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麦野「美琴、私のものになりなよ」【2】-3

麦野「美琴、私のものになりなよ」
麦野「美琴、私のものになりなよ」1-2
麦野「美琴、私のものになりなよ」【2】
麦野「美琴、私のものになりなよ」【2】-2

637 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 01:39:00.68 ID:XeQwyZko [2/40]
23日目(木曜日)
    

―麦野宅 16:40―


薄桃色のカーテンの向こう側から夕焼けの光が差し込み室内を薄く照らす。
むせかえるような汗と女の匂いが混じる室内に、嬌声を押し殺す吐息と粘つく水音が木霊する。
ベッドの上で麦野と御坂が密着し、絡み合っている。
周りに散乱している常盤台中学の制服と麦野のブラウス。
一糸纏わぬ姿で全身の肌を紅潮させた御坂は、ピンク色のシーツをギュッと掴んで身体を小刻みに震わせていた。
それを後ろから抱き締めるように麦野。
御坂の背中に豊満な乳房を押し当てて、左手は御坂の慎ましい胸を弄び、右手は両足の付け根の中心部へと差し込まれている。
自らの唇を強く噛む御坂を翻弄するかのように麦野は首筋や耳に舌を這わせて時折愛の言葉を囁く。
快楽と歓びの涙を目尻に浮かべた御坂は、やがて喉の奥から湧き出てくるかのように嬌声をあげて身体を痙攣させた。


御坂「んっ……! ぁああっ!」 


耐えきれず一度だけ大きな声をあげ、やがてだらりと弛緩する御坂の肉体。
細く華奢な身体が麦野の胸に抱きとめられて、肩で息をしながら焦点の合わない視線で虚空を見上げる。


麦野「……イっちゃった?」


内緒の話をするように、耳元で少しだけ意地悪く麦野が尋ねる。
分かっていてもなお、その言葉を御坂の口から聞きたいのだ。
御坂は頬をより一層赤くし、後ろから優しく抱きしめてくる麦野の手に触れながら頷いた。


御坂「ハァ……ん……ハァ…………うん……」



638 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 01:41:06.07 ID:XeQwyZko [3/40]

麦野が御坂の初めてを貫いてから5日目。
美鈴に会った日を除けば二人はこうして毎日肌を重ねていた。
御坂が授業を終えて麦野の家に来るのが16時を少し回る頃。
逢瀬のために許された時間は毎日1時間程度であったものの、二人は互いを求める気持ちを抑えきれるはずもなく性行為に興じていた。
ただしあくまで麦野が御坂に奉仕をする形で。
部屋に入るなり貪るように口づけを交わし合った二人は迷いもなくベッドに倒れこむ。
引き裂くかの如く御坂の制服を取り払い、汗をシャワーで落とす時間すら惜しむようにその全身に麦野は口づけて
御坂への愛撫を開始するのがいつものスタートの合図だった


麦野「そう。よかったわね。すっかり指突っ込まれるのも慣れて、感度もあがってきてるんじゃない?」


薄く笑みを零して、耳元で囁く麦野。
くすぐったそうに目を細めた御坂も、微笑を浮かべて首を麦野の肩にコテンと預けてくる。


御坂「沈利さんが触るからよ……やだもう腰抜けて立てない……」


今日はいつにも増して麦野の技巧が冴えわたっていたようで、御坂は少し恥ずかしげにそう告げた。


麦野「門限もあるし、早く帰らないとまずいんじゃないの?」


御坂の頬に汗で張り付いた髪を後ろに流してやり、手櫛で梳きながら撫でる麦野。
言葉ではそう言うものの、急かすつもりは毛頭ない。
麦野としては、このまま泊って行ってくれることを望んでいるのだから。


御坂「もうちょっとだけ沈利さんと一緒にいたい……」



639 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 01:43:30.45 ID:XeQwyZko [4/40]

麦野の望む言葉を告げる御坂。御坂は腕の中から這うように抜け出てベッドに寝転がり、その腰に抱きついて力を込めた。


麦野「ふふ、甘えん坊ね。毎日のように私に指でイかされてるって知ったら、アンタを崇拝する後輩達はどんな顔をするかしら」


満足げに微笑む麦野が御坂の茶色い髪をそっと撫でてやる。
心地よい征服感、優越感。
多くの信奉者を持つ御坂のあられも無い姿を見ることが出来るのは自分だけなのだという事実は、
プライドの高い麦野にとっては背筋がゾクゾクする程の快感だった。
それこそ、行為中御坂の快楽に歪む表情を見ているだけで倒錯した情欲が湧きあがってくるほどに。


御坂「……ばか。ねえ沈利さん、そろそろ私も沈利さんを気持ちよくさせてあげたいな……」


軽くを頬を膨らませ、誰も見ていないのをいいことに御坂は年相応の無邪気な笑顔で麦野の胸に手を這わせ指を沈ませる。


麦野「生意気言うな。アンタは私に触られて悦んでりゃいいのよ」 


しかし麦野はその手を優しく制して拒絶した。
麦野はいつも上半身の服を脱ぐだけ。
それは御坂から触れられることを望んでいる訳ではなく、彼女の肌の温度を感じる以上の意味はなかった。
麦野は御坂の手で絶頂まで導かれることは望まないのだ。


御坂「あっ……もう。なによ、沈利さんばっかり楽しんじゃってずるい」

麦野「アンタだって楽しんでるでしょ。毎日股濡らして喘いでる奴が言っても説得力ないわよ」

御坂「そんな身も蓋もない。沈利さんは私に触られるのが嫌なの……?」



640 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 01:45:54.48 ID:XeQwyZko [5/40]

少々不安げに表情を曇らせる御坂。


麦野「……あ?」


麦野は眉を顰めて首を傾げた。


御坂「だって、最初の頃は胸とか結構触らせてくれたのに……今は全然そんなことないんだもん」


確かにそうかもしれない。
だが、御坂に依存していることを半ば自覚している麦野にとっては、これ以上彼女から離れられなくなるような行動は避けたかった。
独占欲や支配欲の塊のような自分が行きつく先は、きっと御坂を傷つけてしまうような行為が待っているから。
欲望に身を任せて御坂からの奉仕を受け入れてしまえば、この欲は結局のところ御坂の両手両足を鎖に繋いで室内で飼うというところに辿りつく。
それほどまでに、御坂美琴と言う存在が手離せないものになってしまいつつあるのだ。


麦野「……」


ムチムチとした太股を枕にしている御坂を見下ろす麦野。
自分に触れたいと思ってくれていることは嬉しい。
だがそれを許せば、恐らく自分は戻れない。
きっと二度と彼女を寮へは帰さないだろうし、さらにエスカレートすれば学校すら行かせなくなるかもしれない。
御坂のことが好きで好きでたまらないから、この感情をコントロールする術が分からない。
歪んでいることを自覚しているからこそ、麦野は最後まで狂ってしまえる覚悟が決まらなかった。
そんなことをしても、御坂が喜ぶはずが無い。
そして何より、この血まみれの穢れた身体に御坂の綺麗な舌が這うなんて、想像もしたくなかった。



641 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 01:47:31.49 ID:XeQwyZko [6/40]

御坂「た、確かに私は沈利さんみたいに上手には出来ないかもしれないけど、これでも沈利さんの雑誌とか読んで
    ちょっとは勉強を……ゴニョゴニョ」


そんな麦野の胸中など知らず、御坂はブツブツと何事かを言っている。
そう言えば最近御坂に数冊雑誌を貸した。
あのテの雑誌にはSEX特集等でいわゆるテクニック的なものに関するコラムが載っていることがままある。
どうやら御坂はそんなページにもしっかり目を通しているらしい。
というか、目的はそれだったようだ。もっとも、内容はあくまで男女の性行為に関するものであるのだが。


麦野「ばぁか」 


そんなことにまで一生懸命な御坂がなんだか急におかしくなって、麦野は彼女の額をコツンと拳で軽く叩いた。


御坂「いたっ。なにすんのよもう」


額をさすりながら涙目でこちらを見上げる御坂。その仕草もたまらなく嗜虐心をくすぐる。
それを表情に出さないように注意しながら、麦野はシレッと言い放った。


麦野「私は触られるより触るほうが好きってだけよ。つまんないこと気にしないの」

御坂「つまらなくないわよ! 私ばっかりされてるの悔しいじゃない」

麦野「まあそのうちね。さ、服着て帰る準備しなよ。また寮監に怒られるわよ」

御坂「ちぇー。沈利さんてば私の身体が目当てだったのねー」



642 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 01:50:06.20 ID:XeQwyZko [7/40]

納得のいかなそうな口調で、御坂は口を尖らせそう言った。
奥歯を噛む麦野。その言葉がほんの軽口だというのは分かっていたが、少しだけ癇に障った。
それは麦野がわずかながら不安に感じていたことだったから。
初めて肌を重ねた日から、毎日御坂を抱いていることに対する後ろめたさが原因としてある。
御坂の身体に溺れているのは事実だし、彼女の肌を感じるのは途方もなく心地よいもので、
正直なところ御坂との性行為は好きだった。
だから御坂にそんな言い方をされると、麦野は罪悪感で胸がチクリと痛んだ。


麦野「……おい、怒るわよ」


怒気を孕みつつも、少し悲しげな麦野の表情を見て御坂はキョトンとした顔で首を傾ける。


御坂「? 冗談じゃないの。ねね、今週の土曜日はどうする?」


空気を読んだらしく、御坂はすぐにその話を切り上げて別の質問へと切り替えた。
床に落ちた制服を拾い集め、それを着ながら週末のデートの計画を立てる。


麦野「んー、特に思いつかないけど。なんか映画でも見る?」


麦野もわざわざ嫌な話を続けるつもりはないのでそれに乗る。
薄い紫色の妖艶なブラを着けて、ホックを留めながら麦野が応えた。


御坂「今何かやってるかしら。ゲコ太はこの前見たし」 



643 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 01:53:27.96 ID:XeQwyZko [8/40]

学園都市の情報誌に載っていた映画のラインナップでも思いだしているのか、顎に指をあてながら御坂が唸る。


麦野「んなもん選択肢に入れんな。ホラー映画でも見るー? アンタ苦手だっけ?」


ゲコ太なんて見たくない麦野はそれを一蹴して最近公開されたはずのホラー映画を思い出す。
余談ではあるが、御坂に先日プレゼントされた湯上りゲコ太ストラップはしっかりと麦野の携帯電話にぶら下がっている。
もちろん御坂は御坂で麦野が渡した腕時計を日中夜欠かさず着けてくれているらしい。
さすがにベッドの中では外させているが。


御坂「べ、別に普通だけど」


ブラウスのボタンを留めつつ麦野の問いかけに曖昧に応える御坂。


麦野「何よ普通って」

御坂「ふ、普通は普通よ!」


その漠然とした回答を麦野は訝しむ。いまいち要領を得ない反応だ。
だがすぐに合点がいった。


麦野「ああ、普通に怖いってことか。よしよし。んじゃホラー映画にしましょう」


とんでもなく苦手ということも無さそうだが、別に好きというわけでもなく単純に怖いらしい。
隣で怖がっている御坂を見るのはなかなか楽しそうだなと思う麦野。



644 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 01:54:59.43 ID:XeQwyZko [9/40]

御坂「嫌よ! なんで時間とお金使ってわざわざ怖い思いしなくちゃなんないわけ!」


案の定隠そうともせず拒否反応を見せる御坂。


麦野「なんでって、そういう娯楽だからでしょが。怖い体験をお金で買うなんて、贅沢な話だよね」

御坂「と、とにかくホラーには反対!絶対絶対ぜぇったい反対だからね!」


意外と強情に嫌がっている。もしかするとかなり苦手なのだろうか。
ホラーもスプラッタも好みである麦野としては残念だが、別段こだわるほど見たいものでもないので適当にな所で折れてやることにした。


麦野「分かったわよ。よっぽど嫌いなのね。んじゃ無難にアクション映画あたりにでもしときましょ」

御坂「う、うん。それがいい。着替えたしそろそろ帰るわね」


一応の予定が決まったところで御坂が立ち上がる。
最後に制服の乱れを確認して、腰に手を当てた御坂が名残惜しそうに笑顔を浮かべた。


麦野「はいよ。気を付けて帰るのよ。送ろうか?」


どうせ暇だしと付け加えて麦野。
だが御坂はゆっくりと首を横に振った。


御坂「いいっていいって。また明日も来るわね」



645 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 01:56:54.13 ID:XeQwyZko [10/40]

放課後は麦野の部屋で過ごすことが日課となっている御坂。
そろそろ合鍵でも渡してやろうかなと麦野は思った。


麦野「たまにはルームメイトの相手もしてやんなよ」


先日それが原因で喧嘩になっていたのを思い出して、麦野が言う。
本当は御坂を独り占めしたいが、彼女の周辺の人間関係を捨てさせるほど麦野は狭量な人間でもない。
恋人と友人の軋轢の中で板挟みになるのは御坂本人が何より可哀想なので、無難に日常生活をこなしてもらわないと困るのだ。
外部から自分達の関係にやいやいと文句を言われるのも鬱陶しい話ではあるし。


御坂「うーん……そうねえ。特に何も言ってこないけど……今週一日も遊んで無いし、そうするわ。
    ……ね、チューして」


御坂としてもやはり友人関係は大事にしたいようで、寂しげではあるもののその申し出をすんなり受け入れた。
そしてねだるように瞳を閉じて唇を小さく突き出す。


麦野「ええ。それじゃね」


ドキリとなる麦野。こういう仕草がたまらなく可愛いので、ごく自然に両肩に手を添えて軽く口づけた。


御坂「んっ……えへへ、やっぱりキスが一番気持ちいいわ」


照れたように唇にそっと触れて御坂が笑顔を浮かべる。
くらくらと眩暈がしそうなほど愛らしい。
それを悟られるのが癪な麦野はあくまで平静を装って、ガラスのヘアピンで飾られた茶色い髪をポンポンと撫でてやった。



646 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 01:59:04.18 ID:XeQwyZko [11/40]

麦野「あらそう? そういうことなら次からはもっとしてあげないとね」


もちろん麦野も御坂とのキスは好きだった。
キスで止まらなくなるほどに。
今もまた沸々と御坂が欲しくなってきているところだが、それではラチが空かないので扉を開けて送り出す。


御坂「うん……じゃあ」


寂しげに外に出る御坂。
体温で暖まった室内から外に出れば、冬の訪れを告げるようにひんやりとした空気が二人の肌を刺激した。
間もなく冬が来る。
だが御坂と一緒にこたつの中でぬくぬくするのは悪くないなと、麦野は今年はこたつを購入しようと一人決意した。


麦野「またね」


頬笑みそう告げると、御坂はもう一度こちらを振り返り、手を小さく振ってエレベータホールの方へと去って行った。
その後ろ姿を見送り扉を閉める。
がらんとした室内の空気は未だどこか湿り気を帯びていて、乱れたシーツが先ほどまでの行為を思い出させた。


麦野「はぁ……」


余韻に浸り御坂と寄り添いピロートークに興じる暇もなく別れてしまうのがいつも心残りだ。
ため息をついて、麦野はソファに座天井を見上げる。


麦野(やれやれ、せわしないわね。学校終ってからうちに来てるから仕方ないけど。
    ……あいつ中学卒業したら一緒に暮らせないかな……なんて)



647 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:01:49.01 ID:XeQwyZko [12/40]

性欲を抑えられずにコトに及んでしまうが、麦野としてはそれと同じくらい御坂とのんびりお喋りがしたかった。
自分達はまだ互いのことで知らない部分も多い。
御坂は麦野の仕事について。
麦野はかつて御坂が関連施設を潰そうとしていた一方通行の『絶対能力進化』計画について。
もっとも、麦野としてはその辺りに今はもうあまり興味は無い。
実験が頓挫したという情報は得ているし、実験の内容に関しても断片的には知っている。
御坂のDNAマップから『妹達』という2万体のクローンが作られたということもだ。
そんなことはどうだってよかった。
御坂と同じ顔をした人間が何万人いようが、自分が愛した御坂美琴は彼女一人だけなのだし、既に終わった実験の話など今更蒸し返しても仕方ない。
それよりももっと魅力的なことを今思いついてしまった。


麦野(い、一緒にってことはつまり……ど、同棲ってことよね……。
    それって毎日一緒にご飯作ったりお風呂入ったり……ゴクリッ)


妄想状態に入り、御坂との甘い同棲生活を想像して悦に入る。
だがすぐに首を横に振って額を抑えて息を吐いた。


麦野(いやいや、あんなの楽しいのは最初だけだろ……。どうせそのうち喧嘩ばっかりになるに決まってるのよ。
    うんうん、あいつとはこれくらいの距離感が丁度よくて……)


もう少し一緒にいたい。
そう思うくらいで丁度いいのかもしれない。
にやける頬を制するように麦野は自分に反論する


麦野(でも浜面と滝壺は一緒に住んでるみたいだけどわりと仲良くやってるわよね……。
    ……同棲か、ちょっと考えてみようかな)



648 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:03:49.93 ID:XeQwyZko [13/40]

なんともじれったい二人を思い出して、やはり捨てがたいなと思う麦野。
もっとも、例えそんなことが起こったとしてもまだかなり先の話ではあるのだが。


麦野(ま、あいつの卒業までまだまだあるし、今そんなこと考えたって仕方ないわね。
    その時私達がどうなってるのかなんて分からないし……)


ふと、自分で想像して寒気がする麦野。
御坂のいない生活なんて、今はもう考えたくない。


麦野(おいおい、それって私達が別れてるかもしれないってこと……?
    冗談じゃないわよ。私はあいつをそう簡単に手離すつもりはないっつの)


手離したくても手離せないとも言うが。


麦野(けど結局それは私がこれから行動で示して行かなくちゃ意味の無いことなのよね。
    大丈夫よ、あいつのためなら、私は何だってできるはず……)


大仰な言い草ではなく、真剣に御坂のためなら人くらいは殺せる。
彼女が喜ぶなら、なんだってしてやりたいと思うのだ。
そして、そんな自分が麦野は嫌だった。
自分の中心に自分以外がいる。それは他でもなく当然御坂であり、彼女の一挙一動の全てがこの心を惑わせる。
そんな風になってしまった自分のことを知ったら、御坂は何と言うだろうか。


麦野(とりあえずメールしとくか……)



649 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:04:57.63 ID:XeQwyZko [14/40]

思考の深みにハマり、抜け出せなくなりそうなので、麦野は気を取り直すようにテーブルの上から携帯を取ってメールを打つ。
今日来てくれたお礼と、吐き出さずにはいられない愛の言葉を添えて。

メールゲコ!メールゲコ!

だが、送信ボタンを押した次の瞬間ベッドの下で電子音が鳴った。
御坂の好きなゲコ太の声で着信を知らせている。


麦野「あん?」


ベッドの下に落ちていたのは案の定御坂の携帯電話だ。
麦野のものと同じ湯上りゲコ太ストラップがプラリと揺れている。


麦野「あの馬鹿忘れて帰ったわねー。ったく、仕方ないな」


やれやれとため息をつく。帰る前に財布と携帯の確認くらいして欲しいものだ。


麦野(携帯が無かったら連絡とれないじゃないの。追いかけたらまだ間に合うかな)


次に会う土曜日まで御坂と連絡が取れないなんて耐えられない。
麦野はお気に入りの黄色いコートを羽織り、御坂を追いかけるべく部屋を出ることに決めた。



650 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:07:12.01 ID:XeQwyZko [15/40]

―第七学区 住宅街 17:15―


御坂はゆっくりとした足取りで学生寮に向かって歩いていた。
まだ17時を少し回ったところとは言え既に日は落ちかけ、間もなく暗闇に町は包まれるだろう。
なのに急ぐ素振りを見せないのは、麦野に抱かれた感触をもう少し一人で楽しみたいことと、本日の反省を行うためだった。


御坂(今日も駄目だったかー……) 


ため息をついてワシャワシャと頭をかく御坂。
何が駄目だったのか。
簡単に言えば麦野の身体に触れることができなかったということだ。
ここ最近どうも彼女の様子がおかしいことに御坂は気付いていた。
具体的に言えば麦野に処女を捧げたあの日からだ。
あれからあまり身体に触らせてくれなくなった気がする。
2週間ほど前に麦野の部屋に初めて泊ったときは、酒の勢いがあったとは言え向こうから触らせてくれたのに。
あの初夜が二人の何かを変えてしまったのだろうか。
御坂はここ最近そのことばかり考えて夜もロクに眠れずにいた。


御坂(私だって、沈利さんを気持ちよくさせてあげたいのよ!)


いつも雰囲気に流されて麦野にされるがままになっている自分が少し嫌だった。
もっと麦野を翻弄したいし、麦野の乱れる姿を見たい。
今日は御坂にしては素直に気持ちを伝えてみたが、それでもやんわりと、だがかたくなに拒絶されてしまったことを思い出す。
何か理由があるのは明白だが、それが何なのかが分からずにいた。


御坂(私が中学生ってことは気にしないって言ってたしな……ってことは別の理由?
    沈利さんちょっと変わってるからよく分からないわねー)



651 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:10:00.73 ID:XeQwyZko [16/40]

さすがにそろそろ麦野の人格というものを掴めてきた御坂でも、まだまだ不明瞭な部分はある。
そこに理由が隠されているのではないかと御坂は考えていた。
そして、麦野が未だ自分に話していないのが確実なこと。
それは


御坂(……仕事のことよね、やっぱり)


学園都市暗部。
恐らく非合法な仕事なのだろうなと御坂は踏んでいる。
その辺りに何らかの後ろめたさを感じているのではないだろうか。
だがしかし根掘り葉掘り訊くわけにはいかない。
彼女は仕事に関する話題を嫌っているし、それは自分を想ってのことでもあるからだ。


御坂(隠し事があるのって別に悪いことじゃない……って沈利さんなら言いそうよね。
    でもそれが原因で私に触れられたくないってのなら放っておくわけにもいかないわよ)


もし次に尋ねる機会が来たなら、訊いてみるのも悪くないかもしれない。
麦野が不安に感じていることを取り払ってやれる可能性だってあるのだから。
御坂は納得したように頷いた。


御坂(それはそうと、私汗くさくないかしら? 沈利さんの甘い匂いは好きだけど……。
    前キスマーク付けられたときは隠すの大変だったもんね)


寮までの道のりを半分ほど歩いたところで御坂はふと襟元や袖口の匂いを嗅いでみる。
麦野が着けている甘い香水の香りが仄かに漂ってきて、まるで彼女に抱きしめられている時のような感覚に陥った。
そうやって彼女との睦み事の余韻に浸ることが出来るのはいい。
だが、学校で体育の授業の後共用のシャワールームを使うことを考えると少し気が重くなった。
体中に着けられた麦野からの施しの証。
赤い傷痕のようなそれを見られれば、何かと問題が生じてしまうかもしれない。
いくら麦野が気にしないと言っても自分は貞淑なお嬢様学校に通う中学生なのだから。



652 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:11:53.88 ID:XeQwyZko [17/40]

御坂(着替えがある前の日は沈利さんに言ってやめてもらったほうがいいかしら。
    んー、でも言っても聞かないような気も……)


人の嫌がることが大好きな麦野のことだ、むしろ喜び勇んで見えるところに痕を付けてきそうですらある。
そんな可愛らしい一面も好きなのだけれどと、御坂は緩む表情を隠そうともせずに家路を歩く。
そのとき。
視界の先に映ったものに御坂の足が止まった。


御坂「あっ……」

「ん?」


前方を歩く学ランの少年の背中が見える。
ポツリと漏れた御坂の呟きに、彼はこちらを振り返った。
一瞬の沈黙と共に少年の目が見開かれる。
黒髪のツンツン頭が印象的な彼の姿に御坂は言葉を詰まらせた。
あれから会うことは愚か姿を見かけることさえ無かったのに。
かつて想い焦がれた少年、上条当麻と、
御坂は再び出会ってしまったのだった。
奇しくも、彼がよくお金を飲みこまれていた自動販売機のある公園の前で。


御坂「……」


言葉が出ない。
かつて彼と出会った時のような動悸や高揚感はもはや無く、何を話せば良いのかという戸惑いばかりが頭を駆け巡る。
気まずく思っているのは何も自分だけではないようで、上条もまた宙に視線を泳がせて言葉を探っているようだった。


上条「ひ、久しぶりだな御坂」



653 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:13:34.96 ID:XeQwyZko [18/40]

愛想笑いを浮かべてぎこちなくそう言う。
彼も彼なりにあの時のことを気まずく感じているのだろう。
もちろん御坂は彼を責めるつもりなど毛頭ない。
上条が後ろめたさを感じる必要などどこにもないのだから。


御坂「そうね。あんた何やってんの? 今ごろ帰り?」


ふと見ると学生鞄と一緒に牛乳やら卵やらの入ったビニール袋もぶら下げていることから、
今晩の買い出しに寄り道していたというところだろう。


上条「ああ、タイムセールがあったからな。むしろ今日は早い方ですよ。上条さんは毎日補習があるもんでね」


苦笑いをしながらビニール袋をひょいと持ち上げる仕草をする。
胸の高鳴りはもうどこにも無く、上条の笑顔を見てももはや何も感じない。
この小さな胸の中で渦巻いていたはずの感情は驚くほど穏やかで、悲しみも喜びも浮かんでは来なかった。


上条「お前こそ今頃帰りか?」

御坂「まあね」


御坂は自分でも驚いていた。
あんなに好きだったのに。
あんなに焦がれていたのに。
自分の胸の中はもう『彼』では無い『彼女』に埋め尽くされていて。
それがただ、本当に少しだけ切なく思えた。



654 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:14:29.17 ID:XeQwyZko [19/40]

上条「あー……御坂」


頬をかきながら切り出す上条。
何を言いたいのかはなんとなくわかった。
ケジメとして必要なことなのかも知れないと御坂は、言い淀む上条の背中を押すようにクスリと笑みを零して
彼の向こう脛目がけてローキックを繰り出す。


上条「痛ぁっ! な、何すんだ突然! 暴力反対!」

御坂「ねー喉乾いちゃったんだけど。何か奢ってくんない?」

上条「はぁ? 上条さんがどれだけひもじいお人か知らないんですか?」

御坂「何か話があんじゃないの?」


上条にそういう空気を読むスキルは期待していない。
御坂はせっかく話をする口実を作ってやったのにと呆れながら、結局単刀直入にそう告げて公園の中へと足を踏み入れたのだった。



655 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:15:33.51 ID:XeQwyZko [20/40]

―公園内 17:20―


御坂「んで? 何よ?」

上条「あー……悪かったな、御坂」

御坂「何が?」

上条「その、ほら……あの時はお前を泣かせちまって……」

御坂「…………」

上条「あれから姫神とかインデックスにも滅茶苦茶怒られてさ……俺お前にすげぇ酷いことしたんだよな……ごめんな」

御坂「…………」

上条「何て言ったらいいんだろうな……お前、俺のこと好きっていうか、そう思っててくれたんだろ?
    気付いてやれなくてごめん……」

御坂「…………」

上条「……御坂、俺にはもう彼女がいるから、お前の気持ちには応えてやれないけど。
    そう思ってくれたのは、すげぇ嬉しいよ。ありがとな」

御坂「…………ばっかじゃない」

上条「……ああ、お前の言うとおりだ」



656 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:16:59.86 ID:XeQwyZko [21/40]

御坂「何で私、あんたに二回も失恋しなくちゃいけないわけ?」

上条「あ……いやそんなつもりじゃねえけどさ」

御坂「ふざけんじゃないわよこの馬鹿! 今更あんたにんなこと言われなくたって私の中で整理はついてんのよ!」

上条「そ、そりゃすまんかった」

御坂「はぁ~あ。何であんたなんか好きだったんだろ。ほんと」 クスッ

上条「御坂……」

御坂「ったく、ばっかみたい。新しい恋に生きようとする私を邪魔しに来たわけ?
    あんたなんてもう過去の男よ! 覚えときなさい!」 ビシッ

上条「お前なぁ。……あー、でもやっと笑ってくれたな」

御坂「へ?」

上条「やっぱお前はそんな顔が一番似合ってるよ」

御坂「…………ほんと、ばか」

御坂(言うのが遅いのよ……もうそんなんじゃ、靡かないんだから) ボソッ

上条「ん? 何か言ったか?」

御坂「何でもない! 私にはねえ! あんたなんかよりもっともっと素敵な恋人が出来たんだから!」



657 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:18:02.10 ID:XeQwyZko [22/40]

上条「そうですかそうですか。そいつは良かったな」

御坂「そうよ! 私にはあんたよりかっこよくて、頭が良くて、強くて、優しくて……可愛い人がいるんだから……」

上条「どう答えりゃいいんだよ俺は」

御坂「私、女の子と付き合ってんの」

上条「」

御坂「ビックリした?」

上条「え? マ、マジか?」

御坂「マジよ」

上条「それは……うーんと……」

御坂「何か文句あんの?」

上条「ねえよ。お前はその人のこと好きなんだろ?」

御坂「ったり前じゃないの! あんたなんかより全ッ然素敵なんだからね! ざまあみなさい!」

上条「そうかよ」

御坂「……気持ち悪くないの?」



658 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:22:34.47 ID:XeQwyZko [23/40]

上条「なんで? 好きな相手だったらそんなの関係ねえだろ。
    って言っても、人ごとだからそんな風に言えるのかもしれないけどな。俺は男と付き合ったりってのは無理だし……」

御坂「……そうよね。うん、そうよ!」

上条「あ?」

御坂「ありがと。なんか自信出てきた!」

上条「? よくわからんけど、そりゃよかった」

御坂(やっぱり、沈利さんにちゃんと訊こう! あいつがどんな人だって関係ない!
    私は、沈利さんが好きなんだもん。好きな人の力になりたいって思うことが、悪いことなわけないわよ!)

上条「っと、なあお前門限とかあるんじゃないのか?」

御坂「ヤバッ! そうだった! それじゃまたね!」 ダッ

上条「あ、おい! ……ったく相変わらず騒がしい奴だな。までも、調子戻ったみたいでよかったよ、御坂」

御坂(そうよ……そうなのよ!)

御坂(悩む必要なんてないじゃない! 私は沈利さんのためなら何だって出来る! 最後にもう一度だけ、ちゃんと話をしよう)

御坂(そして土曜日ちゃんと話ができたら、きっと私達、ずっと一緒にいられるよね……! 沈利さん!)



659 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:24:01.36 ID:XeQwyZko [24/40]

―住宅街 17:25―


麦野は御坂の後を追いかけ、珍しく息を切らせて走っていた。
寮の中に入ってしまえば明日までは会えないだろうし、もちろん連絡も取れない。
その前に必ず彼女の携帯電話を届けなくてはならない。


麦野(ったく世話焼かせて……。 私に走らせるなんてふざけんじゃないわよ!)


体力には自信があるどころかレベル5内でなら1、2を争うと自負している麦野だが運動は特に好きではない。
汗をかいて濡れるのは嫌だし、髪は乱れて化粧も落ちる。
だがそんなことは、御坂と連絡がとれなくなることに比べれば些細なことだ。


麦野(仕方ない子ね、私がいないとほんと駄目なんだから。なんてね)


等とご機嫌なことを考えながら足を動かす。
携帯電話を渡してやった後の御坂のはにかんだ笑顔を想像すると自分まで頬が緩んでくる。
だが


麦野「ん……?」


寮までの道程の半分ほどを走り、公園の横を通り過ぎようという時、麦野の視界にとある光景が飛び込んできた。


麦野(うそでしょ……)



660 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:25:18.84 ID:XeQwyZko [25/40]

血の気が引いていく。
緩んでいた表情も引きつり、眉間に皺が寄る。
御坂に寄せていたはずの信頼がほんのわずかにぶれる。
携帯を握った手に力がこもり、ミシミシと音を立てた。


麦野(何で今になって……)


眼の前の公園内。
ベンチに腰掛けた御坂と、上条が笑顔を浮かべて言葉を交わしている。
何かの間違いに決まっている。
いや、偶然会って少しだけ談笑しているのに過ぎないはず。
そう信じたいのに、彼と話す御坂の頬は赤く、幸せそうなものであるように麦野の目には映った。


麦野(駄目よ……駄目。そんなこと考えちゃ……!)


傍に寄って、携帯電話を渡して、余裕の表情で語りかければ。
御坂はきっと笑顔を浮かべて自分にすり寄ってきてくれるはず。
彼女は自分の恋人であり、誰より好きな相手であるのだから。
なのに


麦野(私はあんな風に……御坂とはなれないのかしら……)



661 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:27:30.53 ID:XeQwyZko [26/40]

拳を強く握り奥歯を噛み締める。
どんなに御坂のことを信じたくても、彼女があの男に恋慕の情を抱いていたことは紛れもない事実で。
二人掛けのベンチに座る二人の姿はどう見ても恋人同士のそれで。
結局のところ女の自分が他人から彼女と恋人同士であるように見られることなどあるはずもなく、
麦野にとっては初めて御坂を抱いたあの時のような、変えようの無い現実を突きつけられた気分だった。
急速に冷めていく胸の高ぶり。
麦野は高揚していた己をどこか遠くから見下ろすような感覚に陥った。


麦野(……ううん、でも……そんな別に……)


それでも御坂が好きだから。
麦野は肩を落とし、平坦な表情で御坂の寮へ向けて再び歩きはじめる。
じき御坂は戻ってくる。
そこで事実確認すればいいだけのことだ。
麦野は言い知れぬ不安を抱えて歩む。
御坂の心変わりを疑うわけではない。
彼女の愛に偽りなど何一つ無いと、この身を以て理解できているから。
だがその光景は麦野がかねてより抱いていた疑問を強く突きつけた。


麦野(美琴……アンタは本当によかったのかしら……。  
    あの時は舞い上がっていたけれど、アンタと私の行きつく先なんて……きっと何も無いのに)


だからこそ恐ろしい。
きっとこの恋は誰にも祝福されることなんて無いもので。
彼女が自分に向ける感情が強く優しいものであるほど、自分達の関係なんて他人から見れば歪で奇妙なもの。    
御坂を想う気持ちが日に日に強くなっていくから、麦野の迷いも大きなものへと変わっていった。
なりふり構わず、他人の目も気にせず生きていくには御坂はあまりに幼い。
そして今自分と御坂が置かれている立場は遠くかけ離れたものだから。
だから麦野はその瞬間。
美琴との関係に一つの諦めを持つのだった。



663 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:28:25.08 ID:XeQwyZko [27/40]

―常盤台中学学生寮前 17:50―


タッタッタッ…


御坂(遅くなっちゃったな……沈利さんのこと考えてたらすぐ時間経つんだもん)

御坂(しかもあのバカに会っちゃうなんてね。なんか変な感じ)

御坂(けどやっぱり私は沈利さんが好きなんだな……改めて気づかされたわ)

御坂(土曜のデートも楽しみ……ん? 寮の前にいるのって……)

麦野「……」

御坂(沈利さんだ。何やってんだろ)

麦野「……」

御坂「おーい! 沈利さーん!」

麦野「!」

御坂「どしたの? こんなとこで」

麦野「……これ」 スッ

御坂「ん? あ! 携帯忘れちゃってたんだ。 ごめーん! わざわざ持ってきてくれたのね」



664 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:30:02.66 ID:XeQwyZko [28/40]

麦野「うん……」

御坂「沈利さんとメール出来ないの困るし、危なかったわねー!」

麦野「そうね……」

御坂(何か元気ない……? 携帯忘れたことちょっと怒ってるのかしら)

御坂「えーっと……ごめんね? 次からは忘れないように気を付けるから」

麦野「……ねえ美琴」

御坂「うん?」

麦野「随分遅かったんだね。どっか行ってたの?」 

御坂「あ……まあ……」

御坂(正直に話したほうがいいのかな。でもちょっと恥ずかしいっていうか、気まずいし……)

麦野「何してたの? 門限ギリギリだよ」

御坂「じ、実はコンビニで立ち読みしてたのよー! 時間ヤバくて急いで戻ってきたの」

御坂(わざわざ沈利さん不安にさせるようなこと言う必要無いわよね……)

麦野「……そう、気をつけなさいよ」

御坂「あ、もしかして結構待たせちゃった? ご、ごめんどうしよう……。
    本当は上がってもらいたいんだけど時間が……」



665 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:30:58.60 ID:XeQwyZko [29/40]

麦野「いいよそんなの。んなことよりさっさと部屋戻んなよ」

御坂(ちょっと冷たいな……そうとう待たせちゃったのかも……)

御坂「そ、そうするわ。ほんとごめん……」

麦野「気にしてないって。早くしな。怒られるよ」

御坂「ん……それじゃ」 クルッ

麦野「どうして嘘つくのよ」 ボソッ

御坂「え? 何か言った?」

麦野「別に」

御坂「そう……? あの……また土曜日楽しみにしてるから」

麦野「ん、分かった」

御坂「うん……えと……」

麦野「何してんのよ、早く戻れっつってんでしょ」

御坂「……ねえ、何か怒ってる?」

麦野「怒ってないって」



667 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:32:18.63 ID:XeQwyZko [30/40]

御坂「ほんと……?」

麦野「本当よ。何かやましいことでもあんの? だからそんな風に思うんじゃないの」

御坂「そ、そんなこと……!」

麦野「……なら戻れよ」

御坂「……はい」 スタスタ

麦野「……」

御坂「……メールしてもいい?」

麦野「何で訊くの。好きにすれば」

御坂「……わかった。またね」

麦野「ええ」

御坂(……どうしたんだろ、沈利さん……。なんか怖いな……私何かしちゃったのかしら……) チラッ

麦野「……」

御坂(悲しそうな顔してるわね……。めちゃくちゃに怒ってくれればまだ……ハァ……土曜日ちゃんと謝ろう)



668 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:34:03.09 ID:XeQwyZko [31/40]

―住宅街 18:15―


スタスタスタ…


麦野(結局私には言いたくないことだったわけね……)

麦野(あー……ヤバイ泣きそう)

麦野(どうして正直に言ってくれないのよバカ……。別にあんなのと喋ってたくらいで怒ったりなんか……。
    垣根じゃあるまいし……)

麦野(……私に知られたら困るってわけ……? いや御坂に限ってそんな……)

麦野(もう訳わかんない……)


ハーナテココローニキザンダユメモミライサエオーキーザーリーニシーテー!


麦野(あいつか……)


――――――――――――――――――――
from:美琴
件名:あの…
本文:
ごめんね。何か怒らせちゃったのよね…。
でも私沈利さんが何に怒ってるのかが分からなく
て…。
私何かしちゃったの?お願い、教えて。
知らない間に沈利さんを傷つけちゃったんなら、
ちゃんと謝りたいから。ごめんなさい…
――――――――――――――――――――




669 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:35:54.34 ID:XeQwyZko [32/40]

麦野(……心当たりも無いってわけ……?)

麦野(怒ってんじゃないわよ……ばか) メルメルメル


――――――――――――――――――――
to:美琴
件名:別に
本文:
何も無いって言ってんでしょ。しつこいわよ。
悪いけど今日はもう話したくない。それじゃね
――――――――――――――――――――

>送信 ピッ


麦野(私だって分かんないわよ、アンタが何考えてるかなんて。
    ……分かんないから、悩んでるんでしょ……)

麦野(あんな男のことなんて別にどうだっていいのよ……そんなことなんかじゃなくて……。
    駄目だ、自分でも整理できてない……頭グチャグチャだ)

麦野(ちょっと頭冷やそ。このままじゃあいつに当たっちゃいそうだし……)

麦野(丁度コンビニだ。久しぶりに鮭弁でも買って帰ろ)



670 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:36:55.09 ID:XeQwyZko [33/40]


―コンビニ 18:25―


ラッシャセー 380エンニナリヤース 


店員「アリァトヤンシター」 ガシャーン


ウィーン…


麦野(ふぅ……買ったはいいけど食欲無いな……)

??「ん?」 スパー

麦野「あン?」

浜面「む、麦野?!」 スパー

麦野「……浜面、何やってんのよこんなとこで」

浜面「何って……買い物にだよ」

麦野「んじゃなんで店の前で一人寂しく煙草吸ってんの?」

浜面「い、いやこれはだな……! 滝壺が煙草嫌いだから……」 ササッ

麦野「……バラしちゃおっかなー」 ニヤッ



671 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:38:00.69 ID:XeQwyZko [34/40]

浜面「やめてくれぇ! タダでさえ喫煙者には辛い世の中なんだぞ!」

麦野「嘘よ。んなことチクる程暇じゃねぇっつの。でもキスしたらバレんじゃないの?」

浜面「……あ」

麦野「あっじゃないわよこのバカ面ぁ」

浜面「だ、大丈夫だ。ガムも買ってある!」

麦野「あっそ。どうでもいいけど」

麦野(っつかこいつらもキスくらいはするんだな……。当たり前か、恋人なんだし。男と女が一緒に暮らしてんだし)

浜面「な、なんだよ……」 スパー

麦野「ねえ、アンタらもうエッチした?」

浜面「ぶほっ! ゲホッゴホッ! な、何言ってんだアホかお前は!」

麦野「……はぁ~あ、その調子だとまだみたいね。もう襲っちまえよ。どうせアンタとキスしてる時には濡れてるって。
    脱がして突っ込みゃそのうち自分から腰振るんじゃない」

浜面「ば、馬鹿言うな! あっヤベ! 滝壺戻ってきた! いいか? 俺が煙草吸ってたことは内緒だぞ!」

麦野「なんだアンタ一人じゃなかったのか」

浜面「家に財布取りに戻ってたんだよ。マジでチクるなよ!」



672 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:40:07.11 ID:XeQwyZko [35/40]

麦野「口の利き方がなってねぇんじゃねぇのかにゃーん? はーまづらぁ」

浜面「何とぞ滝壺には黙っといてくりゃりゃんせ」

麦野「うむ。よろしい」

滝壺「お待たせ……あれ、むぎの?」

麦野「うん。たまたま会ってさ。滝壺、浜面が今煙草吸ってたよ」

浜面「おぉい! 今の俺の言葉聞いてましたかー!?」

麦野「知らなーい」

滝壺「……はまづら?」

浜面「ご、誤解だ! たまたまスキルアウトの知り合いに会っちまってさー! 無理やり押し付けてくるもんだから!」

滝壺「……私煙草の煙嫌いなの知ってるよね……」 ズズズズ…

浜面「……うぐ……も、申し訳ない」

滝壺「煙草かして」

浜面「……どうぞお納めください」 サッ

滝壺「うん。もう吸っちゃやだよ。身体にもよくないから」 グシャッ ポイッ

浜面「あぁあ……まだ結構残ってたのにー……」



673 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:41:46.84 ID:XeQwyZko [36/40]

滝壺「……なに?」

浜面「いえ、何でもないです。くそ麦野ー……怨むからな」

麦野「な、何よ。そんな台詞は成人してから吐けってのよ」

滝壺「むぎのは晩御飯買いに来たの?」

麦野「うん。いつもの奴ね。アンタらは?」

滝壺「お菓子とか……あっ! むぎの、この前アイス買ってくれるって言ったよね」 ワクワク

麦野「覚えてたか。いいよ。はい、200円でいい?」 スッ

滝壺「うん。ありがとう」 ギュッ

麦野「っ…………」 

滝壺「……? どうしたの?」

麦野「……いや」

麦野(……私は滝壺ともセックス出来るのか……? って何考えてんだ私は……)

麦野(でもこいつらもいずれはそういう関係になるんだろうし、恋人なんてそれが当たり前……
    筋肉なんてほとんどない柔らかそうな身体……。今の私にはもうそっちの方が自然だけど……
    やっぱり滝壺やフレンダ達とそんなことするのは気持ち悪いし考えられないな)

麦野(……じゃあ私と美琴は……? 女同士が普通じゃないことなんてハナから分かってたし覚悟の上だったけど。
    ……あいつにとって、それは本当に幸せなことなのかしら……?)



674 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:42:40.94 ID:XeQwyZko [37/40]

滝壺「むぎの?」

麦野「ハッ……。ご、ごめんボーッとしてた」

滝壺「……彼女のこと考えてたの?」

麦野「!? あ、アンタ知って……」

浜面「あー悪い……ちょっと前に麦野の部屋の前でお前と超電磁砲が抱きあってるの見ちまったんだよ……」

麦野「……そっか、見られちゃったんだ」

滝壺「それじゃあやっぱり……」

麦野「ん。付き合ってるわよ。フレンダには言ったけど」

滝壺「……そっか」

麦野「おかしいって思う?」

滝壺「……分からない。私はむぎのとキスは出来ないけど……」

浜面「いやまあそれは人それぞれというか……麦野の性癖までとやかく言う権利も無いしな」

麦野「性癖とか、そんなんじゃないんだよ」

滝壺「?」



675 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:44:25.27 ID:XeQwyZko [38/40]

麦野「私は男が嫌いな訳じゃなくて。女の子しか好きになれない訳でもなくて。
    ……これが他人から見ればすごく奇妙でおかしなことなんだって分かってるけど、それでもあいつが好きなんだ」

滝壺「……」

麦野「だから少し困ってるの。私は傷ついたあいつの心の隙間に入り込んで上手くやっただけなのに。
    あいつは私のことを好きだって言ってくれるから。……最初はそれでもよかったのよ。
    あいつが私のことを好きでさえいてくれれば、私は他のことなんてどうだってよかったし、幸せだった」

浜面「麦野……」

麦野「ねえ滝壺……私はどうしたらいいんだろう。 私は何を第一に考えて行動すればいいの?」

滝壺「……わからない」

麦野「……ごめん、こんなこと訊かれても困るよね」

滝壺「ごめんね……上手く言えないよ。言ったらきっとむぎのを傷つけるから……」

麦野「いいよ。私の問題だし」

滝壺「……でもむぎの、私は、むぎのを応援してるから」

浜面「お、俺もだ!」

麦野「……ありがと。それじゃ」

滝壺「うん……がんばってね」



676 名前:23日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/07(土) 02:45:21.60 ID:XeQwyZko [39/40]

麦野(馬鹿だな、私は……こんな大事な決断を他人に委ねるなんて……最低だな)

麦野(……メール来てるかな) カチッ


――――――――――――――――――――
from:美琴
件名:そっか…
本文:
そんな言い方しなくても…。
ごめん。また明日ね。
――――――――――――――――――――



麦野「ほんと……最低だ」

麦野(……私は、アンタとどうなりたいんだろうね……)


728 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:20:07.83 ID:amU8MCUo [2/47]
―25日目(土曜日)―


―麦野宅 10:00―


麦野は陰鬱な気分で目を覚ました。
本日は土曜日。御坂とのデートの日である。
本来なら心躍る休日なのに、なんだか頭も重く気分も沈んでいた。
それもそのはず。一昨日御坂と少々険悪な感じになってしまっていたから。
昨日は表向き普通にメールのやりとりをしたが、麦野は未だ気まずい雰囲気を感じ取っていた。


麦野(はぁ……行くのヤダな……。あいつの顔見てちゃんと笑えるかしら……)


もぞもぞとベッドから身体を起こして外を見る。
麦野の心と相反するような快晴。なのにどこか心を裂くような晩秋の寒空。
既に何度も御坂と愛し合ったベッドのシーツをさらりと撫でる。


麦野(けどこのままじゃ駄目だし……仕方ない、準備するか)


温かい布団の中から抜け出ると、ひんやりとした冷たい空気がベビードール姿の麦野の肌を突き刺す。


麦野(そろそろジャージにしとくか。風邪引くし。……ふふ、そういやあいつこれ見て顔赤くしてたっけ、可愛いな)


ふと思い出す御坂の顔はいつも笑顔で、優しいものだった。
結局なんだかんだで御坂と会えるのが楽しみになってくる麦野。
白い肌をさすって温めながら、洗面所へと向かって朝の身支度を開始した。



729 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:22:02.74 ID:amU8MCUo [3/47]

それから程なくして、洗顔や歯磨き、着替えを終える。
コートが黄色なので中に着るものは白やアースカラーを基調とした無難なものだ。
白いフリル付きの薄手のブラウスのボタンを留めながら、御坂のことを考える。
食欲が無いため、朝食は取らずサプリメントで栄養補給だけしておくことにした。


麦野(やっぱあいつに仕事のことちゃんと話して、その上であいつに決めてもらったほうがいいのかな……)


この二日で麦野は大分煮詰まっていた。
どう転んでも自分達の関係には発展性が無く、将来性も無い。
確かに同性愛は社会的にも認知されてきているとは言えマイノリティであることに変わりなく、
時に心無い言葉や侮蔑の視線を向けられることもあるだろう。
麦野にとってそれはさほど問題としていなかった。
所詮自分は社会のつまはじきもので、同じ女性を愛してしまったことなどまるで比較にならないほど罪深い人間だ。
だが、御坂はどうか。
清廉潔白な人間であるはずの彼女もきっと同じことを言う。
麦野が好きで、麦野に好かれているという事実があればそれでいいとのたまう。


麦野(私だってそれでいいと思うわよ……でも……)


しかしだ。
御坂は所詮は思春期の中学生。
多感な年ごろの少女をこの道に引きずりこむことが正しいことと言えるだろうか。
否、正しいかどうかなど個人の主観にすぎない。
問題なのは、御坂にとっての選択肢を狭め、別の道の可能性を摘んでしまうことにある。


麦野(あの子の母親は……美鈴さんって言ったっけ。あの人はきっとアンタにそんな辛い道を選ばせたいなんて思わない……。
    表向きは応援してくれるかもしれないけどね……私と一緒じゃ、アンタは幸せにはなれないんだよ……)



730 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:23:46.17 ID:amU8MCUo [4/47]

御坂が欲しくて。手に入れた。
彼女と言葉を交わす程に想いは募り。焦がれ。深まる。
そうして経過していく時の流れが、麦野の心境にゆっくりとした変化を与えてきた。
気づかされたのは、あの時御坂と上条が話している場面を見た時だ。


麦野(あれが自然な形だろ……結局私達ってやっぱどっかおかしいんだよ……)


障害は何も性別に限ったことではない。それだけなら上手くやっていく自信もあるし、こんなに迷うことなど無かっただろう。
彼女に告白をしたあの日、御坂と身体を重ねることの抵抗が無いことは既に確認しているのだから。


麦野(けど私がレズビアンに目覚めたとか、実はバイだったとか、そんなことは今はどうでもいいのよ……。
    誰もそんな他人のことなんて気にしないもんね。だから私が考えなくちゃいけないのはそこじゃないんだ……)


最大の懸念は、自分の仕事。その一点に尽きる。
学園都市暗部として裏路地に君臨する麦野だ。
こんな仕事をいつまでも続けていけるわけが無いが、終わる目処も特に立っていない。
もちろん辞めたいと言って辞められるわけもない。
そんなことをすれば次から次に追手がかかって死ぬまで追いつめられることになる。
事実、足抜けを図った連中を皆殺しにする仕事をさせられたこともあった。
もっとも、それは暗部で得た情報を外部に漏らそうとした相手に否があったのであるが。


麦野(どちらにせよリスクが高すぎる……。美琴に危害が及ぶのは避けたい)


もっと真っ当に生きてくれば結果は違ったのだろうかと一瞬後悔が脳裏をかすめるが、すぐに首を振ってそれを否定した。
こんな仕事をしていなければ、自分は御坂には出会えなかったのだから。
もしもの話なんてしても仕方が無い。
麦野は鏡の前に立ち、険しい顔の自分を叱咤するかのようにわざとらしい笑顔を浮かべた。



731 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:25:40.77 ID:amU8MCUo [5/47]

麦野(どう転んでも私達に未来は無いな……。アンタの望みを受け入れる方がいいの?)


いや、それも一筋縄ではいかない。
なにせ御坂は良くも悪くも極端で迷いが無い。
自分と共に暗部に落ちるか、もしくは自分を救いだそうと暗部に首を突っ込んでくる可能性が高い。
つまり、何をどうやっても暗部組織との関わりを避けられないのだ。


麦野(八方塞がりってやつか……。現実は厳しいね……けど、私が深刻に考えすぎってことも否定出来ない)


言動こそ豪快だが思考はネガティヴな麦野である。
ぐずぐずと思考しているとどうしても考えが悪い方に行きがちだった。
今取れる最良の選択を必死に模索する。
何を犠牲にし、何を欲するのか。
その秤の均衡点を探りながら、麦野は鏡台の前に移動して化粧を始めた。


麦野(……さしあたって、あいつに言うべきことは……)


慎重な選択が迫られている。
一歩間違えば何もかもを失う事態へと転がって行くのだから。


麦野(……あいつは私が暗部の人間ってことは一応知ってる。
    ある程度は話しても大丈夫だな。具体的な内容に触れるとアウトか……)


学園都市第三位がよもや消されるということは無いだろうが、無用なトラブルから御坂を守らなくてはならない。
しかし御坂は学園都市第一位である一方通行の実験を阻止しようと動いていた女だ。
あるいはもっと深いところに関わっているのだろうか?



732 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:27:25.94 ID:amU8MCUo [6/47]

麦野(めんどくせぇな、美琴。ほんと普通の学生として出会いたかったよ……)


ついついそんな愚痴が零れてしまう。
誰も傷つかず、悲しまない。そんな結末はどこにもないのか。
そんな虫の良いことは言わない。
御坂が傷つかず、幸せになる方法があるなら、どうかそれで構わない。
だから麦野は、自分の幸せという条件をリストから外した。
ただ、御坂と共に在るというたった一つの願いだけを残して。


麦野(ああ……辛いな……。どこか誰もいない遠くへ行けたらいいのに……なんて。
    アンタには何も捨てさせないわよ……アンタを引きずりこんだ、それが私の責任だ)


程なくメイクを終えて、いつも以上に大きくなった瞳で鏡の中の自分を睨みつける。
ただ普通に、二人で生きていきたいだけなのに。
それがどんなに困難で、過酷なことかまざまざと見せつけられている気分だ。
彼女にとっての幸せとは何だろうか。自分が彼女のためにしてやれることは何なのだろうか。
麦野は額に手を当て、俯き思考の奥へと潜る。
学園都市第四位の演算能力を以てしてもなお、その答えは見つかることは無く。
誰かがその答えをくれることは無く。
麦野はただ一人暗く深いゆるやかな絶望の海へと沈んでいった。
そろそろ家を出なければならないが、どうにも気分が重い。
こんな日は、きっとロクなことが起こらない予感がした。
面倒事や嫌な事は、立て続けに起こるものだと相場は決まっている。


麦野(せめてアンタの笑顔が見られることを望んでもいいでしょ……それくらい、いいわよね)


自嘲するように吐息を零して御坂にもらったヘアクリップで髪を纏め立ちあがる。
足取りは重い。
待ち合わせ場所で待つ御坂の無垢な笑顔を見られるなら、この気持ちも少しは軽くなるだろうか。
麦野はどうあがいても御坂の顔が頭から消えないことを心苦しく思いながらも、それが己の最後の支えとなっていることを自覚するのだった。



733 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:29:06.88 ID:amU8MCUo [7/47]

―第七学区大通り 12:00―


第七学区大通り。
学生がよく待ち合わせに利用する噴水の傍で、麦野は不安げな面持ちで立ちつくしていた。
何度も腕時計で時間を確認する。
待ち合わせの時間は十二時。今まさに時計の短針と長身が十二の位置で重なった。


麦野(そろそろ時間ね。ちゃんと来てくれるかしら……)


不安で鼓動は加速する。
御坂に限って無断ですっぽかすなどと言うことはまず有り得ないが、少々喧嘩気味な別れ方をして以来会うのはこれが初めてなので緊張してくる。
休日の昼間ということもあって、広場では制服や私服問わず学生が連れ添い賑やかな様相をを呈していた。
しかし、そんな喧騒は麦野の耳には届かない。
人ごみの向こうから、駆け寄ってくる人影に目を奪われたためだった。


麦野「あっ……」


おもわず吐息が漏れて心臓は跳ね上がる。
常盤台中学の制服に身を包んだ御坂が、焦りを表情に浮かべて肩で息をしながら寄って来た。


御坂「ごっめん! ちょっと授業で遅れちゃった。待った?」


額の汗をぬぐいながら笑みを零す御坂。
麦野もそれにつられるように、やや不自然な笑みを顔に張り付けて平静を装う。


麦野「いや……別に。そっか、アンタ今日学校だったんだね」

御坂「はぁ? 土曜日だからそりゃそうでしょ。急いで来たんだから」



734 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:31:00.30 ID:amU8MCUo [8/47]

御坂のことを考えてばかりだったので、基本的なことを失念していたようだ。
12時という待ち合わせ時間はもしかするとかなり無茶をしたのかもしれない。
それこそ早退ということも有り得るが、御坂はケロリとした様子なのでそれ以上深くは触れずにおく。


麦野「ごめんごめん。忘れてたよ。お腹減ってる? 何か食べよっか」


いずれにせよ丁度お昼時。麦野も朝食を抜いているので空腹が今頃になってやってきたところだ。
今日は映画でも見るという漠然とした予定しか立てていなかったので、手近な店にでも入ろうと提案すると、
御坂も二つ返事で頷いた。


御坂「うん、お腹減ったー! 何にしよっかなー」

麦野(……意外に普通ね。そう振る舞ってくれてるの?)


もっと重苦しい雰囲気になるかと思ったがそうでもなかった。
御坂が気を使って一昨日のことに触れないようにしてくれているのだろう。
身構えていたので、麦野は少しだけ肩透かしを食らったような気分になりながら御坂の顔をじっと見る。


御坂「ん? 私の顔に何かついてる?」

麦野「ううん……えっと、何食べたい?」


わざわざ険悪な雰囲気にする必要は無い。
一日は長いのだし、話はじっくりと進めていこうと麦野も微笑んで御坂に問いかけた。
その質問に、御坂は辺りをキョロキョロと見まわして店を探し始めた



735 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:32:21.54 ID:amU8MCUo [9/47]

御坂「んー、何でもいいけど……あ、たまにはファーストフードとかどう?
    何だかんだで今まで一回も行ってないし、学生のデートの定番でしょ」


好みのものが見つからなかったのか、余程お腹が空いているのか、御坂は「もうあれでいいや」とでも言いたげに
少し投げやりな口調で赤と黄色のどこにでもあるファーストフード店の看板を指差した。
ジャンクフードは対して好きではないが、ファミレスで食べるものを考えれば対して変わりないなと、
肩を竦めてそちらに向かって歩きはじめた。


麦野「無理に定番を抑える必要なんてあるのかしらね。まあいいけど」

御坂「沈利さんがハンバーガー食べてるのなんてちょっと面白いじゃない。
    たまにはいいでしょ、行こ行こ」

麦野「ちょっ、引っ張らないでよね」


そう言って御坂は麦野の腕に手を絡ませる。
ドキリとする麦野を引っ張り、御坂は楽しげな顔でファーストフード店まで先導していった。
店内は昼時と言うこともありやや混みあってはいたものの、十分な席が用意されており、
二人は注文した品を持って3階の窓際席を陣取る。
大通りを歩く人々の姿がそこから一望出来た。
常盤台中学の学生はやはり珍しいようで、周囲の学生達から好奇の視線が寄せられているが
御坂は特に気にする様子も無くお絞りで手を拭いている。


麦野「っつか私からすりゃアンタがそんなもんにかぶりつく姿の方が意外なんだけどね」


御坂が大きく口を開けてハンバーガーを頬張っている姿は小動物的で愛らしい。
しかし忘れがちだが、彼女はあくまでお嬢様学校の生徒である。
そんな少女が、はしたなくも大口を開いているのはなかなかに愉快な光景だった。



736 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:33:54.00 ID:amU8MCUo [10/47]

御坂「そう? むぐむぐ……ホットドッグとかも好きよ」

麦野「ふーん。小さいお口で懸命に大きなソーセージを頬張る訳ね。ふふぅん」

御坂「げほっ! やらしい言い方しないでくれる?!」


ニヤニヤと笑う麦野に、御坂がむせて顔を赤くする。


麦野「あれー? やらしいって何のことかにゃーん? 美琴ちゃんは何を想像しちゃったのかにゃーん?」


ポテトを齧りながらくつくつと笑う麦野。
より一層顔を真っ赤にさせた御坂が頬を膨らませて視線を反らした。


御坂「もういいわよ! 沈利さんの意地悪! エッチ!」

麦野「今更何言ってんだか。いい加減慣れろっつの。私がエロいのなんて今に始まったことじゃないでしょ。
    大体、アンタがそうやって無防備に……何見てんの?」


拗ねて窓の外を向いていた御坂。
ふと見ると、麦野は彼女の視線が何かを捉えていることに気がついた。
大通りを歩く学生達。その中の一点を切なげに見据えている。


麦野「……あれって……アンタ」


麦野の声色が低く変化した。
我に返った御坂は慌ててこちらに視線を引き戻す。
普通に話せていたと思ったのに。
麦野は歯噛みする。
沸々と怒りや悲しみが胸の奥底から湧き上がってくるのを感じていた。
彼女の視線の先にあったのは、仲睦まじく手を繋いで歩く上条とその恋人姫神の姿だったのだ。



737 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:35:11.11 ID:amU8MCUo [11/47]

御坂「ご、ごめん。ボーっとしてた!」

麦野「……アンタは……まだ私の彼女なんでしょ……」


麦野は悲しげに呟く。
上条と姫神を見つめる御坂の視線がとても切なそうに見えたのがやけに気に障った。
場の空気が凍りつく。
異変を感じ取った周りの席の学生達がチラチラとこちらに視線を送ってくるが、麦野は一切気に留めない。


御坂「ま、まだって……どういうことよ……。ち、ちがうわよ! あいつを見てたのはそんなんじゃなくて……!」

麦野「だったら……あんな顔で他の奴なんて見てんじゃないわよ……!」


もはや怒りを隠そうともせずに麦野は拳をテーブルに叩きつけた。
3階フロア全てが静寂に包まれる。
周りからの好奇の視線が一斉に集まってくる。


御坂「何勘違いしてんのか知らないけど、私あんたが思ってるような意味であいつを見てたんじゃないからね」

麦野「……嘘」

御坂「はぁ?」

麦野「アンタ一昨日だってあの男とベンチで一緒に喋ってたじゃないの……」


麦野は目尻に涙を浮かべながら引き絞るようにそう言った。
ベンチに並んで幸せそうな顔つきで言葉を交わしていた二人の姿を思い出す。
悲しいような、悔しいような言葉では言い表しがたい複雑な感情だった。



738 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:36:46.42 ID:amU8MCUo [12/47]

御坂「なっ……! あんた見てたわけ!?」


驚いたように御坂。
その態度がまたも麦野の癇に障った。
見ていたことを責めるような口調に聞こえたためだ。


麦野「アンタまだあの男のことが好きなの?」


頭の中が混乱でグチャグチャにかき乱されていく。
彼女との今後のことや、自分たちの立場のこと。
麦野の両肩にストレスとなってのしかかっていたそれらの問題は、まるでパンパンに膨れ上がっていた風船のようになっていた。
そしてそこに今、ほんの些細な気がかりが針となって突き刺される。弾け飛ぶように、麦野の怒りが炸裂したのだった。
そんなことは無いと半ば自分でも分かっていることだったのに、怒りが後押しして思わず口を衝いて出る。
御坂が前の恋をそう簡単に割り切れないというのも初めから了承済みだったはずなのに、麦野はポロポロと涙を零しながら御坂を問い詰めた。


御坂「馬鹿なこと言わないで!」


御坂もまた麦野から言われた言葉が信じられなかったのか、テーブルを同じ様に殴りつけて立ちあがった。
ビクリと肩を跳ね上げる麦野。
御坂の表情を見て、少しだけ頭が冷えた。
それはとても哀しげな顔だった。
麦野は理解する。今自分は、御坂の信頼を裏切るような最低の言葉を口にしたのだと。
俯き、麦野は唇を血が滲むほどに噛み締めた。


麦野(何やってんだよ私は……。美琴に話しなくちゃいけないのに……)

御坂「グスッ……沈利さんを不安にさせたくないから黙ってただけなのに……」



739 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:38:57.92 ID:amU8MCUo [13/47]

御坂のすすり泣く声に顔を上げると、耳を赤くし、目には涙を浮かべて彼女も俯いていた。


御坂「あいつとは帰り道にたまたま会っただけよ……沈利さんと付き合ってることもちゃんと言ったもん……。
    凄く素敵な人だって、のろけてやったわよ。それなのに……何でそんな言い方されなくちゃいけないのよ……」


徐々に感情が高ぶってきたのだろう。
御坂は最後の方は顔を手で覆って嗚咽と共にテーブルに涙の水たまりを作り上げていた。


麦野「ごめん……カッとなっちゃって……」


その様子を見て罪悪感がこみ上げてくる。
心底自分のこんな性格が嫌になる麦野。


御坂「……もういいわよ」


次の瞬間、御坂は平坦な口調でそう告げた。
顔をあげた御坂は、涙を拭いながら麦野を真っ直ぐに見据えてくる。


麦野「え?」

御坂「もう帰ろ……何かそんな気分じゃ無くなっちゃった……」

麦野「で、でも……」


せっかくのデートに加え、今日は色々と話さなくてはいけないこともあるのにと、麦野は言葉を探る。
原因は当然自分にある。
一昨日のことも案の定誤解だったようだし、喧嘩する理由などもはや無いというのに、
どうしてこうも話がこじれてしまったのだろうか。



740 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:40:51.00 ID:amU8MCUo [14/47]

御坂「私沈利さんに信用されてないみたいだし……」

麦野「違う! そんなことない……!」


寂しそうに告げた御坂の言葉を、麦野は慌てて否定する。


御坂「説得力無いわよ……」

麦野「そんな……」


御坂の言葉はもっともだった。
事実疑うような発言をしてしまったのは自分なのだから。
御坂は睨むような眼差しで麦野を見詰めたまま言葉を続ける。


御坂「……ごめん、今沈利さんの顔見たくないの……。なんか、すごくイライラするから」

麦野「…………」


とりつくしまも無い。
麦野のはその言葉を合図とするように、無言で立ち上がってその場を去ろうと御坂に背を向ける。


御坂「ごめん……」


投げかけられた言葉。
涙声であることに申し訳ない気持ちが湧きあがってきた。
泣きたいのはこちらも同じだ。何も喧嘩などする必要なんて無かったのに。
ギュッと掌に爪が食い込むほど拳を握り、麦野は立ち止まって振り返らずに言った。



741 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:43:12.14 ID:amU8MCUo [15/47]

麦野「……いいよ」

御坂「…………夜メールする」

麦野「ん……待ってる……」


頭が冷えればちゃんと話も出来るだろう。
せっかくのデートが潰れてしまうのは残念だが、今回は仕方ない。


麦野「じゃあね」


未だ背後で鼻をすすっている御坂に最後にそう告げて麦野は周りからの視線を振り切るように速足で階段へ向かい、下る。
涙が溢れてきそうなのを必死にこらえながら、良くないことは冗談のように続くものだと実感する。
涙目になっている姿を他人に見られないよう、俯きながら麦野は急いで階段を下りて逃げるように店を出た。
笑顔で大通りを歩く人々が腹立たしい。
麦野はそんな何気ない日常の風景すらも忌々しく思いながら、数歩を歩く。
その時だった


怪しい男「お、お前……麦野沈利だな! アイテムの!」


麦野の眼前にやせ細り土気色の肌をした研究員風の男が躍り出る。
怯えや焦りを骸骨のような顔いっぱいに浮かべながら、彼はそう叫ぶとこちらの反応を待たずに黒光りする拳銃の銃口を突き付けてきた。


麦野「……!」


応戦しようと身構える暇も無く、男はカタカタと震える手で引き金を強く引いた。
乾いた銃声が大通りに木霊する。
ざわめく人の波。数瞬の間を置いて女学生の悲鳴が聞こえた。
咄嗟に身をよじって致命傷を避けたものの、麦野の脇腹はコートを貫通してわずかだが抉り取られた。



742 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:45:12.27 ID:amU8MCUo [16/47]

麦野「テメ……ェ……! うぐっ……!」


激痛が走り脇腹を押さええると、ぬるりとした感触が掌に触れた。
思わず蹲った麦野に男はもう一度銃口を構えた。


怪しい男「は……はは! ざまあみろ! お前が悪いんだぞ!
      お前が俺達の邪魔をして……おまけにあんなムゴいことしやがるからっ!」


何の話をしているかは分からないが、どうせ自分に恨みを持つ人間だろう。
心当たりがあり過ぎる麦野は男の引き金が引かれる前に痛む身体に鞭を打って横に飛ぶ。
麦野が1秒前まで居た位置に向かって銃弾が数発撃ちこまれた。


怪しい男「ちっ!」


麦野が攻撃をかわしたことで焦ったか、それとも『原子崩し』の演算を始めたことに気付いたのか、
男は舌打ちをして手近な細道へと入って裏路地へと逃げ込んでいった。
その様子を見てブチブチと頭の血管が切れる音を聞く。
遠巻きに見守っていた周りの人々が心配する声をかけてくるのが遠くに聞こえた。


麦野「逃がすわけ……ねぇだろうがぁぁぁあっ!」


痛みが怒りとなって増幅される。
アドレナリンが激痛を和らげる。
美麗な顔立ちを凶悪に歪ませて、麦野はコートに赤いシミを作る傷痕のことなど気にもせずにその後を追いかけた。
まったくもって最悪な日だなとぼんやりと思う。
つくづく、悪いことというのは続くものらしい。



743 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:47:30.86 ID:amU8MCUo [17/47]

―ファーストフード店 3階 12:50―


御坂(あー……やっちゃった……)


御坂は麦野の去った客席で一人自己嫌悪に陥っていた。
あんな喧嘩になるようなことを言うんじゃなかったと後悔する。
上条と会ったことを麦野に内緒にしていた自分にも非が無い訳ではない。


御坂(沈利さんに仕事のこと訊こうと思ってたんだけどなぁ……)


先日から少々機嫌も悪かった麦野のことを想い、少しでも話しやすい雰囲気を作るために
朝から明るく振る舞っていたのが無駄になってしまったようだ。
この調子では当分話を聞けそうに無い。
おまけに今回はこちらから麦野を家に帰すという暴挙に出てしまったのだ。
関係の修復は容易なことではないだろう。


御坂(沈利さんとこんな喧嘩するの初めてだからどうしたらいいかわかんないな……。
    少し落ち着いたら謝ろう……)


麦野の封を開けてすらいない包装されたチキンレタスバーガーをぼんやりと見つめる。
ジャンクフードを食べる麦野の姿なんてそうそうお目にかかれるものではないというのに。
ため息をつく御坂。
捨てるのももったいないので、仕方なくそれを食べてしまおうと手に取る。


御坂(食欲無くなっちゃった……。袋もらって持って帰ろうかしら)



744 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:49:04.28 ID:amU8MCUo [18/47]

一度持ち上げたもののどうにも食べる気がせず、御坂はもう一度それをトレーの上に戻して窓の外に視線を送る。


御坂(あ、沈利さん……)


丁度麦野が店を出るところが眼下に見える。
心なしか肩を落として寂しげな背中だった。
チクリと罪悪感で胸が痛む御坂。
このままじゃ良くないなと思いながらぼんやりと彼女の背中に視線を送っていると、そこに近づく人影があった。
細長い体の白衣の男。
研究員風のその男はふらふらと覚束ない足取りで麦野の傍まで寄ってくると、突如彼女に向けて銃を突きつけた。


御坂「え……?」


次の瞬間。窓越しに確かに乾いた音が一つ聞こえた。
咄嗟にかわそうとしたのか身を捩った麦野だが、脇腹を撃たれたようで、手で押さえながら身体を揺らしている。
さらに男は再度銃口を麦野に向けて引き金を引いた。


御坂「な、なんなのよそれ……」


麦野も今度は勢いよく横に飛んでなんとかそれを回避する。
すると男は、躊躇い無く銃を下ろして路地裏に駆け込んでいった。
麦野のコートに血が滲んでいるのがここからでも分かる。
御坂はハラハラとその様子を見ていたが、麦野が鬼のような形相で男を追いかけて行ったのを見て我に返り、
居ても立ってもいられず勢いよく席を立つのだった。



745 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:52:26.30 ID:amU8MCUo [19/47]

―第七学区裏通り 13:00―


麦野は自らの身体に銃弾をぶち込んでくれた研究員風の怪しい男を追いかけて、路地裏を彷徨っていた。
大通りは多くの人々でごった返していても、そこから一つ道を外れるだけで昼間でも薄暗く退廃的な雰囲気を放っている。
年頃の女子学生が一人で入るなど言語道断な人気の無い狭苦しい路地裏は、まるで現世とは隔離されているかのような錯覚を抱かせた。
この時間帯ならスキルアウトの一人や二人いてもおかしくはなさそうだったが、気温も低いためか人影はまるで見当たらず、
背の高い廃ビルに囲まれた道の真ん中で麦野は肩で息をしながら辺りに視線を走らせ立ち止まった。


麦野「ハァ……ハァ……くそっ!」


茶色いパンプスのヒールを荒れたアスファルトの地面に打ちつける。
男はあらかじめ逃走経路の確保もしていたのだろうか、入り組んだ路地裏にその背中を見つけることは出来なかった。
黄色いコートに赤いシミを作る脇腹の傷を抑えて麦野が奥歯をギリリと噛む。


麦野(痛ぇな……。結構深くえぐられたか……?)


致命傷になるような傷ではないものの、先ほどから血がドクドクとあふれ出てきてコートを染め上げる赤いシミは大きくなっていた。
麦野は先ほどの男の言葉を思い返す。
自分が彼らの何らかの行動を邪魔した挙句に、何やら惨たらしいこともやってのけたらしいが、未だに何のことか分からずにいた。
仕事で関わったことのある相手であることは間違いないだろうが、何せこの仕事を始めて数年。
殺した人間は星の数程いるし、自分の所為で計画が頓挫したであろう組織も相当な数に上っているはずだ。
ズキズキという痛みをこらえながら、麦野の頭に一つの候補が上がった。


麦野(例の能力開発関連データ流出を目論んでた奴ら……アレのくたばり損ないか……)


つい先日までの一連の事件に関する仕事を思い出す。
学園都市上層部が、学園都市の外に能力開発の研究データを漏らそうとする連中を始末するよう依頼してきた内容だった。
相手が研究員風の男だったということと、例の事件前後、少々情緒不安定だった麦野はいつもより残酷に相手を
追いつめ殺害していたことを加味すればその線は濃厚なものとなってくる。



746 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:55:50.07 ID:amU8MCUo [20/47]

麦野(逆恨みかよ…………いや、そうでもないか。
    あの男の同僚をダルマに変えたかビルの下敷きにしてぶっ殺したのは私なんだし。
    どちらにせよこの私の身体に銃弾ぶち込んで生かしておくわけはいかねぇだろ)


またしても怒りがこみ上げてくる。
ただでさえ御坂と喧嘩をして最悪な気分のところにこの事態だ。
あの男を肉片一つ残さずこの世から消す。
麦野は口元を歪ませて大きく息を吸った。
脳内に酸素を行き渡らせ、感覚を研ぎ澄ませる。
仕事の時のような命の取り合いに興じるために意識を集中させる。
その時だった。
路地の角から、麦野の眼前に、二人の男が飛び出て来た。
全身を黒っぽい装備に包んだ軍人風の二人は、携えていたライフルを構え、麦野に向けて引き金を引き絞る。


麦野「……なるほど、そういうことか」


麦野はその常人離れした脚力と瞬発力ですぐに建物の中に飛び込んで銃弾から身をかわす。
少しずつこの状況が理解出来てきた。
というより、今眼の前に飛び出てきた軍人風の男二人を見てピンときた。


麦野(データの流出先……買い手側から派遣されてきた奴らか。
    あの男が手引きして学園都市内に侵入させたな。
    ……外の組織の連中が計画頓挫の主犯である私に報復に来たってとこか。
    よし読めてきた……)


建物の中に身を隠し、外の様子を伺いながら麦野は考える。
だが学園都市内への侵入は容易なことではない。
人数などたかが知れているだろうし、それをカバーするために路地裏に自分を誘い込んだのだろう。
麦野は口を引き裂いて笑う。



747 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 00:58:49.84 ID:amU8MCUo [21/47]

麦野(いいねェ……ストレス解消にはもってこいの相手だわ。
   最近仕事も無くて、おまけに美琴ともなんかギクシャクして……溜まりに溜まってるこのもやもやを
   死ぬまで叩きつけてやるから覚悟しとけコラ)


建物の入口に向かってジリジリと忍び寄ってくる男二人の足音。
麦野は命のやり取りのさ中、心地よい高揚感にさらされて壁に掌をピタリと付ける。
一連の仕事、番外編の始まりを告げるように、麦野は笑みを零した。
堅牢な建造物に囲まれた狭い路地は、天然の防壁となって彼らの身を守るものであっただろう。
時に盾となり、時に遮蔽物となり。
様々なメリットを与えるはずのその分厚いコンクリートの壁がひんやりと麦野にその存在を主張する。
彼らは勘違いをしている。
いくら彼らにとってこれが天然の城塞となり得るものであったとしても。
こんなもの、自分にとってはただの。
紙だ。


麦野「テメェら全員潰れたカエルのように死ね!」


青白い光が辺りを照らしだす。
学園都市暗部において、原子崩しの名を少しでも聞いたことがある者であったなら、彼らのような行動はとらなかったろう。
遮蔽物の一切合切を貫く原子崩しを前に、壁際を歩くなどとと言う愚行は。


「な、なn」

「お、おい! どうした……!」


一人にクリーンヒット。
消滅した壁の向こうでは身体の半身を無くした男の一人が自らの血の海の中でビクビクと痙攣して絶命していた。
一瞬にして肉塊と化した仲間に残されたもう一人が怯む。
そして麦野にとってそれは、これまでに幾度となく見て来た光景だった。



748 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:01:38.74 ID:amU8MCUo [22/47]

麦野「おいおい。路地裏のチンピラでももう少しマシなリアクションするわよ?」

「ば、化けm」


身体半分がミートソースと化した仲間の死体を目にして、戦意を失いかけていた男は、
それでもなお銃口を麦野に突きつけ引き金を引き絞る。
だが、麦野は既に電子線の発射態勢は万全だった。
男に捨て台詞を口にする間も与えず、青白い電子線がその顔面を赤い華を咲かせるように吹き飛ばした。


麦野「遅ぇんだよ。化け物退治のつもりで来たんじゃないの?」


どうやら原子崩しがどんなものなのかを理解出来ずに戦いに赴いてきたようだ。
それで勝てると思われていることが腹立たしい。
麦野は鼻歌交じりに顔面を吹き飛ばされた男の死体踏みつけて駆け出す。
どうやら彼らはここで自分を仕留めるつもりだったようだ。
となれば、そうとう自分に恨みを持っているであろうあの男も自分の死に顔を一目見ようと
この場に留まっている可能性が高い。
作戦中止を決定して撤退する前に皆殺しにしてやらなくてはいけないなと、麦野は細い路地裏の
地形を変えるつもりで四方八方に電子線をまき散らすように放った。


麦野「オラオラ! 逃げんじゃねえぞチンカス共ッッ! ここで私を仕留めなきゃテメェら一生逃亡生活だ!
    地の果てまで追いかけて死ぬまでブチ殺してやるから気張れクソがぁっ!」


声高らかに叫ぶほどにブチブチと頭の血管が切れていく。
興奮と絶頂。
これから殺し合い、否、殺戮に赴く者としてはある意味理想的な精神状態。
先ほどの電子線の乱射で数人仕留めたか、辺りに飛び散った血肉を踏みにじって麦野は人影を探して路地裏を走り回る。
やがて思い出したようにコートのポケットから赤い携帯電話を取り出して数件前の通話履歴からある人物に電話をかけた。



749 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:04:01.83 ID:amU8MCUo [23/47]

『もしもし? 麦野か?』


2コールの後に電話に出たのは浜面だった。
仕事前後の迎えの連絡以外で電話をかけることなどないので、少々驚いているようだ。
しかし麦野はそんな彼の意外そうな言葉の響きには構わず、辺りに視線をやりながら口を動かす。


麦野「はーまづらぁっ! 死体の処理と後始末の手配だっ! 第七学区の裏路地D、E地区周辺一体を封鎖させろ!
    今すぐにっ! 5分でやんな! それからアンタは車を用意して私を迎えに来い!」

浜面『は、はぁっ!? 何だ急に! ま、まさかお前ついに喧嘩で人殺しちまったか!?』


矢継ぎ早に注文する麦野の言葉を受け止めきれなかったらしい浜面。
大層失礼な勘違いをしてくれているようだが、あながち間違ってもいないなと、
麦野はイライラとこめかみに血管を浮かび上がらせながら駆け回る。
瞬間、麦野の眼前に3人の黒い防弾ジャケットに身を包んだ男が拳銃を構えて躍り出る。


麦野「はっ! まあそんなとこよ! 急ぎなよ、清掃班も呼ばないと学園都市に新しい心霊スポットが出来ちまう」


原子崩しは奇襲に弱い。
誰が言ったか、それは紛れも無い事実だ。


麦野「タイトルは赤い路地裏ってのはどうよ? ぎゃははははははははははははぁっ!!」


しかし。
それは麦野の眼前に出る前に限った話。
飛び出し、銃を構え、引き金を引く。
遅い、遅すぎる。
先ほどと違い今は頭を切り替えている。
荒事に慣れきっている麦野にとって、欠伸が出る程の時間だ。
男たちが飛び出て1秒と経たず、彼らは真っ赤な血肉の塊となって瓦礫にへばり付いた。



750 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:06:55.10 ID:amU8MCUo [24/47]

浜面『お、おい麦野大丈夫か!?』

麦野「ごちゃごちゃ言ってる暇あんなら私が言ったこと全部やれっつの! 電話切るよ!」

浜面『ちょ、待て麦』


プツリと電話を切る。麦野は足を止める事無く上方に視線を移す。
人気の少ないビル街。上階でキラリと何かが光る。
スナイパーを配置しているらしい。麦野の足元に鋭く銃弾が突き刺さるが、さほど手練では無い様子。
動き回る標的を一撃で仕留められない三流に、易々と殺される程死線をくぐってはいない。


麦野「無駄だ蠅共。私とまともにやり合いたいならまず距離を詰めるとこから始めなよ!」


距離も遮蔽物も一切関係ない。その麦野にとってある意味死角と言えるのは超接近戦。
ビル6階と別のビル屋上に配置されていたスナイパーを同時に屠って麦野は残酷に嘲る。
そして、その死角すらも無駄だと嗤う。


麦野「ただし馬鹿正直に眼の前に出てくるのは駄目だ」


示し合わせたようなタイミングで、ナイフを手にした男が麦野を突き飛ばす勢いで陰から飛び出す。
それを横目に捉えて、麦野が獰猛な肉食獣のように牙を見せた。


麦野「私に肉弾戦挑むなんて5世紀ばっかし早いんだよ!」


ナイフを腰に構えて真っ直ぐに麦野に突撃してくる屈強な男。
連携の仕方は悪くない。
しかし、その程度、麦野にとっては幾度となくくぐり抜けた修羅場の焼き直しに過ぎない。
青白い光球を周囲に形成し、男に向けて乱雑に降り注がせる。



751 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:10:33.77 ID:amU8MCUo [25/47]

先ほど麦野にとって死角は接近戦にあると言った。
確かに、この距離では複数の電子線の精密な照準合わせは自らに当たる可能性を考慮すると少々時間がかかる。
だがそれは、あくまで爆弾などによる広い加害範囲を有した対象を狙う場合に限る。
単調な点での攻撃など、麦野にとっては格好の標的でしかない。
そして


男「化け物め! やはり学園都市に技術独占をさせうぐっ!」


電子線をかろうじてくぐりぬけた男が麦野の柔らかな身体に刃を突き立てようと腕に力を込めるも、
その刀身は白い柔肌に突き立てられることなく男の手から零れ落ちた。
男の腹部には、麦野の長い脚による蹴りが叩きこまれている。


麦野「知らねぇの? レベル5が化け物なのは当然だろうが」

男「ま、待て! やめt」


麦野は自らに向かってくる刃を寸前でかわし、すれ違いざまにひざ蹴りを叩きこんだのだった。


麦野「駄目だ。中学生のガキでももうちょっと善戦したけどそこんとこどうよ?」


崩れ落ちる男の頭上から容赦なく降り注ぐ青い断罪。
血の華を大地に咲かせて麦野は鉄の匂いが鼻腔をくすぐるのを感じ、さらに神経を研ぎ澄ませていった。
麦野がアイテムというたった4人の少女を率いて、学園都市内部の不穏分子の抹消などという荒事への対応を任されている理由はここにある。
それは何も彼女がレベル5という圧倒的な力を持っているからだけではない。
相性の悪い能力者がいようと、迂闊に能力を発動出来ない状況に追い込まれようと。
能力が十二分に使用出来ない状況下に在ってなお戦闘を継続、もしくは回避出来るこの恐るべき
身体能力と標的を確実に抹殺しようとする執念が麦野を長きに渡って路地裏の女王として君臨せしめてきた。
長時間駆け回ってきた麦野は多少肩で息をしているとは言えまだまだ体力的にも十分ということからもそれが窺い知れる。

これが。
これこそが学園都市第四位『原子崩し(メルトダウナー)』麦野沈利の真の恐ろしさである。



752 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:12:28.12 ID:amU8MCUo [26/47]

麦野(……気配が消えた……今ので最後か。となれば残りは……)


先ほどまでのピリピリとした空気が穏やかなものへと変わっていくのを感じていた。
自分を殺そうとする敵は今ので全て仕留めたらしい。
残るのはあの研究員風の男。
その時。
瓦礫の山と化していく建物の向こう側に、その研究員風の男の姿が見えた。


研究員「く、来るな!」


こちらの姿を見た男は土気色の不健康な肌からますます血の気を引かせて麦野に懇願するような眼差しを向けた。


研究員「わ、分かった! 私が悪かった! もうお前達には関わらない! だから見逃してくれ!」


お決まりの命乞い。
こんな状況、もう何度目になるだろう。
麦野は無表情のままゆっくりと男に近づいていく。


麦野「……私のドテッ腹に銃弾くれやがったのはテメェだろうが。……楽しいのはこっからじゃない」

研究員「た、頼む! 何でもする! 学園都市からも出て行く! だから頼む!」


泣きそうな顔で懇願する男。
急速に熱が冷めていく。
感情の高ぶりが収まり、突然この状況がつまらないものに思えて来た。
仕事の終わりはいつもこんなものだ。
あっけなさすぎる幕切れ。不毛な殺戮。
それでも殺さなければ終われない無情。
麦野はもうさっさと終わらせようと、男に憐れみにも似た視線を向けて掌をかざした。



753 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:13:47.35 ID:amU8MCUo [27/47]

御坂「あ、沈利さん! こんなところにいた!」


その時、男のすぐ近くの路地からひょっこりと御坂が顔を出した。
ギリリと奥歯を噛む麦野の一瞬の表情の変化を見逃さず、男は御坂に飛び付いた。
首に腕をまわし、そのこめかみに銃口を突き付ける。


御坂「え? え!? 何よこれ!」

研究員「形勢逆転だな!」


勝ち誇ったような表情をする男だが、麦野にはそんなことどうでもよかった。
問題なのは、この状況を御坂に見られてしまったと言うこと。


麦野「美琴……なんで……追っかけてくるのよ……!」

御坂「だ、だって……! 麦野さんが撃たれるの見て……!」


御坂と視線を交わす。
それはきっと彼女にとっても同じこと。
眼の前に突如突きつけられた現実を受け入れたくないと叫ぶように、
首を横に振って辺りの光景を拒絶する。
溢れた血肉。バラバラに飛び散った人体のパーツ。
瓦礫にこびりつくかつて人であったもの。
麦野は血の気が引いていくのを感じながら、胸に絶望が生まれる静かな音を聞いていた。


研究員「き、貴様ら私を無視するな! 大人しく死ん……!」

御坂「うるさい!」

研究員「ぎゃぁぁぁあああああ!!!」



754 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:15:39.22 ID:amU8MCUo [28/47]

御坂が身体から電撃を放出する。
ビクビクと身体を痙攣させて、男はプスプスと黒い煙を上げながら倒れて行く。
御坂のことだからきっと殺していないのだろう。
麦野は混乱した頭をすぐさま切り替え一つのことを考えた。

ここらが潮時

彼女と出会った頃始まった一連の事件の幕引きが、彼女との別れの時だというなら、

それも悪くない

麦野は自嘲し、無言で御坂の傍に倒れゆく男の身体に青白い光の槍を叩きつけた。


御坂「沈利さん待っ!」


御坂の声がこちらに届くよりも早く。
研究員風の男の身体は真っ赤な肉の破片となって辺りに飛び散った。
御坂の半身に汚い肉がこびりつく。
麦野の頬にも、血なのか肉なのかわからないドロリとした感触がへばりついた。
男への仕打ちの迷いの無さこそが、麦野の決断の速さ。
瞬き一つの間で殺し合いに踏み切る麦野だからこその引き際。


御坂「……沈利……さん?」

麦野「これが私。

    はじめまして、美琴―――」


思っていたよりは声は震えなかった。
心をこそぎ落とすように。
真黒な穴をほじくり返すように。
だが決して痛みは伴わない。
麦野は半ば諦めにも似た心持で言葉を紡いでゆく。



麦野「―――そしてさようなら。

    見られたからには、アンタとはもう一緒にはいられない」



755 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:19:50.09 ID:amU8MCUo [29/47]

御坂「……あ……ぁ……」


言葉にならない悲鳴をあげている御坂。
人が弾けとぶ瞬間を見せたのはやり過ぎだっただろうか。
彼女の心に要らぬ傷を残したそれだけが少しだけ心残りだ。

だがそれはそれで悪くない。

一瞬にして彼女を地獄に叩き落として、苦痛に歪む顔を見るのも、それはそれでそれすらも

―――悪くない。

これが彼女への愛によって成せる業だというなら、自分もまた業の深い生き物だ。
御坂の喜ぶ顔も、楽しそうな顔も、哀しそうな顔も、苦しそうな顔も、全てを自分のものにしたいと思えるのだから。


麦野「安心しなよ。アンタの命を奪うような真似はしないから」


惨めに泣きわめくような女にはなりたくない。
そんなものは、彼女にだけは見せたく無い。
麦野は言い逃れの出来ないこの状況に追い込まれたことで、ようやく自らが取るべき行動を理解するのに至った。


御坂「何……言ってんのよ……こ、こんなの……平気よ。うぷっ……わ、忘れたの? 私はアンタと殺し合った仲なのよ……?
    こ、こんなの、想定の範囲内に決まってるじゃない……ォエッ!」


カタカタと震える手で胃の奥からこみあげてくるものを必死にこらえている御坂。
彼女が眩しく、純粋なものだとするなら、こうなってしまうことをあらゆる手を講じて回避するべきだった。
逆に言えば、ここが分水嶺。最後の防衛線。
自分が言い訳の仕様も無い殺戮の中に在る存在だと知られた以上は、もはや迷うことさえ許されない。



756 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:22:05.47 ID:amU8MCUo [30/47]

麦野「別れよう」

御坂「え……」


麦野は薄く微笑み、御坂に告げた。
こうならないために悩み、苦しんできたというのに。
後悔があるとすれば一つ。
彼女を疑うような真似をしてしまったことだった。
彼女と同じ所に立って同じものを見られないことが悔しくて、女同士の恋路の果てには何も無いなどと理由を付けて納得をしようとした。
そんなこと、理屈で考えるようなことではないと分かっていたはずなのに。
御坂が好きだから、好きになった。
ただそれだけで良かったのに。


麦野「どうしてアンタを好きになったんだろ。もう分かんない。
    ……遊びは終わりよ。アンタと私のいる場所は、違いすぎるんだよ」


踵を返して路地裏を後にしようと御坂に背を向ける。
立場の違い。性別の壁。彼女には綺麗なままでいて欲しい。
結局のところ、そんなものは、全部全部詭弁だ。
体の良い理由を付けて、これ以上自分が傷つきたくないだけだ。
しかしこの世界に御坂を関わらせるわけにはいかないというのも事実で。
色々な言い訳や理由がない混ぜになって、もう麦野自身にも何故彼女を手離さなくてはいけないのかが分からなくなっていた。
しかし、それでも自分にはやらなくてはならないことがある。
最後の最後で得た彼女の為に出来ることは、ただ単純に、彼女の未来を守ることなのだから。


御坂「…………じゃないわよ……」


ふと、御坂が何事かを呟いているのを耳にした。
立ち止まり、チラリと彼女の様子を伺う。
砕け散った死体の横で、両手の拳を握りプルプルと震わせている。
ギチギチと歯噛みし、やがて御坂はありったけの怒りを込めた視線を麦野にぶつけた。


御坂「ふざけんじゃないわよ……っ!!!!」



758 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:23:44.09 ID:amU8MCUo [31/47]

瞬間。
大気が震え、大地が脈動する。
空気がうねり、ビリビリと落雷のように御坂の身体から雷が迸った。
アスファルトは黒く焼け焦げ、御坂の半身を濡らしていた血液は一瞬にして蒸発する。
そしてこちらに向けられている視線の中には、殺意とすらとれる圧倒的な怒りがあった。


御坂「何なのよそれはっ! そんな一方的な理由で、私が納得するとでも思ってんの!?」

麦野「落ち着きなさい。確かに一方的なのは謝るよ。でも……」

御坂「うっさい! 大体めんどくさいのよあんたはっ! ウジウジウジウジウジウジウジウジウジウジウジウジ!
    カビ生えるわ! 何をそんなに悩む必要があんのか分かんないわよ! 辛気臭いったら!」


激昂し、吠え猛る御坂。
とうとう堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに。
彼女はまだ子供だから、事の重大さがきっとよく分かっていないに違いない。
そうで無くては、こんな風に怒り狂ったりはしない。
そんなことを考えていると、御坂はさらに勢いづいて言葉を続ける。


御坂「どーせガキだから分かんないとでも思ってんでしょ!
    私から言わせりゃあんたのそういう無駄にナイーブでネチネチした所の方がガキっぽくてやんなるわ!」

麦野「あァ? 私はねぇ、アンタの為を思って……!」


図星を突かれてカチンとくる麦野。
次の瞬間、麦野に向けて一筋の電撃が放たれた。
当たれば直撃を免れない軌道。
麦野は慌てて能力によって弾き、軌道を反らす



759 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:25:40.52 ID:amU8MCUo [32/47]

麦野「ちょっと……当たったらどうすんのよ。アンタ私を殺す気?」

御坂「……私のものにならないなら……いっそ死ねば?」

麦野「なっ……!」


およそ御坂らしくない発言に虚をつかれる麦野。
ここまでの御坂のリアクションは全てが麦野にとって予想外だった。
泣いたり、怒ったり、虚勢を張ったり。
麦野の思い描いていた御坂の反応は全て自らの掌を出ないものだと思っていたから。
それは彼女が一個の意思を持つ人間だと理解するには程遠いものだったのだと、たった今気づかされた。
『私のもの』という言葉をいつしか額面通り受け取り、自分にとって都合のいいもののように扱っていたのか。
御坂は空を裂くような鋭い視線を麦野に突きつける。


御坂「なんてね。そんなベタなこと言わないわよ。 
    私は、あんたが私のものにならないって言うなら、力づくであんたを手に入れる!」


喧嘩を売る相手に向けているとは思えないほどの爽快な力強さ。
いっそこのまま彼女に身を預けてしまうのも悪くないかという考えが一瞬脳内に浮かぶが、それをあえて振り切る。
人の考えに流されるのが麦野沈利という女だろうか?
いや違う。
彼女がこんな世界に関わることがロクでもないことだというのは残念ながら紛れも無い事実。
御坂と同じところから、同じものを見たかったから、別れを告げた自らの気持ちに嘘はつかない。
御坂が眩しいものであったから憧れたのではない。
御坂と同じ眩しいものに、自分もなりたかったのだ。
されどそれは叶わぬ夢と成り果てた。
だからせめて



760 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:26:57.07 ID:amU8MCUo [33/47]

麦野「クソがっ……人の気も知らないで! 私の所有物の分際で噛みつくとはいい度胸だわ。
    お仕置きしてあげなくちゃいけないみたいだね!」


御坂を力づくで説き伏せる。
女だからとか、好きだからとかは関係ない。
彼女と共に堕ちていく気は初めから毛頭ないのだから。


御坂「あんたの所有物はたった今卒業よ。あんたが、私のもんになりなさいよ! そうすりゃ万事解決でしょ。
    これからのことは私に任せてあんたはこのしょーもない仕事辞めることと私のことだけ考えてりゃいいじゃないの!?」

麦野「この分からず屋がぁあっ!!」


麦野はもまた青白い光を操り電子線を御坂目がけて放つ。
当然の如くそれは弾かれるも、その行動は彼女の言い分を真っ向から受けて立つことを意味していた。
睨みあう双眸。薄暗い路地裏に電子の光が輝く。
かくしてここに、学園都市史上最悪の痴話喧嘩が幕を開けた。




761 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:29:00.47 ID:amU8MCUo [34/47]

―第七学区大通り 13:30―


スタスタスタ…


垣根「ふぁ~あ……暇だなオイ……」


カツッカツッ…


一方通行「…………ォイコラ」

垣根「あン? んだよモヤシ」

一方「俺をわざわざ呼び出しといて暇だってのはどォいう了見だクソメルヘン。
    オマエ用も無く俺を朝っぱらから連れ出したンじゃねェだろォな?」

垣根「んだコラ。休日は幼女と戯れるしかやることのねぇロリコンモヤシは黙って俺の暇つぶしに付き合ってりゃいいんだよ。
    むしろテメェのような孤高(笑)の一匹狼(爆笑)は俺のようなイケメンリア充に誘ってもらえたことを心から喜べ」

一方「あァそォですかァ、用がねぇならもう帰ンぞ」

垣根「おいおい冗談だろ。っつかお前何? ガキと遊んでてそんなに楽しい?
    同世代の奴と馬鹿やるとかそういう発想ねぇのかよ? 老けこんでんのは頭だけにしろよ若白髪」

一方「楽しいとかそンなンじゃねェよあのクソガキは。オマエにゃ関係ねェだろォが」

垣根「これだからロリコンは……。いいか、俺は同じレベル5としてテメェのことを心配して言ってやってんだ。
    ただでさえ近寄りがたいツラしてやがんのに自分から壁作ってどうすんだ。敵無駄に増やしたっていいこと無いぜ?」



762 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:31:32.96 ID:amU8MCUo [35/47]

一方「…………」

垣根「だからこの俺がテメェにも人並みの日常って奴を提供してやろうとこうしてわざわざ第七学区まで出てきて
    誘ってやったんじゃねえか。つれないこと言うなよ、一方通行」 キリッ

一方「ンで? 本音は?」

垣根「テメェをダシにナンパに決まってんだろカス」

一方「死ねクソ虫メルヘン。羽もぐぞ」 カチッ

垣根「待て待て待て! 今のナシ! 冗談だって!」

一方「ンだよ離せよ出荷前の羽毛」

垣根「お前らほんと俺に容赦無いのね。今のは言い過ぎだった。一旦言い訳させてくれ」

一方「まだ何かあンなら早く吐けよ虫」

垣根「もう羽関係ねえのな。つまりだな、テメェみたいなちょっと見た目イタいV系の小イケメンがいれば
    新しいジャンルを開拓できるかもしれねぇっていう俺の深淵かつ壮大な計画の一端に加えてやるって言ってんだよ」

一方「オマエの何言われてもこれっっっぽっちも凹まないとこだけは素直に尊敬してやンよ。
    ってかそもそもその水溜まり並に浅い計画は前提からして俺ありきじゃねェか」

垣根「ごちゃごちゃ御託並べやがってうるっせえモヤシだな。
    いいから黙って着いてこいよ虚弱体質。それともアレか? 歩くの疲れちゃったんですかぁ?」

一方「一々癇に障るゴミ虫だ。そンなに死にてェなら手伝ってやンよ」 ビキビキッ

垣根「上ッ等だコラ。 その真っ白けっけの白髪刈り上げりゃ少しは社会に溶け込めるんじゃねぇかぁ?」 ビキビキッ



763 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:33:13.17 ID:amU8MCUo [36/47]

ドォォォォォォォォォォォォオオオオオオンンンンッッ!!!!


一方垣根「「あ?」」


ザワザワザワ…


通行人A「な、何だ?」

通行人B「能力者同士の喧嘩じゃねえの?」

通行人C「お、おい……あそこ見ろよ……建物倒れてくぞ……」

通行人D「マジかよ……レベル4以上は確定だな、巻き込まれないうちに帰るか……」


ドタドタドタ… ザワザワザワザワ…


一方「アホ共が。昼間っから何やってンだかな」

垣根「まさか……」 アセッ

一方「あン?」

垣根「……な、なあ。今一瞬あの煙出てるとこで雷落ちなかったか?」

一方「はァ? 何言ってンですかァオマエ。頭湧いてンのは分かってンよ。妄想はその辺にしとけクソメルヘン。天気は概ね晴れだボケ」

垣根「違ぇよ! 能力者同士の喧嘩だっつってたろうが!」

一方「雷ってオマエ……オイオイ」

垣根「シャレで済む限度超えてんぞアレ。よし、ちょっと行ってみようぜ」 ダッ!

一方「オイっ!……クソッタレ。俺はまだ行くなンて言ってねェぞ」



764 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:35:31.66 ID:amU8MCUo [37/47]

―第七学区裏路地 13:40―


浜面は麦野に言われ、フレンダや絹旗にも協力してもらい、要求通りの手配をやってのけた。
あの麦野が緊急で電話をかけてきて、しかも急げと言うということは、よほどのことをやらかしたに違いない。
ハンドルを握る手には汗がじっとりと滲み、背筋にうすら寒いものを感じながら、アイテムの下部組織が上層部と連携して封鎖した
第七学区の裏路地へとこうして辿りついた。
そして浜面は、自分の想像力がいかに陳腐なものであったのかを理解することになる。


浜面「なんだこりゃ……」


大慌ての行動でもなお30分程を弄して到着した裏路地は、見るも無残な有様だった。
倒壊して土煙をあげるビル群。その端々に見え隠れする人間のパーツと真っ赤な血液。
もはや封鎖とかそういうレベルの話ではない惨状のその奥に、張本人である麦野の姿はあった。
煤けた黄色いコート。ボサボサの栗毛。脇腹からは服の下からじっとりと血が滲み赤いシミを作っている。
肌のそこかしこに傷を作り、ビリビリに破れたストッキングから覗く生足は不覚にも生唾を飲み込むほど生々しい。


麦野「……分かんない奴! この状況が見えないわけじゃないでしょね!」


怒りを露わにして叫ぶ麦野。だがいつもよりは少し控え目。もっと下品で歯に衣着せぬ物言いで相手を詰る麦野にしては、
少しばかりの気遣いがそこからは見てとれた。
だが浜面にとって、最も意外だったのはそこではない。
それは麦野の眼前にいる相手。


御坂「そりゃこっちの台詞だっつーの! 確かにあんたが何してる人でも良いって言ったわよ?!
    けどモノには限度ってもんがあるでしょうがっ!」


それは御坂美琴だった。
つい先日に付き合っていることを告白されたはずの彼女が、何故か麦野と同じように傷を作って二人で殺し合いをしている。
浜面と共に駆けつけた滝壺、絹旗、フレンダの三人も、一体何が起こっているのかまるで掴めていないようだった。



765 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:37:40.04 ID:amU8MCUo [38/47]

麦野「ああそうだよ! だからここでアンタとは別れようって話してんだろうが!」

御坂「ふざけてんじゃないわよ! あんたは私が更生させてあげるわよ!
    はっきり言うわ、こんな仕事今日で辞めなさい! 人をあんな風に………くっ! 
    バラバラにして殺すなんて仕事、ロクな死に方しないわよ!」

麦野「私にはこれしかねぇんだよぉっ!! だからアンタには黙ってたんだ! 詮索すんなって私は何度も言った!
    アンタと距離を詰め過ぎないことが大事だったのに! アンタはそんな私の気持ちも知らないで知ったような口を利くなっ!」

フレンダ「ちょちょちょっ! お、落ち着きなって二人とも!」

絹旗「そ、そうですよ! これ超ヤバイです! 人払いとかそういうレベルじゃないです!」


何の音か、空気が鳴動する音が先ほどから鳴りやまないのが気にかかる。
電子を操る能力者同士が、互いに周囲の電子を支配し合う見えない攻防でも行われているというのか。
レベル5同士の戦いなどスケールが大きすぎて何がどう転がってこの学区ごと吹き飛ぶか分かったものではないので、
まだ呆然としている浜面の横から絹旗とフレンダが飛び出して二人に掴みかかった。


麦野「離せ絹旗! だったら思い知らせてあげる! 身を以て後悔すりゃあいいじゃない!」


麦野は羽交い締めにしようとする絹旗を力づくで振りほどく。


絹旗「いった……! どこまでモンスターですか麦野っ」

浜面(おいおい……絹旗の『窒素装甲』を腕力で振りほどくって……)


そんなことをぼんやりと考えることしかできない。
チラリと隣の滝壺を見やると、ハラハラとした様子で二人の成り行きを見守っていた。
生憎と体晶の管理は麦野が行っており、今は手元には無いのだ。
さらに御坂の方にも動きがあった。



766 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:40:09.63 ID:amU8MCUo [39/47]

フレンダ「超電磁砲もやめなって! そんなの結局、ここで議論してましてや殴り合ったって解決しない訳よ!」

御坂「うるさいっ! この我儘女に分からせてやらなくちゃなんないのよっ!」


御坂と大して体型は変わらないフレンダも、いとも簡単に振りほどかれた。
そして当然の如く同時に手をかざす二人のレベル5。
辺りを警護する屈強な暗部の男達の顔にさえ、焦りと恐怖の色が浮かび上がった。
その中心は、まさにグラウンドゼロ。
迸る超電磁砲と電子線。
慌てて頭を抱えて大地に伏せる周りの一同。
吹き飛んだ瓦礫と爆風が空気ごと辺りを抉り取る。
もはやこんな中で立っていられる人間などいるはずもない。
しかし、そこでふと浜面は思った。
いくら超電磁砲と原子崩しが強力だからと言って、それが正面からぶつかり合ってこんな瓦礫混じりの爆風を巻き起こすだろうか。
これはまるで、真ん中に立つ堅牢な建造物に炸裂して吹き飛ばしたかのようではないか。
周りの何人かもこの事態を不審に思い、チラチラと顔をあげて粉塵のさ中で雄々しく立ちはだかっているはずの超雌達をうつ伏せの状態から仰ぎ見る。


麦野「……何しに来やがったのよ……クソメルヘン」

御坂「あ……あんた……なんでこんなとこに……!」


その場にいる誰もが息を飲んだ。
歯噛みする二人の少女の真ん中に立ち塞がったのは、彼女らの上に二人しかいないはずの、
その二人であったから。


垣根「テメェこそ何やってんだよ、沈利」

一方「何も言うな超電磁砲……俺だって分かンねェよ」


純白の翼を背中にたたえ、顔をしかめた学園都市第二位の超能力者、垣根提督。
そして天然のしかめっ面、垣根の翼よりもさらに白い少年、学園都市第一位、一方通行がそこにいた。



767 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:42:19.38 ID:amU8MCUo [40/47]

麦野「邪魔すんじゃねぇよ。今大事な話してんの」

垣根「そうはいかねえな。どうすんだよこの事態。一応一般人の被害はゼロみたいだが、このトラブルは高くついちまうぜ?」

御坂「……あんたには色々言いたいこともあるけど……今はどうでもいいのよ。
    そこどきなさいよ……」

一方「俺もすぐにでも帰りてェな」


いよいよ収拾がつかなくなってきたと浜面は口を開け放ったまま眩暈がするのを感じた。
学園都市の頂点4人が集結して、こんな何てことない路地裏で喧嘩を始められたら、今度は誰がそれを止めるというのか。
ふと視線を感じた浜面が、周りを見渡すと、渦中の4人以外の視線が全て自分に向けられているのを感じた。
彼らの視線や口元の動きをよーく見ると、確かにそれは浜面に無茶な注文をつけていた。
目を擦り、もう一度凝視する。

オマエが行け


浜面「な、何で俺――――――!?」

フレンダ「いやー……だってほらねぇ?」

絹旗「私達超かよわい女の子ですし。麦野に事態の収拾付けるように頼まれたの浜面じゃないですか」

滝壺「超応援してる」


絶対こんな組織辞めてやると、浜面はその時初めて決意した。
もう投げやり気味な滝壺にまで見放された浜面が、意を決してパンデモニウムと化しつつある4人の周囲に近づく。
そこは地獄の最下層。
怒り狂った3位4位と、それを全力で止めようする1位2位の構図。
この世の果てがあるなら、きっとこんな所なのだろうと、浜面は命を捨てる覚悟を決めた。



768 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:44:39.61 ID:amU8MCUo [41/47]

浜面「あ、あのー……」

「「「「あ?」」」」


ギロリと怖すぎる視線を向けてくる4人。
3位は中学生ということでまだ可愛い方で、1、2、4位は迫力も貫禄も在り過ぎて尿意を催してきたくらいだ。
もっとも、浜面にとって一番怖いのは誰あろう麦野だが。顔も一番怖い。


浜面「うぐっ……! 一斉にこっち見んなお前ら! いいからちょっと落ちつけよ!」


麦野に知られたらブチコロシカクテイ間違い無しの胸中で、浜面は後には引かぬ覚悟で言葉を放つ。
少なくとも第七学区が地図上から消えてなくなるか否かは、紛れも無く浜面の双肩にかかっていると言える。


麦野「はーまづらぁ。テメェは誰にモノ言ってんだ、あァ!? 
    私と美琴のことは気にしないでその辺の掃除ちゃっちゃと始めさせてくんない?」

浜面「馬鹿言うな! 真昼間からこんな人通りに近いところで大騒ぎしてたらそれどころじゃねえってお前なら分かるだろ!
    

浜面の言葉に迷わず反論してきたのはやはり麦野だった。
垣根は浜面と同意見のようで、うんうんと頷いて背中の翼をいつの間にか消滅させている。
一方通行は事態そのものに興味がないらしく、ポリポリと頭をかいて何やら首元のチョーカーに触れた後に気がつくと杖を着いていた。
そして御坂は


御坂「……沈利さん……」

麦野「あ?」

御坂「本当に……辞める気はないの?」



769 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:46:11.64 ID:amU8MCUo [42/47]

御坂は先ほどまでと違い、覇気の無い声で寂しそうに言った。
浜面には願うような言葉にも聞こえた。
何があったのかはもういい。ただ御坂は、きっと麦野に暗部の仕事から足を洗って欲しいのだろう。
恋人がこんな仕事に関わっていると知れば辞めて欲しいと思うのが普通だ。
しかし浜面は、その願いが叶わぬものだということも知っていた。
暗部の奥底まで食い込んでしまった麦野が、そこから再び表舞台に舞い戻ることなど、出来るはずもない。
そうするには、麦野はあまりに色々なことを知り過ぎた。色々なものを壊しすぎた。
きっと、御坂以外の誰もがそのことに気付いている。
だが、誰一人として彼女達に声をかけることはしなかった。


麦野「……無理だよ。本当は今日、アンタに仕事のこと話すつもりだったんだ……」

絹旗「ちょっ! 麦野」

滝壺「しっ、きぬはた、待って」

麦野「もちろん、アンタを私らの仕事に関わらせないように、大事なことは伏せてね。
    アンタは私と仕事で一度会ってるし、ギリギリ大丈夫なラインも見極めてた……なのに……」


麦野は拳を強く握る。
歯痒く思っているのか。何がこじれてこんな事態を招いたというのか。
麦野の中では、それなりに上手くやっていくプランが出来ていたのかもしれないが、
今現在、そのプランが崩れきってしまっているのは明らかだった。
そして麦野は、ギリギリと歯を噛みならし、御坂を見据えて言葉を叩きつける。


麦野「何で来た! こんな姿だけは、アンタに見せたくなかったのに! こんな私だけは見られたくなかったのにっ!」


御坂の肩を縋るように掴む。
嗚咽すら聞こえてきそうな悲痛な叫びだった。



770 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:48:33.55 ID:amU8MCUo [43/47]

御坂「……沈利さん……私は……!」

麦野「美琴」


御坂を見つめる麦野の視線は驚くほど冷徹なものだった。
それは予定調和の文を読み上げるような、単調で無感情な声色。
麦野の決心は、彼女にこの有様を見られたときに、すでについていたのだろうから。


麦野「アンタを巻き込んだ私の責任を果たさなくちゃ。
    お別れだよ。さよなら御坂」


御坂の肩から手を話し、麦野はその横を通り過ぎて滝壺達の元へと近付いていった。
そこに声をかける者はいない。
麦野の瞳は、あらゆる介入を許さない絶対的な意思が宿っていた。


御坂「沈利さん!」

垣根「やめとけ超電磁砲! 今は何言っても無駄だ。これはお前の為でもある。
    俺達が一堂に会するのは色々とまずい。特に、お綺麗なままのお前にとっちゃな。
    暗部への余計な介入は止せ」


麦野を追いかけようとする御坂の声が聞こえる。
垣根に制止され、麦野に伸ばした手が届くことは叶わない。
浜面もその様子を少しだけ歯がゆく思った。
彼女が同じ側にいたならこんなことにはならなかったのではないか。
だが、それを麦野は望まない。
垣根に引っぱられるようにして真逆の路地に消えていく御坂。
その様子を淡々と見つめ、やがて垣根に続いて杖をつき歩いていく一方通行。
御坂が何度か電撃を放ち彼を振り切ろうとするも、第二位の能力の前には無力だった。
そして麦野もまた御坂に背を向けたまま、迎えの車の中へ応急処置のために消えて行った。



771 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:50:26.52 ID:amU8MCUo [44/47]

御坂「沈利さん! お願い沈利さん! あんたまでいなくならないで!」


悲痛な叫びが路地の向こうから聞こえてくる。
浜面は耐えきれず目を反らして唇を噛んだ。


滝壺「はまづら……」

浜面「滝壺、絹旗……なんとかなんねえもんかな?」

絹旗「難しいですね……正直、麦野も上からの追求を超受ける可能性がありますし……」


寄り添うように傍らに近づいてくる滝壺と絹旗。
絹旗が言い辛そうに首を横に振る。
滝壺は浜面の手を優しく取り握り締めた。


滝壺「……かなしいね」

浜面「超電磁砲のことは俺は分からねえけど……麦野には何をしてやればいいんだ」


その問いには、誰も答えなかった。
これが学園都市の裏と表。決して交わってはいけない二人が出会い、互いを求めたなら、
共に歩くにはこの日陰へと堕ちてくる他に道は無い。
浜面は無言で麦野の乗るキャンピングカーに向けて問いかける。
もはや麦野が揺らぐことは無いのか。
彼女の心が変わることは無いのだろうか。
きっといつか、あるはずの無いその日が来ることを、浜面はせめて麦野のために願うことにした。



772 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:51:45.71 ID:amU8MCUo [45/47]

―麦野宅 22:00―


電話の女『まったくこいつときたらー!! 真昼間っからビル壊すわ重要な情報源皆殺すわ何してくれてんのー!?』

麦野「……っさいな。ちょっとムシャクシャしてたのよ」

電話の女『キレやすい若者かアンタはー! ってそのまんまだったわねー、ふはははっ!』

麦野「うぜぇな……んで? 私には何か処分とかあるわけ?」

電話の女『ん? ないよー』

麦野「……そう、意外ね」

電話の女『死体の身につけてたものから色々と特定できそうだし、不可抗力だもん☆
       アンタにはまだまだ精力的に頑張ってもらわないといけないしね?
       私はむしろアンタの爽快な戦いっぷりに惚れ惚れしたぜー!』

麦野「あっそ」

麦野(こいつ……どこから監視してやがったんだ……) ゾクッ

電話の女『あ、ところでー!』

麦野「……?」




    『アンタまさかアイテム辞めるなんて言い出さないわよね?』





773 名前:25日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/15(日) 01:53:39.58 ID:amU8MCUo [46/47]

麦野「!」 ビクッ

電話の女『小耳に挟んじゃった☆ くっだらない話よねー! うちのエースに何てこと言うのかしらっ!』

麦野「……馬鹿言ってんじゃないわよ」

電話の女『だよねー! アンタら「アイテム」の活躍にこれからも期待してるわよー』

麦野「はっ、何おだてて……」




   『ね、女同士のエッチって気持ちい?』




麦野「!」 ゾワッ

麦野(こ……いつ……! どこまで……?)

麦野「……何意味わかんないこと言ってんの?」

電話の女『なんとなくよ! それじゃ、またお仕事よろしくねーん! バーイ!』


プツッ……ツー…


麦野「……逃げられない……ごめんね、美琴」


838 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 01:39:56.53 ID:jYXueioo [2/66]


30日目(木曜日)


―第七学区 常盤台中学屋上 12:00―


御坂「はぁ……」


御坂は一つため息をつき、空を流れる雲の動きを見つめていた。
時刻は正午。昼休み、御坂は常盤台中学の屋上でベンチに座り一人空を見上げて佇んでいた。
麦野に別れを告げられてから本日で五日が経つ。
自分の心の中での整理はまるでつかないまま、麦野には幾度メールを送っても返事は返ってはこなかった。
今朝も一通送ったが、まだ返事は無い。
数日前のことを御坂は思い出す。
あの日自分は麦野とも間の踏みこんではいけない領域に足を踏み入れてしまった。
学園都市暗部。
それは自分が想像しているよりもずっと、生々しくて冷たいものだった。
垣根に連れられ裏路地から出た後、くれぐれも見たことを他言するなと念を押された。
彼や傍らにいた一方通行もまた暗部に関わる人間なのだろう。
妹達(シスターズ)と呼ばれる自分のクローンの件でそれは嫌というほど味わったことだったはずなのに。
もしかしすると、未だ表舞台を歩いていられることは奇跡にも近いことなのだろうか。
だとするなら、その奇跡を起こしてくれたのはきっとあの上条だったのだろう。
だが自分は麦野にその奇跡を起こしてやることが出来なかった。
今になって、事の重大さが御坂の肩に重圧となってのしかかってくる。


御坂(……沈利さん……このまま終わりなの……?
    ……私はあんたがそんなに悪い人だなんて思えない……)


学園都市暗部というものが何者かの個人の利益ではなく、学園都市全体の利益のために存在するものだとしたら、
麦野の仕事を一概に悪と断ずることは出来ないのかもしれない。
しかし、人間をバラバラの引き肉に変える所業が正しいことであるはずはなく、
ましてそれを大好きな麦野が行っている事実は未だに御坂にとって受け入れ難い事実であった。


御坂「……ふぅ……」



839 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 01:43:02.02 ID:jYXueioo [3/66]

深くため息をつき、ポケットから携帯電話を取り出してディスプレイを覗きこむ。
メールも電話も着信は無し。
麦野からのメールはもう随分前から止まっていた。
一日に幾度となくそれを確認しては肩を落とす。
いい加減疲れてきたが、それでも麦野に未だに期待をしてしまっている自分がいた。


「お姉様、こんなところにいらっしゃいましたの」


そんな御坂にゆっくりと近寄ってくる足音。
ツインテールを揺らし、いつもより少しだけ心配そうに笑顔を浮かべた白井は、御坂の隣に腰掛けてそう言った。


御坂「黒子……」

白井「お姉様、ここ数日元気がありませんわね。麦野さんと喧嘩でもしましたの?」

御坂「まあね、そんなとこ」


暗部の話など出来るわけないので、御坂は曖昧に微笑みかえして携帯をポケットへとしまう。


白井「……そうですの。黒子にお力になれることはありませんの?」


きっと白井は分かっていて訊いている。
踏み込んではいけない話なのだと分かっていてなお、自分の力になりたいと言ってくれているのだ。
しかし、御坂は首を横に振る。


御坂「ごめんね黒子。私にもどうすりゃいいのか分からなくてさ」

白井「仲直りは出来ませんの?」


仲直り、というのは少し表現が違う気がした。
どちらかと言えば復縁? いや、それも違う。
あえて言うなら、解決だろうか。
いずれにせよ、これはもう自分達で解決する以外に道は残されていないことが歯痒く思えた。



840 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 01:48:20.98 ID:jYXueioo [4/66]

御坂「まあ連絡も通じないしねー。私嫌われちゃったみたい」

白井「お姉様をお嫌いになるなんて、奇特な方ですわね」


せめて御坂を元気づけようとしているのか、白井は肩を竦めて冗談めかしてそう言った。
そもそも麦野と元の鞘に戻るためには何が必要なのだろう。
一つ、麦野が暗部を抜ける。
二つ、麦野が暗部の人間であるということを許容する。
三つ、二人でどこか遠くへ逃げる。
四つ、自分が暗部の人間となる。
こんなところだろうか。
この中でやはり現実的なのは一つ目か二つ目だ。
三つ目と四つ目は根本的な解決になっていない。
だが


御坂(沈利さんは仕事を辞めないって言ったし、私がそれを許してもきっと駄目だ……)


何故なら、麦野は自分を暗部に関わらせないために別れを告げたのだから。
つまり現状解決の目処は立たないということになる。
空を眺めながら、御坂はぼんやりと考えていた。


白井「なんとかお話になったほうがよろしいのでは?
    ご自宅もご存じなのでしょう? でしたら……」

御坂「家にも実は何回か足を運んだんだけど、留守だった」

白井「そうですの……」


それが居留守なのか、本当にいないのかどうかは分からなかった。
表札に麦野という名前は書かれていないので、現在もあの高級マンションの一室に住んでいるかどうかさえ分からない。
彼女の部屋の郵便受けが玄関ロビーにあるので外から覗いたが、そこにはまるであれから家に帰ってきていないかのようにチラシが溢れていた。



841 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 01:50:21.42 ID:jYXueioo [5/66]

白井「お姉様はまだあの方のことを……?」

御坂「好きだよ……うん、大好き。どうしてこんなことになっちゃったんだろうな……」


彼女と一緒にいたいというただそれだけの願いなのに、どうしてこうも上手くいかないのか。
御坂は頭を抱えてポツリと呟いた。


白井「でしたら、諦めるわけには参りませんわよね」

御坂「え?」

白井「案外麦野さんも頭を冷やす時間を設けておられるのかもしれませんし、
    お姉様が根気よくアプローチをとっていればお話する機会もあるかもしれませんの」


ポジティブで魅力的な考え方だ。
確かに、頭に血の上りやすい麦野には冷静になる時間が必要だというのは分かる。
しかし、そんなに上手くいくとは御坂には到底思えなかった。


白井「あら? でも麦野さんはお姉様の電話やメールを拒否しているわけではないのでしょう?
    でしたら、きっと麦野さんもまだ迷っておられるのではありませんかしら。
    そしてお姉様としっかりとお話する機会を待ち望んでおられるかもしれませんの」

御坂「それは……」


あながち的外れな意見でもないなと思う御坂。
確かに麦野は自分からのメール等を着信拒否にしていない。
暗部との関わりを断つために関係を終わらせようとするなら、そうするのが一番手っ取り早いはずなのにだ。
麦野にはまだそこまでの踏ん切りがついていないのだろうか。



842 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 01:51:26.42 ID:jYXueioo [6/66]

御坂「そっか……そうよね……」


腑に落ちない点はあるが、理屈は通っている。
何かきっかけと作ってやればと、御坂は考えた。
まだちゃんと別れを承諾したわけでもない。
麦野だってあんな終わり方を望んでいたわけじゃないはずだ。
御坂はまだチャンスはあるのではないかと思いはじめていた。。
何か、何か理由を探そう。
麦野としっかりと話すことのできるタイミングを。


御坂「ありがと黒子。もうちょっと頑張ってみるわね」


御坂は白井に力無く笑いかけた。
何一つとして解決策は思い浮かばない。
だがせめてちゃんと話がしたい。
それはまるで勝利の無い戦のようで。
薄く微笑む白井の頭を撫でてやり、とにかく彼女と話す機会を作ろうと一人思考を巡らせるのだった。



843 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 01:53:15.48 ID:jYXueioo [7/66]

―第七学区 『アイテム』隠れ家 12:30―


ガチャッ…


絹旗「あ、滝壺さん、麦野の様子どうでした?」

滝壺「……だめ。心ここに在らずって感じかな」 スタスタ

浜面「もう五日も寝室で携帯睨んで考え事か……」

フレンダ「ご飯もあんまり食べてないみたいで心配な訳よ……」

滝壺「そうとうショックだったみたいだね」

浜面「超電磁砲と路地裏で喧嘩してたアレだよな」

絹旗「二人は別れちゃったみたいですしね」

滝壺「……そうみたいだね」

フレンダ「わっかんないなー」

絹旗「何がです?」

フレンダ「いやだって結局、別にあんなの見られたって別れる必要なくない?
      よっぽどのことしない限り危害加えられたりしないと思う訳よ」

浜面「まーそうだな。こんな仕事だからいつ死ぬか分からねえってとこはあるけどさ。
    お前らだって今週はずっとサボッてるけど一応普段は学校言ってフツーに友達と遊んでんだろ?
    だったら恋人がいたって別に問題ねえと思うんだけどなー」

滝壺「それはたぶんむぎのも分かってるよ。私達がアイテムだからってだけじゃ、
    むぎのもあの子と別れたりはしなかったと思う……」

絹旗「……ま、確かにそれならそもそも超付き合ったりしないでしょうしね」

フレンダ「そっか……麦野は、見られたくなかった訳ね」



844 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 01:57:53.33 ID:jYXueioo [8/66]

滝壺「うん。それにやっぱり実際に仕事をしているところを知られるのはまずかったのかも」

絹旗「あれ仕事じゃないですけどね」

フレンダ「麦野には麦野なりに色々葛藤があったのかな」

絹旗「と言うより、今も葛藤の超真っ最中でしょうね。
    超電磁砲とどの程度の距離を保って付き合っていくのかは麦野の中では決まっていたようですから」

滝壺「仕事のこと、話すって言ってたもんね」

フレンダ「どこまで話すつもりだったのかなー……」

麦野「私が人殺しってとこまでよ」

フレンダ「ぎゃぁぁ!!」 ガタガタッ!

麦野「驚き過ぎ。失礼ね、私ゃ化け物かよ」

浜面「なんつー自虐ネタだ……」

麦野「っさいはーまづらぁ! 殺すぞ」

浜面「おっと聞こえてたか」

絹旗「あ、麦野。体調はどうです?」

麦野「体調? そんなもん始めっから悪くないわよ。撃たれたとこももう痛くないし」

浜面「っつかどうしたんだ麦野、腹でも減ったか?」

麦野「ちょっとね。みんなに訊きたいことがあって」

滝壺「なに、むぎの」

フレンダ「超電磁砲とのこと? いいよいいよ訊いて訊いて」

麦野「うん。ねえ、もし私がアイテム辞めるっつったらどうする?」



845 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 01:59:33.97 ID:jYXueioo [9/66]


「「「「!?」」」」


浜面「お、おいおい……」

絹旗「マジで言ってんですか麦野……」

麦野「いや訊いてるだけ」

滝壺「むぎの、それは……」

麦野「そんな深刻な顔しないでよ。もしもだっつってんでしょ」

フレンダ「そ、そりゃまあ……応援はしてあげたいけどさ」

絹旗「それはなかなか超難しいんじゃないでしょうか。特に麦野みたいな人は立場的にも」

麦野「…………だよね」

滝壺「むぎの、それがどうかしたの?」

麦野「いやあいつも簡単に言ってくれたなぁって」

滝壺「むぎの……」

麦野「そう。出来る訳ねえんだよ……そんなこと……」

フレンダ「うーん……」

滝壺「…………どうして?」

絹旗「滝壺さん?」

麦野「……あ?」

滝壺「どうして出来る訳が無いの?」

麦野「どうしてって滝壺……。そりゃ……」



846 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:01:26.78 ID:jYXueioo [10/66]

滝壺「本当に……出来ないの?」

麦野「だって……無理だろ……」

滝壺「この中の誰も試したことが無いのに?」

浜面「滝壺、お前何を……」

滝壺「諦めるのは早いよ……。むぎのはあの子のために何かをしようとしたの?」

麦野「アンタ、何が言いたいの?」

滝壺「むぎの。あの子泣いてたよ。……むぎのはそれでいいの? 好きなのに、どうしてそんなに簡単に諦めるの?」

麦野「…………」

フレンダ「た、確かに……案外ちゃんと話せばすんなり止められたりとか出来ないかなーなんて……あははは」

浜面「そ、そうだ! 寿退社するぜー! みたいな感じでどうにかならねえか?
    麦野の熱意が伝われば上の連中だって……!」

麦野「無理。んなもんでどうにかなるなら悩んでる私はアホ過ぎるだろ。アホ」

浜面「うっ……だよな……」 ハァ…

フレンダ「……そう……かな?」

麦野「ったり前でしょ。私を誰だと思ってんの? 困ったことに代えの利かないレベル5なのよ。
    そんな簡単に上手くいくなら悩んだりしないっつの」

滝壺「でもむぎの、それじゃあの子が……」

麦野「……私だって、別れたくないよ……。
    けど考えりゃ考えるほどに、私があいつを幸せにしてやる方法なんて見当たらなくて……
    あいつと同じところを歩いていくことが、どれだけ困難な道なのか……」



847 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:03:42.20 ID:jYXueioo [11/66]

滝壺「それでもむぎの、やっぱりむぎのはあの子が好きなら、あの子と歩いていくべきだと思う」

麦野「…………」

滝壺「どれだけ時間がかかっても……むぎのがあの子の為に選んだことなら、私は応援するよ」

フレンダ「わ、私も! 麦野がどうしてもアイテム辞めたいってのなら、協力する!」

絹旗「……ま、簡単に結果が出るとは思えないですが、全員で超ボイコットすれば何とかなるんじゃないですかね?」

浜面「お、おう俺も! 全員の協力が必要だってんならやってやる! 人殺しに比べりゃこんなの何てことない仕事だ!」

麦野「……アンタ達……バカね」

フレンダ「麦野! 麦野が好きな子のために行動を起こすっていうのを、私達は後押しすることしか出来ないけど、
      それでも、麦野には幸せになって欲しい訳よ!」

絹旗「麦野、あの日からもう5日です。そろそろ答えを出すべきなんじゃないですか……?」

滝壺「……むぎの、やろう。みんなで協力すれば……出来るよ」

麦野「ありがとう」

滝壺「……」

麦野「でも、私の考えは変わらない」

フレンダ「!」

麦野「これが私の選んだ答えなんだ。あいつとは別れる。それは変わらないよ」

絹旗「麦野! あなたはそれでいいんですか!?」

麦野「……構わない。でもね、これで終わりにするつもりもない」

フレンダ「……え?」

麦野「私はやっぱり、アイテムを辞める」



848 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:06:20.06 ID:jYXueioo [12/66]

滝壺「むぎの……?」

麦野「アンタ達がそう言ってくれるなら、いつの日になるか分からないけど。辞めたい。
    そうしていつか、今より少しはマシな私に戻れたら。そしたらその時は……もう一度あいつのところに行くよ」

絹旗「そ、それじゃ何も別れる必要なんて……」

麦野「時間がどれだけかかるか分からないから。あいつを縛りたくないの。
    あいつはただの女の子だから、普通に恋人を作って、幸せになってくれるなら、それはそれで私の望むところ」

フレンダ「嘘! 麦野が! あの独占欲の塊の麦野がそんなこと望む訳ない!」

麦野「あのね。あいつを振り回した、せめてもののお詫びだってことにしてちょうだい」

滝壺「むぎの、それをあの子に伝えなくていいの?」

麦野「必要ある? それを伝えたら、あいつ、私を待ち続けるかもしれないでしょ。
    それじゃ意味ないよ。私はあいつの前から潔く消える」

浜面「本当にそれでいいのかよ……」

麦野「しつこいな。ここ数日アンタ達にも迷惑かけたね。でもおかげで考えがまとまったよ。
    ……そろそろ私自分の部屋戻るわ。引っ越しの準備しないと」

滝壺「引っ越し?」

麦野「第七学区にいたんじゃあいつと顔合わせる機会もあるでしょ。
    ……どこか別の学区に部屋借りる」

フレンダ「麦野、やっぱりちゃんと超電磁砲と話したほうがいい訳よ。
      ……いつか戻ってくるなんて言わなくていいから……あんな別れ方、あの子を傷つけるだけじゃない」

麦野「…………」

絹旗「あまりにも超一方的過ぎます。麦野は彼女に悪いと思ってないんですか?」

麦野「思ってるわよ……」

フレンダ「じゃあせめて一度、話す機会をちゃんと作りなよ。
      恨みごとの一つぐらい聞いてあげないと、超電磁砲だっていつまでも前に進めない訳よ」

麦野「そりゃそうかも知れないけど。私は別にあいつと話すことなんて無いわ」

フレンダ「あんたに無くても向こうにはある訳よ」

浜面「ケジメは大事だろ。後腐れ無く……っていうのは無理でも、言いたいこと言って別れた方がスッキリするだろうしな」



849 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:07:59.08 ID:jYXueioo [13/66]

麦野「…………」

フレンダ「ね、麦野? せめてそれだけでも……あの子のために!」

麦野「……考えとく」 スッ

絹旗「麦野、どこへ?」

麦野「言ったでしょ。帰るって……アンタ達私を迷わせるようなことばっかり言うから……またね」


ガチャッ… バタン…


絹旗「……どう思います?」

滝壺「フレンダ、むぎのに話す機会を作れって言ったのは大正解だね。
    少し時間に猶予ができたよ」

フレンダ「こんな簡単に別れられたら私は失恋損な訳よ」

浜面「え? え? どういうことだ?」

絹旗「だぁー、これだから超浜面は。私達がグダグダ言うより、後は当人同士で解決してもらう方がいいってことですよ」

浜面「か、解決できるのか?」

絹旗「そんなの分かりません。けど、浜面も言ったじゃないですか。
    言いたいこと言いあった方が、後腐れ無くスッキリするはずです。
    そこで麦野になんらかの心境の変化があれば超儲けもんでしょう」

フレンダ「でも結局、麦野頑固だからなー……迷ってるみたいだし、ちゃんとやってくれるかな」

滝壺「大丈夫。……任せて、迷ってる今なら、チャンスはあるよ」

浜面「チャンスって……ヨリを戻させるってことか?」

滝壺「正直そこまでは期待できない……。でも、二人を仲直りさせることは出来るかもしれない」

フレンダ「後はもう超電磁砲次第って訳ね」

絹旗「まったく超世話の焼けるリーダーですね。
    浜面も麦野にぶん殴られる覚悟くらいはしといた方がいいですよ」

浜面「お前ら何するつもりだよ……」

滝壺「大丈夫だよ、はまづらは黙って見てて」



850 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:09:36.64 ID:jYXueioo [14/66]

―第七学区大通り 13:00―


スタスタスタ…


麦野(……はぁ……あいつらってばほんとお節介なんだから……)

麦野(ちゃんと話する機会作れだなんて……大きなお世話よ。大体この後に及んでこれ以上何話せっての?)

麦野(私は伝えたいことは全部伝えたわよ……いや、そんなことないか……。
    あいつはきっと私に嫌われたと思ってるんだろうな……あいつへの気持ちは何も変わってないのに) ハァ…

麦野(だったらやっぱりちゃんと伝えておいた方がいいのかしら。……でもそんなことしたらあいつを余計に傷つけるんじゃない?
    ……嫌われたと思ってくれてるんならむしろそのほうが好都合。私を憎んでもそれはそれで別れる決心をつけてくれるでしょ)

麦野(……まあそれで私はめでたくあいつのところには戻れなくなるわけだけど、そんな来るかどうかも分からない未来を
    あいつに期待させるわけにもいかないし、仕方ないわよね……)

麦野(これが最良の選択。私達は相いれない存在だったってことが今回でよく分かったわ。
    たまたま交わってしまった私達の不幸。……結局元通りの生活に戻るだけじゃないの……)

麦野(……なのに……) ピタッ…

麦野(なのにどうして……こんなに……) グッ…

麦野(はぁ……やめよ。考えれば考える程に不毛だわ……。結局こうするしか方法なんて無いんだから……)


タッタッタッ…


麦野(でもせめてあと一回だけ……あいつの声が……) ケイタイカチッ


タッタッタッ


「むー……!」

麦野「ん?」

「……ぎちゃんっ!」 ガバッ

麦野「うわっ!」 ポロッ ガチャーン



851 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:11:24.09 ID:jYXueioo [15/66]

「ヤッベ! ごめーん、携帯落としちゃったね。壊れてないかな?
 おっと、そういやこのストラップ美琴ちゃんとおそろなのよね。仲いいなー」

麦野「……美鈴さん」

美鈴「そうよーん。1週間ぶりね! 相変わらず腹立つくらい美人よね君は。
    でもしかめっ面は皺の元よーん?」

麦野「はぁ……何か用ですか?」

美鈴「あら冷たい。麦ちゃんこの前までメールちゃんと返してくれてたのに最近パッタリだもん。寂しいなー」

麦野「忙しかっただけです。そういや学園都市に来るって言ってたの今日だったわね」

美鈴「そうよ。今さっき用事終わったんだけど、美琴学校だからさ。
    終わるまで待とうと思ってたら麦ちゃん発見して走って追いかけてきたわけよ」

麦野(こんな時に面倒だな……。美琴の件があるから何か気まずいし……)

美鈴「そんなあからさまに嫌そうな顔されると凹むわぁー。どした? 美琴と何かあった?」

麦野「!」

麦野(何で分かるんだよ……)

美鈴「おっと、図星だったか。どれ、相談に乗ってあげましょう」

麦野「結構です」 プイッ

美鈴「んだとー? ははぁん、さては美琴と喧嘩したなー?」

麦野「……っ」

美鈴「何で分かるのって顔してるわね。何年あの子の母親やってると思ってんのよ」

麦野「14年でしょ」

美鈴「そりゃそうだ。なんてね、ほんとは昨日美琴に電話したとき麦ちゃんと仲良くやってる?って訊いたのよ。
    そしたら今の君と同じような反応してたから何かあったなってピンと来たの」

麦野「…………」

美鈴「喧嘩するほど仲が良いって言葉もあるし、そんなに心配はしてないけどね。
    美琴って無駄に気が強いから麦ちゃんに何かわーっと言っちゃったんじゃない?」

麦野「そんなことは……」



852 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:12:59.92 ID:jYXueioo [16/66]

美鈴「……大丈夫? 麦ちゃん辛そうよ。うちのバカ娘が何か言った?」

麦野「……いや、むしろ私の方が一方的に……」

美鈴「そっか。ま、どんな仲の良い友達でも喧嘩くらいするわよね。そだ、よかったら今からご飯でも……」

麦野「そんなんじゃないのよ」

美鈴「……ん?」

麦野「友達とか、あいつはそんなんじゃない」

美鈴「え……そ、そうなの? 仲良さそうだったからてっきり。そりゃそうよね……年4つも離れてるし、どちらかと言えば」

麦野「あいつは……私の恋人だから」

美鈴「…………え?」

麦野「この前も、あいつと朝まで一緒にいたし……美鈴さんならそれがどういうことか分かりますよね」

美鈴「えっと……ちょっと待ってね。さすがに頭が追いつかない。
    うーんっと……つまりその……美琴は麦野ちゃんの彼女だったってこと?」

麦野「ええ」

美鈴「それは何と言うか……衝撃的ね」

麦野「…………だから、友達同士の喧嘩じゃないんです。
    私があいつを一方的に傷つけて、別れを告げただけのことだから……。
    だからもう私に構わないで……」

美鈴「……あ、えーっと……」

麦野「それじゃ、失礼します」

美鈴「待って麦ちゃん!」 ガシッ

麦野「……離して」

美鈴「離さないわ。君は嘘をついているもの」

麦野「……嘘?」

美鈴「傷ついてるのは君もそうなんでしょ? 麦ちゃん、美琴と何があったの」



853 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:14:21.67 ID:jYXueioo [17/66]

麦野「話せません」

美鈴「それは私があの子の親だから? それとも外部の人間だから?」

麦野「両方です。私はあいつと付き合えない理由が出来たの。だから別れただけ」

美鈴「……そう」

麦野「……もういい? ご心配なく、もうアンタの娘には近付かないから」

美鈴「ま、確かに正直驚いたわね」

麦野「…………」

美鈴「……でも嬉しいな」

麦野「嬉しい?」

美鈴「だって君は美琴のことを、そんな風に真剣に悩んでくれるくらい、大事に思ってくれていたんでしょ?」

麦野「……」

美鈴「美琴を好きになってくれて、私は嬉しいの。本当よ。
    君達の関係はきっと万人に祝福されるものではないのかもしれないけど……私は、二人が互いを大事に想いあってくれてるなら、
    それは素敵なことだって思うわ」

麦野「……もう、終わったのよ」

美鈴「それってどうしようもないことなの?」

麦野「……ええ」

美鈴「麦ちゃんは、美琴のことが今でも……」

麦野「好き」

美鈴「そっか。君達がどんな障害にぶつかって別れてしまうのか分からずに、無責任なことは言えないけれど。
    でも、私は君達よりも大人だから、あえて言うわ」

麦野「……」

美鈴「もっと自分の気持ちに正直に生きなさい。
    そして、相手に気持ちをぶつけることを怖がらないで。
    君たちが二人してそんなに辛そうにしてるのは、きっと互いのことを強く想ってるからなのよね。
    でもね……だったら……」



854 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:15:52.85 ID:jYXueioo [18/66]

麦野「……」

美鈴「相手にもっと求めたっていいじゃない。
    君がして欲しいと思っていることを、素直にぶつけたっていいはずなのよ」

麦野「っ……!」

美鈴「……君達はお互いのことが大好きなのね。   
    想い合ってるから、想い過ぎてるから、見えないこともあるんじゃない? 
    君達が二人で考えた結果ならそれでいいと思うわ。
    だからもう一度、よく考えてみて。そんな辛そうな顔、綺麗な顔には似合わないわよ?」

麦野「……余計なお世話です……」

美鈴「全くだわ。でも君が義理の娘になるなんて、考えただけでも楽しそう。
    だから茶々入れさせてもらうわよ。
    なんなら、美琴をさらって行ってくれてもいいのよ?」

麦野「そんなこと……できるわけないでしょ」

美鈴「だったら、美琴にさらっていってもらえば?」

麦野「!」

美鈴「なんてね。また君に会えることを期待してるわよん。
    ふふ、さっきよりは良い顔になったわ」

麦野「は?」

美鈴「ふふーん、学園都市じゃ女だけでも子供が産めるんでしょ?
    孫は超絶美人間違い無しね。うへー、楽しみー」

麦野「ちょっ! 何勝手なこと!」



855 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:17:59.35 ID:jYXueioo [19/66]

美鈴「へへーん、期待するのは私の勝手だもん。なんか今日は忙しそうだしご飯はやめときましょ。
    君にはまだやることがあるんでしょ?」

麦野「別に何も……」

美鈴「んじゃがんばってねー」 ヒラヒラ

麦野「あっ…………行っちゃった。何て勝手な……」

麦野(……でも考えてみりゃ私……あいつに彼女としてこうして欲しいなんて言ったことなかったな……。
    いつも自分のことで精一杯で、あいつがそこにいてくれるだけでよかったもん……)

麦野(……くそっ……何期待してんだよ……でも)

麦野(……期待するのは勝手……か)

麦野(言わなきゃいけないことは……まだあるのかもな)



856 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:20:07.46 ID:jYXueioo [20/66]

―第七学区河川敷 16:30―


御坂(……はぁ……沈利さんに何てメール送ろうかな……)

御坂(何か会う理由を作らなくちゃ……メールが届くうちに、沈利さんの話をもう一度ちゃんと聞こう)

御坂(でもどうすればいいのかしら……何か、何か理由は……)

「よう、超電磁砲」 ガサッ

御坂「ん……? げっ、あんたは……垣根、だっけ?」

垣根「どいつもこいつも同じような反応しやがってムカつくな。ここ座るぞ」

御坂「……何か用? 私あんたと喋るなって沈利さんに言われてんのよ」

垣根「可愛げのねえガキだな。それに当の沈利さんと喋れねえのはテメェじゃねえのかよ?」

御坂「……っ」

垣根「冗談だ。んな泣きそうな顔すんなよ」

御坂「泣くわけないでしょ! 用が無いなら帰って。今忙しいのよ」

垣根「まあそう邪険にすんなよ。一人で煮詰まってるみてーだからこうして手伝ってやろうと来てやったんじゃねえか」

御坂「……はぁ?」 ヒキッ

垣根「おい、遠ざかるな。ウゼェから最初に言っとくが、俺はテメェなんざにこれっぽっちも興味ねぇ。
    正直ロリに目覚めた沈利の嗜好を心配してるところだ」

御坂「誰がロリですってぇ!」 バチバチッ

垣根「っとやめろ。携帯壊れたらどうすんだよ。それに静電気で髪が乱れんだろ。
    大丈夫だ、俺は沈利のもんとったりしねえよ。怖ぇし」 ササッ

御坂「……何が目的なの」

垣根「あのままテメェらが終わっちまうのは胸糞わりぃ」

御坂「……嘘ね。そんな奴には見えないわよ」

垣根「よく知ってんじゃねえの。まあ面白そうだからってのが大半の理由だ」



857 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:22:55.43 ID:jYXueioo [21/66]

御坂「他にもあるわけ?」

垣根「中学生の、それも女に目覚めさせちまった責任をちょっとばかし感じてる。これは本当だ」

御坂「浮気だってね。最っ低だわあんた。沈利さんきっとあんたのこと好きだったのに、可哀想」

垣根「性分だ。それにテメェにゃ関係ねえ。第一、そのおかげでテメェは沈利の身体を堪能できたわけだろ?
    むしろ俺に感謝しろよ小娘」

御坂「ふざけんじゃないわよ何で私が。……ま、結果的に言えばそうなるけど」

垣根「だろ? 今になってあんな上玉手離したことすっげー後悔してるよ」

御坂「二度とあんたのものにはならないけどね。あんな柔らかくて良い匂いのする沈利さんを他の誰にも渡すわけないでしょ」

垣根「へぇ、言うね中学生。あー……っつかそれでいけよ」

御坂「は?」

垣根「だからそれ言ってやれよ。口じゃ『ばっかじゃないの!』とか言うだろうけど、内心すげー喜ぶからさ」

御坂「沈利さんの真似? 似て無さ過ぎて気持ち悪」

垣根「俺レベル5に嫌われ過ぎだろ。俺にも分け隔てなく接してくれるのなんてナンバーセブンくらいだぜ。 
    たまに根性以外の日本語通じねえのが問題だがな」

御坂「知らないわよ。あんたの日ごろの行いでしょ」

垣根「違いねえな。テメェも取りかえしつかなくなる前に沈利をどうにかしてやれ」

御坂「……何よそれ」

垣根「あいつはビビッてんだよ。テメェを暗部に関わらせちまった挙句に、テメェに何か危害が加わるんじゃねぇかってな」

御坂「それは……なんとなく分かるけど……」

垣根「それだけじゃねえ。あいつはたぶん、テメェに憧れてんだ」

御坂「は? 何言ってんのよ……あの沈利さんが私にそんな……」

垣根「テメェの周りのアホ共と同じに考えるな。
    もっと根本的なもんだ。この前も言ったろ? お綺麗なままのテメェが好きなんだよ、沈利は。
    あー、ほらアレだ。清純派ってやつ? テメェは俺らみたいにクソ溜めの中にゃいねぇからな」



858 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:24:33.31 ID:jYXueioo [22/66]

御坂「そんな……」

垣根「ショックか?」

御坂「だって……私は沈利さんが思ってるような人間じゃないわよ……。
    私だって色々……いや、それ以前に沈利さんが汚いわけじゃないし……」

垣根「残念だがな。俺達はそう簡単には暗部って奴からは抜け出せねえ。ま俺は性に合ってるからいいが。
    だからあいつにとっちゃテメェの立場にどれだけの価値があるかよく分かってんだ」

御坂「だからって……私がそんな理想を押し付けられても……困るわよ」

垣根「だな。けど、気持ちは汲んでやれ。一度堕ちりゃ這いあがるのは困難。
    お前にその選択肢を取らせまいと別れることを決めたあいつの決意もな」

御坂「……でも」

垣根「ただな、あいつはちょっとビビリ過ぎだ。まだそこまで深刻に考えるような所には来てねぇ」

御坂「私はどうすればいいの?」

垣根「お前、沈利が好きか?」

御坂「……当たり前でしょ」

垣根「その意気だ。だったら、奪っちまえよ。この街から」

御坂「……それって、学園都市から出て行けってこと?」

垣根「解釈はテメェの自由だ。それが最善だと思うならそうすりゃいい。手助けはしねえがな。
    ただ、たまにはあの女のケツを引っ叩いてやんのもいいんじゃねえか?」

御坂「どういう意味なのよ。具体的に言って」

垣根「俺が言ったことをそのまま実行に移したって意味ねえだろ。
    結局テお前と沈利のことはテメェら二人にしか分かんねえんだから」

御坂「……っ」

垣根「俺から言えることは一つ。あいつの思い通りにさせるな。
    このままじゃ結果はお前との未来を諦めてるあいつの思惑通りにしかならねえんだ」



859 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:25:49.87 ID:jYXueioo [23/66]

御坂「戦えってこと……?」

垣根「そうだ。喧嘩してんだろ? とことんやっちまえよ。
    沈利にもう一度牙を剥いてやれ。そうすりゃ最悪の結末だけは回避できる。
    落とし所は自分達で考えな」

御坂「……何でそんなこと」

垣根「信用できねぇって面だな。まあ確かに俺には何のリスクもねえ話だ。どう解釈するもお前の自由さ。
    だが理由をつけるなら……そうだな、俺はあいつにもこんなクソッタレな世界は似合わねぇって思うからだな」

御坂「…………」

垣根「駄目だぜ超電磁砲。俺みたいな人間の言うことを真に受けちゃいけねぇ。
    くくっ、理由なんかねぇよ。テメェの眼の前で起こったトラブルの結末が気になるだけだ」

御坂「別に真に受けてなんか……」

垣根「……っと、俺の話はここまでのようだぜ」

御坂「え?」

滝壺「…………」

御坂「あ……あんた確か……」

滝壺「会うのは三度目かな。滝壺だよ、みさか」

垣根「『能力追跡』滝壺理后だな。そんなに睨むなよ」

滝壺「睨んでない……。でも、あんまり二人を惑わせるようなことを言わないでほしい」

垣根「はっ、とことん信用ねえな」



860 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:27:10.93 ID:jYXueioo [24/66]

御坂「あ、違うのよ滝壺さん。こいつ一応私にアドバイスを……」

垣根「気にすんな超電磁砲。俺も全く気にしてねぇ。
    間違ったことは言ったつもりもねぇしな。後はお前で考えな。丁度いいじゃねえの。
    こいつは俺とは真逆の意見をくれるかもしれねぇぞ? そのために来たんだろ? 世話焼きなこった」

滝壺「……違うよ」

垣根「あ? 違うのか。たまたま通りかかったとでも言うつもりか」

滝壺「違う」

垣根「んじゃなんだよ」

滝壺「私も、あなたと同じことを言おうと思って来たんだよ」

御坂「え……」

垣根「へえ、そりゃまた」

滝壺「周りの人が言うことじゃないのかもしれないけど……今日まであなたと楽しそうにメールをするむぎのを見てきたから、
    みさか、私にも少しだけ協力させて」

御坂「えっと……私はどう受け取ればいいのかしら」

滝壺「この人と同じ。最後にどうするかを決めるのはみさかだから。
    でも私の言いたいことはこの人がほとんど言ってくれたし、私がみさかに言いたいことは一つだけだけど」

御坂「……何?」

滝壺「難しいことじゃないよ。きっかけを作るだけ。それはね―――」



861 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:28:42.41 ID:jYXueioo [25/66]

―麦野宅 18:00―


麦野は美鈴と別れた後、室内で特にすることもなくベッドの上でゴロゴロと横になってこれからのことを考えていた。
もはや御坂と別れるという考えを変えるつもりは無い。
だが、麦野の中で徐々にその意味が変化しつつあった。


麦野(……このまま別れたら……あいつはきっと傷ついたままなのよね……)


御坂のような世界に憧れて。御坂と同じ所から同じものが見たかった。
しかしそれが無理だと分かり、自分は彼女に別れを切り出した。
御坂をこんな世界に関わらせたくないからと、彼女を手離す決心を付けた。
だが、本当にそれでいいのだろうか。
いや、麦野の中ではもう答えは決まっている。
まだ御坂に伝えなくてはならないことがあるはずなのだ。
自分が彼女に何を望み、どう在って欲しいのか。
麦野に必要なのは、あとはただのきっかけ。
どんな些細なことでもいい。彼女と話す場を設けることを、麦野は今考えているところだった。


ハーナテココローニキザンダユメモミライサエオーキーザーリーニシーテー!


テーブルの上に置いた携帯から着信音が室内に響き渡る。
今まではその音を聞くと少し気分が滅入る麦野だったが、現在の心境から咄嗟にそれに飛びついた。
恐る恐る携帯を開き、着信メールを確認する。



862 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:29:46.06 ID:jYXueioo [26/66]

――――――――――――――――――――
from:美琴
件名:沈利さん
本文:
何回もメールしてごめんね。
私から送るメールはこれで最後にします。
だからお願い…沈利さんの返事が欲しい。

来週で私達付き合って1ヶ月だね。
せめてもの区切りに、1ヶ月記念のお祝いをしま
せんか?
出来れば沈利さんの家で。
本当にささやかでいいの。
二人でケーキを食べて話をしよう。
沈利さんが飲みたいならお酒も少しだけ。
何だっていいの。沈利さんと最後に一緒にいら
れるなら。


ねえ沈利さん。会いたいよ。
沈利さんに触れたい。抱きしめて欲しい。
沈利さんとキスがしたい。好きだって言いたい。
お願い、これで本当に最後で構わないから。
沈利さんにさよならを言う時間を下さい。
――――――――――――――――――――



その文面を見て、麦野は胸の奥からこみあげてくるものがあった。
それが形となって眦(まなじり)に浮かぶ前に、唇を強く噛み締めてこらえる。
こんなことで泣くわけにはいかない。
御坂の気持ちを全て受け止めて、そうして別れを告げる機会を彼女がくれたことを、
今は喜ばなくてはいけないのだから。
滲む視界を振り払い、無理やりに口角を吊りあげて薄く微笑む。
鼻をすすりあげながら、麦野はもう一度メールを読みかえしていった。


麦野(……滝壺のやつ、余計なことして)



863 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:32:33.03 ID:jYXueioo [27/66]

麦野には、きっと御坂に滝壺の入れ知恵があったのだろうということが分かっていた。
一ヶ月の記念というところを見て、先日滝壺が浜面と共に祝った話を思い出したのだ。
しかし悪い気はしない。
これが正真正銘最後の別れ。
その機会がこうしてやってきてくれたことは、麦野にとっても少しの救いとなった。
そして麦野はメールの返事を打つ。


――――――――――――――――――――
to:美琴
件名:美琴へ
本文:
まずは今まで返事を返さなくてごめん。
アンタとのことを色々と考えてた。
今日やっと全部に決心が着いたから、私もアンタ
にそれを伝える時間が欲しかったの。
だから、うん。
お祝いしよう。私達の1ヶ月間の全てを。

来週金曜日の夜が丁度一ヶ月だね。
その日、学校が終わったらおいで。
それまでに言いたいことまとめとく。だからアンタ
もそうしてくれる?
来週、待ってるから。

私も、アンタの顔が見たいな
――――――――――――――――――――

>送信 ピッ


送信ボタンを押す。
本当はもっと送りたい文面があった。
自分だってもっと御坂に触れたかったし、好きだって言ってやりたかった。
けれどそれは後に未練を残すだけだから。
麦野は携帯を握りしめたままベッドで身を丸くする。
まるで自らを抱きしめるように。
これから待つのは、御坂のいない空虚な日々。
だけど、御坂とせめて想いを伝えあって別れを告げることができたなら、自分はもうそれでいい。
ひと時御坂は傷つき胸を痛めるかもしれないが、思春期の恋の記憶の一つとして彼女の記憶からは薄れて行くだろう。


麦野(お礼言わなきゃね……アンタに……)



864 名前:30日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:33:47.67 ID:jYXueioo [28/66]

ハーナテココローニキザンダユメモミライサエオーキーザーリーニシーテー!


鳴動する携帯電話。
御坂からの返事が返ってきたようだ。
それをそっと開き、内容を確認する。


――――――――――――――――――――
from:美琴
件名:はい
本文:
分かった。ありがとう。

また来週、きっと笑顔で沈利さんのところへ行く
から。
沈利さんも、とびきりの笑顔で私を迎えてよね
――――――――――――――――――――



麦野(……あいつの笑った顔、もう随分と見てないな……)


麦野はそれに返信しない。
彼女との繋がりを意識すればするほどにこの胸が狂おしい。
地獄のような一週間が今から始まろうとしている。
だが、麦野にとってそれは辛くも心地よい時間になりそうだという予感があった。
彼女を想う日々は愛おしく、今日まで流れて来た記憶はどれもこれもが甘美なもので。
彼女から向けられる全ての感情が、自分にとって大切なものだった。
だから麦野は、この一週間。
あらん限りの力を込めて苦しもうと心に決める。
自らの一部となった彼女を切り離す痛みもまた自分だけのものなのだから。



865 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:36:01.66 ID:jYXueioo [29/66]

38日目


―麦野宅 18:00―


麦野(あれから一週間か……意味があるっちゃあるし、無いっちゃ無かったわね)

麦野(ここまで来たらもう考えることなんてない。
    あいつに伝えるべきことを伝えて、それでお別れよ)

麦野(あいつを笑顔で出迎える……ちゃんとできるかしら……うん、できるわよ。
    美琴がそれを望んでるなら、大丈夫)


ピンポーン… 


麦野「来たか」


スタスタスタ…


麦野(この向こうに御坂がいる……。こうして出迎えるのも今日で終わりだと思うと、感慨深いものがあるわね)


ガチャッ 


御坂「よ、久しぶり」

麦野「…………」

御坂「……沈利さん?」

麦野「わ、悪い。ボーっとしてた。入りなよ、遅かったね」

御坂「ん。これ作ってた」

麦野「……何よこの箱」

御坂「ほら、一ヶ月のお祝いだから。ケーキ作ってみたのよ。ま、味は保証しないけどね」

麦野「……ありがと」 カパッ

麦野(ショートケーキ1ホール……。スポンジから作ったんならきっと朝から準備してたんだろうな……)



866 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:37:33.31 ID:jYXueioo [30/66]

麦野「冷蔵庫入れとくね」

御坂「はーい。喉乾いちゃった、何かもらってもいい?」

麦野「お茶淹れるね。お腹空いてる? カレーあるけど」

御坂「んー、もうちょっとしてからもらう」

麦野「分かった。……はいお茶」 コトッ

御坂「……ありがと」 

麦野「……」

御坂「……」 ズズッ…

麦野「……」 ズズッ…

御坂「……」

御坂「……ねぇ」

麦野「ん?」 ドキッ

御坂「えと……ひ、久しぶりにこの部屋来るわねー」

麦野「え、ええ」

御坂「んっと、沈利さん最近は何してたの?」

麦野「何って……特に何も……。あー、掃除くらいはしたけど。
    後は部屋でテレビ見たりとか……」

御坂「やだもう何よそれー。沈利さんったら私いないとやることないの?」

麦野「るっさいわね。アンタこそ何してたのよ」

御坂「私? んー、黒子達と遊んだり、コンビニで立ち読みしたり……」

麦野「人のこと言えねーだろ。アンタだって私がいないと……」

御坂「……うん、そうね」



867 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:38:20.59 ID:jYXueioo [31/66]

麦野「……」

御坂「あ、沈利さん、もう一杯お茶もらっていい?」

麦野「仕方ないわね」 スッ

御坂「……うん」

麦野「……ちょっと待ってな」

御坂「や、やっぱりご飯にしよっか。お腹空いちゃった」

麦野「……? いいけど」 スタスタ…

御坂「沈利さんっ!」 ガバッ

麦野「きゃっ! な、何よ急に抱きついてきて……。カップ落としたらどうすんの」

御坂「ごめん……でも、ずっとこうしたかったから……」 ギュッ

麦野「……久しぶりだもんね」 スッ

御坂「そうよ……寂しかった」

麦野「……ま、私も」

御坂「沈利さん……良い匂いがするわね……」 スゥ…

麦野「エッチ。……匂い嗅ぐな」

御坂「ね、ねぇ沈利さん……やっぱり私達……」

麦野「……美琴」

御坂「……」

麦野「カレー温めるから、離してくれる? 向こうで待ってな」

御坂「…………はい」



868 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:39:10.19 ID:jYXueioo [32/66]

―19:00―


麦野「じゃ、いただきます」

御坂「いただきます……」


カチャッ…モグモグ…

カチャカチャッ…


御坂「……ん、おいしいね」

麦野「そりゃよかった」

御坂「……モグモグ」

麦野「……」

御坂「こ、これってルーは何使ってるの?」

麦野「別に決めてないわよ。適当に何種類か混ぜてる」

御坂「あう……あー、沈利さんってカレ―好きなの?」

麦野「私が好きなのは鮭弁よ。知ってるでしょ」

御坂「そだね……」

麦野「……モグモグ」

御坂「そ、そういや初めて沈利さん家泊ったときはシチューだったわよねー。あれも美味しかったなー」

麦野「…………」

御坂「あ、だ、大根サラダ私作ったわよねー。あれまた作ってあげよっか? 台所ちょっと借りて……」

麦野「アンタそんなこと言いにここに来たわけ?」

御坂「……」

麦野「……楽しく食事したいって気持ち分かるけど……やっぱ私にゃ無理だわ……。
    先に話しよ……美琴、ちょっとそこ座んな」

御坂「…………ヤダ」



869 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:41:07.10 ID:jYXueioo [33/66]

麦野「はぁ?」

御坂「座ったら沈利さんと、お別れの話をしなくちゃいけないもん……」

麦野「……分かるでしょ。今日は何のために会ってるのか」

御坂「ずるいわよ……沈利さん」

麦野「あァ?」

御坂「あの日あんた言ったわよね。私のものになれって、私だけを見てろって……」

麦野「ええ」

御坂「だから私は約束通りあんたのことだけ見てたし、あんたのことを何より第一に考えてた。
    ……誤解させちゃったこともあったけど」

麦野「……それはもういいのよ」

御坂「うん……私、本当にいつだって沈利さんのことだけを考えてたわよ。
    ……寝るときだってお風呂に入ってるときだって……」

麦野「…………」

御坂「時間なんて、いくらだってあると思ってた……。
    冬が来たら、一緒に温泉に行ったり、クリスマスにケーキを食べて過ごしたり。
    春にはお花見をして、大学生になった沈利さんのお祝いをしたり。
    夏は海に行って花火を見たり……そんな日が、当たり前のように来るんだって期待してたのよ……」

麦野「っ……」

御坂「……なのにどうしてそんな簡単に私のことを捨てるの……?
    ずっと一緒にいてくれるんだって思ってたのに……。
    あいつとの恋は駄目だったけど、あんたが……沈利さんがいればそれでいいんだって思わせてくれたのに!」

麦野「……ごめん」

御坂「そんなんじゃ分かんないわよ!
    何!? 何がいけないの!? 私とあんたの何が違うって言うのよ!」

麦野「わかった、ごめん。とにかく座りなさい。順を追ってもう一度話してあげるから……」



870 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:42:31.73 ID:jYXueioo [34/66]

御坂「いらない! そんなの何回聞いたって納得なんか出来っこない!
    暗部って何!? だから何なの!?
    私が暗部じゃないから?! だからあんたは私を捨てるの!?」

麦野「違うよ。……アンタはこんなロクでも無い世界に関わるべきじゃないんだ……。
    アンタと私の世界は相いれないものだから……綺麗なアンタを守りたいから私は……」

御坂「私はあんたが思ってるような人間じゃない!」

麦野「……っ」

御坂「何なのよどいつもこいつも……綺麗な私って何なのよ、意味分かんない……!
    誰だって、生きてりゃ少しくらい後ろ暗いことくらいあんでしょ……。
    私にだって、あんたと出会ったあの時は……学園都市全部に喧嘩売ってまでやりたいことがあったわよ……。
    それとあんたがしてることって何が違うのよ……。
    結局人に言えないことなんだったら、一緒でしょ……」

麦野「……」

御坂「……何か言うことないの……」

麦野「……そうかもね」

御坂「…………ごめん。こんなこと言いたくて来たんじゃないのにね……。
    でも、どうしても納得できない……沈利さんと別れなくちゃいけない理由が、私には全然分かんない……」

麦野「……分かんなくていいんだよ。一方的な私の我儘に振りまわしてるだけなんだから……。
    恨んでくれていいし、もっと酷いこと言ってもいいのよ。アンタにはその権利があるわ」

御坂「……どうしても、駄目なのよね?」

麦野「…………」

御坂「沈利さん……?」

麦野(伝えても……いいの……? 本当は、待ってて欲しいって……。
    私が誰に恥じることのない世界に戻って来られたなら、その時はもう一度……私を彼女にして欲しいって……)

麦野(……本当にいいの……? そんな甘えが……私に許されるって言うの?)

御坂「……言いなさいよ……」



871 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:44:21.97 ID:jYXueioo [35/66]

麦野「え……?」

御坂「何で言わないのよ! あんたはその暗部って奴から足を洗うつもりなんでしょ!  
    だったら言いなさいよ! それまで待ってろって! 私のものでいろって!
    そうすれば……!」

麦野(滝壺のやつ……ほんと余計なこと)

御坂「そうすりゃ私は何ヶ月でも、何年でもあんたのこと待っててあげるわよ!」

麦野「……」

麦野(……分かったよ、アンタは酷い奴だな、滝壺)

御坂「言いなさいよ! その一言だけで私は何年だって耐えられるから!
    お願い沈利さん! 言って! 言ってよ―――っ!!」

麦野「…………私は、アンタを縛りたくなかった……」

御坂「……!」

麦野「次に会うことがもしあって、その時に私が暗部の人間じゃなかったとして、それが今の私だとは限らないんだよ」

御坂「……そんなの……沈利さんだったら私は……」

麦野「目玉の一つくらいは無くなってるかもしれない。腕の一本くらいは奪われてるかもしれない。
    ……もしかしたら……死んでいるかもしれない」

御坂「……それは、ヤダ」

麦野「……アンタはまだ中学生なのに、こんな私のために時間を費やしちゃ駄目だよ。
    素敵な彼氏が出来て、街中を腕を組んで歩くような、普通の女の子になる選択肢を、
    アンタから奪いたくなかったんだ。だから私はあのままアンタと別れようとした」

御坂「……自分だけを見てろって言ったのは、沈利さんよ」

麦野「そうだね……私は絶対にアンタを大切に、幸せにしようって、そう思ってたんだ」

御坂「……私は沈利さんがいてくれたら、それで幸せなのよ……?」



872 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:46:25.69 ID:jYXueioo [36/66]

麦野「……今の私は、アンタと先には進めない。
    私の存在がアンタの未来に影を落とすことになるって、アンタのことが好きになればなるほど、
    嫌でも気づかされた」

御坂「……」

麦野「……だから私はアンタとの関係を続けることが怖くなって、それを断とうとしたの」

御坂「……」

麦野「でもね、今日までアンタに会わずにいて、凄く苦しくて、寂しかった。
    それもアンタのためだと思って自分を納得させようとしたけど、駄目だ……」

御坂「沈利さん……?」

麦野「美琴、もし……もしもだよ……」

御坂「う、うん……」

麦野「……アンタはまだ中学生で、これからきっとたくさんの恋をして、大人になっていく。
    だけどいつか、アンタがその中で私を選んでくれたなら……その時は―――」

御坂「―――っ」



麦野「―――もう一度、私のものになってくれる?」



御坂「……そ、それって……えと……わ、分かりやすく言って……。
    だからつまり……あの……」



麦野「また出会えたら、もう一度恋をしよう。次はもう、二度とアンタを離さないから」




873 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:47:35.10 ID:jYXueioo [37/66]

麦野「だからそれまでお別れだよ。これだけは譲れないの。
    私が真正面からアンタに向き合うためには、絶対に必要なことなの。私を忘れても構わない。
    会える保証なんて無いし、アンタに約束もしてあげられない。そんな私を、許してくれなくてもいい」

御坂「沈利さん……」

麦野「でも、アンタのために、がんばってみるよ」

御坂「沈利さんっ!!」 ギュッ

麦野「バカだね……こんなこと言うつもりなかったのに……。
    アンタを見たら、やっぱりそう簡単に手離せないよ……。
    これがアンタを縛りつけることになるかもしれないのに、許して……」

御坂「いいよ! いいよそんなの! 沈利さんの気持ちが聞けて嬉しい!」

麦野「……美琴」

御坂「私、待ってるからね! あんたともう一度出会えるのを、どれだけだって待ってみせるから!」

麦野「…………うん」

御坂「えへへ……お別れなのに……次に会えるのが楽しみで仕方ないわね……」

麦野「……そうね。……ふふ、さ、ご飯終わらせてケーキ食べよ。お酒もちゃんと用意してあるからね」

御坂「…………」 グッ

麦野「……美琴?」




御坂「―――なんてね」





874 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:49:53.04 ID:jYXueioo [38/66]

麦野「……?」

御坂「こんな甘っちょろい結末で、私が納得すると思った?」

麦野「なっ……」

御坂「私はね、沈利さん。今日ここに、あんたを奪いに来たのよ」

麦野「!」

御坂「……あんたが絶対に私のところに戻ってくるように、身体に私を刻みつけてあげるためにね」

麦野「アンタ何を……っ! か、身体が……動かな……きゃっ!」 ボフッ

御坂「ふふっ、ずっとこうしたかった」 ドサッ

麦野「っ…………ちょっとアンタ、何してんの? 本気?」

御坂「本気じゃなきゃこんなことしないわよ」 

麦野「……何するつもりよ」

御坂「あんたが今まで私にしてくれたこと」 

麦野「アンタふざけんじゃ……っ、身体が動かない……何したのよ!」

御坂「ふふん、動かないでしょ。体に微弱な電流流して筋肉麻痺させたのよ。
    ……今日は一晩中、沈利さんを可愛がってあげるわね」

麦野「テメ……! あとで酷いわよ……!」

御坂「……いいよ、沈利さんになら壊されたっていいの……んっ」 チュッ

麦野「ンっ……んぅっ! むむー!」 

御坂「チュプッ……ほら口開けて舌出しなさいよ。ま、最初はちょっと反抗してくれた方が興奮するからいいけど」

麦野「アンタ何考え……チュゥッ! ンぅっ!」

御坂「沈利さん、夜はこれからよ。……言っとくけど、あんたが私をこんなにしたんだからね」



875 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:53:09.69 ID:jYXueioo [39/66]

―20:00―


麦野に牙を剥けば、最悪の結末だけは回避できる。
この部屋を訪れる前、御坂が垣根から与えられた助言は、彼女に力づくで言うことを聞かせるようなものだと考えていた。
確かに、徹底的に麦野と抗戦し、実力行使で落とし所を探るという手法は悪くは無い。
だが、それでは駄目だということも垣根は助言してくれていた。
御坂が今ここにいるその価値。堕ちて這いあがることの困難さ。
それを分かっているからこそ、麦野は御坂に表舞台にいることを望んだのだ。
だから御坂は、麦野の言い分を素直に受け入れることに決めた。
垣根のくれた助言の中で最も重要な部分は、麦野が自分との未来を諦めているということだ。
そこさえ改めさせることが出来たなら、例え今この関係が終ろうとも、麦野が全てを終えた後自分の所へ戻ってきてくれる。
そう考えた。

結果、御坂は決死の訴えにより、麦野の心をわずかに動かすことに成功した。
彼女は御坂のためを想い、心の奥底に仕舞い込んでいた自分の願望を吐きだしてくれたのだ。
狂おしい程に望み、苦しみ、悩み、期待したはずのたったその一言を、もう一度告げてくれた。
だからこそ今、御坂はそれに応えるべく、麦野に牙を剥く。
彼女へ全身全霊の愛を捧ぐために、彼女が二度と自分を手離そうなどと思わぬように。
御坂は麦野がかつて自分にそうしたような蠱惑的な頬笑みで、彼女を馬乗りになって見下ろしていた。


御坂「……綺麗ね、沈利さん」


食事もデザートも、何もかもを放り出して麦野をベッドの上に引きずり上げた御坂は、部屋の電気をオレンジ色の間接照明に切り替え、
彼女が着ていたシャツのボタンを一つ一つ丁寧に外していきながらその姿に見とれていた。
微弱な電撃により四肢の筋肉を麻痺させられ、身動きをとれない麦野は、御坂の成すがままに衣服を脱がされ
ゆっくりともったいぶるような仕草で下着だけの姿にさせられている。
濃密な女の匂いが室内に充満していく。麦野の髪や体から薫る甘い香が御坂の理性を少しずつ溶かしていく。
頬を赤らめて御坂に抗議の視線を送るも、それはもはや御坂の情欲を煽るものでしかなく、
およそ中学生とは思えぬ大人びた顔つきで舌舐めずりをするのだった。


麦野「やめてよ……こんなことしなくたって……私……」


濡れた瞳で力なくそう呟く麦野の耳元に顔を寄せて、吐息と共に御坂は囁き返す。


御坂「それじゃ駄目なの、沈利さん。言ったでしょ、私は今日あんたを奪いに来たんだって。

    ―――いつまで勘違いしてんの? 

    たった今から、あんたが私のものになるのよ」



876 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:54:53.83 ID:jYXueioo [40/66]

言葉や行動とは裏腹に、御坂の鼓動は早足を告げる。
ドクドクと脈打つ心臓の音を聞かれたら、麦野にバカにされるだろうか。
そんな少しの不安と、麦野を自由に出来る征服感に、御坂は言い知れぬ興奮を覚えた。


麦野「んっ……アンタいつからそんな口……!」


耳に吹きかかる吐息がくすぐったいのか、麦野はピクリと身体を跳ね上げて熱い息を吐いた。
強気な彼女が身体の自由を奪われしおらしくなっていくその様子に、御坂の背中をゾクゾクとした感覚が這いあがっていく。
こんな楽しいことを、自分は今まで知らずに彼女に任せていたのかと思うと、悔しさにも似た感情が湧きあがってきた。


御坂「可愛いね、沈利さん……ねえねえどんな気持ち? あんたに何するのも私の自由なのよ?
    ……ねえ、どうされたい?」


指先をゆっくりと脇腹に這わせて、ねっとりと絡みつくような声で麦野のあるかどうか分からない被虐心を煽る。
どこからどう見ても筋金入りのドSの麦野が、実はいじめられるのが大好きなマゾ気質だった、などという都合のいい展開を期待はしていない。
御坂なりの力づくで、麦野を屈服させていくことこそに意味があるのだから。
だが、麦野もまた大好きな御坂に抱かれるということに抵抗は感じていないらしい。
御坂が危惧していたよりはずっとしおらしく可愛げのある態度で、震える唇を動かしてねだるように言った。


麦野「……優しくして」


その言葉に、御坂のなけなしの良心は吹き飛んだ。
普段強気で高飛車な麦野の弱弱しくも艶めかしいその態度は御坂の本能に鋭く訴えかけてくる。
上質なロイヤルブルーのブラに包まれた胸を小さな手で掴み、やわやわと揉みながら、笑顔を浮かべて麦野を見詰めた。


御坂「嫌よ。乱暴にしたい。沈利さんをめちゃくちゃにしてやりたい」

麦野「ひどいわね……いいよ、好きにしなさいよ……」



877 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:57:02.35 ID:jYXueioo [41/66]

自分が自分でないかのような錯覚。
麦野に対して突きつけた言葉は、御坂の胸中とは真逆のものだった。
うんと優しくしてあげよう。麦野が自分にそうしてくれたように。
そう思っている自分と、麦野の弱弱しい姿をもっと見たい自分とが同居し、彼女の反応見たさにあえてそんな意地悪を言ってしまった。
だが後悔は無い。御坂は微笑を浮かべることで応え、ゆっくりと掌に力を込めていく。
掌を沈ませた乳房はこの世のものとは思えないほど柔らかく、下着越しにもその存在を強烈に主張してくる。
ジットリと汗が滲むその双丘の感触に、一瞬にして御坂は酔いしれた。


麦野「あっ……んぅっ! ふぁっ……ぁ……あん!」

御坂「柔らかいわね。沈利さん胸の開いた服はもう着ちゃ駄目よ。コレも、私だけのもんなんだから」


ぐにぐにと、揉むというよりはこねくりまわすような強さで指を沈みこませる。
官能的に形を変える胸の感触を楽しみつつ、少しの痛みと湧き上がってくる快楽に顔を歪ませる麦野の顔を
じっと見つめる御坂。


麦野「痛いっ……もうちょっと優しくっ……ぅあっ! ぁうっ!」

御坂「あっ、ごめんごめん……。さすがに痛かったか。えーと……こんなもん?」


少し力を入れ過ぎたようで、顔をしかめた麦野の胸から慌てて手を離してもう一度優しく揉みこむ。


御坂(えっと……次はどうすればいいのかしら……?)

麦野「はぁ……ん……上手よ……」

御坂(キスしてもいいかな……)



878 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 02:58:51.91 ID:jYXueioo [42/66]

胸をずっと同じ調子で触っていても麦野の反応にこれ以上の変化が無いことに気付いた御坂は、
一先ず間を繋ごうと彼女に口付ける。
濡れた舌先を彼女の口内に侵入させ、いつもしてもらっているような具合でゆっくりと唾液と唾液を絡め合い、
舌で歯の付け根を一本一本ねぶっていく。


御坂(カレーの味……。あ、でも……気持ちよくなってきた……)


時たま口腔内を舌先で突きながら、手は胸に添えて。
御坂は必死で麦野からの奉仕を思い出してそれを実行に移していった。


麦野「んちゅっ……んぅ……ちゅぷっ……」

御坂「んっ……チュプッ……ちゅぅっ……」

麦野「……ん……美琴……?」

御坂「んっと……えと……」


自分の主導で麦野に奉仕をするのはこれが初めてだ。
口で麦野に色々言ってもどういう手順で行えばいいのかは分からない。
なんとなく麦野の身体で触ってみたいと思っていたところに手を這わせていくも、当然テクニックなど持ち合わせていない御坂は
すぐに次に何をすればいいのか戸惑ってしまった。
ずっと胸ばかり触っていてもいいのだろうか?
いつ下着を外せばいいのだろうか?
上手くやらなくてはという想いばかりが先行して、御坂は半ば涙目になりながら麦野への奉仕を続けようとする。
その様子を見て何を思ったか、麦野はふっと息を吐いて微笑み、囁くような声で唇を動かした。


麦野「……もっと胸触って……。ブラも外してよ……」



879 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:01:00.21 ID:jYXueioo [43/66]

ねだるような甘ったるい声で、麦野が御坂に懇願し笑いかけてくる。
そこで主導権を奪ったりするようなことはしない。
あくまで麦野は御坂に攻められているのだという体(てい)を守るような言葉で告げて来た。
もちろん御坂にもそれは伝わった。
だが自分を傷つけまいとするそんな彼女の気遣いが嬉しくて、笑顔で肯定すると、御坂はもう一度麦野に顔を近付け口づけた。
薄桃色の唇を優しく啄ばみ、舌で弄ぶように舐めながら片手を麦野の背中に回す。
手慣れていないと言っても下着は自分も毎日着けているものだ。
ホックを外すのに手間取るようなことは無く、パチリという音と共に弾けるように麦野の胸が零れた。
ぷるんと揺れるその大きな塊と、先端部のピンク色の蕾を目の当たりにし、御坂はゴクリと唾を飲み込む。


御坂「なんか久しぶりね……相変わらずすごいわ……」

麦野「あんま見ないでよ……ね、早く……して」

御坂「ふふっ、早くしてだなんて、沈利さんてばエッチよねぇ」

麦野「ばか……んっ!」


掌にジットリと張り付く柔らかい感触を楽しみながら、御坂はピンクの突起をパクリと唇で啄ばんだ。
チロチロと舌先で突いたり、舌の腹で押しつぶしたり、思いつくままに弄んでいると、麦野の嬌声も
徐々に熱を含んだものへと変化していく。


麦野「はぁ……んっ! ぁ! あっ! んぁぁあっ!」

御坂「チュプッ……チュッ気持ちいい? 沈利さん?」

麦野「……ばかっ! んっ! ぅうんっ!」


チュウチュウとわざとらしく音を立てて麦野の乳首を吸ってやると、ピクピクと上気した身体を跳ね上げて
麦野は応えてくれた。
麦野ほど上手くは出来ないが、彼女なりに悦んでくれているようだ。
少しずつ硬さを帯びてくる先端部を唇で挟みつつ、御坂は自分の胸の中が満たされてくるのを感じていた。



880 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:03:13.54 ID:jYXueioo [44/66]

御坂(あったかいな……沈利さん……)


熱を帯びて、ほんのり汗を滲ませる艶めかしい麦野の肌に触れて、頭がぼんやりとしてくる。
脳髄を蕩かしていく蜜のような香り、汗とシャンプーの匂いが混じり、紅く火照った身体が御坂の嗜虐心を突く。
まるで霞がかかったように麦野の周囲から音や景色が消えて行き。
一糸纏わない麦野の姿は今自分だけのもので、自分だけが知っている彼女の痴態が思考能力をどんどん奪っていった。
ただ、彼女が欲しい。それ以外のことなどどうでもいい。
御坂はショーツ一枚隔てた先にある麦野の秘所に視線を送り、熱く息を吐いてそっと手を伸ばした。


麦野「まって……」

御坂「……無理、止まんない……沈利さんだって我慢できないでしょ……」


眉を顰めて乞う麦野に、御坂は荒い息遣いで首を振って見せた。
麦野はもう下着の上からでも分かるくらいにグショグショに濡れている。
室内を仄かに照らす間接照明が、テラテラと濡れた太股の付け根を官能的に照らし出していた。


麦野「待って美琴……」

御坂「やらしい下着……こんなの見せられてどうしろってのよ……」


その大人っぽいレースがあしらわれたロイヤルブルーのショーツは偶然にも、
四肢が動かせず腰を浮かせたりすることのできない状態の麦野であってもすぐ脱がすことが出来る
サイドが紐状になっているものだった。
自分では買ったこともないような色っぽいその下着の紐に手をかけて、御坂は一度だけチラリと彼女の瞳に視線を送る。
そこでは、真っ赤な顔と潤んだ瞳に少しだけ困惑の表情をこちらに向けていた。


麦野「……お願い……美琴、聞いて」


恥ずかしそうに唇を引き結び、麦野は御坂に懇願してくる。
その必死な表情に、御坂はようやく手を止め首を傾げる。


麦野「アンタも脱いでよ……美琴の身体が見たい……」



881 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:05:28.79 ID:jYXueioo [45/66]

御坂「……そっか」


そう言えばまだ自分は制服姿のままだった。
彼女の体温を感じるなら、自分も服は脱ぐべきだろう。
御坂は麦野の下着から手を離し、少し乱暴な手つきでニットとシャツを脱ぎ、一度ベッドから降りてスカートもその辺に放りだした。
瞬く間にパステル調の下着姿になった自分の姿を、麦野は優しげな視線で見つめてくる。


麦野「ん、アンタも綺麗よ……。ね、来て……」


麦野に言われた通り、御坂は彼女の隣に寄り添うように横になる。


御坂「行くね……沈利さん」


見つめ合う濡れた双眸。
わずかに吊りあがった猫のように挑発的な眼も今は甘えるような色を帯びて御坂に訴えかける。
麦野の栗色の髪を撫でながら、ゆっくりと彼女に唇に自らのそれを重ねた。
柔らかな唇の感触を感じながら、御坂の手は誘われるようにして麦野の下腹部へと移動していく。
下着の紐をシュルリとほどいて、ハラリと崩れた布の向こう側から、麦野の秘部を隠す茂みが現れた。
黒く薄いその先、足の付け根の間へと指を沈みこませていく。
閉じられた麦野の瞳。その眉間にわずかな皺が寄った。


麦野「はぅっ……んっ!」

御坂(すご……熱くて……溶けちゃいそう……)


ふわふわの髪を撫で、水音と立てる唇の動きを止めないまま、御坂の指先は麦野の秘部へと触れた。
トロトロに溢れた愛液が指先に絡みつき、体温よりもさらに熱く柔らかなその感触に御坂は驚いた。
なんとなく自分のそれとも感触が違う気がする。
指先でゆっくりとかき回し、たっぷりと愛液を絡め取って、少しずつ奥へ奥へと歩を進めて行く。


麦野「ぁっ……はぁ……ぁあっ!」



882 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:07:38.06 ID:jYXueioo [46/66]

ずぶずぶと麦野の中へと飲みこまれていく中指。
熱く柔らかな肉壁。
こちらを飲みこもうとヒクヒクと蠢動する膣内は自らのそれに比べれば幾分かは緩く、
だがそれでいて指をしっかりと締め付けてくるのも感じ取ることが出来た。


御坂(これが沈利さんの中なんだ……柔らかくて熱い……何これ、気持ちいいな……)


中指にまとわりつくヌルリとした温かな感覚に、御坂は口づけによる快感も相まって指ごと頭が蕩けてしまいそうだった。
もっとこの感覚を味わっていたい。
御坂は指を優しく腹側の膣壁に押し付けると、ゆっくりとした動きでそこを擦ってみる。


麦野「やっ! んぁぁっ!!」


ビクビクと跳ねる麦野の身体。
なるほど、気持ちいいらしい。麦野らしからぬ甲高い声は確実に先ほど以上の快感を露わにしていた
今度はもう少し奥の方を触ってみようと、指を伸ばし再び壁を擦り上げると、同時に麦野の身体が痙攣した。


麦野「ひっ! ぐっ……! あ、アンタ遊んでるでしょ……!」

御坂「……へへっ」

麦野「テメ……んぅぁっ! あっ! ぁっ! ぁあっ!」


麦野が悪態をつこうと視線を鋭くさせたので、御坂は中指に追従するように薬指も膣内へとねじ込んだ。
二本だと少々きつかったが、何とか動かせそうだったので別々にウネウネと動かしてみると、麦野は汗でジットリと身体を
湿らせて甘い声をあげた。


御坂「ヤダ何これ……楽し……。ね、沈利さん気持ちい? 気持ちいの?」



883 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:10:10.77 ID:jYXueioo [47/66]

ニヤニヤといやらしい笑みを口元に浮かべ、麦野の眼前で問いかける御坂。
気丈な麦野も膣内はデリケートなのだなと、御坂は当たり前のことを今更ながらに知って異様な興奮を覚えた。


麦野「あン……ひっ……タねぇ! ぁぐっ! ふざけんじゃ……ぁあんっ!」

御坂「あーんもう沈利さん何言ってるか分かんないわよー?
    ここはどうかなー?」


グチュグチュと指をかきまわす度に嬌声をあげて足の指を吊りそうなほどに反らせて跳ねあがる麦野。
御坂は耳元でねっとりと囁きながら、入口上部の突起に親指の腹を押し当てる。
そこをグリグリとこねてやると、麦野は一際大きな声をあげて仰け反った。


麦野「んぁぁぁあああっっ! そ、そこは……だめぇっ!」

御坂「へぇ、沈利さんここが弱いんだ……」


強すぎる刺激はよくないだろうと、細心の注意を払いながらも大胆に指の腹で赤い肉芽を押しつぶす。
すると、明確過ぎる仕草で麦野は艶めかしく身をよじった。


麦野「はぁんっ! やめっ……ぁぁっ! 駄目えぇっ!」

御坂「すっごい濡れてるわよ。沈利さんの匂いがするね……おっぱいも触っていい?」


一応尋ねはするが応えを聞く気は無い、御坂は弾けるような瑞々しさの豊満な乳房を空いた手で鷲掴みにし、
指先で乳首を擦りながら膣内と肉芽への愛撫を続ける。


麦野「はっ! あっ! あっ! んぅぅっ!!」

御坂「気持ちよさそうね。沈利さんって感じやすいんだ」

麦野「そんな……ことっ……! はぁっ!」



884 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:12:20.91 ID:jYXueioo [48/66]

自分も自慰をするときはここを触ってするが、彼女も同じのようだ。
この反応は明らかに先ほどまでとは違う。
抗い難い快楽が全身に走り、口の端から涎を垂らして悦んでいる。
あの麦野が、こんなにだらしない顔で喘いでいるのかと思うと、御坂の興奮はいよいよ絶頂に達した。
それが御坂は少しだけ嬉しくて、指を内部から抜いて中指でこねくりまわす。
まるで自分で自分を慰めるかのように、麦野のそこを優しく丁寧に愛撫して快楽を与えていった。
しかし、その時だ。


麦野「いい加減に……んぅっ……しなさいよ……!」


ガシリと、麦野の秘部をまさぐる右手が掴まれた。
今までの刺激のせいか、時間が経ったためかは知らないが、麦野の筋肉の麻痺が解けてしまったらしい。
いいようにされっぱなしだった麦野はさすがに憤った様子で、ジロリとこちらを睨みつけてくる。


御坂「やばっ……そ、そんなに怒らないでよ。気持ちよかったでしょ?」

麦野「ふざけんな下手くそっ! 調子こいてんじゃないわよ!
    アンタばっかずるい! 私にも触らせなさい!」

御坂「えー……」


せっかく麦野を好き勝手に弄ぶ楽しさに目覚めてきたところなのにと御坂は唇と尖らせる。
ふとその時、御坂の頭にとんでもない考えが過ぎってしまった。
これもきっと麦野と普段から一緒に行動していた賜物だろう。
こんなこと、以前の自分だったら思いつくはずもないから。
未だ麦野の下腹部に差し込まれていたままの手はガッチリと彼女に握られて動かせずにいる。
しかし。
御坂はニヤリと口元に楽しげな笑みを浮かべた。


麦野「な、なによ……」


御坂の反応が気に食わなかったのか、怪訝そうな表情になる。
次の瞬間。


麦野「と、とにかk……ひぎっあぁぁあああああああっ!!!!!!」



885 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:13:48.61 ID:jYXueioo [49/66]

ビクビクと今まで以上に身体を痙攣させて、足の指をこれ以上なく反らせて悲鳴にも似た嬌声をあげた。
そしてプシッという水音と同時に御坂の手に吹きだした愛液が噴きかかる。
御坂の能力による微弱な電撃。
人体に害を与えない範囲でのギリギリの刺激を麦野の秘部へと与えたのだった。
それはもはや彼女の想像を遥かに凌駕した快感だったのだろう。
瞳孔を開き、こんなものに誰が逆らえるのかというような絶叫をあげて麦野の身体がダラリとベッドに沈み込んだ。
精密な調整を可能とするレベル5の発電能力者だからこその攻め手。
御坂の能力は性行為にも応用可能だということがここに証明された。


麦野「ハァ……ハァ……あ、アンタねぇ! バ、バカじゃ……んぁぁぁぁあああっっっ!!!」

御坂「下手くそは酷いわよねー。私なりにがんばったんだからね!」

麦野「わ、分かった! 謝るから! だからそれはあぁああああああ! こ、こんなのら目ぇぇぇぇぇええええええっっ!!!」


もちろん麦野もそれにはすぐに気付いたようだった。
一瞬にして絶頂に導かれ、強制的に愛液を吹かされる屈辱に顔を真っ赤にさせて
御坂に詰め寄るも、再び同じ攻撃によって何度も果てた。
グッタリとベッドに寝転がる麦野を見下ろし、御坂は勝ち誇ったような笑顔を浮かべる。
その時、主導権は完全に御坂の掌に移ったのだった。



886 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:15:42.52 ID:jYXueioo [50/66]

―24:00―


麦野「……ハァ……ハァ……もう無理、許して……苦し……ゼェ……ゼェ……」

御坂「どうだった? 沈利さん何回イっちゃったのー?」

麦野「……るさい。 ハァ……もう……どうしてくれんのよシーツ……びっちゃびちゃじゃないの……」

御坂「全部沈利さんのよ?」

麦野「あれはズルでしょ……あんなの……どうしようもない」 プィッ

御坂「あれー? 拗ねてんの? ねぇねぇん、こっち向いてよー」 ギュッ

麦野「……だって、アンタじゃないともう満足できない体に開発されちゃったんだよ……責任とれっつの」

御坂「とるわよ」

麦野「…………」 チラッ

御坂「へへっ、沈利さんが早く戻って来たくなるように、サービスしてあげたのよ」 ギュッ

麦野「…………ばっかじゃないの」

御坂「……あー、そんなこと言うんだ。まだまだ調教が足りてないみたいねー」

麦野「テメェ……今度は原子崩しでハードなSMに目覚めさせてやってもいいんだけどねぇ?」

御坂「うっ……痛いのは勘弁」

麦野「ふん、アンタが能力使って無理やりイカせてくるド変態だとは知らなかったわよ」

御坂「ごめんごめん、怒ってる……?」 オソルオソル



887 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:16:41.52 ID:jYXueioo [51/66]

麦野「ったり前でしょ!」 プィッ

御坂「……ごめん」 シュン…

麦野「…………」

御坂「……」 シュン…
    
麦野「……」 チラッ

御坂「……」 シュン…

麦野「……だーもう! 分かったよ! 怒ってない!」

御坂「ほんと……!?」 パァッ

麦野「うっ……も、もういいわよ……確かに気持ちよかったし……」

御坂「やった、沈利さん大好きっ!」 ギュッ

麦野「その代わり……」 ガバッ

御坂「きゃっ……!」 

麦野「……今度は私の番、でしょ?」

御坂「えっ、えー……」

麦野「私はね、攻められるより攻める方が好きなの」

御坂「……ん、じゃあ」

麦野「……あれ、素直だね。そういう態度は嫌いじゃ……」

御坂「……めちゃくちゃにして……」 ボソッ

麦野「…………」 ブチッ



888 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:17:53.85 ID:jYXueioo [52/66]

―26:00―


クチュクチュッ…チュプッ


御坂「あっ! あっ! ぁぁあっっ!!」 ビクビクッ

麦野「……ハァ……ハァ……ふふっ、これできっちり私の分、25回イカせてあげたわよね?」

御坂「も……もう駄目……ハァ……ハァ……」

麦野「あらあら。だらしないな。まだ夜中の2時だよ? これからが楽しいんじゃない」

御坂「ハァ……エッチ始めてもう6時間くらい経つわよ……あんたの体力と性欲どうなってんのよ……化け物か。
    ハァ……ハァ……そんなんで私いなくて大丈夫なわけ……?」 グッタリ

麦野「……大丈夫じゃないっつの。どうしてくれんの」 ゴロリ

御坂「ハァ……し、知らないわよ……あんたがエロいのは元々でしょ。自分で言ってたじゃない……」

麦野「まーね。自分で色々処理するから大丈夫よ」

御坂「ちょ……ちょっと、身体だけの相手とか作ったりしないでよ……?」

麦野「へぇ、駄目なんだ?」

御坂「だ、駄目に決まってんでしょ」 ジワッ…

麦野「な、泣かないでよ冗談でしょ……あんなの、アンタしか無理よ……」

御坂「じゃあ……浮気しちゃ嫌よ?」

麦野「別れんのに浮気も何もねーだろ……」

御坂「うぅ……」 ジワッ…

麦野「分かった分かった! しない。約束するわよ……っつかするわけないだろそんなの……」 ボソッ



889 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:19:40.63 ID:jYXueioo [53/66]

御坂「え、何?」

麦野「何でもないっ!」 フンッ

御坂「よかったぁ……」 ホッ

麦野「その代わりアンタ次会ったら覚悟しときなさいよ。
    溜まりに溜まった私の欲求全部ぶつけてぶっ壊してやるから!」

御坂「えっ……次って……」

麦野「ん……次は、次よ。知らないからね!」

御坂「……ふふ、いいわよ……沈利さんの好きにしてちょうだい」

麦野「ふんっ」

御坂「……沈利さん」 ギュッ

麦野「っ……! な、何よ」

御坂「えへへ、呼んでみただけ」

麦野「……ばっかみたい」

御坂「いいもん。馬鹿で」

麦野「あっそ」

御坂「ふふ。ってかケーキどうしよ。お祝いとか言って何にもしてないわよね」

麦野「あー……ほんとだ。明日食べよ」

御坂「そうね。今日はもう動けない」

麦野「ずっとヤリまくってたもんね」

御坂「ほんとよ……喉乾く……水ー」



890 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:21:05.21 ID:jYXueioo [54/66]

麦野「そこにご飯の時のお茶あるよ」

御坂「ん……ゴクゴク……ぷはっ。ぬるいな。沈利さんも飲む?」

麦野「ん。……ゴクッゴクッ……あー、生き返る」

御坂「おっさんくさいわよ」

麦野「黙れ。はぁん、じゃあわかめ酒でもしたげよっか? あ、この場合麦茶だけど」

御坂「え、何それ?」

麦野「……いや、いいわ」

御坂「……? ま、どうせエロいことなんでしょうけど」

麦野「う、うるさいわね! 変なとこで知識の足りないやつよねアンタって」

御坂「ふふーん、そんなもんなくたって指一本あれば沈利さんをグチャグチャにできるもーん」

麦野「そ、それは反則!」

御坂「へへ、沈利さーん」 ギュッ

麦野「何よ!」

御坂「呼んだだけー」

麦野「テメェ……」 ピキッ

御坂「そこはこいつぅってほっぺたをツンッてするとこでしょ」

麦野「するか。アホか」

御坂「……沈利さん」

麦野「しつっこい。いい加減ウザ」


御坂「好きだよ」 キュッ



891 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:22:19.98 ID:jYXueioo [55/66]

麦野「……っ」

御坂「……世界で一番、好きだよ」

麦野「……子供かよ」 プィッ

御坂「いいじゃん。っていうか子供だし一応」

麦野「それもそうか」

御坂「んで、その子供にひーひー言わされちゃった気分はどんなもん?」

麦野「テメェ殺すっ!」 ガバチョッ!

御坂「きゃっ! 沈利さんのエッチー」

麦野「何がよ。……ったく、甘えてんじゃないわよ」

御坂「えー、嫌なの?」

麦野「……嫌じゃないけど」

御坂「へへ。……ね、沈利さんは私のこと好き?」

麦野「……アンタねぇ……」

御坂「教えてよ。いいじゃん」

麦野「……はいはい、好きですよ」

御坂「愛がないぞー。ほら、もっと心を込めて。こっち向いて」

麦野「…………」 チラッ

御坂「……はやくはやくぅ……」

麦野「……一回しか言わないわよ」



892 名前:38日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:22:51.51 ID:jYXueioo [56/66]

御坂「ん。いつでもいいわよ」

麦野「目、閉じて……」

御坂「?……はい……」 スッ

麦野「……美琴」

御坂「はい、沈利さん」

麦野「…………」

御坂「……」 ドキドキドキ…

麦野「生意気っ!」 ギュッ

御坂「ふがっ!?」

麦野「なーにが『私のこと好き?』だよ! 脳味噌湧いてんのかばぁか」 ギュゥゥ

御坂「ふがふがっ! ひょっろ! 鼻ふままないれよ!」

麦野「っるっさい! 好きよ馬鹿っ!」

御坂「ふぇっ……!」




麦野「―――アンタはずーっと! 私のもんなんだからね!」





893 名前:39日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:24:38.16 ID:jYXueioo [57/66]

39日目


―麦野宅 17:00―


麦野は御坂との別れの時を迎えようとしていた。
昨晩はあれからまた三回ほど肌を重ね合い、力尽きるようにして眠りについたのは空が白んできてからのことだった。
まるでこれからの長い別れの寂しさを埋めるように、そしてこれまでの思い出を確かめ合うように
互いの身体を求めあった二人の首筋から鎖骨付近には、いくつもの愛の証が見え隠れしている。
次に目覚めた時、時刻はとうに昼を回っていた。
まだ鍋に残っていた煮詰まったカレーを二人で食べ、その後御坂の作ってきてくれたケーキでお茶をして
気がつけばもう彼女の門限の時間が差し迫っている。
玄関先、靴を履いている御坂の背中を見下ろしながら、麦野はこれからの日々に想いを馳せた。
御坂がいない。
彼女はもう笑いかけてはくれない。


麦野(それはきっと……とても……途方も無く辛い日々……けど)


だが、麦野はもう何も心配などしていなかった。
立ちあがった御坂がこちらを振り返り、名残惜しそうに薄く微笑む。
再び彼女に出会う日のことを想えば、何一つ、恐れることなどない。


麦野(……また会えたら、もう一度恋をしよう。
    何ヶ月、何年先かは分からない。
    でも、アンタが待っててくれるんだもんね……)


それは遠く、遠く、果てしない未来の話であるのかもしれない。
しかし、麦野にとってそれは紛れもなく希望。
彼女と出会い、過ごしたこの濃密な一月は自分の中で何者に代え難い愛しい日々だった。
もう一度それを手に入れるために、自分は旅に出る。
相手は学園都市という巨大な闇。
それはもう、麦野にとってはただの通過点に過ぎないものだった。



894 名前:39日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:26:04.59 ID:jYXueioo [58/66]

麦野(私には待っててくれる人がいる……力を貸してくれる人がいる……。
    ……らしくないかな、でも―――)


きっと自分を変えてくれたのは、他でもない、目の前で微笑んでいる彼女に違いないから。
麦野は、何かを待つように佇む御坂に近づきそっと抱きしめた。


麦野「それじゃあね。またいつか、どこかで」

御坂「うん、沈利さんも。元気でね」


御坂は爽快な笑顔を満面に浮かべて麦野を抱きしめ返す。
もう涙は流さない。
次に泣くのは、彼女と再会を果たした時だ。
身体を離し、互いに見つめ合う。
一度だけ触れ合うように口づけて、御坂は玄関の外に出た。
こちらを振り返らず、彼女は言う。


御坂「……あんまり遅いと、さらいに行っちゃうんだからね」

麦野「……お生憎。アンタを奪い去るのは、私の特権なのよ。
    次に会うときは……二度と離さないからね」


その言葉に、御坂はこちらを振り返って華が咲くような頬笑みを浮かべた。


御坂「こっちの台詞。私は、あんたがどんな闇の中にいたって、見つけてみせるわよ」

麦野「……ありがと」



895 名前:39日目 ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:26:42.87 ID:jYXueioo [59/66]

御坂の微笑みは、まるで自分の行く先を照らし出してくれるかのように眩しく輝いていて。
憧れていた御坂の眩しさ。彼女と同じ景色を見るためにそこへ行くのだと麦野は誓う。


麦野「さようなら……」

御坂「……さようなら」


だから麦野は、彼女との別れの言葉を微笑みに託すことに何の躊躇もしなかった。
遠ざかっていく背中。
閉まって行く扉。
振り返らず去って行く高潔な少女の後姿を見るのはこれで最後。
次に会うときは。
自分はその隣に立っているのだから。
かくして、彼女とのたった一月の恋物語は幕を閉じる。


ハーナテココローニキザンダユメモミライサエオーキーザーリーニシーテー!


そして終わりを告げる鐘のように、最後の着信音が鳴った。



896 名前:エピローグ ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:31:00.54 ID:jYXueioo [60/66]


4年後(1422日目)


今年もまた、寒い季節がやって来る。
夕刻のにぎわいを見せる街並み。その中を歩く数人の人影の中に、少女はいた。
ここ数年で人々の与かり知らぬところで学園都市は大きく変化を遂げた。
世界を巻き込む大きな戦争。この街の仕組みそのものを変えるような出来事。
そんな動乱を越えてなお、外面上この街は大きな変化を見せてはいない。
学生たちは今日も冬の訪れを告げるような冷たい空の下を下校し、放課後のささやかな時間にそれぞれの
青春を捧げて笑顔を浮かべている。
そんな中、少女、御坂美琴もまた時の流れと共に高校三年生の冬を迎えようとしていた。
背中まで届く長い髪と、ガラス製のヘアピンが陽光に煌めく。
整った顔立ちと薄桃色の唇をわずかに緩ませて、スラリと長い手足がすれ違う学生たちを振り返らせるような、
そんな健康的な美人へと御坂は成長していた。
今日も淡い色のブレザーに濃紺のプリーツスカートを翻し、制服の上からでも分かる大きな胸を張って堂々とした姿勢で
友人数人と共に談笑しながら家路を歩いていた。


「じゃ、また明日ねー」

「お疲れー」

「うん、バイバーイ」


分かれ道で友人に手を振って別れ、その背中を見送った後御坂は再び歩きはじめる。
静かな住宅街をゆっくりとした足取りで踏みしめていると、ふとある場所で足を止めてその建物を見上げた。


「……久しぶりだな、ここ通るの」



897 名前:エピローグ ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:33:56.13 ID:jYXueioo [61/66]

何となくいつもと違う道のりで帰ろうと思い立ったのはどうしてだろうか。
見上げた視線の先にあるのは、かつて大好きだった人が住んでいたマンション。
べらぼうに高い家賃と暴力的に広い内装が特徴的な高級学生寮だった。
受験も推薦で秋口には早々に進路が決定してしまい、帰っても特にすることの無い御坂は
しばらくそのマンションを見上げてあの日の記憶を思い返していた。
彼女と最後の別れを交わしてから、しばらくは御坂もその寂しさに胸を痛めて眠れぬ夜を過ごした。
彼女の温もりが欲しくて、優しい声が聞きたくて、何日か後にたまらず訪れたその部屋には、もう彼女の姿は無かった。
行き先を知る者は無く、電話もメールも番号は使用されていないと出た。
まるで彼女は最初からいなかったかのように痕跡を消して自分の前から消えてしまったのだ。
あの時は胸を痛めたものだが、今思えばそれが彼女の覚悟だったのだろう。


「…………もうこんな気持ちには慣れちゃったな……そろそろさらいに行こうかしら。
 ……なんてね」


御坂は彼女がかつて住んでいた部屋を見つめてクスリと微笑む。
あれから少しは大人っぽくなれただろうか。
彼女の瞳に、自分はどんな風に移るだろうか。
背は伸び、胸も随分と大きくなった。化粧も少しは上手くなったと思うし、友達もあの時よりは増えたと思う。
男子に告白される回数だって年を追うごとに増えていく。
彼女に語り聞かせても、恥じることない4年間を送ってきたと胸を張って言える。
御坂の胸の中には変わらず彼女の姿が鮮明なまま残っている。
あれから4年も経てば、彼女もあの時以上に美しくなっていることだろう。
トクトクと心地よい胸の鼓動を感じながら、御坂は少しだけ寂しげにもう一度彼女の部屋を見つめて踵を返した。


「たまには学舎の園でも行ってみようかな……」



898 名前:エピローグ ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:35:50.57 ID:jYXueioo [62/66]

何故そんなことを考えたのかは分からない。
ふと昔のことを思い出して懐古の情にかられたのか、それとも天啓に導かれるようなものだったのか。
中学生の時ほどではないにしろ直情的で思い立ったら即行動に移すことを信条としている御坂は、
自宅に鞄を置きに戻る時間すらも惜しいと言うように先ほどよりも早い足取りでかつて自らが通っていた学校のある
その場所へと向かうのだった。
常盤台に通っていたころの後輩である白井とは当然のように今でも親交がある。
別々の学校に進み、あの時のように毎日一緒にいるということは無くなったが、週末の休みにはよく遊びに出掛けるし、
時折部屋に押し掛けてきてはセクハラまがいの言動をして自分に殴られる。
身長も体型も中学の時からほとんど変わらない白井の姿を想い浮かべながら、御坂は小さく笑みを零して
スカートのプリーツを乱して最後には地を蹴り駆け出していた。
急がなくてはいけない。そう思った。
まるで約束の時間に間に合わせるような急ぎ足で、何事かと振り向く学生達の視線も跳ね飛ばして、御坂はただ前だけを見つめて駆け抜ける。
やがて辿り着いた巨大な門の前。
24時間警備員の張り付いた入場ゲート。高いレンガ造りの壁に囲まれた純粋培養のお嬢様達が生活する区画。
『学舎の園』の前で、御坂は肩で息をしながら佇んでいた。


(……アホくさ、何で私こんな慌てて来たんだろ。OBだからってちゃんと前もって申請しないと中なんか入れないっつーの)


長い髪をガシガシとかきながら、自分の行動に疑問符を浮かべる。
特に用があるわけでもないのに何を急いでいたのだろうか。
無駄な汗をかいてしまったし、帰ってシャワーでも浴びて夕食の準備をしようと思い、最後に一度だけ門を見上げて呟く。


「「懐かしいわね……」」


毎日のようにくぐっていた背の高い門も、地中海沿岸風の街並みも、ついこの間のようでもう随分と遠い記憶だ。
しかし、御坂は少しの違和感を感じた。
今、自らの口で発した呟きは、ピッタリと誰かと重なった気がしたから。


「え……」



899 名前:エピローグ ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:37:36.11 ID:jYXueioo [63/66]

チラリと横に視線を移す。
栗色の長い髪が、冷たい風に柔らかく揺れていた。
こちらに向けられた圧倒的な存在感を示すその視線。
少しだけ吊りあがった大きな瞳が驚きに見開かれ、やがて慈愛に満ちた微笑を滲ませる。
彫刻品のように整った顔立ちも、女性らしい大きな胸も、スラリとしたモデルのような肢体も、
堂々とした貫禄のあるその佇まいも。
何もかもがあの頃のままで、それでいて何かが違う。
まるであの日から止まっていた時が今動き出したかのように、あの時の頬笑みをこちらに向けてくれた。


「―――おかえり、沈利さん」


けれど、彼女はあの時よりずっと気高く、美しくて。
そこに彼女が存在してくれていることが何より嬉しくて。
止めどない喜びと強い鼓動を刻む心臓が後押しするように、御坂の眼から一筋の涙が零れ落ちた。
表情にはこれ以上無い、とびきりの笑顔を浮かべて。
そして相対する彼女は呆れたように息をつき、だがどこか優しさを内包した視線を向けて、両手をこちらに向けて差し出した。


「―――ただいま、美琴」


柔らかく動かされる桜色の唇が綻び、彼女の頬にも滴が通り過ぎた。


  約束だよ―――


そして輝くような笑顔。ずっとずっと見たかったもの。
自分だけに向けられた、最上の感情。
そこに自分が望んだものがある。
だから御坂は、何の憂いも躊躇いも無くその腕の中へと飛び込んで強く抱きしめる。


       ―――私のものになりなよ


眠りについていた恋の芽吹く音が聞こえた。






 ―おしまい―



900 名前:カザキリ様がみてる ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 03:40:08.73 ID:jYXueioo [64/66]

これにて彼女達の物語は終了となります。最後のスレタイ回収はあえてどちらの台詞か分からないようにしてみました。
どちらが言う方が面白いか、お好きな方をお選びください。
いつか美しければそれでいいと申しましたが、そういう綺麗すぎる百合はあまり好きではないので、
女同士であることを最大の障害とするようなことは避けるようにしました。
結局好きになった子がただ女の子なだけだったという麦野の話です。

余談ですが、このSSを始めた当初は麦野と御坂学園都市脱出エンドで、脱出寸前で嫉妬に狂ったフレンダに二人とも爆殺されるという
デッドエンドを予定してましたが、「ねーよw」と思ってすぐ修正しましたw

とにもかくにも、麦野×美琴なんて訳の分からないウルトラマイナージャンルのSSを2スレも続けて見て下さった皆さん、
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございます。
2ヶ月もモチベーション保っていられたのは紛れもなく皆さんの感想、声援のおかげです。

あれから麦野がどうやって暗部を抜け出たのか、その辺りは皆さんのご想像にお任せします。
もしかしたら学園都市の仕組みが変わる方が早かったのかもしれませんね。
二人の今度についても同様で。
特に障害の無くなった二人は見てられないくらいイチャイチャしっぱなしでしょう。
初夜で美琴が麦のんにぶっ壊されないかだけ心配ですw

タイトルを付けるならやはり麦野の着信音『only my railgun』でどうでしょうか。
スレタイはこの曲から思いついたので。
『私だけの超電磁砲』。麦野の答えは最初から最後まで変わりませんでしたね。

長くなりましたが、最後のご挨拶はこれくらいに。
また近からず遠からずお会いしましょう。
そしてもしよろしければ、感想等お聞かせ頂ければ幸いです。
それではまたお会いできる日までごきげんよう、お姉様方。

麦琴スレ、増えたらいいな



929 名前: ◆S83tyvVumI[saga] 投稿日:2010/08/23(月) 04:10:06.34 ID:jYXueioo [65/66]
皆さん4時ですよw
いつもスレ終わるたびにこんなに見てくれてる人いたのかと驚いてます。
ありがとうございます。

質問頂いているようなので次回作の話を。
結論としては、未定です。
例の続編ですが、これ書いてた所為で全然進んでないので、書き終えたら投下するのもいいかなと思ってます。
もうあとちょっとで書き上がるんですが…。
フレンダとヴェントがメインなので、どっちも好きなキャラだから書いてて楽しいけど何せ地の文は時間がかかると言い訳をさせて下さいw
そういう訳なので気長にお待ちくださいね。

俺の夏も麦琴で終わってしまったぜw

コメント

萌えました(*´∇`*)

麦琴めっちゃ萌えました(*´∇`*)
できればまた書いて欲しいです。
あと、黒子が可哀想なので美琴×黒子も書いてあげてくださいm(_ _)m(笑)

No title

ただただ最高でした。

圧倒的感謝

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