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キョン「かまいたちの夜?」-2

キョン「かまいたちの夜?」-1
の続き

163 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 10:34:43.52 ID:sDHzCwEM0
 様子を見にいこうか迷っていたらハルヒはさっさと降りてきた。

「あのね…」

「どうした」

「それがね……彼女たち…その……三人だけでいるほうがいいって言うのよ。……他の人は誰も信用できないって」

「どういう意味です? 信用できないというのは」

 新川さんが驚いて聞き返すと、ハルヒは言いにくそうに答えた。

「つまり……私達の誰かが人殺しかもしれない、そう思ってるらしいの」

 これを聞いて驚いた様子を見せたのは新川さん、森さん、阪中の三人だけだった。
 多分、他の皆はその可能性を少しは考えていたのだろう。

「馬鹿な! 何故見ず知らずの人間を殺す必要がある!」

 新川さんが、珍しく強い語調でそう言った。


164 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 10:40:15.93 ID:sDHzCwEM0
「見ず知らずかどうか、どうしてわかる?」

 谷口が反論する。

「谷口さん…あなたまさか……」

「違う違う。俺がやったんじゃねえよ。でも新川さんにしろ、俺にしろ、他の奴等にしたって、あの田中って客と知り合いじゃなかったなんて証拠はないだろ?」

「そんな…」

「もしかしたら俺たちの中の誰かは、あの男のことをよく知ってたのかもしれねえ」

 新川さんは追い詰められたように皆の顔を見回した。

「君達も…君達もそんな風に考えていたんですか? 犯人は外に逃げたんじゃなくて、私達の中にいるんじゃないかと…考えて、いたんですか?」

 俺は会長の顔を見ないようにしながら頷いた。
 それは新川さんにとって、どうしても受け入れがたい考えのようだった。

165 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 10:47:41.55 ID:sDHzCwEM0
「しかし…しかしそんなことはあり得ない! 一体私達の中の誰に、あんなことをする機会があったんです? 人を殺し、あんなふうにバラバラにするのに一体どれほどの時間がかかりますか」

「……30分もあれば、なんとかなるんじゃないですか?」

 俺は少し考えて言った。
 あまり長く考えたくも無かった。

「手際がよければ、それで可能かもしれません」

 新川さんは頷いた。

「夕食後、そんな暇のあった人がいますか? 私や森さん、会長くんや喜緑くんは当然、片付けなどの作業をしていたし、君たちの殆どはここにいたはずです。外部の人間の仕業だと考えるのが一番自然でしょう」

 ガラスが割れた時姿が見えなかった。
 俺は今までそのことだけで会長を疑っていたが……。
 が、確かに考えてみれば、人をバラバラにする時間はなさそうだった。


167 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 10:52:56.81 ID:sDHzCwEM0
 整理してみよう。
 夕食の終わったのが8時頃。
 食堂を出ると鶴屋さんたちが脅迫状の件で騒いでいた。
 その後、谷口・阪中が降りてきて、新川さん・森さん、女の子三人組が一緒になる。
 そして古泉が遅れて到着したのが八時半ごろ。
 これ以降、事件発生まで会長以外の全員が談話室にいたことになる。
 ……やはり、会長にはぎりぎり犯行の機会があったように思える。
 が、あえて口にするのはやめた。

 ん…!?

 突然俺は皆が重要な点を見落としていることに気がついた。

「ちょっと待ってください。新川さんは今、中にいる人間には死体をバラバラにするような時間はなかったと言いましたよね?
 じゃあ犯人は一体いつ犯行を行ったというんです? 犯人は一体いつこのペンションの中に入り、いつ田中さんを殺したというんです?」

「いつと言われても…」

 新川さんは困惑した様子で答えた。

「じゃあ時間は別として、どこから入ったというんです? 窓なんかはちゃんと閉まっていた。正規の入り口から入ってくれば誰かの目に留まったでしょう」

「二階の窓を割って入ったんじゃないの?」

 森さんが驚いて聞く。
 そう、そこだ。
 そこを皆見落としている。

168 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 11:02:32.34 ID:sDHzCwEM0
「ガラスの割れる音が聞こえたのは死体を発見する直前ですよ? 俺たちがあの部屋に踏み込むまでせいぜい15分くらいしかかかっていない。
 いくらなんでもその間に死体をバラバラにするなんて出来るはずが無い」

「確かにそうね……じゃあ、入る時は割らずに入ったのかも」

 森さんがよく分からないことを言い出した。

「あの人が窓を開けて中に入れたのかもしれないわ。田中さんが」

 突拍子も無い考えだと思ったが、それも確かにありえないことではない。

「それならいつ入ってきていたとしてもおかしくはない、か。夕食を終えて戻ってきた田中さんとやらを殺してバラバラにする時間は十分にある」

 会長の口調にはどこかほっとしたようなところがあった。
 自分が疑われていたことに感づいていたのかもしれない。

「そういえば…」

 会長が急に何かを思い出したようにきょろきょろとまわりを見渡した。

「喜緑は? 喜緑はどうしたんだ?」

「あ」

 ハルヒが口を押さえた。

169 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 11:08:09.71 ID:sDHzCwEM0
「言い忘れてたけど、喜緑さん、見当たらないの。あの…死体の部屋にはちょっと入る気がしなくて、呼んではみたんだけど、返事が無いの」

 全員、顔を見合わせた。
 犯人が二階の窓から入ったんだとしたら、また同じようにする可能性はある。ガラスはもう割れているのだ。
 俺がそう言うと新川さんは絶句した。

「まさか……」

「そりゃちゃんと探さねえと。早くしねえとバラバラにされちゃうかもしれないぜ」

 てめえ谷口いい加減にしろこの野郎。

「縁起でもないことを言わないで下さい!」

 さすがに新川さんも声を荒げた。

「だが、早く見つけて一緒になるにこしたことはないだろう。あの三人もな」

 会長が言った。俺もその意見には賛成だ。

「皆で探しに行きましょう。離れ離れにならないようにして」

「そうですね。では谷口さん、阪中さん、一緒に二階へいらしていただけますか」

 俺たちはまた念のために武器を手にして、一丸となって二階へと上がった。
 新川さんを中心に囲むようにして、全員、田中さんの部屋の前に立つ。
 新川さんはドアを開けようとして、一瞬ためらった。死体に近づくことに抵抗があるんだろう。
 新川さんはひとつ、大きく息をつくと、ゆっくりとノブを回した。

170 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 11:13:19.93 ID:sDHzCwEM0
 冷気が部屋から流れ出す。

「喜緑くん? いますか?」

 返ってくるのは風の唸りだけだ。
 新川さんはストックを持ってバスルームを覗く。
 俺たちは入り口でそれを見守っていた。
 新川さんは恐る恐る死体のある辺りを見ると、すぐに戻ってきた。

「やはり、ここにはいないようですね」

「オーナー! ちょっと!」

 会長が廊下から新川さんを呼んだ。

「なんです?」

「シャミセンが……」

 にゃおーん。と猫の鳴き声。
 会長が廊下の突き当たりを指差す。
 さっき調べた物置だ。
 その前で、三毛猫のシャミセンがにゃあにゃあ鳴いている。

171 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 11:18:27.24 ID:sDHzCwEM0
 新川さんは黙って歩き出した。
 シャミセンが俺たちに気がつく。
 にゃあにゃあ、にゃあにゃあといっそう激しく鳴きだした。
 新川さんは物置のドアノブに手をかけたが、なぜかためらっている。

「なんだよ、猫が鳴いてるだけじゃんか。そこはさっき……」

 谷口がぶつぶつ文句を言う。
 しかし誰も聞いていない。
 新川さんはドアを開けた。











 喜緑さんは、そこにいた。




172 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 11:24:13.33 ID:sDHzCwEM0
 喜緑さんは、まるで人形か何かをしまっておくみたいに、体を折り畳まれ、無造作に押し込められていた。
 目は大きく見開き、俺たちを見ておどろいているみたいに見える。

 でも、その瞳はぴくりとも動かなかった。

「喜緑……」

 会長の呟く声が聞こえた。
 新川さんが喜緑さんの手をとり、脈をみる。
 ……新川さんは何も言わずに首を振った。

「おいおい…なにしてんだよ……何死んでんだよおい……」

 会長が喜緑さんの前に跪く。
 血が絡んだ髪の毛に指を通す。
 会長の口は、笑みの形に歪んでいた。

「しち面倒くさい生徒会の業務を俺に押し付ける気か? お前が仕事を全部担うっていったろう。俺はお飾りでいいっていったろう。
 だから俺は……ふざけるなよ。起きろ。起きろよ。起きろ。起きろ。起きろぉ!!」

 会長が床を殴りつける。
 俺は、ただ呆然とその姿を見つめていた。

 喜緑さんは、殴り殺されていた。


174 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 11:29:28.94 ID:sDHzCwEM0
 ―――蝉の声が聞こえる。
 暑い。
 風通しのいい半袖のシャツを着ていても、溢れる汗は止まらない。
 夏。
 夏だ。
 肌を切り裂く雪も、指先を凍らせる風もあり得ない。
 照りつける太陽がじりじりとアスファルトを焼いている。
 そんな街の中を、俺は歩いていた。

「……あれ? 俺、今まで何してたんだっけ?」

 自分が何をしていたのかが把握できない。
 携帯電話を取り出す。当然圏外ではない。
 予定表を確認する。
 SOS団の活動予定も今日は入っていない。
 とすると、俺は本当にただの散歩をしていた、というだけらしい。
 あー、まずいな。
 自分が直前まで何をしていたか思い出せないなんて、相当まずいだろう。
 俺はそんなに暑さにやられてしまったのだろうか。
 これはいかん。早急に冷たい飲み物でも摂取して、脳みそをクールダウンする必要がある。
 喫茶店にでも行くか。
 喫茶店といえば、確か喜緑さんがバイトしていた店があったはずだ。


176 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 11:34:37.66 ID:sDHzCwEM0
 喫茶店に喜緑さんはいなかった。
 俺に注文を取りに来た店員さんに尋ねてみる。
 今日は喜緑さんはお休みなんですか?

「それがあの子、今日無断欠勤してるのよ。今までそんなことしたことないのに。あなたあの子の知り合い? 何か知ってることないかな?」

 知ってることなんてあるはずないじゃないですか。
 俺はエスパーじゃないんですから。
 うん、冷たい飲み物を取って頭もシャッキリしてきたぞ。
 もう少し、散歩を続けてみることにしよう。
 久しぶりに、川原なんかを歩いてみるのも、うん、いいかもしれない。

177 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 11:39:19.60 ID:sDHzCwEM0
 川原で喜緑さんが死んでいた。
 鉄橋の真下の影に、喜緑さんはその身を横たえていた。
 左のこめかみの辺りがぐずぐずに潰れてしまっている。
 その目はまるでびっくりしたように俺のほうを見ていて、だけど、その瞳はぴくりとも動こうとはしない。

 は。

 なんだこれ?

 俺は苦笑いを浮かべながら辺りを見回す。
 雑草が足首まで生い茂ったその川原には俺のほかに人影はない。

 はっはっは。

 これは一体どんなドッキリなんだ?
 まったくタチが悪いぜ。
 主催は誰だ?
 出て来いよ。
 ぶん殴ってやるから。


178 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 11:46:32.22 ID:sDHzCwEM0
 誰も来ない。
 時間だけが経過する。
 喜緑さんの顔をアリが這っていく。
 汗が止まらない。
 どくんどくんと心臓が鳴りすぎて痛い。
 喜緑さんを見る。

 同じだ。

 同じだ、ちくしょう。

 あのペンションでの死に様と、おんなじだ。

「うああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
 そういうことか?
 そういうことなのか?


 今俺が巻き込まれているのは、そういうことなのか!?

180 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 11:55:41.49 ID:sDHzCwEM0
「は、ぐ、ふ……!」

 うまく呼吸が出来ない。
 俺のちっぽけな脳みそは既に混乱の極みに達している。
 それでも、たったひとつの、非常にシンプルな結論だけは理解してしまう。

 あのペンションで死んだ人間は、現実でも死ぬ。

 虚構の死が、現実に反映されている。

「ぐ、ぐうううううううう!!!!」

 怖い。
 いやだ。
 もうあのペンションには戻りたくない。
 だってあそこには、朝比奈さんがいる。古泉がいる。鶴屋さんがいる。谷口がいる。阪中がいる。生徒会長が、新川さんが、森さんがいる。

 ―――ハルヒが、いる!

 死なせたくない。これ以上事件を進行させたくない。
 あそこにいる連中をこれ以上誰一人死なすわけには―――!

 ……いや、待て。

 あそこにいる連中を、これ以上、誰一人として?
 違う、俺はあと一人の登場人物を忘れている。


181 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 12:00:07.35 ID:sDHzCwEM0
 思い出してみれば簡単な話だった。
 混乱していた頭はあっという間に冷えた。

 朝倉涼子。

 なぜお前がそこにいる。

 かつて俺の命を何度も危ぶませたヒューマノイド・インターフェース。
 殺人という言葉とあっさりイメージが結びついてしまう女。
 そうだ。アイツがあそこにいる以上、答えはひとつしかない。
 携帯電話を取り出す。
 かける。
 コールは2回。
 出た。
 だが、向こうは無言だ。名乗ろうともしない。
 かまうものか。
 俺は電話の向こうのそいつに向かって呼びかける。

「助けてくれ――――――――――――――長門」


182 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 12:04:19.75 ID:sDHzCwEM0
 電話を切ってから、長門はあっという間に現れた。
 本当にあっという間だった。
 電話を切って、ポケットにしまって、振り向いたら目の前に長門がどん、と降りてきた。
 長門の足首は地面に埋まっていて、その足を中心に大地に亀裂が走っている。

「長門、つかぬことを聞くが」

 長門は足を地面から引き抜きながら、俺のほうを見る。

「お前、今どうやってここに来た?」

「飛んできた」

 俺の問いに、首を傾げながら答える長門。

「それは、舞空術的な意味で?」

 俺の問いに、首を小さく横に振る長門。

「跳躍」

 ああ、そう。つまり大ジャンプ的な意味で、飛んできたんだ。
 長門のマンションから、ここまで?
 直線距離にして10kmは優に有ると思うぞう?
 まったく、相も変わらず頼もしい奴よ。
 不安もどっか飛んでっちまうぜ。

183 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 12:08:41.63 ID:sDHzCwEM0
 どうやら俺の声にただならぬものを感じた長門は俺のところまで(文字通り)飛んできてくれたらしい。
 その手段には唖然とさせられたが、その心には素直に感じ入るばかりである。
 長門が俺の背後に目を向ける。
 そこには、変わり果てた喜緑さんの姿があった。

「……あなたが?」

「ば、馬鹿いうな!」

「そう」

 長門は俺のそばを通り過ぎ、喜緑さんの体の側に立ち、そのままじっと喜緑さんを見下ろす。

「状況の説明を」

 長門に促され、俺は頷く。
 そして、ことのあらましを出来るだけ詳しく、細部に至るまで説明した。


184 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 12:14:16.51 ID:sDHzCwEM0
「そう」

 俺の説明を聞き終えた長門はただ一言、そう呟いた。

「そして、お前に確認したいことがあるんだ、長門。あの世界には朝倉がいた。ってことはつまり、これはアイツの仕業なのか?」

「情報統合思念体の急進派が事を仕掛けている可能性はある」

「やっぱりそうか。というかこの状況、それしか考えられないもんな」

「しかし、断定は出来ない。もう少し情報を集める必要がある」

 長門は喜緑さんのそばにしゃがみ込むと、その手を喜緑さんの目の前にかざした。
 長門の口が高速で動く。喜緑さんの体が、光の粒になって消失していく。

「お、おいおい! 長門!?」

「このまま放置しておけば騒ぎになる」

「しかし、その、現場の保存とか、そういうの、大丈夫なのか」

「元々ここには彼女を殺害した物的痕跡は存在しない。……『向こう』の世界ではわからないけれど」

「そ、そうか」

「それより」

 長門は立ち上がり、俺の側まで歩み寄ると、俺の手を取った。その柔らかな感触に、それどころじゃないのにちょっとドギマギしてしまう。

「まずはあなたを守ることが先決。私の部屋に来て欲しい」

185 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 12:17:42.35 ID:sDHzCwEM0
 長門曰く、今後俺があちらの世界に引き込まれないよう部屋に結界を張るらしい。
 もちろんそれを断るようなことはしないが、少しだけ気になることがある。
 一体俺はどれくらい長門の部屋に留まる事になるのだろう。
 三日くらいなら友達の家に泊まるとか何とか言って家族を誤魔化すことは可能だろうが、それ以上となると許可はでるまい。
 よしんば三日で済んだとしても、長門の部屋で俺は三日を過ごすことになるわけだ。
 長門の部屋で、である。
 つまり長門と二人きりである。
 そして俺は若いオトコノコなのである。
 これは何かとまずいんではなかろうか。
 ああ、そうか。いつかの七夕みたいに解決まで俺は寝ておけばいいみたいな話か。

「違う。私の部屋から出ない限りにおいて、あなたの行動を束縛する理由は無い。好きに振舞ってくれてかまわない」

「す、好きにしてだと……?」

 俺の耳は妙な誤変換を起こしていた。

「ちなみに長門。事態の解決にはどれくらいかかりそうだ?」

「おそらく明日には問題は解決に向かうと思われる」

 なんだ……一日で済んじゃうのか……。
 は! が、がっかりなんてしてないぞ!

「……そう」

「こ、心を読むんじゃない長門!!」

 そんなこんなで、長門宅に到着である。

186 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 12:21:20.05 ID:sDHzCwEM0
 もう何度も足を運んでいる長門の部屋に到着する。
 長門はドアを開けるとさっさと中に入っていった。
 一応おじゃまします、と声をかけてから靴を脱ぐ。
 短めの廊下を抜けると、そこは見覚えのあるあの殺風景なリビングルームになっていて……。

 あれ?

 何だこの違和感?

 俺は部屋を見回した。
 カーテンもついていないガラス張りの窓。
 部屋の真ん中に置かれたこたつ机。
 壁際に鎮座するテレビ。

 テレビ。

 テレビ?

 違和感の正体はコレだ。
 おかしいじゃないか。
 そんなものが長門の部屋にあるなんて。
 そして。

 そしてそしてそしてそしてそして。

 その前に置かれたゲーム機。


 電源は、既に入っている。

187 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 12:25:24.96 ID:sDHzCwEM0
「長門……?」

 長門はテレビの方を向いたまま俺のほうを振り向かない。
 音楽と共に画面に文字が躍り始める。

 ペンション『シュプール』へようこそ。
 お客様のお名前は キョン 様。
 おつれ様は ハルヒ 様ですね。

「長門!」

 長門は振り向かない。
 俺は長門の肩に手を伸ばす。
 だが、その手が届く前に、俺の視界が暗転していく。

 嘘だ。

 長門。

 嘘だと言ってくれ。

 暗転していく視界の中で、長門はようやく振り向いた。
 その顔はもうよく見えない。

「大丈夫」

 最後の最後、意識が途切れる瞬間、長門のそんな声が聞こえた気がした。

189 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 12:28:35.07 ID:sDHzCwEM0
「キョン、大丈夫?」

 ハルヒの声で俺は我に返った。
 ここはペンション『シュプール』の談話室。
 俺は、そこでしばし茫然自失してしまっていたらしい。
 ……あんな喜緑さんの姿を見ては無理もあるまい。
 その喜緑さんは、今、会長が自室であるスタッフルームへと運んでいる。
 誰もそれを手伝おうとはしなかった。
 いや、鬼気迫る会長の雰囲気に、手伝うことが出来なかったのだ。

「ああ…すまん、ぼうっとしてた。大丈夫だ」

 ハルヒに返事してから俺は周りを見渡す。
 会長が戻ってきた。その顔にはある種の決意のような物が浮かんでいる。

「これで……全員がこの談話室に集まったことになるわけか」

 俺は全員の顔を見回して言った。
 フロントの前に佇んでいるのは新川さん、森さん、会長。
 ソファに腰掛けているのが谷口、阪中、鶴屋さん、朝比奈さん、朝倉、古泉。
 古泉は鎮静剤で眠っていた所を無理やり集合してもらった。
 そして階段に座る俺の右隣にハルヒ。
 これで全員。

 くい、くい、と左側の袖を引っ張られた。
 ん? 左側?


 俺の左隣に高校の制服姿で無表情でショートヘアの女の子がいた。

191 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 12:32:23.43 ID:sDHzCwEM0
「だれだあああああああああ!!!!!!」

 俺の叫び声に全員がぎょっとしてこっちを見た。
 当の女の子は無表情のまま、表情ひとつ変えずこちらを見つめている。

 おいおいおいおい!
 ここに来てまさかの新キャラ登場かよ!!
 犯人は結局隠れていた部外者でしたってオチかぁ!?

「ちょっとキョン、何言ってるの? 有希は最初からいたじゃない」

「ええ!? うそ!?」

「長門さんはミステリー小説家希望の高校生で、インスピレーションを求めてここに一人で泊まりに来てるって言ってたじゃないですかぁ~」

「そうなの!?」

 ハルヒと朝比奈さんが少女の存在を肯定した。
 そうなのか。間違ってるのは俺なのか。
 そうだ、言われてみれば彼女、長門有希さんは最初からこのペンションにいた気がしてきたぜ。
 立て続けに事件が起こったことで、俺は思いのほか混乱していたらしい。

「しかし、何て犯人にうってつけな設定だ……」

「あなたに」

「うん?」

 袖をつまんだままの長門さんが俺に話しかけてきた。

193 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 12:36:07.19 ID:sDHzCwEM0
「あなたに説明しなくてはならないことがある」

「なんて奇遇なんだ。俺も君から説明されなきゃならないことがある気がしていたぜ」

「『あちら』の世界で私の部屋にあのツールが存在していたこと。あれは私の意思ではない」

「……ほう」

「あなたが私に対し、『こちら』の世界に関する何らかのアクションを起こすこと。おそらくはそれがスイッチになっていた」

「………………ほう」

「携帯電話による接触を終えた直後、私の部屋であのツールの構成が始まっていたはず。即座にあなたの元へ向かったことで私はそのことに気付けなかった。……迂闊」

「………………………………………………」

「この件に関して、あなたから誤解を受けることを私という個体は望んでいない。……信じて」


 ぎゃ。

 ぎゃあああああ。


 電波ちゃんだ! この子電波ちゃんだああああああ!!!!!!


197 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 13:00:38.71 ID:sDHzCwEM0
 『あちらの世界』って言った!
 『こちらの世界』とも言ってた!
 何それ! 何それ!?
 あれか?
 前世的な何かか!?
 俺が王子でお前が姫か!?
 あ! でも携帯電話って言ってたな!
 近いな俺の前世!

「誤解しないで」

 もう一度言葉を重ねる長門さん。
 ああ言われなくても大丈夫だ!
 誤解なんてとんでもない! 俺は長門さんをしっかり理解したぜ!

「その呼称も止めてほしい。『あちら』の世界では、あなたは私をそんな風には呼んでいなかった」

「わかったよ姫」

「違う」

 違った。
 正解は呼び捨てだった。普通だな前世の俺。


198 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 13:03:48.38 ID:sDHzCwEM0
「私は」

 おっと、長門の話はまだ終わっていなかったらしい。
 正直もうおなかいっぱいだが、彼女を無碍にして刺激するのも怖いのでちゃんと聞く。

「私はこちらの世界に介入するために能力の大半を行使してしまっているため、このままではシステムの解体に膨大な時間を要する。
 それでは、間に合わない。
 だから、このシステムを停止させるのは、あなた。あなたが、このシナリオをエンディングまで導かなければならない」

「……すまない。もう少しわかるように説明してくれ」

「この事件を解決するのは、あなた」

 つまり、俺に名探偵役をやれってことか。
 ミステリー小説家志望らしい発想だな。
 無理難題だ。分不相応だ。俺なんかじゃ役不足だ。
 おっと、役不足じゃ意味が違うんだったな。
 言い直すぜ。力不足だ。


 ―――努力はするけどよ。これ以上、誰も死なせたくないからな。


199 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 13:08:33.87 ID:sDHzCwEM0
 俺はひとつ大きく息を吸うと、全員の顔を見渡した。

「これで、この談話室にはこのペンションにいる人間が全て集まったことになります」

 俺の言葉に皆が頷く。

「……これから以後、絶対に一人だけで行動するようなことがないようにしてください。トイレはもちろん、どうしても二階の部屋に戻らなければならない事情が出来た時も、必ず二人以上で戻るようにしてください」

「……あの、一体何があったんですかぁ…?」

 俺のただならぬ様子に、朝比奈さんがおずおずと尋ねてきた。
 鶴屋さんと朝倉は気まずそうにそんな朝比奈さんを見遣っている。どうやらまだ何も説明していないようだ。

「喜緑さんが……ついさっき誰かに殴られて……」

 最後まで言う必要はなかった。
 朝比奈さんの顔が蒼白に染まる。その瞳からぽろぽろと涙がこぼれ出した。
 鶴屋さんがそんな朝比奈さんの肩を抱き寄せる。
 古泉が呆然としながら口を開いた。

「一体どうして…? まさか一人で外に出たんですか?」

 先程意識を取り戻したばかりだからだろう。
 古泉はまだ事態の変化に頭がついていっていない様子だった。

「いや、中にいた……でも……」

「……やっぱり、私たちは部屋に戻らせてもらうわ」

 朝倉が周りの人間を疑わしげに見つめながら言った。

200 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 13:12:37.95 ID:sDHzCwEM0
「駄目だ」

「どうして? 私たちは何も関係ないわ!」

 にべもなく却下した俺に朝倉が食って掛かる。
 ……こういうことは言いたくなかったのだが、しょうがない。

「そういうわけにはいかないんだよ、朝倉……さっき喜緑さんが殺されたと思われる時間、二階にいたのは古泉とお前たちだけだったんだ」

「何が…言いたいんだい?」

 鶴屋さんが俺を睨みつけてくる。
 その眼光にたじろぎながらも、俺は続きを口にした。

「つまり……あなた達が喜緑さんを殺した可能性もある、ということです」

 俺の言葉に驚いた顔をみせたのは、鶴屋さんたちや古泉だけではなかった。

「何言ってんのキョン! 鶴屋さんたちに喜緑さんを殺すなんてこと、出来るわけないでしょ!」

 ハルヒの責めるような口調が胸に刺さる。だが俺は続けた。

「……一人でだと難しいかもしれない。他の二人に気付かれる心配もあるしな。だが、三人一緒なら……」

 全員がぎょっとした顔で鶴屋さんたちを見た。

202 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 13:16:30.65 ID:sDHzCwEM0
「ち、違う! 違います! どうして私たちがそんな…! キョン君、なんで…! ひどい!」

 朝比奈さんが傷ついた様子で俺を非難する。いかん、弁明しなくては。

「彼は正論を言ったにすぎない」

 絶妙なタイミングで長門が口を挟む。
 違う。違うんだ長門。今そんなフォローはいらないんだ。

「私たちが犯人だというのが正論、ね……」

 ほら、鶴屋さんが凄い目で俺を睨んできたじゃんか。んも~。
 俺は慌てて鶴屋さんたちに弁明した。

「ちょっと待ってください。そういう可能性もあると言っているだけです。可能性だけの話で言えば、古泉にだって喜緑さん殺害の機会はあった」

 俺の指摘に古泉は疲れたような表情をみせる。

「僕はあなたに起こされるまで鎮静剤で眠っていたんですよ? 正直な所、今も頭痛でろくに頭も回ってくれませんし、歩くのすらままならない状態なんです」

「それは全部演技なのかもしれない。……反論はしないでくれ。俺が言いたいのは、これ以上犠牲者を出さないためには全員一緒にいることが、あらゆる意味でも、必要だということだけなんだ。
 俺たちの中に犯人がいるのかもしれない。ペンションのどこかに隠れているのかもしれない。吹雪の中でこちらの様子を伺っているのかもしれない……いずれにしても、俺たちが全員一緒にいれば、犯人は手出し出来ない」

 俺はあり得る可能性を思いつくままにまくしたててから、

「少なくとも、手を出しにくいはずだ」

 そう締めくくった。

204 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 13:20:41.09 ID:sDHzCwEM0
 みんな黙り込み、お互いがお互いを探るような視線で見合っている。
 ……俺は、間違ったことは言っていないつもりだった。
 だが、俺の言葉が、今のお互いを疑わせる結果を生んでしまっている。
 俺は余計なことをしてしまったのだろうか。
 古泉や女の子三人組が喜緑さんを殺したなどということが、実際問題としてありうるのだろうか。
 可能性は、ゼロではない。
 ガラスの割れる音がした時にはみんな談話室にいたから、古泉にも女の子三人組にも田中さんを殺す機会はなかった。
 それに、機会のあるなしを別にしても、とても人をバラバラにするような時間はなかったはずだ。
 だから、古泉や女の子三人組には田中さんを殺せなかった。が、田中さんを殺さなかったからといって喜緑さんを殺さなかったということにはならない。
 しかし常識的に考えて、見ず知らずの古泉たちが、喜緑さんを殺す理由など考えられない。
 考えられることは……

「あ」

 俺は新川さんの言葉を思い出した。

「新川さん、喜緑さんは田中さんの部屋を見たいと言ってたんですよね? 正確になんと言ってたか、思い出せますか?」

 突然話しかけられて、新川さんは目をぱちくりさせてから、

「ああ、確か…『少し気になることがあるから』……いえ、違いますね。正確には、『ちょっと思いついたことがあるから田中さんの部屋を調べたいんです』と、そう言っていました」

 と、教えてくれた。
 『思いついたこと』。
 それは一体なんだろう?
 田中さんの部屋を調べる……そういうからには当然事件に関係のあることのはずだ。
 そこで彼女は何かに気付き、犯人の正体を知ったんじゃないだろうか?
 そして犯人を問い詰めたか、調べている所を見つかったかして、犯人に殺されてしまった。
 そう考えるのが一番自然な気がする。

206 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 13:25:41.94 ID:sDHzCwEM0
 俺たちの中で田中さんを殺せたのは会長だけだ。
 だが会長には喜緑さんを殺す機会はなかった。
 喜緑さんを殺せたのは古泉と女の子三人組だけだ。
 しかし古泉たちには田中さんを殺せない。

「さっきから何ぶつぶつ言ってるの?」

 ハルヒが怪訝そうに声をかけてきた。

「いや、事件を整理していたんだが……うおっ」

 俺の左隣にいる長門有希がぐりんとこちらに顔を向けた。
 そのまま無言で俺の顔をじっと見つめ続けている。

「そんな期待するような目で見つめられてもな……成果なしだよ。余計に頭が混乱してきた」

「そう」

「余計なことばっかり考えてるからよ。探偵でもあるまいし、事件を変に考えたりしないで、私達は自分の身を守ることだけ考えてればいいのよ」

 と、怒ったようにハルヒ。
 いつものキャラなら自らが名探偵を名乗って事件の解決に乗り出しそうなものだが、こいつは身近な人間の危険が絡むと途端にその積極性を失くす。
 自身の常識を総動員して、周りの皆を守ることを最優先に動くのだ。

「そうなのね」

 珍しく阪中が口を開いた。

207 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 13:29:23.35 ID:sDHzCwEM0
「お互いを疑いあったって、何にもいいことなんてないのね。今はみんなが信じあわなくちゃいけない時だと思うの」

「いーや、阪中。お前は甘いよ」

 そんな阪中を諫めるように言ったのは谷口だった。

「キョンの言う通りさ。どんなに嫌な可能性でも考えて、対応策を用意しとくに越したこたあねえ。
 それをなあなあの、お涙頂戴の、人情ごっこで怠って、それで命を失ったら目も当てれねえよ」

「で、でも谷口くん……」

「でもじゃねえよ。こういう時は女は黙って男に任せてればいいんだ」

 谷口はいつもこうやって阪中を黙らせているんだろうか。
 それとも人前で亭主関白を気取っているだけか?
 ……なんとなく後者のような気がした。

「さっき、あんなことを言っておいて、なんだが……俺だってここにいる皆を人殺しだなんて思いたくはない」

 何となく場に満ちた気まずさを打ち破るように、俺は口を開く。

「でも、このペンションは人の目が全く届かない死角が出来てしまうような巨大なホテルじゃない。加えて戸締りだってしっかりしていた。
 そんな所に、たとえプロの泥棒みたいな人間がいたとしても、誰にも気付かれずに自由に出入りできるなんて考えにくい。
 ……正直言って、俺にはどちらを信じたらいいかわからない。神出鬼没の殺人鬼がペンションのどこかにいるのか。
 それとも一見虫も殺さないように見える人が、実は人殺しなのか。俺には……わからない」

 俺はそう言って首を振った。

208 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 13:32:56.36 ID:sDHzCwEM0
「ククク……」

 心底人を馬鹿にしたような含み笑い。

「まるで自分だけは関係ない、って口ぶりだなKY野郎」

 会長が吐き捨てるように言った。

「……どういう意味です?」

「その通りの意味さ。お前だって容疑者の一人なんだぜ? 偉そうに物を語るのは控えろよ。虫唾が走る」

 会長のあまりの言い様に、俺は少しカチンときた。

「でも俺は夕食後に一度も二階に上がっていないんですよ? 田中さんを殺せるわけが無い! 喜緑さんにしてもそうだ!」

「そんなもの、お前が勝手に言ってるだけかもしれんだろうが。ああ、オーナーの姪が証言したって駄目だぞ? ガールフレンドの証言なんてなんの当てにもなりはしないからな」

「それなら俺も言わせてもらいますがね、会長」

 いいよ、あんたがそんなつもりなら俺だって容赦はしない。

「古泉を襲ったのはあんたじゃないんですか? 古泉は犯人を見ていない。つまり古泉の後ろにいたあんたが一番怪しいんじゃないか?」

212 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 13:35:53.13 ID:sDHzCwEM0
 俺の言葉に会長はせせら笑う。

「そんなわけがあるか。倒れている古泉の所に辿り着いたのはオーナーの方が先だったんだぜ? ですよね、オーナー」

「え? あ、ああ、うん。そうだったかな」

 新川さんは曖昧な返事をした。
 何? そうなのか?
 古泉と一緒に歩いていたのは会長だ。
 当然、会長の方が古泉を襲う機会は多かったと思っていたが……そうなると、新川さんの方こそ怪しいのか?
 当の古泉は探るような視線を会長と新川さんの両方に送っている。

「やめて……もうやめて!」

 叫んだのは、森さんだった。

「これ以上、そんな風にお互いを貶めあうのはもうやめて…! 見てられない…醜いわ、あなた達…!」

 森さんは唇を噛み締め、痛いくらい拳を握り締めている。気丈なはずのその瞳に涙が浮かんでいた。
 新川さんと会長の顔に後悔の色が浮かぶ。きっと俺の顔にも同じものが浮かんでいるだろう。
 ハルヒからむけられる軽蔑の眼差しが耐えがたい。

 ぽっぽ。

 場違いな鳩時計の音が一回。いつのまにか十一時半になっていた。
 外の吹雪は依然として収まる気配も無い。

「テレビ」

 唐突に長門が口を開いた。

218 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 14:04:14.08 ID:sDHzCwEM0
「なんだ長門。テレビが見たいのか?」

 俺が確認すると長門はこくりと頷いた。

「お前、こんな時に何も……いや、そうか。天気予報とか見れるしな」

 それに、今の険悪な空気を変えるのにもいいかもしれない。
 俺は長門の意見を採用し、テーブルの上にあったリモコンを取ってテレビをつける。
 チャンネルを次々と変えていくと、ちょうどニュースのヘッドラインをやっていた。

『全国的に降り続いている大雪で、各地で交通事故、雪崩などの被害が続出していますが、今の所死者は出ていない模様です』

 死者は出ていない。その言葉に、俺たちは自然、二階を見上げる。

『次にお届けするのは銀行強盗のニュースです。昨日、白昼堂々、三友銀行新宿支店を襲い、現金約二億円を強奪した犯人の行方は依然つかめておりません。
 目撃者の証言によれば、犯人は身長165cm前後、痩せ型の男だということです。
 逃走用に使ったと思われる黒のクーペを、警察は、各所に検問を設けて、捜索を続けています』

「そんなもん、一日も経ってたら検問したって意味ねえだろ。今頃は東南アジアかどっかに高飛びしてるんじゃねえか?」

 谷口が鼻を鳴らしながら言った。俺たちの気持ちをほぐそうとして、わざとそんな話をしているのかもしれない。
 俺もその話に乗ることにした。

「現金二億を持って飛行機には乗らないだろう。荷物のチェックの時に一発でばれるだろうし」

「そんなもん、なんとでもなるだろうよ」

「でも」

 ハルヒも乗ってきた。

220 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 14:08:05.40 ID:sDHzCwEM0
「そもそも、日本に居続けようと思うからお金がいるんじゃないの? 外国に行くなら、物価の安い国なんていくらでもあるじゃない」

「まあ確かに、それはそうかもな」

「犯人はどこか田舎町に身を隠してるんじゃないかしら」

「浅い考えだな」

 会長も話に加わってきた。何か会話をしていたほうが気が紛れるのかもしれない。

「田舎町は人の出入りがすぐにわかる。日本に居続けるなら都会にいたほうがいい」

「でも、犯行現場の近くにいたくないのは人情ってもんでしょう」

「そこを堪えられないからみんなあっさり捕まるのさ」

 会長はふん、と鼻を鳴らしながら言った。

「都会でなくとも、人間が大勢出入りする場所はある」

 ぽつりと呟いたのは、長門だ。

「ふうん。それはどんな場所だ? 長門」

「観光地」

「ああ、なるほど。それはあるかもな。例えば……シーズン中の、スキー場…と…か……」

 言いながら、俺はぎくりとした。周りを見る。何人かは俺と似たような表情をしている。
 俺と同じ事を考えたのが、気配でわかった。

221 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 14:12:21.92 ID:sDHzCwEM0
「なんだキョン。どうした?」

 谷口が俺を見遣って言ってくる。

「いや…もしかしたら……ってな。俺の考え過ぎだとは思うが」

 俺は言いよどんだ。
 あまりに突飛な発想だったので、口に出すのが憚られたのだ。

「なんだよおい、言えって」

「笑うなよ? ……あの殺された田中さんって人、逃走中の銀行強盗だったりして」

 誰も笑わなかった。俺は意を強くして新川さんに尋ねた。

「田中さんの身長、どれくらいでした?」

「結構高かったように思います。175cm以上はあったでしょう」

 新川さんはちょっと考えてから、そう答えた。
 175cm……違うか。ニュースでは165cmくらいと言っていた。

「だが確かに、まともじゃない雰囲気はあったな。でかいスキー用のバッグは持っていたが、どう見てもスキーをしに来たという感じではなかった」

 会長がメガネを上げつつそう言った。

「ちょっと待って」

 ハルヒが口を開く。

222 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 14:19:39.77 ID:sDHzCwEM0
「普通、銀行強盗するときって、最低でも運転手は必要じゃない? 田中はきっと運転手の方だったのよ。そして仲間割れして、共犯者に殺された」

「それならあり得るな。ってことは犯人は、165cmくらいで痩せ型の男ってことになる」

 言って、俺はつい皆の体を見回していた。だが、俺たちの中にその体格に合致する人物は見当たらない。
 一番条件に近いのは俺か谷口だが、俺も谷口もギリギリで170cmは超えている。古泉や会長は背が高すぎるし、新川さんも条件には合致しない。
 まあ、元々が短絡的な思い付きだ。俺だってまさか本気でそうだと思っていたわけじゃない。
 しかしハルヒはなおも言った。

「でも、考える方向性はあってたと思うわ」

「方向性?」

「あの田中さんって人、どう見てもスキーをしに来たって感じじゃなかったわ。明らかに人目を避けてたし、何かヤバイ事情はあったのよ」

 銀行強盗じゃないにしろね、と締めくくるハルヒ。それはあの死体を発見した時から俺も考えていたことだ。
 あれは、あんな殺され方は、異常だ。
 あんな光景は、俺たちのような凡人の日常とかけ離れた世界での出来事に決まっていると、俺は信じたかったのだ。
 実際、正気の人間があんな風に死体をバラバラに切り刻もうと考えるか?
 少なくとも俺には無理だ。いくら金を積まれたってお断りだ。たとえ、どんな理由があったとしても……。
 ……ん!?
 俺はふと考え込んでしまった。
 犯人には、田中さんの死体をバラバラにしなければならない理由が、何かあったのだろうか?
 あるとすればそれは……。

1.身元を隠すため?

2.どこかへ運ぶため?

3.恨み?

224 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 14:23:11.67 ID:sDHzCwEM0
 どこかへ運ぶため?
 普通はこれが一番の理由だろう。
 だが今回、田中さんは自分の泊まっている部屋で殺され、死体はそのまま放置されている。
 この理由は当てはまらない。
 ……しかし、何か気になる。
 いくつもの疑問が頭の中で渦巻き、得体の知れない形を取り始めていた。
 つかみとれそうでつかめず、もどかしさで頭がむずむずする。

「スキーなんか来るんじゃなかった……」

 朝比奈さんはまた泣き出している。
 その肩を抱く鶴屋さんの目にも涙が浮かんでいるようだった。

「帰りたい…私、なんにも悪いことしてないのに……帰りたい……」

 泣き声も、もはやすすり泣きにしかならない。
 森さんがふらふらと歩き出した。

「森さん、どこへ?」

 新川さんが驚いて聞く。

「……何か落ち着くようなものでも……ココアか何かを準備しようと思って」

「いやよ! 人殺しかもしれない人がいれた物なんて飲めるわけないじゃない!」

 声を荒げたのは朝倉だった。気丈に耐えているように見えていたが、やはり彼女も相当追い詰められているらしい。

225 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 14:26:25.52 ID:sDHzCwEM0
 森さんは傷ついた様子を見せなかった。

「森さんが犯人なわけないじゃないか。それに、俺たちは今まで散々彼女が作ってくれたものを口にしてるんだぜ?
 森さんが俺たちを殺す気だって言うなら、俺たちとっくに死んでなきゃおかしいだろ」

 俺は朝倉たちを落ち着かせるよう、できるだけ静かな声で言った。

「そうだ、キョンの言うことは筋が通ってる」

 谷口が俺の言葉に頷いてくれた。
 お前、そういう気遣いが出来るならもっと早くから……いや、何も言うまい。

「……すいません、取り乱しました」

 朝倉は渋々ではあったが、森さんに頭を下げた。

「じゃあ私が手伝うわ」

 ハルヒが立ち上がる。
 森さんを一人にしないためには確かに誰かがついていく必要があるのだが……少々不安だ。
 俺がそんな風にハルヒを見上げていると、ハルヒは笑顔を向けてきた。

227 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 14:30:02.02 ID:sDHzCwEM0
「心配要らないわよ。もし犯人が出たら私がふんじばってやるわ」

「何かあったら大声で呼べよ」

「あら、助けに来てくれるの?」

「ああ。白い馬に乗って行ってやるよ」

「ばか。似合わないこと言ってるんじゃないわよ。でも……待ってる」

「おう。期待しとけ」

「未来で、待ってる」

「オチをつけるな」

 貴様、俺に時をかけろというのか。
 ハルヒと森さんがキッチンへ行ってしまうと、しばらく不気味な沈黙が訪れた。

「……これから、朝までこうしているしかないのか」

 会長がぽつりと呟く。俺は頷いた。

「それが一番でしょう。もし犯人が俺たち以外に誰かいるとしたら、マジシャンみたいに神出鬼没な奴です。
 部屋に鍵をかけて閉じこもったって、そんな奴がいるんじゃあとても安心して眠るなんて出来っこない」

「確かに安心など出来ないさ。だが、考えてみろよ。もし犯人が誰にしろ、俺たち全員を殺すつもりだったら、こんなまどろっこしい方法を取ると思うか?
 もしそのつもりなら、まだこんな風に警戒されていないうちにもっとたくさん殺しておくだろう」

「それは……確かに」

229 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 14:36:06.41 ID:sDHzCwEM0
「こういうことも考えられるんじゃないでしょうか……」

 古泉が痛むらしい頭を押さえながら口を開いた。

「残った人間に恐怖を味わわせるのが目的…だと」

「恐怖を味わわせるのが目的?」

「ええ。つまり犯人は僕たち全員、あるいはこの中の誰かに、相当な恨みを抱いていた。
 ただ殺すだけでは飽き足らない。だから、周りの人間から始末していって、散々怯えさせた末に殺す。……そういうつもりでいるのではないかと」

 怯えさせた後で殺す。
 それが本当だとしたら、それは一体どれほどの恨みなのだろう。
 この中に、そんな恨みを買うような人間がいるのだろうか。
 あるいは。
 恨みではなく何か理由があるのか。
 目的の人物を最後に殺さざるを得ないような理由が。

「そんな…それじゃ、私たちみんな……?」

 朝比奈さんがもう見ていられないほど恐怖に顔を歪めている。

「ああ、いえ……どうでしょう」

 古泉は慌てたように言った。

「僕は頭を殴られたわけですが、不思議と殺意のようなものは感じなかったように思います。
 もちろん、他の人が来たからとどめをさせなかったというだけの話かもしれませんが……。
 もしかしたら、無関係な人間を殺すつもりはないのかもしれません」

230 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 14:43:08.26 ID:sDHzCwEM0
「ふざけたことをぬかすな。喜緑は既に殺されている。無関係な人間を殺すつもりはない? 貴様の記憶力は猿以下か」

 会長が古泉に食ってかかった。その声には明らかに怒りが滲んでいる。
 対する古泉は、静かな物だった。

「無関係かどうか、あなたに何故わかるんです?」

「なにぃ…?」

 会長が一歩前に歩み出る。俺は慌てて会長の前に立ち塞がった。

「落ち着いてください会長! 古泉! お前もそんなに刺激するようなことを言うな!」

「……申し訳ありませんでした」

 古泉は素直に頭を下げる。

「別に彼女のことを蔑ろにするわけではないのです。ですが、色々考え合わせると、犯人はどうしても殺さざるを得ない時だけ殺しているような気がしたものですから……」

「殺されなきゃならない理由? 喜緑に、殺されなきゃならないどんな理由があったというんだ」

 それは、自分に言い聞かせるような、呟くような声だった。
 極めて冷静沈着な人物に見える生徒会長。その彼が、喜緑さんが殺されてから、かなり感情的な、攻撃的な物言いになっている。
 会長は、喜緑さんに対して、何か特別な感情を持っていたのだろうか。
 二人をよく知らない俺にはわかりようもないことだった。
 ……そう、これらは全て、演技なのかもしれないのだ。
 彼は喜緑さんを殺しておきながら、疑いをそらすためにこんな態度をとっているのかもしれない。
 冷静沈着な、彼のキャラクターらしく。

231 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 14:47:02.09 ID:sDHzCwEM0
 くそ。最低だな、俺は。
 そんな風に考えた自分に心底嫌気がさした。
 だが全ては犯人の正体が分からないせいだ。
 俺たちの知らない誰かなのか。それとも俺たちの中の誰かなのか。
 それだけでもはっきりしないことには身動きがとれない。
 そういえば、さっきの古泉の言葉の中に気にかかる部分があった。

『犯人はどうしても殺さざるを得ない時だけ殺しているような気がしたものですから』

 どうしても殺さざるを得なかったから喜緑さんを殺した。
 さっきも一度は考えたことだ。
 喜緑さんは何故殺されたのか?
 何かを見たのか? たまたま犯人と出会ってしまったのか?
 俺は真っ先にしなければならないことに思い当たった。
 田中さんの部屋をくまなく調べることだ。
 喜緑さんはあの部屋に行くと言い、そして殺された。
 手がかりはあの部屋の中にあるはずだ。
 出来れば一人でじっくり調べてみたい。しかし、誰も一人にしてはいけないと言った手前、今更そうもいかないだろう。
 もちろん一人になるのが危険だということも分かっている。だが、犯人かもしれない人間を連れて入るのはもっと危険だ。
 では誰と?
 答えはすぐにでた。ハルヒだ。ハルヒとなら、安心して調べることが出来る。
 そのハルヒが森さんとともにたくさんのカップを乗せたお盆を持って戻ってきた。

「お待ちどおさま!」

 ハルヒは精一杯明るい声を出している。
 ついさっきは、同じ事を喜緑さんがしていたのだと思うと不思議な感じだった。
 熱々のココアが全員に配られる。
 朝比奈さんたちは、他の人が口をつけるのを見届けてから飲み始めた。
 暖かくて甘いココアは、ひどく心を落ち着かせる作用があるようだ。心の疲れも、体の疲れも何もかも溶けて流れていくようだった。

233 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 15:02:14.52 ID:sDHzCwEM0
 そうして一息つき、みんな多少落ち着いたらしいのを見届けると、俺はハルヒに言った。

「今からちょっと俺についてきてくれないか?」

「どこ行くの?」

「田中さんの部屋を調べてみようと思うんだ」

 全員が、はっとこちらを向いた。

「何のために調べるんです?」

 新川さんが俺に尋ねる。

「喜緑さんは殺される前、あの部屋に行こうとしていた。そうですね?」

「ええ」

「彼女は多分、何か事件の真相について調べようとしたに違いありません。そして余りに真相に近づきすぎたために殺された。
 だったら俺たちがするべきことはあの部屋を徹底的に調べることだと思うんです」

「それを、お前が?」

 会長が目を細める。

「お前が犯人で、証拠を隠滅しないという保証がどこにある」

「だから、ハルヒを連れて行くんです」

「ガールフレンドが共犯じゃない、という保証もないだろうが」

234 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 15:07:39.81 ID:sDHzCwEM0
「……なら、もう一人連れて三人で行きます。それなら文句はないでしょう」

 俺はそう言って、皆の顔を見回す。さて、誰を連れて行くべきか。
 つんつん、と左袖を引っ張られる感覚。

「……」

 長門がこちらをじっと見つめていた。

「お前が一緒に行くっていうのか?」

 こくりと頷く長門。
 俺は少し迷ったが、結局了解することにした。
 長門有希は、世界がどーだとか言い出す電波な女の子だけど、不思議と信頼できる気がしたのだ。
 俺たち三人が行くことに対して、特に異論は出なかった。

「行くか」

 俺はココアを飲み干して立ち上がった。

「警察の捜査の邪魔になるようなことは控えろよ」

 会長が釘を刺してくる。
 もちろん、なるべくならそうしたい。だが、何を探すかもわかっていない以上、確約は出来ない。
 とりあえず頷いておいて、俺、ハルヒ、長門の三人は二階へと上がった。
 田中さんの部屋の前に立つと、それだけで足元がひんやりしてくる。

「一体何を調べるつもりなの?」

「さあな」

235 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 15:11:34.43 ID:sDHzCwEM0
 ハルヒの問いに曖昧に答えて、俺はドアを開けた。
 風が吹き込む音と、カーテンがばたつく音で部屋の中は騒々しい。
 窓際は相変わらず雪が乱舞していて、部屋の温度はさながら冷凍庫のようだった。

「寒い! こんな格好じゃあと5分といられないわ!」

 ハルヒが震えながら叫ぶ。
 避難するように、まず俺たちはバスルームへ入った。三人は入れないので、バスルームのドアは開けたままだ。
 少し広めのユニットバス。一見しておかしな所はない。
 まずは備え付けてあった石鹸を手にとってみる。石鹸はまだほとんど新品だった。
 洗面台は濡れている。どうやら石鹸は手を洗うのに使ったようだ。
 バスタオルは乾いたままで、使った様子は無い。バスタブにも濡れたあとは無く、使った痕跡は全く無かった。
 洗面台の下、洋式便器の中まで覗くが怪しい物は何も見当たらない。
 天井を見上げると四角い切れ目があった。天井裏があるのだ。
 当然、そこまで調べる必要があるのだろうが……さて、どうするか。
 迷っているとまた服の袖をつんつんと引っ張られた。
 長門有希がじっと俺の顔を見て、それから天井裏への入り口に目を移す。

「……お前が覗くっていうのか」

 こくりと頷く長門。

「……まさか、俺にお前を肩車しろと?」

 こくりと頷く長門。

「よし、じゃあ……」

 そう言って屈んだ所でハルヒに背中を蹴り飛ばされた。
 バスタブに顔面が直撃する。悶絶いてえ。

236 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 15:17:59.17 ID:sDHzCwEM0
「な、ななな、なにばかなことやってんのよ!」

 何故か声を荒げて俺を罵倒するハルヒ。
 どうでもいいがお前ちょっとは加減しろ。
 俺鼻血出てきちゃっただろ。

「なんだよ、何でお前怒ってるんだ」

 俺はシャワーでバスタブについた血を洗い流しながらハルヒに問う。

「アンタ本気で言ってんの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「むう、俺は馬鹿ではないし死ぬつもりも無いぞ」

「じゃあ、目が腐ってるのね。有希の格好をよく見なさいよ!」

 言われて気付いた。
 どこぞの高校の制服姿の長門有希。
 ばっちりスカートである。
 肩車なんてしたらとんでもないことになるのは間違いない。

「仕方ない。ならハルヒ、お前が覗いてくれるか?」

「私の太ももの感触を楽しもうってのね!? なんてマニアックな変態なのかしら!」

 どないせえっちゅーんじゃ。

237 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 15:23:48.75 ID:sDHzCwEM0
 長門がふるふると首を振った。

「あなたよりも私の方が体重は軽い。彼への負担はなるべく軽減するべき」

「なっ!? 何言うのよ! 私そんなに重くはないわよ!」

「私とあなたの生体重では4kgもの差が生じている。ちなみに私の体重は」

「うわぁ~!! ストップストップ!! ちょっと有希黙んなさい!!」

 狭いバスルームで押し合いへし合いする俺たち。

「だ、大体有希はスカートなんだから、駄目よ! 肩車なんてしたら、キョンの首元に生パンを押し付けることになっちゃうわよ!」

「私はかまわない」

「え、えっち! 有希ってえっちな女の子だわ!!」

「おい、どうでもいいから早くしようぜ」

「なによ! ならアンタがどっちにするか選びなさいよ!」

 マジか。マジだ。マジっぽい。
 ハルヒと長門がじっと俺を見つめてくる。
 どうする…?

1.ハルヒを肩車する。

2.長門を肩車する。

238 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 15:29:03.85 ID:sDHzCwEM0
 あくまで常識ある人間でいたい俺はハルヒを選ばざるをえなかった。
 俺がしゃがむと、ハルヒが俺にまたがった。
 ハルヒのほどよくむっちりした太ももの感触がジーンズ越しに伝わってくる。

「え、えっちなこと考えたら承知しないからね!」

「考えてない考えてない」

「ぼ、ぼっきしたら蹴り潰してやるから!」

「俺の股間の確認はいいから早く天井裏を確認しろ」

 ハルヒは頭上の四角い板を外して、天井裏に首を突き出した。

「何かあるか?」

「……なんにもない。なーんにも」

 これだけ苦労しておいて徒労に終わったわけだが、バスルームに何も無いことはわかった。
 俺はハルヒを下ろし、ずっと俺のそばで待機していた長門を伴い、バスルームを出る。
 次はクローゼットの中を調べることにする。
 人が隠れていないのは既に調査済みだが、荷物や服までは検分していない。
 カーテンを開け放ち、三人で中を覗き込んだ。
 ハンガーには、グレーのコートがかけられているだけだ。その下に、スキー用の大きなキャスター付きのバッグが置いてある。
 俺はしゃがんで手を伸ばし、バッグを引き寄せて中身を確認する。
 何も入っていない。脇のポケットなども調べるが、紙切れ一枚出てこない。

「犯人が盗んだのね」

「だろうな」

239 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 15:33:28.55 ID:sDHzCwEM0
 俺はハルヒの言葉に同意する。

「しかし何を盗んだんだろうな」

「二億円……かしら?」

 どうやらハルヒはさっきの銀行強盗の話がまだ頭に残っているようだ。

「着替えが無い」

 長門が口を開く。
 言われてみれば確かに、着替えが無いのはおかしい気がする。いくらスキーする気が無かったとしても、着替えくらいは持ってきそうなものだ。

「用意する暇も無かったんじゃない? よっぽど急いで逃亡したのね、きっと」

 ハルヒは言いながらつるされたコートのポケットを探っていた。

「財布なんかもないわ。それも盗っていったのかしら」

「身元がわからないようにしたのかもしれないな」

 次は部屋の中を調べてまわるが、特に異常は見つからない。ベッドの下まで覗き込んだが何も目新しい物は見当たらなかった。
 あとは、死体のある窓際だけだ。
 俺は目を閉じて、一度深呼吸してから窓際に向かう。
 窓際は降り込む雪がすっかり積もってしまっていた。バラバラ死体は雪に埋もれて見えなくなっている。
 ぐ……ここまで来た以上、死体を確認しないわけにもいくまい。
 俺はごくりと唾を飲み込んでから、恐る恐る雪を払いにかかる。
 死体に触るなんて絶対にごめんこうむりたかったが、思いっきり指先に凍りついた髪の毛が触れてしまった。
 ぐあ、と思わず声を漏らしてから、そこからさらに慎重に雪を払い落としていく。
 バラバラの死体が次第にその全容を現してきた。

242 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 15:37:17.35 ID:sDHzCwEM0
「ぐっ…!」

 俺は込み上げてくる吐き気を押さえ、バラバラ死体を観察する。
 何故かどこかで見たことがあるような気がする、その死体を。
 窓から降り込む雪が、少しずつ少しずつ死体に降り積もっていく。
 あれ、待てよ?
 俺はふと思う。
 あれだけ雪が積もっていたということは、喜緑さんはこの死体には手を触れてはいないってことにならないか?

「何かわかりましたか?」

 かけられた男の声に、俺はおや、と思いながら振り返る。
 部屋の入り口に、いつの間に上がってきたのだろう、古泉が立っていた。

「なんだ、お前も来たのか古泉」

「なんだとは随分な言いようですね……僕に同行するよう求めたのはあなたでしょう?」

 古泉はよくわからないことを言う。

「あれ?」

 俺は部屋を見回し、ハルヒに尋ねた。

「長門はどこ行った?」


243 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 15:41:14.48 ID:sDHzCwEM0
 ハルヒは困惑したような顔で俺を見る。

「キョン、何言ってるの?」

「おいおい、そりゃ俺のセリフだろう。長門だよ長門。さっきまでここにいたろ」

 「トイレか?」とハルヒの頭越しにバスルームに目を向ける俺。
 そんな俺をハルヒは困惑を通り越して怯えすら顔に浮かべて凝視している。

「な、なんだよ。どうしたんだよハルヒ」

 さすがに俺もそんなハルヒの様子にただならぬものを感じ始めた。

「ねえ、キョン……」

 ハルヒは恐る恐る、といった様子で口を開く。


「長門……って誰よ?」


244 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 15:43:49.57 ID:sDHzCwEM0
 ――瞬間、俺の中で時間が止まった。

 頭の中で、何かが弾けた。

 駆け出す。入り口にいた古泉を押しのけ、廊下に飛び出す。

 たったひとつだけあった、誰も泊まっていないはずの空き部屋。

 何故か俺の足は吸い込まれるようにそこへ向かい―――

 ドアを開ける。








 そこで、長門有希が床に転がっていた。




248 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 16:01:14.71 ID:sDHzCwEM0
「長門ぉ!!」

 俺は長門のそばに駆け寄って、その体を抱き起こす。
 長門の顔は、その左側がぐしゃぐしゃに潰れていた。
 まるで、何度も何度も執拗にその部分を殴られたかのように。
 赤く染まった口から、ひゅうひゅうとか細い呼吸音が聞こえてくる。

「長門! 大丈夫か、長門!!」

 長門のかろうじて無事な右目がうっすらと開く。
 長門は俺の顔を見ながら、ぱくぱくと口を開いた。
 何も聞こえない。違う。もう声が出ていないんだ。

「喋るな長門! 今新川さんたちを呼んでくるから……!」

 俺が止めても、長門は口を動かすのをやめようとはしない。
 長門がだらりと下がっていた腕をゆっくりと持ち上げた。
 息も絶え絶えに。
 おそらくは全身全霊を振り絞って。
 そして、その震える指先が俺の頬に触れ―――



 バチン、と電流を流されたように、俺の体が震えた。



250 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 16:02:53.02 ID:sDHzCwEM0


 頭の中で、全てが繋がった。



 何もかもを思い出した。



 何が有意義なキャンパスライフを送る大学生だ。





 ――――俺は、SOS団の、団員その1だ。



251 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 16:07:45.28 ID:sDHzCwEM0
 全てを思い出した俺は、全てを思い出したが故に、目の前の光景を認められずにいた。

「長門……」

 呆然と名を呼ぶことしか出来ない。
 そんな俺に、長門がほんの少しだけ微笑みかけたような気がした。
 それが、最後。
 俺の頬に触れていた長門の手がとさりと床に落ちる。
 それから長門はもう二度と目を開かなかった。

「長門……!」

 ぼろぼろと、俺の目から涙が零れ落ちる。

「うあ」

 胸に込み上げる激情を、抑えることが出来ない。

「うあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 叫んでいた。
 俺は形振り構わず声を上げていた。

256 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 16:16:54.64 ID:sDHzCwEM0
「ごめん…ごめんな…長門……!」

 口をついて出るのはただひたすらに謝罪の言葉。
 長門は俺を助けるために、この世界に介入してきてくれたのだ。
 そのために能力のほとんどを制限されて、ただの女の子になってまで、俺のところに駆けつけてきてくれた。
 それを、俺は、電波だなんだと馬鹿にして、ちっとも長門の言葉を信用しようともしないで。
 結果が、これだ。
 俺は、最低だ。
 長門の体が輝きだす。
 元の世界で長門が喜緑さんにそうしたように、長門の体が光の粒子となって消えていこうとしている。

「駄目だ。待て、長門。行くな。消えるな」

 足掻くように懇願してみても、何の能力も持たないただの一般人である俺にはどうすることもできない。
 光を留めようと手を伸ばしても、光の粒子は指の間をすり抜けていくばかり。
 ほどなくして、長門の体は完全に宙に溶けて消え失せた。

「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 ガツン、と床に思いっきり拳を叩きつける。
 拳に血が滲むが、知ったこっちゃない。
 沸騰した頭を静めようともせず俺は立ち上がり、部屋を飛び出した。


257 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 16:23:38.28 ID:sDHzCwEM0
 廊下にはハルヒと古泉も出てきていた。

「キョン……」

 心配そうに俺を覗きこんでくるハルヒに目もくれず、俺はさっさと階下に向かう。
 階段を駆け下りてくる俺を、何事かと談話室にいた皆が注視する。
 その中で、『ソイツ』も目を丸くして俺を見ていた。
 それが、ますます俺の脳みそに血を上らせる。
 そ知らぬ顔をしやがって。白々しいんだよこの野郎。

「朝倉ぁぁああああああああああ!!!!!!」

 俺は、怒りに任せ、朝倉の胸倉を思い切り掴み上げた。

「あう…!」

「今すぐ俺たちをこのくそったれなゲームから解放しろ!!」

 うめき声を上げる朝倉に構わず、俺はその目を強く睨みつけた。

259 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 16:30:40.55 ID:sDHzCwEM0
「は、はなして…! いたい……!」

「痛い? 笑わすなよ……長門をあんな風にしといてよぉ!!」

 カッとなった俺は思わず右手を振りかぶる。
 ―――瞬間、俺の右腕は後ろ手にねじ上げられていた。

「あぐ…!」

 痛みに思わず声を漏らしながら、俺は肩越しに背後を確認する。

「何のつもりだい?」

 鶴屋さんだった。
 かつて、ハルヒが消失したあの冬の日。
 朝比奈さんに迫った俺を撃退したあの時と同じ目で、鶴屋さんは俺を睨みつけていた。
 ついでに言うなら朝比奈さんもあの時と同じ、怯えきった目で俺を見つめている。

「りょーこちんから手を離すっさ」

「ぐっ…!」

 さらに強く右手をねじ上げられ、俺は左手で掴み上げていた朝倉を解放する。

「けほっ、けほっ……! ひどいわ……いきなり何するの、キョン君……」

 どすんとソファに尻餅をついた朝倉は目に涙を浮かべ、喉元を押さえながらそんなことをほざいた。
 その態度が、俺の理性を完全に吹っ飛ばした。

261 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 16:36:49.98 ID:sDHzCwEM0
「ふざけんなッ!! 白々しいんだよッ!! お前だろうが! 全部、全部、お前がやったんだろうがぁ!!」

 俺の言葉に全員が息を呑んで朝倉に目を向ける。
 全員の視線を受けた朝倉は目を見開き、絶句していた。

「そ、そんなはずありません! 朝倉さんは、朝倉さんはずっと私たちと一緒にいました! ちゃんとアリバイがあります!」

 朝比奈さんが顔を蒼白にして反論してきた。

「それに、それに、朝倉さんはそんな、人を殺したりできるような人間じゃありません!」

「そりゃあそうさ! 何しろコイツはマジで人間じゃないんだからな!!」

「え…?」

「なあ、そうだろう朝倉涼子。情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース!
 アリバイだなんだとくだらない。お前なら、どうにでも出来るもんなぁそんな些細なこと!!」

 朝比奈さんは、いや、この場にいる全員が言葉を失った。
 皆、完全に俺を狂ってしまった人間を見る目で見ている。
 構わない。構うものか。
 長門をあんな目にあわせてのうのうとしやがって。
 許さない。
 許せるわけが、ないだろう―――――!!

「おああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 鶴屋さんの拘束から逃れようと全力で身をよじる。

 パアン――! と頬に衝撃が走った。

263 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 16:42:34.45 ID:sDHzCwEM0
「あ…?」

 ハルヒが俺と朝倉の間に割って入ってきていた。
 頬を張られた衝撃が、段々とヒリヒリした痛みに変わっていく。

「ハルヒ……? うおっ」

 呆然としていた俺の頭を、ハルヒがその胸にかき抱く。
 ハルヒの体は震えていた。

「しっかりしてよ……」

 その声は、涙交じりの声だった。

「あんたまでそんなになっちゃったら、私は誰を信じたらいいのよ……」

 ハルヒが、あのハルヒが、こんなにも弱々しい、懇願するような声を上げている。その事実が、沸騰していた俺の頭を急速に冷めさせた。
 ……何をやっているんだ俺は。
 白馬で迎えにいくなんて王子様を気取っておいて、この体たらくか。
 馬鹿が。冷静になれ。こんな力ずくで事態が解決していたんなら、長門がとっくにやっていただろう。
 そうだ。この世界から脱出するためにはちゃんとした手順が存在する。
 長門の言葉を思い出せ。

『このシステムを停止させるのは、あなた。あなたが、このシナリオをエンディングまで導かなければならない』

『この事件を解決するのは、あなた』

 そうさ。そのために、長門は最後の力を振り絞って俺を元の世界と繋げてくれたんじゃないか。
 それを無駄にするわけにはいかない。ああ、やってやる。やってやるとも。
 俺は、やる時はやる男なんだ。

264 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 16:48:30.78 ID:sDHzCwEM0
 そうして、ハルヒに抱きしめられたまま俺は決意を固めたわけなのだが……。
 冷静になると、この体勢、どうしても意識してしまうものがあった。
 俺は今、ハルヒの柔らかいおっぱいの感触を、顔全体で余す所なく味わってしまっているわけだ。
 それどころではないと知りつつも、生物としての生理的反応でよからぬことを考えてしまったりなんかしちゃったりして……。

 バガァン!! と顔面を床に叩きつけられた。

「今ちょっとえっちなこと考えてたでしょ! ばか! すけべ! エロキョン!!」

 俺の頭部を床に叩きつけ、あまつさえごりごりと押さえつけるハルヒ。
 突然荒っぽい真似をするんじゃないこんにゃろう。
 鶴屋さんの拘束が緩んでいたからよかったものの、下手すれば腕が折れていたぞこんにゃろう。
 というか、なんかこの世界のお前は貞操観念が強すぎないか?
 元の世界じゃ男子の前で平然と着替えを始めるような女だった癖に。
 こっちの設定じゃお前(俺もか)大学生だったな。それまでの数年でお前に一体何が起こったんだ。

「みんな、ごめんね。この平伏に免じて、さっきのコイツの奇行は許してやってくれないかしら」

 俺の頭をぐりぐりと床にこすり付けつつハルヒはそんなことを言う。
 俺はハルヒの手を振り払い、立ち上がった。
 皆の顔を見回す。やはり奇異の目で見られることは避けられない。
 俺はもう一度、今度は自分の意思で頭を下げた。

「すまなかった。あまりに凄惨な死体を目の当たりにして、パニックを起こしてしまったんだ」

「そんな脆弱な精神でよく部屋を調べに行くなんて言えたものだな」

「返す言葉もありません」

 吐き捨てられた会長の言葉にも、俺は素直に頷く。

266 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 16:54:26.25 ID:sDHzCwEM0
「もうこんな真似はしないと誓う。本当に迷惑をかけた」

 俺は再度皆に向かって頭を下げる。
 それで、ようやく皆は俺が冷静になったと認めてくれたようだった。
 ただ、俺は一度も朝倉の方を見ようとはしなかった。
 本来もっとも謝罪すべき対象であるはずの朝倉に頭を下げることを、俺は拒絶した。
 確信があったからだ。
 ペンションで起こった出来事が現実世界にフィードバックするこのくそったれなシステム。
 その管理者は間違いなく朝倉涼子、お前なんだ。
 長門はこの世界に介入し、同時に最初から『長門有希』という高校生がいたのだと全員の認識を改竄した。
 そしてこの世界から長門を退場させた『何者か』は、喜緑さんや国木田の時とは異なり、『長門有希』という存在そのものを消去した。
 それは言わば『世界そのものの改竄』にほかならない。
 そんな真似が出来る『何者か』なんて、このメンツの中ではお前しかいないんだ。
 見ていろ、くそったれ。
 お前が何の目的でこんなシステムを立ち上げたのかは知らないが、俺がお前の目論見を台無しにしてやる。
 長門の――いや、長門だけじゃない。喜緑さんと、そして国木田の仇は、俺が必ずとって――――

 ―――待てよ?

 そこで俺は、奇妙な引っかかりのようなものを感じた。
 なにか、なにかおかしくないか?
 何だこの―――違和感は。
 何かがおかしい。この事件には、どうしようもない矛盾が存在している。
 おかしいのは……一体何だ?

1.国木田の死

2.喜緑の死

3.長門の死

269 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 17:00:57.72 ID:sDHzCwEM0
 おかしいのは、国木田の死だ。

 ―――そうか。

 違和感の正体にはっきり気付いた時、俺にはこの殺人事件の真相が全てわかった。
 だが、これはとても推理なんて呼べたシロモノじゃない。
 これは長門によって元の世界と繋げられた俺だからわかったこと。
 全ての登場人物が俺の知り合いだったということが推理の土台になってるっていうんだから、これはとんでもない裏技だ。
 恐らく、本来の「かまいたちの夜」の主人公(確か透君だったか)はきちんとしたロジックの積み重ねの末にこの結論に至るのだろう。
 それを思うと若干後ろめたい気持ちにならなくもないが……いや、ならないか。
 この世界から脱出するのに、手段なんて選んでいる余裕はない。

「どうしたの?」

 ハルヒが俺の顔を覗き込んでくる。

「いや……」

 俺はハルヒに曖昧な笑みを返した。

「何よ。何かあったならはっきり言いなさいよ」

 ハルヒの顔がにわかに曇る。
 さっきの俺の暴走を思い出しているんだろう。

271 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 17:05:17.37 ID:sDHzCwEM0
「大丈夫だ。俺は平静だよ」

 俺は努めて声を押さえ、言った。

「そう? でも、そうは見えないわ」

「まあ、正直に言えば少し戸惑ってはいる」

「戸惑う? どうして?」

「……わかったんだよ。全ての事件の真相が」

 ぎょっ、と全員の目が再び俺に集中した。
 そんな中で、ハルヒが疑わしげに口を開く。

「ほんとに? じゃあ、田中さんを殺した犯人もわかったっていうの?」

「田中さん……田中さん、ね」

 俺はハルヒの問いには答えず、皆の顔をぐるりと見回した。
 犯人である可能性がある人物は……ただ一人。
 俺は言った。

1.「犯人は俺だ」

2.「犯人は……お前だよ、ハルヒ」

3.「犯人は当然俺でもなければハルヒでもなく……」

272 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 17:07:54.82 ID:sDHzCwEM0
「……お前が、犯人だったんだな」

 俺にそう言われたソイツは、しばらく自分のことを言われているとは思わなかったようだった。

「……もしや、僕のことを言っているのですか?」

 たっぷり3秒ほどの沈黙の後にソイツは――――









 古泉一樹は、ようやく口を開いた。




274 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 17:12:59.07 ID:sDHzCwEM0
「ああ、そうだ。一連の事件の犯人はお前だよ、古泉」

 俺はもう一度、はっきりと宣言する。

「冗談で言っているわけではないようですね」

「俺は全く持って真剣さ。加えて言っておくが頭は全くの正常だぜ」

「正常というわりにはあまりにひどい物言いじゃありませんか? 僕は被害者なんですよ?」

「ああ、頭の怪我のことか。そりゃ自分でやったんだろ?」

「これはこれは。随分と身も蓋もないことを言いますね」

「そう考えるのが一番自然なんだよ。死体をバラバラにするほどの手間をかける犯人だぜ?
 自分が疑われるかもしれない状況で、中途半端に殴るような真似をすると思うか?
 まあ、お前が必死で抵抗したって言うんならまだわかるが、お前は犯人を見ていない。つまり不意打ちされたって言ってたよな」

 はっきり言ってしまえば古泉が生きていることそれ自体が理に合わないのだ。
 犯人は、喜緑さんを悲鳴ひとつ上げさせずに殴り殺すほどの力を持っているというのに。
 古泉は笑みを浮かべた。

「それだけはっきりと断言する以上、明確な根拠があると思っていいのでしょうか?」

「もちろんだ」

 俺は頷いた。

275 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 17:19:21.09 ID:sDHzCwEM0
「ならば聞かせていただきましょう。ペンションに到着して以降、ずっとあなた達と行動を共にしていた僕がどうやって田中さんという人を殺害したのか。
 僕はいかにしてそんな不可能犯罪を成し遂げたというのか。実に興味深いですね。ああ、先に言っておきますが」

 古泉は笑みを浮かべたまま、俺を見据えて言った。

「僕に離れた人間を殺せるようなトンデモ超能力なんて備わってはいませんよ」

 ああ、もちろんそんなことは言わないさ。さあ、解決編を始めよう。

「順序良くいこうか。まずは俺たちの知らない第三者が犯人だという線を消しておこう。
 二階のバラバラ死体が発見された後、俺たちはペンションの中を隅から隅までチェックして、犯人が侵入していないことを確認している。
 にもかかわらず、喜緑さんは二階で殺されてしまった。つまり犯人は何かしらの方法でこのペンションの中に再び舞い戻ったということになる。
 もし犯人が俺たちの知らない第三者だとしたら、そいつはどうやってまたこのペンションへ入ってきたんだろうか?」

「そんなもの、二階の割れた窓からに決まってるだろう」

 そう答える生徒会長の顔は、何を馬鹿なことを言っているんだと言わんばかりだ。

「その通りですよ会長。しかし見てください。ご存知の通り、俺はついさっき田中さんの部屋に入ってきた。
 わかります? 足が濡れてるんですよ。窓際は随分雪が積もっていましたからね。
 水滴が床に染みを作ってしまっているのがわかるでしょう? この染みは、暖房が特に効いたこの談話室でも未だ乾いてはいない。
 少し部屋に入っただけの俺でさえこうなんだ。外から舞い戻った犯人が廊下に出れば、もっと分かりやすい足跡が残ったろう。誰か、喜緑さんが殺された前後で、こんな染みを二階で見かけた人がいますか?」

 少し間をおいて返事を待つが、誰も何も答えようとはしない。

「つまり、犯人が二階の窓から出入りしているなんてことはありえない。第三者の出入り口が二階の窓に限られる以上、これで犯人が俺たち以外の誰かだという線は消える」

「ちょっと待てよ。じゃああのガラスが割れた音はなんだったんだ? 犯人はあの時に中に入ってきたんじゃねえのかよ」

 谷口が疑問を口にする。

276 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 17:24:55.48 ID:sDHzCwEM0
「そう思わせることがまさしく犯人の狙いだったわけだ。その目論見は、喜緑さんを殺してしまったことでこうしてご破算になっちまったがな。
 まあしかし、そもそも考えてみれば、あの時に犯人が侵入してきたっていうのも考えづらいことなんだ。
 ガラスの割れる音が聞こえてから、俺たちが田中さんの部屋に入るまで15分程度しかかかっていない。
 そんな短時間で田中さんを殺し、バラバラにすることなんて出来っこないだろう?」

「そういえば、そんな話もしたな」

 谷口の言葉に俺は頷く。

「犯人は中に入るためにガラスを割ったんじゃない。かといって外に出る時にガラスを割る必要はないだろう? だから、ガラスは犯人が意図的に割ったとしか思えないんだ。
 それがつまり、俺たちに『あの時犯人はペンションに入ってきたんだ』と思い込ませることで、実際の犯行時刻を誤認させてアリバイを作るためだったわけだ」

 言いながら、俺は古泉の様子を確認する。
 古泉はやれやれ、と肩をすくめた。

「話がちっとも前に進みませんね。実際の犯行時刻がいつだろうが、僕には関係ありません。
 15分程度では人を殺し、あまつさえバラバラにすることなどできない。あなた自身が今言ったことです。
 僕がペンションに到着してから、荷物を置きに二階に上がったのはほんの数分のことですよ?
 それに、音が聞こえたときに談話室にいた僕が、どうやって二階のガラスを割ることが出来たというんです?」

「そうだな。どう考えても、お前に田中さんは殺せないよ」

 俺はあっさりと古泉の言葉を肯定した。

「おいおい」

 会長が鼻白む。俺はそれを無視して続けた。

「俺は死体を発見したときと、さっき部屋を調べに行ったときと二回田中さんの部屋に入っている。
 窓ガラスが割れていることと、窓際に死体があること以外、俺たちの部屋とそう変わらない部屋だ。でも、それっておかしくないか?」

277 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 17:29:46.69 ID:sDHzCwEM0
「何がよ?」

 ハルヒが首を傾げた。

「血の跡が無さ過ぎるんだよ。人一人バラバラにしてるんだぜ? 綺麗に拭い去ろうったって床にはカーペットが敷き詰めてあるんだ。
 いくら犯人が染み抜きの達人だっていっても、もっとわかりやすい跡が残るはずだろうさ」

「それは……確かにそうね」

「だから俺は、犯人はバスルームで死体を切断して窓際に運んだのだと思っていた。
 だが、バスルームは血液どころか水滴さえついていなかった。犯人はバスルームで切断したんじゃなかったんだ」

「なら……一体どこでやったというんだい?」

 鶴屋さんが顎に手を当て、ふうむとうなりながら聞いてきた。
 あんな醜態を晒した俺の言葉を皆がどれだけ真剣に聞いてくれるかが気がかりだったが、どうやらそれは杞憂ですんだらしい。

「わかったわ!」

 ハルヒが声を上げた。

「外で殺したのね? 外で殺して切断した後、窓の外から死体を放り込んだのよ!」

「……いや、割れたガラスはほとんど中に落ちていなかったから、それはないだろう」

 俺は少し考えてから、その可能性を否定した。

「バスルームでもなければ外でもない。じゃあ犯人はどこで死体をバラバラに出来たというんだ」

 会長がいらいらしたように言う。

278 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 17:34:35.71 ID:sDHzCwEM0
「出来なかった、と言ってるんです」

「なに…?」

 俺の言葉に会長を始め、皆ぽかんと口を開けた。
 まさに鳩が豆鉄砲を食らったような、という顔だった。

「バスルームじゃない。部屋の中でも外でもない。つまり、田中さんをバラバラに出来た場所など存在しない。
 その事実は、俺たちの中の誰も田中さんを殺してないし、死体をバラバラにもできなかったということを意味している」

 しばらく沈黙が続いた。
 やがて谷口がはん、と鼻を鳴らす。

「おいおい……まさかキョン。お前結局『かまいたち』みたいなのが田中さんを殺したんだとか言い出すんじゃないだろうな」

「もちろん違う。俺が言いたいのは、田中という人物は殺されもしなかったしバラバラにもされなかったということさ」

 そこまで言って、俺は再び古泉に目を向ける。


「なあ、そうだろう? ―――――『田中さん』よ」

279 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 17:39:38.47 ID:sDHzCwEM0
 全員が絶句して古泉を見る。

「どうやら……本当に真実にたどり着いているようですね」

「あまり褒められたやり方じゃなかったがな」

 古泉はふっ、とその顔に笑みを浮かべた。
 そんな古泉に、俺も笑みを返してみせる。

「こいつが田中だと…? なら、上で死んでいるのは誰なんだ」

 会長が口にする当然の疑問。
 『上で死んでるのは俺のクラスメイトの国木田というんですよ』なんて答えるわけにはもちろんいかない。
 それはこの世界の俺には知りえるはずのないことなのだから。


 ――――田中さんの身長、どれくらいでした?

 ――――結構高かったように思います。175cm以上はあったでしょう。


 反則過ぎるよな。
 バラバラになった被害者のことをよく知っていた、なんて。
 ありえないんだよ。
 国木田が『田中さん』だ、なんてことは。
 国木田の身長は、170cmにやっと届くくらいの俺や谷口よりさらに低いんだぜ?

280 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 17:43:58.17 ID:sDHzCwEM0
 国木田が『田中さん』なんてことはありえない。
 ならば『田中さん』は誰なのか。
 消去法。
 古泉以外の人間は『田中さん』がいた時からこのペンションにいた。
 しかし古泉が来てから『田中さん』は一度も確認されていない。
 身長も―――合致する。

 論理(ロジック)の積み重ねで答えに至るのではなく、答えありきで論理(ロジック)を積み重ねる。
 は。
 まったく、邪道極まりないぜ。

「誰かは知りませんが、田中さんでないことは確かです」

 俺は会長にぬけぬけとそう答える。

「あの死体は田中さん、つまり古泉が殺してバラバラにしたんですよ。思えば、死体のそばにサングラスが落ちていたことなんて、いかにもわざとらしい」

「田中だと思わせるためにわざと置いたってことか」

 谷口がなるほどというように頷く。

「でも、その殺された人は一体いつペンションの中に入ってきたのよ。誰も侵入しなかったってさっき言ったばかりじゃない」

 ハルヒが重要な点をついた。


282 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 18:01:03.17 ID:sDHzCwEM0
「もちろん、正面玄関からさ。きちんと戸締りがされていた以上、そこしかない」

 そう答えた俺に、新川さんは首を横に振る。

「それはありえません。正面玄関から入れば絶対に誰かに、少なくとも私たち従業員の誰かにわかるようになっています」

「誰かと一緒に入れば別でしょう? バラバラにされた国……彼は、『田中』に扮していた古泉と一緒に入ってきたんです」

「いえ、田中さんが来たとき、彼は間違いなく一人でしたよ」

 新川さんは断言する。俺は言った。

「スキーバッグの中は調べましたか? ……被害者はそこにいたんですよ。既に殺され、バラバラにされた姿でね」

 ごくり、と誰かが息を呑む音が聞こえた。

「そう。『田中』のバッグが空になっていたのは盗まれたからじゃない。そこに入っていたのはもう既にバラバラになったあの死体だったんだ。そもそも死体をバラバラにしたのは、運びやすくするためだったのさ」

「窓は? 窓が割れた音がしたとき、古泉君は私たちと一緒に談話室にいたわ。彼は一体どうやって二階の窓を割ることが出来たの?」

 ハルヒが最後の謎に触れた。

「それに答える前に、少し古泉の行動を整理しておこう。『田中』に扮していた古泉は、夕食後、自分の部屋に戻ってから死体を窓際に置き、ある仕掛けをした後窓から外へ飛び降りた。
 そして、離れたところ隠しておいた車に乗って少し走り、駅にいると偽ってどこかの公衆電話から電話をかけた」

「ある仕掛け?」

「それが、さっきの疑問の答え……窓ガラスが自動的に割れるような仕掛けさ」

286 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 18:07:28.98 ID:sDHzCwEM0
「そんなこと……出来るの?」

 顎に指を当て、首を傾げるハルヒ。

「あるものを使えばわりと簡単に出来ると思う」

「あるものって?」

「古泉は雪を使ったのさ」

 どさり、と屋根から雪が滑り落ちる音を思い出しながら俺は言う。

「雪? 雪をどうやって使うのよ」

「正確にはわからんが、おそらくこういうことだったんじゃないかと思う。
 『シュプール』の客室の窓は外開きするタイプの物だ。犯人はその窓の片側から出るとする。
 そして、もう片側は風で煽られても動かない程度に固定しておく。それからその取っ手に1mか2mくらいのロープを軽く引っ掛ける。
 そのロープの、取っ手に引っ掛けた方の反対側には何か平べったい板のような物……バッグの底板のようなものをつないでおくんだ」

「窓と板をロープでつなぐわけ? それをどうするの?」

「外へ飛び降りる前に、その板は屋根に積もった雪の中に突っ込んでおくのさ。
 そうすれば、ある程度時間が経った段階で雪は滑り落ち、当然一緒に板も落ちる。
 窓は勢いよく引っ張られ、外壁に叩きつけられて……ガシャン、というわけだ。
 板とロープは窓から外れて雪の下に埋もれてしまう。
 その時間を古泉は12時頃と予想していたんだろうな。だから脅迫状にはあんな風に書いていた。
 結果的に時間はズレてしまったが、アリバイを作るのには間に合ったんでそれは大した問題にはならなかった。
 外で襲われたふりをしてみせたのは、あの部屋の下あたりをあまり調べてほしくなかったんでやむをえずやったってところだろう。
 ガラスが割れたときにアリバイが無かった会長を犯人に仕立て上げるつもりもあったかもしれないが」

289 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 18:14:32.78 ID:sDHzCwEM0
 古泉はしばらくじっと俺を見据えていたが、やがて降参したように両手を上げた。

「参りました。概ねあなたの言うとおりですよ」

 遂に古泉は自らの犯行を認めた。
 「ひっ」と声を漏らす朝比奈さんをはじめ、全員がソファに座る古泉から距離を取った。

「確かに僕は最初、田中を名乗ってチェックインしました。それから死体をあの場所に置き、古泉一樹として再びこのペンションに舞い戻った」

「どうしてそんな回りくどい真似をする必要があったの?」

 眉をひそめるハルヒに対し、古泉はくすくすと笑った。

「もちろん、その問いに僕から答えてあげても良いのですが……もしかすると、あなたの白馬の王子様はそこまで見抜いてらっしゃるかもしれませんよ?」

 ハルヒが驚いて俺を見る。
 いくらなんでもそこまでは……。きっとここにいる全員がそう思っていることだろう。
 俺はふん、と鼻をならした。

「ニュースに出ていた銀行強盗。あの犯人がお前なんだろ?」

「ご名答です。いやはや、半分冗談だったのですが、まさか本当に把握してらっしゃったとは」

「当たりかよ。半分冗談だったんだけどな」

 もちろん半分は本気だった。
 あの時テレビを見たいと言い出したのは他の誰でもない、長門有希だ。
 あいつが無意味なことを俺にやらせるはずがない。
 あいつの行動には、一挙手一投足に意味がある。

290 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 18:20:27.60 ID:sDHzCwEM0
「上でバラバラになっているのは仕事の相方で、国木田さんと言いましてね。事件の時目撃されていたのは彼なんですよ。
 僕が計画を練る役で、彼が実行役ですね。ご存知の通り仕事は上手くいったのですが、分け前のことで彼と揉めてしまいまして。
 それで、まあ、その、殺してしまったわけなんですが、死体をどう処理したものかと頭を悩ませましてね。
 ここはひとつ、隠すのをやめてしまおうと、今回の殺人事件騒動を演じることを思いつきまして」

 警察はバラバラになった銀行強盗犯を見て、仲間割れをして殺されたのだと判断するだろう。
 その仲間はまだ近くにいるはずだということで、警察は躍起になって捜査を進めるに違いない。
 ここら一帯の山狩りまでやるなんてことも十分考えられる。
 だが、警察は果たしてペンションに泊まっていた俺たちにまでその疑いを向けるだろうか?
 喜緑さんの死さえ無ければ、皆口を揃えて古泉のアリバイを証言していたはずだ。
 あえて死体を隠さないことで、その死体を処理してしまう。
 そのために古泉はこんな大掛かりな真似をしでかした。
 それが、この殺人劇のシナリオ。

「だが、お前のそんな目論見は喜緑さんを殺してしまったことで台無しになってしまった。喜緑さんを殺したのは彼女に正体を見抜かれてしまったからか?」

「まさしくその通りです。廊下で会った時にはっきりと『あなたが田中さんですね』と言われてしまいまして。
 反射的にガツン、とやってしまいました。全く、こんな辺境のペンションに名探偵が二人もいるなんて反則ですよ」

 古泉は「やってられません」とでも言うように肩をすくめた。

「何をぬけぬけと余裕綽々にくっちゃべっている。貴様、自分が無事で済むとでも思っているのか?」

 生徒会長が鋭い目で古泉を睨む。
 睨むだけで人を殺せそうな目つきだった。
 いつ古泉に飛び掛っていってもおかしくない。
 俄かにその場の雰囲気が緊張していく。

291 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 18:26:02.97 ID:sDHzCwEM0
「正直ね、決めかねているんですよ」

 古泉はふう、と息をつくと背中の方に手を回した。

「これからどう振舞ったらいいものか」

 前に戻したその手には、オートマチック式の拳銃が握られていた。

「なっ…!?」

 ドン! と耳をつんざくような破裂音。
 会長の足元に焼け焦げた穴が空いていた。
 ぶわ、と背中に汗が噴き出るのを感じる。
 拳銃。
 トリックの入る余地など無い、ミステリーにあるまじき、身も蓋も無い殺人道具。
 お前、ちょっとそれは、反則過ぎやしないか?

「こういうものが僕の手にある以上、いくらでもこの状況から逆転することは可能なんですよね」

 言いながら、古泉は俺たちの間で銃口をふらふらと動かしている。

「どうしましょうかねえ? 全員を身動きが取れないように縛り上げてしまうのが理想的なんですが」

 誰も動くことが出来ない。
 古泉がかちゃかちゃと拳銃を手の上で弄び始めた。

「もう一人くらい見せしめに死んでいただいた方が物事はスムーズに進むのでしょうか」

292 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 18:31:21.25 ID:sDHzCwEM0
 あっさりと、何でもないことのように、背筋が凍りつくようなことを口にする古泉。
 くそ。どうする?
 どうすれば、この状況を打破できる?
 周りを見回し、俺がめまぐるしく頭を回転させていると―――

「なんてね」

 どさり、と音をたて、古泉の手のひらに弾倉が落ちた。

「……え?」

 虚をつかれた皆が固まる中で、弾倉が抜け、空になった拳銃を、古泉は俺に放り投げてきた。

「お、わ…!」

 おっかなびっくり俺はそれをキャッチする。
 その鉄の塊はずっしりと重かった。

「そんな醜い悪あがきはしませんよ」

 古泉は取り出した弾丸を、まるでオセロの駒を扱うようにいじりながら微笑んだ。

「潔いのだけが取り柄でして」

 両手を上げて降参のポーズをとる古泉。
 それから古泉はまるで抵抗する素振りを見せなかった。
 その不気味な態度に、俺たちは皆唖然としてしばらく動けずにいた。


 その時、ふと、俺はオートマチック拳銃についてのおぼろげな知識を思い出していた。

294 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 18:36:26.74 ID:sDHzCwEM0
 古泉はさっき会長の足元に向けて一発撃った。
 つまり弾倉からはまた新たな弾が『本体』の中に送り込まれているはずなのだ。
 その弾は、撃つか、遊底と呼ばれる部分をスライドさせない限り『本体』の中に残ったままだ。
 つまり―――!

「ええ。お察しの通り、その銃にはもう一発弾丸が残っています」

 声に、顔を上げる。

 古泉が、人差し指で己の額の真ん中をトントンと叩いていた。

 さっきまでとはうって変わって、その目は真剣そのもので。
 撃て――と。
 罪を裁け――と。
 まるで、俺にそう語りかけているかのようだった。

「ばーか」

 そう口にしながら、俺は銃を構える。
 違うだろ、古泉。
 お前はあくまで『犯人役』であって犯人じゃあない。
 犯人と呼ばれるべき黒幕は他にいる。

「なあ――そうだろう?」

 俺は引き金に指をかける。
 俺が銃口を向けた先にいた人物はもちろん―――

「犯人は罪を自白した。物語はもう転回しない。……結びの時間だぜ、朝倉涼子」

295 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 18:41:01.51 ID:sDHzCwEM0
 ざわ…! と俄かに場の雰囲気が一変する。
 俺に銃口を向けられた朝倉は、微動だにせずじっと俺を見据えている。

「キョン、あんたまた……!」

 ハルヒが泣きそうな顔で俺を見ている。
 その後ろで、鶴屋さんも動き出そうとしていた。

「全員動くなぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!」

 腹の底から声を振り絞る。

「俺を変に刺激してくれるなよ! かっこつけて構えちゃいるが、正直足はガクガクで、指先はプルプルだ! 何がきっかけで暴発しちまうかわからんぜ!」

 俺に駆け寄ろうとしていたハルヒも、おそらくは俺の背後に回ろうとしていた鶴屋さんも、びくりとその動きを止めた。
 そして、悲しみと怯えと哀れみがない交ぜになったような目を俺に向ける。
 まるで、狂ってしまった人間を見るような。
 二人だけじゃない、皆がそんな目で俺を見ている。
 くそ、何度経験しても慣れないな。正直堪えるぜ。
 だが、耐えろ。いいじゃないか。
 皆がこれで助かるのなら―――主人公発狂END、大いに結構だ!

296 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 18:44:12.54 ID:sDHzCwEM0
「5秒だけ待ってやる。ことここに及んで余計な問答をするつもりはない。俺たちをさっさと解放しろ!」

 朝倉は何も答えない。
 ただじっと俺を見つめている。
 どうせ撃てやしないとたかをくくっているのか?
 ―――舐めやがって!
 お前は国木田を、喜緑さんを、長門を死に追いやった。
 容赦など、一切するつもりはない!

「5、4、3、2、1―――――!」

 誰かが俺の名を叫んだ。
 誰かが俺の体に手を伸ばした。

 カウント、ゼロ。

 俺は引き金にかけた指先に力を込め―――瞬間、白い閃光が俺の視界を覆った。


297 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 18:49:43.34 ID:sDHzCwEM0
 ツクツクボーシ――……… ツクツクボーシ――………
 みんみんとやかましかったアブラゼミの大合唱も鳴りを潜め、ツクツクボウシの声が目立つようになった。
 いつの間にか、夏も終わりか。
 しかし太陽は一向にその威力を衰えさせる気配を見せず、今年は残暑の厳しい秋になることを予感させた。
 ……そんな陽射しの中、こんなハイキングコースとしか思えないような通学路をエッチラオッチラ登らなきゃならんとは、もはや修行を通り越して苦行ですらある。

「あっづう……」

 あとからあとから噴き出す汗を、首にかけたタオルで拭う。
 くそ、着替えを持ってくるべきだった。
 黒塗りのタクシーが俺の横をスウ――と通り抜ける。
 運転席から新川さんが、助手席から森さんが軽く会釈してきた。
 森さんの花のような笑顔に涼やかな気持ちになったのもつかの間、後部座席まで目を通してその気持ちは180度反転した。

「くそ…ずりいぞ……。後でオセロでコテンパンにしてやっからな」

 道理であの野郎は朝から汗ひとつかかない爽やかイケメンを気取ってられるはずだぜ、ちくしょうめ。


299 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 19:00:24.37 ID:sDHzCwEM0
 教室に入ると谷口と阪中が何やら顔を合わせて話していた。

「よっす」

「うぃ~す。今日もだるそうな顔してるなキョン」

「おはようなのね、キョン君」

 何の変哲も無い挨拶を交わしてから、俺は自分の席につく。
 盗み聞きするつもりなど毛頭なかったが、二人の会話が自然と耳に入ってきた。
 話の内容は進路のことだったり、教師への愚痴だったり、この時期の高校生としては実に一般的なものだった。
 ふ~ん、それにしても……
 こいつらって、こうして二人で話したりすることあるんだな。
 しかも結構気が合ってるみたいで、正直意外だ。

「なあお前ら、付き合ってみたらどうだ?」

 阪中と谷口は同時にこちらをぐりんと振り向き、

「バ、バカ言「 冗 談 じ ゃ な い の ね ! ! ! !」

 阪中、顔真っ赤で大否定。びっくりした。
 阪中さんけっこう大声出せる人だったんですね。
 あと、谷口。
 なんかゴメン。

300 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 19:03:36.96 ID:sDHzCwEM0
「やっほーキョン君!」

 三年生の校舎に足を伸ばしたら、廊下で鶴屋さんに会った。
 思わずびくりと身構えてしまう俺。
 俺の不審な態度に首を傾げる鶴屋さん。

「どしたんだい?」

「いえ、迂闊に近づけば右腕を極められてしまう気がして」

 鶴屋さんはにはは、と屈託なく笑う。

「鶴屋流護身術は敵にしか使わないよ!」

「敵ですか」

「そう、敵! エネミー! もちろんキョン君は味方だよ! ラヴァー!」

「ラヴァーは違います」

 味方は英語でなんて言うんだろう? フレンド?

「にゃはは! ならそれでいいにょろ! そんじゃ、またねキョン君!」

 俺の背中をバンバン叩いて鶴屋さんは去っていく。
 途中、ふと何かに気付いたように足を止め、こちらを振り返った。

302 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 19:05:46.33 ID:sDHzCwEM0
「ん? 私キョン君の前で護身術使ったことあったっけ?」

「ええ、俺の夢の中で二回ほど」

 夢ってか、本当は二回とも異世界なんだけど。

「にょろ?」

 当然、意味が通じるわけもなく、鶴屋さんはしばらく首を傾げていたが、

「まいっか!」

 最後にはいつものように快活に笑って、今度こそ足音高く歩き去っていった。


303 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 19:09:28.61 ID:sDHzCwEM0
 生徒会室の前を横切る。
 キィ、とドアの開く音が聞こえた。
 足を止めて振り返る。

「ん? お前は……」

 相も変わらずの仏頂面を引っさげて、生徒会長が姿を現し、

「お久しぶりです」

 その隣りで、喜緑さんが微笑んでいた。

「あんまり久しぶりって感じはしないんですがね、俺としては」

「あら、奇遇ですね。実は私もそうなんです」

「お元気ですか?」

「ええ、とっても」

「それはよかった」

 本当に―――よかった。

305 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 19:13:34.16 ID:sDHzCwEM0
「貴様、何をこんな所でウロチョロしている。貴様の学年は現在夏課外の真っ最中のはずだろう」

 会長が、いかにも生徒会長らしいことを言ってくる。
 おかしいな。この人は元々嫌々生徒会長をやっていたのだと思っていたが、中々どうして板についている。
 環境は人を変えるとよく言うが、あれは案外マジなのかもしれない。

「まったくお気楽でうらやましいことだ。こっちは貴様等のトコの馬鹿女のためにいらぬ気苦労を背負っているというのに。
 あの女の手綱を握るべき肝心の貴様がそんなことではたまったものではないぞ」

「すいません」

 白々しく頭を下げる俺。

「会長も喜緑さんの手綱をしっかり握っておくことをオススメします。意外とあの人、あっさりとどこかに消えてしまうかもしれませんよ?」

「なっ!?」

「失ってからじゃ、遅いんです」

 顔を紅潮させて口をパクパクさせる会長。
 少し離れた所で喜緑さんがきょとんとこちらを振り返っている。

「き、貴様……!」

「深い意味はないですよ。それじゃ」

 会長の怒りが爆発する前にさっさと退散することにしよう。
 他人の恋路を邪魔する奴は云々というのはよく聞く話だし。
 俺は馬に蹴られて死ぬ気は無いんでな。

306 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 19:17:55.40 ID:sDHzCwEM0
 バチン、と暑さを振り払うかのように盤面に駒を叩きつける。
 8×8のマスで構成される盤上は、既に俺の黒が圧倒的な勢力を築き上げていた。

「今日は何だかいつにも増して容赦がなくないですか?」

 若干引きつった笑顔を浮かべる古泉。いやいやそんなことはないぞとそ知らぬ顔でゲームを続ける俺。
 勝負は俺が4つの角を独占し、盤面の半分以上が隙間なく俺の黒になった所で古泉が駒を投げ出して終わった。

「おつかれさまでしたぁ」

 朝比奈さんがメイド姿で熱いお茶を差し出してくれる。
 ズズズ…とすすって…うん、うまい。

「私、変な夢を見たのよね」

 パソコンを覗き込んでいたハルヒが突然そんなことを言い出した。

「ほう、どんな夢だ」

「よくは覚えていないんだけど、何だか金田一少年だとか、名探偵コナンの世界に迷い込んじゃったような気分だったわ」

「もう一度見たいか?」

 探るような俺の問いに、ハルヒは苦虫を噛み潰したような顔をして、

「冗談じゃないわ。二度とごめんよ」

 と、吐き捨てた。

「知り合いが死ぬのなんか……一度で十分」

308 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 19:21:38.89 ID:sDHzCwEM0
 パタン、と本を閉じる音がする。
 いつものように窓辺で本を読んでいた長門が出した、活動終了の合図だった。

「あら、もうそんな時間?」

 皆がいそいそと帰り支度を始める中で、じっとイスに座ったままの長門。
 長門有希。
 俺は長門の顔をマジマジと観察する。
 傷ひとつない、綺麗な顔だ。
 思わず右手を伸ばし、その左ほほをそっと撫でる。
 まるで透き通るように美しいその肌は、すべすべと心地よい感触をしていた。

「あ、あ、あんた、なな、なにしてんのよ」

「これはこれは」

「はわわ~~」

 声に振り返ると、ハルヒは顔を引きつらせていて、古泉は肩をすくめていて、朝比奈さんは顔を真っ赤にしていた。
 何だ? 変な奴等だな。
 俺は首をかしげて前を向き直る。
 目の前に長門の顔。その距離わずかに5ミリ。

「ち、近ッ! 長門ちっか!!」

 我に返った。あぶねえ。俺はいつの間にかこんなに長門に近づいていたのか。


310 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 19:25:16.63 ID:sDHzCwEM0
「有希から離れなさいこのエロガッパ!」

 慌てて飛びのいた俺の背中にハルヒのドロップキックが炸裂した。
 こ、この大馬鹿野郎が。
 当然長門に覆いかぶさるように吹っ飛ぶ俺。いかん。このままでは長門を巻き込んで転倒してしまう。
 俺は必死で体を動かし、長門が怪我をせぬよう最善を尽くす。どしーん、と受身も取れず盛大に転倒した。
 自分の体をクッションにした結果、胸の上辺りに長門の頭が来る格好になる。
 その体勢は俺が長門を下から優しく抱きしめているように見えなくもない。ここがキングサイズのダブルベッドであったならば、さぞやムーディスティックな体勢であることだろう。

「あああんたたたたななななにしてててて」

「これはこれはこれはこれは」

「ひゃわわわわわわわわわわ」

 やかましい外野は放っておいて、俺は俺の胸あたりに頭を預ける格好になっている長門に目を落とす。
 目が合った。

「ありがとな」

 小さな声で、呟くように俺は礼を言う。

「かまわない」

 それはいつも通りの、無感情で平坦な声だった。


「かまうわよぉーーーーーーーー!!!!」

 長門の言葉をどう解釈したのか、ハルヒが絶叫した。

311 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 19:28:12.20 ID:sDHzCwEM0
「なによ、帰んないの?」

 揃って正面玄関へ向かう途中、廊下を折れ、方向を変えた俺にハルヒは怪訝な顔をする。

「ちょっと野暮用でな」

 向かう先は二年校舎、というか俺の教室だ。
 俺のズボンのポケットの中では、一枚のメモ用紙がくしゃくしゃになっている。
 それは、朝、俺の下駄箱に入っていた物で、どこかで見たような字で、

『放課後、あなたの教室で』

 と、書かれていた。
 教室のドアを開ける。
 夕日で赤く染まった教室の中で、いつかのようにソイツは佇んでいた。

「何しに来たんだ?」

「もちろん、今回の件のネタばらしに」

 そう言って、朝倉涼子は笑った。

312 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 19:32:07.23 ID:sDHzCwEM0
「ネタばらしも何も、どうせ例のごとくハルヒを観察するためなんだろうが」

「あのね、誤解してほしくないんだけど」

 疲れたように言う俺に、朝倉は困ったような顔を見せた。

「キョン君は私のことを黒幕だとか、諸悪の根源みたいに言っていたけど、今回の件は別に私が仕組んだってわけじゃないのよね」

「じゃあ誰が仕組んだっていうんだよ」

「誰がって言われると返答に困っちゃうな。ほら、情報統合思念体ってそういう風に個人に特定できる存在じゃないからさ」

 つまり私はただの使いっ走りに過ぎないのよね、と嘆息する朝倉。

「私は涼宮ハルヒを観察するためのゲームプログラム、『かまいたちの夜』を正常に運行するための管理人に過ぎない。
 イレギュラーを排除するためにのみある程度の情報操作が認められていただけで、それ以外は普通のOLとしてあの場に存在していた。
 だから最後、キョン君が私に銃を向けたときは本当に焦ったのよ。銃弾を止める力なんて、あの時の私には無かったんだから」

「でも、それで俺たちはあの世界から脱出することが出来たじゃないか」

「違うのよ。あの時キョン君が何も行動を起こさなかったとしても、ゲームから脱出は出来ていたの。
 ゲームの脱出条件は『探偵役が犯人を確信し、犯人役がそれを認めること』。
 だから、古泉君が自白した時点でプログラムの終了は始まっていたのよ。もう少し終わるのが遅かったら、私普通に死んじゃってたわ」

 せっかく復活したのに、と朝倉は頬を膨らませる。
 何かわいこぶってんだ、と腹が立ったがナイフを取り出されたらたまらんので黙っておく。

318 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 20:12:17.42 ID:sDHzCwEM0
「それとね、もうひとつ」

「まだ言いたいことがあんのか?」

「うん、こっちが本題」

 朝倉はあるひとつの机に目を落とす。
 それは、この夏休みから持ち主を失ってしまった机だった。

「国木田くんの死は、私たちが仕組んだことではないわ」

 あのペンションで死んだ人間は現実の世界でも死んでしまう。
 それがあの世界のルールであるというならば。
 確かに、おかしいとは思っていた。
 国木田は全くの逆だ。現実で先に死を迎え、ペンションで死体となって登場した。
 ルールに則っていない。つまり。
 国木田の死は、『かまいたちの夜』とはまったくの無関係であるということになる……らしい。

「プログラムを発動させるために国木田くんが死んだのではなく、国木田くんが偶然に亡くなったことがプログラム発動のきっかけになったのね。
 ……一応重ねて言っておくけど、プログラムの発動のために私たちが国木田くんを故意に殺したってわけじゃないからね。
 そもそも、国木田くんの死があって初めて情報統合思念体はこの『かまいたちの夜』に興味を持ったんだから」

「そうかい」

 ま、どっちでもいいよ。
 どちらにせよ――長門や喜緑さんとは違い――国木田が帰ってこないことに変わりはない。
 人の死だけはどうにもならないのだ。ヒューマノイド・インターフェースとは違ってな。

320 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 20:17:04.94 ID:sDHzCwEM0
「話はこれでおしまい……なんだけど、ねえキョン君」

 朝倉は微笑み、俺との距離を詰めてきた。

「私、こうやって復活したことだし、明日からまたクラスメイトをやらせてもらうから、よろしくね。
 もうキョン君の命を狙ったりすることはない普通の女の子だから、仲良くしてほしいな。
 今日こうやって誤解を解きたかったのは、実はそのためってこともあるんだよね」

「何かわいこぶってんだ」

 げ。言っちゃった。
 しかし朝倉はむ、と一瞬眉をしかめたものの、ナイフを取り出したりすることはなかった。
 普通の女の子になったってのはマジなのだろうか。
 朝倉は、それこそ普通の女の子のように悪戯っぽく笑って言った。

「それじゃあキョン君、一緒に帰ろっか」

「いいぞ」

「え?」

 俺の予想外の答えに朝倉は目をぱちくりさせている。

「て、てっきり断られると思ってたんだけど」

「か、勘違いするなよ」

 ツンデレのテンプレのようなセリフを吐きながら、俺は朝倉の手を取った。

「国木田の墓に連れてってやる。仮想世界とはいえ、国木田の死体を弄んだこと、土下座させてやっからな」

321 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 20:18:41.40 ID:sDHzCwEM0
 こうして俺たちは悪夢のような、悪夢そのものであった冬のペンションを脱出した。


 そして俺たちがいつもの日常に帰ってから、三日の時が経ち―――――





















 古泉一樹が自殺した。


  <終> 


324 名前: ◆QKyDtVSKJoDf [] 投稿日:2010/10/03(日) 20:20:22.51 ID:sDHzCwEM0



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キョン「かまいたちの夜?」-3
続きます

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