生物的な本能が含まれているわけで、
私はどうにもそれが好きになれない。
「あ、ほら唯、お母さんが来ましたよ」
長い茶髪の姫子ちゃんが、くつくつと笑って教室の扉を指差す。
眼鏡をかけた、短髪の、凛々しい顔をした、私の幼馴染が居た。
「私、和ちゃんの子供じゃないよ」
むきになって私がそう答えると、姫子ちゃんは楽しそうに笑った。
和ちゃんを手招きして、明るい声で言った。
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:23:46.54 ID:JOWkEhNN0
「真鍋さん、唯のこと宥めてよ」
それからすぐに、慣れた感覚が頭を覆った。
和ちゃんの、手。
「はいはい。唯も、あまり立花さんを困らせないのよ?」
「和ちゃんまで私のこと子供扱いして」
私がぼやくと、和ちゃんは笑った。
姫子ちゃんとは違う、落ち着いた笑い方。
「そんなことないわ」
なんとなく、そうかな、と思わせるような声だった。
どうにも気恥ずかしくなって、私は和ちゃんの頭を撫で返した。
「このこの、和ちゃんの癖に!」
「え、ちょっと、何よ」
朝から騒々しい私たちを見て、姫子ちゃんは大きな声を上げて笑った。
「では、何故Kは自殺したのでしょうか」
36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:26:34.94 ID:JOWkEhNN0
現代文の授業は嫌いだ。
特に、今読んでいる"こころ"、これはあまり好きじゃない。
なんだって、対して同じ時間を共有したわけでもない人達の間で起きたことを、こんな仰々しく書き立てているのか。
そんなわけで、私は授業中はもっぱら外の真っ青な空を眺めているわけだが、姫子ちゃんは案外真面目である。
今日も授業が終わった後に説教を食らった。
「あのね、唯、もう夏でしょう。もう少し授業を真面目に受けたほうがいいと思う」
外見とは裏腹に真面目な姫子ちゃん。
真面目な人は個人的に好意が持てる。
だから、彼女の意見は尊重したいが、授業がつまらないのだから仕方がない。
「いやあ、授業が始まると、そらも飛べるはずって気持ちになりまして」
そんなとぼけたことを言うと、毎度、姫子ちゃんは笑い、和ちゃんは眉をひそめる。
「ねえ、唯、もう少し真剣になりなさいな。私や憂だって、いつまでも唯の世話をしてはいられないのよ」
いつになく真剣な和ちゃんの言葉に、一瞬空気が変わったが、姫子ちゃんがあっけらかんとした声で言った。
「真鍋さん、私、私も入れてよ。私も今年一年しか唯の世話出来ないよ」
「ねえ、和ちゃん、一緒に帰らない?」
つまらない授業が終わって、私は和ちゃんに言った。
幼馴染からのお誘いを無下にしたりはしないよね。
そう思っていた。
「なに言ってるのよ、あなたは部活があるでしょうが」
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:29:40.84 ID:JOWkEhNN0
適当なことを言ってサボろうと思ったが、間が悪いことに我らが軽音楽部の部長が会話に加わった。
「そうだぞ唯。梓もそろそろ寂しがってる時期だからな」
可愛い後輩の名を出されては私も折れざるを得ない。
それでも私は最後の悪あがきをした。
「でもでも、じゃあ、部活が終わってから一緒に帰ろ」
「ごめんなさい、今日は私生徒会無いのよ」
思わず肩を落とした。
本来なら、よかったねと言うべきだろうが。
「へえ、いつも忙しそうにしてるのに、珍しいね。良かったね」
姫子ちゃんが言った。
悔しいことに、こういうとき姫子ちゃんは素直だ。
「ええ、ありがとう。それじゃあ、お先に失礼するわね」
「ばいば~い」
姫子ちゃんが気だるそうにひらひらと手を振った、
姫子ちゃんに手を振り返して、和ちゃんは教室から出て行った。
「私も帰るね。それじゃあ」
余談だが、姫子ちゃんの所属するソフトボール部はもう公式戦が終わり、三年生は引退しているらしい。
私は観念して音楽室へと向かった。
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:32:53.18 ID:JOWkEhNN0
私は別に部活が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。
しかし、私が和ちゃんと過ごした十年近い歳月は、それだけで全てを凌駕する力を私の中で確立している。
結局、部活の仲間も、クラスメイトも、"今のところ"いい人そうな人、なのだ。
十年経ってもいい人のままである和ちゃんとは比べようもない。
「先輩達は文化祭まで部活をなさるんですか」
軽音楽部全員で帰宅していると、たった一人の後輩が遠慮がちに聞いてきた。きっと寂しいのだろう。
みんなも同じことを感じたようで、部長が笑って言った。
「大丈夫だって、流石に今回ぐらい、さわちゃんも真面目にやるよ。私たちだって真面目にやってんだろ?」
後輩は、微妙な表情をして、くすりと笑った。
「あんまり上手くないですけどね」
そういえば、最近顧問のさわ子先生が音楽室に来ていない。
三年生の担任ともなると、流石に大変なのだろうか。
「あっ、あれ、和じゃないか」
黒髪のベースが声を上げた。
私は素早く彼女が指差すほうを向いた。
和ちゃんだった。色気のない短髪と、飾り気の無い服装は、遠くからでもそれと分かる。
「ん、じゃあな、唯」
部長が言った。
「お前、和と帰りたがってただろ。いいよ、いっておいで」
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:36:14.66 ID:JOWkEhNN0
なんともいい奴だ。
今度アイスクリームでも奢る、と言って、手を振って私はみんなと別れた。
「和ちゃん、一緒に帰ろ!」
和ちゃんは、彼女には似合わない楽器店の前にいた。
手には薄いビニル袋がぶら下がっている。
「あら、唯、奇遇ね」
私は大きく頷いて、彼女が持つビニル袋に目をやった。
「CDでも買ったの?」
私が訊くと、彼女はこくりと頷いた。
「勉強の息抜きにね」
「何聞くの、和ちゃんのことだから、クラシックとか?」
和ちゃんが溜息をつく。
「どんなイメージ持ってんのよ。ほら、これよ」
和ちゃんがビニル袋から出してみせたのは、真っ赤なジャケットとピンクのジャケットの、よく分からないCDだった。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:39:37.97 ID:JOWkEhNN0
「なにこれ知らない」
「軽音楽部なのに?」
「軽音楽部なのに」
私がオウム返しをすると、前と後ろから同時にため息が聞こえた。
「赤いのはsonic youthで、ピンクのはmy bloody valentineですよね、和先輩」
ツインテールの後輩だった。
背中に小さなギターを背負って、店の前で立ち止まる。
「流石に軽音楽部ね。メジャーなバンドは大体わかるのかしら」
「ええ、シューゲイザー、オルタナティブなら、JMCとか、Dinosaur Jrとかも有名ですよね」
なんだか話が盛り上がりそうだが、私は入っていけない。
私の非難がましい視線に気づいたのか、後輩は、
「あっ、私は替え弦を買いに来ただけですので。あしからず」
と言って、店内に駆けていった。
「あら、残念ね。それじゃあ、唯、帰りましょうか」
そう言って、和ちゃんは歩き出した。私がそれに続く。
しばらく沈黙が続くが、それが苦にならないのは、ひとえに私たちが共有してきた年月のお陰だ。
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:42:47.49 ID:JOWkEhNN0
「ねえ、私って子どもっぽいと思う?」
私がおもむろに話を切りだすと、和ちゃんは特に気にする様子もなく、
「どうしてそんなことを訊くのかしら」
と答えた。
「なんか姫子ちゃんが恋愛がどうのって朝、話してたんだけど、よく分かんなくてさ。私、興味もないし。
それに、恋愛ってなんだろうね。出会って数ヶ月の人を好きだのなんだの、すごく馬鹿らしく思えるよ」
私が空を見上げながらそう言うと、和ちゃんは立ち止まった。
いつになく真剣な表情で私の顔を見つめながら言った。
「全然子供っぽくないわ。そうやって、自分なりの考えを持って、それに沿って物事を見るって言うのはね、唯。
全然子どもっぽいことなんかじゃないわよ。大人になったのね、唯。」
そして、優しく微笑んだ。
テストでいい点を取るだとか、ライブが上手く行くだとか、そんなことよりも、和ちゃんに誉められることの方が、ずっと。
ずっと私を喜ばせた。
「そうだよ、アダルト唯ちゃんなのです!」
私が手でVサインを作って和ちゃんに掲げると、和ちゃんは一層優しい笑顔を見せた。
嬉しくなって、もう片方の手で同じことをしようとした。
その時、和ちゃんが急に真面目な顔になって言った。
「でもね、唯、独善的にならないように気をつけて」
それから和ちゃんは、人差し指で私の額を弾いた。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:45:15.49 ID:JOWkEhNN0
「行きましょ、唯。アイス奢ってあげるわ」
また優しい笑顔。
和ちゃんは前を向き直し、またずんずんと歩いていった。
甘えたい時には甘えさせてくれる。
私が頑張ったときには、認めてくれる。
ただそれだけのことを、十年間の歳月が私たちの間に生み出した、非言語的な領域の中で、和ちゃんはしてくれる。
頭を撫でてくれるだとか、微笑んでくれるだとか。
子供扱いもしないし、必要以上に大人として扱いもしない。
ただの、平沢唯として扱ってくれる。
そういうところが好きで、私は和ちゃんが好きだ。
やっと自分の気持に気づいて、私は顔を赤らめた。
気付かれないように、和ちゃんの後ろから抱きつく。
「こら、外でなにしてるの」
「ふふ、いいじゃん」
和ちゃんの髪の毛から、首筋から、なんとも言えない良い匂いが。
多分、恋だとか、青春だとか、そういうものの匂いがした。
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:48:03.15 ID:JOWkEhNN0
「私、さわ子先生のことが好き」
和ちゃんが、放課後の教室でこんなことを言ったのは、それから丁度一週間後のことだった。
恥ずかしそうに、赤らめた顔を俯けて、右手で左腕をギュッと握る彼女は、まるで別人のようだった。
けれど、違うのだ。彼女は紛れもなく和ちゃん本人で、それでいて、そう……
彼女がこれから先、この姿を見せるのは、きっと私に対してじゃない。
「それを私に言ってどうしたかったの?」
自分でも、変な言葉だと思った。
むしろ、お前はなんと答えて欲しいんだ、と自分で思った。
「聞いて欲しかったのよ、何も言わずに」
軽く頬を膨らませて、彼女は言った。
ごめんね、と私は、彼女に聞こえないくらいの声で呟いた。
幼馴染なのに、分からなかったよ。
先生が好きだ、と。
生徒会長としてではなく、幼馴染としてではなく、真鍋和を見てくれるあの人が好きだ、と。
必要以上に大人として扱わない、甘えさせてくれるあの人が好きだ、と。
彼女は震える声で言った。時々、どもりながら、要領を得ない喋り方で言った。
「そっか」
私はそうとしか言えなかった。
どこで間違ったのか、私は、彼女も当然、十年という時を、永劫にも感じられた瞬間を、
きっと何よりも大切に思っていると、そう思っていたのだ。
だのに、全然そんなことはなかった。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:50:57.38 ID:JOWkEhNN0
「うん……聞いてくれてありがとう」
十年の歳月は、私に無意識的に最善の返答をさせたようだ。
つまり、"そっか"の一言。
色気のない短髪で、飾り気の無い制服で、けれど顔を赤らめて、恋する乙女らしく小走りに駆けていく彼女を、私は初めて見た。
きっと、さわ子先生は、これから先、私の知らない彼女を見つけていくのだろう。
彼女の告白を先生が断ることなんて、考えもしなかった。だって、私の幼馴染だから。
私の考えていることを彼女はわかるのに、彼女の考えていることを私は分かっていなくたって、
私の求めているものを彼女はくれるのに、彼女の求めているものを私は与えられていなくたって、
彼女は私の自慢の幼馴染なのだ。
彼女が先生と歩くとき、彼女はどんな顔で笑うのか。
彼女が先生と喧嘩するとき、彼女はどんな顔で泣くのか。悲しむのか。
それを想像しようとしても、彼女の顔が空白なのは何故か。
私が彼女のことを、自分で思っているよりもずっと知らなかったからか、それとも、涙で視界が滲んでいるからか。
「くやしいなあ」
私の声は、放課後の教室に虚しく響いた。
音が消えるまでの一瞬が、彼女と過ごした十年間よりも長く感じられた。
「ごめんね」
後ろから声がして、抱きしめられた。
柔らかい腕だった。
「聞いてたんだ、二人共気づいていなかったみたいだけど」
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:54:09.83 ID:JOWkEhNN0
ドアの傍に誰かがいたらしい。
誰が、なんてことはどうでもよかった。私はただ、溢れ出す思考を言葉にし続けた。
私、幼馴染のことが好きだったんだ、気持ち悪いよね。
勝手に、一緒に過ごした十年間を、切り取って、無限に拡大したんだ。
私は彼女のことなんてちっとも分かってなかったのに、分かった気になってたんだ。
彼女と過ごした時間に恋をしてたんだ。
随分と身勝手だよね、嫌われてもしようがないよね。
「ねえ、だからお願い、笑ってよ、私のことを」
ふわっと、長い茶髪が私の首筋に触れ、甘酸っぱい匂いがした。
「気持ち悪くない、素敵だよ。格好良いよ」
その言葉を聞いて、私は、目から水が溢れるのを感じた。
「じゃあ……和ちゃんは私のことを好きになってくれるかなあ」
「唯の好きと違っていいなら、とっくに、もうずっと、唯のことを好きでいてくれてるよ」
素直な返事だった。自分の気持を隠さない返事だった。
「やだよそんなの……くやしいなあ」
「そうだね、うん……くやしいね」
みっともなく鼻を啜りながら泣きじゃくる私を、その人は優しく撫で続けた。
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:56:17.55 ID:JOWkEhNN0
「唯はさ、大人なんだね」
自分の悪さに気付けるくらいに。
幼馴染のために、自分の気持を隠せるくらいに。
そう言って、その人は私をもっと強く抱きしめた。
「じゃあ、もう少し、大人になってみよう」
泣くのを止められるくらいに。
幼馴染のために笑っていられるくらいに。
「そうしたら、もしかしたら、真鍋さんどころか、私も惚れちゃうかもよ」
そう言って、その人は―――長い茶髪の、姫子ちゃんは―――小さく笑った。
その声が震えていたから、私は何だか可笑しくなった。
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 20:58:27.87 ID:JOWkEhNN0
「姫子ちゃん、ばか」
私がそう言うと、姫子ちゃんは私を離して、立ち上がり、言った。
「私の悪口を言えとは言ってないよ、ほら」
私に手をさし出して、いつもの素直な声で、
「途中まで一緒に帰ろうよ。軽音楽部、一日くらいサボっちゃおう」
だなんて言うもんだから、私は確信が持てた。
明日からも私と和ちゃんは幼馴染で、姫子ちゃんが隣の席にいる。
そんな確信。
「……うん、私もヤンキーデビューしちゃうよ!」
そう言って飛びついた姫子ちゃんの髪の毛から、首筋から、なんとも言えない良い匂いが……
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 21:02:00.82 ID:JOWkEhNN0
―――――――――――――――――――――――――――――
和「以上で……」
紬「唯姫だったアァァァァァァァッ!分かっとる、ここで唯姫とは、あんた分かっとるで和ちゃん!」
和「え、うん、ありがとう。私的には和さわだったんだけど」
紬「どこまで!?この後二人はどこまで行くの!?」
和「だからあなたの思うところまで……」
紬「ちゃんと言って!なにをしたの!?ナニをしたの!?」
和「わかった。ニャンニャンまでした。これで良い?」
紬「ひゃっほう!和ちゃんにセックスって言わせたわ!」
和「言ってねえよ。じゃあ、質問がある人」
姫子「はい」
和「あなた、本当に意外と真面目なのね」
姫子「どうも。和ちゃんが買ったCDは、センセに勧められて?」
和「そうよ」
姫子「じゃあ、その時から唯の恋は、もう叶わないものだったのね」
和「悲しいけど、これが現実なの」
49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 21:05:10.97 ID:JOWkEhNN0
唯「現実じゃないじゃん、和ちゃんの妄想じゃん」
和「唯、ごめんね……諦めて?」
唯「チックショウ、まじでくやしいなあ」
さわ子「なんか私も、こっちがあるべき現実な気がしてきたわ」
唯「大丈夫かあんた。生徒の妄想に刺激されていいの?」
さわ子「和ちゃん……今度居酒屋にでも行きましょう」
和「ええ、喜んで。ちなみに、私の妄想では金曜日に居酒屋に行って……」
唯「お願いだから誰か話を聞いてください」
紬「素晴らしい一日だったわ。余韻を楽しむために帰るわね」
唯「おい部活」
51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 21:08:28.11 ID:JOWkEhNN0
唯「……姫子ちゃんは?帰らないの?」
姫子「あー、えっとさあ、なんていうか……頑張んな。まだ間に合うよ、多分」
唯「……何がさ」
姫子「さあ、なんだろうね?じゃあ、私運動場行くね」
唯「行っちゃった。姫子ちゃんも大概だね」
唯「……でも、まあ……頑張ってみますか」
52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/11(月) 21:12:54.14 ID:JOWkEhNN0 [43/43]
うん、これで終わりなんだ。
一人称で視点がコロコロ変わるのは読み辛かったかもしれない、すまない。
でもさ、俺先週言ったじゃん。もっと和さわ書いてくれって。
それ言うためだけに初めてSS書いたよ。
それなのにさ、増えないじゃん。なんなの?
もうね、イライラして和ちゃんと同じ赤いアンダーリムの眼鏡買った。
うん、それだけ言いたかった。
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