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妹「お兄ちゃん……中に……!」

1 名前:ただの人間には興味のない話かも知れませんが、[] 投稿日:2010/03/14(日) 14:53:03.55 ID:vckn6hKp0 ?2BP(1234)
sssp://img.2ch.net/ico/gaku.gif
兄「中の人など居ない!!」

14時半過ぎ、妹に詰め寄られた兄は大袈裟に声を荒げる。しかし、その顔付きは口調に相応しくない平静なものだった

妹「でも最近変だよ、お兄ちゃん……」

近頃、兄の様子がおかしい。血色が悪く表情の変化が乏しい。加えて、体が一回り大きくなった様にも見える

数日前、丸一日家を空けた辺りに原因があるのか、と思う妹だが、本当のところは本人に確かめてみないと判らない

兄「気のせいだ――」

しかし取り付く島も無い、兄は徹底した秘密主義者なのだ。妹から見れば不思議生物と云っても良い程だった

兄「――気にしなければ気にならない事を気にするな。以上!」

一方的に会話を打ち切ると、扉を閉めて兄は引っ込む。立て篭もられてしまったら妹には為す術がなかった

妹「お兄ちゃん……」

また誤魔化された。だが、妹は知ってしまったのだ、兄の背中にチャックが有る事を

4 名前:この中に妹至上主義者、悪女好き、[] 投稿日:2010/03/14(日) 14:57:29.02 ID:vckn6hKp0
“中に、誰も居ませんよ?”度重なる追及に兄はそう繰り返す

しかしその時に於いても、無駄に長い前髪の奥に潜む焦点の定まらない瞳と、

無闇に青白く生体反応を感じさせない肌は、妹の疑念を更に深めるばかりだった

妹「あれは確かに……」

兄の背中に走った一本の筋を思い返す妹。それは金属性の光沢を放っている様に見えた

異変に気付いたのは数日前。その日、いつもより早く帰宅した妹は風呂場から出て自室へ向かう後姿を目撃した

背後のの気配を察知した兄が素早くゴルゴ歩き※に転じたため、

はっきりと確認は出来なかったが、背面のそれは人体に存在して良い類の物だとは思えなかった

もしジッパーが付いているとしたら、考えられる可能性は2つ、スティッキーフィンガーズに殴られたか、中に何かが入っているかだ

妹「あれは……本当にお兄ちゃんなの?」

妹は謎の兄に、得体の知れない脅威を感じずにはいられなかった


※【ゴノレゴ歩き】 〔名・自サ変〕 某13氏のように、他人に背中を見せない歩き方のこと。チープトリック歩法とも。

5 名前:小悪党フェチ、ヘタレ萌え、[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:02:11.77 ID:vckn6hKp0
妹(12人も居ない)は少し歳の離れた兄と共に、この二階建ての住宅で暮らしている

両親は仕事の都合で海外に行っている、という様な事情は別に無い。一緒に住んでいる

親については取り立てて言及すべき点も無く、妹も充分に妹としての特性を備えている。問題なのは兄だ

兄は霊長類ヒト科に属する哺乳動物だが、半夜行性であるという事以外、その生態の大部分は謎に包まれている

毎月、家に金を入れているので職には就いていると推測されるが、その仕事が何なのか誰も知らない

夜に出掛けて昼間は家に居る日が多い様だが、以前は月末に数日単位で帰らない事も珍しくなかった

いい歳こいて実家から離れられない駄目人間だが、自宅警備員時代を思えば大分マシになったとも云える

生活のリズムの合わない両親は兄と殆ど顔を合わせず、現在、異常に気付いているのは妹のみ

元々、互いに関心の薄い兄妹である。妹が兄に、ここまで興味を持つのは初めての事かも知れない

この物語はそんな兄妹の罪に濡れた関係を淡々と描くものです。過度な期待はしないでください

7 名前:チャンピョン紳士、ジャンプ読者、[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:06:46.89 ID:vckn6hKp0
~兄部屋~

兄「危ないところだった……」

自室に籠もった兄は布団に腰を下ろして一息吐いた。妹に疑いを抱かせたのには少々心配が残る

兄「だけど……ま、何とかなるか」

妹にしても、確かな証拠が在っての追及ではないだろう。もうしばらくの辛抱、強硬な態度で乗り切れる自信はある

兄「それにしても気持ち悪いなコレ」

兄は右手に視線を落とした。赤き血の11が通っている筈の皮膚に、不自然な皺が生じている

これは甚だ見た目がよろしくない。手首の表皮をつまんで引っ張って調節し、指先のズレを直す

外見を取り繕うことに全力を注いだ代物であるため、その着心地はすこぶる悪い

そもそもが実験的な導入であり、そこまでの性能を期待すべきではない。不具合も含めてのテストなのだ

兄「早く脱ぎてーな……」

兄はこの生活に、やり切れない不自由を感じずにはいられなかった

8 名前:イタリアンマフィア構成員、打ち切り漫画愛好家、[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:10:47.50 ID:vckn6hKp0
~しばらく後兄部屋~

妹「くさっ!!」

立ち込めるタバコの臭いに心が挫けそうになる。兄が出掛けたのは10分前のことだった

妹はそれを見計らって部屋に入り込んだのだ。とはいえ、それ自体はさほど特殊な行動ではない

ゲームやパソコンを借りるために兄の部屋へ来るのはよくある事で、それは兄の了承も得ている

ただし、今夜は目的が違う。若干の緊張を感じる妹

妹「さてと……」

机、二台のパソコン、本棚、タンス、押し入れ、妹は室内を見回す。どこから手を付けたものか

兄の部屋は六畳ほどの洋室で、妹のものより幾分か狭い。敷きっぱなしの布団と家具類を除くと、生活空間は極端に少なくなる

妹「よし……」

兄の正体を探る、直接問い詰めても答えてくれないなら、周辺情報から調べるしかないのだ

9 名前:あくまでもパンツじゃないと主張する方々、[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:15:53.53 ID:vckn6hKp0
結果だけ述べると、妹は何の手掛かりも得る事が出来なかった。兄の証拠秘匿術は完璧だったのだ

机の引き出しは鍵が掛かっていて開かない。パソコンを立ち上げても兄のアカウントはロックされている

棚の書類は妹が見ても理解出来ず、押し入れにもタンスにも不審な物は見当たらない

調査は最初の段階で行き詰った。それでも問題は一刻も早く解決しないと気が済まない妹である

パソコンのある兄の部屋は、半ば家族の共同空間と化している。そんな場所に期待したのがいけなかったか

妹「う~ん……」

自室に引き上げて考えを練る妹、もっと深く踏み込んで調べるとなると選べる手段は少ない

まず思い付くのが兄の就寝中に体を調べる事。しかしこれは、一歩間違うと『兄に夜這いをかける妹』と誤解されかねない

次に、兄の入浴中に凸する事だが、この方法も安直なだけに危険が伴う。素人にはお勧めできない

兄の体にあんな事やそんな事をする案は、9割方リスクが大きすぎるため却下

結局、兄の外での生活を探るのが最も現実的な策だと妹は判断した

10 名前:ガイドライナー、説明マニア、[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:19:55.16 ID:vckn6hKp0
~翌日居間~

ニュースが街を襲った怪人の話題を報じている。ヒーロー不在の世の中、悪の組織の類が巷を騒がせている様だった

夕食後、妹は居間でテレビを見ながら時間を潰していた。兄が出発する時刻まで、もう少し待つ必要がある

予定より8分程前に妹は自分の部屋へ戻った。そこからは細心の注意をもって隣の兄の様子を窺う

妹「……」

支度は既に完了している。外に響く雨の音が、時を待つ妹の精神を引き締めていった

妹「!」

隣室の扉が開かれた、兄が動いたのだ。しかし焦ってはいけない、妹は耳を澄まして動向を探る

兄は階段を降りて真っ直ぐに玄関へ向った。妹は家の扉が閉まった音を確認した後、迅速に作戦を開始する

妹「……」

妹は居間の両親に気取られない様に足音を忍ばせ、玄関先の傘を掴んで静かに家を抜け出した

11 名前:自宅警備員、運動不足が気になる人、[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:24:27.17 ID:vckn6hKp0
~街~

車もそれほど通らない都会の住宅地、傘に当たる雨音が、兄を追跡する妹の神経を粟立たせてゆく

兄「……」

妹「……」

兄は7つ目の角を曲がると、住宅街を抜けて川沿いの道を進む。この辺りまで来れば人通りも減る

灯りは少ないが、一本道で視界も良い。少々距離を置いても目標を見失う心配は無いだろう

妹「……」

妹は兄を追いながら行き先を推測する。この経路を通るとすれば少し遠くの駅か

最寄り駅ではないが、路線の都合で利用する可能性は十分にあるのだ

―――再び意識を兄に戻す。尾行という非日常的行為に奇妙な高揚感を覚える妹だった

12 名前:その他、まあ誰でも良いから見てって下さいよ。[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:29:08.30 ID:vckn6hKp0
~駅~

果たして兄が向かったのは駅だった。時間を置かず到着した各駅列車に乗り込む兄、そして妹

電車で移動する相手を尾行するのは、標的に接近せざるを得ない為、気付かれる危険性が高まると考えられる

そこで妹は、事前に用意していたマスク、サングラス、帽子で変装する事で、その懸念を解決していた

どこからどう見ても、ただの変質者である。怪しまれる心配は無いだろう

二十一時半過ぎ、この時間帯の上り線は比較的空いているので、ある程度座る場所も選べる

前から6両目、兄とやや離れた向かい側の座席に陣取った妹は、サングラス越しに獲物を監視する

兄「……」

妹「……」

兄は周囲に気を配る事もなく携帯を弄っていた。そして待つこと十数分、四つ目の駅で席を立った

妹は少しの間を置いた後、車両を降りて兄を追う

13 名前:各所からやりたい放題パクってますので、[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:33:32.66 ID:vckn6hKp0
急行が止まらず、乗り換えも無い駅。その街に何が在るのか、俄かには思い付かない地味な土地だった

兄「……」

妹「……」

電車を降りた人間は他にあまり居ない。構内の静けさに妹の足取りは慎重になる

改札を抜けた兄は夜の街へ。勘付かれるのを危ぶむ妹だったが、見失っては元も子もない、追う足を早める

兄は脇目も振らずに歩くこと5分弱、人気の無い商店街を通過し、やがて小さなビルの中へと姿を消した

妹「ここがお兄ちゃんの―――!!」

近寄ってビル名の表示を見た、その時妹に電流走る。『悪の組織 事業部ビル』そこには、そう記されていた

妹「悪の組織!?」

何故兄がこんな所に?腹の底に芽生えた不安と動揺が臓腑に絡み付き、緩やかに心臓を加熱してゆく

妹「……」

無意識に後ずさった足が駅に向かって歩き出す。暴いてしまった秘密の重さに、妹の覚悟は後悔に溶けていった

15 名前:そういう系のお話が好きな方には良いのではないかと思います。[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:39:47.90 ID:vckn6hKp0
~妹部屋~

妹「……」

衣類や本の散らかった床、物置と化した机。帰宅した妹は、自室に戻って動悸の治まらない体を横たえた

気分は一向に落ち着かない。ヘソの奥あたりに何か冷たいものが蠢いている感じだ

兄が入っていったのは悪の組織の建物。迷いもせずに向かって行った事から、日常的に通っていると思われる

悪の組織に兄が何らかの関係を持っていることは確定的に明らかだろう

悪の組織―――妹も詳しくは知らないが、読んで字の如く、悪事を目的とする悪者の集団である

天敵である正義の味方が存在しない為、その勢力は拡大の一途だという

兄が悪の組織の一員だとすると、これは由々しき事態である

世界にたった4人の家族として、いや、善良な一市民として捨て置けない問題なのだ

妹は体を起して障子を開けた。この夜の街で、兄が何をしているのか今まで考えたことも無かった

しかし、知ってしまった以上は兄に問い質すしかない。妹は確かに見たのだ、ネタは光っているのよ!

17 名前:元ネタが全部分かった君は、[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:45:31.61 ID:vckn6hKp0
~翌朝兄部屋~

兄は普段通り朝早く、家族が活動を始める前に帰宅した。靴を脱ぎ捨てて真っ直ぐに階段を上がって自室へ

このまま布団に倒れてしまいたいところだが、今日はそうもいかない

付けっ放しのパソコンの前に座りって鞄を広げた。そしてタバコに火を付けて深く息を吸う。残りは3本

上層部より残業禁止令が発せられている為、職場に残って作業することは出来ない

しかし、都合があって終わらない仕事もある。その分は家に持ち帰って片付けなければならないのだ

とはいえ、残務は大した量ではない。一時間以内に終わるとして、七時半前には眠りにつける筈だ

兄「…………はい終了」

仕事を終えた兄は立ち上がって伸びをする。思いがけず遅くなったためか、腰をひねると尋常ではない程関節が鳴る

既に起き出している両親達とは、出来れば顔を合わせたくない。歯を磨いて、トイレに行って、さっさと寝てしまおう

兄「!」

下階に降りた兄は居間を出てきた妹と鉢合わせた。視線が交わり、薄暗い廊下で緊張感が二人を包む

妹「……お兄ちゃん、後で話があるから家に居てね。じゃ、行ってきます」

兄「あ、ああ……」

重い空気の中、妹は無機質な台詞を残して玄関へ。それを見送った兄は、欠伸をして洗面所に向かった

18 名前:後楽園遊園地で僕と握手。[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:49:14.73 ID:vckn6hKp0
~その日の午後兄部屋~

午後2時半過ぎ、シャワーを浴びた兄は部屋でくつろいでいた。昼食も既に済ませてある

兄にとってこの時間帯は、朝のティータイムと何ら変わらない平穏なものだ

気に掛かるのは今朝の妹の言葉、このところ、兄妹の関係はあまりよろしくない

その上、妹は兄の体に興味を持つお年頃である。接触は極力避けたいところだった

兄「!」

されど審判の時は訪れた。さほど広くはない家、兄は玄関の扉が開かれたのを知る

階段を昇り来る足音を憂鬱と共に待つ兄は、妹をあしらう算段に思案を巡らせていた

妹「お兄ちゃん、起きてる?」

妹は扉を叩く。ここからが本当の地獄だ

20 名前:こんな感じで、今回は実験的に名前欄も活用します。[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:51:53.38 ID:vckn6hKp0
妹「お兄ちゃんの仕事って何?夜出て行って何やってるの?」

兄「は?仕事……?」

部屋に迎えた妹が発した、思いもよらない方角からの問いに固まる兄

身体について尋ねられることを想定して考えた、全ての回答は意味を失った

兄「仕事ってお前……俺はただの会社員の様なモノだぞ……?」

兄は空白の思考の中から何とか模範解答を1つ導き出した。嘘ではない。うん、まぁ……

妹「嘘だ!!」

常日頃からの不満が溢れ出し、妹は形相を一変させて語気を強める

妹「私……見たんだよ?お兄ちゃんが悪の組織の事業部に入っていくトコ。昨日、お兄ちゃんの後をつけたの」

兄「な……」

ここでまた兄の思考は停止した。妹がその様な行動に出るとは想像だにしていなかったのだ

兄が妹の尾行を予見できなかった理由は、兄妹の性質の違いにある

妹にとって面倒事とは立ち向かうべきものだが、兄にとっては避けて通るモノだ

もっとも、妹の積極果敢な性格は、兄の無気力な生き様を反面教師とする面も多分にあるのだが

21 名前:ではでは、FIRE[] 投稿日:2010/03/14(日) 15:56:20.21 ID:vckn6hKp0
妹「何で……お兄ちゃんは本当の事を言ってくれないの?」

兄「俺が本当の事を言った事が一度でもあったか?」

不利益の気配を感じた兄は決して本心を晒さない、真実を語らない。開き直りと逆ギレは彼の得意技である

兄の考える、いい人間関係に於いて重要な三つの“U”が有る

一つ目は『嘘はバレない様に』二つ目は『恨みは黙殺する』そして三つ目は『裏切る時は徹底的に』

要するに、兄は人を欺く事に何の躊躇いも感じないし、何者の感情に影響されるつもりも無い

全ての他人は利用する対象としての意味しか持たず、自分に関係しない者は無と同じだった

天下御免の利己主義者、今まで平穏無事に生きてこられたのは、

持ち前の消極性が周囲との軋轢を抑えていたから、ただそれだけの理由に過ぎない

そして妹は、そんな兄の気質を知る、数少ない一人でもあった

兄「妹……」

黙り込む妹に兄は勝利を確信する。すると、その呼び掛けに応えるかの様に、両目に悔しさを浮かべて肩を震わせる妹が






爆発した

24 名前:魁!妹塾[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:00:25.32 ID:vckn6hKp0
特に理由はないッ 妹が爆発するのは当たりまえ!!

〈妹爆発の歴史は永く、その起源はBC11世紀まで遡ると言われている。
中国黄河流域を中心に広く研究され、その集大成として古代中国武術『弐斗炉』が成立した。
アノレフレッド・ノーベノレがその原理を応用してダイナマイトを発明したことは、論を俟たないだろう。
近年、爆発する妹は姿を消しつつあり、KIK(国際妹機関)を主導として保護活動が進められている。〉

                                   民妹書房刊『妹爆発 その歴史と研究』より

妹は、爆風の直撃を受けて壁に打ち付けられた兄に歩み寄り、その体を引き起こす

妹「!」

意識の無い兄の顔を確かめた妹は目を見開いた。頬の辺りの表皮が剥がれ、中身が露出していたのだ

妹「やっぱり……中に誰か居るんだ……」

内部のそれは人の皮膚の様だった。妹は破れ目に指をかけて顔を覆う物質を引き裂いた

30 名前:うん。もうちょっとだけ続くんじゃ[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:04:36.74 ID:vckn6hKp0
妹「!?」

皮を剥いだ中に在ったものは、兄の顔の様に見える。だが何かが違う、記憶の中の像と一致しない

妹「何コレ……?」

妹は首を傾げる。しかしこれは、考えて解決する性質の疑問ではないだろう

兄「……う……」

兄が目を覚ます。妹は素早く馬乗りになって両腕を足で押さえ込んだ。街でよく見るマウントポジションの状態である

兄「くぁwせdrftgyふじこlp;@なにごと?なにごと!?」

途切れた記憶、掴めぬ状況、自由の利かぬ体に錯乱した兄は脚を振り乱して喚く

妹「お兄ちゃん、説明してよ」

兄「説明って……?どういうk……」

妹「お兄ちゃんに質問する権利は無いの。判ったら、訊かれた事だけに答えてね」

右拳を構えた妹は、左手で軽く兄の頬を叩きながら冷然と言い放った

33 名前:流石だよな俺達兄妹[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:09:01.68 ID:vckn6hKp0
兄「妹者マテ!ときに落ち着けって!話すからちょっと待て」

妹「OK、言い訳を聞こう。まず、お兄ちゃんは何者なの?仕事は何なの?」

妹は恐慌状態の兄の拘束を解き、拳を光らせて釈明を待つ。兄は首の後ろに手を回し、何かを考える様に下を向いた

兄「……俺が悪の組織に所属している。それは間違いないが、役職はただの事務員だ」

妹「え……!?」

視線を上げた兄の顔に、先程見えた違和感は無くなっていた。見間違いだったのか?いや、でも―――

更にその言葉も妹を戸惑わせた。まさか悪の組織に、事務員などという人種が存在するとは思ってもみなかったのである

兄「主な仕事はデスクワークだ。街の破壊活動とかには全然関わってない」

妹「本当なの……お兄ちゃん?」

兄「ああ、信じてくれ。就職した先が、たまたま悪の組織だっただけだ」

話を聞く素振を見せる妹に胸をなで下ろす兄。身体の問題は、取り敢えず誤魔化せたと思って良いだろう

仕事について語った内容は概ね嘘ではないが、全くの真実でもない。どれだけの真実を与えるか、その匙加減が肝要だ

破壊活動以外の作戦には携わっていた兄だったが、そんな事を伝える必要は無いのだ

34 名前:マーク・兄[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:13:47.29 ID:vckn6hKp0
妹「だけど、悪の組織なのは変わらないんだよね?怪人とかと同じなんでしょ?」」

兄「違うよ。全然違うよ。怪人が居るのは悪の組織本部、俺の職場は悪の組織事業部」

妹「へー、じゃあ、悪の組織事業部と悪の組織本部の違いは何なの?」

兄「じゃあ、簡単に説明してあげるよ。まず、悪の組織本部は非合法です。
怪人やら戦闘員やらを使って街や人に危害を加える。
それが悪の組織本部の活動だったりするんだ。
その様な戦闘部門を配備して、作戦を指揮するところから本部と言う名前がついたんだ。
これは非合法。捕まっちゃいます。でも悪の組織事業部というのは戦闘部門が存在しないんだ。
世界征服などの、人に直接脅威を与える業務には関係ない部署なんだよ」

悪の組織事業部とは、軍手落としやリモコン隠しなど、多岐にわたる悪行を行う非合法組織である

闇に紛れて悪事を働くのがその活動目的だが、それも今この場では不要な情報だ

兄「だから、俺は普通のサラリーマンみたいな物だって言ったろ?」

妹「……そうだったんだ」

妹は拳を下ろす。一度爆発したことで、精神状態も落ち着きを取り戻してきていた

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:19:18.04 ID:vckn6hKp0
妹「ふーん、まあ良いや。で、それは何なの?」

兄の説明にひとまず納得する妹だったが、最大の関心事は他にある。先ほど破り捨てた残骸に視線を送った

兄「これは……組織が開発してる新製品だ。俺は試作品のテストを任されてたんだよ」

兄が着込んでいたのは、開発中の『兄スーツ』、個人の身体情報を基に作られた、精巧な着ぐるみの様な物だ

体を覆い隠し、身内にも見破られない擬態をする事を目的とした製品である。そして彼はそのモニター役を押し付けられていた

妹「だったら最初っからそう言ってくれれば良かったのに」

兄「それを言ったら実験の意味が無いんだよ……それより、俺の仕事の事、親には内緒にしておいてくれ」

両親は悪の組織に勤める兄を認めないだろう。職を失うのも、実家を離れるのも避けたい兄である

妹「ハイハイ。うん、分かった。じゃ」

妹は、兄の正体を把握した事に満足して引き上げる。しかし、その行動は兄に新たな悩みを残していた

兄「どうすっかな、コレ……」

兄は床にへばり付いた無残な物体に目を落とす。試作品が台無しになってしまっては、テストどころではない

兄「やべーな……」

仕事上のミスの引責も兼ねての任である。上司にどう弁明したものか。解決の見通しの立たない問題に、兄は頭を抱えるしかなかった

38 名前:お兄様がみてる[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:24:01.10 ID:vckn6hKp0
~その晩悪の組織事業部1階オフィス~
悪の女幹部「お早うお前ら」

22時、さわやかな夜の挨拶が、弛みきった室内にこだまする

兄の直属の上司である悪の女幹部が、今日も戦士のような無垢な笑顔で、立て付けの悪い扉をくぐり抜けてきた

12人が働くには窮屈すぎる部屋に並ぶのは、規格の揃わない事務机と端末、

色褪せ錆びの浮いた椅子に躓かぬように、床を這うケーブル類に足を取られないように歩くのがここでのたしなみ

もちろん、『情報工作組オフィス』などといった、オサレな呼び方をする者など存在していようはずもない

女幹部「よしよし、全員揃ってるな……ん?」

席に着いてフロアを見渡した女幹部は、隅のデスクで俯く兄に目を留める

女幹部「おい兄、ちょっと来い」

兄「はい……」

沈痛な面持ちの兄は、足取りも重く女幹部の元へ進み出た。内より発する負のオーラが凄まじい

女幹部「しばらくは変身して生活しろって言ったろ?どうした?」

兄「いえ、それが……」

女幹部「何か事情が有るのか?聞いてやるから私の部屋まで来い」

言い澱む兄、周囲の視線に気付いた女幹部は席を立った

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:28:50.81 ID:vckn6hKp0
~女幹部個室~

女幹部「――で、何があった?」

兄を招き入れて鍵を掛けると、女幹部は振り返って尋ねた。この兄が理由も無く命令に背くとは思えない

意外にも兄への上司の覚えは悪くなかった。期待以上の結果は出さないが、余計な真似をして失敗する事も無い

良くも悪くも忠実な兄は、ある意味計算できる扱いやすい部下なのだった

兄「その、兄スーツの試作品が壊れまして……申し訳ありませんg……」

女幹部「私に謝るな。それで、壊れたって、どう壊れたんだ?」

女幹部は椅子に凭れて脚を組んだ。そしてく顔を傾けて目で催促する

兄「……首から上が無くなりました」

女幹部の前に直立した兄は諦観の中、ありのままの結果だけを報告する

世の中には隠そうとするだけ無駄という様な、どうしようもない失態も確実に存在するのだ。つまりは、とどのつまりは今回の様な

物事を自在に諦められるのは彼の取り柄である。その対象は森羅万象、性質を選ばない

その彩りの無い生活が崩れる時が来るまで、多くの物を諦め続けることだろう

女幹部「マズイな……」

兄の返答に女幹部の顔付きは険しくなった。預かり物の試作品である。少々厄介な展開になるかも知れない

40 名前:ホーリー悪の組織[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:34:21.77 ID:vckn6hKp0
女幹部「それはともかく、早く変身しな。体が定着しない内に解除したら、どんな影響が出るか判らないんだよ?」

兄「はい……」

女幹部の指示に兄は後頭部に手を回して覚醒機のスイッチを押す。そして体が変形を始めた

少なからず憧れていた怪人としての肉体……

しかしそれは初めてつけたグローブの様な違和感が兄にはあった

発注する資材の桁を間違えた者が、その責任を問われて生体改造の実験台になる……

時々耳にする話だが痛ましい事だと思う。しかし素直にその境遇を受け入れるには

怪人としての生活を楽しむことが出来る 前向きで健全な明るい心が少なからず必要だ

戦う為の力は事務員には要らない

悲しいことだが彼らは本部の戦闘部門でしか見ることは出来ない

そうならない為にはいい上司が不可欠だろう

41 名前:いけないお兄さん[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:38:42.31 ID:vckn6hKp0
女幹部「――うん、やっぱりそっちの方が可愛いな」

女幹部は変身を終えた兄を眺めて勝手な感想を述べる

兄「いえ、でも……」

女幹部「似合ってるんだし、良いだろ」

兄「あまり見ないで下さい」

恥じらう兄に女幹部は下卑た笑みを浮かべ、何事か思いついた様に口を開く

女幹部「兄 おっぱい見せろ!!」

兄「えっ?」

女幹部「おっぱいだよ 早く!!」

兄「は はい……」

上司の命に二つ返事で答えることは義務である。しかし、男子としての譲れない一線が兄を逡巡させる

兄「お……女幹部さん やっぱりやめましょう こんなこと……ね」

女幹部「ダメだ!! だったら壊した試作品直して使える様にしてくれよ 試・作・品!! 試・作・品!!」

女幹部のパワハラ兼セクハラに言われるままシャツをたくし上げた兄の胸には乳

兄はその身を“次世代怪人・ガール男”として改造されているのだった

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:42:56.55 ID:vckn6hKp0
女幹部「いや、冗談だ。本当に見せなくて良いから」

兄「そうですか」

女幹部の言葉を受けた兄は身なりを整えた。就業時間内の上司の命令だから従っただけ、他に理由は無い

仕事だと思えば大抵の事は我慢できるのだ。兄は平穏を求める。波風の立たない日常を望む

女幹部「しかしお前、もうちょっと抵抗しないとつまらんぞ。嫌がる女子を無理やり、ってのが悪の美学だろうが」

呆れた様な目で流し見る女幹部は、溜息混じりに兄の反応へ注文をつけた

兄「そうですか」

兄は興味なさげに喉元を掻いて視線を逸らす。事実、女幹部の特殊な嗜好などには何の関心も無い

女幹部「……もう良い、下がれ。研究所には私の方から連絡しておく」

兄「変身は解いて構いませんか?職場の連中に、この姿を見られたくないんですが」

女幹部「ま、好いだろう。―――確か一週間は経ってた筈だな……」

改造手術の後は体を順応させる為に、一定期間怪人化して過ごす必要がある。その目安は一週間前後だという

兄「ええ、では解除します」

後頭部のスイッチを押す兄。10秒足らずで身体は元のヒトの形に戻った

44 名前:卒の異名を持ち人心を自在に操る高貴なる女幹部[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:47:42.13 ID:vckn6hKp0
~悪の組織事業部一階オフィス~

兄「女幹部さんと二人っきりだと疲れる……」

オフィスへ戻った兄はデスクに突っ伏して溜息、女幹部には逆らえない

兄に限った話ではない、女幹部に面と向かって異を唱えられる者は組織全体でも少ないのだ

それは女幹部自身が意図的に作り上げた仮構のイメージに起因する

彼女は知略と謀略を頼りにのし上がった、情報戦の専門家である(情報工作検定2級所持)

火のない所に煙を立て、埃をまぶして袋叩き。表から裏から悪意を撃ち込み、自らの手を汚す事も厭わない

宿敵だった『色彩戦隊色レンジャー』を社会的、精神的に追い詰めて解散させたのは女幹部の部署である

その功績を買われて幹部に抜擢された訳だが、陰湿かつ執拗なその手口は、組織の悪者共をも震え上がらせるものだった

そして必要以上の脅威を伴って伝わった名声を、新興勢力である彼女が部署の権利確保の為に利用したのは当然と云える

表に出ることなく色レンジャーを倒した部署、その印象を操作するのは難しくなかった。何しろ誰も実像を知らないのだ

“敵に回すと恐ろしいが、味方に付けると頼りない”口々に囁かれたその風説を、本部の誰もが信じ込んだ

力を持たない女幹部は自ら毒をまとい、自身を不可侵の腫れ物に仕立て上げることで、手っ取り早く外部からの影響を阻んだのである

そんな訳で女幹部と愉快な仲間達は、組織の中で嫌悪の対象としての地位を確かなモノにしているのだった

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:49:27.06 ID:vckn6hKp0
×卒の

○高卒の

46 名前:額には米[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:53:05.73 ID:vckn6hKp0
同僚A「ほゎたぁあ!」

倒れたまま一向に生き返る気配の無い兄、その両頬を向かいの同僚Aがつねり上げ、たてたてよこよこまるかいてちょん

兄「うぐ……この技は『ブルドック』!?貴様、子供拳法の使い手か!」
同僚A「知っているのかテリーマン!?」
兄「ああ、俺も少しは腕に覚えがある。その昔、幼き頃、俺が一人で編み出した技は―――」

同僚A「ところでお前、また女幹部さんに呼び出されてたけど、何やったんだ?」

この同僚Aは女幹部の部下として兄と並ぶ最古参であり、部署内では実質的な№2の座にあった
無神経で融通の利かない兄とは違い、細やかな気配りの出来るナイス☆ガイである

兄「ん~、ちょっとな……」

悩みを内に抱え込む兄は、比較的話すことの多いこの男にも、自分の体の事を打ち明けてはいなかった

同僚A「まあ、別に好いけどな。忙しくもねーし」

作業に目を戻した同僚A、それを生暖かい目で見守る兄。昇進も何も無い無気力な職場、だがそれがいい

兄が女幹部の下で働く期間は数年に及ぶ。そこまで長続きするとは自分でも思っていなかった
しかし、それは自然な成り行きである。不精の神に祝福され、妥協の女神に愛された自堕落の申し子は変化を望まない
故に、一旦従うべき現実さえ規定すれば、その状況に身を任せるは苦にならないのだ

自宅警備員の職を辞して悪の組織に入ったという事実、その前提さえ在れば些かの抵抗もなく日常は流れてゆくのだった

女幹部「おい兄、行くぞ」

オフィスの入り口に手を掛け、身を乗り出した女幹部が兄を呼ぶ。落ち込んだりもしたけれど、兄は元気です

49 名前:傀儡兄[] 投稿日:2010/03/14(日) 16:57:10.99 ID:vckn6hKp0
~兄妹宅~

父「そういえば、今日の分の爆発は済んだのか?」

台所で風呂上りの牛乳を飲み干した妹に居間の父が尋ねた。あまり夜遅くに爆発されても困るのだ

妹「うん、今日はもう大丈夫」

答えた妹は冷蔵庫を閉める。小規模ではあるが、夕方に一度済ませているので心配は要らないだろう
父「そうか」

満足な回答を得た父は逸早くテレビに興味を戻していた。それを見た妹は居間を抜けて階段へ向かう

子供に干渉することの少ない親の姿勢は、今の妹にとっては都合の良いものだ

妹「……」

自室へ戻って布団を敷いた妹は今日の出来事を振り返る

実に有意義な一日だった。兄に危険のない事を確認できたのは大きい。いや、それどころか―――

妹「そっか……私、お兄ちゃんの弱味を知っちゃったんだ……」

その事に思い至った妹の口元が歪んだ。妹は小娘ではない、もっとおぞましい何かだ

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:01:24.13 ID:vckn6hKp0
~悪の組織事業部前道路~

地響きを立てて道路が割れ、通路が出現する。地下駐車場より夜の街に向けて、乗用車・発進

運転するのは兄、後部座席には女幹部、行き先は悪の組織本部である

兄「――で、行ってどうするんですか?」

女幹部「わからん。とにかく現物を持って来い、と」

兄「そうですか」

実用化試験中の兄スーツを損壊させた兄は、本部の研究所から呼び出しを受けていた

女幹部「ま、向こうには多少の恩も売ってあるし、何とかなるだろ」

兄「そうですか」

沈黙、しかし不快な空気ではない。黒の世界をライトが拓く。さして遠くもない目的地へ法定速度で車は走る

改造手術を施されてから、悪の技術研究所は兄にとって馴染みの深い場所になった

術後の経過を観察して記録を取るため、週に数回そこへ足を運んでいる

その為にしばしば職場を空けざるを得ないのだったが、同僚達は別に嫌な顔をしない

女幹部の指示だから、というのもあるが、一番の理由は仕事が少ないことだ

半年前に本部から移籍して以降、兄の属する情報工作組は事業部内で役割を定められずにいた

51 名前:グレイトフル女幹部[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:05:20.88 ID:vckn6hKp0
~悪の組織本部~

事業部から車で1時間ほどの距離に本部は在った。主な施設は地下にある為、外見は5階建てのただのビルである

若干問題のある立地、周りには林、山、畑。夜も明かりが絶えない建造物は、家もまばらな郊外の景観にそぐわない

女幹部「情報工作部署責任者、女幹部だ。研究所に用がある」

受付にそう告げると、女幹部は返答を待たずに広間へ靴音を響かせた。研究所の場所は尋ねるまでも無い

兄「――しかし、ここで仕事してた頃は大変でしたね」

女幹部「そうだな……」

エレベーターで二人きり、兄がふと零した言葉に、女幹部はそう遠くない過去を思い出す

今想う戦いの日々、次から次へ投げ掛けた指示。しのぎを削ったあの情報戦、今なお続くここは最前線

策士としての揺るぎない誇り。知略、謀略、奸計を謀り、そして手にした幹部の肩書き。明日への糧に、生き抜く為に

兄「また、本部に戻ってくる日が来るんでしょうか……」

女幹部「そうだな……」

女幹部は力ない笑みを返した。過去は過去、自らの力だけではどうにもならない現実もあるのだ

52 名前:地震キタ━(゚∀゚)━!!!!![] 投稿日:2010/03/14(日) 17:10:36.01 ID:vckn6hKp0
悪の組織本部の戦闘部門と情報工作組、その二つは光と影の関係にあった

光であるところの戦闘部門が表立って作戦を展開し、女幹部率いる情報工作組が影から影へ暗躍する

そうして正義のヒーロー『色彩戦隊色レンジャー』と渡り合っていた

“光あるところに影あり”という言葉があるが、見方を変えれば“影あるところに光あり”とも言える

光は独立して存在できるが、影は光無しに影として存在できない。光が無ければ、それはただの闇である

もう一つ影の成立条件として必要なのは光を遮る障害物だ。戦闘部門にとっての障害物とは正義の味方に他ならない

戦闘部門とヒーロー、その争いの間に生ずる影こそが情報工作組の仕事場だった

そして女幹部は、権謀術数の限りを尽くして『色彩戦隊色レンジャー』を廃業に追い込んだ

しかし、作戦の成功は、かえって女幹部達の立場を危うくさせるものだった

ヒーローを倒すためだけに設立された部署は、打ち倒すべき敵と同時に、その存在意義をも失ってしまったのだ

目的を失くした部署、宙に浮いた戦力、無駄な物だ。しかし、一度出来上がった体制を解体するのも不合理

そこで幹部会は新たな敵が現れるまで、情報工作組の体制を維持したまま事業部に出向させる決定をした

それは忌み嫌われ、疎ましく思う者も多い女幹部への、厄介払いの意味も含めた措置である

かくして現在、彼女と部下は事業部で、他部署の浮いた仕事、雑多な事務等をこなして過ごしているのだった

54 名前:兄はうろたえない[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:14:40.67 ID:vckn6hKp0
~悪の組織本部悪の技術研究所~

悪の組織悪の技術研究所の一室、剥き出しのコンクリート、低い天井、薬品の臭い、全てが兄の気分を沈ませる

点滅する蛍光灯は几帳面な兄の神経に障るが、目の前の無愛想なオッサンはそれを気にも留めない

愛想が無いのは兄も同じこと。従って、この二人の遣り取りは至極淡白なものになる。その方が互いに気が楽なのだ

悪の研究員「……そうか」

兄から事情を聞いた悪の研究所悪の研究員は、渡された試作品を無造作に部屋の隅に放った

兄「そちらは、もう良いんですか?」

研究員「ああ、改良型が完成したんでな。ソイツは用済みだ」

研究員は棚を探り、何やら取り出して兄に投げ渡す。兄の受け取ったそれは新たな兄スーツだった

兄「しかし、もうコレは必要ないのでは?」

首を捻る兄。兄スーツは怪人化した体を隠して日常生活を営む為の製品である

怪人化手術の順応期間が終わった今、改良型を貰っても役に立たない

研究員「作っちまったモンは仕方ないだろ。持って帰れ」

兄「はあ……」

組織の科学は世界一。兄の体を基準に兄スーツは作られているのだ

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:18:11.09 ID:vckn6hKp0
~悪の組織本部一階待合室~

女幹部「終わったか。で、どうだった?」

待合室に現れた兄を確かめた女幹部は本を閉じて立ち上がる

兄「ええ、特に問題は無かった様です。それで、コレ渡されたんですが」

兄スーツ(新)の処遇をどうしたものか。人から頂ける物を受け取らないのは失礼に当たる

ところが、頂戴した物に使い道が無いのだから始末に負えない。精々ロッカーの肥やしが良い処だろう

女幹部「……お前が貰ったんだろ?取り敢えず持っておけ」

兄「はい……申しわk……」

女幹部「私に謝るな。さ、帰るぞ」

女幹部は兄の憂いなど意に介さずに、脇を抜けて部屋を出る。仕方なく兄はそれに続いた

56 名前:休憩がてら、よくわかる悪の組織相関図[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:21:00.44 ID:vckn6hKp0


   悪の       ヽ 丶  \
     組織   \ ヽ  ヽ     ヽ
/  /    ヽ    \ ヽ   ヽ
 /   |  ヽ \     \  ヽ  ゝ           (戦闘員)
ノ 丿       \  省  \   ヾ
 ノ  |   |  丶  \     \         (戦闘員)
   /          \     \/|                (戦闘員)
 ノ   |   |      \  略    |         ↑
     /\        \      |         (  ↑
   /   \       /      |          )  (
  /      \      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄         (   )
/_        \                    ) (        悪の技術研究所
 ̄  | な  本 事| ̄         ノ⌒ ̄⌒γ⌒ ̄⌒ゝ            / /
   | い  部 業|         ノ   怪    人 .  ゝ          / /
   | で  の 部|        丿              ゞ      _/ ∠
   | ね 事 に|       丿/|/|/|/|\|\|\|\|\ゝ     .\  /
   | ! を 移|               │                V
――| と  忘 っ|――――――――――┼―――――――――――――――――
   / い れ てヽ  巛巛巛巛巛巛巛巛 人巛巛巛巛巛巛巛巛巛巛 世界征服
    う    も
    気
    持
    ち

58 名前:愛などいらぬ幹部B[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:29:26.59 ID:vckn6hKp0
~翌日悪の組織本部三階悪の幹部B個室~

午前11時、悪の組織本部三階の一番奥に位置する幹部個室で、悪の幹部Bは部下の怪人から調査報告を受けていた

部B「幹部Aと幹部Cが同盟を組んだか……」

怪人「はい、よく分かりませんが、かなり確かな情報のようです」

怪人は顔を上げて幹部Bを盗み見る。やや不機嫌そうな声とは裏腹に、その表情は落ち着きを保っている様に見受けられた

幹部B「まあ良い。何にせよ敵に回るなら受けて立つだけだ」

闘争を常とする悪の組織本部に平和は無い。正義の味方を打ち負かした現在、幹部たちは勢力争いに精を出しているのである

その中でもとりわけ血の気が多いのが幹部B、退かぬ、媚びぬ、顧みぬ。口で説明するくらいなら牙を剥く悪の紳士であった

怪人「ですが、あの二人を同時に相手にするのは考えた方がよろしいかと」

本部には力の拮抗する幹部が三名、うち二人を向こうに回すのは賢明とは言えない。無駄だと知りつつも怪人は幹部Bを諌める

幹部B「別に今すぐ戦争を始めようってワケじゃないんだ。ま、どうとでも出来るさ」

怪人「そうですか……」

不敵な言葉に引き下がる怪人。幹部Bは何を考えているのか考えていないのか解らないが、それでも信じる価値はあると思う

あらゆる物を踏み台にし、如何なる手段も厭わない幹部Bは清々しいまでに悪だった。それは幹部AやCには無い資質である

そんな訳で、脳の筋肉が他の幹部より柔軟な悪の紳士は、一部の部下達から半ば妄信的ともいえる支持を得ているのだった

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:33:15.02 ID:vckn6hKp0
怪人「――それと、女幹部が昨夜本部を訪れた模様です」

幹部B「女幹部が?何の用だ?」

怪人の報告は続く。頬杖をついて聞いていた幹部Bは、その中に出た意外な名前に視線を上げた

怪人「はい、目的は判りませんが、悪の技術研究所に向ったそうです」

幹部B「研究所、ふむ……」

少し状況を整理する幹部B。悪の技術研究所は本部の中にあって、幹部たちの意思も及ばない独立した部署である

世界征服という大きな目標を前に、ある種の行き詰まりを感じる悪の組織で、今現在最も精力的に活動しているのは彼らだった

その活動資金を賄っているのは悪の組織事業部、事業部に勤務する女幹部が研究所を訪れたのには、どういう意味があるのか

幹部B「――面白いな」

怪人「?」

しばらく考え込んでいた幹部Bが、何かを思いついた様子で呟くが、怪人にはその言葉の意図が読み取れない

幹部B「いや、面白いよ。女幹部が研究所に何らかのパイプを持ってるとして、アイツを取り込めばそれが丸ごと手に入るって訳だろ?」

研究所との関係が何であれ、女幹部を味方に引き入れれば情勢は動く。そして幹部Bにはそれが出来る自信があるのだ

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:37:32.70 ID:vckn6hKp0
怪人「ですが女幹部は……」

怪人は幹部Bの考え通りに運ぶとは思わない。本部中から疎まれた挙句、事業部に飛ばされた女幹部が何の役に立つのか

幹部B「アイツは使えるよ。AやCは女幹部の使い方を知らずに、感情で反発してるだけだ」

怪人「幹部B様は違うと?」

訝しむ怪人。そもそも幹部B自身からして、女幹部を排除しようとした幹部Aや幹部Cに同調していた筈なのである

幹部B「俺はアイツの価値を知ってる。ただ、あの頃のアイツは劇的すぎた。あの辺りで勢いを殺いでおく必要があったんだ」

怪人「はあ……」

口元を歪ませる幹部Bは元々、女幹部とは上司と部下の関係にあった。それだけに実像を知っているという自負がある

女幹部の抜擢を後押ししてやった経緯もある。もっとも、その後に彼女を追放するため、他の幹部に力を貸したのは事実だが、

その件に関して悪の紳士の姿勢は一貫している。女幹部が力を伸ばして良いのは自分の支配が及ぶ範囲であり、

それ以上立場を強められると都合が悪いのだ。何もわざわざ脅威を増やすために女幹部を育てた訳ではない

幹部B「そろそろ頭も冷めた頃だろう。折を見て誘いをかけてやるさ。損得の計算も出来ないほどアイツは阿呆じゃないよ」

怪人「まあ、そういう事でしたらご随意に」

怪人にしても女幹部は元同僚、知らない仲ではない。幹部Bの言う通りであるなら従ってみるのも好いだろう

61 名前:げっちゅーに妹[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:41:41.63 ID:vckn6hKp0
~しばらく後街~

夕刻の繁華街を行き交う人々は、どいつもこいつも各々の都合で動いている

飛び交う喧騒は妹などには目を留めない。そして、それは妹にしても同じ事だった

妹「うん、ちょっと体調悪くて……私、帰るね」

妹は気遣う友人達に別れを告げて駅へ向う。今の状態で皆と一緒に居ることは出来ない

“が……あ……離れろ……死にたくなかったら早く私から離れろ!!”叫べるものなら叫びたかった

妹「ク……疼く……こんな時にまで……」

利き腕を押さえて呻く。帰り着くまでの数十分を耐え切れるか

乗り込んだ各駅列車、座席が空いていたのは幸運だった。妹は目を瞑って俯き、湧き上がる衝動を堪える

妹「っは……し、静まれ……私の腕よ……怒りを静めろ!!」

電車の震動が体に響く。滴る汗が止まらない。一瞬でも集中が切れたら全てが終わる

妹「また暴れだしやがった……ぅ……く……」

何とか最寄り駅まで辿り着いた妹だったが、そこから家までの距離が果てしなく遠い

決して走らず急いで歩いて帰って、そして早く爆発しなければならない

爆発を我慢したままこんな街中歩くなんて、頭がフットーしそうだよおっっ

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:47:50.42 ID:vckn6hKp0
~兄妹宅~

妹は日に一回程度の爆発を必要とする

望む、望まずとに関わらず、それは妹として生きる上で欠かせない行為だ

しかしこの世は、好きな時に望む場所で爆発を行える様には出来ていない

爆発の許された然るべき施設、妹にとってそれは自宅地下の爆発室だった

体力、気力、小宇宙(コスモ)を燃やして帰り着いた家、靴を脱いで鞄を落とす

手摺に縋って闇の澱む階段を降りた先の爆発室へ。二重の扉を閉めてロックを掛けて―――

妹「ぁ……!」

響く轟音、世界が揺れた。全身から煙を立ち上らせる妹は虚脱と倦怠に倒れ伏す

視界が白む、力が抜ける。何も考えられない、冷たい床に体が沈んでゆく

妹「ふぅ……」

若干の微睡みの後、目覚めた妹は体を起こして一息吐いた。目を閉じる、頭が重い

妹「こんなの……初めて……」

意識さえ遠のく、今まで味わったことの無い感覚。今回の爆発はかつてない規模のものだ

もし街中で起こったら惨事は免れなかっただろう。日々高まる爆発力は妹の心配の種なのだった

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 17:51:07.83 ID:vckn6hKp0
~妹部屋~

妹「はぁ~……私ってどうしてこうなんだろう……」

ひとしきり爆発を済ませた後に訪れるのは自己嫌悪。本能に逆らえない自分が憎い

妹の四大欲求の一つである爆発欲が有るのは仕方が無いが、世の妹達は街中で暴発などせずに暮らしている

こんな事で悩むのは自分だけなのだろうか。考えるほどに惨めで情けなく思えてきた

妹「昨日の分が軽かったのが良くなかったのかな……あ、そういえば……」

妹は玄関先に鞄を置き忘れたことに気が付いた

鞄を取りに一階まで降りる妹。通り過ぎた兄の部屋には明かりが点いていた

妹「さっきので起こしちゃったのかな?」

先程の爆発は家全体を揺るがした事だろう。それが兄の眠りを妨げたのだとしたら―――

妹「ゴメンナサイ」

若干の後ろめたさを感じる妹は、心の中で小さく詫びるのだった

妹「!」

部屋に戻って鞄を開けた妹は真っ先に携帯を確認した。着信を示す赤い光が点滅している

それは友人からのものだった。妹の具合を気に掛けてのことだろう。妹はすぐにかけ直すことにした

64 名前:覚悟はいいか?/うん、もうちょっと待って[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:55:12.09 ID:vckn6hKp0
妹「――うん、うん、ホントごめんね。もう大丈夫だから。うん……明日も学校行くから。じゃ」

電話を切った妹は携帯を閉じて充電器に挿した。何か友人を騙しているようで気が重い

体調が悪かったのは確かだが、妹のそれは心配してくれる様な種類の物ではないのだ

交友関係に始まり、恋愛、学業、健康等々、妹は悩みの尽きない生物である

妹「今日いっぱい爆発したから、明日は遊べるかな……あ、お金ないんだ……」

そう毎日遊び歩けるほど妹は金を持っていない。これも心痛の元の一つだった

妹「バイトしたいんだけどな……」

金銭を得るには労働が必要だ。しかし、爆発する危険のある体で、出来る仕事など在るのだろうか

妹「う~ん……あ!」

とある考えが浮かんだ妹の目が輝く。自分で稼げないのなら、金の有る所から奪えば良い

『兄を利用する』『秘密は守る』「両方」やらなくっちゃあならないのが「妹」の辛いところだな

65 名前:団長兄[] 投稿日:2010/03/14(日) 17:59:05.72 ID:vckn6hKp0
~兄部屋~

17時、椅子に胡坐をかいた兄は自室でパソコンに向っていた。オナニーも既に済ませてある

兄にとってこの時間帯は、昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わらない平穏なものだ

別に妹の爆発で目を覚ました訳ではない。それよりもずっと早くに起きて一日を始めている

朝7時頃に寝て15時前後に起きる。その後、21時半前に出勤するまで家で時間を潰す、それが兄の日常だった

週に一回程度スーパーに食料品等を買い出しに行く以外は外出することも少ない

勤め先が悪の組織だという点を除けば、誠に規則正しく、清く正しく、そして不健全な生活である

兄「……」

薄い壁を隔てた隣室から聞こえていた声が止んだ。妹は通話を終えたようだ

兄「だけど……アイツも大変だな」

兄は妹を思う。多くの物を犠牲にして爆発の中に生きる妹は、果たして幸せなのだろうか

しかし、こういう発想が出来るのは妹を労われる余裕が生まれたという事で、それはそれで喜ぶべきなのだろう

元通りの当たり障り無い兄妹関係に戻れたら理想的なのだが―――

兄「!」

部屋の扉を叩く音に思慮は断ち切られる。兄はタバコへ伸ばしかけた手を止めた

66 名前:魚兄[] 投稿日:2010/03/14(日) 18:03:34.79 ID:vckn6hKp0
妹「――えっとね……」

部屋に呼び入れたは良いが妹の様子が普段と違う。伏目がちで仕草に落ち着きが無い

その上、いつもなら単刀直入に突き付ける筈の用件を、今日はなかなか切り出さない

兄「どうした?」

妹「お兄ちゃん……お金貸して……」

兄「何故だ?」

歯切れも悪く妹が口にした要求は、兄には理解し難いものだった。言いたい事は解るが理由が判らない

妹「何でって…………。遊びに……行きたいから……」

兄「そういう事じゃない。何でそれを俺に頼むのか聞いてるんだ」

この兄妹の間に金銭の遣り取りをする習慣は無い。兄が問題視しているのはその点だ

妹「私はお金が欲しいの。お兄ちゃんの仕事のこと……お母さんに言っちゃうよ?」

兄「……そういう事か……」

途切れながら震える声と、決して逸らすことなく見詰める瞳は、妹の遠慮がちな決意を感じさせた

兄は「言葉」でなく「心」で理解できた。妹は自分を強請るつもりなのだ、と

67 名前:生ハム兄[] 投稿日:2010/03/14(日) 18:08:09.62 ID:vckn6hKp0
兄「で、いくら欲しいんだ?」

兄は一つ大きな溜息を吐くと顔を上げた。そして足元の鞄から出した財布を携えて妹に聞く

妹「え……?」

兄「お前は俺を脅迫してるんだろ?それなら仕方ない」

妹「本当に……良いの?」

あまりにも無抵抗な兄に妹は当惑する。しかし、兄は己の行動に一切疑問を抱いていなかった

恐喝を受けた者が金を渡す、実に単純明解な行動様式だ。そして兄の脊髄はそれさえ有れば機能する

理由さえ判れば納得も出来る。何を隠そう、俺は納得の達人だ!!

諦めることと納得すること、『現状を受け入れる』という指向性に於いて、その二つに大きな差異は無い

諦めることに長けた兄が、納得を特技とすることに何の不思議があろうか(反語)

“仕方ない”と心の中で思ったならッ! その時スデに行動は決まっているんだッ!

けれども、その従順すぎる兄の態度は、妹から見て不気味以外の何物でもなかった

68 名前:魚妹[] 投稿日:2010/03/14(日) 18:13:45.03 ID:vckn6hKp0
~妹部屋~

自室の隅で膝を抱える妹、その手には兄からせしめた一万円札が二枚

妹の悪者デビューは万事滞りなく円満に完了した。だが、その心中は穏やかではない

妹「フゥゥゥ~ッ初めて…………人を脅しちまったァ~♪でも想像してたより、何てことはないな」

嘘だ。自分を誤魔化そうとしても、胸の内には拭えない罪の意識がある

その罪悪感に耐え切れないのなら、楽になりたいのなら、方法は簡単だ。思考を止めて感情を切れば良い

妹「お兄ちゃんが……悪の組織なんかで働いてるお兄ちゃんが悪いんだ……」

それも嘘だ。言い訳だ。―――そうだ、それで良い。己を偽れ。虚構で固めてしまえ

現実の行いから目を背け、自分を納得させることで心の平穏を保とうとする

それが、先程妹を戸惑わせた兄の応動と同じものだと、妹は気付いていなかった

69 名前:さん、はい 女幹部はっ!「おっぱいだっ!」[] 投稿日:2010/03/14(日) 18:18:31.57 ID:vckn6hKp0
~数日後街~
女幹部がその男に会ったのは21時半過ぎ、通勤途中の駅での出来事。数年ぶりの再会だった
偶然の再会ではあったが運命の再会ではない。そもそも女幹部は、男から告げられるまで名前も忘れていた

女幹部「――ああ、そう。久しぶり」

男は学生時代の元同級生だという。記憶から削除されているということは、大して価値の無い人間だったのだろう
女幹部は役に立たないと判断したら、顔も名前も覚えない。無駄を省く事によって脳容量の最適化を図っているのだ

元同級生「×○さん(女幹部の本名)はあんま変わってないね。すぐに分かった」

女幹部「そう。それがどういう意味かは聞かないけど。○○君?は結構感じ違うんじゃない?」

好い加減に応対しながらも、女幹部はおぼろげに男を思い出し始めていた。うん、非常にどうでも良い人間だった
彼の学内における地位はその他大勢で、対する女幹部は多数派の一人。元から交わらない人生だったのだ

元同級生「まあ、俺はあの頃地味だったからね。俺は今、○×○で働いてるけど、×○さんは?」

女幹部「秘密」

元同級生「……そう」

女幹部「それじゃ。私、急いでるから」

返事も聞かずにその場を後にする女幹部。どうでも良い男に、どうでも良くない事を訊かれて気分を害してもいた

自分は世間様に堂々と顔向けできる様な身の上ではない、一般的な幸福など望むべくもない。そんな事は判っている
悪の道を志したからには、邪道と非道を究めるだけ。もの言わず揺れる花よりも、大地を駆ける獣であれ

だから女幹部は名乗るのだ……そう―――!誇りを持って、悪の組織の幹部を!!!(名乗らなかったけどさ)

70 名前:ガンダリウムとかアダマンチウムとかみたいな[] 投稿日:2010/03/14(日) 18:23:17.75 ID:vckn6hKp0
――それにしても趣味の悪い格好だった。電車に乗り込んだ女幹部は、先程会った男のことを思い返す

小奇麗にまとまった服装に似合わない多くの貴金属が、全体の調和を致命的に乱していた

女幹部は自分を飾る事を好まない。全ての装飾は虚飾に通ずるものだと考える。そもそも見た目にはそれ程拘らない

外見に不自由を感じたことはないが、それ以上を求めようとは思わない。一定の均整が重要なのだ

また女幹部は、金属というモノに対してある種の劣等感を抱いていた。それを身に付けるなんてとんでもない!

金属に対する人体の物質的価値、鉄の刃で容易く切り取れる肉片に、一体どれほどの値打ちがあるのだろう

彼女の魂は金属の価値に全面降伏していた。故に、その輝きや強度と自分の肉体を較べることを恐れる

したがって、身に付ける金属は、衣服の金具類と腕に埋め込まれたションボリウム合金製の機械のみである

女幹部「まあ良いか……」

そこまで気に留める必要のある男でもない。きっと半年後には存在すらも頭に残っていないだろう

そして二駅目を過ぎた頃、既に彼女の思考は、これから職場へ着いてからの苦行に向けられていた

他の各部署に頭を下げて回り、浮いた仕事をかき集めなければ、部下を働かせてやることが出来ない

やはりこの業務形態には無理がある。何か考えなければ……そんな事を思っている内に、電車は目的地に到着した

80 名前:出来る 出来るのだ[] 投稿日:2010/03/14(日) 18:58:22.86 ID:vckn6hKp0
妹「ち……こんな時に……」

体を蝕む爆発衝動、行く手を阻む怪人と戦闘員。そこは現地の原住民さえ迷わせる魔の住宅街である。妹は他の道を知らない

混濁しつつある意識、熱に浮かされた様な思考、意思を介さず体は前へ、支える足は次の歩を落とす

集中すべきは己を抑える事、本能は隙あらば気力を喰い破ろうとする

体調は悪い、機嫌も悪い。何が悪い?誰が悪い?悪い――→悪――→悪の…………組織!謎はすべて解けた、目の前のコイツらが悪い

考えが纏まれば行動在るのみ。世の人を戦慄させる怪人も、今の妹から見れば単なる邪魔者でしかない。恐怖?何ソレ、美味しいの?

妹「邪魔」

怪人、戦闘員「「?」」

妹は戦闘員を押しのけて怪人の前に立つと、体幹に渦巻く爆発力を利き腕に滑らせた

見よ、異形の悪者共を困惑させる少女の姿。見よ、 断裂せんばかりに筋繊維を引き絞って構えたる拳

その構えから導き出される脅威の一閃の方程式は 『爆発力×体重×スピード=破壊力』ッッッ!!!!

爆発する妹の拳は怪人を退けられるのか?このスレは今日中に完結できるのか?

82 名前:ヤバイ妹[] 投稿日:2010/03/14(日) 19:05:04.87 ID:vckn6hKp0
~しばらく後兄妹宅~

靴を脱ぎ捨てた妹は階段を三段飛ばし。ノックを二回、一拍置いて怒鳴り込む

妹「ちょっと!お兄ちゃん!?」

兄「どうした?」

妹は怒っていた。理由も判らず苛立っていた。自然消化を待てるほど気は長くない

大半は怪人に叩き込んできた。しかし、その残滓こそが最も根の深い、性質の悪い存在と云えるものだ

妹「私、怪人に襲われたんだよ!?」

兄に鬱憤をぶちまける妹だったが、その認識は誤りである。真実はいつも一つ、実際に襲われたのは怪人の方だった

作戦を終えて帰還途中の怪人に妹が八つ当たりした、これが真相だ。加害者の妹が怒って良い理由など何一つ在りはしない

けど妹はヤバイ。そんなの気にしない。激昂しまくり。いきなり帰ってきてキレられてもよくわかんないくらいの勢い。ヤバすぎ

怒ってるっていったけど、もしかしたら冷静かもしんない。でも冷静って事にすると、「じゃあ、この妹の行動ってナニよ?」

って事になるし、それは誰もわからない。ヤバイ。誰にも分からないなんて凄すぎる

兄「それで?」

兄は草食動物の警戒心を持つ、所謂草食系男子だ。降りかかる災厄を機敏に捉え、注意深く事態を観察する

その上で判断を下した。妹が激情を突き立てるべき相手は自分ではない、ならば動じる必要は無い、と

83 名前:苺妹[] 投稿日:2010/03/14(日) 19:10:09.65 ID:vckn6hKp0
兄は環境の平穏を望み、妹は自己の平穏を求める。相反する感覚を持つ二人の価値観は噛み合わない

立ち塞がる物をすり抜けて影の中を駆ける兄、遮る物を叩き壊して怪人をも灰塵に帰する妹

妹の本性は「獰猛」!それは……『爆発するかの様に襲い……そして消える時は、嵐の様に立ち去る』…………

その内なる攻撃性は主に兄に牙を剥く。如何なる感情も真っ向から受け流せる、類稀な無神経さを持った不思議生物に向けて

妹「“それで?”って……お兄ちゃんは悪の組織なんでしょ!?」

兄「いや、前にも言った通り、怪人とは所属が違うからな?俺に言われても困る」

妹「なんで悪の組織なんかに入っちゃったの……?」

兄「しょうがないだろ?俺は元々そんな奴だからな」

否定の中に成立して、拒絶の中に見出された兄の性格は卑怯で卑屈。形容するなら小悪党、そんな事は知っている

しかし妹は、そんなダメな兄でも真っ当に生きて欲しいと願うのだ。気持ちを上手く言い表せないのがもどかしい

妹「そんな仕事、もう辞めてよ!」

妹は若干の焦りを持って兄を責める。怒りの持続時間が長くないことを、無意識の内に感じ取っているのだ

頭が冷静さを取り戻し、己の間違いに気付いてしまう前に全てを吐き出してしまわなければならない

心乱すことから全ては始まる。正気にては大業ならず。妹道は○グルイなり

84 名前:兄流れ[] 投稿日:2010/03/14(日) 19:14:24.88 ID:vckn6hKp0
兄「だから俺は本部の活動に直接関わってないって言ってるだろ?」

妹「そういう事じゃないの!悪の組織は悪い事してるんでしょ?だったら、そんなのダメに決まってるじゃん!」

兄「ちょっと待て、悪の組織にも色んな人が居る。受付の女も居れば、掃除のオッサンも居る。その人達も悪だと言う気か?」

半狂乱の妹は生半には止まらないが、兄は慣れたものだ。頃合を見て言いくるめに掛かる

妹「え……?」

兄「悪に関わった物は全て悪か?例えば、何かの武器で人が殺されたとして、その武器の材料になった鉄を精錬した奴は悪か?」

妹「う……」

兄「それに、お前は他人に辞めろと言われて学校を辞めるか?もし俺が辞めたとしたら、お前が代わりの仕事を用意してくれるのか?」

妹「それは……」

返答に詰まる妹。矢継ぎ早に畳み掛ける質問の最中、兄の話は追い付けぬ地平まで横滑りしていたのである

論点は強引に摩り替えられていた。精妙なる思考の調節が出来なければ、会話はあらぬ方向へ飛んで行ったろう

妹が兄を変えられない様に、兄が妹を宥められる筈もない。だが煙に巻くぐらいは出来る。出来るのだ

怒りの生贄にされた際、感情の収束を待って反攻に転じるのは兄の常套手段である。妹はそれに抗う術を持たない

だが、例え上手く丸め込まれたとしても、それは負けではない。妹の目的は憤懣を叩き付けることだからだ

むしろ遠慮せず、容赦なく言いたいことを言い切った時点で、妹の勝ちと云えるだろう

85 名前:お兄ちゃんには夢が無いね[] 投稿日:2010/03/14(日) 19:19:05.33 ID:vckn6hKp0
兄「俺は、仕事を辞めたら生きていけないんだよ」

妹「……」

兄の漏らした言葉は偽りなき本心だった。今の兄の存在は悪の組織無しには成り立ち得ない

自宅警備員として魂を腐らせていた彼が、初めて現実に立ち向って手に入れた居場所、それが今の職場だった

両親から学ぶ筈の「人として扱われる」という、あたり前の事を悪者の中で知ったのだ

奇妙なことだが、悪事を働き、法律をやぶる『悪の組織』が「ウンコ製造機」だった彼を「人間」にしてくれたのだ

こうして「兄」は、働いたら負けかな、と思うよりも……『悪の組織』の仕事を大切に感じる様になったのだ!

兄「だけど、ま、お前が無事で良かったよ」

妹「え……?」

妹に向けて目元を緩ませる兄。これもまた本心からの笑みだった。彼の厄介な点はそこにある

嘘と演技に本音を織り込み、更に詭弁で色を付けた言動は、受け取る方からすると非常に対処しづらいのだ

それはさておき、悪の組織の活動が家族に害を及ぼさないかと、兄が心を痛めていたのは事実だった

けれども、心配以上の事はしないのが兄だ。行動を伴わない憂慮など、道端のゲロ程にも役に立たない

感情を排した慎重な損得勘定の上での無行動だったが、それならばいっそ、その気遣いすらも捨ててしまうべきだった

一流のクズが人間らしい心を甦らせてしまったのは喜劇というしかない。自我の多面性は、この先も兄を迷わすことだろう

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 19:23:16.42 ID:vckn6hKp0
妹「――お兄ちゃん、勝手なこと言ってゴメン」

兄「いや、良い」

妹の沈静化をもって侵攻は終結する。その後は速やかに普段通りの兄妹に戻ることになっていた

妹にしても、感情に任せた無茶な言い分が通るとは思っていない。ただ話を聞いてもらいたかっただけなのだ

兄「でも、怪人に関しては何も出来ないぞ。組織の中で俺は、ただの下っ端だからな」

妹「ううん、それも大丈夫。よく考えたら、怪人に遭うことなんか滅多に無いしね。そんなに心配しなくても良いかも」

兄「それもそうか」

基本的に目先のこと、自分のこと以外には気を回さないのが、この兄妹に共通する傾向である

そして、今回は無事に切り抜けられたから、もし次があっても大丈夫だろうという考えが妹には有るのだった

妹「あ、そうだ。明日買い物に行くからお金ちょーだい」

兄「はいはい」

妹の切り替えは早い。溜まった悪いモノを大方出し尽くしたならば、前向きな発想も浮かんでくる

今の兄妹には一通り話をして、なおも割り切れない思いは金で折り合いをつけるという手段がある

分かり易い関係を望む2人にとって、これ程都合のいい解決法もないだろう

87 名前:サーチ&デストロイ妹[] 投稿日:2010/03/14(日) 19:28:31.41 ID:vckn6hKp0
~しばらく後妹部屋~

夜更けに歌う都会のカラスに答える声は無い。寝る支度を済ませた妹は、灯りを点けたまま布団を被っていた

数時間前の余韻などは残っていない。ご飯を食べてお風呂に流せば、それは跡形も無く消え失せてしまう

妹「……」

妹は考える。あまり建設的でない事をよく考える。蚊に食われた肘の辺りが痒い

痒いくらいならば痛い方が余程マシだ。赤く腫れたその部分を毟り取ってしまったら、随分楽になれるだろう

人類の最大の敵は、ゴキブリではなく蚊なのかも知れない。奴等はどうして人を痒くするのか

それさえ無ければ、血の一滴や二滴くれてやるのに、と思う。ただ血を吸うだけなら、ここまで憎まれなかったハズだ

蚊はアホだ。あの気に障る羽音もいけない。アレのおかげで接近を気取られる。もっとおとなしく飛べば良いのに、とも思う

妹が蚊に要求する点は二つ。血を吸った箇所を痒くしないこと、そして羽音を立てないこと、である

そこさえ改善すれば、かなり無害に思えるのではないか―――いや、ここまで考えて、妹の頭には別の可能性もよぎった

刺されても痒みを感じず、無音で飛ぶ蚊とは、実は恐ろしい生物ではないのか。いくら血を吸われても、それに気付けないのは怖い

やっぱり蚊は絶対悪だ、人類の敵だ。どこかの暑い国には、蚊に刺されて伝染る病気もあった気がする

さて、目下の問題は部屋に侵入している蚊な訳だ。最初の一撃で討ち漏らしたのが痛かった

奴を殲滅しなければ安眠は望めない。見敵必殺、さあ、夜はこれからだ!! お楽しみはこれからだ!! ハリー(早く)!!×6

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 19:34:06.03 ID:vckn6hKp0
~数日後女幹部宅~

女幹部は公と私を明確に区別する。厳しい勤務態度と反比例して、その私生活はひどくいい加減である

そして、その秘密を知った後に息をしている者は皆無。この質素にして乱雑な1DKを訪れる知り合いなど存在しないのだ

午前8時、シャワーを浴びて髪を乾かした女幹部は、リビングで独り、グラスを傾けていた

摂取すべきアルコールの量はバーボンを瓶の半分程度。好きだから飲むのではない、純然たる寝酒である

だが、あまり得意ではない筈の酒も、嬉しい事の有った今日は心地よくノドを通り抜ける

事業部上層部との交渉が纏まり、新規業務を始める許可が下りた。それは移籍してから初めて手にした充足だった

これで今まで畑違いの仕事をさせ、苦労をかけた部下に報いられると思うと、火照った頬も自然に緩んでくる

女幹部「む~……」

女幹部は氷だけになったグラスを置いて、手にした瓶を凝視した。どうも睡眠に必要な分は、既に飲んでしまったようだ

自覚はないが、普段よりも速いペースで注いでいたのだろう。ここで自制できるのが女幹部、そこらのアル中とは少し違う

これ以上の深酒は明日(というか今夜)の仕事に差し支えることを経験的に知っているのだ

とはいえ、すぐさま倒れられる程に酔いは回っていない。ベッドに潜り込む気にもならない女幹部は、予定を確認しようとパソコンを立ち上げる

女幹部「…………!」

遅れて効いてきたアルコール、薄れゆく意識の中、開いたメールは本部からの緊急幹部会議の招集。日時は今日の―――…・ ・  ・

90 名前:見てくれてる人が居ると信じてメシ食ってくる[] 投稿日:2010/03/14(日) 19:40:34.13 ID:vckn6hKp0
~しばらく後悪の組織本部~

古今東西、悪者は集まることを好む。悪者に限らず、人間は群れを成し、意思を共有して繁栄した生物だ

そして、とりわけ力を誇示すべき悪者が数を頼みにするのは必然と言えるだろう

悪者は団結してこそ本当の発揮できる。悪は単体では真の恐ろしさを持たないのだ

悪の組織もその例に漏れない。その象徴たる幹部ともなれば尚の事、何かにつけて集いたがる

月二回の定例会議に加え、事ある毎に緊急会議。その多くは何の結論も出ない、会議の為の会議である

またそれは、本部の幹部でありながら事業部に身を置く女幹部を悩ませていた

本部に居る他の幹部達の勤務時間が9時~18時なのに対して、事業部に属する女幹部は22時~6時

生活時間からして異なるため、16時に開かれる会議に出るのは大きな負担になるのだ

しかし、それは義務だ。いずれは復帰する予定のある、本部との繋がりを保つためにも、欠かすことは許されない

女幹部「……」

席に着いた女幹部は、袖を捲って左手の古傷に目をやった。ここが紅く色付いているという事は、酒が抜けていない証拠

頭に鼓動が鳴り響く、生きているのが辛い。いくら吐いてみても、既に吸収されてしまった分はどうにもならない

そして予定時刻、幹部A、B、C、女幹部、一同が出揃ったところで会議は始まる。ああ……地球が爆発すれば良いのに……

96 名前:QSK女幹部[] 投稿日:2010/03/14(日) 20:38:20.80 ID:vckn6hKp0
悪の幹部A「――と、いう事で本日の議題は事業部との関係改善について、だ」

悪の幹部C「奴らの動向は?」

女幹部「は、はい」

水を向けられた女幹部は、揺れる頭脳を懸命に回転させる。“急に質問が来たので……”では済まされないのだ

女幹部「えー……先程幹部A様からご指摘のありました通り、本部の規模縮小を要求する声が高まっているのは事実です――」

事業部の現状を説明する女幹部。特に内偵などしている訳ではないが、外部からは知りえない情報も多少は持っている

悪の組織事業部とは、本部へ活動資金を供給するために作られた団体である。その彼らが独自の意思を持って動き始めていた

構造は破綻しかかっている。事業部が利潤を追求する営利集団であるという点を鑑みれば、本部の存在は癌でしかないのだ

形の上では本部が優位でも、実際に手綱を握っているのは事業部。対立が表面化してないといえど、その動きは静観できない

幹部B「思い上がりやがって……!首謀者はどいつだ!?二、三人も粛清すれば大人しくなるだろうさ」

いきり立つ幹部Bは組織内でも武闘派として知られる男である。ちなみに、女幹部の元上司だった悪の紳士でもある

幹部A「待て、それは最終手段だ。下手に刺激して、独立したいなどと言い出されたらどうする?」

幹部B「向こうから仕掛けさせれば大義名分も立つさ。奴等は立場ってものを分かってない」

女幹部「……」

女幹部は議論に入り込めずに居た。心の置き処を定められない。目の前のやり取りがひどく遠い物に感じられた

97 名前:読みにくいな[] 投稿日:2010/03/14(日) 20:45:35.64 ID:vckn6hKp0
幹部A「それよりもまず、何故事業部が本部の意思を離れたのかを考えろ。奴らの不穏な動きは、ここ数ヶ月のことだ」

幹部Bをたしなめる幹部A。事業部を叩き潰すのは容易いが、それでは意味が無い。ここは穏便に解決するのが望ましいのだ

幹部A「それ以前、事業部が正しく機能していた昨年に我々は何をしていた?あの頃に在って今に無い物は何だ?」

幹部B「去年までは悪の総統の下、色レンジャーと…………」

幹部A「そうだ。色レンジャー、つまりは敵だ!我々には敵が必要だとは思わんか?」

幹部B「と、いうと?」

幹部A「足りないのは危機だ。平和など害悪、そんな物が在るから要らぬ事を考える輩も出てくる」

幹部B「ふむ」

幹部A「我々が矢面に立っているからこそ、奴等は安穏と金儲けに勤しむことが出来る。それを今一度知らしめてやろうじゃないか」

幹部B「しかし、言いたいことは解るが、肝心の敵が居ないだろう?」

幹部C「安心しろ。うってつけの相手が現れてくれた」

沈黙を破る幹部C、静かに状況を見守っていた会議の主催者が、満を持して本題に切り込む

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 20:55:19.52 ID:vckn6hKp0
幹部C「先日、私の部下である怪人スパイダー男が、作戦中に何者かの襲撃を受けた。重症だ、しばらく入院することになるだろう」

幹部B「ほう」

幹部C「戦闘員どもの話によれば相手は一人、たった一人の少女だったらしい」

幹部B「なん……だと……?」

幹部C「単身で怪人に挑み、一撃のもとに殴り倒す少女!実に魅力的だろう?おあつらえ向きの相手だろう?」

幹部A「私も初めは信じられなかったが、どうも本当の事のようだ」

幹部B「なるほどなるほど、確かに面白いな」

荒事に身を投じてこそ本領を発揮できる、悪の組織本部の幹部達である。危機の到来となれば、いやが上にも血は騒ぐ

危機がネギ背負って箒に跨り飛んできたのだ。奥深く沈み、冷え切っていた本能が熱を帯びてゆく

女幹部「では、我々の部署も本部に戻って陣容を整えます」

女幹部もその流れに乗る。場に馴染めぬ身といえど、押し黙っていて環境は改善しないのだ

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:00:17.87 ID:vckn6hKp0
幹部A「いや結構。貴女は引き続き事業部に残って、他の仕事を受け持っていただく」

女幹部「何故ですか!?我々の出向は、新たな敵が現れるまで、という条件付だった筈……」

女幹部の宣言は拒絶の一言をもって迎えられた。当然ながら、それを承服できる女幹部ではない

幹部B「だが、状況は変わっている。今必要なのは力による王道の勝利。目に見える形での戦闘が求められているんだよ」

女幹部「我々は本部に必要ないと……?」

幹部C「そういう意味ではない。この戦いは目的ではなく手段だ。口実といっても良い。事業部に本来の役割を思い出させる為の、な」

幹部B「それに、事業部内で情報を集められる人間がいた方が良い。それを任せられるのはお前だけだ」

女幹部「ですが……」

女幹部は応答に窮した。三人の言葉の裏には、女幹部を本部の中枢から遠ざけようという意図が窺える

けれど、理不尽でありながらも、一応の理由が付けられた要求を拒むことは出来ない。力関係では向こうが上なのだ

経験と実績で劣る女幹部は、他の幹部よりも発言力が弱い。そして、その力を付けさせない、という方向でA~Cは一致していた

悪の総統の居ない今、幹部は常に競合し、互いに蹴落としあう関係にある。権力を争う相手は一人でも少ない方が好い

女幹部「……」

多勢に無勢、まして酒の影響で正しく働かない頭である。女幹部に的確な反論など浮かぼう筈もなかった

101 名前:女幹部、心の向こうに[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:05:01.43 ID:vckn6hKp0
幹部A「――と、いう事で、当面の敵は決まった。各々持てる力を存分に発揮して戦いに臨もう。以上」

幹部Aが締めて議論は終わる。踊り狂ったあげく何も得る物の無い多くの会議と違い、今回は珍しく意義のあるものだった

しかし、奮い立つ他の幹部を余所に、女幹部は失意の中にあった。本部に返り咲こうという念願は果たされる見通しも立たない

本部の連中が女幹部に敵意を向けているのは見て取れた。ここで身を立てる道は閉ざされている

弱肉強食の悪の組織にあって、弱者は永遠に強くなれないのか、そんな諦めにも似た悲観が頭をもたげてきた

幹部B「おい」

挫折感に怨嗟と悲哀、唇を噛んで本部を去ろうとする女幹部を呼び止める声。足を止めて顔を向けると、そこには幹部B

女幹部「何でしょうか」

答える響きに温度は無く、見返す眼差しに彩度は無い。ごめんなさい、こんな時どんな顔をすればいいかわからないの……

幹部B「ちょっと話があってな」

女幹部「私にはありません」

女幹部は取りあわない。かつての上司といえども現在は敵同士、自分をを排斥した一人が今さら何を話そうというのか

幹部B「待て、お前は今の境遇に満足してるのか?もし本部に復帰したいなら、俺が力を貸してやっても良いぞ」

女幹部「貴方がそれを言いますか……」

悪の紳士の不誠実さを知る女幹部は鼻で笑うが、甘言の裏を覗いて見るのも面白い。それは自嘲の笑みでもあった

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:10:34.80 ID:vckn6hKp0
~悪の組織本部幹部B個室~

幹部Bの個室に通された女幹部は、椅子に腰を下ろして脚を組んだ。話は聞くだけ聞くが、あまり時間を取られる気は無い

幹部B「確かにAやCはお前を警戒してるよ。自分の地位が脅かされないか危惧してる。お前は宿敵を奪った仇でもあるしな」

女幹部「でしょうね」

女幹部もそれは承知している。ただ、幹部AやCは反感を隠そうとしない分だけ、まだ相手のしようもあると云える

幹部B「俺は違う。お前の実力を評価している。俺たちは良い関係を築けると信じてる」

対して幹部Bは、その姿勢を表に出さない。この男の信用ならないことは、元部下である女幹部にはよく分かっている

女幹部「そうですか。で、要求は何ですか?」

幹部Bの魂胆を見透かした女幹部は先を急かす。長々と建前を拝聴しても仕方ない

提案とは別の思惑もあるだろう。ならば言葉だけ受け取って、損得の判断は自分ですれば良い

幹部B「ずいぶん他人行儀だな……まあ好い、俺は反逆者は血で償わせるべきだと思ってる。
A達のやり方では生ぬるいんだよ。次の総統の座を狙うなら、力を証明する必要があるだろう?」

女幹部「それで?」

幹部B「それには、制裁されても仕方が無い、という構図が要る。事業部の連中に働きかけて、本部に対する敵愾心を煽ってほしい」

女幹部「考えておきます」

女幹部は時計を気にして席を立つ。悪の紳士の胆は読めた、底も見えた。どう動くかは後でじっくり検討することにしよう

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:15:54.26 ID:vckn6hKp0
幹部B「――俺がこんな事を話したのは、お前を信用してるからだ。また以前の様に上手くやっていけるんじゃないか?」

女幹部「そうですね。ですが、状況は変わっているんですよ」

続いて立ち上がった幹部Bは女幹部の背中に言葉を投げた。女幹部は答えながらも歩みを止めない

幹部B「帰るのか?だったら送っていくぞ」

女幹部「……ええ、それでは街までお願いします」

ドアに手を伸ばした女幹部は、少し迷った末に振り返って微笑んだ。仮初めの協力関係、胸中は極力伏せておくのが望ましい

無言、無言、無言―――。後部座席に乗り込んだ女幹部は利害を吟味する。何が誰の得になるのか、自分は何を目指すのか

女幹部「……!」

強い西日が目を突いた。地下駐車場から国道に出た車は、菜園地帯を抜けて近くの街へ。ルームミラーの顔を見やる女幹部

かつては上司として信頼し、憧れもした幹部Bだったが、間をおいて心の離れた今は冷静に分析できる

ああ、この程度の男だったのか。こんな小物に心酔した過去のあったことを抹消したくなってきた

作戦中の負傷で前線に立てなくなった女幹部に、新部署の立ち上げを勧めたのも、幹部に昇進する後押しをしたのも、

全ては自分の権力拡大に繋げる計算あっての事だった。そこまでは良しとしよう、その先が問題だ

この男は今の女幹部も影響下に置こうとしている。結局は自分の息の掛かった駒が欲しいだけ、そんな輩に従ってやる義理も無い

そこで女幹部は思う、本部内でのし上がると決めたのは、悪の紳士と肩を並べたかったからだ。現状はどうだ?さて、どうする……

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:23:24.13 ID:vckn6hKp0
~しばらく後悪の組織事業部代表個室~

悪の組織事業部代表「本部の幹部会議があったそうですね?」

女幹部「ええ。お耳の早いことです」

22時、いつも通り出勤した女幹部は事業部代表に呼ばれた。この代表というのがまた、捉えどころのない人物である

穏やかな物腰で愛想も良いが、ただそれだけの人間に悪の組織事業部を切り盛りできる筈は無い。腹に一物含んでいるのは確実

女幹部は、この代表が反本部派の主導であると踏んでいた。本部の動きを常に気に掛けている辺りも怪しい

代表「それで、何か決まった事はありましたか?」

女幹部「はい、本部に仇なす勢力が現れた模様で、すぐにも交戦体制に入るとの事です」

ホラ来た、とばかりに笑みを噛み殺す女幹部。とはいえ、会議の内容は隠す程のものではない。じきに正式な通達も来るだろう

代表「なるほど、分かりました。では貴女も本部に復帰を?」

代表が僅かに眉をひそめたのを女幹部は見逃さない。本部の意向を察したのだとしたら――かなりの切れ者!やはり天才か……

女幹部「いえ、私共はこの作戦には参加しません。出来ないのです」

代表「そうですか」

女幹部「理由をお聞きになられないのですか?」

少々予定が狂った。来ると思っていた質問が来ない。もっと深く突っ込んで欲しいのに、奥までかき回して欲しいのに……

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:28:41.27 ID:vckn6hKp0
代表「いえ、本部には本部の事情もあるでしょうし、そこに立ち入るのは野暮だと思いまして」

代表は女幹部の境遇に我関せずの姿勢をとる。興味が無いのか―――いや、信用されていないのだ。このままでは都合が悪い

実のところ女幹部は、自身の辿るべき道を見極められていなかった。本部に付くべきか、事業部に付くべきか、それが問題だ

判断の誤りは部下にも降りかかる、そうそう気軽に決められるものではない。だが、そんな中でも為すべきことはある

本部の意思に従うか否か、いずれにせよ今現在事業部に勤務している以上、事業部内での地位を固めることは不可欠と云えよう

半部外者の立場を脱却しないことには、内偵活動はもとより煽動など不可能だ。その為にはこのオッサンを攻略せねばならない

女幹部「お恥ずかしい話ですが、私は本部幹部の末席に名を連ねておりますけれども、実権は殆ど無い、というのが実情です」

代表「?それはそれは……」

訊かれてもいない事を語りだした女幹部に、真意の掴めぬ様子の代表。だが聞いてもらおう、女幹部は立場を明らかにする必要があるのだ

女幹部「本部に居場所はありません。それどころか、戻ることも叶わないでしょう」

代表「つまり、この先も事業部に身を置かざるを得ないと?」

女幹部「ええ、仰るとおりです。それならば、本格的に事業部の業務に携わりたいと思いまして。今それをご相談申し上げようと」

代表「そうでしたか」

椅子に背を預けた代表は、手を組んだまま表情を崩さない。、まだ足りない、もっと弱味も強みも垣間見させなければ届かない

107 名前:MPの足りない女幹部[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:33:43.95 ID:vckn6hKp0
代表「――当事業部にとって貴女を雇うことは何のメリットがあるとお考えですか?」

代表は女幹部の価値を問う。今は本部の意向で出向を受け入れているが、正式に雇うとなれば話は別だ

役に立つとなれば何者でも拒むことは無いが、ある程度以上の利益をもたらせる存在でなければ抱える意味は無い

女幹部「はい。敵が襲って来ても守れます。」

代表「いや、当事業部には襲ってくる様な輩はいません。それに人に危害を加えるのは犯罪ですよね。」

女幹部「でも、警察にも勝てますよ。」

代表「いや、勝つとかそういう問題じゃなくてですね・・・」

女幹部「私は本部の幹部ですよ。」

代表「ふざけないでください。貴女は事業部では新参でしょう。だいたい・・・」

女幹部「本部では一応ですが幹部です。この肩書き、便利だとは思いませんか?」

代表「ふむ……」

何事か思い当たった様に口元に手を添えて考える代表。期待の持てそうな反応に、機を察した女幹部は更なる攻勢を掛ける

女幹部「本部との駆け引きに私を利用していただけないでしょうか?私にしか出来ない事もありますよ?例えば幹部会議の開催とか……」

本部での地位を前面に押し出して自分を売り込む女幹部は、自身の難しい立場を脱しようとするのではなく、敢えてそれを活かそうとしていた

正しい方針が分からないのは、裏を返せばそれだけ自由という事だ。劇的を望むなら、危ない橋の一つや二つ渡ってみるのも良いだろう

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:38:47.55 ID:vckn6hKp0
代表「――要望は承りました。ですが、私の一存では決めかねる問題ですので、他の者と検討させてもらいます」

女幹部「はい、ぜひ前向きに御検討ください」

代表は机に肘を置いて再び指を組んだ。ただし先程とは違い、その視線の奥には多少の感情も窺える

動揺は少なからずあるだろうが、同時に安心もしている筈。女幹部の扱いに最も頭を痛めていたのは他ならぬ代表だからだ

まずまずの手応えと見るべきだろう。楔は打ち込んだ、これから時間をかけて信用させていけば良い

女幹部「それと、結論はどうあれ、我々の待遇は以前と同じでお願いします。あくまで表向きは、ですがね」

代表「ええ、分かっています」

女幹部「ありがとうございます。では失礼します」

女幹部は一礼して退出する前に一言添えるのを忘れなかった。その意味を承知している代表は、やや複雑な面持ちで肯く

女幹部の動きを本部に悟らせない様に、偽装する必要がある為だが、女幹部にはそれとは別の思惑もあった

今はまだ事業部と本部のどちらに付くか選んだ訳ではない。情勢を見つつそれを決める為には、立場は今のままが望ましい

相対する勢力の両方に属し、且つ属さない境遇に安泰は無いが、その不安定さゆえに日和見にはもってこいなのだった

女幹部「さて……」

ひとまずの方針は定めたが、それが正しいのかは判らない。自分、部下、組織、何を優先するか、揺れながらも進むしかない

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:43:10.79 ID:vckn6hKp0
~悪の組織事業部一階オフィス~

女幹部「おい、お前らちょっと注目。悪い知らせと良くない知らせが有るんだが、どっちから聞きたい?」

扉を開けた女幹部が発した言葉に、フロアの一同は手を止めた。突然やって来てそんな事を言われても応答に困る

重い話を軽く言い出そうとした女幹部だったが、部下たちの反応は思わしくない。やはり慣れない事はすべきでなかったか

同僚A「……いや、どっちでも良いですけど……」

気まずさを打ち破るべく同僚Aが口を開いた。無難な対応は目端の利くこのナイス☆ガイに任せておくと好いだろう

女幹部「む……そうか。では、まずは一つ目、本部が新たな敵勢力と交戦を始めるが、我々はその戦いに参加できない」

同僚A「ああ、今日は幹部会議でしたね。やはり本部復帰は先送りですか?」

女幹部「そうだな。現時点では絶望的だと見るべきだろう。そして二つ目、事業部は本部と事を構えるかも知れん」

同僚A「やはりそうなりますか……」

達観した様な顔の同僚A、耳ざといナイス☆ガイは事業部の不穏な動きを察知していた。そうなれば本部の考えも大方の見当は付く

同僚A「それで、ウチはどうします?」

女幹部「取り敢えずは様子見だな。その後は……なあお前ら、どうすれば良いと思う?」

女幹部は部屋中から寄せられた視線を回収して尋ねる。予期せぬその問いは、部下たちに若干の衝撃を与えた

一見弱気にも見える態度、自らの決断のみで部署を引っ張ってきた女幹部に、意見を求められるなととは考えてもいなかったのだ

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:47:09.10 ID:vckn6hKp0
宙を見詰める者、下を向いて考え込む者、顔を見合わせる者、ざわめきの起こりかけた室内は各人が思い思いの動揺を示した

そんな中で兄だけは泰然と構えていた。彼にとって仕事とは他人の都合で行うものであり、何かを考える事はその範疇を外れている

ともすれば無責任に思えるこの姿勢も、独特の責任感に則ってのことである。兄は自分の領分をわきまえているのだ

彼の仕事は女幹部の命令無しには始まらない。しかし、一度下された命は何に代えても果たされようとする

状況がどう転ぶにせよ、最終的な判断は女幹部が下すだろう。ならばそれに従うまでだ、と考えていた

女幹部の下でしか働いた経験の無い兄である。仕事の全ては女幹部と共にあり、その二つを分けて捉えることは出来ないのだ

仕事、その存在は兄の中の多くを占める様になっていた。それ抜きにはどう生きて良いのか判らない、重度の仕事依存症である

決して他人を信じなかった、初めから期待していないからだ。ところが奇妙なことに、そんな兄が女幹部だけは信じていた

何も他人に求めなかった、自分に期待していないからだ。ところが不思議なことに、そんな兄に仕事が居場所を与えた

自分が唯一、人間でいて良い場所が職場であり、それを与えてくれたのが女幹部だったのだ、と兄は認識していていた

頭の中で人生を生きる兄は、脳内で定めた定義を外さないよう心がける。そして正しい道を示すのは女幹部である

今までそうしてきた、何の問題も無い。彼は決して揺らぐことなく、下っ端としての自分を全うしようとしているのだった

同僚A「――それで、本部の言う新しい敵ってのはどんな連中ですか?ウチとしても全くの無関心って訳にはいきませんよね」

女幹部「正体は不明だそうだ。分かっているのは、それが爆発する少女だという情報だけらしい」

自らの役割を確認した兄は女幹部と同僚Aの会話に耳を傾けた。―――はて、爆発する少女……何か心当たりがある様な……

112 名前:ホサ……!?俺はメキシコ人じゃない。[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:52:30.80 ID:vckn6hKp0
~悪の組織事業部五階代表個室~

悪の代表補佐「そうですか、女幹部が協力を持ちかけてきましたか」

女幹部の扱いについて相談を受けた悪の代表補佐は、腰の前で組んでいた指を解いて左手を腰に、右手を顎に添えた

この補佐は代表の最も頼りにする部下の一人であり、刺身タンポポや軍落としなど、一部業務の責任者も任されている男だった

代表「信用できると思うか?」

補佐「いえ、今はまだその段階ではありません。あの女幹部ですからね。用心しすぎるという事は無いでしょう」

補佐は慎重である。石橋は叩いて壊す、どんな時も疑う心を忘れない、時折迷走を見せる代表にも忌憚のない意見を述べられる

そんな彼だからこそ、本部との関係がこじれた今、事業部に出向中である女幹部の存在に神経を磨り減らしてもいたのだ

“敵に回すと恐ろしいが、味方に付けると頼りない”、そう恐れられる曲者を本部が送り込んできた時から、補佐は注意を向け続けていた

ところがこの半年間、女幹部は不気味なほどに無毒だった。何の目的も感じさせないまま、当たり障りのない地位に納まってしまった

それが今このタイミングで代表に擦り寄ってきたのは何故か、真意が読み取れない。何か裏があると考えるのが妥当だろうか

補佐「ですが……女幹部は自ら退路を絶ってきました。本気である可能性もあります。結論を出すのは保留した方がよろしいかと」

補佐は躊躇いがちに続けた。本部で不遇をかこっている現状を考慮すれば、女幹部が事業部に乗り換えたとしても不思議は無い

そこに付け込んで懐柔する案も在ったが、それを向こうから言い出させたのは失態である。これでこの件の主導権は持っていかれた

そして何より、退路を断った者からの願い出にはスゴ味があるッ!覚悟の持つ重圧に押し切られないよう、手を打つ必要があるだろう

113 名前:知らない、天上[] 投稿日:2010/03/14(日) 21:56:07.61 ID:vckn6hKp0
~しばらく後街~

兄は異次元を生きる。例え人波の中にあったとしても、その存在は独立していた

他人に心を乱されるの嫌う兄は自分以外を見ない。世に溢れる幸福や不幸は、直視するには眩しすぎるのだ

誰かと比べて見るほどに、何も無い内面が浮かび上がる。誰もが自分より確かに生きている、それはただの事実だった

だから壁を作る、距離を置く。兄は自身を人類の最底辺と位置付けて、人間社会から隔絶を図っていた

全ての他人は、遥か見上げる天空の星であればよかった。夜空に輝く光の粒に心動かされる感性など持ち合わせていない

道行く人々は無関係の世界に居た。それは人間である必要は―――それどころか、生物である必要も無い

頑強な心の壁を隔てた他人は、木や電柱と何ら変わりの無い物体である。その壁(便宜上D.T.フィールドと呼ぶ)の展開範囲は半径1,5m程

彼にとってはその中に入った者だけが人間であり、もし踏み込む者が居たならば、草食動物の警戒心と残虐な観察眼に晒される運命にあった

遠き慮りに目を向けようとせず、近き憂いへの対応に全力を傾けるのが兄の生き方である

そんな兄が、呼びかける声を認識できないのは全く自然な事の運びなのだったが、兄の生きる世界など妹の知ったことではない

妹「ねぇ!お兄ちゃん!?」

帰宅途中に兄を見付けたものの、呼び止めても気付いてもらえない。大した事ではないが、無視されたのなら腹が立つ

妹「ちょっと!聞いてんの!?」

陰鬱な空気を醸し出しながら歩く背中はまさしく兄。しかし意地になって張り上げる声も、その耳にはまるで届いていない様だった

114 名前:妹、襲来[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:00:04.29 ID:vckn6hKp0
買い物袋を下げて独り歩く、この誰も居ない世界は静かで平穏、自分を見失うには狭すぎる

その兄の支配する絶対空間に侵入者アリ、距離は1.5mから1mへ。速い!この気配―――妹か―――!

兄の繊細な五感はD.T.フィールド内を満たし、その中で起こる物体の動きを正確に捕捉することが出来るのだ

全方位に展開する感覚の網、危険察知に優れる草食系男子ならではの能力と云えるだろう

兄「どうした?」

妹「え!?え?いや……聞こえてんなら返事してよ」

振り返りもせず兄が発した言葉に、妹はランニング状態で足を止めた。何故か近付いた妹の方が動揺してしまっている

兄「何も聞こえなかったけど、お前が来たのは分かった」

妹「はあ?何ソレ?」

兄「気にしなくて良い。で、何か用か?」

妹「別に用ってワケじゃないけど……」

話は噛み合わない、何を思っているのか解からない。しかしそこは実の妹である、理解は出来なくとも兄との接し方は心得ている

相手が不思議生物だと知っていればどうという事はない、もとより他人の行動全てを理解できる筈もないのだ

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:05:30.67 ID:vckn6hKp0
妹「外で会うのは珍しいと思ってさ。買い物?」

兄「見ればわかるだろ」

袋を右手に持ち替えた兄は視線を妹から外した。曇り空の下、暗黙の沈黙を二人は歩く

兄は長々と語る事を嫌う。基本的に必要最低限のことしか口に出そうとしない上、時には必要なことも話さない

単に会話が苦手なだけだが、その無口さは彼への理解をより困難にし、正体不明の不思議生物と見なされる一因にもなっていた

兄「――あ、そうそう」

妹「え?」

そろそろ家も見えてきた頃、兄が何かを思い出して口を開いた。その存在を忘れかけていた妹は、少々驚いて隣の顔を見上げる

兄「お前、この間怪人をブッ飛ばしたろ?」

妹「え?うん」

兄「そのせいで本部に狙われてるかも知れんから気を付けろよ」

妹「は……?」

怪人を襲撃した爆発する少女―――昨夜女の話に出た幹部本部の新たな敵とは、妹の事ではないかと兄は考えていた

しかし今回は頑張った。ただ心配するだけでなく、危険を知らせることも出来たのだ。やれる事はやった、兄の顔は達成感に満ちていた

116 名前:兄の虚栄ココナッツ[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:11:02.90 ID:vckn6hKp0
~兄妹宅玄関~

唐突に、平然と、剣呑なセリフを吐いた兄は妹を放置して玄関の鍵を開けた。言葉を失っている場合ではない、走れ、妹!

妹「いやいやいやいや、ちょっと待ってよ」

兄「?」

慌てて家に飛び込んだ妹は、既に階段を昇りかけていた兄を呼び止める。足を止めて意外そうな顔付きで見下ろす兄

妹「何で私が悪の組織に狙われなきゃなんないの!?」

兄「理由はさっき言っただろ」

取り乱す妹とは対照的に、兄の精神状態は至って平静なものだった。忠告を与えたことで、この件は片付いたのだ

妹「でも……」

兄「心配すんな。まだ本部はお前を特定できてないし、狙われてるのは他の奴の可能性だってある」

今の時点で妹に危険は無いかも知れない。でもその先は?兄は考えない

信じたい物を信じて、見付けたい物だけを見付ける。災いの可能性?面倒な未来?そんなモノはクソ食らえだ!

そんなモノは見えやしねー!!兄の目に映るものはただ一つ、平和で綺麗な世界!!

彼は物事を知覚する段階で、都合の悪い部分を振るい落とすことが出来るのだ。言わば現実逃避を発展させた形である

果てない闇の中では微かな光だけが目を引く。この技を身に付けたことで、先の見えない人生を心穏やかに生きていられるのだった

117 名前:兄妹、ふたりで[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:16:34.12 ID:vckn6hKp0
~兄妹部屋前~

妹「また私が襲われたらどうすんの?何とかなんないの?」

速やかに自室に引きこもろうとする兄に食い下がる妹。悪の組織の標的にされたと思うと気が気ではない

兄「おかしいなぁ……どうしちゃったのかな……」

妹「え?」

兄「不安なのわかるけど、俺はそんな立場じゃないんだよ。
説明しても言うこと聞いてるふりで、そんなに何度も無茶言うなら、説明した意味、ないじゃない。
ちゃんとさ、理解して納得しようよ。ねぇ、俺の言ってること 、俺の願い、そんなに間違ってる?」

万事に於いて自信の無い兄は、確実に出来そうなこと以外を試みない。そして、彼に出来ることは極端に少ないのだ

妹「私は、もう誰も傷付けたくないから!あんな目に遭いたくないから!だから……!」

兄「少し、頭冷やそうか……」

冷めた口調で切り捨てると兄は扉を閉ざす。歴戦の元引篭もりである兄の部屋の守りは堅牢、妹は撤退を余儀なくされる

妹「あのバカ兄……」

部屋に戻った妹は鞄を置いて床に腰を下ろした。不安だろうか怒りだろうか、細かく暴れる心臓が何だか気持ち悪い

確かに、言われたとおり頭を冷やした方が良いのかも知れない。思い立った妹は部屋を出て地下の爆発室へ向った

119 名前:前フリの前フリ[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:20:57.98 ID:vckn6hKp0
~兄妹宅地下~

妹は衝動のままに何度も爆発した。それは普段の生活に組み込まれた事務的な行為とは、明らかに一線を画すものだった

自らの本能を呪う妹である。これほど感情に身を任せた激しい爆発を、自発的に繰り返したことがあっただろうか

妹「ふぅ……」

興奮を吹き飛ばした妹は肩で息をする。理性の湧き上がる心地よい気だるさの中、不合理な感情は意味を失う

妹「……」

そして妹は考える、悪の組織から身を守るためにどうすれば良いか考える。兄は当てにならないとして、自分に何が出来るのか

何かを考えることは自転車で坂道を登るのに似ている、と思う。勢いを付けて一気に進まないと失速して止まってしまう

飽きっぽい妹の集中力は長く続かない。情緒の移ろい巡る頭の中を、答えまで突っ切るのには相当の加速が必要だ

その際に大事なのは方向を間違わないこと、そして妹は早速、豪快に自分の頭の中で迷子になっていた

関心は悪の組織から悪の組織に勤める兄に、そこから兄に対する自分の思いへと変わっていった

兄は頼りにならない、そんな事は判り切っている。でもそんな駄目人間を頼ろうとする自分が居る、よく考えると変な話だ

悪の組織の人間だからというだけじゃない、あのロクデナシに期待してしまうのには、何か別の理由も有る気がする

妹「……」

分からない。でも妹は兄にも役立つ部分があるのをちゃんと知っている。気持ちの切り替わった妹は、爆発室を後に階段を昇る

120 名前:罪にぬれた妹[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:25:11.23 ID:vckn6hKp0
~妹部屋~

兄の部屋へ寄って自室に戻った妹は、手にした札を財布にしまい込む。もはやそれは、単なる日常の一部だった

慣れたものだ。いつの頃からか、兄から金をせびる際に理由を言うことも無くなっていた

それで良いと思わなければ悪者として生きることは出来ない。自分を悪者と認めるならば悪事を働くべきだ

財布を入れて鞄を閉じた妹は、取り出したイヤホンをはめた。そして手に持ったボタンに親指を乗せる

椅子に腰を下ろした、その頭に流れ込むシンバルとドラムがリズムを創る。ギターとベースが加わって音楽を築き始める

妹はあまり音楽が好きではない。嫌いな音楽の方が多い。でも聴く、好きな曲を聴く

妹はあまり英語が得意ではない。聞いてもよくわからない。でも聴く、英語の歌を聴く

訳を見て大体の意味は知っている。そして妹は考える、聞きながら歌詞の内容を考える

間違った人生を送ってきた人がその過ちを認め、それでも許されたいと願う、そんな歌だ。ちょっと宗教っぽくて難しい

妹は宗教を知らない。何を信じて良いのか判らない。でも分かる、許されたいと願う気持ちは解る

妹は悪者だ。人から金を脅し取るのは悪い事だ。罪だ。でも許されたい、そこから解き放たれたいと思う

けど誰に?兄に?兄は妹を責めない、恨む素振りも見せない。だけど許してくれるかどうかは判らない

妹「ダメだ……」

救いを望んじゃいけない。兄がどう思っていたとしても、罪は罪としてそこに在るのだから

121 名前:新世界の兄[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:29:10.07 ID:vckn6hKp0
~数日後悪の組織事業部~

女幹部から重大発表があってから数日、兄の職場は特に変化もなく生暖かい日々を送っていた

女幹部は何やら裏で動いているようだったが、必要のない限りそれを部下に知らせたりはしない

部下達はその動向を気に掛けつつも、目の前の乏しい仕事に時間を費やす事に心を砕いていた

同僚B「――いや、そうじゃなくてですね……」

同僚Bは自分の愚かな判断を後悔していた。職場で一番の古株ならきっと何とかしてくれる、そう思ったのが誤りだった

不幸にも仕事を終わらせてしまった彼は、その後について兄に相談しに来ていたのだが、その相談相手が話にならない

兄「やる事無いんだろ?だったら適当に考え事でもして時間潰せば良いじゃねーか」

今日は女幹部が不在、同僚Aも行動を共にしているとなれば、自動的に兄が部署を任されることになる

しかし残念なことに、本人にその自覚がまるで無かった。この辺りは責任の所在を示しておかなかった女幹部のミスでもある

そして何より問題なのは兄が天性の下っ端気質であり、誰かに指示を出す権利が在るとは思っていないことだった

兄「どうせ女幹部さんが帰って来るまで、新しい仕事なんかねーんだから、諦めて待ってろって」

同僚B「もう良いです」

“駄目だこいつ……早く何とかしないと……”兄を諦めた同僚Bの目は語る。草食動物の洞察眼はその思いを見抜いていたが、

そんな事を気に留めるつもりはなかった。どう思われていようと、所詮兄は兄でしかないのだから

122 名前:神父女幹部[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:35:00.28 ID:vckn6hKp0
~悪の組織事業部会議室~

女幹部「ええ、本部は現在、その謎の敵勢力との交戦に備えている筈ですが、恐らく統制は取れていないでしょう」

悪の組織事業部の四階、同僚Aと補佐を交えて代表との密談を行う女幹部。意外にも、それを提案してきたのは代表の方だった

これ程早く、しかも向こうから接触があると女幹部は思っていなかった。だが事態が進展するのは望む処、断る理由は無い

代表「怪人を襲った謎の敵……ですか。それが正義の味方だとしたら少し妙ですね」

女幹部の説明に所見を述べる代表。事の発端となった事件に、どうにも腑に落ちない点があるのだ

同僚A「仰る通り、新たな正義のヒーローが結成されたのなら、その動きが表に出ていないのは変です」

女幹部に代わって同僚Aが答える。今のところ新しく正義の味方が結成されたという情報は確認できない

ヒーロー業に利益を見込むのなら、その活動が世に向けて宣伝される筈、人前に立たない正義の味方に価値は無いのだ

補佐「同業他社の仕業とは考えられませんか?」

女幹部「それだとしても、現場の人間を標的にした理由が判りません」

業界最大手の悪の組織に、他の悪者たちが仕掛けてきた可能性も無くはないが、それならばもっと上の者を狙うのが自然だろう

代表「いずれにせよ、今の段階で可能性を限定しすぎない方が良いでしょう。相手の次の出方次第という事になりますかね」

女幹部「この敵の調査に関しては我々にお任せください。以前お話した新規業務の一環として」

無言で頷く代表。女幹部の言う新規業務とは、悪の組織事業部に逆らう愚者の、その肉の最後の一片までも絶滅する事

123 名前:いかん、今日中に終わる気がしない[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 22:39:20.36 ID:vckn6hKp0
~しばらく後悪の組織本部三階幹部B個室~

怪人「幹部B様」

幹部B「入れ」

悪の組織三階に位置する幹部B個室の扉を怪人が叩く。新たな敵を迎えて慌しい本部において、この場所も例外ではない

ただし問題もある、未だに敵の影さえ掴めていないのだ。相手が見えなくては戦いようが無い、これは困った事態である

頼りになるのは被害者の証言のみだが、それは幹部Cの部下であり、対立関係にある幹部Bが直接事情を聞くことは出来ない

二次的な情報でさえ満足に手に入らない、AやCの協力も期待できないとあって、彼の部署は少々苦戦を強いられていた

幹部B「で、何か分かったか?」

怪人「はい」

幹部Bの問いに懐からメモを取り出す怪人。そのメモは幹部Bの切り札ともなり得る、貴重な情報の集成だった

調査の前提で水を開けられている現状を考えると、他の幹部と同じ事をしていても追い付くことは不可能だろう

そこで幹部Bは独自の方法を採ると決めた。外部の優秀な人材の手を借り、専門家の判断を仰いだのだ

その試みは必ずや効果を発揮し、部署に成功をもたらすだろう、と悪の紳士は考えていた


124 名前:某E・T氏とは一切関係ありません[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:43:02.63 ID:vckn6hKp0
怪人「専門家の分析によると、事件は突発的、または計画的な犯行
もっとも疑わしいのは犯行時に現場にいた人間ですが断定は出来ません。
単独犯であると考えられるが、共犯者の存在も視野に入れておくべきです。
土地勘があるかもしくは通りすがりの線も踏まえた幅広い捜査が必要になります。
犯人は、10~30代もしくは40~60代以上の日本人である可能性が高いが、
外国人かもしれないということを念頭に入れておきたい。
そして少女といわれていますが、男性、ないしは女性、中年、
あるいは高齢者の可能性も否定しない方が賢明であるといわざるを得ません。
学生である可能性が高いが無職もしくは何らかの職についている可能性もある。
犯人の体型は、筋肉質もしくはやせ型、あるいは中肉中背~肥満型で、
着痩せや、着太りして見える場合もあるということも考慮しておかなければなりません。
身長は、140~160cm代もしくは、170~190cm代でほぼ間違いないと思われますが、
140cm以下の可能性もあると考えて捜査するのが基本になります。
移動は、主に公共交通機関を使いながらバイクか車、もしくは自転車か徒歩で逃走、
船や飛行機を使うことももちろん考えられますが、馬や犬ぞりに乗り移動といった特殊な
移動手段もあるということも頭にいれておくべきです。現在の潜伏先は、
山林か繁華街か住宅地、すでに国外へ逃亡している可能性も否めません。との事です」

幹部B「ほう、的確な推理だ」

怪人「ええ、流石は元警視庁捜査一課長、大した洞察力ですね」

怪人の報告は想像以上に多くの情報を含んでいた。これで敵の特定に向けて大きく前進したに違いない

しかし、この程度で捜査の手を緩める悪の紳士ではない。悪の組織の魔手は、確実に妹の身へと迫りつつあるのだった

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:48:43.22 ID:vckn6hKp0
~翌日悪の組織事業部一階オフィス~

同僚A「はいは~い、皆さんお仕事ですよ~」

23時を少し過ぎた頃、遅れて出勤してきた同僚Aは、一同に新しい仕事が決まったことを告げた

相変わらずそこに女幹部の姿は無いが、この同僚Aが居るだけで職場の雰囲気は随分と締まったものになる

そして彼の知らせは同僚共に何よりの希望を与えた。女幹部が居ないという事は、女幹部が持ってくる業務も無いという事

やる事の枯渇しかかった中で、皆は仕事に餓えていたのだ。そこに同僚Aがやって来た、やはり頼れるナイス☆ガイである

しかし兄だけは様子が違っていた。『仕事に時間をかける』事に長けた兄は、受け持った分をまだ終わらせていなかったのだ

その原因は彼の低能さとはあまり関係ない。過酷な環境に適応する為に、必要な能力を身に付けたから、というだけの話である

そんな訳で、同僚Aが指示を飛ばす室内で兄は一人蚊帳の外、若干の息苦しさを覚えながら黙々とデータの打ち込みに励んでいた

兄が周囲の環境に気まずさを感じたとき、自動的にD.T.フィールドは展開される。心許せる職場で発動するのは極めて珍しい事例だった

そして23時半を少し回った頃、フロアの隅に発現した兄の領域に立ち入る者が現れた、同僚Aである

同僚A「まだ終わらねーのかソレ?」

兄「もうしばらくだな」

同僚A「それじゃ、手が空いたら言ってくれ」

今日一日を費やす予定だった作業は、普通にやっても相当かかる。同僚Aから意識を外した兄は無心に手を動かしていた

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:53:09.55 ID:vckn6hKp0
兄「――終わったぞ……ん?」

午前1時前、残務を片付けた兄は向かいの席に声を掛ける。いつの間にか室内は、二人だけの秘密の空間になっていた

同僚A「そうか。よし、取り敢えずメシ行くか」

兄「そうだな」

右頬に机の痕を貼り付かせた同僚Aは、立ち上がって欠伸をする。兄も席を立ち、二人は悪の食堂へと向った

悪の食堂とは、悪の組織事業部地下で営業する食堂であり、深夜勤務の悪者共が集う魔窟とも呼ぶべき場所である

1時~2時の休憩時間は混み合い、ひしめく悪者共の織り成す地獄の戦場と化す。その前に席を確保できたのは幸いだった

兄「で、新しい仕事ってのは何なんだ?」

器用に人込みをすり抜けてテーブルへ戻った兄は悪のC定食を置き、既に向かいで食事に箸を付けていた同僚Aに尋ねる

同僚A「ああ、本部に敵対する奴等が現れたって話聞いたろ?その連中を調べる」

兄「何でだ?ソイツが何だろうと、ウチには関係ないんじゃねーのか?」

返ってきた答えは兄の望まないものだった。現実は恐れていた方向へ進み、脳はそれを理解することを拒む

筋の通った道理を否定できるほど、兄の自我は強くない。知ってしまったら、解ってしまったら、きっと諦めてしまう

二つの意志が日常を貫く。望んだのは平穏、身を任せる先にもそれが在ると思っていたかった

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 22:58:15.41 ID:vckn6hKp0
同僚A「まあ、今は難しい時期だからな。どう動くのか決めてないっつっても、情報は無きゃ話にならねーだろ」

兄「そうか……」

回らない頭で生返事、しかし露わになり始めた状況は、兄が脳内のお花畑に逃げ込むことを許さない

悪の組織はいずれ妹に辿り着く、そして自分はその只中に居るのだ。そんな実感が生じていた

同僚A「それに相手は怪人をブッ倒す様な化け物だ。放っておくのは危険過ぎるし、もし仮に利用できれば価値はデカい」

兄「ああ……」

兄の反応は不自然なほど淡白なものだったが、二人の会話は大体そんな感じなので同僚Aは特に気に掛けない

同僚A「何しろ襲われたのは怪人だからな。俺は正直、本部にいた頃あんな怖え奴等と目ぇ合わせらんなかったよ」

兄「そうか」

基本姿勢が受身の兄が、自分について話すのは稀である。
その所為で同僚Aは、目の前で唐揚げを頬張っている男が怪人であることを知らない

兄とまともに意思疎通の図れるナイス☆ガイが知らないのだから、その他の同僚が兄の正体を知る筈もない

“次世代怪人・ガール男”その名を心に留める者は世界中でただ二人―――いや、三……

129 名前:かたい・おっきい・やるせない[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:03:10.79 ID:vckn6hKp0
~しばらく後兄妹宅~

それは鉄球と言うにはあまりに大きすぎた。大きく、歪で、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった

本当は鉄ではないのかもしれない。だが材質などはどうでも良い、そんな事は問題にならない

巨大な金属塊は転がる。建物を潰しながら、現実を壊しながら、景色を造り替えながら、生活を滅ぼしながら

それを見下ろす自分の居る場所はどこだ?高く、遠く、安全な位置で、眼下の破滅ただを眺めている

そこに在るのは退廃ではなく、寂寥でもない。取り返しの付かない世界に、感情も感覚も消えてしまえば良い

勇気も覚悟も無かったから、絶望することは許されない。後悔を恐れて諦めた、何も求めてはいけないと感じた

自分に期待しても、どうせ裏切られる。他人に望んでみても、それが与えられる筈は無い

叶わないのなら願わない。否定と拒絶、その世界には誰も居ない。自分さえも―――

兄何だこの夢……」

兄は枕元の時計を手に取った。13時過ぎ、これから寝直すにしては半端、こんな時間に起きるのは予定外だった

嫌な夢が貴重な眠気を浪費させた。兄は生活のリズムが崩れるのを何より恐れる、例え今日が休日だとしても

自分を支配するのは仕事だけであって欲しいと願う。それ以外の余計なところで無理が続けば、いつかは弾け飛んでしまう

自宅では心穏やかに過ごさなければならない。だが、この沈んだ心は仕事と無関係ではないのかも知れない

見落とし続けてきた不都合な真実が兄を侵食し始めていた。美しい虚妄の世界は、破綻の時を静かに待っている

130 名前:孤独の兄[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:07:48.40 ID:vckn6hKp0
目が醒めてしまったものは仕方ない、兄は歯を磨いてシャワーを浴びた。ああ……次は昼食だ……

そこで問題になるのが今日は休日だという事。家庭の中でも独立した存在の兄が、家族と共に食事を取ることは無い

居間には人の気配が在った。恐らくは両親、台所を使うのは不可能だろう。よろしい、ならば外食だ

モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで・・・

自宅警備員時代に培った孤食の精神は、今なお心の奥に息づき、食生活の拠り所となっていた

兄は出掛ける支度をしながら何を食べに行くか悩む。焦るんじゃない、俺は腹が減っているだけなんだ

別に希望するものは無い、何かを決断することが苦手な兄である。とりわけ食べる物を選ぶのは難しいのだ

腹に入れば何でも構わない漢らしい気質と、大抵の物は美味しく頂ける幸せな舌を兼ね備えている

好きなものは特に無いが、嫌いなものも特に無い。兄の半分は『特に無し』で出来ています

兄「――よし」

小便は済ませた。財布とカード入れを持った。部屋の隅でグダグダ考え込まずに出掛ける心の準備はOK

昼飯を何にするかは外で決める、気分転換も兼ねて少々遠出をするのも良いだろう

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:12:51.36 ID:vckn6hKp0
~悪の組織事業部女幹部個室~

人気の無い悪の組織事業部一階、休日出勤の女幹部と同僚Aは、当面の方針について話し合っていた

同僚A「はい、今はそれぞれの可能性を探らせています。正義の味方、同業他社、通り魔的犯行、内部犯……」

女幹部「それで良い。だが、通り魔の線は薄いと見て良い筈だ。怪人に重傷を負わせられる一般人など居ないだろうからな」

同僚A「確かに可能性は低いでしょうが、無視は出来ません」

怪人の身体能力や頑強さは常人を遥かに凌ぐ、ただの人間に対抗する術はない。怪人を倒せるのはヒーローか怪人のみ

それは言うまでもない常識だが、同僚Aが何より危惧するのは、敵がその常識を外れた何者かである場合だった

ヒーローならば慣れた相手だ、対応も分かる。例え怪人だったとしても(内部犯であったならばの話だが)始末は出来るだろう

恐れるべきは未知なる脅威、小回りの利かない悪の組織が何も分からない内に、闇雲に力を浪費する事だけは避けなければならない

危機管理の鉄則は、まず大きな危険から排除することにあると同僚Aは知っている。そんな彼があってこそ女幹部は思うさま力を振るえるのだ

女幹部「そうだな。それと、余裕があったら他の幹部たちの動きにも気を配っておけ」

同僚A「はい、既に人を回しています」

女幹部「色レンジャー解散後のヒーロー業界の情勢は調べたか?」

同僚A「同僚Cが一晩でやってくれました」

ナイス☆ガイに油断は無い。同僚Aは様々な局面を想定し、対策する。何故なら彼はナイス☆ガイだからだ

132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:16:42.42 ID:vckn6hKp0
~街~

「ごちそうさまでした」

14時半過ぎ、会計を済ませた兄は定食屋を出る。適当に入った店だが、満足のいく食事は出来た

やはり無駄に考え込む必要などなかった。街には無数の飲食店があり、そのどれもが正解となり得るのだ

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。昼食を食べるという大仕事も、肚を据えて挑めば決して不可能なことではなかった

兄「!」

食後の一服と、タバコを取り出した兄の領域の端を、ただならぬ存在感が掠めた。顔を上げてそちらを見やる

電話しながら行き過ぎるのは大きな男だった。単に背が高いだけではなく、それに見合った質量感のある体格を備えている

厚い胸板、太い首。人目を引くその身体は、普通の生活の中では作り上げる事が出来ないと一見して解った

兄「あれは……」

そして兄はその顔に見覚えがあった。以前本部に居た頃幾度かすれ違った事のある、怪人の人間形態に間違いない

怪人「―――ああ、そのまま見張ってろ。俺もすぐに行く」

何やら物騒なことを言って通話を終えると、怪人は歩みを早める。見張る?一体誰を?そういえば誰かが本部に狙われていた様な―――

兄「まさか……」

良くない事態が起こりそうな予感、騒ぎだした胸を押さえ、兄は怪人を追うべきかどうか無駄に思い悩む

133 名前:そして時は動き出す[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:21:18.20 ID:vckn6hKp0
兄の脳は超速で回転を始めた。その思考は、正義と勇気を振り切る速度で真後ろ目掛けて突き進む

怪人に狙われているのが妹だとしたら、それを見過ごす事は出来ればしたくない

しかし、草食系男子の兄は骨の髄まで弱者である。怪人を相手に何が出来るとも思えない

今まで、あらゆる面倒事を正面切って避けてきた。そんな自分が自ら危険に飛び込む事など有り得ない

一番大切なものは自分の平和な生活を守ることの筈。その損得勘定に感情は不要だ

何も出来ないなら、やならくても同じ事。今、自分は何も見なかった、怪人のことなど知らない

知らないのなら仕方ない。ああ、今日はいい天気だ。せっかくの休日、早く帰ってゆっくり休むとしよう。←ここまで0.5秒

兄「あ……!」

初めから逃げに傾いていた気持ちが固まりかけた頃、兄は㌧でもない事を思い出してしまった

怪人の前ではまったく無力な存在だと定義した自分も、また同じく怪人だったのだ。これはマズイ

妹の危機(仮)に対して、何かが出来てしまうかも知れない。そこに思い至ったのは痛恨の極みである

頭の中で人生をきる兄は、何をするのにも相応の理由を必要とする。見て見ぬフリをするという行為も例外ではない

問題を解決し得る可能性を見出してしまったことで、それを放置して行き過ぎるのは不可能になったのだ

兄「……」

兄は遠ざかる影を見据え、頭の後ろへ手を回す。“仕方ない”と心の中で思ったならッ! その時スデに行動は決まっているんだッ!

134 名前:怪人・白色乳酸飲料男[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:25:28.26 ID:vckn6hKp0
戦闘員1「本当にアレがスパイダー男を襲った犯人なんですかね?どう見てもただの女の子です。」

本当にありがとうございました。妹の監視していた戦闘員1は、到着した怪人に猜疑の口ぶりを向ける

集まったのは戦闘員二名に怪人一名。幹部Bの部下である彼等は、怪人襲撃事件の犯人を捜して、ついに妹に行き着いたのだった

怪人「お前はあの凄ぇ推理を聞いてなかったのか?プロファイリング舐めんじゃねーよ馬鹿野郎」

戦闘員2「身長140~190の男か女、年齢は10代~60代、体型は痩せ型もしくは中肉中背~肥満。確かに特徴は合致しますね」

戦闘員1「いや、でも、もしまた間違いだったら……」

専門家の見解通りの人間を探し当ててみたものの、あまりに無害そうな妹を見て、戦闘員1の確信は些か揺らいでいた

怪人「細けぇ事ぁいいんだよ!ちょっとくらい違ってても構わねぇって。こーゆーのは数こなしてナンボなんだからよ」

戦闘員1「はぁ……」

戦闘員2「では行きましょうか」

他の連中を待つ必要も無さそうだ。気の進まない様子の戦闘員1を納得させると、三人で妹へ向う。それにしてもこの怪人、ノリノリである

怪人「ちょいと、そこなお嬢さん」

妹「はい?」

呼び止められて振り返った妹は警戒して身構えた。立っていたのは字に書いた様な悪者が三人、いずれにも面識は無い

あまり関わり合いたくない感じのする連中である。とりわけ真ん中の巨漢は怪しすぎる……怪しい人――→怪人――→“!?”

135 名前:謙虚な妹の喋り方が少々おかしく名うr事は稀にだがよくある[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:29:57.83 ID:vckn6hKp0
妹「何いきなり話しかけて来てる訳?」

妹は努めて冷静に振る舞う。怪人が自分に接触してきたのだとしたら、用件は穏やかならざるものであるに違いない

心当たりは多分にあるが、それを知られたらsYレならんしょこれは・・・? 誠心誠意しらばっくれる所存であった

戦闘員2「いえ失礼。私共は悪の組織の方から参った者なのですが、近頃この辺りで、怪人が暴行を受ける事k……」

妹「お前ら悪者に囲まれてる女の子の気持ちを考えたことありますか?マジで泣き出したくなる程怖いんで止めてもらえませんかねえ・・・?」

戦闘員の言葉を遮る妹。相手のペースを乱してはぐらかそうという魂胆である。だがその判断はどちらかといえば大失敗

怪人「そんで、俺達は事件を調べてたんだがな、浮かんだ犯人像にお嬢ちゃんが当てはまるモンだから、声を掛けさせてもらったってぇワケよ」

さすがに怪人は格が違った妹の浅はかさは愚かしい小細工はアワレにもバラバラに引き裂かれて人工的に淘汰される

妹「おいイ!私がどうやって犯人だっていう証拠だよ?お前それで良いのか?」

怪人「いやまぁ、ちょいと調べさせてもらって、違ったらゴメンナサイって事で……ん?」

見上げた空に影が差す。鳥だ!飛行機だ!鳥と飛行機が飛んでいく。そちらに注意を向けた怪人は、背後に忍び寄る脅威に気付かない

妹は目を疑った普通ならここに居る筈のない人が歩いて来るんだが兄きた!何故か兄きた!これで勝つる!

何かを狙う者が、自らを狙う相手を察知するのは難しい。別段、そんな事を考えてはいなかった兄だが、とにかく接近することは出来た

そして兄は考える。本職の怪人を相手に、まともにやりあっては勝ち目など無い。変身の暇を与えず、一撃で仕留めるほかは無いだろう

乾坤一擲、狙うはただ一点。利き足の爪先に渾身の力を込め、臀部を下から抉り込む様に蹴るべし!

136 名前:Toe of Deadly Needle 略してTDN[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:33:58.11 ID:vckn6hKp0
もしかすると格闘技に明るい人達の間では、カンチョーを最強の格闘技に挙げる人は少ないのではないだろうか?

確かに大人になるとカンチョーを受ける機会も減り、その威力の程を体感することは殆んどなくなったので当然のことと思う

しかし僕(作者)は、路上で最も恐ろしい格闘技の一つがカンチョーであるという認識は今も揺るぎない!!

路上のケンカでも尻を守ろうとしない相手は多い。ならばどうするか!?

当然だがカンチョーはスポーツではない 武道なのだ!

その成り立ちは諸説あるが、元々は殺し合いから産まれたモノだろう。

当然様々な状況を想定している故に―――あらゆる打撃系の格闘技の中で唯一

―――――肛門に向けての攻撃があるのだ!!!

一般には人差し指や親指など、手を用いた攻撃が基本といわれるが、武器や足技を使って威力を高めるのも、もちろん有効である

怪人「ひぎ……ぃ……」

拳銃で腸を貫かれると、人はこう倒れるものかも知れない・・・そんな事を想像させられる様な倒れ方だった

兄の変則百年殺しは尻を割り、穴を穿った。人体には如何なる鍛錬によっても鍛えられない部位というモノがあるのだ

戦闘員1・2「「!?」」

突然の敵襲に戦闘員たちは顔色を失った。尻を押えて痙攣する怪人と、いつの間にかそこに存在していた兄を見て膝を震わせる

怪人と一緒に行う仕事に危険は無い、そう自惚れていた。彼等の誤算は、間合いに入った男 全ての菊門を狙う魔人が出現したこと

138 名前:USAGI -RUN道-[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:37:32.21 ID:vckn6hKp0
戦闘員1「何だ……貴様は……!?」

無駄に長い前髪に隠れた顔は窺えず、性別すら判別しかねる。無言で進み来る不思議生物に、たじろぐ戦闘員は後退る

兄「よっと」

妹「え?ちょっ……」

三十六計逃げるにしかず。兄は戦闘員共に構うことなく、妹を小脇に抱えて走り出した。言われなくてもスタコラサッサだぜぇ

怪人「おい!お前ら何ボサっとしてやがる!とっとと追わねぇか!ぁっ…いてて……」

戦闘員1・2「「は、ハイ」」

道路に這い蹲った怪人が負傷箇所を気にしつつ命令した。その言葉で我に返った戦闘員は、慌てて兄を追いかける

どんな辛い現実からも逃げ出してきた兄は、言うなれば遁走の専門家である。その駆けゆく様は脱兎の如し

寓話『うさぎとかめ』で兎と亀に何故差が付いたか、それは慢心・環境の違いのみが原因ではない

そもそも兎には、長い距離を走る能力が無いのだ。そして兄は、自分の持久力がそれほど続かないのを知っている

専門家だから判る、ただ走るだけでは恐らく体力が持たない、追っ手を振り切ることは不可能だ

ヘバって動けなくなったところを追い詰められるのは最悪の事態であり、それだけは避けなければならない

どこかで決定的な差をつけて、相手に諦めていただく必要がある。と、なれば向う先は決まっている

辿り着いた繁華街、休日午後を楽しむ人々で賑わう只中に、兄は迷うことなく全速力で飛び込んだ

139 名前:監督には向いてないかもしれないけど、最高の選手だったと思います[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:42:04.30 ID:vckn6hKp0
兄は人混みを苦にしない。周囲1.5mに展開するD.T.フィールドは、その中の物体全ての位置と動きを捕捉する

そうして把握した空間情報を基に、通り抜けられる道を見つけ出し、怪人の反射神経と身体能力で人を避けて走る

兄の行動原理は三つ。①敵から遠ざかる。②障害物にぶつからない。③速度を落とさない

これだけで良い。従うべき原則が単純であるため、最適な動きを見出すのは容易いのだ

妹を抱えて縦横無尽・傍若無人に悲鳴と怒号を突破する姿は、さながら暴走する人攫いといった有様である

そして当然ながら、兄が身を翻すたびに振り回される妹の身体には、相当の負担が掛かることになる

妹「ぐぉ!!?ギブギブ!もうダメ!」

兄「黙れ」

妹「ぐぇ!」

通行人を躱すことに集中する兄に、妹を気遣う余裕は無い。体を捻り、左右に切り返し、すり抜け切り抜け駆け抜ける

人波を渡りきり、追っ手を存分に引き離すまでに抜き去った人数は43。マラドーナも真っ青の大記録が誕生した瞬間である

妹「終わった……?そろそろ放してくれませんか?む……胸が当たってるんですけど……え?胸!?」

息も絶え絶えの妹は気付いた。背中に押し当てられた感触は、そこに在る筈のないものだ。何故兄にそんなモノが?

兄「あててんのよ。いや、その説明は後だ。急ぐぞ」

下ろした妹を促して走る兄は、今までひた隠しにしてきた自分の正体がついに知られてしまったと深い悲しみに包まれた

140 名前:「何だと」の可能性は無限大[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:46:57.47 ID:vckn6hKp0
~悪の組織事業部女幹部個室~

同僚A「まだ、本部に戻ろうという気持ちは変わりませんか?」

女幹部「何だ急に?」

大方の予定が決まった打ち合わせは、横道に逸れてまっしぐら。その雑談の折に同僚Aが、いつになく真面目な調子で訊く

同僚A「正直なところ俺は、無理をしてまで本部復帰に拘らなくても良いと思うんです」

女幹部「そんな事は判っている、今はまだその時期じゃない。だが……」

同僚A「いいえ、違います。もっと……もっと積極的に、本部を離れて事業部に残る努力をすべきではありませんか?」

女幹部「……何が言いたい?」

もって回った言動の後に続くものが、耳に快い言葉である筈もない。女幹部の目付きは少々険しくなった

同僚A「では、申し上げましょう。本部に戻っても未来はありませんよ。今までが出来過ぎだったんです。
ウチの部署は丁度良い時期に出来て、たまたま上手い事やった、それだけです。
例え戻ることが出来たとしても、他の幹部共に好い様に使われるだけ、その先はありません」

女幹部「何……だと……」

同僚A「いえね。そりゃ我々下の者にとって、女幹部さんの判断は絶対ですよ。
ただまあ、お追従を並べるばかりが部下の務めでもないと思いますんで、
少々意見させてもらいます。いや、女幹部さんには感謝してるし、敬意も払ってますよ――」

同僚Aは続ける。能力の限界を思い知らせるかの様な物言いに、気色ばまんとする女幹部を制して

141 名前:セリフが一行に収まらなくなってきた[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:51:14.80 ID:vckn6hKp0
同僚A「貴女に拾ってもらわなかったら、俺はただの戦闘員だった。いや、今でも身分は戦闘員ですが――」

彼は戦闘員だ。同僚Aのみならず、BもCも皆戦闘員だ。女幹部は本部で唯一、部下に怪人を持たない幹部である

兄という例外も居るが、ただ身体を改造されているだけで、正式に怪人として扱われているている訳ではない

責任者の女幹部こそ『バット(蝙蝠)女』の名を持った怪人だが、その彼女にしても、再改造を受けなければ現場に立てない体だった

つまるところ情報工作組とは、使い物にならない怪人の下に、うだつの上がらない戦闘員を寄せ集めた、博打じみた実験に過ぎないのだ

千に一つか、万に一つか、(略)たとえ那由他の彼方でも、成果があれば儲けモノ。設立時の編成だけを見ても、期待の程が窺える

その成功は、女幹部の果断な指揮と、部下達の奮闘で勝ち取ったものだが、その上に時宜を得て、幸運も味方したことも事実である

そして同僚Aは、そういった類の要素が恒常的に期待できるものではないと承知している。ナイス☆ガイの目は現実しか映さない

同僚A「――女幹部さんの下で働いてて楽しかったし、それなりの仕事は出来たんじゃないかと思ってます。まあ、この“それなり”って奴が
結構重要でね。どんな時でも100%上手くいくなんて事はあり得ませんし、やはりどこかで満足する、落とし処ってのも必要になる訳ですよ。
だから、このまま事業部でそれなりの待遇を受けられるなら、それはそれで、まあ悪くないんじゃないかと、ね」

女幹部「今のこの待遇は、あくまでも暫定的なものだ。いつまでも続くと思うな。何にせよ、立場は自分で築かねばならんのだからな」

女幹部は限界の中に充実を見出す、所謂戦う女だ。理不尽な運命にも、膝を屈することなく闘いを挑もうとする

勇猛にして誇り高い悪者は、自らの可能性を疑うことを知らない。負傷により怪人としての将来が断たれた過去も、一つの転機に過ぎなかった

そうして得た新たな戦場で残した、誰に恥じる事のない戦果も、女幹部の自信を形作る礎となっているのだった

142 名前:脇役が雑談してるうちに100話超えてましたよ奥さん[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:55:37.58 ID:vckn6hKp0
同僚A「まあ、突き詰めれば自分次第なんですけどね。ただ、こっちの方が余計なしがらみも無くて都合が良いってのはありますよ。
本部の連中は、女幹部さんの事を良く思ってませんしね。あんな野蛮人共に振り回されるのは、貴女としても本意じゃないでしょう」

同僚Aは、女幹部のような悪者のエリートとは違う。他人の求めるところを知り、それに応じて身の振り方を考える
どの様な環境下でも無難に生き抜く自信はあるが、無用な軋轢は避けて通るのが気配りの達人というモノなのだ

女幹部「振り回されるのには慣れている。我々は所詮、裏方の人間だからな。主役になどなれん、そんな事は判っているさ。
それに……ああ、お前は正しい。きっと私の考えも解った上で言ってくれているのだろう。だがな……いや、何でも無い。忘れてくれ」

理性の導くまま行動する同僚Aの言葉に、女幹部は求めずして満たされる。しかし、その意志なき充足を幸福と呼ぶことは出来ない

女幹部の口元に悲しげな笑みが宿ったのは、いつの頃からであろう。順調である筈の未来の展望を、制御できぬと自覚した時ではなかったか

事業部で過ごした半年間の日々は、彼女が望む悪者であるために適していたかと云えば、そうではなかった

自信というものは、そこらの道端に自生してはいない。根を張るべき実績の中に育つものであって、その面で不足がある

絶えず自分を証明し続けなければならない女幹部にとって、その機会のない生活は、自身の根源を脅かす危険を孕んでいるのだった

同僚A「結局、何処に行っても、他人の都合で仕事するってのは変わりませんか」

同僚Aは目を伏せる。彼としてはその働き方に不満は無いが、そこで自分の感情で物を言わない辺りがナイス☆ガイだ

彼は自分自身が何者であっても良かった。そういった意味では、女幹部よりも確かな自己を持った人種と云える

強くなければ生きられない女幹部は、力を発揮する場所としての職場と、それを構成する部下を愛さずにはいられない

その想いを感じつつも同僚Aは、己の求められる役割を全うし、期待に応えようとする以上の意思を持たない

女幹部の支えになるという、最優先の目的を果たす以外に拘る事の少ない、割り切った姿勢で仕事に臨むナイス☆ガイなのだ

143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/14(日) 23:58:03.66 ID:vckn6hKp0
女幹部「与えられる物など高が知れている。重要になるのは、その中で何を為し、誰にどう思わせるかだ。
この先、事業部に乗り換えるとしても、本部を裏切ったという評判はいつまでも付いて回ることになる。
その手の評価ってのは他人に委ねるしかないものさ。我々が自らの印象に足を取られるなんて馬鹿げた話だろう?」

同僚A「ウチもある意味、信用商売ってことですか。今だって正式な所属は本部ですしね。まあ、それが一番の問題な訳ですが」

女幹部「その事実よりも重要な事は現段階では無い。これから何が起こるか判らん以上、予想の先を論じても無駄だ。
憶測に基づく議論ほど当てにならないものは無いのだからな。―――と、いう事で、この話はもう終わりにしよう」

同僚A「ええ、では今日はこの辺でお開きにしましょうか」

時計に目を落とした女幹部の意を汲んだ同僚Aは椅子を立つ。休日には体を休めることも考えた方が良い

女幹部「そうだな。それと、現場のことはお前に任せる。何かあったら報告しろ」

同僚A「承知いたしました。では、失礼します」

女幹部「ああ、今日はご苦労だった」

同僚Aが退出したのを見届けた女幹部は、背凭れに体を預けて一息吐く。目的の定められない今、打ち込める仕事の存在は有難い

一年前の戦いもそうだった。錆びの浮いた自信を鍛え上げるには、敵を打ち倒すという純粋な作業が相応しい

そして天命を待つ前には人事を尽くす必要がある。ここまでの権限を同僚Aに預けたのは初めてだが、あの男なら心配は要らないだろう

女幹部は現場にばかり目を向けてもいられない。事態を総合的に判断するには、内と外に視点を持つことが望まれるのだ

女幹部「……ん?」

電子音が響き、女幹部は鞄に目を向ける。16時過ぎ、こんな時間に掛かってくる電話は、相手が誰であろうと碌な用件ではなかろう

146 名前:究極の妹[] 投稿日:2010/03/15(月) 00:23:37.91 ID:Xu/XV/yXO
~兄妹宅兄部屋~

兄「――これが俺の正体だ。もう、ヒトの体には戻れない」

妹「ふ~ん、そうなんだ」

16時30分過ぎ、妹とともに帰宅した兄は、自室にて自分が怪人であることを打ち明けた

それは悲愴な覚悟のもとに行われた一大告白だったが、反応はまったりとしていて、それでいて少しもしつこくない

知ってしまったら、それはただの事実になる。未知なる物を追いかける妹の好奇心は、ただの事実にはてんで興味を示さないのだ

妹は超人的に飽きっぽい。どんなに不安に思っていても、疑問に思っていても、問題が解消すれば、それはたちどころに消え失せてしまう

その点についてKIK(国際妹機関)日本支局長の伊蒙友江氏は、『妹行動学論集成』(明妹書房 2036)の中で

〈妹が一つの状態を長時間維持できないのは、精神的抑圧によって突発的な爆発が起きるのを避けるための、
本能的応動の結果であり、(略)この様な行動は妹に限らず、爆発性動物一般に広くみられる傾向である。〉と論じている

兄「はぁ~。やってもーた」

深い溜息。兄は兄で、それどころではなかった。今回自分のやらかしてしまった事は、あまりに重大なのである

妹「あ、やっぱ怪人蹴っ飛ばしちゃマズかったんだ」

兄「マズいに決まってんだろ。ったく、お前なんか放っといて帰れば良かったよ」

あろうことか怪人の尻を開通させてしまったのだ。もし事が発覚したら、人体改造の実験台として売られる程度では済まないだろう

悲観すること風の如く、不安要素は林の如く、後悔すること火の如く、取り返しの付かないこと山の如し

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/15(月) 00:29:12.22 ID:Xu/XV/yXO
妹「……大変だね。うん、今日はありがと。じゃ」

ひどく落胆する兄を捨て置いて妹は自室へ戻る。責任の一端は自分にあるのだと解っている、だから掛けられる言葉は無い

それでも妹は感謝していたし、嬉しく思ってもいた。あの時、兄の姿を見て“兄きた!これで勝つる!”そんな言葉が浮かんだ

貧弱一般人にすぎない兄を見て、助かった気になったのは何故か。その理由は記憶の奥底に在った

ずっと忘れていた事を思い出した。それはもう何年前になるのかも分からない、妹が幼女だった頃の話だ

冷たい雨の中で一人泣いていた。迷子になって、暗くなって、怖くなって、どうして良いか分からなくて

寒くて、寂しくて、もう家に帰れないんじゃないかと思うとまた怖くなって

泣き疲れ、座り込んで震えていた妹を探し出したのは、当時まだ小さかった兄だった

その笑顔を確かめた時、寂しさと、切なさと、心細さと、糸井重里、その全てが安心に吹き飛ばされた。そんな気がした

たったそれだけの思い出、きっと兄も憶えてはいないだろう。だけどあの時の兄は、とてつもなく頼もしく見えた

もう原風景の兄は戻らない、過ぎ去った可能性を想うと悲しくなる。こんな事を考えるのは間違っているのかも知れない

でも残念でならない。兄が駄目人間になってしまった事は、ただの事実にすぎないのだから

149 名前:アンタは早く息子と戦え[] 投稿日:2010/03/15(月) 00:34:33.23 ID:Xu/XV/yXO
~翌日悪の組織事業部一階オフィス~

同僚A「――以前調べたことがあるとはいえ、業界全体の調査は難しかったでしょう。しかし、同僚Cは“間に合う”と即答してくれました」

兄「それで、俺は何をするんだ?」

22時過ぎ、同僚Aは出勤した兄に資料を渡し、業務の内容を説明していた。他の者は各々受け持った仕事に出ている

同僚A「ああ、色レンジャーの元メンバーで、消息不明の奴が居てな。ソイツ等が事件に関わってないか探ってくれ」

兄「そうか」

可能性を潰すだけの仕事、同僚達に出遅れて参加した兄が、優先度の低い作業を割り当てられるのは仕方がない

だが、それはさしたる問題ではない。今兄の頭にあるのは、如何にして捜査を撹乱し、組織の目を妹から遠ざけるかだけなのである

仕事に対してこの様なヨコシマな考えを抱いたことは、これまで一度たりとも無かったが、今回ばかりは話が別だ

自分を守る為には行動を起こすしかない。不意打ちとはいえ、絶対的強者の怪人を打ち破った経験は、兄の意識に変化をもたらしていた

ただの草食動物てしかなかった兄に、悪者としての自覚が芽生え、抑え込まれていた利己性が目覚めはじめているのだ
                                           かえ
某地上最強の生物曰く“勝利は、たかだか一時間余りで蚊トンボを獅子に変化る”。正にソレがアレしたところのナニである

女幹部「おい、兄は来てるか?」

兄「はい?」

女幹部がドアを開けて顔を出した。久方ぶりに聞く上司の声は、兄の浮ついた気分を現実に引き戻すのだった

150 名前:兄の髪型は一昔前のエロゲ主人公風[] 投稿日:2010/03/15(月) 00:40:45.95 ID:Xu/XV/yXO
~女幹部個室~
呼び出された女幹部の個室、兄は机の前に直立不動。この場所に来る度に、魂は萎縮して小動物になる

決して愉快な事の起こらない部屋。そして何より、冷淡に見据える女幹部の視線は、兄を堪らなく不安にさせる

“この人に見放されたら居場所は無い”常にそう思っていた。だからどこまでも誠実で、従順であろうとしてきたのだ

女幹部「一つ聞きたい事があってな」

兄「はい、何でしょうか」

兄を立たせて5秒程、女幹部が口を開いた。耐え切れない沈黙を耐えていた兄にとって、それは救いの言葉にも思われた

女幹部「お前は昨日、何をしていた?」

兄「は……昨日ですか。いえ……そんな昔の事は覚えてませんが……」

心臓が跳ねるのを感じた。昨日兄がしでかした事といえば―――。絶対にそれを知られる訳にはいかない、そんな人間の前に彼は居るのだ

女幹部「そうか……実は昨日の夕方、幹部Bの動きを追っていた同僚Dから連絡が入ってな。見張っていた怪人が何者かに襲われたらしい」

兄「そう……なんですか……」

見 ら れ て い た 、失態を悟った時、不安は恐怖に変わる。顔を引きつらせた兄の背筋に、重い物が下りてきた

女幹部「それで、目撃したその犯人というのが、顔の上半分に前髪の掛かった――
そうだな、丁度お前の様な容貌の女だったそうだ。怪人を蹴り倒すほどの力だ、並の人間ではあるまい。
だが、それが怪人だったとしたら?もう一度聞くぞ、お前は昨日、何処で何をしていた?答えろ、怪人・ガール男」

顔を傾けて問う女幹部。その前で縮こまる兄は、罪を突き付けられた卑小な咎人に過ぎなかった

152 名前:何かを説明しようとすると、語尾がことごとく「ない」になる。ふしぎ![] 投稿日:2010/03/15(月) 00:47:50.89 ID:Xu/XV/yXO
後悔と絶望に支配された体が、自分の物ではない様に感じる。動悸と眩暈に、兄の脚は体を支える事も覚束なくなった

兄「それは……言えません」

諦観の中から絞り出したのはまるで意味の無い答え。真実はいつも一つ、疑われた時点で詰んでいる、弁解も釈明も無益だ

女幹部「やはりお前だったか……」

そしてそれは疑念を確信に変える。女幹部は嘆息とも失望ともつかない思いを吐息に込めた

兄「……」

女幹部「しかし、何故だ?お前が怪人を襲う目的は何だ?」

女幹部は部下を効率よく活用する為に、一人ひとりの気質を把握しようと心掛けている

この兄は事情も無しに、そんな大それた事の出来る男ではない。凶行に及んだのには何か訳が在る筈だ

兄「それも……言えません」

根っからの嘘吐きさんの兄は知っている、露見する嘘に価値は無い。追及が進めば、妹のことは隠し遂せない

さりとて真相を打ち明けられもしない。取れる行動といえば、無駄な抵抗にもならない幼稚な黙秘以外に無いのだ

153 名前:至高の女幹部[] 投稿日:2010/03/15(月) 00:55:25.26 ID:Xu/XV/yXO
女幹部「――お前も、私に本当の事を話してはくれないのだな」

兄「……」

淋しげに言う女幹部に、兄は言葉を返せずにいた。何よりも大切なものを裏切ったと理解しているからだ

女幹部は口を噤んだままの兄を、相変わらずの視線で眺めていたが、やがて根負けした様に瞼を下ろす

女幹部「分かった、もう下がれ」

兄「……失礼します」

女幹部「それと、明日から来なくて良いぞ」

兄「え……」

背中に不意をついた声が刺さった。束の間、緊張から解放されたかに思われた精神は、再び極北の海に放り込まれた

女幹部「聞こえなかったか?貴様は首だ。出ていけ、と言ったんだ」

兄「はい……お世話になりました……」

一瞥も与えることなく下された宣告を、消え入りそうな声で受け入れる兄。その決定は結論だった

咎めを受けずに済む道理など無い。女幹部の望みに応えられない者が、ここに居ることは許されない

自分の存在価値は失われた、いや、そんなものは初めから無かった。このまま消えてしまえれば好い、兄はそう思った

154 名前:ドリル女幹部[] 投稿日:2010/03/15(月) 01:00:11.88 ID:Xu/XV/yXO
同僚A「何故、アイツがクビにならなきゃいけないんですか!?」

23時前、同僚Aは不信感を隠そうとしなかった。軽佻浮薄を身上とするこの男が、ここまで感情を顕わにするのは珍しい

幽鬼の如く肩を落とした兄が戻ってきたのが十分前。何を言っても反応を示さず、いずこともなく去っていったのが五分前

事情を伺おうと女幹部の部屋を訪れたのが二分前。そして“兄はクビだ”と聞かされたのは10秒前のことだった

事も無げに、たった五文字で同僚の解雇を告げられた彼は黙っていられなかった。どうあっても納得できる筈は無い

数年前に総員3名の新部署が発足して以来、共に女幹部を支え、苦楽を分かち合ってきた兄は、かけがえのない戦友だった

それがこの様な形で職場を去らなければならないとは。そんな仕打ちを見過ごせるナイス☆ガイではないのだ

とはいえ、女幹部は厳しいながらも部下を大切に扱っていたし、気まぐれで首を切る様な横暴をはたらく人間ではない

それを知るナイス☆ガイは、ひとまず冷静になり、説明を求めることが出来る程度の理性を持ち合わせていた

女幹部「兄は死んだ!もういない!だけど、私の背中に、この胸に!ひとつになって生き続k……

155 名前:ミスった[] 投稿日:2010/03/15(月) 01:02:15.94 ID:Xu/XV/yXO
同僚A「何故、アイツがクビにならなきゃいけないんですか!?」

23時前、同僚Aは不信感を隠そうとしなかった。軽佻浮薄を身上とするこの男が、ここまで感情を顕わにするのは珍しい

幽鬼の如く肩を落とした兄が戻ってきたのが十分前。何を言っても反応を示さず、いずこともなく去っていったのが五分前

事情を伺おうと女幹部の部屋を訪れたのが二分前。そして“兄はクビだ”と聞かされたのは10秒前のことだった

事も無げに、たった五文字で同僚の解雇を告げられた彼は黙っていられなかった。どうあっても納得できる筈は無い

数年前に総員3名の新部署が発足して以来、共に女幹部を支え、苦楽を分かち合ってきた兄は、かけがえのない戦友だった

それがこの様な形で職場を去らなければならないとは。そんな仕打ちを見過ごせるナイス☆ガイではないのだ

とはいえ、女幹部は厳しいながらも部下を大切に扱っていたし、気まぐれで首を切る様な横暴をはたらく人間ではない

それを知るナイス☆ガイは、ひとまず冷静になり、説明を求めることが出来る程度の理性を持ち合わせていた

女幹部「兄は死んだ!もういない!だけど、私の背中に、この胸に!ひとつになって生き続k……」

同僚A「いえ、説明になってません。それに死んだ訳じゃないでしょう」

女幹部「ともかく、これは決った事だ。アイツの事はもう忘れろ」

同僚A「いえね。確かに、人事について口を挟む権限なんて俺にはありませんよ。でも、昨日女幹部さんは仰いました
“現場のことは任せる”と。兄だって現場の人間です。だったら、何があったか教えてもらうぐらいの権利はあるんじゃないでしょうか」

女幹部「そうだな……お前になら話しても良いか」

簡単には引き下がらぬ構えの同僚A。その剣幕に圧された訳でもないが、いずれは伝える予定だった事である

158 名前:同僚Aの玉は二つある[] 投稿日:2010/03/15(月) 01:11:05.22 ID:Xu/XV/yXO
同僚A「――兄が怪人襲撃事件の犯人……!?しかも、アイツも怪人って、何ですかそれは?」

女幹部の与えた、たった2つの情報は、魚群を散らす鮫の如く同僚Aの頭を大いにかき乱した

何が何だか分からない。見えていた景色が不完全だと知らされた時、それを直ちに信じられる単純な人間ばかりではない

女幹部「色々あってな。奴は改造を受けた。登録名は『ガール男』……いや、登録はされてなかったな。しかし、お前も知らなかったのか」

謎の多い兄には、未だ明かされない秘密があるのではないか―――狼狽える同僚Aを見て、女幹部はそんな事を感じていた

同僚A「しかしですよ。アイツが怪人だったとして、本部の人間を襲った理由は何処にあるんですか!?」

女幹部「それは答えてくれなかった。結局、私も兄に信用されていなかったという事だな」

瞳に憂愁、心に花弁、唇に微笑み、背中に人生を。この表情が浮かぶ時、女幹部は己の無力さを嘆いているのだ

自信に満ち溢れていた彼女のそんな姿を目にする度に、ナイス☆ガイの胸は押し潰されんばかりに苦しくなる。が、それはそれ

同僚A「まあ、動機は置いておくとして、兄を辞めさせて何が解決するのですか。貴女はただ責任を投げ出しただけじゃないですか!」

声なき絶叫は虚空を裂く。控えめに語気を強めるナイス☆ガイは、近隣の迷惑を考えられる程度の落ち着きは保っていた

女幹部「責任―――なんと聞こえのいい言葉か―――!!そんなものを云々できる話ではない。
それとも兄を本部に差し出すのが“責任”だとでも言うのか?もしそうだというのなら―――虫酸が走る!!!」

感情論に感情で応じること程、非生産的なものは無い。それでも女幹部には、口に出さずにはおけない気持ちもあるのだ

161 名前:女幹部100%[] 投稿日:2010/03/15(月) 01:17:47.69 ID:Xu/XV/yXO
同僚A「それにしたって、他に方法は無かったんですか?まだ本部に知れた訳じゃないでしょうに」

女幹部「元本部勤務の私の経験からみて、今のお前に足りないものがある、
危機感だ。お前もしかして、自分には関係のない事件とでも思ってるんじゃないかね」

未だに心が理解に追い付かない様子の同僚Aを諭す女幹部。彼女自身もまた、それを確かめる様に

女幹部「本部を侮るな。奴等は必ず犯人を突き止める。そうなった場合、兄を庇い切るだけの力が私には無いんだ。
そして、これは兄一人で終わらせられる次元の問題ではない、おそらく制裁は部署全てに及ぶ事になるだろう」

怪人襲撃事件に始まる一連の騒動は、諸々の事情と相俟って、悪の組織本部全体をも動かすものとなった

大山を鳴動させた罪が、鼠一匹に贖える筈もない。その責任を負うには、下っ端一人の命はあまりに安すぎるのだ

そして元から評判のよろしくない女幹部の部署である。不利益をもたらす要素は、その欠片さえも存在してはならない

女幹部「――理解しろ、私はアイツを捨てたのではない、逃がしたんだ。私だって……そんな事を望んではいなかったさ!」

悲痛な思いに顔を歪ませる女幹部は、兄が遠くへ逃げてくれることを願っていた。組織の目も届かない、出来るだけ遠い所へ

死人に口無し――ではないが、兄の身柄さえ無ければ、事の次第が解明されて全てを失うという、最悪の結果は免れる望みもある

「しかし……!」

尚も反駁を試みた同僚Aは息を飲んだ。それ以上の言葉は継げない、女幹部の目に光る涙は非情さとは無縁のものだった

翌朝、荷物の全て持ち去られた兄のロッカーが発見され、多村と村田は病院内で静かに息を引き取った

クビになった!第一部完!

162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/15(月) 01:21:42.32 ID:Xu/XV/yXO
支援ありがとう。そしてごめんなさい。
今日はここで落ちます。
スレが残ってたら明日続きを書きましょう。

174 名前:1[] 投稿日:2010/03/15(月) 06:04:49.42 ID:Xu/XV/yXO
保守してくれた人、多謝。

こんな俺にアリガトウ こんな俺なのにアリガトウ

“謝”りたいと“感”じている

だから感謝というのだろう これを感謝というのだろう


――という訳で、続き行きます。


※ちなみに、>>147のタイトルは「爆殺シューター妹」ね

177 名前:小ネタのフラグ立てに心血を注ぐ、それが俺のジャスティス[] 投稿日:2010/03/15(月) 06:25:10.41 ID:Xu/XV/yXO
~兄妹宅二階~

妹「?」

22時前、夕食を終えて部屋に戻る妹は不審に気付いた。通り掛った兄の部屋に気配があるのだ

灯りは点いていないが、その中には何者かが居る。いつもなら、兄はとっくに出掛けている筈の時刻である

妹「お兄ちゃん?居るの?」

扉を叩いた、応答は無い→声を掛けた、反応は無い→ノブに手をかけた、扉を開く

妹「!……お、お兄ちゃん!?」

覗き込んだ暗い部屋、モニタの光に照らされた顔がこちらを向いていた。返事が無い、まるで屍の様だ

ただならぬ様相に、妹は底知れない寒気を感じた。いつにも増して表情の無い兄が、見てはいけないモノに思えた

妹「……いや、どうしたの?」

“こわくないよ”そう自分に言い聞かせる妹だったが、このまま兄が灰になって崩れ去ってしまう様な恐ろしさを覚えてもいた

兄「何の用だ?―――ああ、そうか……」

魂の抜けた、出来損ないの彫刻の様な面で侵入者を眺めていた兄は、何やら思い当たった風に鞄を探りだす

妹「え?なにやってんの?」

妹は混乱している

178 名前:よく考えたら、妹はロクな事してねーな[] 投稿日:2010/03/15(月) 06:32:48.07 ID:Xu/XV/yXO
兄「で、今日はいくら欲しいんだ?」

兄は一つ小さな溜息を吐くと視線を上げた。そして足元の鞄から出した財布を携えて妹に聞く

妹「違う……そんな事言ってないじゃん」

兄「でも、他に用なんか無いだろ?」

妹「~~~~ッッッ!!!」

兄の不可解な応対の真相を知った時、妹の頬は紅潮した。面の皮一枚、羞恥によっても人は悶えるのだ

兄「だけど、これから先はあまり金をやれくなるかも知れん。すまん」

勝手に謝って落ち込んでいる兄は、金を脅し取られることに何の抵抗も感じていなかった。抵抗がない、即ち超伝導である

兄は金銭に頓着しない。自宅警備員時代の激務の日々が物欲を腐敗させ、綺麗に削ぎ落としてしまったからだ

また、それほど金を遣うこともない。交友関係など一切無い、趣味も特に無い、そもそも仕事以外で出歩くことは殆どなかった

支出の多くは食費とタバコ代で占められていた。まったく不健全であった。仕事を除いた兄の人生とは、単なる暇潰しに過ぎなかったのだ

そして業界最大手だけあって悪の組織の給料は悪くない。それが末端構成員であっても

事業部移籍に伴って多少下がったとはいえ、毎月受け取る額は兄には到底遣いきれないものだった

そんな兄であるから、妹に渡す金に執着は無かったし、そればかりか逆にその行為に満足している節さえあった

今まで碌に関わってはこなかった、そんな妹に何かを与えられことに、新鮮な充実感を発見してもいたのだ

179 名前:西部劇で地面を転がってるアレ[] 投稿日:2010/03/15(月) 06:38:05.37 ID:Xu/XV/yXO
兄はもう、金銭の遣り取りを抜きにして自分を見ることが出来ない。妹は自分の行いを恥じ、悔いる

妹「違うよ……全然違うよ。お金のことじゃない……」

兄「だったら何だ?」

立てば枯れ草、座れば落ち葉、歩く姿はタンブル・ウィード。腰を上げた兄は、ひどく憔悴した様子だった

妹「いや、こんな時間だけど、仕事に行かなくて良いのかな、と思って……」

兄「仕事か……」

兄の顔に一層暗い影が差す。吹けば飛びそうな儚さ、触れたら壊れそうな脆さがそこに現れた

妹はそんな兄をついぞ目にしたことが無かった。いつだって無神経だった、泰然自若に何事も諦めていた

そこまでの悪人ではなかったが、血も涙も無かった。殺す術もないかに思われた不思議生物が弱りきっている

兄「仕事には、もう行けない」

妹「それって……」

その先を訊くことは憚られた。兄がどれほど仕事を大せts

兄「クビになった」

兄が言った

180 名前:死を恐るる心也[] 投稿日:2010/03/15(月) 06:42:56.55 ID:Xu/XV/yXO
妹「そうなんだ……。やっぱり私のせい……なの?」

重苦しい気持ちが伝播したのは、兄が解雇された原因に、自分が関わったという心当たりが有るからだ

兄「お前が気に病んでも意味は無い。気にしなければ気にならない事を気にするな」

自分の人生に介入されることを恐れる兄は、他人に責任を求めない。妹のした事など、気に留めるつもりはなかった

だが、それでは妹の気が済まない。仕事を失い、明らかに気落ちしている兄を、放っておく気にはなれないのだ

妹「でも、大丈夫なの?悪の組織って、そんなに簡単に辞められるものなの?」

兄「大丈夫じゃないだろうけど仕方ない。組織に刃向かう事なんて無理だし、逃げたってどうせ捕まるだろう――」

兄は悲観的な理屈を自己完結させて気を持ち直すと、諦観から捻り出した台詞を淡々と並べ始める

兄「――大体、俺みたいな駄目な野郎が職に就こうってのが間違いだったんだ。こうなる事は判ってた筈だったのにな。
自分に期待してみても結局、俺は俺にしかなれなかった。何をやったって、しくじるもんなのさ。ゲス野郎はな」

挫折と失意に魂のせて、行け行け弱気の漢道。頼みの綱は現実逃避、死を視ざること帰するが如し

妹「大丈夫じゃないのに、何でそんなに平気でいられるの?そんなのおかしいよ!」

兄「お前には解らなくて好い」

絡み付く悲嘆を気合で跳ね除け、妹は敢然と立ち向かう。なんだかんだで、兄VS妹 ファイッ!

181 名前:流兄と若き野獣妹[] 投稿日:2010/03/15(月) 06:50:08.42 ID:Xu/XV/yXO
「――『努力』なんてねえ。『達成感』なんぞ感じねえ。負けねえ。悔しいこともねえ。
嬉しさもねえ。思い切り何かをすることもねえ。なぜならオレは、何者にもなれないから。
何物にもなれないからオレは──────人生ってヤツを…………楽しんじゃいけねえのさ」

兄は両腕を広げて嘲笑う。僅かに残った気力を振り絞って、元気に弱がって見せる

妹「何でお兄ちゃんはそんなになっちゃったの……?」

兄「いや、何でって……」

妹「憶えてる?お兄ちゃんはその昔……ちっちゃい頃……迷子になって凍えている私を助けてくれたことがあったよね」

兄「?」

妹「――でも死ね」

想いは拳に、嘆きは牙に。ショートアッパーが兄の肝臓を打ち抜いた。よろめき落ちるその胸ぐらを両手で掴まえて引き起こす

妹の脳裏に蘇っていたのは、兄の忘れているであろう追憶の風景。あの時の兄は胸を張って『兄』と呼べる存在だった

それが妹の願う在るべき兄の形なのに、それなのに、今の情けない姿は何だ?どうしてこうなった?

妹「大人しく聞いてれば勝手な事ばっかり……誰もがお兄ちゃんの事をどーでも良いと思ってると思ったら大間違いだよ!」

耳を覆いたくなる様な、

183 名前:ブラザーブレイカー妹[] 投稿日:2010/03/15(月) 06:58:26.51 ID:Xu/XV/yXO
兄「俺が駄目なのは……俺が俺だからだ。俺がこうなったのは俺の所為で、その責任は俺が負うしか無いだろ」

打ちひしがれ、打ちのめされた心にはもはや、妹に対する精神的優位など残っていない

受け流すことの出来ない勢いに気圧され、圧倒された兄は弱音を吐き続ける事しか出来なかった

妹「オレ、オレって……何?詐欺?そんな自分の事ばっか考えてるのに、何でそこまで自分を嫌いになっちゃうの?」

眼前に迫る顔、今にも泣き出しそうな目、その奥に覗くのは怒りとはまた違った感情。だが、そこに至っても尚、兄は兄だった

兄「好きになれる訳なんてないだろ。俺を誰だと思ってるんだ――」

自分の弱点をどれだけ攻撃しても、そいつを殺せはしないと兄は知っている

だからこそ、突き刺さる言葉を防ぐ手だても逃げ場も無いこの場に於いて、自嘲は最後の拠り所だった

兄「――俺には何も無いよ。何も手には入らない、何をやっても失敗する。自分に裏切られるのはもう嫌なんだよ」

妹「ウソだね。お兄ちゃんは結局、悲惨そうな顔で一杯一杯なフリをしてるだけで、本当は悩んでなんかいないじゃん。
何をやってもダメって言えるぐらい何かをやろうとしたの?裏切られて凹むほど自分を信じてないでしょ?」

兄「違う、お前は分かってない。おr……」

妹「わかるよ、そうやって自分を責めてれば楽だよね。他人からそれ以上責められずに済むからさ」

許しを希いながら自ら傷口を晒し、血を吐いてのた打ち回ってみせる兄を妹は容赦なく責め立てる

いいぜ、兄が終わりの無い自己否定に安住しようってんなら、まずはそのふざけた根性をぶち殺す

190 名前:旋風(かぜ)の幹部B[] 投稿日:2010/03/15(月) 07:47:39.15 ID:Xu/XV/yXO
~悪の病院~

幹部B「俺の配下たる者、自分の尻は自分で守れと日頃から言っているだろうが」

怪人「め、面目こざいません」

幹部Bは悪の病院に入院中の怪人を見舞うついでに、その不甲斐なさに苦言を呈していた

悪の組織本部戦闘部門B組は、天下に蛮勇を轟かせる暴虐の徒である

その一員が何処の馬の骨とも知れない相手に後れを取るなど、凡そあるまじき不始末であった

叱責を受ける怪人は、痛みを堪えてベッドの上に正座。脇に控える戦闘員達は、慄きながら風向きを窺う

幹部B「まあ好い、今日はそんな小言を言いに来たんじゃない。聞かせてもらおうか、お前を襲った犯人の特徴とやらを!」

用向きを告げた幹部Bは、怪人達を手厳しく叱った他方、内心ではその働きに満足してもいた

よくぞ襲撃に遭ってくれた。……フフ、うれしいね。上司の立場でなければ小躍りしたい気分だよ

大々的に市街へ展開させた怪人や戦闘員は、期せずして標的をおびき寄せる撒き餌にもなってくれた

被害者は同時に目撃者でもある。その証言は、まだ見ぬ敵を追い詰める為の有力な手掛かりとなる

ただし、思わぬ功績を上げた怪人が労われることは無かった。その程度の手柄は称賛に価しない

何故なら悪の紳士は、自らが選んだ人材は例外なく有能だと考えており、その確信を前提として部下を評価しているからだ

加えて、彼は悪逆非道で鳴らした武闘派の悪者である。“御苦労様”だなんて、そんな事……言える訳ないじゃないのっ!

192 名前:あの台詞を言う時は、やたらと男前の顔で[] 投稿日:2010/03/15(月) 08:03:40.71 ID:Xu/XV/yXO
赤く色づいたソコは熱を帯び、穴からは止めどなく液体が滲み出して―――怪人の下半身は限界に達しようとしていた

怪人「今一番、アイツの笑顔に会いたい……」

幹部B「何の話だ?」

怪人「いえ別に。しかし、奴は明らかに人の姿でした。変身しない怪人など居ないと思われますが」

幹部B「ああ、そんな怪人は登録されていない筈だが、だったら何だ?正義の味方か?」

怪人「ヒーローでもない様に思います。何と言いますかこう、普通の格好でしたから。断じてヒーローの装いはしていませんでした」

幹部B「ふむ、依然正体は不明か。では、そいつが怪人を的にかける動機はどうだ?」

怪人「利益を得る為か、不利益を回避する為か。どちらも思い当たりませんね。しかし、これはただの私見ですが、
奴からはこう、私と同類というか、我々悪者に近い印象を受けました。目的、となるとサッパリ見当も付ききませんがね」

幹部B「目的も不明の悪者か……分からん。まさか物取りの犯行でもないだろうに……」

怪人「いえ、奴はとんでもない物を盗んでいきました」

幹部B「?」

怪人「―――私の純潔です」

幹部B「黙れ」

ともあれ、このまま取り逃がしたとあっては、メンツ丸潰れってレベルじゃねーぞ

194 名前:帰ってきたあの男[] 投稿日:2010/03/15(月) 08:20:09.25 ID:Xu/XV/yXO
~しばらく後街~
男「――そうっスね、結構怪人とか来てて、大分酷くやられた感じでしたね」

数時間後、レジを閉めて掃除を済ませ、閉店の準備を終えた店内で、男は店長と帰る前の世間話をしていた

店長「他人事だとは思えないよね。ウチの辺りだっていつ襲撃に遭うか―――。あのヒーロー共が役立たずだった所為で……」

男「……そうですね。それじゃ、自分はこの辺で失礼します」

男は相槌を切り上げて暇を請う。人と話すのは嫌いではないが、いかんせん体が疲れている

店長「うん、お疲れ様。また今度ヒマがあったら御飯でも食べに行こうよ」

男「そうっスね、はい。んじゃ、お疲れ様でした」

店長に頭を下げると男は家路に就いた。花屋の仕事にも大分慣れた、こんな慌しい日常も悪くない

花の種類、その取り扱い、配達先の地理等々、兎角覚えることは多いし体力も要る。だが、その忙しさは何よりの救いだった

労働は妄執を忘れさせてくれる。まだ接客がてら商品の管理を学んでいる段階だが、いずれはアレンジも出来る様になりたい

生きる場所を得たのは数ヶ月前、開店後間もない店には問題なく馴染むことができ、環境に不満も無い。この店で働けて良かったと思う

多くの人と接する中で、新たな自分を発見する喜びを知った。このまま上手くやっていけば、幸せなんてモノも見付けられるかも知れない

「あンた、男さンだな?」

男「ん?」

自宅に向かう男の前に現れたのは、悪者風の出立ちをした、無駄に長い前髪に両目が隠された、要するに悪の貴公子ブラック兄だった

195 名前:山の貴公子ブラック兄[] 投稿日:2010/03/15(月) 08:28:26.37 ID:Xu/XV/yXO
男「あの、どちら様でしたっけ?」

不審人物に名前を呼ばれた男は怪しんだ。全身から小悪党の闘気を立ち上らせる様な、そんな胡散臭い知り合いは持った覚えが無い

悪の貴公子ブラック兄「なに、怪しい者じゃない、見ての通りただの悪者だ」

男「いや、言ってる意味がわk……」

悪の貴公子ブラック兄「俺の事はどうでも良い。それより、アレがあンたの店か」

男「いや、だk……」

悪の貴公子ブラック兄「しばらく待たせてもらッたよ。どうだ?仕事は楽しいか?」

男「だから、お前は誰なんだよ!?」

ひとり登場した、会話の成り立たないアホの質問文に、男は質問文を叩き付ける。ちなみに、この解答はテスト0点である

悪の貴公子ブラック兄「それは秘密。何故ならその方が格好良いからッ!いや、実はあンたに頼みたい事があるンだ」

男「名前も明かさない奴の頼みが聞けるか」

会話を打ち切って歩き出す男。無礼千万、不愉快至極、常識も弁えない不躾な手合は、相手にするだけ時間の無駄だ

悪の貴公子ブラック兄「まあ待て、男さン―――もとい、元、色レンジャー赤」

男「な……」

瞬間、血の気は引き、俄かに鼓動が早まりだす。悪の貴公子ブラック兄の口から出たのは、決して暴かれてはいけない過去だった

196 名前:名前が変わります[] 投稿日:2010/03/15(月) 08:36:09.38 ID:Xu/XV/yXO
兄「悲劇のヒーロー様にお願いがあってな。どこか静かな所で相談したいんだが、確かアンタの家はこの近くだったよな」

赤「何故そんな事を……」

名前や過去だけではなく住所も……この悪者は何処まで自分について知っているのか。赤はいよいよもって困惑した

兄「アンタの事は色々知ってる。色レンジャー解散後、ソロ活動で正義の味方を続けようとしたことも、
それが頓挫したことも、職を失って妻に逃げられたことも、復帰を諦めて数ヶ月前からそこの花屋で働いていることも」

赤「……!?」

絶句する赤。人は自分について知られることを怖れる。例えそれが秘密ではなかった場合でも同じ様に

何故なら、人間は未知なる物を怖れると同時に、その未知に対して一定の価値を見込んでいるからだ

知らないことの価値は概ね不変であり、知ることの価値は時と場合に大きく左右される

従って、自身についての何かを知られることは、自分の有する不変の価値が失われることを意味する

そして、それを許容する為には、そこに自信なり信用なりの、未知を上回る価値が認められる必要があるのだ

兄「俺に分からない事は無い。その気になれば、アンタのチン毛の本数だって調べられる――」

大嘘である。兄は他人の調べた情報、貰った資料の中身を羅列してみせただけに過ぎない

しかし、真実の中に紛れ混ませた嘘は説得力を持つ。相手が冷静さを欠いていたなら尚の事だ

兄「――まあ、その先はアンタの家でゆっくり話そうじゃないか」

兄は放心して立ち尽くす赤の肩を叩く。知る者と知らない者、主導権の在処は火を見るよりも明らかだろう

198 名前:オラこんな家イヤだ[] 投稿日:2010/03/15(月) 08:42:33.24 ID:Xu/XV/yXO
~男宅~
一体何がどうなったら、初めて会った怪しい男に案内されて、自宅まで帰ることになるというのか

兄「これはまた……えらく小ざっぱりしたと言うか……」

赤を連れて彼のアパートに上がりこんだ兄は、あまりに殺風景な室内を驚きを持って見回す
テレビも無ぇ、ラジオも無ぇ、車もそれほど走ってねぇ。最低限の調度品だけが据えられた彩りの無い家

兄「――それにしたって、もう一つくらい有っても好いんじゃねーか?」

テーブルの前、ただ一つ置かれた椅子に座ろうとした兄は、少し考えた後に、思い直して赤に譲った

赤「必要ないんだ」

腰を下ろした赤は吐き捨てる様に一言。まるで歓迎できない来客に、生活の事まで口を出される謂れは無い
二つ目の椅子など彼には不要だった。一切を捨て去って真っ更な自分を始める為には、余分な物が在ってはならない

兄「……相当、今の暮らしが気に入ってるみたいだな――」

花の図鑑、園芸の雑誌、卓の端に積み上げられた書籍類を眺めながら、兄は勿体つけて本題に入る支度に掛かる

兄「――アンタの店、小さいけどキレイだし、店長達も善い人そうだ。しかし、アンタの過去が明るみに出たらどうだろう。
かの色レンジャーだったことが知れたら、店にも居づらくなるんじゃないのかね。まあ良い。俺の用件はアレだ、要するに脅迫だよ」

赤「……金か?」

兄「いやいやとんでもない。俺が金で動く様な安い男だと、見損なってもらっちゃ困る」

兄は金銭に拘らない類の小悪党である。それは、赤にとって金よりも大切な物が脅かされることを示唆していた

199 名前:今更明かされる舞台設定。季節は秋[] 投稿日:2010/03/15(月) 08:51:23.23 ID:Xu/XV/yXO
~兄妹宅~

妹「……」

窓の外に吹く風が木の葉を揺り落とす。灯りを消した部屋で、寝る支度を済ませた妹は布団を被っていた

数日間、部屋に引き篭もっていた兄が、悪の組織と戦うなどと言い出したのは、昨日の夕方のことだった

いきなり突拍子も無い事を言われて愕然とした妹だったが、どうもそれは考えに考え抜いて出した結論の様だった

引き篭もっている間も壁越しに生存を確認はしていたが、そんな事を企んでいるとは夢にも思わなかった

無謀すぎる兄を止めようにも、他に代案がある訳でもないし、焚き付けたのは自分だという気がしないでもない

それに、あの臆病者がそんな事を思い立ったのだから、余程の自信と目算があるのは間違いないだろう

外に出てきた兄は、無駄に長い前髪の奥に潜む瞳に意志の光を宿した、立派な小悪党の様になっていた

無気力な駄目人間が、一段上の悪者に進化してしまったことを、喜んじゃいけないのかも知れない

それでも、この間の今にも死にそうな、何もかもを諦めた様な態度と比べれば、もっとずっとマシになった

兄が生き返ったことは嬉しかったし、少しの後ろめたさもある。自分に出来る事があるなら、手伝ってあげてもいいと思う

妹「でも……お兄ちゃん、大丈夫なのかな……」

出掛けていったきり、こんな時間になっても帰って来ない兄。心配しだすと眠れなくなる妹だった

202 名前:1人じゃないから難しくないもん![] 投稿日:2010/03/15(月) 09:03:31.13 ID:Xu/XV/yXO
赤「――アイツ等はもう戦えない。それ以前に連絡さえ取れないだろう。
緑は田舎に帰った。黄色は二度目の傷害で塀の中。青はコロンビアで貿易業をやってる。
そして桃色は……あいつは、お花畑の住人になっちまった。もう帰って来れないかもな」

兄「嘘……だろ……?」

赤が語った色レンジャーの元メンバー達の現況を聞いて、兄は譫言の様に呟いた
彼等が全員揃うことを当て込んだ勝算は、暗雲に包み隠されてもはや影も形も見えはしない

赤「俺一人で悪の組織を丸っと相手にしろってか?無茶言うなよ」

皮肉交じりに嗤う赤。兄の計画が実現不可能だと判ったことは、彼の精神に充分な余裕を与えていた

兄「……きみとなら、きっとできること。ココロとココロで手を結んで……諦めちゃダメだ……そうですよね?坂本さん――」

兄は虚ろな眼で独り言を垂れ流しはじめた。大丈夫…………きっと出来る。勇気の扉、ちょっと開けるだけだよ……

兄「――ああ、問題ない。俺だって怪人に勝った、それに妹だって居る……」

自らをを説き伏せた兄は顔を上げる。前後不覚、錯乱した思考状態の内に、彼の持つ自分を納得させる能力が、
今まで『何かを諦める』為にしか使われなかった力が、生まれて初めて前向きな意図を持って行使される機会を得たのだ

兄「俺は自分の生活を守る。その為にアンタには付き合ってもらうぜ。当然ながら拒否権は無い。
分かるだろ?アンタだって自分の生活を守りたい筈だ。そして、守りたいものが一緒なら、俺達は戦友だ」

赤「え?あ、ぁあ!?」

差し出された手を思わず握り返してしまった赤は過ちに気付くが時既に時間切れ

OK、協力者ゲット。味方がふえるよ!!/やったねお兄ちゃん!

203 名前:ラブリーチャーミーな女幹部[] 投稿日:2010/03/15(月) 09:11:05.76 ID:Xu/XV/yXO
~翌日女幹部宅~
女幹部に幹部Bから電話が掛かってきたのはその日の昼過ぎ、就寝真っ最中の出来事だった

安眠を妨げられた女幹部は、話を終えた後、些かの憤慨をもって悪の紳士に就いて思案していた

他者を顧みず我を通す強引さは、悪者に欠かせない資質である。しかし、それだけでは一流の悪とは云えない

一分の曇りも無い純粋で至高の悪、則ち『完全澄悪』を志す彼女は、幹部Bの限界がそこに在ると考える

他者の意思を無視して狼藉をはたらくだけの蛮行は、そこらの三下にも容易く出来る低俗な悪行だろう

そこに留まることなく、他者の懊悩や絶望さえも利用するのが、女幹部の理想とする悪者の姿なのである

それはさておき、幹部Bの用件は怪人襲撃事件に関して、犯人を探すため協力してほしい、というものだった

女幹部は色よい答えを返してみせたが、事件の究明は情報工作組の存亡にも関わりかねない危険性を持っている

無論、要求に応えるつもりは微塵も無い。むしろ、思う存分組織の足並みを乱してやろうと目論んでいた

人の心の中空を、漂い、機を読み、風に乗り、日和見気取り風見鶏。親の総取り良いトコ取り。天と地、股に掛ける蝙蝠

臨機応変、変幻自在、奇想天外、四捨五入、出前迅速、落書無用。事件のあらましを知った女幹部の軌道修正は早かった

兄をクビにした翌日には早速、架空の新ヒーロー達を創り出し、部下達を使ってその情報を各方面にバラ撒く

そして、明くる日には複数の同業他社に、悪の組織の内部分裂について、ある事ない事書き立てた怪文書を送り付けた

また、それらの下準備と並行して――――――。女幹部は嫌がらせのプロである。妨害工作ならお手の物

どこまでも卑劣に、陰湿に、躊躇なく、そして秘密裏に。混乱よ来たれ!愛と真実の悪を貫く愉悦に、彼女の魂は打ち震えていた

204 名前:“兄”に敬称を付けると違和感が凄い[] 投稿日:2010/03/15(月) 09:19:22.28 ID:Xu/XV/yXO
~しばらく後悪の組織事業部一階オフィス~

本来、悪巧みとは楽しいモノだ。女幹部は原点に立ち返り、悪者としての初心を取り戻していた

今の彼女はまったくの自由だった。誰の意思にも影響されず、思うが侭に悪事を企てることが出来る

しかし、歓喜に胸を躍らせる一方で、愛する部下の一人を失ったという体験が、心に深い影を落としてもいた

嘆かわしい事に、兄など居なくても問題なく職場は回る。その事実がより一層の悲しみをもたらすのだ

もっとも、そんな心情を他人に見せたりはしないのだが、ただ一人、同僚Aだけは女幹部の胸の内を察していた

そしてナイス☆ガイは、女幹部が代表や本部への報告をでっち上げている間、彼女に代わって職場の指揮を取る

同僚D「本当に兄さんは怪人襲撃事件と無関係なんですか?」

同僚Dは声を潜めて同僚Aに聞く。彼女は怪人の肛門が蹂躙された事件、その現場を目の当たりにした張本人である

同僚A「だ~から、言っただろ?兄は夢を叶える為に、本場オーストリアへ修行に旅立ったって……」

同僚D「この前はベルギーって言ってませんでしたっけ?」

同僚A「いや、オーストリアだ」

ナイス☆ガイは手を焼いていた。兄の退職は本人の希望による物だと説明しても、同僚Dは納得してくれない

顔の似た女が怪人を暴行した翌日、兄は姿を消した。事件の目撃者が、その二つを結びつけて考えない訳も無いのだが

257 名前:兎 ‐野生の逃走‐[] 投稿日:2010/03/15(月) 14:13:21.80 ID:Xu/XV/yXO
~悪の組織本部五階~

突然の激震と直後に流れた自爆警報によって、悪の組織本部は蜂の巣をバックからガンガン突きまくった様な騒ぎになった

ところがそんな中で、最上階に駆け付けた悪者共だけは、凍りついたかの如く静まり返っていた

光、音、衝撃―――その目に映った光景は余りにも鮮烈だった。瞬きすることも、息を飲むことも許されなかった

壁に減り込んだ怪人4は、力を失くした四肢を垂れ下げ、そこを伝わって滴る赤い雫が滲みを広げる

妹の拳が光って爆ぜる、敵を殴れと轟き叫ぶ。目を見開いて立ち竦んだ戦闘員5が、次なる犠牲者となった

女幹部「この娘は伝説の爆殺拳の継承者、威力は見ての通りだ。
自信のある奴は掛かってこい。ただし、命の保障はしないがな!」

後ろの女幹部が警告し、妹は足を踏み出す。それで事足りた。悪者共の波は割れ、妹の歩く場所が道になる

一方その頃、階段を駆け下りた兄は三階で、警報に従って避難を始めた怪人と戦闘員の一団と鉢合わせていた

戦闘員6「ニー(お前はさっき連行されて来た……犯人!?)」

兄「ワタシ ニポンゴ ワカリマセン」

行く手を遮る悪者の数は、7、8、9……ええい、数えるのも面倒だ!何人居ようと同じこと、作戦なんか関係ねぇ!

兄「オレにとっちゃァ―――4人だ……ッ」

某地上最強の生物曰わく、“同時に四方の敵を躱せれば、世界の総人口とケンカしても倒されない”ソレがアレでナニだ

D.T.フィールド展開、怪人の能力で全員を避けろ、かすり傷も負うな。兄の中の野生が吼える。兎が……帰りたがっている

258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/15(月) 14:22:23.58 ID:Xu/XV/yXO
~悪の組織本部三階~

まだ慌てるような時間じゃない。怪人の引率によって退避を始めた戦闘員達。戦闘員7はその中に居た

――と、けたたましく鳴り響いていた警報が止まった。列の中ほどの戦闘員7は、いや、その場の誰もが青ざめる

自爆警報は十分間鳴ってから停止し、その後、3・2・1で本部を消し飛ばす爆発が起こると教えられていたからだ

そこまで時間が経った筈はない。しかし、警報が止まったという事は―――僅か3秒間で驚くほど思いは巡る

いよいよ精神は恐慌状態に陥ったが、一向に爆発の起きる気配は無い。その代わり、後ろの方で叫び声が上がった

「ニー(ソイツを捕まえろ!)」

ソイツって……誰だ……!?背の高い同僚に遮られて後ろは見えないが、段々と声や音は近付いてくる

そうしている内に、仲間の手を振り払いながらソイツが現れた。確かコイツは女幹部に引きずられてきた……

咄嗟に伸ばした腕をかい潜ると、ソイツは跳び上がって壁を走り、天井を蹴って人の頭を足場にまた跳ぶ

そのまま上を駆け抜ける様子を見物している訳にもいかなかった。混乱の中で足を取られた人間が倒れてきたからだ

雪崩を打って総崩れになった仲間達の下敷きになった後、アイツがどうしたのかは判らない

ただ、圧迫されて意識を失う前に、先程流れた自爆警報が誤報だったという放送を聞いた事は確かだ……

――自身の半径1,5m以内は何があろうと必然の世界、可能の範囲を生きる限り、兄は不可能と遭遇しない

立ちはだかるモノは単なる障害物だ。これまで如何なる厄介事をも避けてきた兄に、怪人や戦闘員如きを回避できない道理は無い

259 名前:カオシック正義の味方[] 投稿日:2010/03/15(月) 14:31:21.91 ID:Xu/XV/yXO
お前……色レンジャーを見たことないだろ?
色レンジャーは毎週タイガードライバーやエメラルドフロウジョンで戦闘不能になった敵が泣きを入れても
絶対に手を緩めたりしない不屈のヒーローなんだぞ!!

確かに全国の父兄から“子供に見せられない”って抗議が殺到したせいで
わずか一年で解散になってしまったけど……
色レンジャーから“決して負けない心”を学んだ全国のよい子たちの熱い応援できっと戦いは再開される
まさに無慈悲のヒーローなんだっっ!!
敵がどんなに命乞いしてもシバき倒す………それが私の大好きな色レンジャーっ!だから私も負けないもん!!

   ――以上、お便り紹介のコーナーでした。メッセージありがとう、これからも応援よろしくね!――

裏門は死屍累々の血の海。名乗り口上はおろか、胸の空くような倒され様も割愛され、残ったのは怪人と戦闘員の各一名

戦闘員8「ニー(馬鹿な……我々は20人以j……ぐぶぇ!)」

その内の戦闘員が緑のローリングソバットで弾き飛ばされ、ヘシ曲がった鉄の門もろとも敷地内に転がり込む

――最後の怪人が赤のタックルからリフトされ、軽々と視界を反転させられたのは、それから2,7秒後の事であった

赤「打撃系など花拳繍腿、パワーボムこそ正義の技よ」

フィジカル・マッスル・キルゼムオール。地面に叩き付けられた怪人に、緑がムーンサルト・ニードロップでトドメを刺した

赤「さて、こっからが本番だ。しかし、付き合わせて悪かったな」

緑「後悔するぐらいなら、わざわざ田舎から出て来ねーよ。さあ、やり残した仕事を片付けに行こうぜ」

正義の味方が敗けることは許されなかった。勝つ為には負けられない―――たった二人の最終決戦が幕を開ける

260 名前:怪人・オーストリッチ男[] 投稿日:2010/03/15(月) 14:35:26.64 ID:Xu/XV/yXO
~悪の組織本部五階~
壁から引き剥がした怪人達には辛うじて息があった。しかし、意識不明の危険な状態である

戦闘員9「ニー(このまま、奴等が行き過ぎるのを許していいんですか!?)」

戦闘員9は押し殺した声で吐露する。暴虐を与える側である筈の悪の組織が、一方的な破壊に抵抗も出来ない
そして何より、目の前で上司を、友を傷付けられた。その屈辱と悔恨を!慚愧に堪えぬ心は狂わんばかりであった

怪人5「だが、あの力を見ただろう。我々では太刀打ち……」

怪人とて思いは同じ。しかし、ただ向かって行っても返り討ち、犬死にになるであろう事は明白である

戦闘員10「ニー(そんな事を言ってる場合ですか!幹部達も倒れ、仇を討つのは我々しか居ないんですよ!
これを見逃がして、何が悪の組織ですか!そのぐらいだったら、無駄死にでも良い、一矢でも報いて……)」

怪人6「いや、倒す方法はあるかも知れん」

怪人5「何か考え付いたのか?」

怪人6「骨を砕かせて肉を掴む。爆発する右手だけに気をつければ……腕一本無くす覚悟で飛び込めば勝機はある」

爆発を凌げれば、常人とさして変わらない妹である。怪人でなくとも容易に仕留められる。問題は誰がその役を担うか……

戦闘員9「ニー(その役目、私に任せて下さい。これだけやられて黙っているなんて出来ません)」
戦闘員10「ニー(いえ、私が行きます。奴等だけは……生かして帰さない……!)」
怪人5「いや、私が引き受けよう。戦闘員を危険な目に遭わs……」

戦闘員9・10「「ニー(どうぞどうぞ)」」

煮え切らなかった怪人5が心を決めた事で、実行役も決まった。言ったからには、取り消しは効かないんです

261 名前:犠牲になったのだ……[] 投稿日:2010/03/15(月) 14:40:34.75 ID:Xu/XV/yXO
女幹部「気を付けろ妹、後ろの奴等が何か狙っている」

不穏な動きを察した女幹部が右前方の妹に忠告する。悠々と歩いているように見えて、その足取りは慎重であった

周囲には二桁を楽に越す悪者、一斉に飛び掛かられたら衆寡敵せず、身動きの取れなくなることは目に見えている

妹は具裏勢臨を極めて不完全な形でしか会得していない。随意に爆発させられる部位は利き手のみである

手始めに二人を血祭りに上げて見せたのも、敵に恐怖心を植え付けて牽制する為の示威行動に過ぎなかった

女幹部が背中を守っても、妹一人ではこの人数を殲滅は出来ない。抵抗を許さない演出が必要だったのだ

女幹部「!」

戦闘員達が吶喊してくる。左廻し蹴りで一人を倒し、右拳でいま一人を撃沈。そして怪人6を左肘で叩き伏せる
だが、女幹部も一連の突撃全ては捌き切れなかった。なおも続いた怪人5が、脇をすり抜けて妹に迫る

待ち構えていた妹の右拳が唸る、―――爆発に手応えはあったが、片腕で受けた怪人は止まらなかった

妹「ち……!」

崩れた体勢で繰り出した前蹴りも、重量と頑強さに勝れる怪人には意味を成さない、逆に弾き返される

女幹部「妹!」

通路に倒れた妹に怪人5がのし掛かり、脚と右腕で上半身を押さえ込む。街でよく見る袈裟固めの状態である

妹「いや……来ないで!」

叫ぶ妹に女幹部は走った。いや、逃げた。脇目もふらず、後ろも見ないで―――。あの言葉の意図する処は……

262 名前:フォレスト・ジョイント妹[] 投稿日:2010/03/15(月) 14:47:50.70 ID:Xu/XV/yXO
激痛と同時に左肘から先の感覚は無くなった。しかし、犠牲を払っただけの事はあった。妹の命は手の届く所に在る

怪人5「ちょろいもんだぜ、そのキレイな顔をフッ飛ばしてやr……あれ?」

サイドポジションに固めたまでは良かったが、攻撃に使える腕がない。悔やんでも悔やみきれない不手際である

――ところで、今日の格闘界では “立ち技系は転がしてしまえ”というのは常識だ

現にボクシングやキック、空手の試合においても、組み、もつれ、倒れたら仕切り直すルールである

しかし妹爆発は本来、立ち技と言っても武道である!!

長い歴史の中で、組みつき倒される事を想定しなかっただろうか!?

本 当 に 備 え は  な い の だ ろ う か !??

        否 ! ! !
  
例 え ば 力 を 制 限 し な い 全 身 爆 発 で あ る !!

全身爆発の使用は、KIK(国際妹機関)の協約で認められていない

しかし!妹にとっては普通の技である!組み付いて体が密着した者を仕留めるのに、これ程適した技もない

完全解放の全身爆発は妹の技の中でも一・二を争う強力な技である。一発でレンガやブロックも粉砕されてしまう

それに向かって体を晒して入っていくには相当なリスクを伴うはずだ

妹が全力で爆発するのは何時以来だろうか……実に数分ぶりの出来事である

176 名前:二部はフリーダム。最初からクライマックスだぜ![] 投稿日:2010/03/15(月) 06:13:06.67 ID:qOJKBVBB0
その邪悪なる魂はそこに居た

我が身の為なら世界をも滅せる、狂った破滅思想を携えて、都会の片隅で静かに息を潜ませていた。絶
対的な自信の無さに裏打ちされた、確かな消極性を漲らせて、ほの暗い安息の場所へ心を預けていた。
射し込む光など無ければ良かった。闇は優しく、その姿を包み込んでくれる筈だった。何も見えなくなって
しまう事を願う。暗黒は安息をもたらす。視界に何も映らない、意識に何もよぎらない、そうであれば良か
った。否定した、拒絶した。無を望んだ、乞うた、求めた。無色透明無味無臭人畜無害無理無茶無謀。何
かを感じる心は害悪だ。感覚も感情も不要だ。余計な物は要らない。自分は自分であるだけで良い。し
かし、その自分とは?それも不要ではないのか。特に目的も持たずに生きてきた、その理由は?死ぬ理
由も無いから生きているだけでは?そんな自分は否定し、拒絶されなければならない。無だ、やはり在る
べき形は無だ。自分は要らない、存在だけがそこに在れば良い。だが、空気に溶けて消えるには、足跡
を残しすぎた。闇に紛れて消えるには、あまりに純粋すぎた。何者にも成れない、消えることすら出来な
い。そして更に残念なことに、何事かを成し遂げる力も目的も持っていない。ついでに言えば職も無かっ
た 。それが本来あるべき姿なのかも知れない。楽になるためならば如何なる苦難にも身を投じた。しか
し、今や自己を捧げるべき日常は崩れ去った。もう何処へも流れ着くことは叶わない、ただ沈んでゆくだ
け。今ここに在るのはただの自由だった。目的を持たない者にとって自由とは不安だ。その不安という名
の毒は、腹の底から生まれ出て沈殿し、堆積してゆく。蓄積した毒は青から紫、紫から赤へと色を変える
。やがてそれは形を成した。突き出す何本もの棘を内臓に食い込ませ、肥大しながらその身を捩る。 痛
みは脊髄を伝って脳へ向かい、そこに停滞して恐怖と化す。痛みの種は常に腹の中に存在していた。た
だそれが芽吹かない様に、何も感じない様に心を殺してきた。耐えるだけの日々、それ以外に生きる術
を知らない。もはや痛みは感じなくなった。麻痺させた神経は揺るがない。腐らせた脳髄は濁らない。そ
して思う、何も手に出来なかった過去、何も持っていない現在、さらには未来をも失った 。今まで何も手
に入れられなかった人間が、何かを手にしたいと願うのは間違っていた、そんな事が許されて良い筈は
無い。こうなったのは仕方がない。許されない事を願うのは罪悪で、咎には罰が与えられなくてはならな
い。ならば自分の行く末は予定された、道理の中にある必然というべきものだ。それは仕方ないが、そ
れでも―――と考えたい。人間には出来る事と出来ない事がある。幾多の物を諦めてきたといえど、そ
れが不可能な物も存在する。だが何が出来る?出来る事など無い。何も変わらない。自分は所詮、自分
でしかない。結論は既に出ていた、ずっと前から決まっていた。他の結果はあり得ない※

無職の兄がそこに居た                                      ※部は読み飛ばし可

182 名前:またミスった[] 投稿日:2010/03/15(月) 06:53:08.09 ID:qOJKBVBB0
「――『努力』なんてねえ。『達成感』なんぞ感じねえ。負けねえ。悔しいこともねえ。
嬉しさもねえ。思い切り何かをすることもねえ。なぜならオレは、何者にもなれないから。
何物にもなれないからオレは──────人生ってヤツを…………楽しんじゃいけねえのさ」

兄は両腕を広げて嘲笑う。僅かに残った気力を振り絞って、元気に弱がって見せる

妹「何でお兄ちゃんはそんなになっちゃったの……?」

兄「いや、何でって……」

妹「憶えてる?お兄ちゃんはその昔……ちっちゃい頃……迷子になって凍えている私を助けてくれたことがあったよね」

兄「?」

妹「――でも死ね」

想いは拳に、嘆きは牙に。ショートアッパーが兄の肝臓を打ち抜いた。よろめき落ちるその胸ぐらを両手で掴まえて引き起こす

妹の脳裏に蘇っていたのは、兄の忘れているであろう追憶の風景。あの時の兄は胸を張って『兄』と呼べる存在だった

それが妹の願う在るべき兄の形なのに、それなのに、今の情けない姿は何だ?どうしてこうなった?

妹「大人しく聞いてれば勝手な事ばっかり……誰もがお兄ちゃんの事をどーでも良いと思ってると思ったら大間違いだよ!」

耳を覆いたくなる様な、消極的で後ろ向き且つ自虐的にして投げやりな言動は、感情を起爆させるのに充分な苛立ちをもたらした

妹「何でそんな簡単に自分を諦めちゃうの!?ねぇ!もっとちゃんと考えないとダメだよ。私なんかに、こんな事言われないでよ!!」

力の抜けた兄の頭蓋を、SATSUGAIする勢いで揺さぶりながらまくし立てる妹。秘め持った本性は獰猛、その猛威が今、瀕死の兄に牙を剥

185 名前:駄目だと思う奴は何をやっても駄目[] 投稿日:2010/03/15(月) 07:08:14.28 ID:qOJKBVBB0
身体から毒を搾り出す様な兄の懺悔は続く。その瞬間が最悪であることを祈る様に

兄「真っ当に生きようったって俺には無理なんだよ。普通の奴等が普通にやってる事が出来ない。何かが欠落した異常な人間なんだろうよ」

妹「奇人?変人?だから何。お兄ちゃんが変なのなんか知ってるよ。でもそんなの、何もしなくて良い理由にはなんないよ」

兄「だけど、どうせ俺には何も出来ない。仕事を始めてマトモになれた気がしたけど、やっぱり駄目だった」

妹「“どうせダメだ”って思ってるから“やっぱりダメだ”って思っちゃうんだよ。最初の心構えが間違ってんの」

“来い、弱音の全てを否定してやる”と、妙な使命感で迎え撃つ妹だったが、自らの言葉に言い知れない違和感を覚え始めてもいた

考える必要も無く駄目出しが浮かんでくる。まるで自分の意思を離れた何かに言わされている様な感覚があるのだ

兄「そうだな、間違ってた。人並みになろうってのは間違いだった。そんな事、許されないよな」

妹「あのさ、そんな風に自分を悪く思おうとしても無駄だよ?」

兄「え……?」

妹「自分には何も出来なくて当たり前だって思いたいだけでしょ?最初から無理って事にしとけば、上手くいかなくても辛くないから――」

これまでの無為な人生を諦められず、かといって満足することも出来ない兄は、自身を最底辺の存在と見做すことに逃げ道を見出していた
何者にもなれず、何かを願う権利も無い自己を仮構することで、現実と向き合わない理由を作り、間接的にそれを正当化しようとしたのだ

前提を否定する事による発想の逆転、“開始線に立たなければ、走り出さなくても良い”という理論である

妹「――でもね、それで楽になれた?やっぱり苦しいまんまだったら意味無いじゃん。そんなんじゃダメなんだよ」

兄の悲観的な生き様は自己防衛の手段でもあった。労力に見合った効果が得られない点を考えなければ、優れた方法と云えるだろう

186 名前:ani - mendokusee yo koitsu[] 投稿日:2010/03/15(月) 07:16:06.72 ID:qOJKBVBB0
妹「お兄ちゃんは、弱くて 卑屈で 孤独で 情けなくて 臆病で 暗くて 気が小さくて 頼りなくて 
卑怯で 嘘吐きで 自分勝手で 消極的で 無気力で 不器用で 鈍感で 変なトコだけ繊細で
要領悪くて 気が利かなくて 無神経で 内向的で 自信が無くて 挙動不審で 不健全で 足が臭くて 
意志が弱くて 意気地がなくて 頑張れなくて 嫌になって もがきたくて 足掻きたくて 止めたくて 
成長したくて 打開したくて 方法が無くて 逃げ出したくて 苦しくなって 楽になりたくて 足を止めて
挫折して 途方にくれて 落ち込んで 欝になって 後悔して 希望は無くて 死にたくなって 出来なくて
拒絶されて 否定されて 落ちこぼれて 見放されて 見限られて 居場所は無くて 閉じ篭もって
壊れたくて その理由も無くて 信じたくて 自分を騙して 裏切られて 変わりたくて 変えられなくて
助けを請いたくて 救いを求めたくて 許しを願いたくて でも言えなくて 叶わないって諦めて 言い訳して
勝手に傷付いて また思い込んで また元に戻って また繰り返して 巡り巡って そんな自分が
嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに
嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに
嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに嫌なのに
本当に嫌いにもなれなくて、そのままでいることに納得しちゃって、そんな自分もやっぱり耐えらんなくて、だけど……え~と……」

兄「言いたい放題だな。もう良いだろ……」

妹「あれ?自分ではあんなメタクソ言うクセに、私に言われるのはダメなんだ」

妹は見透かした様に笑って手を離す。既に自由は奪った、いつまでも捕まえていなくても声は届く

余裕を失った無表情は妹を見据える。追い詰められた草食動物が、捕食者から視線を外すことは出来ない

妹「やっぱね、自分を大事にしてあげたい気持ちってのは誰にでもあってさ。それを変に無視しようとするからオカシくなっちゃうんだよ」

兄「もし……いや……仮に、そうだとしても、自分で駄目にしたこの人生は、俺を許してくれないだろう」

妹「知らなかったのか?自分からは逃げられない……!でも、何とかしないと一生このままだよ。誰も助けてくれないよ?」

妹が抉り出したもの、それは兄の知ろうとしなかった本当の兄だった。兄の見捨てようとしたジブンジシンだった

187 名前:次話は目に優しいものを用意して御座います[] 投稿日:2010/03/15(月) 07:25:32.73 ID:qOJKBVBB0
兄「一生……」
妹「無論、死ぬまで。自分を嫌いになろうとしたまま生きてくなんて無理だよ。どんだけ人生ナメてんのよ」
兄「人生ナメてる、か。そうかもな。でも、それを否定したら、無駄だと思ったら、その意味も無くなる。そんな事は……」

自らを否定し、尚且つその存在であり続けるという自家撞着、その不可能を可能にしていた物は、兄の持つ意外な精神力だった
だだ残念なことに、その驚嘆すべき力は盛大に使い道を誤っていた為、意味を成していたとは言いがたい
そして兄は、その過程で得た辛苦の全てを、無価値だと断ずることを恐れる。その大いなる徒労こそが生きる術だったからだ

妹「出来もしないクセに、何でも一人でやろうとするからアホなんだよ。お兄ちゃんに出来ないなら私が否定する。無駄無駄(略)無駄ァ!!
変な方向に、いくら頑張ったって意味なんて無いんだよ。でもね、そんな中でも出来ることがあるんなら、全部が無駄だったワケじゃない」

何だか自分は、とんでもない事を言おうとしてるんじゃないかと思わないでもない妹だったが、だからといって手が鈍る訳でもない
妹は急に止まれない。Live Like a Rocket!言葉の重みを仏恥義れ。心に牙を突きたてろ
はだかの兄の心は、まあ、はだかっつっても心の話だからなんつーか、こう、心がまる出し状態みたいな意味なんだけど
丸出しのソレを屈服させられるものは、兄を上回る独善と、それを押し通す強固な意志。約束された結末まで、ロケットで突き抜けろ

兄「俺に出来ることなんt……」
妹「うん、もう良いよ。お兄ちゃんが自分を許さないなら、私が代わりに許す。大丈夫だって思えないなら、私が代わりに思う」
兄「代わりに思う……だと……?そんな事が可能なのか!?」
妹「出来るよ、間違いないね」

堂々と断言する妹、対する兄は殊の外落ち着いていた。頸に掛かった牙は振り解けない、相手が勝ち誇った時、兄は既に敗北している

兄「――っ痛……」
妹「だ、大丈夫?ゴメンね、思いっきりグーで殴っちゃって」
抵抗の意思も失せ、全身の力を抜いて壁に凭れた兄は、痛む右脇腹に眼を落とした。それを気遣う妹は手を伸ばす
                                         ・ ・ ・ ・
兄「謝るなよ、偽善者。お前が大丈夫だと思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」
妹の打ち込んだ致命的な致命傷でダメージはさらに加速した。兄は否定的な自分を否定されることを望んでいたのだ

188 名前:イメージしてた映像に、近いものが書けた気がしています。[] 投稿日:2010/03/15(月) 07:33:13.49 ID:qOJKBVBB0
こともあろうに兄は許されてしまった。また、それと同時に許されなくもなった

密かに望みながら、決して手は届かないと望むことを諦めていたものがそこに在った


                 そうか    

              この掌にあるもの       

                 これが


                 心
                心
             心 心  心  心
            心  心   心  心
           心   心
           心   心      心
                心心心心心心

           

               か     か
               か      か
             かかかかか   か
              か    か   か
             ..か    か    か
             か    か
            ...か ..か..か
                 か

189 名前:妹はビーナスでクィーンでマドンナ[] 投稿日:2010/03/15(月) 07:41:36.78 ID:qOJKBVBB0
その世界は妄想と現実の狭間で、極めて危うい均衡の上に成り立っていた

兄「俺に出来ることか……」

妹の去った部屋、体を起した兄は痛む脇腹と鳩尾に手を添えた。そして独り考える。耳に残ったのは妹の言葉

出来ることが在るのなら、何かをしなければならない。望まない事が許されなくなった今、蓋然性は自分を縛る

ずっと崖の縁に佇んでいた。風が吹く事を期待しながら。足元が崩れれば好いと願いながら

だが、大気は動かず大地は盤石、このまま朽ち果てる時を待つのも悪くない思った

するとその時、妹が背中を押した。落ちる、墜ちる、堕ちる―――

叩き付けられる先は何処か分からないが、地面にブチ当たるまでは堕ちていく感覚に酔えば良い

頭の中で人生を生きる兄は純情可憐、過激に一途、思い込んだら命懸け

一つの理解があれば、それがそのまま事実認識として機能してしまう。だから認識する全ての事象は必然だった

理解の変換に時間が掛かる兄の腰は重い。しかし一度動き出した後にその質量は、容易には止まれぬ慣性力となる

もう、イジけた目つきはしていない……彼の心には、さわやかな風が吹いた……

必然で満ちた世界に、迷いの生ずる余地は無い。行く手を阻む物を薙ぎ倒し、踏みしだき、破滅の途を兄は征く

この日生まれ出でた怪物は、『悪の貴公子ブラック兄』……

191 名前:怪人・柑橘ジャム男[] 投稿日:2010/03/15(月) 07:56:03.24 ID:qOJKBVBB0
幹部B「――今回も犯人は女、身体的特徴も専門家の分析と符合、か」

怪人と戦闘員の説明を元に推理する幹部B。白昼堂々、街中で男の尻を狙った不埒な輩は何者なのか

幹部B「戦闘員には目もくれず、怪人を一撃で沈めた手並みも同じ、やはり同一犯と見て良いだろう。だが、どうも解せんな」

怪人「何がです?」

悪の紳士は病室内を探偵歩きする。質問する怪人は傷の痛みと足の痺れ、どちらで苦しもうか悩み始めていた

幹部B「ああ、俺が気になっているのはお前の尻だ」

戦闘員1・2「「ええ!?」」

幹部Bは振り返る。その眼光に射竦められた怪人は、なぜか不意に胸がときめいた。甘くて苦いママレード

怪人「だけど気になる。こんな気持ちは何故……」

幹部B「何か言ったか?」

怪人「いえ何も。それより続きをお願いします」

幹部B「……悪の医者の話では、怪人にそれほどの手傷を負わせることは、常人には不可能だそうだ。
それこそ、怪人並みの力をもって攻撃されたとしか考えられない、と。しかし、怪人に匹敵する!?そんな人間が居るのか?」

怪人の肛門が受けた損傷は深刻なもので、悪の手術を施さなければ日常生活もままならない程だった

だが例え変身前でも、一級怪人の肉体は強化されている。貧弱一般人の暴力如き難なく跳ね返せる筈である

それを破壊せしめた相手とは一体?新たな情報が更なる謎を呼ぶ。だけど必ず解決してみせる、悪の紳士の名にかけて!

193 名前:侵略!悪の組織[] 投稿日:2010/03/15(月) 08:10:21.62 ID:qOJKBVBB0
~数日後街~
誰が言ったか知らないが、言われてみれば信じたくなる
新ヒーロー結成の噂が人の口に上り始めたのは、最後の英雄が姿を消してから一年程後のことだった

悪の組織が跋扈する世で、日々激しさを増す侵略に怯える人々は、正義の味方を待ち望んでいたのだ
“次代のウルティモマンか?” “能面ライダーの系譜を継ぐモノだろう” “いやいや電脳超人クリックマンの後継者だ”
新ヒーローを巡っては様々な憶測が飛び交ったが、その中に色彩戦隊色レンジャーの名を出す者は居ない

古来綿々と続いた正義の味方の歴史に、敗北という消えない汚点を残した色レンジャー、恥辱とともに刻まれた名前

仮に強大な悪者を相手に力及ばず敗れたのならば、同情を寄せる声もあったことだろう
しかし、彼等の醜聞にまみれた無様な負け方には、一雫の憐憫さえも注がれることは無かった

希望を背負った英雄の失墜は、メンバーの一人・黄色の過去に起こした傷害事件が暴露された事から始まった
次いで、青が違法薬物使用容疑で逮捕(本人は否認)。果ては、追い込まれて情緒に異常をきたした桃色の自殺未遂

その騒ぎを通して大衆は、『中の人』の存在を否が応でも認識させられたのだ
ヒーローが人間であることは許されない。結果、色レンジャーは休業を余儀なくされ、解散に到った

今、街行く人の誰に訊いても、こう答えることだろう“色レンジャーなどいない!”と

「―――あれは幹部AとCの部下?何故奴等が同じ作戦に……手を結んだとでもいうのか!?」

悪の組織の幹部達は対立していた筈……怪人と戦闘員が繰り広げる破壊の模様を遠目に、男は呟いた

悪の組織に何が起きたのか。いや、問うまい。あの光景は自分とは無縁のもの、その世界に身を置いたのは過去の話
何かを諦めた者が、尚もそれに執心するのは間違いだ。意識を向けるべきは新しい生活、残る心は棄てなければならない

もう未練は断ち切った、一般人の自分にとって奴等は恐怖の対象以外の何者でもない。男は葛藤をねじ伏せて車に乗り込む

200 名前:×赤[] 投稿日:2010/03/15(月) 08:57:54.01 ID:qOJKBVBB0
~赤宅~

兄「――ってな訳で、悪の組織を潰す為に力を貸してくれ。ヒーロー様には慣れた仕事だろ?」

テーブルを挟んで立った兄は赤に向かって、圧倒的に優位な立場から、多分に強制力を伴ったお願いをしていた

赤「もう俺は、正義の味方じゃない」

断れないと判っている頼み事ほど、屈辱を与えるものは無い。赤は慎ましやかに反論することしか出来ないのだ

兄「なに、別に正義の味方に戻れって言ってるんじゃない。悪に立ち向かうのが正義の味方だとしたら、
―――→この場合、正義の味方は俺ってコトになるだろう。だったら、アンタは正義の味方の味方で良い」

赤「お前が……正義の味方……だと!?」

静かに脅されていた赤が目を剥いた。かつて全てを捧げた道を侮辱するかの様な発言は、何があっても捨て置k

兄「うん、合格。それだけ熱くなれるんだ、アンタにはまだ正義の心がある。アンタは今でも正義の味方だよ」

赤「は……?」

満身の力をこめて、今まさに振り下ろさんとする握り拳だ……った赤の逆上は、軽くいなされて空気中に揮発する

兄「うんうん、流石は正義の戦士様だ。きっと他の皆さんも同じ気持ちなんだろうな」

赤「アイツ等も引っ張り出そうっていうのか?ムリダナ」

兄「何故だ?」

他メンバーが話題に上った途端、やにわに自分を取り戻した様な赤に、兄は何やら不吉なものを感じるのだった

205 名前:そして世界平和へ[] 投稿日:2010/03/15(月) 09:26:06.16 ID:qOJKBVBB0
同僚A「――だって、お前さんが見た犯人は女だったんだろ?」

同僚D「ええ、それは間違いないんですけどね。私の女センサーがビンビンに反応しましたから」

同僚Dは人間の性別を的確に判別する能力を持っている。何故か―――理由はお察し下さい

兄と犯人の性別の不一致、それが彼女の疑念を疑念の域に押し留める、唯一かつ絶対の防壁だった

同僚Aはそれを盾に抗戦を図る。突破されれば敗北は必至だが、生半可な理屈ではこの矛盾を解決できない

そしてそれは、この先危惧される本部の追及を防ぐ為の、最後にして最強の盾ともなり得るシロモノだった

同僚A「だったら、男の兄が犯人な筈ないだろ。アイツは今頃、熟練の職人のもt……」

同僚D「でも私、兄さん見ましたよ?」

同僚A「……何時の事だ?」

同僚D「昨日の夜、幹部Aの家に盗聴器仕掛けに行った帰りだったかな。○×駅の近くででタバコ吸ってましたけど」

同僚A「それはキミ……人違いじゃないのかな?だってアイツはオーストラリアで……」

同僚D「う~ん、急いでたんでよく確認しなかったけど、あれは兄さんだったと思うんですよね」

兄の身体が無い事を条件として成立する、最強の盾は脆くも崩壊した。それを調べれば謎は全て解けてしまうのだ

以上により、『兄=最強の矛』の解が導き出されるものとする。そんな事態はさしものナイ☆スガイも想定していなかった

最強の盾と最強の矛を戦わせてはいけない、争いなど無い平和な世界が欲しい、同僚Aはそう思った

206 名前:球根は食用にも[] 投稿日:2010/03/15(月) 09:33:09.37 ID:qOJKBVBB0
~女幹部個室~

女幹部「――幹部Aと幹部Cは、街で通常の作戦を行いながら、敵の襲来を待ち構えているらしい。
そんな所に網を張ったって物資を浪費するだけで、獲物なんか掛かる訳ないのにな。まったく御苦労なことだ」

同僚Aを自室に迎えた女幹部は、幹部Bから仕入れた本部の情報を、さも愉快そうに披露していた

一時は沈んでいた彼女のそんな姿を見る度に、ナイス☆ガイの胸は堪えられない至福で満たされる。が、それはそれ

同僚A「いえ、獲物は掛かるかも知れません。実は、兄らしき人物の目撃情報がありまして」

女幹部「なに?」

同僚A「同僚Dの証言です。昨夜、本部からさほど遠くない○×駅近辺で兄を見かけた、と」

女幹部「また同僚Dか。アイツはどれだけ目撃すれば気が済むんだ。悪者より家政婦の方が向いてるんじゃないのか?」

寝耳に水と、上機嫌に水を差された女幹部は、上は大水下は大火事といった口調を、ナイス☆ガイを越えた先に向ける

同僚A「尚悪い事に、同僚Dは例の事件と兄との関連性を疑っています。どうです?直に話をなさいますか?」

女幹部「いや、それ以上の疑いは持たせたくない、余計な事はしない方が好いだろう。だが、話を広められると困るな」

同僚A「それは分かっていますが、何分あの子は、厄介事に首を突っ込まずにはいられない性分と言いますか、
まるで好奇心を抑えられないネコみたいなタチでして、口止めしても効果が有るかどうかの保証は出来かねます」

攻めて良し受けて良し。同僚Dは人知レズ揺レル一輪の百合の様に、御しがたい厄介な気質を持っているのだ

他者に従うことを知らない、知ってはならない事も確かめずにはおけない。ナイス☆ガイの苦悩の元凶はそれである

208 名前:言いたい事も言えないこんな世の中じゃ[] 投稿日:2010/03/15(月) 09:42:05.97 ID:qOJKBVBB0
女幹部「――それはともかく、その件は裏付を取る必要があるな」

同僚A「はい、見間違いの可能性もありますが、本当に兄が居たのだとしたら……」

女幹部「マズイな。幹部Bの部下共には、犯人の風貌が知れ渡っている。捕らえられるのは時間の問題だ」

同僚A「しかし仮にそれが兄だったとして、何故逃げ出さずこの地に留まっているのでしょうか」

女幹部「そうだな、捕まらない自信があるのか、何処かへ行けない理由があるのか、あるいは――」

女幹部が思い至ったのは最悪の可能性、兄の行動の根底にあるのが原因や理由ではなく、もっと積極的な目的である場合だった

女幹部「――アイツが怪人を狙っているとしたら、まだまだ犠牲者は増えるぞ」

兄には目下、二件の怪人暴行の嫌疑が掛けられている。その容疑者が本部の近くで目撃されたという情報、
もしそれが事実だとすれば狙いは想像に難くない。予想される危険を避けるためには、コトは一刻を争そう

女幹部「――だが、仮定に基づいた予想など、いくら立てても意味は無い。まずは事実関係の確認が最優先だ」

同僚A「ですが、あまり大っぴらな調査は出来ませんし、俺は現場の管理で手一杯です。女幹部さんにしても似た様なモノでしょう?」

女幹部「だったら同僚Dに任せれば良い。疑いを持っているなら満足するまで調べさせろ。首を突っ込んだからには、
首だけとは言わず手首まで捻じ込んでやれ。なに、猫ってのは頭さえ入れば、どんな所も通り抜けられるそうじゃないか」

これは迅速に処理しなければならない案件ではあるが、同僚Aも女幹部も、そんな手間の掛かる作業が出来る身ではない

だからといって、秘密を知る人間を増やす事もできない。ならば、既に勘付きかけている者を巻き込んでしまえ、という寸法である

同僚Dは手に負えない生物だが、探究心を上手く誘導できれば使い道はある。毒を喰らわば皿まで、ポイズン・キッスで突き抜けろ!

209 名前:「なみなみならぬ」って響きがえっちい[] 投稿日:2010/03/15(月) 09:50:50.06 ID:qOJKBVBB0 ?2BP(1234)
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~翌日街~

同僚Dは女幹部の事業部移籍が決まった後、本人の強い希望で転属してきた変わり種である

元々は本部の戦闘部門B班に所属する戦闘員で、女幹部とはその頃からの縁であった

悪の組織には数少ない同性の、女幹部に寄せる思慕は並々ならぬモノがあり―――理由はお察しください

その彼女から仰せつかった極秘業務に対して、やはり並々ならぬ熱意を燃やしていた

秘密を共有してくれるのは、心を許しくれたからに相違ない。ええ、間違いないですとも

例え女幹部にソノ気が無いとしても、ここで掴んだネタを元に、あわよくば下克j〈検閲削除〉

さて、同僚Dが与った任は、先ごろ本部付近で姿が確認された、兄の所在探索である

しかし、広い世界で、何処かに潜伏している一個人を探し出すことは、これまた並々ならぬ難題であった

兄の居場所が分かれば任務完了。標的が見付からずとも、危険な地域に居ないと判れば良し

そうは言っても、存在が無いことを証明するのは、在ることを突き止めるより遥かに難しい

だが、女幹部の憂いの元は全力で排除しなければならない。愛と勇気と×××を胸に、同僚Dは捜索に当たる

同僚D「オーケェーイ、我が命に代えても」

これを成し遂げたら、女幹部は一層の信頼を寄せてくれる筈、その先に待つモノは(禁則事項です、以後の文章は閲覧できません)

211 名前:悪の紳士ハード[] 投稿日:2010/03/15(月) 09:56:51.82 ID:qOJKBVBB0
~悪の組織本部幹部B個室~

幹部Bは薄暗い自室で、呼びつけた怪人や戦闘員達から、暫定的な調査報告を受けていた

世間でしきりに噂される、新ヒーローの実態を探った彼等。だがそれは巧妙に仕組まれた罠だった

幹部B「――どの説を洗っても、具体的な動きは一切無し、か」

何も考えられない……!ただでさえ混乱していた捜査は、何者かの工作で更に引っ掻き回されたんですものね

正体さえ判れば……でも、今は耐えるしかない……。未だに尻尾を出さない敵に、幹部Bは焦りを……感じすぎる……!

怪人「生幹部B様の生御意見を拝聴してもよろしいでしょうか」

幹部B「少し黙っていろ!」

じれったさに怪人を怒鳴りつける。おっと、部下に当たってしまったか。歯痒い思いがいつまでも治まらないだろう?

いつか必ず犯人を突き止めて血祭りに上げる、その為にも……。行き場の無い怒りが……熱くなっていく……!

幹部B「お前等、真面目に調べる気はあるのか!?」

よかったじゃないですか、怠慢のせいにできて。解決の糸口を掴めないまま、いたずらに時間は過ぎていく

配下の怪人が暴行されたことを、他の部署に悟られたら……。独自の方策を採ったからには、失敗は許されない……!

いけない……こんな根も葉もない話に踊らされるなんて……くやしい、でも―――――感じちゃう……!(憤りを)

212 名前:休憩がてら、話の流れを整理しよう[] 投稿日:2010/03/15(月) 10:02:21.59 ID:qOJKBVBB0


何故か第二部に突入
    ↓
取って付けたようなバトル展開
    ↓
唐突な新キャラ投入
    ↓
不自然なお色気描写←今ここ
    ↓
更にバイオレンスな路線へ?
    ↓
  ???


立った、立った、フラグが立った! 急転直下!まばたきするヒマは無いぜ……?

213 名前:忘れ去られていた第三勢力[] 投稿日:2010/03/15(月) 10:10:16.89 ID:qOJKBVBB0
幹部B「――これで考えられる全ての可能性は消えた。しかし事件は現実に起こって、
犯人は影も形も見えない。そいつはどんな化け物なんだ?幽霊か?妖怪か?宇宙人か?」

打った手は悉く外れた。幹部Bの推理は、考察や想像を飛び越えて妄想の域まで入り込もうとしていた

怪人2「……今、望まれるものは発想の転換ではないでしょうか」

幹部B「何か考えがあるなら言ってみろ」

おずおずと口を開いた怪人2。その確信のこもった様な発言に悪の紳士は耳を傾ける

怪人2「はい、これまで我々は、敵が大規模な組織であることを想定して事件を追ってきました。
それは『怪人を倒せる存在』という前提があるので、当然といえば当然なのですが。
しかし、事件の性質だけに目を向けると、個人的な動機でも起こり得るモノだと言えませんか?」

幹部B「続けろ」

怪人2「何がしかの目的を持って、怪人に怪我を負わせるだけなら、必要な力さえあれば可能。
さらに、その力を有する個人は何者かを考えると、犯人像はかなり絞られてきます。つまり―――
我々が廃業に追い込んだ元ヒーロー、もしくは組織に不満を抱いた怪人の犯行だと考えられないでしょうか」

幹部B「いや、怪人の可能性は0だ。データベースを精査しても……」
組織の怪人は漏れなく人事記録に記載されている。それは人事に問い合わせれば容易く参照できるのだ

怪人2「いえ、その思い込みを捨てて下さい。いかに組織のデータといっても、妄信は危険です。
例えば、届出の無い怪人が製作されていた、といったケースも在り得ない話ではないのですから」

幹部B「……そうか。あのチンピラ科学者共なら、その位の事はヤルかも知れんな」

怪人の管理は徹底されていても、製造元には大いに不安がある。悪の技術研究所は、本部も扱いに苦労している部署なのだ

214 名前:本部が強くて何が悪い[] 投稿日:2010/03/15(月) 10:17:57.47 ID:qOJKBVBB0
~翌日悪の組織事業部~
22時前、出勤してきた女幹部が目にしたものは、見た事も無い悪者達の群れだった

事業部一階は筋肉モリモリマッチョマンの変態で埋め尽くされ、息もしたくない程暑苦しい
建物を間違えたかと思った。面食らった女幹部は、そのまま代表室に向かい、経緯を聞こうとしていた

代表「――どうなさいました?」

突然の来訪にも代表は動じない、もはや女幹部に脅威の目を向けることは無くなっていた

半年間観察し、また実際に接してみれば人となりも分かる。頭は悪くない様だが、警戒する程ではない

“敵に回すと恐ろしいが、味方に付けると頼りない”という風評以上のものは無い、そう評価は落ち着いた

しかし、それが女幹部に仕向けられた結論だと、代表には考え及びもしていなかった

見くびってくれるなら重畳。侮られることは、信用を得る為の近道にもなると女幹部は知っているのだ

女幹部「質問したいのは私の方です。何ですか、あの筋肉モリモ(ryは?一体何が始まるんです?」

代表「ああ、彼等は臨時に雇い入れた悪者です。本部と抗争するに当たっては、そういった戦力も必要になると思いましてね」

女幹部「……お言葉ですが代表、貴方は大変な考え違いをなさっています。
暴力で本部に対抗しようとお思いだとしたら、怪人というものの力を解っていない――」

確かに対決姿勢を煽ったのは自分だが、それがこの様な愚策に結び付くとは……。このままだと幹部Bの思う壺だ

女幹部「――数ばかりの兵隊など幾ら居ても、ただのカカシですな。怪人なら、瞬きする間に皆殺しに出来る。忘れないことだ」

女幹部は代表の判断に呆れかえっていた。わざわざ相手の土俵で勝負すること程、愚かな選択は無いというのに

215 名前:代表コマンドー外伝 すごいよ!!女幹部さん[] 投稿日:2010/03/15(月) 10:25:12.85 ID:qOJKBVBB0
代表「女幹部君、君は私を脅しているのかね?」

女幹部「事実を言っているだけです」

そう答えてはみたものの、本部に対する代表の理解を改めさせるには、そういった方法もアリかも知れない

女幹部「――好いでしょう。この機会に、怪人という生物の力を御覧に入れます。
あの筋肉モ(ry達を全員どこか広い場所、そうですね……B-341の空き倉庫に集めて下さい」

代表「何をなさるおつもりですか?」

女幹部「彼等が必要な力を持っているか試してみましょう」

恐怖心を抱かせることは避けたかったが仕方ない。甘い認識を手っ取り早く叩き潰すには、多少の荒療治も良いだろう

――そして十数分後、悪の組織事業部の地下三階に、筋(ryの大勢押し込められた、漢臭い空間が出来上がった

数十人が入ってもまだ余裕のあるその場所は、50m四方程の部屋。元は道路に落とす軍手を貯蔵する倉庫の一つだったが、

不況で軍手落としの需要が減った為、多量の在庫を抱える必要もなくなり、現在は空きスペースとなっていた

悪者1「ヘイヘイ。女だ。悪かねえ」

悪者2「ん?何する気だ?」

悪者3「俺たちに何か見せてえんだろ」

悪者4「ストリップかな」

何の事情も知らされずに呼び集められた悪者達は、呑気に談笑している。その前に拡声器を持った女幹部は進み出た

216 名前:ストローと石鹸水[] 投稿日:2010/03/15(月) 10:30:30.21 ID:qOJKBVBB0
女幹部「あーあー、私は女幹部という者だ。君達は怪人と戦うために雇われた。しかし、知ってると思うが敵は強大だ。
そこで、君達の覚悟を見せてもらう為に、今から怪人を相手に面接試験を行う。何か質問があっても、黙っているように」

女幹部の宣言に、場内は一度静まり返った後にざわめき始めた。どの顔を見ても意欲で輝いている

彼等にしても、ここで上手くいけば業界最大手の悪の組織に就職できる。その千載一遇の機会を逃す気はない

女幹部「――さて」

拡声器を置いた女幹部は、胸元のボタンを外して手を差し入れ、覚醒機のボタンを押す。そして身体が変形を始めた

女幹部「よし、まずはお前からだな。私の前に一秒以上立っていられたら合格だ。えい!」

悪者1「え?」

女幹部に指名された次の瞬間、悪者1に与えられのは、実に配慮の行き届いた心優しい一撃だった

爪で引き裂かない様に、骨を砕かない様に、臓器を潰さない様に、命を奪わない様に

空中に漂うシャボン玉を壊さず掬う様に、女幹部は最大限の力加減をもって平手で肩をハタいた

悪者達・代表「「「!?」」」

部屋の中央付近から放物線を描いて、悪者は飛んだ、壁まで飛んだ。壁まで飛んで、血の滲みになった

女幹部「1人目、不合格」

怖気づいて腰の引けた悪者達へ、悠然と歩を進める女幹部。“まてまて逃げるな。シャボン玉飛ばそ”

217 名前:世紀末女幹部の完全金属上着[] 投稿日:2010/03/15(月) 10:36:10.06 ID:qOJKBVBB0
いいぞベイベー!逃げる奴は皆不合格だ!逃げない奴はよく訓練された不合格だ! ホント面接は地獄だぜ フハハハァー!

女幹部「――8人目、お前は既に死んでいる。―――どうですか?これが怪人です。お分かりいただけましたか?」

最後の一人、逃げ遅れた悪者を壁に張り付けた女幹部は、コンクリートにへたり込んで怯える代表を振り返って微笑んだ

惨劇の終わった倉庫には静寂が訪れる。女幹部が視線を送った遠くの壁には、八つの血痕が北斗七星の形に並んでいた

代表「……まさかここまでとは……人がゴミのようだ……」
               ・ ・ ・
女幹部「簡単さ、動きがのろいからな。私は既に第一線を退いた身ですが、能力の一端はお見せできたと思います」

代表「よく分かりました……」

女幹部は変身を解いて元に戻った。人間の姿の彼女と受け答えする中にも、代表は声の震えを止められない

目の前で繰り広げられた一方的な殺戮(死んでないけど)を通して、怪人の恐ろしさは骨身に染み渡った

そんな戦力を多数擁する本部と、武力で張り合う事は不可能、自身も怪人である女幹部はそれを教授したのだ

そして代表は同時に、今まで意識しなかった彼女の力も思い知らされた。限界を見切った筈の人間は大変な怪物だった

“敵に回すと恐ろしいが、味方に付けると頼りない”その言葉が今は、別の響きをもって呼び起こされる

女幹部「ですから、本部との諍いは私共に任せて、貴方は事業部の経営だけに神経を遣っていて下さい」

代表「……そうする事にしましょう」

もう女幹部には逆らえない。彼女は図らずも、予定とは違った形で、代表の魂を征服してしまったのだった

218 名前:狂戦士兄[] 投稿日:2010/03/15(月) 10:42:55.36 ID:qOJKBVBB0
~数日後赤宅~
赤「またお前か……」

疲れた身体で帰り、食事の支度を始めた赤の前に現れたのは、悪者風の衣服に身を包んだ、例によって兄だった

兄「また来るって言っただろ。この前は約束を取り付けるだけで、具体的な話は出来なかったからな」

赤「具体的な話も何も、お前の計画は無理だ。分かったらさっさと帰れ」

兄「まあそう言うな戦友。いいから早く鍵を開けてくれ、色レンジャー赤さんよ」

赤「その名で俺を呼ぶな……クソ」

色レンジャーは5人揃って初めて悪の組織と渡り合えていた。その中の一人だけで挑んでも、結果は見えている

そう諭して、家へ上がらせずに追い返そうとしたが、作戦は敢え無く失敗である。赤は強く出られる立場に無いのだ

赤「―――来るにしたって、事前に連絡ぐらいしてくれ。俺にだって都合がある。これから飯なんだよ」

赤は電気釜をセットし、鍋にイモを放り込んで、出汁の鍋と共に火にかけた。そして冷蔵庫を開けて食材を探る

兄「こう見えても俺は追われる身なんでね。行動を他人に知らせたくないのさ」

赤「追われてるんだったら、こんな所をほっつき歩いてないで、外国でも何処でも好きに逃げろ。そして二度と帰ってくるな」

ネギ、玉ネギ、生姜、小松菜、豚肉、魚、卵、豆腐などを取り出して、鍋の火加減を気にしながら調理に入る

兄「逃げ出した先に楽園なんてありゃしないのさ。辿り着いた先、そこにあるのはやっぱり戦場だけだ」

出汁を少々、別の鍋に移して―――。兄が何だか格好良い台詞を言っている間に、夕食の準備は着々と進む

219 名前:兄△[] 投稿日:2010/03/15(月) 10:47:37.03 ID:qOJKBVBB0
兄「――元ヒーロー様ともなれば、料理くらいは朝飯前、いや夕飯前か」

一人前の和食を手際よく作り、一人で食べ始めた赤。その一部始終を眺めていた兄が、感心した風に言う

赤「お前の分は無いぞ」

兄「いや、今日はいい」

赤「“今日”は?」

赤は顔を上げて聞き返す。兄の言葉の端に、何かよからぬコトを企てていそうな兆しを察したからだ

兄「ああ、明日からは二人前頼む。どうせ作るんだから、一人分も二人分も同じだろ?」

赤「……お前、ウチに泊まる気か?」

兄「もう荷物も送ったから、明日の朝には届くかな。部屋も空いてるし、別に良いだろ?」

赤「勘弁して下さい」

兄「まあまあ、二人のこれからについて、じっくり話し合おうじゃないか。掃除、洗濯ぐらいならやってやるぞ」

逃亡犯が、いつまでも実家で暮らすことは出来ない。そこで兄は、赤のアパートへ転がり込むことに決めた

面倒な手続きも足が付く恐れもなく、何処かへ移住しようと思うなら、安直な選択肢は誰か他人の家である

出来るだけ自分と接点の少ない相手が望ましいが、その点、数日前まで会った事もなかった赤は理想的と云える

法律も赤の心情もクソ喰らえだ。俺が嫌だと言っている。「兄がここに住む」理由がそれだけじゃ不十分なんだろうか?

220 名前:説明マニアの貴方に送る→[] 投稿日:2010/03/15(月) 10:53:08.67 ID:qOJKBVBB0
~しばらく後悪の組織本部~

悪の技術研究所は本部施設内の一角に位置する部署だが、本部の支配下にある訳ではない

研究所の活動目的は研究する事にある、という研究所所長の理念のもと、研究班も技術班も好きな事を研究している

研究班では、数人の研究員がそれぞれ研究助手を使って、自由な研究を行っているが、それは研究の為の研究である

研究成果は技術班に提供されるが、研究員にとってそれはただの副産物でしかない。あくまで目的は研究する事なのだ

技術班は技術班で、研究班の研究成果を元に勝手な製品を研究開発しているが、出来上がった完成品には価値を認めない

成果?製品? F@ck 'em all !! 研究の研究による研究の為の研究機関、それが悪の組織悪の技術研究所である

玄人好みの扱いにくすぎる部署だが、注文を出せば要望通りの物を拵えてきてしまうので、本部も活動に口は挟めずにいた

研究員「何だ、アンタ等は?」

23時過ぎ、一日の研究に区切りを付け、帰宅しようとしていた研究員は、地下駐車場で複数の悪者に取り囲まれた

怪人「俺等は戦闘部門B組のモンなんだがよ、お前は怪人担当の研究員で間違いないな?」

研究員「それはそうだが、一体何のy……」

怪人「幹部B様がお呼びだ。組事務所まで来てもらおうか」

怪人に腕を掴まれて歩き出す。何故自分などがあの幹部Bに呼び出されるのか、研究員は必死に理由を探ろうとしていた

221 名前:→面倒な設定二本立て[] 投稿日:2010/03/15(月) 10:58:36.86 ID:qOJKBVBB0
~悪の組織本部戦闘部門B組事務所~
組事務所に迎えられた研究員は豪華な椅子を与えられ、招待主の幹部Bから歓待を受けていた

周りを囲う様に並んだ怪人達から歓迎の視線が痛いくらいに注がれ、指一本動かせないほど居心地が悪い

幹部B「――研究員、お前は優秀だ。組織にとって実に有益な数々の物を造り出してくれた。
お前達の怪人研究が無ければ、悪の組織の発展も無かった。その功績は言葉では言い尽くせない」

研究員「はぁ……」

幹部B「研究所とは、今後とも良い関係を続けていきたいと思ってる。しかし、だ。近頃よからぬ噂を耳にしてな。
お前達が本部に届出をださずに新たな怪人を造ってる、というものだ。まさかそんな事は無いとは思うが、
それが事実だとしたら重大な契約違反だ。だが、俺はお前等を信じたい。どうだ?それに関して何か申し開きはあるか?」

悪の組織が世界征服を狙う上で、生命線となる怪人化技術の流出を防ぐ為に、
研究所は本部の許可なしに怪人を製造できない、という取り決めがある

しかし、研究所が運営方針に則って研究を行えば、新たな怪人が開発されてしまう事は避けられない

本部もある程度は目を瞑っていたが、それは単に黙認されているだけであって、公認されている訳ではない

何か不都合があれば、契約違反を口実に制裁を加えることは充分に可能なのである

研究員「いえ、そのような事じts……」

幹部B「言っておくが、俺は嘘を吐かれるのが嫌いなんだ。悪者は舐められちゃ仕舞いだからな。よく考えて話せよ?」

研究員「~~~~ッッッッ!!」

穏やかな語り口の幹部Bに、研究員はハラワタまで見透かされる思いがした。悪の紳士は組織内で、絶対悪に最も近い男なのだ

222 名前:冷静と情熱と夜と朝の間に[] 投稿日:2010/03/15(月) 11:03:33.72 ID:qOJKBVBB0
研究員「――いや、それは……」

怪人「クォラ!幹部B様の質問にチャキチャキ答えんかい!ワレコラァ!!」

言葉を濁す研究員の横から、それまで大人しく殺気を送っていた怪人が、噛み殺さんばかりの剣幕で恫喝する

幹部B「ライノ男。お前は客人に対する口の利き方を知らないのか?」

静かに立ち上がった幹部Bは怪人に歩み寄ると、喉に手を掛けてそのまま片手で吊り上げた

幹部B「――頭ァ下げろや、このボケが!」

高々と掲げた怪人を振りかぶり、勢いを付けて真下に投げ下ろす。街でよく見るチョークスラムである

激しい音と共に部屋が揺れる。床に亀裂を入れたその衝撃は、研究員の座った椅子を跳ね上げた

幹部B「悪く思わないでくれ研究員。ウチの馬鹿共は躾がなってなくてな。俺が謝るから許してほしい」

血の泡を吹いて動かなくなった怪人の頭部を踏み付けると、幹部Bは研究員に向き直った

研究員「い、いえ……」

幹部B「――さて、本題に戻ろう。お前達が許可なしに造った怪人の数は?性能は?詳しく聞かせてもらおうじゃないか。
なに、時間はたっぷりとある。ここが気に入ったというのなら、一週間でも10日でも、好きなだけ居てくれても構わんぞ?」

研究員「は、はは……」

乾いた笑いを返す研究員は、ブラインドの下りた窓の向こうに、無限の闇夜を見た

“明けない夜は無い”だと?そんなフザケた事を言い出したのは何処の馬鹿だ!?

223 名前:泥棒猫同僚D[] 投稿日:2010/03/15(月) 11:09:56.69 ID:qOJKBVBB0
~数日後兄妹宅前~
同僚D「ここが、あの男のハウスね……」

うわ、三時前だわ……。インターホンには反応なし、同僚Dは兄の実家の前で中の様子を窺う

案の定、兄探索は難航していた。数日間休むことなく探しても、潜伏先はおろか手掛かりも見付からない

最初は目撃現場で張り込んでみたが、待てど暮らせど兄は来ない。この方法は一人で行うには効率が悪かった

しかも、そこは本部の近くである。知り合いに会ったりでもしたら、後々女幹部に要らぬ疑いが掛けられる恐れがある

自分だけでは厳しい仕事だが、高いお金出して興信所に頼むことは出来ない。極秘業務の費用は経費で落ちないのだ

行き詰まった同僚Dは原点に立ち帰り、真っ先に除外した、通常なら考えられない可能性から洗い直す事にしていた

――ふむ、内部に人の気配は無し。ならば入って調べさせてもらおう。鍵の開いた窓の一つもあれば……

「何、ちょっと何?どなたですか?あの……」

驚いたような、困ったような少女の声。塀をよじ登ろうとした同僚Dは、周りへの注意がまるでなっていなかった

同僚D「え……と……君はこの家の人かな?」

2……3……5……7……落ち着くんだ……「素数」を数えて落ち着くんだ。自分は悪者、女の子一人くらい、どうとでも出来る……ハズ

妹「ウチに何をしようとしてたんですか?ほんとに警察呼びますよ!」

同僚D「呼べばいいじゃないっ!!いや違う違う、待って……アレだ!彼を返して!」

私は何を言ってるんだ?――いやいや取り乱すんじゃない、取り繕うんだ。言葉の意味など後から考えれば良い

224 名前:続、“兄”に敬称を付けると違和感が凄い[sage] 投稿日:2010/03/15(月) 11:17:43.06 ID:qOJKBVBB0
妹「彼って?ウチの兄の事ですか?」

帰ってきたら、妙な女が家に侵入しようとしていた。質問する妹の目には、猜疑の色がありありと浮かぶ

同僚D「え~と、兄さんの事なんだけど、君は妹さんかな?」

妹「そうですけど、アナタは誰なんですか?兄とはどんな関係なんですか?」

同僚D「あの人、急に居なくなっちゃったもんだから、心配して家まで様子を見に来たの」

妹「そうですか。それで、アナタは誰なんですか?」

同僚Dは話を逸らそうとしたが、妹は誘導に乗らない。その手口は兄の得意技、妹には耐性が付いているのだ

同僚D「私は同僚D。兄さんとは……そうね、随分親しくお付き合いs……」

妹「ウソですね。兄が他人と親しくなんて出来るワケありませんから」

妹は知っている。あの不思議生物の目に、他人の姿は映っていなかった。人間関係など、自分には無縁のモノだと思っていた

同僚D「それは……私が強引に近付いたというか……」

妹「益々ウソくさいんですけど。まあ、それはともかく、ウチに兄は居ませんよ。どっかに行ったっきり帰ってこないんです」

数日前、しばらく戻らないと言い残して兄は出て行った。身の回りの物を持ち出して行ったみたいなので、それは本当のコトだろう

電話をかけたら繋がったけど、居場所は教えてくれなかった。理由は悪の組織に捕まらない様にする為だと言っていた

それから数日後に兄を訪ねて来た不審な女を信用できるハズもない。怪しい事この上ない、早いトコお引き取りいただこう

225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/15(月) 11:22:11.18 ID:qOJKBVBB0
同僚D「――それで、連絡とかは取れないの?」

兄が実家に居ないのは予想通り。ここから如何にして情報を引き出すか、それには同僚Dの巧みな話術がモノをいう

妹「知り合いなら、連絡先ぐらい知ってるでしょ?自分でやったらどうですか」

同僚D「う……仕事用のしか教えてもらってないんだよね。そっちには全然繋がらないし……」

妹「仕事……?」

同僚D「何?どうかした?」

軽く手を振った同僚Dに、妹は怯えた様な表情を見せた。まったく、こんな素敵なお姉さんの何を怖がるか!

やっぱり一流の悪者は、ただの女の子には刺激が強すぎたという事から?いや、それにしても、このコはちょっと警戒しすぎ

同僚D「――君、何か隠してない?本当は兄さん、中に居るんじゃないの?」

妹「いえ、そんな事ないですよ」

同僚D「でも君、今帰ってきたとこなんでしょ?何で家に居ないって言い切れるの?」

一転、攻勢に出る同僚D。上になり下になり、受けるも攻めるも自由自在、それが彼女の能力である

妹「そんなに言うなら、自分の目で確かめてみます?その代わり、居ないって判ったら帰って下さいよ?」

同僚D「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな……」

北風も太陽も裸足で逃げ出す鮮やかな手並み。フフフ、計画通り―――――あれ?計画なんてあったっけ?

226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/15(月) 11:27:12.39 ID:qOJKBVBB0
~しばらく後駅~

同僚D「もしもし、女幹部さんですか?はい、私です。同僚Dです――」

18時半過ぎ、兄の家を後にした同僚Dは、駅のホームで電車を待ちながら、女幹部に報告の電話を入れていた

同僚D「――今日は兄さんの実家を調べたんですが――」

そこには居なかった。椅子や布団などの生活用品が持ち去られた部屋を見ても、どこかに転居したことは理解できた

一階にも二階にも、地下にあった謎の施設は何なのか不明だが、兄の暮らしている痕跡は確認できなかった

同僚D「――ええ、やはりあそこには居ませんね。ですが――」

しかし、その中にも収穫はあった。同僚Dが兄の部屋で見付けたのは、捨てられた宅配便発送伝票の控えだった

同僚D「――相当大きい荷物です。ちょっと待ってくださいね、宛先は――」

日付は数日前、送り先は本部からそれ程遠くない郊外某所のアパート。彼女が兄らしき人物を見かけた現場のすぐ近くである

同僚D「――今から確認しに行ってきます。はい、終わりましたら、また報告いたします。では」

同僚Dは携帯を閉じた。これから電車を乗り継いで目的地へ向かう。数日間の調査が実を結ぶ時が来たのだ

同僚D「ようやく、あの男を始末できる……」

兄に自ら引導を渡せると思うと笑いが止まらない。仕事も大して出来ないくせに、女幹部から目を掛けられていた、あの目障りな男に……

227 名前:強者の意見と弱者の意地[] 投稿日:2010/03/15(月) 11:32:41.45 ID:qOJKBVBB0
~しばらく後赤宅~

兄「おかえりなさい。今日は和食にする?洋食にする?それとも、ちゅ・う・か?」

赤「大人しく待ってろ。それと、タバコを吸うなら換気扇回せ」

21時半前、帰宅した赤を兄が出迎える。慌しく始まった二人の同棲生活は、問題を抱えつつも軌道に乗り始めていた

兄が 押し掛けてきたのは、赤にとっても迷惑なだけではなかった。感情の折り合いを付け、開き直ってしまえば利点も見えてくる

家事の負担が減ったのは有難い。掃除・洗濯・食器洗いなどは居候に丸投げでき、生活にゆとりが生まれたのだ

そして、その居着いた悪者は、ある一点を除けば、借りてきた兎さんの様に大人しくて邪魔にならない男だった

兄「――で、アンタは何人までなら怪人を倒せる?それによって勝算も変わってくるんだが」

赤「またその話か、無理なモンは無理だ。さ、今日は白身魚が安かったからフライにするぞ。適当に切って塩コショウしてくれ」

スーパーの袋から切り身のパックを出して投げ渡す。あの話題には辟易させられていた。何故ここまで戦いに固執するのか

台所に入った赤は、鍋に湯を沸かし、その間に鶏肉を切って味を付け、まな板・包丁・塩・白胡椒をテーブルの兄へ回す

そして器に盛った鶏肉にバジルを散らし、グリルに入れて火をつけた後、冷蔵庫を開けてサラダに使えそうな野菜を見繕う

兄「これだけは諦めちゃ駄目なんだ。それに、アンタが戦ってくれたら可能性は無い訳じゃない。で、次は何をすれば好い?」

赤「衣を付けてくれ。小麦粉→卵→パン粉の順だ。あのな、他人に頼らなきゃ勝ち目が無いんなら、最初から喧嘩なんか売るなよ」

煮立った湯に塩とパスタを入れて菜箸でかき混ぜる。麺がバラけたら、別の鍋を出して油を注ぎ―――インターホンが鳴った

228 名前:愛功代メイデン[] 投稿日:2010/03/15(月) 11:37:46.16 ID:qOJKBVBB0
兄「――同僚D!……うそ!?」

手の離せない赤に代わって呼び出しに出た兄は、玄関先で思いもよらない人間と再会することとなった

同僚D「驚いた?ウフフ……驚くに決まってますよね。あんなことがあったんですから」

兄「……まさか、お前なんかに嗅ぎ付けられるとはな……」

同僚D「……やっぱりそうなの。私のこと、ずっとそう思っていたんでしょう。自分より劣るかわいそうな悪者だと」
兄「別に」

同僚D「無遠慮な言葉をかけたのも、仕事を教えてくれたことも、私を哀れんでいただけ。上から見下ろして満足していたんでしょう」
兄「いや全然」

同僚D「自分が上だと…自分は女幹部さんに愛されていると、そう思って私を笑っていただけなんでしょう」
兄「お前は何を言っているんだ」

同僚D「うるさい!……嫌な男。少しばかり早くあの人の部下になっただけなのに、
たまたま気に入られただけなのに……私の存在なんて、あなたにとっては自分の価値を高めるだけだった 」
兄「違うな。俺に価値なんかないよ」

同僚D「それが私を馬鹿にしているといっているのよ!私を一端の悪者と認めてくれてなかった!」
兄「人の話を聞け」

同僚D「あなたみたいな男が、女幹部さんに相応しいわけがない!あの人と添い遂げるのは……私。
誰よりも女幹部さんを愛しているこの私……あなたを始末して女幹部さんに抱きしめてもらうの……私を見つめてもらうの……」
兄「何だお前」

面倒な女に目を付けられたものだ。同僚Dの出現によって、ようやく落ち着いた日常は瓦解する。それより、どうやってこの場を収めるか……

229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/03/15(月) 11:42:30.58 ID:qOJKBVBB0
「そこまでだ!」

兄・同僚D「「!?」」

一方的な思い込みを突き付ける同僚D、てんで相手にしない兄。二人を制止する声とともに、玄関の扉が開かれる

女幹部「話は全て聞かせてもらった」

兄・同僚D「「何処で!?」」

入ってきたのは女幹部、今の兄にとって最も都合の悪い、誰よりも会いたくなかった相手である

女幹部「久しぶりだな、兄。ここは色レンジャー赤の家か。こんな所で何をやっている?」

兄「……」

本部と対決する決意は疾うに固めた兄だったが、女幹部と対面する心構えは丸っきり出来ていなかった

女幹部「外で話そうか。付いて来い」

兄「はい……」

数日前までと寸分違わぬその眼光は、無駄に長い前髪の奥に潜む瞳を、否応なしに服従させる

兄「スマン!ちょっと出掛けてくる!飯は……そのまま置いといてくれ」

台所の赤に声を張り上げると、兄は上着を羽織って靴を履き、女幹部を追って家を出た

230 名前:哲人、斯く語りき[] 投稿日:2010/03/15(月) 11:48:23.29 ID:qOJKBVBB0
~街~
女幹部「――ああ、御苦労だったな。今日はもう帰れ」

同僚A「はい、それじゃ明日、約束ですよ?」

同僚Dを帰らせた女幹部は、兄を連れて街の中心部から離れた方面へ足を進める

女幹部「――赤とは仲良くやってるみたいじゃないか。こんな所で、お前と会いたくはなかったんだがな」

兄「俺だって嫌ですよ」

女幹部「いや、私の方が嫌だ」

兄「いやいや、俺の方が嫌ですね」

月が出ていた。少しずつ冷たくなり始めた秋風に吹かれ、二人は再会の感慨に声を弾ませる

女幹部「何故逃げなかった?お前は今自分が置かれてる状況が解っているのか?」

兄「“今日逃げたら、明日はもっと大きな勇気が必要になるぞ”――かの哲人、セカンドパレスの言葉です。
現実を生きる度胸も無い俺に、更にデカいモンなんか用意できませんよ。だから、俺は逃げない」

『何かをしない』ことに関しては天賦の才を持つ兄である。今その対象は『諦める』ことに他ならない

女幹部「それで、色レンジャー赤とつるんで本部と戦おうというのか?お前はバカだよ」

兄「そうかも知れません」

咎める様な女幹部の口ぶりを受け流す兄。何者の罵詈讒謗を以ってしても、頑健な心の壁は貫けない
彼は悪の貴公子ブラック兄となった。小悪党としての自分、その定義を完成させた兄は揺るがない

231 名前:夜の公園で悪者2人……[] 投稿日:2010/03/15(月) 11:54:29.82 ID:qOJKBVBB0
女幹部「―‐お前は変わらないな。いつだって私を、いや、誰も見てはいなかった。
きっと私が何を言ってもお前には届かない。そして、お前の心は私には解らない」

兄「そうでしょうね」

自由は意志なき者を惑わせ、不自由は意志を持つ人間を悩ませる。故に、兄に迷いは無い
女幹部の知る、部下であった男と現在の兄、その意識に違いはあれど表層に変化は見られない
そして、兄が他人を人生に介在させることを拒む限り、その他人にとって彼の内面などは無意味に等しい

女幹部「お前は駄目な奴だ。最初に見た時からそう思ってたよ。
何でこんなボンクラが悪の組織に入れたのか不思議で仕方がなかった」

兄「そうですか」

兄が採用された理由は、当時組織が命の軽い人員を募集しており、彼の命が糸クズよりも軽かったからだ

女幹部「私の初めての部下は、戦闘員の仕事も満足にこなせない愚鈍だった。
しかしソイツは、悪者であろうとする気構えだけは一人前の、変な奴でもあった。
自分の役割を分かってる奴は嫌いじゃないよ。いつかは使い物になるからな」

兄「女幹部さんは、俺に仕事って大切なモノを教えてくれた特別な人です。俺は貴方のおかげで人間になれた。
青の家にクスリを仕込みに行ったことも、桃色に毎日脅迫状を書いたことも、色レンジャーの悪評を垂れ流したことも、
奴等を解散に追い込んだことも、みんな良い思い出です。でも、それはもう単なる思い出に過ぎないんです」

女幹部と兄は、帰らない過去を清算する様に語り合う、取り戻す為ではなく、消し去る為に。次第に精神は落ち着いていった

女幹部「あの頃は良かったな。さて……」

家並みは切れた。山林地帯に差し掛かった辺りの公園、木の生い茂った裏口付近で女幹部は足を止める
話はここまで、用件はこれからだ。悪者が人を暗がりに連れ出してヤル事など、一つしか無いだろう

232 名前:ANI FINAL -覚悟の先に-[] 投稿日:2010/03/15(月) 12:01:35.55 ID:qOJKBVBB0
近くには灯りも無い木立。互いの顔も判別出来ない夜の中で、兄と女幹部は視線を切り結んだ

女幹部「お前は優秀ではなかったが、使い勝手の良い部下だった。残念だよ」

女幹部の声から色が消えた。感情を殺す作業は工程を重ね、最後の仕上げを残すのみとなったのだ

兄「女幹部さん、今だから言います。俺は貴女の大部分、殆どの要素が嫌いでした。
そうですね、声が大きなところも、自信満々なところも、偉そうなところも、強引なところも。
他人を嫌った事なんか無かったのに、不思議です。しかし、貴女自身は嫌いではありませんでした――」

やや低くて芯のある響きに安心を、何者にも臆さぬ立ち姿に信頼を、歪んだ気高い魂に憧憬を、悪を貫き通す信念に忠誠を

兄「――それどころか、貴女にだけは見限られたくない、そんな風に考えていた時期が俺にもありました。
でも、今の俺は女幹部さんの部下じゃない。誰にだって自分の都合がある。俺は俺の都合を優先させてもらいます」

女幹部「……その言葉、宣戦布告と判断する。当方に迎撃の用意あり」

覚悟完了。女幹部は兄の言葉に自立した意志を感じ、二人がもう元の関係には戻れないと確かめた

悪の貴公子となってしまった男を、上司の目で見る事は出来ない。ならば、一人の悪者として相手をするまで

兄「ヤル気ですか?無理ですよ。だって女幹部さんの腕は、昔負った大怪我で……」

女幹部「我が名は女幹部。誇り高き地獄の住人、悪の組織幹部の一人。
貴様ごときが驕るなよ。私が戦えぬ体だと?その言葉、その身をもって……確かみてみろ!」

女幹部はシャツのボタンを引き千切る。―――ときめくな兄の心。揺れるな女幹部の胸。乳は覚悟を鈍らせる

233 名前:兄の世界[] 投稿日:2010/03/15(月) 12:07:05.06 ID:qOJKBVBB0
月が隠れた。女幹部は動く。真黒の闇の中こそが、怪人・バット女の戦場である

音もなく影が滑る。彼女は視覚に頼ることなく、超音波の反響によって空間情報を把握する事が出来る

刹那に肉薄――間合い、照準、ともに良し。このまま右腕を振り抜けば終わる。体勢を大きく崩す蹴り技など不様!

女幹部「――!?」

必中即殺の閃撃に手応えは無し。兄は首の上に頭を載せたまま立っている。依然変わりなくッ!

女幹部「見えて……いるのか?」

外した訳は無い、躱されたのだ。奇妙な実感が女幹部を飛び退かせ、追撃を押し止めていた

兄「さあね……何のことです……?わかりませんね……女幹部さん」

女幹部「見えているのかと聞いているのだ!!兄!!」

兄「教えてあげません」

視界が利かなかったとしても、兄には絶対知覚領域『D.T.フィールド』が有る。見えなくても支障はない

女幹部「私と同類……それが、ガール男の力!?」

怪人としてではなく兄個人の能力だが、それを知る者は誰も居ない。兄の不思議生物たる所以である

草食動物の危険察知能力は、迫撃範囲に入った敵を決して逃さない。兄は全てを避ける。兎が月夜に跳ねる

――彼の読みは概ね正しい。当たらなければどうという事はない、それは正しい。誤算があるとすれば……

234 名前:女幹部のラストブリット[] 投稿日:2010/03/15(月) 12:11:01.76 ID:qOJKBVBB0
二発目、上体を反らした。耳元で風が唸る。三発目、かい潜った。そうか、これが空気抵抗ってヤツか

三度、女幹部の右腕に空を切らせた。見える……見えるぞ!兄は怪人の身体能力に、改めて驚き入る
D.T.フィールドの精度も数段向上していた。脳の処理が追い付かない程の俊敏さで、自分の体は動いてくれる

どの方向から襲う、如何なる攻撃も見切って避けられる。否、否!避けなければならない。そして女幹部は……

兄「それ以上は無駄です。貴女の体力技術経験頭脳気品優雅さ勤勉さ、
どれを取っても俺より上だ。しかし、まだ足りない。ただ一つ、速さが足りない!」

速度だけでは捉えることが出来ない。回避に専念しさえすれば、。某東郷氏の放つ弾丸すらも、兄の脅威にはならないだろう
                                         トウ オブ デッドリー ニードル
後は、いかにして背後へ回り込み、か弱き兎の研ぎ澄まされた牙『命に関わるキックをしますよ』を突き立てるか

女幹部「……どうやら、見えているのは本当の事の様だな。だが、その事実に意味が無いことを教えてやる!」

兄「!」

またも大地を蹴り、一直線に突進してきた女幹部、胴体を狙うかに思われた右腕が、揺らめく様に軌道を変えた

開いた掌が眼前に迫る。目潰し?笑止千万!目隠し?たかがメインカメラをやらr

兄「ぅ……お……」

体を入れ替えようとしたその一瞬、兄の右脇腹、肋骨の下に女幹部の左腕が深々と突き刺さった

女幹部「どうだ?ションボリウム合金の拳の味は。卑怯とは言うまいね?」

色レンジャーとの戦いで負傷し、左が全身やられてしまった過去を持つ女幹部だったが、
その後に改造を受け、再起不能だった部位を機械で補強した、『強化怪人・金属バット女』となっていたのだ

235 名前:ジャック・ザ・女幹部[] 投稿日:2010/03/15(月) 12:16:54.61 ID:qOJKBVBB0
自ら持て余す程に規格外な怪人の性能、未だに傷一つ負っていない事による慢心、

女幹部が左腕を使えないという先入観、目を覆われてから他感覚へ切り替えるまでの時間差、

それらが統合されて一毫にも満たない隙を生んだ。そしてそれは取り返しの付かない敗着となった

人生に於いて、あらゆる面倒事を正面切って避けてきた兄は、一撃たりとも被弾してはならなかった

何故なら、痛みを知らない子供であり、心をなくした大人でもある彼は、非凡な打たれ弱さを持っているからだ

優しい女幹部が好き。バイバイ。木をへし折りながら飛んだ虫けらは、四本目の幹に打ち付けられて絶望に身をよじる

女幹部容赦せん!倒れ落ちる木々の間隙を突き抜けた女幹部は、倒れて呻く兄の頭部を掴んで持ち上げた

〈羅倶美偉―――言わずと知れた地獄の殺人術である。その奥義の一つに輩犯屠という技がある。
それは、相手の頭部を暴瑠に見立て、天空高く蹴り上げて死に至らしめる、禁断の殺し技である。〉
                                      民妹書房刊『スポーツ武術の発展』より

今まさに兄を跳ね飛ばした技がそれである。実に37秒後、落下してきた兄は頭から地面に刺さる。夜の底が白くなった

兄……『次世代怪人・ガール男』―――完全敗北……王大人「死亡確認!」

女幹部「お前の敗因は……たった一つだ……兄。たった一つの単純(シンプル)な答えだ……
“お前は知らな過ぎた”。私についても、自分についても、な。だが、こんな所にお前を葬りたかった訳ではない」

悪党に墓標はいらぬ!女幹部は変身を解くと、伝説の聖剣の如く大地に突き立った、兄の足首を掴んで引き抜いた

236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/15(月) 12:22:15.40 ID:qOJKBVBB0
~赤宅~

赤「――何がどうなったら、鼻の穴にまで土が詰まる?コイツに何をしたんだ?
っていうか、ウチに運んでどうする?そしてアンタは誰だ?そもそもコイツは何者なんだ?」

22時を少し回った頃、兄を担いで戻ってきた女幹部に、赤は怒涛の質問攻めを繰り出していた

冷めきった料理の並んだ食卓、食べる筈だった同居人は傍らに、変わり果てた姿で横たわっている

赤「――大体何だ、その格好は?」

持ち込んできたのは素性の知れぬ胸のはだけた女。状況を理解しようにも、何が分からないのかさえ判らない

女幹部「悪者相手に説明を求めて、懇切丁寧な答えが返ってくると思ったら大間違いだ。
だが、一つだけ教えてやろう。他人の着衣の乱れが気になるのは、お前の心が乱れているからだ。
それはそうと、平和に生きたいと思うなら、知ってはならない事もある。解るか?色レンジャー赤」

赤「……アンタも昔の俺を御存知ってワケか。気に喰わねぇよ、俺だけ何も知らないってのはな。
一方的なのはもう沢山だ。何が起こってるのか、アンタ等は何なのか、全部話してもらうぜ。腕づくでもな」

ここ数日の出来事を通じて、知らぬことの不利と、知られることの恐怖を思う存分味わわされた赤である

これ以上、悪者共に好き放題踊らされるのは勘弁ならない―――と、その時、何処かで電話が鳴った

女幹部「私の携帯か……。すまない赤、続きは少し待ってくれ」

女幹部は鞄を置いた玄関先へ。湧き上がった赤の怒りの矛先は、当て処なく宙を彷徨う

237 名前:ノーズ・アタック№1[] 投稿日:2010/03/15(月) 12:28:34.36 ID:qOJKBVBB0
赤「……っつーか、生きてんのか?コイツ……」

溜め息で感情を霧散させた赤が、無言の帰宅を果たした兄に視線を送ろうとした瞬間である

赤「くっ……目にゴミが……!」

悲劇が襲った。一流のメジャーリーガーさえ地に這わせる程の痛みに、赤は堪らず屈み込む

そして、その瞳から零れ落ちた雫が、ピッチャー返しの様に兄の頬を濡らして……

        “  ゴ  シ  ュ  ”

鈍い音、おもむろに上体を起こした兄のコメカミが、赤の鼻っ面に具合よく激突した

赤「ぐぉおおおおおおおおおおおあおおおおおおおぉおおおおお!」

鼻を打ったって、花を売ったって、ハートの中には正義なの♪だけど、涙が出ちゃう、男の子だもん。涙も鼻血も(略)

赤「……っ痛ぇ……何て起き方しやがる!?ディ・アンダーテイカーかお前は」

兄「スゴイね、人体?」

復ッ活 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ 兄復活ッッ!!

――ありがとう、君の涙のぬくもりが、俺の魔法を解いたのさ。ここから先はR指定だ。ロイヤルな夢を見せてやる……

238 名前:混沌の強化怪人・金属ウルフ男[] 投稿日:2010/03/15(月) 12:34:33.14 ID:qOJKBVBB0
女幹部「――何ですって!?」
兄達がマーベラスにトキメいている頃、女幹部は他人の家に居るのも忘れて頓狂な声を上げていた

掛かってきた電話の相手は幹部B、用件は怪人襲撃事件の犯人を突き止めた、という旨だった
その時点で嫌な予感はしていたのだが、真相に迫った過程を聞かされる内に、女幹部はいよいよ窮地を悟らざるを得なかった

幹部B「研究員に尋ねたら快く教えてくれた。新型怪人の実験台になったのは、お前の部下だそうじゃないか。
しかも、変身形態は女性型で、験体の外見は容疑者に酷似している、と。お前が知らなかった筈は無いよな?」

女幹部「まるで知りませんでしたわ。ですが残念ですね、彼は一身上の事情で既に退職しているのですから」

かねてより用意してあった台詞を平然と言ってのけた女幹部だったが、その実、奥歯では悔恨を噛みしめていた
研究所への口止めなど、当座しのぎにもならなかった。これまで画策した全ての謀略は水泡に帰した

幹部B「そんな事はどうでも良い、ソイツが何処に居ようと、生きていようと死んでいようと
一向に構わんッ!ともかく俺の前に連れて来い。お前だって大事な部下を死なせたくはないだろう?」

女幹部「何をs……」

幹部B「情報工作組の女を一人、ウチの事務所で預かっている。さて、コイツをどうしたい?お前には選択の自由がある。
――見捨てたいなら放置しろ。傷付けたいなら抵抗しろ。無事に返してほしいなら、俺に犯人を差し出せ。2日だけ時間をやろう」

“私の心配はしないで下さい!”受話器の向こうに聞き取れる声は、先程別れたばかりの同僚Dのものである

女幹部「同僚D……!幹部Bの名に恥じない、実に紳士的な遣り口ですね……」

幹部B「“紳士”なのは17時までだ!今から……悪の組織に秩序を取り戻す!」

要求を断ったら、確!実!鼻っ柱に頭突きをすれば鼻血が出るのと同じぐらい確実に!同僚Dは死ぬ!
幹部Bは不可能を可能にして生きてきた。これからもそうするだろう。何故なら彼は……悪の幹部Bだからだ!

240 名前:同僚Aは眠れない[] 投稿日:2010/03/15(月) 12:41:34.94 ID:qOJKBVBB0
兄「――今の話、どういう事ですか?同僚Dに何が……」

女幹部「もう起きたのか……いや、この話をお前に言っても仕方ない」

女幹部は苛立ちを堪えた。思いの外早く兄が目覚めたのも、通話を立ち聞きされたのも、差し迫った危機に較べれば些末な事だ

「ちょっと待った!……話は全て聞かせてもらいましたよ」

兄「何処で!?」

険悪な雰囲気になりかけた二人の前に、扉を勢いよく開けて登場したナイス☆ガイが一人。同僚Aである

女幹部「お前か。はるばる御苦労。しかし、コイツを確保したまでは良かったが、かなりマズい事になった」

女幹部は兄を捕獲した後、同僚Aを呼び寄せていた。ナイス☆ガイは彼女の命によって参上仕った次第である

突然の召喚に不満も在るだろう、恐らく自腹になる交通費を憂慮もしただろう。しかし、何の不平も見せない辺りがナイス☆ガイだ

同僚A「そんな事より聞いて下さい、女幹部さんと兄には一つの共通点が有ったんです。ある点で二人はとてもよく似ている」

女幹部「言ってる事がわからない……」

同僚A「その共通点とは――『どちらもツノが無い』 HAHAHAHAHA!!どうです?」

女幹部「イカレてるのか……?この状況で」

同僚A「しかし……そうですか、兄を引き渡さなければ同僚Dが危ない、と」

流石ナイス☆ガイ!小粋なメリケンジョークで場を和ませてのける!そこに痺れる!憧れるゥ!……さて、本題に入ろうか

241 名前:三叉矛陣形[] 投稿日:2010/03/15(月) 12:46:48.85 ID:qOJKBVBB0
赤宅の一室を占拠した女幹部と同僚Aは、兄に向き合う形で床に腰を下ろした。見ろ!これがトライデント・フォーメーションだッッ!

同僚A「――ま、お前のせいでウチの部署はヤバい事になってるワケだ」

兄「そうか……」

女幹部「ここでしばらく静養させてから何処かへ逃がそうと思っていたが、そうもいかなくなったな」

赤「お前等……他人ン家を何だと思ってやがる……!?」

兄の後方、部屋の戸口に立った赤は、勝手に上がり込んで居座る悪者2+1人に静かな敵意を示す

兄「何を言っているんだ?俺だってここに住んでる、つまりは俺の家でもある。どう使おうと俺の自由だろうが」

女幹部「我々は大事な話をしている。邪魔するなら今すぐ出て行け」

赤「……いい加減にしとけよ?口で言っても分からねぇなら……」

限界であった。悪者相手に道理は通用しない。理性を踏みにじられた赤は、封印していたヒーローとしての自b

同僚A「おいおい、その正義の力は、誰の為に振るわれるモノなんだ?
巨悪に立ち向かうべき力を、こんな個人的な理由で乱用ちゃ駄目だろ」

兄「そんなに戦いたいなら悪の組織と戦え」

赤「く……」

機先を制された。……何という面倒な奴等だ。悪者共の息の合った連携口撃に、怒ることも許されない

兄一人でさえ始末に負えなかったところに、更に二人も増えてしまったら―――。則ち、対処は不可能である

242 名前:例えが分かりにくい?仕様です[] 投稿日:2010/03/15(月) 12:52:40.84 ID:qOJKBVBB0
同僚A「――やはり幹部Bから同僚Dを奪還するのは不可能ですか?」

無遠慮な悪者共の会議が始まっていた。家主の赤は口を挟むことも出来ず、部屋の隅で所在なさげに立ち尽くす

女幹部「と、云うより、助けられたとしても状況は殆ど好転しない。本部の武闘派連中に、表立って戦いを挑んでどうなる?」

組事務所から同僚Dを救い出すのは、ミツバチがオオスズメバチの巣に特っ攻んで、女王蜂を攫ってくるぐらい非現実的な作戦である

その上、まかり間違って成功してしまったとしても、そこで大円団とはいかない。本部に女幹部達が敵だという認識を持たせるだけだ

そうなった場合に避けて通れない、暴力という分野で比較すると、B組と情報工作組には月とすっぴんマダム以上の戦力差がある

何せ闇の中でしか力を発揮できない部署である。存在は気取られぬように、攻撃は悟られぬように心掛けるべし。だがそれは――

身内に通じる戦法ではない。姿を見せれば命運が尽き、面と向かえば凱袖一触。抵抗できない攻撃対象、人は、それを的と呼ぶ

兄「別に、難しく考える必要はありませんよ――」

しばらく何かを考える様に黙り込んでいた兄が口を開く。彼が議論に参加すべきか否かは、この際置いておくものとする

兄「――女幹部さんは部下を失いたくない、そして俺は女幹部さんの部下じゃない。だとすれば、答えは決まってるでしょう」

女幹部「お前……それがどういう意味だか分かってるのか?」

兄「解ってます。俺が行っても根本的な解決にはならない。ですが、行かないよりはマシだと思いますよ」

女幹部「いや、そういう事ではなくてだな……」

先刻まで本部と戦うなどとヌカしていた男が、肚の据わった様な面持ちで神妙な事を言いだした。女幹部は理解に苦しむ

243 名前:悪の組織はええよ!やっとかめ[] 投稿日:2010/03/15(月) 12:58:14.66 ID:qOJKBVBB0
兄「さっき女幹部さんに八割殺しにされて気付いたんです。俺は結局、諦めるキッカケが欲しがっただけなんだ、って――」

痛くなければ覚えませぬ。女幹部による手心など微塵もない暴力で、脇腹に叩き込まれた拳で、心の壁は粉微塵に打ち砕かれた

兄「――逃げてばかりの下らない自分、それでイケる所まで行ってやろうと思ってました。
でも、無理でした。逃げっぱなしの人生だったけど、現実から逃げ切った事はなかった――」

頭の中で人生を生きる兄は、外的要因を通してのみ自分を理解する。諸君らの愛してくれた悪の貴公子は死んだ!何故だ!?

兄「――自慢じゃないが、俺は何も成し遂げた事がありません。けど何かが欲しがった、満足を知りたかった。
今だって……組織と戦ったって勝てる訳がない、そんな事は当たり前だ。きっと何処かで分かってはいたんです。
多分、出来っこない事に挑戦して、自分の駄目さ加減に納得したかっただけなんでしょう。それで充分なんです」

不可能に挑めば限界が判る。限界を知れば納得できる。納得すれば諦められる―――今まで諦め切れなかった物も

赤「遠回しな自殺か?だったら一人でやれ。他人を巻き込むな」

臨終間際の病室並みに重苦しい空気だが、赤には読む必要が少しもない。ハナから除け者扱いだったからだ

同僚A「で、巻き込んだ奴にはそれなりの責任がある。一人で出すモン出してスッキリしてんじゃねーよ。
俺等も無関係じゃないんだ。何でこんな事になってんのか、一切合切一つ残らず白状しやがれコノヤロー」

信じることよりも、長けることよりも、愛することよりも。知ることは人間としての行動全てに優先する

兄を取り巻く三人は、知ることの価値を知っている。しかし程度に差こそあれ、兄については多くを知らない

兄「……俺には妹が居ます――」

兄は観念した。誰にも伝えなかった秘密が白日の下に晒される。不思議生物が人間に進化する時は来た

244 名前:妹のひみつ[] 投稿日:2010/03/15(月) 13:04:49.22 ID:qOJKBVBB0
女幹部「――最初の事件はお前ではなく、その妹が起こしたものだと言うのか……?」
兄から事の顛末を聞いた女幹部は尚も信じられぬといった様子だが、本当のことなのでこれはしかたのないことなのです

同僚A「爆発する妹……弐斗炉の使い手か!」

女幹部「知っているのか雷電!?」

同僚A「ええ、まさか実在していたとは思いませんでしたがね」

〈弐斗炉――紀元前7世紀に中国で発祥したと言われる伝説の武術である。妹学を志す人間なら誰しも、一度は耳にしたことがあるだろう。
原始、妹が活火山であった頃の名残、則ち身体爆発を行える者のみが修められた闘技だという。立ち技主体の攻防には決まった型が存在せず、
格闘の技術体系は未熟であるが、爆発を乗せた打撃は強烈無比。岩を砕き虎を屠り、城を倒壊させた記録まである。しかし、まさに爆発的と
いえる破壊力を誇る反面、修得は困難を極め、具裏勢臨と呼ばれる身体の各部位を随意に爆発させる、根幹にして神髄となる技術は、血流を
自在に操るに等しい高度な修練を要するという。体得者が限定される上、並大抵の修行で身に付けることは不可能。今日、歴史書に名を残すのみ
となったのは、そうした事情が背景にあってのことだろう。余談だが、妹の爆発を研究する過程で発見された物質がニトログリセリンであり、爆薬の
他に心臓疾患の治療薬としても用いられている。〉                                   明妹書房刊『妹学のススメ』より

女幹部「その継承者が兄の妹……!?」

妹が初めて爆発したのは幼女の時分。今の妹からすればささやかな規模のモノだったが、家は半壊し、兄は生死の境を彷徨った
その事故の後、妹はKIK(国際妹機関)の保護下に置かれ、爆発力を制御する術を学び、専門的な訓練を受ける運びとなる
ところが、時を追う毎に増大する力は、一般的な妹の水準を遥かに上回り、通常の方法では抑え切れぬ程となってしまった
そこで妹は力を御する為に独自の試行錯誤を重ねた末、つい勢い余って禁忌の爆殺拳を甦らせるに至ったのだった

兄「アイツはよく出来た妹です。駄目な俺なんかと違って、物事を成し遂げられる人間ですよ。でも俺は、そんなアイツに兄として
何もしてやれなかった。女幹部さん、俺を本部へ引き渡す前に妹と会わせてくれませんか?……最後に頼みたい事があるんです」

女幹部「……許可しよう」

その決意は何を以てしても変えられない。女幹部は無駄に長い前髪の奥に潜む瞳に覚悟のスゴ味を感じた

246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/15(月) 13:11:40.18 ID:qOJKBVBB0
~翌日悪の組織本部戦闘部門B組事務所~
同僚D「……ホントに紳士的なんですね」

幹部B「お前が大人しく囚われていてくれる限りはな」

同僚Dは幹部Bの組事務所に軟禁されていた。とはいえ、彼女にとっては以前の職場でもあるので特に気兼ねも無い
多数の怪人や戦闘員の出入りする事務所から、逃げようとしても無駄だという事は判っている。よろしい、ならば無抵抗だ
その居直った図々しさが、却って安全を保障してくれている。人質は無事であってこそ意味があるのだ

そして同僚Dは、これまで直に話す機会の無かった、“悪という名の紳士”との会話によって女幹部分の不足を補おうとしていた

同僚D「兄さんが捕まったとして、女幹部さんをどうするおつもりですか?」

便所のネズミのクソにも匹敵する下らない兄などどうでもいい。『女幹部がどうなるか』それだけ……それだけが心配事よ!

幹部B「お前の案ずる様な結果にはならんさ。女幹部を罰しても得は無いからな。ただ、アイツは俺の下に付いてもらう事になる」

同僚D「……それだけですか?」

幹部B「俺は利用価値があるなら誰であろうと利用する。ソイツの意志がどうであろうと従わせる。それだけだ」

幹部Bは事件の解決によって、AやCに対して優位に立つ。更に女幹部を配下に置けば悪の組織を支配するのは時間の問題である
本来の予想とは全く異なる展開になったが、実権を一手に握りさえすれば、事業部の不穏分子を処分するのは容易いだろう

同僚D「もし、女幹部さんが兄さんを連れて来なかったら、どうなさいます?」

幹部B「捨てられるのが怖いか?しかし、女幹部は部下を切れないだろう。その甘さがアイツの限界だよ。
さて、見物だな。お前と犯人のどちらを選ぶか、いずれにしても、片方は失う事になる。アイツはどうするか……」

女幹部が悪者として利害を判断すれば、自ずと行動は決まる。そして幹部Bは約束を守る。何故なら、彼は悪の幹部Bだからだ

247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/15(月) 13:17:12.38 ID:qOJKBVBB0
~翌日悪の組織本部五階会議室~

幹部C「女幹部はまだか?」

幹部B「こちらに向かっているとの連絡はあった。じきに来るさ」

14時前、悪の組織本部幹部達は会議室にて、怪人襲撃事件の犯人を連れて来る筈の女幹部を待つ

机が『コ』の字形に並べられ、上座に幹部B、左右にAとCが座る。そして悪の紳士の後ろには同僚D

同僚D「……」

同僚Dは女幹部を信じる。しかし、希望を祈ることしか出来ないなら、それは何も出来ないも同じである

予定時刻が近付くにつれて神経は硬直し、椅子に体が貼り付く様な感覚に卒倒しそうになるのだった

――その日、悪の組織本部は通常業務も行われず、朝から物々しい緊迫感に張り詰めていた

敷地門や建物入り口、更には通路や階段まで、至る所に怪人と戦闘員が配備され、正装で警戒に当たる

本日開催される緊急幹部会議は重要性において、平常のものとは比較にならない。誰もが理解する処である

組織を動乱させた大捕り物が解決を見るのだ。子細はどうあれ、決着が付いたという事実は何よりも重視される

それは幹部達による勢力争いの帰趨を決する事にも繋がる。――悪の組織の最終目標が世界征服なのは言うまでもない

ヒーローを滅ぼして以来、本義を見失った組織が足踏みしていた理由は、一つに束ね上げて率いる存在を定められなかったからである

249 名前:野望を胸に すべてを終わらせる時・・・![] 投稿日:2010/03/15(月) 13:23:56.07 ID:qOJKBVBB0
二代目悪の総統は誰か、各幹部の部下はそれぞれの上司を支持しながらも、末端では“誰でもいい”と考える向きも少なくはなかった

組織とは大きくなる程煩わしさも増すモノだが、兎に角にも一つの意志が先頭に立てば機能する。また、それが無ければ始まらない

激烈なる意志と絶対の力で君臨する存在が必要なのだ。そして幹部Bは、他を制してその座に就く機会を手にした

幹部AやCが後れを取ったことは紛れもない事実である。内心安からぬ思いを抱えていても、実績には逆らえない

『力による覇道の悪』を体現する幹部Bは主義主張や行動力に於いて、混乱期にある悪の組織を導くに相応しい悪者と云えよう

事件の落着を以て、幹部Bを頂点に戴く新たな体制を整える準備は始まる。未来は悪の紳士の掌中に在った

かくして、一段と厳重な警備体制の敷かれた悪の組織本部五階会議室で、幹部達は女幹部の到着を今や遅しと待ちわびるのだった

怪人「失礼します。女幹部が現れた模様です」

幹部B「ようやくか……」

怪人から報告が入った。これで一つの大きな問題は片付く。しかし、その先の道程にも苦難は待ち受けている

面従腹背、敬して服さず。隙あらば取って代わろうと密かに狙う者も居るだろう。だが、それをねじ伏せる自信はある

悪の組織の戦いはこれからだ!!幹部Bの今後の活躍に御期待下さい。

250 名前:会議室は芝居をする所ではござらぬ[] 投稿日:2010/03/15(月) 13:29:55.45 ID:qOJKBVBB0
女幹部「情報工作組責任者 女幹部。怪人襲撃事件の犯人を連行して参りました」

そう告げる女幹部は、制服姿の戦闘員を伴って、どこぞの宇宙人を引っ立てるかの様な体(てい)で兄を引きずってきた

居並ぶ怪人の中も超然と通り過ぎてきた彼女である。会議室に揃う、悪の組織本部を牛耳る歴々を前に臆することは無い

幹部B「御苦労、お前の処b……」

女幹部「物事には順序があります。まずは部下を返してもらいましょうか」

女幹部は兄を突き出して穏やかに凄む。一刻も早く取引を成立させ、同僚Dを確保しようという考えだろう

幹部B「しかし……意外だな。お前はもう少し部下に情けを掛けるものかと思っていたが」

女幹部「この男は、もう私の部下ではありませんから。さ、早く同僚Dを解放してください」

幹部Bは見誤っていた。既に女幹部の部下ではなくなった兄を、同僚Dと同じ天秤には掛けられないという事を

幹部B「ま、好いだろう。同僚D、お前の役目は終わりだ。さっさと女幹部の元に行け」

同僚D「女幹部さん!」

兄を受け取った幹部Bの許しを得るや否や、同僚Dは机を乗り越えて女幹部のもとに。そして必要以上の力で抱き締めて胸に顔をうずめる

女幹部「危険な目に遭わせてすまない。だが、もう安心だ。――そのまま掴まっていろよ?」

同僚D「え……?」

女幹部は同僚Dを抱き抱えたまま、戦闘員と共に一足で部屋の入り口付近まで跳び退いた
この時、彼等が見せた跳躍は、鍛錬によって到達しうる領域を明らかに凌ぐものであった。女幹部め、天稟がありおる……

251 名前:びっくりするほどロングパス[] 投稿日:2010/03/15(月) 13:35:33.84 ID:qOJKBVBB0
幹部A「何処へ行く?まだ話は終わっておらんぞ」

部屋を去ろうとする女幹部を幹部Aが制止した。この人達も居るんです、忘れないで下さい

女幹部「私の用は済みました。それでは皆様サヨウナラ―――永遠にね!」

幹部B「何を言っている……?」

唖然とした幹部達を余所に扉は閉まり、足音は慌しく遠ざかっていった。その時、会議室の中心で兄が、

―――正確には、兄スーツで兄に擬態していた妹が

















爆発した

252 名前:「シャア少佐、さあ注射」×2[] 投稿日:2010/03/15(月) 13:41:48.83 ID:qOJKBVBB0
特に理由はないッ 爆発しても服が破けないのはお約束!!

衝撃波は壁と天井の一部を消し飛ばし、廊下に控えた怪人達を瓦礫とともに薙ぎ倒した

爆心地には全身から煙を立ち上らせた妹が立つ。風が吹いた、他に動く物はない――いや……

幹部B「まだだ、まだ終わらんよ!」

悪の紳士が生きていた。彼は妹の全力を受けても決して負けない。何故なら、彼は悪の幹部Bだからだ!

「これで終わりです」

幹部B「ひぎぃ……!」

起き上がろうとする幹部Bの肛門に、必中必殺の爪先蹴り『TDN』が炸裂した。退避していた戦闘員達が戻ってきたのだ

女幹部「ぬるいぞ兄、しかとえぐれ!」

幹部B「らめぇ……!」

身体を仰け反らせて悶える幹部Bに、女幹部がもう一撃見舞う。二度も蹴った……親父にも蹴られたことないのにぃ…・・・ ・ ・  ・

女幹部「ここまでは作戦通りか……」

兄「ええ、上手くいきましたね」

今の兄は同僚Dと同列に扱える存在ではない。女幹部と肩を並べて戦うに足る、独立した悪者なのだ

――兄は戦闘員の制服を、妹は兄スーツの頭部を脱ぎ捨てた。物持ちがいいと意外な所で得をするモノである

253 名前:戦いとは常に、斯くの如く悲惨なものである[] 投稿日:2010/03/15(月) 13:46:51.38 ID:qOJKBVBB0
同僚D「私に、この生ゴミを身に纏えと?……まぁ、仕方ないですね」

兄の脱いだ戦闘員服を渡された同僚Dは、汚らわしいソレをしばらく眺めていたが、やがて観念して袖を通した

兄「俺はもう行きます。それじゃ、妹はお願いしますよ」

女幹部「ああ、私を信じろ。今度こそな」

女幹部と妹が派手に立ち回って敵を引き付けている間に、兄が地下の自爆装置を起動させようという作戦である

そして同僚Dはその戦乱に乗じ、本部内に配備された数多の戦闘員の一人を装って脱出させる手筈になっていた

さて、あまり長居もしていられない。すぐに異変を察した怪人や戦闘員達が―――ホラ来た

怪人1「これは……一体……」

五階へと続く階段を上ってみれば、その奥には野山を見渡す眺望が広がっていた。あまりの事態に怪人1は言葉を失う

兄「見て分からないのか?爆発が起きて幹部達が大変な事になった。俺は助けを呼びに行ってくる」

怪人1「あ、はい。お願いしm……え?お前等はちょっと待て!」

分別も定かでない思考で、走り出す兄と同僚Dを看過した怪人1だったが、女幹部と妹までは見過ごさなかった

するとその時、本部内に放送が響き渡った。“自爆装置ガ起動サレマシタ、直チニ非難ヲ開始シテ下サイ。繰リ返シマス……”

兄「いやいや、早すぎるだろ……」

―――最上階の一角を消滅させた程の爆発である。当然その衝撃は建物全体を揺るがし、本部司令室にも異常は伝わった
流石天下の悪の組織、すぐに非常警報を発しろと命じたが、折りも悪くもアルバイトを使っていた為に、自爆警報を発令してしまったのだ

254 名前:赤と緑と狐と狸[] 投稿日:2010/03/15(月) 13:51:17.81 ID:qOJKBVBB0
~悪の組織本部裏門~

もともと地上に道は無い。歩く人が多くなればそれが道になるのだ。では、通る者の居なくなった道はどうなるのか?

悪の組織本部裏門に続く林道は久しく通行も途絶え、手入れもなされず荒れ果てていた

本部を訪れる人間は国道に面した、車の入れる正門を使う。すき好んで不便な方へ回る必要は無いのである

ここに来るモノと言えば、小鳥や猫……あ!俺、狐と狸も見たことありますよ。だが、ヒトなどとんと目にした記憶が無い

普段、警護に置かれる人員は戦闘員二名のみだが、今日は2人の怪人を含めて、総勢22名という過剰な戦力が割り振られることになった

当然の様に現場に緊張感などはまるで無く、怪人達は歓談しながら、遅々として進まない時計の針を気に掛けていた

その最中である、頭上で爆音が轟き、絨毯爆撃ときどき機銃掃射、ところによっては砲撃といった按配にコンクリートの破片が降り注ぐ

怪人2「爆発……だと……?」

戦闘員1「ニー(爆発……爆発ねえ……。この程度で爆発ですか!世の中には、もっと恐ろしい爆発が存在するのです!)」

怪人3はまた面倒なことになったなぁとか、そういや昼飯も食っていないなぁとか、色々な思いを巡らせつつも振り返ることにしたのである

なるほど。大きく欠損した建物は、飛散した大量の瓦礫に説得力を持たせた。事件は現場で起こったんじゃない!会議室で起こったんだ!

緑「この音はガスが爆発したのですか?」

赤「いいえ、爆発したのは妹です」

呆然と本部を見上げる悪者共の背後に近付くのは、赤ともう一人――この機会に紹介させていただこう!彼こそが元、色レンジャー緑である

255 名前:家畜に悪は居ない[] 投稿日:2010/03/15(月) 13:57:00.58 ID:qOJKBVBB0
緑「で?お前のオトモダチは何処に居るって?」

赤「いや、あんな奴はどうでも好い。俺は自分の過去に決着を付けに来たんだ」

緑「そーかい。ま、俺も似た様なモンだがな」

赤は思う。悪は人間だ。人間だけが悪だ。――悪とは、利己の為に他者を犠牲にする人間のことだ

かつて赤は悪と戦った。自分が、いや、他人が犠牲者となることに堪えられなかったから

誰かに泣いて縋られた訳じゃない。自分でなければならない理由は無かった

従わなければ殺すと強いられた訳じゃない。やらなければいけない理由も無かった

希求と精進の果てにその存在となった。根底に在ったのは一個人の意志と目的だった

しかし、その凄惨な世界は、生身の人間のまま生きるには、あまりに過酷すぎた

だから正義という象徴の力を借り、自らもまた英雄という偶像に身を包んだのだ

その半身が崩れた時、自分は人間にとって掛替えのない、欲や理想を失ったのだと思う

また明日が来れば生活が始まる、命を繋ぐ為の作業が待っている。だが、その他には何も無い

生きる事が目的に成り下がってしまったら、ソイツはもはや人間ではない。霊長類ヒト科ヒトの一個体だ

重要なのは余計な物、人間は不要な事の為に生きるのだ。――以前の自分がそうであったように

赤は無くした物を取り戻す為、再び悪の前に立つ。今度は偶像ではなく、一人の人間として

256 名前:帝王の深紅[] 投稿日:2010/03/15(月) 14:03:31.17 ID:qOJKBVBB0
怪人2「――何者だ……!?」

赤「なに、通りすがりの花屋さ。本日休業のね!」

これだけ堂々と歩いてこれば、悪者共も流石に気付く。だが、もとより気配を隠すつもりも無かった赤達である

緑「悪党に名乗る名など無い。……安らぎの緑の大地 色レンジャー緑、トランスフォーミンッッ!」

仮にも一度は正義に味方した身、不意打ちなど言語道断。天に恥じぬ戦いを見せてやる!という訳で、まずは変身から

戦闘員1「ニー(貴様等……色レンジャー……!?)」

ここにして、ようやく彼等は認識した。いま目の前に現れたのは、かつて組織と死力を尽くして戦った宿敵なのだ

怪人2「おい、急いで司令室に報告しろ!ここは我々が食い止める!」

緊急時の決断は迅速に、非常時の対応は柔軟に行うことが肝要である。危急を悟った怪人1は、援軍を頼みに戦闘員1を走らせる

怪人3「それにしても、たった2人で乗り込んでくるとは……よほど命が惜しくないと見える」

怪人2「ああ、時間を稼ぐとは言ったが、別に倒してしまっても構わんのだろう?」

戦闘員2「ニー(怪人様の手を煩わせるまでもありません。ここは私共にお任せを)」

戦闘員3「ニー(我等の防備を破った者は居ない!)」

戦闘員4「ニー(俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……)」

この後、延々と悪者共の台詞が続きますが省略。―――時間を消し飛ばせ!!

263 名前:シェフ女幹部[] 投稿日:2010/03/15(月) 14:55:15.91 ID:qOJKBVBB0
妹の二度目の完全解放で、ついに爽やかな青空まで見渡せる様になった悪の組織本部五階

女幹部「妹!」

スマートな悪者は、命までは奪わないものさ――。倒れ伏した妹に、頃合を見計らって女幹部が駆け寄った

女幹部「立てるか?」

妹「すみません……ちょっと疲れちゃいました」

人間の体というものは、多度の爆発に耐え得る様には設計されていない。妹にも限界が近付いていた

女幹部「謝るな。私は兄に誓った、例えこの身が砕け散ろうとも、お前だけは守る、と。でも、今は少し逃げようか」

妹「え……わ!」

女幹部は妹を右の脇に抱えて立った。そして振り向きざまに、裏拳と廻し蹴りで悪者二人を迎撃すると高らかに言い放つ

女幹部「お前等は何だ?雑魚か?天下に悪名を馳せる悪の組織が、たった二人の進撃に何を手間取っている!
情けない奴等め!ここに宣言しよう、私達は何事もなくこの場を離脱する。さあ諸君、私が逃げるのを止められるかな?」

あらん限りの気勢と胆力で一喝・罵倒、そして更なる蛮勇の予告。それは虚勢であった、威嚇であった

しかし、その響きには真実があった。居合わせた悪者共は完全に飲まれ、戦況は女幹部が支配する

自爆警報が解除された今、本部の悪者は敵を駆逐しに集まってくる筈。だが恐れるな、蹴散らせ

血路を拓くのは不壊の超金属・ションボリウム合金の組み込まれた腕、足りないものは勇気で補えばいい

264 名前:爆発は1日一時間[] 投稿日:2010/03/15(月) 15:01:29.43 ID:qOJKBVBB0
叩き、砕き、潰し、ヘシ折り、引き裂き、女幹部は圧倒的暴力を以て、統制の取れぬ悪者共の包囲を突破して疾駆

無論、無傷では済まなかった。数多の悪者を打ち据えた左腕の皮膚は裂け、流血の下に金属が光る
それでも止まる訳にはいかない。彼女の身体を支えるものは誇りと意志、そして預けられた命の重み

妹「ごめんなさい、私のせいで……そんな……」

女幹部「黙れ。お前を生かすのは私の義務だ」

下らない問答に神経を遣う暇はない。一時の窮地を切り抜けたとはいえ、女幹部は依然追われる立場にあるのだ
戦闘員だけならまだしも、同等の身体能力を持つ怪人を脚力で振り切ることは出来ない。更に前方も警戒する必要がある

女幹部「――!」

二階に着いて角を曲がった女幹部は、20m程先に隔壁が下りているのを目にした。後ろには迫る足音
そこは四面がコンクリートでできた、幅2m程の一本道。悪者共が続々と押し寄せてきている、逃げ場は無い

――だが、策は在る。妹を両腕に抱きかかえた女幹部は、敵を引き付けると再び加速し、隔壁に向かってドロップキック

反動で水平に飛ぶ、呆気に取られて見上げる怪人二十余名の頭上を通過して。問題はない!!15mまでなら!!!

女幹部「二人だと……ッッ、さすがに落ちるな……ッッ」

一瞬で位置を入れ替え、悪者共の背後に着地すると、女幹部は妹を床に下ろした。そして、もと来た角を曲がって引っ込む

女幹部「妹、最後だ。思いっ切りやってやれ!」

妹「はい!」

逃れることはできんッ!貴様等はチェスや将棋や爆弾男でいう、『詰み(チェック・メイト)』に嵌ったのだッ!

266 名前:私立ジャスティス Religion of Heroes[] 投稿日:2010/03/15(月) 15:07:49.95 ID:qOJKBVBB0
~悪の組織本部一階~
緑「――あれがお前のオトモダチか?いい性格してやがるな……」

怪人の両足首を掴んで振り回し、辺りの戦闘員を薙ぎ倒した緑が、別の怪人と組み合った赤に声を掛ける
悪の組織本部一階広間では、突入した色レンジャーの二人が多数の悪者共を相手に大立ち回りを演じていた

赤「友達じゃねーよ!クソ、あの野郎!」

赤は持ち上げた怪人をボディスラムで沈め、取り巻く悪者を目線で牽制。そして緑の言葉に答えた

兄がこの血煙舞う戦場に颯爽と現れたのは数分前、群がる怪人と戦闘員を物ともせずにかき分けてきた

そして、引き連れて来た悪者共を赤達に譲り渡し、そのまま一人で何処かに去っていった

おかげ様で色レンジャー達は、倍に膨れ上がった敵の中、更なる苦境に追い込まれる次第となったのだった

緑「ま、良いんじゃねーの?どーせ全員ブッ倒すつもりだったんだ、まとめて来ようが同じだろ」

緑は襲い掛かる戦闘員を右ラリアットで撃退、その後ろの怪人を延髄切りからのフランケンシュタイナーで成敗

赤「だが、何やら釈然としないモノが、な」

怪人の背後を取った赤は、腰をホールドして引っこ抜き、投げっ放しジャーマンで集団に叩き付ける

緑「ガタガタ言わずに腹ァ括れ。そんな拳じゃ、誰も守れやしないぜ!」

赤「まあ、判り易いのは大歓迎だな。……これは戦いじゃない、断罪だ」

考えるな、動け。手の触れる全ては敵だ。破壊と破滅、此処に身を置く限り、それだけを体現すれば好い
倒せ!壊せ!滅ぼせ!死んだ悪者だけが良い悪者だ!―――貪欲な正義は、悪を喰らい尽くすまで満ち足りない

267 名前:一つだけ言える真理がある。「悪は黒に染まれ」[] 投稿日:2010/03/15(月) 15:13:22.89 ID:qOJKBVBB0
~悪の組織本部地下三階~

怪人7「つい先程……女幹部を追っていたB組6、7班からの通信が途切れた……」

怪人8「一階では色レンジャーと交戦中だが、かなりの被害が出ているようだ。しかし、何故奴等が女幹部と!?」

敵の放った最初の一手で幹部は全滅し、態勢を整える間もなく追撃と奇襲。指揮系統が正常に機能する筈もない

情報は錯綜し、戦局は混迷を極める。最も冷静でなければならない司令室でさえ、事態の把握も覚束ない

しかし、本部内各所から寄せられる報告は断片的でありながらも、時間の経過とともに悪化する状況を浮き上がらせた

怪人9「あの爆発の原因は女幹部の連れている少女だというが……どういう事だ?」

怪人7「爆発する少女―――確か、怪人襲撃事件の犯人がそうじゃなかったか?」

怪人8「だが、犯人は今日捕まえられて来たアイツだろう?」

兄「漆黒に選ばれし男の体制への逆襲だ」

怪人達「「「貴様は……いつの間に……!?」」」

兄「お前等は何も知らなくて良い。ガイアが俺に、闇に紛れろと囁いている」

あんな事やそんな事、多くの苦難を乗り越えて、大半は他人に押し付けて、兄は自爆装置のある司令室まで辿り着いた

誰がどう動こうと、誰の意思が働こうと、彼が此処に立った事に比べれば取るに足らない些事に過ぎない

兄の仕事は誰より地味で何より重要。他の悪者や正義の味方は光、対する兄は影。そして真の悪者は、闇の中に生息する

268 名前:悪の錬金術[] 投稿日:2010/03/15(月) 15:20:51.95 ID:qOJKBVBB0
女幹部「すまんな妹、服を血で汚してしまった」

暗い部屋に座る妹と女幹部。怪人共を爆砕した二人は、悪の組織本部二階の一室に潜んでいた

人事尽くして天命を待つ――全力で戦った、出来る務めは果たした。後は兄を信じるだけだ

妹「いえ、そんな、大丈夫ですよ。コレ兄のですし……それより私の方こそゴm……」

女幹部「私に謝るな。謝罪というのは加害者の権利だ。お前が私に危害を加えたか?違うなら頭を上げろ」

妹「すみm……そういうモノですか」

強くあろうとする女幹部は、自分が被害者となることを断じて認めない。故に謝罪を受け入れることもあり得ない
絶対的加害者でありながら、被害者の感情をも支配する。それが彼女の理想とする究極の悪者像なのである

女幹部「それと、悪者相手に軽々しくそんな言葉を口にするな。たった一言でお前は罪人になる、その意味を考えろ」

罪とは過ちの結果である。しかし、悪者はそれを過失の結果としてではなく、目的に対する手段として実現させる
また、罪の代償は罰であるが、悪者の原則は等価交換ではない。一の弱みから可能な限りの対価を引き出そうとするものだ

妹「……凄いです。悪者って奥が深いんですね。もっと聞かせて下さい!」

何やら嬉しそうな妹は、この機会に、女幹部を通して悪者という生物に関する見識を深めようとしているのである

女幹部「何を勘違いしている?お前に教える事など無い。悪者の行動は例外なく損得に結び付く。お前を守ったのだって、
単純な契約関係があったからだ。兄が私を信じ、私が兄を信じた。そしてお前には守るだけの価値があった、それだけの理由に過ぎん」

妹「勉強になりました!ありがとうございます!」

女幹部には妹を教育しようとする気など毛頭ないが、その説明は図らずも、妹にとって格好の教材となるのだった

269 名前:ハッピーエンドの条件は[] 投稿日:2010/03/15(月) 15:26:25.87 ID:qOJKBVBB0
女幹部「いや、出来れば感謝も止めてくれ。――まったく、お前達は兄妹揃って変な奴等だな」

女幹部は困惑の表情。妹は一流の悪者から、学び取れることは全て吸収しようという気概を見せる

甚だ未熟だが、悪たらんとする志だけは一丁前。女幹部はそんな悪者と接したことが無かった。強いて挙げるなら兄か

妹「私とお兄ちゃん、似てますか?」

少々ムッとした様に口を尖らせる妹。自分と兄を同列に語る女幹部の物言いは心外であった

胸に抱く本当の悪、その姿はまだ判らないけど、少なくともそれは、兄とは違う形の悪者の筈だからだ

女幹部「根元的な話だ。悪者とは、気が付いたらなっているモノであって、
目指す存在では決してない。ま、そういう人間が居ても面白いとは思うがな」

悪になりたくてなるんじゃないなってしまうのが悪者。それは自ずから帰結する状態であり、通常なら目標にはならないのだ

しかし、自ら望んでその存在に成る者が現れたとしたら、それこそ真の悪と呼ぶに相応しい、純粋な邪悪の誕生であると云えよう

妹「もう決めました。立派な悪者に、私はなる!」

女幹部「この世界は厳しいぞ?私とて、まだ道半ばといったところだ。―――む!」

“自爆装置ガ起動サレマシタ……”――本日二度目の自爆警報が響く。それは兄による勝利の報告でもあった

女幹部「さ、行くぞ。脱出だ!」

妹「はい!」

お姫様抱っこで女の子を救い出す役を演じるのが、悪者であっても問題は無かろう。ヒーローの条件は……最後に立っていることだ

270 名前:怪人・ウルフ少年[] 投稿日:2010/03/15(月) 15:34:12.88 ID:qOJKBVBB0
~悪の組織本部一階広間~

赤「――さあ来い!倒される為に立ち上がれ!立ち向かえ!負けて死ね!!」

悪者共「―――ッッッ!」

事務的に屍の山を積み上げる色レンジャー達を取り囲む悪者。そこには、感覚も感情も言語も思考も必要ない

混然一体の中に共有する一つの意思があった。戦闘員は血であり、肉であり、怪人は骨であり、臓器であり―――

悪の組織の残存戦力は一個の身体として、侵入した異物の排除に当たる。それは闘争ではなく、至極自然な反応だった

細胞が磨り潰された、神経は切り刻まれた。それでも集団は呼吸し、脈動し、一体となって躍動した

その狂乱に自爆警報が水を差す。しかし、起こりかけた動揺の発作は、数秒の静寂を経て収束に向かった

一度目が誤報であったことが、彼等の危機感を薄れさせ、正常な対応を取る為の意識を阻害していたのだ

兄「――そうして、嘘吐きさんを信じなかった人々は、羊をオオカミに食べられてしまいました、とさ」

混沌の傍らを通過した兄は、二階の窓から降ってきた女幹部と合流し、裏門に待機している同僚Dの元へ向かう

その後、兄と妹は同僚Aの用意した車で、最寄の駅まで送り届けてもらう予定になっていた

――脇役達は舞台を去り、主役として残されるのは、悪の組織本部と正義の味方。その結果だけが世に出れば良い

この一件は、『復活した色レンジャーが悪の組織を壊滅させた事件』として処理されなければならないのだ

正義は常に勝ち、真実はいつも一つ。その結論を余所に、強かな悪者の暗躍は裏世界でひっそりと幕を閉じる

272 名前:最終話 願い事ひとつだけ[] 投稿日:2010/03/15(月) 15:40:54.11 ID:qOJKBVBB0
~街~
18時過ぎ、兄妹は駅を出て歩く。同居人ごと悪の組織本部を爆破した兄は、今日一晩実家で過ごすことにしていた

妹「で、これからどーすんの?仕事とかさ」

兄「そんな先のことは分からない……ま、何でも出来るさ。本部と戦ったことに比べれば、転職なんか全然大した事じゃない」

息を深く吸い、煙を天に吐き出す兄。自分を手に入れた彼は、もはや自由を恐れない。闇に葬り去られる事実が生きる力になってくれる

兄「――しかし、今日は悪かったな。あんな危ない事させて」

そろそろ家も見えてきた頃、兄が暗黙の沈黙を破る。街灯の光に照らされた妹は、血まみれの酷い有り様であった

妹「お兄ちゃん知ってる?悪者相手に謝っちゃダメなんだよ。自分に非があるって認めたら、
どんな事を要求されても文句言えなくなるんだって。だからさ、一つだけお願いを聞いて?」

妹は屈託なく笑い、受け売りの理屈を披瀝する。それが悪者としての小さな第一歩。しかし、妹にとっては大きな飛躍である

兄「女幹部さんに教わったのか?あの人は凄い、俺も悪ってモノをあの人から知った。でも俺は、女幹部さんとは違う悪を目指す」

“この世に悪の栄えた例しなし”大嘘である。其処彼処の、闇に、影に、暗がりに、人知れず悪の花は咲く
そして兄が思い定めた至高の悪とは、姿を現さず、害を為していることも人に意識させない悪者なのだった
その存在すら悟らせない様な。――例えるなら、羽音を立てず、血を吸ったことさえ感知させない蚊の如き悪である

兄「――そんで?その頼みってのは何だ?」

妹「うん……IDの数だけ腹筋してね」 
    
妹の戦いは終わらない。立派な悪者となり、兄を倒すその日まで。斬り拓けない道はないんだッ!よっしゃあああッッ THE ENDォオ!!

273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/03/15(月) 15:43:50.87 ID:qOJKBVBB0
ハイごめんなさい。腹筋スレでした~。

しかし、イマイチ伸びなかったな。やはり長編腹筋スレの時代は終わったのか……

だけど最後まで読んでくれた人、ありがとねん

痛みを知らない子供が嫌い。

心をなくした大人が嫌い。

優しい釣りスレが好き。

バイバイ。

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