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一方通行「帰ンぞ 欠陥電気」

598 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:18:30.08 ID:xEFUd0co [1/47]
>>512の続き






何かしらの倉庫だと思われるだだっ広い空間。
薄暗い無機質なつくりの室内に、上条とインデックスはいた。
二人の体には粗末な毛布が掛けられているが、寒いのか二人とも体を丸め寝息を立てていた。

「…………んー、もうお腹いっぱいかも……」

定番の寝言をインデックスがこぼした所で、ツンツン頭の少年は目を覚ます。

「……………んぁ…」

上条は体を起こすと、顔を顰め自身の首筋をさする。
違和感があるのか痛みがあるのか、なんだこれ、と呟きふと辺りを見回す。

「……」

沈黙。
気のせいだろうか。彼の額には大粒の汗がにじみ出ていた。
目を瞑り額に指を押し付け、上条は悪い頭を動かしたどたどしく記憶を辿る。
呼称がビリビリに決まった少女と別れた後に、インデックスの強請りに屈しスーパーに寄ったあと家に戻って――――
(……ん? いや、まてまて。家に戻った……ような、そうでないような)
記憶が曖昧である。
家に戻ったような、戻っていないような……記憶が定かでない。

「いや……、そうじゃねえよな」

そこは重要じゃない。
察しの悪い上条も流石に気付いた。もっと根本的かつ重大な問題が目の前に大きく立ちはだかっていることに。 
つまり即ちようするに、ここは―――――

「どこだよっ!?」

「……んもー、とうまぁうるさーい…」

上条の叫びにインデックスが非難の声をあげ、

「……………………おやすみ」

また寝た。



599 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:20:03.85 ID:xEFUd0co [2/47]



「イ、インデックス!?」

それは純粋な驚きだった。
こういった突発的かつ不幸チックなイベントは上条の十八番であり、いつだって大抵そこには自分一人しかいない。
こんな明らかに胡散臭い場所に押し込められるような、寂寥感漂う不幸体験にインデックスは相応しくないと上条は思った。
まあこの白い少女も大概なトラブルメーカーなので、似たようなものだが。

「インデックス! 起きろおい!」

「……うー、朝からうるさいかも。朝はシスターにとって大切かつ重要
 神聖にして厳粛な礼拝の時間なんだよ…もうちょっと静かに……すぅ」

「祈ってねーしっ!!」

朝はジャムをたっぷり塗ったトーストがいいな、とか寝言をほざくインデックスに絶叫で返す上条。
朝食どころじゃないし。自宅ですらないし。ここがどこかも不明だし。そもそも今が何時かもわからんし。
っていうか、これ普通にやばくね? と上条は騒ぎ立てる。
彼の絶叫は実に的を得ていた。
朝飯どころか飲料水の確保すら怪しい、どこまでも無機質で陰鬱とした室内。
まともな光源すらなく、どこから漏れているのか判別もできない程度の光しかない。
インデックスが黒い修道服を着ていたら、上条はどこに彼女が居るのかも分からないだろう。

「ううう、なんつー不幸だ……。まあでも、こんな所に一人で押し込められるよりはマシか……」

流石の上条も、自分の声が反響して返ってくるような広く暗い空間に一人で居ることは耐え難い苦痛だ。
なんというか、普通に怖い。
夜の学校の体育館みたいで不気味過ぎると、身も蓋もない感想を上条は抱いていた。夜の体育館など入ったことないが。
だが、この考えがすぐに間違いであったと彼は気付く。
本当に恐ろしいのは食料がないことに気付いた、飢えた獣なのだと。





600 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:21:38.18 ID:xEFUd0co [3/47]







「…………っ」

顔を照らす光に気が付き、眩しそうにゆっくりと瞼を持ち上げる。
目が慣れていないせいだろうか、想像以上に鬱陶しい日差しに顔を顰めながら体を起こした。
そこで腕や足に鈍痛が走る。寝惚けた頭に丁度いいくらいの傷みが。
不意に、腕に包帯が巻いてあることに気付いた。
包帯は不恰好に巻いてあり、今やよれよれになっていてその意味を成していなかった。
特にそのことに気を止めることなく、億劫そうに顔を上げ辺りを見回す。

「……」

昨日散々暴れまわって破壊した部屋は、多少だがマシな状況になっていた。
散乱していたガラスや砕け散った欠片などは片付けられており、ぽっかりと空いた窓枠にはダンボールが貼り付けられている。
足のなくなった椅子や粗大ゴミに分類される大物は部屋の隅によけられ、生活スペースはしっかり確保してあった。
打ち止めが一人で遅くまで片づけたのだろう。
もう痛みを感じない筈のくすんだ灰色の心が、少しだけ痛んだ。

一瞬。ほんの一瞬だけ眉を顰めると、一方通行はそのまま力を抜いてソファーに体重を預ける。
ソファーに座るわけでなく、昨日打ち止めに引き摺られた格好のまま背を預け目を瞑った。
打ち止めはまだ寝ているのだろうか。部屋には物音一つなく、どこか淀んだ空気が沈み込んでいるような気がした。
(……)
自分は薄情な奴だと一方通行は思った。ただ、そう思った。
胸の痛みも、尽きる事のなかった怒りも、自身を深く呪った悔恨も全てなくなってしまった。
平然と欠陥電気のことをテレビを眺めるように思い出し、あの光景を目に浮かべることが出来る。
そして、何も感じない。小波一つすら起きない。
まるで生きながら死んでいるようだと、淡々とそんな感想を抱いた。
ぽっかりと穴が空いているわけじゃない。バラバラに砕け散ったわけでもない。
薄くこびり付くような濁った白に塗りつぶされている。そんな感じだ。
欠陥電気と別れてまだ一日しか経っていないというのに、一方通行にはもう大昔のことのように思えた。

「……」

昨日から何も喉を通していないのに、乾きも飢えも感じない。
呼吸だけ繰り返せば死んだように生きていけると、おかしな錯覚さえ覚える。
自分は今正しく死んでいないだけなのだろうと、どうでもいい結論を下した。
下らない結論ではない。どうでもいい結論なのだ。何もかもがどうでもいい。何がどうなろうが、どうでもよかった。
関心が持てず、やる気がでない。生きることに。
一方通行はそれきり何も考えず、部屋を満たす濁った沈黙に身を委ねた。





601 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:22:12.70 ID:xEFUd0co [4/47]






朝もやや遅い時間、打ち止めはスーパーの袋を両手に抱え階段を上がっていた。
一歩段を上がるたびに手にビニールが食い込む。地味に痛く辛い。その上重い。
二日前に欠陥電気が買ったものはとうに無くなっていた。無駄なものを買わず、夕食の材料分しか買っていなかったのだ。
打ち止めは、2リットルのペットボトルや冷凍食品を大量に買い込み家へと戻る。

「……か、買いすぎたかも、ってミサカはミサカは自分の体力を計算してなかったことを後悔してみたり……」

階段が、階段が、とうわ言のように呟きながらも打ち止めは足を動かし続けた。
一方通行が待つ家はもう少し。待っているかはかなり微妙だが、それでも打ち止めは一方通行の居る家へと歩を進める。
秋の柔らかい日差しが辺りを照らし、憂鬱な気分を洗い流すように心地よい風が流れた。

「……ふぅ」

階段をようやく登りきり、打ち止めは一旦足をとめ荷物を下ろす。手が尋常じゃなく痛い。
廊下に置いたビニールを傾いて中身がこぼれないように慎重に手を離し、掌を眺めた。
食い込んだ箇所がしっかりと跡になっており、ジクジクと痛む。
この程度の痛さで根を上げるなんて情けないと、打ち止めはやや翳りのある表情で笑った。
(ミサカは頑張らなきゃ、ずるいもんね……)
打ち止めは、昨晩遅くまで一人で片付け続け、その後に思いっきり泣いた。
声を押し殺し涙が枯れるまで泣き続けた。そして泣き疲れいつの間にか寝てしまっていた。
遅くに寝たわりに早く目が覚め、きょとん、と自分の心が少しだけ軽くなっていることに打ち止めは気付く。
泣いて寝て起きたらさっぱりする。そんな分かり易すぎる自分の単純な心が恨めしく、心強かった。
そして、欠陥電気のことを少しだけ考えると、頭を思い切り振って思考を止める。
今それを考えても仕方ないと自分に言い聞かせ、下ろした荷物を手に持ち歩き始める。

ドアの前まで来ると、一泊置いてドアを思い切り開け放ち、

「たっだいまー! ってミサカはミサカはまだ寝てると思われる一方通行を無視してミサカの帰りを全力で告げてみたり!」

靴を投げるように脱いでドタドタと騒がしく廊下を歩く。
廊下を挟む壁にビニールを擦るようしてゴリゴリとリビングまで行くと、ひび割れの目立つテーブルに荷物を置いた。
部屋は自分が片付けて家を出てから何一つ変わっていない。




602 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:22:40.84 ID:xEFUd0co [5/47]




「……、……ただいま、一方通行」

打ち止めは昨日のままソファーに背を預け目を瞑り眠っているであろう一方通行に、小さく呟く。
悲しそうに優しい笑みを浮かべて。
そのまま十数秒ほど一方通行の顔を眺めると、ビニールの中の冷凍食品のことを思い出し、慌てて冷凍庫に放り込む。
ペットボトルは冷蔵庫。冷凍チャーハンは冷凍庫。何となく買ったトマトは野菜室。お菓子は冷蔵庫の隣の棚。
あっという間にビニールの中身は空になってしまい、打ち止めはすることがなくなった。
ぺしゃんこに潰れたビニールを前にしばし呆然とし、どうしようかと考える。
朝は食べていない。まだお昼には早い。そこまで考えて、そもそもお腹が減っていないことに気付いた。
いつもなら欠陥電気に強請ってご飯を作ってもらうのだが…、どうやら自分はそれなりに繊細なのだと考え納得する。
打ち止めはキッチンを後にし、やや頼りない足取りでリビングまで行くと一方通行の近くに座り込む。

「……」

一方通行はとても安らいだ自然な顔で寝ていた。
眉間に皺もよっていない。口元が嫌な感じに歪んでいない。顔の筋肉が変に強張っていない。
静かに小さく寝息を立てている。

「……っ」

打ち止めは唇を噛み締め、肩を震わせて俯く。
変な話だが、打ち止めは嬉しかった。今だけは全てを忘れ安穏としている一方通行が、とても嬉しかった。
あのとき、傷ついて暴れまわった後の一方通行はまるで死んでいるようだった。
あの夜抱きしめた一方通行は、錆びて朽ち果てた金属のように冷たく拒絶の空気を纏っていたから。
もう前みたいに笑えなくてもいい。陽気な日向を歩くような日々までは望まない。
ただ、こうして一緒に居られるだけでいい。
だから、愚かで罪深い自分には不釣合いな眩しすぎる願いなのかもしれいが、一方通行の横に居させて欲しいと願った。
ずっと。ずっとこうしていたいと、心から思った。





603 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:23:47.04 ID:xEFUd0co [6/47]



流れる水のような深いまどろみの中、僅かだが違和感を感じた。
はっきりとしない夢のような薄い世界で、微かに感じた。
おぼろげな意識を少しだけそちらへ傾けると、儚いが確かに感じる。
感覚は次第に強くなり、時折揺れ動く。
意識を向けても離れるときは、離れてしまう。
だが、不意に強く感じるときもある。
思い通りにならないその感覚に悪態をつきながらも、引っ張れるだけ引っ張った。
どうやったのかは自分でもよく分からないが、感覚は安定して落ち着いた。
そして、その心地よい感覚を感じながら意識を落とそうとして唐突に世界が閉じてしまった。

「……………………あン?」

誰にともなくそう呟くと、一方通行は眠たそうに瞼を持ち上げ首筋をポリポリと掻いた。
なにがどうなっているのかよく分からないが、寝惚けていたようだ。
不意に左腕に違和感を感じ、目を向ける。

「……、…すぅ」

打ち止めが自分にもたれ掛かりながら寝ていた。
引っ張ったモノの正体は、打ち止めのようだ。左腕でヘッドロックするように抱きしめていた。
(……こいつか)
口を間抜けに開けて寝息を立てている。
顔をよく見てみると目元に涙の跡があった。

――――ざわめく。

「……っ」

頬には痣があった。

――――濁った白が砕け落ちた

涙の粒をこぼさないまま、笑みを浮かべ寝ている。

――――落ちた欠片は波紋となる

腕には痣があり、擦り切れた跡が残っている。

――――波紋は大きな波になり

それでも打ち止めは、笑っている。

――――気付かないまま腕に力が入った。

「――ッ」


604 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:24:21.21 ID:xEFUd0co [7/47]



奥歯を強く、噛み締めた。
意識ははっきりと覚醒し、霞がかっていた世界に色が戻り黒い衝動が甦る。
忘れていた。投げ捨てていた。見ない振りをしていたかけがえのない存在に、一方通行はようやく気付いた。
(……なにやってやがンだ俺は)
ガキか。と胸中で吐き捨て顔を顰める。
結局全部自分の仕出かしたことだ。あの最悪な結末も最低な別れも。
だというのに感情に振り回され、無様に暴れまわって終いには悲劇の主人公気取り。

「……ちィ」

我ながら吐き気が催すクズっぷりだと、一方通行は自身を罵る。
悪党が聞いて呆れると。
守るべき存在はここに在る。欠陥電気を切り捨ててまで守ると決めた存在が、ここに居るのだ。
(……とンだ道化だ、クソがッ)
自分がどれだけのクズでも。どんな理由があろうが打ち止めを守ると決めた。
欠陥電気を切り捨てた。欠陥電気をズタズタに引き裂いた。自分はもう本当にどうしようもない所まで来ている。
だがそれとこれは関係がないのだ。

(……クソガキは、守る)

妹達を一万人ぶっ殺し、自分の仕出かしたことの重大さに気付いたときに、もうこれ以上堕ちることはないと思っていた。
自分は行き着くところまで行き着いたクズだと認識していた。だがそれは違った。
行き着いた果てすらも、軽く突き抜けるクズだと思い知らされた。
ガキで。自己中心的で。我侭で。クソで。クソ過ぎて付ける薬など何処にも存在しないクズだ。
ただ殺すだけじゃ飽き足らず、ズタズタに引き裂いて好き勝手に汚した。
(ああ、そうだクソッたれ…)
それでも打ち止めは守る。打ち止めはを守ることにテメェの事情は関係ない。
勝手に諦めるな。勝手に投げ捨てるな。勝手に終らせるな。どうでもよくなんかない。いい筈がないのだ。

「クソったれが……」

一方通行は、小さく強く呟く。
まだ終ってなんかいない。終りなんかある筈がない。打ち止めを守り通すのだから、終わりなんてない。

「………っ」

舌打ちし、懺悔するように天井を仰ぎ見る。
顔を思い切り顰め、睨みつけるように強く視線を叩き付けた。誤魔化すように。憎むように。忘れるように。
どす黒い感情が涌くと同時に、戻ってきてしまったから。
どうしようもないことだと。どうにもならないことだと。分かりきっているのに考えてしまったから。




605 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:25:53.02 ID:xEFUd0co [8/47]


「……、一方、通行?」

自分を呼ぶ声が聞こえた。
小さく、どこか夢うつつな儚げな響きが。

「………ンだよ、クソガキ」

一方通行は、重く痛みを伴った言葉で返した。
後ろめたさと中途半端な気持ちが混じったままの声で。

「……っ」

息を呑む。
返事が返ってくるとは思っていなかったのだろう。
打ち止めの目は見開かれ、体は固まり一方通行の顔を凝視している。
一方通行はその様子を気に留めることなく、面倒くさそうに顔を俯かせた。眉間に皺を寄せ歪めたまま。
打ち止めはそんな一方通行に何かを言おうと口を開くが、躊躇って言葉にならないまま悲しそうに口を閉じる。
一体どんな言葉を掛ければいいのだろうか。どうすれば彼の心は少しでも軽くなるのだろうか。そんなことばかり考えるが答えは出ない。
当たり前だ。自分が何を言っても何の説得力もなければ。そこに心もない。薄っぺらい隙間だらけの言葉に何の意味があるのだろう。
そこを自覚しているからこそ、打ち止めには何を言えばいいのか分からなかった。

沈黙が続く。
動き出した筈の時間は、また止まってしまったかのように二人は身動き一つしなかった。
そんなときだ、停止した時を無遠慮にぶち壊す音が響いたのは。
何の前触れもなく、ギイ、と耳に突き刺さるように金属が擦れる音が聞こえたのは。

「……っ」

その音に、ビクリ、と肩を震わせる打ち止め。
この家に入ってくる者など居ない。自分と一方通行がここに居て、もう一人の同居人はどこかへ行ってしまったのだから。
ギシギシ、と廊下を軋ませながらリビングへと足音は向かってくる。
少しの期待と恐怖、それと戸惑いを抱いて足音の主を確認するべく打ち止めは廊下へ目を向けた。
一方通行は表情一つ変えず、何も考えていないようにただ待った。
そして足音の主はリビングへと顔を出し言い放った。


「―――――――――――よぉ、一方通行」




606 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:27:40.48 ID:xEFUd0co [9/47]







この倉庫のような場所に押し込められてどれだけ時間が経ったのだろうか。
室内には時計など時間の分かるものが一切なく、手元に携帯もない。
上条には一体どれだけこの場所にいるのか見当がつかなかった。
腹時計でも参考にすべきかと考えたが、生憎と上条には腹の減り具合から時間経過を判断するスキルは持ち合わせていない。
同居人の少女、インデックスの場合だとなおさらだ。
仮にインデックスの腹時計を当てにしたとすれば、途轍もない時間ここに居ることになる。具体的には考えたくもない。
上条はため息をつきながら、何やら騒がしく動くインデックスに目を向ける。

相変わらず薄暗く5m先もはっきりと見えないような空間で、インデックスは逞しかった。
逞しいというのは、少々御幣がある。インデックスは平然と普段と変わらない生活を送っていた。
むしろ、彼女にとっては普段よりも快適な生活空間なのかもしれない。
テレビも、本も、暇を潰すものなど一切なかったが、ここには十分な食料があったから。
何故かとか、どうしてか、とかそんな疑問を感じることなく上条の制止を振り切り餓死寸前故の本能のままに食料にインデックスは口をつけた。
空腹のスパイスは完璧で美味しかった。
まあ理由はそれだけでなく、いつもどこかへ行ってしまう上条と一緒に居られることもあったのかもしれない。
暇で手持ち無沙汰な上条はインデックスと話すことでしか、持て余す時間を処理できなかったのだから。
インデックスとしても、そろそろこの薄暗い部屋に押し込められるのは我慢の限界ではあったのだが、
こういった種類の忍耐力は上条より一枚上手であり、不平不満を零す上条の愚痴に付き合ってたりもした。



607 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:28:36.83 ID:xEFUd0co [10/47]




「……はぁ」

また深いため息を吐く。
(また、無断欠席かよ……)
そんなことを考えながら、上条はさめざめと涙を流しつつ肩を落とし全身で負のオーラを発していた。
暗がりでインデックスには上条の表情までよく見えなかったが、また落ち込んでるなとすぐに分かり声を掛ける。

「とうま、また落ち込んでるの? どれだけ深刻になっても現実は何一つ変わらないよ?」

「……、ここでそれを言うなよ……」

明らかに使いどころが違うだろ、と上条は内心で毒づく。
インデックスはそんな上条に、やれやれとお決まりのポーズで首を振り、

「この程度の苦行なんて、バラモン教のヴェーダ聖典に記されている修行とか
 派生から分派って感じに木っ端なマイナー宗教の儀式に比べれば何てことないんだよ」

比較対象がどうなんだよ、という突っ込みを喉元で飲み込む上条。
どこまでもちぐはぐな会話を繰り広げる二人だった。

まるで生産性の会話に疲れた上条はゴロンと横になる。
インデックスは運がいいのか悪いのか、一緒にこの倉庫に押し込められた第二の相棒と戯れ始めた。
スフィンクスのにゃー、という鳴き声をBGMにして上条は見えない天上をボーっと眺める。
(あいつ、なに考えてんだ?)
上条は、まだ本当のところの正体を掴めていないのだろうか、と自嘲的に考え笑った。
この行動の真意も。この行動の意味も。この行動の動機もまるで分からないが、信じてしまっているから。
ただ、少しはあいつのこと分かっているつもりなのだが、一体全体どういうことなのか分からないと、苦笑に切り替えた。
もっとも、突然倉庫に閉じ込められる理由なんてものが分かる人間がいたら、相当アレな存在であることに違いない。
(……土御門、どうしてこんなことしたんだよ?)
級友であり、隣人であり、上条の親友である魔術師、土御門元春。
上条は、ここにはいない土御門に胸中で疑問を投げかけ一人ごちた。






608 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:31:00.10 ID:xEFUd0co [11/47]






寝っ転がって一寸先の闇を眺め続ける上条が姿勢を変えること四回。
猫の相棒と楽しそうに戯れるインデックスが、その名を呼ぶこと十七回。
その猫のスフィンクスの鳴き声が3桁の大台に達しようかとした、その時。
薄暗く気が滅入るばかりの部屋に、妙に軽薄で陽気な声が響いた。
ああようやく来やがったか、とか。
ふざけんなマジふざけんな、とか。
どうしてそんなに嬉しそうなんだよ、とか。
この行き場のない憤りをどうしてくれる、とか。
進級できなかったらマジ殺す、とか。
震える拳を握り締め、沸騰する熱で世界がどうにかなってしまいそうだと、上条はどす黒い感情を持て余しつつ、
感情で人が殺せたらどれだけ素晴らしいだろう、とか本気で考えていた。

『うにゃーっ! カミやーん、元気にしていたかなー?』

久々に土御門さん参上だぜい、惨状だけに、とか訳の分からないことを口走るやかましい男、土御門。
5m先も見えない暗闇の中で無駄にハイテンションなその声は、無秩序なまでに反響し耳に突き刺さる。
うー、と唸りながら耳を押さえへたり込むインデックスの横で、スフィンクスもその猫耳を前足で器用に押さえ参っていた。

「うるせー! ちっと音量下げろっ!! 十分過ぎるくらい聞こえてんだよっ!!」

青筋を立てつつ上条は声に対して怒鳴り返す。
そんな彼も十分うるさかった。

『おっと、これは失礼。あー、あー、マイクのテスト中……、よし、これでバッチリだぜい!』

マイクの音量を下げたのか、スピーカーから聞こえると思われる声量は割と静かになった。
だが、依然としてハウリングは収まらず、部屋を縦横無尽に駆け巡る声のせいでスピーカーの位置の特定不可能。
見つけたところでどうしようもないのだが。
なにがバッチリなんだよ、と胸中で毒づきつつ青筋を一つ増やした上条は、怒気を押さえ極力冷静に言った。
震える拳はそのままで。

「……で、だ、つい数十時間前にも聞いたがこれは一体全体どういった冗談なんでしょうか土御門さん? 
 上条さんにはこういった仕打ちをうける心当たりは、全く持ってないのですが」



609 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:32:31.39 ID:xEFUd0co [12/47]



閉じ込められて早数十時間。何日経ったのか見当もつかない。
上条がここに閉じ込められていると気付いてから数時間後に、声が聞こえた。声の主は当然土御門だ。
そのときは食料と水の位置だとか、危険はないから安心しろだとか、
わざとらし過ぎるピントの外れた答えばかりで、欲しい回答を得られなかったのだが今回は違ったようで、

『え? いや、冗談じゃなくて、割とマジなんだが……』

と、言葉が返ってきた。マジな雰囲気で。

「ふ」

『ふ?』

余程いい集音装置でもあるのだろう。
上条が小さくこぼした言葉の切れ端も綺麗に拾っていく。

「ふっざけんなっ!! マジなら尚のことタチが悪いわっ!!」

青筋をさらに三つに増やし、うがーと怒り狂う上条。
彼の怒りは正当性があり。彼の考えは実に真っ当である。
インデックスとスフィンクスは、暗がりでよく見えないものの無駄に存在感のある二人に呆れつつ耳を閉じ事態が収拾するのをひたすら待った。

『まーまー、その変の事情は置いといて』

「置いとけるか!」

『えー、もう過ぎたことじゃないかカミやん。過ぎたるは及ばざるがごとし、とも言うぜい?』

「意味が違うっつーのっ!!」

うお、カミやんの癖に…、などと反省の色が全く見えない土御門。彼は今、非常に楽しかった。
正義の味方を根城の鉄格子に押し込め高笑いする悪党が如く所業。そんなポジションが絶妙に心地よかったりしたのだ。
主人公ではなくダークな悪役に嵌る、そんな微妙に捻くれた願望を抱く。土御門元春は人よりやや遅い中二病を謳歌いていた。




611 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:34:05.51 ID:xEFUd0co [13/47]





『――――とまあ、冗談はさておき……、聞くか? カミやん』

突然雰囲気を変える土御門。
声は冷たく低く、先程まであった陽気さは影も形もなくなっていた。
思わず突っ込みそうになった上条は、その言葉を飲み込み喉を鳴らした。
土御門の変化に気付いたから。
今この瞬間から上条の親友の土御門は、魔術師の土御門となった。

室内は静まり返り、どこからか垂れ落ちている水滴の床を打つ音だけが響く。
上条は意識を切り替え、小さく発した。

「……ああ、今度はなんだよ」

『んじゃあ、単刀直入に言うぜい? ――――欠陥電気。この言葉に心当たりはあるか?』

「――ッ」

上条は予想外の言葉に息を呑んだ。
土御門が持ってくる話は魔術絡みのことばかりだと考えていたのだ。
それが当然だと、なんの疑問も持っていなかった。
現に科学側の事件を土御門が上条に持ってきたことはなかったのだから。
じりじりと湧き上がってくる焦燥を無視し、上条は言った。

「……ビリビリが、どうしたっていうんだよ」

『ふん、超電磁砲の記憶を持つ複製のことを『ビリビリ』と呼んでいるなら、その通りだ』

土御門は調子を変えず淡々と言葉を紡ぐ。
嫌な予感が拭えない。
上条は口を閉じ、土御門の言葉を待った。

『カミやん、結論から先に言うぞ?」

と前置きし、土御門は言った。


『――――あの実験は終ってなどいない。むしろ、すでに再開している』






612 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:35:29.00 ID:xEFUd0co [14/47]



は? と上条は思わず呟いた。
土御門の言葉の意味が理解できなかった。土御門からその言葉が出る意味が理解できなかった。
実験?
再開?
どれも上条にとってありえない。あってはいけない言葉だ。
欠陥電気自身がそれを否定していたのだ。
一方通行の手によって潰されたのだと。
あの夜、欠陥電気と再開したあの時に全てを話してくれた。
上条はそう信じていた。そうだ。だからこそ、
(そんなことあるわけが――――)

『あいつは妹達の一人で『御坂美琴』、お前の記憶を持ってるんだよ。
 いや、記憶だけじゃねえ。性格も仕草もケンカ腰なところも無理しちまうところまでそっくりだ』

刹那。
ほんのつい最近、自身が言った言葉が脳裏にフラッシュバックする。

――――無理しちまうところまでそっくりだ

(――――ッ)
隠していた。
欠陥電気はまだ上条に何かを隠していた。
美琴に、黒子に、実験の内容を黙っていたように、上条にもなにか隠していた可能性はないとは言い切れない。
悲惨で凄惨で救いのない過去を話すのは、美琴、黒子にとって何の救いにもならないから話さなかった。
ならば、その過去すら話した上条に何を隠していたのだ。
(あ、あいつ……っ)
理不尽な現実に上条を巻き込みたくないと思った欠陥電気は、何を隠した。

「――――、土御門っ!! 今すぐここから出せっ!!」

気が付いたら上条は叫んでいた。
土御門の言葉には証拠がない。確証がない。
ただの言葉に過ぎない。
だが、嫌な予感はそんな気休めな事実では拭えなかった。

『慌てるなよ、まだ話は終っていない』

「ざっけんなっ!! 時間が惜しいんだよ、いいからさっさと出しやがれっ!! 早くあいつのところに俺を――――」

――――違う。そうじゃないと頭の片隅にある理性が囁く。
前提が違う。考えが間違っている。どこかちぐはぐしている。妙な違和感が頭に付き纏う。
それが何なのか上条には分からない。分かりたくない。少し考えて否定する。そんな馬鹿げたことがあるわけがないと。
しかし一度考えてしまったら、止まらない。どんどんと意思とは関係なく思考は連鎖する。
土御門は、どうしてかそのことを知っていて、どうして自分をここへ閉じ込めたのかと。



613 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:37:43.66 ID:xEFUd0co [15/47]


「……、土御門、お前まさか……」

『ああ、気が付いたか。話が早くて助かる』

平然と、肯定した。
その肯定は上条の想像が現実だと意味する。
土御門は欠陥電気に訪れた危機を知っていて、上条をここに閉じ込めた。
陥電気を助けるであろう上条を閉じ込め、欠陥電気をあの地獄に叩き落した。
事態を把握していて放置したのだ。直接的でないにしろ、最悪な形で。

「テ、テメェ……ッ」

土御門は、決して悪い奴ではない。
そう。悪い奴ではない。
善良には程遠いのかもしれない。だが、無闇やたらに人を傷つけたり陥れることは絶対にしない。
目的の為なら犠牲は厭わない。手段は選ばず邪魔者は排除する。
しかし、無駄な犠牲は作らない、選ぶ手段はいつだって苦悩の末の最善なのだ。
だからこそ上条は土御門の親友でいられる。
それだけは断言できる。
こんな方法をとったのは、何かしら事情がある筈だ。
譲れない。仕方のない。どうしようもない絶対的な理由がある筈なのだ。
だが、それが何だというのだ。
そんな細かい事情はどうでもいい。知ったことじゃない。
欠陥電気が危機にある。それが全てでそれで理由は十全だった。

「がぁぁぁあああああああああああああっ!!」

雄たけびを上げ、暗がりの中を全力で走りぬけ鋼鉄の扉をぶん殴る。
扉の位置はすでに把握していた。薄暗い部屋を散策する時間は余るほどあったのだから。
(クソッ)
嫌な感触が拳に走る。血は、でているだろう。下手をしたら骨を折ったのかもしれない。
だが、そんなことで止まるわけにはいかないのだ。

「ここ、から、出しやがれっ!!」

ドン、と鈍く金属が振動する音を立てるが、壊れるどころか凹むことすらない。
それでも上条はしつこく殴り続ける。
激痛が上条の頭にやめろと訴えるが、その全てを押し退け拳を振るう。
最早手の感覚はなくなり、拳を握っているのかどうかすら分からない。けれど止まらない。止まれる筈がない。

『無駄だ、やめとけよカミやん』

実験が始まったということは、また記憶が上書きされるということだ。
何度も何度も壊れて絶望した少女の過去を、なぞるように繰り返すこと他ならない。
そんな理不尽を認めるわけにはいかない。
そんな終りは断じて認めない。それこそが、上条当麻という人間なのだから。




614 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:40:19.81 ID:xEFUd0co [16/47]


「開けろ! 開けろ! 開けやがれっ!!」

休むことなく鋼鉄を揺らす鈍い音が薄暗い空間に響き続ける。
どれだけ拳を打ち付けても、どれ程力を籠めてもビクともしない。
その分厚い鋼鉄に変化があるとしたら、唯一こびり付くような赤いシミが空しく広がるだけだった。
上条は絶叫とともにボロボロになった拳を振るうが、その一撃は痛々しい血飛沫によって扉を滑り、
そのままもたれ掛かる様にしてズルズルと地面へとへたり込んだ。

「……、土御門…開けてくれ……っ」

喉の奥から零れた言葉は、血を搾り出すような声だった。

「とうま……」

床に座り込むようにして血で滲んだ拳を力なく叩きつける上条をインデックスは背中から抱きしめ、言った。
この場に居ないであろう土御門を睨むように、虚空に視線を向けて。

「まだ、話は終っていないんでしょ? 最後まで言って」

『……禁書目録か』

「つまらないことだったら、絶対に許さないから」

だろうな、と土御門の小さな呟きが響き渡る。
一拍置いて、土御門は話しを始めた。
冷めた口調とは裏腹に、どこか悪戯の見つかって苦笑いを浮かべる子供のような響きを持って。




615 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:41:11.81 ID:xEFUd0co [17/47]


『なぁ、カミやん。覚えているか? あの台詞を。『御使堕し』のときに言ったあの言葉を』

『御使堕し』、土御門の魔術によって魔方陣を吹き飛ばし終らせた事件。
上条の父、上条刀夜のおみやげによって奇跡的にも偶然発動してしまった魔術。『御使堕し』
その事件の終り際に、土御門が上条に言った。
こんな台詞を吐く上条だからこそ、土御門は守るのだと。

――――誰かが犠牲にならなきゃいけないなんて残酷な法則があるなら、まずそんなふざけた幻想をぶち殺す

そうだ。この台詞だ。
あれには痺れた。

『それと、こんなことも言ったらしいな。『誰もが笑って、誰もが望む最高なハッピーエンド』、実にカミやんらしい言葉だ。本当に』

息を呑む上条。
上条にはその言葉に覚えがなかった。
インデックスを救ったときに記憶を失くしてしまっていたから。
インデックスも初めて聞いた言葉だった。
上条がこの台詞を言ったとき、彼女の意識はなかったのだから。
でも土御門は知っていた。その場に居ない彼だけはその言葉を知っていた。
彼がこれを知った経緯は単なる偶然。話の種の一つ、それだけだ。
『御使堕し』のときに愚痴を吐くように神裂が言い、そして知ったのだ。土御門は笑った。カミやんらしいと。

『誰もが笑って誰もが望む展開、そんな結末は理想だろう。オレもそう思うよ、カミやん』

だが、と土御門は区切る。

『もし仮に、誰もが笑って誰もが望む最高のハッピーエンドのために
 誰かが苦しんで、誰かが痛い思いをしなければならなかったとしたら?
 誰かが犠牲にならなければならないとしたら、どうする?』




616 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:42:13.67 ID:xEFUd0co [18/47]







「―――――――――――よぉ、一方通行」

足音の主、金髪の男は言った。

「――ッ」

違った。
足音の主は、欠陥電気ではなかった。
(……だ、れ?)
打ち止めは正体不明の不穏な雰囲気を発する男に視線を合わせたまま、右手でギュッ、と一方通行の服を掴む。
まるで見覚えのない。見たこともない男だった。ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、平然と現れた金髪の男。
打ち止めは男の鋭利な刃を思わせる空気が恐ろしく、一方通行の影に隠れるように体を小さくした。

「なんだ、返事もなしか。聞いている話と随分と違うな。……いや、違ったな腑抜けたんだったな」

金髪の男はつまらなそうに、

「クズは所詮クズか」

見下すように、言った。

「――ッ」

その言葉に我慢が出来なかった。
許せない。このまま黙っておくことなど出来ないと、
金髪の男に食って掛かったのは、打ち止めだった。

「違う! この人は、そんなんじゃない! 絶対に違うって、ミサカはミサカは断言するっ!!」

思わぬ方向からの言葉に金髪の男は一瞬眉を顰めるが、今度は楽しそうな顔をして言い放った。

「それで、だったらどうする?」

試すように吐き捨て、打ち止めを挑発する。
奥歯を強く噛み、金髪の男を持てる限りの力で睨みつける打ち止め。

「ミサカは―――」

打ち止めが言葉を言い切る前に、腕が翳された。
翳された左腕は遮るように、守るように打ち止めのと男に割ってはいる。



617 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:43:41.63 ID:xEFUd0co [19/47]



「……殺すぞ?」

ゾっとするような底冷えする声で、一方通行はぽつりと言った。
それは最終通告であり、逆らうことの許されない絶対者の言葉だった。
一方通行は気だるそうに顔を持ち上げ、金髪の男を見据える。
金髪の男はチンピラのようなふざけた格好をしているが、見た目にとは裏腹に一方通行に動じることなく視線を返した。
淡々と冷徹に金髪の男を見据える一方通行。
そんな一方通行を平然と見下ろす金髪の男。
部屋に緊張が走る。
永遠に続くかと思われた時間はいとも簡単に終った。金髪の男がおかしそうに鼻を鳴らし口を開いたのだ。

「別に殺り合うつもりはない。礼を言いに来ただけだ」

男の妙な物言いに疑問を抱いたが、表面には一切出さず一方通行は無言で返す。

「なんだ、分からないのか」

呆れたように金髪の男は言った。
さも当然と言わんばかりに、一方通行が言葉の意味を理解していないことを言い当てた。

「……なに言ってやがンだオマエ」

男の要領の得ない言葉に苛立たしげに口を開く。
一方通行にもこの男は見覚えがなかった。
似たような男達ならば最近よく見掛けたが、そいつ等と関係ある人間だとは思えない。
連中はもうここへ来る必要もなければ、そもそも自分の所へ好き好んで来る筈がないのだ。
まして礼などと――――


「――――回収した上に保管していてくれただろう?」


ゾクリと身が震えた。
その言葉の意味が瞬時に理解できたから。
声を脳が認識した瞬間に把握できたから。
この金髪の男は。目の前のふざけた格好の男は。ニヤけ面をして言ったクソ野朗の正体は判明した。
信じ難いことに、この男はのこのこと自分のところまでやってきたようだ。本当に本気で下らない用件を済ますためだけに。
そして理解する。成る程どうやら自分は舐められているのだと。
無能力者に負け。能力に制限を背負い。道化を演じ無様に手放した。
――――だからどうした。
ああいいだろう。なら分からせてやる。自分が一体どういった存在なのか。どれだけの勘違いをしていたのかを、その身を持って教えてやる。
粉々に砕いて。バラバラに切り刻んで。ぐちゃぐちゃに潰して。赤く染めあがれば少しは理解できるだろう。
一方通行という存在の意味を。


618 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:45:25.74 ID:xEFUd0co [20/47]


「……イイぜェ、ぶち殺してやるよ」

そう呟くと同時に、目の前の愚かで哀れな獲物を殺すべく右手を首筋のチョーカーへと持っていき、

「――――遅い」

金髪の男の右足が一方通行の顔面を横に薙いだ。
ガシャン、と破壊音を立てて部屋の片隅に置いてある一方通行自身が破壊した家具を巻き込み壁にぶち当たる。
衝撃とともに乱雑に積んであったモノが散らばりカラカラと床を転がる暇すらなく、金髪の男は一方通行に肉薄し両肩を打った。
まるで楔を叩き込まれたような熱を帯びた激痛が両肩に走る。

「……ぐ、がぁ……っ」

一方通行はあまりの痛みに思わず呻き声を上げるが、強靭な意志で痛みを捻じ伏せ金髪の男を睨むつける。
肩が上がらない。両腕が言うことを聞かない。対して男は平然と構えている。

「殺り合うつもりはない、と言っただろう?」

金髪の男は、事も無げに告げた。
勝ち誇るわけでもなく。何事もなかったかのように淡々と。
そして言った。

「まあいい。少し遊んでやる」

金髪の男はそう言うと、無造作に一方通行の顔面に拳を突き刺す。
衝撃で首筋の筋肉がブチブチ、と嫌な音を立ててる。

「やめて!!」

顔を蒼白に染めた打ち止めが男と一方通行の間に割って入ろうとするが、

「来ンじゃねェッ!」

痛々しく口元から血を流したまま一方通行が制す。

「……、へぇ」

金髪の男は面白そうな声を上げ、さらに腹に追撃を加える。
ドゴン、という鈍い衝撃が体の中を駆け巡った。
(……クソがッ)
喉が詰り、一瞬呼吸が止まる。
言葉にならない声を上げ、一方通行は血反吐を撒き散らした。

「そんなにこの複製品共が大事なのか? だったら、一ついいことを教えてやる。
 あまりオレの機嫌を損ねるな、大事な複製品がどうなっても知らんぞ?」

少しだけ笑うと、金髪の男は言った。



619 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:47:12.83 ID:xEFUd0co [21/47]


「……っ」

その言葉にどす黒い感情が沸き起こり、砕けるかというほど歯を噛み締める。
動かない体に怒り。不自由な四肢を憎しみ。どこまでも無様な自分を呪った。

「と言っても、あまり遊ぶ機会もそうないがな。あんなものでも貴重な実験体だ。それに――――」

――――廃棄寸前の欠陥品だしな、と金髪の男は吐き捨てた。
男の言葉は単なる事実で、一方通行自身が過去本人に言った言葉でもあった。
実際欠陥電気はあと7回実験を行ったら廃棄される予定だった。
碌な調整も受けられず、強引に実験を行われたために。
欠陥電気を診た医師も欠陥電気の体のことについて言っていた。
だからこれは紛れもない事実で、当たり前のことだ。

「――ッ」

だと言うのに、何故自分はこんなにも苛立つ。
何故強く奥歯を噛み締める。
何故強く腕に力を籠める。
何故強く眼前の男を憎む。
何故強く彼女の姿を思い出すのだ。
(女々し過ぎンだよ……)
もう終ったことだ。すでに終っていることだ。どうしようもないことだと解っている筈だ。

――――連れ出すことは簡単だ。
それでどうなる?
その後はどうする?
欠陥電気の意思はどうなる?
今更自分がしゃしゃり出てどうする?
(……、反吐が出ンぜ……)
結局そこだ。
もう今更過ぎる。
終っているのだ。何もかも。
欠陥電気は死ぬ。自分の意思で死を選んだ。
打ち止めを無駄に危険に晒す必要がどこにある。何処にもそんなものは存在しない。
仮にあったとして、自分がそれを選ぶことはありえない。
だから終ったことなのだ。
これで何もかも丸く収まる。
ムカつくことも。苛立つことも。癪に思うこともない。
欠陥電気は実験を失敗させる。打ち止めが無駄なリスクを背負うこともない。それだけだ。
これで何もかも元通りなのだ。
そう、何もかも。



620 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:49:23.82 ID:xEFUd0co [22/47]


動かない腕を無視し、力の入らない足に凡そらしくない気合を入れ、惨めに醜くもがいて、無様に壁に縋って立ち上がる。
(……なにやってンだか)
立ち上がったところで何もできない。肩に突き刺さった拳は確実に効いていて腕が上がらない。
能力は当然使えない。腕力もなければ。格闘技に精通しているわけでもない。杖がなければ満足に歩くことすらできない。
(ハッ、いい様じゃねェか……)
そもそも自分は何故立ちが上がるのかすら分からない。
立ち上がって何をするつもりなのか考えもつかない。
(ンだよ、それ……)
だが、それがなんだというのだ。
だからなんだ。

「……くっだらねェ」

吐き捨てるように、呟いた。
金髪の男は一方通行の様子に眉を顰める。
殺気が消えた。狂気的ともいえた禍々しい空気が綺麗さっぱり一方通行からなくなっていたのだ。
そして感じる。
ただただ単純な闘志を。
ボロボロの体には不釣合いな程、強固な意志を確かに感じた。

「……、まだ遊び足りないのか?」

内心の驚きを隠したまま、金髪の男は不敵に言い放つ。
一方通行の思わぬ変化には感心したが、それだけだ。
所詮立ち上がったところで敵ではないのだ。悪足掻きが過ぎる、その程度の認識しか持てない。
いや、今立ち上がることすら見逃している状況なのだ。
すでに決着はついている。
能力も使えない。武器も使えない。素人以下のお粗末な動き。どこに負ける要素があるというのか。
偶然が入り込む余地すらない。もはや形勢逆転はありえない。
根性や気合でどうこうなる段階は、とうに終っていた。




621 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:50:36.33 ID:xEFUd0co [23/47]



「……」

一方通行は答えない。
顔を俯かせ、足を震わせ、腕は力なく垂らしたまま動かない。
金髪の男は怪訝に思いつつも、少し撫でてやろうと無造作に一歩踏み出した、その瞬間、

「ラストオォォォダァァァァッ!!」

閃光が瞬く。
室内を白く染め上げた輝きは、驚愕とともに時間を切り取ったかのように数瞬にも満たない僅かな時間、部屋にいる全てを止めた。
ただ、一人を除いて。

「――ッ」

油断はなかった。慢心もなかった。
だが、サングラスと顔の隙間に、真横から滑り込むように突き抜けた白刃とはどんな理不尽か。
この期に及んで、電撃ではなく副次作用の発光を利用するとは度し難い思考回路だと。
後手に回ってしまった金髪の男は毒づいた。
既に相手には肉薄され、回避は不可能と冷静に脳が囁いたところで、その一撃を受ける。
壁にもたれ掛った肩で壁面を強引なスタート台にして、もたつく足で加速し世界最高の頭脳を使った酷く原始的な一撃を、男は食らった。








622 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:52:00.22 ID:xEFUd0co [24/47]







『なぁ、カミやん。オレはカミやんのことを尊敬している』

土御門は苦笑の混じりの声で言う。
陰気な暗がりには不釣合いな声が隅々まで響く。

『上条当麻という友人はオレの誇りだ』

土御門の言葉は本物だ。
上条当麻という人間は、陰鬱な世界で生きる土御門にとって痛快で稀有な存在だ。
どこまでも真っ直ぐに前だけを見て進む。
打算まみれの醜い世界に触れても、生死を分かつギリギリの場面でも上条は変わらなかった。
上条はどこまで行っても、上条のままだった。
だからこそ土御門にとって上条は尊敬に値する大切な友なのだ。
信用は当然、信頼もできる。
だが――――

『今回は、違う。カミやんじゃダメなんだ』

主役は二人もいらない。

『オレは当然として、カミやんも蚊帳の外なんだよ。いいとこ名前と台詞のついた友人A、それぐらいのポジションだ』

上条もインデックスも黒子も、もっとも確信に近い人物と言える美琴でさえ場違いなのだ。

『真に壇上にあがるべき役者は別に居るんだよ、カミやん。勿論それぞれ役割はある。舞台の端で暴れる自由はある。
 ただ、どんな物語の結末にも、最低だろうが最高だろうが終幕を飾る役者は一人で十分だ』

だが主役一人で立ち回るには少しばかり無理がある。
だから脇役は必要だ。役割も役目も役得もあるだろう。
しかし脇役はあくまで脇役に過ぎない。主役には成り代われない。主役と同列に脇役を並べることなどできない。
けれど、

『脇役でも侮れないし、主役じゃないからと楽観もできないし、気が付いたら主役を食ってる可能性は否定できない。
 それじゃあ意味がない。物語は終るがどうにも消化不良だ。食われた主役はどうなる?
 回収されなかった伏線を抱えた人物はどうする?』

物語は終るが、話は続くのだ。
後日談や追加エピソードがあるように、これで終わりじゃない。
登場人物にはその後があるのだから。



623 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:53:34.32 ID:xEFUd0co [25/47]


「……土御門、何言ってんだお前」

話が分からないと、上条は困惑の表情を浮かべながら血で滲んだ拳を握り締め言った。
その言葉に土御門は、くくっ、と小さく笑い言葉を続けた。

『分からないか。まあ事情の説明もなしにこれじゃあ致し方もないか』

そう言い切り、嘆息で締めくくった。
暗がりの倉庫に僅かな沈黙が訪れる。
上条は背に感じる温もりに感謝しつつ、少しだけ熱の引いた頭で土御門の言葉を反芻した。
実験の再開。自分を故意に閉じ込めた土御門。役者。脇役。役割。
それらの言葉を繋ぎ合わせても、明確な全体像は浮かばない。
実験の再開を阻止するであろう自分を閉じ込めたというのは、間違いない。
土御門自らが認めたことだ。
つまり、何らかの理由があって実験の再開を見逃したのだろう。
すぐさま実験を中止に追い込むよりも、もっと重要なモノがあったと考えられる。
主役だの脇役だのは単なる言葉遊びにしか思えないが、とりあえず自分が主役ではないと言いたいのは理解できた。
ただ、それが一体何なのかということはまるで分からない。
いや、分かる必要もない。
そもそも実験の再開を見過ごすことよりも、重要なモノが何であるかが問題なのだ。
上条は、眉間に皺を寄せ感情を押し殺した声で言った。
少しでも気を抜くと口から出る言葉は全て罵声になりそうだと、自覚して。

「……土御門、一つ聞くぞ」

『ああ、どうぞ』

土御門の声はどこか楽しそうな響きすらあった。

「ここに閉じ込めたことも、実験の再開を見逃したことも、ビリビリに必要なことなのか? それともそれ以外の理由があるのか?」

細かい事情はどうでもいい。
上条にとってはここが重要なのだ。
助ける過程なのか、それ以外の要因なのか。
土御門は言った。

――――誰もが笑って誰もが望む最高のハッピーエンドのために
誰かが苦しんで、誰かが痛い思いをしなければならなかったとしたら――――

この言葉が上条の思うとおりならば問題はない。真実であれば、憤りはあるが許せる。
だが、そうでないとしたら土御門は上条の敵だ。
上条のもっとも優先すべきことは欠陥電気自身で、その他のことは興味がないのだから。
そこにどんな事情があろうが、比較対象にすらならない。比較することがありえない。
そんなものはまとめてぶち壊す。
上条は一度欠陥電気の危機を見過ごしている。
そんなことが二度あってはならないのだ。



624 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:55:17.39 ID:xEFUd0co [26/47]

『へぇ。そういうところは流石といったところだな』

土御門は感心したように呟く。
上条は核心をピンポイントで突いてきた。
ここで下手なことを言えば上条は躊躇なく土御門の敵に回るだろう。
過去そうであったように。

『いい質問をしたカミやんにサービスだ』

これからすることを無駄だと思いながらも、土御門は言葉を止めない。
すでに答えは出てしまっているが、一応言っておかなくてはいけない。
これは必要な通過儀礼なのだから。

『カミやん、オマエはどの程度あの複製について知っている?』

「それは今関係ねぇだろ! 質問に答えやがれ!!」

『関係大有りだ。例えば、救い出したとしてすぐに死んでしまうとか、重要なことだろう?』

スラスラと童話を朗読するかのように、土御門は言った。
すぐに死ぬと。
何でもないように言われたたったその一言で、上条は頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受ける。
黙って事の成り行きを見守っていたインデックスでさえ、息を呑んだ。

『なんだ、やはり知らなかったのか。ダメだなカミやん、この程度でショックを受けていたら持たないぞ?』

呆れるように土御門はため息を吐く。

『返事もできんか。まあいい、続きを言うぞ? この実験も前回同様、学園都市公認だ。前回というのは当然進化法のことだ。
 そして前にカミやんが使った反則は今回は使えない。前提条件を壊して実験を中止に追い込む方法は、不可能だ。
 何せこれには前提もクソもない。それに地味にだが一応の成果は既に出ている』

風紀委員も警備員も同様に役に立たない、学園都市に認められた実験なのだから。
実験を中止に追い込もうにも、追い込める手段がない。
欠陥電気の能力は着実に上がっていて、失敗だと難癖をつける要素がない。
実験を失敗させるには誰かが身を持って失敗だと証明しなければならない。妹達の誰かが。

『前回は前提条件が狂っていると判断されたから咎めなしだったが、今回は違う。
 邪魔をすれば確実に敵に回るぞ。学園都市がな』

一方通行を弱体化させたわけでも、施設を破壊したわけでもない。
ただ一方通行が最強ではないと証明しただけだ。
だからこそ上条は無罪放免で済んだ。そこに思惑があったとしてもだ。
今度はそうはいかない。
欠陥電気がレベル5に到達しないという理由をでっち上げることができないのだから。

『仮にだが、助け出したとしてその後はどうする? 妹達である欠陥電気の調整を行える組織に心当たりがあるのか?
 アレは、調整を施さなければ本当にすぐに死ぬぞ? 学園都市を敵に回して尚それが可能なのか?』



625 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 00:57:26.03 ID:xEFUd0co [27/47]


土御門が妹達のことまで知っていることに上条は驚きを隠せない。
欠陥電気のことを知っている時点で当然と言えば当然だが、上条は答える間もなく土御門に否定されてしまったことに奥歯を噛み締める。
欠陥電気を正規にこちら側に引っ張り出す手段がないと断言されたことに。

『ふん、答えられんか。まだあるんだがな、この実験に参加したのは欠陥電気本人の意思だと言ったらどうする?』

上条は答えない。

『カミやん、アレは自ら餌場に飛び込んだよ』


――――実験を失敗させるために


つまりこういうことだ。そんな存在を助け出してどうする?
土御門はそう言いたいのだ。

欠陥電気は自身の命を持って実験に終止符を打つ。
いつか美琴がやろうとしたように、自分にそれだけの価値がないと証明するために参加した。
そして今度ばかりは上条に出来ることはない。
実験対象は欠陥電気自身で、すでに不成功の烙印を押され凍結している筈の量産化計画なのだ。
失敗させるにはレベル5にはなれないと命を削って証明しなければならず。
終らせるにしても、レベル5になってしまったら量産化計画の成功を意味する。
(ああ、そういうことかよ……ちくしょうが!)
上条は胸中で毒づく。
だから欠陥電気は実験に参加したのだ。
完全に実験を失敗させ、量産化計画の息の根を止めるために。

『学園都市を敵に回し、本人の意志を踏み躙り、すぐに終る命をわざわざ救ってどうする?』

言葉の端々を強調し上条に突き付けるように土御門は吐き捨てた。
そのどれもがどうしようもないくらい現実で、事実だった。

『それに意味があるのか?』

欠陥電気の決意を無視してまで、量産化計画の芽を残してまで助け出すだけの意義があるのかと。
学園都市を敵に回すことに躊躇があるかと問われれば上条に迷いはない。
だが、残り二つの要因は軽々しく頷けることではない。
欠陥電気の決意は本物だし、量産化計画を見過ごすことはできない。
そして上条には実験を中止させるだけの方法が思いつかない。
それでも、

「……土御門、オレは言ったよな?」

――――誰かが犠牲にならなきゃいけないなんて残酷な法則があるなら、まずそんなふざけた幻想をぶち殺す



626 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:01:43.84 ID:xEFUd0co [28/47]


『ああ、でもあの時はオレが魔術を使ったぞ?』

その通りだ。
『御使堕し』のときは結局土御門が犠牲になった。
命こそ助かったが、危機的状況だったのは間違いない。
上条の台詞には説得力が欠けている。

「ああそうだ。そうだよ、俺は何もできなかった」

あのとき上条には何もできなかった。
冷静に冷徹な判断を下し自己犠牲を選んだ土御門。
上条は何もできないどころか、余計な面倒事をその土御門に背負わせた。
今度も土御門は誰かを犠牲にするつもりなのだろうか?
状況を鑑みて最善の行動をとっているのだろうか?

『なあ、いい加減認めろよカミやん。犠牲は必要なんだ。欠陥電気には同情できる。運命なんて陳腐な言葉を使うつもりはないが、酷い境遇だ』

「……」

『だがな、『御使堕し』のときと同じさ。ただ言いかがりでもこじつけでもない。運が悪かったってだけの話だ。
 それに言っちゃなんだが、もともと居る筈のない存在だろう?』

イレギュラー。欠陥電気は本来あってはならない、禁断の領域に位置する存在。
単なる複製に収まらない、倫理的にも道義的にも道徳的にも絶対あってはならない存在。

「……っ」

『だから、最高のハッピーエンドにはアレは勘定されない。ソレ抜きで成立する最良の結末だ』
 
土御門は楽しそうに続ける。

『ただ、バッドエンドだろうが伏線の回収はあった方がいい。最悪の結末だとしても、未回収だと気持ち悪いだろ?』

「……せぇ」

『終る存在だとしても……、いや、だからこそ最後くらいきちっと終らせてやった方が――――』

「――――うっせえって言ってんだろっ!!」

土御門の言葉を掻き消すように、上条は吼えた。



627 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:02:56.37 ID:xEFUd0co [29/47]



『……、開き直りか?』

「ああ、これは開き直りだ! だからなんだってんだ! 俺は言ったぜ土御門っ!!
 誰かが犠牲にならなきゃいけないなんて残酷な法則があるなら、まずそんなふざけた幻想をぶち殺す!!」

土御門は鼻を鳴らす。

『まだ解っていないようだな、アレを救うのは不可能だ』

助け出したら量産化計画はどうなる?
助け出したとしてその後どうする?
問題は何一つ片付かないどころか、増える一方だ。

「御託はもういいっつってんだ! お前が無理だってんならそこで見てろ! 俺はビリビリを助ける!」

『……学園都市を敵に回すのか?』

「助け出すついでのケンカ相手が誰だろうが、知ったことじゃねえ!! 
 実験も潰す! 何度でも何処でだろうと見つけ出してぜってぇにぶち壊す!」 

上条は顔を上げて絶叫する。
拳の痛みはもう感じなかった。


「土御門、邪魔するってんならテメェをぶち抜いてでも助けに行く!」


上条は立ち上がって拳を強く握り締めていた。
目標はこれまでにない程明確に定まった。
上条はもう迷うことも立ち止まることもない。
無理だと不可能だとどれだけ言い聞かせても、どんな壁が立ち塞がろうがやり遂げるまで走り続けるだろう。
今目の前を阻む鋼鉄の壁も、本当にどうにかしてしまいそうだと土御門は思った。
そして屈託のない声で笑い言った。

『――――そう言うと思ったぜい。ったく、これくらい思い切りが良ければこんなことしなくても済んだのににゃー』







628 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:04:00.10 ID:xEFUd0co [30/47]






顎を撫でる。
思わぬ方向からの目くらましを食らい、碌に動けもしない満身創痍の少年の一撃を見事に受けてしまった。
頭突き。あの状態でできることと言えば、確かにそのくらいだが中々どうして。無駄で無意味な攻撃だ。
例え渾身の力を籠めた強烈な一撃だったとして、それが何だというのだ。
あんなボロボロの状態の貧相な体からどれだけ力を搾り出したとしてもたかが知れている。
現に自分はこうして立っている。

一息吐いて、冷静に周りを見回した。
放電によって見事とに隙を作り上げた少女は、油断なくこちらを見据えている。
時折心配するような視線を少年へ向けて。
その視線を受ける少年は、自分に頭突きを決めたあと無様に足元に倒れ伏し、今も立ち上がる様子はない。
考えるに、状況は何一つ変わっていない。
相変わらず、こちらは問題なく動ける。多少視界が揺れているが、顎に痣がある程度で行動に支障はない。
対して少年は足元に転がったままで、踏みつけるも蹴り上げるも自分の思いのままだ。
だというのになんだろうか、この空虚な感覚が蔓延る気持ちの萎えようは。完全に白けてしまっていた。
そもそも、この少年はどうして笑っているのだろうか。
歯の隙間から微妙な篭った笑い声が漏れている。

「……、何がおかしい、とうとう狂ったか?」

若干声のトーンを落とし金髪の男は言った。

「あン? なンだよ、人が愉快な気持ちに浸ってンだ。水差してンじゃねェ」

会話が噛み合わない。
意思の疎通に齟齬が発生するというレベルではない。
少年、一方通行が何を考えているのかまるで理解できなかった。
新手の心理戦なのかと思ったが、そうではないようだ。本当に楽しそうに笑っていやがると。

「頭を強く打ちすぎたのか……」

あまりの酷さに、後ろめたさすら沸いてくる始末。
思わず頭を抱え深いため息を吐く。
これはどういうことなのかと。

「おい」

そんなことを考えていると、足元から声が聞こえた。

「消えろ」

「……は?」

一方通行の突飛な言葉が理解できない。


629 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:05:44.77 ID:xEFUd0co [31/47]


「見逃してやるって言ってンだよ、どことなり消えやがれ」

聞き間違いではないようだ。
どうやら本気で言っているようだ。
この状況で。

「状況が分かっていないようだな、お前は――――」

「茶番は終わったっつってンだよ」

一方通行はそう言うと、両腕の動かない体を器用に動かし仰向けになって男を見上げる。
そして、心底面倒くさそうに口を開いた。

「オマエの目的が何なのかは知らねェし、興味もねェ。
 ついで言っといてやる、付き合う義理もつもりもクソもこれっぽっちもないンだよ」

とっとと消えろ、と一方通行はそう言うと舌打ちして黙り込んだ。
金髪の男は最初から変だった。
男の台詞と行動は一貫している。それだけに男の存在が酷く浮いていた。
実験の関係者が一方通行のところへ来るわけがないのだ。
一方通行のような理不尽な存在を避けるために、統括理事会にまで掛け合ったのだから。
それを下らない用件を済ましがてら、わざわざ挑発紛いの発言をかます。
そんなことを連中がする筈がない。眠れる獅子を叩き起こす必要は全くないのだから。
何よりも男の幼稚な暴力は、どう解釈してもそこに連中との繋がりを見出せない。
それを踏まえ、一方通行は金髪の男は別の目的で動いていると断定した。

「……、こちらにはその気があると言ったらどうする?」

その言葉に一方通行は、

「はァ? 面倒臭ェンだよオマエ。オレの気が変わらないうちに消えろ――――――――――潰すぞ三下」

気負いなく抑揚に欠けた口調で言った。
馬鹿か、と男は内心呟く。勝敗は明からで状況は絶望的だというのに、まるで勝者のような台詞だ。
だが、不思議な説得力があった。
決定的に詰んでいる崖っぷちだというのに、目は死んでいない。
それどころか、本気でそう思っている伏しさえ伺える。
妙だ、と男は思った。
自分が知りうる限りでは、こんな奴ではなかった筈だ。一方通行という人間は。
こういった方向に吹っ切れる思考は持っていないのだ。
これじゃあまるで――――――

「微妙に違う…いや、似ても似つかないか……」



630 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:08:24.75 ID:xEFUd0co [32/47]


金髪の男、土御門は小さく呟いた。
土御門は少しだけ口元を歪め、サングラスに隠れた瞳の奥で笑った。
この下らない茶番劇を用意したのは自分だ。
始めは上条に適当に情報を流し、自分は裏方から助力に徹する予定だった。
今回の相手は魔術じゃなくて科学だ。
上条との相性は最悪だと言ってもいい。『幻想殺し』じゃ隔壁一つ破ることは出来ないのだから。
だが、第三位の超電磁砲辺りが加われば話は違ってくる。そういう筋書きだった。
こんな演出は予定外もいいところだ。
ほんの気紛れ。
土御門は一方通行を蔑視していた。嫌悪の対象といってもいい。
経歴を見て眉を顰め、必要がなければ二度と関わろうとも思わない。そんな認識だった。
ただ、打ち止めと一緒になった経緯。欠陥電気を救った行動。一方通行の葛藤。
あれだけのことをしておいて、とも思う。
だが響いた。
もがき苦しみ、それでも前に進もうとする姿勢には少なからぬ感銘を受けた。
単純に言ってしまえば、気に入った。

今回のことは、ぶっちゃけてしまうと発破をかけに来た。
そして、本当にそれに値する人間なのか試すために動いた。
これでダメなようなら上条に全てを託す。そのつもりだったのだ。
だというのに、この体たらく。
正体を見破られ、欲した回答は得られず、変な方向に話が流れた。
だが不思議なことに自分は何かしらの手応えを感じている。
この湧き上がってくる喜悦はなんだ。

予定通りにことが運ぶことなど稀だ。
一方通行が欠陥電気の記憶を消していれば話は違っていた。
一方通行が欠陥電気を殺していれば計画はご破算。
どこからどこまでも綱渡りの連続。辿った道筋はどれもこれもふざけた危うい道程。
引き篭もりの試験管野朗みたいに都合よくプランの同時並行というわけにはいかなかった。
事前準備の時間など全くなかったのだから。常に後手に回り続け、何度も冷や汗をかいた。
何度迷っただろうか。幾度自問しただろうか。
本当にこれでいいのだろうかと。

「消えろつってンだろ、ぶち殺さ―――」

「今から言うことは全てただの独り言だ」

苛立ちの混じった一方通行の声を遮って言う。

「あァ?」

これでどう転ぶのか予想もつかないが、それもいいだろう。
どういうわけか自分は喋るつもりのようだし、もともと単なる気紛れなのだから。好きにやるだけだ。
たまには算段の付かない後先考えない行動も乙というもの。今はそんな気分なのだから。

「どうでもいい独り言だ。だが、嫌でも付き合ってもらうぞ。分かったら一言も聞き漏らすなよクソ野朗」



631 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:13:02.61 ID:xEFUd0co [33/47]


台詞の一部が勘に触ったようで、どすの利いた非難の声が上がるが無視をして続ける。

「上条当麻は必ず行くぞ」

反応はない。

「……なんだ、自分を倒した無能力者の名前も知らんのか」

その言葉に、一方通行は驚愕の表情を浮かべ動きを止める。
土御門は一瞥すると鼻を鳴らし続けた。

「まぁいい。今回の件だが、統括理事会の及ぶところではない。裏の表側で火遊びをする許可を連中にくれてやっただけだ。
 そこで不慮の事故があろうが、不幸な事件が起ころうが、統括理事会に介入する意思はない。そういう話だ。そういうことになっている」

レベル5の量産計画は、すでに終っていることなのだ。
今更そんなことに取り合うバカはいない。ただ一人を除いて。

「――――好きに壊せ」

そのバカはたった一人で決定を覆し余興を始めた。それが事の真相。正真正銘の茶番なのだ。

「二度と下らない実験をできないよう徹底的に全てを。連中が今後その気を起こさないように一切合財を破壊しろ」

何の干渉もないところを見ると、結局これも奴の筋書き通り想定内ということなのだろうか。
忌々しい限りだと舌打ちしたいところだが、今回限りは嬉しい誤算だと思うことにする。
下らない勘繰りも、下種な算段も、無粋な感情も必要ない。
ひたすら思うがままに突っ走るだけだ。

「だが、勘違いするなよ。これはただの幸運で、今後こんな偶然は二度とない」

ただ釘は刺す。
そこにどんな思惑があろうが、根本的な問題は別のところにあるのだから。

「せいぜい上手くやれ」

もっともこれで動くかは知らないがそのときはそのときだと考え、土御門はそれを否定した。
いや、そうじゃない。
きっと決断する筈だ。
そうでなければ、意味がないのだから。







632 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:15:30.57 ID:xEFUd0co [34/47]







緊迫した雰囲気を吹き飛ばすどこか間抜けな声が響いた。

『ほーんと、損な役回りだぜい。裏切りが生き甲斐の土御門さんも、流石に今回はガラスのハートが木っ端微塵に砕かれそうだったですたい』

やってらんねえ、とため息混じりに呟く土御門。
上条は呆けたように天井を仰ぎ見たまま固まっている。
インデックスも目をぱちくりさせ「どういうこと?」と零した。

『カミやんもさ、これ二回目だし気付いてもよかったんじゃないかにゃー』

呆れたように土御門は言った。

「え? っておい、土御門! テメェまた騙したのか!?」

ようやく事態を飲み込んだのか、上条は声を張り上げて見えない土御門を責めようとした所で、後ろから声がかかる。

「……、とうま、二回目ってなに?」

「うっ」

その言葉に詰まる上条。
インデックスは『御使堕し』を知らない。
あのとき、病院で土御門と入れ替わりに入ってきたインデックスにそれを説明しようとした所で、頭骨を噛まれうやむやになってしまったままだった。
そして、その続きをするべくインデックスが上条を問い詰めようとした所で、それを遮るように、

『まあまあ、その話はまた今度二人でゆっくりしてくれにゃー。あ、そうそうカミやん勘違いするなよ?
 実験の再開とかさっき言ったことはマジだから』

と変わらぬ調子で言った。
瞬間、怒鳴りそうになった上条は感情を押し殺し、一拍後に口を開いた。

「……ビリビリを助けるのに必要なことなんだな? これは全部」

『マジに答えると、そうとも言えるし、そうだとは言い切れない……と言ったところが本当の所だな』

どこか韜晦するように土御門は呟く。
その言葉には願うような、祈るような響きがあった。



633 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:17:32.10 ID:xEFUd0co [35/47]


『カミやん、オレも見たくなったのさ。誰もが笑って、誰もが望む最高なハッピーエンドってやつを。
 だからカミやんをここに閉じ込めた。ただし、これはオレの勝手な思い込みかもしれないし、考え違いかもしれない。
 正直なところ、そもそもこれが上手にいくか微妙な感じだったりするわけだ』

「……ここに俺を閉じ込めたのは、さっき言ってた脇役がどうとかってやつか?」

『その通りだぜい。なあカミやん、これはいつ始まった話だと思う?』

土御門は上条に問いかける。
この一連の事件の始まりを。物語の核心を。

『欠陥電気が目を覚ましたとき? カミやんが欠陥電気に出会ったとき?』

土御門の問いかける声だけが静かに部屋に響く。

『ま、オレも詳しいことはあまり知らないんだが、勝手にこう思っているんだぜい。』


――――欠陥電気が助け出されたときに始まった


『第一位は随分と派手に暴れまわったみたいだぜい? 嫌でも耳に入ってきたしにゃー』

多重スパイってのは耳が広いんだぜい、と嘯くように土御門は言う。
土御門がこの実験について知ったのはそのときだった。
一方通行のことは以前から簡単な経歴程度なら当然知っていたが、まさかあんな無茶をするとは思っていなかった。
それも、進化法で平然と殺してきた複製を助けるために。

『その行動が、単なる贖罪なのか気まぐれなのかは知らないがな。そこが始まりだとオレはそう思っているよ。
 ともかく、結果として一時的なものだが欠陥電気は居場所を手に入れた』

――――だからそう言ってるじゃない。今日もこれが終ったら家に帰るし
そう言った欠陥電気の姿が上条の脳裏をよぎる。

『居場所を手に入れ、自身の出生を受け入れ、そしてそれが引き金になって今回の事が起きた。
 この状況に起因した全てのイベントに関わっている人物は? 欠陥電気にもっとも深く関わっているのは誰だ?』

分かりきっている答えだった。

『第一位の一方通行なんだよ、カミやん』

一方通行と打ち止めとの三人の生活を語ったあと、皆の反応に拗ねた欠陥電気。
美琴が一方通行と同居していることに突っ込みを入れたら、本気で怒った欠陥電気。

『自身の複製を殺しまくった相手だってのに、どういう心境の変化なのかまるで理解できないがな』

上条にも、そこは解らなかった。
あれだけのことをした一方通行と一緒にいるとは、とても考えられなかったから。


634 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:18:45.50 ID:xEFUd0co [36/47]


『だが事実、欠陥電気は一方通行と一緒に居た』

「……、ああ、あいつ自身が言ってた」

土御門の言葉を小さく肯定する上条。

『さて、ここで話を戻すぜい? 欠陥電気を連れ戻すのは、まあそう難しいことじゃない。細かい事情を無視すればだが。
 ――――でだ、連れ戻した欠陥電気はどこに帰る? どこに居るべきだと思う?』

どこか悪戯小僧を髣髴させる土御門。出来の悪い生徒に言い聞かせるように上条に語りかける。
実に楽しそうに。
答えは既に分かりきっている。土御門自身がさっき言ったことだし、上条もついさっき反芻したばかりだ。

『オレが思うにさ、カミやん。これは主人公が悪党を成敗する勧善懲悪モノではない。だとしたら何だ?
 囚われのヒロインを連れ戻すストーリーっていうのはどうかにゃ? 不思議としっくりくると思うんだぜい』

さらにダメ押し。
上条にはもう答える言葉は思いつかなかった。
両手を挙げて降参したくなっていたりもする。
つまりようするに、そういうことなのだろう。

「……土御門、ようは俺が邪魔だって言いたいんだな?」

肩を落とし、疲れたように上条は言った。

『大正解! さっきも言ったとおり、フラグメイカーのカミやんは油断できないからにゃー。
 まあでもそう気を落としなさんな、脇役も脇役なりにちゃーんとやることはあるんだぜい?』

土御門のテンションは最高潮に達している。
スピーカー越しに聞こえる声が、耳に突き刺さるように脳の芯まで響いた。

「……はぁ」

上条は深いため息で返す。

「で、その主役はどこで何してるんだ?」

『あー、そこが懸念事項ってやつ? 事情は人それぞれって感じだけどにゃー、どうにも煮え切らない野朗でこっちも困ってるんだぜい』

急にテンションをガクッと下げ、土御門は呆れたように呟く。



635 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:19:59.20 ID:xEFUd0co [37/47]


『ま、そっちはカミやんが心配するようなことじゃないぜい。――――無理なら抜きでやるだけだし』

「おい! それじゃあ意味ないんじゃねえのかよ!」

『カミやーん、そこまで望むのは酷ってもんだにゃー。時間はくれてやったし、機会もくれてやる。だが、それでダメなら仕方ないってもんだろ?
 最高が無理でも次点で我慢しようぜい。ぶっちゃけ、それでも割りと厳しいんだからさぁ』

土御門さんも体に鞭打って、口に油塗って頑張ってるんだぜい、と土御門は嘯く。
そう。状況は芳しくない。
いつも頼りになる上条の右手も、科学に対してはあまりにも無力だ。
土御門も流石に堂々と表立って動くわけにもいかない。ステイルや神裂に頼れるわけもない。
戦力が足らないのだ。
美琴を戦力に数えても、美琴一人に頼りきることになるのだから、かなり厳しいと言わざる得ない。

『はっきり言って、一撃離脱って感じになるんだぜい。んで、問題はその後だにゃー』

欠陥電気を連れ出した後、連中は欠陥電気を再度実験に連れ戻そうとするだろう。
連中を完全に潰すか、実験を再起不能に追い込むか、はたまた消極的な選択だが欠陥電気を守り続けるか。
いずれにしても、戦力が不十分な現状では難しい展開だ。
単に結界を潰して終わり。術者を倒して終わりというわけにはいかないのだと、土御門は嘆息交じりに言った。
その言葉に上条は思わず声を上げる。

「実験を中止に追い込む方法があるのか!?」

『……んー、絶対と確約はできないけど、ないことはないんだぜい? 例えば実験データの完全破壊とかかにゃー』

一度は一方通行が失敗した実験データの破壊。
これを行えば、欠陥電気がどの程度実験を経て能力を高めていったのか解らなくなる。
たまたま能力が強い個体だったかもしれないと、成果がどの程度出ていたかも不明になる。
これまでの実験で得たノウハウも、欠陥電気の運用方法も消失する。
それは手痛い状況だ。
何よりも、実験にはあまり余裕がない。実験の核といえる欠陥電気自身の体が保たないから。
他の妹達は使えない。新たな妹達を製造しようにも、そんな中途半端な成果では許可など下りない。
どういうわけか、妹達という存在は学園都市の深部に位置するモノで、それと関わりのない機関にはおいそれと介入できないようになっているのだから。

だから連中は欠陥電気をもってして、成果を出さなければならない。
連中にとって、実験データの消失は致命的なモノになりかねない。
そもそも量産化計画は樹形図の設計者の予言によって、既に失敗の烙印を押されているのだ。
そしてもう樹形図の設計者は存在しない。
予言を覆すには目に見える成果を出さなければならない。
しかし、資金も時間も資源も有限で、無限ではないのだ。
レベル5製造以外の実験も、創造も他にやるべきことは幾らでもあるのだから。
こればかりに固執しても仕方がないのだ。

『とまあ、そんなわけで不可能じゃないぜい。でも、それで素直に諦めるかと言われれば微妙じゃないかにゃー?』



636 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:22:38.54 ID:xEFUd0co [38/47]


土御門は上条には一つだけ隠し事をしている。
何故こんなにもレベル5の製造に拘るのか。統括理事会にまで掛け合い承認を貰ったのか。
連中は何かしらの確信があっての行動だと、土御門は考えている。
量産化計画の凍結は裏では割りと知られたことだ。だというのに、どうして今更そんな過去の遺物を持ち出したのか。
必ず何かある。
実験データだけでは足りない。その何かを潰してこそ、本当の意味で実験を潰せることができるのだ。

だがこれは上条には関係のないこと。
上条にとっては欠陥電気の身の安全が全てで他のことは眼中にないのだから。
それに知ったところでどうもできないし、物語とは違うところで他人に不幸が降りかかろうがそれは仕方のないこと。
それくらい割り切らないと、話はいつまで経っても収拾しない。
だから、土御門はこれを上条に話すつもりはなく抱え込むことにした。こういった汚い打算こそが自身の役割だと自覚して。

「やらないよりはマシなんだろ? だったらやるだけだ! その上で連中が来るんなら叩き潰す!!」

『まあ、そうなるにゃー。悲観的な考えはやめて建設的な話をしようか、と言いたいところだが……』

上条の威勢のいい言葉に、土御門は返事を返すが語尾を濁し、

「? どうしたんだ?」

『カミやんってPCとか使えるのか? ……あー、うん。聞いてみただけだぜい……。
 じゃあそっちは超電磁砲辺りにやってもらうしかないにゃー』

やはり聞くだけ無駄だったなと、内心一人ごちる土御門。
まあ使えたとしても、相当な腕がなければ意味がないので単なる意地悪でもあったが。

「……なあ、やっぱり御坂に協力してもらわないと無理なのか?」

この期に及んで上条はまだ粘る。

『カミやん、言いたいことは分かるけどなぁ。それは無理ってもんだぜい? 超電磁砲のスキルは知っているだろう?』

――――ま、っつっても馬鹿正直に超電磁砲をぶっ放したって訳じゃないけどね
――――ネットを介して私のチカラで根こそぎドカン、ってね
過去に美琴は絡めてで実験の阻止を狙った。単純なチカラの行使とは違う方法で能力を駆使し戦ったのだ。

『今回は戦いは戦いでも、情報戦の色合いが濃いいんだぜい? つーかカミやんさぁ、そこの扉一つ開けられないってのに
 そんな大見得きってどうすんだにゃー』

土御門の言葉に、うっ、とどもる上条。

『それに忘れてないか? あちらさんもこの茶番には統括理事会が介入しないってのは当然知っての事なんだぜい?
 承認が対外的なパフォーマンスって知ってるのはほんの極々一部の人間だけどさ、知ってる奴は知ってるんだにゃー
 だから連中もそれなりの準備はしてるってことですたい』



638 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:24:32.53 ID:xEFUd0co [39/47]


実験が行われるのは第二一学区。
能力開発が盛んに行われている研究施設郡がある学区でもなければ、まるで関係のない貯水用ダムばかりある学区だ。
元々欠陥電気の実験が行われていた第一九学区でもない。

『ひっそりっていうには随分と大きな施設なんだがな、それも3棟も4棟もある巨大な研究機関なんだぜい。
 妙に金持ってるパトロンがたくさん付いてるみたいで、そのお陰であんな僻地に無駄にデカイ城を構えたわけだ』

後ろめたいことがあるんだろうよ、と土御門は気だるそうに言う。

『んで、勿論それに見合った警備システムがあるんだにゃー。カミやん一人じゃ無理だろ?』

下手したら敷地に入る前に捕まっておじゃんだ。
上条はプロの戦争屋でもなければ、潜入捜査官でもない。ただの学生なのだから。

『ぶっちゃけ、顔を見られるのもあんまよろしくないんだが、そうも言ってられないし超電磁砲には派手に暴れてもらうにゃー。
 その隙に適当なとこから侵入してササーっと救出でもなんでもしてくれ。
 余裕があれば超電磁砲にはその後にでもデータをぶっ壊してもらうと、そんな感じかにゃ』

随分とアバウトな作戦を提示する土御門に一抹の不安を感じる上条。
つーっと、一筋の汗が額から流れ落ちた。
上条はそもそもどう助けるかなど全く考えていなかったのだから、全然人のことなど言えなかったが。

「……いくつか建物があるんだよな? ビリビリがどこにいるのか分かるのか?」

『ああ、それなら問題ないぜい。あそこの連中は頭が逝ってるせいか、特殊な体制だから目星はついてるんだにゃー。
 っていうかカミやん、これはあくまで保険だからな? そこ忘れないように』

上条に言葉を返し、続けて思い出したかのように釘を刺す。
これはあくまで一方通行が動かなかった場合の予備プラン。
まあ一方通行が動く場合でもあまり内容は変わらなかったりするが。

「そういやそうだったな。……で、あいつはいつ動くんだ? つーか、ほんとに大丈夫なのか?」

失礼な発言だと自覚しながらも、念押しで確認する上条。
上条が一方通行を直接見たのは、進化法のときが最初で最後。
いくら欠陥電気から話を聞こうが、前回の実験でみた姿が頭から離れなかったのだ。
そして答えは返ってきた。

『……………………………………………、神のみぞ知るってことで』

目一杯溜めた後に。
すかさず、それ全然大丈夫じゃねえだろ、と突っ込みを入れる上条。
さらにそれに土御門が言葉を返し、しばし間抜けなやり取りが続く。



639 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:26:42.46 ID:xEFUd0co [40/47]


黙って話を聞いていたインデックスは、くすくすと笑いながら二人の漫才を聞き流す。
そして目を瞑り、ちょっとだけ考え口を開いた。
少しだけ寂しさ混ぜた嬉しそうな顔で。

「あの子は、本当の帰る場所を見つけたんだね」

インデックスの透き通るような声は染み渡るように響いた。
その声に思わず上条は背後に立つ白い少女の名を呟く。

「……インデックス」

自己を見失い帰る場所のなかった少女は自身を取り戻し、ようやく居場所を見つけた。
そこが自分でないことに、ちょっとばかりの不満と、幾許かの寂しさを感じないとは言わない。
インデックスと欠陥電気が過ごした時間はあまり多くなかった。
全てを足しても半日にも満たない僅かな時間だ。
それでも欠陥電気はインデックスの大切な友達で、大事な存在なのだから。

「とうま、もうちょっとだけ待ってあげよう?」

欠陥電気が今も辛い目にあっていることは分かる。
本当はすぐにでもその場に行きたい。助けてあげたい。抱きしめてあげたい。
でもそれじゃあダメなのだ。
あの少女はそれを望んでいない。
素直だけど、やっぱり素直じゃない彼女は自分から参加しておいて、きっと待っている。
本気で実験を失敗させるつりなのだろうけど、それでも心のどこかで必ず願っている。
助けてほしいと。救ってほしいと。迎えに来てほしいと。

「インデックス、お前……」

「とうま、知ってる? いつだってお姫様を迎えに行くのは正義の味方じゃなくて、王子様って相場が決まってるんだよ」

助け出すことはできる。でも迎えに行くことはできない。
少女には、帰るべき場所があるのだから。







640 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:29:17.99 ID:xEFUd0co [41/47]







仰向けのまま呆然と天井を仰ぎ見る。
部屋は物音一つなく、僅かな息遣いだけが聞こえるのみ。

「……、」

さっきまであったさばさばした情動はどこかへ消えてしまっていた。
妙な達成感や変な爽快感、不思議な清涼感と入れ替わるようにして、どろどろとしたモノが胸に降って湧いた。
もう捨てた筈の想いが際限なく積み重なり、一方通行の心を覆い隠そうとする。
理性が否定しても感情がそれを肯定してしまう。

金髪の男、土御門の言葉が真実であるか一方通行には確かめる術はない。
だが嘘だとは思えなかった。
一方通行にああいった情報を流し、実験を何らかの意図があって邪魔したい組織の思惑の可能性もある。
ただ、あんな馬鹿正直に自分に真っ向から挑んでくる奴がそんな理由で動くとは考えにくい。
いや、そうじゃないと、一方通行は否定する。

(ンな都合のいいことが、あるわけねェだろ……!)
安易な考えが。軽薄な思考が。浅慮な思い込みが。
その都合のいい情報を鵜呑みにしようとする自分が許せなかった。
またその場の感情に流されようとしている。
別れの時間を奪って、見せ掛けの希望を与えて、結局何一つできなかったというのに、まだ学習しないというのか。
顔を顰め奥歯を噛み締めた後に、吼えた。



641 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:32:26.30 ID:xEFUd0co [42/47]


「ざっけンじゃねェぞっ!!」

学園都市を敵に回すことなく欠陥電気を助けることができる?
統括理事会の承認も、ことの顛末も全て茶番劇?
あの胸糞悪い無能力者が欠陥電気を助けに行く?

「――――舐めンのも、大概にしやがれェッッ!!」

その全てが本当だとしたら、今の自分は何だ?
記憶を消そうと、殺そうとした自分は何だ?
欠陥電気の決意も涙も一体何だったというのだ。
そんな現実を認めるわけにはいかない。欠陥電気はそんなことの為に――――――――

「――ッ!」

ドンッ、とようやく僅かにだが動くようになった腕を持ち上げ床に叩きつける。
(クソが! クソがクソがクソがクソが!! ――――ふざけンなクソったれがっ!!)
土御門は言った。これは幸運だと。
一方通行にはその言葉が許せない。
幸運である筈がないのだ。
自身は記憶にある自分の複製で、気が付いたらあまり長くなくて、ようやく落ち着けたかと思えば悪夢に犯される。
一方通行にしてみれば確かにそうで、この事実は幸運だと言えるのかもしれない。
諦めていた存在を、失った日々を、終った時間を取り戻せるのかもしれないのだから。
だからこそ、一方通行には許せなかった。

この期に及んで、アレだけのことをして、どこかホッとして、のうのうとそんなことを考えてしまう自分が。
欠陥電気をあそこまで追い詰めた欺瞞に満ちた世界が。

「……、一方通行」

横から小さく声が掛かった。
一方通行の名を呟いたのは、土御門が吐いた台詞に衝撃を受けたまま立ち尽くしていた打ち止めだった。
スカートの裾を両手でギュッと握り締め、何かを考えるように俯いている。

「……」

一方通行の返事はない。
いっそ、開き直れればこんなに悩むこともないのだろうと、打ち止めは思った。
男の言葉が嘘でも本当でも構わないと、欠陥電気を助けに行くのだと言えたなら。
欠陥電気を助けに行ってと、打ち止めが言葉にしてしまえば一方通行を強引にだが動かせるのかもしれない。
でもそれをするだけの強さがなかった。
それに到るだけの想いに自信がもてなかった。
打ち止めはここにきて、自分を縛り付ける罪悪感と向き合わなければならいことに気付いた。
そしてその覚悟が持てなかった。



643 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:42:42.09 ID:xEFUd0co [43/47]


一方通行のために、一方通行を支える。
それは自分を許せない打ち止めにとって、その全てを無視して唯一自己を肯定できる確固たる行動規範になっていた。
だから打ち止めは動くことができた。
嫌なことからも、辛いことからも目を背けて過ごすことができた。

欠陥電気を助けに行ってと打ち止めが言えば、打ち止めの欠陥電気への罪は少しだけでも軽くなるのかもしれない。
だがそれは一方通行を裏切ることになる。
自分を守るために欠陥電気を切り捨てると決断した覚悟を、台無しにしてしまう。
男の言葉が嘘であれば、だが。
仮に本当だとして、どうして自分にそんなことが言えるだろうか。
欠陥電気を自分勝手に切り捨てた自分に。
全てを投げ出した自分に今更そんな都合のいい言葉が許されるのだろうか。例えその行為が欠陥電気のためだとしてもだ。
だから、そこまで分かっていても打ち止めは動けなかった。

結局、どう動いたとしても助けに行くのが一方通行であるという事実も、重くのしかかる。
打ち止めの言葉には、責任が伴わない。
実験に直接介入するのは一方通行で、危険な目に合うのも一方通行。
自分を助ける為に深い傷を負って能力に制限があり、不十分なチカラしか振るえない一方通行を送り出すことになる。
一方通行は強い。例え能力に制限があろうと誰にも絶対に負けないと信じている。
それでも自分の勝手な都合を押し付けて、危険な目に合わせることなど許容できない。
すでに無責任な自分のせいで、心も体もボロボロにしてしまったというのに。

欠陥電気を助けたい。でも一方通行を守りたい。
言葉にしたい。でもそんなことはできない。
信じたい。でも信じられない。
相反する矛盾した想いが打ち止めの胸の中をぐるぐると回り続ける。
打ち止めは歯を食いしばって必死に考え言い聞かせる。
だが、どれだけ考えても、どれだけ自分に言い聞かせても答えなどでるわけがなかった。
とても簡単で、当たり前のことを彼女は忘れていたから。
とても重要で、大切なことを彼女は見落としていたから。

「……っ」

仰向けで倒れこんだまま動かない一方通行。
怨声を上げ、怒りに身を染め、激しい感情に顔を歪ませながらも悩み、
自分と同じように不誠実な自分が許せない一方通行の存在を見つけ、打ち止めはようやく気付いた。
(……一方通行)
自分だけではなかった。自身を責めている人はここにも居た。
一番苦しんで、一番傷ついて、一番頑張った人がここに居るのだ。



644 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:44:36.23 ID:xEFUd0co [44/47]


打ち止めは唇を血が滲むくらい強く噛みしめた。
自分はまだ自分を許せない。でも、一方通行のためになら頑張れる。
そして自分は彼が何を考え何を望んでいるのか、よく分かっている。
例えそれが一方通行を裏切る行為だとしても、一方通行の今までの全てを否定したとしても。
大切なのは一方通行が本当に何を望んでいるのか、なのだから。

喉を鳴らし、ぎこちなく足を動かして土御門が置いていった電子ブックを無言のまま拾い上げる。
実験に関する情報などが入っている土御門の置き土産だ。
じっと電子ブックを眺め小さく鼻を啜る。

言うべきことはあった。伝えたいこともあった。
でもどんな言葉を並べても、どれだけ言葉を尽くしても足りないし、それだけの勇気はまだなかった。
だからもう口を開くことはやめて、行動に移す。
これが彼のためになると信じて。

「――っ」

息を呑んだのはどちらだろうか。
打ち止めは、口を閉じたまま一方通行の首筋にあるチョーカーのスイッチを入れた。
これで一方通行は学園都市最強の能力者になる。
例え手足がもがれていようが、核ミサイルが相手だろうが決して止めることができない、存在になる。
どうしようもない状況から打ち止めを救いだし、理不尽な現実から欠陥電気を連れ出した最強の能力者に。

能力使用モードに入った一方通行の体には、もう不自由などない。
杖を付く必要もなければ、土御門に打たれ動かない両腕も簡単に動かすことができるだろう。
だが、自由に動ける筈の一方通行は動かない。
打ち止めは、唇を強く噛み締めたまま電子ブックを一方通行の胸の上に置いた。
これが今の打ち止めにできる精一杯。
そして最大の意思表示。



646 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:50:04.74 ID:xEFUd0co [45/47]



沈黙は続く。
僅かに聞こえていた筈の息遣いさえ、今は聞こえない。
自身の心臓の鼓動だけが、静かに胸に響いた。
どのくらい時間が経ったか見当もつかないその時に、耳を打つ音が聞こえた。
音が聞こえてから、瞬く暇すらない僅かな時間の内に一方通行の姿は部屋から消えていた。
一方通行が家を出るときの表情を打ち止めは知らない。
打ち止めは顔を俯かせたまま、立ち尽くしていたから。

一人部屋に残された打ち止めは自問自答する。
やるべきことを全てしたとはとても言えない。それでも、出来ることはやってのけた。
全てを投げ出して、目を背けて来た現実に少しは向き合えたのだろうかと。
打ち止めは鼻を啜ると、ぽつりと呟く。
ほんの小さな充足感とちっぽけな達成感を抱いて。

「頑張って、ってミサカはミサカは言ってみる」

その言葉に意味はない。
行ってしまった彼に向けた届くことのないモノだから。
それでも多分今の自分にとってこの言葉を言うことが大事なのだと、打ち止めはそう思って小さく笑った。








649 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/05/06(木) 01:57:37.20 ID:xEFUd0co [46/47]
ここまで
これで『道』は終わり、次に進みます
つーか、土御門って超便利キャラにしちゃったけど、後でこれ都合よすぎじゃね?とか色々考えて、変更しなかったけど…
今更だが、設定は一方さんが暗部? なにそれ? 的に打ち止めと二人でまったりと過ごしているって感じ
上条とも当然アレ以来会ってなくて、インデックスとも面識ねえです

前回投下分の修正はまことにさーせん
上条さんと一方さんのシーンは時間の経過がごっちゃになってるとか、まあ勘弁して
で、次の投下がいつになるかは、まさに神のみぞ知るって感じ
どこで話を区切るべきかマジ悩みどころ
多分あと3回投下したら終ると思うので、それまでよろしく頼んます

コメント

No title

続きはどこ・・・

No title

これ続き書かれてないのかな…ずっと気になってるんだが

No title

続きどこですかorz

No title

生殺し・・・

No title

どこにあるーーーーーーーーーーーー!!!

No title

続きはあるんですか?どこですか?どうなんですか?

No title

作者アアアアアアアアアアアアアアアア!!

No title

続きはいづこ・・・・・・

No title

続きは総合で始まったぞ

No title

続きは・・・?

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