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澪「ホワイト・バレンタイン」

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:05:17.63 ID:Z+oLWhjSO [1/23]
「ありがとうございましたー」

店員さんに、意味深な目配せをされてしまった。

一足遅い、バレンタインデーのプレゼントと勘違いされてしまったらしい。

ママのお手製の布バッグにチョコを詰めてから、私は無機質な灯りを満載したコンビニを出た。

今日は2月14日。時刻は午後11時。

天気は、雪。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:14:08.49 ID:Z+oLWhjSO [2/23]
「はぁっ……」

寒い。

身に染み込むような、という表現がぴったりだ。

信号機の青も、この冷気に凍りついてしまうのではないか。そんな気さえした。

身体が、内側から少しずつ冷えていくのがわかる。
パパが貸してくれたマフラーに顔をうずめると、タバコと汗のにおいがした。

空を見上げると、大粒の結晶が顔を打つ……痛い。

静かに舞い降りてくる雪の粒は、まるで遠い宇宙の流星群のようだ。

どんなに見ていても、飽きることなんてない。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:18:54.65 ID:Z+oLWhjSO [3/23]
「……っくち」

それにしても。変な見栄を張るんじゃなかった。

いくら律に小馬鹿にされたのが悔しかったからといって、

あげるアテもないチョコを買うなんて。

お金と時間の無駄使いも、いいとこだ。

でも……。

「……くすっ」

楽しい。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:22:53.76 ID:Z+oLWhjSO
雪って、踏むと不思議な感じがするんだよね。

古い電車のシートに座るような、なんだか懐かしい感じ。

桜の木、枝の雪が重そう。ちょっとかわいそうだな。

タクシーの運転手さん、こんな時間までご苦労さまです。

……どこかで、静かな崩壊の音がした。

屋根の雪が、静かに崩れる音だ。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:27:07.11 ID:Z+oLWhjSO
「……寒い」

ちょっと、休憩しよう。

この公園、懐かしいなあ。

小さい頃、鉄棒の練習に来たっけ。

逆上がりがなかなかできなくて、泣いたんだよね。

……哀れなベンチは、慣れない雪に埋もれて凍えていた。

これじゃあ、座れないな。

「……出ておいで」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:32:03.80 ID:Z+oLWhjSO
「……いつから、気づいてたの?」

さっきから、ずっとだよ。

ほら、怒ってないから。こっちにおいで。

「……へへ」

パラソルをさしてあらわれたのは、困ったように笑う女の子。

黄色のピンが、ブラウンの髪によく似合ってる。

女の子はワンピース姿だった。半袖の、純白のワンピース。

寒くないのかな?

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:36:29.11 ID:Z+oLWhjSO
「どうして、私のあとをつけたの?」

見ると女の子は、私と同い年くらい。

桜高にこんな子がいればいいのに。そんなことを、ふと思った。

「あなたがさみしそうに見えたから、かな」

……むう。

さみしくなんか、ないよ。

「ねえ、遊ぼ?いっしょに大きな雪だるま、つくらない?」

……やれやれ、子供だな。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:39:57.72 ID:Z+oLWhjSO
それから、私は。

その子と、雪だるまを作りました。

とても大きな雪だるま。

よく見ると、その子の歩いたあとには、足跡ひとつありませんでした。

不思議だけど、怖くはなかったな。

どうしてかな?

私にも、よくわからない。

……ああ、手袋が濡れちゃう。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:43:48.52 ID:Z+oLWhjSO
「……できた!」

「やったね、澪ちゃん!」

ぴょんぴょん跳ねてよろこぶ女の子。

まるで、雪ウサギだね。

私のお気に入りのウサちゃん。

もう、私のこと名前で呼んでる。

教えた覚えなんか、ないのに。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:48:25.79 ID:Z+oLWhjSO
「ねえ、そんなかっこうで、寒くないの?」

こんな真冬に、白のワンピース一枚なんて。

ほら、手もこんなに冷たいじゃんか。

「手の冷たい人は、心があったかあったかなんだよ!」

……そんなこと、知ってるよ。

私、今とっても暖かいもん。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 01:54:45.28 ID:Z+oLWhjSO
大時計の長い針と短い針が、12で重なり合おうとしている。

それはまるで、私たちのようで。長い針が私で、短い針が女の子。

……時計の針にだって、バレンタインを祝う権利があるよね。

でも、私が針のデートを見届けることは、できない。

もう、帰らなくちゃ。

「……そう、残念だなぁ」

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:00:30.02 ID:Z+oLWhjSO
女の子が悲しそうな顔になる。

止めて。そんな顔しないで。

そうだ、明日また会おうよ。今度は二人だけで雪合戦しよう。

雪ウサギも作ろうよ。私、作るから。君にそっくりな雪ウサギ、作ってみせるから。

……ねえ、なんで首を横に振るの?

「ごめんね、私に明日はないの」

「朝がきたら、お日様が顔を出すでしょう?」

「そしたら、私たちは溶けて消えちゃうの。だから……」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:10:57.95 ID:Z+oLWhjSO
そこまで言うと、女の子はうつむいてしまう。

「……そっか」

喉がツンと痛い。さっきの冷気が、戻ってきたみたい。

……そのくせ、目の奥がどうしようもなく熱い。変なの。

「ねえ、そんなに悲しそうな顔しないで」

「私たち、また会えるから」

「雪の降る夜なら、きっとまた会えるから」

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:13:33.84 ID:Z+oLWhjSO
約束だぞ?

「うん、約束」

……ありがとう。

そうだ、お礼をしなくちゃ。

えっと、何かあったかな?

……ああ、そうだ。これにしよう。

はい、これ。バレンタインチョコだよ。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:19:36.94 ID:Z+oLWhjSO
赤いリボンで飾られた、ブラウンの箱を渡す。

箱はすっかり冷え切っていたけれど、女の子はとても嬉しそうに受け取ってくれました。

純白の歯が、愛想のない電灯に輝く。

虫歯にだけは、気をつけてね。

「ありがとう!私も何かお礼ができたらいいんだけど……」

いいんだよ。今日は本当にありがとう。

チョコ、大切に食べてね。

私が初めてあげる、バレンタインチョコなんだから。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:27:13.46 ID:Z+oLWhjSO
さあ、もう帰らなくちゃ。

あと少しで、針と針が重なっちゃう。

そしたら、この魔法のような一日は終わってしまう。

「うふふー、まるでシンデレラみたいだね」

ふふっ、本当だ。

さようなら、私のお姫様。

あ、ちょっと待って。

君の名前を聞かせてよ。

「私?私の名前は……」

「……唯っていうんだ!」

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:28:25.00 ID:Z+oLWhjSO
そっか、唯っていうんだ。

素敵な名前だね。

ああ、もう時間がない。

最後にもう一度、伝えなくちゃ。

「ありがとう、唯!」



……そして、長い針と短い針は結ばれ。

私と唯の時間に、終わりを告げました。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:33:49.68 ID:Z+oLWhjSO
……気がついたら、私は夜の公園に一人で立っていた。

近くの楡の木から、雪の塊が滑り落ち、優しい音をたてた。

公園には、まだ雪だるまが残っている。私と唯が二人で作った、大きな雪だるま。

持って帰りたい。一瞬そんな衝動にかられた。

だけど私は、首を横に振る。

……思い出なんていらない。

だって私と唯は、きっとまた会えるから。

雪の降る、静かな夜に。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:38:45.17 ID:Z+oLWhjSO
公園を足早に出て、家路を急ぐ。

足元で、雪が優しい音をたてる。古い電車のシートに座るような、どこか懐かしい感じ。

丸っこいかたちの車のボンネットに、雪が何センチも積もっていた。

さすがにこの車にはなりたくないな。

自販機の無表情な白い灯りが、私を誘う。

……ココアでも買って、帰ろうかな。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:43:35.42 ID:Z+oLWhjSO
……小銭入れを開いてみて、私はおどろいた。

いつの間にか、入れた覚えのないガラス細工が入っていたのだ。

雪の結晶をかたどった、小さなガラス細工。

頬が緩むのを、押さえきれなかった。

……唯の仕業だな。まったく。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:52:41.44 ID:Z+oLWhjSO [21/23]
いつの間にか、雪は止んでいた。

硬貨を三枚、自販機に入れてからココアのボタンを押す。

無粋な音が眠る町に響き渡り、そして凍った虚空に吸い込まれていった。

左手に小銭入れ、右手に缶を持って私は不慣れな雪道を歩く。

右手の缶は、確かに温かい。

だけど、なぜだろう。左手の方が暖かく感じるのは。

小銭入れの中の、小さなガラス細工のせいだろうか。



終わり

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/02/15(火) 02:57:12.32 ID:Z+oLWhjSO [22/23]
終わりです。
スレ提供してくれた方、ありがとう。
途中までは雪道を歩きながら書きました。
家帰ってから、なんか調子悪くなったのはなぜ?

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