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黒子「半額弁当ですの!」 第4章

190 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/05/28(金) 18:54:47.24 ID:cYnn0Joo [1/11]

 清潔感を漂わせる無機質な白壁になぞられた緑を基調とした模様が、初夏の山々がごとく稜線を描く。
 陳列された色鮮やかなパック飲料がそこに彩りを加え、乱れなく整えられた腿肉のパックが無機質な背景に躍動感を与えていた。
 並ぶ乾麺のパッケージは視覚を楽しませ、惣菜売り場から漂う油の匂いが食欲を刺激する。

 スーパーだ。     
                            セブンスギア
 第七学区の東に位置するスーパーマーケット『 7thーG 』。
 かつて《四竜》として半額弁当争奪戦で名を馳せた、四人の老人が経営するスーパーだ。

 そのお菓子売り場でコアラのマーチに熱い視線を注ぐ少女がいた。
 長い黒髪の前部を花型のヘアピンでまとめ、平凡な紺のセーラー服を纏った中学生くらいの少女。

 佐天だ。

 佐天はコアラのマーチから視線を逸らさぬまま、ただじっと立ち尽くしていた。

 ……もうすぐ、始まるんだよね。

 彼女は今、第七学区全体を巻き込んだ『西』と『東』の戦争の渦中にいた。


192 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/05/28(金) 19:08:04.96 ID:cYnn0Joo

 ……私はまだ、未熟だ。
 勝てないかも知れない。
 期待に応えられないかも知れない。
 思考し、佐天はその思いを払うように頭を振る。

 それでも私は全力で闘うだけだ、と。

 カゴも持たず、商品を手にとる事すらしない彼女を避けるように、数人の子供たちが脇を駆けていった。
 と、その子供特有の軽い足音に、ひとつだけ重いものがあるのに気づく。

 顔を上げぬまま、佐天は視線だけをそちらに向ける。
 天井から射す蛍光灯の光を背に受け浮かぶのは、ツンツン頭の少年のシルエットだ。

 一歩ずつ近づいてくるその影を、彼女は知っていた。

佐天「上条……さん?」

 答えること無く影は――上条当麻は佐天の横に立つと、同じようにトッポへ視線を注ぐ。
 彼女と違い視線をやらぬまま、彼が口を開く。

上条「何驚いてるんだよ。お前が呼んだんだろ、涙子」


193 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/05/28(金) 19:17:44.77 ID:cYnn0Joo

佐天「本当に来てくれるなんて、思ってなかったです。白井さんに伝えた情報だけでよく分かりましたね。
    場所も言ってなかったのに」

上条「そもそもおかしいんだよ。戦争が起こるって事をあの時点で教えたって、何の意味もないだろうに。
   領土戦は基本、双方の合意を持って行われる。奇襲なんてそもそも成立しないんだから、
   アレはその内こちらの知ることとなる情報だったんだ。それならアレは、挑戦状以外の何物でもねぇよ」

佐天「あはは、いつも鈍感なのに、そういう所ばっかり鋭いんだから……」

 沈黙が落ちる。

 どこかで扉が開く音が聞こえた。
 すぐに商品を整理する音が続く。

佐天「何で……来たんですか」

上条「戦争を止めるためだ」

 ぶっきらぼうに、上条が答えた。

194 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/05/28(金) 19:28:11.55 ID:cYnn0Joo

佐天「……ありがとう……ございます」

上条「別に、感謝されるような事はしてねぇっつーの」

 商品整理の音は次第にパックと商品台が擦れ、鳴らす物に変わる。
 そこへ重なるようにキュッキュと、マジックがビニールの上を走る音が加わった。

上条「何で、こんな事をしたんだよ」

佐天「力が……欲しかったんです」

上条「力?」

佐天「私ってば無能力者ですから、せめてスーパーでだけは、超能力者に負けたくなかった」

上条「だからって!」

佐天「教えてくれたのは上条さんですよ。ここでは腹の虫の加護だけが本物だって。レベルや能力なんて、全部幻想だって」

上条「…………」

             
佐天「だから私は、この第七学区を手中に収め、さらには学園都市を統一し、最強となる!」

   
佐天「そのために、私は貴方を超えなければならない!」




196 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/05/28(金) 19:37:08.07 ID:cYnn0Joo

 コツコツと、磨かれた床を叩く音。
 半額神が役目を終えて歩みだしたのだ。

佐天「目的のために、私は手段を選びません」

 その言葉に呼応して、複数の気配が湧出した。
 上条は囲まれた事を悟る。
 だが、

上条「関係ねぇな、そんな事」

 ドアが開く。

上条「御託は終わりか? ならそのふざけた幻想ごと、お前の野望をぶち殺す!」

 半額神が、一礼をする間。
 一瞬の――静寂。
 
 それを、二つの咆哮が引き裂いた。

                      イマジンブレイカー
佐天「私の幻想に喰われて眠れ! 《 幻想殺し 》!」

                      イマジンクリエイト
上条「俺の右手に打ち砕かれろ! 《 幻想創造 》!」


 そして、扉が閉じた。


 現在の時刻は21時00分。
 セブンス・マート及び、7th-Gにて《半額弁当争奪戦》開始。


200 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/28(金) 19:49:28.83 ID:cYnn0Joo

黒子「くっ……! 残る弁当はあと一つですの!?」

 この日、セブンス・マートで半額となった弁当の数は3つ。
 内2つは既にレジへと運ばれている。

 一つは、美琴が指揮する《魑魅魍狼》によって。
 一つは、乱戦の中不意打ちのように飛び出した茶髪の手によって。

 残り一つ。
 『勝利者は肉を食らうもの、弱者の肉を……な ――弱肉強食・焼肉定食!』を手に入れた陣営が勝者!

 しかし、

黒子(見えませんの……勝利が!)

 猛攻。
 怒涛のラッシュ。
 まるで空気抵抗を感じさせない速度で振り下ろされるカゴに、黒子は防戦を強いられていた。
        

201 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/05/28(金) 19:54:20.91 ID:cYnn0Joo

 打ち付け、打ち払い、薙ぎ、引き倒す。

 買い物カゴは武器としては特殊な形状をしている。
 かなり扱いにくいが、上手く使えばあらゆる使い方のできる万能の武器だ。

 例えば底面。
 これは美琴の二つ名の由来として言われるように《槌》として振るう事ができるが、それだけではない。
 適度にたわむプラスチックのカゴは、相手の打撃を受け止め、吸収する盾ともなる。

 次に上面。
 これを門の字型に上から振るえば、相手を引き倒す鉤爪となる。
 さらには相手に被せ、視界を奪うのにも有効だ。

 そして持ち手。
 接合部がヒンジとなっている持ち手は腕の振りとは異なる動きをし、相手に襲いかかる鞭だ。
 そして不用意に放たれた相手の拳を通せば、その腕を絡めとることも出来る。

 まさに攻防一体。
 まだカゴの使い手との戦闘経験の浅い黒子にとって、美琴は荷が勝ちすぎている相手と言えた。


203 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/28(金) 19:57:44.40 ID:cYnn0Joo
黒子「だからと言って、負けるわけには!」

 いきませんの。

 吠える。
 停滞した攻防を嫌がったのか、美琴が強めに振り下ろしたカゴに両指を絡め、黒子はソレを受け止めた。
 
 そう。カゴの弱点の一つはその網にあった。
 穴の多さ故、そこに指を掛けるだけで簡単にホールド出来てしまうのだ。
 しかし、

美琴「その程度の弱点、対策してないとでも思ったの!?」

 回転。

 側面の取っ手を握っていた腕を、強引に回転させる。
 そうなると、穴に指をかけていた黒子の腕はねじ上げられるようになる。
 持ちやすい事が仇となり、黒子の指はカゴから離す事が出来ず、されるがままだ。

黒子「――っつ!」

 カゴが指に食い込み、跡を残す。
 たまらず黒子はもがくようにカゴから手を離そうとする。



204 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/28(金) 19:59:52.90 ID:cYnn0Joo

美琴「逃がさないわよ!」

 カゴに捻り上げられ、黒子は動けない。
 そこへ、衝撃。
 動きを封じたところへの、腰の入った蹴り。
 斜め――45°!

黒子「かはっ――!」

 地面へ叩きつけられる。
 衝撃で指はカゴから離れていたが、呼吸すらままならず、黒子は立ち上がれない。

美琴「トドメ!」

 持ち直し、両手振り下ろす。
 黒子は迫り来るカゴの底面を見上げ、しかし動けない。

 お姉さまにやられるのでしたら、わたくしは――

 本望。
 そう思いかけ、しかし、その時は来なかった。

 飛んでいる。
 そう思った。
 
 見えるのは迫るスーパーの天井。
 そして隣には、

黒子「結標さん!?」

結標「苦戦しているようね」

 歴戦の《古狼》は不敵に笑い、牙を剥いた。


216 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 15:29:48.42 ID:ocx/fEIo [2/23]

 着地し、黒子を降ろす。
 結標は美琴に対峙し、構える。
 にらみ合い、間合いを測るようにしながら、結標は数時間前の事を思い出した。
 
上条『結標、お前にセブンス・マートの防衛を頼みたい』
 
 結標が着信を受けると、開口早々彼はそう言った。

結標「あら、貴方の縄張りなんだから、貴方が戦うべきではないの?」

上条『どうしても、やらなくちゃいけない事があるんだ……』

結標「貴方、《幻想創造》の所へ行く気ね」

上条『…………』

 沈黙。
 それは後ろめたさ故か、決意の現れか。
 ともかく、それが雄弁に肯定を語っているのは確かだ。
 結標は一つ、溜息をつく。

結標「どうして、私なの?」

上条「お前があいつらの中で、一番強いからだ」

 答えに、結標は軽い失望を抱いた。
 どうせならそこは――

結標(私を信頼しているからと、そう言って欲しかったわね)


218 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 15:35:12.55 ID:ocx/fEIo [3/23]

 結標の思いも知らず、上条は続ける。

上条『経験だけならお前の方が俺より長い。最近の争奪戦でブランクも解消されてるハズだしな』

結標「……分かったわ。好きになさい」

上条『ありがとう。お前なら安心だ。信じてるぜ、結標』

 出し抜けに放たれた望む答えに、結標がピクリと反応する。
 全く、この男は本当に鈍感だ。
 だから、

結標(少しだけ、意地悪をしてやりましょう)

結標「その代わり」

 と、前置きし、結標は一つの条件を出した。
 彼は少し驚いたように間をおくと、それを了承し、電話を切る。
 通話後、結標の頬にはひとつの表情があった。

 笑み。
 
結標「うふふ、私を出し抜いたつもりかもしれないけれど、そうは行かないと言うこと、教えてあげるわ」

 呟き、隣で同じように彼を待っている少女を見やったのだった。

219 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 15:40:44.38 ID:ocx/fEIo [4/23]

 思考を終え、彼女は眼前の敵へと意識を戻す。
 黒子を圧倒していた様に見えたが、カゴを片手に提げた少女は荒い息をついている。
 それなりに、ダメージは与えていたようだ。

美琴「アンタには《魑魅魍狼》をけしかけたハズだったけど……まさかあの数の狼をもう片付けたって言うの?」

結標「それは聞くまでもないでしょう? 私が貴女の前に立ち塞がっている時点でね」

美琴「………」

 警戒するように、美琴がカゴを構えた。 
 対し、黒子と結標も構えをとる。

黒子「結標さんは弁当へ向かって下さいまし。お姉さまのお相手は私が致しますの」

結標「あら、手も足も出なかった癖に、言うわね」

黒子「うっ……」

結標「それに、私も雑魚とは言えあれだけ戦って消耗しているの。手伝ってくれるかしら?」

黒子「ふふ、分かりましたの」

 笑い、黒子が跳んだ。
 一直線に向かうのは眼前の少女。

220 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 15:45:39.09 ID:ocx/fEIo [5/23]

美琴「あれだけやられて、未だ分からないの!?」

 振り下ろされる。
 どれだけ速度を出そうが、黒子の動きは完全に読まれていた。

 炸裂――するかと思われた戦槌は、しかし空を切る。
 
美琴「っ!? 直前に横へ跳んで!?」

 完全にバランスを崩した美琴に襲いかかるのは、黒子の後ろについていた結標の拳。

美琴「くっ!」

 カゴから手を離し、防御。
 重たい一撃に、美琴の体が数歩下がる。

黒子「終わりではありませんのよ!」

 戻ってきた黒子の蹴りを捌く。しかしそれは牽制だ。すかさず結標の攻撃が重ねられる。

 後退。そこへ打撃。
 防御。そこへ崩し。
 再度後退。しかし攻撃は止まない。

221 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 15:51:55.05 ID:ocx/fEIo [6/23]

 追い詰めている。

 黒子は結標とのコンビネーションに勝機を感じていた。
 カゴを手放した今の美琴なら、二人で十分圧倒できる。

 しかし、黒子の思考に反し、結標は気づく。
 美琴の後退方向がある場所を目指している事に。

黒子「止めですの!」

結標「!? 待って! この方向は!」

 叫ぶ。が、

美琴「もう遅いっ!」

 飛び上がり、直上からの蹴り下ろしを放った黒子に、回避不能の一撃が叩き込まれようとする。

黒子(そんなっ!? 今までの後退はそのための!?)

 直撃。
 美琴が手放したはずのカゴが、抉るように黒子の脇腹へ突き刺さる。
 骨格がひしゃげ、悲鳴を上げるような音を聞きながら、黒子が鮮魚コーナーの什器に叩きつけられた。
 
美琴「カゴ置き場への、逃走ルートよ」

 再び握られる《雷神の槌》。
 さらに今度は、

結標「二振り――!?」

美琴「《雷神の双槌》 それじゃ――天罰を下しましょうか」

222 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/01(火) 15:59:15.06 ID:ocx/fEIo [7/23]

 そこからは一方的な展開だった。
 乱打。 
 嵐のごとく振るわれる双槌を受けるので結標はいっぱいいっぱいだった。
 
結標「くっ……」

美琴「いつまで耐えられるかしらねぇ?」

 いつ終わるともしれないカゴの暴風に、しかし結標の心は折れていなかった。

結標(なんとか、反撃の糸口を……)

 思い、乱撃を防ぎながら結標は攻撃の軌道を見極める。

 こうしたラッシュはテンポが重要だ。
 その為、続けば続くほど攻撃は規則性を持ってくる。


 耐え、

 防ぎ、

 堪え、


結標(見つけた――!)

 捻じ込む。

223 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 16:10:50.33 ID:ocx/fEIo [8/23]

 右から振り下ろされるカゴに合わせるようにして左へ。

 左から叩きつけられるカゴを潜るようにして前へ。

 バックハンドで戻ってくる左を躱して下へ。

 次の右は薙ぐように振るわれる。だからさらに下へ。


 そこで捻じ込む。


美琴「――!?」

結標「通れ……っ」

 身を縮め、伸び上がるようにアッパーを放つ!

結標「通れ!」

 しかし――

美琴「かかったわね」

 ――しかし、それも誘導!
 レベル5の高速演算が可能とする、正確な先読みッ!

224 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/01(火) 16:26:27.66 ID:ocx/fEIo [9/23]

    ハンマーコネクト
美琴「《双槌連結》ッ!」


 身を伸ばし初め、力のベクトルを定めてしまった結標に、回避は不能。

 振り上げた両槌を、美琴は重ねる。
 現れるのは、両手持ちの重槌。


    ゴルディオン・ハンマー  
美琴「《雷神王天罰槌》ァァァァァァァ!!!」


 轟と、空間がたわむ。
 迫り来る大質量を、結標は

結標(通す!)

 構わず、放つ。

 衝突。
 次いで、衝撃。

 結標の拳が、重槌を受け止め、押し返す――かに見えた。

美琴「光になれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 均衡が崩壊する。
 途方もない圧力が、雷のように結標を襲った。

230 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/01(火) 17:19:29.60 ID:ocx/fEIo [11/23]
 黒子は朦朧とした意識の中、結標が倒れるのを見た。
 連結を解除し、結標を見下ろして何か呟くと、美琴は弁当コーナーへ歩き出す。

 向かう狼は居ない。
 誰もが《魑魅魍狼》との戦いで手一杯だ。

 ならば、

黒子(わたくしが、行かなくては)

 思いに反し、身体は動かない。 
 身体は、すぐにでも意識を手放そうとしている。

黒子(動いてくださいまし、わたくしの身体)

 もがく黒子をもはや気にする事無く、美琴はゆっくりと歩を進めていく。

黒子(わたくしは……守ることができませんの?)

 失う。
 美琴が半額弁当を掴むと言う事は、あの人との思い出の場所を失うという事だ。

黒子(それは……嫌ですの)

 ならば、

黒子(抗うしか、ありませんの)

231 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 17:25:26.15 ID:ocx/fEIo [12/23]

 思うのは、ちらりと見た焼肉弁当の事だ。

 たっぷりの白米に、こってりとしたタレがかかった牛肉。
 つけあわせの焼きシシトウのピリっとした辛みを想像し、黒子の口内によだれが滲む。

 あぁ、あの白米にタレを染み込ませ、肉と一緒に噛みしめられたら、どれだけ幸せだろう。

 ドクンと、心臓が脈打つ。

 血液は体中を巡り、力なく萎んでいた胃にも血を送る。
 急速に膨らむ胃が空気を吸い込み、空である事に抗議の音を鳴らした。

黒子(腹の虫が……騒いでいますの)

 黒子は飢餓感を堪え、しかし微笑む。
 まるで孕んだ子を慈しむ母のように腹を撫でると、思い切って四肢に力を込めた。

 動く。

 静かに胎動する腹の虫に呼応して、黒子の足が床を踏む。
 そして、立った。

232 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 17:34:43.03 ID:ocx/fEIo [13/23]

 立ち上がる黒子に、美琴が振り向いた。

美琴「まだ立ち上がるかぁ…… ホント、アンタのしつこさにはうんざりするわ」

黒子「わたくしは、そう簡単に大切なものを諦められるほど、物わかりが良くありませんので」

 睨み合う。
 

美琴「来なさい、《変態》さん」

    ジャッジメント
黒子「《風紀委員》ですの!」


 駆けた。
 そして、


黒子(ぶつかる!)

 高速で衝突した2つの影が、中間点で拮抗する。

 黒子の右拳を美琴が左手のカゴで受け、
 美琴の片槌を黒子が左の掌底で止める。


233 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 17:41:41.85 ID:ocx/fEIo [14/23]

 ぐ、と美琴がカゴを押し込んだ。
 黒子はそれを利用するように引き寄せ、蹴りを打ち込む。

 バックステップでそれを避け、美琴が再び跳びかかった。

 振り下ろされる両槌を捌き、逸らし、拳を放つ。
 しかしそれも返すカゴで受け止められる。
 絡めとった黒子の拳を引き寄せ、交差法気味に残ったカゴを叩きつける。
 それを黒子が受け止める。

 攻防は加速する。
 結標を破った美琴の読みに、黒子が追ていく。

 否、それは読みではなく経験。
 長い間二人で過ごしてきた歴史。
 彼女たちは今、経験に則った勘のみで攻防を続けている。

 それはまるで、信頼にも似ていた。 

 お姉さまならこう打てば、こう返す。
 黒子がこう放てば、私はこう捌く。

 美琴のカゴを、黒子が跳びすさって避けた。
 ジリ、と。互いに向かい合う。


235 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 17:58:00.97 ID:ocx/fEIo [15/23]

 限界が近づいてきていた。
 お互いもう余力は少ない。
 ならば、

黒子(次が、全力を懸けた最後の一合……)

 す、と美琴が双槌を振り上げた。

美琴「《双槌連結》……」

 カゴを重ねる。
 それは《雷神王天罰槌》の構え。
 対し、黒子も拳を握った。

 静寂。
 耳を刺すような静けさが狩場を支配する。

 気付けばこの場に立っているのは黒子と美琴の二人だけだ。
 残りの狼たちは力なくスーパーの床に身を横たえ、動かない。

 ならばこれこそが決着。
 
 次の交差で立っていた方が勝者。


236 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 18:03:51.20 ID:ocx/fEIo [16/23]

美琴「これで最後よ。砕けて散りなさい、黒子」

黒子「その鉄槌で全てを砕けるとお思いならば、まずはその幻想をぶち殺して差し上げますの」

 駆けた。
 真っ直ぐな、愚直なまでの突撃。

 回避は考えない。
 防御はあり得ない。
 全てを砕く鉄槌を、拳ひとつで打ちぬいて見せる。

 《幻想殺し》が神の奇跡も打ち消すならば、その幻想の天罰も打ち破って見せる。

 ここはセブンスマート。
 ここが《幻想殺し》の縄張りならば、優先されるのは神の奇跡でも天罰でも無く、腹の虫の加護のみ!

 踏み込み、放つ!


        イマジンブレイカー
黒子「貫け!《 幻想殺し 》ァァァァァ!!」


            ゴルディオン・ハンマー
美琴「叩き伏せろ!《雷神王天罰槌》ァァァァァ!!」



237 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 18:14:17.07 ID:ocx/fEIo [17/23]

 二つの力が再度ぶつかり、衝撃波を生む。
 ジリジリと、黒子の腕が重槌を押し込む。

 しかし、

美琴「光になれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 加速するように、槌が重くなった。

黒子(やはり、そうでしたのね!)

 《雷神王天罰槌》その威力の源は、プラスチック繊維の反発力にある。
 先述した通り、買い物カゴはたわむことで相手の攻撃を吸収し、受け止めることができる。

 しかしそれはこちらが打撃したときにも言えること、どれだけ強く打ちつけてもインパクトの瞬間に、どうしても力が逃げてしまうのだ。
 その弱点をカゴを二つ重ねることで底を補強し、全力をフルに伝えるのが《雷神王天罰槌》だ。
 

 しかしそれでは打撃の反動がモロに返って来てしまう。
 それを解決するために、美琴はインパクトの瞬間、握りを緩めるのだ。

 それにより第一のカゴがたわみ、第二のカゴを持ち手を支点にして押し出す。
 衝撃を吸収し、一瞬遅れて持ち手を握りこむ事により、第一のカゴのたわみを裏のカゴでたたき直す。
 それが吸収した衝撃をも打ち返し、さらに強力な一撃を生む。

 二段重ねの、最強の一撃。
 それ故に一瞬、相手は押し込むような感覚を得るのだ。

238 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 18:26:47.98 ID:ocx/fEIo [18/23]

黒子(そう、ならば――)

 全力が来る。
 その瞬間、黒子が左の拳を握った。

黒子(ならば、第二のインパクトが来た瞬間こそが勝機!)

 その状態ならばもうカゴはたわまない。
 つまり、

黒子(こちらの衝撃を、直に叩き込む事ができる!)

 そして、来た。
 耐える。
 押し込まれそうになる。
 だが、そうはさせない。

黒子「うおおおおおおおおおおお!!! ですの!」

           イマジンブレイカー
美琴「左手の――《 幻想殺し 》!?」

 本命の直撃を押し切り、黒子が第二の拳を放つ。


黒子「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」


 放った。

240 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/06/01(火) 18:33:37.47 ID:ocx/fEIo [19/23]

 轟音だった。
 静寂のスーパーを轟音が揺るがした。

 宙を舞うのは二つのカゴと、その持ち主。
 御坂美琴が、スーパーの狭い空を舞っていた。

美琴「かっ……はぁっ……!」

 どさりと、美琴が床に落ちる。
 遅れて、買い物カゴが床を跳ねた。

黒子「はぁ……はぁ……」

 荒い息を付き、拳を振り抜いたままの姿勢で、白井黒子は止まっていた。

 勝った。
 自分は勝ったのだ。

 思った瞬間、急速に力が抜けていくのが分かる。
 予想以上に重い攻撃に、余力を使いきってしまったのだ。


241 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 18:40:11.88 ID:ocx/fEIo [20/23]

黒子(後は……弁当を手にするだけですのに)

 耐えられず、足が崩れる感覚を得た。
 美琴と同じように、床へ倒れた。

黒子「なぜ……何故動いてくれませんの……!?」

 涙が溢れる。
 不甲斐ない自分が悔しくてしょうがない。

 自分は、愛する人を倒してまで、半額弁当を求めたと言うのに……

美琴「ねぇ、黒子」

 す、と黒子の頬に手を添える者がいた。
 美琴だ。

黒子「お姉……さま」

美琴「楽しかったねぇ、黒子。やっぱり半額弁当争奪戦は、楽しくないと……いけないねぇ」

 隣で倒れ伏す美琴が、同じように涙を流しながら、呟くように呼びかける。


242 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 18:44:23.00 ID:ocx/fEIo [21/23]

美琴「私ね、本当はアイツに倒されるつもりで来たの……」

黒子「それは……」

美琴「倒されたら、そのまま半額弁当争奪戦を引退するつもりだった」

 でも、

美琴「アイツ、居ないんだものねぇ。だから今度は、アイツの居場所を壊してやろうと思ったの」

黒子「それで、あんな事を……」

美琴「ごめんね、辛かったよね」

 目を伏せ、悔いるように涙をこぼす。

美琴「でも、黒子や結標と戦ってる間、すごく楽しかった。初めて争奪戦の事を知った時みたいに、全力で戦えた。
    私はまだここに居ていいんだって思えた」

黒子「…………」


243 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 18:49:40.55 ID:ocx/fEIo [22/23]

美琴「勝ちたいと、そう思えたの。でも、負けちゃった……」

 だから、

美琴「立って、黒子。半額弁当を手にするのは、貴女なんだから」

黒子「お姉さま……」

 歯をくいしばる。
 涙をぬぐい、足に力を込める。

 立った。
 黒子が立った。

 しかし、それすらも全力だ。
 今にも倒れそうな足取りで黒子は徐々に弁当コーナーへと近づき、そして、ワゴンの淵に手をかける。
 手を伸ばす。
 ビニールパックされたパッケージに触れる。

 キュと音をたてる弁当を撫で、

黒子「お腹が……空きましたの」

 掴んだ。

黒子「やりましたの……わたくし、やりましたわお姉さま」

 掴んだ弁当を掲げるようにして、振り向く。
 愛する人へ、打ち倒した敵へ、勝利を告げるため。

黒子「おねえ……さま?」


 だがそこに、御坂美琴の姿は無かった。


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