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朋也「軽音部? うんたん?」ラスト-2

朋也「軽音部? うんたん?」ラスト-1

―――――――――――――――――――――

そして、当日。午後になり、体育館で3年D組の演劇が幕を開けた。

『先入場者 戦闘スタイルは空手を中心とした打撃 だが打撃だけに止まらず!』

『投げ・締め・間接なども使う 20戦20勝0敗 3年ぶりのS級格闘士となる…』

『日本 ジュリエッ斗!』

律「………」


93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:35:08.23 ID:jpDSDOMkO
部長がベッドに腰掛けたままライトアップされる。

『そして 後入場者は――』

春原が舞台袖からステージに出て行くと、同じようにスポットを浴びた。

春原「………」

『その男が使う格闘技は実戦!! イスラエル軍に正式採用されることにより洗練され…』

『世界中の軍隊・警察関係者に広まり、歴史の中で迫害を受けながらも滅ぶことなく現代では世界経済を握り…』

『多くの天才科学者を出し、IQが世界で一番高いと言われる民族が作った、今なお進化し続ける格闘術…その名は――』

『クラヴ・マガ!! 63戦63勝0敗 イスラエル ロミ男!』

『さぁ、お賭けください!!』

女生徒1「ロミ男に20万ドル」

男子生徒1「ロミ男に100万ドル」

女生徒2「ロミ男に50万ドル」

男子生徒2「ロミ男に10万ドル」

モブ役のクラスメイトたちがそのセリフだけを言い放ち、袖に捌けて行った。
そして、入れ替わりに横断幕を持った黒子集団が出て行く。
そこには、『配当 ロミ男 1.05倍 ジュリエッ斗 21倍』と書かれている。
テロップのようにその文字列がステージを横切っていく。


94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:36:06.80 ID:+UZ/pLeq0
『事前予想絶対不利の中 日本人がユダヤ人に 戦いを挑む!!』

前座のナレーションが終わると、いよいよ演技の開始だった。
ここまでは順調だ。不安があるとするなら、あいつらのアドリブだ。
白熱し過ぎなければいいのだが…。

―――――――――――――――――――――

律「金剛!!」

ドガッ

春原「うっ……」

部長の振りかぶった右腕が春原の心臓に突き刺さる。

春原「………」

どさっ

すると、崩れ落ちるように春原が倒れた。
台本通りの終わり方だ。
途中、執拗な下段への攻撃というアドリブはあったものの、無事に全ての殺陣シーンが終了した。

律「ふぅ…」

突きの状態で体を止めたまま、部長が息を吐く。

『今現在 最強の格闘技は 決まっていない!!』


95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:37:23.98 ID:jpDSDOMkO
そのナレーションを以って全行程が終わり、終劇を迎える。
裏方も含め、スタッフ全員が舞台に上がり、一礼して幕が下りていった。

―――――――――――――――――――――

律「あ~、いい仕事したわ、われながら」

社長座りで椅子に深く腰掛ける部長。

唯「ふんすっ ふんすっ」

その後ろで唯が肩を揉んでいる。

紬「お疲れ様、りっちゃん」

琴吹がメイドのように紅茶の入ったカップを配膳する。
まさにVIP待遇だった。

律「うむ、くるしゅうない」

紬「春原くんも、お疲れ様。いい動きだったわ」

同じように、春原の前にもティーカップを差し出す。

春原「お、ありがと、ムギちゃん」

受け取り、ずずっと一口すすった。

梓「ここでちょろちょろ練習してるのは見てましたけど、実際通して見るとすごい立ち回りしてましたよね」


96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:37:59.62 ID:+UZ/pLeq0
律「だろん? あたしの新たなる才能が目覚めちゃったって感じ?」

澪「おまえは普段通り暴れてただけだろ。殺陣を考えたムギが一番すごいと思うぞ」

紬「そんなことないわ。あれを演じられるのも、りっちゃんと春原くんのセンスがあってのことよ」

澪「そ、そうなのか?」

律「ほぉらな、やっぱあたしの才能じゃん」

春原「ま、僕のセンスの前ではおまえはただのスタントマンに成り下がってたけどね」

律「んだと!? あたしの金剛で盛大に心臓震盪起こしてたクセによっ」

春原「あれはただ台本に従っただけだっての。実戦なら僕の圧勝さ」

律「けっ、なにが実戦ならだよ。アドリブで上段一発入れたら顔歪んでただろーが」

春原「あれは顔面でさばいてただけだっ!」

律「それが直撃してるっていうんだよ、アホッ!」

春原「ふん、素人目じゃ、あの高等技術はわからないか。でも、ムギちゃんならわかってくれるよね?」

紬「春原くん、腕の立つ整形外科を手配しておいたから、ちゃんと通院してね?」

春原「定期的に通わなきゃいけないほど歪まされてるんすかっ!?」

朋也「もうおまえだって気づくのが難しいぐらいだけど、鼻の穴見るとギリ思い出せるな、もとの顔が」


98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:39:37.23 ID:jpDSDOMkO
春原「なんでそんなパーツがきっかけになってんだよっ!?」

朋也「おいおい、そんなの、おまえとの思い出がいっぱいこびりついてるからに決まってるだろ?」

春原「ハナクソみたいに言うなっ!」

律「わははは!」

―――――――――――――――――――――

澪「…はむっ」

手に人という字を書いて飲み込んだ。
古来より伝わる緊張をほぐす方法だった。気休めともいうが。

律「よぅし、そろそろいくか」

開演前40分。時間的にはまだまだ猶予があったが、念のため早めに講堂入りすることになった。
搬入は午前中の内にあらかじめ終えていたので、即スタンバイに入れる状態にある。

唯「大丈夫だよ、澪ちゃん」

紬「ちゃんと特訓もしたしっ」

澪「っ、そうだよな…」

梓「いつも通りにやりましょうっ」

澪「うん」


99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:40:16.08 ID:+UZ/pLeq0
律「よぅし、じゃ、やるぞーっ!」

「おーっ!」

天に向かって拳を突き上げる軽音部の面々。

紬「私たちのライブっ」

「おーっ!」

梓「最高のライブっ」

「おーっ!」

唯「終わったらケーキっ」

「おーっ…うん?」

疑問符がつく。
そして、全員の視線が唯に集まった。

律「んだよ、ケーキって…せっかく気合入ってたのに…」

梓「そうですよ…それに、ケーキならさっきまで食べてたじゃないですか」

梓「まさか、まだ飽きたりないって言うんですか?」

唯「ただのお約束だよ、てへっ」

どこまでいこうが、唯は唯だった。


100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:41:29.67 ID:jpDSDOMkO
それは、こんな大舞台の前でも変わることはないようだ。

梓「お約束って…まったく、唯先輩は…」

咎めるような口調だったが、その口元は笑っていた。

澪「でも、なんか本当にいつも通りで、緊張が和らいだよ」

紬「ふふ、そうね。唯ちゃんはこういう時、いい方向にムードを緩めてくれるよね」

律「ま、そうだな。ムードメーカーを自負するあたしでも、それは認める」

唯「えへへ、ありがと」

そう、いつだって唯はこうして周りに明るさを振りまいていたのだ。
その暢気なペースに巻き込まれ、みんな笑顔になっていく。
俺もその一人だった。だから今、俺はここにいる。

律「んじゃ…いくぜぇっ」

「おーっ!」

最後の激励が上がり、部室のドアへと足を向ける。
すると…

がちゃり

さわ子「あ゛ー…間に合った…」

さわ子さんが満身創痍な風体で扉にもたれかかっていた。


101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:42:01.08 ID:+UZ/pLeq0
律「って、どうしたんだよ、さわちゃん…」

さわ子「こ、これ…衣装…」

ぷるぷると震える腕を伸ばし、Tシャツを5着差し出す。

律「お、今回のはこれなんだ?」

部長が一番に受け取った。

さわ子「み、みんなも…どうぞ…」

促され、さわ子さんのもとに集まる。
そして、全員の手に行き渡った。

梓「今回はまともですね」

端を持って広げ、その全様を眺めながら言う。

澪「うん…よかった」

秋山も同じく広げ見て、そのノーマルさに安堵していた。

律「で、さわちゃんは、なんでそんな疲れてんの」

さわ子「それを徹夜で作ってたからよ…」

律「え? でもこれ、かなりシンプルじゃん。徹夜するほどじゃなくない?」

確かに。ただ中央にHTTと印字され、バックに☆マークがあるだけのデザインだった。


103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:43:30.15 ID:jpDSDOMkO
これならば、よっぽど前回のほうが手間暇かかるはずだ。

さわ子「いろいろあったのよ…」

律「いろいろって、なに」

さわ子「いいから、もう講堂に行きなさい。音出しとかしなきゃでしょ…」

律「そうだけど……まぁ、いっか」

律「ほんじゃ、いくべ」

さっきまでの気合に満ちた空気は抜けきり、ゆるゆると部室を出て行った。
俺と春原も後に続こうと、その背中を追う。

さわ子「あ、ちょっと待ちなさい」

半開きになっている扉を横切ろうとした時、さわ子さんに呼び止められた。

春原「なに? なんか用?」

さわ子「あんた達には、ひとつ仕事をしてもらうわ」

春原「仕事?」

さわ子「そ、仕事。とりあえず、ついてきて」

そう告げて、返事を聞かずに歩き出す。


104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:43:59.92 ID:+UZ/pLeq0
春原「………」
朋也「………」

俺たちは無言で顔を見合わせた。
このやり取りに既視感を覚えると、目で言い合っていた。
それは、去る日、軽音部の新勧を手伝うよう命じられることになった時の流れと酷似していたからだ。

―――――――――――――――――――――

さわ子「さ、あんた達もこれを着なさい」

部員達と同じTシャツを渡される。

春原「へぇ、僕らの分もあったんだね」

さわ子「それだけじゃないわ」

言って、ダンボールを二つ開封した。
両方とも中に大量のTシャツが敷き詰められている。

春原「うわ、なんでこんないっぱいあんの」

さわ子「配布用にたくさん作っておいたのよ。大変だったわ…」

それで徹夜だったのか…。ようやく納得がいった。

春原「ふぅん、入場特典ってやつ?」

さわ子「ま、それもあるけど、サプライズが真の目的ね」


106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:45:12.20 ID:jpDSDOMkO
さわ子「きっと、あの子達驚くわよぉ、観客が自分達と同じ衣装着てたら」

徹夜の理由を曖昧に答えていたのは、そのための布石だったということか。
はぐらかしながらも、早く会場入りするよう促していたのは、状況を整えるためだったと。
ということは、やっぱり、俺たちの仕事はそこに関係してくるんだろう。
つまりは…

朋也「これ、俺たちが配ればいいんだろ?」

そんなところだろう。

さわ子「その通りよ」

思った通りだ。

朋也「オーケー、わかったよ」

一度しゃがみ、ダンボールを抱える。

朋也「それと、さわ子さん。おつかれさまな」

さわ子「あら、あんたの口からそんな言葉が聞けるなんて…意外だわ」

さわ子「それに、最近表情もずいぶん柔らかくなったし…やっぱり、唯ちゃんの影響かしら? 」

朋也「さぁね」

さわ子「ふふ、でも、そんな風に気配りができるなら、あんた将来いい男になるわよ、きっと」

朋也「そりゃ、どうも」


107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:45:50.58 ID:+UZ/pLeq0
春原「僕は? さわちゃん」

朋也「おまえは骨格が変形して人の形が保てなくなるぞ、きっと」

春原「さわちゃん、やっぱこいつただの鬼畜だよっ! なにも変わってねぇよっ!」

さわ子「ふふ、そうみたいね」

―――――――――――――――――――――

春原「お、なんだあいつら」

講堂の出入り口から中を覗くと、うちのクラスメイト達が同じライブTシャツを着てわいわいと騒いでいた。

朋也「あれも多分、さわ子さんの仕込みだろ」

ちらり、と隅に立つさわ子さんに目を向けた。

さわ子「………」

その視線に気づき、こちらに向かって親指をぐっと立ててくる。
それは、俺の仮説が肯定されたとみて間違いないんだろう。

―――――――――――――――――――――

憂「あ、こんにちは、岡崎さん、春原さん」

ぽつぽつと人の出入りが始まった頃、憂ちゃんがやってきた。

女生徒「………」


109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:46:58.57 ID:jpDSDOMkO
その隣には、友達なのか、一人の女の子がいた。

朋也「よ、憂ちゃん」

春原「よぅ、妹ちゃん」

憂「おふたりとも、どうしたんですか? そのシャツ」

朋也「ああ、これ、さわ子さんがライブ用に作ってくれたやつなんだけど…」

ダンボールから2着新たに取り出す。

朋也「観客用のも作ってきたみたいでさ。配るように言われてるんだ」

朋也「憂ちゃんも、ぜひ着てくれないか」

憂「あ、はい、もちろんですっ」

嬉々として受け取ってくれた。

朋也「そっちの子も」

女生徒「あ、はい」

受け渡す。

女生徒「………」

シャツを持ったまま、なぜか俺を凝視していた。


110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:47:56.35 ID:+UZ/pLeq0
朋也「ん? それ、破れてたりしたか?」

女生徒「いえ、違います。ただ、実物のほうがカッコイイなぁ、と思いまして」

朋也「あん?」

女生徒「唯先輩の彼氏さんですよね? 憂から聞いてます。写メもみせてもらいましたし」

朋也「あ、そうなの」

憂「すみません、勝手にいろいろと…」

朋也「いや、別にいいけど…」

女生徒「私、ちゃんと唯先輩と釣り合い取れてると思いますよ」

朋也「そりゃ、どうも」

女生徒「まぁ、それだけです。いこ、憂」

憂「うん」

連れ立って前列の方へ向かっていく。

朋也(………)

妙な恥ずかしさだけが俺の中で渦巻いていた。

―――――――――――――――――――――


111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:49:16.17 ID:jpDSDOMkO
秋生「がーっはっは! なんだ小僧、その格好は!」

朋也「げ…オッサン」

春原「うわぁ、サバゲーの男だ…」

今度はオッサンがずかずかと幅を利かせながら、威圧感たっぷりに現れた。

早苗「こんにちは、岡崎さん」

その後ろには早苗さん。

女の子「こんにちは」

と、もうひとり、小柄で大人しそうな女の子がいた。
その顔は、早苗さんとそっくりで、まるで姉妹のようだった。
ということは…この人が、ふたりの娘である、例の渚さんなんだろうか。

朋也「こんにちは、早苗さん。それと…渚さん?」

女の子「あ、はい、そうです」

やっぱりそうだった。

渚「えっと…」

どう返したものかと迷っているような、そんな表情を浮かべている。
初対面の人間に名前を知られていたのだから、そうもなるだろう。

朋也「ああ、俺、唯と仲良くさせてもらってて、いろいろと話を聞いてるので…それで」


112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:50:01.51 ID:+UZ/pLeq0
渚「あ、そうでしたか。それでは…改めまして、古河渚です。よろしくお願いします」

朋也「岡崎です。こちらこそ、よろしく」

渚「名前は、朋也さんですよね」

朋也「え?」

渚「私も、岡崎さんのこと、お父さんとお母さんから聞いてました。唯ちゃんの彼氏さんだって」

朋也「あ、そっすか…」

渚「でも、唯ちゃん、すごいです。うらやましいです。こんなかっこいい男の子と付き合ってるなんて」

早苗「ですよねっ。私も、初めて見たとき、すごくかっこいいと思いましたよ」

朋也「はは、どうも…」

褒め殺しだった。

秋生「ふん、こんな優男のどこがいいんだ。浮かれまくってウケ狙いのTシャツ着るような奴だぞ」

朋也「そんなんじゃねぇっての。ほら、あんたもこれ着てくれよ」

ぐいっと押し付ける。

秋生「てめぇ、この俺にも一緒になって滑れっていうのか、こらっ!」

朋也「だから、ギャグじゃねぇって」


113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:51:35.48 ID:jpDSDOMkO
秋生「うそをつけぇっ! ダメージを分散させようとしてるんだろうがっ!」

朋也「頼むから話を聞いてくれ。いいか、唯たちもステージ衣装で同じものを着てるんだ」

朋也「それで、観客も同じシャツを着て出迎えるって寸法だ。それを秘密裏にやってるんだ」

朋也「まぁ、サプライズだな。そういうわけだから、あんたも協力してくれ」

秋生「かっ、そういうことか…まわりくどい言い方しやがって、要はサプライズだろうが」

朋也「いや、だからそう言っただろ…」

秋生「ま、なんだか知らねぇが、おもしろそうだな。協力してやる。ありがたく思え」

朋也「ああ、感謝するよ」

オッサンは俺の持っていたシャツを乱暴に奪うと、それを重ね着した。

秋生「む、サイズがあってねぇぞ、おい」

朋也「あんたが規格外なだけだ。我慢してくれ」

秋生「ちっ、しょうがねぇな…」

朋也「早苗さんと渚さんも、よかったらどうぞ」

早苗「もちろん、着させてもらいますよ」

渚「私も、一着お願いします」


114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:52:18.40 ID:+UZ/pLeq0
好意的なふたりで助かった。すぐに話が進んでくれる。
オッサンとは大違いだ。よくもまぁ、こんなのと結婚したものだ、早苗さんは。
渚さんも、この人の血を引いているとは到底思えないほど丁寧な口調だ。
きっと、早苗さんの血の方が濃かったんだろう。よかった…オッサンの遺伝子がでしゃばらなくて。

秋生「よし、いくぞ、おめぇら。最前列でフィーバーするぞ」

早苗「唯ちゃんたちの邪魔をしちゃだめですよ?」

秋生「その辺はしっかりわきまえてる。俺は大人だからな」

渚「お父さんが言っても全然説得力ないです」

秋生「なぁにぃ? おまえだっていまだに、だんごだんご言ってるじゃねぇか」

渚「だんご大家族は子供から大人まで幅広い層をカバーしてるので問題ないです」

秋生「あんなわけのわからんテーマソングをバックに踊り狂ってるもんがか?」

渚「わけのわからないテーマソングじゃないですっ。すごくいい歌ですっ」

渚「お父さんにもわかって欲しいので、今から歌いますっ。だんごっ、だんごっ…」

秋生「また頼んでもねぇのに歌い出しやがったよ、こいつは…」

呆れたように頭を掻くオッサン。
けど、渚さんはまったく気にしていないようだった。
のびのびと口ずさんでいる。
そんな風に人目はばからず歌う渚さんを見ていると…なぜだか涙が出そうになった。
懐かしくて、温かくて、溢れるような優しさが目の前にある気がしてならない。


115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:53:41.17 ID:jpDSDOMkO
でも、なぜそう思ってしまうのかは、まったくわからなかった。
というより…思い出せないと言った方が正しいかもしれない。

秋生「サビまでにしとけよ」

言って、歩き出す。
早苗さんもその後ろについていく。

渚「あ、待ってくださいっ」

慌てて中断し、渚さんも後を追った。

朋也「あ、渚さんっ」

その背に声をかける。

渚「はい? なんでしょう?」

きょとんとした顔で振り返る。

朋也「あの…俺たち、昔どこかで会ってませんか?」

もしかしたら、記憶を辿る糸口が掴めるかもしれない。
望みは薄かっただろうが、訊かずにはいられなかった。
俺は、知れるなら知りたかったのだ。この想いの正体を。

渚「昔、ですか? その…いつごろでしょうか」

朋也「ずっと昔…遠い昔です」


117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:54:18.32 ID:+UZ/pLeq0
渚「でしたら、幼稚園生の時ぐらいでしょうか」

朋也「いえ、時間じゃないんです。そんなの、象徴に過ぎないんです」

朋也「もっと、こう…想いだけで懐かしさが感じられるような、そんな過去です」

渚「えっと…その、すみません。私、昔は体が弱かったですから、そういう素敵な思い出はなかなか作れなかったんです」

渚「ですからきっと、岡崎さんと会っていたとしても、覚えていられなかったと思うんです」

朋也「………」

どうやら俺の言ったことを、これまでの人生で得てきた思い出の話だと思っているようだ。
言い方が悪かったのか、正確に伝わっていなかった。
いや…正確もクソもないか…。
あまりに漠然としすぎていて、俺自身ですらよくわかっていないのだから。
そんなことを理解して欲しいなんて、どうかしてる。

朋也「そうですか…」

渚「すみません、思い出せなくて…あの、もしかして、岡崎さんは覚えていてくれたんでしょうか」

朋也「いや、俺も確証はないっていうか…ただ、うっすらとそんな気がしただけですから、気にしないでください」

渚「そうですか…でも、岡崎さん、なんだか落ち込んでいるように見えます」

朋也「そう見えるなら、きっと罪悪感が顔に出てるんでしょうね」

朋也「こんなくだらないことでわざわざ引き止めてしまったっていう」


118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:55:53.05 ID:jpDSDOMkO
渚「いえ、そんな…私はなんとも思ってないです」

にこりと笑顔を向けてくれる。
なんとなくその質が唯と似通っているように見えた。人に安心感を与える、という点で。

朋也「なら、俺も気が楽です」

渚「岡崎さんが楽になれたなら、私も気が楽です」

朋也「はは、じゃ、おたがいさまっすね」

渚「はいっ」

視線が交錯して、どちらも笑みがこぼれる。
それだけのことだったが、俺はこの時、なにか吹っ切れた気がしていた。
感傷に浸って抜け出そうとしない自分がアホらしく思えるほど、今この瞬間が澄んでいた。

朋也「それじゃあ…ライブの方、楽しんでいってください」

渚「はい、そうさせてもらいます。それでは、私はこれで」

言って、背を向けて歩き出す。向かう先は、オッサン達がいる最前列のようだった。

春原「今の、かなり斬新な切り口のナンパ方法だね。今度僕も使わせてもらうよ」

春原「あれ? もしかして君、前世で僕の体の一部だった? って感じでさっ」

朋也「カタツムリってカラ取ったらナメクジじゃね? って返されて終わりだな」

春原「意味わかんない上に会話つながってないだろっ」


119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:56:27.57 ID:+UZ/pLeq0
朋也「いや、だから、お前の前世がナメクジだったって話だろ」

春原「そんなボケ拾えねぇよっ!」

―――――――――――――――――――――

15分前にもなると、いよいよ客足の入りが激しくなってくる。
わらわらと生徒が集まって来ていた。

春原「しゃーす、これ、よかったら着てくださーい」

俺たちは出入り口の両脇に立ち、仕事をこなしていた。

朋也「よかったら、着て下さい」

次々に手渡していく。

朋也(ああ、なんか、懐かしいな…)

新勧の時もこうやって募集チラシを配っていたことを思い出す。

春原「しゃーす」

あの時の春原は、まったくといっていいほどやる気をみせず、地べたに座り込んだりしていたのに…
今では慣れない丁寧語まで使って精力的に動いていた。
俺も、以前より自然と足が動いている。
あんなにも嫌っていた懸命になることを、普通に受け入れてしまっているのだ。
それを思うと、なにか感慨深いものがあった。

キョン「お、春原に岡崎」


120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:57:03.14 ID:+UZ/pLeq0
涼宮「久しいじゃない、ふたりとも」

古泉「ご無沙汰してます」

長門「………」

SOS団の面々だった。

朋也「よぉ」

春原「お、久しぶり」

キョン「なにやってんだ、こんなとこで、そんなシャツ着て…またなんかの悪巧みか?」

春原「違うよ。これを配ってるだけだって」

ダンボールから一着取り出す。

春原「おまえらもライブ見に来てんだろ? これ着て観てやってくれよ」

キョン「なんだ、公式Tシャツか?」

春原「ああ、しかも無料だぜ? 着るしかないっしょ」

キョン「まぁ、そういうことなら、着ようかな」

涼宮「あんたら、軽音部の雑用でコキ使われてるの?」

朋也「そういうわけじゃないけどな」



121 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:58:26.25 ID:jpDSDOMkO
涼宮「そ。だったら、我がSOS団におけるキョンよりかは地位が上なのね」

キョン「もう団活も引退してるんだから、現在形で言うな」

涼宮「なに言ってんのよ! 一時休止するだけだって言ったでしょっ!」

涼宮「SOS団は永久に不滅なんだから! 大学に行ってもサークルを立ち上げるわっ!」

涼宮「だから、あんたもちゃんと勉強して第一志望受かりなさいよっ!」

キョン「あー、はいはい、わかってるよ…やれやれ」

やっぱり、その口ぶりからして、こいつらは同じ大学を目指しているんだろうか。

春原「はい、ハルヒちゃんも、有希ちゃんもよかったら着てね」

涼宮「ん、まぁ、ちょっとダサいけど…我慢して着てあげるわ」

あくまで上から目線を保ったまま受け取る。

長門「………」

長門有希の方は何も言わず、ただ静かに受け取った。

朋也「ほらよ、古泉」

俺は残った古泉に1着差し出す。

古泉「んっふ、僕はそんな新品より、あなたの着ているその中古の方がブルセ…」


122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 09:59:02.27 ID:+UZ/pLeq0
長門「…そろそろ殺る」

古泉「んっふ、これはこれは…ここは新品を素直に受け取った方がよさそうですね」

相変わらず不穏なことを口走る奴らだった。

涼宮「キョン! ちゃんと観やすい席は確保してるんでしょうね!」

キョン「できるかよ…今来たばっかだろ、俺も…」

言いながら、館内へ歩を進めていく。
その後に古泉と長門有希も続いた。

古泉「おっと、忘れていました」

振り返り、こちらに歩み寄ってくる。
どうも、春原に進路をとっているようだった。
そして…

古泉「ふぅんもっふっ!!」

ビュッ

激しく腰が振り出された。

春原「ひぃっ!?」

さっ!

間一髪で避ける春原。


123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:01:12.83 ID:jpDSDOMkO
バァンッ!

その行き場を失った腰のエネルギーが壁に激突して音を上げていた。

古泉「おっと…避けられてしまいましたか。やはり、同じ手は二度は通用しないということですか…」

振りかぶった腰を定位置に戻しながら、ぶつぶつとつぶやく。
その衝突した部分の壁からは、ぱらぱらと粉塵がこぼれ落ちてきていた。

古泉「もう一撃いきたいところですが…日に一度しかできない大技ですからね…退くとしますか」

にこっとさわやかな笑顔をこちらに向け、身を翻した。
そして、無駄にスタイリッシュさを醸し出しながら奥へ消えていった。

春原「お、おおお岡崎…んあなななんか僕、さっきすごくやばかった気がするんだけどどど…」

ガクガク震えて上顎と下顎が噛み合っていなかった。
多分、かつて廃人にされたトラウマが蘇りかけているんだろう。
哀れな奴…。

―――――――――――――――――――――

和『さぁ、みなさんお待ちかね、光坂高校文化祭目玉イベント、放課後ティータイムの演奏です』

ついに開演時間を迎え、アナウンスが流れた。
5分前にはすでに館内は満席となり、壁際の立ち見客も多くいた。
俺と春原もその中の一人だった。さわ子さんもそうだ。
春原の隣で、腕組みしながら見守っていた。

春原「さわちゃん、キツくなったら僕の体に寄りかかっていいよ」


124 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:03:13.40 ID:jpDSDOMkO
さわ子「いやらしい感じがするから、遠慮しとくわ」

春原「い、いや、どさくさにまぎれておっぱい触ろうとか思ってないって」

さわ子「誰もそんなこと言ってないんだけど」

春原「ははっ、そ、そうだよね、誰だよ、おっぱいとか最初に言ったやつは」

おまえだ。

朋也「あ…」

幕が上がると、ステージの中央、こちらに背を向けてへたり込んでいる唯の後ろ姿が目に飛び込んできた。

朋也(転けたのか、あいつ…)

なんでまたアクションのないスタンバイ中に…
とはいえ、それが唯たる所以なのかもしれないが。

ガシャンっ

今度はギターを落としていた。

春原「おいおい、大丈夫なのかよ」

さわ子「…まぁ、ここからよ、ここから」

唯『すいませんねぇ…』

へりくだったMCを入れながら、ギターを肩にかける。


125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:03:38.96 ID:+UZ/pLeq0
唯『あ…』

そこで気づく。

声「唯ーっ!」

声「平沢さーんっ!」

声「平沢ーっ!」

クラスメイトたちが…会場のほぼ全員が、同じ衣装を身に纏っていることに。

梓「……!」

中野も、秋山も部長も琴吹も、みんながキョロキョロと館内を見渡していた。

和『さぁみなさん、盛大な拍手を』

真鍋が軽音部の面々を横切り、ステージの中央へと躍り出た。
もちろん、同じTシャツを着てだ。

唯「………!」

梓「……!」

唯と中野が詰め寄って行く。

和「………」

なにか説明を求められているようだ。


126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:06:23.50 ID:jpDSDOMkO
おそらくこの演出についてだろう。

和「……」

館内最後方(こうほう)、出入り口に近い位置にいる俺たちを指さす。
その照準はさわ子さんに合っていた。

さわ子「ブイ」

ピースサインで返していた。

唯「さわちゃんありがとーっ!」

梓「ありがとうございますっ」

ステージから肉声で届いてくる。

声「先生ーっ」

声「かっけーっ! さすが担任ぅ!」

声「さわ子先生マジヤベェーっ!」

クラスメイトもリスペクトの意を送っていた。

さわ子「くぅー、これよ、これっ」

快感が走ったのか、身を抱きしめて震えていた。

唯『えー…放課後…てぃーたいむです…ぐす』


127 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:06:55.88 ID:+UZ/pLeq0
涙声でMCが始まった。

唯『えぇっと…ぐす…ぐしゅ』

感情が邪魔をしているのか、なかなか進行しない。

声「平沢ーっ、泣くなーっ」

声「頑張ってーっ、唯ちゃーんっ」

クラスメイト達から励ましの声が上がる。

声「唯ーっ! こんな序盤で泣くなっ! 俺はおまえをそんなヤワに育てた覚えはねぇーっ!」

声「ファイトですっ、唯ちゃんっ」

声「唯ちゃんっ、頑張ってくださいっ」

今のは古河一家の声援だろう。

唯『みんなありがとぉ…ぐづ…私たちの方がみんなにいろいろしてもらっちゃって…ぐずぅ』

唯『なんだか涙が出そうです…』

律『はは、もう泣いてるじゃねーか』

ちょっとしたお遊びトーク。
やはり、この部分も客受けがいいのか、笑いが起きていた。

声「唯ーっ」


128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:08:14.45 ID:jpDSDOMkO
唯『ぐずぅ…』

声「きたないよー」

声「部長ナイス」

律『えっへん』

声「澪もなんか言ってー」

澪『あ、ありがとう…』

「きゃー澪ーーっ」

各地で黄色い歓声が上がり、フラッシュが焚かれる。
おそらく秋山澪ファンクラブの連中だろう。
といっても、以前のように独占欲旺盛で過激な一派はもういないらしく、今は穏健派が主流なんだとか。
真鍋から聞いた話だと、そういうことらしい。

唯『それじゃあ一曲目いきますっ! ごはんはおかずっ』

ずるぅ!

初耳だった連中は例外なくずっこけていた。
俺はもう、何を演るかも、その曲順さえ知っていたので特に驚きはしなかった。

唯『ではでは、聴いてください』

唯「………」


129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:08:41.11 ID:+UZ/pLeq0
メンバー同士、目で何かを確かめ合う。

律「ワン、ツー、スリー、フォーっ」

部長が音頭を取り、演奏が始まった。

唯『ごはんはすごいよなんでも合うよ ホカホカ…』

声「ふはは、やべぇーっ」

声「歌詞、歌詞っこれやべぇだろぉー」

男子生徒を中心にウケているようだった。
男は基本悪ふざけが大好きなのだ。

唯『私、前世は~関西人!』

「どないやね~ん!」

客席からも合いの手が入る。
もはや会場が一体となって歌っていた。
これがライブの醍醐味なんだろう、多分。

唯『1・2・3・4、ゴ・ハ・ン!』

繰り返しのくだりに差し掛かる。

唯『1・2・3・4…』

ばっとマイクを宙に掲げる。


130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:09:57.44 ID:jpDSDOMkO
すると…

「ゴ・ハ・ン!」

唯が歌わなかった部分は、観客のハモリによって補完された。

唯『1・2…』

今度は二言発声しただけでマイクをこちら側に向けた。
が、タイミングが早すぎてリズムが掴めず、誰の声も上がらなかった。

さわ子「うんうん、あるわ、こういう事…」

経験者にとってはあるあるで共感できることなんだろうか。

「1・2・3・4・ゴ・ハ・ン!」

だが、最後には合いの手がきちんと決まり、無事演奏が終わった。
客席からの拍手は鳴り止まない。
まずまずの立ち上がりだといえるだろう。

唯『えー…』

キィーン…

音が割れる。

唯『おおっと…』

ちょっとしたアクシデント。だが、これくらいなら問題ないはずだ。


131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:10:45.00 ID:+UZ/pLeq0
唯『ごはんはおかずでした。改めまして、放課後ティータイムです』

わっと歓声が上がる。その迫力に圧倒されたのか、少し後ずさる唯。
でもすぐにマイクへ戻った。

唯『私たち3年生のメンバーはみんな同じクラスなんですけど…』

唯『さっきまで演劇をやってて大変だったんですよぉ』

唯『りっちゃんの演技見てくれました? すごかったですよね』

声「田井中ー、おまえ格闘技やれよーっ」

声「才能あるぞーっ」

律『はは、テェンキュー』

唯『りっちゃん、なんかやってよ』

律『あん? なにをだよ』

唯『なんかジュリエッ斗のセリフ』

律『あー、ま、いいけど』

気だるげにドラムスティックを置き、マイクをスタンドからはずす。

律『ん、あー…どんな道をたどろうと、必ずお前は始めるさ――』

律『喧 嘩 商 売を』


133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:11:58.74 ID:jpDSDOMkO
声「おおおおおお!! かっけぇっ!!」

声「熱すぎるだろっ!!」

声「きゃあー抱いてぇ、りっちゃーーんっ!」

声「俺もりっちゃんみたいに強くなれるかなぁーっ?」

律『なれるよあたしの弟子だからな。お前才能あるよ』

声「うおぉおおおおおおおっ!!」

観客と掛け合いを繰り広げ、異様な盛り上がりを見せていた(主に男)。

唯『あ、それで、春原くんがロミ男だったんですよ』

声「しってるー」

声「ていうかへたれー」

春原「うっらぁーっ! なんだその温度差は、くらぁっ!」

声「怒ってる気がするー」

声「どっかにいるんじゃねー」

完全になめられていた。

春原「後でぶっ殺す…」


134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:12:22.10 ID:+UZ/pLeq0
唯『あはは…ん、ちなみに私は女子高生G役で、しまぶーに…』

紬『それ以上はまずいわよ、唯ちゃん』

琴吹が颯爽と割ってはいる。

唯『あ、そうだった…ふぅ、危なかった。ありがと、ムギちゃん』

紬『ううん、ちょっと保身も入ってたから』

声「やばそうだな、なんか」

声「自主規制ー、はははっ」

おそらく意味はわかっていなかっただろうが、黒さが垣間見えたことでウケていた。

唯『では、次の曲いきましょー…あ、ロミ男vsジュリエッ斗は、ムギちゃ…琴吹さんがシナリオを書きましたぁ』

紬『ふふ』

手を振る。

声「紬さーん、今度のトーナメント絶対勝ち抜いてくださーいっ!」

声「工藤をヤれますよ、紬さんならっ!」

紬『ありがとーっ。大丈夫、二度と心が折れないようにやってきたからーっ』

声「うおぉおおおおおっ!!」


136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:13:39.06 ID:jpDSDOMkO
…いったい何の話をしているんだろうか。

唯『あれ…次ってどの曲だっけ』

小声でメンバーに問いかけているんだろうが、ばっちりマイクに拾われていた。

律『だからどっかにメモを貼っとけって言っただろぉ?』

同じく部長も声が響く。

唯『どこかになくしちゃったみたいで…』

澪『落としたのか?』

秋山も。

唯『ポケットに入れたと思ったんだけどぉ…』

紬『あ、さっきTシャツに着替えたから…』

琴吹もだった。

唯『はっ! そうかっ!』

唯『うう…ああう…』

わたわたと慌てふためく。
その様子が可笑しくて、周りの連中に混じり、俺も思わず笑ってしまった。

―――――――――――――――――――――


137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:14:34.97 ID:+UZ/pLeq0
唯『…ふわふわたぁ~いむ』

後奏が鳴って、それが止むと、曲も終わった。
そして起こる大喝采。

唯『ありがとうございまぁーす。じゃあ、この辺でメンバー紹介いってみたいと思いますっ』

唯『まずは、顧問のさわちゃんですっ』

さわ子「んな…なんで私?」

いきなりのことで面食らったのか、体勢が前のめりに崩れていた。

澪「………!」

秋山が唯に寄っていき、何かつぶやいていた。

唯『あ、山中先生です! 山中さわちゃん先生』

澪「………っ!」

今度は強めに言っているようだった。

唯「……!」

唯もはっとしている。
おそらくは、公の場で愛称を使ったことを咎められているんだろう。

さわ子「ん…?」


138 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:15:51.81 ID:jpDSDOMkO
スポットライトがさわ子さんに当たる。

さわ子「あはは…」

笑うしかないようだった。

唯『山中先生はいつも優しくしてくれて、私たちの部活を応援してくれていますっ』

さわ子「みんな輝いてるわよぉっ!」

口に手を添え、ステージに向かって檄を飛ばした。
やはりこの人は、やる時はやる人だった。

唯『ありがとーございまーす』

壇上から手を振る部員たち。
さわ子さんも満足そうな面持ちだった。

唯『続いて、ベースは澪ちゃんです!』

「澪せんぱーいっ!」

「きゃー、澪先輩っ!」

澪「………」

一礼する。

澪『こんにちは。今日は私たちのライブを聴いて下さいまして、ありがとうございます』


140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:16:54.48 ID:+UZ/pLeq0
澪ちゃーんっ」

一気にフラッシュが上がる。
ファンクラブが創設されるだけあって、秋山人気は相当高い。
それも、同性からの支持が多いようだ。性格のよさがその結果に繋がっているんだろう。

澪『私、ここにいるみんなと一緒にバンドをやってこれて…』

澪『最高ですっ!!』

少し溜めて、そこを強調して言った。

澪『最高ですっ!!』

同じセリフ。それでも飽きることなく歓声は上がり続けていた。

唯『あ、澪ちゃんにはファンクラブもあるんです。入りたい人は、公式ホームページを参照してください』

澪『って、そんながあるのか!?』

唯『うん、あるよ。図書館のパソコンが、立ち上げた瞬間そこにアクセスするよう悪戯されてたの、知らない?』

澪『し、知らないっ! は、早くその設定を直してくれっ』

唯『あはは、大丈夫だよ。和ちゃんが全部なんとかしてくれたみたいだから』

澪『そ、そうか…よかった』

唯『あ、みなさん和ちゃんは知ってますよね? この学校の生徒会長です』


141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:18:47.24 ID:jpDSDOMkO
唯『それで、和ちゃんは、私の幼馴染なんですけど、物知りで、頭がよくて、いつも勉強を…』

和「……!」

真鍋が袖から出て、何事か訴えている。
と、そこにスポットが当たった。

和「!」

逆光に目を細めながらそそくさと捌けていった。

唯『和ちゃんも一言どうぞ』

そう声をかけると、袖から手だけ出して次へいくよう指示を送っていた。

唯『えー…ん、じゃあ次は、キーボードのムギちゃんです』

かちゃっと音がする。琴吹がスタンドからマイクを取ったのだ。

紬『みなさん、こんにちは。私たちの演奏を聴いてくださいまして、ありがとうございますっ』

「せーのっ…ムギーーーーっ!」

「琴・吹! 琴・吹! 琴・吹!」

黄色い声援と荒々しい男の声が半々ずつ聞こえてきた。

春原「ヒューーゥ! ムギちゃん最高ゥ!」

春原もこの場から声援を送る。


142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:19:39.38 ID:+UZ/pLeq0
紬『ありがとーっ!』

大きく両手を振る。

紬『バンドって、すごく楽しいです! 今も、すっごく楽しいです! もう、ヴァーリトゥードです!』

言って、虚空にむかって突きを放った。
その衝撃波をマイクが拾い、ビュオっという音がしていた。

唯『ムギちゃん、落ち着いて』

紬『あ、つい興奮しちゃって…フー、暑いな…』

型を取り、息吹で呼吸を整えていた。

唯『ムギちゃんの淹れてくれるお茶は、とってもおいしくて、いつも楽しみなんですよぉ』

「あたしも飲みたーい」

「俺も飲みてぇーっ」

紬『いつでも部室にお越しください! 大歓迎ですからっ』

唯『部室にはトンちゃんもいるので会いに来てください』

「トンちゃんてー?」

「トーン! マジトン!」

唯『ああ、トンちゃんはねぇ、スッポンモドキって亀なんですけど、鼻がブタみたいで可愛いんですよぉ』


143 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:21:48.52 ID:jpDSDOMkO
唯『ね? あずにゃんっ』

梓『え…あ、はい』

唯『ギターのあずにゃんです』

梓「……」

ガタッ キィーン…

急に振られて動揺したのか、マイクスタンドにギターをぶつけていた。

梓『ああ…すいません…』

唯『大丈夫?』

梓『大丈夫です。あ、すいません』

こちらに軽く頭を下げる。

梓『えっと…中野梓です。よろしくお願い、します…』

緊張しているのか、少し萎縮して見えた。

「梓ちゃーん!」

「あーずさーっ」

拍手が響く中、憂ちゃんと連れの子の声が微かに聞こえた。


144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:22:11.28 ID:+UZ/pLeq0
唯『あずにゃんは二年生なんだけど、ギターがすっごく上手くて、私もあずにゃんに教えてもらってます』

唯『あずにゃん、ありがとね』

拍手が起こる。

梓「………」

照れているのか、ギターを抱きかかえて小さくなっていた。

唯『次に、ドラムのりっちゃんです! 我が軽音部の部長です!』

律「………」

立ってマイクに近づく。

律『えー、みなさん、今日は軽音部のライブを聴いてくれまして、ありがとうございます』

「緊張してるー?」

「リラックスー、りっちゃーん」

律『…それではまだ未消化の曲がありますので楽しんでいってくださーい』

唯『え?』

梓『短っ』

唯「………?」



145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:23:45.93 ID:jpDSDOMkO
唯が部長に何か尋ねているようだった。
大方、本当にこれで終わっていいのか確認をとっているんだろう。

律「………」

部長が手を振って、巻いてくれ、と示していた。

唯『う~ん、まぁいいや…それじゃあ、次のメンバー紹介にいきます』

唯『といっても、正式な部員じゃないんですけど…でも、もはや正部員と比べても遜色がないこの二人組…』

唯『まずは、春原くん!』

春原「え? 僕?」

声を上げるやいなや、スポットライトで抜かれる。

春原「うおっ、まぶし」

唯『春原くんは、いつもいつも私たちを楽しく笑わせてくれます』

唯『もう、春原くんのツッコミがなかったら、私たちのボケが成立しないくらいのキーマンぶりです』

律『ただの道化だろー。ツッコミつついじられてるしなー』

春原「うっせー、デコっ」

律『あんだってぇ!?』

唯『このように、りっちゃんとは頻繁に口げんかするんですが、次の日になればふたりともケロっとしてるんです』


146 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:24:46.24 ID:+UZ/pLeq0
唯『ほんとは、とっても仲良しなんだよね』

  律『んなわけあるかーっ!』
春原「んなわけあるかーっ!」

唯『ほら、息もぴったり』

「フラグたってんじゃねー?」

「うらやましいぞー、春原ーっ」

律『変なこと言うなーっ』

春原「だれがんなデコなんか攻略するかってのっ!」

「ダブルツンデレーっ」

「デレてみろよー」

  律『ざけんなーっ!』
春原「ざけんなーっ!」

唯『はい、コンビ芸ごちそうさまでした』

館内が笑いでどっと沸く。

律『………』

春原「………」


147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:26:13.72 ID:jpDSDOMkO
部長も春原も苦い顔をしていた。
本心ではどうかわからなかったが…いつだって表面上はこうなのだ。

唯『そして、次は、春原くんの親友でもある、朋也!』

春原を照らしていた光が俺に移る。
やっぱりというか…二人組と告げていた時点で来るとは思っていたが…
注目を浴びるのは、なかなかに恥ずかしいものがあった。
こんな大勢の注目を浴びる中で演奏できるあいつらはすごいと、肌で感じる。

唯『朋也は、春原くんと一緒になって私たちのティータイムを盛り上げてくれます』

唯『見た目はすごくクールだけど、ほんとはすごくおもしろくて優しいんですよ』

「マジかよ…岡崎がか」

「信じらんねー。俺あいつに絡まれたことあるぜ」

「こえぇよなー、基本」

「でも最近変わった感じするぞー」

「確かになー」

意見は二つに割れていたが、悪評の方が優勢だった。
今までの行動を振り返ってみれば、それも仕方のないことだったが。
甘んじて受け入れよう。

唯『そして…私は、そんな朋也を好きになって…朋也も私のことを好きだって言ってくれて…』


148 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:26:38.77 ID:+UZ/pLeq0
唯『今、絶賛ラブラブカップルを満喫しています!』

朋也(ぐぁ…)

なんて恥ずかしいことをこんな公衆の面前で…
みろ、あんなにざわめいていた会場が水を打ったように静まってるじゃないか…

「てめぇーーっ、岡崎ぃっ!」

「ざっけんなよっ! 下の名前で呼んでもらってたのはそういうことか、こらっ!」

「岡崎くーん、マジ話なの? ちょっといいと思ってたのにぃ」

「ぶっ殺す!! 俺の唯ちゃんをよくも!!」

「小僧! 調子に乗るんじゃねぇぞーっ!

ああ…俺はここから生きて帰れるんだろうか…
敵を大勢作ってしまったような気がする…。

梓『唯先輩、ノロケをMCに乗せないでくださいっ』

唯『えへへ、ごめんごめん…というわけで、次の曲ですっ』

澪『おい、自分の紹介してないぞ』

唯『うわぁ、そうだった、えへへ…』

紬『最後にギターの唯ちゃんです』


149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:28:52.46 ID:jpDSDOMkO
再び拍手と歓声に包まれる館内。

律『唯は見た目のまんまで、のんびりしててすっとぼけてるけど…』

紬『いつも全力で、一生懸命で…』

一言ずつ回していく。

澪『周りのみんなにもエネルギーをくれて…』

梓『とっても頼れる先輩です』

「唯ーっ」

「唯ちゃーんっ」

「岡崎の彼女ーっ」

野次が飛ぶ。

唯『おおっ…どうした、なにがあった?』

壇上では、唯が一人ずつメンバー全員に向き直っていた。

律『ほれ、早く次いけよ』

憂「おねえちゃーんっ!」

席を立ち、ぶんぶんと手を振る憂ちゃんの姿が客席の中に見えた。


150 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:29:30.60 ID:+UZ/pLeq0
唯『おお、憂~っ』

唯も同じように返す。

秋生「唯ー、俺はここだっ!」

早苗「唯ちゃんっ、ずっと見てましたよっ」

渚「唯ちゃん、私もいますっ」

最前列で古河家の人々が総スタンディングしていた。

唯『ありがとー、でも、すごく近いところにいるから、いるのはわかってたよぅ』

秋生「足元ばっかりみてると足すくわれるぞ、てめぇーっ!」

唯『それは逆にありえないんじゃないかな…』

「唯ーっ」

「放課後ティータイムーっ」

「放課後ーっ」

「ティータイムも言ってあげてよー」

唯『あはは…みんなありがとう。それでは次の曲にいってみたいと思います』

唯『U&I!』


151 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:30:55.82 ID:jpDSDOMkO
ドラムが叩かれ、演奏が走り出す。

唯『キミがいないと 何も できないよ キミのごはんが 食べたいよ…』

そこに唯の歌声が乗った。

唯『もし キミが 帰ってきたら とびきりの笑顔で 抱きつくよ…』

みんな静かに聴いている。
今までのアップテンポな曲と比べ、わりとおとなしめなメロディだったからだろう。

唯『晴れの日にも 雨の日も キミはそばに いてくれた…』

サビの部分に差し掛かると、観客席からライトが振られだした。
が、よくみるとそれは携帯のディスプレイが放つ光だった。
よく考えついたものだと、感心してしまう。

唯『目を閉じれば キミの笑顔 輝いてる…』

―――――――――――――――――――――

唯『…ふぅ』

曲が終わる。

「放課後ティータイムーっ」

「よかったよーっ」

「CD出してくれーっ」


152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:31:26.37 ID:+UZ/pLeq0
賞賛の声が途切れることなく上がり続ける。

唯『ありがとうー。それでは、次が最後の曲です』

「えーやだー」

「もっとやってー」

「延長ーっ!」

唯『もっと演奏していたいんだけど、時間が来ちゃいました』

「放課後ーっ」

「放課後ぉーーっ!」

「放課後に時間制限はなーいっ」

「おまえの持論はいいんだよっ」

唯『あははっ』

唯をはじめとして、軽音部メンバーの中に笑いが起こる。

唯『今日は、ありがとうございました』

唯『山中先生ー、Tシャツありがとーっ』

さわ子「ふふ」


154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:32:50.54 ID:jpDSDOMkO
ステージに手を振る。

唯『和ちゃん、いつもありがとうー』

ステージの袖を見て言う。
きっとそこには真鍋がいて、微笑んでいることだろう。

唯『憂、純ちゃん、ありがとうっ』

唯『朋也も、春原くんも、いろいろと手伝ってくれてありがとうっ』

春原「はは、ま、悪くないね、こういうのも」

朋也「だな」

唯『アッキー、早苗さん、渚ちゃん、昔からいつもありがとうっ』

秋生「これからも世話してやるぞっ! なんかあった時はすぐに駆けつけてやるっ!」

秋生「俺たちは家族だ、助けあっていくぞっ」

唯『ありがとう。そうだよね、もう、町も人も、みんな家族だよね。だんご大家族だよっ』

秋生「この町と、住人に幸あれっ」

オッサンが珍しくまともなセリフを吐いていた。
大げさな物言いだったが、あの人の口から聞くとなぜだかすんなり頷けた。

唯『クラスのみんなもありがとうっ』


155 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:33:48.49 ID:+UZ/pLeq0
「平沢ーっ!」

「唯ーっ!」

「最高ーっ!」

唯『トンちゃんありがとーっ、部室ありがとーっ、ギー太ありがとーっ』

唯『みんなみんな本当にありがとーっ!!』

唯『放課後ティータイムは…いつまでも…いつまでも…』

唯『放課後ですっ!!』

ずるぅ!

律『は?』

梓『え?』

最後の最後で意味不明なオチが待っていた。さすが唯だ。

朋也(俺はその彼氏だぜ、すげぇだろ)

俺は迷わず拍手する。
すると、つられてか、静まり返った館内にパチパチとまばらな拍手が起きていた。

唯『それでは最後の曲、聴いてください。時を刻む唄!』

演奏が始まり、キーボードの高い音が奏でられる。綺麗な旋律だった。


162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:40:02.76 ID:+UZ/pLeq0
澪『きみだけが過ぎ去った坂の途中は 暖かな日だまりがいくつもできてた…』

メインボーカルは秋山だった。今まではサブだったが、最後はメインで歌っている。

澪『僕ひとりがここで優しい 温かさを思い返してる…』

館内すべての人間がその曲に聴き入っていた。
茶化すような奴もいなければ、大げさに騒ぐような奴もいない。
そう、余計に動くことがためらわれるほどに集中していたのだ。

澪『きみだけを きみだけを 好きでいたよ 風で目が滲んで 遠くなるよ…』

唯『いつまでも 覚えてる なにもかも変わっても ひとつだけ ひとつだけ ありふれたものだけど…』

唯『見せてやる 輝きに満ちたそのひとつだけ いつまでもいつまでも守っていく』

音が鳴り止む。
それは同時にライブの終了を意味していた。
すると、堰を切ったかのようにそこかしこで溢れ出す、咆哮に近い大歓声。
放課後ティータイム最後のステージは、多くの人間に讃えられながら、ゆっくりとその幕を閉じていった。

―――――――――――――――――――――

唯「大成功…だよね」

西日差し込む部室の壁際に、背を預けて座り込む部員一同。
ずっと放心状態にあったと思ったら、おもむろに唯が口を開いた。

澪「なんか…あっという間だったけどな」



163 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:41:43.47 ID:jpDSDOMkO
紬「ちゃんと演奏できてたかぜんぜん覚えてないわ」

律「ていうか、Tシャツのサプライズでいきななり吹っ飛んだ」

梓「私もです。もうなにがなんだか…」

唯「…でも、すっごく楽しかったよねっ」

澪「今までで最高のライブだったな」

そう言ってのける秋山の声は、少し枯れていた。
それだけ出し尽くしたということなんだろう。

律「みんなの演奏もばっちり合ってたし」

唯「合ってた合ってたぁっ…」

律「ギー太も喜んでるんじゃないか?」

唯「うんっ! エリザベスもねっ」

澪「エリザベスぅ~」

ベースに頬をすりよせる。今だけは飾らずに、心の赴くままだった。

梓「私のムッタンだってっ」

中野も同じく壁をとっぱらっていた。

律「おお、梓のギターはムッタンっていうのか」


164 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:42:26.31 ID:+UZ/pLeq0
梓「ムスタングだから、ムッタンです」

紬「ふふふ、可愛い」

唯「ねぇねぇ、この後なにする?」

梓「とりあえずケーキが食べたいですっ」

律「おー、部費ならあるぞぉ」

紬「だめよぉ、私持ってきてるもんっ。まだストックがあるものっ」

唯「やったぁ、じゃあそれ食べてから次のこと考えようっ」

澪「次は…クリスマスパーティーだよな」

紬「その次はお正月ねっ」

梓「初詣に行きましょうっ」

澪「それから、次の新勧ライブかぁ」

朋也「………」

春原「………」

俺も、そしてきっと春原も、その会話のおかしさに気づいていた。

律「まぁた学校に泊り込んじゃおっかぁ?」


165 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:43:50.60 ID:jpDSDOMkO
唯「今度はさわちゃんも誘おうよっ」

梓「いいですね、それっ」

律「夏になってもクーラーあるしぃ」

紬「合宿もあるしっ」

唯「楽しみだねぇ。その次はぁ…」

梓「えーっと、その次はですねー…」

律「って、次はないない」

そう…ないのだ。
このメンバーでいた軽音部の活動は、今日この日を以って終わってしまった。
そんなこと、当の本人たちが一番よくわかっているはずだった。
だから、少しでも引き伸ばそうとしたかったのだろう。その時が来てしまう瞬間を。
けど、そんな言葉だけのその場しのぎでは、何も変わらない。
だからこそ、部長が代表して、つかの間の夢を終わらせたのだ。
それは心苦しい役回りだったろう。その目には、はっきりと涙を浮かべていたのだから。

唯「来年の文化祭は、もっともっと上手くなってるよ…」

唯も大粒の涙をこぼしながら、震える声で言った。

律「おまえ留年する気か? 高校でやる文化祭はもうないのっ」

唯「そっかぁ…それは残念だねぇ…」


167 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:44:47.51 ID:+UZ/pLeq0
澪「ぅ…ひぅ…ぅう…」

秋山は膝を抱えてひたすら泣いていた。

紬「やだやだぁっ!」

子供のように足をばたつかせ、駄々をこねる琴吹。
こんな琴吹の姿は見たことがなかった。

梓「ムギ先輩、わがまま言わないで…」

梓「唯先輩も、子供みたいに泣かないでください」

唯「これは汗だよ…」

ぼろぼろとこぼれる涙。頬を伝い、しずくとなって下に落ちていた。

唯「ぐす…っうぅう…っぇん…」

律「みーおー。リコピ~ン」

澪「うっ…ふふっ…」

顔を上げる。

澪「律だって泣いてるくせに」

律「私のも汗だっ」

澪「ふふっ…あははっ」


168 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:46:00.29 ID:jpDSDOMkO
律「はははっ」

梓「ほら、ムギ先輩も」

ハンカチを持って、泣き濡れた顔の琴吹に言う。

紬「梓ちゃん…ぐす…」

梓「はい」

紬「梓ちゃん…ぅぅ…あいがとぅ…」

梓「はい」

その顔をハンカチで丁寧に拭う。

梓「ムギ先輩、大丈夫ですから、落ち着いて」

紬「うう…ぐす…」

澪「よかったよなっ…本当によかったよなっ」

秋山がメンバーを正面から見据え、そう声をかけた。

紬「うんっ、とってもよかったっ」

中野に綺麗にしてもらった顔を、また涙で湿らせて、大きく答えていた。

澪「岡崎くんも、春原くんも、そう思ってくれるよねっ」


169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:46:21.04 ID:+UZ/pLeq0
朋也「ああ、もちろん」

春原「マジですげぇよかったよ。ボンバヘッよりも上回ってるかもしれないね」

それはこいつの中では最大級の評価だったろう。

梓「みなさんと演奏できて、幸せです」

唯「うう、ぐす…みんなぁーっ!」

ばっと手を広げる。その胸に部長と琴吹が飛び込んだ。
愛しそうに頬を寄せ合っている。
そして、中野と秋山もその輪に加わった。

律「あ、ちょ、待てよ唯、鼻水が…」

唯「ムギちゃーんっ」

澪「あはは、鼻水…」

梓「汚いですよ…」

いつまでもいつまでも、誰も離れることはなかった。

―――――――――――――――――――――

がちゃり

さわ子「みんな、お疲れ様ーっ!」


170 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:47:31.20 ID:jpDSDOMkO
勢いよく扉が開け放たれ、さわ子さんが入室してきた。

和「お疲れ様」

その後ろには、真鍋。

朋也「あ、さわ子さん。静かに頼むよ」

さわ子「なんでよ?」

朋也「ほら、そこ」

さわ子「あら…」

軽音部の部員たち。今は泣き疲れて眠ってしまっていた。
壁に背を預けたまま、すやすやと寝息を立てている。

春原「そいつら、号泣してたんだよ、さっきまでね。いや、青春だね、ははっ」


171 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:47:49.81 ID:+UZ/pLeq0
さわ子「なによ…そういうあんたも、ちょっと目の周り赤くなってない?」

春原「な、なってないよっ、僕がもらい泣きなんてあるわけなじゃん」

とはいうものの、俺は見ていた。こいつがひそかに目を拭っていたところを。
まぁ、言及したところで、素直に認めるわけもないが。

和「…幸せそうな顔」

真鍋が部員たちの寝顔を見て、感想を漏らす。

朋也「だよな」

本当に、その表情は幸福の中にあって…温もりを感じさせる輪を形成していた。
ずっと、みんなで手をつないだまま。

―――――――――――――――――――――



172 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:48:22.74 ID:+UZ/pLeq0
文化祭が終わると、しばらくはまた部室に集まって、だらだらとした日々を送っていた。
あのライブですっきり引退したにも関わらず、だ。
中野は、受験勉強はいいのかと、口をすっぱくして言っていたのだが…
どこか俺たちの訪問を喜んでいる節があった。
楽しかった日常が、まだ続いていくことが嬉しかったのだろう。
それに、唯たちがいなくなれば、残された部員は中野のみになってしまう。
その寂しさもあったんじゃないかと思う。
そんな中野の心情を汲み取ってか、唯たちは足しげく部室に通い続けていた。

―――――――――――――――――――――

10月の末、俺は18歳の誕生日を迎えた。
その日は唯と二人で久しぶりにデートに出かけた。
そして、その最後には、平沢家で憂ちゃんが用意してくれた料理を三人で囲み、祝福してもらった。
プレゼントには、手作りのだんご大家族のぬいぐるみをもらった。
単純な作りだったので量産できたらしく、ふくろいっぱいに詰めて持ち帰った。
唯の誕生日には、俺も何か用意しておこう。
11月の27日らしいので、すぐにその日はやってくる。
金はなかったから、なにか俺も手作りの品を渡すしかなさそうだ。
なにがいいだろう…。
俺はそんなことばかり考えていた。
もうすぐ訪れるであろう別れの予感を胸の奥底に押し込めて。

―――――――――――――――――――――

そして…唯の誕生日も過ぎていき、本格的な冬が来た。
誰もが緊張した面持ちで自分の将来を占っている。
当然、軽音部の面々も、そうなるかと思っていたのだが…
相も変わらず部室に顔を出し続け、いつも通りティータイムに興じていた。
といっても、ただだらけているわけじゃない。受験勉強の場を部室に移したのだ


173 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:48:56.26 ID:+UZ/pLeq0
それは、中野のためだったのか、それともティータイムのためなのか…そのどちらもなのか。
この際、なんでもいい。この期に及んで、らしくいられるこいつらが、俺には頼もしく見えていた。
それは、俺自身の進路が不安定なまま、ひとつ場所に定まっていなかったからかもしれない。
目標もなく、目的もなく…ただ惰性で生きてきたような奴の末路なんていうのは、こんなものだ。
だからこそ、いつだって変わらない、普遍的な存在が、心のより所となりえるのだろう。

―――――――――――――――――――――

朋也「わははははっ!」

春原「笑うなっ」

朋也「誰だよ、おまえはよっ」

春原「自分で鏡を見たって違和感バリバリだよ」

春原「でも仕方ないだろ…就職難だって言うしさ」

朋也「おまえの田舎じゃ、関係ないんじゃないの?」

春原「どんな田舎を想像してくれてるんだよ…」

朋也「孤島」

春原「本州だよっ!」

春原「…というわけで、しばらくいなくなるな」

コートに身を包んだ春原が立ち上がる。


174 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:50:12.47 ID:jpDSDOMkO
春原「ま、勝手に部屋を使うな、と言っても、使うんだろうから、何も言わないけどさ…」

春原「悪戯だけはすんなよ」

春原は今日から、田舎に帰る。
就職活動だった。そのために髪を黒く染め直していたのだ。
進学しないのであれば地元に帰って就職する…それは親との約束だったらしい。
そんなことを言い出された日、俺は現実を突きつけられた気がして、ショックだったのを覚えている。
そう…もう、馬鹿をしていられる時間は終わったのだ。
俺よか、春原はよっぽど切り替えが早くて…
俺は置いてきぼりだった。
今も、そう。
残り火に当たるようにして、じっとコタツに張りついていた。

春原「決まり次第戻ってくるけどさ…」

春原「そん時はもう、卒業間際かな」

春原「まぁ、おまえも就職活動で忙しくなるのは一緒だからな…」

春原「きっと、あっという間だぞ」

春原「じゃあな、健闘を祈る」

春原が部屋を出ていく。
俺はぼーっとその背中を見送った。
何かしなければならないんだろうな…。
そんなことを考えながら。


175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:51:49.99 ID:jpDSDOMkO
―――――――――――――――――――――

翌日から俺は、就職部に通い始めた。
こんなところに世話になる生徒は他にいないのか、担当の教師以外に人はいなかった。

―――――――――――――――――――――

教師「進学校であることのほうがネックになることがあるよ」

その老いた教師は言った。

教師「進学校の落ちこぼれよりも、レベルが低い学校で頑張っている人間の方が好まれる」

教師「単純にそれは内申で判断される。人間性の問題だからね」

教師「君はそこんところは自覚しておいた方がいいよ」

教師「ショックを受けないように」

教師「でも、ま、諦めることはない」

教師「そのうち、納得のいく仕事も見つかるよ」

朋也(春原も同じ苦労してんのかな…)

朋也(でも、あいつのことだからな…)

朋也(俺なんかより自分の立場を把握してんだろうな…)

朋也(よっぽど俺のほうが子供だ…)


176 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:52:23.62 ID:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――

冬休みに入り、俺は本当にひとりだった。
唯は勉強で忙しく、ふたりで居たいなんて、とてもじゃないが言い出せなかった。
クリスマスさえ、一緒に出かけることはなかったのだ。
俺は無意味に春原の部屋で過ごしていた。
自宅よりか、落ち着く場所だった。

朋也(ずっと、ここに居たな、俺…)

無駄にだらだらと過ごした三年間。
今はまだ、三年前と同じ場所に居る。
けど、もう俺たちは…
ブレーキが壊れた自転車のように、走り続けていくんだろう。
そんな気がしていた。
上を目指すわけでもなく、現状維持が精一杯でも…
それでも、がむしゃらにやらないと、負けてしまいそうな日々。
何かに追われるようにして、走っていくのだろう。
この小さな町で。
そんな時間の中で、俺は何を見つけられるのだろう。
もう、それは見つけておかなくてはならなかったのではないか。
少しだけ、恐くなる。
これからの人生の中には、それはもう、見つけることができないのではないか…。
大切なものは、過去の時間に埋まったままで…二度と掘り出せないのではないか…。
もう、俺は…
このままなんじゃないのか。
焦燥感だけを覚える日々で…
あくせくと働く日々で…
…もう、俺は…
………。


178 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:54:41.12 ID:jpDSDOMkO
―――――――――――――――――――――

就職活動を始めてはや幾日。
自分の力で探し当てた企業は、どれもこれも駄目だった。
どんなささやかな希望も叶わなかったのだ。
これからの人生を暗示しているようで、気が重くなる。

朋也「はぁ…」

そんなある日のこと。
失意に暮れながら、いつものように春原の部屋に足を運んでいると…

朋也「ん…」

視線を上げた先…高い位置に人が居るのを見つけた。
高い位置、というのは空中のことで、一瞬驚く。
が、よくみるとなんてことはなく、梯子に登った作業員だった。
そんなことさえ、時間差でしか気づけないほど俺は消耗しているのだろうか…。
ともかくも、どうやらその作業員は街灯を取り付けているようだった。
見覚えのある光景。
前に俺もその仕事を一日だけ手伝ったことがあった。
そして、あの日、俺は思い知ったはずだ。
いかに自分が、ぬくぬくと暮らしてきたかを。
そして、厳しい社会が待っていることを。
なのに俺は、その教訓を生かすことなく、延々と怠惰な日常を過ごしていた。
あの時…芳野祐介だって、自分とさほど歳の差が無い人で…そのことでもショックを受けたはずだ。

朋也(なのに、俺は…今まで何をやっていたんだ…)

歯がゆさとともに、いろんなことを思い出していた。


179 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:55:18.19 ID:+UZ/pLeq0
そして、その厳しさに見合う対価が得られることも。
あの額ならば、自分の力で食っていける。もう、誰にも頼ることなく、自立できる。
俺は目を凝らし、作業員の顔を判別しようとした。
遠くてよくわからない。けど、背格好が似ている気がする。
別に違ったっていい。俺は焦燥に駆られて走り出していた。

―――――――――――――――――――――

作業員「…ふぅ」

作業員は地面に降り立ち、煙草をふかしていた。
納得がいくしごとができたのか、街頭を見上げて、何度か頷いている。

朋也「芳野…さんっ」

その名を呼んだ。

芳野「あん?」

顔がこちらに向く。芳野祐介…いや、芳野さんだった。

朋也「どうも」

芳野「………」

芳野「…ああ。よぅ」

少し考えた後、思い出したように、挨拶を返してくれた。

芳野「ええと…確かキャサリン…いや、山中の教え子だったよな」


180 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:56:37.72 ID:jpDSDOMkO
朋也「岡崎です。岡崎朋也。自己紹介はまだでしたよね」

芳野「ああ、そうだったな」

芳野「で、どうした。また暇なのか」

朋也「俺を雇ってくださいっ」

そう頭を下げていた。

芳野「え、マジか…」

朋也「ええ、本気です」

芳野「それは助かるがな…。こっちはいつだって人手不足だからな」

芳野「けど、おまえまだ学生だろ。歳はいくつだ」

朋也「18です」

芳野「なら、三年じゃないか。おまえ、坂の上の進学校に通ってるんだろ? 受験はいいのか」

朋也「いえ、俺、完全に落ちこぼれちゃってて、進学とかは無理なんです」

朋也「だから、今は就職活動中なんですよ」

芳野「そうなのか…。まぁ、それならそれで構わないが…」

芳野「おまえも知ってるように、きつい仕事だ」


181 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:57:07.73 ID:+UZ/pLeq0
朋也「覚悟の上です」

芳野「春頃のおまえは、一本立てるだけでへたれてたよな」

朋也「それは…慣れれば大丈夫だと思います」

食い下がる。ここで引くわけにはいかない。

芳野「………」

朋也「頑張ります」

芳野「そうか…」

芳野「OK。雇おう」

よかった…やっと先の見通しが立った…。

芳野「ただし、卒業してからだ。中退したりせずに、ちゃんと卒業だけはしろ」

朋也「あ、はい、それはもちろんです」

芳野「それと、おまえのとこの学校、今冬休み中だろ?」

朋也「はい、そうです」

芳野「だったら、休み一杯はまずバイトとしてフルで働いてもらうが、いいか」

朋也「はい、任せてください」



182 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:59:05.64 ID:jpDSDOMkO
芳野「よし。じゃあ、おまえ、携帯持ってるか」

朋也「いえ、すみません、持ってないです」

芳野「そうか。なら、自宅の番号を教えてくれ。追って詳細を連絡する」

言って、メモ帳とペンを取り出した。

朋也「わかりました。えっと…」

電話番号を伝え、一礼してその場は無事取りまとまった。

―――――――――――――――――――――

そして、バイトとして働き始めた初日のこと。
俺は疲れ果て、ぼろぼろの状態で凱旋していた。

朋也(ふぅ…)

部屋に戻り、ベッドに身を沈める。

朋也「…あー…疲れた」

思わず独り言が出てしまう。

朋也「痛…」

ちょっと動くと筋肉痛が襲ってきた。

朋也(風呂でよく揉んだのにな…)


183 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 10:59:34.55 ID:+UZ/pLeq0
朋也(つーか、きつい…続くかな、俺…)

少し心が折れそうになる。

朋也(いや…やらなきゃだな…これは全部、今までのツケだ)

そう思い、心を奮い立たせる。

朋也(あー、にしても…唯に会いたい)

弱った時には、あいつの笑顔で支えてほしかった。

朋也(そうだ、明日は午前だけだって言うし…午後から会いに行こう)

朋也(よし…決めた)

多少心に豊かさが戻り、眠りにも割とすんなりつけた。

―――――――――――――――――――――

最初の内はキツかったが、一週間もすれば体が慣れていった。
まだまだバイトの仕事量だったので、なんともいえないかもしれないが…
それでも、この調子なら、なんとかこなしていけそうな気がしていた。

―――――――――――――――――――――

教師「そうか、よかったな」

老教師は、そう俺を労った。
俺よりも嬉しそうだった。


184 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:01:18.63 ID:jpDSDOMkO
報告しに来たのは、三学期の始業式を終えた午後だった。

教師「見ていた生徒の進路が決まると安心するんだ」

教師「特にこんな学校だ。私が見る生徒は少ない」

教師「わが子のように、うれしく思うよ」

教師「………」

朋也「先生」

教師「うん?」

朋也「お世話になりました。本当に…俺なんかをみてくれて、ありがとうございました」

態度も出来も悪い俺を、根気よく励まし続けてくれたこの老教師。
俺はこの人に、幸村のジィさんやさわ子さんに近いものを感じていた。
だから、儀礼的なものでなく、腹のそこから礼の言葉を出すことができた。

教師「ああ、頑張りなさい」

朋也「はい。それでは」

深く礼をして、ストーブの匂いが篭った部屋を後にした。

―――――――――――――――――――――

さわ子「そ…あいつのとこで働くことになったのね」


185 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:02:00.44 ID:+UZ/pLeq0
さわ子さんにも報告するべく、職員室まで足を運んでいた。

朋也「ああ」

さわ子「じゃあ、一度挨拶に行っておかないとね。馬鹿なところもある子だけど、よろしくってね」

さわ子「それとも、あんたの武勇伝を語ってネガキャンしておこうかしら、おほほ」

朋也「さわ子さん」

さわ子「なに?」

朋也「ありがとな。三年間、いろいろ面倒見てくれて。感謝してるよ」

それは、軽音部と関わることになったきっかけを作ってくれたことも、もちろん含めてのことだった。
この人がいなければ、俺は今頃どうなっていたかわからない。
きっと、ロクでもない道を辿っていただろうと思う。

さわ子「………」

さわ子「馬鹿…教師なんだから、教え子が可愛いのは当然じゃない」

さわ子「とくに、馬鹿な子ほどかわいいっていうしね…」

さわ子「はぁ、まったく…」

メガネをはずし、天井を仰ぐ。そして、片手で両目を押さえた。

さわ子「こんなとこで泣かさないでよ…お化粧落ちちゃうじゃない…」



186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 11:03:19.70 ID:jpDSDOMkO
朋也「そっか。そりゃ、かなりな事態だな。すっぴんはヤバイもんな」

さわ子「そこまでひどくないわよ…ほんと馬鹿ね。いいから、とっとと行きなさい」

さわ子「あの子たちにも、報告しにいくんでしょ」

朋也「ああ、そうだな。そうさせてもらうよ」

朋也「それじゃあ、失礼します」

丁寧に告げて、職員室を出た。

―――――――――――――――――――――

朋也「軽音部? うんたん?」ラスト-3

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