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忘却の空5(最終)

325 名前:忘却の空5(最終)[sage saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:08:30.77 ID:5mSkUdM0 [2/24]

コン、コン、とためらいがちな音が二回聞こえて、一方通行は表情を険しくしながらドアを振り返った。
内側から鍵をかけ、さらに誰も入らないように言い含めてあるので、ドアの向こうの人物は入室する気はないようだ。

「ね、ねえ、日記読んでくれた? ってミサカはミサカは低い可能性に希望を抱いてみる」

おずおずと、覇気の無い掠れた声。
苛立ちのピークはとっくに迎えている。発散するものも無い。眉間の皺をさらに深く刻み、一方通行はぶっきらぼうに吐き捨てた。

「知るか。 くっだらねェ、俺が日記なンざ書くわけねェだろォが。 とっくに破いて捨てた」

「っ!」

ドアの向こうで息を飲む音が聞こえたが、無視する。

「ごちゃごちゃとうるせェくらい書き込ンであったカレンダーも一緒に捨てた。俺はオマエらと日和るつもりなンかねェ。どンな方法で掻き集めた小道具だか知らねェが、今更なンだよ」

「そ、んな…いっぱい、いっぱい思い出があったのに、破いちゃったの? どうして? 何も思わなかったの? どうして読んでくれなかったの? どうして、」

どうして。どうして。
そんなものは決まっているのに。
「あれ」は「俺」ではないから。

「うるせェンだよ、クソガキがァ! ピーピーわめくンじゃねェ、拾った命、もっぺン捨てますかァ!?」

ガン! と壁を殴りつける。 その瞬間、叩きつけた拳にひどい痛みが襲いかかってきて、一方通行は顔をしかめた。

(チッ……能力が使えねェってのはどォいう事だ…クッソがァ…!)

ひりひりと痛む手を撫でながら忌々しい思いで舌打ちする。

(能力は使えねェ。 知らねェ場所。 ご丁寧に用意されてる小道具。 こりゃ一体なンの実験だァ? あのガキはそもそも本人か? 俺に何をやらせるつもりだ。
 AIMジャマーでも設置されてるってのか。 それにしては、窓の外は普通の街並みに見える… あの日記の筆跡は俺のもンだ。 だが、偽造くらいいくらでも出来る。
 いまさらマットーな道歩ませましょォってか…? ……くっだらねェ、甘すぎンだよ、ンなのは。
 あるいは一旦平和な時間を過ごしたと錯覚させて、もう一度闇に突き落とし、反動と衝撃で絶対能力の糸口でも掴む…マトモな精神じゃレベル6にはなれねェ、ってのは十分承知だろォしな…
 こいつらと仲良くなって殺せ、とか言われるンか…? それを反復させ自分だけの現実を曖昧にし、引き上げる…
 ありえない話じゃねェ、それだけ七面倒臭い事をやらせてまで使い潰す価値がこの俺にあンのかどうかは置いといて、だ)

(あのガキが本人でも偽物でも、一緒に暮らしてるあの女二人も、胡散臭ェ。 信用ならねェ。 信用するな。 誰も信じるな…
 自分の現状がわかってねェ状態で、他人を信用するわけにはいかねェな)

すすり泣く声が遠ざかっていく。
子どもは壁を殴る音に驚いたか、あるいは日記やカレンダーを破かれてしまったことがショックだったのか、泣きながらその場を離れていったようだ。


326 名前:忘却の空5(最終)[sage saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:09:18.31 ID:5mSkUdM0 [3/24]





キッチンでぼんやりとじゃがいもの皮を剥いていた黄泉川愛穂は、自分の携帯が軽快なリズムを奏でていることにやっと気づいた。


「…ぁ、ああ、電話か。 …あれ…月詠センセとこのワルガキじゃん」



「もしもし?」

『あっ、黄泉川先生!』

「どしたじゃん、急に。イギリスにいたんじゃなかったか?」

『それが、一昨日帰国したばっかなんですけど……』

「そうだったじゃんか。そうそう、出席日数ならバッチリ足りてないぞ! 籍しかないもんだから、すっかり幽霊扱いじゃん」

『うぐっ……!』

ケラケラと笑いながら教え子をからかう。 教師なんていう職業についていると、顔色を隠すのもうまくなるものだ。

「ははは。…で、どうした? 帰国早々私に連絡するなんて。何かあったか?」

『…そ、そうなんですよ。出席日数のことは置いといて…えっと』

またぞろ面倒事にでも首をつっこんだのかと、黄泉川は呆れ混じりに嘆息しながら上条の言葉の続きを待つ。
しかし、飛び出した単語に思わず顔がひきつった。

『黄泉川先生は今も一方通行と暮らしてるんですよね…?』

「……そ、うじゃん。でもなんでその話題が出る?」

『俺、帰国してすぐ食料と日用品を買いにセブンスミストへ行ったんです。……そこで一方通行に会いました』

「………っ!?」

「上条っ! そのとき、あいつの様子はどうだった…?おかしくはなかったか?苦しそうだったりしなかったか、何か違和感とか―――」


327 名前:忘却の空5(最終)[sage saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:09:53.38 ID:5mSkUdM0 [4/24]

気が急いて質問攻めになる。
一昨日一方通行は「外に出たい」と言って買い物に出かけたのだ。「こう」なってから初めての外出だった。
その間、自分が学校へ行っていて様子をみていてやることは出来なかった。
ただ帰宅後なんだか落ち込んでいるようだとは思っていたのに、何も触れなかった。 街の変化が寂しかったのかもしれないし、気疲れもあるだろうからとそっとしておいたのが裏目に出た。

『お、落ち着いて下さい!どうしたんですか? 一方通行に何かあったんですか?』

「何か、というか……。うまく説明出来ないじゃん。ただ、昨日急に一年前と同じで……」

『……本当は一方通行と話がしたかったんですけど…無理みたいですね』

「そう、だな…。 あいつ、今朝も荒れてて…部屋から、出てこないし…」

『先生。 一昨日の事、話せる部分だけでも聞いて欲しいんですけどいいですか?』

「いや、電話じゃまどろっこしい。すぐ行く。 …知ってること、全部教えて欲しい」

黄泉川は三十分後に喫茶店で会う約束を取り付けると、同居人達の食事の準備を済ませるべくじゃがいもの皮むきを再開した。
昼食はコロッケを作る予定だったが、変更だ。
テーブルの真ん中にどっかりと大量のゆでた(だけの)じゃがいもを鎮座させ、唖然とする芳川と打ち止めに一方通行のことを頼んで家を飛び出す。
他に作っている精神的余裕なんてないし、胡椒やマヨネーズの場所くらい把握してるはずだ。 多分。

黄泉川が家を飛び出してからやや経ってから、芳川はため息をついてじゃがいも(ゆで)を菜箸でブスリと刺し、顔の横でふりふりしながら打ち止めに呼びかける。

「ねえ打ち止め。 ポン酢と桃ラー、どっちがいいかしら?」

「…普通にポテマヨがいいって、ミサカはミサカは答えてみる……」

冷蔵庫からキウイジャムを取り出そうとしていた芳川は、冒険心の無い打ち止めにガックリと肩を落とした。



328 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:10:56.03 ID:5mSkUdM0 [5/24]


「黄泉川先生」

息を切らして約束の喫茶店のドアをくぐると、すでに上条当麻は席について待っていた。

「よう、不良少年。 カノジョとはうまく行ってるじゃん?」

無理に笑って茶化して見せるが、帰ってきたのはかえってつらそうに眉を歪めた、気遣うような苦笑いだった。
上条は、一体いつの時代の言葉ですかとつぶやいてから、挨拶する。

「お久しぶりです、先生。半年くらいは会ってませんよね」

「そうだな。キミがイギリスに行ったのが去年のお彼岸くらいだったから…月詠センセ、寂しがってたじゃんよ」

「泣かせてたらすみません。 また顔を出しに行こうと思ってますよ」

今度は上条が気まずげに笑う番だった。
彼の担任である月読小萌はとっても生徒思いでとっても真面目でとっても情に厚くて、とっても寂しがり屋の教師なのだ。
半年の間に彼女に連絡したことは数えるほどしかない。
うぬぼれではなく、この街を離れた素行のよろしくない無鉄砲な生徒を思って、気丈に笑いながらも心を痛めていただろう。
イギリス土産は紅茶と相場が決まっているが、アルコール大好きな彼女のための今回のおみやげはセブンスミストで見つけたお中元のビールセットにしようともう決めている。

やってきたウエイトレスにアイスコーヒーを頼んで、黄泉川も上条の向かいに腰掛けた。
そして、まっすぐ目の前の少年を見る。 上条はわかっていますと言うようにひとつ頷いて。

「じゃあ、話します。 ほんとうに、大した話じゃないかもしれないです。 けど…一方通行が荒れてるなら、その原因にはきっと俺との会話があるはずです。
 …先生、俺のこと怒ってくださいね。 噛み癖のあるうちのシスターは慰めてくれるばっかりで、こんな時に限って責め立ててくれねぇから」

「私は叱るけど怒らない教師を目指してるじゃん。だけど、今日はもしかしたら怒るかもしれない。感情的に詰られたいなら、まさにうってつけの精神状態じゃん。 まかせとけよ少年」

不甲斐なさに、かみしめた奥歯がキシキシと擦れて頭に響いた。 黄泉川も、上条も。




329 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:11:59.79 ID:5mSkUdM0 [6/24]



カチ、コチ、カチ、コチ、

アナログ時計の秒針の音だけが響いている。
芳川は食事の前に一度だけ一方通行を呼んで、返事がないのでそのまま『ゆでじゃがいものラー油添え~桃屋風~』を美味しくいただくとサッサと部屋に戻ってしまった。
ビルの屋上から今にも飛び降りそうな顔をした打ち止めに「深刻に考えすぎないほうが、物事は好転するものよ」と言い残して。

打ち止めだって、ただ考えあぐねるだけでいいことが起きるとは思っていない。
けれど、いちど考え始めるとどうしても悪い方にばかり転がっていく想像だけが加速する。
今朝方だってショックな事を言われて、情けなくもグスングスン泣きじゃくって黄泉川と芳川に慰めてもらったのに。
いま滲んでくる涙を堰き止めているのは、すぐにでも折れそうな弱々しい心だけだ。

「日記…破いちゃったんだよね、って、ミサカはミサカは自分の記憶に確認を取ってみる」

大切な日記。一年分の記録。 その事実を言葉に出すだけで、涙腺が決壊しそうになってしまった。

(なにが、どんなことが、書いてあったんだろう。 あのひと以外読むことのなかったあの本。 最初にほんのすこしだけ、頼まれて付箋を貼ったことはあるけど。
 ミサカはあれに何が綴られているのか知らないまま、あれはもう無くなってしまったのねって、ミサカはミサカは勿体無いことをしてしまったなぁ)

椅子の上で膝を抱えて縮こまった自分の姿はきっととても「らしくない」。
けれど、彼女が彼女らしくあれるための支えは今ひどく揺らいでいた。 支えである本人だって、「らしくない」有様なのだから当然かもしれない。
打ち止めの支えは一方通行だったし、一方通行の支えは打ち止めだった。 どちらかが傾けば一緒に転がっていくしか無い二人なのだ。
どこまでもそっくりでどこまでも不似合いでどこまでも不器用な子どもたち。

(…読みたかったな。 知りたかったな。 …あのひとの文字、もっとたくさん見たかったな……)

すと、と足を下ろして、打ち止めは椅子から降りた。
ふらつく足取りでキッチンを出ると、毎朝通った扉の前まで茫然としたまま歩みを進める。

「………見せて欲しいなぁ、ってミサカはミサカは希望を述べてみる」

寝ているだろうか。 それともお腹をすかして怒っているだろうか。
打ち止めには分からないが、この家から出ていっていない事だけはわかる。 だって扉の向こうの空間に、彼を感じるから。



330 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:12:37.80 ID:5mSkUdM0 [7/24]


コン、コン、とためらいがちな音で、朝と同じようにノックしてみる。
返事は無い。でも、気にしない。

「ねぇ。 起きてる? お願いがあるのって、ミサカはミサカはたとえ貴方が聞いてなくても別にいいからとりあえず主張だけは続けてみるね」

ドアにぺたりと額を押し付けて、凭れかかりながら口をひらいた。 倒れこみそうだからではなくて、少しでも近づきたいだけ。

「貴方が破いちゃった日記、ミサカ読みたいんだけど、集めに入っても構わない? 構わないよね? 入るよ? ってミサカはミサカは貴方の意見はまるっと無視してこっちの都合で事を運ぶつもり満々だったり」

そう言って返答を待たずにドアノブを回した。 そしてドアは予想に反して簡単にひらいてしまった。

(…そりゃそうか。あのひとの非力っぷりじゃバリケードなんて作れるほどの体力も筋力もないし、ってミサカはミサカはべ、別に馬鹿にしてるわけじゃないんだからってツンデレ的思考回路で誤魔化してみる)

半ばまで開いているドアから部屋の中が見える。ベッドの毛布が膨らんでいて、規則正しく上下していた。 寝ているようだ。緊張して損した。
警戒していたはずの一方通行だが、どういうわけかベッドに寝転がると妙に気が落ち着いてしまい、そのまま寝入ってしまったのだ。
すっかり熟睡している彼だが、打ち止めはいつ怒鳴られるかわからないので慎重に慎重に部屋に忍びこみ、そろそろとゴミ箱に近づく。あった。
律儀にゴミ箱につっこんであるあたり、彼は生来からの几帳面なのかもしれない。

(みぃぃぃつけたぁぁぁぁ。いちにーさんしー、よーし六冊全部ある)

にやぁり、と悪い笑みを浮かべて打ち止めはきれっぱしもノートの背もちみちみと拾い集めた。
それほど細かくなっているわけではない。 逆上したからといって人間の腕力が飛躍的に増大するわけではない。
そもそも一般人より非力な彼が火事場の馬鹿力を発揮したところでたかが知れている。薄っぺらいノートの背表紙を横に真っ二つにすることすら不可能である。
ちなみに黄泉川ならばこの厚みのノート、三冊重ねても敵ではないだろう。頼もしい。

(くふふ…いいよね声もかけたし。本人聞いてないけど! ってミサカはミサカは聞いてなかったのはズバリこの人の落ち度だし問題ないって結論づけてみたり)

それほど苦も無く集まった日記帳の残骸を大切に胸に抱いて部屋を出る。
じっとベッドの膨らみを見つめたが、彼が身体を起こす気配はなかった。少し悲しくなる。

音を立てないようにドアを閉めて、それをリビングで広げ、順番もバラバラ、内容も飛び飛びの日記を少しずつ読み始めた。


331 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:13:35.99 ID:5mSkUdM0 [8/24]


******************************



たったっと小さな少女が街を駆ける。 その顔は今にも泣き出しそうで、それを必死に堪えている表情だった。
そんな彼女を見つめて、行ってらっしゃいと保護者は引き止めず送り出してくれた。きっと彼女も望んでいるのだろう。何かはわからないけれど、おそらく自分と同じものを。
少女が走るのは、彼女にとっては見知らぬ道である。 けれど、誰かが知っている道だった。 だからなんの迷いもなく角を曲がり、正確に道順を辿ることが出来る。
駆け抜けた先にはとある高校の学生寮。 見上げた先にある部屋を確認して、手提げのバッグに詰めた淡い希望とともに鉄製の階段を駆け上がった。

ぴんぽん。 必死に背伸びして押したインターホンは、こちらの焦燥など知った事ではないと言わんばかりの軽い音。
だれもいなかったらどうしよう、という考えがぶわりと広がる。 そもそも「あの人」は黄泉川と話をするそうなのだ。ここに居るはずはない。
けれど、彼の周りにはいつも不思議な力があったことを少女は覚えていた。
打ち止めは、今までそういう超能力とは違う「不思議」と行動を共にしている彼を見たことがあるのだ。彼女の目で。彼女たちの目で。
いつも笑顔に囲まれていた少年。 打ち止めが大切に思う彼とは違う、ちゃんと笑い方を知っている少年。

黄泉川が決死の表情で家を飛び出した。その直前には彼との通話。きっと大切な話だろう。上条当麻という人物はなんでも一人で抱える癖がある、ように思う。

(ということは、大切な話し合いには一人で臨むはず。けど、あの人は半年前からイギリス暮らしだった。
 みんなに愛されてるあのひとが、たった一人で帰国するなんて考えられない。きっと一緒に誰か、来ているはず――そう例えば、「不思議」が使える人。魔術が使える人。
 …………いつも一緒にいた、シスターさん)

きゅ、と手を握りしめた。
小さな手だった。子ども特有の柔らかな、小さな手。 のばせばいつも彼が握り返してくれた、たった一昨日まで繋ぎ合っていた手のひら。

――取り戻して見せる。
全部きっと、絶対に。


すぅ、と深呼吸して、電磁波をソナー代わりに発信する。
キン、キン、という反響の音が打ち止めの脳内にだけ響き、正確に部屋の中を探っていく。

(人がいる。ひとり。もうひとつ生体反応。動物。猫。あ、怯えた。人は動かない。呼吸してる。寝ているだけ)

電磁波の故意的な放出を止めた打ち止めはもう一度チャイムを鳴らした。
人がいる。やはり誰かと一緒に帰ってきていた。
そしてこの部屋で眠りこけるほどの人物なら、きっと打ち止めだって知っているあの少女しか居ないだろう。
というかどいつもこいついも寝すぎだ、昼間っから!



332 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:14:20.21 ID:5mSkUdM0 [9/24]


一秒が一時間にも感じる。 ともすれば近所迷惑も考えずに連打してしまいそうだ。
打ち止めはあと十数えて反応がなかったらもう一度ならそうと決めた。

「よーし、数えるぞーってミサカはミサカはあえて口にだすことでミサカ自身を落ちつかせようと画策してみたり。 アン、ドゥ、とr……」

『ふぁ、スフィンクスくすぐったいよ…なぁに? どうかした?』

「おっと起きたぁぁぁぁ!! 気づいて気づいてミサカはここにいるよーってミサカはミサカは結局インターホンを一秒間に十六連打ぁぁぁぁ!!!」

十六回には届かないながらも激しく連打されたチャイム。これなら寝ぼけた彼女だって気付くだろう。
案の定、あーとかわーとかどたどたーとか聞こえたあと、カチャリと鍵が開けられた。

「…ど、どちらさまーなんだよ」

そっとドアを開けて顔をのぞかせたのは銀髪の。

「お久しぶり! ってミサカはミサカはミサカの推理がドンピシャばっちりど真ん中過ぎてちょっと興奮してみたり!」

「貴女は…あの時の女の子かも」

「頼みたいことがあるんだ! ってミサカはミサカは一刻もはやくのっぴらきならない状況だからお部屋に入れて? って可愛らしく首を傾げてみたりして」

銀髪の少女――白布と金糸と銀髪に彩られた修道女である禁書目録は、打ち止めの勢いにやや押されながらもにっこりとわらって彼女を迎え入れた。

「狭いしなんにもないけど、いらっしゃいなんだよ。 私は紅茶しか淹れられないけどそれでもいいかな」



333 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:15:01.50 ID:5mSkUdM0 [10/24]



「それで、お願いしたいことって何かな? わたしはイギリス清教のシスター、迷える子羊を導いてあげるのはわたしの使命なんだよ」

ほかほかと湯気の立つティーカップを前にして、握りこぶしでどんと自分の胸を叩くインデックスはそう言った。
その言葉に打ち止めは心強さと希望を感じて、思わず満面の笑みになる。

「うん! あのね、あなたの不思議な力で、あのひとを助けてあげてほしいの!!」

「あのひと? えっと…不思議な力っていうのはもしかして魔術のことかな」

「あのひと…ミサカのとっても大切な人なの。 でも傷を負ったせいで、何も覚えられなくなっちゃったんだよってミサカはミサカは前提を本来あったあの熱く切ない美しくも悲しいドラマをまるごと省いて説明してみる。
 だから貴女の不思議な…魔術を使ってあのひとの怪我を治してください。 そして記憶も取り戻して欲しいの。今までの、覚えていられなかった一年分の記憶を!
 ってミサカはミサカはミサカの瞳をキンキラキンにしてシスターさんを見つめてみたりー!」

魔法なら、脳の傷などあっという間に治せるに違いない。瞬きひとつの間で、杖を一振りするだけで、こぼれ落ちた記憶を蘇らせることだって。
なのに、インデックスは表情を曇らせてしまった。

「…らすとおーだー…それは、…難しいかもなんだよ…」

「え…どうして…? ってミサカはミサカはキョトンとしながら理由を問いただしてみる」

「えっとね。 そもそも魔術は万能ではないし…それになにより、私自身には魔術を使うことは出来ないから、なんだよ…」

「…ど、え? どういうこと? シスターさんは、だって魔法使いなんでしょ? 不思議な力で何でもできるんじゃないの…ってミサカはミサカはアニメやゲームの魔法使いの万能っぷりを思い出してみる」

「魔法じゃなくて、魔術。 これは世界の法則からはずれたことを可能にする、生命力を源にして具現させる術式の事。 …術式だけでも、生命力だけでも使えない。
 わたしはたくさんの知識――術式を覚えているけど、それを具現化するためのマナは全部『他のところ』へ回してしまっているから、魔術を使うことが出来ないんだよ…」

儚い希望が、落ちて砕ける音がした気がした。



334 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:15:38.70 ID:5mSkUdM0 [11/24]


「そんな… じゃあ、あのひとは…誰にも助けられないの…? って…ミサカは、ミサカは…」

「助ける、っていうのは…記憶を取り戻したり、怪我を治すことでしか完成されないものなのかな? 他に道はない?一緒に考えようよ」

「…わかんない。わかんないよ…。 だってミサカは一年間、それでもいいって思って、傷が治らなくても、覚えていられなくても、きっと大丈夫だって思ってた…
 でも、でもね。 ミサカがよくても、なんの解決にもならないの。 ずっと不安定な状態を維持することにしかならない……、ってミサカはミサカは悩みを打ち明けてみる。
 あの人は忘れるたびに本当は苦しかったんだと思う。 忘れないようにしてあげたい。 病院では不可能だって言われた。 だから…、」

ぐすっ、と打ち止めが鼻水を啜った。
話しているうちにぼろぼろと涙が溢れて、結局我慢していた涙腺の堤防はあっさり崩壊してしまった。
頬も耳も鼻の頭も真っ赤にして、ずるずると音を立てて鼻を啜り上げながら涙を手の甲でぬぐう。

「…ごめんなさい、らすとおーだー…わたし、シスターなのに、何も出来なくて…」

ポケットから真っ白なハンカチを取り出し、インデックスはテーブルを回り込んで打ち止めの傍に跪いた。
やさしく涙で濡れるまぶたを押さえてやりながら、どうしたものかと思案する。
すると、打ち止めが持ってきた手提げかばんが目に入った。

「ねぇらすとおーだー、そのかばんには何がはいってるの?」

「ひぐっ、う、これは…これはね、あのひとが今まで書いた日記なの。 あなたに、元に戻してもらおうと思って、持って、ぐすっ、きたの。でも…」

使えないんだよね、魔法。 涙声に飲まれた先は聞こえなかったが、そういうことだ。

「日記…?」

「や、やぶかれちゃって、。あの人、忘れちゃったから。書いたこと。だから読みたくないって思ったんだと、思う、。って、ミサ、見解を述べてみたりっ、く」

「…らすとおーだーの大切な人は、その日記を破いて、読んでくれなかったんだよ、ね…?」

「う、うん」

「らすとおーだー! 破けちゃった紙を元に戻すのは魔術だけじゃないかも。 科学でも出来るよ! 科学の結晶、セロハンテープで!!」

「………………………、。 へ?」




335 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:16:15.93 ID:5mSkUdM0 [12/24]


そこからインデックスの活躍は目覚しいものだった。
泣きじゃくってべたべたになった打ち止めを洗面台まで連れて行って顔を洗わせ、その間にセロハンテープを用意。
上条当麻が学園都市を離れる前、お徳用のセロハンテープ(十個組)を購入していたのが幸いした。
打ち止めが戻ってくると、ばらばらになったそれぞれのピースをパズルのように少しずつ組み合わせていく。

打ち止め一人では何時間もかかったであろうその作業を、インデックスはみるみるこなした。
どの紙片がどういう破け方をしていたか。 さっき見かけたあの形の紙切れをどこに置いたか。文字と文字の切れ方、つながるのはどの紙片か。
インデックスは完璧に覚えて、効率よくパズルを完成させていく。
打ち止めはそれに驚き、魔法だと喜び、インデックスが組み合わせた紙を丁寧に慎重に、しわが寄らないようにセロテープでつなぎ合わせた。
二人で協力してつながりを探すこともあったし、一人が紙を押さえて一人がセロテープをちぎるという共同作業をすることもあった。
一枚完成するたび、二人は顔を見合わせて微笑んだ。

―ーそして、世間一般でおやつの時間と呼ばれる時刻、6冊のノートは復活した。

「出来たーーー!ってミサカはミサカは達成感と心地よい疲労感に身をゆだねてみる!」

「うわぁーい! やったんだよーっ! …でももうおなかぺこぺこかも! まったくとーまは何をやってるのかな!?」

「へへ…。 これでちゃんと読めるんだねってミサカはミサカは本当に、本当に嬉しいよ」

セロテープで貼り合わせたせいで、もとのノートよりもずっと分厚くなってしまった日記帳。ごわごわしているし、端もところどころ折れている。
けれどそれは確かに一方通行が書いた日記そのものだった。
ぺらぺらとめくりながら、貼っている途中でちょこちょこと読んでいた内容を思い返す。




『これ以上、忘れたくない。』



『朝は打ち止めが起こしに来るまで寝たふりすること。打ち止めが椅子を引いてくれるまで座らないこと。』



『ごめんじゃなくて、ありがとうって言え。』




336 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:16:54.00 ID:5mSkUdM0 [13/24]



どのページを見ても、懐かしくて涙が止まらない。もとから「だれかの涙」でよれているページもたくさんあるので、これ以上滲ませてはまずいのに。

そして最後の。



『打ち止めのプレゼントを買った。ネックレス(引き出し、上から二番目)』



日記帳の最後の日付、八月二十四日の日記の最終行。
打ち止めは知った。 彼が何故突然出かけたいなどと言い出したのか。


「ミサカの誕生日、だから…」


「らすとおーだー、よかったね。 …これ読ませれば、絶対解ってくれる。わたしが、保証するんだよ」

ぎゅっと打ち止めを抱きしめるインデックス。悲しさと嬉しさが入り混じった雫はもう零れ落ちない。 全て、教会の中に吸い込まれていった。



暗くなる前に家に帰り着いた打ち止めは、先に帰宅していた黄泉川にこってりと絞られた。
当然、黙って行かせた芳川も先にごってりと叱られていたようだった。

上条当麻から聞かされた先日のことを黄泉川に教えられた打ち止めは日記の表紙を見つめる。 セロハンテープでてかっている日記。
それは記録であって記憶ではないけれど、たしかに彼が綴った思いの形だ。

コンコン! と元気良く一方通行の部屋をノックする。
中から『あァ!?』といらだった声が聞こえるが、気にしない。

「ねぇ。 起きてるよね? お願いがあるのって、ミサカはミサカは貴方に聞く気が無くても勝手にするから最後まで黙っててねってこれまた貴方の意見はまるっと無視して要件を果たすべく突撃ーッ!!」

「だから殺されてェのかァァァァ!」




337 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:17:33.10 ID:5mSkUdM0 [14/24]



そして、八月三十一日。


「黄泉川ァァァ―――ッ!!!」

朝っぱらから少年の部屋から叫び声がする。 緊迫した雰囲気だが、別段慌てることもあるまい。

「はいはい、なにごとじゃん…」

「黄泉川! オマエ、この日記のこれ、知ってっかァ!?」

「んえ? なんじゃんよ…私はお前の日記なんて…」

ビシィと指差されたセロテープのつぎはぎだらけの日記帳の一ページを覗き込むと、そこにはなにやら書いてある。

「えーと…プレゼントは机の二段目? これがどうかしたのか?」

「ねェンだよ、机の!引き出しの!二段目にっ!」

「…んじゃ他のところに直したじゃん」

「わっかンねェかなァ!? 覚えてねェの! わからねェの! オマエなンか知らねェかよ、俺がなンかどっかに直したとかしまってたとか!」

「知るわけないじゃんそんなの! お前の部屋なんかほとんど入らないのに」

「使えねェェェェェこの女ァァァァァァァ」

「お前よっぽど殴られたいじゃん!?」

びきりとこめかみに青筋を浮かべた黄泉川が拳をにぎるが、一方通行はそちらを見もせずがたがたと引き出しの二段目を漁っている。
くっそ、と一人ごちて拳を下ろした彼女はおや、と表情を変えた。

一方通行が漁りまくっている机の、いちばんわかりやすい真正面にでんとこれ見よがしに置いてある、長方形の箱を綺麗にラッピングしてあるそれはどうみても。

「…あー…お前さぁ、ちょっと他のところも探してみたほうがいいじゃん?」

「探した! もォあっちこっち探したンだよ! あのガキに見つかりづらそうで俺にはわかりやすそォな場所を!!」



338 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:18:11.43 ID:5mSkUdM0 [15/24]


わき目もふらず、相変わらずがさごそやっている彼は、そもそもどんなサイズのものなのか想像もついていないのかもしれない。 ペンケースの中まで覗き込んでいる。
おそらく昨晩、翌日のパーティのためにすぐわかる場所に置き直したのだろうが、どうやらそれを日記に綴り忘れているらしい。
お前が探しているものは、箱に入っていてラッピングされていてリボンがかかっていて丁度目の前にありますよーと言えば事は収まるのだが。

「…まあ、打ち止めの誕生パーティーは夜だから。 それまでにがんばってみつけるじゃーん? ファイトー」

黄泉川は意地悪をすることにした。 どうせ自分は使えない女だし?
ひらひらと手を振って部屋を後にする。 夕方までに見つけられなかったら指差して大笑いしながら教えてあげよう。





八月三十一日の日記の最後には、こんな文があった。


覚えていなくても、多分俺の中にはちゃんといろいろと積み上がってるもんがあるんだと思う。
この家もベッドもキッチンもマグカップも何もかも懐かしいのに、全部初めてのものばかりだ。
初めて出逢った奴と一緒に、一日しか一緒に居なかったガキの誕生日を祝ってる。
すげー不思議だけど、どきどきしてる。毎朝新鮮すぎて困るくらいだな。

なんか、毎日この世界に初恋してるみてぇ。

いつもありがとう。あしたもよろしくな。



おわり。









339 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:21:37.85 ID:5mSkUdM0 [16/24]
ここで、ハッピーエンド。です。
忘却の空、結局短編程度の長さにまとまってしまいましたが、応援してくださった皆さん、ありがとうございました。
前半は一方通行の一人称で進んだので、最後は打ち止め中心で書いてみました。
小ネタスレから始まった妄想ですが、完結させられてよかったです。
あと、上条さんは動かしづらすぎて筆ストッパーなので退場していただきました。すみません。
主人公すぎて動きませんでした。ごめんねせっかく出てきたのに。

ここから先はバッドエンドバージョンです。

340 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:22:44.84 ID:5mSkUdM0 [17/24]
※BADENDルート。最初はこっちでした。



「ごめん…なさい。 自動書記【ヨハネのペン】は…もう、壊れちゃったの」

打ち止めが訪ねた白い少女は、そう言って俯いた。
金糸を織り込んだ白磁のティーカップのような修道服を身にまとう銀髪のシスターは、美しいローブの裾をきつく握り締める。

「…そん…な」

「わたしには、もう力は無いの。 本当にただの図書館になってしまったの。
 私は――インデックスは、ただの無力なシスターだから…っ、 …あなたの大切なひとを、助けてあげられない…っ」

ぱたぱた、と床に雫が落ちた。 魔道書図書館と呼ばれ、膨大な「奇跡の業」を記録する小さな少女は己の無力を悔いた。
彼女の自動書記はかつて中途半端に破壊され、その後体調と精神を保持するために一旦完全に取り除かれた。そして、蓄積された魔道書は容量を圧縮され、本人からも外部からも干渉を受け付けない術式が施されたのだ。
だから、彼女にはもう魔術は使えない。
使えるのは、英国のスリートップが揃って頷き遠隔操作霊装を揮った時だけ。
霊装も禁書目録も、英国のためだけに起動する。 そう「設定」されたから。

「ま、魔術は…! 魔術は、犠牲や媒体なく何かを生み出すことは出来ないの。 誰かの正は、誰かの負になるんだよ。
 信仰が、対立を生むように。 世界の人々が、今の今まで経ってもひとつになれないように。
 誰もが望む最高のハッピーエンドを作り出せる奇跡は、魔術じゃ起こせないんだよ…!」

「じゃあ、あの人は…どうやっても助けられないの…?」

「…どうしても治さなきゃならないの? そのひとは、今を嘆いているの?」

「…ミサカは、治らなくても大丈夫だって…思ってた。 だってあの人は、記憶が毎日リセットされているのに、段々ミサカ達に優しくなって…ミサカ達との日々を覚えているみたいに、振舞ってくれるから。」

「だから大丈夫だって思ってたの。 きっとこのまま幸せになれるって。 このままの日々が続いていってくれるって信じてた。
 でも駄目だった。 …あの人はもう日記を読まない。積み重ねた記録に怯えてる。自分が見えなくて苦しんでる。 ミサカ、もう見ていられないの。ミサカをあんなふうに見つめるあのひとの視線に耐えられないの!!」

「らすとおーだー…」

「全然大丈夫じゃなかった。 あの人の中には何も無かった! 増えたのは記録だけ。 あの人の心には何も残ってない!!」

悲痛な声だった。
打ち止めが望んでいるのは、暖かな日々。 ただそれだけでよかった。 今までそれが叶っていると思っていた。 優しい幻想。


341 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:23:28.67 ID:5mSkUdM0 [18/24]


インデックスは瞑目する。 泣きながら大切な人を想う打ち止めの姿は、まるでかつての自分のようで辛い。 
大切な人にほんの小さな怪我ですらしないでほしかった。何事も無く幸せになりたいだけだった。穏やかでなだらかで温もりのある平穏を信じていた。 でも、本当のそれを手に入れるまでたくさんの痛みを味わったのだ。
インデックスの小さな体にも、上条当麻のたくましい体にも、たくさんたくさん傷が残った。 心のなかにも数えきれない後悔が残っている。
それでもあがき続けて手に入れたちいさな現実は、ふたりをいつも笑顔にしてくれている。

だからインデックスは、傷だらけのこの少女を救いたいと心から思った。

「らすとーだー。 らすとおーだーはどうしたい? 記憶を取り戻すのはとってもムズカシイ。 科学技術で手も足も出ないケガを、魔術の理で完治させるのもムズカシイ。
 ただ、ちょっとだけ誤魔化すことはできるかも。 …それでも、大きな代価が必要だけど」

「…だいか、って?」

「術式にはあなたのクローン全員の協力が必要になる。 そして、術式に関わった全ての人物の事を完全に記憶からデリートする。 それで初めて、”毎日忘れる”を”毎日を覚える”にずらすことが出来る『かもしれない』」

「ど、どういうこと…?」

「あなたが助けたいあの白い人は今、みんなに助けられながら生きてる。 でも、怪我を治す生命力は突然生まれたりしないの。 どこかから持ってくるの。
 助けるための力は、いまあの人が繋がっているすべての人。 その記憶」

「あくせられーたが積み重ねた15年間の記憶と、今あくせられーたを支えている人々の思い。 全てを代償に…これから15年を、覚えていられるように、なる、かもしれない」

小さく区切るように、不安を滲ませた声でインデックスは言う。

「忘れられてしまう悲しみを、今以上に背負わせることになるよ。 覚えていない苦しみを、今以上に背負わせることになるよ。 …でも、これから積み重ねていける希望は、ある」

「そんなの…ミサカは…ミサカは…」

「急がなくってもいいんじゃないかな…。 …正直、あまりオススメしたくない方法なんだよ。 だって、この術式を使ったら、あの人がらすとおーだーを覚えていないばかりか、らすとおーだーもあの人の事を思い出せなくなる。
 揺るがない絆があっても、繋がりを取り戻すのは困難だと思う。 わたしにも、思い出したくても思い出せない大切な人達がたくさん、いるから…」




342 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:24:17.79 ID:5mSkUdM0 [19/24]


黙りこくってしまった打ち止めを見つめて、インデックスは悩んでいた。
このことを話してしまっても良かったのだろうか。
こういう術式は、確かにある。 自分は魔術を使えないが、記憶に関する魔術について造詣が深い友人がいるからそちらに頼めばどうにかなると思った。
インデックスの記憶を消さずに済む方法を必死で探してくれた、大切な友達がいる。 彼らに記憶を消す魔術を頼むのは気が引けたが、それでこの少女が助かるのならきっと協力してくれるはず。
だが、悩みはそれだけではなかった。
だって、これで本当に救われるのだろうか? 
打ち止めの事をかろうじて記憶している今の一方通行と、過去を全て忘れた一方通行。
どちらを打ち止めは望んでいるのかなんて、その点だけを見れば明らかなのに。


みんなで一緒に幸せになれる道はどこにもない。






343 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:25:02.69 ID:5mSkUdM0 [20/24]






「打ち止め、一方通行は?」

「まだ寝てる、ってミサカはミサカは答えてみる。 さっきまですごくうなされてたけど、ちょっぴり落ち着いたみたい」

「…参ったわね…」

病室。
それは、一ヶ月の間ずっと一方通行が過ごしたあの個室だった。
すこし空気が篭っているな、と黄泉川愛穂は判断し、窓のロックを外した。 全開にしてしまうと寒いので、半分ほど開けて空気を入れ替える。
白いカーテンがふわふわとはためいて、止まった室内に風を導いた。

「…空気が冷たくなってきたわね」

「ああ。 …また、一年前と同じだな」

「…ミサカが、ミサカが、あの人にちゃんと日記を渡してあげられたら、何かかわってたのかな…」

「詮無いことを言うのはよすじゃん。 たらればで話しても目の前の現実が変わるわけじゃなし。 今は一方通行が目を覚ますのを祈るしかない」

8月31日――― 打ち止めが一方通行と出会い、そして一方通行が打ち止めを救った日。 ちょうどそれから一年経って、一方通行は再び覚めない眠りへと落ちていってしまった。
それでも、前回は一週間ほどで目を覚まし、リハビリを兼ねて大覇星祭に出歩く余裕もあった。
だが今回は、彼は目覚めない。 深い眠りの奥底で、毎日魘されている。 叫んでも揺すっても目を開けようとしない。 頑なに、何かを拒むように、そのまぶたは閉じられたままだ。









そして。







344 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:25:54.88 ID:5mSkUdM0 [21/24]



少年は血溜まりの中で目を開けた。
その血は自分のものではない。ただ粛々と、赤くそれはあった。

「……だ、れ?」

彼は何も覚えてはいない。それなのに、何が起きたのか全て理解してしまった。
すぐそばの血溜まりに沈む小さな少女が、何をしたのかを。
目を開いた自分の代わりに、目を閉じた幼気な少女。

茫洋とした時間が流れる。それが一瞬だったのか、一時間だったのかは判然としなかった。

ふと、指先に触れるものがあった。
かさりと乾いたそれは、いくらか血飛沫を浴びてから固まったちいさな紙切れ。でこぼことした質の悪い表面に、インクが滲んでいる。たしかこういう紙を、羊皮紙というのだったか?

そこに描かれた不思議な模様と無数の記号の羅列。

読めない文字を辿っても、なんのことだかさっぱりわからない。
ただ、奇妙な重圧を発する紙片だった。

徐に、震える手で子供に触れる。
ひんやりとした――けれどまだほのかにあたたかい体は、ぴくりとも動かない。
確かに呼吸をして生きている少年のほうが凍えたように震えているのに、少女は今にも止まりそうなか細い呼吸を、数拍おきに繰り返すだけ。
ぐ、と抱き上げ、膝に抱えあげた。 だらりと垂れ下がった少女の細い腕が、液体をバシャリと撥ね上げる。
子供の軽い身体は、力が抜けているせいでひどく重たい。非力な彼には尚更その重みが、命の重みがのしかかった。
だくだくと流れすぎた生命力は、にじむ程度にしか残っていない。
だが確かにそこに、僅かに、幽かに、残ってはいる。
鮮やかな赤色だった命溜まりは、急速な酸化によってどす黒く色を変え始めていた。




345 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:26:34.56 ID:5mSkUdM0 [22/24]


少年は何もかもわからないまま、ギシュリと音が鳴る程羊皮紙を握り潰し、


「――――――――――――大丈夫だ」


なにが。

そんなものは自分にだってわからない。
自分が誰かもわからない。
この少女のことなどもっとわからない。
この状況を理解するような知識も記憶もない。
それでも。
だとしても。

なぜか、
何を失ってもこの血溜まりに沈む少女の、こぼれ落ちる命を、留めなければならないのだと確信出来ていた。


わらう。
冷たく暖かく鋭く優しく痛みを伴うほどの決意をもって。
魂を握りしめて嘲笑う悪魔のようにも、神の身許で祈りを捧ぐ天使のようにも見える奇怪な表情で。


難しい数学の知識などなくとも、大仰な霊装などなくとも、人は魔法を使える。
ボン! と前触れなく唐突にその背に噴出した真っ白な翼が、まるで鮮血を吸い上げていくかのように根元から切っ先まで一気に真っ赤に染まり上がる。
少年の鼓動に合わせて燐光を発する紅の翼は、幾重にも幾重にも空間に折り重なり、部屋中にチョークで書き綴られた幾何学的な紋様をなぞってゆく。
握り締めた意味を持たない紙切れが切り裂くような鋭く局所的な光を放ち、ジリジリと焼け焦げ、一方通行の拳の中で燃え尽きた。


命を詠う天使は吟い続ける。 引き裂く笑みで、名も知らぬ少女に捧げる祈りを。




346 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:27:10.51 ID:5mSkUdM0 [23/24]







打ち止めは生温いぬめりを頬に感じ、うっすらと目を開けた。
眼前に広がる赤の中に、白い部分とまだらになった赤い塊は――。
失敗した、瞬時にそう判断した打ち止めは即座に羊皮紙を探した。 体に痛みは無く、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きるとぬるつく床に溜まった液体をパシャパシャと掻き回す。
―――無い、何処にもない。


どす黒い赤を絡みつかせながら、チャプ、と液面を揺らして打ち止めはへたりこんだ。

「……ねぇ」

かろうじて人の形をしている塊に静かな声で話しかける。

「…………ミサカ、諦めないから」

打ち止めは大きく息を吸い込み、夢の中で聞いた旋律を奏で始める―――――――――――




歌声は響く。 遥か遠く、忘却の空の彼方まで。





おわり




348 名前:忘却の空5(最終)[saga] 投稿日:2010/12/16(木) 00:28:36.69 ID:5mSkUdM0 [24/24]
はいというわけで、もったいないので投下したバッドエンドルートもこれでおしまいです。
魔術の解釈や一方サンマジ天使とかいろいろアレですがノリと雰囲気で読んでもらえればいいかと思います。
深く突っ込んだら黒歴史に飲まれて死ぬのでやめてくださるとありがたいです。

では、ありがとうございました。
バイビー

Tag : とあるSS総合スレ

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