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朋也「軽音部? うんたん?」2-3
朋也「軽音部? うんたん?」2-2
218 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:52:28.18 ID:jpDSDOMkO
4/29 木 祝日
4月の祝日。
週末からはゴールデンウィークに突入するので、今日はその前座といった感じだ。
俺のような、何も予定がない暇人は、ただ怠惰に過ごして終わるだけなのだが。
今だって、町の中を意味もなくぶらついたりなんかしているわけで…
強いて言うなら、朝食の後の散歩といったところだ。
気が済めば、いつものように春原の部屋に向かうつもりなのだが。
朋也(ん…?)
歩いていると、ひとりの女の子を見つけた。
梓「………」
中野だった。
身をかがめ、停めてある車の下を覗き込んでいた。
その姿に、通行人がじろじろと目をくれていく。
それもそうだろう。スカートがはだけて少し下着が見えてしまっているんだから。
朋也(はぁ…ったく…)
顔を合わせる前に、無視して過ぎ去ろうと思ったのだが…
一応、忠告しておくことにした。
朋也「おい、中野」
声をかける。
梓「え…」
219 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:52:52.52 ID:+UZ/pLeq0
振り返る。
梓「ああ…」
なんだ、こいつか…とでも言いたげな顔。
梓「はぁ…」
大きくため息をつき、また頭を下げて、車の下を覗き込む。
…せめて、なにか言え。
朋也「おい、見えてるぞ…おまえのパンツ」
梓「っ!」
ばっと身を起こし、手でスカートを抑えながら俺に向き直る。
頬を赤く染め、目を潤ませていた。
梓「へ、変態っ!」
朋也「いや、おまえ自ら見せてたんだろ。そんなに自信あったのか、下着に」
梓「ち、違いますよっ! 私はただ…」
車を見る。
朋也「車上荒らしか? やめとけよ、ここは人の目が多い」
梓「それも違いますっ!」
220 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:54:05.42 ID:jpDSDOMkO
梓「この下に猫がいるから、危ないと思って、助けようとしてたんですっ!」
朋也「猫?」
俺もしゃがんで覗き込んでみる。
朋也(あ…ほんとだ)
身を丸め、じっとしたまま動かない猫が一匹いた。
朋也「あの猫、あそこからどかせればいいんだな?」
低姿勢のまま言う。
梓「え?」
朋也「ちょっと待っとけ」
俺は匍匐前進で車の下に入り込んでいった。
朋也(ん、動かないな、あいつ…)
近づけば逃げていくかと思ったのだが…
朋也(よ…)
ひょい、と掴めてしまった。
そのまま這い出る。
朋也「ほら、いけ」
221 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:54:32.46 ID:+UZ/pLeq0
そっと手を離す。
だが、それでも動かない。
座り込んで、前足を舐めていた。
梓「あ…この子、怪我してる…」
見れば、舐めている箇所の毛が抜けていて、そこから血が滲みだしていた。
梓「ど…どうしよう…助けてあげなきゃ…」
おろおろと狼狽する中野。
朋也「動物病院、行ってみるか」
梓「あ…は、はいっ…」
朋也「よし」
中野の返事を聞き、俺は猫を抱えた。
そして気づく。病院の場所なんて、まったく心当たりがないことに。
朋也「あのさ…この辺って、動物病院、あったっけ」
梓「ちょっと待ってください…」
携帯を取り出し、なにか操作していた。
梓「あ、ありました。こっちですっ」
液晶画面を見ながら言う。
223 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:56:34.92 ID:+UZ/pLeq0
そして、先導するように小走りで道を進んでいった。
俺もその後についていく。
―――――――――――――――――――――
行き着いた先には、こじんまりとした、寂れた建物があった。
看板には、しっかりと、動物病院と記されていたのだが…
ペンキが落ちたのか、文字がただれていて、ホラーチックだった。
ここで本当に大丈夫かと、内心、心配だったのだが、それも杞憂に終わった。
診察と治療は至極まともだったのだ。
担当の獣医は、好々爺然とした風貌で、事情を話すと、おもしろそうに笑っていた。
なにが気に入られたのか知らないが、診察代も、治療代も格安にしてくれていた。
―――――――――――――――――――――
梓「…かわいそうです」
今は中野が猫を抱いていた。
通りに据えられたベンチに腰掛け、膝の上でくつろぐその猫を撫でている。
朋也「まぁ…野良だろうからな。首輪もしてないし」
獣医が言うには、どうも、傷は、人の手によってつけられた可能性が高いということだった。
梓「じゃあ…飼い猫だったら、こんな目に合わないって言うんですか」
朋也「まぁ、少なくとも、野良よりはマシなんじゃないのか」
朋也「そもそも、野良なんて、保健所に収容されれば、それだけでアウトだからな」
224 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:57:56.20 ID:jpDSDOMkO
朋也「それに、餌の確保ができなけりゃ、餓死するし…他にも、危険なんてたくさんある」
梓「…そう…ですよね、やっぱり」
梓「………」
しばらくの間視線を落として黙っていると、猫を抱きかかえ、無言で立ち上がった。
どこか思いつめたような顔をしている。
朋也「どうしたんだよ」
梓「私、この子を飼ってくれる人を探します」
朋也「どうやって」
梓「それは…道行く人に、声をかけて、とか…」
朋也「そら、大変だな」
梓「それでも、やるんですっ」
声を張って答えていた。
朋也(はぁ…俺、こういうのに弱いのかな…)
なぜか放っておけない。
朋也「俺も手伝うよ。おまえがよければだけど」
梓「ほんとですか? ちょっと、不本意ですけど…」
225 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:58:30.40 ID:+UZ/pLeq0
梓「この際、なんでもいいです。よろしくお願いしますっ」
朋也「ああ」
梓「それじゃ、人通りの多いところに…」
朋也「いや…そうだな、まず、軽音部の連中に当たってみろよ」
朋也「知り合いだから訊きやすいだろ? それに、もしOKならそこで終わりだ」
梓「あ、そうですね、すっかり忘れてました」
携帯を取り出す。
そして、猫の写真を撮ると、また画面と向き合っていた。
多分、今の画像を添えてメールでも送っているんだろう。
俺は黙って結果を待つことにする。
―――――――――――――――――――――
梓「あ、きた」
中野の携帯から着信音が鳴り響く。
慌てたように開いて、返信を確認する。
梓「…ムギ先輩もダメでした」
朋也「そうか…」
他の部員からも、断りの返事が届いていた。
家庭の事情や、経済的負担などが理由だった。
226 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:59:56.28 ID:jpDSDOMkO
琴吹なら、猫の一匹くらい、なんでもないだろうと期待していたのだが…
その想いも、打ち砕かれてしまった。
朋也「で、琴吹はなんだって?」
梓「なんか…ポチに捕食されるかもしれないから、責任が持てない…らしいです」
朋也「……捕食?」
梓「……はい」
朋也「………」
梓「………」
朋也「…なにを飼ってるんだろうな、琴吹は」
梓「…多分、知らないほうがいいです」
だろうな…。
―――――――――――――――――――――
朋也「あ、すいません、ちょっとい…」
朋也「あ…くそっ」
人の往来が激しい大通りで飼い主探しを始めたのだが…
何かのキャッチと思われているのか、見向きもされなかった。
227 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:00:22.70 ID:+UZ/pLeq0
朋也「俺じゃだめだ。次、おまえいってくれ」
梓「わかりました」
梓「…不甲斐ない人」
朋也「聞えたからな…」
―――――――――――――――――――――
朋也(あいつはなんか、上手くやりそうだよな…)
中野から預かった猫とじゃれあいながら、思う。
梓「あの、すみません」
男「ん?」
一発目から捕まえることに成功していた。
梓「えっと、私、今…」
男「3万…いや、君なら4万出すよ」
梓「へ? どういう…」
男「この近くに、いいとこあるからさ、今からいく?」
これは、まさか…
228 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:01:39.55 ID:jpDSDOMkO
梓「え…いいとこ…ですか?」
朋也「おい、おっさん、なにやってんだよ」
猫を抱いたまま、睨みを利かせて近づいていく。
プリチーな生き物を伴って絡んでくる仏頂面の男…さぞ不気味なことだろう。
男「ひぃっ、い、いや、私はまだなにも…」
朋也「まだ?」
男「い、いや…はは、なんでも」
背を向けて、足早に去っていった。
梓「なんで邪魔するんですか!」
朋也「おまえ…わかんなかったのか、今の」
梓「岡崎先輩の行動の方がわかりませんよ!」
朋也「いや…だから…」
梓「足を引っ張るなら帰ってください!」
本当に、ただ俺が妨害しただけだと思っているようだ。
誤解を解いておいたほうが、今後の信頼関係のためにもいいんだろうが…
詳しく説明するのも、なんだか気が引けた。
朋也「…ああ、悪かったよ。もう邪魔しない」
229 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:02:05.24 ID:+UZ/pLeq0
だから、俺に非があったと、黙って認めておくことにした。
梓「勘弁してくださいよ、ほんとにもう…」
朋也「でも、ああいうおっさんは避けろよ、一応」
梓「おっさん差別ですか? 最低ですね、自分の近い将来の姿なのに」
朋也「まだ遠いっての…」
今年で18だ、俺は。
―――――――――――――――――――――
梓「そうですか…話を聞いてくれて、ありがとうございました」
女性「いえ…」
朋也(だめだったか…)
今ので4人目だった。
梓「はぁ…」
中野も落胆を隠しきれないようだった。
男1「ねぇ、君さ、さっきから声かけてるよね」
男2「逆ナン?」
230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:03:21.13 ID:jpDSDOMkO
梓「え? いえ…違います…」
ちゃらちゃらとした男の二人組に絡まれていた。
男1「じゃ、俺らが君ナンパしていい?」
男2「かわいいよね、君。遊びいこうよ」
梓「あの…それは、ちょっと…」
男1「いいじゃん、いこうよ」
男2「そこのカフェでなんか食べようよ。おごりだよ?」
梓「う…あう…」
困惑した表情で、すがるように目を向けてくる。
SOS信号だろう。
朋也(いくか…)
立ち上がる。
朋也「こらぁ、なんだ、おまえらは」
男1「はぁ?」
男2「なにおまえ」
朋也「みりゃわかるだろうが。猫を持ったキレ気味な人だ」
232 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:04:01.40 ID:+UZ/pLeq0
猫「にゃあ」
男1「意味が…」
男2「君、もういこうよ。変なの来たし」
中野の手を取ろうと、腕を伸ばす。
俺はその腕を掴んで止めていた。
朋也「やめとけ。こいつは俺が先に目をつけてたんだよ」
少しキャラを作ってみた。設定は、鬼畜王だ。
朋也「失せろ、カスども」
猫「にゃあ」
男2「…っ離せよっ」
ばっと俺の手を振り払う。
そして、その瞬間から睨み合いが始まった。
朋也「………」
男1「………」
男2「………」
猫「にゃあ」
235 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:05:25.70 ID:jpDSDOMkO
男1「…ちっ」
男2「ばぁか」
間の抜けた猫の鳴き声を以って、ガンつけ勝負は終わった。
ふたりの男は捨て台詞を吐くと、雑踏の中へと消えていった。
朋也(ふぅ…)
朋也「おい、中野…」
朋也「あん?」
振り返ると、俺から距離を取って身構えていた。
梓「…このけだもの。ずっと私を狙ってたんですねっ」
朋也「おまえが信じるなっ! ありゃ方便だっ」
梓「………」
疑惑に満ちた目を向けてくる。
朋也(どこまで信用ないんだ、俺は…)
もともとなかったところを、先の一件でさらに信用を失ってしまったのか…。
なら、捨て身でこちらから歩み寄っていくしかない。
まずは安心感を与えて、警戒を解かなくては…。
朋也(はぁ…ちくしょう)
236 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:05:53.64 ID:+UZ/pLeq0
朋也「こほん…あー…」
朋也「ほら、おいで梓ちゃん、怖くないよ~」
ぎこちない笑顔で、猫なで声を出す。
梓「…キモ」
…ものすごく冷めた顔で暴言を返されていた。
朋也(ま、そりゃそうか…)
わかってはいたが、実際言われると、ショックと恥ずかしさが同時に襲ってきた。
梓「冗談です。助けてくれて、ありがとうございました」
朋也「ああ、別に…」
恥をかく前に言って欲しかったが。
梓「キモかったのは本当ですけど」
朋也「あ、そ…」
徒労に終わった上に、追い討ちまでかけられていた。
朋也「まぁ、いいけど、何か対策考えないとな」
朋也「おまえ、見た目可愛いから、変な奴よってくるし」
237 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:07:02.35 ID:jpDSDOMkO
梓「な、か、可愛いって…お、おだててどうするつもりですかっ!」
梓「気をよくしたところを、一気につけこんでくるつもりですかっ!」
梓「このけだものっ!」
朋也「想像が飛躍しすぎだ。思ったことを言ったまでだよ」
梓「な、なな…わ、私は騙されませんからっ」
朋也「だから、そんな気はないっての」
朋也「それよか、もう昼だし、飯にしようぜ」
梓「う、うう…」
朋也「ほら、いくぞ」
俺が歩き出すと、後ろからうーうー言いながらもついてきた。
238 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:07:22.42 ID:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――
朋也「ほらよ」
コンビニで買ってきたパンとジュースを差し出す。
梓「ありがとうございます」
受け渡すと、俺も中野が座っているベンチに腰掛けた。
梓「よかったんですか? おごってもらっちゃって」
朋也「いいよ。いつか、おまえにおごってもらった事あっただろ」
朋也「これであいこだ」
梓「でも、あれはお詫びのつもりだったから…」
朋也「まぁ、細かいことは気にするなよ」
梓「はぁ…」
朋也「よし、おまえにもやろう」
俺は自分のパンをちぎって猫に与えた。
くんくんと匂った後、ぺろりと口にしていた。
その姿を見て思う。
朋也「こいつって、あの時おまえがねこじゃらしで遊んでた奴か?」
239 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:08:37.33 ID:jpDSDOMkO
梓「そうですよ。気づかなかったんですか?」
朋也「ああ、まぁな。今ようやく思い出したよ」
梓「こんな可愛い子、普通は一度みたら忘れないのに」
言って、中野も自分のパンをちぎって猫の前にそっと据えた。
すると、それも遠慮なく食べ始めていた。
梓「かわいいなぁ…」
その様子を温かい目で見守る中野。
朋也「おまえ、猫好きなのか」
梓「はい、大好きですっ!」
朋也「そっか。なんか、らしいよな。おまえ、猫っぽいし」
梓「あ、ありがとうございます…」
こいつにとっては称賛と同義だったようだ。
素直に礼なんか返してきた。
朋也「でもさ、それなら、おまえの家で飼ってやれないのか」
梓「それができたら、最初から飼い主探しなんてしてませんよ」
朋也「それもそうだな」
240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:09:01.54 ID:+UZ/pLeq0
梓「岡崎先輩こそ…いや、いいです、やっぱり」
俺に飼えるかどうか打診するつもりだったんだろう。
だが、回答はどうあれ、俺に飼われるのは嫌だったようだ。
だから、途中で切ったんだろう。
まぁ、うちで飼えるわけじゃないので、別によかったが。
朋也「飯、食い終わったら、また頑張って探さなきゃな」
梓「そうですね。頑張りましょうっ」
―――――――――――――――――――――
梓「あの…ほんとにこれ、効果あるんでしょうか」
朋也「ああ、ばっちりだ」
中野が手に持つのは、可愛らしく装飾されたプラカード。
頭には、ネコミミカチューシャをつけていた。
その2つのアイテムは、憂ちゃんと行った、あのファンシーショップで調達してきていた。
朋也「今までは、こっちから攻めていってたけど、それは間違いだった」
朋也「興味のない人にまで当たっちまうから、効率が悪かったんだ」
朋也「だから、今度は待ちに入るんだ」
梓「いえ…そうじゃなくて、なんでネコミミなんですか…」
梓「このプラカードは、わかりますけど…」
241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:10:19.94 ID:jpDSDOMkO
そのプラカードには『この猫、飼ってください!』と書いてある。
宣伝のつもりだった。
朋也「そっちの方がわかりやすいじゃん」
梓「いえ、これつけなくても、プラカードだけで事足りると思いますけど…」
朋也「より目立ったほうが、目を引きやすいだろ」
朋也「おまえ、似合ってるしさ、大抵の男は振り向くと思うぞ」
梓「そ、そんな…」
朋也「こいつのためだ。頑張れよ」
ダンボールを抱えてみせる。
その中には、猫が入っていた。
やはり、拾ってください、なんて言うなら、このスタイルしかないだろう。
梓「うう…わかりました」
ダンボールを手に持ち、街頭に立つ。
そして、足元に置くと、プラカードを掲げた。
やはり、道行く人は皆一瞥をくれていく。
こっちをみて、ひそひそと話しこんでいる者たちも見受けられた。
ナンパの算段でも立てているんだろうか。
それでも、隣に俺も立っているから、簡単には近づいてこないだろう。
これが、俺の考えた対策だった。抑止力というやつだ。
単純なことだが、効果は高いと思う。
今も、中野を遠巻きに眺めていた男たちが、諦めたように散会していくのが見えた。
243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:10:47.22 ID:+UZ/pLeq0
やはり、これで合っていたようだ。
―――――――――――――――――――――
5分くらい経った頃だろうか。
一人の男がこちらに近寄ってきていた。
男「あの…ふぅ、ふぅ…」
興奮しているのか知らないが、息が荒い。
男「か、飼うって、い、いいの…?」
梓「え…はいっ、もちろんですっ!」
男「はぁ…はぁ…き、君、家出少女なんだ…?」
梓「え、あ…はい?」
男「ふっひ…う、うちのアパート…いこう…」
男「君みたいな可愛い子なら…悦んで飼ってあげるよ…」
梓「い、いえ、私じゃなくてっ! この子ですっ」
ダンボールから猫を抱き起こした。
猫「にゃあ」
男「え…なんだ…でも、君も猫だし…」
244 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:12:20.43 ID:jpDSDOMkO
言って、ネコミミに目をやる。
男「君もついてくるなら、一緒に飼ってあげるよ…ふっひ…」
梓「ひぃっ…え、遠慮しておきます…」
男「はぁ、はぁ…じゃあ、いいや…」
のそのそと立ち去っていった。
梓「…岡崎先輩のせいですよ」
朋也「いや、でも、世間にはああいう奴もいるってわかってよかったじゃん」
梓「上から目線で言わないでくださいっ!」
梓「次は岡崎先輩がやってくださいよっ!」
俺にプラカードを押し付けてくる。
朋也「ああ、いいけど」
受け取る。
梓「ちゃんとこのネコミミもつけてくださいよ」
朋也「やだよ、なんで俺が」
梓「私にはつけさせたじゃないですかっ!」
245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:12:47.46 ID:+UZ/pLeq0
朋也「だからってなぁ、俺だぞ?」
梓「いいから、つべこべいわずにつけてくださいっ!」
朋也「わかったよ…」
仕方なく、装備した。
…周囲の視線が痛い。
梓「…ぷっ」
朋也「せめておまえだけは笑わんでくれ…」
―――――――――――――――――――――
朋也(お…)
一人の女性がこちらに近づいてくる。
男の情欲を煽るような服を綺麗に着こなして、妖艶な雰囲気を纏っていた。
年の頃は、二十代後半といったところか。
朋也(って、なに分析してんだ、俺は…)
女性「ボウヤ…飼って欲しいの?」
朋也「あ、いえ…俺じゃなくて、こっちの猫っす」
ダンボールを指さす。
女性「そうなの?」
247 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:14:02.70 ID:jpDSDOMkO
朋也「はい。だめっすか」
女性「私、動物嫌いなの」
女性「でも…」
俺の頬に手を添えた。
どきっとする。
女性「あなたみたいな動物なら、死ぬほど可愛がってあげるわ」
朋也「はは…」
なんと答えていいのやら…。
女性「これ、名刺。渡しとくわ」
手を取られ、少し強引に握らされた。
そこには、夜の店の名前と、この人の源氏名らしきものが書かれていた。
裏も見てみる。電話番号が手書きされていた。
朋也「俺、未成年なんですけど…」
女性「見ればわかるわよ」
朋也「そっすか…」
女性「お店に来いって言ってるんじゃないわ」
女性「私にいつでも連絡入れなさいって言ってるの」
248 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:14:23.10 ID:+UZ/pLeq0
朋也「はぁ…」
女性「それじゃね」
色気を漂わせながら去っていく。
梓「…ヒモ野郎。最低です。死ね死ね」
朋也「悪口のタガが外れてるからな、おまえ…」
梓「こんな時まで女をたぶらかすなんて、信じられないです」
朋也「俺は何もしてないだろ…」
朋也「…あぁ、とにかく、もうネコミミはやめだ。これは危険すぎる」
梓「最初からいらないって言ってたのに…このヒモ男は…」
ぶつぶつと小言をぶつけられていた。
止む気配はない。
しばらくはこの状態が続きそうだった。
朋也(はぁ…)
―――――――――――――――――――――
一度休憩を取るため、適当な石段に腰掛けた。
朋也「なかなか見つからねぇな」
252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:19:13.14 ID:jpDSDOMkO
梓「そうですね…」
梓「やっぱり、岡崎先輩が女たらしのクセに唯先輩に手を出すから、皆怒ってるんですよ」
朋也「それはおまえの心の内だ」
朋也「つーか、俺はあいつに手なんか出してないからな」
梓「嘘つき。いつもベタベタしてくるせに」
朋也「どこがだよ。普通の距離感だろ」
梓「朝だって一緒に登校してるじゃないですか」
梓「それに、唯先輩、部室でも岡崎先輩の隣に座りたがるし…」
朋也「それは俺からじゃなくて、あいつの方からきてないか」
梓「あーっ! 今、自分がモテ男だってさりげなく言いましたね!?」
梓「やらしいですっ! すべてにおいてあらゆる意味でやらしいですっ!」
梓「やらしいですっ! やらしいですっ!」
朋也「悔しいですみたく言うな」
朋也「前に言ってたけど、あいつは俺のことなんとも思ってないらしいぞ」
梓「ほんとですか? でも、どういう会話の流れでその発言が出たんですか?」
253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:19:56.02 ID:+UZ/pLeq0
朋也「いや、冗談のつもりで、俺に気があるのかって訊いてみたんだよ」
朋也「そしたら、そんなんじゃないってさ」
梓「…なるほど」
梓「まぁ、唯先輩は、わりとすぐ人と仲良くなりますからね…」
梓「ってことは、岡崎先輩にじゃれついてるのは、遊びだったってことですね」
梓「あはは、唯先輩にとっては、岡崎先輩なんて、遊びだったってことですよ」
梓「あははは」
朋也「はは…」
俺もなぜか乾いた笑いで同調してしまっていた。
梓「じゃあ、岡崎先輩も、唯先輩のことは、なんとも思ってないわけですね」
朋也「ん、ああ…」
梓「…なんで言いよどむんですか?」
朋也「いや…」
がたっ
朋也(ん?)
254 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:21:11.09 ID:jpDSDOMkO
音のした方に振り向く。
ダンボールが倒れ、猫が飛び出していた。
空に飛び立っていく鳥を追っている。
その先には、激しく車の行き交う道路があった。
俺は考える前に駆け出していた。
朋也(うらっ…)
飛び込み、猫をキャッチする。
間一髪間に合った。
猫は、俺の胸の中できょとんとしている。
朋也「いっつ…」
背中に痛みが走る。
モロにコンクリでぶつけたからだ。
腕も擦ってしまい、血が流れてくる感触が肌に伝わってきた。
梓「大丈夫ですかっ!?」
中野が駆け寄ってくる。
朋也「ああ、無事だよ」
上体を起こし、猫を両手で掲げてみせる。
梓「そうじゃなくて、岡崎先輩がですよっ」
朋也「ああ、俺は…っつ…」
255 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:21:42.81 ID:+UZ/pLeq0
梓「痛みますか? どこです?」
朋也「いや、大丈夫」
梓「ちょっと腕見せてください」
言って、俺の袖をまくった。
梓「血が出てるじゃないですか…」
朋也「ほっときゃ止まるよ」
梓「そんなこと言って、バイ菌が入ったら大変ですよっ」
梓「ここでじっとしててください。私、ちょっと行ってきます」
そう言い残し、人ごみを縫ってすぐ近くの雑貨店に入っていった。
―――――――――――――――――――――
梓「はい、これでいいです」
朋也「サンキュ」
中野は、水で傷口を丁寧に洗い流し、その上から透明なシートを貼ってくれていた。
梓「患部を水で濡らした後、このシートを貼っておくんですよ」
パック入りになったそれを渡してくる。
256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:22:54.02 ID:jpDSDOMkO
朋也「ああ、わかったよ。で、いくらだったんだ? これと水合わせて」
受け取って、そう訊いた。
梓「お金なんていいですよ。この子、助けようとしてくれたんでしょ」
膝の上に乗り、安心して丸まっている猫の顎を撫でる。
梓「ほんと、馬鹿ですね。あんなことしなくても、道路になんか飛び出しませんよ」
朋也「そうだったかな」
梓「そうですよ」
朋也「ちょっと神経質すぎだったな」
朋也「動物の挙動なんて、予測できないからさ、嫌な予感がして、先走っちまった」
梓「岡崎先輩の行動の方がよっぽど予測できません」
朋也「そっか」
梓「はい、そうです」
朋也「………」
梓「………」
会話が途切れる。
257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:23:14.62 ID:+UZ/pLeq0
俺はなんとなくネコミミを手にとってみた。
梓「って、なんで猫にネコミミをつけるんですか…意味ないですよ…」
朋也「これで、二倍猫になるだろ」
梓「もう…なんなんですか、それ。意味がわかりませんよ」
梓「ほんと、馬鹿なんだから」
柔和に微笑む。
初めて俺に向けられた曇りのない笑顔。
いつもこんな風に笑っていてくれれば、こいつも無害な普通の女の子なのだが。
声「あら、岡崎じゃない」
朋也「ん…」
声がして、顔を向ける。
そこには一人の女性が立っていた。
女性「奇遇ね。こんなとこで、なにやってんの」
朋也「美佐枝さん…」
この女性、学生寮の寮母をやっている人だった。
名は相楽美佐枝。
寮生でない俺も、あれだけ通い詰めていれば、嫌でも顔見知りになる。
美佐枝「ところで…そっちの子は?」
258 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:24:33.41 ID:jpDSDOMkO
中野を見て言う。
朋也「ああ…まぁ、後輩だよ」
梓「あ、初めまして。中野梓といいます」
美佐枝「これは、ご丁寧にどうも。私は、相楽美佐枝。学生寮の寮母をやってるの」
梓「寮母さんなんですか…すごくお若いのに…」
美佐枝「あら? そうみえる? ありがと」
美佐枝「にしても…」
美佐枝「岡崎、あんたも隅に置けないわねぇ。こんな可愛い子とデートなんてさ」
梓「な、ち、違いますっ」
中野が勢いよく否定する。
美佐枝「ありゃ、彼女じゃなかったの?」
朋也「こいつとはそんなんじゃねぇよ」
梓「そ、そうですよっ」
美佐枝「ふぅん、なかなか似合って見えたのにねぇ」
梓「そ、そんなことないですっ! 私たち、犬猿の仲なんですっ」
259 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:24:53.87 ID:+UZ/pLeq0
梓「こ、こんな人となんて…そんな…」
美佐枝「あんた、嫌われてるの?」
朋也「少なくとも、好かれちゃいないかな」
美佐枝「あ、そなの」
朋也「ああ」
猫「にゃあ」
中野の膝の上、猫が鳴いてた。
美佐枝「あら…可愛い猫だこと。触ってもいい?」
梓「あ、もちろんです」
美佐枝「ありがと。それじゃ…」
くすぐるように顎を撫でた。
ごろごろと気持ちよさそうに唸る。
美佐枝「あんたの猫なの?」
梓「いえ…野良なんです」
美佐枝「へぇ、それにしては毛並みが綺麗よね」
梓「ですよね。可愛いです」
260 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:26:18.66 ID:jpDSDOMkO
美佐枝さんが撫でると、猫もうれしいのか、尻尾をピンと立てていた。
ここまで気を許させてしまうのは、この人の持つ、包み込むような母性のためだろうか。
動物にもそれが直感的にわるから、安心して身をゆだねることができるのかもしれない。
どうせ飼われるなら、こんな人がいいと思う。
面倒見のいいこの人のことだ、きっと大事にしてくれるに違いない。
だが、寮で飼うなんてことが許されるのだろうか…
そこだけが唯一気にかかる。
朋也(ダメもとで訊いてみるか…)
朋也「美佐枝さん。そいつ、飼ってやれないか」
美佐枝「え? あたしが?」
朋也「ああ。俺たち、ずっと飼ってくれる奴探してたんだけど…」
俺はこれまでのいきさつを美佐枝さんに話した。
美佐枝「はぁ…その猫の怪我、そういうことだったんだ」
朋也「ああ。だから、頼むよ。美佐枝さんなら、安心して任せられるし」
梓「私からも、お願いします」
美佐枝「う~ん…でもねぇ…」
美佐枝「………」
顎に手を当て、しばしの間、思案に暮れる。
261 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:27:15.50 ID:+UZ/pLeq0
美佐枝「…猫、か。もう一匹増えたところで、変わりないか…」
何かつぶやいていたが、小さくて聞き取れなかった。
美佐枝「うん…わかった。一応、つれて帰ったげる」
梓「ほんとですかっ? ありがとうございますっ」
美佐枝「でも、正式に飼うわけじゃないわよ」
朋也「どういうこと?」
美佐枝「原則、寮でペットを飼うのは禁止されてるからねぇ」
美佐枝「おおっぴらには飼えないってことよ」
美佐枝「部屋を間借りさせてあげるのと、餌をあげることくらいしかできないけど…」
美佐枝「それでもいい?」
梓「十分ですよっ」
朋也「ああ、それだけしてくれりゃ、飼ってるのと変わりねぇよ」
美佐枝「そ。じゃあ、あたしはもう帰るとするかねぇ」
美佐枝「さ、おいで」
猫をその胸に抱く。
一片の抵抗もみせず、大人しく美佐枝さんの腕の中に収まっていた。
262 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:29:27.81 ID:jpDSDOMkO
朋也「ありがとな、美佐枝さん」
梓「ありがとうございますっ」
美佐枝「ん、いいわよ、別に」
美佐枝「それじゃね」
朋也「ああ」
梓「はいっ」
俺たちに背を向け、歩いていく。
梓「よかったぁ…」
よほど嬉しかったのか、肩の力を抜いて、安堵の表情を浮かべていた。
朋也「そうだな」
おもむろに、ぽむっと中野の頭に手を乗せる俺。
梓「な、なにするんですかっ」
が、すぐに振り払われた。
朋也「いや、いい位置にあったから」
梓「そ、そんな理由で触らないでくださいっ」
263 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:29:57.78 ID:+UZ/pLeq0
朋也「悪かったな。もうしねぇよ」
梓「………」
朋也「そんじゃ、俺も行くからさ。じゃあな」
言って、俺も美佐枝さんが行ったのと同じ方向に足を向けた。
これから春原の部屋に向かうつもりだった。
今からなら、途中で美佐枝さんに追いつくだろう。
別れの挨拶をした意味がないな…ぼんやりと思う。
梓「あ、あのっ」
朋也「なんだよ」
声をかけられ、振り返る。
梓「きょ、今日はありがとうございましたっ…協力してくれて…」
梓「その…岡崎先輩のおかげで、飼い主も見つかりましたし…」
梓「猫を助けようって、必死になってもくれましたし…」
梓「ちょっとだけ…見直しました」
朋也「そりゃ、どうも」
梓「それと…頭に手を乗せられたのも、ほんとは嫌じゃないっていうか…」
梓「むしろ…その…」
266 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:31:07.50 ID:jpDSDOMkO
もじもじとしているだけで、その先は出てこなかった。
朋也「じゃあさ、これからは仲良くしてくれよな、あずにゃん」
梓「な、あ、あずにゃんって呼ばないでくださいっ」
梓「この調子乗りっ! うわぁぁんっ」
顔を真っ赤にして、どぴゅーっとものすごい勢いで逃げていった。
朋也(変な奴…)
だが、少しだけあいつとの関係が改善された…ような気がした。
―――――――――――――――――――――
267 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:31:30.34 ID:+UZ/pLeq0
4/30 金
唯「あ~…だるぅい~」
憂「お姉ちゃん、たった一日で休みボケしすぎだよ」
唯「だってぇ…もうゴールデンウィーク入ったって錯覚しちゃったんだもん…」
憂「あしたいけば、本物の連休がくるから、がんばろ?」
唯「う~…えいっ」
憂ちゃんに腕を回し、全体重を預ける平沢。
憂「な、なに? 重いよぉ、お姉ちゃん…」
唯「このまま進んで、学校まで運んでよぉ~」
憂「うぅ…わかったよ…私頑張るね…」
憂「よいしょ…よいしょ…」
懸命にずるずる引きずっていく。
唯「遅いよぉ~スピード上げてよぉ~」
憂「う、うん、わかったよ…よい…しょ…」
憂「あ…もうだめ…」
269 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:32:50.06 ID:jpDSDOMkO
ぺたり、とその場にへたりこんでしまう。
朋也「自分で歩けよ、平沢」
朋也「ほら、憂ちゃん」
手を差し伸べる。
憂「あ、ありがとうございます」
その手を取って立ち上がる憂ちゃん。
平沢は崩れ落ちたまま微動だにしなかった。
唯「はひぃ…」
朋也「置いてくぞ」
唯「ああ…まってぇ」
のろのろ立ち上がり、追ってくる。
唯「岡崎くん、しがみついていい?」
朋也「だめ」
唯「けちぃ…」
―――――――――――――――――――――
270 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:33:09.99 ID:+UZ/pLeq0
下駄箱まで足を運んでくる。
朋也「おい、平沢…そろそろ離せ」
唯「え~、教室まで連れてってくれてもいいじゃん…」
結局、坂を上ったあたりから、平沢を引きずってくることになってしまっていた。
あまりにもしつこかったので、俺のほうが折れてしまったのだ。
朋也「ここまででいいだろ。さっさと靴履き替えろ」
唯「ぶぅ…」
声「…おはようございます」
…この声。
振り向く。
梓「………」
中野が引きつった笑顔をぴくぴくとひくつかせ、音もなく背後に立っていた。
…おまえは忍者の末裔か。
唯「あ、あずにゃん、おはよぉ」
朋也「…よぅ」
梓「………」
眉間に寄った皺は消えそうにない。
272 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:34:35.22 ID:jpDSDOMkO
また、いらぬ恨みを買ってしまったんだろうか…。
梓「…また、放課後に」
唯「うん、部活でね」
梓「それじゃ、失礼します」
言って、軽く会釈。
最後に俺をちらっと見て…
梓「…馬鹿」
ムッとした顔を向け、そう口が動いた気がした。
それも、一瞬のことだったので、定かではなかったが。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
唯「あぁ…刻(とき)が見える…」
平沢は未だにローテンションを引きずっていた。
唯「はぁ…むしろ生きる意味がわからない…」
273 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:35:00.28 ID:+UZ/pLeq0
澪「どんどんひどくなっていってるな…」
和「唯、口からぼろぼろこぼれ落ちてるから、咀嚼する時だけは気合入れなさい」
唯「ああぅ…わかた…多分」
春原「はは、情けねぇなぁ。もっとピシッとしろよ」
律「おまえは今日も重役出勤だったくせに、えらぶんな」
春原「うるせぇっ! 元気があればなんでも出来るんだよっ!!」
律「うわっ、ばかっ、口の中に食べ物含んだまま叫ぶなよっ!」
律「内容物が飛び散ってんだろうがっ! 私に当たったらどうすんだよっ!」
春原「避ければいいじゃん」
律「おまえが飛ばさなきゃいいの!」
律「ったく…」
朋也「あ、部長、右肩んところ…」
律「ん?」
律「うひぃ、ちょっと被弾しちゃってるし…最悪…」
汚らしそうに、ばっばっと振り払っていた。
274 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:36:10.24 ID:jpDSDOMkO
澪「唯、今日が山場だ。明日は4時間だし、ここさえ乗り切ってしまえば、あとは楽だぞ」
春原「そうそう、土曜なんて、あってないようなもんだしね」
律「そりゃ、おまえが大抵昼からしかこないからだろ」
唯「う~ん、わかっちゃいるけど、体がついてこないよぉ…」
紬「唯ちゃん、よかったら、これ食べて、元気出して?」
琴吹が弁当箱から高級そうなだんごを覗かせた。
唯「え? いいの?」
紬「うん、もちろん」
唯「やったぁ、それじゃ…あ~ん」
餌を待つヒナ鳥のように口を開けた。
紬「はい、あ~ん」
箸で平沢の口まで運ぶ琴吹。
澪「そこまでめんどくさがるのに、ちゃっかりもらうんだな…」
唯「むぐむぐ…おいひぃ~」
紬「ほんと? よかったぁ」
275 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:36:37.73 ID:+UZ/pLeq0
律「しょうがねぇなぁ、私からもやるよ…このキンピラゴボウ」
春原「おまえ、またんなもん食ってんの」
律「うるせぇなぁ、りっちゃんキンピラは最高にうまいんだぞ」
唯「う~ん…一応もらっておこうかな…あ~ん」
また口を開けて待つ。
律「一応とはなんだ、一応とは」
言いながら、箸でひとかたまり摘んで、口に運ぶ。
唯「むぐむぐ…ぺっぺっ」
律「あーっ! てめぇ、唯!」
春原「ははは、だせぇ」
律「こぉの野郎ぉーっ!」
平沢に横からヘッドロックをかける部長。
唯「ご、ごめぇん、冗談だよ、おいしいよぉ」
律「80回以上噛んでから飲み込め、こらっ!」
唯「2回で許してぇ」
276 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:37:54.29 ID:jpDSDOMkO
律「味が出る前に飲み込もうとしてるだろ、それっ!」
律「不味いって言いたいのかよぉ!」
ぎりぎりと締め付けていく。
唯「うわぁん、嘘、嘘だよ! 分子レベルまで噛み締めるから、許してぇ」
澪「まったく…もっと静かに食べられないのか」
唯「冷静なこと言ってないで、助けてよぉ、澪ちゃんっ」
紬「くすくす」
こうして、昼も騒がしく過ぎていった。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
唯「………」
梓「唯先輩、どうしたんですか?」
平沢は机に突っ伏して、一言も発していなかった。
277 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:38:24.26 ID:+UZ/pLeq0
律「なんか、連休前で、息切れしてるんだってさ」
梓「はぁ…」
紬「はい、唯ちゃん。ここ、置いておくね」
唯「ん…」
少し顔を上げる。
唯「ひゃっほうっ、今日はチーズケーキなんだねっ!」
ケーキを目の前にして、今まで伏せていた上体を勢いよく起こしていた。
澪「いきなり元気になったな…」
律「現金な奴…」
―――――――――――――――――――――
春原「おい、部長。ちょっとラジカセ貸してくんない?」
律「あん? どうすんだよ」
春原「これをかけようと思ってね」
ポケットからカセットテープを取り出す。
春原「ボンバヘッ聴きながら、ムギちゃんの用意してくれたお茶を飲む…」
279 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:39:53.66 ID:jpDSDOMkO
春原「これ以上のくつろぎ方はこの世に存在しないね」
律「いや、いいけどさ…ボンバヘッってなによ?」
春原「かぁ、知らねぇのかよ、あの有名なHIPHOPの最高峰を」
春原「おまえ、それでも軽音部部長かよ」
律「いや、聞いた事ないからさ…みんな知ってるか?」
唯「知らなぁい」
澪「私も…」
紬「私も、ちょっと…」
梓「私も聞いたことないです」
春原「ええ、マジ? じゃ、この機会に知っておいたほうがいいよ」
春原「部長、ラジカセまだかよ」
律「物置にあるから、自分で取ってこい」
春原「ちっ、気の利かねぇ奴だな」
律「おまえのために動く道理なんかねぇよ」
春原は物置に入っていくと、ややあってラジカセを手に戻ってきた。
280 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:40:31.33 ID:+UZ/pLeq0
春原「んじゃ、かけるよ」
テープを入れ、再生ボタンを押す。
流れてきたのは、古臭い歌謡ヒップホップ。
朋也(ダッサ…こんなの聴かねぇだろ…)
春原「よくない? ボンバヘッ!」
律「ん、まぁ、なかなか…」
唯「ノリがいいよね」
澪「そうだな。普段、こういう曲はあんまり聞かないけど、いいかも」
紬「うん、なんか、親しみやすいなぁ」
梓「ちょっと古い感じしますけど…逆に新鮮でいいです」
春原「へへ、だろ?」
…意外と好評のようだった。
春原「おまえら、どんどんボンバヘッコピーして、いいバンドになれよ」
律「アホか。私たちの音楽性と違いすぎるわ」
梓「音楽性って…それも、プロみたいでちょっと大げさな気もしますけどね」
唯「でも、おもしろそうじゃない? ボンバヘッ時間とかやってみたらさ」
281 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:41:47.79 ID:jpDSDOMkO
律「んなアレンジするかよ…澪だって、歌詞思いつかないだろ、そんなんじゃ」
澪「う~ん…頑張ればできるかも…」
律「できるんかい…」
唯「どんな感じ? 澪ちゃん」
澪「うん…えっと…」
澪「キミをみてると、いつもハートBON☆BAHE…とか…」
静まり返る室内。
澪「………」
律「じゃ、練習しよっか」
唯「そだね」
梓「やってやるです」
紬「頑張りましょうね」
春原「岡崎、せんべいちょっとわけてよ」
朋也「いいけど」
澪「ちょっと待てぇっ!」
282 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:42:13.64 ID:+UZ/pLeq0
律「どうしたんだよ、澪。んな大声出しちゃって」
澪「なんでなかったことにされてるんだよっ!」
律「いや、だって、すげぇ微妙だったし…」
澪「仕方ないだろぉ! 即興だったんだからっ!」
律「にしてもなぁ…」
澪「うぅ…じゃあ、納得できるもの書いてきてやるっ」
澪「春原くん、後でテープダビングさせてっ!」
春原「あ、ああ、いいけど…」
律「澪ちゃ~ん、そこでまでしなくていいからなぁ~…」
―――――――――――――――――――――
練習が始まり、俺たちは暇になる。
今残っている茶を飲み干せば、退散を決め込むつもりだった。
春原「う~ん…まだか…」
春原がなにやらラジカセのアンテナをしきりに動かしていた。
朋也「なにやってんの、おまえ」
春原「みてわかんない? ラジオ聴こうとしてんだよ」
283 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:43:32.82 ID:jpDSDOMkO
朋也「いや、わかるけどさ、なんで琴吹に向けてんの」
ちょうど、胸のあたりに照準を合わせているような…
春原「どうせなら、ムギちゃんのおっぱいを通った電波受信したいじゃん」
朋也「あ、そ…」
こいつは絶対アホだ。
春原「うぉおおおっきたきたぁっ!」
じりじりとラジカセが音を立て始める。
内容は、情報番組のようだった。
春原「ちっ、なんだよ、つまんねぇチャンネルだなぁ」
春原「せっかくムギちゃん通してんだから、ムギちゃんのおっぱい情報を事細かに伝えろよなぁ」
朋也「琴吹の前に、どっかのおっさんを5、6回経由してきたようだな」
春原「マジで? それ、やべぇよ」
春原「くそぉ、知りてぇえええ! ムギちゃんのおっぱい秘話っ!!」
がんっ
春原「イテぇっ!」
ドラムスティックが春原の顔面に直撃していた。
284 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:44:04.31 ID:+UZ/pLeq0
律「変態発言はよそでやれ、アホっ!」
部長が投げ放った物のようだ。
春原「顔面狙うことないだろ、クソデコっ!」
律「黙れ、変態ヘタレ野郎っ!」
悪口の応酬が始まる。
平沢たちは部長を、俺は春原をなだめ、なんとか場を収めた。
律「ったくぅ…ムギもなんとか言ってやれよぉ」
律「こいつ、ムギにすげぇやらしいことしてたんだぜ?」
律「セクハラだよ、セクハラ」
春原「いや、そういうつもりじゃ…」
春原「ちょっとしたジョークだよ。ムギちゃんなら、わかってくれるよね?」
紬「えっと…もう少しで、立件できそうなの」
春原「前々から準備進めてたんすかっ!?」
律「わははは!」
―――――――――――――――――――――
結局、最後まで居座ってしまい、一緒に下校することになってしまっていた。
285 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:45:38.15 ID:jpDSDOMkO
春原が寮に戻り、俺ひとりが女集団の中に残されたので、やはり少し離れて歩いた。
目の前では、平沢たちが楽しげに会話をしている。
部長と平沢がボケて、秋山と中野がつっこみを入れ、琴吹が笑う。
役割が大体決まっているのだろうか。よく見かける構図だった。
澪「岡崎くん」
話がひと段落ついたのか、輪から抜けて、秋山が俺に近寄ってきた。
他の奴らは、次の話題に移っているようだった。
朋也「なんだ」
澪「今ね、みんなで星座占いやってたんだけど…」
言って、持っていた携帯に目を落とす。
澪「よかったら、岡崎くんもやってみない?」
朋也「俺?」
澪「うん。興味ないかな、やっぱり…」
少し寂しそうな顔。
確かに、別段興味はなかったが…
こんな顔をされては、断る気にもなれない。
朋也「さそり座」
澪「え?」
286 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:45:59.63 ID:+UZ/pLeq0
朋也「俺の星座だよ。占ってくれるんだろ」
澪「あ…うんっ」
表情をぱっと明るくして、携帯を操作する。
澪「えっとね…」
澪「今日のあなたは超絶好調☆誰にも止められない☆邪魔者はみんな叩き殺しちゃえ☆」
澪「…ということだそうです」
…どんな占いサイトだ。
澪「あはは…よかったね…すごく運いいみたいだよ…」
秋山もその結果に、とういうか、文章にうろたえているのか、声がうわずっていた。
朋也「ああ…みたいだな。まぁ、すでに今日も後半に入ってるけどさ」
澪「あはは…そうだね…」
朋也「はは…」
澪「あはは…」
意味もなく笑う俺たち。
澪「あの…相性占いもしてたんだけど…やってみる?」
287 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:48:54.72 ID:jpDSDOMkO
口直しに、とでもいうように、そう訊いてきた。
朋也「相性って…俺と、誰を?」
澪「誰でもいいよ。名前と、誕生日を知ってる人なら」
澪「春原くんとか、どう?」
朋也「いや、あいつは、俺の中でまだ顔と名前が一致してないくらいの仲だしな」
朋也「相性なんて、どうでもいいよ」
澪「そ、そんな他人みたいな…ひどいなぁ…あんなに仲いいのに」
朋也「よくない」
澪「素直じゃないんだね」
朋也「本音だ」
澪「あはは…そういうことにしておくね」
澪「じゃあ、春原くん以外で、誰かいる?」
朋也「そうだな…」
俺の交友関係なんて、あいつを除けば、ほとんど無きに等しい。
改めて考えてみると、俺って、かなり寂しい奴なんじゃないだろうか…。
澪「もし、よかったら…私たちの内の誰かでもいいよ」
288 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:49:33.45 ID:+UZ/pLeq0
朋也「おまえでも?」
澪「え、わ、私? 私なんかで、いいの…?」
澪「岡崎くん、唯と仲いいし…その…相性知りたいんじゃないかなって…」
また平沢との疑惑が持ち上がってくるのか…。
これももう何度目だろうか。
まぁ、今となっては、俺自身、そんなに嫌でもなかったが…
朋也「おまえとにするよ」
だが、露骨に俺から近寄っていくのも、何か違う気がした。
第一、平沢は、その気がないとかつて言っていたこともあるのだ。
だから、今のままが一番いいと思う。
澪「…う、うん、わかった…じゃあ、私とで…」
携帯の画面と向き合い、カチカチと入力していく。
澪「岡崎くん、誕生日は?」
朋也「10月30日」
澪「10月…30…」
俺の返答を聞くと、また画面に目を戻し、入力を始めた。
澪「名前の、ともや、ってこの字でいいかな?」
290 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:52:14.75 ID:jpDSDOMkO
画面を俺に見せてくる。
朋也「ああ、いいよ」
澪「えっと…朋也っと…」
澪「血液型は?」
朋也「A型」
澪「Aっと…」
澪「それじゃあ…」
カチッと一押しする。
最後の入力が終わったようだ。
澪「あ…出てきた…」
幾ばくかの間があって、そう声を上げた。
澪「………」
画面をじっと見つめたまま何も言わない。
言い辛い結果だったんだろうか。
朋也「どうだったんだ」
澪「うん…えっと…」
291 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:53:17.59 ID:+UZ/pLeq0
澪「…話す内、お互い、気を許し合えることがわかります」
澪「長年に渡って、良きパートナーとなれるでしょう…」
澪「…って、ことなんだけど…」
朋也「ふぅん、結構よさげじゃん」
澪「う、うん、そうだね…」
澪「それで…男女ペアだったから、もうひとつあるんだけど…」
男女ペア特有の相性…それは、やっぱり…
澪「あの…恋愛相性…なんだけど…」
…そうなるか。
澪「き、興味、あるかな…?」
頬を赤らめながら訊いてくる。
朋也「あ、ああ…まぁ、一応」
仮にも、秋山は美人の部類である女の子だ。
そんな奴との相性が気にならないと言ったら、それは嘘になる。
澪「じ、じゃあ、言うよ…えっと…」
澪「…お互いの精神的弱点を補い合い、成長できる恋愛が出来そうです」
292 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:55:19.55 ID:jpDSDOMkO
澪「強さと繊細さを持ち合わせた理想のカップルとなれるでしょう…」
澪「………」
言い終わると、口をきゅっと結び、目を泳がせながら押し黙ってしまう。
朋也「あー…俺たち、相性いいみたいだな」
つとめて淡白な素振りを意識して、軽い口調で言った。
所詮アルゴリズムで弾き出された答えだ。
気負うことはないと、そう伝えたかったからだ。
澪「う、うん、そうだね…」
俺の意思が通じたのか、秋山も笑顔を作ってそう返してくれた。
澪「あの…岡崎くんってさ…」
朋也「うん?」
澪「えっと…」
グサ
下腹部に違和感。
澪「あ…」
朋也「…ん?」
293 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:55:54.50 ID:+UZ/pLeq0
秋山から視線を外し、下にさげていく。
…股間に枝が突き刺さっていた。
朋也(なぜ…)
ゆっくりとその先に視線を這わせていくと、中野が呆れた顔で突っ立っていた。
梓「まったく、ちょっと目を離すとすぐふたりっきりになろうとする…」
梓「最低です」
朋也「いや、まずこの枝どけろよ」
言って、振り払う。
が、すぐにまた戻される。
澪「あ、梓、やめなさい」
梓「だって、澪先輩がこのけだものに襲われてたから…」
澪「そんなことされてないから、やめなさい」
梓「…はい」
しぶしぶ枝を自然に還していた。
まぁ、ただ捨てただけなのだが。
梓「岡崎先輩、後ろの方でこそこそといちゃつくのはやめてください」
朋也「んなことしてねぇって」
295 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:57:34.93 ID:jpDSDOMkO
澪「そ、そうだぞ、ただ私が話しかけて…」
梓「澪先輩、だまされちゃだめですっ」
澪「はうっ…」
その迫力に気圧される秋山。
梓「気を許させて、そこから一気に畳み掛けるつもりなんですからっ」
梓「岡崎先輩、卑怯ですよ、こんな純情な澪先輩まで毒牙にかけようなんてっ」
朋也「ただトークしてただけだっての…」
梓「そんなに女の子とふたりっきりで話したいんですかっ」
朋也「いや、俺は…」
梓「そういうことなら…私…私が犠牲になるので、先輩たちに手を出さないでくださいっ」
朋也「じゃあ、おまえとならいちゃついてもいいってことかよ」
梓「な、なななっ…」
梓「…そ、それで岡崎先輩が大人しくなるなら…我慢しますです…」
澪「あ、梓…」
律「おーおー、敬語が雑になるくらい動揺しちゃって…」
296 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:58:02.00 ID:+UZ/pLeq0
紬「あらあら、梓ちゃんったら…」
いつの間にやら部長と琴吹も集まってきていた。
律「まさか、梓まで攻略するなんてな…岡崎、おまえ、すげぇよっ」
梓「ななな、なに言ってるんですかっ! そんなことされた覚えありませんっ!」
律「だってさぁ、岡崎が他の女といちゃつくの嫌なんだろ?」
律「それで、今、独占しようとしてたじゃん」
梓「違いますっ! あくまで身代わりになろうとしてただけですっ!」
律「ふぅん、身代わりねぇ…いひひ」
梓「り、律先輩っ! 変な笑い方しないでくださいっ」
律「いやぁ、おもしろくなってきましたなぁ、ムギさんや」
紬「そうですねぇ、りっちゃんさん」
梓「む、ムギ先輩までっ…」
声「おお、すごぉいっ!」
前方で声。この場に居合わせた全員が前を向く。
唯「りっちゃんとトンちゃんの相性ばっちりだよっ…って、あれ?」
298 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:58:59.94 ID:jpDSDOMkO
唯「なんでみんなそんな後ろの方にいるの?」
平沢がひとり、こちらを振り返ってきょとんとしていた。
律「あいつは…なにとあたしの相性占ってんだよ…」
唯「ほら、りっちゃんみてみて、トンちゃんとの相性!」
とてとて走ってくる。
唯「すごいフィーリングだよっ。よかったねっ」
唯「りっちゃん、私たち全員と相性微妙だったからっ」
律「それは言うなぁっ!」
バックを取り、チョークスリーパーをかける。
299 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:59:19.63 ID:+UZ/pLeq0
唯「うわぁん、ごめんなさぁいっ」
騒ぎ出すふたり。
澪「…はぁ」
秋山が俺の隣でため息をついていた。
そういえば、中野が現れる前、なにか俺に言おうとしていたような…
朋也「なぁ、さっきなにか言いかけてたけど、なんだったんだ」
澪「ん? うん…いいの、なんでもない」
朋也「あ、そ」
澪「うん…」
間が空いて、興がそがれてしまったんだろうか。
何を言おうとしていたのか…少しだけ気になった。
それは、こいつの横顔が、やたらと儚げにみえたからだろう。
物憂げな表情も、こいつなら絵になるものだと…
この時、俺は単純に感心していた。
―――――――――――――――――――――
301 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:00:19.85 ID:+UZ/pLeq0
5/1 土
唯「ふでぺーんふっふー♪ ぐふふ」
憂「お姉ちゃん、きのうとは別人のようにハイテンションだよね」
唯「まぁね~。明日からは黄金週間だしね~おもいっきりだらだらするんだぁ」
憂「でも、お父さんとお母さんが帰ってくるから、家族で出かけるんだよ?」
憂「話、聞いてたでしょ?」
唯「え? うん、まぁ…」
憂「忘れちゃってた?」
唯「いや、えっと…覚えてたよ…うん…」
声のトーンが落ち、濁したように答えていた。
唯「………」
俺の顔色を窺うように、ちらりと見上げてくる。
目が合っても、逸らそうとはしない。
その瞳には、なにか複雑な色をたたえていた。
…ああ、そうか。今、わかった。
平沢は、俺を気遣ってくれているのだ。
こいつには、うちの家庭環境を話していたから、それで。
朋也(そういうことには敏感なんだよな、こいつは…)
302 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:01:48.40 ID:jpDSDOMkO
俺は平沢の頭に手を乗せ、ぽむぽむと軽く触れた。
唯「…ん、なに? どうしたの?」
朋也「いや、なんでも」
唯「?」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
律「ったく、なんでネタ被らせてくんだよ、ばか」
春原「僕の方が先に食券買ってただろうがっ! おまえが加害者で、僕が被害者だっ」
律「ごちゃごちゃうっせぇやい、りっちゃんちゃぶ台返し食らわすぞっ!」
今回のいざこざは、ふたりが同じメニューを購入してきたことに端を発していた。
部長は普段、弁当食なのだが、気分を変えたかったらしく、今日は学食を利用していたのだ。
春原「んな言いにくい技、僕には通用しねぇってのっ」
律「なんだとぉ! じゃあ、食らわせてやるよっ」
腕まくりする部長。
303 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:03:25.90 ID:jpDSDOMkO
律「死んでからあの世で後悔するんだなっ」
唯「まぁまぁ、落ち着きなよ」
平沢が肩にぽん、と手を乗せる。
唯「おんなじもの選ぶってことは、それだけ気が合うってことだよ。だから、仲良くしなきゃだめだよ?」
律「気も合わないし、仲良くもしねぇってのっ。あんまりおぞましいこと言うなよなぁ」
律「こんなヘタレなんかと一緒にされた日にゃ、くそ夢見悪ぃよ」
春原「あんだとっ! てめぇ、あとで便所裏こいやぁっ!」
朋也「それが男子便のことを指すなら、裏は女子便ってことになるな」
春原「えぇ? それ、マジ?」
そのつもりで言っていたようだ。
律「なんてとこ呼び出そうとしてんだ、この変態っ!」
春原「ち、ちが…そ、そうだ…体育館裏こいやぁっ!」
朋也「告白でもするのか? あそこ、告りスポットで有名だぞ」
春原「マジかよっ!?」
律「うわ…勘弁してよ…」
304 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:03:57.04 ID:+UZ/pLeq0
春原「くそ、勘違いするなよ…えっと…えっと…」
朋也「校庭に生えてるでかい樹の下でいいんじゃないか。なんか伝説あるみたいだし」
春原「そ、そうか…じゃあ…」
春原「校庭にある伝説の樹の下までこいやぁっ!」
朋也「敬語のほうが丁寧で印象もよくなるし、来てくれる確率もあがるんじゃないか」
春原「そ、そっか、じゃあ…」
春原「校庭にある伝説の樹の下まで来てくださいっ!」
春原「って、こっちの方が告ろうとしてるようにみえるだろっ!」
朋也「成功したら、次は実家に呼び出せよっ」
ぐっと親指を立ててみせる。
春原「なんだよそのさわやかさはっ! つーか、展開早ぇよっ!」
律「最低…そんな目であたしをみてたんだ…キショ…」
春原「あ、てめぇ、勘違いすんなよ、こらっ!」
唯「春原くん、大胆だねっ」
春原「ああ? だから、違うって言ってん…」
305 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:04:34.82 ID:+UZ/pLeq0
紬「頑張って、春原くんっ」
春原「って、え゛ぇえっ!? ムギちゃんまで…」
朋也「よかったじゃん、追い風吹いてるぞ。本人には拒否されてるけど」
春原「岡崎、頼むからもうおまえは喋らないでくれ…」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
紬「あの…ちょっとみんなに見てもらいたいものがあるんだけど…」
いつものように茶をすすっていると、琴吹がおもむろに口を開いた。
春原「うん? なにかな? もしかして、おっぱ…」
律「黙れ、変態っ」
ぽかっ
春原「ってぇな…」
律「それで、ムギ、なに? みせたいものってさ」
306 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:06:14.65 ID:jpDSDOMkO
紬「うん…マンボウ改、なんだけど…」
律「マ、マンボウ改…?」
唯「ムギちゃん、なに、それ?」
紬「ほら、一年生の時に、クリスマスパーティーやったじゃない?」
紬「あの時、一発芸で私が披露した、あれの改良版なの」
唯「あ、ああ、なるほどねぇ~…」
澪「あ、あれか…」
とすると、二年前のことなんだろう。
俺と春原にはさっぱりわからない話だった。
梓「なんなんです? マンボウって」
…ああ、こいつもか。
澪「いや、口じゃちょっと説明しづらいっていうかだな…」
梓「そうなんですか?」
澪「ああ…」
律「しっかし、なんでまたそんなものを…」
紬「鏡みてたら、急に思い出しちゃって…」
307 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:06:34.38 ID:+UZ/pLeq0
紬「それで、ひとりで思い出し笑いしてたら、新しい案が閃いちゃったの」
紬「で、完成型を今日みんなにみせるために、98429回は素振りしてきたのよ」
澪「す、素振りって、マンボウをか…?」
律「しかも、その回数かよ…」
唯「すごいポテンシャルを持ってるね…さすがムギちゃんだよ…」
紬「あ、ごめんなさい。そのくだりは嘘なの」
ずるぅっ!
天使のような笑顔で言われ、みな転けていた。
律「あ、そですか…」
紬「でも、マンボウ改が生まれたのは本当よ。みてくれるかな…?」
春原「僕は喜んで見るよっ」
紬「ほんとに?」
春原「うん。めちゃみたいよっ」
梓「私も興味あります」
唯「わ、私もあるかなぁ~…あはは~…」
308 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:08:04.65 ID:jpDSDOMkO
澪「そ、そうだな、ある意味見てみたいかも…」
律「ほどほどにな、ムギ…」
紬「それじゃあ…」
ステージに登るようにして、俺たちの前に立つ。
目を閉じて、一度深呼吸…
腹を決めたのか、かっと見開いた。
紬「マンボウのマネっ」
口の中いっぱいに空気を含み、頬を膨らませ、手でヒレの部分を再現していた。
シュールだ…
朋也(つーか…)
…顔がおもしろい。
梓「え…」
春原「はは…」
初見のこのふたりも、ある種ぶっ飛んだこのネタについていけていないようだった。
紬「…改っ!」
叫び、手で虎爪を作って腕をひねらせながら前に突き出した。
そこで動きを止め、微動だにしなくなった。
どうやら、ここで終わりのようだ。
309 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:08:30.27 ID:+UZ/pLeq0
………。
皆、唖然とした表情で、口をあけてぽかんとしていた。
律「ムギ、今のは…?」
紬「威嚇よ」
体勢を元に戻し、一仕事やりとげたいい顔でそう答えた。
律「い、威嚇…」
澪「マンボウって威嚇するのか…?」
唯「っていうか、攻撃してたよね?」
律「ああ、こう、腕が敵にめり込んでたっていうかさ…」
律「マンボウの面影がまったく残ってない攻撃方法だったよな」
梓「絶対あのマンボウは生態系の頂点にいると思います」
次々にダメ出しされていく。
紬「…ダメ、だったかな…」
顔を伏せ、しょぼくれる琴吹。
春原「さ、最高だったよ、ムギちゃんっ!」
春原の苦し紛れの賛辞が飛ぶ。
310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:09:49.78 ID:jpDSDOMkO
律「あ、ああ、言うほど悪くなかったぞ、ムギっ」
澪「う、うん、再現度高かったぞっ」
唯「だよね、一瞬マンボウが陸で二足歩行してるのかと思っちゃったよっ」
梓「す、すごくハイレベルな芸でしたよ。二発目以降も十分ウケると思いますですっ」
それに続き、部員たちのフォローが入る。
紬「…よかったぁ♪」
その甲斐あってか、もとの明るい表情を取り戻していた。
紬「じゃあ、アンコールにこたえて、もう一回…」
律「い、いや、もういいよっ」
律「…っていうか、アンコールしてないし…」
小声で言う。
澪「そんなに連続してやったら、ムギの体がもたないだろ?」
澪「休憩したほうがいいぞ、うん」
紬「そう…?」
唯「アンコールには、りっちゃんが代わりにこたえてくれるんだって」
311 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:10:19.51 ID:+UZ/pLeq0
律「私かいっ」
唯「がんばって、りっちゃん」
澪「がんばれ、おまえの腕の見せ所だぞ」
律「あたしゃ芸人かい…」
律「でも、急に言われてもなぁ…ネタが…」
梓「ムギ先輩に倣って、マネシリーズでいいんじゃないですか」
律「マネか…う~ん、それもそうだな。じゃあ、なにがいいかな…」
312 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:11:42.45 ID:jpDSDOMkO
律「ウケるには、滑稽な生き物がいいだろうから…」
律「む…そこから導き出される答えはただ一つ…春原、ってことになるな」
春原「あんだと、てめぇっ」
朋也「それはやめといた方がいい。難易度が高すぎる」
春原「そうだよ、こいつに僕のマネなんかできるわけないからね」
春原「滑る前に、無難なのにしといたほうがいいぜ、ベイベ?」
朋也「春原を再現しようと思ったら、白目向いて、痙攣しながら泡吹かなきゃいけないからな」
春原「って、なんでだれかにヤられた後なんだよっ!」
律「わははは!」
―――――――――――――――――――――
朋也「軽音部? うんたん?」2-4
4/29 木 祝日
4月の祝日。
週末からはゴールデンウィークに突入するので、今日はその前座といった感じだ。
俺のような、何も予定がない暇人は、ただ怠惰に過ごして終わるだけなのだが。
今だって、町の中を意味もなくぶらついたりなんかしているわけで…
強いて言うなら、朝食の後の散歩といったところだ。
気が済めば、いつものように春原の部屋に向かうつもりなのだが。
朋也(ん…?)
歩いていると、ひとりの女の子を見つけた。
梓「………」
中野だった。
身をかがめ、停めてある車の下を覗き込んでいた。
その姿に、通行人がじろじろと目をくれていく。
それもそうだろう。スカートがはだけて少し下着が見えてしまっているんだから。
朋也(はぁ…ったく…)
顔を合わせる前に、無視して過ぎ去ろうと思ったのだが…
一応、忠告しておくことにした。
朋也「おい、中野」
声をかける。
梓「え…」
219 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:52:52.52 ID:+UZ/pLeq0
振り返る。
梓「ああ…」
なんだ、こいつか…とでも言いたげな顔。
梓「はぁ…」
大きくため息をつき、また頭を下げて、車の下を覗き込む。
…せめて、なにか言え。
朋也「おい、見えてるぞ…おまえのパンツ」
梓「っ!」
ばっと身を起こし、手でスカートを抑えながら俺に向き直る。
頬を赤く染め、目を潤ませていた。
梓「へ、変態っ!」
朋也「いや、おまえ自ら見せてたんだろ。そんなに自信あったのか、下着に」
梓「ち、違いますよっ! 私はただ…」
車を見る。
朋也「車上荒らしか? やめとけよ、ここは人の目が多い」
梓「それも違いますっ!」
220 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:54:05.42 ID:jpDSDOMkO
梓「この下に猫がいるから、危ないと思って、助けようとしてたんですっ!」
朋也「猫?」
俺もしゃがんで覗き込んでみる。
朋也(あ…ほんとだ)
身を丸め、じっとしたまま動かない猫が一匹いた。
朋也「あの猫、あそこからどかせればいいんだな?」
低姿勢のまま言う。
梓「え?」
朋也「ちょっと待っとけ」
俺は匍匐前進で車の下に入り込んでいった。
朋也(ん、動かないな、あいつ…)
近づけば逃げていくかと思ったのだが…
朋也(よ…)
ひょい、と掴めてしまった。
そのまま這い出る。
朋也「ほら、いけ」
221 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:54:32.46 ID:+UZ/pLeq0
そっと手を離す。
だが、それでも動かない。
座り込んで、前足を舐めていた。
梓「あ…この子、怪我してる…」
見れば、舐めている箇所の毛が抜けていて、そこから血が滲みだしていた。
梓「ど…どうしよう…助けてあげなきゃ…」
おろおろと狼狽する中野。
朋也「動物病院、行ってみるか」
梓「あ…は、はいっ…」
朋也「よし」
中野の返事を聞き、俺は猫を抱えた。
そして気づく。病院の場所なんて、まったく心当たりがないことに。
朋也「あのさ…この辺って、動物病院、あったっけ」
梓「ちょっと待ってください…」
携帯を取り出し、なにか操作していた。
梓「あ、ありました。こっちですっ」
液晶画面を見ながら言う。
223 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:56:34.92 ID:+UZ/pLeq0
そして、先導するように小走りで道を進んでいった。
俺もその後についていく。
―――――――――――――――――――――
行き着いた先には、こじんまりとした、寂れた建物があった。
看板には、しっかりと、動物病院と記されていたのだが…
ペンキが落ちたのか、文字がただれていて、ホラーチックだった。
ここで本当に大丈夫かと、内心、心配だったのだが、それも杞憂に終わった。
診察と治療は至極まともだったのだ。
担当の獣医は、好々爺然とした風貌で、事情を話すと、おもしろそうに笑っていた。
なにが気に入られたのか知らないが、診察代も、治療代も格安にしてくれていた。
―――――――――――――――――――――
梓「…かわいそうです」
今は中野が猫を抱いていた。
通りに据えられたベンチに腰掛け、膝の上でくつろぐその猫を撫でている。
朋也「まぁ…野良だろうからな。首輪もしてないし」
獣医が言うには、どうも、傷は、人の手によってつけられた可能性が高いということだった。
梓「じゃあ…飼い猫だったら、こんな目に合わないって言うんですか」
朋也「まぁ、少なくとも、野良よりはマシなんじゃないのか」
朋也「そもそも、野良なんて、保健所に収容されれば、それだけでアウトだからな」
224 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:57:56.20 ID:jpDSDOMkO
朋也「それに、餌の確保ができなけりゃ、餓死するし…他にも、危険なんてたくさんある」
梓「…そう…ですよね、やっぱり」
梓「………」
しばらくの間視線を落として黙っていると、猫を抱きかかえ、無言で立ち上がった。
どこか思いつめたような顔をしている。
朋也「どうしたんだよ」
梓「私、この子を飼ってくれる人を探します」
朋也「どうやって」
梓「それは…道行く人に、声をかけて、とか…」
朋也「そら、大変だな」
梓「それでも、やるんですっ」
声を張って答えていた。
朋也(はぁ…俺、こういうのに弱いのかな…)
なぜか放っておけない。
朋也「俺も手伝うよ。おまえがよければだけど」
梓「ほんとですか? ちょっと、不本意ですけど…」
225 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:58:30.40 ID:+UZ/pLeq0
梓「この際、なんでもいいです。よろしくお願いしますっ」
朋也「ああ」
梓「それじゃ、人通りの多いところに…」
朋也「いや…そうだな、まず、軽音部の連中に当たってみろよ」
朋也「知り合いだから訊きやすいだろ? それに、もしOKならそこで終わりだ」
梓「あ、そうですね、すっかり忘れてました」
携帯を取り出す。
そして、猫の写真を撮ると、また画面と向き合っていた。
多分、今の画像を添えてメールでも送っているんだろう。
俺は黙って結果を待つことにする。
―――――――――――――――――――――
梓「あ、きた」
中野の携帯から着信音が鳴り響く。
慌てたように開いて、返信を確認する。
梓「…ムギ先輩もダメでした」
朋也「そうか…」
他の部員からも、断りの返事が届いていた。
家庭の事情や、経済的負担などが理由だった。
226 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 00:59:56.28 ID:jpDSDOMkO
琴吹なら、猫の一匹くらい、なんでもないだろうと期待していたのだが…
その想いも、打ち砕かれてしまった。
朋也「で、琴吹はなんだって?」
梓「なんか…ポチに捕食されるかもしれないから、責任が持てない…らしいです」
朋也「……捕食?」
梓「……はい」
朋也「………」
梓「………」
朋也「…なにを飼ってるんだろうな、琴吹は」
梓「…多分、知らないほうがいいです」
だろうな…。
―――――――――――――――――――――
朋也「あ、すいません、ちょっとい…」
朋也「あ…くそっ」
人の往来が激しい大通りで飼い主探しを始めたのだが…
何かのキャッチと思われているのか、見向きもされなかった。
227 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:00:22.70 ID:+UZ/pLeq0
朋也「俺じゃだめだ。次、おまえいってくれ」
梓「わかりました」
梓「…不甲斐ない人」
朋也「聞えたからな…」
―――――――――――――――――――――
朋也(あいつはなんか、上手くやりそうだよな…)
中野から預かった猫とじゃれあいながら、思う。
梓「あの、すみません」
男「ん?」
一発目から捕まえることに成功していた。
梓「えっと、私、今…」
男「3万…いや、君なら4万出すよ」
梓「へ? どういう…」
男「この近くに、いいとこあるからさ、今からいく?」
これは、まさか…
228 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:01:39.55 ID:jpDSDOMkO
梓「え…いいとこ…ですか?」
朋也「おい、おっさん、なにやってんだよ」
猫を抱いたまま、睨みを利かせて近づいていく。
プリチーな生き物を伴って絡んでくる仏頂面の男…さぞ不気味なことだろう。
男「ひぃっ、い、いや、私はまだなにも…」
朋也「まだ?」
男「い、いや…はは、なんでも」
背を向けて、足早に去っていった。
梓「なんで邪魔するんですか!」
朋也「おまえ…わかんなかったのか、今の」
梓「岡崎先輩の行動の方がわかりませんよ!」
朋也「いや…だから…」
梓「足を引っ張るなら帰ってください!」
本当に、ただ俺が妨害しただけだと思っているようだ。
誤解を解いておいたほうが、今後の信頼関係のためにもいいんだろうが…
詳しく説明するのも、なんだか気が引けた。
朋也「…ああ、悪かったよ。もう邪魔しない」
229 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:02:05.24 ID:+UZ/pLeq0
だから、俺に非があったと、黙って認めておくことにした。
梓「勘弁してくださいよ、ほんとにもう…」
朋也「でも、ああいうおっさんは避けろよ、一応」
梓「おっさん差別ですか? 最低ですね、自分の近い将来の姿なのに」
朋也「まだ遠いっての…」
今年で18だ、俺は。
―――――――――――――――――――――
梓「そうですか…話を聞いてくれて、ありがとうございました」
女性「いえ…」
朋也(だめだったか…)
今ので4人目だった。
梓「はぁ…」
中野も落胆を隠しきれないようだった。
男1「ねぇ、君さ、さっきから声かけてるよね」
男2「逆ナン?」
230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:03:21.13 ID:jpDSDOMkO
梓「え? いえ…違います…」
ちゃらちゃらとした男の二人組に絡まれていた。
男1「じゃ、俺らが君ナンパしていい?」
男2「かわいいよね、君。遊びいこうよ」
梓「あの…それは、ちょっと…」
男1「いいじゃん、いこうよ」
男2「そこのカフェでなんか食べようよ。おごりだよ?」
梓「う…あう…」
困惑した表情で、すがるように目を向けてくる。
SOS信号だろう。
朋也(いくか…)
立ち上がる。
朋也「こらぁ、なんだ、おまえらは」
男1「はぁ?」
男2「なにおまえ」
朋也「みりゃわかるだろうが。猫を持ったキレ気味な人だ」
232 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:04:01.40 ID:+UZ/pLeq0
猫「にゃあ」
男1「意味が…」
男2「君、もういこうよ。変なの来たし」
中野の手を取ろうと、腕を伸ばす。
俺はその腕を掴んで止めていた。
朋也「やめとけ。こいつは俺が先に目をつけてたんだよ」
少しキャラを作ってみた。設定は、鬼畜王だ。
朋也「失せろ、カスども」
猫「にゃあ」
男2「…っ離せよっ」
ばっと俺の手を振り払う。
そして、その瞬間から睨み合いが始まった。
朋也「………」
男1「………」
男2「………」
猫「にゃあ」
235 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:05:25.70 ID:jpDSDOMkO
男1「…ちっ」
男2「ばぁか」
間の抜けた猫の鳴き声を以って、ガンつけ勝負は終わった。
ふたりの男は捨て台詞を吐くと、雑踏の中へと消えていった。
朋也(ふぅ…)
朋也「おい、中野…」
朋也「あん?」
振り返ると、俺から距離を取って身構えていた。
梓「…このけだもの。ずっと私を狙ってたんですねっ」
朋也「おまえが信じるなっ! ありゃ方便だっ」
梓「………」
疑惑に満ちた目を向けてくる。
朋也(どこまで信用ないんだ、俺は…)
もともとなかったところを、先の一件でさらに信用を失ってしまったのか…。
なら、捨て身でこちらから歩み寄っていくしかない。
まずは安心感を与えて、警戒を解かなくては…。
朋也(はぁ…ちくしょう)
236 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:05:53.64 ID:+UZ/pLeq0
朋也「こほん…あー…」
朋也「ほら、おいで梓ちゃん、怖くないよ~」
ぎこちない笑顔で、猫なで声を出す。
梓「…キモ」
…ものすごく冷めた顔で暴言を返されていた。
朋也(ま、そりゃそうか…)
わかってはいたが、実際言われると、ショックと恥ずかしさが同時に襲ってきた。
梓「冗談です。助けてくれて、ありがとうございました」
朋也「ああ、別に…」
恥をかく前に言って欲しかったが。
梓「キモかったのは本当ですけど」
朋也「あ、そ…」
徒労に終わった上に、追い討ちまでかけられていた。
朋也「まぁ、いいけど、何か対策考えないとな」
朋也「おまえ、見た目可愛いから、変な奴よってくるし」
237 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:07:02.35 ID:jpDSDOMkO
梓「な、か、可愛いって…お、おだててどうするつもりですかっ!」
梓「気をよくしたところを、一気につけこんでくるつもりですかっ!」
梓「このけだものっ!」
朋也「想像が飛躍しすぎだ。思ったことを言ったまでだよ」
梓「な、なな…わ、私は騙されませんからっ」
朋也「だから、そんな気はないっての」
朋也「それよか、もう昼だし、飯にしようぜ」
梓「う、うう…」
朋也「ほら、いくぞ」
俺が歩き出すと、後ろからうーうー言いながらもついてきた。
238 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:07:22.42 ID:+UZ/pLeq0
―――――――――――――――――――――
朋也「ほらよ」
コンビニで買ってきたパンとジュースを差し出す。
梓「ありがとうございます」
受け渡すと、俺も中野が座っているベンチに腰掛けた。
梓「よかったんですか? おごってもらっちゃって」
朋也「いいよ。いつか、おまえにおごってもらった事あっただろ」
朋也「これであいこだ」
梓「でも、あれはお詫びのつもりだったから…」
朋也「まぁ、細かいことは気にするなよ」
梓「はぁ…」
朋也「よし、おまえにもやろう」
俺は自分のパンをちぎって猫に与えた。
くんくんと匂った後、ぺろりと口にしていた。
その姿を見て思う。
朋也「こいつって、あの時おまえがねこじゃらしで遊んでた奴か?」
239 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:08:37.33 ID:jpDSDOMkO
梓「そうですよ。気づかなかったんですか?」
朋也「ああ、まぁな。今ようやく思い出したよ」
梓「こんな可愛い子、普通は一度みたら忘れないのに」
言って、中野も自分のパンをちぎって猫の前にそっと据えた。
すると、それも遠慮なく食べ始めていた。
梓「かわいいなぁ…」
その様子を温かい目で見守る中野。
朋也「おまえ、猫好きなのか」
梓「はい、大好きですっ!」
朋也「そっか。なんか、らしいよな。おまえ、猫っぽいし」
梓「あ、ありがとうございます…」
こいつにとっては称賛と同義だったようだ。
素直に礼なんか返してきた。
朋也「でもさ、それなら、おまえの家で飼ってやれないのか」
梓「それができたら、最初から飼い主探しなんてしてませんよ」
朋也「それもそうだな」
240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:09:01.54 ID:+UZ/pLeq0
梓「岡崎先輩こそ…いや、いいです、やっぱり」
俺に飼えるかどうか打診するつもりだったんだろう。
だが、回答はどうあれ、俺に飼われるのは嫌だったようだ。
だから、途中で切ったんだろう。
まぁ、うちで飼えるわけじゃないので、別によかったが。
朋也「飯、食い終わったら、また頑張って探さなきゃな」
梓「そうですね。頑張りましょうっ」
―――――――――――――――――――――
梓「あの…ほんとにこれ、効果あるんでしょうか」
朋也「ああ、ばっちりだ」
中野が手に持つのは、可愛らしく装飾されたプラカード。
頭には、ネコミミカチューシャをつけていた。
その2つのアイテムは、憂ちゃんと行った、あのファンシーショップで調達してきていた。
朋也「今までは、こっちから攻めていってたけど、それは間違いだった」
朋也「興味のない人にまで当たっちまうから、効率が悪かったんだ」
朋也「だから、今度は待ちに入るんだ」
梓「いえ…そうじゃなくて、なんでネコミミなんですか…」
梓「このプラカードは、わかりますけど…」
241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:10:19.94 ID:jpDSDOMkO
そのプラカードには『この猫、飼ってください!』と書いてある。
宣伝のつもりだった。
朋也「そっちの方がわかりやすいじゃん」
梓「いえ、これつけなくても、プラカードだけで事足りると思いますけど…」
朋也「より目立ったほうが、目を引きやすいだろ」
朋也「おまえ、似合ってるしさ、大抵の男は振り向くと思うぞ」
梓「そ、そんな…」
朋也「こいつのためだ。頑張れよ」
ダンボールを抱えてみせる。
その中には、猫が入っていた。
やはり、拾ってください、なんて言うなら、このスタイルしかないだろう。
梓「うう…わかりました」
ダンボールを手に持ち、街頭に立つ。
そして、足元に置くと、プラカードを掲げた。
やはり、道行く人は皆一瞥をくれていく。
こっちをみて、ひそひそと話しこんでいる者たちも見受けられた。
ナンパの算段でも立てているんだろうか。
それでも、隣に俺も立っているから、簡単には近づいてこないだろう。
これが、俺の考えた対策だった。抑止力というやつだ。
単純なことだが、効果は高いと思う。
今も、中野を遠巻きに眺めていた男たちが、諦めたように散会していくのが見えた。
243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:10:47.22 ID:+UZ/pLeq0
やはり、これで合っていたようだ。
―――――――――――――――――――――
5分くらい経った頃だろうか。
一人の男がこちらに近寄ってきていた。
男「あの…ふぅ、ふぅ…」
興奮しているのか知らないが、息が荒い。
男「か、飼うって、い、いいの…?」
梓「え…はいっ、もちろんですっ!」
男「はぁ…はぁ…き、君、家出少女なんだ…?」
梓「え、あ…はい?」
男「ふっひ…う、うちのアパート…いこう…」
男「君みたいな可愛い子なら…悦んで飼ってあげるよ…」
梓「い、いえ、私じゃなくてっ! この子ですっ」
ダンボールから猫を抱き起こした。
猫「にゃあ」
男「え…なんだ…でも、君も猫だし…」
244 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:12:20.43 ID:jpDSDOMkO
言って、ネコミミに目をやる。
男「君もついてくるなら、一緒に飼ってあげるよ…ふっひ…」
梓「ひぃっ…え、遠慮しておきます…」
男「はぁ、はぁ…じゃあ、いいや…」
のそのそと立ち去っていった。
梓「…岡崎先輩のせいですよ」
朋也「いや、でも、世間にはああいう奴もいるってわかってよかったじゃん」
梓「上から目線で言わないでくださいっ!」
梓「次は岡崎先輩がやってくださいよっ!」
俺にプラカードを押し付けてくる。
朋也「ああ、いいけど」
受け取る。
梓「ちゃんとこのネコミミもつけてくださいよ」
朋也「やだよ、なんで俺が」
梓「私にはつけさせたじゃないですかっ!」
245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:12:47.46 ID:+UZ/pLeq0
朋也「だからってなぁ、俺だぞ?」
梓「いいから、つべこべいわずにつけてくださいっ!」
朋也「わかったよ…」
仕方なく、装備した。
…周囲の視線が痛い。
梓「…ぷっ」
朋也「せめておまえだけは笑わんでくれ…」
―――――――――――――――――――――
朋也(お…)
一人の女性がこちらに近づいてくる。
男の情欲を煽るような服を綺麗に着こなして、妖艶な雰囲気を纏っていた。
年の頃は、二十代後半といったところか。
朋也(って、なに分析してんだ、俺は…)
女性「ボウヤ…飼って欲しいの?」
朋也「あ、いえ…俺じゃなくて、こっちの猫っす」
ダンボールを指さす。
女性「そうなの?」
247 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:14:02.70 ID:jpDSDOMkO
朋也「はい。だめっすか」
女性「私、動物嫌いなの」
女性「でも…」
俺の頬に手を添えた。
どきっとする。
女性「あなたみたいな動物なら、死ぬほど可愛がってあげるわ」
朋也「はは…」
なんと答えていいのやら…。
女性「これ、名刺。渡しとくわ」
手を取られ、少し強引に握らされた。
そこには、夜の店の名前と、この人の源氏名らしきものが書かれていた。
裏も見てみる。電話番号が手書きされていた。
朋也「俺、未成年なんですけど…」
女性「見ればわかるわよ」
朋也「そっすか…」
女性「お店に来いって言ってるんじゃないわ」
女性「私にいつでも連絡入れなさいって言ってるの」
248 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:14:23.10 ID:+UZ/pLeq0
朋也「はぁ…」
女性「それじゃね」
色気を漂わせながら去っていく。
梓「…ヒモ野郎。最低です。死ね死ね」
朋也「悪口のタガが外れてるからな、おまえ…」
梓「こんな時まで女をたぶらかすなんて、信じられないです」
朋也「俺は何もしてないだろ…」
朋也「…あぁ、とにかく、もうネコミミはやめだ。これは危険すぎる」
梓「最初からいらないって言ってたのに…このヒモ男は…」
ぶつぶつと小言をぶつけられていた。
止む気配はない。
しばらくはこの状態が続きそうだった。
朋也(はぁ…)
―――――――――――――――――――――
一度休憩を取るため、適当な石段に腰掛けた。
朋也「なかなか見つからねぇな」
252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:19:13.14 ID:jpDSDOMkO
梓「そうですね…」
梓「やっぱり、岡崎先輩が女たらしのクセに唯先輩に手を出すから、皆怒ってるんですよ」
朋也「それはおまえの心の内だ」
朋也「つーか、俺はあいつに手なんか出してないからな」
梓「嘘つき。いつもベタベタしてくるせに」
朋也「どこがだよ。普通の距離感だろ」
梓「朝だって一緒に登校してるじゃないですか」
梓「それに、唯先輩、部室でも岡崎先輩の隣に座りたがるし…」
朋也「それは俺からじゃなくて、あいつの方からきてないか」
梓「あーっ! 今、自分がモテ男だってさりげなく言いましたね!?」
梓「やらしいですっ! すべてにおいてあらゆる意味でやらしいですっ!」
梓「やらしいですっ! やらしいですっ!」
朋也「悔しいですみたく言うな」
朋也「前に言ってたけど、あいつは俺のことなんとも思ってないらしいぞ」
梓「ほんとですか? でも、どういう会話の流れでその発言が出たんですか?」
253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:19:56.02 ID:+UZ/pLeq0
朋也「いや、冗談のつもりで、俺に気があるのかって訊いてみたんだよ」
朋也「そしたら、そんなんじゃないってさ」
梓「…なるほど」
梓「まぁ、唯先輩は、わりとすぐ人と仲良くなりますからね…」
梓「ってことは、岡崎先輩にじゃれついてるのは、遊びだったってことですね」
梓「あはは、唯先輩にとっては、岡崎先輩なんて、遊びだったってことですよ」
梓「あははは」
朋也「はは…」
俺もなぜか乾いた笑いで同調してしまっていた。
梓「じゃあ、岡崎先輩も、唯先輩のことは、なんとも思ってないわけですね」
朋也「ん、ああ…」
梓「…なんで言いよどむんですか?」
朋也「いや…」
がたっ
朋也(ん?)
254 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:21:11.09 ID:jpDSDOMkO
音のした方に振り向く。
ダンボールが倒れ、猫が飛び出していた。
空に飛び立っていく鳥を追っている。
その先には、激しく車の行き交う道路があった。
俺は考える前に駆け出していた。
朋也(うらっ…)
飛び込み、猫をキャッチする。
間一髪間に合った。
猫は、俺の胸の中できょとんとしている。
朋也「いっつ…」
背中に痛みが走る。
モロにコンクリでぶつけたからだ。
腕も擦ってしまい、血が流れてくる感触が肌に伝わってきた。
梓「大丈夫ですかっ!?」
中野が駆け寄ってくる。
朋也「ああ、無事だよ」
上体を起こし、猫を両手で掲げてみせる。
梓「そうじゃなくて、岡崎先輩がですよっ」
朋也「ああ、俺は…っつ…」
255 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:21:42.81 ID:+UZ/pLeq0
梓「痛みますか? どこです?」
朋也「いや、大丈夫」
梓「ちょっと腕見せてください」
言って、俺の袖をまくった。
梓「血が出てるじゃないですか…」
朋也「ほっときゃ止まるよ」
梓「そんなこと言って、バイ菌が入ったら大変ですよっ」
梓「ここでじっとしててください。私、ちょっと行ってきます」
そう言い残し、人ごみを縫ってすぐ近くの雑貨店に入っていった。
―――――――――――――――――――――
梓「はい、これでいいです」
朋也「サンキュ」
中野は、水で傷口を丁寧に洗い流し、その上から透明なシートを貼ってくれていた。
梓「患部を水で濡らした後、このシートを貼っておくんですよ」
パック入りになったそれを渡してくる。
256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:22:54.02 ID:jpDSDOMkO
朋也「ああ、わかったよ。で、いくらだったんだ? これと水合わせて」
受け取って、そう訊いた。
梓「お金なんていいですよ。この子、助けようとしてくれたんでしょ」
膝の上に乗り、安心して丸まっている猫の顎を撫でる。
梓「ほんと、馬鹿ですね。あんなことしなくても、道路になんか飛び出しませんよ」
朋也「そうだったかな」
梓「そうですよ」
朋也「ちょっと神経質すぎだったな」
朋也「動物の挙動なんて、予測できないからさ、嫌な予感がして、先走っちまった」
梓「岡崎先輩の行動の方がよっぽど予測できません」
朋也「そっか」
梓「はい、そうです」
朋也「………」
梓「………」
会話が途切れる。
257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:23:14.62 ID:+UZ/pLeq0
俺はなんとなくネコミミを手にとってみた。
梓「って、なんで猫にネコミミをつけるんですか…意味ないですよ…」
朋也「これで、二倍猫になるだろ」
梓「もう…なんなんですか、それ。意味がわかりませんよ」
梓「ほんと、馬鹿なんだから」
柔和に微笑む。
初めて俺に向けられた曇りのない笑顔。
いつもこんな風に笑っていてくれれば、こいつも無害な普通の女の子なのだが。
声「あら、岡崎じゃない」
朋也「ん…」
声がして、顔を向ける。
そこには一人の女性が立っていた。
女性「奇遇ね。こんなとこで、なにやってんの」
朋也「美佐枝さん…」
この女性、学生寮の寮母をやっている人だった。
名は相楽美佐枝。
寮生でない俺も、あれだけ通い詰めていれば、嫌でも顔見知りになる。
美佐枝「ところで…そっちの子は?」
258 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:24:33.41 ID:jpDSDOMkO
中野を見て言う。
朋也「ああ…まぁ、後輩だよ」
梓「あ、初めまして。中野梓といいます」
美佐枝「これは、ご丁寧にどうも。私は、相楽美佐枝。学生寮の寮母をやってるの」
梓「寮母さんなんですか…すごくお若いのに…」
美佐枝「あら? そうみえる? ありがと」
美佐枝「にしても…」
美佐枝「岡崎、あんたも隅に置けないわねぇ。こんな可愛い子とデートなんてさ」
梓「な、ち、違いますっ」
中野が勢いよく否定する。
美佐枝「ありゃ、彼女じゃなかったの?」
朋也「こいつとはそんなんじゃねぇよ」
梓「そ、そうですよっ」
美佐枝「ふぅん、なかなか似合って見えたのにねぇ」
梓「そ、そんなことないですっ! 私たち、犬猿の仲なんですっ」
259 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:24:53.87 ID:+UZ/pLeq0
梓「こ、こんな人となんて…そんな…」
美佐枝「あんた、嫌われてるの?」
朋也「少なくとも、好かれちゃいないかな」
美佐枝「あ、そなの」
朋也「ああ」
猫「にゃあ」
中野の膝の上、猫が鳴いてた。
美佐枝「あら…可愛い猫だこと。触ってもいい?」
梓「あ、もちろんです」
美佐枝「ありがと。それじゃ…」
くすぐるように顎を撫でた。
ごろごろと気持ちよさそうに唸る。
美佐枝「あんたの猫なの?」
梓「いえ…野良なんです」
美佐枝「へぇ、それにしては毛並みが綺麗よね」
梓「ですよね。可愛いです」
260 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:26:18.66 ID:jpDSDOMkO
美佐枝さんが撫でると、猫もうれしいのか、尻尾をピンと立てていた。
ここまで気を許させてしまうのは、この人の持つ、包み込むような母性のためだろうか。
動物にもそれが直感的にわるから、安心して身をゆだねることができるのかもしれない。
どうせ飼われるなら、こんな人がいいと思う。
面倒見のいいこの人のことだ、きっと大事にしてくれるに違いない。
だが、寮で飼うなんてことが許されるのだろうか…
そこだけが唯一気にかかる。
朋也(ダメもとで訊いてみるか…)
朋也「美佐枝さん。そいつ、飼ってやれないか」
美佐枝「え? あたしが?」
朋也「ああ。俺たち、ずっと飼ってくれる奴探してたんだけど…」
俺はこれまでのいきさつを美佐枝さんに話した。
美佐枝「はぁ…その猫の怪我、そういうことだったんだ」
朋也「ああ。だから、頼むよ。美佐枝さんなら、安心して任せられるし」
梓「私からも、お願いします」
美佐枝「う~ん…でもねぇ…」
美佐枝「………」
顎に手を当て、しばしの間、思案に暮れる。
261 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:27:15.50 ID:+UZ/pLeq0
美佐枝「…猫、か。もう一匹増えたところで、変わりないか…」
何かつぶやいていたが、小さくて聞き取れなかった。
美佐枝「うん…わかった。一応、つれて帰ったげる」
梓「ほんとですかっ? ありがとうございますっ」
美佐枝「でも、正式に飼うわけじゃないわよ」
朋也「どういうこと?」
美佐枝「原則、寮でペットを飼うのは禁止されてるからねぇ」
美佐枝「おおっぴらには飼えないってことよ」
美佐枝「部屋を間借りさせてあげるのと、餌をあげることくらいしかできないけど…」
美佐枝「それでもいい?」
梓「十分ですよっ」
朋也「ああ、それだけしてくれりゃ、飼ってるのと変わりねぇよ」
美佐枝「そ。じゃあ、あたしはもう帰るとするかねぇ」
美佐枝「さ、おいで」
猫をその胸に抱く。
一片の抵抗もみせず、大人しく美佐枝さんの腕の中に収まっていた。
262 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:29:27.81 ID:jpDSDOMkO
朋也「ありがとな、美佐枝さん」
梓「ありがとうございますっ」
美佐枝「ん、いいわよ、別に」
美佐枝「それじゃね」
朋也「ああ」
梓「はいっ」
俺たちに背を向け、歩いていく。
梓「よかったぁ…」
よほど嬉しかったのか、肩の力を抜いて、安堵の表情を浮かべていた。
朋也「そうだな」
おもむろに、ぽむっと中野の頭に手を乗せる俺。
梓「な、なにするんですかっ」
が、すぐに振り払われた。
朋也「いや、いい位置にあったから」
梓「そ、そんな理由で触らないでくださいっ」
263 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:29:57.78 ID:+UZ/pLeq0
朋也「悪かったな。もうしねぇよ」
梓「………」
朋也「そんじゃ、俺も行くからさ。じゃあな」
言って、俺も美佐枝さんが行ったのと同じ方向に足を向けた。
これから春原の部屋に向かうつもりだった。
今からなら、途中で美佐枝さんに追いつくだろう。
別れの挨拶をした意味がないな…ぼんやりと思う。
梓「あ、あのっ」
朋也「なんだよ」
声をかけられ、振り返る。
梓「きょ、今日はありがとうございましたっ…協力してくれて…」
梓「その…岡崎先輩のおかげで、飼い主も見つかりましたし…」
梓「猫を助けようって、必死になってもくれましたし…」
梓「ちょっとだけ…見直しました」
朋也「そりゃ、どうも」
梓「それと…頭に手を乗せられたのも、ほんとは嫌じゃないっていうか…」
梓「むしろ…その…」
266 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:31:07.50 ID:jpDSDOMkO
もじもじとしているだけで、その先は出てこなかった。
朋也「じゃあさ、これからは仲良くしてくれよな、あずにゃん」
梓「な、あ、あずにゃんって呼ばないでくださいっ」
梓「この調子乗りっ! うわぁぁんっ」
顔を真っ赤にして、どぴゅーっとものすごい勢いで逃げていった。
朋也(変な奴…)
だが、少しだけあいつとの関係が改善された…ような気がした。
―――――――――――――――――――――
267 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:31:30.34 ID:+UZ/pLeq0
4/30 金
唯「あ~…だるぅい~」
憂「お姉ちゃん、たった一日で休みボケしすぎだよ」
唯「だってぇ…もうゴールデンウィーク入ったって錯覚しちゃったんだもん…」
憂「あしたいけば、本物の連休がくるから、がんばろ?」
唯「う~…えいっ」
憂ちゃんに腕を回し、全体重を預ける平沢。
憂「な、なに? 重いよぉ、お姉ちゃん…」
唯「このまま進んで、学校まで運んでよぉ~」
憂「うぅ…わかったよ…私頑張るね…」
憂「よいしょ…よいしょ…」
懸命にずるずる引きずっていく。
唯「遅いよぉ~スピード上げてよぉ~」
憂「う、うん、わかったよ…よい…しょ…」
憂「あ…もうだめ…」
269 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:32:50.06 ID:jpDSDOMkO
ぺたり、とその場にへたりこんでしまう。
朋也「自分で歩けよ、平沢」
朋也「ほら、憂ちゃん」
手を差し伸べる。
憂「あ、ありがとうございます」
その手を取って立ち上がる憂ちゃん。
平沢は崩れ落ちたまま微動だにしなかった。
唯「はひぃ…」
朋也「置いてくぞ」
唯「ああ…まってぇ」
のろのろ立ち上がり、追ってくる。
唯「岡崎くん、しがみついていい?」
朋也「だめ」
唯「けちぃ…」
―――――――――――――――――――――
270 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:33:09.99 ID:+UZ/pLeq0
下駄箱まで足を運んでくる。
朋也「おい、平沢…そろそろ離せ」
唯「え~、教室まで連れてってくれてもいいじゃん…」
結局、坂を上ったあたりから、平沢を引きずってくることになってしまっていた。
あまりにもしつこかったので、俺のほうが折れてしまったのだ。
朋也「ここまででいいだろ。さっさと靴履き替えろ」
唯「ぶぅ…」
声「…おはようございます」
…この声。
振り向く。
梓「………」
中野が引きつった笑顔をぴくぴくとひくつかせ、音もなく背後に立っていた。
…おまえは忍者の末裔か。
唯「あ、あずにゃん、おはよぉ」
朋也「…よぅ」
梓「………」
眉間に寄った皺は消えそうにない。
272 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:34:35.22 ID:jpDSDOMkO
また、いらぬ恨みを買ってしまったんだろうか…。
梓「…また、放課後に」
唯「うん、部活でね」
梓「それじゃ、失礼します」
言って、軽く会釈。
最後に俺をちらっと見て…
梓「…馬鹿」
ムッとした顔を向け、そう口が動いた気がした。
それも、一瞬のことだったので、定かではなかったが。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
唯「あぁ…刻(とき)が見える…」
平沢は未だにローテンションを引きずっていた。
唯「はぁ…むしろ生きる意味がわからない…」
273 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:35:00.28 ID:+UZ/pLeq0
澪「どんどんひどくなっていってるな…」
和「唯、口からぼろぼろこぼれ落ちてるから、咀嚼する時だけは気合入れなさい」
唯「ああぅ…わかた…多分」
春原「はは、情けねぇなぁ。もっとピシッとしろよ」
律「おまえは今日も重役出勤だったくせに、えらぶんな」
春原「うるせぇっ! 元気があればなんでも出来るんだよっ!!」
律「うわっ、ばかっ、口の中に食べ物含んだまま叫ぶなよっ!」
律「内容物が飛び散ってんだろうがっ! 私に当たったらどうすんだよっ!」
春原「避ければいいじゃん」
律「おまえが飛ばさなきゃいいの!」
律「ったく…」
朋也「あ、部長、右肩んところ…」
律「ん?」
律「うひぃ、ちょっと被弾しちゃってるし…最悪…」
汚らしそうに、ばっばっと振り払っていた。
274 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:36:10.24 ID:jpDSDOMkO
澪「唯、今日が山場だ。明日は4時間だし、ここさえ乗り切ってしまえば、あとは楽だぞ」
春原「そうそう、土曜なんて、あってないようなもんだしね」
律「そりゃ、おまえが大抵昼からしかこないからだろ」
唯「う~ん、わかっちゃいるけど、体がついてこないよぉ…」
紬「唯ちゃん、よかったら、これ食べて、元気出して?」
琴吹が弁当箱から高級そうなだんごを覗かせた。
唯「え? いいの?」
紬「うん、もちろん」
唯「やったぁ、それじゃ…あ~ん」
餌を待つヒナ鳥のように口を開けた。
紬「はい、あ~ん」
箸で平沢の口まで運ぶ琴吹。
澪「そこまでめんどくさがるのに、ちゃっかりもらうんだな…」
唯「むぐむぐ…おいひぃ~」
紬「ほんと? よかったぁ」
275 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:36:37.73 ID:+UZ/pLeq0
律「しょうがねぇなぁ、私からもやるよ…このキンピラゴボウ」
春原「おまえ、またんなもん食ってんの」
律「うるせぇなぁ、りっちゃんキンピラは最高にうまいんだぞ」
唯「う~ん…一応もらっておこうかな…あ~ん」
また口を開けて待つ。
律「一応とはなんだ、一応とは」
言いながら、箸でひとかたまり摘んで、口に運ぶ。
唯「むぐむぐ…ぺっぺっ」
律「あーっ! てめぇ、唯!」
春原「ははは、だせぇ」
律「こぉの野郎ぉーっ!」
平沢に横からヘッドロックをかける部長。
唯「ご、ごめぇん、冗談だよ、おいしいよぉ」
律「80回以上噛んでから飲み込め、こらっ!」
唯「2回で許してぇ」
276 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:37:54.29 ID:jpDSDOMkO
律「味が出る前に飲み込もうとしてるだろ、それっ!」
律「不味いって言いたいのかよぉ!」
ぎりぎりと締め付けていく。
唯「うわぁん、嘘、嘘だよ! 分子レベルまで噛み締めるから、許してぇ」
澪「まったく…もっと静かに食べられないのか」
唯「冷静なこと言ってないで、助けてよぉ、澪ちゃんっ」
紬「くすくす」
こうして、昼も騒がしく過ぎていった。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
唯「………」
梓「唯先輩、どうしたんですか?」
平沢は机に突っ伏して、一言も発していなかった。
277 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:38:24.26 ID:+UZ/pLeq0
律「なんか、連休前で、息切れしてるんだってさ」
梓「はぁ…」
紬「はい、唯ちゃん。ここ、置いておくね」
唯「ん…」
少し顔を上げる。
唯「ひゃっほうっ、今日はチーズケーキなんだねっ!」
ケーキを目の前にして、今まで伏せていた上体を勢いよく起こしていた。
澪「いきなり元気になったな…」
律「現金な奴…」
―――――――――――――――――――――
春原「おい、部長。ちょっとラジカセ貸してくんない?」
律「あん? どうすんだよ」
春原「これをかけようと思ってね」
ポケットからカセットテープを取り出す。
春原「ボンバヘッ聴きながら、ムギちゃんの用意してくれたお茶を飲む…」
279 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:39:53.66 ID:jpDSDOMkO
春原「これ以上のくつろぎ方はこの世に存在しないね」
律「いや、いいけどさ…ボンバヘッってなによ?」
春原「かぁ、知らねぇのかよ、あの有名なHIPHOPの最高峰を」
春原「おまえ、それでも軽音部部長かよ」
律「いや、聞いた事ないからさ…みんな知ってるか?」
唯「知らなぁい」
澪「私も…」
紬「私も、ちょっと…」
梓「私も聞いたことないです」
春原「ええ、マジ? じゃ、この機会に知っておいたほうがいいよ」
春原「部長、ラジカセまだかよ」
律「物置にあるから、自分で取ってこい」
春原「ちっ、気の利かねぇ奴だな」
律「おまえのために動く道理なんかねぇよ」
春原は物置に入っていくと、ややあってラジカセを手に戻ってきた。
280 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:40:31.33 ID:+UZ/pLeq0
春原「んじゃ、かけるよ」
テープを入れ、再生ボタンを押す。
流れてきたのは、古臭い歌謡ヒップホップ。
朋也(ダッサ…こんなの聴かねぇだろ…)
春原「よくない? ボンバヘッ!」
律「ん、まぁ、なかなか…」
唯「ノリがいいよね」
澪「そうだな。普段、こういう曲はあんまり聞かないけど、いいかも」
紬「うん、なんか、親しみやすいなぁ」
梓「ちょっと古い感じしますけど…逆に新鮮でいいです」
春原「へへ、だろ?」
…意外と好評のようだった。
春原「おまえら、どんどんボンバヘッコピーして、いいバンドになれよ」
律「アホか。私たちの音楽性と違いすぎるわ」
梓「音楽性って…それも、プロみたいでちょっと大げさな気もしますけどね」
唯「でも、おもしろそうじゃない? ボンバヘッ時間とかやってみたらさ」
281 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:41:47.79 ID:jpDSDOMkO
律「んなアレンジするかよ…澪だって、歌詞思いつかないだろ、そんなんじゃ」
澪「う~ん…頑張ればできるかも…」
律「できるんかい…」
唯「どんな感じ? 澪ちゃん」
澪「うん…えっと…」
澪「キミをみてると、いつもハートBON☆BAHE…とか…」
静まり返る室内。
澪「………」
律「じゃ、練習しよっか」
唯「そだね」
梓「やってやるです」
紬「頑張りましょうね」
春原「岡崎、せんべいちょっとわけてよ」
朋也「いいけど」
澪「ちょっと待てぇっ!」
282 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:42:13.64 ID:+UZ/pLeq0
律「どうしたんだよ、澪。んな大声出しちゃって」
澪「なんでなかったことにされてるんだよっ!」
律「いや、だって、すげぇ微妙だったし…」
澪「仕方ないだろぉ! 即興だったんだからっ!」
律「にしてもなぁ…」
澪「うぅ…じゃあ、納得できるもの書いてきてやるっ」
澪「春原くん、後でテープダビングさせてっ!」
春原「あ、ああ、いいけど…」
律「澪ちゃ~ん、そこでまでしなくていいからなぁ~…」
―――――――――――――――――――――
練習が始まり、俺たちは暇になる。
今残っている茶を飲み干せば、退散を決め込むつもりだった。
春原「う~ん…まだか…」
春原がなにやらラジカセのアンテナをしきりに動かしていた。
朋也「なにやってんの、おまえ」
春原「みてわかんない? ラジオ聴こうとしてんだよ」
283 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:43:32.82 ID:jpDSDOMkO
朋也「いや、わかるけどさ、なんで琴吹に向けてんの」
ちょうど、胸のあたりに照準を合わせているような…
春原「どうせなら、ムギちゃんのおっぱいを通った電波受信したいじゃん」
朋也「あ、そ…」
こいつは絶対アホだ。
春原「うぉおおおっきたきたぁっ!」
じりじりとラジカセが音を立て始める。
内容は、情報番組のようだった。
春原「ちっ、なんだよ、つまんねぇチャンネルだなぁ」
春原「せっかくムギちゃん通してんだから、ムギちゃんのおっぱい情報を事細かに伝えろよなぁ」
朋也「琴吹の前に、どっかのおっさんを5、6回経由してきたようだな」
春原「マジで? それ、やべぇよ」
春原「くそぉ、知りてぇえええ! ムギちゃんのおっぱい秘話っ!!」
がんっ
春原「イテぇっ!」
ドラムスティックが春原の顔面に直撃していた。
284 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:44:04.31 ID:+UZ/pLeq0
律「変態発言はよそでやれ、アホっ!」
部長が投げ放った物のようだ。
春原「顔面狙うことないだろ、クソデコっ!」
律「黙れ、変態ヘタレ野郎っ!」
悪口の応酬が始まる。
平沢たちは部長を、俺は春原をなだめ、なんとか場を収めた。
律「ったくぅ…ムギもなんとか言ってやれよぉ」
律「こいつ、ムギにすげぇやらしいことしてたんだぜ?」
律「セクハラだよ、セクハラ」
春原「いや、そういうつもりじゃ…」
春原「ちょっとしたジョークだよ。ムギちゃんなら、わかってくれるよね?」
紬「えっと…もう少しで、立件できそうなの」
春原「前々から準備進めてたんすかっ!?」
律「わははは!」
―――――――――――――――――――――
結局、最後まで居座ってしまい、一緒に下校することになってしまっていた。
285 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:45:38.15 ID:jpDSDOMkO
春原が寮に戻り、俺ひとりが女集団の中に残されたので、やはり少し離れて歩いた。
目の前では、平沢たちが楽しげに会話をしている。
部長と平沢がボケて、秋山と中野がつっこみを入れ、琴吹が笑う。
役割が大体決まっているのだろうか。よく見かける構図だった。
澪「岡崎くん」
話がひと段落ついたのか、輪から抜けて、秋山が俺に近寄ってきた。
他の奴らは、次の話題に移っているようだった。
朋也「なんだ」
澪「今ね、みんなで星座占いやってたんだけど…」
言って、持っていた携帯に目を落とす。
澪「よかったら、岡崎くんもやってみない?」
朋也「俺?」
澪「うん。興味ないかな、やっぱり…」
少し寂しそうな顔。
確かに、別段興味はなかったが…
こんな顔をされては、断る気にもなれない。
朋也「さそり座」
澪「え?」
286 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:45:59.63 ID:+UZ/pLeq0
朋也「俺の星座だよ。占ってくれるんだろ」
澪「あ…うんっ」
表情をぱっと明るくして、携帯を操作する。
澪「えっとね…」
澪「今日のあなたは超絶好調☆誰にも止められない☆邪魔者はみんな叩き殺しちゃえ☆」
澪「…ということだそうです」
…どんな占いサイトだ。
澪「あはは…よかったね…すごく運いいみたいだよ…」
秋山もその結果に、とういうか、文章にうろたえているのか、声がうわずっていた。
朋也「ああ…みたいだな。まぁ、すでに今日も後半に入ってるけどさ」
澪「あはは…そうだね…」
朋也「はは…」
澪「あはは…」
意味もなく笑う俺たち。
澪「あの…相性占いもしてたんだけど…やってみる?」
287 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:48:54.72 ID:jpDSDOMkO
口直しに、とでもいうように、そう訊いてきた。
朋也「相性って…俺と、誰を?」
澪「誰でもいいよ。名前と、誕生日を知ってる人なら」
澪「春原くんとか、どう?」
朋也「いや、あいつは、俺の中でまだ顔と名前が一致してないくらいの仲だしな」
朋也「相性なんて、どうでもいいよ」
澪「そ、そんな他人みたいな…ひどいなぁ…あんなに仲いいのに」
朋也「よくない」
澪「素直じゃないんだね」
朋也「本音だ」
澪「あはは…そういうことにしておくね」
澪「じゃあ、春原くん以外で、誰かいる?」
朋也「そうだな…」
俺の交友関係なんて、あいつを除けば、ほとんど無きに等しい。
改めて考えてみると、俺って、かなり寂しい奴なんじゃないだろうか…。
澪「もし、よかったら…私たちの内の誰かでもいいよ」
288 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:49:33.45 ID:+UZ/pLeq0
朋也「おまえでも?」
澪「え、わ、私? 私なんかで、いいの…?」
澪「岡崎くん、唯と仲いいし…その…相性知りたいんじゃないかなって…」
また平沢との疑惑が持ち上がってくるのか…。
これももう何度目だろうか。
まぁ、今となっては、俺自身、そんなに嫌でもなかったが…
朋也「おまえとにするよ」
だが、露骨に俺から近寄っていくのも、何か違う気がした。
第一、平沢は、その気がないとかつて言っていたこともあるのだ。
だから、今のままが一番いいと思う。
澪「…う、うん、わかった…じゃあ、私とで…」
携帯の画面と向き合い、カチカチと入力していく。
澪「岡崎くん、誕生日は?」
朋也「10月30日」
澪「10月…30…」
俺の返答を聞くと、また画面に目を戻し、入力を始めた。
澪「名前の、ともや、ってこの字でいいかな?」
290 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:52:14.75 ID:jpDSDOMkO
画面を俺に見せてくる。
朋也「ああ、いいよ」
澪「えっと…朋也っと…」
澪「血液型は?」
朋也「A型」
澪「Aっと…」
澪「それじゃあ…」
カチッと一押しする。
最後の入力が終わったようだ。
澪「あ…出てきた…」
幾ばくかの間があって、そう声を上げた。
澪「………」
画面をじっと見つめたまま何も言わない。
言い辛い結果だったんだろうか。
朋也「どうだったんだ」
澪「うん…えっと…」
291 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:53:17.59 ID:+UZ/pLeq0
澪「…話す内、お互い、気を許し合えることがわかります」
澪「長年に渡って、良きパートナーとなれるでしょう…」
澪「…って、ことなんだけど…」
朋也「ふぅん、結構よさげじゃん」
澪「う、うん、そうだね…」
澪「それで…男女ペアだったから、もうひとつあるんだけど…」
男女ペア特有の相性…それは、やっぱり…
澪「あの…恋愛相性…なんだけど…」
…そうなるか。
澪「き、興味、あるかな…?」
頬を赤らめながら訊いてくる。
朋也「あ、ああ…まぁ、一応」
仮にも、秋山は美人の部類である女の子だ。
そんな奴との相性が気にならないと言ったら、それは嘘になる。
澪「じ、じゃあ、言うよ…えっと…」
澪「…お互いの精神的弱点を補い合い、成長できる恋愛が出来そうです」
292 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:55:19.55 ID:jpDSDOMkO
澪「強さと繊細さを持ち合わせた理想のカップルとなれるでしょう…」
澪「………」
言い終わると、口をきゅっと結び、目を泳がせながら押し黙ってしまう。
朋也「あー…俺たち、相性いいみたいだな」
つとめて淡白な素振りを意識して、軽い口調で言った。
所詮アルゴリズムで弾き出された答えだ。
気負うことはないと、そう伝えたかったからだ。
澪「う、うん、そうだね…」
俺の意思が通じたのか、秋山も笑顔を作ってそう返してくれた。
澪「あの…岡崎くんってさ…」
朋也「うん?」
澪「えっと…」
グサ
下腹部に違和感。
澪「あ…」
朋也「…ん?」
293 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:55:54.50 ID:+UZ/pLeq0
秋山から視線を外し、下にさげていく。
…股間に枝が突き刺さっていた。
朋也(なぜ…)
ゆっくりとその先に視線を這わせていくと、中野が呆れた顔で突っ立っていた。
梓「まったく、ちょっと目を離すとすぐふたりっきりになろうとする…」
梓「最低です」
朋也「いや、まずこの枝どけろよ」
言って、振り払う。
が、すぐにまた戻される。
澪「あ、梓、やめなさい」
梓「だって、澪先輩がこのけだものに襲われてたから…」
澪「そんなことされてないから、やめなさい」
梓「…はい」
しぶしぶ枝を自然に還していた。
まぁ、ただ捨てただけなのだが。
梓「岡崎先輩、後ろの方でこそこそといちゃつくのはやめてください」
朋也「んなことしてねぇって」
295 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:57:34.93 ID:jpDSDOMkO
澪「そ、そうだぞ、ただ私が話しかけて…」
梓「澪先輩、だまされちゃだめですっ」
澪「はうっ…」
その迫力に気圧される秋山。
梓「気を許させて、そこから一気に畳み掛けるつもりなんですからっ」
梓「岡崎先輩、卑怯ですよ、こんな純情な澪先輩まで毒牙にかけようなんてっ」
朋也「ただトークしてただけだっての…」
梓「そんなに女の子とふたりっきりで話したいんですかっ」
朋也「いや、俺は…」
梓「そういうことなら…私…私が犠牲になるので、先輩たちに手を出さないでくださいっ」
朋也「じゃあ、おまえとならいちゃついてもいいってことかよ」
梓「な、なななっ…」
梓「…そ、それで岡崎先輩が大人しくなるなら…我慢しますです…」
澪「あ、梓…」
律「おーおー、敬語が雑になるくらい動揺しちゃって…」
296 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:58:02.00 ID:+UZ/pLeq0
紬「あらあら、梓ちゃんったら…」
いつの間にやら部長と琴吹も集まってきていた。
律「まさか、梓まで攻略するなんてな…岡崎、おまえ、すげぇよっ」
梓「ななな、なに言ってるんですかっ! そんなことされた覚えありませんっ!」
律「だってさぁ、岡崎が他の女といちゃつくの嫌なんだろ?」
律「それで、今、独占しようとしてたじゃん」
梓「違いますっ! あくまで身代わりになろうとしてただけですっ!」
律「ふぅん、身代わりねぇ…いひひ」
梓「り、律先輩っ! 変な笑い方しないでくださいっ」
律「いやぁ、おもしろくなってきましたなぁ、ムギさんや」
紬「そうですねぇ、りっちゃんさん」
梓「む、ムギ先輩までっ…」
声「おお、すごぉいっ!」
前方で声。この場に居合わせた全員が前を向く。
唯「りっちゃんとトンちゃんの相性ばっちりだよっ…って、あれ?」
298 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:58:59.94 ID:jpDSDOMkO
唯「なんでみんなそんな後ろの方にいるの?」
平沢がひとり、こちらを振り返ってきょとんとしていた。
律「あいつは…なにとあたしの相性占ってんだよ…」
唯「ほら、りっちゃんみてみて、トンちゃんとの相性!」
とてとて走ってくる。
唯「すごいフィーリングだよっ。よかったねっ」
唯「りっちゃん、私たち全員と相性微妙だったからっ」
律「それは言うなぁっ!」
バックを取り、チョークスリーパーをかける。
299 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 01:59:19.63 ID:+UZ/pLeq0
唯「うわぁん、ごめんなさぁいっ」
騒ぎ出すふたり。
澪「…はぁ」
秋山が俺の隣でため息をついていた。
そういえば、中野が現れる前、なにか俺に言おうとしていたような…
朋也「なぁ、さっきなにか言いかけてたけど、なんだったんだ」
澪「ん? うん…いいの、なんでもない」
朋也「あ、そ」
澪「うん…」
間が空いて、興がそがれてしまったんだろうか。
何を言おうとしていたのか…少しだけ気になった。
それは、こいつの横顔が、やたらと儚げにみえたからだろう。
物憂げな表情も、こいつなら絵になるものだと…
この時、俺は単純に感心していた。
―――――――――――――――――――――
301 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:00:19.85 ID:+UZ/pLeq0
5/1 土
唯「ふでぺーんふっふー♪ ぐふふ」
憂「お姉ちゃん、きのうとは別人のようにハイテンションだよね」
唯「まぁね~。明日からは黄金週間だしね~おもいっきりだらだらするんだぁ」
憂「でも、お父さんとお母さんが帰ってくるから、家族で出かけるんだよ?」
憂「話、聞いてたでしょ?」
唯「え? うん、まぁ…」
憂「忘れちゃってた?」
唯「いや、えっと…覚えてたよ…うん…」
声のトーンが落ち、濁したように答えていた。
唯「………」
俺の顔色を窺うように、ちらりと見上げてくる。
目が合っても、逸らそうとはしない。
その瞳には、なにか複雑な色をたたえていた。
…ああ、そうか。今、わかった。
平沢は、俺を気遣ってくれているのだ。
こいつには、うちの家庭環境を話していたから、それで。
朋也(そういうことには敏感なんだよな、こいつは…)
302 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:01:48.40 ID:jpDSDOMkO
俺は平沢の頭に手を乗せ、ぽむぽむと軽く触れた。
唯「…ん、なに? どうしたの?」
朋也「いや、なんでも」
唯「?」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
律「ったく、なんでネタ被らせてくんだよ、ばか」
春原「僕の方が先に食券買ってただろうがっ! おまえが加害者で、僕が被害者だっ」
律「ごちゃごちゃうっせぇやい、りっちゃんちゃぶ台返し食らわすぞっ!」
今回のいざこざは、ふたりが同じメニューを購入してきたことに端を発していた。
部長は普段、弁当食なのだが、気分を変えたかったらしく、今日は学食を利用していたのだ。
春原「んな言いにくい技、僕には通用しねぇってのっ」
律「なんだとぉ! じゃあ、食らわせてやるよっ」
腕まくりする部長。
303 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:03:25.90 ID:jpDSDOMkO
律「死んでからあの世で後悔するんだなっ」
唯「まぁまぁ、落ち着きなよ」
平沢が肩にぽん、と手を乗せる。
唯「おんなじもの選ぶってことは、それだけ気が合うってことだよ。だから、仲良くしなきゃだめだよ?」
律「気も合わないし、仲良くもしねぇってのっ。あんまりおぞましいこと言うなよなぁ」
律「こんなヘタレなんかと一緒にされた日にゃ、くそ夢見悪ぃよ」
春原「あんだとっ! てめぇ、あとで便所裏こいやぁっ!」
朋也「それが男子便のことを指すなら、裏は女子便ってことになるな」
春原「えぇ? それ、マジ?」
そのつもりで言っていたようだ。
律「なんてとこ呼び出そうとしてんだ、この変態っ!」
春原「ち、ちが…そ、そうだ…体育館裏こいやぁっ!」
朋也「告白でもするのか? あそこ、告りスポットで有名だぞ」
春原「マジかよっ!?」
律「うわ…勘弁してよ…」
304 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:03:57.04 ID:+UZ/pLeq0
春原「くそ、勘違いするなよ…えっと…えっと…」
朋也「校庭に生えてるでかい樹の下でいいんじゃないか。なんか伝説あるみたいだし」
春原「そ、そうか…じゃあ…」
春原「校庭にある伝説の樹の下までこいやぁっ!」
朋也「敬語のほうが丁寧で印象もよくなるし、来てくれる確率もあがるんじゃないか」
春原「そ、そっか、じゃあ…」
春原「校庭にある伝説の樹の下まで来てくださいっ!」
春原「って、こっちの方が告ろうとしてるようにみえるだろっ!」
朋也「成功したら、次は実家に呼び出せよっ」
ぐっと親指を立ててみせる。
春原「なんだよそのさわやかさはっ! つーか、展開早ぇよっ!」
律「最低…そんな目であたしをみてたんだ…キショ…」
春原「あ、てめぇ、勘違いすんなよ、こらっ!」
唯「春原くん、大胆だねっ」
春原「ああ? だから、違うって言ってん…」
305 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:04:34.82 ID:+UZ/pLeq0
紬「頑張って、春原くんっ」
春原「って、え゛ぇえっ!? ムギちゃんまで…」
朋也「よかったじゃん、追い風吹いてるぞ。本人には拒否されてるけど」
春原「岡崎、頼むからもうおまえは喋らないでくれ…」
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。
紬「あの…ちょっとみんなに見てもらいたいものがあるんだけど…」
いつものように茶をすすっていると、琴吹がおもむろに口を開いた。
春原「うん? なにかな? もしかして、おっぱ…」
律「黙れ、変態っ」
ぽかっ
春原「ってぇな…」
律「それで、ムギ、なに? みせたいものってさ」
306 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:06:14.65 ID:jpDSDOMkO
紬「うん…マンボウ改、なんだけど…」
律「マ、マンボウ改…?」
唯「ムギちゃん、なに、それ?」
紬「ほら、一年生の時に、クリスマスパーティーやったじゃない?」
紬「あの時、一発芸で私が披露した、あれの改良版なの」
唯「あ、ああ、なるほどねぇ~…」
澪「あ、あれか…」
とすると、二年前のことなんだろう。
俺と春原にはさっぱりわからない話だった。
梓「なんなんです? マンボウって」
…ああ、こいつもか。
澪「いや、口じゃちょっと説明しづらいっていうかだな…」
梓「そうなんですか?」
澪「ああ…」
律「しっかし、なんでまたそんなものを…」
紬「鏡みてたら、急に思い出しちゃって…」
307 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:06:34.38 ID:+UZ/pLeq0
紬「それで、ひとりで思い出し笑いしてたら、新しい案が閃いちゃったの」
紬「で、完成型を今日みんなにみせるために、98429回は素振りしてきたのよ」
澪「す、素振りって、マンボウをか…?」
律「しかも、その回数かよ…」
唯「すごいポテンシャルを持ってるね…さすがムギちゃんだよ…」
紬「あ、ごめんなさい。そのくだりは嘘なの」
ずるぅっ!
天使のような笑顔で言われ、みな転けていた。
律「あ、そですか…」
紬「でも、マンボウ改が生まれたのは本当よ。みてくれるかな…?」
春原「僕は喜んで見るよっ」
紬「ほんとに?」
春原「うん。めちゃみたいよっ」
梓「私も興味あります」
唯「わ、私もあるかなぁ~…あはは~…」
308 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:08:04.65 ID:jpDSDOMkO
澪「そ、そうだな、ある意味見てみたいかも…」
律「ほどほどにな、ムギ…」
紬「それじゃあ…」
ステージに登るようにして、俺たちの前に立つ。
目を閉じて、一度深呼吸…
腹を決めたのか、かっと見開いた。
紬「マンボウのマネっ」
口の中いっぱいに空気を含み、頬を膨らませ、手でヒレの部分を再現していた。
シュールだ…
朋也(つーか…)
…顔がおもしろい。
梓「え…」
春原「はは…」
初見のこのふたりも、ある種ぶっ飛んだこのネタについていけていないようだった。
紬「…改っ!」
叫び、手で虎爪を作って腕をひねらせながら前に突き出した。
そこで動きを止め、微動だにしなくなった。
どうやら、ここで終わりのようだ。
309 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:08:30.27 ID:+UZ/pLeq0
………。
皆、唖然とした表情で、口をあけてぽかんとしていた。
律「ムギ、今のは…?」
紬「威嚇よ」
体勢を元に戻し、一仕事やりとげたいい顔でそう答えた。
律「い、威嚇…」
澪「マンボウって威嚇するのか…?」
唯「っていうか、攻撃してたよね?」
律「ああ、こう、腕が敵にめり込んでたっていうかさ…」
律「マンボウの面影がまったく残ってない攻撃方法だったよな」
梓「絶対あのマンボウは生態系の頂点にいると思います」
次々にダメ出しされていく。
紬「…ダメ、だったかな…」
顔を伏せ、しょぼくれる琴吹。
春原「さ、最高だったよ、ムギちゃんっ!」
春原の苦し紛れの賛辞が飛ぶ。
310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:09:49.78 ID:jpDSDOMkO
律「あ、ああ、言うほど悪くなかったぞ、ムギっ」
澪「う、うん、再現度高かったぞっ」
唯「だよね、一瞬マンボウが陸で二足歩行してるのかと思っちゃったよっ」
梓「す、すごくハイレベルな芸でしたよ。二発目以降も十分ウケると思いますですっ」
それに続き、部員たちのフォローが入る。
紬「…よかったぁ♪」
その甲斐あってか、もとの明るい表情を取り戻していた。
紬「じゃあ、アンコールにこたえて、もう一回…」
律「い、いや、もういいよっ」
律「…っていうか、アンコールしてないし…」
小声で言う。
澪「そんなに連続してやったら、ムギの体がもたないだろ?」
澪「休憩したほうがいいぞ、うん」
紬「そう…?」
唯「アンコールには、りっちゃんが代わりにこたえてくれるんだって」
311 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:10:19.51 ID:+UZ/pLeq0
律「私かいっ」
唯「がんばって、りっちゃん」
澪「がんばれ、おまえの腕の見せ所だぞ」
律「あたしゃ芸人かい…」
律「でも、急に言われてもなぁ…ネタが…」
梓「ムギ先輩に倣って、マネシリーズでいいんじゃないですか」
律「マネか…う~ん、それもそうだな。じゃあ、なにがいいかな…」
312 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/26(日) 02:11:42.45 ID:jpDSDOMkO
律「ウケるには、滑稽な生き物がいいだろうから…」
律「む…そこから導き出される答えはただ一つ…春原、ってことになるな」
春原「あんだと、てめぇっ」
朋也「それはやめといた方がいい。難易度が高すぎる」
春原「そうだよ、こいつに僕のマネなんかできるわけないからね」
春原「滑る前に、無難なのにしといたほうがいいぜ、ベイベ?」
朋也「春原を再現しようと思ったら、白目向いて、痙攣しながら泡吹かなきゃいけないからな」
春原「って、なんでだれかにヤられた後なんだよっ!」
律「わははは!」
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朋也「軽音部? うんたん?」2-4
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