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唯「穴」

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 22:50:42.92 ID:prELx/KT0 [1/24]
○月×日

早くしなきゃ、早くしなきゃ。
そんなことばかり考えていた気がする。
いつも傍においている愛用の楽器は、今は部屋に無い。部室に置いてきてしまった。
だからか、自分が何をしているのか、これからどうなるのか、軽音部のみんなとか、そういうことをうまく考えられない。
何も考えられない。
だから、今は目の前の作業に集中しよう。
早くしなきゃ。私がやらなきゃならないんだ。
私は、お姉ちゃんなんだから。
よし、あとはこれを


4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 22:52:44.27 ID:prELx/KT0 [2/24]
――――――――――――――――――

「ちょっと疲れてる?」

一晩中作業していた。だからか、少し疲れが顔に出てしまっている。
危ない危ない、もっと私らしくしなきゃ。
私がしっかりしないとダメなんだ。あの子のためにも。

そんなことないと否定しておいて、夜更かししたのだと言い訳。
そして、いつものように笑顔を浮かべる。
そうだ、私はこうしていなきゃ。

幼馴染が心配してくれる。
ありがとう、でも私は大丈夫。もっと辛いのはあの子のはずだから。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 22:56:51.18 ID:prELx/KT0
○月☆日

キャリーケースはよく洗っておいた。
部屋に干しておく。
匂いとか、痕跡とか、気をつけたけど一応心配だからだ。

これで大丈夫だろうか。あの子は、これで大丈夫なのだろうか。
心配だけど、信じるしかない。

ああ、疲れた。やはり夜通し作業するのは辛い。少し眠ろう。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 22:59:29.04 ID:prELx/KT0
――――――――――――――――――

「これ……どうしたの?」

目が覚めたら、お母さんとお父さんが帰ってきていた。
昨日は居なくて助かった。
そのお陰で私はああやってあの子を守ることができたのだから。

でも、今日になって不都合な事態になってしまったらしい。
上着が、落ちていたみたいだ。

「本当のことを言いなさい」

ああ、あの子が責められている。私はどうしよう。またあの子を守らなきゃ。
どうしようどうしよう。


8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:00:30.46 ID:prELx/KT0
「きゃぁっ!」

「うわっ」

叫び声。物音。
そして、静かになった。

どうしたんだろう。行ってみよう。

私は静かに注意して、騒ぎが起こっていたであろうリビングへ向かった。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:02:54.97 ID:prELx/KT0
○月△日

またこれの出番だ。今度は二つ。大丈夫かな。ちゃんと運べるかな。
静かに、かつ迅速に、やらなきゃならない。
あの子は部屋で泣いている。
アレを床下のちょっと深い穴のような収納場所に隠してから、部屋に篭っている。
それでいいよ。後は私がやるから。
私はお姉ちゃんだから。こういうのは私がやらなきゃね。

自転車を引っ張り出して、前と後ろに一つずつ。
キャリーケースを二つ、積んだ。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:05:25.42 ID:prELx/KT0
――――――――――――――――――

「また?」

夜更かしのことだろう。
急に練習したくなった、と言おうと思ったけど、部室にあるんだった。
適当に言い訳しておく。
夜更かしも大概にと注意されてしまった。
私の身体を気遣っているんだろう。ありがたいけど、胸が痛い。
でも、これでもう心配は無いだろう。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:07:53.10 ID:prELx/KT0
○月◇日

私は、その時には家に居ないことになっている。
うっかりあの現場を目撃してからは、それを悟られないようにしているのだ。
部活で帰りが……とか、いくらでも言い訳はできた。
だから、あの子は知らないだろう。
私がアレを片付けていることなんて。

どうやら床下はあれから開けていないらしい。
いいんだよ、ずっと開けなくて。
そうして、このことは忘れちゃえばいい。
あの子が苦しむ顔など、見たくない。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:09:56.09 ID:prELx/KT0
――――――――――――――――――

「良く眠れたみたいね」

幼馴染だけでなく、クラスメイト件部活仲間の彼女も心配してくれた。
それだけじゃない。幼馴染も、クラスメイトも、私がめずらしく疲れているのを気にしていてくれたみたいだ。
嬉しいなぁ。
にへら、と緩く笑っておく。
この通り、私は元気です。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:11:47.07 ID:prELx/KT0
○月#日

床下を開けた痕跡がある。
あの子が確認したのだろうか。









16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:16:09.82 ID:prELx/KT0
――――――――――――――――――

『休み?』

電話口で、調子悪そうに告げて、切る。
この時期、去年も私は風邪をひいて、みんなに迷惑をかけた。
だから、またかと思ってくれるだろう。
とは言え、文化祭も終わって差し迫ったことは無いので、一日くらい休んでも問題ないはず。

でも……みんなは優しいから家までお見舞いに来てくれるかもしれない。
それは困る。
だから、移したくないし家族がついててくれるから平気だよと言っておいた。

これでこの家には誰も居ない。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:18:28.57 ID:prELx/KT0
○月&日

家にある全ての痕跡を改めて消した。
二人は旅行に行ったことにして、最初の子は失踪したことになった。
失踪はともかく、旅行はムリがあるかもしれないけど……。

しかし、あの子も可哀想に。ちょっとした事故で同級生を……
これが交通事故ならあんなに苦しまなくても済んだだろうに。
ちょっと部屋でふざけあっただけなのだ。
でも、自分が無関係じゃないから、苦しいんだろうな。

私が支えてあげなきゃ。今となってはたった一人の、大切な、家族、なんだから。


18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:20:00.51 ID:prELx/KT0
――――――――――――――――――

「何か、知ってる?」

案の定、床下にあるはずのものがないことについて問いただされた。
当たり前だ。この家には今、二人しか居ない。
そのうち片方、つまり当人に記憶が無いなら、私だということになるだろう。
でも、しらを切った。
あの子もバカじゃないし、気づくだろうけど。それでもしらを切った。
私が知らないと言いつづける限り、あの子は確信しなくて済む。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:20:51.32 ID:prELx/KT0
○月★日
あの子は食事も喉を通らないみたいだ。
確かに、あんなことがあったばかりだし、無理はない。
でも、身体が心配だ。
少しでもいいから食べてくれればいいんだけど……







20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:26:14.53 ID:prELx/KT0
――――――――――――――――――

『お大事に』

私が家に居るように、あの子も家にいた。学校に行く気にもなれないのかもしれない。
あの子が心配だから、まだ風邪だということにしておく。
病院に行ってくるから見舞いには来ないでと言っておいた。

このまま、お互い部屋に篭って一日が終わればいい。
そして一日も早く、あの子から苦しみが無くなればいい。

そう思っていたとき、チャイムが鳴る。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:35:14.74 ID:prELx/KT0
○月*日

あの子の友達が家に来た。
そしてあの子を問い詰めた。
どうやら、何かがあってあの子を不審に思ったらしい。
あの子は全部話した。
私は、あの子のためにどうしたらいいかわからなくて……
結局、私のしたことはあの子のためになったか分からなかった。

そう思ったとき、不意に、あの子の友達があの子に殴りかかった。
止めようとしたら、人でなしと叫んでこっちに殴りかかってきた。

あの子は優しい。
だから、ああ。

また一人、増えてしまった。


23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:40:58.93 ID:prELx/KT0
――――――――――――――――――

突き飛ばされたあの子の友達は、軽々とよろめいて、玄関の段差から足を滑らせた。
そして、玄関の堅い地面に、思い切り頭を打ち付けた。

青くなって震えるあの子に大丈夫と微笑んで、またキャリーケースを引っ張り出す。
そして、昼間の道を自転車で急いで走る。

誰かに見つかったならそれでもいい。
とにかくあの子からこれを遠ざけなければ。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:42:22.53 ID:prELx/KT0
そうして辿り着いた山で、今までと同じように作業をした。
だが、不注意で斜面をすべり落ち、足と手が動かなくなってしまった。
それでも何とか片足を引きずるが、何しろ目立つ。
自転車にも乗れない。動けない。

そして何より、この場所で動けなくなった以上、もう私には助けを呼ぶという選択肢は無い。
だって、この場所で救急隊員とかに見つかるということは、アレが外部に見つかるというのと同じことだからだ。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:44:30.63 ID:prELx/KT0
 月 日

もう大丈夫。安心していいよ。
怖いことは全部片付けておいたから。
姉らしいこと、ちゃんとできたかわからないけど。

あんなことは無かったんだよ。死体は全部ここにある。
無い頭使って、頑張って見つからないであろう場所を選んだ。
だから、もう安心していいんだよ。

できることなら、警察に感づかれる前に逃げてほしい。
殺人者の家族なんてレッテル、貼られる前に遠くに逃げてほしい。

この日記は見つかることが無いように、書いたら破って捨ててしまうから。

別に用意した遺書だけは、見つかりやすいように、穴の近くに。飛ばないように、石で抑えて。
これで、あの子が疑われることはないだろう。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:45:32.76 ID:prELx/KT0
――――――――――――――――――

さて、そろそろ来たようだ。

「大丈夫!?」

すでにぼろぼろの私を見て、彼女は駆け寄る。
これから死ぬのだ、ちょっと前もって傷がついたくらいどうでもいい。

「本当に……やるの?」

ごめん。他に頼める人が、いないんだ。

「わかった」

そう、私は作業を終える前に動けなくなってしまったのだ。
穴を埋めることができない。これでは、ダメだ。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:47:45.63 ID:prELx/KT0
だから、頼むことにした。
自分勝手なのは分かってる。巻き込んだということも分かってる。
でも、他の人になんか頼めないから。
だから、同じような家族を持つ、彼女に電話をした。

「担がせて、ごめん」

「いいんだ、決めたのは……私だから」

彼女には何も繋がらないよう、通る道から何まで全部指示したつもりだけど……
私が一人ですべきことを、担がせてしまった。
それが、本当に不覚だ。
でも、これだけは成し遂げたいんだ。

「終わったよ。周りの土と変わらないようにしたつもりだけど……」

「ありがとう、助かったよ」

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:48:45.66 ID:prELx/KT0
あとは、最後の仕上げ。
私が死んだら、私を片付ける人がいないから。
まさか彼女に殺人までさせるわけにはいかない。
だから、後始末くらい自分でやらなきゃ。

「行っちゃうんだね」

「うん、本当ありがと」

ぽろりと彼女が涙を零す。
こんなところは見られたくないから、早く帰れと手でサイン。
彼女は慎重に山肌を降りていく。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:49:25.60 ID:prELx/KT0
完全に背中が見えなくなってから、私は急激な崖のような地面の端に這って行った。


「じゃあな、唯、聡。できれば幸せになってくれよ」


心からそう願うと重力に任せて、あとは斜面を転がり落ちた。




おわり

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/10/04(月) 23:50:48.16 ID:prELx/KT0 [24/24]
スレタイを途中で思い出して急いで唯を出したのは反省している
思いつきで書くもんじゃないと思った


りっちゃん大好き

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