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東方SS「餅」
2 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:31:17.19 ID:dsSj6dou0 [1/31]
夜半から降りだした雪は幻想郷を白い雪景色に変えてしまっていた。
こんな雪の積もる日に神社まで参拝に出かける人はいない。仮に神社を訪れる客がいたとしても
それの目的は参拝ではない。
参拝客がいないなら律儀に境内に出る必要もないので、博麗霊夢は参拝客でない客3人と一緒に
こたつに入っていた。
「ん?」
彼女はいま、溜まり気味な繕い物をがんばって片付けているところである。一人暮らしという
こともあり全くできないというわけではないのだが、繕い物はあまり得意な仕事ではなかった。
「貸してみて」
横に座るアリス・マーガトロイドが霊夢の手から繕い物を受け取り、霊夢が手こずっている箇所
を手際よく片付ける。
彼女自身は上海のために小さなマフラーを編んでいた。本来なら一人で作業したほうが効率がいい
のだが、急ぐ必要もないので賑やかなところでのんびり作業することにした。
霊夢が繕い物を片付けようと思ったのも、実のところアリスが来ているからであった。先ほどから
マフラーを編む時間よりも霊夢に教える時間のほうが長い。
夜半から降りだした雪は幻想郷を白い雪景色に変えてしまっていた。
こんな雪の積もる日に神社まで参拝に出かける人はいない。仮に神社を訪れる客がいたとしても
それの目的は参拝ではない。
参拝客がいないなら律儀に境内に出る必要もないので、博麗霊夢は参拝客でない客3人と一緒に
こたつに入っていた。
「ん?」
彼女はいま、溜まり気味な繕い物をがんばって片付けているところである。一人暮らしという
こともあり全くできないというわけではないのだが、繕い物はあまり得意な仕事ではなかった。
「貸してみて」
横に座るアリス・マーガトロイドが霊夢の手から繕い物を受け取り、霊夢が手こずっている箇所
を手際よく片付ける。
彼女自身は上海のために小さなマフラーを編んでいた。本来なら一人で作業したほうが効率がいい
のだが、急ぐ必要もないので賑やかなところでのんびり作業することにした。
霊夢が繕い物を片付けようと思ったのも、実のところアリスが来ているからであった。先ほどから
マフラーを編む時間よりも霊夢に教える時間のほうが長い。
3 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:31:59.77 ID:dsSj6dou0 [2/31]
「ふあぁーっ」
こたつに足だけを入れて畳に寝転がっている霧雨魔理沙が小さく欠伸を漏らした。魔理沙の目の前
には駒の乗ったチェス盤が置かれていて、ごくたまに駒を動かしている様子だった。
チェスプロブレムであるが、欠伸をするくらいなのであまり真剣には取り組んでいない。
「……」
こたつより少し離れた板の間に火鉢が置かれており、東風谷早苗が餅を焼いていた。先ほど4人で
こたつに入っているかのように描写したが、彼女はこたつに入っていない。こたつに入ってはいない
のだが、いつだって心の奥底はこたつの中である。
彼女は30分ほど前に決着した、博麗神社新春花札大会にて大敗してしまったため、罰ゲームとして
餅焼き係の係長に任命されてしまい、もちろん係に部下はいないので黙々と餅を焼いていた。
説明するまでもないが、花札大会といっても暇人4人が暇つぶしに花札をやっただけの話である。
5 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:32:56.59 ID:dsSj6dou0
雪はすでに止んでいた。静かな冬の日だった。
繕い物の手を休めた霊夢が、急須から注いだお茶を啜る。
「最近、異変起きないね」
「ん……あぁ」
誰とも無くつぶやいた霊夢に、魔理沙が生返事を返す。
「異変かぁ……できれば暖かくなるまで起きてほしくないな。冬の空は寒い」
「冬が寒いのは当たり前じゃない。暑かったらそれこそ異変よ」
「まぁそうだけど。でも、なにも事件がおこらないってことは平和だってことなんだから、のんびりできて
いいことなんじゃないか」
「そう言われると返す言葉もないけど……ねぇ、早苗のとこには何か困った事件の話来てない?」
「え?ごめんなさい、話を聞いてませんでした」
真剣に餅と対峙していた早苗は急に声をかけられて、なにがなにやらわからないという顔をしている。
「……いいわ、早苗はがんばって餅を焼いてて」
6 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:33:40.61 ID:dsSj6dou0
頬杖をつき長いため息を吐く霊夢の目の前を、漂うように上海が横切る。見るとも無くそれを目で追う
うちに、アリスと目が合った。
「アリスは、なにか面白い話ない?」
異変の話がいつのまにやら面白い話に摩り替わっている。アリスは端整な顔を少し傾け、なにかを探す
ように視線を宙に泳がせる。
「面白い話ねぇ……あ、そういえばこんな話を聞いたわ」
なにかを思い出した様子のアリスに、霊夢と魔理沙がほぼ同時に詰め寄る。それは……あえて例えると
すれば三日ぶりの餌を目の前にした野犬のような勢い。驚いたアリスは反射的に身を引き、少しだけ引き
攣った笑顔を浮かべた。
早苗は餅を焼いていた。
7 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:35:39.19 ID:dsSj6dou0
「一週間くらい前だったかしら?人形劇をやりに行った時に聞いた話なん」
「そういえばたまに里で人形劇やってるって言ってたな」
アリスの話が終わるのを待たずに、魔理沙が勢いよく喋りだす。
「え?えぇ、月に数回くら」
「ふーん、面白そうね。で、その人形劇って儲かるの?」
戸惑うアリスの話が終わるのを待たずに、霊夢が金の話を持ち出す。
「……別に儲けるためにやってるわけじゃなくて、そりゃ少しはお金も欲しいけど、それよりみんなの喜」
「儲かるんだったら、人形劇は無理だけどなにか見せ物でもやってみるかな」
「あ、いいわねぇ。私も占いとかならやれるかしら?」
人の話を全く聞かずに金儲けの相談をはじめる魔理沙と霊夢。怒った上海がそれぞれ得意の得物で二人
の頭をポカポカ叩く。そのうちの一体がデザートイーグルのセイフティを外したところでアリスの制止が
入った。
9 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:36:33.83 ID:dsSj6dou0
「で、話続けてもいいかしら?」
「……はい、ごめんなさい」
一瞬だけ余所行きの爽やかな笑顔を浮かべた後、アリスは話を続けた。
「人形劇を見に来たお客さんから聞いたんだけど、里の外れのほうで見かけない変わった子が変わった物を
売ってたんだって」
「話に具体性が無いわね。変わった物ってなによ?」
「うん、よく分からないんだけど、なんでも夢を叶える道具だとかなんとか」
「夢を叶える道具?そりゃ宝くじだな」
「そうね、宝くじねきっと」
「え?そ、そうかしら?」
一瞬で納得してしまった二人を見て、少し戸惑いが隠せないアリス。
10 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:39:11.25 ID:dsSj6dou0
「で、見かけない変わった子っていうのは?」
「うん、くわしくは分からないけど、なんか頭の上に耳があったとか」
「頭の上に耳?猫だな」
「猫ね」
「え?でも猫みたいなのじゃなくて、もっとこんな長い耳だって聞いたわよ」
アリスは頭の上で両手を伸ばす。
「なに言ってるんだ、そんな耳の長い猫がいるわけないじゃないか!」
「猫っていったら、せいぜいこの程度よね」
頭の上に手のひらをちょこんと乗せる霊夢。
「きっとそのお客さんが見間違えたのよ」
「そ、そうかしら?なんか納得いかないんだけど……」
あごに指を沿え、アリスは眉根を寄せて考え込んでしまう。
11 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:39:56.13 ID:dsSj6dou0
「そんなめったに会わないお客さんよりも、私たちを信用しろって!だよな早苗」
「え?ごめんなさい、話を聞いてませんでした」
真剣に餅と対峙していた早苗は急に声をかけられて、なにがなにやらわからないという顔をしている。
「……いいわ、早苗はがんばって餅を焼いてて」
「まぁ、つまり話をまとめるとだ」
人差し指を立ててニヤリと笑う魔理沙、たぶんポーズに意味は無い。アリスと霊夢が注目するのを待って
しばらくの溜めを挟んで、切りだす。
「里で猫が宝くじを売ってた」
「……異変ね」
「異変……これ異変なの?」
「あぁ異変だ、間違いない!すぐに解決しないとな」
ひさしぶりの異変の片鱗を聞きつけて不敵な笑みをうかべる霊夢と魔理沙に挟まれて、アリスはきょろ
きょろと困惑する。
早苗は餅を焼いていた。
12 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:41:19.56 ID:dsSj6dou0
異変の発生をいち早く察知した博麗神社にて緊急の作戦会議が開かれた。
それなりに散らかっていたこたつの上が手早く片付けられ、幻想郷の地図、主要人物を纏めたファイル
録音機材、紙コップのコーヒー等がセッティングされる。
「猫のことならば、猫に聞くのが手っ取り早い」
「どっちの猫かしら」
「うん、アリス君いい質問だ」
なにか、なんていう名前か知らないけど、いわゆる差し棒を手にした魔理沙はやたら機嫌よさそうに
うんうんと頷いている。差し棒の先がボールペンを内蔵しているかどうかはこの時点では判らない。
「私の分析では、地底の猫は生きている人間にはあんまり興味を示さない。だから里に行く可能性も低い」
「そうね、それに三つ編みじゃない」
「あぁ、三つ編みだしな」
三つ編みだと何の不都合があるのかアリスにはさっぱり見当がつかなかったが、あまり深く考えない事も
人生を生きるうえでは大事なことだと悟って、あえて聞き流すことにした。
13 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:42:38.36 ID:dsSj6dou0
「じゃあ橙に事情を聞けばいいわね」
「だな。橙を捕まえて吐かせればいい」
「物騒よ魔理沙!……で、橙に話を聞いて、その後はどうするの?」
「当たりくじを……いや、まぁ話を聞いてから考えればいいだろ」
魔理沙と霊夢は不自然な微笑みを浮かべる。たとえばもう少しで大金が騙し取れそうな詐欺師がこんな
笑顔を見せるのではなかろうか?アリスにはそう見えた。
「じゃ、早苗、そういう事になったから」
「え?ごめんなさい、話を聞いてませんでした」
真剣に餅と対峙していた早苗は急に声をかけられて、なにがなにやらわからないという顔をしている。
「……いいわ、早苗はがんばって餅を焼いてて」
「私たちちょっとヤボ用で出掛けることになったから、誰か尋ねて来たら、お母さんはいま居ません、って
答えるように」
「はーい」
魔理沙、霊夢、アリスの三人はそそくさと身支度を整え出掛けていった。
早苗は餅を焼いていた。
15 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:44:46.70 ID:dsSj6dou0
橙に事情聴取するため寒空の下に出てきた三人。公式情報によれば橙は妖怪の山に住んでいるらしい。
しかし魔理沙たちが向かったのは妖怪の山でも、話の発端となった里でもなく、神社の境内。
「てっきり山に行くのかと思ってたわ」
「この寒い中、山に行っても正確な住処のわからない橙を見つけるのは難しい」
「手がかりがないと流石にね。でも、それじゃあどうやって橙を見つけるのかしら?」
「まぁ探すのが難しいなら、向こうから来てもらおうかと」
霊夢は手袋の上から手を摩りながら、きょとんとした表情で魔理沙の話を聞く。三人とも吐く息が白い
アリスも上海も寒がっている。上海が寒さを感じているかどうかは疑わしいが。
「ここに用意しましたのは捕獲用トラップ」
「ザルと、つっかえ棒ね」
「大きなザルと、つっかえ棒ね」
「捕獲用トラップに餌を置き、ターゲットが餌につられてのこのこ現れたところで」
「この紐を引けばいいのね」
「そう、実にシンプル」
そんな前時代的な罠にひっかかる奴が本当にいるんだろうか?アリスは一抹の不安を覚えた。
16 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:45:35.38 ID:dsSj6dou0
「だったら猫の好きそうな餌を用意しないとね」
「いや、捕まえるのは猫じゃない」
「へ?」
「なにしろこの寒い気候だ。こたつから出ようとしない猫を捕まえるより、親玉の狐を捕まえるほうが手っ
取り早いだろ?」
してやったりといった顔で魔理沙は胸を張る。
「そして既にトラップ内には油揚げを設置済み。あとは物陰から様子をうかがう簡単な仕事」
得意げに魔理沙がザルを指刺すと、そこにはザルと必死に格闘する妖怪狐の姿があった。
17 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:47:22.58 ID:dsSj6dou0
霊夢がザルをひょいと持ち上げてやると、油揚げを口に咥えたまま半泣き状態の八雲藍が姿を現した。
「元EXボスとしてはちょっと痛い光景ね」
「あんな所に油揚げがあったら誰だって食べようと思うでしょ普通!」
「普通は食べようと思わないぜ」
「……え?」
自分で仕掛けた罠を自分で全否定している魔理沙を見てアリスは益々混乱していた。それはまぁどうでも
いいとして、半ベソをかいている藍の顔を霊夢がハンカチで拭いてやり、ついでにお代わりの油揚げを渡して
なだめていた。
お代わりの油揚げでいくらか機嫌が直ったのか、藍はいつもの落ち着きを取り戻す。
「この寒い中わざわざ来てもらったのは(中略)というわけで橙を呼んできてほしいんだ」
「橙?そうだった、私も橙を探しているところだったのよ」
「油揚げを拾い食いしてたように見えたけど」
「あれは……ザルの中に橙が居ないとも限らないからね」
明後日の方向を向きながら苦しい言い訳をする藍。
18 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:48:29.41 ID:dsSj6dou0
「まぁ拾い食いだけどそれはどうでもいいわ。それで橙は居ないの?」
「今朝、こたつの中を覗いたらいなかったんだ」
「たまたまこたつから出てただけなんじゃないか?」
「でも昨日もこたつの中にいたし、おとついもこたつの中にいたし、その前の日も、さらに前の日も」
「猫ってそんなにこたつ好きなんだ……」
霊夢は素直に驚いていた。こたつで丸くなって幸せそうな橙を想像する。
とにかく当てが外れて藍がまったく役に立たない状況だと分かった以上、寒い屋外にいる必要もないので
一旦居間に引き揚げて、作戦を練り直すこととなった。
「これで霊夢の家のこたつに橙がいたら笑っちゃうわよね」
「さっきまでみんなこたつ入ってただろ?橙がいたならさすがに気付くよ」
「そうね、気付かないわけないわよね。私なに言ってるんだろ」
魔理沙と話しながらアリスがなにげなくこたつ布団を捲ると、中央で橙が丸くなっていた。
冒頭で霊夢と来客3人がこたつに入っていたと表現したが、全くの間違いというわけでもなかったようだ。
19 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:50:27.88 ID:dsSj6dou0
「あ、橙いたんだ。全然気付かなかったわ」
お茶を運んできた霊夢は呑気な感想を呟く。
「いやいやそれはおかしいだろ!」
「ねぇ橙、いつからこたつの中にいたの?」
アリスの問いかけに、少し眠そうな橙は答える。
「霊夢が、ん?って言ったあたり」
「それ、ほとんど最初じゃないかよ!」
納得のいかない魔理沙は藍の帽子を顎までひっぱり下げてうさ晴らしをする。藍は急に前が見えなくなり
情けない声を出して混乱している。
「早苗は橙がいたこと気がついてた?」
「お母さんはいま居ません」
真剣に餅と対峙していた早苗は急に声をかけられて、なにがなにやらわからないという顔をしている。
「そう……わかったわ」
22 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:53:14.69 ID:dsSj6dou0
無事に橙が見つかったというか最初から居たことに気付いた魔理沙は、眠そうな橙を強引にこたつから
引きずり出して、拷もn 事情徴収を始める。
異変解決のためなら多少手荒な事をしても不可抗力で済まされるものである。
「話を聞いていたなら話が早い。話を聞かせろ!」
「えー、なんのことぉ?」
橙は眠い目をこすりながら生返事を返した。その様子を見た魔理沙、手近な上海をひっ掴んで橙の目の前
に突き出す。
「いいか、こういう目に遭いたくなかったら、洗いざらい白状するんだ!」
言うが早いか、魔理沙は右手に持った油性ペンで上海の顔に大げさな鼻毛を書き加える。
「ちょっと魔理沙!酷……」
もちろん魔理沙に抗議するアリスを、すかさず霊夢が押さえ込む。橙は見るも哀れな上海の姿に、心の底
から震え上がってしまう。
「ごめんなさい……何でも聞いてください」
「謙虚でいい態度だ、なら早速聞こう。一週間ほど前、里に行って宝くじを売ってたそうだな」
「え?私、里には秋の収穫祭以来行ってないよ」
「嘘を吐いても無駄だぜ。こっちにはちゃんと目撃情報が届いてるんだ」
「う、嘘じゃないよ、本当に行ってないもん!鼻毛嫌だし!」
24 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:54:11.19 ID:dsSj6dou0
橙の泣きそうな表情が、魔理沙には嘘を吐いているようには見えなかった。嘘を吐いていないということ
は、宝くじを売っていたのは橙ではないということになる。魔理沙はとりあえず困ってみた。
「なぁアリス、話が食い違うんだけど」
「私の上海になんてことするのよ!可哀そうじゃない!!」
「大いなる目標の達成には小さな犠牲が出てしまうのも致し方ない」
「ひっどーい、最低!!」
当の上海は自分がどのような状態になっているのか露知らず、無邪気に魔理沙のまわりを漂っている。
「アリスの話だと里で猫が宝くじを売っていた。しかし橙は里へは行ってないと言う」
「じゃ、じゃあ橙じゃない別の猫なんじゃないの」
「このあたりに宝くじを売れるような賢い猫は橙しかいない。地底にもう一匹いるが、あれは三つ編みだか
ら違うだろう」
アリスは考え込む。里で宝くじを売っていたのは猫じゃないのだろうか?話を聞かせてくれたお客さん
にくわしく聞けばいいのかもしれないが、名前も知らない通りすがりのお客さんが簡単に見つかるとは
思えない、これでは手詰まりではないか……。整った眉を寄せて真剣に考える。話が摩り替わっていること
には気付いていないようなので、そっとしておいたほうが良さそうだ。
25 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:56:50.02 ID:dsSj6dou0
「……幽霊の正体見たり枯れ尾花」
「え!?」
お茶を運んできた霊夢が小さく呟く。突然なにを言い出したのか把握できないが、なにかすごく深い意味
がありそうなのでアリスも魔理沙も霊夢に注目する。
「そういうことわざがあるじゃない。怖がっているから幽霊に見えるけど、本当は枯れたススキを見間違え
ただけでしたって」
「ことわざっていうか俳句だな」
「どっちでもいいわ。猫は見間違えだったんでしょ?」
「うん、そう……なのかな」
「だったらもう犯人確定じゃない」
上機嫌でお茶を啜る霊夢。アリスには霊夢がなにを言ってるのかさっぱり解らない。
26 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:57:51.04 ID:dsSj6dou0
「ねぇ、どういうこと犯人確定って?」
「簡単なことよ、枯れ尾花が宝くじを売ったりなんてできないでしょ?」
「あ!じゃあ宝くじを売ってたのは」
「幽霊ね」
その話は絶対におかしいとアリスは思ったが、また上海が酷いことされるかもしれないのであえて口を
挟まないことにした。隣に座る魔理沙はふたたび金の亡者のような笑顔を浮かべている。
「幽霊が犯人なら、向かうは白玉楼だな」
「なんで幽々子が宝くじ売ってたのかは想像もつかないけど、まぁ本人に聞けばわかるわね」
「じゃあ早苗、私たちちょっと白玉楼に行ってくるから、誰か尋ねて来たらお母さんはいま居ません、って
答えるように」
「はーい」
部屋の片隅では鼻毛の落書きを怖がって泣いている橙を藍が抱きしめてなだめていた。
早苗は餅を焼いていた。
42 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:17:43.04 ID:dsSj6dou0
音楽がきこえる……携帯の目覚ましだ。
手探りで携帯を探し出して黙らせる。布団から出ている顔に、朝の寒さが辛い。もうすこしこのまま温かい
布団に包まっていたい、できればいつまでも。
頭が少しだけ回ってきて、正月に決意した今年の目標を思い出す。今年はお母さんに起こされる前に自分で
起きる……しかたが無い。
部屋は寒いけど覚悟を決めて、一気に布団から出る。
「おはよう」
「あら?一人で起きてくるなんて珍しい。偉いじゃない」
キッチンではお母さんとお姉ちゃんが並んで朝食の支度をしている。朝からにこにこしているお母さん
ちょっと私のことを子ども扱いしすぎるのが不満、まぁ子供だけど。
「偉いついでにテーブル片付けといて」
「わかった」
お姉ちゃんは私の自慢だ。いつも優しいし、髪の毛が長くてさらさらですごく綺麗。私ももう少し大人に
なったらお姉ちゃんくらいに髪を伸ばしたいけど、私は少し癖毛なのがすこし残念なところ。
テーブルを拭いていると、お母さんとお姉ちゃんが、次々朝食を運んでくる。朝からがんばりすぎだといつも
思うのだけれど、不満を言うとお母さんがすごく悲しそうな顔をするので我慢する。たくさんの朝食が揃った
ところで、お父さんが起きてきた。
「おはよう霊夢」
優しくて物知りなお父さん、私にものすごく甘い。みんなが揃ったところで、みんなで朝食を食べる。うちで
は毎朝、私が物心付いた頃から、だいたいそんな感じだった。
43 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:18:58.07 ID:dsSj6dou0
「れいちゃん、おはよー」
「おはよー」
いつも一緒に学校に行く奈美ちゃんと裕子だ。奈美ちゃんはすらっとしてて髪も短く、ちょっと男の子みたい。
裕子はテンポがゆっくりで、少しドジなところもある。二人ともクラスも同じなので、学校にいる時はほとんど
一緒に過ごしている。
「れいちゃんは数学の課題やった?」
「うん一応、難しかった」
挨拶して、話しかけて、二人は歩き出す……あれ?
「どしたの霊夢?」
「あれ?……私たち、三人だったっけ」
「三人って?」
「なんか、すごい仲のいい子がもう一人いたような気が」
顔を見合わせる奈美ちゃんと裕子。
「れいちゃん、寝ぼけてるの?」
「寝ぼけてるわけじゃないけど……」
45 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:19:50.83 ID:dsSj6dou0
裕子が目の前でひらひら手を振っている、なんか私のせいで微妙な空気になっちゃったな。
奈美ちゃん、裕子、私。毎日学校に行くときも学校でも、この三人で一緒にいる……はずだった。
毎日のことなのに違和感を感じる。奈美ちゃんでも裕子でもない、もっと違う誰かがいたような?私にとって
とても大事な誰か……。
その子のことを思い出そうとすると、目の前の二人にも、見慣れた風景にも奇妙な違和感を感じてしまう。
私……どうしちゃったんだろ?
授業に集中できないまま昼休みになってしまった。毎日過ごす教室にもクラスメイトの顔にも、どことなく
違和感を感じる。なんていうか、ここにいる私が、本当はここに居ないみたいな不思議な感じ。
いつものように奈美ちゃんと裕子とお弁当を食べる。
46 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:20:46.48 ID:dsSj6dou0
「朝のアレ、まだ続いてるん?」
「ん?……うん」
「きっと記憶違いだよ、れいちゃんとすごい仲が良い子なら私たちも知ってるはずでしょ?」
私が浮かない顔をしていたからなのか、裕子が笑い飛ばそうとしてくれる。私も笑顔を返そうとするけど
うまく笑えない。
「その仲がいい子って、どんな子なのよ」
「それが、思い出せないの」
「思い出せない、少しもわからないわけ?名前とかさ」
授業中にも考えていたけれど、奈美ちゃんに促されて改めて記憶を辿ってみる。
「うーん、はっきり思い出せないけど、マリなんとかって名前」
「C組に麻里っていたな」
「マリのあとになんか続いた名前だったと思う」
「3年に真里菜先輩いるね、弓道部の」
「他に特徴とかは?」
目を瞑って考え込むと、一瞬だけ映像のようなものが浮かんだ。
48 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:21:43.42 ID:dsSj6dou0
「奈美ちゃんあのね、私のこと変な子だって思わないでね」
「霊夢は霊夢だろ、大丈夫だよ」
「ぜ、絶対だよ!」
「はいはい、わかったから」
奈美ちゃんを見て、裕子を見る、やっぱりどうにも言いづらい。
「ちょっとだけ思い出したんだけど、そのマリなんとかって子……ふわふわの金髪なの」
「外人さんなんだ、凄いね」
「黒っぽい服で……箒に乗って飛んでる」
「飛んでる?どこを」
「……空」
奈美ちゃんは一瞬ポカンとしていたけど、そのうちうんうんと頷きだす。
「だいたいわかった、ついに霊夢も前世の記憶を思い出してしまったようだね」
「違っ、そんなんじゃ!」
「れいちゃん漫画の読みすぎだよ」
ころころと笑いだす裕子。
お母さんとお姉ちゃんの作ってくれたお弁当も、今日はなんだか味気ない。
50 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:22:57.19 ID:dsSj6dou0
なんだか釈然としないまま一日の授業が終わった。奈美ちゃんは委員会の仕事があるし、裕子は放課後は塾
に通うため、帰りは一人だった。
朝からのことで、なんとなく二人ともぎこちなくなってしまった。もう訳の分からない金髪の子のことは
忘れて、明日からはまた普通に戻ろう。
夕暮れ時になると冬らしく寒さが増してくる。誕生日にお姉ちゃんから貰った赤い手編みのマフラーを巻き
直して、繁華街を足早に歩いた。早く家についてコタツで温まりたい。
毎日通る町並み、いつもと変わらない。朝の違和感は何だったんだろう?いつもの本屋、いつもの靴屋
いつものスーパー、いつもの……。
見慣れない扉を見かけ私は立ち止まる、今朝通った時はこんなもの無かった!
濃い茶色に塗られた重そうな木の扉、open と札が架かっているのでお店だろうけど、看板が無いので何の
お店なのか分からない。でも……私がそこに入らなければいけない、そんな奇妙な確信があった。
扉を目の前にして、なんでか緊張してドキドキしていた。足に力が入らない。私はゆっくり深呼吸して落ち
着くと、重そうな扉を一気に開いた。
扉の向こうで出迎えてくれたのは、赤と青の……なんというかとても個性的でエキセントリックな衣装を着た
銀髪のまるでモデルのような美人。
私はこの人を知っている。
その認識と同時に、頭のなかに様々な光景が次々とめまぐるしく映し出される。酷い立ちくらみのような
状態に、よろめいて膝をつく。
銀髪の美人、八意永琳は私を椅子に座らせてくれて、水を飲ませてくれた。
52 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:26:01.86 ID:dsSj6dou0
「落ち着いた?」
「……夢だったのね」
「夢よ、こういうこと言わなきゃならないってのも、損な役回りなのよね」
全て思い出した。早苗が里で兎から買った、夢を叶える枕。それを使った結果がこの夢。
「あの枕は、寿命のない月の民がこの世に絶望した時、安らかに死ぬための道具なの。大掃除のどさくさに紛れて
兎が持ち出してしまったのね。枕を使ったあなたの様子がおかしいからって、慌てた魔理沙に呼ばれて、私がここ
まであなたを迎えに来たわけ」
「とんだ不良品ね、魔理沙のこと忘れられなくて夢から覚めるとこだったわ」
「あと3日ほど過ごせば綺麗に忘れてたはずよ。でも面白いわ、人智を超えた能力をもつ博麗の巫女が夢見るのは
普通の女の子の生活なんて」
私は恥ずかしくなって、でも返す言葉も思いつかず無言で永琳を睨み付ける。
「安心して、記憶を消す薬を用意してあるから、あなたの夢のことは忘れます。あなたもこの夢のこと、それに
あの枕のことも忘れてもらうわ」
優しい笑顔で私の前髪をそっと撫でる、吸い込まれそうなほど青い目の色が深い。
54 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:26:57.28 ID:dsSj6dou0
「それで、どうしましょうかしらね?私たち永遠亭としては、博麗大結界が無くなってしまうのは困るから、首に
縄をつけてでもあなたに帰ってきてもらいたい。でもね、決めるのは本人なのよね。他の条件がそろっても本人が
夢の世界を選んだら、現実世界には魂の抜けた体だけのあなたが残ることになる、そんなお人形さんじゃあ役に
立たないわ」
「そんなこと言われたら帰るしか選択の余地ないじゃない」
「いいえ、あなたの意思を尊重するわ。もしあなたが夢を選んだら、冬眠中のスキマ妖怪を叩き起こして新しい
巫女に結界を護らせるだけのこと」
その言い方もズルい、なんだか悔しくなってきたが、なにを悔しがればいいのかすら、わけがわからなかった。
頬が濡れていることに気が付く、いつのまにか私は泣いていた。
「……今晩だけ待って。今日、お姉ちゃんの誕生日なの。それが終わったら帰るから」
「ええ、全然構わないわ。じゃあ待ってるから、心残りが無くなったらもう一度ここへ来て」
「わかった」
その足で家に帰った私は、部屋に鍵を掛けておもいきり泣いた。なにが悲しいのかなにが悔しいのか、本当の
ところわからない、わからないけど涙が出たので泣いた。
クローゼットの奥には、お姉ちゃんへ渡す誕生日プレゼントが大切にしまわれていた。もちろんこんなもの私は
買ってない、買ってないけど買った記憶はある。もうどうでもいい、夢の中の私が大好きらしい、私のお姉ちゃんの
誕生日を最高の笑顔で祝う、そのくらいの心の準備はできた。
その夜、私は大好きな家族とささやかなお祝いを楽しんだ。演技なのか本心なのか自分でもわからないけど、幸せ
だった。
58 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:28:29.92 ID:dsSj6dou0
霊夢がいつもの居間で目を覚ますと、薄暗い部屋の中で永琳が待っていた。
「おはよう、気分はどう」
「一言じゃ答えられないわね、幸せなような悲しいような、とにかく頭がぼーっとしてる」
永琳は傍らに置いていた薬を差し出す。
「夢の中でいっていた薬よ、未練は残るだろうけど、今ここで飲んで、私もそうするから」
霊夢は小さなカプセルをしばらく眺めていた。そして小さく頷くと、永琳から受け取った白湯で流し込む
永琳もそれを見届けて薬を飲む。
「もうしばらく眠るといいわ、起きるころには気分も落ち着いてるはずだから」
立ち上がって部屋を出ようとする永琳に、霊夢が声をかける。
「あの、ありがと。あとごめんなさい」
「お礼をいわれることも、謝られることもないけど?もとはうちの不手際だし」
「うん、なんだかそんな気持ちだったから」
「そう、じゃおやすみなさい、また今度ね」
「うん、また」
霊夢はいつもの枕に頭を沈めて横になった。しばらく夢のなかの友達二人のこと、母親のこと、姉のことを
考えていた。誕生日の夜の、姉の嬉しそうな笑顔を思い出していた。少し涙を流して、そのうち思い出す姉の
笑顔が誰だかわからなくなり、深い眠りに落ちていった。
61 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:30:44.90 ID:dsSj6dou0
「ねぇアリス、ちょっとお願いがあるんだけど」
「ん、なに?」
「また暇なときにマフラーの編み方を教えてほしいの」
「マフラー?いいけど、誰かにあげるの?」
「そういうのじゃなくて自分で使うんだけど……」
手編みのマフラーというと、そういう意味に取られることに気づいて霊夢は照れ笑いしながら小さく首を
振る。
「なんでなのか自分でも分からないんだけどね、どうしても赤いマフラーを編まなきゃいけない気がするの」
「……変なの、でもいいわ、教えてあげる」
「ありがとう」
笑顔でアリスにお礼を言う霊夢。
境内では溶けかけの雪が、日の光を反射して眩しいほど白く輝いていた。日陰になる木陰のほうでは、まだ
雪もだいぶ残っている。
その木陰のほうでは、八雲藍がザルに絡まって暴れていた。
そして神社の居間では、早苗が餅を焼いていた。
いつもと変わらない、平和な博麗神社の風景だった。
終
66 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:34:12.37 ID:dsSj6dou0 [30/31]
もっとのんびり貼ってくつもりだったけど
根がせっかちなんだなきっとwwww
サルが来ないかびくびくしてた
「ふあぁーっ」
こたつに足だけを入れて畳に寝転がっている霧雨魔理沙が小さく欠伸を漏らした。魔理沙の目の前
には駒の乗ったチェス盤が置かれていて、ごくたまに駒を動かしている様子だった。
チェスプロブレムであるが、欠伸をするくらいなのであまり真剣には取り組んでいない。
「……」
こたつより少し離れた板の間に火鉢が置かれており、東風谷早苗が餅を焼いていた。先ほど4人で
こたつに入っているかのように描写したが、彼女はこたつに入っていない。こたつに入ってはいない
のだが、いつだって心の奥底はこたつの中である。
彼女は30分ほど前に決着した、博麗神社新春花札大会にて大敗してしまったため、罰ゲームとして
餅焼き係の係長に任命されてしまい、もちろん係に部下はいないので黙々と餅を焼いていた。
説明するまでもないが、花札大会といっても暇人4人が暇つぶしに花札をやっただけの話である。
5 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:32:56.59 ID:dsSj6dou0
雪はすでに止んでいた。静かな冬の日だった。
繕い物の手を休めた霊夢が、急須から注いだお茶を啜る。
「最近、異変起きないね」
「ん……あぁ」
誰とも無くつぶやいた霊夢に、魔理沙が生返事を返す。
「異変かぁ……できれば暖かくなるまで起きてほしくないな。冬の空は寒い」
「冬が寒いのは当たり前じゃない。暑かったらそれこそ異変よ」
「まぁそうだけど。でも、なにも事件がおこらないってことは平和だってことなんだから、のんびりできて
いいことなんじゃないか」
「そう言われると返す言葉もないけど……ねぇ、早苗のとこには何か困った事件の話来てない?」
「え?ごめんなさい、話を聞いてませんでした」
真剣に餅と対峙していた早苗は急に声をかけられて、なにがなにやらわからないという顔をしている。
「……いいわ、早苗はがんばって餅を焼いてて」
6 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:33:40.61 ID:dsSj6dou0
頬杖をつき長いため息を吐く霊夢の目の前を、漂うように上海が横切る。見るとも無くそれを目で追う
うちに、アリスと目が合った。
「アリスは、なにか面白い話ない?」
異変の話がいつのまにやら面白い話に摩り替わっている。アリスは端整な顔を少し傾け、なにかを探す
ように視線を宙に泳がせる。
「面白い話ねぇ……あ、そういえばこんな話を聞いたわ」
なにかを思い出した様子のアリスに、霊夢と魔理沙がほぼ同時に詰め寄る。それは……あえて例えると
すれば三日ぶりの餌を目の前にした野犬のような勢い。驚いたアリスは反射的に身を引き、少しだけ引き
攣った笑顔を浮かべた。
早苗は餅を焼いていた。
7 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:35:39.19 ID:dsSj6dou0
「一週間くらい前だったかしら?人形劇をやりに行った時に聞いた話なん」
「そういえばたまに里で人形劇やってるって言ってたな」
アリスの話が終わるのを待たずに、魔理沙が勢いよく喋りだす。
「え?えぇ、月に数回くら」
「ふーん、面白そうね。で、その人形劇って儲かるの?」
戸惑うアリスの話が終わるのを待たずに、霊夢が金の話を持ち出す。
「……別に儲けるためにやってるわけじゃなくて、そりゃ少しはお金も欲しいけど、それよりみんなの喜」
「儲かるんだったら、人形劇は無理だけどなにか見せ物でもやってみるかな」
「あ、いいわねぇ。私も占いとかならやれるかしら?」
人の話を全く聞かずに金儲けの相談をはじめる魔理沙と霊夢。怒った上海がそれぞれ得意の得物で二人
の頭をポカポカ叩く。そのうちの一体がデザートイーグルのセイフティを外したところでアリスの制止が
入った。
9 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:36:33.83 ID:dsSj6dou0
「で、話続けてもいいかしら?」
「……はい、ごめんなさい」
一瞬だけ余所行きの爽やかな笑顔を浮かべた後、アリスは話を続けた。
「人形劇を見に来たお客さんから聞いたんだけど、里の外れのほうで見かけない変わった子が変わった物を
売ってたんだって」
「話に具体性が無いわね。変わった物ってなによ?」
「うん、よく分からないんだけど、なんでも夢を叶える道具だとかなんとか」
「夢を叶える道具?そりゃ宝くじだな」
「そうね、宝くじねきっと」
「え?そ、そうかしら?」
一瞬で納得してしまった二人を見て、少し戸惑いが隠せないアリス。
10 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:39:11.25 ID:dsSj6dou0
「で、見かけない変わった子っていうのは?」
「うん、くわしくは分からないけど、なんか頭の上に耳があったとか」
「頭の上に耳?猫だな」
「猫ね」
「え?でも猫みたいなのじゃなくて、もっとこんな長い耳だって聞いたわよ」
アリスは頭の上で両手を伸ばす。
「なに言ってるんだ、そんな耳の長い猫がいるわけないじゃないか!」
「猫っていったら、せいぜいこの程度よね」
頭の上に手のひらをちょこんと乗せる霊夢。
「きっとそのお客さんが見間違えたのよ」
「そ、そうかしら?なんか納得いかないんだけど……」
あごに指を沿え、アリスは眉根を寄せて考え込んでしまう。
11 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:39:56.13 ID:dsSj6dou0
「そんなめったに会わないお客さんよりも、私たちを信用しろって!だよな早苗」
「え?ごめんなさい、話を聞いてませんでした」
真剣に餅と対峙していた早苗は急に声をかけられて、なにがなにやらわからないという顔をしている。
「……いいわ、早苗はがんばって餅を焼いてて」
「まぁ、つまり話をまとめるとだ」
人差し指を立ててニヤリと笑う魔理沙、たぶんポーズに意味は無い。アリスと霊夢が注目するのを待って
しばらくの溜めを挟んで、切りだす。
「里で猫が宝くじを売ってた」
「……異変ね」
「異変……これ異変なの?」
「あぁ異変だ、間違いない!すぐに解決しないとな」
ひさしぶりの異変の片鱗を聞きつけて不敵な笑みをうかべる霊夢と魔理沙に挟まれて、アリスはきょろ
きょろと困惑する。
早苗は餅を焼いていた。
12 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:41:19.56 ID:dsSj6dou0
異変の発生をいち早く察知した博麗神社にて緊急の作戦会議が開かれた。
それなりに散らかっていたこたつの上が手早く片付けられ、幻想郷の地図、主要人物を纏めたファイル
録音機材、紙コップのコーヒー等がセッティングされる。
「猫のことならば、猫に聞くのが手っ取り早い」
「どっちの猫かしら」
「うん、アリス君いい質問だ」
なにか、なんていう名前か知らないけど、いわゆる差し棒を手にした魔理沙はやたら機嫌よさそうに
うんうんと頷いている。差し棒の先がボールペンを内蔵しているかどうかはこの時点では判らない。
「私の分析では、地底の猫は生きている人間にはあんまり興味を示さない。だから里に行く可能性も低い」
「そうね、それに三つ編みじゃない」
「あぁ、三つ編みだしな」
三つ編みだと何の不都合があるのかアリスにはさっぱり見当がつかなかったが、あまり深く考えない事も
人生を生きるうえでは大事なことだと悟って、あえて聞き流すことにした。
13 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:42:38.36 ID:dsSj6dou0
「じゃあ橙に事情を聞けばいいわね」
「だな。橙を捕まえて吐かせればいい」
「物騒よ魔理沙!……で、橙に話を聞いて、その後はどうするの?」
「当たりくじを……いや、まぁ話を聞いてから考えればいいだろ」
魔理沙と霊夢は不自然な微笑みを浮かべる。たとえばもう少しで大金が騙し取れそうな詐欺師がこんな
笑顔を見せるのではなかろうか?アリスにはそう見えた。
「じゃ、早苗、そういう事になったから」
「え?ごめんなさい、話を聞いてませんでした」
真剣に餅と対峙していた早苗は急に声をかけられて、なにがなにやらわからないという顔をしている。
「……いいわ、早苗はがんばって餅を焼いてて」
「私たちちょっとヤボ用で出掛けることになったから、誰か尋ねて来たら、お母さんはいま居ません、って
答えるように」
「はーい」
魔理沙、霊夢、アリスの三人はそそくさと身支度を整え出掛けていった。
早苗は餅を焼いていた。
15 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:44:46.70 ID:dsSj6dou0
橙に事情聴取するため寒空の下に出てきた三人。公式情報によれば橙は妖怪の山に住んでいるらしい。
しかし魔理沙たちが向かったのは妖怪の山でも、話の発端となった里でもなく、神社の境内。
「てっきり山に行くのかと思ってたわ」
「この寒い中、山に行っても正確な住処のわからない橙を見つけるのは難しい」
「手がかりがないと流石にね。でも、それじゃあどうやって橙を見つけるのかしら?」
「まぁ探すのが難しいなら、向こうから来てもらおうかと」
霊夢は手袋の上から手を摩りながら、きょとんとした表情で魔理沙の話を聞く。三人とも吐く息が白い
アリスも上海も寒がっている。上海が寒さを感じているかどうかは疑わしいが。
「ここに用意しましたのは捕獲用トラップ」
「ザルと、つっかえ棒ね」
「大きなザルと、つっかえ棒ね」
「捕獲用トラップに餌を置き、ターゲットが餌につられてのこのこ現れたところで」
「この紐を引けばいいのね」
「そう、実にシンプル」
そんな前時代的な罠にひっかかる奴が本当にいるんだろうか?アリスは一抹の不安を覚えた。
16 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:45:35.38 ID:dsSj6dou0
「だったら猫の好きそうな餌を用意しないとね」
「いや、捕まえるのは猫じゃない」
「へ?」
「なにしろこの寒い気候だ。こたつから出ようとしない猫を捕まえるより、親玉の狐を捕まえるほうが手っ
取り早いだろ?」
してやったりといった顔で魔理沙は胸を張る。
「そして既にトラップ内には油揚げを設置済み。あとは物陰から様子をうかがう簡単な仕事」
得意げに魔理沙がザルを指刺すと、そこにはザルと必死に格闘する妖怪狐の姿があった。
17 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:47:22.58 ID:dsSj6dou0
霊夢がザルをひょいと持ち上げてやると、油揚げを口に咥えたまま半泣き状態の八雲藍が姿を現した。
「元EXボスとしてはちょっと痛い光景ね」
「あんな所に油揚げがあったら誰だって食べようと思うでしょ普通!」
「普通は食べようと思わないぜ」
「……え?」
自分で仕掛けた罠を自分で全否定している魔理沙を見てアリスは益々混乱していた。それはまぁどうでも
いいとして、半ベソをかいている藍の顔を霊夢がハンカチで拭いてやり、ついでにお代わりの油揚げを渡して
なだめていた。
お代わりの油揚げでいくらか機嫌が直ったのか、藍はいつもの落ち着きを取り戻す。
「この寒い中わざわざ来てもらったのは(中略)というわけで橙を呼んできてほしいんだ」
「橙?そうだった、私も橙を探しているところだったのよ」
「油揚げを拾い食いしてたように見えたけど」
「あれは……ザルの中に橙が居ないとも限らないからね」
明後日の方向を向きながら苦しい言い訳をする藍。
18 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:48:29.41 ID:dsSj6dou0
「まぁ拾い食いだけどそれはどうでもいいわ。それで橙は居ないの?」
「今朝、こたつの中を覗いたらいなかったんだ」
「たまたまこたつから出てただけなんじゃないか?」
「でも昨日もこたつの中にいたし、おとついもこたつの中にいたし、その前の日も、さらに前の日も」
「猫ってそんなにこたつ好きなんだ……」
霊夢は素直に驚いていた。こたつで丸くなって幸せそうな橙を想像する。
とにかく当てが外れて藍がまったく役に立たない状況だと分かった以上、寒い屋外にいる必要もないので
一旦居間に引き揚げて、作戦を練り直すこととなった。
「これで霊夢の家のこたつに橙がいたら笑っちゃうわよね」
「さっきまでみんなこたつ入ってただろ?橙がいたならさすがに気付くよ」
「そうね、気付かないわけないわよね。私なに言ってるんだろ」
魔理沙と話しながらアリスがなにげなくこたつ布団を捲ると、中央で橙が丸くなっていた。
冒頭で霊夢と来客3人がこたつに入っていたと表現したが、全くの間違いというわけでもなかったようだ。
19 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:50:27.88 ID:dsSj6dou0
「あ、橙いたんだ。全然気付かなかったわ」
お茶を運んできた霊夢は呑気な感想を呟く。
「いやいやそれはおかしいだろ!」
「ねぇ橙、いつからこたつの中にいたの?」
アリスの問いかけに、少し眠そうな橙は答える。
「霊夢が、ん?って言ったあたり」
「それ、ほとんど最初じゃないかよ!」
納得のいかない魔理沙は藍の帽子を顎までひっぱり下げてうさ晴らしをする。藍は急に前が見えなくなり
情けない声を出して混乱している。
「早苗は橙がいたこと気がついてた?」
「お母さんはいま居ません」
真剣に餅と対峙していた早苗は急に声をかけられて、なにがなにやらわからないという顔をしている。
「そう……わかったわ」
22 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:53:14.69 ID:dsSj6dou0
無事に橙が見つかったというか最初から居たことに気付いた魔理沙は、眠そうな橙を強引にこたつから
引きずり出して、拷もn 事情徴収を始める。
異変解決のためなら多少手荒な事をしても不可抗力で済まされるものである。
「話を聞いていたなら話が早い。話を聞かせろ!」
「えー、なんのことぉ?」
橙は眠い目をこすりながら生返事を返した。その様子を見た魔理沙、手近な上海をひっ掴んで橙の目の前
に突き出す。
「いいか、こういう目に遭いたくなかったら、洗いざらい白状するんだ!」
言うが早いか、魔理沙は右手に持った油性ペンで上海の顔に大げさな鼻毛を書き加える。
「ちょっと魔理沙!酷……」
もちろん魔理沙に抗議するアリスを、すかさず霊夢が押さえ込む。橙は見るも哀れな上海の姿に、心の底
から震え上がってしまう。
「ごめんなさい……何でも聞いてください」
「謙虚でいい態度だ、なら早速聞こう。一週間ほど前、里に行って宝くじを売ってたそうだな」
「え?私、里には秋の収穫祭以来行ってないよ」
「嘘を吐いても無駄だぜ。こっちにはちゃんと目撃情報が届いてるんだ」
「う、嘘じゃないよ、本当に行ってないもん!鼻毛嫌だし!」
24 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:54:11.19 ID:dsSj6dou0
橙の泣きそうな表情が、魔理沙には嘘を吐いているようには見えなかった。嘘を吐いていないということ
は、宝くじを売っていたのは橙ではないということになる。魔理沙はとりあえず困ってみた。
「なぁアリス、話が食い違うんだけど」
「私の上海になんてことするのよ!可哀そうじゃない!!」
「大いなる目標の達成には小さな犠牲が出てしまうのも致し方ない」
「ひっどーい、最低!!」
当の上海は自分がどのような状態になっているのか露知らず、無邪気に魔理沙のまわりを漂っている。
「アリスの話だと里で猫が宝くじを売っていた。しかし橙は里へは行ってないと言う」
「じゃ、じゃあ橙じゃない別の猫なんじゃないの」
「このあたりに宝くじを売れるような賢い猫は橙しかいない。地底にもう一匹いるが、あれは三つ編みだか
ら違うだろう」
アリスは考え込む。里で宝くじを売っていたのは猫じゃないのだろうか?話を聞かせてくれたお客さん
にくわしく聞けばいいのかもしれないが、名前も知らない通りすがりのお客さんが簡単に見つかるとは
思えない、これでは手詰まりではないか……。整った眉を寄せて真剣に考える。話が摩り替わっていること
には気付いていないようなので、そっとしておいたほうが良さそうだ。
25 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:56:50.02 ID:dsSj6dou0
「……幽霊の正体見たり枯れ尾花」
「え!?」
お茶を運んできた霊夢が小さく呟く。突然なにを言い出したのか把握できないが、なにかすごく深い意味
がありそうなのでアリスも魔理沙も霊夢に注目する。
「そういうことわざがあるじゃない。怖がっているから幽霊に見えるけど、本当は枯れたススキを見間違え
ただけでしたって」
「ことわざっていうか俳句だな」
「どっちでもいいわ。猫は見間違えだったんでしょ?」
「うん、そう……なのかな」
「だったらもう犯人確定じゃない」
上機嫌でお茶を啜る霊夢。アリスには霊夢がなにを言ってるのかさっぱり解らない。
26 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 22:57:51.04 ID:dsSj6dou0
「ねぇ、どういうこと犯人確定って?」
「簡単なことよ、枯れ尾花が宝くじを売ったりなんてできないでしょ?」
「あ!じゃあ宝くじを売ってたのは」
「幽霊ね」
その話は絶対におかしいとアリスは思ったが、また上海が酷いことされるかもしれないのであえて口を
挟まないことにした。隣に座る魔理沙はふたたび金の亡者のような笑顔を浮かべている。
「幽霊が犯人なら、向かうは白玉楼だな」
「なんで幽々子が宝くじ売ってたのかは想像もつかないけど、まぁ本人に聞けばわかるわね」
「じゃあ早苗、私たちちょっと白玉楼に行ってくるから、誰か尋ねて来たらお母さんはいま居ません、って
答えるように」
「はーい」
部屋の片隅では鼻毛の落書きを怖がって泣いている橙を藍が抱きしめてなだめていた。
早苗は餅を焼いていた。
42 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:17:43.04 ID:dsSj6dou0
音楽がきこえる……携帯の目覚ましだ。
手探りで携帯を探し出して黙らせる。布団から出ている顔に、朝の寒さが辛い。もうすこしこのまま温かい
布団に包まっていたい、できればいつまでも。
頭が少しだけ回ってきて、正月に決意した今年の目標を思い出す。今年はお母さんに起こされる前に自分で
起きる……しかたが無い。
部屋は寒いけど覚悟を決めて、一気に布団から出る。
「おはよう」
「あら?一人で起きてくるなんて珍しい。偉いじゃない」
キッチンではお母さんとお姉ちゃんが並んで朝食の支度をしている。朝からにこにこしているお母さん
ちょっと私のことを子ども扱いしすぎるのが不満、まぁ子供だけど。
「偉いついでにテーブル片付けといて」
「わかった」
お姉ちゃんは私の自慢だ。いつも優しいし、髪の毛が長くてさらさらですごく綺麗。私ももう少し大人に
なったらお姉ちゃんくらいに髪を伸ばしたいけど、私は少し癖毛なのがすこし残念なところ。
テーブルを拭いていると、お母さんとお姉ちゃんが、次々朝食を運んでくる。朝からがんばりすぎだといつも
思うのだけれど、不満を言うとお母さんがすごく悲しそうな顔をするので我慢する。たくさんの朝食が揃った
ところで、お父さんが起きてきた。
「おはよう霊夢」
優しくて物知りなお父さん、私にものすごく甘い。みんなが揃ったところで、みんなで朝食を食べる。うちで
は毎朝、私が物心付いた頃から、だいたいそんな感じだった。
43 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:18:58.07 ID:dsSj6dou0
「れいちゃん、おはよー」
「おはよー」
いつも一緒に学校に行く奈美ちゃんと裕子だ。奈美ちゃんはすらっとしてて髪も短く、ちょっと男の子みたい。
裕子はテンポがゆっくりで、少しドジなところもある。二人ともクラスも同じなので、学校にいる時はほとんど
一緒に過ごしている。
「れいちゃんは数学の課題やった?」
「うん一応、難しかった」
挨拶して、話しかけて、二人は歩き出す……あれ?
「どしたの霊夢?」
「あれ?……私たち、三人だったっけ」
「三人って?」
「なんか、すごい仲のいい子がもう一人いたような気が」
顔を見合わせる奈美ちゃんと裕子。
「れいちゃん、寝ぼけてるの?」
「寝ぼけてるわけじゃないけど……」
45 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:19:50.83 ID:dsSj6dou0
裕子が目の前でひらひら手を振っている、なんか私のせいで微妙な空気になっちゃったな。
奈美ちゃん、裕子、私。毎日学校に行くときも学校でも、この三人で一緒にいる……はずだった。
毎日のことなのに違和感を感じる。奈美ちゃんでも裕子でもない、もっと違う誰かがいたような?私にとって
とても大事な誰か……。
その子のことを思い出そうとすると、目の前の二人にも、見慣れた風景にも奇妙な違和感を感じてしまう。
私……どうしちゃったんだろ?
授業に集中できないまま昼休みになってしまった。毎日過ごす教室にもクラスメイトの顔にも、どことなく
違和感を感じる。なんていうか、ここにいる私が、本当はここに居ないみたいな不思議な感じ。
いつものように奈美ちゃんと裕子とお弁当を食べる。
46 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:20:46.48 ID:dsSj6dou0
「朝のアレ、まだ続いてるん?」
「ん?……うん」
「きっと記憶違いだよ、れいちゃんとすごい仲が良い子なら私たちも知ってるはずでしょ?」
私が浮かない顔をしていたからなのか、裕子が笑い飛ばそうとしてくれる。私も笑顔を返そうとするけど
うまく笑えない。
「その仲がいい子って、どんな子なのよ」
「それが、思い出せないの」
「思い出せない、少しもわからないわけ?名前とかさ」
授業中にも考えていたけれど、奈美ちゃんに促されて改めて記憶を辿ってみる。
「うーん、はっきり思い出せないけど、マリなんとかって名前」
「C組に麻里っていたな」
「マリのあとになんか続いた名前だったと思う」
「3年に真里菜先輩いるね、弓道部の」
「他に特徴とかは?」
目を瞑って考え込むと、一瞬だけ映像のようなものが浮かんだ。
48 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:21:43.42 ID:dsSj6dou0
「奈美ちゃんあのね、私のこと変な子だって思わないでね」
「霊夢は霊夢だろ、大丈夫だよ」
「ぜ、絶対だよ!」
「はいはい、わかったから」
奈美ちゃんを見て、裕子を見る、やっぱりどうにも言いづらい。
「ちょっとだけ思い出したんだけど、そのマリなんとかって子……ふわふわの金髪なの」
「外人さんなんだ、凄いね」
「黒っぽい服で……箒に乗って飛んでる」
「飛んでる?どこを」
「……空」
奈美ちゃんは一瞬ポカンとしていたけど、そのうちうんうんと頷きだす。
「だいたいわかった、ついに霊夢も前世の記憶を思い出してしまったようだね」
「違っ、そんなんじゃ!」
「れいちゃん漫画の読みすぎだよ」
ころころと笑いだす裕子。
お母さんとお姉ちゃんの作ってくれたお弁当も、今日はなんだか味気ない。
50 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:22:57.19 ID:dsSj6dou0
なんだか釈然としないまま一日の授業が終わった。奈美ちゃんは委員会の仕事があるし、裕子は放課後は塾
に通うため、帰りは一人だった。
朝からのことで、なんとなく二人ともぎこちなくなってしまった。もう訳の分からない金髪の子のことは
忘れて、明日からはまた普通に戻ろう。
夕暮れ時になると冬らしく寒さが増してくる。誕生日にお姉ちゃんから貰った赤い手編みのマフラーを巻き
直して、繁華街を足早に歩いた。早く家についてコタツで温まりたい。
毎日通る町並み、いつもと変わらない。朝の違和感は何だったんだろう?いつもの本屋、いつもの靴屋
いつものスーパー、いつもの……。
見慣れない扉を見かけ私は立ち止まる、今朝通った時はこんなもの無かった!
濃い茶色に塗られた重そうな木の扉、open と札が架かっているのでお店だろうけど、看板が無いので何の
お店なのか分からない。でも……私がそこに入らなければいけない、そんな奇妙な確信があった。
扉を目の前にして、なんでか緊張してドキドキしていた。足に力が入らない。私はゆっくり深呼吸して落ち
着くと、重そうな扉を一気に開いた。
扉の向こうで出迎えてくれたのは、赤と青の……なんというかとても個性的でエキセントリックな衣装を着た
銀髪のまるでモデルのような美人。
私はこの人を知っている。
その認識と同時に、頭のなかに様々な光景が次々とめまぐるしく映し出される。酷い立ちくらみのような
状態に、よろめいて膝をつく。
銀髪の美人、八意永琳は私を椅子に座らせてくれて、水を飲ませてくれた。
52 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:26:01.86 ID:dsSj6dou0
「落ち着いた?」
「……夢だったのね」
「夢よ、こういうこと言わなきゃならないってのも、損な役回りなのよね」
全て思い出した。早苗が里で兎から買った、夢を叶える枕。それを使った結果がこの夢。
「あの枕は、寿命のない月の民がこの世に絶望した時、安らかに死ぬための道具なの。大掃除のどさくさに紛れて
兎が持ち出してしまったのね。枕を使ったあなたの様子がおかしいからって、慌てた魔理沙に呼ばれて、私がここ
まであなたを迎えに来たわけ」
「とんだ不良品ね、魔理沙のこと忘れられなくて夢から覚めるとこだったわ」
「あと3日ほど過ごせば綺麗に忘れてたはずよ。でも面白いわ、人智を超えた能力をもつ博麗の巫女が夢見るのは
普通の女の子の生活なんて」
私は恥ずかしくなって、でも返す言葉も思いつかず無言で永琳を睨み付ける。
「安心して、記憶を消す薬を用意してあるから、あなたの夢のことは忘れます。あなたもこの夢のこと、それに
あの枕のことも忘れてもらうわ」
優しい笑顔で私の前髪をそっと撫でる、吸い込まれそうなほど青い目の色が深い。
54 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:26:57.28 ID:dsSj6dou0
「それで、どうしましょうかしらね?私たち永遠亭としては、博麗大結界が無くなってしまうのは困るから、首に
縄をつけてでもあなたに帰ってきてもらいたい。でもね、決めるのは本人なのよね。他の条件がそろっても本人が
夢の世界を選んだら、現実世界には魂の抜けた体だけのあなたが残ることになる、そんなお人形さんじゃあ役に
立たないわ」
「そんなこと言われたら帰るしか選択の余地ないじゃない」
「いいえ、あなたの意思を尊重するわ。もしあなたが夢を選んだら、冬眠中のスキマ妖怪を叩き起こして新しい
巫女に結界を護らせるだけのこと」
その言い方もズルい、なんだか悔しくなってきたが、なにを悔しがればいいのかすら、わけがわからなかった。
頬が濡れていることに気が付く、いつのまにか私は泣いていた。
「……今晩だけ待って。今日、お姉ちゃんの誕生日なの。それが終わったら帰るから」
「ええ、全然構わないわ。じゃあ待ってるから、心残りが無くなったらもう一度ここへ来て」
「わかった」
その足で家に帰った私は、部屋に鍵を掛けておもいきり泣いた。なにが悲しいのかなにが悔しいのか、本当の
ところわからない、わからないけど涙が出たので泣いた。
クローゼットの奥には、お姉ちゃんへ渡す誕生日プレゼントが大切にしまわれていた。もちろんこんなもの私は
買ってない、買ってないけど買った記憶はある。もうどうでもいい、夢の中の私が大好きらしい、私のお姉ちゃんの
誕生日を最高の笑顔で祝う、そのくらいの心の準備はできた。
その夜、私は大好きな家族とささやかなお祝いを楽しんだ。演技なのか本心なのか自分でもわからないけど、幸せ
だった。
58 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:28:29.92 ID:dsSj6dou0
霊夢がいつもの居間で目を覚ますと、薄暗い部屋の中で永琳が待っていた。
「おはよう、気分はどう」
「一言じゃ答えられないわね、幸せなような悲しいような、とにかく頭がぼーっとしてる」
永琳は傍らに置いていた薬を差し出す。
「夢の中でいっていた薬よ、未練は残るだろうけど、今ここで飲んで、私もそうするから」
霊夢は小さなカプセルをしばらく眺めていた。そして小さく頷くと、永琳から受け取った白湯で流し込む
永琳もそれを見届けて薬を飲む。
「もうしばらく眠るといいわ、起きるころには気分も落ち着いてるはずだから」
立ち上がって部屋を出ようとする永琳に、霊夢が声をかける。
「あの、ありがと。あとごめんなさい」
「お礼をいわれることも、謝られることもないけど?もとはうちの不手際だし」
「うん、なんだかそんな気持ちだったから」
「そう、じゃおやすみなさい、また今度ね」
「うん、また」
霊夢はいつもの枕に頭を沈めて横になった。しばらく夢のなかの友達二人のこと、母親のこと、姉のことを
考えていた。誕生日の夜の、姉の嬉しそうな笑顔を思い出していた。少し涙を流して、そのうち思い出す姉の
笑顔が誰だかわからなくなり、深い眠りに落ちていった。
61 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:30:44.90 ID:dsSj6dou0
「ねぇアリス、ちょっとお願いがあるんだけど」
「ん、なに?」
「また暇なときにマフラーの編み方を教えてほしいの」
「マフラー?いいけど、誰かにあげるの?」
「そういうのじゃなくて自分で使うんだけど……」
手編みのマフラーというと、そういう意味に取られることに気づいて霊夢は照れ笑いしながら小さく首を
振る。
「なんでなのか自分でも分からないんだけどね、どうしても赤いマフラーを編まなきゃいけない気がするの」
「……変なの、でもいいわ、教えてあげる」
「ありがとう」
笑顔でアリスにお礼を言う霊夢。
境内では溶けかけの雪が、日の光を反射して眩しいほど白く輝いていた。日陰になる木陰のほうでは、まだ
雪もだいぶ残っている。
その木陰のほうでは、八雲藍がザルに絡まって暴れていた。
そして神社の居間では、早苗が餅を焼いていた。
いつもと変わらない、平和な博麗神社の風景だった。
終
66 名前: ◆54/V43DPgg [sage] 投稿日:2011/01/30(日) 23:34:12.37 ID:dsSj6dou0 [30/31]
もっとのんびり貼ってくつもりだったけど
根がせっかちなんだなきっとwwww
サルが来ないかびくびくしてた
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