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鶴屋さん「キョンくんっ、愛してるよっ!」 4

435 名前:都留屋シン[] 投稿日:2010/03/16(火) 19:36:37.18 ID:q2mzJGXr0
それではそろそろ再開したいと思います。

今回は前回それとなく要望があった濡れ場がございますのであらかじめご了承ください。

こちらの準備が完了次第ぼちぼち投稿していきます。それでは約十分後に始めたいと思います。

437 名前:22-1[] 投稿日:2010/03/16(火) 19:45:11.78 ID:q2mzJGXr0

鶴屋さん「あ、あのさっ! キョンくんっ……。
      た、ためしに下の……名前で読んでくれないっかなっ……
      お願いしてもいいにょろ……? そいでよければその後も、
      ずっとそうして欲しいっさっ! ……ダメ、かなっ?」

鶴屋さんが突然妙なことを言い出す。
フルネームでかまいませんか、と言うとジト目で睨まれてしまった。

俺はいい加減ふざけるのをやめた。
鶴屋さんは耳元で囁くように言って欲しいと言う。

その指示に従って俺は鶴屋さんの耳元に口を寄せその名前をささやいた。

キョン「……────っ」

鶴屋さんの頬が真っ赤に染まる。
そして手を顔の前でひっきりなしに交差させると
俺の顔をまともに見れないそのままで叫ぶように言う。

鶴屋さん「や、やっぱいいよっ! い、今のなしなし!
      今まで通りで、それでいっからさっ!
      そんな風に見ないでほしいっさっ……た、頼むよキョンくん……」

俺のニヤニヤ笑いに心底バツが悪そうにした鶴屋さんは言葉尻を上ずらせた。
俺に名前で呼ばれるのはそんなに気恥ずかしいことなのだろうか。

俺も鶴屋さんに名前で呼ばれたら恥ずかしさでこんな風になるのかもしれない。
案外今の呼び名のままでいるのがちょうどいいのかもしれないな。

438 名前:22-2[] 投稿日:2010/03/16(火) 19:49:04.92 ID:q2mzJGXr0

とはいえ鶴屋さんだけが俺の本名を読んでくれるっていうのも非常に特別な感じがして
想像するだけで腰の据わりがゆるくなるのも決して悪い気はしないのだが。

キョン「まぁ、ダーリンよりはマシですよね」

鶴屋さんが信じられないといった表情で俺を見る。
その顔は自分の名前を呼ばれた時以上に真っ赤だった。

この人は顔色をあと何色残してらっしゃるのだろーか。
紅に朱を重ねがけしたような夕日も裸足の強烈な赤を浮かべながら
鶴屋さんは声をなくして押し黙った。

案外こういう、色恋沙汰には疎い人なのかもしれない。
余裕綽々で他人の恋路を応援する人間にはまぁありがちな話だと言える。

ただそれが鶴屋さんに起こるというのはらしくないというか心底意外というか、
あぁこの人も人間だったんだなぁという若干どころか思いっきり失礼な
感慨と安心感を俺に与えるのであった。

そんなニヤつく俺の考えを
いとも容易く見透かした鶴屋さんの視線が痛いくらいに突き刺さる。
うつむき加減はそのままに非難するような視線を俺に向けてくる。

おもちゃにするな、という抗議の視線だった。

だが構うことはない。
今更鶴屋さんに何を見透かされようとどんな不埒をたしなめられようと、
意に介さない自信がある。むしろそうして叱られる立場に居たほうが、
自分がからかっているよりも居心地がいいのだからしょうがない。

439 名前:22-3[] 投稿日:2010/03/16(火) 19:52:38.35 ID:q2mzJGXr0

諦めてください鶴屋さん、
今の俺はレベルカンストのモリアーティ教授より悪趣味です。

俺は鶴屋さんの抗議の視線に明るい笑みを返して応える。
鶴屋さんは呆気に取られたようだった。

次いで睨むような責めるような視線に変わる。
その瞳にはかなりの凄みがあったが俺は意に介さない。

とはいえからかう意思はなく、ただ純粋に、なんとなく。
微笑んでみたかったからそうしただけだ。

さらに疑り深そうな表情に変わった鶴屋さんも、
「しょーがないなっ」と鼻息まじりのため息をついて俺に微笑み返してくれた。

ただそれは俺なんかとは比べ物にならないくらい晴れやかで、
優しくて、輝くような笑顔だった。実際八重歯が輝いていたと思うのだが、
それは光の加減であったと思うことにしよう。

この人の八重歯は自ら発光するんじゃないか、などという超常現象は、
今のところ俺にはどうでもよかったからだ。

ただこの人が笑っていてくれればそれでいい。
それですべてが報われる。一点のくもりもなくそう思える。

俺は、鶴屋さんをぐいっと抱き寄せた。
友達同士でするように、兄妹同士でするように、ぶっきらぼうに、自然に。
鶴屋さんが困ったような恥ずかしがるような表情を浮かべるのもかまわずに。
その額に口づけた。

440 名前:22-4end[] 投稿日:2010/03/16(火) 19:54:46.94 ID:q2mzJGXr0

直後思いっきり鶴屋さんに頭突きをかまされた俺は、
ゆっくりとベンチの下に落下していきながら
こういうバカで漫才じみた喧騒を繰り返し続けるのもまた、
悪くはないと思った。

地面に落ちるその直前に、
怒ったように笑う鶴屋さんのしてやったりといった瞳に目を奪われて。

受身を取ることも忘れた俺は背中を地面にしたたかに打ち付けた。

繰り返す、そんな日々に想いを馳せながら。

叶わないことだと知りながらも。

それでも想いを止めることはできなかった。

441 名前:23-1[] 投稿日:2010/03/16(火) 19:57:50.61 ID:q2mzJGXr0

俺と鶴屋さんは表通りへとつながる並木道を会話をしながら歩いていた。
俺たちは互いの事情のおさらいというか種明かしというか、
説明会のようなものを開いていた。

キョン「電話に出なくなったのはどうしてだったんですか?」

俺の質問に鶴屋さんは言いづらそうに困ったように
「んーっ」とうなると観念したように口を開いた。

鶴屋さん「出なかった、っていうか出られなかった、
      って言ったらキョンくんは信じてくれるかいっ?」

キョン「信じますよ、なんでも。今更疑り合ったって何にもなりませんからね」

鶴屋さん「あははっ、まーねっ。
      そん時にはもう大分キョンくんのことが気になってた、
      って言ったら笑うかいっ!?」

俺の正面に回り込んでズビッと指を突き出す鶴屋さんはどこか焦っているような表情だった。
それはまず間違いなく俺が鶴屋さんを本格的に好きになった時点よりも前のことである。
そうなってくると鶴屋さんはよそうやめようという気持ち半分、
俺の気を引こうという気持ち半分で俺と調査を続けていたことになる。

本当は三日の時点で打ち切ってもよかったそうなのだが、
四日に自転車を取りに来た俺をこっそりとどこかから見ていたらしく
去っていく後ろ姿を見ていると急に名残惜しくなって
翌五日目まで丸一日半悩みに悩んで悩みぬいて
結局六日目に電話をかけてきたらしいのだ。
電話口の様子がおかしかった理由はそういうわけだったのである。

442 名前:23-2[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:03:02.38 ID:q2mzJGXr0

鶴屋さん「そいでさっ、七日目にあーいう失敗をしちゃったわけだけどさっ、
      許して欲しいとは言わないよっ、ただ、ちょっとだけ
      あたしの気持ちもわかってもらえると助かるっさ……
      そう言えた義理じゃないってのは、わかってるんだけどねっ……」

まぁ無理もないというか、あの時点で相当期待する方向へ
針が振れていた鶴屋さんは俺のバカげた冗談に失望と怒り心頭と
なにがしかの安堵を覚えそんな様々なやりきれなさを爆発させて
俺にコーヒーカップを投げつけたそうなのだ。

しかしまぁ、下手をしたらあの時点でエンディングを迎えていたかもしれないと思うと
それはそれで勿体のないことだなぁと思う俺がいた。

なんだかんだで今の今まで状況を引きずりに引きずったことは
決して無駄ではないよな、と、鶴屋さんには悪いと思いながらも
俺はそんな風に思ったのだった。

俺の考えを知ってか知らずか不満と申し訳なさという相反する感情を
同時ににじませる複雑な表情を作りながら鶴屋さんは俺を見る。
なんとも言えない寂しさをたたえた表情だった。

九日にも言った分かって欲しい、の正体はこれだったのだ。
そばに居るのに理解がないのではそばにいる気がしない、
そんなことを訴えかけていたのだ。
とはいえなんとかその理解の壁を乗り越えて今、俺と鶴屋さんはここにいる。
それは確かなことだった。話は十日目のことに移る。

鶴屋さん「あん時すんごいこと言ってくれちゃったよね、
      キョンくんはっ! まったく困った子だったにょろっ」

443 名前:23-3[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:06:29.18 ID:q2mzJGXr0

キョン「なんて言いましたっけ」

俺はわざととぼけて見せる。
鶴屋さんの非難するような視線に構うことなくおどけるように肩をすくめて見せた。

俺に自分から言わせることを諦めた鶴屋さんは
半ば呆れながらも恥ずかしそうに、言いにくさをなんとか堪えながら言う。

鶴屋さん「あー、ほらっ、あたしにさ、なんだっけ……
      ほにゃららを向ける……とか……っ」

キョン「向けましたねぇ、溢れる若さを」

まぁ今もなんですけどね。とは付け足さないでおいた。

鶴屋さん「じゃぁさ、キョンくんは、あたしにそんな風に言われてもへーきなのかいっ!?
      ふつーにしてられるのかいっ!? どーなのさっ!」

俺はえっへんと胸を張り居丈高に構える。

キョン「わりと平──」

そんな冗談を飛ばすまでもなく鶴屋さん渾身のローキックが
俺の弁慶的な泣き所にめり込んだ。

そのままその場に硬直した俺が力なく「全然平気じゃありません……」と言うと
鶴屋さんはぷんすか怒りながらも納得したように両手を組んで頷いてくれたのだった。
二の矢三の矢が飛んで来なかったのは幸運だった。
この場で立ち往生するというのはさすがにあんまりな結末だと思えたからだ。

444 名前:23-4[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:11:24.39 ID:q2mzJGXr0

不意に鶴屋さんの表情が曇る。
先程とは違った意味で言いにくそうな許しをこうような表情に変わる。

鶴屋さん「デパートで遊んだ後でさ、さっきの広場で話したにょろっ……
      いろいろ……あたしが質問したことをさっ、キョンくんは覚えてるっかなっ?
      あん時すっげー困らせちゃったと思うん……だけどさっ……」

口調は軽くとも重たそうに話す。
俺が尋ねられたこと。俺と鶴屋さんの違いについて。
あの時上手く答えられなかった俺は直後に深く後悔した。
もっとしっかりと答えられればよかったと。それはいまだに尾を引いていたのだ。

キョン「あん時は……上手く答えられなくてすいませんでした」

鶴屋さん「いーよいーよっ! 別にあたしが勝手に気にして尋ねたことだかんね……
      ただちょっと……やっぱ違いすぎんのかなーって思って
      がっかりしちゃったんだけどね。キョンくんが悪いんじゃないよっ、
      あたしが勝手にそー思っただけだからさっ、全然、気にしなくてもいいっさっ」

気にしないわけはなく。
質問を終えた時点で俺との残酷なまでの相違と距離感を認識して
ついに気持ちを諦める決心をした鶴屋さんの心はボロボロにすり切れていたのである。

俺はあの時の自分のあまりの不甲斐なさに改めて後悔した。
もっと気の利いたことが言えていたなら。
鶴屋さんほどの知恵のめぐりを以てしてその心の負担を軽くできていたなら。
最終的に戦い合うことはなかったのかもしれない。傷つけあうことはなかったのかもしれない。
そう思うと胸が痛んだ。結局のところ、俺がすべての原因で
状況を悪化させる根源であるという点はいつの時点でもまったく変わらなかったのである。

446 名前:23-5[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:16:06.77 ID:q2mzJGXr0

キョン「鶴屋さん……俺は……わからなかったんですよ。
    あなたをそばに居続けられる理由が。そんなこと、思いもつかなかった。
    最初から、無理だと諦めてたんですよね。だから、そこにあなたは失望した」

鶴屋さんは俺の言葉には何も答えなかった。
ただそれでも、そんな俺をいたわるように優しく微笑んでくれた。

むしろ許されたいのは俺の方だったが、
鶴屋さんはただ理解を示すように笑いかけてくれた。

鶴屋さん「諦めかけてたのはあたしも同じだけどさっ、
      キョンくんは最後には諦めなかったっさっ。
      あたしはとっくに諦めてたのにさ、キョンくんは諦めなかった。
      だからあたしはキョンくんに勝てなかったのさっ、
      あたしはキョンくんと戦う前から、自分自身に負けてたんだかんねっ、
      だからキョンくん、誇っていいにょろっ。自慢していいっさっ。
      あたしにだけは偉そうにしてもいいにょろよっ?」

そう言っていたずらっぽく微笑んだ。
無論俺がそんな風にしないことを見越した上でのことだった。
その予想を裏切ってもいいのだが、それはよそう、などという
ダジャレめいた感想を漏らす前に、俺には言うべき言葉があったのだ。

キョン「鶴屋さん……このまま……帰るつもりですか……?」

鶴屋さんの足が止まる。
どちらが先に言い出すかはわからなかったが、結局は時間の問題だった。
俺は時計の針を少し進めただけ。その理由はたった一つ。
今日はもう十三日。今日を含めて春休みは残すところ二日しかないのだから。

447 名前:23-6[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:18:36.52 ID:q2mzJGXr0

立ち止まった鶴屋さんの方へと振り返る。
鶴屋さんは戸惑うような困ったような表情を浮かべていた。

薄暗がりの中でその頬が何色に染まっているかなど考える必要もなく、
俺も困ったようなカオを作って頭の後ろをかいてみせた。

全身から頑張りました、褒めてくださいオーラを発している俺を
見て吹き出しそうになった鶴屋さんが、笑い声を押し殺した理由はただ一つ。

この雰囲気を壊したくなかったから。茶化したくなかったからだろう。

まっすぐに向き直ったとき、鶴屋さんの表情は穏やかだった。

そしてたった一言、「おっけー!」と言った。

まだ俺が何も言っていないのに、ただ帰るのかどうか尋ねただけなのに、
鶴屋さんはイエスと言った。

それはこのまま帰るという意味なんかでは勿論なく。

言葉の裏のその枠線の外側で意思を通じた俺たちは手を取り合って歩き始めた。

さすがに終電は過ぎていたのでタクシーに乗ることになったのだが、
得意げに万札をピラピラと見せびらかす鶴屋さんに俺は土下座でもってして応えたのだった。

というか平伏というのだろう。背後にまだその辺をうろついていたカップル共が
クスクス笑う声を背負いながら俺と鶴屋さんはタクシーに乗り込んだ。

向かう先は決まっている。鶴屋さんが自宅に戻らないというのなら行き先は一つだけ。

448 名前:23-7end[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:20:42.27 ID:q2mzJGXr0

そこへ向けてタクシーは走る。

俺と鶴屋さんのありとあらゆる感情を乗せて。

健闘を讃えるように鶴屋さんが俺の肩をバシンと叩いた後、
そのままくたっともたれかかってきた。

そのままゆらゆらとゆられながら、何をするでもなく時を過ごす。

まくれあがった鶴屋さんのワンピースの裾を直そうとして指をかけたその時、
手の甲を指先でつねられたのは何を隠そう、



俺がさらにまくりあげようとしたからに他ならないのだった。

449 名前:24-1[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:23:02.37 ID:q2mzJGXr0

俺の自宅の前にやってきた俺と鶴屋さんは妹や両親を起こさないように
静かに鍵を開けこっそりと抜き足差し足で階段を登っていった。
特に妹なんかは同じ二階で眠っているで細心の注意を要した。

息を殺し床が軋むたびにハッとしながらも
なんとか自室にもぐりこんでドアを占めたとき、
俺と鶴屋さんは深い安堵のため息を吐いた。

俺がそのままベッドの上に腰を下ろすとそれにならって鶴屋さんもすぐ隣に腰を下ろした。
そしてそのままゴロンと横になると毛布や掛け布団を巻き込んでゴロゴロと転がり始めた。

器用に音を立てることなく布団を巻き込み終えた鶴屋さんは
その中からピョコンと顔だけを出した。なんとも、奇妙な光景だった。

たしか以前シャミセンがこんな感じでコーンフレークかなんかの
空き箱にもぐりこもうとしていたが、鶴屋さんにも似たような習性があるのかもしれない。

というのは俺の冗談なのだが、とにもかくにも鶴屋さんは俺の布団の中で
なにやらもぞもぞと動くばかりで一向に出てくる気配がない。

俺は怪訝に思い布団をまくって様子を伺おうとしたのだが、
まくったそこに当たり前のように鶴屋さんのおしりがあったので即座に閉じておいた。

別に裸だったというわけではなかったのだが
ワンピースが思いっきりまくれあがっていたのでさすがにこれはまずいと思ったんである。

俺がなんとも居心地悪く宙を仰いでいると背後から突然鶴屋さんが抱きついてきた。
いつの間にか布団の海から脱出していた鶴屋さんは
俺の耳元に唇を寄せて囁くように語りかけてくる。

450 名前:24-2[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:26:36.61 ID:q2mzJGXr0

鶴屋さん「キョンくん……? たしかイケないものをー、見たんじゃあないのかなっ?
      どーなのさっ? ね、キョンくん。さっさとはくじょーしたほーが身のためにょろっ!」

そう言ってがっちり俺の首をホールドしたまま髪の毛をワシャワシャとかき乱してくる。

キョン「ちょ、鶴屋さん、ダメです、妹とかが起きます、
    起きたら、それはもうまずいことですよっ」

鶴屋さん「んーっ? そんなことでお茶をにごそうとしてもダメさっ、さぁっ、
      何を見たのか白状するっさっ! じゃないと開放してあげないよっ!
      うりゃうりゃうりゃっ!」

俺が抗議の声を上げようとするのもかまわずに鶴屋さんは
背後から鼻先や口元をつついてきて俺の耳元でいたずらっぽく笑う。
そうして俺は特に何の意味もなく蜂の巣にされていた。

鶴屋さんはどうやら俺に触りたいだけらしい。
「えいさっ!」だの「とりゃさっ!」だのよくわからない掛け声と共に俺の顔中をつっつき回す。
若干迷惑に感じてきたおれは先程の仕返しもあって
悪戯小僧ならぬ悪戯少女となった鶴屋さんに向き直って言い放つ。

キョン「正直言って、若干鬱陶し──」

鶴屋さん「やぁっ!」

キョン「──ぶぼほっっ!」

はずだったのだが目にも留まらぬ素早さで両頬を思いっきり両手で挟み込まれ
そのままホールドされてしまった。変形した顔面がひじょーに痛い。若干爪が食い込んでくる。

451 名前:24-3[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:29:32.18 ID:q2mzJGXr0

キョン「ひはひへふほへんはい(ひどいですよ先輩)」

鶴屋さん「キョンくんはっ、そーいうこと言っちゃだめにょろっ!」

ひどい言い草である。
つい一時間ほど前まで散々俺の精神と神経を痛めつけておいて
何をおっしゃるのだろうかこの傍若無人娘さんは。

キョン「ひふんはっへはっひはひっへははひへふは
    (自分だってさっきは言ってたじゃないですか)」

俺はタコチューの口のまま抗議するもまったくもって聞き入れてもらえなかった。

鶴屋さん「そーだけど、そーだけどさっ……キョンくんは言っちゃだめ!
      ダメったらだめさっ! とにかくだーめーにょーろっ!」

発言に後悔をにじませながらもそれより俺の口から
そのワードが出ることを阻止する方が先決らしい。
鶴屋さんは駄々っ子のように俺の口からその言葉が飛び出すことを妨げていた。

あからさまにわがままを押し通そうとする鶴屋さんの表情は本当に子供のようだった。

そうしてすっかり童心に返った鶴屋さんは全身全霊体当たりでもってして
俺に甘えてくれていた。
そのどうしようもない甘ったるさに内心悪い気がしなかった俺は
鶴屋さんをたしなめようとは思わなかった。

鶴屋さんの手をなんとか振りほどき
俺はわざと不機嫌そうに表情を作ってぶっきらぼうに言う。

452 名前:24-4[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:32:36.32 ID:q2mzJGXr0

キョン「まーいーですよ、どーせ俺は鶴屋さんのていのいいおもちゃですからねっ」

子供っぽい鶴屋さんがたまらなくキュートだったからということだけではなく、
そうさせ続けることで今以上に鶴屋さんが俺のことを身近に感じてくれたらいいなあという
セコいんだかバカげてるんだかわからない淡い下心を抱いていたからだ。

キョン「ただ爪を食い込ませるのだけはやめていただきたいんですが?」

そう言うと鶴屋さんは「にししっ♪」と否定も肯定もしない
嬉しそうな笑みを返事の代わりにしたのだった。

要はこのどついたりはたいたりというのは素直にべたべたと触れない鶴屋さん流の
愛情表現みたいなもので、時々飛んでくるパンチやキックも
決して俺をサンドバッグ代わりにしているわけではなく──

鶴屋さん「ほいさっ!」

そう思った次の瞬間元気で控えめな掛け声とともに放たれた右ストレートが
みぞおち付近にめり込んで俺は「かふっ」という奇妙なうめき声をあげながら
ベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。

倒れ込んだ俺の腹の上に鶴屋さんがボディプレスをかまし、
というか飛び上がってのしかかってきた。

妹とは違ってしっかりすっかり高校生の鶴屋さんがいくら細身でスレンダーで
スリーサイズの一番上がな行で始まろうとも、
それがトップなのかアンダーなのかはさておきそこはそれなりの体重があるわけで、
横隔膜が痙攣しているところにたたみかけるように
追い打ちをかけられたのだからたまったもんではない。

454 名前:24-5[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:35:41.94 ID:q2mzJGXr0

一瞬意識が遠のきかけた。
酸欠と呼吸困難による意識不明。危うくそうなるところだった。

それでも大して音をたてるでもない器用奇天烈な鶴屋さんは
俺の腹の上でしばらくもぞもぞと動いた後、
死にそうに呻く俺の顔の隣に手をついてまっすぐに見下ろしてきた。

鶴屋さん「さて……キョンくん、あたしをここに連れてきたんだから、
      とーぜん、こーいうことを考えてたんだよねっ?
      いけない子だなー、キョンくんはっ、ほんとにねっ!」

そう言って笑う鶴屋さんの表情はなんとも艶っぽく、
艶美というか妖艶というか、見たことがないくらいに扇情的だった。

事実そんな表情の鶴屋さんを見たことは一度限りもないわけで、
いつもの元気いっぱいでハキハキした表情や困った顔や
ケラケラと大笑いしている姿からは想像もつかないくらい女らしい鶴屋さんがそこにいた。
女性、というかもうほとんどネコ科の動物みたいだったが。

これはもう狩人の目だ。獲物はどこだ。どこだろうな。見当たらないのが残念である。

俺のそんなとぼけた態度を意にも介さず鶴屋さんは囁くように呟いた。

鶴屋さん「キョンくん……まだみくる達のことが気にかかるかいっ……?」

そう言って意地悪く笑う鶴屋さんの猫撫で声に
若干どころでは済まない戦慄を覚えながらも俺は問われるままを正直に答える。

キョン「えぇ、まぁ、すこ……し……は……」

455 名前:24-6[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:38:33.21 ID:q2mzJGXr0

ぶっちゃけそれが俺の本音である。
男の本音と言い換えてもいいだろう。

こうして鶴屋さんに押し倒されながらも今の未だに
朝比奈さんの愛らしい表情が忘れられない俺の胸の内を白日にさらして
鶴屋さんは納得したように俺を見下ろす。

しかしてそれが鶴屋さんの意をくじくわけもなく、
より一層勢いを盛り立てる結果になったのは言うまでもなく。

鶴屋さん「じゃぁっ、さっ……キョンくんが……
      他の子のことなんかほんの一瞬も考えらんなくなるくらい、
      あ・た・し・が! めちゃくちゃにしてあげるかんねっ!
      覚悟しておくっさ……いいね、キョンくんっ……?」

そう言い放つ鶴屋さんの目は俺を捉えて離さず完全に据わっていた。
息は荒く獲物を狩る直前の猛禽類のような、
今まさにご馳走にむしゃぶりつかんとする百獣の王者や深緑の覇者よろしく
辛抱たまらんといった艶っぽい表情を浮かべている。

タガが外れた鶴屋さんを俺なんかが制せようはずもなく。
鶴屋さんはあり得ないくらい積極的で獰猛だった。
手に入るはずがないと思っていた宝を前にして愉悦に打ち震えているようだった。
一方俺はまな板の上の鯉ならぬ皿の上のビフテキだったわけで、
憐れなすすべのない獲物はせめて完食されることを祈るのみだった。

キョン「あの……お手柔らかにお願いします……」

鶴屋さん「そーれーはっ、無理な相談ってもんさねっ!」

457 名前:24-7end[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:41:27.74 ID:q2mzJGXr0

その後がどれだけめちゃくちゃなことになったかは推して知るべし。
ただ大変だったとだけは言っておきたい。

そして誰が思いいたるまでもなく、
皿ごと平らげられたのは言うまでもない。

俺の名誉なんてものはそこにはまるでなかったのだった。







next 不能迷探偵キョン へ続く

459 名前:25-1[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:45:52.54 ID:q2mzJGXr0

都合三回は操を奪われたと思うのだが
鶴屋さんが休もうとするかというと全然そんなことはなかった。

既に十二割方グロッキーであった俺はオーバーした二割分の体力が
いったいどこから捻り出されてされているのか不思議に思いながらも
なんとか屹立していた。

ここでやれねば男が立たん、とまでは思いはしなかったものの
そうした俺の覚悟を箸にも棒にもかけるでもない鶴屋さんから
当然のように再戦を要求された。

「いや、もう勘弁してください」と言った瞬間強烈な空手チョップを眉間にくらった俺は
さらに一割ほど体力をオーバーロスして次のゲインまでにいったい何回くらい
余計に死ぬんだろうかと心配しながらも命令されるままに要求に応えた。

そうした中でも耳に聞こえる鶴屋さんの声はなんとも心地よく、
俺の体力を一時的かつ限界以上に引き上げるには十分であった。

何度も耳元で名前を呼ばれた。
残念なことに俺は自分の仕事にかかりっきりで呼び返すことはできなかったのだが、
それでも鶴屋さんは俺に不満を抱いてはいなかったようで満ち足りた笑みを浮かべていた。

上か下かは関係なく、鶴屋さんは満足しているようだった。
ただ俺とつながっているこの瞬間に、幸せを見出してくれているようだった。

鶴屋さん「キョンっ、くんはっ、どうにょろっ……? 気持ちいいっ、……かいっ、……?」

とぎれとぎれに俺を気遣うように尋ねながらも、
やはり答えは必要ないといった表情だった。

461 名前:25-2end[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:48:02.73 ID:q2mzJGXr0

聞かなくてもわかる、そう目で言っていた。

ただそれでもやはり口に出してしまうのは、
一つでも多くの器官でつながりを持っていたいという、
本能的なわがままというか、欲求なのだろう。

それは俺としても同じことで、
なんとか言葉を返したいという想いと共に別のものも高まっていく。

たった一言、肯定の意味を込めて鶴屋さんの名前を呼ぶ。
鶴屋さんは目を細めて嬉しがっていた。

最後に一回奥に触れ、思いのたけを出しきった俺は強烈な睡魔に襲われた。
そのまま気を失いかけた。

鶴屋さん「ありがとっさ……キョンくんっ……」

そう呼ぶ鶴屋さんの声が耳をくすぐって、俺はなんとか意識を保った。

微笑みかけてくれる鶴屋さんに同じようにそうしていると、朝まで眠ることはなく。


抱き合ったままでいられたのだった。

462 名前:26-1[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:52:31.74 ID:q2mzJGXr0

早朝までは起きていられたものの、その後見事に
爆睡した俺と鶴屋さんが目覚めた頃には時刻は既に正午を過ぎようとしていた。

慌てて服を着た俺と鶴屋さんは妹や両親に見つからないよう再びこそこそと
様子を伺いながら俺の自宅を後にした。
幸いにして家人もとい妹と両親は出払っていて、
全く存在の気配もなかったので俺は胸をほっとなでおろした。

まぁそれでも昨夜は少しと言わずに騒ぎ過ぎた感があったので
感づかれてやしないだろうなと不安にはなるのだが、
そん時はそん時で観念するしかない。

せめて相手が誰かくらいは秘密にしておきたいのでこそこそしていた次第である。

俺と鶴屋さんは家の前の坂道を下っていった。
鶴屋さんは手ぐしで乱れた髪の毛を直している。
長さが長さなので本当ならシャンプーの一つもしたいところだろうに。

少し心配になったのだがふるふると二三度首を振っただけで鶴屋さんの髪の毛は
何の手入れもしていないとは思えないくらいしなやかに風を切った。

さらりと流れた髪の毛にはキューティクルが整いその元々の質の高さを伺わせた。
さりげなくそうした鶴屋さんは見惚れる俺に気づいて不思議そうな表情をした後、

鶴屋さん「なになにっ、なんか面白いもんでも見っけたのかなっ?」

と興味津々に笑って俺の顔をのぞき込んだ。「えぇまぁ」と生返事をしながら
内心「ふーむ」と唸った俺の感心を余所に興味の対象その人は嬉しそうに笑っている。
どうやら俺の返事を待っているらしい。

463 名前:26-2[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:54:45.09 ID:q2mzJGXr0

まぁごまかしても意味のないことなので俺は正直に話すことにした。

キョン「鶴屋さんの髪がですね」

鶴屋さん「えっ!? ね、寝癖とかついてるのかいっ……?
      や、やだなキョンくん、気づいてるなら早く言っておくれよっ、
      後ろの方っかな、ちょっち直してもらってもいいかい? この辺とか、どうかなっ?」

鶴屋さんは俺の言葉をすべて聞かずに早とちりしたまま
うなじに手を添えて髪の毛を持ち上げる。

そのまま不安そうに俺の方をチラチラと横目に伺ってくる。
誤解させてしまって悪い気はしたのだが、
せっかく鶴屋さんが触ってもいいと言ってくれているのだから
ここは素直に触らせてもらおう。

背後から鶴屋さんの髪の毛に手を添えスッと軽くなぜる。
それは驚くほど艶やかだった。

力を入れれば吸いついてくるし、力を抜けばすっと馴染んだ。
まったく跳ねてなどはいなかったのだが、
一応は寝癖を直すような振りはしておかなくてはならない。

頭頂部からなでおろすように数回、人差し指と中指の間に髪を挟んで指櫛でといていく。

そうやっているとなんだか猫の毛づくろいをしているような気になってきた。
鶴屋さんの方も頭皮を撫でられるのは気持ちがいいらしい。
ゴロゴロとは言わなかったが、少しくすぐったそうに首をすぼめたり頭を振ったりしている。
そのたびにふわりと舞った髪の毛が俺の肌をくすぐった。

464 名前:26-3[] 投稿日:2010/03/16(火) 20:57:58.58 ID:q2mzJGXr0

なんとも言えない感慨にふけっているといつの間にか
両手で鶴屋さんの髪の毛を束ねてポニーテールを作っていた俺は
ハッと気づいて手を引っ込めた。

しかし時既に遅く、俺が決して寝癖を直しているわけではないことに気づいて
振り返った鶴屋さんが冷ややかな眼差しを投げかけてくる。

俺が居心地悪さに苦笑いしていると鶴屋さんの表情がニヤリと悪意に満ちた笑みに変わった。

あからさまに何かを企んでいた。
そして、今から俺がその犠牲になるから覚悟しておけ、と心の準備を促すものだった。

おおよそ何をされるかは見当がついていたのだが
その被害規模までは予測がつかなかった。

当然の如く、俺の甘い見通しと赦免への期待は粉々に打ち砕かれた。

坂の上に駆け上がって慎重差を埋めた鶴屋さんは
背後から俺にアイアンクローをかますとわしゃわしゃと髪の毛をもみくちゃにし始めた。
揺れる視界の中で為す術のなかった俺が開放された頃には
すっかり静電気が蓄えられてビロビロに伸び上がった髪の毛が爆発ヘアーを形作っていた。

触るたびにへなへなとちぢれる哀れな犠牲者達に
涙を捧げるまでもなく鶴屋さんの得意満面な笑みが視界いっぱいに広がった。

鶴屋さん「そんなにポニーテールにしてほしーんだったらさっ!
      ふつーに頼めばいいにょろっ! 
      キョンくんっ、あたしの髪の毛で遊ぶのは禁止だよっ!
      じゃないともー触らせてあげないっさっ」

466 名前:26-4[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:00:51.22 ID:q2mzJGXr0

たしか俺は髪の毛を直して欲しいと頼まれていたハズなのだが、
いつの間にか俺から触っていたことになっているのはさておき、
つまり正面から堂々と頼めば鶴屋さんはポニーテールにしてくれると言うことなのだろうか。

俺の期待はいやが上にも高まってくる。
そんなわけで、正面玄関から堂々と闖入の許可を得た俺は
まったく何の遠慮もなく不躾に言い放つのだった。

キョン「すいませんでした、どうかポニーテールにしてくださいっ!」

些かの淀みも逡巡もプライドも感慨もなく底抜けに
あっけらかんと言い放った俺の表情のあまりの清々しさに呆気に取られたのか
鶴屋さんはポカンと口を開けたまま固まってしまった。

それでも数拍もすれば顔を伏せて口元に指の背を添えてクスクスと笑い出す。

まぁなんというか、俺にも少しは笑えるところがあるんだなと安心するところではあった。

何の面白みもないとすぐに飽きられてしまうかもしれないからなと
勝手に安堵していると鶴屋さんのグーパンが飛んできた。
幸い鼻先で急停止したので顔面が変形することはまぬがれた。

何を思って拳を突き出したのかはわからないが、要は調子に乗るなという牽制だろう。
そう思って拳の影から向こうを覗くとやはり鶴屋さんは笑っているのだった。

それでも俺がこうして時々おいたをすれば容赦なくお仕置きするぞっ、という意思が見て取れた。

それはもう、御自由に。
そういう意味を込めて俺は肩をすくめてみせる。

467 名前:26-5[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:03:02.54 ID:q2mzJGXr0

叩かれても蹴られても構いませんよ、と表情で語ると
鶴屋さんも手強い敵でも見るかのように顎に手を添えて「ふーんっ」と唸った。

やがて何かを思いついたのだろう。
クスクス笑いをした後俺に向き直って何かを訴えかけるような視線を投げかけてくる。
決して悪い気はしないながらも嫌な予感を背筋に感じ取っていた俺は
無意識のうちに、とっさに腰ポケットに入った財布をかばっていた。

そこまでわかっているのなら、と言いたげな表情で
イタズラ心を満開にした鶴屋さんは、

鶴屋さん「アイス買ってほしいにょろっ♪」

と目いっぱい可愛らしい作り笑顔を浮かべたのだった。

キョン「この季節にアイスですか……微妙に寒くないですか?」

鶴屋さん「ううん、平気にょろっ。だってキョンくんが食べんだかんねっ」

両手で顔を覆いその場に崩れ落ちたくなった俺は
うんともかんとも動けないままに両手を力なくだらと垂らして口を開けたまま宙を仰いだ。

顎の下から鶴屋さんの悪意に満ちた笑い声が聞こえてくる。

さすがこの人は人の弱点を突くすべを心得ていらっしゃる。

鉄拳制裁ならぬ経済制裁によって、哀れ俺の手綱は完全に鶴屋さんのものとなったのである。

まぁこうしているのも悪くはないと言える。そういう気持ちが俺の中にはあった。

468 名前:26-6end[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:05:54.64 ID:q2mzJGXr0

鶴屋さん「それじゃ、ちゃっちゃか遊びに出かけるよっ!
      時間は待っちゃくれないんだかんねっ!
      さぁ行くよキョンくんっ! いっち、にぃっ、さんっ、さーーー!」

キョン「さっ、さーーー……さー?」

なんだか微妙に気合いの入らない掛け声を上げならも
元気いっぱいに坂道を下っていく鶴屋さん。

俺もなんとか置いていかれないようについて走る。


今は十三日の多分二時くらい。

春休み終了まで、あと一日半しかないのだった。

469 名前:27-1[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:09:03.09 ID:q2mzJGXr0

俺と鶴屋さんは市街の公園というか広場のベンチに座って
コンビニで買ってきた棒アイスを片手に休憩していた。

ここに来るまで度々ダッシュを強要されて火照った身体には心地いいものだった。

先程自分は食べないと言っていた鶴屋さんも
何食わぬ顔で堂々と棒アイスに口をつけている。

舌先で棒アイスを控えめに舐める姿を横目に、
さて一つ不埒な妄想にでも浸ろうかと思ったところで
おもむろに大口を開けた鶴屋さんがバクリとアイスを噛みちぎった。

決して春先にアイスを食べたからではない寒気を背筋に感じて
俺は股の間がきゅっと引き締まる思いだった。

そんな俺を横目に見る鶴屋さんの視線が痛い。
やれやれと言いたげな表情を作ってから再びアイスに夢中になる。

やはり俺の考えなどはお見通しであるらしい。
というか微妙に誘導されているような気がするのは気のせいというか考え過ぎだろうか。

すっかり身体が冷えてしまい食欲までなくした俺は鶴屋さんに自分の棒アイスを差し出した。

キョン「これ、食べていいですよ、なんだか急に食欲がなくなっちまいまして……」

俺の差し出す棒アイスを見て「ふむっ」と小さく相槌を挟んだ鶴屋さんは
次いで何か面白いことでも思いついたような企むような表情に変わった。

鶴屋さん「なんだい、キョンくんっ? あたしに間接キスでもさせようっていうのかなっ?」

471 名前:27-2[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:11:53.96 ID:q2mzJGXr0

そう言って小首をかしげながらいたずらっぽく微笑む鶴屋さんに俺は返す言葉がなかった。

決してそんなことはまったくこれっぽっちも企んでなどいなかった俺は
慌てて自分を弁護しようとしたのだが、俺が口を開きかけたところで
いきなり鶴屋さんの棒アイスを無理やり口につっこまれた。

キョン「おふんっ────」

間抜けなうめき声を上げて俺は思わず口元を抑えた。

鶴屋さん「はいっ! どーぞっ! 
      そんなに食べたいならそー言えばよかったのにさっ! にひひ♪」

そう言って鶴屋さんは俺のアイスに口をつける。

突っ込まれた棒アイスが口の中に思いっきり命中していた俺は
アイスの甘ったるさよりも上顎の痛みに悶絶していた。

鶴屋さんはと言うと「そんなに喜ばれると照れるっさ~♪」などと
鼻歌混じりにニヤニヤ笑いを浮かべながら俺の肩をバシバシと叩いてくる。

完全にいじめっ子モードに入った鶴屋さんを止める方法はなく、
涙目の俺に棒アイスを事故かわざとか鼻先につっこんだりしながら
鶴屋さんは元気いっぱいにケラケラと笑っていた。

472 名前:27-3[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:15:15.04 ID:q2mzJGXr0

結局二本とも棒アイスを始末することになった俺は口一杯に広がる甘ったるさが
上顎に染みるのを我慢しつつなんとかすべてをなめきった。

俺の食べっぷりを横から観察していた鶴屋さんはしれっとした顔で
「おいしかったかなっ?」などと小首をかしげて上目遣いに訪ねてくる。

えぇ、そりゃぁもう美味しかったですとも。おかげさまで。

鶴屋さん「どの辺のフレーバーがよかったのかな?」

キョン「ここらへんですね、間違いなく」

そう言って俺は鶴屋さんの口元らへんを指差した。
鶴屋さんは俺の人差し指をしげしげと眺めながら「ほほーうっ!」と唸ってみせたかと思うと
突然俺の人差し指に噛みこうとした。

間一髪難を逃れた俺の人差し指を鶴屋さんは物欲しそうに見つめてくる。
いや、これは食べ物じゃありませんから。俺の指ですからマジで。

鶴屋さん「ここらへんっていうから味見してみよっかと思ってねっ。
      心配しなくてもほんとに食べたりしないってっ」

キョン「それなら昨夜さんざんなめまわしたじゃないで────」

473 名前:27-3-2[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:17:28.13 ID:q2mzJGXr0

突然鶴屋さんの人差し指が俺の口の中につっこまれた。
目にも留まらぬ早業で俺の舌をホールドし
鶴屋さんは反対側の人差し指を立ててちっちっと振ると、

鶴屋さん「キョンくん、そういう冗談はぁ、
      公共の場で言うもんじゃーないよねっ? わかるにょろっ!」

そう言って俺をたしなめた。



476 名前:27-4[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:19:44.85 ID:q2mzJGXr0

俺が力なくあうあうと下顎を震わせると納得したようで人差し指を引っ込めた。
そして何のためらいもなく俺の口につっこんだ人差し指を口に含むのだった。

俺は目眩がしそうになるのをなんとか堪えながら弱々しく鶴屋さんに尋ねる。

キョン「それ、美味いんですか……?」

鶴屋さん「まーまーかなっ」

そう言ってちゅぱっと音を立てながら人差し指を引き抜きちっちと振って
何事もなかったようにケロッとしている鶴屋さんを見ていると
こうして一喜一憂している自分が馬鹿らしくなってきた。

鶴屋さん「昨夜で思い出したんだけどさっ、広場でさ、キョンくん呼んでくれたよねっ。
      あたしの名前をさっ。親とかにしか呼ばれることないから
      時々わすれそーになるんだよねっ!
      自分の名前なのにおっかしーよねっ、にゃははっ♪」

キョン「そう言うなら俺だってそうですよ。
    俺の場合親も妹も知り合いの誰も呼んでくれないんで
    もうあってないような感じというかテストの答案用紙にしか書きませんからね。
    社会保障番号とほとんど変わらない感覚になってます」

鶴屋さんは「ふーんっ」と言ってしばらくキョロキョロと視線を動かした後、

鶴屋さん「じゃぁさっ、あたしがキョンくんのことを名前で呼んであげるっさ!
      まー、二人っきりのときだけだけどねっ! ……いいにょろ?」

俺の内心を伺うように俺の顔を覗き込んできた。

479 名前:27-5[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:21:59.45 ID:q2mzJGXr0

鶴屋さんは昨夜自分が呼ばれたときは気恥ずかしさで相当うろたえていた。

俺にもそういうところがあると思っているのか真剣に尋ねてくれているらしい。

キョン「いいですよ、ていうか、そっちの方が、俺としてはありがたいんで」

俺の許しを得て鶴屋さんの表情がぱぁっと明るくなる。
そしてしきりにガッツポーズを取ると俺に向き直ってビシリと指を突き出してきた。

それが危うく俺の顔面に命中しそうになる。
この人はいつか思いっきり突き指をするかもしれないな。
その時に備えて注意深く見守っておこう。うん。

鶴屋さん「じゃぁ、いくよ、せーのっ!
      ────って……キョンくんのお名前……なんだっけ……?」

俺はその場で盛大にひっくり返りそうになってしまった。

キョン「し、知らないのに呼ぼうとしてたんですか……
    ていうか、知らなかったんですか……」

鶴屋さん「ご、ごめんにょろ……自分でも気付かなくってさ……面目ないっさ……」

あんまりというにはあんまりな話ではあるが、まぁ仕方がないっちゃ仕方がない話ではある。

別段鶴屋さんに限った話ではなくいつの間にか周囲の誰もが忘れている、
それが俺の名前が持つ特性である。

もう今更何の感慨もわかない。俺もタフになったもんである。

480 名前:27-6[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:25:09.08 ID:q2mzJGXr0

鶴屋さん「昨日はあんだけ散々あたしのこと何知ってるんだっ、とか
      偉そうに言っておきながらさっ……
      あたしだってキョンくんのこと何にも知らなかったんだね……
      あはは……ごめんよっ……」

そう言ってふさぎ込みかける鶴屋さんのおでこを軽く指先で弾いて、
俺は少しだけ怒るような顔を作った。
鶴屋さんは額を押さえて少しだけ目尻に涙を浮かべながら俺を見上げる。

俺のデコピンが痛かったわけではないだろう。
どうやら純粋に自分の言ったことを後悔してくれているらしい。

そうして鶴屋さんは俺に助けを求めるような視線を送ってきた。

言いっこなし。その一言を込めて俺は軽く頬を吊り上げてみせた。

鶴屋さんは一瞬戸惑ったあと、俺の意図を察したのだろう。
恥ずかしそうに微笑み返してくれた。

鶴屋さん「それじゃぁ……あの、
      お、お名前を教えていただいても、いっかなっ……?」

キョン「いいですよ、それじゃぁ、少し耳を貸してください」

こういう言外のコミュニケーションが成立するのも鶴屋さんの勘の鋭さがあってのものだなと
感じ入りながら俺は鶴屋さんの耳元に口を寄せて自分の名前をそっと耳打ちした。漢字の方も忘れずに。
誰が聞いているというわけでもないと思うのだが、なんとなくそうした方がいいような気がした。
なぜかはわからない。おそらく永遠に。

481 名前:27-7[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:27:34.48 ID:q2mzJGXr0

俺の本名を聞いて意外そうな顔をした鶴屋さんは楽しそうに笑いなが言う。

鶴屋さん「へぇーっ、かっけー名前じゃんっ!
      なんとなく壮大で高貴な感じがするところがいいねっ」

なぜに俺の名前を聞いた人たちは皆一様にこういう反応をするのだろう。

不思議には思うものの一応は褒められているのだから何も言わずに納得しておこう。

そう自分に言い聞かせ何気なく向き直ると
鶴屋さんは何やら考え込むような表情になって視線を宙に漂わせていた。
なにやらつぶやくように唇を動かしている。何を考えてらっしゃるのだろうか。

鶴屋さん「うんっ! いいお名前だねっ、見栄えもばっちしさっ!」

キョン「何がばっちしなんですか?」

鶴屋さん「キョンくんの名前がうちの名字と合────」

そこまで言ってから鶴屋さんははっと我に返ったようで、
なんとも複雑な表情を浮かべながらゆっくりと俺の方へと向き直った。

笑っているような困っているような、泣き笑いにも似た表情を浮かべて苦笑している。
俺は意識して表情を作るでもなく、素直に自分の心情を浮かべた。

俺の困ったような笑みに何を見出したのか、鶴屋さんはそのまま顔を伏せてバタバタと悶え始めた。
もっと違うカオをしてもよかったのだが、嬉しさ半分恥ずかしさ半分で表情を作ってもどうせ
ギコチないニヤケ面になるのが関の山である。人間素直が一番だ。
まぁ今の鶴屋さんほど素直になってしまうとこういう墓穴を掘るハメになるのだが。

482 名前:27-8[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:32:00.61 ID:q2mzJGXr0

そんなことを思っているとおもむろに立ち上がった鶴屋さんが
両手で頭を抱えたままその場でぐるぐると回転を始めた。
何事にも豪快でスケールのでかい鶴屋さんは墓穴の堀り方も
そのリアクションもまた盛大なのだった。

ひとしきりぐるぐるとまわり終えて目が回ったらしい鶴屋さんは
そのままよたよたと後退り俺の膝の上に座り込んだ。

半ば確信的なもくろみを感じるものの
ここは鶴屋さんを立てて抗議の声はあげないでおく。
あまりにも堂々とした腰掛けっぷりに先程の失敗さえ
このための布石だったのではないかと思えるほどの見事な収まりっぷりに
俺は感嘆の呻き声を上げるのだった。

俺の胸元に後頭部をぐりぐりとこすりつけた鶴屋さんはそのままの姿勢で俺に話しかける。

鶴屋さん「ねっ、キョンくん。そーいやまだ言ってなかったんだけどさ。
      三日目のときにキョンくんに薬盛ったって言ったけど、
      あれ嘘だったんだよね」

なんですと? それじゃ俺はふつーに爆睡したってことですか。マジですか。

鶴屋さん「うんにゃっ、いちおー入れたには入れたんだけどね。
      薬じゃなくてお酒だったにょろ。
      それも大した量じゃなかったからさっ、
      あんなすぐにぶっ倒れるとは思わなくて驚いたさっ。
      そーいやあの時バタバタしてたから
      そのせーじゃないかなーって後で思ったにょろっ」

484 名前:27-9[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:35:26.92 ID:q2mzJGXr0

食事を終えた直後俺は不作法にも奥の戸を開いて廊下の向こう側を覗いたのだった。

薄暗い廊下の向こうを見つめながらホラーな映画のワンシーンを
思い出している真っ最中に鶴屋さんに発見されて悲鳴こそあげなかったものの
心臓が飛び出すかと思うくらい大げさに驚いた。

その後ほうほうの体で部屋に逃げ戻ったりあの時の俺の心臓は
激しく動悸を打っていたんじゃないだろうか。いや確実にそうなんである。

しかしなぜに鶴屋さん、あなたは俺の食事に酒を……。

鶴屋さん「やーっ、キョンくんが緊張してるみたいだったからさっ、
     ちょっとだけ酔わせたら話もし易くなっかなーって、
     まーほんとにそれだけだったんだよねーっ。ごめんにょろっ」

つまりは結局俺は自分自身の不躾と不作法と間抜けなリアクションによって
ものの見事に昏倒したわけである。
目も当てられないとは正にこのことだ。

鶴屋さんがこの話を顔を突き合わせずに話したのは
どうやら俺が顔を見られたくないだろうということを察してのことだったらしい。

ということは先程から続く一連の流れはすべてこのための伏線だったのだろうか?
いや、そうは思えないくらい恥ずかしがっていたような、いや、今は鶴屋さんのことじゃなく
俺自身の失敗が問題なのであって、というかもう何がなにやらわけがわからん。

俺の頭脳は思考と慚愧の狭間で揺れに揺れた挙句にオーバーフローして
ものの見事にショートしたのだった。
そんな俺の痴態を責めるでも慰めるでもなく鶴屋さんは言葉を続ける。

485 名前:27-10[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:38:28.00 ID:q2mzJGXr0

鶴屋さん「そいでさっ、キョンくんが寝ちゃったからどーしよーかと思ってたらね。
      そのままなんとなく寝顔を観察してたのさ」

俺はどんなアホ面をさらしていたのだろう。
だらしなく床にツバを垂らしたりしなかっただろうな……。
いまいち思い出せん。

鶴屋さん「そいで床に寝かせとくのもいたそーだったから膝枕したにょろ」

なんつーか。すいません、ほんとに。面目次第もございません。

鶴屋さん「あははっ、気にしないでいーさっ。
      飲ませたのはあたしなんだからさっ、キョンくんは被害者だよ。
      全部あたしが悪いのさっ」

キョン「や、そんなことはないと思いますよ。すくなくとも全部ってことは……」

鶴屋さん「んーん、全部だよ。キョンくんを膝の上で寝かせてたらさ、
      うちで文化祭の映画を撮影したときのことを思い出したにょろ。
      あん時は調子に乗りすぎてさ……迷惑かけちゃったからねっ、
      今でも忘れられないっさ」

文化祭の映画のワンシーン、古泉と朝比奈さんの濡れ場を撮ろうとしたハルヒが
鶴屋さんに酒を盛るよう頼んだんだったな。
その後はもう大変で、朝比奈さんはぶっ倒れるわ古泉はハルヒの言いなりだわ
ハルヒは妙にトゲトゲしいわ俺はマジギレするわでてんやわんやだった。

鶴屋さんも端っこで面白がっているだけだったし、
あの時は妙にその場の良識というか常識感覚が狂っちまってたな。

486 名前:27-11[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:40:38.49 ID:q2mzJGXr0

それを鶴屋さんは思い出してしまったという。
なんというか、嫌なこと思い出させてすんません。

俺の謝罪に何を返すでもなく鶴屋さんは淡々と言葉を続けた。
胸の内を吐き出すように吐露するように言葉をつないでいく。

鶴屋さん「あの後さ……思ったんだよね。
      結局、あたしは横からはやし立ててるだけでさ。
      結局自分は安全なところにいて、周りや、
      キョンくんが困ってるのを見て楽しんでたんだよね。
      それってすっごく嫌な奴じゃん。
      すっげー無責任でさ、自分勝手でさ、嫌な奴じゃん。
      そー思ったらさ……なんか自分が嫌になっちゃったんだよね。
      逃げ出したくなったのさっ。自分のしたことからね」

鶴屋さんの言葉に抑揚は乏しく特に感情がこもっているというわけでもなかった。
ただその一言一言はとても重く響いた。

鶴屋さんが俺の顔が見えない体勢でこの話を始めた理由がわかった気がした。

きっと、そうでもしないと話し出せなかったに違いない。
俺は相槌は打たず、ただ手を鶴屋さんの手に重ねて静かに耳を傾けた。
鶴屋さんは小さく俺の手を握り返して返事の代わりにする。
そして続けた。

鶴屋さん「そしたらさっ、すっげーわがままなこと思いついちゃったんだよね。
      キョンくんの寝顔を見てたらさ。このままキスしちゃおっかなって」

鶴屋さんはさらっととんでもないことを言い放った。

487 名前:27-12[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:43:09.86 ID:q2mzJGXr0

つまりあん時の朝比奈さん役が俺で、古泉役が鶴屋さんってことですか?

さすがに俺に朝比奈さん役はキビシーと思うんですけど。
とはこの重い空気の中では言い出せない小心な俺なのだった。ただそれで正解のようだった。

鶴屋さん「まー、すぐに思い直したんだけどね。
      結局あたしは何の反省もしてなかったのかなって恥ずかしくなったからさっ。
      でももう一つ、思っちゃったんだよね。
      自分でも最低だなって思うんだけど、ほんとにサイアクなんだけどさ。
      思わずポロッと言っちゃったのさっ、寝ているキョンくんに向けて」

俺は記憶の糸を手繰り寄せる。
うっすらと、意識が闇に落ちた中でそれでも薄ぼんやりと記憶の海を
さらってようやくかろうじて拾えるようなかすかな言葉。

俺が思い出し切るよりも早く、鶴屋さんは自らの過ちを語り出す。

488 名前:27-13[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:45:27.13 ID:q2mzJGXr0

鶴屋さん「あん時、酔っ払って倒れて、
      キスされそうになったのが、もし、もしさっ──」

語り聞かされているだけではなく、俺は質問をされていたのだ。

鶴屋さん「あたしだったらさ────」

自分の行いを最低最悪だとなじった鶴屋さんは、それでも俺に尋ねてくる。

鶴屋さん「キョンくんは────」

自分を罵り貶めたまま、許しをこう罪人に身をやつしたまま。

鶴屋さん「────怒ってくれたかい?」

そう言ってゆっくりと俺の方へ振り返った鶴屋さんは、
薄く笑みを浮かべながらもその瞳に悲しみと後悔をたたえていた。

微笑んでいるのにどこか泣いているような、
影を背負った鶴屋さんの表情から目が離せないまま俺は言葉を失った。

かつて許しよりも理解を求めていた鶴屋さんは
今は許しも理解も求めなかった。ただ単純に、俺に質問していた。

それ以外のことはどうでもいいと言うように。純粋に心の内を晒していた。
鶴屋さんの真実にむき出しの心を前にして俺は何も考えられなかった。

鶴屋さんが求めているのは赦免でも理解でも、ましてや慰めでもなく。
ただ俺の返答を求めていた。

489 名前:27-14[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:47:38.32 ID:q2mzJGXr0

時が惜しく奥歯をかみしめた俺は鶴屋さんの心が閉じてしまう前に、
強く抱き寄せてその耳元に唇を寄せた。

何を考える必要などなく。ただ、一言。

囁くように耳打ちするようにつぶやいた。

「当たり前です」、と。

鶴屋さんの小さな、それでいて嬉しそうなかすかな声が聞こえた。

笑い声というにはあまりに控えめなそれに
鶴屋さんの俺に対する感情のすべてが込められている気がした。

そして薄く微笑んだ鶴屋さんの、俺に対する返事はこうだった。

490 名前:27-15[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:49:44.11 ID:q2mzJGXr0

鶴屋さん「浮気すんなよっ」

そう言って俺の背に腕を回して胸に顔をうずめてくる。

俺はなんとも恥ずかしく、そのまま参ってしまいそうになりながらも、


一回だけ宙を仰いだ後で、
腕の中の小さな先輩の言葉と期待に応えるように。


しっかりと抱きしめ返したのだった。

491 名前:都留屋シン[] 投稿日:2010/03/16(火) 21:52:25.28 ID:q2mzJGXr0

都合がつかなくなってしまったので本日はここまでになります。
このペースだともう二日か三日かかりそうです。

てんやわんやながらもここまでお付き合いありがとうございます。

山場はまだ残っていますので
興味がありましたらお付き合いください。それではまた明日ノシ

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