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梓「ムギ先輩大好きです!!」ムギ「氏ねよゴキブリ」

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:10:11.70 ID:6YRpdLQV0 [1/37]
「今日のお菓子はワッフルを用意しました~。遠慮なく食べてね」

紬がニコニコ笑いながら菓子を配った。

「いつも悪いなムギ」「わあ。今日もとってもおいしそうだよぉ」

澪達から感謝の言葉が発せられる

「…」

その一方で一人だけ無言なのは梓だった。
それもそのはず、彼女の分のワッフルは用意されてなかった。

「それではいただきましょう」

紬は両手を合わせてティータイムを始めようとするが、

「ちょっと待ってムギちゃん。あのさ、あずにゃんの分の
 お菓子がないみたいだけど……」

唯が気まずそうに言った。横目でチラリと見た梓は泣きそうに
なっていて、唇をきつく噛んでいた。

「あずにゃんって誰のこと? お菓子は
 人数分配ったから問題ないはずだけど……」

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:14:13.59 ID:6YRpdLQV0
紬が朝の挨拶をするようなさわやかな口調で言った。

「え?」 「は?」

唯達が目を見開いて固まってしまった。

それも無理はない。
紬は梓を意図的に仲間はずれにしているのだ。
普段のおっとりぽわぽわした紬から発せられたとは
思えないその言葉に、唯達は絶句するしかなかった。

しばらく奇妙な沈黙に支配されたが、
梓の小さな泣き声が聞こえてきた。

「うっ……ひぐっ……」

声を押し殺して泣いている梓。
スカートの裾を両手でつかんでいる。
悔しそうに歯を食いしばり、閉じられた
瞳から涙がこぼれていた。

「あ、梓。泣かないで。私の分をあげるから」

見ていられなくなった澪がワッフルの乗った皿を
梓に差し出すが、泣き止んでくれなかった。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:18:15.79 ID:6YRpdLQV0
「ぐすん……うっ……うっ……」

(泣いている梓……可愛いな。ってそうじゃなくて!)

澪は首を振って邪な考えを消した後、

「ねえ、お願いだから元気出してよ」

おろおろしながらなだめていたが、
そこで邪魔が入った。

「あー、さっきからうるさいわね。
 そんなに食べたいのならこれをあげるわよ」

紬が冷静に言いいながらある者を梓に渡した。

それを受け取った梓は消え入りそうな声で尋ねた。

「……ムギ先輩。これは何ですか?」

「ゴキブリほいほいよ。生意気で小賢しい
 あなたにはぴったりじゃない?」

「ひ……ひどい……です。うっ……!!」

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:23:15.99 ID:6YRpdLQV0
梓は声をあげながら泣きはじめた。
両目を覆う手の隙間から涙が溢れ出していた。
その顔は入部当初の唯を連想させ、
年齢以上に幼く感じられた。

(か、かわいすぎる!!)

我慢できなくなった澪は梓を抱きしめてしまった。

「!? み、みお先輩!?」

梓は驚いて目を見開いた。
一方の澪は無言で彼女の頭を撫でていた。

「せん……ぱい……?」

「……何も言うな。私がこうしたかっただけだ」

「はい……」

梓は澪の胸に顔を埋めた。
その姿は仲のよい姉妹のようだが、それを
良く思わない人物が横槍を入れる。

「さっきからうざいわよそこ。イチャイチャしたいなら
 他所でやってくれないかしら?」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:26:24.48 ID:6YRpdLQV0
澪が立腹して紬を睨もうとするが、それ以上に
鋭い目つきで睨み返された。

「ねえ、そこのゴキブリ?」

紬は腕を組みながら言った。
まるでゴミをみるような冷たいな目つきだ。

「ひ…! ご、ごきぶりって私のことですか?」

脅えた梓が澪にしがみ付きながら言った。

「そうよ。あんた以外のどこにゴキブリがいるって
 いうのよ。この害虫もどきが!!」

「……ひどいです……どうしてそんなこと言うの?」

「そんなの決まってるじゃない。あんたのことが大嫌いだからよ」

「うっ…!」

梓は再び泣き出してしまったが、

「ちょっと待ってよムギちゃん!! さっきから
 あずにゃんに酷いこと言いすぎだよ」

唯が席を立ち上がり、紬に食って掛かった。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:30:13.24 ID:6YRpdLQV0
「いままで仲良さそうにしてたのに、今日になって
 あずにゃんのことをゴキブリ呼ばわりする
 なんて変だよ。不自然だよ。何か理由があるんでしょ? 
 話してよ。そうじゃなきゃ納得できないよ」

唯の意見は真っ当だった。
紬が梓を敵視するようになったのは今日の放課後からである。
最近の二人の様子を見る限り仲の悪そうな様子も
特に見られなかったのに、突然不仲になったのには
何か知られざる事情があると思うのは当然だった。

「そうだぜムギ。部員同士の喧嘩は困る。
 一体梓との間に何があったのか聞かせてもらおうか」

律が唯に賛同した。
腕を組みながら紬に睨みを効かせた。

「ムギ……」

震えている梓を抱きしめている澪も加わった。

これで状況は三対一。
紬に加勢するような仲間は存在しなかった。

「はぁ」

紬は深くため息をついた。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:35:22.68 ID:6YRpdLQV0
「しょうがないわね。話してあげるわよ」

金髪の淑女は、嫌そうな顔をしつつも語り始めた。

「実はね。そのゴキブリに求愛されたのよ。
 付き合って欲しいって。もちろん断ったけどね」

「!?」 「!?」 「!?」

一週間前、梓に愛の告白をされた紬は真摯に断った。
梓は振られたショックで泣きはじめてしまったが、
紬はここでなぐさめてしまっては逆効果だと思い、
彼女を放置してその場を後にした。

余計な情けをかける余裕はなかったし、
梓のことを恋愛対象として見られなかったのである。

むしろ同性からそう思われていたこと
に関しては嫌悪感を抱いていた。

無論、紬自身は百合に興味はある。だがそれはあくまで
他人同士の同性愛を客観的に観察して楽しむものであり、
自身がそれに参加することは望んでいない。

その日は紬にとって嫌な一日となったが、気にしてはけない。
明日から心機一転し、いつも通りの優しい先輩として
接するつもりだった。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:40:24.54 ID:6YRpdLQV0
だが、梓は諦めていなかった。


あの日以来、紬が背後から視線を感じたと思って
振り返ると、そこには必ずといっていいほど梓がいた。

学校の廊下を歩いている際はもちろん、登下校中や
授業中でさえ、梓は紬を観察し続けた。

怪しいカメラや盗聴用の器具まで用意しており、
紬の行動を全て把握しようとしていた。

ある日、ストレスが限界まで達した紬が怒りを爆発させた。

「いい加減にしてよ。このゴキブリ!!」

「……ひ!」

紬に怒鳴られた梓は縮こまった。

だが紬の怒りは収まることを知らず、
火山のように噴火し続ける。

「あんた! 私のことをまだ諦めてなかったの!?
 さいこうに気持ち悪いわ!! 
 今日まで我慢していたけどもう限界! 
 二度と私に近寄らないで!!」

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:44:26.03 ID:6YRpdLQV0
「そ……そんなぁ」

梓がすがるように紬に近寄ろうとするが、
その手を思い切り叩かれた。

「触るな!! 汚らわしい!」

鬼気迫るような勢いだった。

「…」

梓はしょぼくれていた。紬はこれ以上彼女の顔すら
見たくなかったので急ぎ足でその場を去っていった。

これが先日の出来事である。

そして本日、梓は何事もなかったような顔で音楽室に
出向き、いつものようにティータイムに参加しようとして
いるのが紬には許せなかったのである。


「そんなことがあったのかよ……知らなかった」

律は呆然としていた。
彼女はこの部活の部長である。
紬の話の内容によっては相応の態度で
対処するつもりであったが、完全に毒気を抜かれてしまった。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:49:04.24 ID:6YRpdLQV0
「話していたらむかついてきたわ。一発でいいから
 ゴキブリ梓ちゃんを殴らせてくれないかしら?」

声に怒気をこもらせたお嬢様が右手を大きく振り上げていた。

「暴力は駄目だよ!!」

梓をかばうように唯が立ち塞がる。

「…邪魔しないで」

「落ち着ついて。今のムギちゃんはすごくイライラ
 してるから冷静な判断ができてないよ。
 確かにあにゃんのやったことは間違ってることだけど、
 それでも私は……私は……!」

「何が言いたいの?」

唯が言いにくそうにしてるので紬が急かした。

「私は…………!!」

そう言いながら唯が梓に抱きついいた。
いつもの猫を可愛がるような感じだが、
今日のそれには力がこもっていた。

梓は澪と唯の二人にサンドイッチされる形となった。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:54:34.39 ID:6YRpdLQV0
「……にゃ?」

意味が分からずに混乱する梓。

「唯ちゃん。さっきから何がしたいのかわからないわ。
 健常者の私にもわかるように説明してくれないかしら?」

紬が唯を小ばかにするような声で言った。

「私はあずにゃんのことが好き」

「……は? こんな害虫みたいな子が好きなの? 
 おめでたい好みね。唯ちゃんももしかしたら
 虫系が先祖なんじゃない? 仲間同士お似合いね」

皮肉たっぷりに嫌味を言う紬だが、唯は
華麗に受け流した。

「あずにゃんは自分の気持ちに正直になれてないだけ。
 だからこんな過ちを犯してしまったの。
 そうだよね、あずにゃん?」

唯は梓の目を見ながら言った。

「__? えっと、どういう意味ですか?」

いきなり話を振られた梓が首をかしげた。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 19:58:23.64 ID:6YRpdLQV0
梓としては紬に正直な気持ちを伝えた末に
暴走するに至ったわけであるが…。
唯の意図することが分からなかった。

「もう素直になりなさい」

「__すみません、意味が」

「本当は私のことが好きなんだよね?」

「__!?」

梓は仰天した。

「あずにゃんがムギちゃんに告白したのは何かの間違い。
 もしくは本命の私に愛を伝えるための練習だったんでしょ?」

「………………えっ!?」

唯は真剣な顔で狂ったことを言っている。
理解不能なその言葉は梓を大いに混乱させた。
まるで脳みそをミキサーでかき回されたかのような気分だった。

「命拾いしたね、ムギちゃん」

唯の鋭い目がナイフのように光る。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 20:02:54.92 ID:6YRpdLQV0
「な、何がよ?」
紬は後ずさりしながらぶっきらぼうに対応する。

「もしね。ムギちゃんがあずにゃんの告白を受け入れていたら、
 あなたはこの世にはいなかったと思う」

「なんですって!?」

「君は運がいいね」

まるで見下された気分になった紬は声を張り上げる。

「は!? バカにしないで! なんで私があんたなんかに
 やられるのよ。私は幼いころから武道を習っているのよ?
 あんたなんかに…」

「もう黙ろうか」

「くぺ!?」

紬は謎のつぶやきと共に倒れた。

(何が起きたの!?)
梓は先程起きた現象について回想した。
目に映ったのは唯が残像を残しながら
紬の背後に移動し、その首に何らかの
衝撃を与えたところまでだった。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 20:07:05.69 ID:6YRpdLQV0
それはわずか数秒で行われたもので、
肉眼で全ての動作を把握するのは不可能だった。
せめて紬は生きていると信じたかった。

「平沢家一族を舐めないでよね。タクアンごときに
 遅れを取るつもりはないよ」

唯が指をポキポキ鳴らしながら言った。

「次は澪ちゃんの番かな?」

「ひぃ!?」

唯と視線が合った澪が脅えた。

「駄目だよ澪ちゃん。
 私のあずにゃんとそんなにくっついたりしたら」

「あ、あひぃ!」

澪はとっさに梓から距離を取った。

そして命乞いを開始する。

「ゆ、ゆゆゆ唯? もう梓から離れたよ?
 梓には手をださないから…許してください……!」

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 20:11:04.03 ID:6YRpdLQV0
恐怖のあまり、歯がかちかちと音を立てていた。
信者が神に祈るように両手を胸の前で合わせている。

助け舟を出してくれることを期待して律を探したが、
彼女の姿はどこにもない。
カバンも一緒に消えていることから、
どうやら帰ってしまったらしい。
親友の澪を見捨てて逃げるとは立派な判断である。
澪は律をぶん殴ると心に決めたのだった。

「唯先輩! 澪先輩を助けてあげてください!!」

居ても立ってもいられなくなった梓が叫ぶ。

「あずにゃん? 澪ちゃんをかばうんだ? ふーん。
 やっぱり私より澪ちゃんのほうが……」

唯の目が輝きを失っていく。
同時に彼女の言葉から感情が失われていく。
梓は藁にすがるような気持ちで声を張り上げる。

「ちょ……待ってください!! そういうわけではないです」

「じゃあどういうわけなの?」

「わ、私は唯先輩も澪先輩も好きだから。
 二人には傷つけあってほしくないんです!」

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 20:15:04.28 ID:6YRpdLQV0
梓は緊張で冷や汗を流していた。

下手なことを言えば唯を激怒させる。
そうなれば澪の命は風前の灯だ。
入部以来お世話になってきた澪には感謝しているし、
なんとしても救ってあげたいというのが梓の気持ちだった。

「ふーん。私のことも澪のことも好きなんだ……?
 へーえ。それは知らなかったよ」

唯が目を細める。

部屋の空気が変わった。
すさまじい緊張に支配されて息をするもの苦しかった。

「…………あずにゃん?」

「は、はい!」

「……私を怒らせたね?」

「……っ!?」

梓の背中に一滴の汗が流れた。

梓の頭の中で巨大なライオンが現れた。その獣の正体は平沢唯。
見るものを震え上がらせる目つきで獲物を睨み、走り出す準備をしていた。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 20:20:05.84 ID:6YRpdLQV0
「おかしなことを言うんだね。本当は
 あずにゃんは私のこと『だけ』を愛してるんだよね?
 今なら笑って許してあげるよ。さっき言ったのは
 間違いだったと認めればね」

「……!!」

唯は暗に自分のことを好きになれと言っているのだ。
もちろん梓の本命は紬であり、唯のことはそれほど
好きではない。しかし、ここでの返答しだいでは
澪と一緒に始末されかねない。

「あずにゃん?」

唯の顔がすぐそこまで迫っていた。

梓を例えるなら傷ついたウサギだった。
ライオンに捕まらないように必死で逃げ回ったが、
やがて足を噛まれてしまった。
深手を負ったウサギは草原に倒れた。
ライオンは大きな口を開け、
今にもウサギを捕食しようとしていた。

「はい。すみませんでした。
 本当は唯先輩のことを愛してます。
 唯先輩だけを愛します」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 20:24:06.82 ID:6YRpdLQV0
「うふふふふ。そうだよね。よかったぁ。
 あずにゃんが素直になってくれて」

唯が口元を半月上にゆがめながら梓の頭を撫でた。

「もし素直になってくれなかったら……どうなっていたと思う?」

「……!!」

梓は震え上がり、全身に鳥肌を立てた。

唯は梓の震える手にそっと触れた。
梓の手は氷のように冷たかった。
唯は瞳孔が開いている彼女の目を正面から見つめた。

「そんなに脅えないでよ。別にあずにゃんを食べようと
 してるわけじゃないから」

「はい…」

「それ、違うよ」

「え? 何がですか?」

意味が分からず梓は自分と唯を交互に見比べる。

「返事の仕方だよ。入部した日に私が教えたよね?」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 20:29:05.96 ID:6YRpdLQV0
唯が猛獣のような顔で梓を睨む。

恐怖で汗だくになっている梓は脳をフル回転させて
考えた。入部初日に唯に強要された返事の仕方と言えば
あれしかないと思った。しかし、あれは梓にとって忘れたい
思い出だった。猫の物まねをするのは正直気持ち悪いし、
自分の趣味ではなかった。

「……あずにゃん?」

唯の言葉には明らかな怒りが込められていた。
これは唯からの命令だ。初めから断るという選択肢は
存在しないのだ。

「に、にゃ~」

「そうだね。それでいいんだよあずにゃん」

唯は満足して梓を抱きしめた。

「……にゃ」

梓は生きた心地がしなかった。

「あずにゃんは私の猫さんなんだから。ペットは
 主人の言うことにちゃんと従うこと。いいね?」

「……に、にゃあ」

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 20:33:37.09 ID:6YRpdLQV0
「ふふ。今日は遅いしもう帰ろうか。
 明日からの生活が楽しみだね」

唯が不敵に笑う。
この強大な悪の力に屈した哀れな少女、梓は
これから自分に待ち受ける運命など知る由もなかった。


次の日の放課後、梓はHR終了と同時に駆け出した。
背後から「梓ちゃん。急いでどこいくの?」と憂の呼びかけが
聞こえるが無視した。

行き先は音楽室ではない。昇降口だ。昨日、唯の暴走で
滅茶苦茶になってしまったけいおん部のことなど、
もうどうでもよかった。紬には害虫扱いされ、部長の
律は途中で逃亡、凶暴な唯にはペット扱いされてしまい、
散々な結果に終わった。

二度と部活動に参加したくないし、特に平沢唯と会いたくなかった。

「……どこいくの?」

背後から掛けられた無機質な声。

梓は靴を履いている途中で固まった。
__________________________________
風呂入ってくる。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 20:59:17.14 ID:6YRpdLQV0
「……無視する気?」

それは間違いなく唯の声。
これ以上知らん顔をするのは限界だった。
梓は顔面蒼白で振り返る。

「もしかして逃げようとしたのかな?
 悪い子猫ちゃんだね~」

「す、すいません…」

この謝罪がどれだけ効果があるだろうか不安だった。

「ふふ。そんなに泣きそうな顔しなくても
 大丈夫だよ。ちょっと脅かしてみただけだから。
 本当なら地獄のお仕置きをしてあげたいところだけど、
 あずにゃんは可愛いから許してあげる」

「…」

「音楽室へ行こうか?」

「は……にゃあ」

唯に手を引かれ、部室へと連行される。
途中ですれ違う生徒達の視線にさらされる。
一見すると仲の良い先輩と後輩の関係に見えたかも
知れないが、実際は凶悪な主従関係が存在するのだ。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:03:21.98 ID:6YRpdLQV0
梓が音楽室へ案内されて意外に思ったのは、
メンバーが全て揃っていることだった。

紬は何も無かったかのような顔で紅茶を飲んでいるし、
律や澪も同様だ。一見すると、この雰囲気は
いつものティータイムそのもの。まるで昨日の騒ぎが嘘のようだ。

「あずにゃんを連れてきたよ。ムギちゃん。
 例のものを出してくれる?」

召使いに命令する口調で唯が言うと、
紬は文句を言うことなくケーキを用意した。
机に置かれたのはワンホールのレアチーズケーキ。
近くに置かれていたナイフを唯が手に取り、
ケーキに切れ目を入れていった。しかし、

「あの、先輩。私の分だけ多くないですか?」

それは当然の疑問だった。
梓の皿に乗せられたのは他の者のケーキの三倍ほどの
大きさがある。明らかに梓だけをひいきしていた。

「おまけだよ。あずにゃんは可愛いからね」

唯はそう言うが、これでは律たちから苦情がきても
おかしくはない。ましてこのケーキは紬が用意したの
だから、その権限は紬にあるはずだ。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:08:05.13 ID:6YRpdLQV0
しかし、

「……」

一向は静まり返っていた。
皆唯と眼を合わさないようにしてうつむいている。

それは異様な光景だった。
いつもの賑やかな音楽室の雰囲気は
どこへ消えてしまったのかと梓は思った。

「心配しなくていいよ」

梓の心情を読み取ったのか、唯が不意にそう言った。

「ムギちゃん達とは話し合って和解したから。
 もう誰もあずにゃんのことをいじめたりはしないよ。
 そうだよね、ムギちゃん?」

「え、ええ。そうね」

紬が気まずそうに返事した。
そのぎこちなさに、唯への畏怖が感じられる。
さらに彼女の手がかすかに震えているのを
梓は見逃さなかった。

この状態が二人の現在の関係を示していた。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:12:43.21 ID:6YRpdLQV0
(唯先輩は一体何をしたの!?)

と梓が思案する。恐らくは壮絶なお仕置きをしたに
違いないと思った。唯は梓のことを溺愛しているから、
紬に対して容赦しなかったのだろう。

「あずにゃん。あーん」

目の前に差し出された唯のフォーク。
ケーキを食べさせるつもりのようだ。
梓は恥ずかしいので止めてほしかったが、
これは命令なのだ。断れば今日が命日に
なってもおかしくはない。

「わ、わーい。うれしいな! あーん」

ぎこちない演技をまじえながら梓が大きく口を開く。
租借してもチーズの味が広がらないのは、
恐怖と緊張でおかしくなっているからだった。

「もっと食べたいでしょ? あーん」

「……あ、あーん」

結局、梓の皿が空になるまであーん攻撃は続いた。
その間、他の先輩達はお通夜の雰囲気でケーキを
食べていた。梓たちを茶化したりすることはおろか、
口を開く者さえいない。音楽室は魔界と化していた。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:16:16.91 ID:6YRpdLQV0
「おいしかった?」

「はい。とっても」

梓が感想を述べたが、正直味わう余裕など無かった。

「もっと食べたい?」と唯。

「いえ! もうお腹いっぱいです」

梓はこれ以上食べたくない以上に、
この部屋にいるだけで苦痛だった。

「そっかぁ。じゃあ私にも食べさせてくれるかな」

「は、にゃあ。ぜ、ぜひ!」

しどろもどろな口調で唯にフォークを差し出す。
唯は満足そうな顔でぱくぱく食べていた。

ケーキがなくなるまで時間はかからなかった。

その後は練習もせず、ひたすら唯が梓と雑談して終わった。
梓は唯を終始警戒したが、言うことを聞いていれば
危害を加えられる事はなかった。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:21:10.04 ID:6YRpdLQV0
この猛獣と過ごした時間はとてつもなく長く感じ、
くたくたになって帰り道を歩いていた時である。

「待ってよ。梓ちゃん」

信号が青になったので交差点を渡ろうとした梓を
憂が引きとめた。

「え? どうしたの突然。憂の家はこっちじゃないでしょ?」

ここは地理的には梓の家のすぐ近く。平沢家からは離れている。

「話があるの。とっても大切な話が」

憂は痛いくらいに梓の手を掴んでいる。

「ちょっと! 痛いよ。何するの」

「いいから」

憂は抗議の声をあげる梓を無視して近くの公園まで
引っ張っていった。

夕焼けを背後に浴びながら、梓が憂を問いただす。

「何の用なの? ここでないとできない話なの?」

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:25:25.02 ID:6YRpdLQV0
「ううん。そんなに大した話じゃないんだけど。
 昨日ね、お姉ちゃんのYシャツから女の子の匂いがしたの」

「__な!?」

仰天する梓。

公園のブランコで幼稚園くらいの子供らが遊んでいた。
その近くには保護者達がいて、くだらない世間話に花を
咲かせている。

憂は話を続けた。

「匂いがするって変だよね? 例えば誰かと抱き合ったり
 しないと匂いはつかないと思う」

「……」

主婦達の馬鹿笑いが聞こえてきた。
人の噂話のどこがそんなに面白いのか知らないが、
梓にはそれどころではない。

憂はさらに続ける。

「今朝、お姉ちゃんに問いただしたの。でも答えてくれなかった。
 すごく悔しかった。だから犯人探しをしようと思ったんだけど、
 必要なかったよ。放課後の音楽室を除いたら仲良くしている
 二人の姿を見つけたから」

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:29:53.13 ID:6YRpdLQV0
「……」

絶句している梓に近づき、憂はその匂いを嗅いだ。

「そうそう。こんな匂いだったよ。
 やっぱり梓ちゃんが犯人だったんだね」

「……」


遊びを終えた子供らは、お母さん達と手を繋ぎながら
帰っていた。近くにマンションがあるから、おそらくは
そこの住人なのかもしれない。

公園に人気はなくなった。

夕日は沈み、夜になろうとしている。

憂は低いトーンで呟いた。

「__私のお姉ちゃんを取らないでよ…!」

「_っ!」

梓は唾を飲み込んだ。
右手に激痛がするので視線を向けると、
憂の万力のような握力で締め付けられている。
痛みを通り越して骨ごとへし折られる錯覚に襲われた。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:34:27.25 ID:6YRpdLQV0
「……ぁぁ!」

搾り出せたのは、蚊の鳴くような悲鳴。
正面の憂は笑顔だった。あくまで表面上は。
しかしその瞳の裏に隠された憎悪と
姉に対する独占欲の強さが感じられる。

(化け物…!!)

今のは梓が平沢姉妹に対して抱いた感想だった。
両者とも普通の人の皮を被った怪人だったのだ。
紬にゴキブリ呼ばわりされた時は傷ついたが、
目の前にいる元親友に比べれば可愛いものだと思った。

「どうやってお姉ちゃんと仲良くなったの? 
 いつから? あなたがお姉ちゃんをたぶらかしたんだよね?
 私がお姉ちゃんが大好きなこと知ってるくせに。どうして?
 本当に梓ちゃんは最低で淫乱で姑息で悪党で…」

憂は呪いの言葉を吐き続けていた。
次第に意味不明な言葉も混じり始め、いよいよ
彼女が正気でないことを梓に実感させた。
この負の連鎖を断ち切るため、梓はお腹
に力を込めて叫ぶ。

「違う! 私が唯先輩に迫ったんじゃないの!!
 本当は唯先輩の方から…」

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:38:29.87 ID:6YRpdLQV0
「へえ。そうなの? 詳しく聞かせて」

「う、うん。実はね…」

梓は事の顛末を全て話した。
本当は紬を好きだったこと。
唯に強引に迫られて猫扱いをされていること。
けいおん部は唯の支配下にあり、崩壊寸前の状態にあること。
詳しく話したので長くなってしまったが、憂は
黙って聞いてくれた。一通り話し終えると、

「話はよくわかったよ」

憂は腕組をしながらおおきく頷いた。

「結局お姉ちゃんが悪いみたいだね。しょうがないなぁ。
 今日は帰ったらお姉ちゃんにきつく言っておくからね。
 時間を取らせてごめん。じゃあね」

踵を返して風のように去っていった。
残された梓はその場に座り込んだ。

(は、はは、何だったの一体…!?)

もはや苦笑いをするしかなかった。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:43:24.65 ID:6YRpdLQV0
今日一日で一年分の体力を使った気分だった。
余談だが、梓はいままで幽霊などの心霊現象を怖いと思っていた。
一方でいつかそういうものを見てみたいと思っている自分がいた。
無論、実際に遭遇すれば驚愕するに違いないが、
それでも興味があった。

いつか読んだ本に書いてあった言葉を思い出す。

本当に恐ろしいのは人間である。

そうなのだろうと梓は理解した。
あの平沢姉妹は梓にとって未知の生命体。宇宙人のようなものだ
そいつらが自分のすぐ身近にいたということ。
これが梓にとって最大の恐怖だった。

(もう帰ろう……頭がおかしくなる)

梓はこれ以上考えるのを止めた。
今彼女の頭を支配しているのは夕飯のメニューだった。
両親は仕事で遅くなるから、適当に出来合いのものでも
買って済ませようと考えたのだった。

そして次の日。

「あずにゃん?」

放課後、カバンに荷物をまとめていた梓に唯が
話しかけた。梓は手を休めて唯に対応する。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:47:15.44 ID:6YRpdLQV0

「先輩。迎えに来てくれたんですか?」

「ううん。それもあるけど、ちょっと話があるから
 来てくれる?」

唯に手を引かれる。昨日と同じ強制連行だ。
後ろで憂が睨みをきかせているが、唯はおかまいなしだった。
背後から針のような視線を感じながら教室を後にした。

「昨日、憂に何かされなかった?」

唯が真顔で聞いた。
ここは中庭。放課後だが人通りはない。
校舎からは吹奏楽部の演奏が聞こえ、グラウンド
の方では運動部がランニングをしていた。

「にゃ。正直に言うと、されました……」

「どんなこと?」

「手を強く握られました。あと憂から唯先輩を奪った
 泥棒猫の疑いをかけられました」

「やっぱりね……」

唯はため息をつきながら目をつむった。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:55:00.40 ID:6YRpdLQV0
「もう大丈夫だよ。憂の奴は昨日懲らしめてやったから」

唯が梓の肩に手を置いた。

「え?」

「憂とそのことで大喧嘩してさ。口論の末に壮絶な
 戦闘になったんだよ。とばっちりを受けてお父さんが
 病院に運ばれたけど、それ以外は特に問題なかったよ。
 憂も『納得』してくれたし」

「そ、そうなんですか?」

梓は目を白黒させた。

(本当に納得したのかな?)

今日の憂の梓に対する態度は冷たかった。
話しかけても無視されてしまうので一言も会話してない。
冷戦状態だ。その関係に戸惑った純の様子が滑稽だった。

憂は相当苛立っていて、授業中は同人誌を読んで過ごしていた。
それを注意した化学の先生(37歳)は憂に一本背負い
されて背中を強打した。教師は担架で保健室へ運ばれ、
科学の授業は自習に変更になった。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 21:59:51.06 ID:6YRpdLQV0
憂が呼んでいる同人誌が百合系であることを確認したクラス
委員長(黒髪メガネ)がBL系を読むように強く勧めたが、
そのしつこい勧誘は憂を苛立たせた。
委員長は憂の強烈なカンチョーを喰らって悶絶した。

委員長は早退した。

その後も憂の常軌を逸した行動が放課後まで続き、
今日はまともな授業が行われなかった。

「私、憂に殺されたりしませんよね?」

梓が消え入りそうな声で言った。

「いざとなったら私が助けてあげるから大丈夫。
 憂の弱点は知ってるし。それより音楽室に
 行こうか。ムギちゃん達が待ってるよ」

唯が歩き始めると、梓それに続いた。
今回は手を引っ張らなかった。

音楽室では昨日と同様のお通夜の雰囲気で
ケーキが提供された。今日はラズベリーの
チーズケーキだった。梓は唯にあーん攻撃を喰らい、
生きた心地がしないままケーキを味わった。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 22:03:20.19 ID:6YRpdLQV0
もぐもぐと咀嚼する梓を興味深そうに観察する唯。
彼女は梓とイスを繋げて至近距離で見つめていた。
梓がいらないというまでケーキ以外の様々なお菓子食べさせ、
文字通りペットのように可愛がっていた。

(先輩って…私といるだけで満足してるみたい…)

梓は逆に唯のことを観察していた。
凶暴な猛獣だと思っていた唯はおとなしかった。
梓を奪おうとする者には容赦しないが、梓自身のことは
大切にしてくれる。それだけが平沢唯にとっての幸せ。

梓は音楽室の奇妙な静けさと共に、
唯の不気味な愛情を感じ取っていた。

次の日も、その次の日も同じ毎日が続いた。
唯はいつものように笑顔で梓を可愛がっていた。
唯の圧政に嫌気が指したのか、
次第に部活に顔を出す仲間たちは減っていき、
今では梓と唯のみが音楽室に顔を出していた。

梓は食べさせらるケーキに飽きていた。
最近は濃い生クリームの味がたっぷり入った
ケーキばかり提供され、甘すぎるほどだった。
たしかに梓は甘党だが、毎日のように食べていては
たまらない。

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 22:08:10.84 ID:6YRpdLQV0
そもそも紬が顔を出さないのに、
どうやってケーキを用意しているのか不明だった。
そのことを梓が聞くと、唯は笑顔で話をはぐらかし、
結局は教えてくれないのだった。


そんな日々が一週間ほど過ぎたとき、梓はあることに
気がついてしまった。イスに置いてある唯のカバンに
ついてあるストラップ。それに見覚えがあった。

(あれはもしかして、憂と同じやつかな?)

気になったのでカバンを調べてみることにした。
唯はイスに座りながら居眠りをしているので
ばれることはないだろうと思った。

(…え?)

梓は絶句した。
カバンの中に憂の筆記用具やノートが入っていたからだ。
さらにその奥には怪しい薬品のビンが入っており、
ラベルはドイツ語で書かれているため、詳細は分からない。

(まさか、薬が……)

それに気がついた瞬間、梓は強烈な眩暈を感がして
その場に倒れた。無様に床に横たわった後、すぐに
吐き気が襲ってきた。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/05(木) 22:12:03.23 ID:6YRpdLQV0
(……う!?)

両手を口で押さえながら必死でこらえた。
しばらくして吐き気が収まったと思ったら、
今度は眠気が襲来した。

「…」

視界が蜃気楼のようにぼやけてしまう。
薄れいく意識の中で、自分を見下ろしている唯の姿が確認できた。

「………ひひ」

いつから目が覚めていたのかは分からない。
唯はまるで彼女以外の誰かのような顔で笑っていた。

(はじめから……こうなる運命だったんだ……。
 いままで私に甘いケーキを食べさせていたのは恐らく……。
 もう本物の唯先輩は殺されてるのかもしれない)

そこまで考えた後、中野梓は眠気に負けて目を閉じた。

お化けよりも怖いのは生きている人間。
身近にいる人ほどその正体が分からないもの。
平沢姉妹と関わった時点で梓の運命は決まっていたのかもしれない。
梓は絶望の中で意識を失ったのだった。

                                       終わり。

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