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朋也「軽音部? うんたん?」ラスト-3

朋也「軽音部? うんたん?」ラスト-2


澪「え…芳野さんのところで?」

朋也「ああ」

次に訪れたのは、軽音部部室。
中野以外は、全員過去問を開き、その解説を見ていた。
時間を計り、一度本番形式で解いたのだという。
今は茶を飲みながら、答え合わせと、誤答した箇所のチェックをしていたらしい。

澪「へぇ…すごいなぁ、芳野さんと一緒に働けるなんて」

朋也「いや、確かに芳野さんはすごい人だろうけど、俺は別に大したことしてないぞ」

梓「そんなことわかってるに決まってるじゃないですか。社交辞令ですよ、社交辞令」

朋也「俺だってわかってるよ。ただ謙遜して合わせただけだ」


187 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:07:12.58 ID:+UZ/pLeq0
澪「そ、そんな、私は本音で言ったからね?」

梓「澪先輩、この人に建前トークはしちゃだめですよ。すぐ真に受けるんですから」

澪「だから、私は本心を言ったまでだってっ」

律「ま、なんにせよ、おめでとさん」

紬「おめでとう、岡崎くん」

朋也「ああ、サンキュ」

唯「………」

律「どした、唯。なんか朝から元気ないけど…彼氏が内定出たんだぞ? 祝ってやれよ」

唯には前から知らせてあったので、今さらな話だったのだが…確かに、朝からどこか浮かない顔をしていた。
受験を目前にしてナーバスになっているのかと思ったので、そっとしておいたのだが…
励ましてあげた方がよかったんだろうか。
けど、受験もしない俺がどんな言葉をかけたとしても、すべて嘘臭くなってしまいそうでもある。
難しいところだ…

唯「うん…なんかね、卒業したらみんなバラバラになっちゃうんだなーって思ったら、ちょっとね…」

と、思いきや、予想外の答えが返ってきた。
唯は別に、自分の身を案じていたわけではなかったのだ。
ただ、離れ離れになっていくことを寂しく思っていただけで。
それも、こんな、受験生なら誰もが自らの前途に不安を抱く時期に、俺たちのことを想って。
唯の繊細な部分に気づいてあげられなかった…反省。


188 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:08:16.35 ID:+UZ/pLeq0
と同時、少し恥ずかしくもある。
この前まで俺は、遠く不確かな未来に怯えて立ちすくんでいたので、てっきり唯もそうだと思い込んでしまっていたのだ。
彼氏として…というか、人としてまだまだ未熟なんだろう、俺は。

律「ああ…そういうこと。ま、そうだな…」

律「岡崎はこの町で就職、春原は地元に帰るし、梓は現役女子高生続行で、さわちゃんはここで教師続けるってな」

朋也「でも、おまえらは同じ大学受けるじゃないか」

それも、東京の有名私立大学だ。
そこは、昔の偉人が創設した名門校で、俺でさえ前からその名を知っていた。
さすがに学部学科まで同じところを受けるというわけではなかったが…
キャンパスは共有しているのだから、今と変わらない関係が続けられるはずだ。

律「受かるかどうかわかんねーじゃん」

朋也「腐っても進学校だろ。おまえらは一般入試組だし、十分圏内じゃないのか」

澪「岡崎くん、それはね、普段まじめにやってる人たちの話だよ」

澪「だから、律と唯はけっこう…アレなんだ」

律「アレってなんだよ、はっきり言えーっ!」

澪「アホ」

唯「えぇーっ!?」

律「んな直球で言うなぁ! もっと婉曲表現とか擬人法とか使えっ!」


189 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:09:45.62 ID:jpDSDOMkO
澪「擬人法って…木が『律と唯は落ちます』と喋った、とでも言えばいいのか?」

唯「澪ちゃん、木に『落ちる』とか『滑る』とか、タブーを喋らせちゃだめぇっ」

澪「だって、律がそう言えって…」

律「言ってなーいっ!」

紬「くすくす…」

一転して、明るくなる空気。
やっぱりこいつらはこうでなければ。

律「澪、おまえ、なんか最近毒吐くけど、ストレス溜まってんのかぁ?」

澪「それなりにな」

紬「じゃあ、リラックスできるように、お線香を持ってこようかしら」

律「せ、線香?」

唯「あ、いいねっ、線香! 落ち着くよねっ」

紬「でしょ?」

律「い、いや、でも、それはちょっとな…」

澪「う、うん、遠慮しておきたいな…」

紬「そう? 残念…」


190 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:11:14.33 ID:jpDSDOMkO
律「でもさ、悪戯用にストックしておくのもいいかもな」

律「春原の馬鹿にブービートラップ仕掛けてさ、ケツに引火! とかやったりな、くひひ」

朋也「でもあいつ、帰ってくるのは卒業間際だって言ってたぞ」

朋也「だから、自由登校になった後だし、学校出てくるかもわかんないけどな」

律「マジかよ…くそぉ、つまんねーの…せっかくまた、頭まっキンキンに染め直してやろうと思ってたのに…」

律「早く帰ってこいっつーの、馬鹿原…」

唯「あれあれ? 春原くんが恋しいの?」

律「ばっ、んなわけねーってっ!」

紬「うふふ、1/3の純情な感情ね、りっちゃん」

律「む、ムギまで…うぅ…べ、勉強するぞ、勉強! おまえら、しっかりしろーっ!」

澪「あ、無理やり話題変えた」

律「ちがーうっ! 勉強に目覚めたんだよ、今っ! 覚醒したのっ!」

梓「危ない粉でも隠し持ってたんですか?」

律「中野ーっ!」

―――――――――――――――――――――


191 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:11:45.76 ID:+UZ/pLeq0
朋也「…よし」

生活必需品と衣類、学校関連の教材などをまとめ、スポーツバッグに詰め終わる。
長年暮らしてきた、この家…実家を出るための荷造りだった。
俺は芳野さん経由で、個人家主の物件を紹介してもらっていたのだ。
普通なら、現高校生の段階で審査が通るはずもないのだが…
そこは個人家主のメリットで、大家さんに融通してもらえていた。
敷金、礼金は、冬休み中の貯えがあったので、楽に払えた。
当面の生活費は、今も放課になるとたびたび仕事に呼び出されていたため、その給与で卒業までは賄える見込みがあった。
抜け目のない布陣に見えるが…ひとつ問題があった。
アパートに移ってしまうと、朝、平沢姉妹と一緒に登校できなくなってしまうのだ。
といっても、2月になれば自由登校になり、学校に行く必要もなくなるのだが。
授業日数も残り僅かだったので、いい頃合だと思い、転居が決まる前、唯には話をしておいた。
すると、卒業まではこの家にいて欲しいと請われた。けど、俺が首を縦に振ることはなかった。
確かに、ここにいれば唯と一緒に居られる時間が増える。とくに一月中は。
でも、2月、授業がなくなって自習するだけの状態になると、話が変わってくる。
唯が登校するのは、部室で勉強するためだ。俺には唯と一緒に居たいという動機しかない。
だが俺が部室に居ても、なんの役にも立てないどころか、気を散らせてしまうばかりだ。
それに、ただ黙って勉強を眺めているだけというのも、かなり味気ない。ナンセンスだ。
そういう事情もあり、距離というどうしようもない理由を作って茶を濁すつもりだった。
いや…それも綺麗ごとか。一番の理由は…やっぱり、親父と離れたかったからに他ならないのだから。

朋也(いくか…)

パンパンに膨らんだバッグを三つ肩に掛け、下の階に降りた。

―――――――――――――――――――――

いつものように親父は居間で転がっていた。


193 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:13:13.31 ID:jpDSDOMkO
朋也「なぁ、親父」

小さく上下する肩に触れる。

親父「ん…」

寝言か何かよくわからなかったが、親父が小さくうめいた。

朋也「俺、家を出るから…」

それを一方的に目覚めたと判断して、俺は話を始めた。

朋也「ひとりで元気にやってくれよ…」

それだけを伝えて、俺は親父のそばから離れる。
そして、玄関へ…
ぎっと背後で床がきしむ音がした。
振り返らざるをえない俺。

朋也「おはよう」

平成を装う。

親父「朋也くん…どこかへいくのかい」

朋也「アパートだよ。就職の見込みがあるから、保護者印なしで貸してくれるとこがあったんだ」

親父「就職、決まったのかい?」

朋也「ああ」


194 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:13:52.21 ID:+UZ/pLeq0
親父「それは、おめでとう。でも…寂しくなるね」

親父「朋也くんは… いい話し相手だったからね」

走って逃げ出したかった。

朋也「こっちにも都合があるんだよ。わかってくれ…」

押し殺した声でそう言う。
最後は…最後まで平静でいよう…。

親父「そうだね…」

朋也「じゃあ、いくから」

俺は背中を向ける。

―――――――――――――――――――――

いつも帰る場所だった家。
今だけは、違う。
どれだけ時間がかかるかわからなかったけど…
いつかは戻ってこれる日がくるのだろうか。

朋也(こんなにも、後ろ向きな俺が…)

朋也(逃げ出しただけじゃないかっ…)

だから最後にこう告げた。



195 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:14:25.61 ID:+UZ/pLeq0
朋也「さよなら、 父さん」

俺は歩き出した。

―――――――――――――――――――――

一月も終わろうかというその日。
放課後になると、俺はいつものようにすぐ下校していた。
最後に部室へ顔を出したのは、就職報告へ行った時だ。
あれ以来俺は直帰するようになっていた。

―――――――――――――――――――――

朋也「あ…」

外に出ると、雪が降っていた。
珍しいものだと思った。
こらから本降りになるのだろうか。
明日の朝には積もっているだろうか。
これからはどうしようか。
今日は仕事が入っていない。
春原もまだ戻ってきていない。
早く帰って来てくれればいいのに…。
最後の時間はどう過ごそうか…。
就職が決まってしまったふたりでも…馬鹿できるだろうか…。
できるだろう…俺たちは本当に馬鹿だったから。

―――――――――――――――――――――

いろんなことを考えながら、俺は門を抜け、坂を下る。


196 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:15:41.40 ID:jpDSDOMkO
その先に…彼女はいた。

朋也「よう…なにやってるんだ、坂上」

桜の木をまっすぐに見つめるその横から声をかけた。

智代「ん…おまえは、あの時の」

朋也「覚えててくれたのか」

智代「それはそうだろう。おまえの助言で私は副会長に鞍替えしたんだぞ」

朋也「そうだったな。で、こんな寒い日に棒立ちして、なにをしてたんだ」

朋也「なにか面白いことでもあるのか」

智代「ただ桜の木を見て感慨にふけっていただけだ。私と、真鍋会長で守ったここの木たちをな」

朋也「そっか。じゃあ、達成できたんだな、おまえの目的」

智代「ああ。とても長くかかった。けど、なんとかここまで漕ぎ着けた」

智代「これも、真鍋会長の力添えがあったからだ」

智代「私一人の力じゃ絶対に成し得なかったと思う」

智代「それだけこの学校は広く、深い構造の中で動いていたことがわかったんだ」

智代「真鍋会長からノウハウを教わっていなかったら、きっと誰も私についてきてくれなかっただろうな」


197 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:16:03.67 ID:+UZ/pLeq0
朋也「そっか」

ということは…こいつも、あの特殊な生徒会に染まってしまったのだろうか。
でも、そんな風には見えない。初めて会った時の純粋な瞳を、今も持ち続けていたから。

智代「だから、おまえには感謝している」

智代「あの時、事を急くあまり状況が見えていなかった私を客観的に諭してくれたおかげで、冷静になれたんだ」

智代「ずいぶんと遅れたが、今礼を言っておく。ありがとう」

なんのけれんみもない透明な言葉。
生徒会内にいて、ドロドロした裏を見てきた人間が、こうも穢れなくいられるものだろうか。
普通ならスレてしまうだろう。
そうならないのは、こいつの持って生まれた器の大きさが成せるわざかもしれない。
まさに将来への展望が期待される大器だった。

朋也「まぁ、助力できたんなら、俺も後味がいいよ」

朋也「俺はもともと、真鍋に肩入れする腹積もりでおまえに福生徒会長を進めただけだったからな」

智代「そうなのか。おまえは、結構ドライな奴だったんだな」

智代「あの時、熱心に説得してくれたから、もっと熱い男かと思っていたんだぞ」

朋也「まぁ、そういう利害が絡んだ話には決まって裏表があるもんだ」

智代「そういうものか…」

朋也「ああ。だけど、おまえはこれからもまっすぐでい続けてくれよ」


198 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:17:52.76 ID:jpDSDOMkO
朋也「俺、そういう奴好きだし…それに、結局はそれが一番正しくて一番強いだろうからな」

智代「まっすぐか…それは、単純そうでいて、その実難しそうだな」

朋也「おまえなら簡単だよ。そのままのおまえでいればいいだけだからな」

智代「私はまっすぐなのか?」

朋也「ああ、すげぇ直線だ」

智代「そうか…じゃあ、おまえにも好かれているというわけだな?」

朋也「ん、まぁ、そうだな」

智代「なら、私は私でいられ続けるよう精進していこう。おまえに好かれるというのも、悪くない気分だからな」

朋也「そりゃ、光栄だな。そんじゃ…もう話すこともないし、俺、行くな」

智代「うん、それじゃあ」

別れ、その場を去った。
帰り道…不思議と胸がすっとしている自分がいた。

―――――――――――――――――――――

2月になり、自由登校期間に入った。
俺はもちろん学校に用なんかあるわけもなく、アパートの自室で時を過ごしていた。
仕事がある時以外は基本暇だった。
春原さえいれば、最後になにか大きな馬鹿をやってもよかったのだが…。
就職活動が難航しているのか、それとももう決まって実家でゆっくりしているのか…


200 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:21:13.38 ID:jpDSDOMkO
とにかく、あいつはまだ帰ってきていなかった。

朋也(いい加減帰ってこいよな…何様のつもりだ、あの野郎…)

朋也(部屋に家庭ゴミ分別せずに捨てちまうぞ…)

………。

朋也(はぁ…)

―――――――――――――――――――――

唯「やっほー、朋也っ」

朋也「唯…」

数日経った頃、唯がアパートを訪れてきた。

唯「朋也~会いたかったよぉ」

よろよろとこちらに近づいてくると、ぎゅっと強く抱きしめられた。

唯「5日ぶりくらいだよねぇ」

朋也「そうだな」

言いながら、頭を撫でる。


201 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:21:38.46 ID:+UZ/pLeq0
朋也「ああ、俺もだけど…」

勉強はいいのだろうか…もう試験までちょっとしかないはずだ。

唯「ほんとに?」

顔を上げる。

朋也「ああ」

唯「えへへ、じゃあね、いいものあげる」

朋也「いいもの?」

唯「うん。あ、上がっていい?」

朋也「ああ、いいけど」

―――――――――――――――――――――

唯「わぁ、一人暮らしって感じだね」

部屋に上がると、周りをキョロキョロと見回しながら見たまんまなことを言う。

朋也「まぁ、一人で暮らしてるけどさ…あ、そこ適当に座ってくれ」

座布団を放って渡す。

唯「うん」


202 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:22:51.05 ID:jpDSDOMkO
そして、小さめのテーブルを囲んで、対面に座った。

朋也「で、いいものってなんだ」

唯「それはねぇ…」

鞄を漁る。

唯「これだよぉ」

中からハート型の箱を取り出していた。

唯「ちょっと早いけど、バレンタインでーのチョコレートだよ」

朋也「お…サンキュ」

受け取る。
そういえば…バレンタインデー当日には既に町を出て、現地のホテルに宿泊してるんだったか…。
思い出しながら、開封する。
そして、一口かじってみた。
甘さは極力抑えてあって、食べやすかった。

朋也「うん、うまい」

唯「よかったぁ。朋也、甘いの苦手でしょ? だから、ちょっと工夫してみたんだよね」

唯「それが勝因かなっ」

朋也「工夫って?」


203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:23:22.45 ID:+UZ/pLeq0
訊きながら、もう一口かじる。
すると、ピリッとした痛みが舌に走った。

朋也「痛っ…」

唯「えーとね、超タバスコをところどころ混ぜて、気づかないようにそっと舌を麻痺させて、甘さを感じないようにしたのです」

朋也「いや、無理やりすぎるだろ…んなことしなくても普通にうまいのに、台無しだぞ」

唯「えぇ? そっかぁ…やっぱり、早苗さんの領域には届かないなぁ、私…」

頼むからあの人をリスペクトするのはやめてくれ。

朋也「まぁ、いいけどさ…。それで、勉強の方は、順調なのか?」

唯「ん? んー、ぼちぼちかな」

朋也「そっか。ま、体壊さないように頑張れよ…っても、おまえは風邪とかとは無縁そうだよな」

唯「そんなことないよ。去年の創立者祭ライブの時なんか、直前で風邪引いちゃったし」

朋也「そうなのか?」

唯「うん。だからさ、今度熱が出たら、朋也が看病してね?」

朋也「じゃあ、キスして風邪移してくれよ。人に移せば直るっていうしな」

唯「そしたら、今度は朋也が風邪引いちゃうよね。そうなったら、また私がちゅーして風邪もらってあげるね」

朋也「じゃあ、また俺がキスして風邪もらうよ」


204 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:26:42.63 ID:jpDSDOMkO
唯「そしたら、また私がちゅーしてあげる」

朋也「ラチがあかないな…俺たちの間でいったりきたりしてるだけじゃん」

唯「あはは、そうだね。永久機関の完成だよ」

朋也「こうなったら、なにかを媒介にして、そこに移ってる間にループから抜け出すしかないな」

朋也「例えば、春原の奴に咳を浴びせ続けて、空気感染させるとかしてさ」

唯「それ、媒介っていうか単純に春原くんに移っただけだよね」

朋也「まぁ、ループから脱出するって大義名分があるんだから、大事の前の小事ってやつだ」

唯「あはは、もう、相変わらず春原くんの扱いがひどいね」

朋也「よしみってやつだよ。もうずっとそういうやり取りを繰り返してきたからな、俺たちは」

唯「そっか…なんかいいね、親友と作り上げてきた関係って」

朋也「おまえも、軽音部の奴らとそうしてきただろ」

唯「うん、そうだね。みんな大好きだよ」

朋也「おまえたちは綺麗な感じがしていいよな。俺たちなんか、ただの腐れ縁だぜ」

唯「いいじゃん。切ろうとしても、切れないんだから、すっごく強いよっ」

唯「だからさ、私と朋也も腐ろうよっ。っていうか、みんないっしょに腐って、いつまでも一緒だよっ」


205 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:28:56.97 ID:jpDSDOMkO
朋也「ただのゾンビだろ、それ。すげぇ嫌な景色が浮かんだんだけど」

朋也「おまえが腐乱死体になって『み゛ん゛な゛ぁ゛~腐ろ゛う゛よ゛』って手招きしてる感じでさ」

唯「えぇ!? そんなの嫌だよっ! やっぱり腐りたくないっ」

朋也「だよな。つーか、腐るなんて俺が許さねぇよ。おまえはめちゃ可愛いから、ゾンビ化はもったいなすぎる」

唯「えへへ、ありがとう」

屈託のない笑顔をくれる。俺も同じように表情を緩めた。

朋也「ま、それでさ、学校行く途中だったんだろ?」

唯は制服で、その上からコートを着込んでいた。

朋也「そろそろ、勉強しにいった方がいいんじゃないか」

これ以上一緒にいれば、いつまでもぐだぐだと会話していそうだったので、そう切り出した。

唯「えー、もうちょっとお話してたいよっ」

朋也「それは、試験が全部終わったらゆっくりしよう。今は勉強頑張れよ。あとちょっとだろ」

唯「うー…じゃあ、終わったら、遊ぼうね?」

朋也「ああ、いいよ」

唯「この部屋にも、泊まりに来ていい?」


206 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:29:18.15 ID:+UZ/pLeq0
朋也「え…おまえ、それは…」

唯「だめなの?」

朋也「いや、だってさ…俺、一人暮らしだぞ? それに、俺たちは付き合ってて…そこに泊まるってことは…」

唯「えっちなこと?」

朋也「あ、ああ…俺、手出さない自信がない」

唯「朋也になら…いいけどな…」

朋也(う…)

マフラーに少し顔を埋め、上目遣いでそう言った。
これは…もしかして、今まさに手を出してもいいのだろうか…
この部屋には、俺と唯だけしかいなくて…唯は、乱暴にいってしまえば俺のもので…
ごくり…

朋也(って、なに考えてんだよ、俺は…)

こんな大事な時期に変なことはできない。
それに、俺はまだ、ただの高校生であって、責任なんて取れやしないのだから。

朋也「いや…やっぱ、だめだ。泊まるのはナシだ」

唯「え~、なんでぇ? ケチぃ…」

朋也「おまえが満足するまで遊びに付き合うから、それで納得してくれ」


207 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:30:13.78 ID:jpDSDOMkO
唯「う~…わかったよ…」

朋也「ほら、立て」

唯「うん」

お互い立ち上がる。
そして、玄関に向かった。

唯「うんしょ…」

靴を履き終え、こちらに向き直る。

唯「じゃあ、またね、朋也」

朋也「ああ。チョコレートもらっといて、なんのもてなしもできなくて悪かったな」

唯「じゃ、今もてなして?」

言って、目を瞑り、顎を上げる。

朋也「え…キス?」

唯「それしかないでしょ~?」

朋也「ま、そうだよな…じゃ…」

身をかがめ、唇を合わせた。

唯「えへへ」


208 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:30:42.46 ID:+UZ/pLeq0
目を開けて、満足そうに微笑む。

唯「じゃあ、私行くよ」

朋也「ああ」

ドアを開け、外へ出て行く。
俺はその背を見えなくなるまで見送っていた。

―――――――――――――――――――――

2月の中旬。すべての試験を終え、唯たちは受験勉強から解放されていた。
後は合格発表を待つばかりだった。
その間、約束通り俺と唯は町に出てデートを重ねた。
学校に行き、また部室で茶会を開いたりもした。
刻々と近づいてくる終わりをすぐそばに感じながらも、俺は夢中になって最後の時を楽しんでいた。

―――――――――――――――――――――

春原「はぁ、にしても、疲れたよ…」

2月も下旬に入り、ようやく春原が凱旋してきた。

春原「ったく、圧迫面接なんかしてきやがってよぉ、あの面接官、プライベートであったらぶっ飛ばしてやる」

土産話を語るというより、愚痴をこぼしてばかりで、しきりに悪態をついていた。
やっぱり、こいつも俺と同じで苦労していたのだ。

朋也「ま、いいじゃん、決まったんだからさ。俺はおまえがプーのまま帰ってくるんじゃないかと思ってたからな」


209 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:32:29.93 ID:+UZ/pLeq0
春原「僕だっておまえが就職きっちり決めてるとは思ってなかったよ」

春原「それも、芳野さんと同じ職場なんて、なおさらね」

朋也「あの人とはなんか縁があるみたいだな」

春原「おまえがうらやましいよ。芳野さんが上司なんてさ」

朋也「かなり厳しいぞ、あの人。それに、おまえも知ってると思うけど、きつい仕事だしな」

春原「そういや、そうだったね。おまえ、よく続いてんね」

朋也「今はバイトだからな。仕事内容も単純だし、それほど時間もこなしてないしな」

春原「それでも、あん時と同じくらいのことやってんだろ?」

朋也「まぁな」

春原「じゃ、十分すごいじゃん」

朋也「そっかよ」

春原「ああ。僕はやりたいとすら思わないからね」

春原「ま、それはいいんだけどさ、明日からなにする? なんか、記録より記憶に残ることしようぜっ」

朋也「そうだな、じゃあ、学校にでも行くか」

春原「あん? なんでだよ? せっかく自由なんだから、んなとこ行ってもしょうがないだろ」


210 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:34:01.91 ID:jpDSDOMkO
朋也「いや、つっても、部室だよ。今、あいつら全員試験終わって、毎日だらだらしてんだぜ」

春原「ああ、そういうこと。いいかもね、久しぶりにムギちゃんに会いたいし」

朋也「部長もおまえに会いたがってたぞ。おまえの帰りはまだかまだかってうるさかったからな」

春原「マジで? ははっ、けっこう可愛いところあるじゃん」

春原「よぅし、明日は久々にかわいがってやるかぁ」

朋也「おいおい、せっかく内定出たのに、取り消されちまうぞ、んな性犯罪起こしたら」

春原「誰も犯そうとなんかしてねぇよっ!」

―――――――――――――――――――――

律「なぁ、岡崎。あのバカってまだ地元にいんの?」

あくる日の午後。
昼休みにあたる時間、部室で茶をすすっていると、部長がそう尋ねてきた。
これを訊かれるのは何度目だろうか。

朋也「きのうやっと帰ってきたよ」

律「え、マジで?」

朋也「ああ。今日ここに顔出すって言ってたから、そろそろ来るんじゃないか」

律「そ、そっか…」


211 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:36:46.48 ID:jpDSDOMkO
言って、カチューシャを一度はずし、またかけ直すと、髪を整え始めた。

澪「なんだ、律。ずいぶんと乙女じゃないか」

律「な、なにがだよ…」

紬「ふふ、久しぶりだもんね。一番可愛い自分で迎えてあげたいんだよね?」

律「は、はぁ? 意味がわからん…」

唯「まぁたまた~、りっちゃんはぁ」

律「な、なんだよ…そんなじゃないってのっ」

がちゃり

春原「よーう、久しぶり」

噂をすればなんとやら。陽気な声を伴って春原が現れた。

唯「春原くん、お帰りっ」

紬「お帰り、春原くん」

澪「お帰り」

梓「お久しぶりです、春原先輩」

春原「おう、この僕が帰ってきてあげたよ」


212 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:37:17.08 ID:+UZ/pLeq0
律「なぁにを偉そうに。誰も頼んでねーっての」

春原「あん? なんだよ、おまえが一番寂しがってたって聞いたぞ、僕は」

律「岡崎、おまえか?」

朋也「ああ、そうだけど。間違ってないだろ」

律「大間違いだっつーのっ! こんなヘタレ野郎いなくて結構だっ!」

春原「あんだとこら、デコてめぇっ!」

律「デコ言うなぁーっ!」

部長が席を立ち、毎度おなじみ、ふたりの言い争いが始まる。
ブランクを感じさせないほど勢いよく罵声が飛び交っていた。

澪「はぁ…やっぱりこうなるんだな、あのふたりは…」

梓「もう、名物ですよね、軽音部の」

唯「あずにゃん、この伝統を受け継いでいくんだよ?」

梓「遠慮しておきます。それは、この代だけで終わりにした方がいい負の遺産ですから」

春原「おまえ、しばらく見ない間にまた額が広がったよね」

律「ああ!?」

春原「今度からちょっと広がるごとに逐一報告して来いよ、ははっ」


215 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:44:38.90 ID:jpDSDOMkO
律「ざけんな、ボケ原! おまえなんか、髪の色がどす黒く変色しててキモイくせにっ」

春原「これが普通の色だろっ!」

律「次は何色になるんだ? う○こ色か? ついにうん○と一体化して本来の姿に戻るのか?」

春原「てめぇっ!」

やむ気配のない罵倒の応酬。
確かに、負の遺産と言われても仕方ないくらいにあさましい。

律「死ね!」

春原「生きるなっ!」

でも、このふたりだけは、その渦中にあって、常に生き生きとしていた。
こいつらにしかわからないなにかがあるんだろう、多分。

―――――――――――――――――――――

また少し時間が流れ、2月も残すところ数日だけとなった頃。
ついに全員の合格発表が終わった。

梓「うう…みな゛さん、おめ゛でとうございま゛す゛…ぐす…」

律「おまえが泣くなよ、梓…」

唯「あずにゃん、いいこいいこ」

中野の頭を撫でる。


216 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:45:39.08 ID:+UZ/pLeq0
梓「よかったです…本当によかったでう…全員第一志望に受かって…うう…」

澪「奇跡的だったよな、ほんとに」

紬「みんな頑張ってたからね。神様がみててくれたのかしら」

春原「いや、違うよ。神様っていうか…ムギちゃん自体が天使なんだよ」

紬「ふふ、ありがとう」

律「ばーか、いくらムギをよいしょしても振り向いてもらえねーって」

春原「うっせぇ、勝負はまだこれからだ」

律「アホか。もう卒業するし、終わるだろ。タイムオ~バ~、残念でしたぁ」

そう…もう、あとは卒業するだけだった。
残された時間は、ごく僅かだ。
俺と唯の関係も…そのエアポケットのような、刹那的な間でしかいられない。

春原「最終日に校門をくぐるまであきらめねぇよっ!」

律「んとにしつけーな、おまえは…」

―――――――――――――――――――――

3月。その日はやってきた。

春原「桜だったら、もっとそれらしいのにね」


217 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:47:31.31 ID:jpDSDOMkO
俺たちは、前庭にいた。
体育館では、卒業式が行われている。
固い連中と肩を並べて座ってなんかいられない、と俺と春原は抜け出してきていたのだ。
後一時間もすれば、否応もなくこの学校を卒業してしまう。
遊んでいられた時間は終わってしまうんだ。

春原「今のうちに、ラグビー部の連中の部屋を回ってさ、壁に染みっぽい人の顔描いて回ろうぜ」

春原「帰ってきたら、ひぃっ、壁に人の顔が浮かび上がってるっ!って、びびりまくるって」

春原「夜中なんて、絶対、寝られないって」

春原「一週間後には、不眠症で死ぬねっ」

朋也「そいつらも、今日卒業だろ」

春原「えっ、マジかよ!?」

春原「なんでだよっ!」

朋也「愚問だからな」

春原「くそぅ、あいつらめ…おめおめと逃げやがって…」

朋也「呼んだらきっと、最後に相手してくれるぞ」

声「岡崎に春原…」

春原「ひぃぃっ!」


218 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:48:14.88 ID:+UZ/pLeq0
いつの間にか、俺たちの正面に幸村が立っていた。

春原「なんだよ、ヨボジィかよっ、びっくりさせんなよっ!」

幸村「最後ぐらい、出んかい…」

春原「最後って、卒業式?」

春原「『楽しかった修学旅行っ、なぜか買ってしまった木刀っ』とかみんなで言うんだろ?ヤだよ…」

朋也「みんなで言うのは、小学生な」

春原「中学の時も言ってたってのっ」

朋也「田舎はなっ」

春原「ウチの田舎馬鹿にすんじゃねぇよっ!」

幸村「ほんとに、おまえらは…」

幸村「情けないやつらだの…」

幸村「これからは社会人だというのにの…」

朋也「逆だよ。最後だからさ」

幸村「ふむ…まぁ、それもそうか…」

幸村「ま、ホームルームぐらいは出たほうがいい…」


219 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:49:34.69 ID:jpDSDOMkO
幸村「山中先生が悲しむでの」

朋也「ああ、わかってるよ」

幸村「ふむ、まぁ…」

幸村「それだけだ…」

体育館に戻ろうとする幸村。

朋也「なぁ、じぃさん」

俺はそれを呼び止めていた。

朋也「どうして、俺たちを卒業させてくれたんだ?」

幸村「ふむ…」

幸村「自分の教え子は…」

幸村「例外なく、自分の子供だと思っておる…」

半身のまま言った。

幸村「ただ…この学校は…ちと優秀すぎる生徒が多すぎての…」

幸村「長い間、わしの出番はなかった…」

幸村「が…」


220 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:49:56.27 ID:+UZ/pLeq0
幸村「最後に、おまえらの面倒を見られてよかった…」

そう…
きっと、俺たちが思っている以上に、影で支えられていたのだろう。
それは、今よりも、もっと…
ずっと、歳をとった未来に、気づいていくことのような気がしていた。
そして、ひしひしと感じるのだ…。
今の自分があるのは、あの人のおかげなんだと。

朋也「俺たちはさ…」

朋也「きっと、うまく生きていけるよ。進学しないぶん、困難は多いだろうけどさ…」

朋也「それでも、きっとやっていけると思うよ」

幸村「ふむ…」

幸村「頑張りなさい…」

しわがれた声で、しみじみと深く芯を込めて返してくれた。
そして、その身を正面に戻して歩いていく。
ゆっくりと歩を進めるその後姿を、俺たちは見届ける。
廊下の角を曲がったところで、視界から消えていった。

朋也「じゃ、行くか」

春原「そうだね」

俺たちは校舎ではなく、校門の方へ向かっていった。
ある計画のために。


221 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:51:27.42 ID:jpDSDOMkO
―――――――――――――――――――――

門から玄関へ続く大通りには、すでに人だかりができていた。
保護者と下級生たちだ。
卒業生を花道で迎えようと待ち構えている。

春原「んじゃ、派手にいきますか」

朋也「ああ、そうだな」

―――――――――――――――――――――

春原「注もぉおおおおくっ!!」

昇降口の上段に立ち、春原が大きく声を上げた。
なるべく目立つよう、俺に肩車された状態で。

春原「この後っ、シークレットイベントがあるっ! 全員グラウンドに集合するようにっ!」

続けざま、そう声を張り上げた。
なにごとかと、場にざわめきが生まれ始めていた。
すると、こちらに駆け寄ってくる影がふたつ。

梓「なにやってるんですかっ」

憂「岡崎さん、春原さんっ」

中野と憂ちゃんだった。

朋也「よぉ、中野、憂ちゃん」


222 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:51:55.72 ID:+UZ/pLeq0
梓「よぉ、じゃないですよっ! HRはどうしたんですかっ!」

朋也「サボリだな」

梓「だめですよ、ちゃんと出ないとっ! こんなところで芸を披露してる場合じゃないですよっ!」

春原「芸じゃねぇよ。宣伝だ」

梓「せ、宣伝?」

朋也「ああ、宣伝だ。おまえらの、ラストライブのな」

梓「え…?」

朋也「ほら、おまえらさ、最後に演奏してこの学校を出たいって言ってたじゃん」

朋也「それで、どうせなら広い場所がいいってことで、グラウンドになっただろ」

朋也「で、もう音響とかも準備してあるしさ、ライブにしちまえよってことだ」

俺たちが軽音部のためになにかしてやれることはないか、最近まで話し合っていたのだが…
その結果出した結論がこれだった。しかも、今朝突発的にだったので、出たとこ勝負だったのだ。

梓「そんな…勝手にそんなことしたらまずいですよ…ひっそりと身内でやるだけならまだしも…」

朋也「そんなんでいいのか? テープにレコーディングとかもしてたけどさ…本当にそれだけで満足か?」

梓「それは…」

朋也「やっちまえよ。くそでかいハコで、おまえらの、最後の放課後を」


223 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:53:09.17 ID:jpDSDOMkO
梓「最後の…放課後」

憂「…岡崎さん、春原さん。私も宣伝手伝いますっ」

梓「憂…」

朋也「そっか。サンキュな、憂ちゃん」

春原「さすが唯ちゃんの妹だね。話がわかるよ」

憂「えへへ…」

朋也「おまえはどうなんだ、中野。つっても、おまえが乗り気じゃなきゃ、全部無駄足なんだけどな」

梓「私は…」

憂「やろうよ、梓ちゃんっ。私、またライブみたいよ」

梓「………」

梓「…そうだね。うん…やるよ、私」

憂「梓ちゃんっ」

朋也「よし。そんじゃ、おまえは先にグラウンド行って準備しててくれ」

梓「わかりましたっ」

たっと駆けていく。


224 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:53:48.05 ID:+UZ/pLeq0
春原「じゃあ、僕らは宣伝だね」

朋也「ああ」

憂「はいっ」

春原「おっし…グラウンドへ集合ーーーっ!!」

朋也「グラウンドへお越しくださーーーーいっ」

憂「お願いしまーすっ! グラウンドへ来てくださーいっ!」

懸命に叫んだ。
すると…
その必死さが通じたのか、ひとり、またひとりと動いていき、次第に大きな人の流れができていた。
向かう先は、もちろんグラウンドだ。
確かな手ごたえを感じ、俺たちは声を張り続けた。

―――――――――――――――――――――

春原「お、きたきた」

卒業生が群れを成し、校舎から大挙して押し寄せてくる。

春原「てめぇら、グラウンドへいけーーっ!」

その集団に向かって吠える春原。
不測の事態にざわざわとささやく人混みの中から、教師がひとり、こちらに早足で歩み寄ってきた。

教師「こらっ! なにをやってるっ!」


225 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:55:05.55 ID:jpDSDOMkO
学年主任だった。

教師「おまえらは、最後まで問題を起こす気かっ!」

春原「別に悪いことしようってんじゃねぇよ。ちっとグラウンドまで来てほしいだけだよ」

教師「グラウンドだと…?」

その敷地に目を向ける。
そこには、さっきまでこの場にいた人間が全て移動していた。

教師「おまえら、保護者の方と在校生までグラウンドに誘導したのか?」

朋也「そうです。許可なくやったことは謝ります。でも、今はだけは目をつぶってください」

朋也「お願いします」

頭を下げる。

教師「岡崎、おまえらがなにをしたいのかは知らんが、なにか事故があった時に責任は持てないだろう」

教師「全て、この学校での不祥事になるんだぞ。個人でどうこうできる話じゃなくなるんだ」

教師「おまえはちゃんと更生して就職まで決めたんだから、大人しくしていろ」

教師「春原、おまえも同じだ」

朋也「それでも、どうか、お願いします」

また深く頭を下げる。


226 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:55:28.95 ID:+UZ/pLeq0
春原「お願いします」

憂「お願いしますっ」

春原も、憂ちゃんも一緒になって頭をさげてくれた。

教師「だから、それは…」

声「私からも、お願いします」

聞き覚えのある声。顔を上げる。

さわ子「なにかあった時は、私がひとりの社会人として全ての責任を被ります」

さわ子さんだった。

教師「山中先生…」

さわ子「だから、どうかお願いします」

さわ子さんも、同じように頭を下げてくれた。

教師「…はぁ」

大きくため息を吐く。

教師「安全だけは確保するように」

言って、停滞していた卒業生の集団に体の正面を向ける。


227 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:57:19.75 ID:jpDSDOMkO
教師「グラウンドへ集合!」

そう、声を上げた。
しばし間があった後…皆、列を崩しながらもぞろぞろとグラウンドへ足を運んでいた。

さわ子「すみません、主任」

教師「…こういうことは、今後ないように」

言って、学年主任もグラウンドへ歩いていく。

朋也「ありがとうございます!」
春原「ありがとうございます!」
 憂「ありがとうございます!」

その背に大きく礼の言葉を送った。

朋也「さわ子さん、助かったよ」

春原「救世主だよね」

憂「先生、ありがとうございますっ」

さわ子「ええ、それはいいんだけど…岡崎、春原。式とHRはちゃんと出なさいよね」

朋也「悪い。最後まで迷惑かけちまって」

春原「ごめんね、さわちゃん」

さわ子「まったく…手のかかる生徒だこと。ほら、卒業証書」


228 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:57:45.94 ID:+UZ/pLeq0
黒い筒を一本ずつ俺たちにくれた。

朋也「サンキュ」

春原「これで、晴れて卒業だね」

さわ子「で、グラウンドに人を集めてどうしたいのよ」

朋也「ああ、それは…」

唯「朋也ーっ! 春原くーんっ」

唯がこちらに駆けてくる。軽音部の面々もその周りにいた。

唯「はぁ…はぁ…ど、どうしたのふたりとも…」

律「なぁにやってんだよ、おまえらは…つか、なにがしたいの?」

朋也「おまえらのラストライブの呼び込みしてたんだよ」

澪「え…? どういうこと?」

朋也「ほら、グラウンドにさ、演奏できるように設備整えただろ?」

朋也「だから、ライブしちまえよってことだ。客がいるなら、成立するだろ、ライブもさ」

さわ子「そういうことだったのね…やることが大雑把すぎるわよ、あんたたちは」

朋也「悪い」


230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:59:16.35 ID:jpDSDOMkO
さわ子「憂ちゃんも、巻き込まれたひとりなのよね?」

憂「えへへ、そうですね」

さわ子「ご愁傷様ね…」

律「ほんと、アホだな、おまえらは…」

呆れたように肩をすくめる部長。

律「でも…なぁんか燃えてきたぜぇ、あたしは」

紬「うん…私も。私たちのために、こここまでしてくれる人がいるんだもの」

澪「そうだよな…うん。私も、すごく熱い感じだ」

唯「私もだよ、ふんすっ! ふんすっ!」

朋也「じゃ、やってくれるんだな」

律「ったりまえじゃん。任せとけって」

朋也「そっか。じゃ、頼むよ。中野はもう先に行ってるからさ、合流してやってくれ」

澪「うん、わかったっ」

朋也「おまえらの…放課後ティータイムのファンとして、俺も観てるからな」

春原「僕も、名誉ファン会員としてのオーラを出しながら観とくよ」


231 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:01:36.45 ID:jpDSDOMkO
律「だれが名誉ファン会員だっつーの…」

唯「ふたりとも、違うよっ! ファンじゃなくて、放課後ティータイムの一員でしょ?」

朋也「って、いいのかよ、それで」

律「ま、いいんじゃねぇの? なかなかいい働きしてくれたしな」

唯「りっちゃんの許可も下りたし、もう公式メンバーだねっ」

朋也「そっか。そりゃ、光栄だな」

春原「僕の担当楽器はもちろんムギちゃんで、ボディをあれこれして音を奏でるってことでいいよね?」

律「死ね、変態っ!」

紬「くすくす…」

笑っていた。俺たちは…今、確かに笑えていた。

―――――――――――――――――――――

朋也(ふぅ…)

準備を進める様子を遠巻きに眺めながら思う。
これで俺が、軽音部に…唯にしてあげられることは、全て終わったと。

朋也(よかった…最後に用意できて…)

これで悔いはない。唯とも、笑顔で別れることができる。そのはずだ。


232 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:02:17.02 ID:+UZ/pLeq0
キィーン…

スピーカーから音が鳴る。それは、最終調整の出足を告げる音。
もう少しすればライブが始まるだろう。俺は、その時をじっと待っていた。

―――――――――――――――――――――

ちりちりとマイクの音がした。
電源を入れたのだろう。

唯『こんにちは、放課後ティータイムです!』

始まった…唯のMC。

唯『今日は絶好の卒業日和ですね! 私もさっき思わず卒業しかけちゃいました!』

律『いや、んなくしゃみみたいに言われてもな…』

笑いが起こる。今日も好調のようだった。

唯『えへへ…えーっとですね、そうです、今日は卒業式なんですよねぇ』

唯『それで、お父さん、お母さんたちもいっぱい来てますよ』

唯『まぁ、それはいいんですけど…』

律『無駄な前フリはやめろ』

「りっちゃーん、ツッコミがんばってーっ」


233 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:03:36.87 ID:jpDSDOMkO
「進行の具合は田井中にかかってるぞーっ」

律『はは、ども』

唯『でですね、実は私たち、このライブのこと、さっき知ったんですよ』

「なんで知らなかったのーっ」

「ありえねーっ!」

「平沢せんぱーいっ!」

様々な野次が飛び交う。

唯『式とHRの間にセッティングしてくれた人がいたんです。それで、外に出てきたらびっくりしました』

唯『こんなにたくさんの人を集めてくれたこと…私たちのために動いてくれてたこと…』

唯『すっごくうれしいドッキリでした』

律『おい、ドッキリじゃ、ここに集まってくれた人全員サクラになっちまうぞ』

「りっちゃーん、俺サクラじゃないよーっ」

「俺もガチだよーっ」

唯『じゃあ、サプライズっていうのかな。文化祭の時もあったよね』

唯『あの時は、みんなが私たちと同じTシャツ着てて、驚いたなぁ…』


234 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:03:59.70 ID:+UZ/pLeq0
唯『今日もそれくらい驚きました』

「俺着てたよーっ」

「今も持ってるよーっ!」

唯『ありがとー、みんな。本当に楽しかったよね。文化祭だけじゃなくて…この三年間』

唯『いろんなことがありました。楽しいこと、いっぱいありました』

唯『時々辛いこともあったけど…でも、やっぱりとっても楽しかった』

唯『私たちは、放課後、いつもお茶をして、お話して、だらだらと過ごしてきたけど…』

唯『練習する時は、いっぱいして、ライブを頑張りました』

唯『二年生になると、新入部員も入ってきてくれました。とっても可愛い女の子です』

唯『そして、とってもギターが上手くて、可愛い上に即戦力になってくれて、言うことなしでした』

唯『それからの私たちの活動は、4人でいた頃よりもっと楽しくなりました』

唯『そして、三年生になると、今度は男の子がふたり、部室に遊びに来てくれるようになりました』

俺と春原のことだ…。

唯『とっても面白いふたりで、いつも私たちは笑っていられました』

唯『もっと、もぉっと部活が楽しくなりました』


235 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:04:53.36 ID:+UZ/pLeq0
唯『いっぱい、みんでお話しました。お菓子を食べました。ふざけあいました。やんちゃなこともしました』

唯『けど…』

唯『………』

唯『けど…そうだよね…今日で…おしまい。もう…戻れないよ…』

途中から涙声になって、鼻をすする音が聞こえてきた。

唯『おかしいな…泣きたくないのに…どうしてだろう…さっきまで…うれ…し…』

律『唯…』

澪『…ゆ…唯…』

紬『唯ちゃん…』

梓『唯先輩…』

唯『いやだよ…終わっちゃうなんて…いやだ…いやなの…うぅっ…いやだよぉ…』

そして…唯は泣き始めた。
ずっと堪えていた涙が溢れ出した。
しゃくりあげ、子供のように泣いた。
それは、文化祭の日に見た、あの泣き方より辛いものだった。
続いてほしいと願った、楽しい日常の区切り。
そんな現実を突きつけられ、どうしていいかわからない辛さ。
心の中心に位置していたものを失った辛さだった。
俺は見てられなくなって…顔を伏せた。


236 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:06:21.50 ID:jpDSDOMkO
このまま終わっちまうのか…。
俺のしたことは、唯を傷つけただったのか…。

声「甘えてんじゃねぇええええええええっ!」

怒声が、空にこだました。この声は…

朋也「さわ子さん…」

俺は人混みの中にその姿を探した。
それは人だかりが割れた中の中心にあった。
付近すべての注目を集めて。

さわ子「唯ーーーーっ!」

さわ子「てめぇらの居た時間は卒業したくらいで終わっちまうほど安っぽいもんだったのかーーっ!?」

さわ子「違うだろっ! 離れようが近かろうが、どうあっても色褪せない時間を生きてただろうがーーっ!」

さわ子「ここで挫けたら、全部嘘になっちまうぞっ! 先に進めねぇぞっ! いいのか、おいっ!」

メガネを外し、髪が振り乱れるくらいの剣幕で叫んでいた。
………。
少しの間の後…

憂「おねえちゃーん! 頑張れぇーっ! 今日は焼肉だよーっ!」

憂ちゃんがすぐ近くで声を上げていた。
憂ちゃんの励ましはなんだか的外れだった。
けど、それに便乗しない手はない。


237 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:06:47.39 ID:+UZ/pLeq0
朋也「俺たちも、同じだぞ、唯っ!」

朋也「春原や俺ができなかったことを、今、おまえらが叶えようとしてくれてるんだっ!」

朋也「わかるかっ、俺たちの挫折した思いも、おまえらが今、背負ってんだよっ」

朋也「だから、叶えろ、唯っ!」

怒鳴りつけた。言動の辻褄が合っているかさえわからなかった。
でも、思うままを叫んだ。
………。
唯が…顔を上げる。
もう泣いていなかった。
真っ直ぐに…前を見据えていた。
…連れていってくれ、唯。
この町の願いが、叶う場所に。
唯がマイクを手に取った。
それは、歌う意思の顕れ。
放課後が始まる。
俺たちの、最後の放課後が。

―――――――――――――――――――――

ライブが終わり、会場となったグラウンドは、祝福する声と拍手で賑わっていた。
それでも、だんだんと人が校門の方へ流れていき、卒業式本来の様相を取り戻し始めている。
唯たち軽音部は、さわ子さんを含め、一箇所に固まって、互いを抱きしめあっていた。
皆、涙を流していたが、その顔はとても晴れやかだった。
周辺でその様子を写真に収めたり、ビデオ撮影する父兄の姿があった。
きっと、あいつらの親なんだろう。


238 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:07:57.86 ID:+UZ/pLeq0
春原「おい、岡崎」

朋也「なんだよ」

春原「ほら、あそこ」

朋也「ん?」

春原が示す先。
卒業生が、部活の後輩、顧問や担任の教師に手を振り、振られていた。
その少し離れた場所に幸村の姿もあった。
誰も、幸村の元に寄っていく者はいない。
まるで、忘れられた銅像のように、ぽつんと立っていた。
俺と春原は顔を見合わせる。

春原「そういうのも、アウトローっぽくていいよね」

そして、どちらが先でもなく老教師に駆け寄り、その正面で深く礼をしていた。

朋也「ありがとうございましたっ!」
春原「ありがとうございましたっ!」

抜けるような青空に響かせた。
賑わいが一瞬引くような勢いで。
この三年間の感謝を。

朋也「じゃあな、ジジィ。元気でな」

春原「僕らが死ぬまで死ぬなよっ」


239 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:09:11.80 ID:jpDSDOMkO
幸村「無理を言うな…」

最後の教師としての笑顔を目に焼きつけて…
俺たちは校門をくぐり抜けた。

―――――――――――――――――――――

キョン「よぅ、ふたりとも」

抜けた先、門のすぐそばでキョンが背をもたれかけていた。

朋也「よぉ」

春原「お、また久しぶりだね」

キョン「えっと…すまん、そっちの春原っぽい人は、春原で合ってるよな?」

朋也「ああ、髪の色はだいぶめちゃくちゃになっちまってるけど、ギリギリ春原だ」

春原「これが通常の日本人だろっ!」

キョン「ははは、すまん、冗談だ」

春原「そういうフリには岡崎が絶対に食いつくからやめてほしいんですけどねぇ」

キョン「そうだな。今後気をつけるよ。その機会があればだけどな」

春原「なんだよ、もう会わないつもりなのかよ」

キョン「そうなるかもしれないからな。最後におまえらに会っておきたかったんだよ」


240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:09:33.01 ID:+UZ/pLeq0
春原「はっ、そんなの、会おうと思えばいつでも会えるに決まってるだろ」

春原「この町に戻ってくれば、絶対に会えるんだよ、僕らは」

キョン「そうか…それは、安心だ」

春原「へへっ…」

キョン「じゃあ…おまえら、元気でな」

手を中に掲げる。ハイタッチの誘いだ。

朋也「おまえもな」

左手で合わせる。パンッと小気味良い音がした。

春原「じゃあな、キョン」

春原は豪快に叩き、大きな音を立てていた。

声「キョン! なにしてんのよ、早くきなさいっ!」

坂の下から声が届く。

キョン「おっと…やばい」

背を向ける。

朋也「涼宮と達者で暮らせよ」


241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:11:09.37 ID:jpDSDOMkO
春原「結婚式には呼んでくれよなっ」

一度振り向き、苦い顔を向けてくれると、駆け足で坂を下りていった。

―――――――――――――――――――――

俺たちは学校を出ると、そのまま寮に戻ってきていた。

春原「ふぅ…」

ベッドに腰掛ける春原。
俺は床に寝転がって天井を見上げた。

朋也「で…おまえは、明日の朝この町を出るんだったよな」

春原「ああ、まぁね」

春原は少し前から荷造りを始め、帰省の準備をしていた。
ちょっとずつ部屋にあったものが消えていき、今ではあの年中据えられていたコタツさえなくなっている。
卒業証書をもらっても湧かなかった実感。
でも、この部屋の閑散とした佇まいを見ると、これまでの生活に終止符が打たれたことを否応なく感じさせられる。
ここで過ごしてきた時間は、俺の中でそれだけ大きかったのだ。

春原「僕がいなくなっても、泣いたりするなよ」

朋也「俺がそういうやつに見えるのか」

春原「まったく心配なさそうですねっ」

朋也「だろ?」


242 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:11:32.17 ID:+UZ/pLeq0
春原「ああ」

お互い顔は見えていなかったが、向こうもにやけているのが空気でわかった。

春原「おまえにはひどい目に遭わされまくったけどさ…楽しかったよ、この三年間」

朋也「そっか」

春原「おまえは、どうなんだよ」

朋也「俺か…? まぁ、俺も…楽しかったよ。おまえがいてくれてさ」

春原「そっか…へへっ」

口に出してこいつを肯定するのは初めてだったかもしれない。
まさに、最初で最後というやつだ。
しかし…なんともむずがゆいものがある。
けど…悪くはなかった。

がちゃりっ

声「こらーっ! なに勝手に帰ってんだっ!」

朋也「ん…」

春原「おわぁっ」

ベッドから跳ね起きる春原。
ドアの方へ顔を向けてみる。


243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:12:52.01 ID:jpDSDOMkO
律「あ、岡崎もいやがった」

部長だった。

唯「え、朋也もいるの?」

梓「じゃあ、連絡する手間が省けましたね」

澪「こんにちは~」

紬「お邪魔します~」

憂「どうもー」

和「ん…殺風景になったわね」

その後ろから、わらわらと顔なじみの連中が湧いて出てきた。

律「おまえらも片付けぐらい手伝えよなぁっ」

言いながら、部屋に上がりこんでくる。

唯「おじゃま~」

続けて唯たちもぞろぞろと入ってきた。
みんな、その手にはコンビニやスーパーのレジ袋を提げている。
その中には、ペットボトルや駄菓子類が詰め込まれているようだった。

春原「え、え? なんだよ、ここ、なんかの会場になるの?」


244 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:13:13.30 ID:+UZ/pLeq0
律「そうだよ、卒業記念パーチー会場だ」

春原「マジかよ…つーか、事前に言えよなっ」

律「おまえらだって何の断りもなくライブ仕掛けてたじゃん」

春原「まぁ、そうだけどさ…」

律「とにかく、ここで飲み食いするからな」

春原「いいけどさ、あんまり食い散らかすなよ。明日出てかなきゃなんないんだからさ」

春原「掃除し直すの面倒なんだよね」

律「え!? 明日? 早くない…? 春休みは…?」

春原「休み中には次入学してくる寮生が入居するんだよ」

律「そ、そっか…そうだよな…はは」

和「娯楽品もなにもないのは、そういうことなのね」

春原「まぁね」

律「じ、じゃあさ、みんな、なんにもないとこだけだど、楽にしてくれよ」

春原「おまえが言うなっての」

律「ふ、ふん…」


245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:14:29.21 ID:jpDSDOMkO
澪「律、なんか動揺してないか?」

律「な、なんで? 別にしてないけど…」

紬「春休み中、春原くんと遊ぶつもりだったのね」

律「ちがわいっ! と、とにかく、菓子の箱あけまくろうぜっ」

律「そんで、この部屋をゴミ屋敷にして帰ろうっ! 立つ鳥跡を濁しまくり、ふははっ」

春原「てめぇ、散らかすなって言ったばっかだろっ!」

律「そんなの忘れちゃった、てへっ」

春原「キモっ」

律「んだとぉ、ラァッ」

丸めてあったゴミをぶつける。

春原「ってぇなぁ…ウラぁっ!」

春原もそれを拾って投げ返した。

律「とうぅっ!」

部長は軽やかに身をかわす。

律「ばーか」


246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:14:57.59 ID:+UZ/pLeq0

春原「むぅ…うらぁっ!」

今度はしわしわになった洗濯物を投げつける。

律「ぶっ…って、なにパンツ投げつけてんだよ、変態っ!」

春原「あ、やべ…」

律「どういう性癖だ、こらーっ」

春原「勘違いすんなっ! 僕はノーマルだっ」

和「さ、あのふたりは放っておいて、お菓子を広げましょ」

澪「そうだな」

憂「私、たくさん避けるチーズ買ってきました」

梓「あ、憂ナイス。私それ好き」

憂「ほんと? よかったぁ」

唯「朋也、隣に座ろ?」

朋也「ん、ああ」

紬「ふふ、ラブラブね」

唯「えへへ、まぁねぇ」


247 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:16:23.11 ID:jpDSDOMkO
律「こらーっ! 私抜きで始めるなぁっ!」

澪「おまえが暴れるのに夢中だったんだろ…」

春原「ムギちゃん、隣に座っていい? っていうか、最後だし、むしろ僕に座ってくれてもいいよっ」

紬「えっと…ごめんなさい、今足が疲れてて、空気椅子できないの」

春原「そうまでして触れたくないんすかっ!?」

律「わははは!」

和「ほんっとに、うるさいわねぇ…」

―――――――――――――――――――――

律「でもさぁ、ライブ自体もびっくらしたけど、唯が泣き始めた時もかなり焦ったよなぁ」

スティック菓子をポリポリとかじりながら言う。

唯「ごめんね…」

律「いや、いいよいいよ。感極まって泣いちゃったんだよな」

唯「うん…もう、これで終わりなんだって思ったら、寂しくなっちゃって」

澪「唯…」

春原「唯ちゃん、心配すんなよ。学生時代、一緒に馬鹿やった奴らは、一生縁が切れねぇから」


248 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:16:49.55 ID:+UZ/pLeq0
春原「でさ、今手に入る友達は、学校だけの仲じゃないんだ」

春原「卒業して遠く離れてしまっても…」

春原「それでも休みを合わせてくるような…そんな仲なんだ」

春原「これから大人になっても、周りや自分が変わってしまっても、それでも友達なんだ」

春原「みんな出世してさ…すげー忙しくなっても…」

春原「職場の同僚との、新しい居場所が出来ても…」

春原「結婚して、子供が出来て、家族を守るために精一杯でも…」

春原「それでも…僕らはきっと、顔を合わせれば笑いあってるんだ」

春原の言葉。珍しく真に迫っていて、俺たちは静かに耳を傾けていた。

唯「うん、そうだよね。ありがとう、春原くん」

律「急に真面目なこと言いやがって…なんだよ、おまえも言えるんじゃん、そういうこと」

春原「はは、僕の溢れるセンスが爆発しちゃったかな」

律「あーも、すぅぐ調子乗る…」

澪「おまえとそっくりだな」

律「なんか言ったかー?」


249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:18:25.49 ID:jpDSDOMkO
澪「いや、別に」

梓「さわ子先生もすごかったですよね」

律「あー、昔の血が蘇ってたよな。てめぇ、とか、おらっ! とか言ってさ」

春原「僕もあれは結構ビビッちゃったよ。唯ちゃんは一番ビビッちゃったんじゃない? 名指しだったし」

唯「うーん、ていうよりは、勇気づけられたかなぁ」

春原「マジで? やっぱ、いい神経してるよ、唯ちゃんは」

唯「えへへ」

和「憂と岡崎くんも、はっぱをかけてたわよね」

律「あー、だったな。憂ちゃんは夕食の話題で釣ろうとしてたよな」

憂「やっぱり、ちょっとズレてましたか…?」

唯「そんなことないよ。ちゃんとテンション上がったよ。ありがとね、憂」

憂「うん、えへへ」

律「この姉妹はのほほんとしてんなー、ほんと…」

紬「岡崎くんは、唯ちゃんへの愛を叫んでたわよね」

朋也「あ、愛?」


250 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:20:11.27 ID:jpDSDOMkO
紬「うん、愛」

梓「あんな公衆の面前で恥ずかしくないんですか? 唯先輩のご両親も来てらしたんですよ」

マジか…。

朋也「いや、愛とかのつもりじゃなかったんだけど…」

唯「ええ? 愛はないの? 愛してはくれないの?」

朋也「い、いや、おまえのことは好きだけど…」

唯「だよねっ! 私もだよっ」

言って、腕に絡みついてくる。

朋也「あ、おい…」

律「くぁー、目の前でイチャつかれたらたまったもんじゃないっすわ…」

梓「そういうことはよそでやってくださいっ! しっしっ」

動物を追い払うような手振りをされてしまう。

澪「………」

律「あー、ほら、元岡崎狙いだった梓と澪のテンションがおかしくなっちゃうし…」

梓「わ、私はぜんぜんそんなことないですしっ! ですしっ!」


252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:30:49.65 ID:jpDSDOMkO
律「すでに口調がおかしいからな…」

唯「でも私、朋也と同じくらいみんなのことが好きだよ?」

律「おー、勝者の余裕かぁ?」

唯「違うよ、ほんとうのこと。だからね、愛の歌をみんなで歌おうよ」

律「なにそれ」

唯「だんご大家族だよっ」

律「って、またそれか…ライブの最後にも歌ってたよな」

律「せっかくいい感じで盛り上がってたのに、みんなずっこけてたぞ」

唯「そんなことないよっ! 盛り上がりはピークに達してたよっ」

律「あ、そっすか…」

唯「うんっ。今からあの興奮を再現するよっ」

唯「だんごっ、だんごっ…」

一人で歌い始める唯。

唯「みんな、カモン!」

唯「やんちゃな焼きだんご 優しい餡だんご…」


255 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:31:17.75 ID:+UZ/pLeq0
律「はいはい、わかったよ…」

そして部長たちも合わせて歌った。
いつかのカラオケの時のようだった。
今度は、俺と春原もちゃんと声を出して歌っていた。

―――――――――――――――――――――

朋也「ふぅ…」

部屋の空気も熱気でモワついて来た頃、俺は夜風にあたるため、外へ出てきていた。

朋也(涼しいな…)

二酸化炭素が充満した狭い部屋から、開けた場所に出てきた開放感も手伝って、気持ちがよかった。

和「あら、岡崎くん」

朋也「お、真鍋」

缶ジュースを持った真鍋が俺に近づいてくる。
真鍋は、俺より先に部屋から出ていたのだ。

和「外の空気を吸いにきたの?」

朋也「ああ、そんなところだ」

和「そ」

言って、ジュースを口にした。


257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:32:39.64 ID:jpDSDOMkO
朋也「そういえばさ、坂上から聞いたんだけど、桜並木、守れたんだってな」

和「ん、そうね」

朋也「あいつ、おまえのことをすごい奴だって、すげぇ評価してたよ」

朋也「自分の力だけじゃ絶対に成し遂げられなかったってさ」

和「そんなことないわ。あの子のほうがよっぽどすごいわよ」

朋也「逆の意見なんだな。謙遜か?」

和「私はプライベートでへりくだったりしないわ」

朋也「あ、そ」

和「あの子は、本当に純粋で、穢れなくって…真っ直ぐなの」

和「とてもじゃないけど、汚い根回しや、既得権益の保守なんかには関わらせる気にならかったわ」

朋也「おまえにも人間らしい感情があるんだな」

和「まぁ、一応ね」

和「それでも、一般的に必要とされる事務処理の手続きなんかはちゃんと教えていたんだけどね」

和「たったそれだけなのに、あの子はどんどん力をつけていったわ」

和「厄介だった組織をひとつ解体してくれるくらいにね」


259 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:33:29.99 ID:+UZ/pLeq0
朋也「厄介な組織?」

和「ええ。部費に割り当てられるはずの予算を6%横領してる連中がいたの」

和「そいつらは秀才で構成されていて、そのバックには卒業していったやり手の先輩たちがついてたわ」

和「在校生だけなら秀才軍団だろうと、なんてことなく処理できたんだけど…」

和「関わってるOBとは私もしがらみがあってね。1、2年生の頃懇意にさせてもらってたのよ」

和「だから、仕方なく目を瞑るしかなかったんだけど、あの子が会計のおかしさに気づいてね」

和「この不透明な出費はなんなのか、って訊かれたわ。それで、核心には触れず、遠まわしに伝えたの」

和「そうしたら、話をつけてくるって、リーダー格の男のところにいこうとするのよ」

和「私は止めたわ。後であの子にどんな不利益が生じるかわからなかったから」

和「でも、どうしても行くって聞かないのよ。それで生徒会室を飛び出して行ったの」

和「数日後、見事に連中の動きがなくなってたわ」

和「聞いたところによると、構成員のひとりひとりに直接当たって説き伏せていったらしいの」

和「取引きもなく、圧力をかけたわけでもなく、暴力を背景に脅したわけでもなく…」

和「そんな単純なことだけで、不正に金儲けを楽しんでた奴らの考えを改めさせたのよ」

和「すごいわよね。下衆な連中でさえ、あの子の人柄には惹かれてしまうんだから」


260 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:36:34.43 ID:jpDSDOMkO
和「ちなみに…夏頃、軽音部部室にクーラーついたじゃない?」

和「あれは、連中がため込んでた裏金を充てて設置したものなのよ」

朋也「そうだったのか…」

和「ええ。それに、桜並木だって、実質あの子の力で守ったようなものだし」

朋也「え、そうなのか?」

和「そうみてもらっても間違いじゃないわ。あの子ね、英語の弁論大会で、市に訴えたのよ」

和「宅地造成の一環で、学校の桜まで切るのはやめにしてください、ってね」

朋也「へぇ…」

桜の木が切られることになってしまった背景には、そんな事情があったのか…。

和「その甲斐あって、あのとおり今も桜並木は健在なんだけどね」

学校の方を見て言った。この坂下からも、その木々は遠くに少しだけ見えているのだ。

朋也「でも、それじゃ、なんで坂上の中でおまえの評価が高いんだろうな」

和「ま、どうしても私の政治力が必要な時があったってことよ」

和「弁論大会の出場枠だって、無理を言って拡大してもらって、そこにあの子をねじこんだりしたからね」

和「そういう、正規の手段では成しえないことや、時間がかかってしまうことを割とすんなりやっていたから…」



261 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:37:49.20 ID:+UZ/pLeq0
和「それが、まっとうな道を行くあの子の目には、すごい事として映ったんでしょうね」

朋也「そっか」

和「そうよ」

俺から視線を外し、ジュースで喉を潤した。

和「でも…そんな、裏で陰謀渦巻く泥臭い時代も、私の代で終わりでしょうね」

どこをみるでもなく、ただ遠くを見て言う。

和「あの子が…坂上さんが生徒会長の座につけば、きっと光坂は変わる」

和「まっとうで、まっさらな、新しい時代が始まるわ」

和「ま、もうその兆しは見え始めてたんだけどね…」

俺に向き直り、少し眉を下げて言った。

朋也「もしかして、おまえがその役割を果たしたかったりしたのか?」

和「まさか。私はごたごたしている方が好きよ。だから、時代の移り変わりがちょっと名残惜しかったの」

和「ただの懐古ね。それに、元生徒会長OBとして、私も在校生を遠方から動かしてみたかったし」

和「それはきっと、目の届かない場所で人を使うことの予行演習になるでしょうからね」

和「今後のためにも、是非その場を活用したかったんだけど…仕方ないわよね」


262 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:40:32.70 ID:jpDSDOMkO
やけに卒業生の影響力が残っていることを不思議に思っていたが…今、その理由がわかった。
きっと皆、真鍋と同じように考え、あの学校を演習の場として使っていたのだ。
その伝統が今まで受け継がれていたと。そして、それも真鍋の代で終わってしまうと。
まとめると、そういうことだった。

和「ふぅ…」

天を仰ぐ真鍋。俺もそれに倣った。夜空には、星がいくつも見えていた。

和「本当に…おもしろい時代を駆け抜けたてきたわ。唯たち軽音部がいて、あなたたちがいて、SOS団がいて…」

和「濃い人間がそろいもそろってあの学校に、私の同学年に居たんだものね」

和「唯じゃないけど、私も高校生活が終わってしまうと思うと、少しさびしいわね」

今真鍋はどんな顔をしているのだろうか。気になって正面に向き直る。
すると、同じタイミングで真鍋も視線を下げてきた。

和「ま、私は唯ほど情に流されたりしないから、次へ向けて心の整理はついているんだけどね」

朋也「さすがだな。おまえはやっぱり真鍋和だ」

和「それはそうでしょう。って、もしかして…褒めてるの、それ?」

朋也「ああ、すげぇ褒めてる」

和「それは、どうも」

月明かりの下、優しく微笑む。とても人間らしい表情だった。


263 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:41:58.23 ID:+UZ/pLeq0
和「それじゃ、先に戻ってるわね」

朋也「ああ」

寮の玄関へ入っていく真鍋の後姿を見送る。
俺はしばらくの間、真鍋に使われていた日々を思い出しながら、夜空を見上げていた。

―――――――――――――――――――――

春原「じゃあな」

翌日の朝。
春原を見送りに、みんなで駅に集まっていた。

朋也「ああ、達者でな」

唯「元気でね、春原くん」

澪「また、会おうね」

紬「向こうに行っても、いつまでも元気な春原くんでいてね」

梓「いろいろと、お世話になりました。ありがとうございました」

憂「私、春原さんのことずっと覚えてますね。岡崎さんの親友で、面白くて素敵な人だって、忘れません」

和「社会人なんだから、あまり突飛なことはしないようにね」

皆それぞれ、様々な言葉を送る。


264 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:43:15.12 ID:jpDSDOMkO
律「………」

澪「律…おまえもなにか言ってあげろよ」

律「うん…」

律「………」

一歩前に出る。

春原「………」

律「………」

そして、春原と向かい合った。

律「あのさ…今までいっぱい喧嘩したけど…けっこうおもしろかったぜ」

春原「僕も、そうだった気がするね…なんとなくだけど」

律「そっか…」

春原「まぁね…」

律「でさ…あんた、こっちの方が好きだったよな」

カチューシャを外す。
そして…

春原「うわっ」


265 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:44:07.59 ID:+UZ/pLeq0
春原の頬に唇を押し当てた。

律「ばいばい…春原くん」

春原「………」

その箇所を手で押さえ、口を半開きにして目を丸くする春原。
しまりのない顔だ。けど、それも少しの間のこと。
すぐにいつもの、憎めないニヤケヅラに戻った。

春原「ああ…バイバイ、田井中」

初めてその名を口にした。
そして、荷物を重そうに抱え、改札口を抜けていく。
帰っていく…今日、この場所から。いつだって陽気だったあの男が。
また会える日を思いながら、ここで見届ける。
俺の…親友を。

律「…いっちゃったか」

澪「律…」

律「ん…」

少し寂しそうな顔のまま、外していたカチューシャをかけ直す。

律「よぅし、そんじゃ、今から遊びに行くぞっ!」

その時からもういつもの部長の姿に戻っていた。
髪を下ろしていたのは、普段の自分と区別したいという心理もあったからかもしれない。


266 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:45:28.03 ID:jpDSDOMkO
律「あ、でも、岡崎と唯はついてくるなよ?」

律「おまえらは、こっからデートだ! わはは!」

律「こい、澪!」

澪「あ、ちょっと、なんで私だけひっぱるんだよっ」

梓「律先輩、さっきのキスって、やっぱり…」

律「うるへーっ! ただのその場のノリだっ! 深い意味はなぁーいっ」

紬「くすくす…りっちゃん可愛いっ」

和「いいものが見れたわ。忘れないように記録をつけておきましょう」

律「って、和、やめんかーいっ!」

俺と唯をその場に残し、雑踏の中に消えていく。

憂「岡崎さん、お姉ちゃんとのデート、楽しんでくださいねっ」

言って、憂ちゃんもその後を追っていった。

唯「うわぁ、置いていかれちゃった…」

朋也「どうする? 俺たちも追うか?」


268 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:47:56.68 ID:+UZ/pLeq0
唯「う~ん…せっかくデートするように言われちゃったから、そうしようよっ」

朋也「そっか…そうだな、そうしようか」

唯「うんっ」

―――――――――――――――――――――

俺たちは歩いた。
春の光の中を。
ゆっくりと、ゆっくりと。
ずっと手をつないで。
唯の小さな手が、愛おしくて…仕方がなかった。
唯が好きで好きで、仕方がなかった。
俺は… 立ち止まってしまった。

朋也「なぁ、唯」

唯「なに?」

朋也「あのさ…」

唯「うん」

朋也「………」

朋也「…別れよう」

今日言おうと決めていた。
きっぱりと終わらせて、引きずることなく前に進んでいくべきだった。


270 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:48:52.10 ID:+UZ/pLeq0
唯「…え?」

朋也「おまえはさ…もっといろいろ見て、それで付き合う男を決めた方がいい」

朋也「今までは狭かったんだ。そこに、たまたま俺が現れただけなんだよ」

朋也「だから…」

…言葉が出なかった。
代わりに涙がとめどなくあふれ出た。
ぽたぽたと地面に落ち続けていた。
子供のように、俺は泣き続けた。

唯「朋也…」

朋也「………」

唯「朋也…」

朋也「なんだよ…」

唯「歩こう?」

朋也「なんでだよ…」

唯「朋也と歩きたいからだよ」

朋也「やめとけよ…俺、もう彼氏じゃないんだぞ…」

唯「まだ私が答えてないからセーフだよ。だから、ね?」


271 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:51:11.14 ID:jpDSDOMkO
朋也「………」

朋也「…好きにしろよ」

唯「うん、好きにするね」

俺の泣き濡れた顔を笑いもせずに、そう唯は言った。

―――――――――――――――――――――

唯「あのね、私、大学卒業したら、この町に戻ってこようと思ってるんだ」

朋也「………」

唯「それでね、その時には…」

立ち止まる。

唯「朋也…私をお嫁さんにしてください」

朋也「………」

唯「えへへ…プロポーズだよ?」

朋也「馬鹿…そんなの受けられるわけないだろ」

唯「どうして?」

朋也「俺たちは、その時にはもうただの知り合いなんだよ…知り合いとは結婚しないだろ…」


272 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:52:18.54 ID:+UZ/pLeq0
唯「そうだね。でも、朋也は違うよね。ずっと付き合ってた彼氏なんだから」

朋也「だから…それは、もう…」

唯「嫌だよ。別れるなんて、絶対に嫌だよ。朋也だってそうでしょ? だから泣いてるんでしょ?」

朋也「………」

唯「心配しないで。絶対に戻ってくるから。夏休みだって帰ってくるよ」

唯「冬休みも…クリスマスだってそうだよ」

唯「ね? 私、ずっと朋也のこと、好きでいるよ」

できるのだろうか…本当に。
それは、ただ、そうありたいという願いなんじゃないだろうか…。

唯「朋也も、私のこと好きでいてくれるよね? っていうか、今もそう…ってことで合ってるよね?」

朋也「…ああ…好きだよ…」

唯「じゃあ、やっぱり相思相愛だよっ。別れる必要なんてどこにもないんだよ」

朋也「そっか…」

唯「そうだよっ」

俺がいない4年間という長い時間の中で、唯は変わってしまわないだろうか。
また、俺も気持ちが薄れていってしまわないだろうか。
会えない日々に耐えられるだろうか。


274 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:53:37.90 ID:jpDSDOMkO
越えていけるだろうか。
歩いていけるだろうか。
………。
でも、ずっと頑張り続けて…
そして、最後にはやり遂げた俺たちだったから…
きっと登っていける。
その先へ、歩いていける。
そう、思えた。

朋也「唯」

俺はその細い肩を抱きしめた。

朋也「俺、ずっと待ってるから…」


275 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:54:25.36 ID:+UZ/pLeq0
そして、

朋也「その時は、結婚しよう…」

告げていた。

唯「うんっ、お願いしますっ」

現実味のない、子供の口約束。
叶うかどうかは定かじゃなかったけど…実現できるよう、俺は…

立ち止まることなく、歩きたかった。

どこまでも、どこまでも。

ずっと続く、坂道でも…



ふたりで。



―――――――――――――――――――――


276 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 12:56:21.00 ID:+UZ/pLeq0
いろいろと雑で不快に思った人はすいませんでした
最後の方はトレースとか改変ばっかyってかんりアレだったけどみてくれたひとありがとう。おやすみ

コメント

泣いた。

No title

完成度が高すぎて声もでない
そして画面もロクに見えないんだが

久々に笑わせてもらったw
春原は至高だね!

No title

読み終わった
帰ってきてからの話も読んでみたい

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