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初音ミク「いーさん。だいっきらい」《ハツネリサイタル》
1 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:35:18.88 ID:Vo4l0qE0 [1/25]
・初音ミクと戯言シリーズのクロスです。
・というかほとんどオリキャラ状態です。
・オリキャラももうひとりでます。
・スレ立ては初めてです。
他いたらない点があるかもしれませんが、それでもよろしかったらみていただけると幸いです。
それでははじまります。
・初音ミクと戯言シリーズのクロスです。
・というかほとんどオリキャラ状態です。
・オリキャラももうひとりでます。
・スレ立ては初めてです。
他いたらない点があるかもしれませんが、それでもよろしかったらみていただけると幸いです。
それでははじまります。
2 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:36:23.77 ID:Vo4l0qE0 [2/25]
登場人物紹介
ぼく(語り部)――――――――――――――――標的。
初音ミク(はつね・みく)―――――――――――歌姫。
夢浮橋櫟(ゆめのうきはし・いちい)――――――殺し屋。
夢浮橋双威(ゆめのうきはし・ふたい)―――――殺し屋。
闇口崩子(やみぐち・ほうこ)―――――――――少女。
哀川潤(あいかわ・じゅん)――――――――――請負人。
4 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:37:30.01 ID:Vo4l0qE0
「あなたは人間と人形の違いってなんだと思いますか?」
彼女、初音ミクを語るととき、ぼくは否応なくあの名探偵と殺し屋を思い出す。
分解能を超越して重なりすぎて、重ならなかったあの兄妹を。
しかしそんな兄妹と初音ミクとの間にある決定的なまでに違うところというのは、重なりすぎて同一人物と相成った。
というこの一点につきるだろう。
ε-δ論法を越えて、極限までに収束した彼女。
人でないながら、最後まで人でなかった彼女。
しかし最後まで人を渇望し、切望し、絶望した彼女。
最後まで歌姫《にんぎょう》たらんとした彼女。
これは彼女の、人形の人形による、人間の為の物語だ。
5 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:38:30.14 ID:Vo4l0qE0
第一章 別称(蔑称)
0
人類史上最初にして最高の娯楽ってなんだと思う?
人生。
1
「はぁ、はぁ」
一人の男が息を切らして走っていた。
当て所なく走っている。といえば些か格好もつくだろうが、そういう少なくともそんな格好つけたようなことで走ってはいない。
目的地はなくとも目的意識は持って走っていた。
背後から明確な敵意――否、『殺意』を持って男を追う何かからの逃走だった。
そう、『だった』のだ。
遂に男は行き止まりに行き逢ってしまった。
全ては決め尽くされた詰め将棋の様に。
「くそっ!」
拳で壁を叩き、新たな逃走経路を探す為に反転する。
しかし遅かった。
――カシャッ。
金属をすり合わせる様な音が、袋小路に響く。
「ターゲットを発見しました」
人型の少女が無機質な声で平坦に淡々と告げる。
「殺戮奇術・匂宮雑技団分家、初音ミク」
初音と名乗った人型は、棒状のそれを構えた。
「幾多の運命《メロディーライン》に沿い、指令を執行します」
怜悧で鋭利な機械音が、男に終わりを告げた。
6 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:39:26.08 ID:Vo4l0qE0
殺戮奇術集団匂宮雑技団。
殺し名第一位に坐し、規模も殺し名最大規模を誇り、本家匂宮、更に分家の数は五十三に及ぶ(うち三家はかの大戦中に死色の真紅に潰されたが)。
その分家が一つ、『初音』にミクは所属していた。
奇術、雑技団の名の通り、一風変わった人材がいるのが匂宮雑技団だ。
断片集しかり、功罪の仔しかり。
そして初音の特性は本家、断片集の下位特性、機械を使った遠隔操作だ。
つまるところ、アンドロイド。
「マスター、指令を遂行しました」
「ん、ご苦労」
初音ミクは某県某所にある本拠地に定時連絡をしていた。
初音はターゲットがなぜ殺されたのか、なぜ殺したのか、何も知らされていない。ただの人形だからだ。
「今終わったところ悪いんだけど」
マスターと呼ばれた女は連絡を終え、接続を切ろうとする初音に声を掛けた。
「次の仕事が入っちゃった」
「はい。どのような任務でしょうか」
初音は文句も言わずに内容を聞く。
人形にくちなし。
「京都市内に住むある大学生らしいんだ。今から情報送るから」
画像データと位置情報が初音に送られる。
隠し撮りのように見える画像の中央に写る人物は、見たところただの一般人に見えた。
「今京都在住の大学生らしいんだけど。ヤレル?」
「はい」
「じゃ、いってらっしゃい」
女が手を振って初音を送る。
怜悧に鋭利で、無意味で無為の、奇怪な機械である初音ミクは、自身の存在理由のような虚無の闇へと溶暗(フェードアウト)した。
7 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:41:07.08 ID:Vo4l0qE0
2
七月某日日曜日。疑問を挟むまでも無く快晴。
約四ヶ月ほど前に晴れて、世間から社会人として見られる年齢に達したぼくであるが、だがしかし労働に身を窶することもなく、ほぼ惰性で大学に通い続けるような他大多数の同年代の学生と同じような生活を送っているのだが、休日に他人と時間を共有しながら消費するという高等技術を用いる術を持たないため、自室にて娯楽以上のなんの価値ももたない読書という指の運動に従事していた。
まあ、つまり休日に遊ぶような友人がいないわけだ。
ぐすっ。悲しくなんかないさ。嘘だけど。
……出版社を間違えてしまった。でも哀川さんとかそんなの気にしてないし、まあいいかなに言ってんだぼくは。
とまあそんな戯言はともかく。現在ぼくは先述した通り読書をしていた。
七々見に借りたロバート・ルイス・スティーヴンソン著、「ジキル博士とハイド氏」。ER3時代、原文で読んだ事があるのだが、記憶力の乏しいぼくはあらすじ程度にしか記憶していなかったため、もう一度読んでも楽しめた。
いや、楽しくはないか。ただの暇つぶしであるため、速読術の基本である斜め読みしかしていない。ちなみにメモ用紙みたいなのが挟まっていたが(ジキル×ハイドはありか? という内容だった)、フリースローの練習として活用させて貰った。
8 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:42:08.78 ID:Vo4l0qE0
「にしても暇だな」
退屈は好きだが、暇は好きではない。けして退屈と暇とは同義ではないのだ。それに乗じて室内気温はうなぎ登りで、そのまま竜になるんじゃないかというぐらいに熱かった(この場合この漢字で間違っていない)。
とにかく京都の盆地という特性上、熱気のこもりやすい土地柄である。さらに、骨董アパート改め塔アパートとなったこの建物内において、ぼくの部屋は六階に位置しているため、日当たりは最高だった。無論エア・コンディショナーという近代世界において、一家に一台がコピーであるような文明の利器など存在しない。
「玖渚のところでも行こうかな」
暑さに耐えかねたぼくは、携帯のサブディスプレイを見て、玖渚の購読雑誌の発売日である事を確認し、それを理由付けとして、玖渚の家に行くことを決心する。まあ、玖渚の家に行くのに理由なんて必要ないのだが。
「よっと」
フローリングにじかに寝転んでいたために硬くなってしまった身体を捻り、軽い柔軟運動をしたのち、外出の準備に取り掛かる。
ジキルとハイドは、スピンを挟まずに投げ置いた。
9 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:45:02.12 ID:Vo4l0qE0
3
「ありがとーございましたー」
終始無言であるぼくに対しても業務用笑顔を向けてくる店員さんに軽い尊敬の念を抱きつつ、店から出る。
ベスパか徒歩で迷った挙句、急ぐ必要もないかとという判断のもと、徒歩という二足歩行生物にしか許されていない高等移動手段で行くことにした。ちなみに信号が多い京都において徒歩というのは結構捨てたもんじゃないのだ。
大通りにでて、城咲に向かう道を歩く。
日曜日である上に、夏休み前という高揚感が高まってか歩道は人でごった返していた。
こんなんだったら大人しく部屋に居ればよかったと軽い後悔に襲われている時、
ゾクリ。
と、背筋に悪寒が走った。
この感覚は何度も味わっている。
いや、この経験をぼくは知っている。
ぼくはただ平然とした様相を装って、歩き続ける。
殺意を持った何かがぼくを追っている。
それだけは確実だった。
しかし、それはあの殺人鬼の放つ殺意とは違う。さらに、生物の放つ殺意とも違った。
ただそこに刀身まるだしの刀が置かれていて、それに対して殺される。などという錯覚を覚えるようなそんな感覚。
しかもその刀はまるで目的意識があるようにこちらを向き続ける。そんな感覚。
そんな感覚がずっと背後に付き纏っていた。
物体はそれ単体じゃ殺意なんて抱きようも無いのに。
これじゃまるで、人形に魂がこもっているみたいじゃないか。
次第に人通りの少ない道を選びながら進んでいく。
一人一人と足並みが減っていくなかで、その何かだけは子犬のようにぼくについてくる。
――ほんとうに子犬だったらいいんだけどな。
あーあ、つまらなくなってきやがった。
自分の意図か、相手の意図かわからないが、ぼくは裏路地のどんづまりについた。
つまり行き止まり。
ぼくは、そこでやっと向き直る。
10 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:47:09.38 ID:Vo4l0qE0
「他人に被害を及ぼさないように考えるとは殊勝ですね」
そこには人形がいた。
姿は、碧髪のツインテールに、灰色のノースリーブドレスシャツ、黒ネクタイ。黒のプリーツスカート、黒のスーパーロングブーツという少し一般の範疇を超えるがそれでも普通を出ない、常識に見合った格好している。
でも、それだけだった。
他の追随を許さない程に空っぽである事を自称するぼくだが、この少女はそれ以上に0だった。いかなる意図も、意識も、目標も、目算も、手段も、手腕も、持ち合わせていない。
これ以上ないほどの無機質さ。
もはや、人間ではなく人形だった。
「善良な一般京都市民であるぼくが、愛すべき京都に被害を及ぼすようなことをするわけないじゃないか」
精一杯強がって見せる。
実際心境は、戦々恐々の大童な状態である。世界恐慌の第三次世界大戦中である。
人形が話すなんて、これ以上ない程の恐怖体験じゃないか。
「あなた本当は余裕なんじゃないですか?」
はぁ、まあいいでしょう。
溜息をつかれた。おそらく初対面であろう人間に溜息をつかれる筋合いがぼくにあるのだろうか。
ぼくの意見でいえば満場一致で、ある。
「というか、京都を愛してるなんて嘘ですね。あなたはどれだけ人が死んでも平気だと思ってる」
「どうしてわかるんだい」
「顔に書いてあります」
「…………」
「油性マジックです」
消えにくいじゃねぇかよ。
11 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:51:09.50 ID:Vo4l0qE0
「で? きみはだれだい?」
そこで少女は待っていましたとばかりに胸を張った。
「殺戮奇術・匂宮雑技団分家、初音ミク」
初音、と名乗った少女は背中に背負った武器を取り出し、両の手に構える。
その武器は言うなら刺又に近かった。しかし、本来ならば弓形に開いているはずの先端はV字型に開いており、それはまるで――
「我が分身――葱(そう)と共に」
そして告げる。
「幾多の運命《メロディーライン》に沿い、指令を執行します」
匂宮? 殺し名第一位にして最大規模を持つ、通称《殺し屋》。
相手が誰であっても頼まれれば殺す。匂宮。
因縁のありすぎる名前だった。忘れてはいけない名前だった。
重なりすぎて、重ならなかった兄妹。
名探偵、匂宮理澄ちゃん。
殺し屋、匂宮出夢くん。
その二人の分家。
つまり二人の親戚。
それがぼくを狙ってるだと?
何のために? 誰がために?
「なんでぼくはきみに狙われてるんだい?」
声がうわずってしまった。
「知りません、知る必要もありません。あなたも知らなくていいです。僕はただ指令を執行するだけ。あなたはただ僕に殺されればいい」
さて、少し喋りすぎましたか。
そういって、尖った殺気を更に尖らせる。
「では、死んでください」
武器が頭上から振り下ろされた。
でも、
「それだけはわかっていたよ」
ぼくは、壁に這いつくようにして相手の攻撃を避けた。
この狭い小路では、長物である武器なら突くか振り下ろすかに限られる。
だから、この一撃に限っていえば確実に避けられたのだ。
大振りであるため体勢を立て直すまでに僅かに隙がある。
その隙をついて相手の懐にもぐりこんだ。
大リーグばりのタックルで、彼女を壁に押し付けた。
「かはっ」
ミクちゃんは背中を強かに打ち、咳き込んだ。
今だ。
ぼくは少女の手首を捻り上げその武器を落とす。
喉元に手を押しあて、相手の動きをとめる。
「さて、ぼくはきみをここで窒息もしくは頚動脈圧迫のどちらかで殺すことができるのだけれど、しかし紳士であるぼくは美少女をこの手に掛けたくはない。できれば降参してほしいのだけれど、どうかな?」
しかし、ミクちゃんは文字通り息も絶え絶えになりながらも、あくまで強気に首を横に振った。
弱ったな。殺し名としての矜持がそうさせてるのか。
無傷で済ませることは不可能なのかもしれない。
だとしたらこのまま、失神させて――。
そんな小賢しい計算をしていると、彼女はいつのまにか右手を自分の喉元にまで伸ばし、左手を肩幅に開き、眼を閉じていた。
ある体勢(ポーズ)をとっていた。
12 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:52:26.82 ID:Vo4l0qE0
え?
呆気にとられる。
まさか、その体勢(ポーズ)は――。
気付いたときには遅かっタ。
圧迫されて声どコろか、息も死ヅラい筈なのに、耳をツンザくヨうな奇声が彼女から発seラれた。
「あああぁぁぁあああああああああああ!!!」
イタイタイタイタイタイタイタイタイ。三半規管がグルぐるする。足がグラつく。世界が回ru。マワルマワルマワルマワルマワルマワル。イタイタイタイタイタイタイタイタイ。グルグルグルグルグルグルグルグルグ。マワタイグルグルワルグルタイタイグルマワルグルタイタイタイタイマワルマワルグルグルグルグルルるる売るるルルるるるuるるるるるるるるるrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr。
13 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:58:49.59 ID:Vo4l0qE0
「結局はそんなものですか」
気付くと目の前にさっきの少女がいた。
何故か彼女は空間に対して横向きに立つという、物理的にも非現実的にもありえない立ち方をしていた。
あぁ、なるほど。僕が横向きなのか。
背中に地面の冷たい感触を味わいながらそう理解した。
ちなみにミクちゃんはぼくの身体を跨るように立っているため、下腹部の保温効果と秘部を隠すという一挙両得をなしえるという、いろんな意味でお得な布が丸見えぐほぉお!
「そんなとこジロジロ見ないで下さい」
刺又の柄で鳩尾を突かれた。
普通に痛かった。
「スカートを穿いているきみが悪いと思うんだけど」
ぐほぁ!
また突かれた。
「女の子にスカートは憑き物です」
「……さいですか」
どっかで似たようなセリフを聞いたな。
「まったくあなたといると僕まで調子を狂わされます」
「というか今更だけど僕っ娘なんだ」
「なんですか?」
「イタイ」
ゴカッ。
頭を殴られた。
まあ、只単に玖渚とキャラが被ることを危惧してるだけなんだけどね。
14 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 01:00:14.11 ID:Vo4l0qE0
ミクちゃんは、まったくといった風に溜息をつき、
「それじゃあ、今度こそ」
死んでください。
ミクちゃんが刺又を振り上げる。
え? 嘘。こんなぬるい雰囲気でぼくは死ぬのか?
緊張もシリアス要素も半分もねぇじゃねぇか。
《王手! ただしこっちは飛車角王取り》みたいなっ!
やっぱ、ぼくには使いこなせないらしい。
……まぁ、でも戯しい言葉を吐いてきたぼくにはこれくらいの末路が相応しいのかもしれないな。
何事も中途半端に。
それが、ぼくのアイデンティティなのだから。
振り下ろされる刺又を眺めながら考えていると。
「楽しそうなことやってんじゃん、いーたん。ちっとあたしも混ぜてくれよ」
15 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 01:02:40.02 ID:Vo4l0qE0
そこに人類最強の赤が居た。
16 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 01:10:17.24 ID:Vo4l0qE0
「……何してるんですか? 哀川さん」
「だから私を名字で呼ぶなって。名字で呼ぶ奴は《敵》だけだって何回もいってんじゃねぇかよ」
「繰り返しネタは三回までと言いますし」
「お前はネタだと思ってたのかよ」
違ったらしい。
「ったく、後で折檻だかんな」
口ではそう言いながらも、シニカルな笑顔を崩さないあたりは、いつもの哀川さんだった。
「あなたは誰です?」
既にぼくに対する殺害行為は中止されていた。
そのかわりに全ての五感、いや六感が全て哀川さんに向いている。
「あたしか?」
わざとらしく、自分を指差す哀川さん。
「もしやもしかしてもしもなくあたしの事をきいてんのか?」
どんだけ自分大好きだよこの人。
「はい」
しかしそんなこともとりあわず、冷静こ応えるミクちゃん。
「ハッ。あたしのことを知らない奴がまだこの銀河系に存在してるとは驚きだな。いいか耳の穴かっぽじって、脳髄いじくりまわして、良く聞きやがれ。あたしは」
そうだこの人は。
「人類最強の請負人。哀川潤だ」
最終を超えた最強にして最凶の《請負人》だ。
17 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 01:26:52.34 ID:Vo4l0qE0
誰もいないようなので、いったんオチます。
あしたの昼ごろから再開します
23 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 11:58:55.52 ID:Vo4l0qE0
12時から再開します
一つ訂正
冷静こ応えるミクちゃん。
↓
冷静に応えるミクちゃん。です
24 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 12:00:26.05 ID:Vo4l0qE0
4
目を開けるとそこは雪国だった。
「なんてロマンチックがとまらないような素敵展開なわけないか」
そこは自室のベッドの上だった。
「夢オチ?」
だとしたら強烈な夢をみたものだ。
「違います」
しかし、即座に否定の言葉が入る。
声のした方を見ると崩子ちゃんがいた。
「まったく戯言遣いのお兄ちゃんはいつもいつもトラブルを持ち込んできますね」
「そんな羨ましいおもいはしてないはずだけど」
「だれが週刊少年的なのといいましたか」
あ、知ってたんだ。
「それにお兄ちゃんは羨ましいおもいをしまくりです」
「しまくりですか」
「イマクニです」
「……」
そっちにもお詳しいご様子で。
25 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 12:01:12.90 ID:Vo4l0qE0
「哀川さんがお兄ちゃんを背負って、私のライフワークの虫殺しを中断させて、介抱してくれ。といわれてなくなくこうして介抱しているんですよ」
そういってお粥をもってくる崩子ちゃん。
うーんいい子だ。
「はい、あーんしてください」
「あ、あーん」
年下でも女の子だ。
年甲斐もなく照れガスッ。
「痛! 熱!!」
喉に、喉にスプーンが!
「あぁ、すみません」
ホットミルクの膜ほどにも謝罪の意思が感じられない謝罪をする崩子ちゃん。
そんなに虫殺しを中断されたことに怒ってるのか。
絶対故意だろ、これ。
「まさか。恋だなんて」
「そっちじゃねぇよ」
しかも、ナチュラルに心を読まないでくれ。
「で、哀川さんは?」
口の中が体内温度ほどに落ち着いた頃に、崩子ちゃんに聞いた。
「戯言遣いのお兄ちゃんと、《それ》を置いて帰りましたよ。あたしには介抱なんて似合わない。なんていいながら」
「それ?」
「ほんとうに面倒ごとを引き込んできますね。お兄ちゃんも哀川さんも」
顎で指された方向に目をやると、そこには――死体があった。
26 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 12:05:05.74 ID:Vo4l0qE0
「え?」
え、あ? 嘘。何で? why。何で死んでんだ。
というよりなんでここにいるんだ?
「死んでませんよ」
「え、いやだって。息シテナイヨ」
「それはスタンバイ状態です」
「スタンバイ?」
「ええ、だってそれ、アンドロイドですから」
「アン、ドロイド」
アンドロイド。人造人間。バイオロイド。
人によって製造された、人間を模した機械や人工生命体。
まだ見ぬ、近未来的技術の先駆け。
ER3でもまともに見たことないのに。
「匂宮雑技団は色物揃いですからね。アンドロイドのひとつやふたつ、十把一絡げに掃いて捨てる程いますよ」
「そんな巷で見かける珍しい人感覚でいたら怖いよ」
十分に人間不信に陥れるな。いや、もう既に人間不信か。
「と、いいますか。私多少なりと、《これ》のこと知ってるんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
一応、元・殺し名ってことなのか。
27 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 12:07:16.87 ID:Vo4l0qE0
「嫌な記憶でなければ、聞かせてもらえるかな」
「無論、お兄ちゃんがいうならば。そもそも《これ》は匂宮史上最高傑作といわれる断片集をもう一度。というテーマの元に作られたものだそうです。電子系統による人体制御。呪い名である罪口商会との共同作品だそうです」
「罪口商会って?」
「闇口と対をなす呪い名です。簡単にいえば武器職人のギルドですよ」
「なるほど」
「話を元に戻します。初音と、罪口が鋭意に営利を重ねて、一つのアンドロイドを作り上げたそうです。その技術を端的にいうなら、人間の体内に機械駆動にすること。つまり《これ》は人間と機械の結合しただけの、ただの物体なんですよ」
物体。自己意思を持たない人形。さっきから崩子ちゃんがミクちゃんを指示代名詞でよんでいるのもそこに起因するのだろうか。
可哀想。
なんて自己満足の言葉を掛けることなんてできやしないけど。自業自得では、ないんだろうな。
「十万馬力ですよ」
「原子の英訳の様な力があるのか!?」
「ないですけど。まあ、そこそこにはあるんじゃないでしょうか」
なにせロボットですしね。
と、そこで。
「う、うーん」
大概の人が発する目覚めの兆候をミクちゃんが発した。
「うぃ、うぃーん。じゃないんですね」
「そんな擬音を発するロボットも古い気がする」
そして、
「ここはどこ? 僕はだれ?」
「……」
ベタだな。
「台所の換気扇ほどにベタベタですね」
その比喩はいかがなものだろう。
28 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 12:28:28.06 ID:Vo4l0qE0
また誤字!
すみません
人間の体内に機械駆動にすること。つまり《これ》は人間と機械を結合しただけ
↓
人間を機械駆動にすること。つまり《これ》は人間と機械を結合しただけ
29 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 13:06:22.63 ID:Vo4l0qE0
「おはよう、ミクちゃん」
とりあえず、日本人が寝起きの人にする言葉をひどく正しい用法で使ってみる。
「おはようございます」
ペコリと頭を下げるあたりは、礼儀正しいといえるのかもしれない。
いきなり人を殺しにくるあたりは正しくないのかもしれないが。
「きみは萩原子荻ちゃんで、ここはぼくの彼女の貴宮むいみちゃんの家だよ」
しまった口が滑った。
「彼女なんですか?」
後ろで崩子ちゃんが呟いた。
なんかちょっと殺気だっていた気がする。間違えた。
ささくれだっていた気がする。
「そうなのですか」
信じちゃったよ。
「後ろの方がむいみさんですか?」
「いやぼくの二号さんの」
ゲシッ。蹴られた。
「闇口崩子です」
「二号さんですか?」
「違います」
崩子ちゃんはにこりともせずに言った。
「セックスフレンドです」
空気が凍った。
まだそのネタ続いてたのか。
「では、息災と、友愛と、再会を」
崩子ちゃんは、そのまま玄関に向かって、外に出た。
30 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 13:07:09.64 ID:Vo4l0qE0
「セックスフレンドですか?」
「……違います」
してやられた感じだ。
「ところで、あなたはターゲットですね」
「そこは覚えてるんだ」
できれば、忘れて欲しかった。
「覚えてますよ。何もかも」
ミクちゃんが不敵に微笑む。
「激しかったですよね」
「何を勘違いしてんだ」
嬉し過ぎる勘違いだった。
……間違えた。嫌過ぎる勘違いだった。
「嘘です。それでは任務を再会します」
「いや、ちょっと待ってミクちゃん。きみは今、武器がない」
「……そうですね。返してください」
「そういってハイそうですか。返す人はバカか天才か、人類最強ぐらいしかいないんじゃないのかな」
「あなたはバカでも天才でも人類最強でもないと」
「うん」
「それは困りましたね。頭を叩いたらなりますか?」
「そんなアナクロなテレビじゃないんだから、なんないよ」
「むぅ、残念ですね。仕事が遂行できません」
「だろうだから諦めて」
そこでぼくの説得は遮られた。
「だったら、僕はあなたに四六時中、追随して武器を奪還、任務遂行とするように内容を変更します」
「え?」
嫌すぎる提案だった。
35 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/24(金) 19:50:51.53 ID:zkFGU2Y0 [3/4]
第二章 独裁と睥睨(独断と偏見)
0
曲がりなりにも人間だ。
1
身長百五十八センチ。体重四十二キロ。スリーサイズ非公開(本人曰くまだ成長中とのことだ)。髪型は碧髪のツインテール。肌は白色家電のような白。誕生日は八月三十一日で、あと一ヶ月超で十七、という歳だ。職業は殺し屋。趣味は歌。
のミクちゃんが、家に帰ったら瞑想をしてた。
「なにしてんの?」
「定時連絡です」
「……そう」
事実そうなのだろうが、そうキッパリいわれたら反駁のしようもない。
ミクちゃんが来て三日。ミクちゃんは既にぼくの生活の中に溶け込んでいる。
「お帰りなさいいーさん。ご飯にします? お風呂にします? それとも崩子さんにします?」
「勝手に人を売り渡すな」
それに崩子ちゃんは六年後までおあずけなのだ。
というよりミクちゃんのキャラづけが何故か変な方向に定まりつつあるのは気のせいだろうか。
「というかご飯は作れないでしょ」
「作れますよ」
「あんな殺人料理は料理とよばない」
和尚と胡椒を間違えるような料理はもはや料理ではない。
「なるほど、それは残念です。では僕はなにをすればいいでしょうか」
「いや、もうニートってくれてればいいから」
この三日で判明したことは、この子に家事をさせたらなにもかも殺人的になるということだった。
殺し屋としては最高なのだろうが。
ということで、炊事洗濯食事の、家事全般はぼくが受け持っている。
溶け込むっつーか、癒着しているな。
36 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/24(金) 19:51:29.03 ID:zkFGU2Y0 [4/4]
「いーさんは僕のパイロンですから」
「ぼくはそんなに尖がった性格はしてないと思うけど」
パイロンじゃなく、パトロン。念のため。
いや、パトロンでもかなり嫌な感じだ。
「そして、いーさんって呼ぶのやめてくれないかな」
ER3を思い出してしまうので、そのあだなは好きではない。
「いーさんがどう呼んでもいいとおっしゃったんじゃないですか。それに、こうして呼び続けることで、いーさんを精神的に追い詰めて葱の場所を教えてくれるように仕向けます」
「そんな限りなく低い確率に賭けるより諦めたらどうだい?」
「いやです」
きっぱりと断りやがった。まあ、当たり前か。
「でも、ぼくを殺したらぼくの作った料理が食べれなくなるぜ?」
モノで釣ってみる。意外とこの子食い意地が張っているのだ。
「うっ」
あ、反応した。
「それでもいいのかい」
「あ、いや、それは……」
すごい逡巡している。あともう一押しか。
「もし、ここで殺さなかったら、ぼくはきみの為に料理をつくるよ」
ここ一番の決め台詞をいった。
「あ、そういうのはいいんで」
冷めた口調で拒否しやがった。くそ。
37 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/26(日) 23:55:12.93 ID:F/Vb3uw0
そんな雑談をしながら、ぼくは台所に向かい、夕飯の支度を始める。
そうだった。
「ミクちゃん、ちょっと買い忘れたものがあったからまた出てくるよ」
「そうですか。でしたらこのたけのこの里を買ってきていただけますか」
ミクちゃんはそっち派なのか。
「了解」
そういってぼくは玄関をでる。
そのままエレベーターに乗り、一階まで降りる。
電子レンジが発する音声に似た音とともに扉が開く。そこで「よう」
と、シニカルな笑みを浮かべて立っている人に声を掛けられた。
「おひさしぶりです潤さん」
すくなくともまともに話をするのは。
39 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/28(火) 23:48:50.85 ID:EkdoUkM0 [1/6]
2
「とりあえずこれは返すわ」
言って、哀川さんはなんの気負いもなく、背中に背負っていた物をぼくに手渡した。
場所は夜の公園であろうと、人目ってものがあろうに。
「これを返すってことは」
「あぁ、ちゃんといーたんに頼まれていたことはちゃんと始末つけてきたよ」
「ちゃんと、潰してきた」
「そこまでぼくは頼んでいませんけど」
ぼくはただ、ぼくを狙ってきた奴を調べて欲しいといっただけなんですけど。
「いーじゃんどーせまた倒さなきゃいけねーんだろ? だったら先に倒しちゃってもいいだろ?」
「まぁ、いいんですけどね。それよりなんでぼくなんかを狙ったりしたんですか?」
「お前が狙われる理由なんていくらでもあるじゃねぇか。世界を守ったヒーローくん」
「……まぁ、そうですけどね」
あれから、一年。いや、九ヶ月。こんな事は何も一度じゃなかったから。
あれやこれやを含めて今までどおりだ。
「で? あのミクちゃんはどうすんだ?」
「どうもこうもしませんよ。ただ、帰してあげるだけです」
「手篭めにしねぇのかよ」
「しません」
ぼくを何だとおもってるのだろうか。
「年下に手をだす鬼畜野郎」
「…………」
心を読まないでいただきたい。そしてぼくはそんな人間として、最底辺な人間じゃありません。
40 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/28(火) 23:49:50.93 ID:EkdoUkM0 [2/6]
「ところで、ぼくは請負人哀川潤さんになにを払えばいいんでしょうか」
できれば金銭はご遠慮いただきたい。
「いいよいいよ、友達料金の分割ローンで。無論金なんて要求したりしないからさ」
「え? あ、ありがとうございます」
一応礼はいったが、なんだろうすごく嫌な予感がする。
「ま、どうしようとお前の勝手だし、どうでもいいけどさ」
ベンチから哀川さんが立ち上がる。どうやらもう帰るらしい。
「絶対に死ぬなよ」
こちらも見ずにぶっきらぼうに、それでも限りない威圧をこめてそう言った。
「……承知しました」
こんな答えで満足したのか、哀川さんは颯爽と立ち去った。
死ぬわけなんて、ないじゃないか。
ぼくは胸中でそう応える。
さて、きのこの山を買って帰るか。
41 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/28(火) 23:52:39.32 ID:EkdoUkM0 [3/6]
3
「ただいま」
「おかえりなさいですいーさん。たけのこの里を買ってきていただけましたか?」
「もちろん」
ぼくはミクちゃんにきのこの山を渡した。
投げ返された。顔面キャッチだった。
「何できのこの山を買ってきてんですか! まさか、いーさんきのこ一派(いっぱ)の回し者ですか!?」
なぜか怒られたなんでだろう。
「まあぼくは寡聞にしてそのきのこ一派とやらの秘密結社の存在は知らないけど、多分ぼくはその一派に属してはいないと思うよ」
たぶん。おそらく。そう信じたいけど。
「あと、これ」
ぼくは、哀川さんに渡されたままそのまま背負っていたそれをミクちゃんに渡した。
「え?」
ミクちゃんが突然のことに驚いている。鳩が散弾を喰らったようだ。
ぼくがミクちゃんに渡したのは、ぼくが哀川さんに渡されたのは、ミクちゃんの武器、葱だった。
42 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/28(火) 23:53:19.83 ID:EkdoUkM0 [4/6]
「これが、ないと任務が遂行できないんだろ?」
「そう、ですけど。もしかして死ぬ覚悟が出来たとかですか?」
「まさか。その逆だよ。ぼくはこんなところでは死なない。死ねないんだよ」
「じゃあ、何で僕にこれを?」
「それはきみが一番わかってるんじゃない?」
「…………」
ミクちゃんは黙った。でも、そのまま続ける。
「定時連絡」
「…………」
ミクちゃんは喋らない。そのまま続ける。
「あれ、返信あった?」
「…………」
ミクちゃんは……
「いーさんがマスターになにかしたんですか?」
ぼくに、静かに訊いた。
「……そうだね」
そういうことになるのだろう。
一切の戯言(ざれごと)も、一介の戯言(たわごと)も挟まることなく、ぼくはミクちゃんを騙し、賺(けな)し、貶(すか)し、裏切ったのだ。
43 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/28(火) 23:54:23.86 ID:EkdoUkM0 [5/6]
「くっ」
ミクちゃんが葱を振るう。ぼくに突きつけるように葱を構える。
「やめた方がいいよ。契約は反故された。匂宮は他人の為に殺すが、私情で殺しはしないんだろ? ぼくに構うよりさっさと帰ってマスターを助けにいったらどうだい」
「…………」
ミクちゃんは射殺すような視線で、ぼくを睨んだあとそのまま玄関をくぐり去っていった。
「ったく、あれもこれも戯言だよな」
ぼくは、ミクちゃんに鎌をかけた。
「やっぱり事を大きくしてくれるよな。哀川さん」
依頼人だけじゃなく、初音まで出張るとは。
でも、とりあえず今日は。
「作りすぎちゃったパスタどうするかな」
結局それが、今日のぼくの感想だった。
46 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/02(土) 03:52:40.19 ID:5yVy5KU0 [1/3]
第三章 サイコ(最後)
0
きみはぼくにとって不可々欠だ。
1
ミクちゃんが帰って四日。つまり、ミクちゃんがやってきて一週間。
ぼくは玖渚にマンションに行き、一週間遅れで雑誌を持っていった。
というか、脱ひきこもりしたんだから自分で買いに行ってもいいようなもんだと思うのだけれど。
それはさておき。
一週間。
そう。あの《殺し屋》の《人形》に出遭ってまだ一週間しか経ってないのだ。
数年の時が過ぎた時のように長いような気もするし、つい数行前のように短いことのような気もする。
でも、そんな出来事であっても、あと数日すればぼくは忘れていると思う。
殺されかけることなんて、茶飯事とはいわずともファミレスに行くくらいの頻度ではあるのだから。
それにしても、このぼくにしてなにも起こらなかったというのはなんなのだろうか。
誰も死なずに終わるのはいいことだと思うけど、どうしても腑に落ちなかった。
と、ぼくはそんなことを考えながらアパートのエレベーターの六を押した。
――あれ? エレベーターが六階で止まってる?
崩子ちゃんが、ぼくの部屋を訪れたのだろうか。
たまにご飯をつくりに来てくれるから、合鍵を渡しているのだ。
でも。
そんな気配じゃない。
これはそんな類の気配じゃない。
直感的にそう感じた。
47 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/02(土) 03:53:17.38 ID:5yVy5KU0 [2/3]
数秒後、自分の部屋の前に降り立つ。
嫌な気配が増す。
嫌な臭いが増す。
腐臭のような、鉄のような臭いがした。
インターホンを押す。
自分の部屋でインターホンを押すなどおかしなものだと現実逃避をする。
返事はない。
あたりまえだ。
自分の部屋なのだから。
ノブを回す。
?
そのまま引く。
おかしい。
ぼくは鍵を閉めたはずだ。
臭いが増す。
ぼくはこの臭いを知っている。数え切れないほどに嗅いだ臭いだ。
そしてぼくは扉を開いた。
48 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/02(土) 03:53:50.62 ID:5yVy5KU0 [3/3]
一瞬昨夜あった哀川さんを思い出した。
でも、この赤は哀川さんの赤ではない。
黒ずんだ赤。赤ずんだ黒。
そんな不純で、不潔で、不滅で、払拭できない。
そんな赤が視界を覆っていた。
ぼくの部屋にあったあらゆるものが壊されている。
原型を留めているものはひとつもない。
その人もまたそうだった。
臓物を撒き散らし、血液を撒き散らし、脳漿を撒き散らしている。
固体のものがことごとく液体に変換されていた。
その中で、只一つ中央に壊されていないものがあった。
《人形》にして、《殺し屋》の初音ミクの首が部屋中央に鎮座していた。
49 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/07(木) 01:30:23.50 ID:SbaUujM0 [1/3]
2
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち、悪い? いやいや。いやいやいやすごく悪い。
トイレに行こう。そうだ。気持ち悪いときにはトイレに行けば良いんだ。
便利だねトイレ。人類最大の発明だ。あれ? 前はノックが最大だとかいってたっけ。
まあ、人間の主義主張が変わるのは人間の常だしね。
あ、人間のって重複しちゃった。
文法ミス。日本人たるもの日本語を間違えちゃいけないよ。
何しろ文『法』だしね。
ルールは遵守しないと、殉死しちゃうよ。
あれ? これおもしろい? なわけないじゃん!
というかこれまた出版社間違っちゃってるじゃないか。
怒られちゃうよ。色んな人に。
怒られるのは嫌だ。怒られるから。
50 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/07(木) 01:30:51.01 ID:SbaUujM0 [2/3]
だから。
落ち着け。落ち着け自分。
人が死んだくらいで取り乱すな。
それにこの人は人じゃない。ただの人形だ。ただの物体だ。ただの、道具だ。
「すぅー。はー」
とりあえず深呼吸。血の味がした。
さて、どうするかな。
「とりあえず、昼飯食って。昼寝して。玖渚に電話して。鴨川公園にでもいくか」
復讐なんかじゃないが、復習するぐらいの気持ちで。
「殺して解して並べて揃えて晒してやるか」
昨日会った哀川さんのように、なんの気負いもく、そういった。
54 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:26:27.45 ID:ec6CkCE0 [2/17]
3
『初音? 獄門島か?』『違いますよ。この前のアンドロイドです』『あぁ、ミクちゃんね。あまりにも昔のこと過ぎて忘れてたわ。で、それがどうした?』『もしかして初音家を潰したりしましたか?』『は? なんであたしがそんなメンドいことしなきゃいけねーんだよ。あたしは、いーたんを狙う依頼人とやらを潰しただけだ』『なるほど、わかりました。ところでぼくたちはどこに向っているんですか?』『東尋坊』『で?』『カーダイビング』『降ろしてください』
以上。昨日の哀川さんとのデートの一部始終。
55 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:26:59.69 ID:ec6CkCE0 [3/17]
崩子ちゃん(抱き枕ver.)の部屋で一休みした後、既に暗くなりつつある外に出た。
ジャケットの右胸には刀子改め、《無銘》、ベルトには九ヶ月前から弾丸が入ったままのジェリコを挟み、鴨川公園に向かう。
つい先程見たみたミクちゃんの首の下にメッセージがあった。ダイイングメッセージ、ではなく犯人からのメッセージだった。
『今夜鴨川公園に来い』
差出人、不明。宛先、恐らくぼくだろう。
来いといわれて行くようなのはただの馬鹿だが、ぼくは馬鹿なので行くことにした。
56 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:28:15.00 ID:ec6CkCE0 [4/17]
鴨川公園はかなり広く、人も多いため待ち合わせには適していないのだが、なぜかぼくは必ずあえるような気がした。
実際、鴨川公園に人の気配はなかった。木の実さんの手を借りるまでもなく、人払いが出来るような相手なのだろう。その手段は、正直想像したくはない。
川の流れに沿うようにして歩く。広い公園にひとっこ一人いないというのはぞっとしないものがある。
否、ひとっこ一人じゃない。
一人? いや二人か。
周りを張り詰めた殺気からそう断じた。
「こそこそしててもおもしろくありませんし、出てきてください。暗殺者さん」
57 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:28:59.29 ID:ec6CkCE0 [5/17]
「暗殺者じゃない」
ふと気付けば目の前に人がいた。
女性だった。痩躯で、髪は、腰まで届きそうな黒髪のストレート。服装は男性用のドレスシャツにジーパン。そして、一般人と隔絶している手に持ったエンドカッター。
ただのエンドカッターだったら特異な一般人で済むものだが、ただ大きさが違った。
大きさとしてはハンドバッグほどの大きさがあった。
「それは、闇口の肩書きだよね。姉さん」
ふと気付けば背後に人がいた。
男性だった。痩躯で、髪は短く切りそろえられた白髪のショート。服装は女性用のブラウスにプリーツスカート。そして、一般人と隔絶している手に持ったラジオペンチ。
ただのラジオペンチだったら特異な一般人で済むものだが、ただ大きさが違った。
大きさとしてはハンドバッグほどの大きさがあった。
「そうだ。ワタシ達は《殺し屋》」「匂宮雑技団分家」「夢浮橋櫟」「夢浮橋双威」「終わることなく終わりを告げるため」「始めることなく始まりを告げるため」「我が得物《天牛》」「《蟷螂》と共に」
輪唱のように会話を繋げる姉弟。櫟ちゃん、双威くん。
「指令を」
断言するようにいう櫟ちゃん。
「執行する」
断罪するようにいう双威くん。
そして二人は同時にぼくに飛び掛った。
58 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:29:46.62 ID:ec6CkCE0 [6/17]
「くっ」
最初の一撃を辛うじて横に避ける。しかしこの前のような予測ではなく、今回は完全なカンだった。
ここはこの前の袋小路のような線ではなく、地『面』だから。
二人同時でなければやられていた。
ぼくはベルトに挟んでいたジェリコを引き抜き、それぞれに一発ずつ射撃をする。
狙いなんか定めていない。定める必要はない。これはただの威嚇射撃だ。彼らと距離を取れればいいのだ。
彼らは身を捩っただけで弾丸を避けたが、それでも一瞬の隙はできた。
ぼくは体勢を立て直し、右手に無銘を構えた。
櫟ちゃんの武器はエンドカッターの名の通りものを斬ることに長けている。彼女の身体能力があれば、おそらくぼくの腕を切り取ることは容易いだろう。更に、頭部が大きいため、普通に殴打にも適していると思う。
双威くんの武器にも一応は切断部分があるが、おそらく形状からいって突きに向いているから、そこに気をつければいいだろう。
「ミクちゃんを殺したのはきみ達かい?」
59 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:30:27.77 ID:ec6CkCE0 [7/17]
少しずつにじり寄ってくる二人に問いかける。
「ミク?」「あぁ、初音のことか」「そうだ」「殺したのはボク達だよ」「だから」「どうしたんだい?」
「きみ達も同じ匂宮の分家だろう?」
「同じ分家でも」「仲が悪いんだよ」「それに私達は」「他の分家とは」「違う」「他の分家が任務を失敗した場合」「後処理をするのが」「ボク達、夢浮橋の」「仕事だ」
「成る程ね。つまりきみ達は匂宮分家の尻拭いってわけか」
挑発の意味も込めて、というか挑発の意味しか込めずにぼくは言った。
「尻拭いっていうなぁ!!」
「尻拭いっていうなぁ!!」
意外にも、意外通り二人は激昂してぼくに向ってくる。
なんというか匂宮は総じて短気なのだろうか。
激昂すれば人は必ず隙が出来る。
ぼくは再びジェリコの引き金を引く。さっきと違い狙いは定めて。
60 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:31:04.88 ID:ec6CkCE0 [8/17]
人は激昂していてもドアは蹴破らず、しっかりドアノブを捻り、手順にのっとり開けるという。それは日ごろの習慣が身につきすぎているから。
櫟ちゃん達もその言の通り、日頃銃弾を受けているように銃弾を払った。
しかし僥倖、二人の銃弾の払い方に差異があった。
櫟ちゃんは刃を傾け弾き、双威くんは横なぎに払った。
よし。
ぼくは武器を横に払い、前面が空いている双威くんの懐にもぐりこんだ。
《無銘》を双威くんの首筋に突き出し、左手で後ろにいる筈の櫟ちゃんにジェリコで牽制する。
肘に体重を掛け、双威くんを押し倒した。見た目通りに華奢な双威くんは意外とすんなりと押し倒すことができた。
現状、馬乗りになり右手に持った《無銘》を双威くんの頚動脈に押し当て、背後にいる櫟ちゃんにジェリコの銃口を向けている。
櫟ちゃんはこの場からでも逆転は可能だろうが、双威くんにはこの場合人質の意味もある。だから櫟ちゃんも下手には動けないはずだ。
61 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:31:37.07 ID:ec6CkCE0 [9/17]
「今この状況において誰が最も優位に立ってるか、プロのプレイヤーのきみ達ならわかるだろう? 双威くんが動く前にぼくは彼の頚動脈を断ち切れるし、櫟ちゃんは言うに及ばず。でも、ぼくは見た目通りの平和主義者でね。きみ達の行動によってはぼくはきみ達を生かし、見逃すよ」
ぼくは、彼らの生殺与奪の権限を得た殺人鬼のように言う。
「で?」「ボクらがそんなものに」「屈すると思うのか?」
「なっ!!」
左腕に衝撃が走った。
咄嗟に左を見るとラジオペンチの金属部が左腕に食い込んでいる。
閉じていたペンチが開いていた。
双威くんが手首のスナップでペンチを、反発係数のみで。
折れては――いない。
だが、隙を作ってしまった。
62 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:32:22.43 ID:ec6CkCE0 [10/17]
「あがぁっっ!!」
今度は右腕に衝撃が走った。そのまま五メートルほど飛ばされる。
エンドカッターの金属部が右腕にクリーンヒットした。今度こそ折れたようだ。ジェリコはどこかに弾け飛んだ。
「たかがあの位の窮地で」「ボク達が投降するなんて」「思うか?」「ボクらはプロの殺し屋」「たかが一や二の修羅場をくぐってきたお前に」「負ける訳ないだろう?」
余裕を取り戻し、悠然とぼくに向かって来る櫟ちゃん、双威くん。
成る程。ぼくはかなりの馬鹿の様だ。同じ徹を二度踏んだのか。
一週間で二度。
まったく馬鹿らしい。戯言にも程がある。こんな戯言は死んでも当然だ。今まで生きていられていた方がおかしかったのだ。
でも、おかしかったら、可笑しかっただけ
「もうちょっと、生きたかったよな……」
誰ともなく呟く。
少し前には思えなかった事だった。少し前にはなかったものがぼくには今たくさんあるから。
でも、思っただけだった。後悔はなかった。
「よし、感想おわり」
後は、ただ振り下ろされるエンドカッターとラジオペンチを眺めるだけだ。
そう思っていた。
63 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:34:23.42 ID:ec6CkCE0 [11/17]
キンッ。
鋭い金属音が響いた。
気付くと細長い棒状の何かでエンドカッターとラジオペンチを防いでいるのが見えた。
刺又のように見えた。でも本来ならば弓形に開いているはずの先端はV字型に開いており、それはまるで――葱のように見えた。
「あなたは本当に目を瞑らないのですね」
声がした。
予想通りの赤い声。ではなかった。意外通りの緑色の声だった。
64 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:35:04.68 ID:ec6CkCE0 [12/17]
4
「お前は」「初音の」
櫟ちゃんと双威くんが尋ねる。
しかし、緑色の声の主――ミクちゃんはそれに取り合わず。
「あなた達が『マスター』を殺したんですか?」
と逆に尋ねた。
「そうだ」
と櫟ちゃんが答える。
「お前の主人は」「僕達が殺した」「お前達が任務に」「失敗したから」「蛇を殺すには」「まず頭を」「だから殺した」「君の主人を殺した」
「なるほど。そうですか」
ミクちゃんは淡々と、耽々と言う。
「それだけで十分です。だからもう喋らないでください」
ミクちゃんの言葉には静かな怒気と、激しい殺気が含まれている。
65 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:35:59.72 ID:ec6CkCE0 [13/17]
「僕は失敗なんかしていませんよ」
一歩。ミクちゃんが櫟ちゃん達ににじり寄る。
「マスターの安否を確認し次第また京都に戻って、いーさんを殺すつもりでした」
だから。
さらに一歩。ぼくから距離を取る。
「邪魔をしないでください」
ミクちゃんは宣言するよう言った。
「いーさんは僕の怨敵であり、仇敵であり、標的ですから」
言葉とは裏腹な、穏和で飽和で、敬愛な最愛の、人形な人間のような声で。
「《歌姫》初音ミク」
そして告げる。
「我が分身――葱(そう)と共に」
歓喜の歌のように、怒張の歌のように、哀惜の歌のように、愉楽の歌のように。
「幾多の運命《メロディーライン》に沿い」
切望の、絶望の、失望の宿望の遠望の待望の徳望の嘱望の仰望の要望の欲望の既望の輿望の誉望の渇望の民望の願望の人望の所望の声望の想望の懇望の一望の有望の衆望の眺望の本望の熱望の信望の名望の大望の野望の展望の志望の、希望の、非望の。
歌のように。
「『使命』を、執行します」
《歌姫》は歌った。
66 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:37:26.37 ID:ec6CkCE0 [14/17]
5
「はぁ、はぁ」「はぁ、はぁ」
夢浮橋櫟及び、夢浮橋双威は敗走していた。
勝てる勝負だったと思う。負けない勝負だったと思う。
こちらとあちらは二対二で、しかも相手の一人は一般人で手負い。
勝てる筈だった。否、勝つ以外なかった筈だった。
それでも負けた。
こうして敗走していることこそがその証明だった。
敗因は前述の一般人ではなく。途中で介入した《殺し屋》だった。
無論、常ならば負ける訳などない。
匂宮分家に於いて、ある意味特権階級である彼女達だ。
本家の《人喰い》や《断片集》ならばともかく、他分家の人間に負けるわけなどないのだ。
そうでないと仕事にならない。それが仕事なのだから。
それでも負けた。
67 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:38:04.34 ID:ec6CkCE0 [15/17]
理由は分かっている。
相手が人間じゃなかったから。
腕を失い、片目を失い、血を撒き散らし、内臓を撒き散らし、肉を剥き出しにし、機械を剥き出しにしても敵意を、殺意を向けてくるものはもはや人間とは呼ばない。
結果、夢浮橋姉弟は敗走した。
しかしこれは戦略的敗走だった。
どちらにせよあの《人形》は停止寸前だった。
また日を改めれば今度こそあの男を殺せる。
だからこその戦略的逃走だったのだ。
そしてそれは成功すれば最も合理的な判断だったといえよう。
そう、成功すれば。
「よう」
突然だった。目の前に人が居た。
曲がり角や物陰から出てきたわけではなく本当に唐突に。
もしただの一般人だったら停まる必要なんてなかった。ただ『払えば』いいだけなのだから。
でも、停まるしかなかった。もとい、本能が身体を停めたのだ。
こいつは危険だ。
そう本能で察知してしまったから。
68 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:39:50.80 ID:ec6CkCE0 [16/17]
「お前は」「誰だ」
輪唱するように二人の姉弟は言う。
「あ? あんたらもあたしのこと知らないのか?」
まるで知らない事が意外のように。彼女は言う。
あー、ショックだなぁ。有名になったと思ったのになぁ。
と呟く彼女。
隙だらけだった。いつでも殺せるとも思った。しかし根底では殺せるとは思えなかった。
「いいか。耳をかっぽじって、脳髄掻き回して、山芋のように摺り込んで聞きやがれ」
わざわざ自分を指差しながら。
「あたしは人類最強の請負人、哀川潤だ」
シニカルな笑みを浮かべて、その《赤色》は言った。
73 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:26:16.72 ID:iCHe.c.0 [1/3]
6
「いーさんは卑劣ですよ」
七月某日、日曜日。相変わらず人通りのない鴨川公園の片隅のぼくの腕の中でミクちゃんは呟くようにそういった。
そういえば哀川さんはちゃんと依頼を遂行してくれているかなと頭の片隅で思った。
「知ってるよ」
ぼくはそれに応える。
その問いは前にもあった。
「いーさんは卑劣で卑怯で小狡くて小賢しくて、優しいです」
「優しくは、ないよ」
優しくはない。優しかったら、こんなにも人は死なない。
「優しいですよ。現にこうして僕を抱いていてくれる」
「それはきみがぼくの腕の中に倒れてきたからだろ」
櫟ちゃん達との戦闘の後、ぼくの方に倒れこんできたのだ。
ミクちゃんの身体は既に満身創痍だった。
いや、そんなものじゃない。
明らかな致命傷を三つはその身体に受けているのだ。
こうして意識があり、話せるだけでも奇跡だ。
それも、ミクちゃんがアンドロイドなのだからなのだが。
74 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:27:00.88 ID:iCHe.c.0 [2/3]
「でも、こうしてると崩子ちゃんに怒られますよ」
「大丈夫だよ。あの子は浮気を許容してくれるから」
「いーさんと浮気だなんて死んでも嫌ですよ」
そう言って微笑み「でも、死んだら、いいかもしれませんね」
ミクちゃんは独白気味に呟いた。
「なんか肌寒いですね」
「…………」
寒くはない。京都の七月は暑いのだから。
「分かってますよ。僕が死に掛けてることくらい」
いや、この場合は壊れかけてるって言った方が正しいのかな。
自虐するミクちゃん。
「僕はマスターが好きでした。愛しちゃってましたよ。まあ言わば自分が好きなナルシストなわけですが、なんと言われようとも僕はマスターが好きでした」
「翻って、マスターが敵と認識したものは僕にとっても憎むべき敵でしたし。だから《殺し屋》なんてやってられたんですが」
「依頼人なんて知った事ではありません。僕にとってはマスターが全てでした。マスター以外で僕の世界は出来ていませんから」
マスターに対する絶対忠誠心。ぼく如きに忠誠を立てた崩子ちゃんに似ていると思った。
「だからこうしてマスター亡き今。壊することはある意味必然だと思うわけですよ。僕は独りで生きれる程つよくありませんから」
「ぼくがいるじゃないか」
精一杯の抵抗。詭弁だと分かっていたとしても。
ミクちゃんはゆるゆると首を振る。
75 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:27:44.43 ID:iCHe.c.0 [3/3]
「いーさんを糧に生きるなんて寒気どころか怖気が走りますよ。だからこうしてマスターと一緒に死ぬのが一番良いのです。糸の切れた人形が動くのはそれはただの怪談じゃないですか」
「人形なんかじゃ、ないよ」
最後に縋っていたのかもしれない。生に縋って欲しいと。
でも、
「いや、僕はどうしようもなく人形ですよ。人形で、道具で、凶器ですよ。人間なんてなれるわけでもないのに馬鹿みたいに頑張っちゃって、ピエロそのものじゃないですか」
「…………」
「……もう。何も言って下さらないんですね。残念です」
口ではそうは言ってもミクちゃんはあまり残念そうに見えない。
「さて」
と、ミクちゃんは全てを投棄したように。
「道化師はそろそろ退場の時間です」
全てを放棄した。
「さようならいーさん。そこそこに楽しかったですよ」
ミクちゃんは意地悪そうに。
「いーさん。だいっきらい」
アッカンベー。
と、泣きながら。それでも、
笑いながら。
《人間》初音ミクは、十六年十一ヵ月の生涯を閉塞した。
79 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:33:19.78 ID:BtFz2Yo0 [1/6]
終章 終奏な方々
総てを客観視できるならば。絶対的であることは常に悉く絶望的である。
ということで、ぼくは柔らかいものの上で寝ていた。
いや、エロい意味ではまったくないが。
「最近は病院通いも影を潜めていたと思ってたんですけど。やっぱりお兄ちゃんは病院がお好きなようで」
葡萄の皮をナイフで剥くという芸当をこなしながら崩子ちゃんは言った。手元に置かれた浅い皿には黄緑色の球が犇きあっていた。
柔らかいものというのは別に崩子ちゃんの膝の上とかではなく、順当に清純にベッドの上だ。
つまりここは病院の病室だった。
櫟ちゃんに飛ばされたときに腕だけでなく内臓まで傷めていたそうで、一ヵ月の入院を言い渡された。
「ぼくが病院を好きじゃなく。病院がぼくを好きなんだよ」
適当なことを言うぼく。あながち間違いじゃないかも。
「でしたら嫌われるように努力してください」
「たとえば?」
「道路を渡るときに手をあげたり、一汁一菜を心掛けるとかです」
それは好感の持てる青年だ。
80 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:36:16.85 ID:BtFz2Yo0 [2/6]
「それに、お兄ちゃんがまた危ないことに首を突っ込むのは心配ですよ」
「それは嬉しいよ」
「うっかりその首を叩き斬りたくなるほどに」
なんか崩子ちゃんのキャラ付けがおかしい方向に行っている気がする。
「と、ヤンデレキャラとやらを演じてみました」
「それは誰に植え付けられたんだい?」
「魔女のお姉さんです」
またあいつか。ぼくの崩子ちゃんを誑かしやがって。
「次回はBLの素晴らしさを教える。といってました」
「それは聞かないほうがいい気がする」
ぼくも知らないが、嫌な予感しかしない。
「ふむ、そうですか。知識と教養はあって困るものではないと思うんですけど」
「世の中には知らなくてもいいこともたくさんあるんだよ」
それはおもに七々見の存在とかも含まれるのだろう。
81 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:36:49.12 ID:BtFz2Yo0 [3/6]
「きゃっほーい。いーいー元気にしてたかい? お届けものだぜー。おや、いつぞやのかわいこちゃんもいるじゃない」
扉を開け放ち、クレイジーハイテンション看護士、形梨らぶみさんが侵入(はい)ってきた。
かわいこちゃんて、どこぞの泥棒三世だよ。
崩子ちゃんも、もう慣れたのか(表情は歪んでいるが)ぺこりと頭を下げて「それじゃ、お兄ちゃん。私は行きます」と言った。
「おや、つれないなぁ。お姉さんと遊ばないかい?」
絡み方が不良そのものである。
「それはとても素晴らしい提案ですが少し急用ができましたので遠慮しときます」
句読点も淀みもなく崩子ちゃんは綺麗にスルーパスした。出来るならぼくも帰りたい。
「では、息災と、友愛と、再会を」
言って、崩子ちゃんは剥きかけの葡萄をテーブルの上に置いたまま扉の向こうに消えた。
「うーむ。私って避けられてるのかなぁ」
と嘆息するらぶみさん。会うたびに頬ずりしたりあれしたりこれしたりと、とても倫理的事情により書き下せないことをしていれば避けられて当然である。
82 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:37:17.13 ID:BtFz2Yo0 [4/6]
「ところでお届けものってなんですか?」
落胆していたらぶみさんに聞いた。
「ん? おぉ、すっかりばっちり忘れてたわ。さっきそこでいつかの赤いお姉さんに渡されたんだった」
「……どうも」
来てたのか哀川さん。なんで入ってこなかったんだろう。
渡されたのは便箋だった。何だろうと思って開けてみる。
「…………」
そこには目も眩むような請求額と自分を脇役扱いしたことに対する陳情が書き連ねてあった。
本当は流体力学における最善の折り方で折って、開け放った窓から自由にしたかったが、地獄先生ぬーべーの不幸の手紙さながらに倍々になって増えそうなのでやめて置いた。
83 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:37:50.44 ID:BtFz2Yo0 [5/6]
「ところでいーいー。今日はいつもみたいなクイズはないの?」
「クイズですか。うーん……。いや今日はないですね」
「えー、それじゃ私のいる意味ないじゃん」
うがー。と頭を抱え込むらぶみさん。
といわれても今回は二番煎じですから。
「らぶみさんは信号の『進め』の色をなんと呼びますか?」
なんとなく思いつきで言ってみた。
「ん? 赤じゃないの?」
「いや、聞いたぼくが間違いでした」
正解。というか一般的には青。
ずっと引っ掛かっていたけどそういえば納得できる。
『あの子』は玖渚に似ていたんだと。
後付けられたキャラ設定に普通にデチューンされた肉体。
それはどことなくいつかの玖渚を連想させるものがあった。
「いや、やっぱり似てないか」
「ん?」
「いや、ただの独り言です」
似てない。似てないから彼女は死んだ。
彼女はあそこまで壊れていなかった。だから死んだのだ。
一度死んで。二度死んだ。
さながらあの兄妹のように。
そういえばあの子は最後になんて言ったんだっけ。
あぁそうそう。
『いーさん。だいっきらい』
「ぼくもだよ」
戯言だけどね。
《Machine of Human》is the END.
84 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:53:40.16 ID:BtFz2Yo0 [6/6]
うしろがき
一応、これにて終了です。
少しインパクトの弱い(かつ強引な)ラストではありますがこれでご容赦ください。
源氏物語を眺めていて、章題の『初音』に過剰反応して書いたのですが、まあこんな感じです
『いーちゃんのキャラが違う!』とか『哀川さんをもっと出せ』とか様々なご意見が飛び交いそうですが、私の力量不足で、なかなか戯言感は出せなかったと思います。
まあ、設定が九ヶ月後なので、また人間的にいーちゃんが成長したと思ってくださると光栄です。
余談、というか蛇足ですが0段落は全て『歌』に関連するものになっています。気付いた方がいらっしゃったら嬉しいです。
最後に西尾維新先生、ヤマハ。そして読んでくださった方々。ありがとうございました。
また縁があったら会いましょう。
登場人物紹介
ぼく(語り部)――――――――――――――――標的。
初音ミク(はつね・みく)―――――――――――歌姫。
夢浮橋櫟(ゆめのうきはし・いちい)――――――殺し屋。
夢浮橋双威(ゆめのうきはし・ふたい)―――――殺し屋。
闇口崩子(やみぐち・ほうこ)―――――――――少女。
哀川潤(あいかわ・じゅん)――――――――――請負人。
4 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:37:30.01 ID:Vo4l0qE0
「あなたは人間と人形の違いってなんだと思いますか?」
彼女、初音ミクを語るととき、ぼくは否応なくあの名探偵と殺し屋を思い出す。
分解能を超越して重なりすぎて、重ならなかったあの兄妹を。
しかしそんな兄妹と初音ミクとの間にある決定的なまでに違うところというのは、重なりすぎて同一人物と相成った。
というこの一点につきるだろう。
ε-δ論法を越えて、極限までに収束した彼女。
人でないながら、最後まで人でなかった彼女。
しかし最後まで人を渇望し、切望し、絶望した彼女。
最後まで歌姫《にんぎょう》たらんとした彼女。
これは彼女の、人形の人形による、人間の為の物語だ。
5 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:38:30.14 ID:Vo4l0qE0
第一章 別称(蔑称)
0
人類史上最初にして最高の娯楽ってなんだと思う?
人生。
1
「はぁ、はぁ」
一人の男が息を切らして走っていた。
当て所なく走っている。といえば些か格好もつくだろうが、そういう少なくともそんな格好つけたようなことで走ってはいない。
目的地はなくとも目的意識は持って走っていた。
背後から明確な敵意――否、『殺意』を持って男を追う何かからの逃走だった。
そう、『だった』のだ。
遂に男は行き止まりに行き逢ってしまった。
全ては決め尽くされた詰め将棋の様に。
「くそっ!」
拳で壁を叩き、新たな逃走経路を探す為に反転する。
しかし遅かった。
――カシャッ。
金属をすり合わせる様な音が、袋小路に響く。
「ターゲットを発見しました」
人型の少女が無機質な声で平坦に淡々と告げる。
「殺戮奇術・匂宮雑技団分家、初音ミク」
初音と名乗った人型は、棒状のそれを構えた。
「幾多の運命《メロディーライン》に沿い、指令を執行します」
怜悧で鋭利な機械音が、男に終わりを告げた。
6 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:39:26.08 ID:Vo4l0qE0
殺戮奇術集団匂宮雑技団。
殺し名第一位に坐し、規模も殺し名最大規模を誇り、本家匂宮、更に分家の数は五十三に及ぶ(うち三家はかの大戦中に死色の真紅に潰されたが)。
その分家が一つ、『初音』にミクは所属していた。
奇術、雑技団の名の通り、一風変わった人材がいるのが匂宮雑技団だ。
断片集しかり、功罪の仔しかり。
そして初音の特性は本家、断片集の下位特性、機械を使った遠隔操作だ。
つまるところ、アンドロイド。
「マスター、指令を遂行しました」
「ん、ご苦労」
初音ミクは某県某所にある本拠地に定時連絡をしていた。
初音はターゲットがなぜ殺されたのか、なぜ殺したのか、何も知らされていない。ただの人形だからだ。
「今終わったところ悪いんだけど」
マスターと呼ばれた女は連絡を終え、接続を切ろうとする初音に声を掛けた。
「次の仕事が入っちゃった」
「はい。どのような任務でしょうか」
初音は文句も言わずに内容を聞く。
人形にくちなし。
「京都市内に住むある大学生らしいんだ。今から情報送るから」
画像データと位置情報が初音に送られる。
隠し撮りのように見える画像の中央に写る人物は、見たところただの一般人に見えた。
「今京都在住の大学生らしいんだけど。ヤレル?」
「はい」
「じゃ、いってらっしゃい」
女が手を振って初音を送る。
怜悧に鋭利で、無意味で無為の、奇怪な機械である初音ミクは、自身の存在理由のような虚無の闇へと溶暗(フェードアウト)した。
7 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:41:07.08 ID:Vo4l0qE0
2
七月某日日曜日。疑問を挟むまでも無く快晴。
約四ヶ月ほど前に晴れて、世間から社会人として見られる年齢に達したぼくであるが、だがしかし労働に身を窶することもなく、ほぼ惰性で大学に通い続けるような他大多数の同年代の学生と同じような生活を送っているのだが、休日に他人と時間を共有しながら消費するという高等技術を用いる術を持たないため、自室にて娯楽以上のなんの価値ももたない読書という指の運動に従事していた。
まあ、つまり休日に遊ぶような友人がいないわけだ。
ぐすっ。悲しくなんかないさ。嘘だけど。
……出版社を間違えてしまった。でも哀川さんとかそんなの気にしてないし、まあいいかなに言ってんだぼくは。
とまあそんな戯言はともかく。現在ぼくは先述した通り読書をしていた。
七々見に借りたロバート・ルイス・スティーヴンソン著、「ジキル博士とハイド氏」。ER3時代、原文で読んだ事があるのだが、記憶力の乏しいぼくはあらすじ程度にしか記憶していなかったため、もう一度読んでも楽しめた。
いや、楽しくはないか。ただの暇つぶしであるため、速読術の基本である斜め読みしかしていない。ちなみにメモ用紙みたいなのが挟まっていたが(ジキル×ハイドはありか? という内容だった)、フリースローの練習として活用させて貰った。
8 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:42:08.78 ID:Vo4l0qE0
「にしても暇だな」
退屈は好きだが、暇は好きではない。けして退屈と暇とは同義ではないのだ。それに乗じて室内気温はうなぎ登りで、そのまま竜になるんじゃないかというぐらいに熱かった(この場合この漢字で間違っていない)。
とにかく京都の盆地という特性上、熱気のこもりやすい土地柄である。さらに、骨董アパート改め塔アパートとなったこの建物内において、ぼくの部屋は六階に位置しているため、日当たりは最高だった。無論エア・コンディショナーという近代世界において、一家に一台がコピーであるような文明の利器など存在しない。
「玖渚のところでも行こうかな」
暑さに耐えかねたぼくは、携帯のサブディスプレイを見て、玖渚の購読雑誌の発売日である事を確認し、それを理由付けとして、玖渚の家に行くことを決心する。まあ、玖渚の家に行くのに理由なんて必要ないのだが。
「よっと」
フローリングにじかに寝転んでいたために硬くなってしまった身体を捻り、軽い柔軟運動をしたのち、外出の準備に取り掛かる。
ジキルとハイドは、スピンを挟まずに投げ置いた。
9 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:45:02.12 ID:Vo4l0qE0
3
「ありがとーございましたー」
終始無言であるぼくに対しても業務用笑顔を向けてくる店員さんに軽い尊敬の念を抱きつつ、店から出る。
ベスパか徒歩で迷った挙句、急ぐ必要もないかとという判断のもと、徒歩という二足歩行生物にしか許されていない高等移動手段で行くことにした。ちなみに信号が多い京都において徒歩というのは結構捨てたもんじゃないのだ。
大通りにでて、城咲に向かう道を歩く。
日曜日である上に、夏休み前という高揚感が高まってか歩道は人でごった返していた。
こんなんだったら大人しく部屋に居ればよかったと軽い後悔に襲われている時、
ゾクリ。
と、背筋に悪寒が走った。
この感覚は何度も味わっている。
いや、この経験をぼくは知っている。
ぼくはただ平然とした様相を装って、歩き続ける。
殺意を持った何かがぼくを追っている。
それだけは確実だった。
しかし、それはあの殺人鬼の放つ殺意とは違う。さらに、生物の放つ殺意とも違った。
ただそこに刀身まるだしの刀が置かれていて、それに対して殺される。などという錯覚を覚えるようなそんな感覚。
しかもその刀はまるで目的意識があるようにこちらを向き続ける。そんな感覚。
そんな感覚がずっと背後に付き纏っていた。
物体はそれ単体じゃ殺意なんて抱きようも無いのに。
これじゃまるで、人形に魂がこもっているみたいじゃないか。
次第に人通りの少ない道を選びながら進んでいく。
一人一人と足並みが減っていくなかで、その何かだけは子犬のようにぼくについてくる。
――ほんとうに子犬だったらいいんだけどな。
あーあ、つまらなくなってきやがった。
自分の意図か、相手の意図かわからないが、ぼくは裏路地のどんづまりについた。
つまり行き止まり。
ぼくは、そこでやっと向き直る。
10 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:47:09.38 ID:Vo4l0qE0
「他人に被害を及ぼさないように考えるとは殊勝ですね」
そこには人形がいた。
姿は、碧髪のツインテールに、灰色のノースリーブドレスシャツ、黒ネクタイ。黒のプリーツスカート、黒のスーパーロングブーツという少し一般の範疇を超えるがそれでも普通を出ない、常識に見合った格好している。
でも、それだけだった。
他の追随を許さない程に空っぽである事を自称するぼくだが、この少女はそれ以上に0だった。いかなる意図も、意識も、目標も、目算も、手段も、手腕も、持ち合わせていない。
これ以上ないほどの無機質さ。
もはや、人間ではなく人形だった。
「善良な一般京都市民であるぼくが、愛すべき京都に被害を及ぼすようなことをするわけないじゃないか」
精一杯強がって見せる。
実際心境は、戦々恐々の大童な状態である。世界恐慌の第三次世界大戦中である。
人形が話すなんて、これ以上ない程の恐怖体験じゃないか。
「あなた本当は余裕なんじゃないですか?」
はぁ、まあいいでしょう。
溜息をつかれた。おそらく初対面であろう人間に溜息をつかれる筋合いがぼくにあるのだろうか。
ぼくの意見でいえば満場一致で、ある。
「というか、京都を愛してるなんて嘘ですね。あなたはどれだけ人が死んでも平気だと思ってる」
「どうしてわかるんだい」
「顔に書いてあります」
「…………」
「油性マジックです」
消えにくいじゃねぇかよ。
11 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:51:09.50 ID:Vo4l0qE0
「で? きみはだれだい?」
そこで少女は待っていましたとばかりに胸を張った。
「殺戮奇術・匂宮雑技団分家、初音ミク」
初音、と名乗った少女は背中に背負った武器を取り出し、両の手に構える。
その武器は言うなら刺又に近かった。しかし、本来ならば弓形に開いているはずの先端はV字型に開いており、それはまるで――
「我が分身――葱(そう)と共に」
そして告げる。
「幾多の運命《メロディーライン》に沿い、指令を執行します」
匂宮? 殺し名第一位にして最大規模を持つ、通称《殺し屋》。
相手が誰であっても頼まれれば殺す。匂宮。
因縁のありすぎる名前だった。忘れてはいけない名前だった。
重なりすぎて、重ならなかった兄妹。
名探偵、匂宮理澄ちゃん。
殺し屋、匂宮出夢くん。
その二人の分家。
つまり二人の親戚。
それがぼくを狙ってるだと?
何のために? 誰がために?
「なんでぼくはきみに狙われてるんだい?」
声がうわずってしまった。
「知りません、知る必要もありません。あなたも知らなくていいです。僕はただ指令を執行するだけ。あなたはただ僕に殺されればいい」
さて、少し喋りすぎましたか。
そういって、尖った殺気を更に尖らせる。
「では、死んでください」
武器が頭上から振り下ろされた。
でも、
「それだけはわかっていたよ」
ぼくは、壁に這いつくようにして相手の攻撃を避けた。
この狭い小路では、長物である武器なら突くか振り下ろすかに限られる。
だから、この一撃に限っていえば確実に避けられたのだ。
大振りであるため体勢を立て直すまでに僅かに隙がある。
その隙をついて相手の懐にもぐりこんだ。
大リーグばりのタックルで、彼女を壁に押し付けた。
「かはっ」
ミクちゃんは背中を強かに打ち、咳き込んだ。
今だ。
ぼくは少女の手首を捻り上げその武器を落とす。
喉元に手を押しあて、相手の動きをとめる。
「さて、ぼくはきみをここで窒息もしくは頚動脈圧迫のどちらかで殺すことができるのだけれど、しかし紳士であるぼくは美少女をこの手に掛けたくはない。できれば降参してほしいのだけれど、どうかな?」
しかし、ミクちゃんは文字通り息も絶え絶えになりながらも、あくまで強気に首を横に振った。
弱ったな。殺し名としての矜持がそうさせてるのか。
無傷で済ませることは不可能なのかもしれない。
だとしたらこのまま、失神させて――。
そんな小賢しい計算をしていると、彼女はいつのまにか右手を自分の喉元にまで伸ばし、左手を肩幅に開き、眼を閉じていた。
ある体勢(ポーズ)をとっていた。
12 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:52:26.82 ID:Vo4l0qE0
え?
呆気にとられる。
まさか、その体勢(ポーズ)は――。
気付いたときには遅かっタ。
圧迫されて声どコろか、息も死ヅラい筈なのに、耳をツンザくヨうな奇声が彼女から発seラれた。
「あああぁぁぁあああああああああああ!!!」
イタイタイタイタイタイタイタイタイ。三半規管がグルぐるする。足がグラつく。世界が回ru。マワルマワルマワルマワルマワルマワル。イタイタイタイタイタイタイタイタイ。グルグルグルグルグルグルグルグルグ。マワタイグルグルワルグルタイタイグルマワルグルタイタイタイタイマワルマワルグルグルグルグルルるる売るるルルるるるuるるるるるるるるるrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr。
13 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 00:58:49.59 ID:Vo4l0qE0
「結局はそんなものですか」
気付くと目の前にさっきの少女がいた。
何故か彼女は空間に対して横向きに立つという、物理的にも非現実的にもありえない立ち方をしていた。
あぁ、なるほど。僕が横向きなのか。
背中に地面の冷たい感触を味わいながらそう理解した。
ちなみにミクちゃんはぼくの身体を跨るように立っているため、下腹部の保温効果と秘部を隠すという一挙両得をなしえるという、いろんな意味でお得な布が丸見えぐほぉお!
「そんなとこジロジロ見ないで下さい」
刺又の柄で鳩尾を突かれた。
普通に痛かった。
「スカートを穿いているきみが悪いと思うんだけど」
ぐほぁ!
また突かれた。
「女の子にスカートは憑き物です」
「……さいですか」
どっかで似たようなセリフを聞いたな。
「まったくあなたといると僕まで調子を狂わされます」
「というか今更だけど僕っ娘なんだ」
「なんですか?」
「イタイ」
ゴカッ。
頭を殴られた。
まあ、只単に玖渚とキャラが被ることを危惧してるだけなんだけどね。
14 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 01:00:14.11 ID:Vo4l0qE0
ミクちゃんは、まったくといった風に溜息をつき、
「それじゃあ、今度こそ」
死んでください。
ミクちゃんが刺又を振り上げる。
え? 嘘。こんなぬるい雰囲気でぼくは死ぬのか?
緊張もシリアス要素も半分もねぇじゃねぇか。
《王手! ただしこっちは飛車角王取り》みたいなっ!
やっぱ、ぼくには使いこなせないらしい。
……まぁ、でも戯しい言葉を吐いてきたぼくにはこれくらいの末路が相応しいのかもしれないな。
何事も中途半端に。
それが、ぼくのアイデンティティなのだから。
振り下ろされる刺又を眺めながら考えていると。
「楽しそうなことやってんじゃん、いーたん。ちっとあたしも混ぜてくれよ」
15 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 01:02:40.02 ID:Vo4l0qE0
そこに人類最強の赤が居た。
16 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 01:10:17.24 ID:Vo4l0qE0
「……何してるんですか? 哀川さん」
「だから私を名字で呼ぶなって。名字で呼ぶ奴は《敵》だけだって何回もいってんじゃねぇかよ」
「繰り返しネタは三回までと言いますし」
「お前はネタだと思ってたのかよ」
違ったらしい。
「ったく、後で折檻だかんな」
口ではそう言いながらも、シニカルな笑顔を崩さないあたりは、いつもの哀川さんだった。
「あなたは誰です?」
既にぼくに対する殺害行為は中止されていた。
そのかわりに全ての五感、いや六感が全て哀川さんに向いている。
「あたしか?」
わざとらしく、自分を指差す哀川さん。
「もしやもしかしてもしもなくあたしの事をきいてんのか?」
どんだけ自分大好きだよこの人。
「はい」
しかしそんなこともとりあわず、冷静こ応えるミクちゃん。
「ハッ。あたしのことを知らない奴がまだこの銀河系に存在してるとは驚きだな。いいか耳の穴かっぽじって、脳髄いじくりまわして、良く聞きやがれ。あたしは」
そうだこの人は。
「人類最強の請負人。哀川潤だ」
最終を超えた最強にして最凶の《請負人》だ。
17 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 01:26:52.34 ID:Vo4l0qE0
誰もいないようなので、いったんオチます。
あしたの昼ごろから再開します
23 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 11:58:55.52 ID:Vo4l0qE0
12時から再開します
一つ訂正
冷静こ応えるミクちゃん。
↓
冷静に応えるミクちゃん。です
24 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 12:00:26.05 ID:Vo4l0qE0
4
目を開けるとそこは雪国だった。
「なんてロマンチックがとまらないような素敵展開なわけないか」
そこは自室のベッドの上だった。
「夢オチ?」
だとしたら強烈な夢をみたものだ。
「違います」
しかし、即座に否定の言葉が入る。
声のした方を見ると崩子ちゃんがいた。
「まったく戯言遣いのお兄ちゃんはいつもいつもトラブルを持ち込んできますね」
「そんな羨ましいおもいはしてないはずだけど」
「だれが週刊少年的なのといいましたか」
あ、知ってたんだ。
「それにお兄ちゃんは羨ましいおもいをしまくりです」
「しまくりですか」
「イマクニです」
「……」
そっちにもお詳しいご様子で。
25 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 12:01:12.90 ID:Vo4l0qE0
「哀川さんがお兄ちゃんを背負って、私のライフワークの虫殺しを中断させて、介抱してくれ。といわれてなくなくこうして介抱しているんですよ」
そういってお粥をもってくる崩子ちゃん。
うーんいい子だ。
「はい、あーんしてください」
「あ、あーん」
年下でも女の子だ。
年甲斐もなく照れガスッ。
「痛! 熱!!」
喉に、喉にスプーンが!
「あぁ、すみません」
ホットミルクの膜ほどにも謝罪の意思が感じられない謝罪をする崩子ちゃん。
そんなに虫殺しを中断されたことに怒ってるのか。
絶対故意だろ、これ。
「まさか。恋だなんて」
「そっちじゃねぇよ」
しかも、ナチュラルに心を読まないでくれ。
「で、哀川さんは?」
口の中が体内温度ほどに落ち着いた頃に、崩子ちゃんに聞いた。
「戯言遣いのお兄ちゃんと、《それ》を置いて帰りましたよ。あたしには介抱なんて似合わない。なんていいながら」
「それ?」
「ほんとうに面倒ごとを引き込んできますね。お兄ちゃんも哀川さんも」
顎で指された方向に目をやると、そこには――死体があった。
26 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 12:05:05.74 ID:Vo4l0qE0
「え?」
え、あ? 嘘。何で? why。何で死んでんだ。
というよりなんでここにいるんだ?
「死んでませんよ」
「え、いやだって。息シテナイヨ」
「それはスタンバイ状態です」
「スタンバイ?」
「ええ、だってそれ、アンドロイドですから」
「アン、ドロイド」
アンドロイド。人造人間。バイオロイド。
人によって製造された、人間を模した機械や人工生命体。
まだ見ぬ、近未来的技術の先駆け。
ER3でもまともに見たことないのに。
「匂宮雑技団は色物揃いですからね。アンドロイドのひとつやふたつ、十把一絡げに掃いて捨てる程いますよ」
「そんな巷で見かける珍しい人感覚でいたら怖いよ」
十分に人間不信に陥れるな。いや、もう既に人間不信か。
「と、いいますか。私多少なりと、《これ》のこと知ってるんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
一応、元・殺し名ってことなのか。
27 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 12:07:16.87 ID:Vo4l0qE0
「嫌な記憶でなければ、聞かせてもらえるかな」
「無論、お兄ちゃんがいうならば。そもそも《これ》は匂宮史上最高傑作といわれる断片集をもう一度。というテーマの元に作られたものだそうです。電子系統による人体制御。呪い名である罪口商会との共同作品だそうです」
「罪口商会って?」
「闇口と対をなす呪い名です。簡単にいえば武器職人のギルドですよ」
「なるほど」
「話を元に戻します。初音と、罪口が鋭意に営利を重ねて、一つのアンドロイドを作り上げたそうです。その技術を端的にいうなら、人間の体内に機械駆動にすること。つまり《これ》は人間と機械の結合しただけの、ただの物体なんですよ」
物体。自己意思を持たない人形。さっきから崩子ちゃんがミクちゃんを指示代名詞でよんでいるのもそこに起因するのだろうか。
可哀想。
なんて自己満足の言葉を掛けることなんてできやしないけど。自業自得では、ないんだろうな。
「十万馬力ですよ」
「原子の英訳の様な力があるのか!?」
「ないですけど。まあ、そこそこにはあるんじゃないでしょうか」
なにせロボットですしね。
と、そこで。
「う、うーん」
大概の人が発する目覚めの兆候をミクちゃんが発した。
「うぃ、うぃーん。じゃないんですね」
「そんな擬音を発するロボットも古い気がする」
そして、
「ここはどこ? 僕はだれ?」
「……」
ベタだな。
「台所の換気扇ほどにベタベタですね」
その比喩はいかがなものだろう。
28 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 12:28:28.06 ID:Vo4l0qE0
また誤字!
すみません
人間の体内に機械駆動にすること。つまり《これ》は人間と機械を結合しただけ
↓
人間を機械駆動にすること。つまり《これ》は人間と機械を結合しただけ
29 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 13:06:22.63 ID:Vo4l0qE0
「おはよう、ミクちゃん」
とりあえず、日本人が寝起きの人にする言葉をひどく正しい用法で使ってみる。
「おはようございます」
ペコリと頭を下げるあたりは、礼儀正しいといえるのかもしれない。
いきなり人を殺しにくるあたりは正しくないのかもしれないが。
「きみは萩原子荻ちゃんで、ここはぼくの彼女の貴宮むいみちゃんの家だよ」
しまった口が滑った。
「彼女なんですか?」
後ろで崩子ちゃんが呟いた。
なんかちょっと殺気だっていた気がする。間違えた。
ささくれだっていた気がする。
「そうなのですか」
信じちゃったよ。
「後ろの方がむいみさんですか?」
「いやぼくの二号さんの」
ゲシッ。蹴られた。
「闇口崩子です」
「二号さんですか?」
「違います」
崩子ちゃんはにこりともせずに言った。
「セックスフレンドです」
空気が凍った。
まだそのネタ続いてたのか。
「では、息災と、友愛と、再会を」
崩子ちゃんは、そのまま玄関に向かって、外に出た。
30 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/23(木) 13:07:09.64 ID:Vo4l0qE0
「セックスフレンドですか?」
「……違います」
してやられた感じだ。
「ところで、あなたはターゲットですね」
「そこは覚えてるんだ」
できれば、忘れて欲しかった。
「覚えてますよ。何もかも」
ミクちゃんが不敵に微笑む。
「激しかったですよね」
「何を勘違いしてんだ」
嬉し過ぎる勘違いだった。
……間違えた。嫌過ぎる勘違いだった。
「嘘です。それでは任務を再会します」
「いや、ちょっと待ってミクちゃん。きみは今、武器がない」
「……そうですね。返してください」
「そういってハイそうですか。返す人はバカか天才か、人類最強ぐらいしかいないんじゃないのかな」
「あなたはバカでも天才でも人類最強でもないと」
「うん」
「それは困りましたね。頭を叩いたらなりますか?」
「そんなアナクロなテレビじゃないんだから、なんないよ」
「むぅ、残念ですね。仕事が遂行できません」
「だろうだから諦めて」
そこでぼくの説得は遮られた。
「だったら、僕はあなたに四六時中、追随して武器を奪還、任務遂行とするように内容を変更します」
「え?」
嫌すぎる提案だった。
35 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/24(金) 19:50:51.53 ID:zkFGU2Y0 [3/4]
第二章 独裁と睥睨(独断と偏見)
0
曲がりなりにも人間だ。
1
身長百五十八センチ。体重四十二キロ。スリーサイズ非公開(本人曰くまだ成長中とのことだ)。髪型は碧髪のツインテール。肌は白色家電のような白。誕生日は八月三十一日で、あと一ヶ月超で十七、という歳だ。職業は殺し屋。趣味は歌。
のミクちゃんが、家に帰ったら瞑想をしてた。
「なにしてんの?」
「定時連絡です」
「……そう」
事実そうなのだろうが、そうキッパリいわれたら反駁のしようもない。
ミクちゃんが来て三日。ミクちゃんは既にぼくの生活の中に溶け込んでいる。
「お帰りなさいいーさん。ご飯にします? お風呂にします? それとも崩子さんにします?」
「勝手に人を売り渡すな」
それに崩子ちゃんは六年後までおあずけなのだ。
というよりミクちゃんのキャラづけが何故か変な方向に定まりつつあるのは気のせいだろうか。
「というかご飯は作れないでしょ」
「作れますよ」
「あんな殺人料理は料理とよばない」
和尚と胡椒を間違えるような料理はもはや料理ではない。
「なるほど、それは残念です。では僕はなにをすればいいでしょうか」
「いや、もうニートってくれてればいいから」
この三日で判明したことは、この子に家事をさせたらなにもかも殺人的になるということだった。
殺し屋としては最高なのだろうが。
ということで、炊事洗濯食事の、家事全般はぼくが受け持っている。
溶け込むっつーか、癒着しているな。
36 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/24(金) 19:51:29.03 ID:zkFGU2Y0 [4/4]
「いーさんは僕のパイロンですから」
「ぼくはそんなに尖がった性格はしてないと思うけど」
パイロンじゃなく、パトロン。念のため。
いや、パトロンでもかなり嫌な感じだ。
「そして、いーさんって呼ぶのやめてくれないかな」
ER3を思い出してしまうので、そのあだなは好きではない。
「いーさんがどう呼んでもいいとおっしゃったんじゃないですか。それに、こうして呼び続けることで、いーさんを精神的に追い詰めて葱の場所を教えてくれるように仕向けます」
「そんな限りなく低い確率に賭けるより諦めたらどうだい?」
「いやです」
きっぱりと断りやがった。まあ、当たり前か。
「でも、ぼくを殺したらぼくの作った料理が食べれなくなるぜ?」
モノで釣ってみる。意外とこの子食い意地が張っているのだ。
「うっ」
あ、反応した。
「それでもいいのかい」
「あ、いや、それは……」
すごい逡巡している。あともう一押しか。
「もし、ここで殺さなかったら、ぼくはきみの為に料理をつくるよ」
ここ一番の決め台詞をいった。
「あ、そういうのはいいんで」
冷めた口調で拒否しやがった。くそ。
37 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/26(日) 23:55:12.93 ID:F/Vb3uw0
そんな雑談をしながら、ぼくは台所に向かい、夕飯の支度を始める。
そうだった。
「ミクちゃん、ちょっと買い忘れたものがあったからまた出てくるよ」
「そうですか。でしたらこのたけのこの里を買ってきていただけますか」
ミクちゃんはそっち派なのか。
「了解」
そういってぼくは玄関をでる。
そのままエレベーターに乗り、一階まで降りる。
電子レンジが発する音声に似た音とともに扉が開く。そこで「よう」
と、シニカルな笑みを浮かべて立っている人に声を掛けられた。
「おひさしぶりです潤さん」
すくなくともまともに話をするのは。
39 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/28(火) 23:48:50.85 ID:EkdoUkM0 [1/6]
2
「とりあえずこれは返すわ」
言って、哀川さんはなんの気負いもなく、背中に背負っていた物をぼくに手渡した。
場所は夜の公園であろうと、人目ってものがあろうに。
「これを返すってことは」
「あぁ、ちゃんといーたんに頼まれていたことはちゃんと始末つけてきたよ」
「ちゃんと、潰してきた」
「そこまでぼくは頼んでいませんけど」
ぼくはただ、ぼくを狙ってきた奴を調べて欲しいといっただけなんですけど。
「いーじゃんどーせまた倒さなきゃいけねーんだろ? だったら先に倒しちゃってもいいだろ?」
「まぁ、いいんですけどね。それよりなんでぼくなんかを狙ったりしたんですか?」
「お前が狙われる理由なんていくらでもあるじゃねぇか。世界を守ったヒーローくん」
「……まぁ、そうですけどね」
あれから、一年。いや、九ヶ月。こんな事は何も一度じゃなかったから。
あれやこれやを含めて今までどおりだ。
「で? あのミクちゃんはどうすんだ?」
「どうもこうもしませんよ。ただ、帰してあげるだけです」
「手篭めにしねぇのかよ」
「しません」
ぼくを何だとおもってるのだろうか。
「年下に手をだす鬼畜野郎」
「…………」
心を読まないでいただきたい。そしてぼくはそんな人間として、最底辺な人間じゃありません。
40 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/28(火) 23:49:50.93 ID:EkdoUkM0 [2/6]
「ところで、ぼくは請負人哀川潤さんになにを払えばいいんでしょうか」
できれば金銭はご遠慮いただきたい。
「いいよいいよ、友達料金の分割ローンで。無論金なんて要求したりしないからさ」
「え? あ、ありがとうございます」
一応礼はいったが、なんだろうすごく嫌な予感がする。
「ま、どうしようとお前の勝手だし、どうでもいいけどさ」
ベンチから哀川さんが立ち上がる。どうやらもう帰るらしい。
「絶対に死ぬなよ」
こちらも見ずにぶっきらぼうに、それでも限りない威圧をこめてそう言った。
「……承知しました」
こんな答えで満足したのか、哀川さんは颯爽と立ち去った。
死ぬわけなんて、ないじゃないか。
ぼくは胸中でそう応える。
さて、きのこの山を買って帰るか。
41 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/28(火) 23:52:39.32 ID:EkdoUkM0 [3/6]
3
「ただいま」
「おかえりなさいですいーさん。たけのこの里を買ってきていただけましたか?」
「もちろん」
ぼくはミクちゃんにきのこの山を渡した。
投げ返された。顔面キャッチだった。
「何できのこの山を買ってきてんですか! まさか、いーさんきのこ一派(いっぱ)の回し者ですか!?」
なぜか怒られたなんでだろう。
「まあぼくは寡聞にしてそのきのこ一派とやらの秘密結社の存在は知らないけど、多分ぼくはその一派に属してはいないと思うよ」
たぶん。おそらく。そう信じたいけど。
「あと、これ」
ぼくは、哀川さんに渡されたままそのまま背負っていたそれをミクちゃんに渡した。
「え?」
ミクちゃんが突然のことに驚いている。鳩が散弾を喰らったようだ。
ぼくがミクちゃんに渡したのは、ぼくが哀川さんに渡されたのは、ミクちゃんの武器、葱だった。
42 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/28(火) 23:53:19.83 ID:EkdoUkM0 [4/6]
「これが、ないと任務が遂行できないんだろ?」
「そう、ですけど。もしかして死ぬ覚悟が出来たとかですか?」
「まさか。その逆だよ。ぼくはこんなところでは死なない。死ねないんだよ」
「じゃあ、何で僕にこれを?」
「それはきみが一番わかってるんじゃない?」
「…………」
ミクちゃんは黙った。でも、そのまま続ける。
「定時連絡」
「…………」
ミクちゃんは喋らない。そのまま続ける。
「あれ、返信あった?」
「…………」
ミクちゃんは……
「いーさんがマスターになにかしたんですか?」
ぼくに、静かに訊いた。
「……そうだね」
そういうことになるのだろう。
一切の戯言(ざれごと)も、一介の戯言(たわごと)も挟まることなく、ぼくはミクちゃんを騙し、賺(けな)し、貶(すか)し、裏切ったのだ。
43 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/09/28(火) 23:54:23.86 ID:EkdoUkM0 [5/6]
「くっ」
ミクちゃんが葱を振るう。ぼくに突きつけるように葱を構える。
「やめた方がいいよ。契約は反故された。匂宮は他人の為に殺すが、私情で殺しはしないんだろ? ぼくに構うよりさっさと帰ってマスターを助けにいったらどうだい」
「…………」
ミクちゃんは射殺すような視線で、ぼくを睨んだあとそのまま玄関をくぐり去っていった。
「ったく、あれもこれも戯言だよな」
ぼくは、ミクちゃんに鎌をかけた。
「やっぱり事を大きくしてくれるよな。哀川さん」
依頼人だけじゃなく、初音まで出張るとは。
でも、とりあえず今日は。
「作りすぎちゃったパスタどうするかな」
結局それが、今日のぼくの感想だった。
46 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/02(土) 03:52:40.19 ID:5yVy5KU0 [1/3]
第三章 サイコ(最後)
0
きみはぼくにとって不可々欠だ。
1
ミクちゃんが帰って四日。つまり、ミクちゃんがやってきて一週間。
ぼくは玖渚にマンションに行き、一週間遅れで雑誌を持っていった。
というか、脱ひきこもりしたんだから自分で買いに行ってもいいようなもんだと思うのだけれど。
それはさておき。
一週間。
そう。あの《殺し屋》の《人形》に出遭ってまだ一週間しか経ってないのだ。
数年の時が過ぎた時のように長いような気もするし、つい数行前のように短いことのような気もする。
でも、そんな出来事であっても、あと数日すればぼくは忘れていると思う。
殺されかけることなんて、茶飯事とはいわずともファミレスに行くくらいの頻度ではあるのだから。
それにしても、このぼくにしてなにも起こらなかったというのはなんなのだろうか。
誰も死なずに終わるのはいいことだと思うけど、どうしても腑に落ちなかった。
と、ぼくはそんなことを考えながらアパートのエレベーターの六を押した。
――あれ? エレベーターが六階で止まってる?
崩子ちゃんが、ぼくの部屋を訪れたのだろうか。
たまにご飯をつくりに来てくれるから、合鍵を渡しているのだ。
でも。
そんな気配じゃない。
これはそんな類の気配じゃない。
直感的にそう感じた。
47 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/02(土) 03:53:17.38 ID:5yVy5KU0 [2/3]
数秒後、自分の部屋の前に降り立つ。
嫌な気配が増す。
嫌な臭いが増す。
腐臭のような、鉄のような臭いがした。
インターホンを押す。
自分の部屋でインターホンを押すなどおかしなものだと現実逃避をする。
返事はない。
あたりまえだ。
自分の部屋なのだから。
ノブを回す。
?
そのまま引く。
おかしい。
ぼくは鍵を閉めたはずだ。
臭いが増す。
ぼくはこの臭いを知っている。数え切れないほどに嗅いだ臭いだ。
そしてぼくは扉を開いた。
48 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/02(土) 03:53:50.62 ID:5yVy5KU0 [3/3]
一瞬昨夜あった哀川さんを思い出した。
でも、この赤は哀川さんの赤ではない。
黒ずんだ赤。赤ずんだ黒。
そんな不純で、不潔で、不滅で、払拭できない。
そんな赤が視界を覆っていた。
ぼくの部屋にあったあらゆるものが壊されている。
原型を留めているものはひとつもない。
その人もまたそうだった。
臓物を撒き散らし、血液を撒き散らし、脳漿を撒き散らしている。
固体のものがことごとく液体に変換されていた。
その中で、只一つ中央に壊されていないものがあった。
《人形》にして、《殺し屋》の初音ミクの首が部屋中央に鎮座していた。
49 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/07(木) 01:30:23.50 ID:SbaUujM0 [1/3]
2
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち、悪い? いやいや。いやいやいやすごく悪い。
トイレに行こう。そうだ。気持ち悪いときにはトイレに行けば良いんだ。
便利だねトイレ。人類最大の発明だ。あれ? 前はノックが最大だとかいってたっけ。
まあ、人間の主義主張が変わるのは人間の常だしね。
あ、人間のって重複しちゃった。
文法ミス。日本人たるもの日本語を間違えちゃいけないよ。
何しろ文『法』だしね。
ルールは遵守しないと、殉死しちゃうよ。
あれ? これおもしろい? なわけないじゃん!
というかこれまた出版社間違っちゃってるじゃないか。
怒られちゃうよ。色んな人に。
怒られるのは嫌だ。怒られるから。
50 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/07(木) 01:30:51.01 ID:SbaUujM0 [2/3]
だから。
落ち着け。落ち着け自分。
人が死んだくらいで取り乱すな。
それにこの人は人じゃない。ただの人形だ。ただの物体だ。ただの、道具だ。
「すぅー。はー」
とりあえず深呼吸。血の味がした。
さて、どうするかな。
「とりあえず、昼飯食って。昼寝して。玖渚に電話して。鴨川公園にでもいくか」
復讐なんかじゃないが、復習するぐらいの気持ちで。
「殺して解して並べて揃えて晒してやるか」
昨日会った哀川さんのように、なんの気負いもく、そういった。
54 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:26:27.45 ID:ec6CkCE0 [2/17]
3
『初音? 獄門島か?』『違いますよ。この前のアンドロイドです』『あぁ、ミクちゃんね。あまりにも昔のこと過ぎて忘れてたわ。で、それがどうした?』『もしかして初音家を潰したりしましたか?』『は? なんであたしがそんなメンドいことしなきゃいけねーんだよ。あたしは、いーたんを狙う依頼人とやらを潰しただけだ』『なるほど、わかりました。ところでぼくたちはどこに向っているんですか?』『東尋坊』『で?』『カーダイビング』『降ろしてください』
以上。昨日の哀川さんとのデートの一部始終。
55 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:26:59.69 ID:ec6CkCE0 [3/17]
崩子ちゃん(抱き枕ver.)の部屋で一休みした後、既に暗くなりつつある外に出た。
ジャケットの右胸には刀子改め、《無銘》、ベルトには九ヶ月前から弾丸が入ったままのジェリコを挟み、鴨川公園に向かう。
つい先程見たみたミクちゃんの首の下にメッセージがあった。ダイイングメッセージ、ではなく犯人からのメッセージだった。
『今夜鴨川公園に来い』
差出人、不明。宛先、恐らくぼくだろう。
来いといわれて行くようなのはただの馬鹿だが、ぼくは馬鹿なので行くことにした。
56 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:28:15.00 ID:ec6CkCE0 [4/17]
鴨川公園はかなり広く、人も多いため待ち合わせには適していないのだが、なぜかぼくは必ずあえるような気がした。
実際、鴨川公園に人の気配はなかった。木の実さんの手を借りるまでもなく、人払いが出来るような相手なのだろう。その手段は、正直想像したくはない。
川の流れに沿うようにして歩く。広い公園にひとっこ一人いないというのはぞっとしないものがある。
否、ひとっこ一人じゃない。
一人? いや二人か。
周りを張り詰めた殺気からそう断じた。
「こそこそしててもおもしろくありませんし、出てきてください。暗殺者さん」
57 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:28:59.29 ID:ec6CkCE0 [5/17]
「暗殺者じゃない」
ふと気付けば目の前に人がいた。
女性だった。痩躯で、髪は、腰まで届きそうな黒髪のストレート。服装は男性用のドレスシャツにジーパン。そして、一般人と隔絶している手に持ったエンドカッター。
ただのエンドカッターだったら特異な一般人で済むものだが、ただ大きさが違った。
大きさとしてはハンドバッグほどの大きさがあった。
「それは、闇口の肩書きだよね。姉さん」
ふと気付けば背後に人がいた。
男性だった。痩躯で、髪は短く切りそろえられた白髪のショート。服装は女性用のブラウスにプリーツスカート。そして、一般人と隔絶している手に持ったラジオペンチ。
ただのラジオペンチだったら特異な一般人で済むものだが、ただ大きさが違った。
大きさとしてはハンドバッグほどの大きさがあった。
「そうだ。ワタシ達は《殺し屋》」「匂宮雑技団分家」「夢浮橋櫟」「夢浮橋双威」「終わることなく終わりを告げるため」「始めることなく始まりを告げるため」「我が得物《天牛》」「《蟷螂》と共に」
輪唱のように会話を繋げる姉弟。櫟ちゃん、双威くん。
「指令を」
断言するようにいう櫟ちゃん。
「執行する」
断罪するようにいう双威くん。
そして二人は同時にぼくに飛び掛った。
58 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:29:46.62 ID:ec6CkCE0 [6/17]
「くっ」
最初の一撃を辛うじて横に避ける。しかしこの前のような予測ではなく、今回は完全なカンだった。
ここはこの前の袋小路のような線ではなく、地『面』だから。
二人同時でなければやられていた。
ぼくはベルトに挟んでいたジェリコを引き抜き、それぞれに一発ずつ射撃をする。
狙いなんか定めていない。定める必要はない。これはただの威嚇射撃だ。彼らと距離を取れればいいのだ。
彼らは身を捩っただけで弾丸を避けたが、それでも一瞬の隙はできた。
ぼくは体勢を立て直し、右手に無銘を構えた。
櫟ちゃんの武器はエンドカッターの名の通りものを斬ることに長けている。彼女の身体能力があれば、おそらくぼくの腕を切り取ることは容易いだろう。更に、頭部が大きいため、普通に殴打にも適していると思う。
双威くんの武器にも一応は切断部分があるが、おそらく形状からいって突きに向いているから、そこに気をつければいいだろう。
「ミクちゃんを殺したのはきみ達かい?」
59 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:30:27.77 ID:ec6CkCE0 [7/17]
少しずつにじり寄ってくる二人に問いかける。
「ミク?」「あぁ、初音のことか」「そうだ」「殺したのはボク達だよ」「だから」「どうしたんだい?」
「きみ達も同じ匂宮の分家だろう?」
「同じ分家でも」「仲が悪いんだよ」「それに私達は」「他の分家とは」「違う」「他の分家が任務を失敗した場合」「後処理をするのが」「ボク達、夢浮橋の」「仕事だ」
「成る程ね。つまりきみ達は匂宮分家の尻拭いってわけか」
挑発の意味も込めて、というか挑発の意味しか込めずにぼくは言った。
「尻拭いっていうなぁ!!」
「尻拭いっていうなぁ!!」
意外にも、意外通り二人は激昂してぼくに向ってくる。
なんというか匂宮は総じて短気なのだろうか。
激昂すれば人は必ず隙が出来る。
ぼくは再びジェリコの引き金を引く。さっきと違い狙いは定めて。
60 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:31:04.88 ID:ec6CkCE0 [8/17]
人は激昂していてもドアは蹴破らず、しっかりドアノブを捻り、手順にのっとり開けるという。それは日ごろの習慣が身につきすぎているから。
櫟ちゃん達もその言の通り、日頃銃弾を受けているように銃弾を払った。
しかし僥倖、二人の銃弾の払い方に差異があった。
櫟ちゃんは刃を傾け弾き、双威くんは横なぎに払った。
よし。
ぼくは武器を横に払い、前面が空いている双威くんの懐にもぐりこんだ。
《無銘》を双威くんの首筋に突き出し、左手で後ろにいる筈の櫟ちゃんにジェリコで牽制する。
肘に体重を掛け、双威くんを押し倒した。見た目通りに華奢な双威くんは意外とすんなりと押し倒すことができた。
現状、馬乗りになり右手に持った《無銘》を双威くんの頚動脈に押し当て、背後にいる櫟ちゃんにジェリコの銃口を向けている。
櫟ちゃんはこの場からでも逆転は可能だろうが、双威くんにはこの場合人質の意味もある。だから櫟ちゃんも下手には動けないはずだ。
61 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:31:37.07 ID:ec6CkCE0 [9/17]
「今この状況において誰が最も優位に立ってるか、プロのプレイヤーのきみ達ならわかるだろう? 双威くんが動く前にぼくは彼の頚動脈を断ち切れるし、櫟ちゃんは言うに及ばず。でも、ぼくは見た目通りの平和主義者でね。きみ達の行動によってはぼくはきみ達を生かし、見逃すよ」
ぼくは、彼らの生殺与奪の権限を得た殺人鬼のように言う。
「で?」「ボクらがそんなものに」「屈すると思うのか?」
「なっ!!」
左腕に衝撃が走った。
咄嗟に左を見るとラジオペンチの金属部が左腕に食い込んでいる。
閉じていたペンチが開いていた。
双威くんが手首のスナップでペンチを、反発係数のみで。
折れては――いない。
だが、隙を作ってしまった。
62 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:32:22.43 ID:ec6CkCE0 [10/17]
「あがぁっっ!!」
今度は右腕に衝撃が走った。そのまま五メートルほど飛ばされる。
エンドカッターの金属部が右腕にクリーンヒットした。今度こそ折れたようだ。ジェリコはどこかに弾け飛んだ。
「たかがあの位の窮地で」「ボク達が投降するなんて」「思うか?」「ボクらはプロの殺し屋」「たかが一や二の修羅場をくぐってきたお前に」「負ける訳ないだろう?」
余裕を取り戻し、悠然とぼくに向かって来る櫟ちゃん、双威くん。
成る程。ぼくはかなりの馬鹿の様だ。同じ徹を二度踏んだのか。
一週間で二度。
まったく馬鹿らしい。戯言にも程がある。こんな戯言は死んでも当然だ。今まで生きていられていた方がおかしかったのだ。
でも、おかしかったら、可笑しかっただけ
「もうちょっと、生きたかったよな……」
誰ともなく呟く。
少し前には思えなかった事だった。少し前にはなかったものがぼくには今たくさんあるから。
でも、思っただけだった。後悔はなかった。
「よし、感想おわり」
後は、ただ振り下ろされるエンドカッターとラジオペンチを眺めるだけだ。
そう思っていた。
63 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:34:23.42 ID:ec6CkCE0 [11/17]
キンッ。
鋭い金属音が響いた。
気付くと細長い棒状の何かでエンドカッターとラジオペンチを防いでいるのが見えた。
刺又のように見えた。でも本来ならば弓形に開いているはずの先端はV字型に開いており、それはまるで――葱のように見えた。
「あなたは本当に目を瞑らないのですね」
声がした。
予想通りの赤い声。ではなかった。意外通りの緑色の声だった。
64 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:35:04.68 ID:ec6CkCE0 [12/17]
4
「お前は」「初音の」
櫟ちゃんと双威くんが尋ねる。
しかし、緑色の声の主――ミクちゃんはそれに取り合わず。
「あなた達が『マスター』を殺したんですか?」
と逆に尋ねた。
「そうだ」
と櫟ちゃんが答える。
「お前の主人は」「僕達が殺した」「お前達が任務に」「失敗したから」「蛇を殺すには」「まず頭を」「だから殺した」「君の主人を殺した」
「なるほど。そうですか」
ミクちゃんは淡々と、耽々と言う。
「それだけで十分です。だからもう喋らないでください」
ミクちゃんの言葉には静かな怒気と、激しい殺気が含まれている。
65 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:35:59.72 ID:ec6CkCE0 [13/17]
「僕は失敗なんかしていませんよ」
一歩。ミクちゃんが櫟ちゃん達ににじり寄る。
「マスターの安否を確認し次第また京都に戻って、いーさんを殺すつもりでした」
だから。
さらに一歩。ぼくから距離を取る。
「邪魔をしないでください」
ミクちゃんは宣言するよう言った。
「いーさんは僕の怨敵であり、仇敵であり、標的ですから」
言葉とは裏腹な、穏和で飽和で、敬愛な最愛の、人形な人間のような声で。
「《歌姫》初音ミク」
そして告げる。
「我が分身――葱(そう)と共に」
歓喜の歌のように、怒張の歌のように、哀惜の歌のように、愉楽の歌のように。
「幾多の運命《メロディーライン》に沿い」
切望の、絶望の、失望の宿望の遠望の待望の徳望の嘱望の仰望の要望の欲望の既望の輿望の誉望の渇望の民望の願望の人望の所望の声望の想望の懇望の一望の有望の衆望の眺望の本望の熱望の信望の名望の大望の野望の展望の志望の、希望の、非望の。
歌のように。
「『使命』を、執行します」
《歌姫》は歌った。
66 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:37:26.37 ID:ec6CkCE0 [14/17]
5
「はぁ、はぁ」「はぁ、はぁ」
夢浮橋櫟及び、夢浮橋双威は敗走していた。
勝てる勝負だったと思う。負けない勝負だったと思う。
こちらとあちらは二対二で、しかも相手の一人は一般人で手負い。
勝てる筈だった。否、勝つ以外なかった筈だった。
それでも負けた。
こうして敗走していることこそがその証明だった。
敗因は前述の一般人ではなく。途中で介入した《殺し屋》だった。
無論、常ならば負ける訳などない。
匂宮分家に於いて、ある意味特権階級である彼女達だ。
本家の《人喰い》や《断片集》ならばともかく、他分家の人間に負けるわけなどないのだ。
そうでないと仕事にならない。それが仕事なのだから。
それでも負けた。
67 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:38:04.34 ID:ec6CkCE0 [15/17]
理由は分かっている。
相手が人間じゃなかったから。
腕を失い、片目を失い、血を撒き散らし、内臓を撒き散らし、肉を剥き出しにし、機械を剥き出しにしても敵意を、殺意を向けてくるものはもはや人間とは呼ばない。
結果、夢浮橋姉弟は敗走した。
しかしこれは戦略的敗走だった。
どちらにせよあの《人形》は停止寸前だった。
また日を改めれば今度こそあの男を殺せる。
だからこその戦略的逃走だったのだ。
そしてそれは成功すれば最も合理的な判断だったといえよう。
そう、成功すれば。
「よう」
突然だった。目の前に人が居た。
曲がり角や物陰から出てきたわけではなく本当に唐突に。
もしただの一般人だったら停まる必要なんてなかった。ただ『払えば』いいだけなのだから。
でも、停まるしかなかった。もとい、本能が身体を停めたのだ。
こいつは危険だ。
そう本能で察知してしまったから。
68 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/20(水) 19:39:50.80 ID:ec6CkCE0 [16/17]
「お前は」「誰だ」
輪唱するように二人の姉弟は言う。
「あ? あんたらもあたしのこと知らないのか?」
まるで知らない事が意外のように。彼女は言う。
あー、ショックだなぁ。有名になったと思ったのになぁ。
と呟く彼女。
隙だらけだった。いつでも殺せるとも思った。しかし根底では殺せるとは思えなかった。
「いいか。耳をかっぽじって、脳髄掻き回して、山芋のように摺り込んで聞きやがれ」
わざわざ自分を指差しながら。
「あたしは人類最強の請負人、哀川潤だ」
シニカルな笑みを浮かべて、その《赤色》は言った。
73 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:26:16.72 ID:iCHe.c.0 [1/3]
6
「いーさんは卑劣ですよ」
七月某日、日曜日。相変わらず人通りのない鴨川公園の片隅のぼくの腕の中でミクちゃんは呟くようにそういった。
そういえば哀川さんはちゃんと依頼を遂行してくれているかなと頭の片隅で思った。
「知ってるよ」
ぼくはそれに応える。
その問いは前にもあった。
「いーさんは卑劣で卑怯で小狡くて小賢しくて、優しいです」
「優しくは、ないよ」
優しくはない。優しかったら、こんなにも人は死なない。
「優しいですよ。現にこうして僕を抱いていてくれる」
「それはきみがぼくの腕の中に倒れてきたからだろ」
櫟ちゃん達との戦闘の後、ぼくの方に倒れこんできたのだ。
ミクちゃんの身体は既に満身創痍だった。
いや、そんなものじゃない。
明らかな致命傷を三つはその身体に受けているのだ。
こうして意識があり、話せるだけでも奇跡だ。
それも、ミクちゃんがアンドロイドなのだからなのだが。
74 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:27:00.88 ID:iCHe.c.0 [2/3]
「でも、こうしてると崩子ちゃんに怒られますよ」
「大丈夫だよ。あの子は浮気を許容してくれるから」
「いーさんと浮気だなんて死んでも嫌ですよ」
そう言って微笑み「でも、死んだら、いいかもしれませんね」
ミクちゃんは独白気味に呟いた。
「なんか肌寒いですね」
「…………」
寒くはない。京都の七月は暑いのだから。
「分かってますよ。僕が死に掛けてることくらい」
いや、この場合は壊れかけてるって言った方が正しいのかな。
自虐するミクちゃん。
「僕はマスターが好きでした。愛しちゃってましたよ。まあ言わば自分が好きなナルシストなわけですが、なんと言われようとも僕はマスターが好きでした」
「翻って、マスターが敵と認識したものは僕にとっても憎むべき敵でしたし。だから《殺し屋》なんてやってられたんですが」
「依頼人なんて知った事ではありません。僕にとってはマスターが全てでした。マスター以外で僕の世界は出来ていませんから」
マスターに対する絶対忠誠心。ぼく如きに忠誠を立てた崩子ちゃんに似ていると思った。
「だからこうしてマスター亡き今。壊することはある意味必然だと思うわけですよ。僕は独りで生きれる程つよくありませんから」
「ぼくがいるじゃないか」
精一杯の抵抗。詭弁だと分かっていたとしても。
ミクちゃんはゆるゆると首を振る。
75 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/24(日) 23:27:44.43 ID:iCHe.c.0 [3/3]
「いーさんを糧に生きるなんて寒気どころか怖気が走りますよ。だからこうしてマスターと一緒に死ぬのが一番良いのです。糸の切れた人形が動くのはそれはただの怪談じゃないですか」
「人形なんかじゃ、ないよ」
最後に縋っていたのかもしれない。生に縋って欲しいと。
でも、
「いや、僕はどうしようもなく人形ですよ。人形で、道具で、凶器ですよ。人間なんてなれるわけでもないのに馬鹿みたいに頑張っちゃって、ピエロそのものじゃないですか」
「…………」
「……もう。何も言って下さらないんですね。残念です」
口ではそうは言ってもミクちゃんはあまり残念そうに見えない。
「さて」
と、ミクちゃんは全てを投棄したように。
「道化師はそろそろ退場の時間です」
全てを放棄した。
「さようならいーさん。そこそこに楽しかったですよ」
ミクちゃんは意地悪そうに。
「いーさん。だいっきらい」
アッカンベー。
と、泣きながら。それでも、
笑いながら。
《人間》初音ミクは、十六年十一ヵ月の生涯を閉塞した。
79 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:33:19.78 ID:BtFz2Yo0 [1/6]
終章 終奏な方々
総てを客観視できるならば。絶対的であることは常に悉く絶望的である。
ということで、ぼくは柔らかいものの上で寝ていた。
いや、エロい意味ではまったくないが。
「最近は病院通いも影を潜めていたと思ってたんですけど。やっぱりお兄ちゃんは病院がお好きなようで」
葡萄の皮をナイフで剥くという芸当をこなしながら崩子ちゃんは言った。手元に置かれた浅い皿には黄緑色の球が犇きあっていた。
柔らかいものというのは別に崩子ちゃんの膝の上とかではなく、順当に清純にベッドの上だ。
つまりここは病院の病室だった。
櫟ちゃんに飛ばされたときに腕だけでなく内臓まで傷めていたそうで、一ヵ月の入院を言い渡された。
「ぼくが病院を好きじゃなく。病院がぼくを好きなんだよ」
適当なことを言うぼく。あながち間違いじゃないかも。
「でしたら嫌われるように努力してください」
「たとえば?」
「道路を渡るときに手をあげたり、一汁一菜を心掛けるとかです」
それは好感の持てる青年だ。
80 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:36:16.85 ID:BtFz2Yo0 [2/6]
「それに、お兄ちゃんがまた危ないことに首を突っ込むのは心配ですよ」
「それは嬉しいよ」
「うっかりその首を叩き斬りたくなるほどに」
なんか崩子ちゃんのキャラ付けがおかしい方向に行っている気がする。
「と、ヤンデレキャラとやらを演じてみました」
「それは誰に植え付けられたんだい?」
「魔女のお姉さんです」
またあいつか。ぼくの崩子ちゃんを誑かしやがって。
「次回はBLの素晴らしさを教える。といってました」
「それは聞かないほうがいい気がする」
ぼくも知らないが、嫌な予感しかしない。
「ふむ、そうですか。知識と教養はあって困るものではないと思うんですけど」
「世の中には知らなくてもいいこともたくさんあるんだよ」
それはおもに七々見の存在とかも含まれるのだろう。
81 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:36:49.12 ID:BtFz2Yo0 [3/6]
「きゃっほーい。いーいー元気にしてたかい? お届けものだぜー。おや、いつぞやのかわいこちゃんもいるじゃない」
扉を開け放ち、クレイジーハイテンション看護士、形梨らぶみさんが侵入(はい)ってきた。
かわいこちゃんて、どこぞの泥棒三世だよ。
崩子ちゃんも、もう慣れたのか(表情は歪んでいるが)ぺこりと頭を下げて「それじゃ、お兄ちゃん。私は行きます」と言った。
「おや、つれないなぁ。お姉さんと遊ばないかい?」
絡み方が不良そのものである。
「それはとても素晴らしい提案ですが少し急用ができましたので遠慮しときます」
句読点も淀みもなく崩子ちゃんは綺麗にスルーパスした。出来るならぼくも帰りたい。
「では、息災と、友愛と、再会を」
言って、崩子ちゃんは剥きかけの葡萄をテーブルの上に置いたまま扉の向こうに消えた。
「うーむ。私って避けられてるのかなぁ」
と嘆息するらぶみさん。会うたびに頬ずりしたりあれしたりこれしたりと、とても倫理的事情により書き下せないことをしていれば避けられて当然である。
82 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:37:17.13 ID:BtFz2Yo0 [4/6]
「ところでお届けものってなんですか?」
落胆していたらぶみさんに聞いた。
「ん? おぉ、すっかりばっちり忘れてたわ。さっきそこでいつかの赤いお姉さんに渡されたんだった」
「……どうも」
来てたのか哀川さん。なんで入ってこなかったんだろう。
渡されたのは便箋だった。何だろうと思って開けてみる。
「…………」
そこには目も眩むような請求額と自分を脇役扱いしたことに対する陳情が書き連ねてあった。
本当は流体力学における最善の折り方で折って、開け放った窓から自由にしたかったが、地獄先生ぬーべーの不幸の手紙さながらに倍々になって増えそうなのでやめて置いた。
83 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:37:50.44 ID:BtFz2Yo0 [5/6]
「ところでいーいー。今日はいつもみたいなクイズはないの?」
「クイズですか。うーん……。いや今日はないですね」
「えー、それじゃ私のいる意味ないじゃん」
うがー。と頭を抱え込むらぶみさん。
といわれても今回は二番煎じですから。
「らぶみさんは信号の『進め』の色をなんと呼びますか?」
なんとなく思いつきで言ってみた。
「ん? 赤じゃないの?」
「いや、聞いたぼくが間違いでした」
正解。というか一般的には青。
ずっと引っ掛かっていたけどそういえば納得できる。
『あの子』は玖渚に似ていたんだと。
後付けられたキャラ設定に普通にデチューンされた肉体。
それはどことなくいつかの玖渚を連想させるものがあった。
「いや、やっぱり似てないか」
「ん?」
「いや、ただの独り言です」
似てない。似てないから彼女は死んだ。
彼女はあそこまで壊れていなかった。だから死んだのだ。
一度死んで。二度死んだ。
さながらあの兄妹のように。
そういえばあの子は最後になんて言ったんだっけ。
あぁそうそう。
『いーさん。だいっきらい』
「ぼくもだよ」
戯言だけどね。
《Machine of Human》is the END.
84 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage] 投稿日:2010/10/25(月) 03:53:40.16 ID:BtFz2Yo0 [6/6]
うしろがき
一応、これにて終了です。
少しインパクトの弱い(かつ強引な)ラストではありますがこれでご容赦ください。
源氏物語を眺めていて、章題の『初音』に過剰反応して書いたのですが、まあこんな感じです
『いーちゃんのキャラが違う!』とか『哀川さんをもっと出せ』とか様々なご意見が飛び交いそうですが、私の力量不足で、なかなか戯言感は出せなかったと思います。
まあ、設定が九ヶ月後なので、また人間的にいーちゃんが成長したと思ってくださると光栄です。
余談、というか蛇足ですが0段落は全て『歌』に関連するものになっています。気付いた方がいらっしゃったら嬉しいです。
最後に西尾維新先生、ヤマハ。そして読んでくださった方々。ありがとうございました。
また縁があったら会いましょう。
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