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唯「未来日記!」

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:03:59.67 ID:IxU8aYZHO [1/53]
平沢唯は殺されようとしていた。


同じクラスメイトである立花姫子に。

ここまではなんとか逃げ延びてきたが殺されるのは時間の問題だろう。

立花姫子の手には巨大なナイフが握られていた。
どうしてそんなものを持っているのか。
そもそもなぜ自分は彼女に殺されなければいけないのか。唯にはわからなかった。

唯は廊下の角に息を潜めていた。姫子とは目と鼻の先程度の距離。

彼女がこちらに向かって廊下の角を曲がれば一瞬で発見され、あっさり殺されるだろう。

唯は武器などもっていなかった。
そうでなくとも姫子はソフトボール部に入ってる。

運動能力や基礎体力が根本的に違いすぎる。素手でやりあったとしても生き延びるのは困難だっただろう。

震える手でスカートのポケットをまさぐる。

携帯電話を取り出して開いた。

画面に浮かんだのは二つの単語だった。


――DEAD END

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:08:08.95 ID:IxU8aYZHO
――今朝。


憂「お姉ちゃん、また日記つけてるの?」

唯「うん。憂の作った朝ごはんを写メして、日記に載せてるんだよ」

憂「日記もいいけど、早く食べないと学校に遅れちゃうよ?」

唯「それはいけないね」


唯が最近になってハマったのはケータイホームページの日記付けだった。

日記と言っても大したものではなく、ケータイで撮った写真を張り付けて
それに簡単なコメントをするというシンプルなものだった。
ちなみにこのホームページは唯と憂の姉妹共有のホームページで、憂の日記もある。


唯「いってきまーす」

憂「いってきます」


普段となんら変わらない朝だった。少なくとも唯にはそう思えた。

しかし、この時点ですでにどうしようもない変化が唯の携帯電話には起きていた。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:13:06.81 ID:IxU8aYZHO
唯が異変に気づいたのはまもなく学校につこうとしたときだった。
唯は立ち止まってケータイの画面を凝視した。

唯「……あれ?」

憂「どうしたの?お姉ちゃん」

唯「ううん、つけた覚えのない日記があるから」

憂「ここ最近お姉ちゃん、なにかある度に日記つけてるから忘れちゃってるだけじゃない?」

唯「そうかな?」

ケータイのディスプレイに表示されている日記に覚えはない。
それに奇妙だ。日記をつけた時間の表示が現在の時間より二分ほどあとになっているのだ。

[りっちゃんと登校中にそーぐー。めずらしぃ]

内容はいたって普通だ。写真も張ってあった。律のきれいな額の写真だった。
唯は首を傾げて少し考えたが、答えは出なかった。

憂「お姉ちゃん、早く行かないと遅刻しちゃうよ」

唯「うん……」

律「おーい、唯ー」

律の声が聞こえて唯は思わず閉じようとしていたケータイの画面をもう一度見た。

[りっちゃんと登校中にそーぐー。めずらしぃ]

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:18:00.82 ID:IxU8aYZHO
律「おはよっ、唯と憂ちゃん」

憂「おはようございます、律さん」

唯「……おはよう」

律「どうしたんだよ、唯?元気ないぞ?」

唯「いやあ、ちょっとね」

律「んん?ケータイをさっきからじーっと見ちゃってなにやってんの?」

唯「日記見てたんだよ」

律「そういや最近ハマってるんだよな。どれどれ、せっかくだからりっちゃん隊員も撮ってけ」

唯「……あ」

律「どうしたんだよ?」

唯「ううん、なんでも。それじゃ、りっちゃん撮るよー」

律「はい、ピース!」


唯のケータイが律の額を撮った。

ちょうどそのときの時刻は、唯が書いた覚えのない日記に表示された時間と一致していた。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:23:11.98 ID:IxU8aYZHO
唯「みんな、おはよー」

教室に入り挨拶もそこそこに唯は、席についてすぐケータイを開いた。
ホームページを開いて日記を確認する。

唯「また更新されてる……」

しかも今度はひとつだけではなかった。軽く二桁は更新されている。

更新された日記に目を通していく。やはり、日記には今よりも未来のことが書かれていた。

和「唯、おはよ……ってまた日記?」

とがめるような声が上から降ってくる。顔を上げると和の呆れた顔があった。

唯「あ、和ちゃん。おはよ」

和「おはよう、じゃないわよ。あんた、最近ケータイいじってばっかだけど勉強は大丈夫なの?」

唯「いやあ、そう言われると……」

和「してないのね。唯も受験生なのよ。そこらへん自覚して勉強しなきゃだめよ」

唯「がんばりまっす!」

そう言いながらも唯の視線はケータイの画面に注がれていた。

画面に表示された日記にはこう書かれていた。

[和ちゃんに勉強しないとダメ!って怒られちゃった]

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:28:11.00 ID:IxU8aYZHO
唯がケータイに表示される未来の日記に戸惑ったのは最初だけだった。

奇妙な言い方だが、変化したのは、未来がわかるようになったということだけなのだ。
それ以外にはなにも変わっていない。いちいち深く考える必要はない。

今まで通り、普通に行動していればなんの問題もない。


唯(さてさて、この英語の時間は)

授業中にも関わらず唯は机に入れておいたケータイを開いて日記を見た。

日記には自分が居眠りをするが、教師には見つからないという文が書いてあった。

唯(じゃあ寝ちゃおうかな?)

一瞬、和の呆れ顔が唯の脳裏をよぎる。和が言った言葉を思い出した。

唯(勉強しなきゃダメだよね。でも昨日もギー太と一緒に夜遅くまで練習してたから眠いよー)


が、結局やがて訪れた睡魔に唯は逆らえなかった。

唯は眠りに落ちた。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:33:25.75 ID:IxU8aYZHO
誰かに呼ばれているような気がして唯は重いまぶたを開けた。

視界いっぱいに青空が広がっていた。

唯「……はい?」

状況が認識できなくて唯は間の抜けた声を漏らした。
背中が痛い。固い感触。自分が床に仰向けになって寝ていたことだけは、なんとか理解できた。

唯「うぅ……ここどこ?」

「ここは[第三十八因果律大聖堂じゃ]」

唯は身体を起こして、声のした方向を見た。
小柄な少女が唯から少し離れた位置でトウモロコシをかじっていた。

「マヌケな面じゃの」

おそらく身長は唯の腰より少し高いだけ程度だろう少女は、幼い外見には不釣り合いな言葉遣いで言った。

唯「……どなたでしょうか?」

「小魔使いのムルムルじゃ。デウスに仕えている」

ムルムルと名乗る少女が、その色黒い指で唯の背後を指す。

「私がデウスだ」

低い遠雷のような声が大聖堂に響く。唯は後ろを振り返った。
唯は驚愕に目を見開いた。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:38:13.35 ID:IxU8aYZHO
唯「だ、誰……?というか人間なの?」

唯は恐る恐るたずねた。

「……神だ」

低い声が答えた。

唯の眼前には恐ろしいほど巨大なナニかがいた。

一見人間に見えなくもないソレは、しかし、異様なほど巨大だった。
唯の三十倍はあるであろう巨体のてっぺんにある頭は、人間とは明らかに違う形をしていた。

唯「か、み?」

「そう。全ての時と空間を管理する――時空王デウス・エクス・マキナだ」

唯「デウス……」

にわかには信じられない光景だった。いや、これは夢だ。そうだ。そうに違いない。

デウス「言っておくがこれは夢ではない。現実だ」

唯「…………」

デウス「信じられないという顔をしているな」

唯「信じられないよ。こんなでっかい人、いるわけないもん」

デウス「人間ではない、神だ。……まあいい。いずれ、いやがおうでも思い知らされるだろうからな」

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:43:32.66 ID:IxU8aYZHO
ムルムル「ところで唯よ、お前は朝から気になっていることがあるはずじゃが?」

ムルムルが聞いてきた。唯は少し考えてすぐに日記のことだと気づいた。

唯「日記のこと?」

ムルムル「そう。その日記について知りたくないか?」

唯「もしかしてこの日記は……デウスが関わってるの?」

ムルムル「そうじゃ」

デウス「それは[未来日記]だ。名前の通りお前の未来を知ることができる日記だ」

唯「未来を知ることができる日記?」

デウス「そうだ。それにはお前がこれから自分で見る、あるいは体験するであろう未来が書かれている」

唯「文章が私のとそっくりだけど、どうして?」

デウス「その日記はお前がこの先の未来で書くであろうことが書かれるからだ」

唯「つまりこれは私の文そのものなんだ。すごい便利な日記だね」

デウス「ただし、デメリットもある」

唯「デメリット?」

デウス「その日記を表示するメディアが壊れた場合、それは記述者の未来を壊すことと同義でな」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:47:44.57 ID:IxU8aYZHO
デウス「日記が壊れた場合、その日記の所有者は――死ぬのだ。」


―――――――――――
――――――――
――――――

唯「……ぁ」

チャイムの音で唯は目を覚ました。
授業はとっくに終わりまもなく次の授業が始まろうとしていた。

唯「変な夢だったなぁ……」

机に頭を預けて寝ていたせいか、ぼうっとする。

しかし、頭はぼーっとしていたが夢が本当に夢だったのかどうかは気になった。

唯はケータイを開いた。日記を見る。日記には目が覚めたということが書かれているだけだった。

唯(もう一個前の日記を見てみよう)

ひとつ前の日記を開いた。唯は息を飲んだ。

ディスプレイにははっきりと書かれていた。


[デウスとムルムルに会ったよ!
ムルムルはカワイかった。デウスは恐かったけど親切に日記について教えてくれたよ]

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:52:12.15 ID:IxU8aYZHO
昼休みもそのあとにあった授業も、特に何事もなく終わった。

澪「今日はここまでだな」

澪のその言葉で部活も終了した。無事に一日、何事もなく終わった。

律「そんじゃ。今日は用事があるからおっ先ー」

澪「私も楽器店に寄ってくから先に帰るよ」

紬「そう。それじゃまた明日ね」

梓「澪先輩、律先輩、さようなら」

唯「ばいばーい」

唯と紬と梓も部室を出た。

梓「唯先輩、なにしてるんですか?」

唯「ホムペの日記更新中」

紬「最近、唯ちゃんケータイよく触ってるわね」

唯「ついついはまっちゃってね」

実際には未来日記の内容を確認しているだけで日記は更新していない。
唯が開いた日記にはこう書かれていた。

[校門の前で体操服の姫子ちゃんにそーぐー。ついでに体操服を教室に忘れていたことを思い出したよ。取りにもどらなきゃ!]

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 19:59:44.10 ID:IxU8aYZHO
梓「どうしたんですか、唯先輩?」

急に立ち止まってしまった唯を、梓が訝しげに見た。

唯「うーん、ちょっとね……」

一回校門まで行ってまた教室に戻るのは面倒だった。

唯(日記に書いてあることと違う行動をしたらどうなるんだろ?)

日記を壊せば未来が壊れるため、所有者は死ぬとデウスは言っていた。
しかし、未来を変えることについては特になにも言ってない。

唯(考えてもよくわかんないし、めんどくさいから教室に体操服取りに戻っちゃお)

唯はケータイを閉じた。

唯「ごめん!私、教室に体操服置いてきちゃったから先帰ってて、あずにゃん、ムギちゃん」

紬がわずかに目を見開いて「え?」と声を漏らした。

梓「そうですか。じゃあお先に失礼します。さようなら唯先輩」

唯「うん、バイバーイ」

唯は一人で教室に向かった。
ケータイの入っているスカートの右ポケットからノイズのような音が聞こえたが、唯は気にしなかった。


ザザザザ……ザザザザザ…………

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:03:26.71 ID:IxU8aYZHO
唯「ふぅー、疲れた疲れた」

唯は教室のドアを開けて中に入った。室内はわずかながら熱気がこもっていた。

唯「体操服ー、体操服はどこかなー?」

一番後ろにある自分の机に向かう。

唯「……あれ?」

机にかけておいた体操服袋がなかった。
机の周りや、近くの席も探してみたが体操服袋は見あたらない。

唯(どこやっちゃったんだろ?たしかに机にかけておいたはずなんだけどな)

記憶を探ってみても、この机に体操服袋をかけておいたということまでしか思い出せない。

唯「体操服どこー?どこいったー?」


「体操服ってこれのこと?」


唯は振り返った。

唯の体操服袋を持った立花姫子が、教室の入口の前で笑みを浮かべていた。

ポケットの中でまたノイズが鳴った。

ザザザザザザ……ザザザザザザザザザザ……………

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:07:03.77 ID:IxU8aYZHO
唯「そうそれそれ!……って、なんで姫子ちゃんが私の体操服持ってるの?」

姫子「ちょっとしたイタズラだよ。ごめんね」

唯「姫子ちゃんもそういうことするんだね。いがーい」

姫子「そうかな?」

唯と姫子は顔を見合わせて笑った。

が、唯はそこである疑問が湧いて固まってしまう。


唯(あれれ?なんで姫子ちゃんが教室にいるの?)

日記には姫子は校門前にいると記されていたはず。

唯(私が校門前に行かなかったから姫子ちゃん、教室に来たのかな?)

しかし日記の続きには、姫子は唯と挨拶してすぐ学校を出ると書かれていた。
つまり唯が彼女と会おうが会うまいが、姫子は教室に寄らずにそのまま帰るはずではないのか。

姫子「……ふふふ……ふふ」

押し殺した笑声が唯の思考を掻き消した。

唯「姫子ちゃん……?」

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:12:07.74 ID:IxU8aYZHO
姫子「唯。どうして私がここにいるのか不思議でしかたがないみたいだね」

唯は驚きに声をあげる。姫子はそんな唯の様子がおかしかったらしく、今度は声を出して笑った。

姫子「なんで自分の考えてることがわかるんだろ、と思ったでしょ?」

唯「……うん。どうしてわかったの?」

姫子「これだよ、これ」

姫子は唯に自分の開いたケータイを見せた。

唯「ケータイ……もしかしてそれ、未来日記?」

姫子は唯の解答に満足げに頷いた。

姫子「そういうこと。そして未来日記って単語が出てくるってことは、唯も日記を持ってるんだよね?」

唯「うん!」

姫子「せっかくだから見せてくれない?ついでに日記の中身も」

唯はポケットからケータイを取り出して、姫子に見せる。

姫子「……ふうん、唯、自分で日記をもう一回見てみなよ」

姫子の唇の端がつりあがる。
唯は姫子にケータイを見せるのに夢中になって、日記に全く目を通していなかった。ケータイの画面を確認してみる。

ケータイのディスプレイに浮かび上がった文字に唯は凍りついた。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:17:17.09 ID:IxU8aYZHO
ディスプレイに出た二つの単語。


――DEAD END


唯「な、なにこれ……!?」

姫子「どうしたの唯、顔色が悪いよ?」

姫子が顔を覗きこんできた。しかし、唯はそれに気づく余裕すらない。
突然、日記から告げられた未来に唯の顔から血の気が引いていく。

姫子「唯、日記の続き見てみなよ」

姫子が唯の耳元でささやく。唯は震える指でカーソルを押した。


[姫子ちゃんにナイフでお腹を刺されて私は死ぬ]

唯は壊れた人形のようにぎこちない動きで、いつの間にか隣にいる姫子を見た。

姫子「意味わかった?」

唯「ど、どういうこと……ひ、姫子ちゃん?」

震える声への解答はどこまでも残酷だった。


姫子「これから私が唯を殺すってことだよ」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:22:53.81 ID:IxU8aYZHO
唯「ど、どうして私を殺すの?」

唯の背中を汗が伝う。

姫子「……もしかしてまだ「ゲーム」についての説明をデウスから聞いてないの?」

姫子の吐息が耳ににかかる。背中に寒気が走る。姫子と唯の顔の距離はほとんどなかった。

唯「げ、ゲーム?」

姫子「まあいいか……どうせ唯は、ここで死ぬわけだしね」

姫子がいかにも鬱陶しげに前髪をかきあげる。
彼女の手には巨大なナイフが握られていた。どこから出したのだろう。

姫子「じゃあ死んで」

鈍く光るナイフを唯の首筋に宛がう。

唯「……っ!!」

気づいたら姫子を突き飛ばしていた。姫子が背後の壁に激突する。

姫子「ちっ……!」

後ろを振り返る暇はない。唯は全力疾走で走り出していた。

姫子「待てっ!」

唯は教室を飛び出した。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:27:28.15 ID:IxU8aYZHO
唯(どうしてどうしてどうしてどうして……意味わかんないよ!)


唯は廊下の一角に身を潜めていた。
もちろん逃げることは考えた。しかし、日記の表示は唯が逃げ切ることができないことを示していた。

下に逃げようとすると――姫子に先回りされて殺されると表示される。
上に上がろうとすると――屋上にたどり着くが、最終的に追い詰められ殺されると表示される。

これから殺されるという恐怖に膝が笑っている。
これでは満足に走ることもままならないだろう。

唯(どうして姫子ちゃんに先回りされるの!?)

考えるまでもなく唯は理解した。
相手も未来日記を持っている。つまり唯の動向を読むことが可能なのだ。

唯(私、死ぬの?)

激しすぎる動悸に目眩がする。気持ち悪い。涙が溢れて視界が滲む。

姫子「ゆーい。逃げたって死ぬんだし諦めたら?誰も唯を助けてなんてくれないよ」

姫子の声が廊下に響く。悠然とした足音が殺す側と殺される側をはっきりと告げる。

姫子「日記に書いてるあるでしょ?用務員も先生も誰も来ないって。たとえ来たとしても、それは唯が死んだあとだろうね」

足音が近づいてくる。唯はパニックに陥っていた。

気づいたら上に向かって走っていた。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:32:45.32 ID:IxU8aYZHO
吹く風が頬を突き刺した。唯は未来日記の表示の通り屋上に来ていた。
屋上には金網があるだけで、なにもなかった。隠れる場所も逃げる場所も。

[あはは……屋上に来ちゃった。あとは姫子ちゃんが来るのを待つだけだね]

ケータイの画面に雫が落ちた。唯の頬を涙が伝う。

唯(死にたくないよ。死にたくないよ……)

唯の背後の扉が悲鳴をあげて動いた。

姫子「たくっ……手間かけさせないでよ」

鎌の代わりにナイフを持った死神が扉から現れる。立花姫子が余裕の表情で髪をかきあげる。

姫子「じゃあ、ちゃっちゃっと殺してあげるよ」

ザザザザザザザザザザ……ザザザザザザザザザ………………

吹きすさぶ風に混じってまたノイズがした。
今さらになって唯はノイズが未来が変わったときに起こるものだと知った。

唯(え……未来が変わる……?)

扉が再び悲鳴をあげる。
立花姫子は焦りの表情を浮かべて背後を見た。扉から現れたのは。

「お姉ちゃん!」

唯の妹、平沢憂だった。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:37:36.99 ID:IxU8aYZHO
姫子が左手に持っていたケータイを見た。

姫子「いつの間に……!」

姫子がナイフを振り上げる。狙いの対象は今現れた憂だ。

唯「憂っ!!」

最悪の未来を想像して唯は叫んだ。

姫子「なっ…………!?」

姫子の声には驚愕が滲み出ていた。 姫子の背中が邪魔でなにが起きているのかわからない。

憂「お姉ちゃん!今だよ!」

唯は弾かれたように地面を蹴っていた。
背中に背負っていたギターのネックを掴む。

唯(ギー太、ごめん!)

姫子との距離はもはや無いに等しい。唯はギターを振り下ろした。

姫子「……痛っ!」

はっきりとした手応えを感じた。右肩への一撃に姫子がよろめく。怒りの形相が振り返る。
鈍い光を放つ凶器が振り上げられた。が、その手を憂が背後から掴んだ。
できた一瞬の隙に唯はそのままギターを振り上げた。

姫子のケータイを握っていた左手にギターが直撃する。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:42:15.17 ID:IxU8aYZHO
姫子の手に握られていたケータイが吹っ飛ぶ。

姫子「しまっ……!」

大きく弧を描いたケータイが金網を飛び越えた。

姫子が膝から崩れ落ちる。彼女の顔が絶望に曇る。
遠くから地面になにかがたたきつけられる音がした。

唯「姫子ちゃん……」

唯は肩で息をしていた。気を抜けば数秒もせずに気絶してしまいそうだった。

姫子「ケータイが壊れたからね……私、死ぬんだよ」

唯「死ぬって……」

姫子「さあ?そのまんまの意味なんじゃない?」

不意に姫子の腹部に穴が空いた。

姫子「はは、どうやらお別れみたいだね。バイバイ、唯。ひどいことして……ごめんね……」

姫子は申し訳なさそうに顔を伏せて微笑んだ。

姫子「唯……殺そうとした私が言うのもなんだけど、生き残れるように頑張りなよ」

やがて腹部の風穴が姫子の全身を飲み込んだ。

あまりにもあっけなく立花姫子は消滅した。消滅して、死んだ。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:47:23.86 ID:IxU8aYZHO
唯「姫子ちゃん……うわあ!?」

憂「お姉ちゃん、大丈夫!?」

横に倒れそうになるのをなんとか堪えた。憂が唯に抱き着いていた。

唯「だいじょーぶだよ、憂……」

憂「よかった……よかったぁ……」

憂が唯の首にしがみついて嗚咽を漏らした。

唯(そうだ……私、殺されようとしていたんだ)

憂の温もりを感じてようやく唯は安堵からため息をついた。
自分も憂も生きている。今まで当たり前であったそのことに唯は初めて感謝した。

憂「お、お姉ちゃん!?」

突然、足から力が抜けてへたりこんでしまった。
安心して緊張の糸が切れたせいだろう。唯は唇を緩めた。

憂「お姉ちゃん、しっかりして」

唯「うん、だいじょーぶ。だいじょーぶだから」

辺りはすっかり暗くなっていた。空に浮かぶ月も今日は雲に隠れていた。


[DEAD END――回避]

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:52:04.58 ID:IxU8aYZHO
学校をあとにした唯は自室の椅子に腰をかけてため息をついた。

唯(私が姫子ちゃんを……殺した)

憂がわざわざ運んできてくれたコーヒーに口をつける。苦い味が口内に広がった。

唯(さっきまでは全然実感が湧かなかったけど、私が姫子ちゃんを殺したんだよね……)

ミルクの入った小瓶を手に取って、コーヒーに注ぐ。

唯(人殺し……)

姫子の死ぬ瞬間の光景が脳裏をかすめた。
ミルクが注がれたコーヒーをスプーンで掻き混ぜる。

唯(姫子ちゃんは死んだから、もうこの世にはいない)

カップの中で黒と白が渦を巻いて混じって、やがて褐色になった。

唯(たしかに姫子ちゃんは私を殺そうとした。でもだからって……)

スプーンをひたすら動かす。カップの中の液体が渦を巻く。

唯(姫子ちゃん……姫子ちゃん、どうして……)


どんなにスプーンで掻き混ぜてもカップの中の液体は褐色のままだった。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 20:57:56.90 ID:IxU8aYZHO
どれくらい同じことを繰り返していたのだろうか。

ドアをノックする音でようやく唯は、動かしていたスプーンを止めた。

憂「お姉ちゃん、入るよ?」

唯「うん、いいよ」

わずかに開いたドアから憂は遠慮がちに顔を出した。

憂「大丈夫、お姉ちゃん?顔色があんまりよくないよ」

憂は部屋に入ってドアを閉めた。

唯「うん……ところでどうしたの?」

憂「やっぱり。ケータイ見てないでしょ?」

唯「ケータイ?」

憂「見てみて。たぶん、メールがきてると思うから」

唯「……ホントだ」

メールを開いてみる。


差出人は時空王デウスだった。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 21:03:48.58 ID:IxU8aYZHO
ムルムル「待っておったぞ。唯、憂」

小魔使いムルムルが唯と憂を尊大な態度で出迎える。

デウス「なにか言いたそうだな、唯」

巨大な神が唯を見下ろす。

それだけで唯は身を竦めた。ここに来るまでに考えていた言葉が一瞬で頭から消えてしまった。

デウス「そう構えるな。私はお前たちに[ゲーム]の説明をしたいだけだ」

唯「……ゲーム?」

デウス「そうだ。未来日記所有者たちによるサバイバルゲーム。生き残った一人に私の後継をやろう」

唯「後継……?」

デウス「つまり、このサバイバルゲームの最後の一人になったものは、神になれるということだ」

唯「ゲームをやめることはできないの?」

デウス「やめたらそれは未来を放棄したということで死ぬだけだが?」

つまり、このゲームから降りることはできない。
唯は無意識に隣にいる憂の手を握っていた。

遠雷のように低い声が言った。

デウス「なにを恐れる?神になれるチャンスだぞ?」

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 21:08:21.56 ID:IxU8aYZHO
[未来日記サバイバルゲームのルール]

・未来日記所有者たちによる殺しあいのゲーム。参加人数は明かされない。
最後まで勝ち残ったものが神に選ばれる。

・日記が破壊された場合、日記の所有者は死ぬ。

・日記の破壊だろうと直接殺そうと、どちらでもよい。

・日記の所有権を他の者に譲渡することはできない。
ゲームから降りた場合、未来を放棄したとしてその者は死ぬ。

・他の日記所有者の情報は一切明かされない。未来日記などを頼りに自力で探さなければならない。

・日記を受けとってから一週間以内に一人も殺さなかった場合、ペナルティーを受ける。
一人殺すごとに一週間、ペナルティーを受ける期間が延びる。ペナルティーの内容はゲーム参加者には明かさない。

[未来日記とは]

・未来を見ることができる。ただし見える未来はその日一日分だけ。
00:00時に日記はまた一日分補充される。

・未来日記に書かれた通りの行動をしなかった場合、その事後にそれ以降の日記が書き換わる。
他の所有者の行動によっても書き換わる。

・所有者の誰かが他の所有者に殺されることが確定した場合、[DEAD END]として書き込まれる。

・日記の能力は各々で違う。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 21:14:06.53 ID:IxU8aYZHO
唯「憂も未来日記の所有者なんだよね?」

唯と憂は唯の部屋に戻った。コーヒーカップの中のカフェオレは冷めきっていた。

憂「うん。そうだよ」

なにか言おうとしたが言葉が出てこなかった。

憂「私の日記はお姉ちゃんについて書かれた日記なんだよ」

少しだけ憂は頬を赤くした。

憂「お姉ちゃん、私の日記確認してなかったんだ」

唯「自分の日記に夢中で……どうして憂は私のことなんて日記につけてたの?」

憂は答えずに代わりにはにかんだ。

そこで唯はもうひとつ気になっていたことを聞いた。

唯「そういえば私たちの日記ってホムペのものだからみんな見れるんだよね。
だから、もしホムペ見てる人の中に所有者がいたら未来日記のことがバレちゃうんじゃ……」

憂「実はそれなんだけど。これを見て」

憂は自分のケータイを開いて唯に見せた。ケータイには唯のホームページの日記が映っていた。

唯「あれ?今日の日記が更新されてない?私のケータイは未来日記のせいでいっぱい更新されてるのに」

憂「たぶん、デウスの力だろうね。インターネットには未来日記は影響しないみたい」

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 21:19:04.38 ID:IxU8aYZHO
唯「じゃあとりあえずは安心だね」

憂は頷かなかった。

憂「ううん。安心なんてしてられないよ」

唯「どうして?」

憂「まず他の日記所有者がいるってこと。そしてその人たちは絶対に私たちの命を狙ってくる」

唯「それは……たしかに神様になれるのはすごいけど、みんながみんなゲームに参加して、戦うなんて……」

憂「ちがうの、お姉ちゃん。神様になりたいと思わなくても、日にちの制限ルールがある」

唯「あ……七日以内に一人はやっつけないと、ペナルティーがあるんだよね」

憂「そう。どんなペナルティーかわからない以上、所有者たちはペナルティーを恐れて必ずゲームに参加すると思う」

憂は安心して、と言うように唯に微笑みかける。

憂「でもお姉ちゃんは大丈夫だよ。さっき立花って人を倒してるから。プラス一週間の余裕がある」

唯は姫子が消滅した瞬間を思い出した。鼻の奥がツンとして涙が出そうになる。

憂「それに」

憂が唯を抱きしめる。憂の手が唯の頭を優しく撫でた。


憂「お姉ちゃんは私が守るから」

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 21:24:31.04 ID:IxU8aYZHO
次の日。唯は晴天の下を憂と歩いていた。

唯はケータイをお守りのようにギュッと強く握る。

憂「お姉ちゃん、眠たそうだけど平気?」

唯「うん、平気」

昨夜は姫子の死に様とゲームのことが頭から離れずほとんど眠れなかった。
唯の目の下はうっすらと隈ができていた。

憂「どうしてもたえられなさそうなら言ってね」

唯「うん」

唯はケータイを開いた。日記がこれから先の未来を提示する。

[またもやりっちゃんとそーぐー。私たち気があうねっ!]

唯はケータイをもう一度強く握る。

唯「憂、このまま歩いてるとりっちゃんと遭遇するみたい。速く歩こう」

憂「わかったよ」

歩くペースをあげる。ケータイから未来が変わったことを示すノイズがした。


なにかから逃げるように、あるいはより先へ進むために、唯は大きく前へ足を踏み出した。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 21:28:12.34 ID:IxU8aYZHO
ごめんご飯たべてくる

いくつか注意

・一応オリジナルストーリー

・そのためゲームのルールや未来日記の設定が変わってる

・未来日記を知らんでも楽しめるようにはしていきます

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 21:56:39.43 ID:IxU8aYZHO
再開します

>>42よく意味がわかりません

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:00:07.40 ID:IxU8aYZHO
唯は憂と別れてすぐに教師に向かった。

[教室に行く前にプリントをいっぱいもったムギちゃんに会ったよ。今日は日直なんだって!]

日記を見ると、そう書いてあった。

唯は日記に書かれている[教室に行く]前にトイレに入る。


ザザザザザザ……ザザザ……ザザ…………

ノイズが聞こえる。未来が変わった。

別に用を足したいわけではなかった。目的は日記に記された未来を変えることだ。

寝不足がたたったらしく頭痛がする。
鏡の中の唯は、精神的な疲労のせいなのか顔色があまりよくなかった。

唯(うひゃあ、ひどい顔だな……顔洗っとこ)

蛇口を捻って水を出した。それをすくって顔を洗う。

唯(よし、大丈夫。今日も頑張ろう!)

気合いを入れるために顔を両手ではたく。

唯(とにかく今は行動しなきゃね!)

唯はこれからすべき行動を思い出すために、昨日の憂との会話を振り返った。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:05:25.76 ID:IxU8aYZHO
憂「このゲームに勝つための方法を考えてたんだ」


憂は静かにそう言った。

唯「このゲームに勝つ方法……?なに言ってるの、憂?このゲームで人殺しをするつもりなの?」

唯は、気づいたら早口でまくし立てていた。

唯「私はそんなことしたくないし、憂にもしてほしくなぃ……」

言葉が尻窄まる。嗚咽が漏れそうになる。

憂「ちがうよ、お姉ちゃん。このゲームに勝つ、ていうのはお姉ちゃんを守るためだよ」

唯「でも……」

憂「お姉ちゃん、私の話を聞いて。ね?」

唯「うん……」

頭の中は今なお、ぐちゃぐちゃに掻き乱されたかのように混乱していた。

それでも唯は耳を傾けていた。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:10:03.48 ID:IxU8aYZHO
憂「そもそも、このゲームで一番難しいことはなんだと思う?」

唯「相手を……倒すこと?」

憂「たしかにそれもあるかもしれない。
でも本当に難しいのは、対戦相手を見つけることだと思う」

唯「……ああ、そっか。私たちには、誰が日記をもってるかなんてわからないもんね」

憂「そういうこと。だからまずゲーム参加者を特定するところから始めなければいけない」

唯「でも、どうやって特定すればいいの?」

憂「さっき、七日ルールのこと言ったよね。覚えてる?」

唯「うん。七日以内に一人……倒さないとペナルティーを受けるんだよね」

憂「そう。それでね、このルールって実は、ペナルティー以上に大事なことを示してると思うんだ」

唯「どういうこと?」

憂「仮にだよ。もし、ゲーム参加者があちこちの国に散らばってたらどうする?」

唯「え、そんなの探せないよ……」

憂「そう、そんなふうに世界各地に日記所有者が、バラバラにいたら
たとえ見つけれるとしても、七日の間に探し出すことなんて不可能でしょ?」

唯「うん、無理」

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:15:01.98 ID:IxU8aYZHO
憂「そもそも日記所有者のいる範囲が広すぎたら、このゲームはゲームとして始まらない」

唯「相手が見つからなかったら、勝負しようがないもんね」

憂「つまり、今言ったことと七日ルールから、日記所有者は限りなく近くにいる」

唯は今さらながら、自分の妹がいかに冷静かを知った。

憂「でね、ここからが本題。どうやって相手を見つけるかって話。相手を探すのに使うのは未来日記」

唯「未来日記を使ってどうするの?」

憂「未来を変えちゃえばいいんだよ」

唯「未来を変える?」

憂「この日記に示されたことと違う行動をとった場合、その行動をとったあと、未来が変わって日記の内容も変わるでしょ?
そして、未来が変わるのは自分が日記に示された行動と違う行動をしたときだけじゃない。
さっき、お姉ちゃんから立花って人のことを聞いてわかったんだ。他の日記所有者の行動によっても、日記は書き変わるってことが」

そういえば、姫子は唯の未来日記の表示とは全く違う行動をとっていた。
日記には姫子とは、校門前で出会うと書かれたはずなのに実際には、教室で遭遇した。
あのときはどうして姫子が教室にいたのか理解できなかったが、今ならわかる。

唯と姫子が校門で鉢合わせすることが、姫子の未来日記にも書かれていたのだ。
しかし、唯が日記に反する行動をとって未来が変わり、姫子の日記にまで影響を及ぼしたのだ。

唯の行動により姫子の日記の内容は変わった。その結果、姫子は唯が教室に行くことを知った。

そして、姫子は教室に先回りした。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:19:47.56 ID:IxU8aYZHO
憂「だから、こっちから日記に反する行動をなるべくして、未来をどんどん変えていく」

唯「そうすれば、日記を持ってる人なら、未来が変わって、ゲーム参加者は私たちが所有者だって気づく……」

憂「うん。こっちが日記をもっていることがバレやすくなるぶん、危険も十分にあるけど。
この方法だったら対戦相手を釣れる可能性はかなり高いはずだよ」

唯「……」

ひどい違和感のようなものが唯の胸を襲った。隣で語っている妹のことは、よく知っている。
しかし、唯はまるで赤の他人が憂の皮を被って話しているかのような、そんな違和感を抱いた。

憂「そこで、お姉ちゃんにお願いしたいことがあるの。その未来を変える役をお姉ちゃんに頼みたいの」

唯「私に?」

憂「私の日記はお姉ちゃんのことしか書かれていないから、未来を変えることがほとんどできないの。
逆にお姉ちゃんの日記は、お姉ちゃんの周囲をひたすら予知していくものだから、未来を変えるのもたやすいでしょ」

唯「私にしかできないってことだね」

憂「もちろん、対戦相手に日記をもってることがバレやすい分、危険だけど。
もしお姉ちゃんになにかあったら必ず私の日記が察知する。大丈夫。お姉ちゃんは私が守るから」

憂の手が唯の手を優しく包む。

憂「頑張ろう、このゲームで生き残るためにも」


唯は小さく頷くことしかできなかった。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:24:57.43 ID:IxU8aYZHO
純「おっはよ!憂……ってケータイいじってなにやってんの?」

遅刻ギリギリの時間で二年一組の教室に入ってきた純が、憂の背中をポンっと叩いた。

憂「うーんと、日記、かな?」

純「ああ、ホムペかブログか知らないけど、唯先輩とやってるやつ?」

純が憂の前の席に座る。急いで来たのか頬が上気していた。

憂「うん、そうだよ。純ちゃん見にきてくれてないの?」

純「いやあ、ついつい忘れちゃってさ。今日は必ず見るよ」

憂「梓ちゃんは毎日コメントくれるんだよ」

純「梓は律儀だね」

憂は喋りながらさりげなく日記に目を通す。
先ほど、一回だけ日記に変化はあったがそれ以外は特にない。

純「あれ、梓は?」

憂「そういえば、まだ今日は一回も話してない」

憂は梓が座っているはずの席を見やった。

梓はじっと席に座ってケータイを見つめていた。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:30:04.78 ID:IxU8aYZHO
純「そうそう、憂、知ってる?」

憂「なにが?」

純「三年の先輩で、昨日から行方不明になってる人がいるって……」

憂「へえ。物騒な世の中だから怖いね。無事だといいね」

憂は純の顔を注意深く観察する。

純「ん?どした……あ、まさか私のほっぺのニキビを見てるのか?」

憂「ううん、どこからその三年生の先輩の噂を聞いたのかなって思って」

純「ああ、その噂ね。ジャズ研の先輩のmixiに書いてあってさ。たまたま発見したわけよ」

憂「そうなんだ。便利な世の中だね」

純は「そうだね」と笑った。少なくとも普段と変わらない笑顔だった。

不意に首筋に視線を感じて、憂は辺りを見回した。

純「どうしたの、憂?」

憂「ううん、なんでもだよ」

誰が自分に視線を送っているのか、憂はすでに判断をつけていた。憂は梓に視線をやった。

梓がこちらを見ていた。が、憂と目が合うと途端に目を逸らした。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:36:11.73 ID:IxU8aYZHO
一時間目の授業が終わると、憂はすぐに梓の席に行った。

憂「おはよう、梓ちゃん」

梓「あ、おはよう、憂」

憂「気のせいかもしれないけど、梓ちゃん体調でも悪い?元気がないような……」

梓「ちょっと昨日寝不足でさ」

嘘はついていないようだった。梓の目の下はうっすらとではあったが黒ずんでいた。

憂「体調不良には気をつけてね、梓ちゃん」

梓「うん、ありがとう」

そう言うと梓は机に顔を伏せてしまう。

純「梓、どうしちゃったの?」

憂が席に戻ると、純が質問してきた。

憂「寝不足で疲れているんだって。そっとしといてあげよ」

純「ちぇっ、つまんないのー」

純が唇を尖らせる。

彼女の視線は梓に向けられていた。なんだかんだ言いつつ、心配しているのだろう。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:40:15.17 ID:IxU8aYZHO
ザザザザザ…………ザザ……ザザザザザザザザ………………

携帯電話のノイズが授業中にも関わらず、まどろんでいた唯の意識を現実に引き戻した。
唯は机に伏せていた顔をあげた。

唯(……いけない、いけない。寝てる場合じゃ……って、え……?)

覚醒しきっていない脳が警告にも似たなにかを聞いた気がして、思考が数秒間止まった。
得体の知れない緊張が唯の頭を急速に回転させる。

唯(なんで……なんでノイズの音がしたの!?)

ようやく唯はその異常に気づいて焦る。ノイズが発生するのは、日記所有者が未来を変えたときのみだ。

机の中に手を突っ込んで、ケータイを取り出す。
周りの視線や教師が自分を見ているかもしれないということに配慮する余裕はなかった。

唯は携帯電話を開いて、日記を確認する。

[また寝ちゃってたみたい。あれれ?机の端っこに紙切れが置いてあるよ]

たしかに机の端にそれはあった。
ケータイの日記で確認すればよかったのかもしれない。が、唯は紙を手に取って直接中身に目を通した。

[唯ちゃん、授業中に居眠りはダメだよ]

最後に紙の送り主の名前が書いてあった。


琴吹紬より、と。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:46:10.60 ID:IxU8aYZHO
授業の終わりを知らせるチャイムが鳴るとともに、唯は教室を飛び出した。

ザザザザザザザ……ザザザザザザ…………………


また未来が変わった。記された日記の内容とは、全く違う行動をとったのだから当前だった。

唯(まずは憂にメールしなきゃ……あ、でも、憂は未来日記で私がどうなってるかわかるから…………ああ!ワケわかんないよ!)

トイレの個室に駆け込む。ロックを閉める。とにかく憂に連絡しなければ。
しかし、いざメールを打とうにも指が震えて上手くメールが打てない。

唯(落ち着いて、私……落ち着いて)

何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けようと試みる。が、胸の中で暴れる心臓は一向に治まる気配はない。

唯の混乱する脳を支配するのは、姫子が浮かべた冷笑と彼女が手にしていたナイフが放つ鈍い輝きだった。

唯(でも、ムギちゃんだよ?ムギちゃんが私を傷つけるなんてしないよね…………?)

だが、あれほど親しかった姫子は自分に刃を向けた。

ノックの音が扉越しから聞こえて、唯の喉は「ひっ」と、みっともない声を絞り出す。

紬「唯ちゃん、私の話を聞いて」

パニックに陥りかけていた唯の耳にも、紬の落ち着いた声はたしかに届いた。

唯は数秒考え、結局個室のドアを開けた。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:50:07.54 ID:IxU8aYZHO
紬「ここならいいかしら?」

唯「……うん」

朝の晴天が嘘のように昼休みの空は今にも一雨来そうな色だった。
もとから日の当たりにくい体育館裏ではあるが、曇り空のせいで一層、暗かった。

紬「とりあえず先に唯ちゃんの疑問に答えておいてあげようか?」

唯「……ムギちゃんはいつ私が日記をもってるって気づいたの?」

紬「昨日、部活が終わってすぐ」

実にあっさりした口調だった。が、唯は紬の予想外の返答に動揺する。

唯「き、昨日?」

紬「うん。覚えてない?昨日、唯ちゃんが部活が終わってからなにをしたのか」

唯「昨日は、部活が終わって……」

体操服を取りに教室に戻った。日記を見て、自分が体操服を教室に忘れていることに気がついて。

そこまで思い出して、唯は声をあげた。

唯「あ、あのときにムギちゃんは私が日記所有者だって気づいたの?」

紬「そうよ。あのときは私も驚いたの。急に唯ちゃんが私の日記と違う行動をしだしたから」

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:55:04.28 ID:IxU8aYZHO
いかに自分が軽率だったのか、今さらにして唯は思い知った。

紬「唯ちゃん、私からもひとつ質問していい?」

唯は頷いた。憂に関わること以外なら正直に話すつもりだった。

紬「姫子ちゃんが昨日から行方不明になってるらしいけど、それって唯ちゃんが関係してる?」

質問の形をとっているがそれはどちらかと言えば、確認に近い。

姫子のことは朝のホームルームで、担任のさわ子からクラス全員に伝わっている。

紬の未来日記の能力がどのようなものかは唯にはわからない。

だが、紬が未来日記から、姫子の行方が不明なことと唯が関係していることに気づいた可能性はある。

いや、ないほうがおかしいだろう。

唯は無意識に紬から視線を逸らしていた。

紬「どうなの、唯ちゃん?」

唯「……」

重い沈黙が流れる。ややあって唯は口を開いた。

唯「私が……私が殺した。姫子ちゃんの日記を壊して」

紬は一言、そう、と呟いた。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 22:59:09.08 ID:IxU8aYZHO
紬「唯ちゃんが進んで姫子ちゃんを殺そうとしたの?」

唯「ちがう、ちがうよ。私が姫子ちゃんに殺されそうになって……」

言葉が喉の奥で詰まってそれ以上出てこない。

あのとき、自分は殺される側だった。姫子は殺す側だった。
しかし、結果を見れば自分が殺した側で、彼女は殺された側だった。

紬「もちろん、唯ちゃん自ら進んで、姫子ちゃんを殺そうとしたなんて思えないし、思いたくもない。唯ちゃんのその言葉、信じていい?」

唯は頷いた。


ザザザザザザ……ザザザザザザ…………

ノイズの音に真っ先に反応したのは紬だった。
紬はポケットから携帯電話を取り出し、日記に目を通す。

紬「……私の日記じゃない」

ノイズの音がしたのは唯のケータイのほうだった。
唯がケータイを取り出して、開こうとしたときだった。


「二人ともなにしてるの?」

落ち着いた声が背後からして唯は振り返った。

振り返った先にいたのは和だった。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 23:05:36.65 ID:IxU8aYZHO
和「どうしたのよ、こんな陰気くさい場所で。密会かなにか?」

唯「えーとまあそんなところかな、あはは……」

和「澪と律の二人が、あんたたちが急にいなくなったから心配してたわよ」

唯「そういえばなにも言わずに来ちゃった……和ちゃんはこんなとこになにか用事?」

和「先生に頼まれたの。そこにある木材をもってきてくれって。なにに使うのかしらね、こんなもの」

和が指差した先にあったのは、積み上げられた角材だった。
未だに困惑する唯と紬を横切って和は、角材をためつすがめつ眺める。

唯(ノイズがしてから和ちゃんがここに来た、ということは和ちゃんも……?)

日記を開いて確認する。意外なことが書いてあった。

[憂が物陰に隠れてこっちを見てる。私を見守ってるのかな?]

唯はゆっくりと思考を回転させる。

唯(つまり、今、日記からノイズがしたのは憂がここに来たからってことで、和ちゃんは関係ない……?)

背後を振り返りさえすれば、憂の姿を確認できるかもしれないが、下手に行動をとると紬の日記が反応するかもしれない。
唯はこの場は袖手傍観することにした。

和「話が済んだら早く、教室に戻ってご飯食べたほうがいいわよ。今日は体育だし」

唯「……うん、ありがと和ちゃん」

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 23:10:03.34 ID:IxU8aYZHO
平沢憂は物陰に隠れて姉と琴吹紬を観察していた。

憂(お姉ちゃん、大丈夫だよ。私がいるから)

スカートのポケットに入っているバタフライナイフは、いつでも取り出せるようにしてある。

最悪のケースに備えて家にあったものをもち出してきたのだ。

和「じゃあ、私、職員室に行くね」

紬「またあとでね」

どうやら和の用事は済んだらしい。足音がこちらに向かって近づいてくる。

憂はその場から動こうとはしなかった。

和「憂、なにしてるの?」

体育館裏を抜ければすぐ見つかる位置にいた憂は、やんわりとした微笑んだ。

憂「お姉ちゃんをこっそり観察してたの」

年上相手には基本的に敬語で話す憂が、タメ口で答えた。
幼なじみである和と二人きりで会話するときは、憂は敬語を使わない。

和「……そう。それはご苦労様」

和は特に言及しようとはしなかった。

が、アンダーリムの眼鏡の下の双眸が一瞬、鋭く光ったのを憂は見逃さなかった。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 23:15:19.17 ID:IxU8aYZHO
律「梓はなに見てんだ?」

梓「ケータイのカタログです。そろそろ新しいのが欲しいなと思って」

澪「iPhoneとかいいんじゃないか?」

紬「みんな、紅茶のおかわりいらない?」

唯「あ、ムギちゃん。私欲しい」


軽音部の活動は普段となんら変わりなく、ティータイムから始まった。

唯にとって放課後の部活は心休まる場のひとつだった。
しかし、今はどうなのかと問われれば素直に肯定することができるだろうか。

この瞬間でさえも、軽音部のメンバーを、腹の内になにか隠していないかと絶えず観察している自分がいる。


唯(ムギちゃんは日記所有者だった……他のみんなは?他のみんなはどうなんだろ?)

確率的に考えて、軽音部メンバー全員が日記所有者であるなんて馬鹿げている。

唯(そうだよ、憂が言ってたもん。このゲームで一番難しいのは、ゲーム参加者を見つけることだって)


胸中でくすぶる暗い不安を掻き消すように、唯は紬がついでくれた紅茶を飲み干した。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 23:20:38.32 ID:IxU8aYZHO
部活が終わったにも関わらず唯と紬の二人は、部室に残っていた。

律と澪は、澪の家で宿題をやると言って帰っていた。
梓は新しい携帯電話を見に行くと告げ、早々に部室を出て行った。

二人は向かい合うように椅子に座っていた。

紬「ごめんね、唯ちゃん。わざわざ残ってもらって」

唯「ううん、私もムギちゃんと話したかったから」

それで話ってなに、と唯は先を促した。紬が少し間を置いてから口を開く。

紬「もちろん、ゲームのこと。唯ちゃんはこのゲームのルールを覚えてる?」

唯は首肯した。昨日の時点でゲームのルールは勝手に頭に入っていた。

紬「私が日記を手に入れたのは……一週間前なの」

紬の視線が湯気を立てるティーカップに落ちる。

唯「一週間前……?私は昨日初めて日記を手に入れたよ」

紬が弾かれたように顔をあげた。

紬「む、六日も違う……どうして?」

無論、唯にもわかるわけがなかった。しかし、唯はより重要なことに気づいて声をあげた。
紬が日記を手に入れて今日で一週間が経過したと言った。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 23:24:11.50 ID:IxU8aYZHO
唯「ムギちゃんは、今まで誰か殺してるの?」

唯の意図を汲み取ったのだろう。紬は表情を曇らせた。

紬「ううん。そもそも自分以外の日記所有者に会ったのは、唯ちゃんが初めてだから」

だとすればゲームのルールに則って、今日のうちに紬はペナルティーを受けることになる。
未だにペナルティーの内容は明かされていない。
ペナルティーは、課された者にしかわからないようになっているからだ。

紬「私の日記にはね、軽音部のみんなとの会話が書かれてるの」

真摯な目が唯を見つめる。

紬「最初、この日記に気づいたときは嬉しかったの。みんなとの会話がいっぱい書かれててね。
見てるだけで…………幸せだった。でも今は……」

その先は聞かなくてもわかった。紬もそれ以上は続けなかった。

紬「ごめんなさい、唯ちゃん。一緒に帰りましょ?」

唯「でも、ムギちゃんはペナルティーは……」

唯の言葉はそこで途切れた。

気づいたときには身体が浮いていた。なにが起きたかを認識する間もなく、床に背中を打ち付ける。
背中の衝撃に息を詰まらせ、唯は激しく咳込んだ。


ようやく唯は、自分が紬に胸倉を掴まれ投げ飛ばされたのだと理解した。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 23:33:39.28 ID:IxU8aYZHO
背中を苛む痛みと痺れをこらえてなんとか身体を起こした。その場で固まった。

唯の目に映ったのは無表情で自分を見下ろしている紬だった。

紬「唯ちゃん、ごめんね」

吸い込んだ息が喉の奥で音を立てた。恐怖に足が凍りついてしまっている。身体が動かない。
瞬きすらできない。明確な殺意。間違いなく自分は彼女に殺されるという確信。


紬「私、死にたくないの」


紬の唇がそう動いた。ゆっくりと近づく足音。縮まっていく距離。


ザザザザザザザザ…………ザザザザザザザザ………………

ノイズがケータイからした。不意に金縛りが解ける。

唯「ど、どうして私を殺すの?さっきまで……さっきまでは…………」

みっともないほど声が震えている。震えているのは声だけではなかった。足も手も、吐く息さえも震えていた。

紬「だから、死にたくないの。まだまだ生きたいの。
唯ちゃんだってそうだったから姫子ちゃんを手にかけたんでしょ?」

紬の白い顔が目の前にあった。やはり表情はなかった。

白い指が唯の頬の線をなぞる。丸みを帯びた顎を撫でるように滑り、そのまま唯の首に触れた。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 23:39:48.78 ID:IxU8aYZHO
唯「……や、やめて」

紬「いや」

唯が知っている紬からは想像もできないそっけない声。

紬の両の手が唯の首を掴もうとする。
唯はその手を払いのけようとして、逆に腕を掴まれる。

紬「お願い、唯ちゃん。私に大人しく殺されて」

不意に唯は違和感を覚えて紬の顔を改めて見た。

以前にもどこかで感じた、まるで誰かがその人に乗り移って喋っているかのような、そんな違和感……。

しかし、それ以上思考は続かなかった。

紬の手が唯の首を絞め始めた。

唯「ぁ、がっ…………」

恐ろしいほどの力が首にかかる。息ができない。このまま首をへし折られてしまうのだろうか。
抵抗しようにも力が違いすぎる。紬の腕を振りほどくことなど唯には不可能だった。

早くも意識がふらつきだした。天井が迫って来る。

唯(あっ…………死ぬ……)


天井に伸びた唯の腕が床に落ちた。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 23:46:07.57 ID:IxU8aYZHO
脳裏に浮かぶものなどなにひとつなかった。
ただこれから死ぬのだという実感だけがあった。


ザザザ゙ザザザザザザ…………ザザザザザザザザザザ…………


唯のケータイのノイズを掻き消すかのようにけたたましい音がした。

遅れて扉がが開け放たれる。

紬「誰!?」

豹変してから初めて、紬の表情に焦りにも似た驚きが浮かんだ。

唯の首を締めつけていた力が消える。


「こんばんは……平沢憂です」


唯の耳を打ったのは聞き慣れた声だった。ただ、いつもよりトーンが低い。

唯(憂…………)


薄れて行く唯の視界に映ったのは、怒りに顔を歪めた妹だった。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/15(日) 23:54:42.14 ID:IxU8aYZHO
すでに日が沈みつつあった。

そうでなくとも今日の空は雲が立ち込めており、日が暮れるのが普段より幾分か早い。

あと数十分もすれば傘が必要になるだろう。


憂「こんばんは……平沢憂です」

暗闇から現れた平沢憂の手にはナイフが握られていた。

紬「どうして憂ちゃんが……?」

紬は困惑に眉をひそめた。が、すぐに彼女は正解なたどり着いた。

紬「……憂ちゃんも日記所有者ってことね」

紬の日記の未来予知の対象者は自分以外の軽音部メンバーのみ。
よって予知対象外の憂には当然反応しない。

憂「正解です……でも、そんなことはどうだっていい」

もはや会話する気は毛の先ほどもないらしい。
鈍い輝きを放つナイフが、殺気とともに紬に向けられる。


憂「お姉ちゃんは返してもらいます」

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 00:00:33.40 ID:KF4S/U5IO [1/3]
憂が足を一歩踏み出す。


紬「いいのかしら、憂ちゃん」

落ち着き払った紬の声が踏み出そうとしていた憂の足を止める。

紬「少しでも動いたら、唯ちゃんを殺すわ」

紬はスカートのポケットからナイフを取り出した。
鞘に収まったそれを引き抜き、すでに意識を失っている唯の首筋に宛がう。


憂「……なにをすればお姉ちゃんに危害を加えないって約束してもらえますか?」

紬「憂ちゃんの日記を私に渡して。そうしたら唯ちゃんは助けてあげる」

憂は携帯電話を取り出し、開いて中身を見た。

紬「なにをしているの?早く渡して」

憂「渡せません」

紬が困惑に眉をひそめる。

紬「……なんで?唯ちゃんが殺されてもいいの?」

憂「私の日記に書いてあります。紬さんが、私がケータイを渡したらそれを壊して、そのあとお姉ちゃんも殺すことを」

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 00:08:46.98 ID:KF4S/U5IO [2/3]
紬「…………」

やられた。日記がある以上こちらのこれからの動きまで予知されてしまう。

彼女の日記がどのような能力をもっているかはわからない。
しかし、紬の行動を予知することができたということは、自分の周囲を予知するタイプの可能性が高い。

或いはそれに準ずるもの。


憂「紬さん。ごめんなさい、約束はしません」

憂はナイフを再び構えた。

紬「……憂ちゃんがケータイを渡さないのなら、唯ちゃんを殺すわ。そして憂ちゃんも」

構いません、と憂は紬の脅しを容赦なく切り捨てる。

憂「お姉ちゃんが紬さんに殺されたら、私が紬さんを殺します。
そのあと、他のゲーム参加者も全員殺し、私が神になり、お姉ちゃんを生き返らせます」


はっきりとした殺意を感じ、無意識のうちにナイフを握る紬の手が震える。

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 18:45:34.13 ID:KF4S/U5IO [2/12]
静寂と緊張が明かりひとつついていない部室に充満していた。


紬「なら、私も遠慮するつもりはないわ」

憂相手に脅しは効果がない。

唯の首筋に宛がったナイフの先端が、ゆっくりと唯の肌に突き刺さる。血が滴る。

このままナイフを下ろせばこの少女は血を噴き出して死ぬ。

憂「あ」

紬は思わず手を止める。声をあげた憂は紬のほうを見ていなかった。

憂の視線はケータイのディスプレイに注がれていた。


憂「フラグが立ちましたね」

紬「フラグ……?」

訝る紬に憂は自身のケータイを見せた。

紬は目を細め、ケータイのディスプレイを凝視する。


[私は紬さんを殺し、お姉ちゃんを助けた]

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 18:51:27.36 ID:KF4S/U5IO [3/12]
……日記に変化はなかった。

DEAD ENDフラグとやらも立っていない。

紬「ふふ………やっぱりハッタリね」

紬が安堵しかけたときだった。

隣でなにかが動く気配がした。

紬「!!」

顔を引きつらせた紬が反射的に隣を見る。


紙のように白い顔をした唯が身体を起こしていた。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 19:00:05.03 ID:KF4S/U5IO [4/12]
だが、紬にとって、本当の衝撃はむしろ次だった。


憂「終わりです、紬さん」

憂から目を離していたことに気づいたときには遅かった。

重い衝撃。ゴボリと不快な音。唇から血が溢れる。自分の腹にナイフが生えていた。

紬「…………!」

床に血の池が広がっていく。もっていたケータイとナイフが手から滑り落ちた。

足元が沈む。紬の身体が床に投げ出された。

強烈な痛みが腹を襲った。なにかが身体から抜け落ちていく。
目の前が暗い。かすんでいく視界に、白い上履きがあった。

憂「紬さん、実は私嘘ついていたんです」

紬は顔をあげることさえできなかった。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 19:10:57.19 ID:KF4S/U5IO [5/12]
憂「私の未来日記はお姉ちゃんをひたすら予知するだけの日記なんです」

つまり、全部ハッタリだったというのか。

だが、言われてみれば、紬が唯を殺しかけた際、憂が現れたのもこれで納得ができる。

未来日記によって姉の危険を察知できたからこそ、憂はあの瞬間、部室に現れた。

憂「ちなみに紬さんに見せた日記は、あれは私がここに来る前に自分で打ち込んだものなんです」

憂の声がどんどん遠ざかっていく。

不意に誰かの叫びが聞こえた。

「――……ギちゃん……ムギちゃん……」

耳元で誰かが叫んでいる。けれども言葉の意味はまるでわからなかった。

消えていく意識の中、紬は最後に思った。


どうして唯を殺そうと思ったのだろう、と。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 19:22:43.91 ID:KF4S/U5IO [6/12]
琴吹紬が確実に死んだのを見届けた憂は、死体の傍らにあったケータイを手にとる。
そのまま、憂は紬のケータイにバタフライナイフを突き刺した。

ディスプレイが割れる。


唯「ムギちゃん……ムギちゃん……っ!」

紬の輪郭が揺らいだ。唯が紬の死体に縋りついて泣き叫ぶ。

やがて死体は蒸発したかのように跡形もなく消えた。

床にあった血だまりも、始めからなかったかのように消え失せた。

唯「いやだよ……いやだよ、ムギちゃん…………」

唯は紬が死んだという現実に抵抗するかのように、床に両の手をついて泣き叫んだ。
激しく背と肩を震わせながら。


憂「お姉ちゃん、帰ろう」

唯は答えない。ただひたすら泣き叫び続けた。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 19:37:31.13 ID:KF4S/U5IO [7/12]
昨日の天気とは打って変わって快晴だった。照り付ける陽射しが眩しい。梓は思わず目を細める。

梓「唯先輩、なんで昨日はメールを返してくれなかったんだろ……」

ケータイのディスプレイを眺めながら歩いていると、可愛らしい鳴き声がした。

目の前に猫がいた。

梓「……今は唯先輩の家に行かなきゃ」

猫を無視して梓は再び歩きだした。

目的地は唯の家だった。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 19:44:41.95 ID:KF4S/U5IO [8/12]
休日の昼間になんの連絡もなしによその家を訪れるのに、若干の抵抗を覚えつつも、梓はインターホンを押した。

しかし、反応がない。

梓「どうしたんだろ?」

出かけているのだろうか。しばらく待ってみるが、誰も出てこない。
もう一度鳴らしてみた。もしかしたらトイレの可能性もある。

梓「あぁー、もう!」

梓は決して気の短い性格ではなかった。しかし、今はある事情で、焦っていた。

勝手に人の家の敷地に侵入し、ドアを乱暴にノックした。

梓「唯せんぱーい、うーいー?誰かいませんかー?」

なにやら騒がしい音がドア越しに聞こえた。

ややあってドアが開く。


唯「あずにゃん、ういっす」

目の下に隈を作った唯が梓を出迎えた。



12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 19:55:31.43 ID:KF4S/U5IO [9/12]
唯「ごめんね、こんなものしか出せないけどどうぞ」

梓「いえ、そんなに気をつかわないで……」

梓は言いつつ、唯が出してくれたお茶に口づけた。

梓「あの……目の隈がすごいですけど、なにかあったんですか?」

唯「ちょっとね……」

唯はそれ以上はなにも言わなかった。唯の部屋にしばらく沈黙が流れた。

梓「あ、あの、唯先輩。お話したいことがあるんです」

唯「なあに?」


梓はここに来るまでひたすら練り続けた文章の冒頭を口にした。

梓「も、もし仮にですよ?ある日突然、ケータイに自分の書いた覚えのない文章が書かれてたとします」

梓がそのまま続けようとすると唯が遮った。

唯「もしかして、未来日記のこと?」

梓「え?」

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 20:07:38.40 ID:KF4S/U5IO [10/12]
梓は猫のように目を丸くする。

梓「今、なんて言いました?」

唯「未来日記」

梓「そ、その言葉を知っているってことは…………」

唯「うん、私も未来日記所有者ってことだよ」

唯の口調は実にあっさりしたものだった。

梓「えっと、未来日記は未来日記ですよ?」

唯が唇を尖らせる。

唯「だから知ってるよ。未来を予知できる日記だだよ」

どうやら本当に唯は未来日記の所有者らしい。

説明する手間は省けたみたいだ。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/16(月) 20:14:03.85 ID:KF4S/U5IO [11/12]
すまんやっぱりまた書き溜めて改めて投下するわ

なんか書けん

ここでスレ落ち

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