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女「星の海で……つかまえて」後半
女「星の海で……つかまえて」前半
の続き
の続き
153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 17:58:48.34 ID:NKRHgRbbO
九月。
僕「……はぁ」
家の天井を見上げながら、僕はただ溜め息だけを増やしていた。
彼女に告白し、フラれてからおよそ一ヶ月。
僕(学校が無い分、変に気持ちをすり減らす事はないけれども……)
彼女に気持ちを受け入れて貰えなかった寂しさは、やはりそう簡単には消えない。
あれから、僕はただ、何となくで毎日を過ごしている。
友からの誘いも、彼女からの連絡も何も無い。
日々、自分のやるべき事だけをやって……三年生の夏休みは終わっていった。
九月は、僕にとって何もない月だった。
154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:04:16.92 ID:NKRHgRbbO
活発「や、おはよう~」
友「よ、おは」
暑さも落ち着いた、九月の真ん中。
少し短い夏休みが終わり、いつもの学食にいる僕たち。
でも……彼女の姿だけはこのテーブルの周りには見当たらなかった。
僕(今日が後期初日なのに……サボっているのかな)
午前中に、一つ同じ授業があったはずだが、彼女は教室に現れなかった。
顔を合わせるのが気まずい、と思いながら待っていたが……余計な心配だったみたいだ。
活発「今日は何食べようかな」
女のいない、三人だけのお昼が始まった。
友「……お、そう言えば聞いたか? 女が告白されたっていう話さ」
155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:07:57.79 ID:NKRHgRbbO
女、の名前が出た所で僕のスプーンの動きは止まる。
活発「え、なになに~。また告白されたの!」
活発も、興味津々といった様子で体を乗り出した。
友「また? 以前にも告白されてんのけ?」
活発「ん……アタシが知ってるのは、夏休み前の話だよ。女ちゃんから聞いたの」
友「俺の方は夏休み中の事だから、違うか。俺は告白した奴から、直接聞いたんだけどさ」
一瞬、自分の事かと思ってしまった。
僕(女が友に何か相談でもしたのか、と思ったけど……そういうわけでも無いみたいだな)
僕は少しだけ安心した。
活発「それでそれで?」
156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:11:50.43 ID:NKRHgRbbO
友「ああ……夏休み中にな、課題で学校に集まる用事があったらしくてさ。まあ、同じ学年の奴が……な」
活発「へえ、そんな話よく知ってるね」
友「知り合いの後輩でさ。まあ、ボロボロにフラれたらしくてさ……夏休み中ずっと落ち込んでたんだな、これが」
活発「いやあ、鉄壁だねえ女ちゃん。理想が高いのかな~」
活発がちょっと笑いながら、こちらを見つめてくる。
僕「こっちを見るな、こっちを」
友「……で、俺は夏休み前に告白された話を知らないんだけど?」
活発「あ、あのね。アタシたちの同級がね……」
会話は続いた。
彼女の名前が出る度に、冷たく突き放すような表情が、いちいち鮮明に浮かんでくる。
157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:16:15.23 ID:NKRHgRbbO
僕(フラれた後の反応が、想像できるな)
活発「……その子もボロボロだったみたいでさ。落ち込んだって話だよ」
友「大変な子みたいだ……なあ?」
僕「……」
僕の腕には、彼女に抱きしめられたあの一瞬の温もりがずっと残っていて……。
僕は、冷たい表情よりも、その暖かい感触を思い出してしまう。
活発「僕ちゃん?」
友人にからかわれてるのにも応えず、僕は一人で彼女の事を考えていた。
158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:18:36.81 ID:NKRHgRbbO
どうしても、僕には彼女を忘れる事が出来なかった。
僕(他の人は知らないけれど、少なくとも僕は友達でいられるはずだから)
僕(……新学期、彼女に会ったらまず笑顔で挨拶をしよう)
そう決めていたのに、今日から始まった学校で、彼女には会えなかった。
僕と彼女がもう一度会えたのは……そんな、何もない九月が終わった辺りだった。
159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:26:45.84 ID:NKRHgRbbO
翌日、すぐに彼女に会う事はできた。
放課後の学食で、いつも通りのテーブルに座って……。
女「あ、活発ちゃんに僕ちゃん」
いつもの様子で、僕たちに話し掛けてくれたんだ。
活発「や、久しぶり。元気だった?」
女「うん!」
本当に元気そうに、返事をする。
女「……僕ちゃんは、元気だった?」
僕「え、あ、うん。大丈夫だったよ」
いきなり話しかけられ、とっさに返事をする。
その様子は、何も事情を知らない活発の目にも変に見えた……と思う。
女「そ、なんだね」
彼女は、やはりどこか濁ったような笑顔で僕を見ていた。
女「……今日は、二人だけ?」
160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:33:02.16 ID:NKRHgRbbO
僕「ああ、友は場所取りに行ってくれてるんだよ。今から、就活セミナーみたいなのがあってさ」
活発「アタシたちも、一応就活生だからね~」
女「そっか、そうだよね」
活発「……そろそろ行かないと。じゃあ、またね女ちゃん」
女「ん……またね」
挨拶を済ませると、活発はすぐに学食の外に向かって歩き出した。
僕は少しだけそこに止まり、彼女と二人の時間を無理やり作った。
女「……なに?」
分かりやすいくらいに、冷たい顔の彼女がそこにいる。
163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:46:56.91 ID:NKRHgRbbO
僕「てっきり、もう話して貰えないって思ったよ」
女「友達とは、話さないと」
皮肉混じりな彼女を前にしているはずなのに、僕の心はどこかに余裕を感じているようだった。
僕「ははっ、友達ならよかったよ。三人でご飯っていうのも、少しだけ寂しくてさ」
女「ふ~ん……」
ジトッ、とした目。
初めて見る表情かもしれない。
僕「友達なら……もう少し笑ってくれてもいいんじゃない?」
女「ん……こう?」
すぐに、彼女はいつものスマイルを取り戻す。
学食で見ていた、いつもの顔だ。
僕「うん。演技でも何でも……僕はそっちの方が好きかな」
女「……僕ちゃんの好みなんて、考えてないから」
そう言うと彼女は、またプイッとしたむくれた顔に戻ってしまう。
166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:56:22.18 ID:NKRHgRbbO
僕「でも、元気みたいで安心したよ。学校来てないから心配だったんだ」
女「ん……」
余裕のお陰か、彼女を気遣う言葉の一つ一つを……僕は冷静に話せていた。
一度嫌われたからこそ、こうして開き直っているような。
なんだか、とても素直な気持ちで彼女と話す事が出来ていた。
活発「お~い、来ないと置いてくよ~」
遠くで、活発が僕を呼んでいる。
女もその声に合わせるように、椅子から立ち上がった。
女「電車だから、帰るね」
僕「ん……わかった、またね」
女「……また、ね」
短くそれだけを言うと、彼女は駅に近い扉から出ていってしまった。
僕「話せたから……いいか」
そう呟いた後、僕は急いで前を歩いている活発を追いかけた。
彼女との会話は、どんな物でも僕を元気にしてくれる。
167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 19:00:12.18 ID:NKRHgRbbO
活発「女ちゃん、学校にいてよかったね」
途中、活発に話を振られる。
僕「そうだね」
活発「なによその反応。嬉しくないの?」
不満な様子で、彼女は僕を見ている。
僕「そりゃあ嬉しいけどさ……あまり大っぴらに喜ぶだけが反応じゃないでしょ」
女の影響か、僕もいくらか冷静な様子で言葉を返した。
168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 19:03:31.90 ID:NKRHgRbbO
活発「ふむ、なるほど。でも、わざわざ学食で待っててくれたんだからさ。もう少し嬉しい雰囲気してもいいんじゃない?」
僕「……待っていた?」
活発「だって、ほら。いつもの場所にいたんだからさ。アタシたちと遊びたかったんだよ、きっとさ」
僕(……そういう捉え方もあるのか)
完全に嫌われていればいつもの場所にはいないだろうし、挨拶すらしてくれないはずだろうか。
僕「それじゃあ、今度また時間ができたらさ……」
みんなで、と言おうとした時。
活発が珍しく沈んだ顔で語り出した。
活発「……でもさ、しばらくみんなで遊びにも行けないかもね。どんどん就活だって忙しくなるだろうし」
活発「今日みたいに何か放課後の集まりがあったりさ……これから、四人で遊べる機会は少なくなっちゃうかもね」
170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 19:49:32.37 ID:NKRHgRbbO
活発「……ま、息抜きも兼ねてさ。時間を見つけては誘ってみようよ。アタシが女ちゃんには話しておくからさ」
ニコリと、隣で活発が笑う。
応援のつもりなのか……優しい目でこちらを見つめてくれている。
僕「そう、だね。ありがとう活発」
活発「あははっ、お礼なんて変だよっ。遊びたいから遊ぶ……まあ友情の一種さ」
僕「友情……」
その言葉が、やけに胸に突っかかった気がした。
目の前に彼女がいないせいか、僕の余裕はいつの間にか消えてしまっている。
171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 19:59:40.34 ID:NKRHgRbbO
僕らの言葉を邪魔するように、建物からはセミナーの始まりを報せるチャイムが鳴る。
活発「あっ、ヤバヤバ~。急ごっか」
僕「……走ろう」
活発「賛成賛成~」
僕たちは走った。
意識を切り替えて、僕は何もドキドキしない教室へ走って行った。
172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:02:36.15 ID:NKRHgRbbO
あれから活発の言葉通り、僕たちが四人揃って遊ぶ機会は殆ど無くなっていった。
学食で会って話はするものの、放課後や、日中の暇な時間もあまりとれない事が多くなってしまい。
……それでも、たまの休みには四人で遊ぶ事もできたりしていた。
時間を合わせて、いつものメンバーで……ほんの少しでも、四人集まって同じ時間を過ごしていた日々。
夏休みの告白以来、彼女の僕に対する反応は何も変わらない。
173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:04:45.19 ID:NKRHgRbbO
笑顔で僕に話をしてくれて……見た目だけは本当に、仲のいい友達同士だった、と思う。
二人きりになっても、露骨に冷たさは見せないようになっていて。
彼女の何が本心なのか、僕にはよくわからなかった。
僕に笑ってくれている彼女は、確かに笑顔なんだけれども。
どうして笑顔で僕と接してくれているのか、それが分からなかった。
……と、遊ぶ度にこの事を考えてしまう。
考えても、答えが出ない問題だけを、僕は一人で考えている。
それは、冬休みが始まる……確か、クリスマスの日の事。
そのクリスマスの日に、四人で遊ぶ約束をして……。
僕と彼女が、久しぶりに笑いながら話す事ができた……そんな夜だった。
174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:08:02.11 ID:NKRHgRbbO
友「……う~、さぶい」
ジャンパーに両手を突っ込みながら、震えている友がそう呟いた。
友「しかし、綺麗なアパートだよな。活発の奴、こんないい所に住んでるのか……」
僕「ま、女の子だしさ。そういうもんさ」
この、しっかりとした三階建てのアパート。
その二階の角部屋に、活発は住んでいた。
名前の扱い上、アパートだと言ってたが、綺麗に塗装された外壁や階段を見ると、一見マンションのようにも思えてしまう。
友「……とにかく早く部屋まで行こう」
冬の風が、僕たちに容赦なく襲いかかる。
もう、夕焼けもあまり長くは空にいないこの季節。
暖かさを求めて、僕と友は小さなインターホンを押した。
175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:10:05.15 ID:NKRHgRbbO
活発『鍵開いてるから、入っちゃっていいよ~』
中から、聞き慣れた彼女の声がする。
僕たちはすぐに扉を開け、玄関に飛び込んだ。
僕「お邪魔しま~す」
活発「いらっしゃい」
女「いらっしゃい~」
出迎えてくれたのは、部屋着を着て緩い姿のままの彼女たちだった。
友「あ、あったかい……」
活発「外寒かったでしょ。さ、上がって上がって」
僕「あ、ありがとう……」
女「ふふっ、僕ちゃん震えてる~」
僕「さ、寒いのは苦手なんだよ……」
促されるまま、僕たちは部屋の中に通される。
176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:12:58.55 ID:NKRHgRbbO
女「へえ、そうだったんだ」
僕「でも、思い切り凍えた後に暖房で安らぐのが好き」
女「私は寒くても、余裕余裕~」
活発「じゃ適当に座ってて。料理とか持ってっちゃうからさ~」
途中、女と少しだけ話す事ができた。
彼女はやっぱり笑顔だった。
部屋の暖かさに加えて……彼女から話し掛けてもらっただけで、僕は嬉しかった。
クリスマスはまだ始まったばかりで……何かいい事がありそうな、そんな気がした。
177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:16:06.38 ID:NKRHgRbbO
活発「じゃあ……メリークリスマスと言うことで……乾杯っ!」
勢いよく、活発の右手が振り上げられる。
友「ああ、乾杯」
女「かんぱ~い」
僕「乾杯」
各々、手に持った缶を口に……四人のクリスマスが始まる。
女「あまあま~」
活発「あ、女ちゃんお酒は初めてだっけ?」
女「うん。でも飲みやすいから大丈夫~」
活発「あははっ、アタシがオススメしたお酒だからね。好みに合ったならよかったよ」
女「♪」
嬉しそうに、彼女は手元の缶に口付けをしている。
友「そう言えば、これ。俺たちからの差し入れ」
僕たちは袋から、先ほど買ってきたチキンとケーキの箱を差し出した。
活発「あ、ありがとう~。これでやっとクリスマスっぽくなったね~」
178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:23:13.95 ID:NKRHgRbbO
クリスマスに……こうして四人でまた集まって、テーブルを囲んでいる。
やはり、みんなで集まって過ごせる時間は楽しかった。
僕(活発の部屋、いい匂いがする……)
アルコールと嬉しさが入ったせいか、僕の頭には陽気な感覚が流れ込んでくる。
僕(枕元にはぬいぐるみなんて置いちゃって、女の子らしいな。あのクローゼットの中だって、多分綺麗に整頓されているのかな)
活発「……何、じろじろ見てるのかな?」
視線に気付いた活発が、僕に冷たく語りかけてきた。
僕「ああ……いや、女の子らしい部屋だなって思って」
179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:25:02.84 ID:NKRHgRbbO
活発「お酒のせいか、目がイヤらしくなってるよ?」
女「わ、僕ちゃんてやっぱり……」
僕「はいはい、変態変態」
女「あ~、開き直った?」
活発「あははっ、いいねいいね。そういう雰囲気好きだよ~」
活発が笑って、女も友もみんな笑って。
久しぶりの笑顔に包まれる。
女「あ、サンタが映ってる~」
女が、テレビを指差して言った。
活発「ホントだね~。街の明かり、綺麗だね……」
友「カップルばっかり……チクショウ」
こうやって、みんなで同じテレビを見て話す事ができる。
これもまた、贅沢なクリスマスの過ごし方……なんだろう。
180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:27:45.37 ID:NKRHgRbbO
気持ちの上で、僕は楽しく酔う事ができていた。
テレビに映るイルミネーション、部屋を暖める暖房の柔らかみ。
そして、女の笑う姿。
女「……あれ。僕ちゃん、どうかした?」
途中、彼女が僕の様子に気付いて声をかけた。
僕「……ちょっと、気持ち悪いかも」
活発「あ、顔真っ青……大丈夫?」
僕は、アルコールに弱い。
友「悪酔いしやすいんだっけな。まあ、少し休んでろよ」
活発「どうする、ベッドでちょっと寝る?」
項垂れた僕を見て、活発は女と座っているベッドをポンポンと叩き始めた。
僕「さすがにそこまでは、平気。無理はしないから、大丈夫だよ」
181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:33:12.68 ID:NKRHgRbbO
思ったより、元気に返事をする事ができた僕を見て、彼女はニコリと笑った。
活発「……あ、それとも膝枕とかのがいいのかなっ?」
僕「い、いきなりなんでそうなる!」
女「僕ちゃんのエッチ」
僕「お、女まで……大丈夫だってば。少しゆっくりしてればすぐ治るよ!」
活発「あははっ、それだけ元気があれば大丈夫かな~」
女「ムキになって子供みたい~」
僕「……からかわないの」
僕は、そう言いながらスッと立ち上がった。
184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:05:35.60 ID:NKRHgRbbO
活発「ん、トイレ?」
僕「ちょっと、外の風に当たってくるよ」
活発「そっか、いってらっしゃ~い」
少しだけ、息の詰まるようなこの空間から逃げたしたかった。
女が、目の前にいるだけで……僕の心臓は早くなる。
アルコールと、彼女のせいでいつもの僕でいられなくなる空間が怖かった。
玄関の扉を開けて……僕はつかの間の一人になった。
185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:10:55.79 ID:NKRHgRbbO
活発「僕ちゃん大丈夫かな~」
友「まあ、無理はしない奴だから大丈夫だろう。もし苦しかったら、ちゃんと言うだろうしさ」
女「お酒……あまり飲めないんだね」
友「そういうタイプなんだってさ」
活発「ね~。でも、弱ってる人を一人にするのはちょっと、ね」
女「……」
活発「アタシ、ちょっと見てくるよ。二人はちょっとゆっくりしててねっ」
友「ああ、わかったよ」
女「ん……いってらっしゃい」
活発「うん、わかったわかった~」
187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:21:41.59 ID:NKRHgRbbO
僕「ふぅ……」
僕は一人で、部屋の前の開けた景色を見ていた。
吹いてくる風が気持ちいい……その後ろで、扉の開く音がした。
活発「やっ、元気~?」
お酒のせいか、少し頬を赤らめた活発が声を掛けてくる。。
オレンジ色の玄関が小さくなって……扉が閉まり、また少し寒くなったような気がした。
活発「心配になってさ。大丈夫?」
僕「ん、大丈夫。悪いね活発」
活発「いやいや~。こちらこそ……女ちゃんでなくてごめんね?」
僕「いや、別に……ね」
活発「ふふっ……冗談。でもね、女ちゃんも心配してる様子だったよ?」
僕「え?」
その一言は、なんだか信じられなかった。
188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:25:57.70 ID:NKRHgRbbO
活発「部屋から出る時も、ずっと僕ちゃんの事見てたしさ~。さっきだって、複雑な感じでこっち見つめてたし……うん」
僕「そう、なんだ」
活発「もしかしたら、本当に僕ちゃんの事が好きなのかもね~」
ははっ、と。
軽く笑いながら活発は言う。
その言葉を、何も疑わずに信じる事が出来れば僕は……。
クリスマスという、何かが起こりそうなこの日に、もう一度彼女に告白をしていたんだろう。
……。
僕「……あのさ、活発」
活発「ん?」
僕「僕はさ、もう彼女に告白しているんだよ」
活発「え……」
189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:32:40.75 ID:NKRHgRbbO
活発「……そうだったんだね」
僕「フラれてから、もう遊んだりは出来ないと思ってた。でも、いつもと同じ反応をしてくれて……」
活発「……」
僕「まあ、友達でいようっていう彼女の意思表示があったからなんだけどさ。今は……そんな所だよ」
活発「そっか~……」
む~っとした様子で、活発は街の光を見つめている。
どう話しをしたらいいのか分からず、ただ景色を見ている……そんな様子だった。
活発「……でもさっ」
それでも、沈黙だった時間は意外と短くて……すぐに活発は言った。
活発「もしかしたら、告白されて意識し出したのかもよ。だって彼女、明らかに普通の反応じゃないんだものっ」
さらに活発は続けた。
190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:39:16.44 ID:NKRHgRbbO
活発「たまにね、僕ちゃんの事も話題に挙がるんだよ。時間があったら遊びたいって……結構言ってるんだよ?」
活発「友達でいたいって言われたなら……やっぱり嫌いではないと思うけどな~」
僕「……」
活発「嫌な人となんて、遊ばないでしょ?」
僕「でも、冷たい女の表情がずっと残っているんだ」
活発「ん、まだ冷たくされてるの?」
活発にはその『氷のような彼女』の話していなかった事に気付く。
僕(話のついで……いい機会だ、ここでそれを話してしまおうか)
活発「ん?」
僕「冷たいと言えばさ、彼女と最初会った時に……」
191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:42:17.57 ID:NKRHgRbbO
ガチャリ。
そう切り出した瞬間、閉まっていた玄関の扉がゆっくりと開いた。
再び光る、オレンジの明かり……中から現れたのは、彼女だった。
女「僕ちゃん、大丈夫?」
一番に、彼女は僕の体を心配してくれた。
活発「あははっ、ごめんね。外の方が気持ちいいみたいでさ……つい長話をねっ」
高いトーンで活発が言う。
女「そうなんだ。あまり遅いから心配したよ~」
上手に切り返してくれたお陰か、女も何一つ気にする様子もなく、僕たちを笑ってくれている。
活発「……さて、アタシは中に戻るけどさ、女ちゃん」
女「ん~?」
192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:51:21.04 ID:NKRHgRbbO
活発「僕ちゃんまだ、気分が悪いみたいだから……ちょっとだけ付き添ってあげて?」
えっ。
女「うん、いいよ~」
活発「ふふっ、じゃあお願いねっ」
ほら、と言わんばかりの顔をしながら……活発はオレンジの向こうに消えてしまった。
僕「……」
女「……」
僕と彼女の、小さなクリスマスが始まる。
194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:04:56.74 ID:NKRHgRbbO
女「具合、大丈夫?」
言葉と共に、彼女は僕の背中を擦ってくれている。
長袖とTシャツ……二枚の上から感じる彼女の手は、とても暖かく感じた。
僕「……!」
女「ん、どうかした~?」
僕「優しい女に、なんだか慣れなくて」
女「……背中なんか擦らないで、鍵閉めた方がよかった?」
僕「だったら、背中のがいいかな」
女「ん……」
もう一度、彼女は僕の背中に手を置いてくれた。
僕(冷たい……彼女?)
196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:12:31.71 ID:NKRHgRbbO
冷たいけれど、冷たくない……彼女の考えてる事は分からないけれども。
なんとなく、彼女の扱い方が分かった気がした。
僕(なんだか、心地好い気がする……)
あの日から半年近く経った今では、そう思うくらいの余裕が出来ていた。
気持ちの変化だろうか。
僕「あのさ」
女「ん」
僕「今日は門限、大丈夫なの?」
女「門限?」
柔らかい夜の中で、僕と彼女は何気ない会話を始める。
少しだけ、彼女に踏み込むような事を話せたら……。
二人きりになった今は、なんだかそういう話をしても許される気がした。
197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:17:42.94 ID:NKRHgRbbO
女「私、一人暮らしだから門限なんてないよ~」
返ってきた答えは、意外な物だった。
僕「そう? てっきり……ほら、ずっと早く帰っていた印象があったから」
女「あんまり、夜中に出歩かないようにしてただけだよ。最近は慣れてきたけど……今度は遊ぶ事自体が減っちゃったからさ」
確かに、時間が無くなった最近は放課後に少し遊んだりするくらいで……。
女「今日だって、私はこのままお泊まりだから。あれ、僕ちゃんたちはどうするの?」
僕「友が運転して帰るよ」
女「ああ、そう言えば烏龍茶のボトル手放してなかったね~」
くすくす、と女は笑う。
そのまま、彼女の目線は上を向いたような気がした。
僕は相変わらず、街の灯だけを見ているけれども……。
女「……ほら、見て。冬だからさ……星が綺麗だよ」
198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:25:12.24 ID:NKRHgRbbO
優しい手のひらが、僕の弱った体を暖める。
背中の一部が熱を持って……少し熱いくらいの温度になっているのが、この寒空の下でよくわかる。
女「……」
彼女は何も言わず、空を見て僕に触れて。
僕はただ光だけを見つめて……しばらくは何も考えられないで、街の灯だけを見つめていた。
僕「……あのさ」
女「ん……?」
次に頭に浮かんだのは、本当に他愛も無いような……そんな普通の話題。
僕「誕生日、いつかな」
女「誕生日……?」
僕「うん。知らなかったからさ」
女「教えたら、お祝いしてくれる?」
僕「さあ、それは分からないけど」
女「……だったら教えてあげないから」
僕「冗談だってば。教えてくれたら、ちゃんとお祝いするよ」
199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:32:05.21 ID:NKRHgRbbO
女「……本当に?」
僕「本当だって。誕生日、もうすぐ?」
女「……ううん、三ヶ月前に終わっちゃったよ」
僕「三ヶ月前……九月?」
女「うん、9月30日。私の誕生日だよ」
今年の九月は、彼女にフラれたショックでお祝いどころではなかった。
その彼女に、こうして誕生日を聞いている今が不思議な感じだ。
女「覚えていたら、適当にお祝いしてね」
僕「適当でいいんだ?」
女「四年生になったら……忙しいんでしょ? あんまり邪魔にはなりたくないんだよ。そういうの、すごく嫌いだから……」
彼女は、冷たいままの様子で空を見ている。
僕「うん、覚えておく」
200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:41:32.76 ID:NKRHgRbbO
嫌い、という言葉に僕はちょっとだけ敏感になってしまう。
他人の琴線に少しだけ触れたような、この感覚。
僕は彼女の中に、わずかでも踏み込む事が出来たような、そんな風に思っていた。
女「少し……さむいね」
体を震わせながら、彼女は言う。
僕「そうだね、戻りなよ。僕はもう大丈夫だからさ」
女「うん……僕ちゃんは?」
彼女の手が、背中から離れて……。
僕「僕はまだ、少しこのまま……」
そのまま僕が着ていた服の裾をキュッと小さく掴んで……。
女「寒いからさ、おいでよ」
僕「ん……」
とても軽く引っ張られただけなのに、僕の体は……いつの間にか、彼女と一緒にオレンジ色の玄関を歩いていた。
僕のクリスマスは、暖かいままで終わっていった。
201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:53:09.36 ID:NKRHgRbbO
今年が終わって、新しい年が来て……すぐに三年生としての僕たちが終わる。
就活と、飛ばし飛ばしで通う大学と……一ヶ月に一度、遊べるか遊べないかくらいの、仲間たちと。
四年生になるまでの三ヶ月は、そんな生活が続いていた。
僕(最近、女にも会ってないな……)
たまに大学で会って、話す事ができるだけの、そんな関係。
普段の僕は、それだけで満足だった。
でも、あと一年で卒業という……時間を考えてしまうと。
僕(今みたいにに、友や活発……女と会う事は、出来なくなるのかな)
一人の時間が増えた途端に、僕はずっとこんな事を考えていた。
202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:57:51.33 ID:NKRHgRbbO
四年生という事を意識し出した時から……僕の頭の中には、離れたくない、と言った考えが具現化されていった。
それと同時に、彼女への気持ちも……。
僕「もう一度……彼女に伝えよう」
決めたのは、四月になる少し前だ。
自分の就活が終わったら、もう一度彼女に話をする……僕はそう決めたんだ。
203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:03:49.36 ID:NKRHgRbbO
友「就活、ダルいよなぁ……」
活発「そんな嫌な顔しないの。頑張るしかないじゃないっ」
僕「ね」
時間もあまりないせいか、あれから彼らに恋愛の話をする事はなくなっていた。
不安も悩みも、彼女の事で尋ねてみたい部分もたくさんあったけれども。
僕はもう決めたから、彼らには何も話さずにいたんだ。
たまに、こうしてファミレスで集まって、愚痴を言い合っては、また明日には元の世界に飛び込んでいく。
彼らとは……そんな普通の大学生活を送っていた。
205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:06:19.83 ID:NKRHgRbbO
友「そうだな、頑張るしかないよな~」
活発「そうだよっ。みんな受かったらさ、お祝いしようよお祝い」
僕「いいね~。女も呼んで……パァーッとさ」
僕はもう、気持ちを隠さない。
活発「ん」
友「お」
そんな普通の気持ちが……こうして素直に言えるようになっていた。
今はまだ、彼女の事を想っている『だけ』だけれども……。
全ての活動が終わったら、僕は……。
活発「……」
207 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:22:21.05 ID:NKRHgRbbO
女「……」
女「また今日も一人ぼっち」
誰もいない学食で、私は箸を動かしている。
女(誰か一人くらい……来ればいいのに)
いつもの席で、私は誰かを待っている。
女(……こうなると、友情も意外と邪魔かもしれないね)
今日の魚は、ちょっとだけ塩が多く振られているようで……なんだかひどくしょっぱく感じた。
私は、半分だけ片付いたお皿を見ていた。
女(本当に、誰か来ないかな……自分で決めた事だけど、やっぱり寂しいや)
「や、元気?」
その時背中から……活発的な声がした。
208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:30:54.54 ID:NKRHgRbbO
活発「いやあ、おはよう女ちゃん」
女「活発ちゃん……どうしたの?」
活発「就活帰りに、つい寄ってしまったよ」
リクルートスーツを来た彼女は、大人びた雰囲気を醸し出しながら私に話しかけてきてくれた。
一週間ぶりに会った彼女は、ほんの少しの期間で、また少し成長しているような気さえした。
活発「他には誰か来てる?」
女「ううん。活発ちゃんだけだよ」
活発「そっか……女ちゃんさ、午後暇?」
女「? うん、暇だよ」
活発「じゃあさ、少しお話しよう?」
彼女は、真剣な眼差しでこっちを見つめている。
ただの、他愛ない話ではないんだろうか。
女「ん……平気だよ」
彼女は、すぐに向かいの椅子に座った。
209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:43:36.77 ID:NKRHgRbbO
活発「僕ちゃんには、告白されたんだって?」
話題は、いきなり本題から話されていた。
回りくどい言い方をしない……彼女らしい切り口。
女「うん、夏休みに。聞いたんだ?」
活発「彼が色々悩んでるみたいだったから……お節介で、ね」
女「ふぅ~ん……」
活発「僕ちゃんの事、嫌いなの?」
女「……」
活発「嫌いだったら、友達でいてあげるなんて言えないよね。あれからだって遊んでいたしさ」
活発「仲良さそうに話していたから、女ちゃんの気持ちがよくわからなくて……」
女「……」
活発「ちょっと、それだけ知っておきたかったんだよっ」
女「知ったら……」
活発「ん?」
女「知ったら、それを彼に話す?」
210 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:50:59.37 ID:NKRHgRbbO
活発「話したいなら、直接話せばいいよ。アタシは……女ちゃんの考えが知りたいだけ」
女「……」
活発「あ、嫌だったら無理に話さないでも。言わなくても、嫌いになったり付き合いが変わったりはしないから……」
女「……」
女「愛情が……欲しくないの」
活発「……?」
女「好きな人も、恋人も、邪魔になるだけだから」
活発「邪魔って、何に対して?」
女「それは……」
私は、少し口をつぐんだ。
211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:56:31.65 ID:NKRHgRbbO
活発「でもさ、愛情って男女の……好きっていう感情だけじゃないよね。アタシがこうして話しているのも、愛情の一種で……」
女「私の中では、これは友情だから。邪魔になんて……なってないの」
活発「そう……。考えがちゃんとあるんだ。理由はいいけどさ、一つだけ聞かせて?」
女「?」
活発「女ちゃんは、彼の事が好き?」
女「……」
活発「ふぅ。あのさ、彼が今どんな状態か知ってる?」
女「……知らない」
活発「合格したらさ、もう一度みんなで遊ぶんだって……頑張ってるんだよ」
活発「あとね、いつも女ちゃんの事も心配してるの」
女「……」
212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:02:19.84 ID:+6+i69xlO
活発「学校に来られない分、アタシが彼に報告をして……いつも心配してる」
女「……バカみたい。そんなの、就活の邪魔になるだけなのに」
活発「邪魔なんかじゃないよ。そんな言い方したら、まるで……女ちゃんが邪魔みたいになっちゃうよ?」
女「……」
活発「何を考えているかは分からないけどさ……もう一度だけさ」
女「ん……」
活発「お別れする前に、ちゃんとお話しておきなよ。このまま離れて会えなくなったら……モヤモヤだけが残っちゃうよ?」
女「そんなの、知ってる……」
213 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:08:20.09 ID:RooYQAzXO [1/76]
活発「一緒に遊んでさ」
女「?」
活発「一緒にご飯食べて、笑って、また明日」
活発「当たり前だと思ってたこんな事が、もうすぐ無くなっちゃうんだよね……」
女「活発ちゃん……」
活発「……ごめんね。ちょっと最近疲れちゃってさ」
女「ううん、いいよ。大丈夫」
活発「うん……アタシも後悔したくないからさ。だから、女ちゃんとお話しようって思ったんだよ」
活発「卒業しても会えるかもしれないけどさ、今言いたい事は言わないと……ね?」
女「……」
活発「私の話は、これでおしまい」
215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:15:20.96 ID:RooYQAzXO [2/76]
「卒業しても会えるかもしれないけどさ」
女「……」
誰もいなくなった学食で、私は一人息をつく。
彼女の言葉を抱えながら、テーブルに突っ伏しては考え事をしていた。
女(言いたい事は……言うよ)
女(言うけどさ)
女「時間が経ったら……もう会えなくなるんだよ」
大切な親友に言えなかった言葉を、一人きりでポツリと口に漏らした。
女「帰らないと……」
……そろそろ、電車の時間だ。
私は学食を後にし、駅に向かった。
誰もいない学食の電灯の明るさが、ひどく無駄に思えて……イライラしながら歩いていたんだ。
216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:22:20.56 ID:RooYQAzXO [3/76]
『不合格』
僕「また、か……」
これで何社目だろう。
僕の手元には、いまだに合格を知らせる封筒は届いていない。
もう、六月も終わり。
少しすれば夏休みに入ってしまうこの時期……僕は焦っていた。
僕「本当に、受かるもんなのかな」
活発は、五月に入ってすぐに内定が出たようだった。
友も、今は最終面接までこぎ着けた会社が三社程あるらしかった。
採用の基準なんて、自分にはよくわからない。
だから全力でぶつかって、それが気に入られれば受かる。
少しでもそのフィーリングに合わなければ、落ちる。
僕「落ち込むのはゴメンだ……」
これくらいに軽く考えて、僕はまた空元気で外に飛び出した
僕「……よしっ」
217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:30:30.69 ID:RooYQAzXO [4/76]
女「……」
もう、夏休みも終わりそうな九月。
ずっと考えていた問題も、自分の中では解決しつつあって……。
女「あとは、彼の返事だけなんだけど」
この様子では、夏休みが終わって、今年の九月も何もないまま……
女「……ちゃんと、言うからさ」
ピリリリリッ。
女「!」
私の言葉に反応したかのように、携帯電話がいきなり鳴り出した。
女「相手は……」
ああ、久しぶりに彼の名前なんて見た気がする。
女「……」
通話ボタンを押す手が、少しだけ震えていた。
219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:36:09.00 ID:RooYQAzXO [5/76]
女『ん……もしもし? どうかした~?』
いつものように、私は優しく聞いてあげた。
僕『やっと……うん。就活終わったよ』
女『えっ、受かったの!?』
僕『受かった、長かった……』
女『そっか~、おめでとう。これでみんな内定だね~』
僕『結局、一番遅くなっちゃったけどさ……』
夏休みも終わるギリギリで、彼はなんとか内定を貰えた。
女(そっか、これで……)
221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:38:47.92 ID:RooYQAzXO [6/76]
女『ね、明日は学校来る?』
僕『授業無いからなあ……あ、でも学校に報告とかもするんだっけ』
女『活発ちゃんも来るって言ってたから、ついでにおいでよ~』
僕『そうだね、じゃあ、とりあえず明日行くよ』
女『うん!』
僕『あのさ、何かいい事あった? 機嫌いいみたいだけど……』
女『ふふ~』
プツッ。
私は、ただ笑いながら電話を切った。
223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:45:07.80 ID:RooYQAzXO [7/76]
ツーッ。
ツーッ。
ツーッ。
僕「き、きられた……何なんだ一体」
僕「……まあ、いいか」
携帯電話を布団に投げ捨て、僕は壁のカレンダーに目を移す。
僕「言いたい事は……」
赤く、丸の付いた日付を見ながら僕は……機嫌のよさそうな彼女の声を思い出しては、まだ笑っていた。
224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:48:17.29 ID:RooYQAzXO [8/76]
9月29日
僕は、いつものテーブル……誰も姿が見えない、放課後の学食にいた。
内定祝いとして、久しぶりに四人で遊ぶ約束をした今日の日。
あと十分もすれば、授業を終えた女が。
あと三十分もすれば、友と活発もここに集合する時間になる。
僕は、本当にゆったりとした気持ちでここに座っていた。
今は、本当に何もないというリラックスした気持ちで……いつもの場所に座っていたんだ。
僕「久しぶりだな、この場所も……」
226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:53:43.76 ID:RooYQAzXO [9/76]
僕「しかし……広い学食に一人ってのもな~」
夏休みが終わったばかりなせいか、人影が全く見当たらない。
授業が終わるまで、誰かが来る気配も無い。
僕「普段は、もう少し人もいるんだけれど……」
僕は、まあいいかという気持ちで学食を見渡していた。
何がある訳じゃない、この広い部屋を……ただ。
僕「ん……」
そんな間、入り口から誰かが歩いて来るのが見えた。
遠くなので顔はよくわからないが……知っている人間の雰囲気ではなかった。
この位置からでも、男性と女性が並んで……こちらに歩いて来るのはわかった。
「ほら、早く行こうよ」
「そんな走ると……また転んじゃうよ」
僕(なんだ、ただの……カップルか?)
228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:02:07.89 ID:RooYQAzXO [10/76]
そのカップルの話が、静かな学食に響いていて……自分の耳にも入ってくる。
聞き耳を立てる気はなかったが……自然と、それは聞こえてしまう。
「ね、どこか遊びにいこうよ」
小さな姿の女の子が、話している。
「遊びにって……どこがいい?」
こちらも、大柄とは言えない……小柄な印象の男性が、その女の子の話を受けていた。
「ん~、とりあえずお菓子屋さんかな。食べたらどこかのんびりできるような、静かな……」
「え、またお菓子?」
「好きなんだよ、お菓子」
「今さら始まった事じゃないけどさ……」
「ふふっ、いいから早く行こうよ。ね」
229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:06:21.24 ID:RooYQAzXO [11/76]
「……普通のご飯もちゃんと食べないと。だからそんなに胸が」
「うるさいっ!」
「あづっ! 本気で蹴るなよ、バカ!」
「ふ~んだ。……ちゃんは遊びにいかないでさ、保健室にでも行ってればいいんだよ」
「……ごめんてば。ほら、謝るから……」
「……」
「お菓子、好きなだけ買ってあげるから」
「本当に!?」
231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:08:32.06 ID:RooYQAzXO [12/76]
「……はいはい、可愛い可愛い」
「えへへ~、知ってる」
「まったく。まあ、何が食べたいか考えておいて……」
「……ちゃんもさ、食べたいの考えておいてね」
「?」
「たくさん買って、一緒に食べよう? 半分っこだよ?」」
「……うん」
「くすっ、素直な……ちゃん可愛い」
「はいはい、じゃあ……行こう」
「うん……」
232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:14:00.56 ID:RooYQAzXO [13/76]
そのまま、彼らは別の出入り口から外に消えてしまった。
僕「……」
女「ふふっ、カップルさんだったね」
僕「あ、来てたんだ」
女「なんか、不思議な感じだったね」
僕「カップル、カップル……ね」
女「?」
僕の傍で、彼女はあんな風に……笑ってくれるんだろうか。
どこかに行く約束をして、同じお菓子やご飯を一緒に食べて。
そんな夢みたいな姿を、僕は先ほどの幸せに重ねてしまっていた。
僕(でも、まだ彼女には何も言っていないんだよな)
女「……ん?」
今日一番の彼女は、まず優しく微笑んでくれた。
僕も久しぶりに、親しい人に見せる笑顔が浮かんだ。
234 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:25:13.03 ID:RooYQAzXO [14/76]
女「なんか、顔付き変わった?」
僕「そう? ずいぶん会ってなかったから、そのせいだよ。女だって何だか……」
女「変わった?」
僕「うん、明るくなった気がするよ」
女「……うんっ、ありがとう」
僕たちは、二人一緒に小さく笑いあった。
彼女といる時の僕は、元気で正直な僕でいる事ができて……。
活発「や。お待たせ」
友「よ~。しばらく。待った?」
235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:26:04.69 ID:RooYQAzXO [15/76]
女「ふふっ、全然」
僕「久しぶりだな、友も活発もさ」
友「……ん。何か、元気になったな」
活発「ね。女ちゃんも、楽しい事でもあった?」
女「うん、楽しいよ~。みんなでまた遊べるんだから……嬉しくて仕方がないくらいだよっ!」
感情を、素直に吐き出す彼女は、この数ヶ月で本当に別人みたいになっていて……。
女「じゃあ出掛けようよ。みんなのお祝い~」
でも、笑顔だけは何一つ変わった様子が無くて。
ああ、やっぱりこれが本当の彼女の顔なんだと……僕は誰にもわからないように、頷いていたんだ。
活発「……ふふっ」
236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:31:17.63 ID:RooYQAzXO [16/76]
僕「じゃあ、みんなの内定をお祝いして……乾杯」
友「よっ、おめでとさん」
活発「乾杯~」
女「おめでとう~」
夕方の街で遊び疲れた僕たちは、相変わらずのファミリーレストランで夕食をとっていた。
乾杯はジュースだが、それでも友達と囲む食卓は、やはり嬉しいものだ。
僕「ご飯が美味しい……」
女「はい、お水」
僕「あ、ありがとう女」
女「うん~」
活発「ふふっ」
友「……これで、後は卒業式だけかあ」
パスタをすすりながら、友が言う。
活発「そうだねそうだね~。卒業……みんな離ればなれだもんね」
237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:40:02.51 ID:RooYQAzXO [17/76]
友「結局俺は地元だけど……お前はどこだっけ?」
僕「ん、どこ行くかわかんないんだ。色んな場所に支店があるみたいでさ……まだ未定」
活発「近くだったら、たまには遊んだりしようね~」
女「活発ちゃんは?」
活発「アタシは、実家の方だよ。まあ、車で一時間もあれば来られるからさ。女ちゃんにも会いに来るよ」
女「ん……ありがと」
彼女の表情が、一瞬だけ曇った気がする。
女「……ね、もうカレー冷めてるよ~?」
238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:40:44.10 ID:RooYQAzXO [18/76]
右手に遊ばせていたスプーンを見つめて、彼女は言う。
そんな曇った顔も、今は何もないように消えている。
女「ふふっ、美味しい~」
……嬉しそうに、グラタンを頬張る彼女の笑顔を見たら、そんな細かい事はどうでもよくなってしまって。
僕は、丁度いい温かさになったカレーを食べながら……ずっと、彼女の事だけを考えている。
今日が終わって、明日になれば。
240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:43:54.28 ID:RooYQAzXO [19/76]
友「いやあ、食べた食べた」
活発「美味しかったね~」
女「みんなで食事なんて、久しぶりだったもんね」
帰りの車の中では、こんな会話をしていた。
僕だけは、返事をしながらも明日の事だけをずっと一人で考えていて、少しだけ上の空だったのを覚えている。
僕はこのまま、明日が普通の形で訪れる物だと、そう思っていた。
友「……な、ちょっといいかな」
話の途中、運転しながら友が口を挟んだ。
242 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:00:41.59 ID:RooYQAzXO [20/76]
もうすぐ、彼女たちを降ろす場所に着くというくらいなのに。
その口調は、えらく改まったような静かな口調で……みんなに語りかけていた。
活発「どうしたのっ?」
友「このまま帰るのもさ……勿体ない気がしないか?」
友「せっかく忙しい時期が終わって、こうやって遊んだついでだから……もう少し遊ぶのも、いいかなって」
活発「ふむふむ~。アタシたち四年生組はいいと思うんだよ。授業は無いし、用事だって……ねえ僕ちゃん?」
僕「まあ、用事は無い、けれども」
活発「問題は女ちゃんだよ。授業もあるし、今から夜まで付き合わせるのは……ね?」
女「私は……」
一呼吸おいて、女は元気に言った。
女「ふふっ、私は大丈夫。一緒にいて……楽しいから、平気だよ」
243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:09:33.95 ID:RooYQAzXO [21/76]
友「おっ、いいよいいよ~。じゃあ、どこ行くか!」
活発「ふふっ、はしゃぎすぎ。この時間だったら……どこがいいかな?」
僕「ん~。女は、どこか行きたい場所ある?」
女「……」
活発「あ、あるって顔してる。どこでもいいよ、お姉さんが付き合ってあげるから」
女「じゃあ……」
女「海に行きたい、かな」
僕「……海? 今から?」
女「うん、行きたい」
活発「……ふふっ、女ちゃんて正直になったよね」
友「運転手は、行きたい場所に連れてくだけだからな」
活発「……僕ちゃんも、それでいい?」
今の僕なら、徹夜でも何でも出来てしまう。
そんな元気な僕だった。
245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:19:27.56 ID:RooYQAzXO [22/76]
活発「あっはっはっ、でも女ちゃんも言うよね」
車は、陽気な四人の笑い声を乗せながら道路を走っている。
あと二時間もすれば海に着いて……日付も変わる、そんな辺りだった。
女「だって、どこでもいいって言ったからさ~」
活発「まさか海が出るとは考えてなかったよ。いやあ、好きだよそういうの」
女「うんっ!」
友「大学生らしい、いいノリだよな~」
活発「本当に、ね。僕ちゃん」
僕「う、うん。そうみたいだね」
彼女は、勢いやその場のノリで、海という選択肢を選んだのだろうか?
僕(分からない部分は分からないや……)
バックミラーの中で見かけた彼女は、また小さく笑っている。
窓の外から入る明かりが……その口元を照らしては、また暗闇に戻していた。
246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:23:04.71 ID:RooYQAzXO [23/76]
女「あ、潮の匂いがする……」
夜の十一時過ぎ……僕たちは、いつかと同じアスファルトの上に立っていた。
前より少し海に近い場所に車が停まっているため、波の音と海から吹く風が側に感じる。
太陽も見当たらない夜の海からは、肌寒いくらいの風が吹いている。
女「んっ……」
彼女は、少し上を見つめながら歩き出した。
海の向こうを見つめているのか、低い位置の星を見つめているのか……まだわからない。
僕も、彼女の後ろから、付いていくように歩いていった。
風に負けず、僕はすぐに彼女の横に並んだ。
すぐに、足場のアスファルトが砂浜に変わる。
249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:28:30.85 ID:RooYQAzXO [24/76]
活発「……来たね、海」
友「ああ、勢いだけで、な」
活発「大学生にはよくある事よね~」
……。
ザーザーっという音が、海から何度も聞こえてくる。
四人は、ただ静かに見えない向こうだけを見つめて……風の中に身を任せていた。
何も、話す事は無くなっていた。
しばらくは、そのまま……みんなで海の中をさ迷っていた気がする。
僕(今日は、星が見えるんだろうか……)
視線を空に移そうとした瞬間……。
活発「ん……少しだけ、眠いかも」
ふいに、活発が言った。
250 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:32:45.61 ID:RooYQAzXO [25/76]
友「眠いのか?」
活発「あははっ、最近寝不足だったからさ」
友「仕方ないな、車で少し休んでるか?」
活発「……そうさせて、もらおおかな」
友「ん。二人はどうする、戻るか?」
僕「いや、僕は……」
女「私たちは、もう少しここにいるよ」
僕より早く、彼女が言った。
友「そっか、俺も車にいるからさ。気がすんだら戻ってこいよ」
僕「ん、わかった」
女「は~い」
……。
夜の海に、二人だけ。
251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:36:11.65 ID:RooYQAzXO [26/76]
波はさっきより大きく聞こえて……でも、体はなぜか寒さをあまり感じていない。
女「ね……」
そんな不思議を感じる夜に……彼女が、僕に笑って話しかけてくれている。
彼女は、まっすぐに僕を見ている。
女「綺麗だね、空」
彼女の言葉で、僕は海から一気に目線を上に向けた。
言葉通り、僕たちの真上には……満天の星空と、季節のせいかとても輝いて見える月が一つ。
僕「……前は、月は出てなかったものね」
女「うん……そうだね」
僕も彼女も、同じ八月の事を思い返していたんだろうか。
あの時と同じように、僕たちは空を見上げている。
彼女ともう一度、この場所にいる事が、何だかまだ信じる事が出来なくて……何かを探すように、僕は空の星だけを見つめていた。
253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:40:06.82 ID:RooYQAzXO [27/76]
女「……」
僕「……」
もう一度、彼女に言わなければ。
僕が考えていた事、想いや今までの事も……今日、全部。
僕「あのさ、女」
彼女は、何も言わずに僕を見ている。
まるで、今から言う言葉がわかっているみたいな顔で。
静かに、ただ静かに……僕だけを見てくれている。
僕「もう一度、女に伝えたい事があるんだ……」
女「……」
254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:44:15.63 ID:RooYQAzXO [28/76]
僕「僕は、やっぱり好きで忘れないから、どうしてもそれだけ言いたくて」
女「うん……」
僕「全部が終わった今、もう一度言うよ。僕は、君の事が好きなんだ」
女「んっ……」
彼女は、小さく頷く。
その視線は、海を見つめるまでに落ちている。
女「……気持ちは、嬉しいよ」
女「でも、ね……」
僕「……」
彼女の言葉が続き……嫌われて、断られる言葉を吐き出されるのかと、そう思っていた。
でも、次に聞こえた言葉は、それとは違う。
女「私は……愛情をここに残していきたくないんだよ」
残して……いきたくない?
255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:47:15.71 ID:RooYQAzXO [29/76]
それだけでは、言葉の意味がよく分からない。
彼女は更に言葉を続ける。
女「もう、僕ちゃんは四年生で……あと数ヶ月で、私とバイバイ」
女「……それが、辛いの」
僕「辛い?」
女「うん。離れたらさ……愛情って我慢出来ないんだよ……」
女「活発ちゃんや友君との友情はね……多分離れても我慢出来るんだよ。たまに会いたくなっても、すぐに抑え込む事は出来ると思う」
女「でも……好きな気持ちだけは、持っていたくないの。お別れしたくなくなるから、それだけが辛いから……」
僕「……」
259 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:00:26.19 ID:RooYQAzXO [30/76]
僕「……辛いなら、気持ちをずっと持っていればいいよ」
女「……?」
僕「卒業したら、もう会えなくなるわけじゃないんだからさ。離れて辛いなら、僕は女の側にいる」
女「……」
僕「時間だって、女のために作って……休みの時はたまに学校に遊びに来たりさ。ほら、時間なんて、何とかなるから……」
僕「だから……」
女「……」
僕「だからさ……そんなに寂しそうに笑うのはやめてよ……」
僕は、もう好きという言葉を言えなくなってしまった。
何かを話す度に、彼女の顔が悲しさで染まっていくのが見えてしまったから。
僕が何を言っても彼女は……まるで、僕ともう会う事が出来ないと決まってるような……。
そんな、寂しい顔を浮かべている。
260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:05:45.06 ID:RooYQAzXO [31/76]
でも、すぐにその寂しい顔を、スッ、と消し去った彼女が次に言った言葉は……。
女「ね、私はさ僕ちゃんの事が好きだよ」
僕「えっ……」
その寂しさの中で、いきなり僕にそれを言われて……。
女「うん、好き……最初はね、愛情を作るつもりなんて無かったけれど、一緒にいるうちに段々……」
僕「女……」
さっきまで、僕は否定されているような気すらしていた中で、彼女は僕に語ってくれる。
女「好きだから……君には正直に話しておくね」
女「私さ、あの場所に帰らないといけないんだ」
彼女が指差したのは、見上げていた空の先……星が、何重にも輝いている夜の一部分を。
彼女は指差している。
261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:11:51.31 ID:RooYQAzXO [32/76]
僕「……空」
女「違うよ、星」
僕「そこに……帰る?」
女「うん。私は星の一つだから……いつかはあそこに帰らないと」
僕「意味が、よくわからないんだ……」
女「ふふっ……嘘みたいだけどさ、本当の話だよ。だからずっと一緒にはいられない。それだけ」
僕「……」
夜の海が見せる、夢みたいなものだろうか?
僕には、彼女の言葉を信じる事が出来なかった。
彼女は空から来て、星になって……僕の前から離れていってしまう。
だから、何も残さずに帰ろうとしていた?
僕「……」
女「やっぱり、信じられない?」
264 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:21:13.56 ID:RooYQAzXO [33/76]
女「ふふっ、こんな事信じられないよね? 誰にも話すつもりなかったから、不安で仕方なくてさ」
僕「……女の言う事なら、信じるよ」
女「ふふっ、本当に?」
僕「当たり前だよ。女が星なら、僕も星……だよ」
頭に浮かんだすぐの言葉を話す僕は、本当に夢の中にいるみたいだった。
265 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:21:56.79 ID:RooYQAzXO [34/76]
女「……ありがとう。やっぱり、優しいんだね」
僕「だって、僕は……」
女「……ね、ちょっと待って」
僕の言葉を遮り、彼女はまた空に指を差し始める。
女「あの、ほら。月が今重なりそうな辺りにさ……私の帰る場所があるんだよ」
女「お父さんやお母さん、身内の星って言うのかな……みんな、あの辺」
僕「へえ、もしかしてこっちを見てるとか?」
冗談混じりに、僕は笑いながら受け答えをしてみる。
267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:25:17.49 ID:RooYQAzXO [35/76]
女「ふふっ、バッチリ見られてるよ~。こんな所見られたら、帰ってから怒られちゃうかもね~」
彼女は、すぐに僕の手をギュッと握ってくる。
直に、手のひらと手のひらが触れ合う感触が……自然と僕を高めていく。
僕「み、見られてるなら、こんな……」
女「今は平気だよ、ほら……」
もう一度、彼女は空中で指を動かしながら言った。
大きな月が、その指の先でゆっくりと動き……すっかりとその辺り一帯を覆い隠してしまったように見える。
268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:29:19.04 ID:RooYQAzXO [36/76]
月の周りには、その光のせいかさっきまで見えていた星が見えなくなっていた。
女「ほら、これで見えないから……だから……」
女「最後に愛情だけ、ちょうだい……?」
そのまま、彼女の唇がゆっくりと近付いて来て……僕の唇と優しく触れ合う。
しっかりと握りしめた手のひらのように、唇と肌と彼女に……僕の体が、くっついている。
長い時間、彼女と一緒にいて……何度も海から吹く風をお互いの唇で挟みながら……。
空に浮かんでいた月は、もうとっくにその場所からは動き出している。
でも、ずっと目を閉じて、星の海の中で抱き合っている僕たちには……その月はもう見えない。
269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:33:21.67 ID:RooYQAzXO [37/76]
僕「……あ、そう言えばさ」
女「ん……」
僕「もう一個、言わなくちゃいけない事があったんだ」
女「ん、なーに?」
僕「今日は、女の誕生日だから」
女「……あ、覚えててくれたんだ」
僕「うん。適当なんかじゃなくて、ちゃんと……」
女「うん……」
僕「女……」
……。
僕たちの声は、吹き抜けた強い風と波の音でもう聞こえない。
ただ、彼女と一緒にこの海と……輝く星の下で、ただ静かに抱き合って……二人の今日が、始まって。
271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:38:49.44 ID:RooYQAzXO [38/76]
……。
活発「……ふふっ、じゃあ写すよ~。はい、チ~ズ」
活発「はいっ、オッケ~」
友「次は俺のデジカメで頼むよ!」
活発「わかったわかった、ほら、女ちゃんも僕ちゃんも寄って寄って」
友「そうそう。せっかくのツーショットなんだからよ、笑顔笑顔」
僕「わかってるって……」
女「ふふっ、こんな感じ?」
活発「お、いいねいいね~。じゃあそのまま、はいっ」
273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:45:13.89 ID:RooYQAzXO [39/76]
僕「次は、みんなで写ろうよ」
友「んだな。俺、シャッター頼んでくるよ」
活発「ん~、お花持った方がいいかな? あ、僕ちゃんネクタイ曲がって……って、これはアタシの役目じゃないかな?」
女「あははっ、ネクタイ~」
僕「それくらい、自分で直せるよ」
活発「ふふっ。せっかくの卒業写真だからね。一生物だよ」
僕「ん……」
友「よ、お待たせ。ささ、集まれ集まれ」
活発「お~っ、アタシ女ちゃん隣ね」
女「うん、一緒~。ちょっと借りますよっ?」
僕「……勝手にしてくれ」
女「ふふっ」
友「はい、よろしくお願いしま~す」
……。
カシャリ。
275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:02:24.34 ID:RooYQAzXO [40/76]
友「さて、もういいだろ。帰る……もとい、打ち上げ行こうぜ」
活発「そうだね~。でも、予約したのは六時くらいだっけ?」
女「あと三時間くらいあるね~」
僕「どこかで、時間潰しでもしてるか?」
活発「あ、賛成賛成~」
友「んじゃ、どうするか。まあ、結構時間があるからどこだって……」
女「……あ、あのさ」
活発「ん、どうしたの女ちゃん?」
女「私、行きたい場所があるんだ。その……僕ちゃんと、二人だけで……」
二人……だけ?
276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:09:07.83 ID:RooYQAzXO [41/76]
女「……」
僕「ごめんね、待った?」
女「ううん、大丈夫だよ。今来たところだからさ」
大学に一番近い駅から電車に乗って……僕たちは、今からどこかに行くらしい。
女「じゃあ行こうよ。すぐ電車来るみたいだからさ」
僕「ん……」
女「ふふっ、早く早く」
ギューッと音が聞こえて来そうなくらい、彼女は僕の手を強く握りしめたかと思うと。
軽い足取りで、僕を目的の電車まで引っ張って行った。
僕の足が軽く感じたのは……スーツから私服に着替えたせいでは、多分ない。
女「ふふっ」
278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:15:46.83 ID:RooYQAzXO [42/76]
僕「……ここは?」
女「私の、お気に入りの場所だよ。一緒に来たかったんだ~」
目の前の看板には『プラネタリウム』の文字が見えた。
落ち着いた雰囲気の建物だと思っていたけれど……。
僕「プラネタリウムなんて、初めてかもしれない」
女「……よかった、初めてで。なんか、嬉しいよ」
僕「女……?」
彼女の顔は、少しだけ疲れているように見えた。
昼の疲れが出てきたんだろうか?
女「入ろう。一緒に……ね?」
僕「うん……」
僕たちは、再び手を握りあって……建物の中へ入っていった。
その背中で夕焼けが落ちていくのを、僕は感じていた。
279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:26:35.87 ID:RooYQAzXO [43/76]
絨毯の上を案内のままに歩き。
僕たちは、星の見える大きな部屋に入っていった。
中では、静かな音楽に……一瞬で目の前の全てが星になる、そんな夜の中を歩いていた。
女「ここ、座ろ」
彼女は、ドームの中心に一番近い席を指差した。
僕「ここがよく見えるの?」
女「ううん、好きな場所だから、それだけ」
僕たちは腰を下ろし……二人で肩を寄せながら、球体の空を見ていた。
僕「誰もいないね」
女「僕ちゃんがいればいい……」
僕「ん……」
女「ここには、見られて困る星はないからさ……ね」
女「もう一回、愛情欲しいな……」
……。
僕たちの唇がゆっくりと合わさっても……この星たちには、何を見る事も出来ない。
281 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:32:53.65 ID:RooYQAzXO [44/76]
女「ね……」
僕「ん?」
女「星が見たい」
僕「本物? じゃあ、そろそろ外に出て……」
女「ふふっ、違うよ。こっち」
僕「?」
女「ついてきて?」
席をパッと立ち上がり、出入口に続く段差の上を軽快に。
ピョン、ピョンと一番上の段まで上り詰めてしまう。
僕「ま、待ってよ」
女「こっちだよ~」
扉を開けたままの彼女は、今入ってきた方向とは逆の、建物の更に奥の方を指差している。
彼女がすぐに走り出してしまったので、見失わないように後を追う。
彼女の姿を……一秒だって視界から消したくなかった。
僕は、扉を勢いよく開いき、彼女に向かって走っていった。
283 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:43:12.71 ID:RooYQAzXO [45/76]
女「入って……」
僕「これは……天体望遠鏡か」
扉を開けた僕らの前には、白の大きな望遠鏡が、空に向かって真っ直ぐに伸びている。
女「うん、自由に見ていいんだよ。普段見る星とは、また違って見えて……好きなんだ」
僕「……星が望遠鏡を覗くの?」
女「人間観察と同じようなものだよ~。なんてね」
ふふっ、といつもの笑いが漏れる。
女「僕ちゃんにいい物見せてあげるよ、ちょっと待っててね」
……彼女は望遠鏡を覗き始め、なんだか手元の辺りで小さく機械をいじっている、ように見えた。
女「……ん、お待たせ~」
以外と早く、その作業は終わったみたいだ。
284 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:53:48.36 ID:RooYQAzXO [46/76]
女「えへへ~、ここに座ってさ、見つめてごらん。夜の星を」
木工作りの、背もたれのないイスを軽く叩きながら言った。
表面が反射して、テカテカとしたそのイスは……新調された感じを受ける。
薄暗い部屋の中で、彼女の真っ白なパーカーだけがよく見えている。
僕は、そこまでゆっくりと歩く。
女「そのまま、覗いてみて……見えるはずだからさ」
僕「……」
いつも見ている、空の色。
でも、そこに混ざる一つ一つの光が大きくて、ただひたすらに輝いている。
僕「星が、すぐそこにあるみたいだ……」
女「えへへ~、綺麗でしょ?」
286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:02:50.21 ID:RooYQAzXO [47/76]
小さな光も、大きな光も関係ない。
僕に見る事の出来ている全ての星が、ただ綺麗に光っていて……波のように、僕の瞳に入ってくる。
女「……その星の中にさ」
背後から、声が聞こえる。
女「ちょっとだけ小さいけど、でもよく光って見える星が一つだけ……ない?」
僕「ええっと……」
女「その、真ん中辺りの……うん」
僕「……これかな?」
僕は、言われた通りの星を見つけた。
確かに大きさ自体は小さく見えるが、望遠鏡で見るとその光の強さがよくわかった。
女「うん……その星が、私なんだよ」
僕「え……」
288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:06:30.70 ID:RooYQAzXO [48/76]
言葉……そしてすぐに、僕を背中から抱きしめてくる両腕が……。
僕は、思わず彼女の方を向こうとした。その時。
女「振り向いちゃダメ!」
僕「っ……」
女「レンズから目離しちゃ、ダメ……星を見ていないと……ダメ」
制止の言葉と、両腕の絞まりが一層強くなる。
僕は、全く動けないようになってしまい……ただ、彼女と思われる星を見つめていた。
女「……」
僕「……」
290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:14:02.37 ID:RooYQAzXO [49/76]
彼女が後ろから僕を抱きしめて、僕はずっと星の彼女を見つめていてから……どれくらい時間が経っただろう。
静かな部屋に、誰かが入ってくる事もなく……僕たちは、そのままの姿勢で時を過ごしている。
女「ね……」
口を開いた彼女の声は……目の前に見える星と一緒で、少し暗くなっている気がする。
女「会えた事、それって流星みたいなものだよね」
女「何となく空を見て、偶然に星を見つけて……でも、見つけたらそれでおしまい」
僕「……」
女「あ、言っておくけど私は流れないからね? ずっと……僕ちゃんが見ているその星のままでいるから……」
女「だから……」
291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:26:23.43 ID:RooYQAzXO [50/76]
彼女は震えている……。
震える度に、僕を抱きしめる力が強くなるのが、僕には分かっていた。
キツいくらいに僕を抱いても、どんなに体をくっつけて近付いても、その震えは止まらない。
僕「女……一つだけ教えて」
僕「もし僕が今、この星から目を離したら女は……」
女「……」
僕「……もう、帰らないといけない時間なのか?」
女「……」
僕「どうなんだ、答えてくれ……お願いだから……」
僕の方も、体が震えそうになっている。
声をまだ……辛うじて、はっきりと出す事が出来たのは、彼女から答えを聞いていないから。
でも、なんとなく僕にはわかっていた。
292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:35:27.78 ID:RooYQAzXO [51/76]
女「その星から目を離したら……私はそこに帰らないといけないんだ」
僕「っ……」
喉と胸に、体の奥から余計な感情が込み上げてきて……。
息が、出来ない。
女「ふふっ、私の家、門限厳しいからさ……だから、バイバイしないといけないんだよっ」
僕「……嘘つきだ。門限、無いって言ったクセに」
女「あっ、ははっ。時間なんて気にしないで、一緒にいたいのにね~」
僕(そんなに、無理に笑おうとしないでくれ……)
泣きそうな僕が、ひどく小さな星に思えてくる……。
293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:48:50.63 ID:RooYQAzXO [52/76]
僕「大学も、二年だけ通うつもりだったんだ?」
女「あと二年もここにいたら……多分私は、星になるのを止めてるよ」
僕「どういう事……?」
女「二年も僕ちゃんに愛情貰い続けたら……今以上に、別れるのが辛いから……」
僕「自分で……決めた事だったんだね」
女「私にとっての愛情は、もういっぱい。だか、ら……」
女「……」
そこまで言うと、彼女は僕の背中に顔を埋めて……しばらくは何も喋らなくなってしまった。
泣かないような話題を、精一杯探してみたけれど……その全てが、彼女の愛情に繋がってしまう気がして。
少しの間、レンズの中だけをただ覗いていた。
294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:54:19.17 ID:RooYQAzXO [53/76]
女「……そろそろさ、電車乗らないと。六時になっちゃうよ」
僕(ここから離れたら、女が……)
女「待たせるのは悪いからさ、そろそろ……行こう?」
僕「女が行かないなら……俺も行かない」
女「でも、ここだって……七時には閉まっちゃうから、早めに……」
僕「……」
僕「ね、女。僕のポケットからさ、携帯出してくれないかな?」
女「ん……はい」
すぐに、彼女は片手を動かして僕に電話を渡してくれた。
僕「ついでに、友に電話して。そしたら、後は僕が話すから……」
女「……」
ピタリ、と耳に電話の感触を感じる。
呼び出し音、繋がる音……友の声が聞こえる。
296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:00:04.86 ID:RooYQAzXO [54/76]
友『もしもし、どうした~?』
僕『あ、実はちょっと遅れそうなんだ。先に店に入っててくれないかな』
震えそうな声を必死で抑え、僕はなるべく元気に話をする。
友『ん、何かトラブル?』
僕『そんなんじゃないよ、ただ……彼女が今日は「帰る」って言うからさ。お見送り』
女「……」
ギュッ。
友『そっか、参加出来ないのか。残念だな~』
僕『ああ、だから僕は直接店に向かうからさ。それで頼むよ』
友『わかった。じゃあ、また後で。女にもよろしく言っておいてくれ』
活発『女ちゃん、また今度遊ぼうね~!』
友『わっ、横から大声をだ』
ブツッ。
298 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:09:20.73 ID:RooYQAzXO [55/76]
僕「……ははっ、切れちゃったや」
女「ふふっ、ね」
僕「これで、七時までは一緒」
女「……」
僕「最後に、二人に挨拶しておく?」
女「ううん、声が聞けたから……それだけでいい」
電話の向こうで、二人も笑っていた。
彼女にとっては……まるで自分が卒業するような気持ちで、彼らの笑い声を聞いていたんだろう。
299 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:12:22.40 ID:RooYQAzXO [56/76]
僕「あれ、でもさ。友情は我慢出来るから、大丈夫じゃないの?」
女「もうっ、いちいちイジワルしないでよ。卒業の時って、雰囲気で泣いちゃうものでしょ?」
僕「ん、そういう事にしておく~」
女「……あんまり生意気言うと、歯形で皮膚ボコボコにしちゃうぞ?」
僕「ははっ、女が残してくれる物なら何でもいいよ」
女「……本気?」
僕「あと一時間なんだからさ……女の好きなようにくっついてくれていいよ」
僕「僕は……ずっと同じ星だけを見てるから」
女「うん……まあ、それも私なんだけどね」
僕「ん、じゃあ後ろにいる女を見たって別に」
ガブッ。
300 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:20:38.05 ID:RooYQAzXO [57/76]
僕「……冗談なんだからさ。後ろなんて振り向かないから……もう少し優しくして欲しいな」
女「ご、ごめん。ちょっと強く噛みすぎたかも……」
冗談を言った僕が悪かったのか、左の首筋辺りがヒリヒリと悲鳴をあげている。
女「じゃあ、これくらい……んっ」
今度は、優しい歯の感触が右の辺に流れている。
彼女の口に挟まれた首筋に……ゆっくりと生暖かい舌が触れる。
噛んだ痕はもちろん、口の中の彼女……粘膜を塗られているような感覚すら覚える。
残りの一時間は……彼女がずっと僕を甘噛みしていて、僕に印を付けている、そんな時間が流れた。
301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:26:54.50 ID:RooYQAzXO [58/76]
女「ん……」
ずいぶんと長い時間、僕の首にくっついていた彼女がその唇を離す。
僕「満足した?」
女「……満足。いっぱい噛んだよ~」
僕「うん、それはよかった」
女「うん……私も会えてよかった」
……急に、シリアスになるのはズルい。
沈んだトーンのまま、彼女は言葉を続けた。
女「もう七時……私、そろそろ帰らないと」
僕「ずっと、この望遠鏡を見ていたいんだけどな」
女「ふふっ、係の人が来るから止められちゃうよ。だから……本当にバイバイしなきゃ」
僕「……」
女「ね?」
302 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:35:14.98 ID:RooYQAzXO [59/76]
僕は、その言葉に反応せずに、ずっと彼女を見つめている。
この土壇場になって、僕は……星を見る事をやめたら彼女が消える、という言葉を信じられなくなっていた。
女「……最後にさ。笑ってバイバイって言って?」
嫌だ。
女「ね……何か言ってよ……」
さっきからずっと……僕の目には、海のような涙が浮かんでは、彼女を見る事を邪魔している。
何かを言ったら、僕の声は……情けなく震えて、彼女をまた不安にさせるんだ。
女「……そっか。言葉じゃなくてさ……」
女「ね、そのまま目を瞑って? 星を、海の中に閉じ込めるように……そう」
303 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:44:33.53 ID:RooYQAzXO [60/76]
女「そしたら、こっちを向いて……うん。そのまま目は閉じていてね」
僕の体は、彼女がいるであろう方に向けられる。
望遠鏡も、周りの景色さえも見えず、僕の瞼には一つの星だけが浮かんでいる。
女「……」
キュッ、彼女の両手が僕の肩を掴んだ。
服を軽く握られて……星がどんどん近付いてくるのが見えた。
女「二年間ありがとう。さよなら……大好きだよ」
女「これが最後の……」
女「んっ……」
瞳の中の星が、パッと煌めいて……消えた。
唇の感触は、まだ僕の呼吸を止めているのに。
肩を掴む両手の暖かさが、まだここにあるのに。
もう、浮かんでいた星が見える事は無くなっていて、ただ真っ黒な海だけが残っていた。
306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:52:45.72 ID:RooYQAzXO [61/76]
……ガチャリ。
扉が開いた瞬間、唇が自由になった。
それと同時に、すぐに目を開けて……僕は彼女を探した。
僕「……」
部屋の中には、僕と係の人間以外誰もいるはずもなかった。
閉館です、と声を掛けられてからも……僕はもう一度だけ望遠鏡を覗いてみたんだ。
綺麗に光る星の中に、一つだけ……まるで、こちらを見つめているみたいに、輝く星がある。
その光は僕に何かを……。
僕(うん……うん)
僕(ちゃんと挨拶しとくよ。待たせないように、急いで行くから……)
僕(……)
僕(僕は、女の事が……ずっと好きだから)
女(うん……ありがとう)
星がキラリと……優しく光って、微笑んだ。
僕には、そんな気がした……したんだ。
307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:00:21.87 ID:RooYQAzXO [62/76]
友「……ん、おおっ。遅かったな。大丈夫だったか?」
活発「あ、来た来た。心配しちゃったよ~」
僕「ああ、ごめんごめん。電車が混んでてさ」
活発「あ、電車だったんだ。女ちゃん、しっかり送ってきた~?」
僕「ちゃんと……自分の場所に帰っていったよ」
友「そっか。まあ、とにかくお疲れ。じゃあみんな……いや、いない分の女も含めてさ」
友「乾杯」
活発「うん、お疲れ様~」
僕「ん……乾杯」
心の中で、僕は彼女の名前を呼んだ。
友と活発の顔を見て……彼女の言っている事を、少し理解した気がする。
僕(友情はまだ我慢出来るけれど……)
僕(愛情だけは、我慢出来ないみたいだ……)
308 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:05:44.26 ID:RooYQAzXO [63/76]
活発「……あれっ、僕ちゃん。また酔った? と言うか……泣いてる!?」
友「おうおう、泣け泣け。男にだって泣く権利くらいは~」
活発「もう、飲み過ぎ!」
活発「……また変に酔っちゃったかな。ほら、お水と……あ、む、無理にご飯なんて食べなくていいんだよっ!」
活発「……なに、もしかしてやけ酒みたいな感じ? 女ちゃんと喧嘩でもした?」
活発「もう……そんなに荒れるくらいだったら、アタシが仲介してあげるからさ。もう、泣かないの」
309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:13:46.57 ID:RooYQAzXO [64/76]
活発「……あ、そう言えばね、会社のお休みが日曜休みみなんだよ。だから女ちゃんを誘って……」
活発「ふふっ、お給料出たらお洋服買って、着せ替えさせるんだ~。女ちゃん可愛いんですもの」
活発「あと、ケーキやお菓子だってたくさん買ってあげて、それから……」
それから……居酒屋から、声は段々と遠ざかっていく。
その、賑やかのお店を……一人の女の子が、寂しそうに見ていた。
彼女にだけ見える光景と、聞こえる会話……。
その日の夜の記憶は、悪酔いのせいで何も覚えていなかった。
眠ったら、次の日はに起き上がって……。
彼女のいない僕の生活が、ただ始まった事だけを覚えている。
310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:20:32.10 ID:RooYQAzXO [65/76]
……。
その記憶を持ったのは……何十年前の事だっただろう。
正確な年数を思い出すには、今の頭では少しだけ時間が掛かる。
何より今日は……そんな数字を数えて過ごすような日ではない。
男「……よし。準備はこれでバッチリだ」
大きな、白い天体望遠鏡を覗きながら……僕は一人ではしゃいでいた。
311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:24:52.11 ID:RooYQAzXO [66/76]
九月三十日、快晴。
空には一つの雲すら無くて……星の光が無限に広がっている。
僕はその無限の中から一つ……小さいけれど、とても綺麗に光を放っている星を見つける。
その光は久しぶりに見たはずなのに、懐かしくて、僕はそれをよく覚えていた。
男「……」
妻「んっ……また望遠鏡覗いてるの?」
男「ああっ、まだ起きてたんだ」
妻「もう寝るけど……あ、何か飲む?」
男「ううん。気にしないで、ゆっくりおやすみ」
妻「そう……じゃあ、おやすみ。あまり遅くならないでね」
男「……ん、おやすみ。また明日」
313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:33:34.74 ID:RooYQAzXO [67/76]
男「ふぅ……」
一人になり、レンズから見える、星に再び目を戻すと……その光は先ほどよりも強くなっている気がした。
男(……いや、毎回そう怒るのはやめてくれないかな)
女(ふ~んだ……浮気者)
男(そんな事言わないで。ほら、ちゃんと今年も会えたんだから)
女(……)
男(ね?)
女(わかった……から)
男(ははっ、じゃあいつもの……ね)
女(ん……)
ガラスのような、液晶のような……小さなレンズを見つめて。
遠くにいる君に向かって……僕はお祝い言葉を呟いた。
『お誕生日、おめでとう』
314 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:43:50.36 ID:RooYQAzXO [68/76]
星は、それで満足したのか、落ち着いた光のまま、僕を見つめてきた。
そこからは……静かに二人でお喋りをして。
太陽が星を隠してしまうまで、僕と彼女はレンズ越しに見つめあっていたんだ。
男(……そろそろ、帰らないと)
女(うん、私も……)
男(また今度、ね)
女(ふふっ、笑ってバイバイできるって幸せだよね)
男(うん)
女(じゃあ、また……)
……。
これが、僕の過ごした記憶の全てだった。
315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:51:59.95 ID:RooYQAzXO [69/76]
……。
それからまた何十回と季節が巡っては……過ぎていく。
「……」
「どうかした?」
「星が、綺麗だったから……つい」
「くすっ。なんだかロマンチック」
「一緒に見よう。ほら、こっちにおいでよ」
「うん……」
恋人たちが寄り添うように……。
誰かが見上げているこの夜空でも……二つの星が、笑っていた。
小さくて見る事は出来ないかもしれないけれど、彼女はずっとそこにいる。
その横で、静かに彼女を見つめる……新しい星の存在が。
この星の海に、広がっている。
316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 08:09:39.93 ID:RooYQAzXO [70/76]
今夜も……晴れていたら、僕は空を見上げるんだろう。
明るい月と、寒さでよく見えるようになった星がそこにはあって……。
どこかで、一つの星が笑っているように光を放っていて。
素敵な気持ちになった僕は、また彼女を想って笑うんだ。
その星に……お祝いの言葉をあげよう。
「お誕生日、おめでとう」
それだけで、彼女は笑ってくれる。
二人で、星と海を見つめながら抱き合ったあの日を……僕は忘れない。
この記憶は、空にいる彼女の側に行っても……。
星として生きる僕の記憶に、永遠に残るのだから。
星の裏側に付いた……消えない、彼女の印と一緒に。
「星の海で……つかまえて」
終
317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 08:13:10.62 ID:RooYQAzXO [71/76]
終わりです。
読んでくれた人、保守の人ありがとうございます。
九月にどうしても書きたかった文章がこれでした。
九月。
僕「……はぁ」
家の天井を見上げながら、僕はただ溜め息だけを増やしていた。
彼女に告白し、フラれてからおよそ一ヶ月。
僕(学校が無い分、変に気持ちをすり減らす事はないけれども……)
彼女に気持ちを受け入れて貰えなかった寂しさは、やはりそう簡単には消えない。
あれから、僕はただ、何となくで毎日を過ごしている。
友からの誘いも、彼女からの連絡も何も無い。
日々、自分のやるべき事だけをやって……三年生の夏休みは終わっていった。
九月は、僕にとって何もない月だった。
154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:04:16.92 ID:NKRHgRbbO
活発「や、おはよう~」
友「よ、おは」
暑さも落ち着いた、九月の真ん中。
少し短い夏休みが終わり、いつもの学食にいる僕たち。
でも……彼女の姿だけはこのテーブルの周りには見当たらなかった。
僕(今日が後期初日なのに……サボっているのかな)
午前中に、一つ同じ授業があったはずだが、彼女は教室に現れなかった。
顔を合わせるのが気まずい、と思いながら待っていたが……余計な心配だったみたいだ。
活発「今日は何食べようかな」
女のいない、三人だけのお昼が始まった。
友「……お、そう言えば聞いたか? 女が告白されたっていう話さ」
155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:07:57.79 ID:NKRHgRbbO
女、の名前が出た所で僕のスプーンの動きは止まる。
活発「え、なになに~。また告白されたの!」
活発も、興味津々といった様子で体を乗り出した。
友「また? 以前にも告白されてんのけ?」
活発「ん……アタシが知ってるのは、夏休み前の話だよ。女ちゃんから聞いたの」
友「俺の方は夏休み中の事だから、違うか。俺は告白した奴から、直接聞いたんだけどさ」
一瞬、自分の事かと思ってしまった。
僕(女が友に何か相談でもしたのか、と思ったけど……そういうわけでも無いみたいだな)
僕は少しだけ安心した。
活発「それでそれで?」
156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:11:50.43 ID:NKRHgRbbO
友「ああ……夏休み中にな、課題で学校に集まる用事があったらしくてさ。まあ、同じ学年の奴が……な」
活発「へえ、そんな話よく知ってるね」
友「知り合いの後輩でさ。まあ、ボロボロにフラれたらしくてさ……夏休み中ずっと落ち込んでたんだな、これが」
活発「いやあ、鉄壁だねえ女ちゃん。理想が高いのかな~」
活発がちょっと笑いながら、こちらを見つめてくる。
僕「こっちを見るな、こっちを」
友「……で、俺は夏休み前に告白された話を知らないんだけど?」
活発「あ、あのね。アタシたちの同級がね……」
会話は続いた。
彼女の名前が出る度に、冷たく突き放すような表情が、いちいち鮮明に浮かんでくる。
157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:16:15.23 ID:NKRHgRbbO
僕(フラれた後の反応が、想像できるな)
活発「……その子もボロボロだったみたいでさ。落ち込んだって話だよ」
友「大変な子みたいだ……なあ?」
僕「……」
僕の腕には、彼女に抱きしめられたあの一瞬の温もりがずっと残っていて……。
僕は、冷たい表情よりも、その暖かい感触を思い出してしまう。
活発「僕ちゃん?」
友人にからかわれてるのにも応えず、僕は一人で彼女の事を考えていた。
158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:18:36.81 ID:NKRHgRbbO
どうしても、僕には彼女を忘れる事が出来なかった。
僕(他の人は知らないけれど、少なくとも僕は友達でいられるはずだから)
僕(……新学期、彼女に会ったらまず笑顔で挨拶をしよう)
そう決めていたのに、今日から始まった学校で、彼女には会えなかった。
僕と彼女がもう一度会えたのは……そんな、何もない九月が終わった辺りだった。
159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:26:45.84 ID:NKRHgRbbO
翌日、すぐに彼女に会う事はできた。
放課後の学食で、いつも通りのテーブルに座って……。
女「あ、活発ちゃんに僕ちゃん」
いつもの様子で、僕たちに話し掛けてくれたんだ。
活発「や、久しぶり。元気だった?」
女「うん!」
本当に元気そうに、返事をする。
女「……僕ちゃんは、元気だった?」
僕「え、あ、うん。大丈夫だったよ」
いきなり話しかけられ、とっさに返事をする。
その様子は、何も事情を知らない活発の目にも変に見えた……と思う。
女「そ、なんだね」
彼女は、やはりどこか濁ったような笑顔で僕を見ていた。
女「……今日は、二人だけ?」
160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:33:02.16 ID:NKRHgRbbO
僕「ああ、友は場所取りに行ってくれてるんだよ。今から、就活セミナーみたいなのがあってさ」
活発「アタシたちも、一応就活生だからね~」
女「そっか、そうだよね」
活発「……そろそろ行かないと。じゃあ、またね女ちゃん」
女「ん……またね」
挨拶を済ませると、活発はすぐに学食の外に向かって歩き出した。
僕は少しだけそこに止まり、彼女と二人の時間を無理やり作った。
女「……なに?」
分かりやすいくらいに、冷たい顔の彼女がそこにいる。
163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:46:56.91 ID:NKRHgRbbO
僕「てっきり、もう話して貰えないって思ったよ」
女「友達とは、話さないと」
皮肉混じりな彼女を前にしているはずなのに、僕の心はどこかに余裕を感じているようだった。
僕「ははっ、友達ならよかったよ。三人でご飯っていうのも、少しだけ寂しくてさ」
女「ふ~ん……」
ジトッ、とした目。
初めて見る表情かもしれない。
僕「友達なら……もう少し笑ってくれてもいいんじゃない?」
女「ん……こう?」
すぐに、彼女はいつものスマイルを取り戻す。
学食で見ていた、いつもの顔だ。
僕「うん。演技でも何でも……僕はそっちの方が好きかな」
女「……僕ちゃんの好みなんて、考えてないから」
そう言うと彼女は、またプイッとしたむくれた顔に戻ってしまう。
166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 18:56:22.18 ID:NKRHgRbbO
僕「でも、元気みたいで安心したよ。学校来てないから心配だったんだ」
女「ん……」
余裕のお陰か、彼女を気遣う言葉の一つ一つを……僕は冷静に話せていた。
一度嫌われたからこそ、こうして開き直っているような。
なんだか、とても素直な気持ちで彼女と話す事が出来ていた。
活発「お~い、来ないと置いてくよ~」
遠くで、活発が僕を呼んでいる。
女もその声に合わせるように、椅子から立ち上がった。
女「電車だから、帰るね」
僕「ん……わかった、またね」
女「……また、ね」
短くそれだけを言うと、彼女は駅に近い扉から出ていってしまった。
僕「話せたから……いいか」
そう呟いた後、僕は急いで前を歩いている活発を追いかけた。
彼女との会話は、どんな物でも僕を元気にしてくれる。
167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 19:00:12.18 ID:NKRHgRbbO
活発「女ちゃん、学校にいてよかったね」
途中、活発に話を振られる。
僕「そうだね」
活発「なによその反応。嬉しくないの?」
不満な様子で、彼女は僕を見ている。
僕「そりゃあ嬉しいけどさ……あまり大っぴらに喜ぶだけが反応じゃないでしょ」
女の影響か、僕もいくらか冷静な様子で言葉を返した。
168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 19:03:31.90 ID:NKRHgRbbO
活発「ふむ、なるほど。でも、わざわざ学食で待っててくれたんだからさ。もう少し嬉しい雰囲気してもいいんじゃない?」
僕「……待っていた?」
活発「だって、ほら。いつもの場所にいたんだからさ。アタシたちと遊びたかったんだよ、きっとさ」
僕(……そういう捉え方もあるのか)
完全に嫌われていればいつもの場所にはいないだろうし、挨拶すらしてくれないはずだろうか。
僕「それじゃあ、今度また時間ができたらさ……」
みんなで、と言おうとした時。
活発が珍しく沈んだ顔で語り出した。
活発「……でもさ、しばらくみんなで遊びにも行けないかもね。どんどん就活だって忙しくなるだろうし」
活発「今日みたいに何か放課後の集まりがあったりさ……これから、四人で遊べる機会は少なくなっちゃうかもね」
170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 19:49:32.37 ID:NKRHgRbbO
活発「……ま、息抜きも兼ねてさ。時間を見つけては誘ってみようよ。アタシが女ちゃんには話しておくからさ」
ニコリと、隣で活発が笑う。
応援のつもりなのか……優しい目でこちらを見つめてくれている。
僕「そう、だね。ありがとう活発」
活発「あははっ、お礼なんて変だよっ。遊びたいから遊ぶ……まあ友情の一種さ」
僕「友情……」
その言葉が、やけに胸に突っかかった気がした。
目の前に彼女がいないせいか、僕の余裕はいつの間にか消えてしまっている。
171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 19:59:40.34 ID:NKRHgRbbO
僕らの言葉を邪魔するように、建物からはセミナーの始まりを報せるチャイムが鳴る。
活発「あっ、ヤバヤバ~。急ごっか」
僕「……走ろう」
活発「賛成賛成~」
僕たちは走った。
意識を切り替えて、僕は何もドキドキしない教室へ走って行った。
172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:02:36.15 ID:NKRHgRbbO
あれから活発の言葉通り、僕たちが四人揃って遊ぶ機会は殆ど無くなっていった。
学食で会って話はするものの、放課後や、日中の暇な時間もあまりとれない事が多くなってしまい。
……それでも、たまの休みには四人で遊ぶ事もできたりしていた。
時間を合わせて、いつものメンバーで……ほんの少しでも、四人集まって同じ時間を過ごしていた日々。
夏休みの告白以来、彼女の僕に対する反応は何も変わらない。
173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:04:45.19 ID:NKRHgRbbO
笑顔で僕に話をしてくれて……見た目だけは本当に、仲のいい友達同士だった、と思う。
二人きりになっても、露骨に冷たさは見せないようになっていて。
彼女の何が本心なのか、僕にはよくわからなかった。
僕に笑ってくれている彼女は、確かに笑顔なんだけれども。
どうして笑顔で僕と接してくれているのか、それが分からなかった。
……と、遊ぶ度にこの事を考えてしまう。
考えても、答えが出ない問題だけを、僕は一人で考えている。
それは、冬休みが始まる……確か、クリスマスの日の事。
そのクリスマスの日に、四人で遊ぶ約束をして……。
僕と彼女が、久しぶりに笑いながら話す事ができた……そんな夜だった。
174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:08:02.11 ID:NKRHgRbbO
友「……う~、さぶい」
ジャンパーに両手を突っ込みながら、震えている友がそう呟いた。
友「しかし、綺麗なアパートだよな。活発の奴、こんないい所に住んでるのか……」
僕「ま、女の子だしさ。そういうもんさ」
この、しっかりとした三階建てのアパート。
その二階の角部屋に、活発は住んでいた。
名前の扱い上、アパートだと言ってたが、綺麗に塗装された外壁や階段を見ると、一見マンションのようにも思えてしまう。
友「……とにかく早く部屋まで行こう」
冬の風が、僕たちに容赦なく襲いかかる。
もう、夕焼けもあまり長くは空にいないこの季節。
暖かさを求めて、僕と友は小さなインターホンを押した。
175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:10:05.15 ID:NKRHgRbbO
活発『鍵開いてるから、入っちゃっていいよ~』
中から、聞き慣れた彼女の声がする。
僕たちはすぐに扉を開け、玄関に飛び込んだ。
僕「お邪魔しま~す」
活発「いらっしゃい」
女「いらっしゃい~」
出迎えてくれたのは、部屋着を着て緩い姿のままの彼女たちだった。
友「あ、あったかい……」
活発「外寒かったでしょ。さ、上がって上がって」
僕「あ、ありがとう……」
女「ふふっ、僕ちゃん震えてる~」
僕「さ、寒いのは苦手なんだよ……」
促されるまま、僕たちは部屋の中に通される。
176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:12:58.55 ID:NKRHgRbbO
女「へえ、そうだったんだ」
僕「でも、思い切り凍えた後に暖房で安らぐのが好き」
女「私は寒くても、余裕余裕~」
活発「じゃ適当に座ってて。料理とか持ってっちゃうからさ~」
途中、女と少しだけ話す事ができた。
彼女はやっぱり笑顔だった。
部屋の暖かさに加えて……彼女から話し掛けてもらっただけで、僕は嬉しかった。
クリスマスはまだ始まったばかりで……何かいい事がありそうな、そんな気がした。
177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:16:06.38 ID:NKRHgRbbO
活発「じゃあ……メリークリスマスと言うことで……乾杯っ!」
勢いよく、活発の右手が振り上げられる。
友「ああ、乾杯」
女「かんぱ~い」
僕「乾杯」
各々、手に持った缶を口に……四人のクリスマスが始まる。
女「あまあま~」
活発「あ、女ちゃんお酒は初めてだっけ?」
女「うん。でも飲みやすいから大丈夫~」
活発「あははっ、アタシがオススメしたお酒だからね。好みに合ったならよかったよ」
女「♪」
嬉しそうに、彼女は手元の缶に口付けをしている。
友「そう言えば、これ。俺たちからの差し入れ」
僕たちは袋から、先ほど買ってきたチキンとケーキの箱を差し出した。
活発「あ、ありがとう~。これでやっとクリスマスっぽくなったね~」
178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:23:13.95 ID:NKRHgRbbO
クリスマスに……こうして四人でまた集まって、テーブルを囲んでいる。
やはり、みんなで集まって過ごせる時間は楽しかった。
僕(活発の部屋、いい匂いがする……)
アルコールと嬉しさが入ったせいか、僕の頭には陽気な感覚が流れ込んでくる。
僕(枕元にはぬいぐるみなんて置いちゃって、女の子らしいな。あのクローゼットの中だって、多分綺麗に整頓されているのかな)
活発「……何、じろじろ見てるのかな?」
視線に気付いた活発が、僕に冷たく語りかけてきた。
僕「ああ……いや、女の子らしい部屋だなって思って」
179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:25:02.84 ID:NKRHgRbbO
活発「お酒のせいか、目がイヤらしくなってるよ?」
女「わ、僕ちゃんてやっぱり……」
僕「はいはい、変態変態」
女「あ~、開き直った?」
活発「あははっ、いいねいいね。そういう雰囲気好きだよ~」
活発が笑って、女も友もみんな笑って。
久しぶりの笑顔に包まれる。
女「あ、サンタが映ってる~」
女が、テレビを指差して言った。
活発「ホントだね~。街の明かり、綺麗だね……」
友「カップルばっかり……チクショウ」
こうやって、みんなで同じテレビを見て話す事ができる。
これもまた、贅沢なクリスマスの過ごし方……なんだろう。
180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:27:45.37 ID:NKRHgRbbO
気持ちの上で、僕は楽しく酔う事ができていた。
テレビに映るイルミネーション、部屋を暖める暖房の柔らかみ。
そして、女の笑う姿。
女「……あれ。僕ちゃん、どうかした?」
途中、彼女が僕の様子に気付いて声をかけた。
僕「……ちょっと、気持ち悪いかも」
活発「あ、顔真っ青……大丈夫?」
僕は、アルコールに弱い。
友「悪酔いしやすいんだっけな。まあ、少し休んでろよ」
活発「どうする、ベッドでちょっと寝る?」
項垂れた僕を見て、活発は女と座っているベッドをポンポンと叩き始めた。
僕「さすがにそこまでは、平気。無理はしないから、大丈夫だよ」
181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 20:33:12.68 ID:NKRHgRbbO
思ったより、元気に返事をする事ができた僕を見て、彼女はニコリと笑った。
活発「……あ、それとも膝枕とかのがいいのかなっ?」
僕「い、いきなりなんでそうなる!」
女「僕ちゃんのエッチ」
僕「お、女まで……大丈夫だってば。少しゆっくりしてればすぐ治るよ!」
活発「あははっ、それだけ元気があれば大丈夫かな~」
女「ムキになって子供みたい~」
僕「……からかわないの」
僕は、そう言いながらスッと立ち上がった。
184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:05:35.60 ID:NKRHgRbbO
活発「ん、トイレ?」
僕「ちょっと、外の風に当たってくるよ」
活発「そっか、いってらっしゃ~い」
少しだけ、息の詰まるようなこの空間から逃げたしたかった。
女が、目の前にいるだけで……僕の心臓は早くなる。
アルコールと、彼女のせいでいつもの僕でいられなくなる空間が怖かった。
玄関の扉を開けて……僕はつかの間の一人になった。
185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:10:55.79 ID:NKRHgRbbO
活発「僕ちゃん大丈夫かな~」
友「まあ、無理はしない奴だから大丈夫だろう。もし苦しかったら、ちゃんと言うだろうしさ」
女「お酒……あまり飲めないんだね」
友「そういうタイプなんだってさ」
活発「ね~。でも、弱ってる人を一人にするのはちょっと、ね」
女「……」
活発「アタシ、ちょっと見てくるよ。二人はちょっとゆっくりしててねっ」
友「ああ、わかったよ」
女「ん……いってらっしゃい」
活発「うん、わかったわかった~」
187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:21:41.59 ID:NKRHgRbbO
僕「ふぅ……」
僕は一人で、部屋の前の開けた景色を見ていた。
吹いてくる風が気持ちいい……その後ろで、扉の開く音がした。
活発「やっ、元気~?」
お酒のせいか、少し頬を赤らめた活発が声を掛けてくる。。
オレンジ色の玄関が小さくなって……扉が閉まり、また少し寒くなったような気がした。
活発「心配になってさ。大丈夫?」
僕「ん、大丈夫。悪いね活発」
活発「いやいや~。こちらこそ……女ちゃんでなくてごめんね?」
僕「いや、別に……ね」
活発「ふふっ……冗談。でもね、女ちゃんも心配してる様子だったよ?」
僕「え?」
その一言は、なんだか信じられなかった。
188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:25:57.70 ID:NKRHgRbbO
活発「部屋から出る時も、ずっと僕ちゃんの事見てたしさ~。さっきだって、複雑な感じでこっち見つめてたし……うん」
僕「そう、なんだ」
活発「もしかしたら、本当に僕ちゃんの事が好きなのかもね~」
ははっ、と。
軽く笑いながら活発は言う。
その言葉を、何も疑わずに信じる事が出来れば僕は……。
クリスマスという、何かが起こりそうなこの日に、もう一度彼女に告白をしていたんだろう。
……。
僕「……あのさ、活発」
活発「ん?」
僕「僕はさ、もう彼女に告白しているんだよ」
活発「え……」
189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:32:40.75 ID:NKRHgRbbO
活発「……そうだったんだね」
僕「フラれてから、もう遊んだりは出来ないと思ってた。でも、いつもと同じ反応をしてくれて……」
活発「……」
僕「まあ、友達でいようっていう彼女の意思表示があったからなんだけどさ。今は……そんな所だよ」
活発「そっか~……」
む~っとした様子で、活発は街の光を見つめている。
どう話しをしたらいいのか分からず、ただ景色を見ている……そんな様子だった。
活発「……でもさっ」
それでも、沈黙だった時間は意外と短くて……すぐに活発は言った。
活発「もしかしたら、告白されて意識し出したのかもよ。だって彼女、明らかに普通の反応じゃないんだものっ」
さらに活発は続けた。
190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:39:16.44 ID:NKRHgRbbO
活発「たまにね、僕ちゃんの事も話題に挙がるんだよ。時間があったら遊びたいって……結構言ってるんだよ?」
活発「友達でいたいって言われたなら……やっぱり嫌いではないと思うけどな~」
僕「……」
活発「嫌な人となんて、遊ばないでしょ?」
僕「でも、冷たい女の表情がずっと残っているんだ」
活発「ん、まだ冷たくされてるの?」
活発にはその『氷のような彼女』の話していなかった事に気付く。
僕(話のついで……いい機会だ、ここでそれを話してしまおうか)
活発「ん?」
僕「冷たいと言えばさ、彼女と最初会った時に……」
191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:42:17.57 ID:NKRHgRbbO
ガチャリ。
そう切り出した瞬間、閉まっていた玄関の扉がゆっくりと開いた。
再び光る、オレンジの明かり……中から現れたのは、彼女だった。
女「僕ちゃん、大丈夫?」
一番に、彼女は僕の体を心配してくれた。
活発「あははっ、ごめんね。外の方が気持ちいいみたいでさ……つい長話をねっ」
高いトーンで活発が言う。
女「そうなんだ。あまり遅いから心配したよ~」
上手に切り返してくれたお陰か、女も何一つ気にする様子もなく、僕たちを笑ってくれている。
活発「……さて、アタシは中に戻るけどさ、女ちゃん」
女「ん~?」
192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 21:51:21.04 ID:NKRHgRbbO
活発「僕ちゃんまだ、気分が悪いみたいだから……ちょっとだけ付き添ってあげて?」
えっ。
女「うん、いいよ~」
活発「ふふっ、じゃあお願いねっ」
ほら、と言わんばかりの顔をしながら……活発はオレンジの向こうに消えてしまった。
僕「……」
女「……」
僕と彼女の、小さなクリスマスが始まる。
194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:04:56.74 ID:NKRHgRbbO
女「具合、大丈夫?」
言葉と共に、彼女は僕の背中を擦ってくれている。
長袖とTシャツ……二枚の上から感じる彼女の手は、とても暖かく感じた。
僕「……!」
女「ん、どうかした~?」
僕「優しい女に、なんだか慣れなくて」
女「……背中なんか擦らないで、鍵閉めた方がよかった?」
僕「だったら、背中のがいいかな」
女「ん……」
もう一度、彼女は僕の背中に手を置いてくれた。
僕(冷たい……彼女?)
196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:12:31.71 ID:NKRHgRbbO
冷たいけれど、冷たくない……彼女の考えてる事は分からないけれども。
なんとなく、彼女の扱い方が分かった気がした。
僕(なんだか、心地好い気がする……)
あの日から半年近く経った今では、そう思うくらいの余裕が出来ていた。
気持ちの変化だろうか。
僕「あのさ」
女「ん」
僕「今日は門限、大丈夫なの?」
女「門限?」
柔らかい夜の中で、僕と彼女は何気ない会話を始める。
少しだけ、彼女に踏み込むような事を話せたら……。
二人きりになった今は、なんだかそういう話をしても許される気がした。
197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:17:42.94 ID:NKRHgRbbO
女「私、一人暮らしだから門限なんてないよ~」
返ってきた答えは、意外な物だった。
僕「そう? てっきり……ほら、ずっと早く帰っていた印象があったから」
女「あんまり、夜中に出歩かないようにしてただけだよ。最近は慣れてきたけど……今度は遊ぶ事自体が減っちゃったからさ」
確かに、時間が無くなった最近は放課後に少し遊んだりするくらいで……。
女「今日だって、私はこのままお泊まりだから。あれ、僕ちゃんたちはどうするの?」
僕「友が運転して帰るよ」
女「ああ、そう言えば烏龍茶のボトル手放してなかったね~」
くすくす、と女は笑う。
そのまま、彼女の目線は上を向いたような気がした。
僕は相変わらず、街の灯だけを見ているけれども……。
女「……ほら、見て。冬だからさ……星が綺麗だよ」
198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:25:12.24 ID:NKRHgRbbO
優しい手のひらが、僕の弱った体を暖める。
背中の一部が熱を持って……少し熱いくらいの温度になっているのが、この寒空の下でよくわかる。
女「……」
彼女は何も言わず、空を見て僕に触れて。
僕はただ光だけを見つめて……しばらくは何も考えられないで、街の灯だけを見つめていた。
僕「……あのさ」
女「ん……?」
次に頭に浮かんだのは、本当に他愛も無いような……そんな普通の話題。
僕「誕生日、いつかな」
女「誕生日……?」
僕「うん。知らなかったからさ」
女「教えたら、お祝いしてくれる?」
僕「さあ、それは分からないけど」
女「……だったら教えてあげないから」
僕「冗談だってば。教えてくれたら、ちゃんとお祝いするよ」
199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:32:05.21 ID:NKRHgRbbO
女「……本当に?」
僕「本当だって。誕生日、もうすぐ?」
女「……ううん、三ヶ月前に終わっちゃったよ」
僕「三ヶ月前……九月?」
女「うん、9月30日。私の誕生日だよ」
今年の九月は、彼女にフラれたショックでお祝いどころではなかった。
その彼女に、こうして誕生日を聞いている今が不思議な感じだ。
女「覚えていたら、適当にお祝いしてね」
僕「適当でいいんだ?」
女「四年生になったら……忙しいんでしょ? あんまり邪魔にはなりたくないんだよ。そういうの、すごく嫌いだから……」
彼女は、冷たいままの様子で空を見ている。
僕「うん、覚えておく」
200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:41:32.76 ID:NKRHgRbbO
嫌い、という言葉に僕はちょっとだけ敏感になってしまう。
他人の琴線に少しだけ触れたような、この感覚。
僕は彼女の中に、わずかでも踏み込む事が出来たような、そんな風に思っていた。
女「少し……さむいね」
体を震わせながら、彼女は言う。
僕「そうだね、戻りなよ。僕はもう大丈夫だからさ」
女「うん……僕ちゃんは?」
彼女の手が、背中から離れて……。
僕「僕はまだ、少しこのまま……」
そのまま僕が着ていた服の裾をキュッと小さく掴んで……。
女「寒いからさ、おいでよ」
僕「ん……」
とても軽く引っ張られただけなのに、僕の体は……いつの間にか、彼女と一緒にオレンジ色の玄関を歩いていた。
僕のクリスマスは、暖かいままで終わっていった。
201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:53:09.36 ID:NKRHgRbbO
今年が終わって、新しい年が来て……すぐに三年生としての僕たちが終わる。
就活と、飛ばし飛ばしで通う大学と……一ヶ月に一度、遊べるか遊べないかくらいの、仲間たちと。
四年生になるまでの三ヶ月は、そんな生活が続いていた。
僕(最近、女にも会ってないな……)
たまに大学で会って、話す事ができるだけの、そんな関係。
普段の僕は、それだけで満足だった。
でも、あと一年で卒業という……時間を考えてしまうと。
僕(今みたいにに、友や活発……女と会う事は、出来なくなるのかな)
一人の時間が増えた途端に、僕はずっとこんな事を考えていた。
202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 22:57:51.33 ID:NKRHgRbbO
四年生という事を意識し出した時から……僕の頭の中には、離れたくない、と言った考えが具現化されていった。
それと同時に、彼女への気持ちも……。
僕「もう一度……彼女に伝えよう」
決めたのは、四月になる少し前だ。
自分の就活が終わったら、もう一度彼女に話をする……僕はそう決めたんだ。
203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:03:49.36 ID:NKRHgRbbO
友「就活、ダルいよなぁ……」
活発「そんな嫌な顔しないの。頑張るしかないじゃないっ」
僕「ね」
時間もあまりないせいか、あれから彼らに恋愛の話をする事はなくなっていた。
不安も悩みも、彼女の事で尋ねてみたい部分もたくさんあったけれども。
僕はもう決めたから、彼らには何も話さずにいたんだ。
たまに、こうしてファミレスで集まって、愚痴を言い合っては、また明日には元の世界に飛び込んでいく。
彼らとは……そんな普通の大学生活を送っていた。
205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:06:19.83 ID:NKRHgRbbO
友「そうだな、頑張るしかないよな~」
活発「そうだよっ。みんな受かったらさ、お祝いしようよお祝い」
僕「いいね~。女も呼んで……パァーッとさ」
僕はもう、気持ちを隠さない。
活発「ん」
友「お」
そんな普通の気持ちが……こうして素直に言えるようになっていた。
今はまだ、彼女の事を想っている『だけ』だけれども……。
全ての活動が終わったら、僕は……。
活発「……」
207 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:22:21.05 ID:NKRHgRbbO
女「……」
女「また今日も一人ぼっち」
誰もいない学食で、私は箸を動かしている。
女(誰か一人くらい……来ればいいのに)
いつもの席で、私は誰かを待っている。
女(……こうなると、友情も意外と邪魔かもしれないね)
今日の魚は、ちょっとだけ塩が多く振られているようで……なんだかひどくしょっぱく感じた。
私は、半分だけ片付いたお皿を見ていた。
女(本当に、誰か来ないかな……自分で決めた事だけど、やっぱり寂しいや)
「や、元気?」
その時背中から……活発的な声がした。
208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:30:54.54 ID:NKRHgRbbO
活発「いやあ、おはよう女ちゃん」
女「活発ちゃん……どうしたの?」
活発「就活帰りに、つい寄ってしまったよ」
リクルートスーツを来た彼女は、大人びた雰囲気を醸し出しながら私に話しかけてきてくれた。
一週間ぶりに会った彼女は、ほんの少しの期間で、また少し成長しているような気さえした。
活発「他には誰か来てる?」
女「ううん。活発ちゃんだけだよ」
活発「そっか……女ちゃんさ、午後暇?」
女「? うん、暇だよ」
活発「じゃあさ、少しお話しよう?」
彼女は、真剣な眼差しでこっちを見つめている。
ただの、他愛ない話ではないんだろうか。
女「ん……平気だよ」
彼女は、すぐに向かいの椅子に座った。
209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:43:36.77 ID:NKRHgRbbO
活発「僕ちゃんには、告白されたんだって?」
話題は、いきなり本題から話されていた。
回りくどい言い方をしない……彼女らしい切り口。
女「うん、夏休みに。聞いたんだ?」
活発「彼が色々悩んでるみたいだったから……お節介で、ね」
女「ふぅ~ん……」
活発「僕ちゃんの事、嫌いなの?」
女「……」
活発「嫌いだったら、友達でいてあげるなんて言えないよね。あれからだって遊んでいたしさ」
活発「仲良さそうに話していたから、女ちゃんの気持ちがよくわからなくて……」
女「……」
活発「ちょっと、それだけ知っておきたかったんだよっ」
女「知ったら……」
活発「ん?」
女「知ったら、それを彼に話す?」
210 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:50:59.37 ID:NKRHgRbbO
活発「話したいなら、直接話せばいいよ。アタシは……女ちゃんの考えが知りたいだけ」
女「……」
活発「あ、嫌だったら無理に話さないでも。言わなくても、嫌いになったり付き合いが変わったりはしないから……」
女「……」
女「愛情が……欲しくないの」
活発「……?」
女「好きな人も、恋人も、邪魔になるだけだから」
活発「邪魔って、何に対して?」
女「それは……」
私は、少し口をつぐんだ。
211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/29(水) 23:56:31.65 ID:NKRHgRbbO
活発「でもさ、愛情って男女の……好きっていう感情だけじゃないよね。アタシがこうして話しているのも、愛情の一種で……」
女「私の中では、これは友情だから。邪魔になんて……なってないの」
活発「そう……。考えがちゃんとあるんだ。理由はいいけどさ、一つだけ聞かせて?」
女「?」
活発「女ちゃんは、彼の事が好き?」
女「……」
活発「ふぅ。あのさ、彼が今どんな状態か知ってる?」
女「……知らない」
活発「合格したらさ、もう一度みんなで遊ぶんだって……頑張ってるんだよ」
活発「あとね、いつも女ちゃんの事も心配してるの」
女「……」
212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:02:19.84 ID:+6+i69xlO
活発「学校に来られない分、アタシが彼に報告をして……いつも心配してる」
女「……バカみたい。そんなの、就活の邪魔になるだけなのに」
活発「邪魔なんかじゃないよ。そんな言い方したら、まるで……女ちゃんが邪魔みたいになっちゃうよ?」
女「……」
活発「何を考えているかは分からないけどさ……もう一度だけさ」
女「ん……」
活発「お別れする前に、ちゃんとお話しておきなよ。このまま離れて会えなくなったら……モヤモヤだけが残っちゃうよ?」
女「そんなの、知ってる……」
213 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:08:20.09 ID:RooYQAzXO [1/76]
活発「一緒に遊んでさ」
女「?」
活発「一緒にご飯食べて、笑って、また明日」
活発「当たり前だと思ってたこんな事が、もうすぐ無くなっちゃうんだよね……」
女「活発ちゃん……」
活発「……ごめんね。ちょっと最近疲れちゃってさ」
女「ううん、いいよ。大丈夫」
活発「うん……アタシも後悔したくないからさ。だから、女ちゃんとお話しようって思ったんだよ」
活発「卒業しても会えるかもしれないけどさ、今言いたい事は言わないと……ね?」
女「……」
活発「私の話は、これでおしまい」
215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:15:20.96 ID:RooYQAzXO [2/76]
「卒業しても会えるかもしれないけどさ」
女「……」
誰もいなくなった学食で、私は一人息をつく。
彼女の言葉を抱えながら、テーブルに突っ伏しては考え事をしていた。
女(言いたい事は……言うよ)
女(言うけどさ)
女「時間が経ったら……もう会えなくなるんだよ」
大切な親友に言えなかった言葉を、一人きりでポツリと口に漏らした。
女「帰らないと……」
……そろそろ、電車の時間だ。
私は学食を後にし、駅に向かった。
誰もいない学食の電灯の明るさが、ひどく無駄に思えて……イライラしながら歩いていたんだ。
216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:22:20.56 ID:RooYQAzXO [3/76]
『不合格』
僕「また、か……」
これで何社目だろう。
僕の手元には、いまだに合格を知らせる封筒は届いていない。
もう、六月も終わり。
少しすれば夏休みに入ってしまうこの時期……僕は焦っていた。
僕「本当に、受かるもんなのかな」
活発は、五月に入ってすぐに内定が出たようだった。
友も、今は最終面接までこぎ着けた会社が三社程あるらしかった。
採用の基準なんて、自分にはよくわからない。
だから全力でぶつかって、それが気に入られれば受かる。
少しでもそのフィーリングに合わなければ、落ちる。
僕「落ち込むのはゴメンだ……」
これくらいに軽く考えて、僕はまた空元気で外に飛び出した
僕「……よしっ」
217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:30:30.69 ID:RooYQAzXO [4/76]
女「……」
もう、夏休みも終わりそうな九月。
ずっと考えていた問題も、自分の中では解決しつつあって……。
女「あとは、彼の返事だけなんだけど」
この様子では、夏休みが終わって、今年の九月も何もないまま……
女「……ちゃんと、言うからさ」
ピリリリリッ。
女「!」
私の言葉に反応したかのように、携帯電話がいきなり鳴り出した。
女「相手は……」
ああ、久しぶりに彼の名前なんて見た気がする。
女「……」
通話ボタンを押す手が、少しだけ震えていた。
219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:36:09.00 ID:RooYQAzXO [5/76]
女『ん……もしもし? どうかした~?』
いつものように、私は優しく聞いてあげた。
僕『やっと……うん。就活終わったよ』
女『えっ、受かったの!?』
僕『受かった、長かった……』
女『そっか~、おめでとう。これでみんな内定だね~』
僕『結局、一番遅くなっちゃったけどさ……』
夏休みも終わるギリギリで、彼はなんとか内定を貰えた。
女(そっか、これで……)
221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:38:47.92 ID:RooYQAzXO [6/76]
女『ね、明日は学校来る?』
僕『授業無いからなあ……あ、でも学校に報告とかもするんだっけ』
女『活発ちゃんも来るって言ってたから、ついでにおいでよ~』
僕『そうだね、じゃあ、とりあえず明日行くよ』
女『うん!』
僕『あのさ、何かいい事あった? 機嫌いいみたいだけど……』
女『ふふ~』
プツッ。
私は、ただ笑いながら電話を切った。
223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:45:07.80 ID:RooYQAzXO [7/76]
ツーッ。
ツーッ。
ツーッ。
僕「き、きられた……何なんだ一体」
僕「……まあ、いいか」
携帯電話を布団に投げ捨て、僕は壁のカレンダーに目を移す。
僕「言いたい事は……」
赤く、丸の付いた日付を見ながら僕は……機嫌のよさそうな彼女の声を思い出しては、まだ笑っていた。
224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:48:17.29 ID:RooYQAzXO [8/76]
9月29日
僕は、いつものテーブル……誰も姿が見えない、放課後の学食にいた。
内定祝いとして、久しぶりに四人で遊ぶ約束をした今日の日。
あと十分もすれば、授業を終えた女が。
あと三十分もすれば、友と活発もここに集合する時間になる。
僕は、本当にゆったりとした気持ちでここに座っていた。
今は、本当に何もないというリラックスした気持ちで……いつもの場所に座っていたんだ。
僕「久しぶりだな、この場所も……」
226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 00:53:43.76 ID:RooYQAzXO [9/76]
僕「しかし……広い学食に一人ってのもな~」
夏休みが終わったばかりなせいか、人影が全く見当たらない。
授業が終わるまで、誰かが来る気配も無い。
僕「普段は、もう少し人もいるんだけれど……」
僕は、まあいいかという気持ちで学食を見渡していた。
何がある訳じゃない、この広い部屋を……ただ。
僕「ん……」
そんな間、入り口から誰かが歩いて来るのが見えた。
遠くなので顔はよくわからないが……知っている人間の雰囲気ではなかった。
この位置からでも、男性と女性が並んで……こちらに歩いて来るのはわかった。
「ほら、早く行こうよ」
「そんな走ると……また転んじゃうよ」
僕(なんだ、ただの……カップルか?)
228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:02:07.89 ID:RooYQAzXO [10/76]
そのカップルの話が、静かな学食に響いていて……自分の耳にも入ってくる。
聞き耳を立てる気はなかったが……自然と、それは聞こえてしまう。
「ね、どこか遊びにいこうよ」
小さな姿の女の子が、話している。
「遊びにって……どこがいい?」
こちらも、大柄とは言えない……小柄な印象の男性が、その女の子の話を受けていた。
「ん~、とりあえずお菓子屋さんかな。食べたらどこかのんびりできるような、静かな……」
「え、またお菓子?」
「好きなんだよ、お菓子」
「今さら始まった事じゃないけどさ……」
「ふふっ、いいから早く行こうよ。ね」
229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:06:21.24 ID:RooYQAzXO [11/76]
「……普通のご飯もちゃんと食べないと。だからそんなに胸が」
「うるさいっ!」
「あづっ! 本気で蹴るなよ、バカ!」
「ふ~んだ。……ちゃんは遊びにいかないでさ、保健室にでも行ってればいいんだよ」
「……ごめんてば。ほら、謝るから……」
「……」
「お菓子、好きなだけ買ってあげるから」
「本当に!?」
231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:08:32.06 ID:RooYQAzXO [12/76]
「……はいはい、可愛い可愛い」
「えへへ~、知ってる」
「まったく。まあ、何が食べたいか考えておいて……」
「……ちゃんもさ、食べたいの考えておいてね」
「?」
「たくさん買って、一緒に食べよう? 半分っこだよ?」」
「……うん」
「くすっ、素直な……ちゃん可愛い」
「はいはい、じゃあ……行こう」
「うん……」
232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:14:00.56 ID:RooYQAzXO [13/76]
そのまま、彼らは別の出入り口から外に消えてしまった。
僕「……」
女「ふふっ、カップルさんだったね」
僕「あ、来てたんだ」
女「なんか、不思議な感じだったね」
僕「カップル、カップル……ね」
女「?」
僕の傍で、彼女はあんな風に……笑ってくれるんだろうか。
どこかに行く約束をして、同じお菓子やご飯を一緒に食べて。
そんな夢みたいな姿を、僕は先ほどの幸せに重ねてしまっていた。
僕(でも、まだ彼女には何も言っていないんだよな)
女「……ん?」
今日一番の彼女は、まず優しく微笑んでくれた。
僕も久しぶりに、親しい人に見せる笑顔が浮かんだ。
234 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:25:13.03 ID:RooYQAzXO [14/76]
女「なんか、顔付き変わった?」
僕「そう? ずいぶん会ってなかったから、そのせいだよ。女だって何だか……」
女「変わった?」
僕「うん、明るくなった気がするよ」
女「……うんっ、ありがとう」
僕たちは、二人一緒に小さく笑いあった。
彼女といる時の僕は、元気で正直な僕でいる事ができて……。
活発「や。お待たせ」
友「よ~。しばらく。待った?」
235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:26:04.69 ID:RooYQAzXO [15/76]
女「ふふっ、全然」
僕「久しぶりだな、友も活発もさ」
友「……ん。何か、元気になったな」
活発「ね。女ちゃんも、楽しい事でもあった?」
女「うん、楽しいよ~。みんなでまた遊べるんだから……嬉しくて仕方がないくらいだよっ!」
感情を、素直に吐き出す彼女は、この数ヶ月で本当に別人みたいになっていて……。
女「じゃあ出掛けようよ。みんなのお祝い~」
でも、笑顔だけは何一つ変わった様子が無くて。
ああ、やっぱりこれが本当の彼女の顔なんだと……僕は誰にもわからないように、頷いていたんだ。
活発「……ふふっ」
236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:31:17.63 ID:RooYQAzXO [16/76]
僕「じゃあ、みんなの内定をお祝いして……乾杯」
友「よっ、おめでとさん」
活発「乾杯~」
女「おめでとう~」
夕方の街で遊び疲れた僕たちは、相変わらずのファミリーレストランで夕食をとっていた。
乾杯はジュースだが、それでも友達と囲む食卓は、やはり嬉しいものだ。
僕「ご飯が美味しい……」
女「はい、お水」
僕「あ、ありがとう女」
女「うん~」
活発「ふふっ」
友「……これで、後は卒業式だけかあ」
パスタをすすりながら、友が言う。
活発「そうだねそうだね~。卒業……みんな離ればなれだもんね」
237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:40:02.51 ID:RooYQAzXO [17/76]
友「結局俺は地元だけど……お前はどこだっけ?」
僕「ん、どこ行くかわかんないんだ。色んな場所に支店があるみたいでさ……まだ未定」
活発「近くだったら、たまには遊んだりしようね~」
女「活発ちゃんは?」
活発「アタシは、実家の方だよ。まあ、車で一時間もあれば来られるからさ。女ちゃんにも会いに来るよ」
女「ん……ありがと」
彼女の表情が、一瞬だけ曇った気がする。
女「……ね、もうカレー冷めてるよ~?」
238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:40:44.10 ID:RooYQAzXO [18/76]
右手に遊ばせていたスプーンを見つめて、彼女は言う。
そんな曇った顔も、今は何もないように消えている。
女「ふふっ、美味しい~」
……嬉しそうに、グラタンを頬張る彼女の笑顔を見たら、そんな細かい事はどうでもよくなってしまって。
僕は、丁度いい温かさになったカレーを食べながら……ずっと、彼女の事だけを考えている。
今日が終わって、明日になれば。
240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 01:43:54.28 ID:RooYQAzXO [19/76]
友「いやあ、食べた食べた」
活発「美味しかったね~」
女「みんなで食事なんて、久しぶりだったもんね」
帰りの車の中では、こんな会話をしていた。
僕だけは、返事をしながらも明日の事だけをずっと一人で考えていて、少しだけ上の空だったのを覚えている。
僕はこのまま、明日が普通の形で訪れる物だと、そう思っていた。
友「……な、ちょっといいかな」
話の途中、運転しながら友が口を挟んだ。
242 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:00:41.59 ID:RooYQAzXO [20/76]
もうすぐ、彼女たちを降ろす場所に着くというくらいなのに。
その口調は、えらく改まったような静かな口調で……みんなに語りかけていた。
活発「どうしたのっ?」
友「このまま帰るのもさ……勿体ない気がしないか?」
友「せっかく忙しい時期が終わって、こうやって遊んだついでだから……もう少し遊ぶのも、いいかなって」
活発「ふむふむ~。アタシたち四年生組はいいと思うんだよ。授業は無いし、用事だって……ねえ僕ちゃん?」
僕「まあ、用事は無い、けれども」
活発「問題は女ちゃんだよ。授業もあるし、今から夜まで付き合わせるのは……ね?」
女「私は……」
一呼吸おいて、女は元気に言った。
女「ふふっ、私は大丈夫。一緒にいて……楽しいから、平気だよ」
243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:09:33.95 ID:RooYQAzXO [21/76]
友「おっ、いいよいいよ~。じゃあ、どこ行くか!」
活発「ふふっ、はしゃぎすぎ。この時間だったら……どこがいいかな?」
僕「ん~。女は、どこか行きたい場所ある?」
女「……」
活発「あ、あるって顔してる。どこでもいいよ、お姉さんが付き合ってあげるから」
女「じゃあ……」
女「海に行きたい、かな」
僕「……海? 今から?」
女「うん、行きたい」
活発「……ふふっ、女ちゃんて正直になったよね」
友「運転手は、行きたい場所に連れてくだけだからな」
活発「……僕ちゃんも、それでいい?」
今の僕なら、徹夜でも何でも出来てしまう。
そんな元気な僕だった。
245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:19:27.56 ID:RooYQAzXO [22/76]
活発「あっはっはっ、でも女ちゃんも言うよね」
車は、陽気な四人の笑い声を乗せながら道路を走っている。
あと二時間もすれば海に着いて……日付も変わる、そんな辺りだった。
女「だって、どこでもいいって言ったからさ~」
活発「まさか海が出るとは考えてなかったよ。いやあ、好きだよそういうの」
女「うんっ!」
友「大学生らしい、いいノリだよな~」
活発「本当に、ね。僕ちゃん」
僕「う、うん。そうみたいだね」
彼女は、勢いやその場のノリで、海という選択肢を選んだのだろうか?
僕(分からない部分は分からないや……)
バックミラーの中で見かけた彼女は、また小さく笑っている。
窓の外から入る明かりが……その口元を照らしては、また暗闇に戻していた。
246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:23:04.71 ID:RooYQAzXO [23/76]
女「あ、潮の匂いがする……」
夜の十一時過ぎ……僕たちは、いつかと同じアスファルトの上に立っていた。
前より少し海に近い場所に車が停まっているため、波の音と海から吹く風が側に感じる。
太陽も見当たらない夜の海からは、肌寒いくらいの風が吹いている。
女「んっ……」
彼女は、少し上を見つめながら歩き出した。
海の向こうを見つめているのか、低い位置の星を見つめているのか……まだわからない。
僕も、彼女の後ろから、付いていくように歩いていった。
風に負けず、僕はすぐに彼女の横に並んだ。
すぐに、足場のアスファルトが砂浜に変わる。
249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:28:30.85 ID:RooYQAzXO [24/76]
活発「……来たね、海」
友「ああ、勢いだけで、な」
活発「大学生にはよくある事よね~」
……。
ザーザーっという音が、海から何度も聞こえてくる。
四人は、ただ静かに見えない向こうだけを見つめて……風の中に身を任せていた。
何も、話す事は無くなっていた。
しばらくは、そのまま……みんなで海の中をさ迷っていた気がする。
僕(今日は、星が見えるんだろうか……)
視線を空に移そうとした瞬間……。
活発「ん……少しだけ、眠いかも」
ふいに、活発が言った。
250 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:32:45.61 ID:RooYQAzXO [25/76]
友「眠いのか?」
活発「あははっ、最近寝不足だったからさ」
友「仕方ないな、車で少し休んでるか?」
活発「……そうさせて、もらおおかな」
友「ん。二人はどうする、戻るか?」
僕「いや、僕は……」
女「私たちは、もう少しここにいるよ」
僕より早く、彼女が言った。
友「そっか、俺も車にいるからさ。気がすんだら戻ってこいよ」
僕「ん、わかった」
女「は~い」
……。
夜の海に、二人だけ。
251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:36:11.65 ID:RooYQAzXO [26/76]
波はさっきより大きく聞こえて……でも、体はなぜか寒さをあまり感じていない。
女「ね……」
そんな不思議を感じる夜に……彼女が、僕に笑って話しかけてくれている。
彼女は、まっすぐに僕を見ている。
女「綺麗だね、空」
彼女の言葉で、僕は海から一気に目線を上に向けた。
言葉通り、僕たちの真上には……満天の星空と、季節のせいかとても輝いて見える月が一つ。
僕「……前は、月は出てなかったものね」
女「うん……そうだね」
僕も彼女も、同じ八月の事を思い返していたんだろうか。
あの時と同じように、僕たちは空を見上げている。
彼女ともう一度、この場所にいる事が、何だかまだ信じる事が出来なくて……何かを探すように、僕は空の星だけを見つめていた。
253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:40:06.82 ID:RooYQAzXO [27/76]
女「……」
僕「……」
もう一度、彼女に言わなければ。
僕が考えていた事、想いや今までの事も……今日、全部。
僕「あのさ、女」
彼女は、何も言わずに僕を見ている。
まるで、今から言う言葉がわかっているみたいな顔で。
静かに、ただ静かに……僕だけを見てくれている。
僕「もう一度、女に伝えたい事があるんだ……」
女「……」
254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:44:15.63 ID:RooYQAzXO [28/76]
僕「僕は、やっぱり好きで忘れないから、どうしてもそれだけ言いたくて」
女「うん……」
僕「全部が終わった今、もう一度言うよ。僕は、君の事が好きなんだ」
女「んっ……」
彼女は、小さく頷く。
その視線は、海を見つめるまでに落ちている。
女「……気持ちは、嬉しいよ」
女「でも、ね……」
僕「……」
彼女の言葉が続き……嫌われて、断られる言葉を吐き出されるのかと、そう思っていた。
でも、次に聞こえた言葉は、それとは違う。
女「私は……愛情をここに残していきたくないんだよ」
残して……いきたくない?
255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 02:47:15.71 ID:RooYQAzXO [29/76]
それだけでは、言葉の意味がよく分からない。
彼女は更に言葉を続ける。
女「もう、僕ちゃんは四年生で……あと数ヶ月で、私とバイバイ」
女「……それが、辛いの」
僕「辛い?」
女「うん。離れたらさ……愛情って我慢出来ないんだよ……」
女「活発ちゃんや友君との友情はね……多分離れても我慢出来るんだよ。たまに会いたくなっても、すぐに抑え込む事は出来ると思う」
女「でも……好きな気持ちだけは、持っていたくないの。お別れしたくなくなるから、それだけが辛いから……」
僕「……」
259 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:00:26.19 ID:RooYQAzXO [30/76]
僕「……辛いなら、気持ちをずっと持っていればいいよ」
女「……?」
僕「卒業したら、もう会えなくなるわけじゃないんだからさ。離れて辛いなら、僕は女の側にいる」
女「……」
僕「時間だって、女のために作って……休みの時はたまに学校に遊びに来たりさ。ほら、時間なんて、何とかなるから……」
僕「だから……」
女「……」
僕「だからさ……そんなに寂しそうに笑うのはやめてよ……」
僕は、もう好きという言葉を言えなくなってしまった。
何かを話す度に、彼女の顔が悲しさで染まっていくのが見えてしまったから。
僕が何を言っても彼女は……まるで、僕ともう会う事が出来ないと決まってるような……。
そんな、寂しい顔を浮かべている。
260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:05:45.06 ID:RooYQAzXO [31/76]
でも、すぐにその寂しい顔を、スッ、と消し去った彼女が次に言った言葉は……。
女「ね、私はさ僕ちゃんの事が好きだよ」
僕「えっ……」
その寂しさの中で、いきなり僕にそれを言われて……。
女「うん、好き……最初はね、愛情を作るつもりなんて無かったけれど、一緒にいるうちに段々……」
僕「女……」
さっきまで、僕は否定されているような気すらしていた中で、彼女は僕に語ってくれる。
女「好きだから……君には正直に話しておくね」
女「私さ、あの場所に帰らないといけないんだ」
彼女が指差したのは、見上げていた空の先……星が、何重にも輝いている夜の一部分を。
彼女は指差している。
261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:11:51.31 ID:RooYQAzXO [32/76]
僕「……空」
女「違うよ、星」
僕「そこに……帰る?」
女「うん。私は星の一つだから……いつかはあそこに帰らないと」
僕「意味が、よくわからないんだ……」
女「ふふっ……嘘みたいだけどさ、本当の話だよ。だからずっと一緒にはいられない。それだけ」
僕「……」
夜の海が見せる、夢みたいなものだろうか?
僕には、彼女の言葉を信じる事が出来なかった。
彼女は空から来て、星になって……僕の前から離れていってしまう。
だから、何も残さずに帰ろうとしていた?
僕「……」
女「やっぱり、信じられない?」
264 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:21:13.56 ID:RooYQAzXO [33/76]
女「ふふっ、こんな事信じられないよね? 誰にも話すつもりなかったから、不安で仕方なくてさ」
僕「……女の言う事なら、信じるよ」
女「ふふっ、本当に?」
僕「当たり前だよ。女が星なら、僕も星……だよ」
頭に浮かんだすぐの言葉を話す僕は、本当に夢の中にいるみたいだった。
265 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:21:56.79 ID:RooYQAzXO [34/76]
女「……ありがとう。やっぱり、優しいんだね」
僕「だって、僕は……」
女「……ね、ちょっと待って」
僕の言葉を遮り、彼女はまた空に指を差し始める。
女「あの、ほら。月が今重なりそうな辺りにさ……私の帰る場所があるんだよ」
女「お父さんやお母さん、身内の星って言うのかな……みんな、あの辺」
僕「へえ、もしかしてこっちを見てるとか?」
冗談混じりに、僕は笑いながら受け答えをしてみる。
267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:25:17.49 ID:RooYQAzXO [35/76]
女「ふふっ、バッチリ見られてるよ~。こんな所見られたら、帰ってから怒られちゃうかもね~」
彼女は、すぐに僕の手をギュッと握ってくる。
直に、手のひらと手のひらが触れ合う感触が……自然と僕を高めていく。
僕「み、見られてるなら、こんな……」
女「今は平気だよ、ほら……」
もう一度、彼女は空中で指を動かしながら言った。
大きな月が、その指の先でゆっくりと動き……すっかりとその辺り一帯を覆い隠してしまったように見える。
268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:29:19.04 ID:RooYQAzXO [36/76]
月の周りには、その光のせいかさっきまで見えていた星が見えなくなっていた。
女「ほら、これで見えないから……だから……」
女「最後に愛情だけ、ちょうだい……?」
そのまま、彼女の唇がゆっくりと近付いて来て……僕の唇と優しく触れ合う。
しっかりと握りしめた手のひらのように、唇と肌と彼女に……僕の体が、くっついている。
長い時間、彼女と一緒にいて……何度も海から吹く風をお互いの唇で挟みながら……。
空に浮かんでいた月は、もうとっくにその場所からは動き出している。
でも、ずっと目を閉じて、星の海の中で抱き合っている僕たちには……その月はもう見えない。
269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:33:21.67 ID:RooYQAzXO [37/76]
僕「……あ、そう言えばさ」
女「ん……」
僕「もう一個、言わなくちゃいけない事があったんだ」
女「ん、なーに?」
僕「今日は、女の誕生日だから」
女「……あ、覚えててくれたんだ」
僕「うん。適当なんかじゃなくて、ちゃんと……」
女「うん……」
僕「女……」
……。
僕たちの声は、吹き抜けた強い風と波の音でもう聞こえない。
ただ、彼女と一緒にこの海と……輝く星の下で、ただ静かに抱き合って……二人の今日が、始まって。
271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:38:49.44 ID:RooYQAzXO [38/76]
……。
活発「……ふふっ、じゃあ写すよ~。はい、チ~ズ」
活発「はいっ、オッケ~」
友「次は俺のデジカメで頼むよ!」
活発「わかったわかった、ほら、女ちゃんも僕ちゃんも寄って寄って」
友「そうそう。せっかくのツーショットなんだからよ、笑顔笑顔」
僕「わかってるって……」
女「ふふっ、こんな感じ?」
活発「お、いいねいいね~。じゃあそのまま、はいっ」
273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 03:45:13.89 ID:RooYQAzXO [39/76]
僕「次は、みんなで写ろうよ」
友「んだな。俺、シャッター頼んでくるよ」
活発「ん~、お花持った方がいいかな? あ、僕ちゃんネクタイ曲がって……って、これはアタシの役目じゃないかな?」
女「あははっ、ネクタイ~」
僕「それくらい、自分で直せるよ」
活発「ふふっ。せっかくの卒業写真だからね。一生物だよ」
僕「ん……」
友「よ、お待たせ。ささ、集まれ集まれ」
活発「お~っ、アタシ女ちゃん隣ね」
女「うん、一緒~。ちょっと借りますよっ?」
僕「……勝手にしてくれ」
女「ふふっ」
友「はい、よろしくお願いしま~す」
……。
カシャリ。
275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:02:24.34 ID:RooYQAzXO [40/76]
友「さて、もういいだろ。帰る……もとい、打ち上げ行こうぜ」
活発「そうだね~。でも、予約したのは六時くらいだっけ?」
女「あと三時間くらいあるね~」
僕「どこかで、時間潰しでもしてるか?」
活発「あ、賛成賛成~」
友「んじゃ、どうするか。まあ、結構時間があるからどこだって……」
女「……あ、あのさ」
活発「ん、どうしたの女ちゃん?」
女「私、行きたい場所があるんだ。その……僕ちゃんと、二人だけで……」
二人……だけ?
276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:09:07.83 ID:RooYQAzXO [41/76]
女「……」
僕「ごめんね、待った?」
女「ううん、大丈夫だよ。今来たところだからさ」
大学に一番近い駅から電車に乗って……僕たちは、今からどこかに行くらしい。
女「じゃあ行こうよ。すぐ電車来るみたいだからさ」
僕「ん……」
女「ふふっ、早く早く」
ギューッと音が聞こえて来そうなくらい、彼女は僕の手を強く握りしめたかと思うと。
軽い足取りで、僕を目的の電車まで引っ張って行った。
僕の足が軽く感じたのは……スーツから私服に着替えたせいでは、多分ない。
女「ふふっ」
278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:15:46.83 ID:RooYQAzXO [42/76]
僕「……ここは?」
女「私の、お気に入りの場所だよ。一緒に来たかったんだ~」
目の前の看板には『プラネタリウム』の文字が見えた。
落ち着いた雰囲気の建物だと思っていたけれど……。
僕「プラネタリウムなんて、初めてかもしれない」
女「……よかった、初めてで。なんか、嬉しいよ」
僕「女……?」
彼女の顔は、少しだけ疲れているように見えた。
昼の疲れが出てきたんだろうか?
女「入ろう。一緒に……ね?」
僕「うん……」
僕たちは、再び手を握りあって……建物の中へ入っていった。
その背中で夕焼けが落ちていくのを、僕は感じていた。
279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:26:35.87 ID:RooYQAzXO [43/76]
絨毯の上を案内のままに歩き。
僕たちは、星の見える大きな部屋に入っていった。
中では、静かな音楽に……一瞬で目の前の全てが星になる、そんな夜の中を歩いていた。
女「ここ、座ろ」
彼女は、ドームの中心に一番近い席を指差した。
僕「ここがよく見えるの?」
女「ううん、好きな場所だから、それだけ」
僕たちは腰を下ろし……二人で肩を寄せながら、球体の空を見ていた。
僕「誰もいないね」
女「僕ちゃんがいればいい……」
僕「ん……」
女「ここには、見られて困る星はないからさ……ね」
女「もう一回、愛情欲しいな……」
……。
僕たちの唇がゆっくりと合わさっても……この星たちには、何を見る事も出来ない。
281 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:32:53.65 ID:RooYQAzXO [44/76]
女「ね……」
僕「ん?」
女「星が見たい」
僕「本物? じゃあ、そろそろ外に出て……」
女「ふふっ、違うよ。こっち」
僕「?」
女「ついてきて?」
席をパッと立ち上がり、出入口に続く段差の上を軽快に。
ピョン、ピョンと一番上の段まで上り詰めてしまう。
僕「ま、待ってよ」
女「こっちだよ~」
扉を開けたままの彼女は、今入ってきた方向とは逆の、建物の更に奥の方を指差している。
彼女がすぐに走り出してしまったので、見失わないように後を追う。
彼女の姿を……一秒だって視界から消したくなかった。
僕は、扉を勢いよく開いき、彼女に向かって走っていった。
283 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:43:12.71 ID:RooYQAzXO [45/76]
女「入って……」
僕「これは……天体望遠鏡か」
扉を開けた僕らの前には、白の大きな望遠鏡が、空に向かって真っ直ぐに伸びている。
女「うん、自由に見ていいんだよ。普段見る星とは、また違って見えて……好きなんだ」
僕「……星が望遠鏡を覗くの?」
女「人間観察と同じようなものだよ~。なんてね」
ふふっ、といつもの笑いが漏れる。
女「僕ちゃんにいい物見せてあげるよ、ちょっと待っててね」
……彼女は望遠鏡を覗き始め、なんだか手元の辺りで小さく機械をいじっている、ように見えた。
女「……ん、お待たせ~」
以外と早く、その作業は終わったみたいだ。
284 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 04:53:48.36 ID:RooYQAzXO [46/76]
女「えへへ~、ここに座ってさ、見つめてごらん。夜の星を」
木工作りの、背もたれのないイスを軽く叩きながら言った。
表面が反射して、テカテカとしたそのイスは……新調された感じを受ける。
薄暗い部屋の中で、彼女の真っ白なパーカーだけがよく見えている。
僕は、そこまでゆっくりと歩く。
女「そのまま、覗いてみて……見えるはずだからさ」
僕「……」
いつも見ている、空の色。
でも、そこに混ざる一つ一つの光が大きくて、ただひたすらに輝いている。
僕「星が、すぐそこにあるみたいだ……」
女「えへへ~、綺麗でしょ?」
286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:02:50.21 ID:RooYQAzXO [47/76]
小さな光も、大きな光も関係ない。
僕に見る事の出来ている全ての星が、ただ綺麗に光っていて……波のように、僕の瞳に入ってくる。
女「……その星の中にさ」
背後から、声が聞こえる。
女「ちょっとだけ小さいけど、でもよく光って見える星が一つだけ……ない?」
僕「ええっと……」
女「その、真ん中辺りの……うん」
僕「……これかな?」
僕は、言われた通りの星を見つけた。
確かに大きさ自体は小さく見えるが、望遠鏡で見るとその光の強さがよくわかった。
女「うん……その星が、私なんだよ」
僕「え……」
288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:06:30.70 ID:RooYQAzXO [48/76]
言葉……そしてすぐに、僕を背中から抱きしめてくる両腕が……。
僕は、思わず彼女の方を向こうとした。その時。
女「振り向いちゃダメ!」
僕「っ……」
女「レンズから目離しちゃ、ダメ……星を見ていないと……ダメ」
制止の言葉と、両腕の絞まりが一層強くなる。
僕は、全く動けないようになってしまい……ただ、彼女と思われる星を見つめていた。
女「……」
僕「……」
290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:14:02.37 ID:RooYQAzXO [49/76]
彼女が後ろから僕を抱きしめて、僕はずっと星の彼女を見つめていてから……どれくらい時間が経っただろう。
静かな部屋に、誰かが入ってくる事もなく……僕たちは、そのままの姿勢で時を過ごしている。
女「ね……」
口を開いた彼女の声は……目の前に見える星と一緒で、少し暗くなっている気がする。
女「会えた事、それって流星みたいなものだよね」
女「何となく空を見て、偶然に星を見つけて……でも、見つけたらそれでおしまい」
僕「……」
女「あ、言っておくけど私は流れないからね? ずっと……僕ちゃんが見ているその星のままでいるから……」
女「だから……」
291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:26:23.43 ID:RooYQAzXO [50/76]
彼女は震えている……。
震える度に、僕を抱きしめる力が強くなるのが、僕には分かっていた。
キツいくらいに僕を抱いても、どんなに体をくっつけて近付いても、その震えは止まらない。
僕「女……一つだけ教えて」
僕「もし僕が今、この星から目を離したら女は……」
女「……」
僕「……もう、帰らないといけない時間なのか?」
女「……」
僕「どうなんだ、答えてくれ……お願いだから……」
僕の方も、体が震えそうになっている。
声をまだ……辛うじて、はっきりと出す事が出来たのは、彼女から答えを聞いていないから。
でも、なんとなく僕にはわかっていた。
292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:35:27.78 ID:RooYQAzXO [51/76]
女「その星から目を離したら……私はそこに帰らないといけないんだ」
僕「っ……」
喉と胸に、体の奥から余計な感情が込み上げてきて……。
息が、出来ない。
女「ふふっ、私の家、門限厳しいからさ……だから、バイバイしないといけないんだよっ」
僕「……嘘つきだ。門限、無いって言ったクセに」
女「あっ、ははっ。時間なんて気にしないで、一緒にいたいのにね~」
僕(そんなに、無理に笑おうとしないでくれ……)
泣きそうな僕が、ひどく小さな星に思えてくる……。
293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:48:50.63 ID:RooYQAzXO [52/76]
僕「大学も、二年だけ通うつもりだったんだ?」
女「あと二年もここにいたら……多分私は、星になるのを止めてるよ」
僕「どういう事……?」
女「二年も僕ちゃんに愛情貰い続けたら……今以上に、別れるのが辛いから……」
僕「自分で……決めた事だったんだね」
女「私にとっての愛情は、もういっぱい。だか、ら……」
女「……」
そこまで言うと、彼女は僕の背中に顔を埋めて……しばらくは何も喋らなくなってしまった。
泣かないような話題を、精一杯探してみたけれど……その全てが、彼女の愛情に繋がってしまう気がして。
少しの間、レンズの中だけをただ覗いていた。
294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 05:54:19.17 ID:RooYQAzXO [53/76]
女「……そろそろさ、電車乗らないと。六時になっちゃうよ」
僕(ここから離れたら、女が……)
女「待たせるのは悪いからさ、そろそろ……行こう?」
僕「女が行かないなら……俺も行かない」
女「でも、ここだって……七時には閉まっちゃうから、早めに……」
僕「……」
僕「ね、女。僕のポケットからさ、携帯出してくれないかな?」
女「ん……はい」
すぐに、彼女は片手を動かして僕に電話を渡してくれた。
僕「ついでに、友に電話して。そしたら、後は僕が話すから……」
女「……」
ピタリ、と耳に電話の感触を感じる。
呼び出し音、繋がる音……友の声が聞こえる。
296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:00:04.86 ID:RooYQAzXO [54/76]
友『もしもし、どうした~?』
僕『あ、実はちょっと遅れそうなんだ。先に店に入っててくれないかな』
震えそうな声を必死で抑え、僕はなるべく元気に話をする。
友『ん、何かトラブル?』
僕『そんなんじゃないよ、ただ……彼女が今日は「帰る」って言うからさ。お見送り』
女「……」
ギュッ。
友『そっか、参加出来ないのか。残念だな~』
僕『ああ、だから僕は直接店に向かうからさ。それで頼むよ』
友『わかった。じゃあ、また後で。女にもよろしく言っておいてくれ』
活発『女ちゃん、また今度遊ぼうね~!』
友『わっ、横から大声をだ』
ブツッ。
298 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:09:20.73 ID:RooYQAzXO [55/76]
僕「……ははっ、切れちゃったや」
女「ふふっ、ね」
僕「これで、七時までは一緒」
女「……」
僕「最後に、二人に挨拶しておく?」
女「ううん、声が聞けたから……それだけでいい」
電話の向こうで、二人も笑っていた。
彼女にとっては……まるで自分が卒業するような気持ちで、彼らの笑い声を聞いていたんだろう。
299 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:12:22.40 ID:RooYQAzXO [56/76]
僕「あれ、でもさ。友情は我慢出来るから、大丈夫じゃないの?」
女「もうっ、いちいちイジワルしないでよ。卒業の時って、雰囲気で泣いちゃうものでしょ?」
僕「ん、そういう事にしておく~」
女「……あんまり生意気言うと、歯形で皮膚ボコボコにしちゃうぞ?」
僕「ははっ、女が残してくれる物なら何でもいいよ」
女「……本気?」
僕「あと一時間なんだからさ……女の好きなようにくっついてくれていいよ」
僕「僕は……ずっと同じ星だけを見てるから」
女「うん……まあ、それも私なんだけどね」
僕「ん、じゃあ後ろにいる女を見たって別に」
ガブッ。
300 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:20:38.05 ID:RooYQAzXO [57/76]
僕「……冗談なんだからさ。後ろなんて振り向かないから……もう少し優しくして欲しいな」
女「ご、ごめん。ちょっと強く噛みすぎたかも……」
冗談を言った僕が悪かったのか、左の首筋辺りがヒリヒリと悲鳴をあげている。
女「じゃあ、これくらい……んっ」
今度は、優しい歯の感触が右の辺に流れている。
彼女の口に挟まれた首筋に……ゆっくりと生暖かい舌が触れる。
噛んだ痕はもちろん、口の中の彼女……粘膜を塗られているような感覚すら覚える。
残りの一時間は……彼女がずっと僕を甘噛みしていて、僕に印を付けている、そんな時間が流れた。
301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:26:54.50 ID:RooYQAzXO [58/76]
女「ん……」
ずいぶんと長い時間、僕の首にくっついていた彼女がその唇を離す。
僕「満足した?」
女「……満足。いっぱい噛んだよ~」
僕「うん、それはよかった」
女「うん……私も会えてよかった」
……急に、シリアスになるのはズルい。
沈んだトーンのまま、彼女は言葉を続けた。
女「もう七時……私、そろそろ帰らないと」
僕「ずっと、この望遠鏡を見ていたいんだけどな」
女「ふふっ、係の人が来るから止められちゃうよ。だから……本当にバイバイしなきゃ」
僕「……」
女「ね?」
302 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:35:14.98 ID:RooYQAzXO [59/76]
僕は、その言葉に反応せずに、ずっと彼女を見つめている。
この土壇場になって、僕は……星を見る事をやめたら彼女が消える、という言葉を信じられなくなっていた。
女「……最後にさ。笑ってバイバイって言って?」
嫌だ。
女「ね……何か言ってよ……」
さっきからずっと……僕の目には、海のような涙が浮かんでは、彼女を見る事を邪魔している。
何かを言ったら、僕の声は……情けなく震えて、彼女をまた不安にさせるんだ。
女「……そっか。言葉じゃなくてさ……」
女「ね、そのまま目を瞑って? 星を、海の中に閉じ込めるように……そう」
303 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:44:33.53 ID:RooYQAzXO [60/76]
女「そしたら、こっちを向いて……うん。そのまま目は閉じていてね」
僕の体は、彼女がいるであろう方に向けられる。
望遠鏡も、周りの景色さえも見えず、僕の瞼には一つの星だけが浮かんでいる。
女「……」
キュッ、彼女の両手が僕の肩を掴んだ。
服を軽く握られて……星がどんどん近付いてくるのが見えた。
女「二年間ありがとう。さよなら……大好きだよ」
女「これが最後の……」
女「んっ……」
瞳の中の星が、パッと煌めいて……消えた。
唇の感触は、まだ僕の呼吸を止めているのに。
肩を掴む両手の暖かさが、まだここにあるのに。
もう、浮かんでいた星が見える事は無くなっていて、ただ真っ黒な海だけが残っていた。
306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 06:52:45.72 ID:RooYQAzXO [61/76]
……ガチャリ。
扉が開いた瞬間、唇が自由になった。
それと同時に、すぐに目を開けて……僕は彼女を探した。
僕「……」
部屋の中には、僕と係の人間以外誰もいるはずもなかった。
閉館です、と声を掛けられてからも……僕はもう一度だけ望遠鏡を覗いてみたんだ。
綺麗に光る星の中に、一つだけ……まるで、こちらを見つめているみたいに、輝く星がある。
その光は僕に何かを……。
僕(うん……うん)
僕(ちゃんと挨拶しとくよ。待たせないように、急いで行くから……)
僕(……)
僕(僕は、女の事が……ずっと好きだから)
女(うん……ありがとう)
星がキラリと……優しく光って、微笑んだ。
僕には、そんな気がした……したんだ。
307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:00:21.87 ID:RooYQAzXO [62/76]
友「……ん、おおっ。遅かったな。大丈夫だったか?」
活発「あ、来た来た。心配しちゃったよ~」
僕「ああ、ごめんごめん。電車が混んでてさ」
活発「あ、電車だったんだ。女ちゃん、しっかり送ってきた~?」
僕「ちゃんと……自分の場所に帰っていったよ」
友「そっか。まあ、とにかくお疲れ。じゃあみんな……いや、いない分の女も含めてさ」
友「乾杯」
活発「うん、お疲れ様~」
僕「ん……乾杯」
心の中で、僕は彼女の名前を呼んだ。
友と活発の顔を見て……彼女の言っている事を、少し理解した気がする。
僕(友情はまだ我慢出来るけれど……)
僕(愛情だけは、我慢出来ないみたいだ……)
308 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:05:44.26 ID:RooYQAzXO [63/76]
活発「……あれっ、僕ちゃん。また酔った? と言うか……泣いてる!?」
友「おうおう、泣け泣け。男にだって泣く権利くらいは~」
活発「もう、飲み過ぎ!」
活発「……また変に酔っちゃったかな。ほら、お水と……あ、む、無理にご飯なんて食べなくていいんだよっ!」
活発「……なに、もしかしてやけ酒みたいな感じ? 女ちゃんと喧嘩でもした?」
活発「もう……そんなに荒れるくらいだったら、アタシが仲介してあげるからさ。もう、泣かないの」
309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:13:46.57 ID:RooYQAzXO [64/76]
活発「……あ、そう言えばね、会社のお休みが日曜休みみなんだよ。だから女ちゃんを誘って……」
活発「ふふっ、お給料出たらお洋服買って、着せ替えさせるんだ~。女ちゃん可愛いんですもの」
活発「あと、ケーキやお菓子だってたくさん買ってあげて、それから……」
それから……居酒屋から、声は段々と遠ざかっていく。
その、賑やかのお店を……一人の女の子が、寂しそうに見ていた。
彼女にだけ見える光景と、聞こえる会話……。
その日の夜の記憶は、悪酔いのせいで何も覚えていなかった。
眠ったら、次の日はに起き上がって……。
彼女のいない僕の生活が、ただ始まった事だけを覚えている。
310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:20:32.10 ID:RooYQAzXO [65/76]
……。
その記憶を持ったのは……何十年前の事だっただろう。
正確な年数を思い出すには、今の頭では少しだけ時間が掛かる。
何より今日は……そんな数字を数えて過ごすような日ではない。
男「……よし。準備はこれでバッチリだ」
大きな、白い天体望遠鏡を覗きながら……僕は一人ではしゃいでいた。
311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:24:52.11 ID:RooYQAzXO [66/76]
九月三十日、快晴。
空には一つの雲すら無くて……星の光が無限に広がっている。
僕はその無限の中から一つ……小さいけれど、とても綺麗に光を放っている星を見つける。
その光は久しぶりに見たはずなのに、懐かしくて、僕はそれをよく覚えていた。
男「……」
妻「んっ……また望遠鏡覗いてるの?」
男「ああっ、まだ起きてたんだ」
妻「もう寝るけど……あ、何か飲む?」
男「ううん。気にしないで、ゆっくりおやすみ」
妻「そう……じゃあ、おやすみ。あまり遅くならないでね」
男「……ん、おやすみ。また明日」
313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:33:34.74 ID:RooYQAzXO [67/76]
男「ふぅ……」
一人になり、レンズから見える、星に再び目を戻すと……その光は先ほどよりも強くなっている気がした。
男(……いや、毎回そう怒るのはやめてくれないかな)
女(ふ~んだ……浮気者)
男(そんな事言わないで。ほら、ちゃんと今年も会えたんだから)
女(……)
男(ね?)
女(わかった……から)
男(ははっ、じゃあいつもの……ね)
女(ん……)
ガラスのような、液晶のような……小さなレンズを見つめて。
遠くにいる君に向かって……僕はお祝い言葉を呟いた。
『お誕生日、おめでとう』
314 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:43:50.36 ID:RooYQAzXO [68/76]
星は、それで満足したのか、落ち着いた光のまま、僕を見つめてきた。
そこからは……静かに二人でお喋りをして。
太陽が星を隠してしまうまで、僕と彼女はレンズ越しに見つめあっていたんだ。
男(……そろそろ、帰らないと)
女(うん、私も……)
男(また今度、ね)
女(ふふっ、笑ってバイバイできるって幸せだよね)
男(うん)
女(じゃあ、また……)
……。
これが、僕の過ごした記憶の全てだった。
315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 07:51:59.95 ID:RooYQAzXO [69/76]
……。
それからまた何十回と季節が巡っては……過ぎていく。
「……」
「どうかした?」
「星が、綺麗だったから……つい」
「くすっ。なんだかロマンチック」
「一緒に見よう。ほら、こっちにおいでよ」
「うん……」
恋人たちが寄り添うように……。
誰かが見上げているこの夜空でも……二つの星が、笑っていた。
小さくて見る事は出来ないかもしれないけれど、彼女はずっとそこにいる。
その横で、静かに彼女を見つめる……新しい星の存在が。
この星の海に、広がっている。
316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 08:09:39.93 ID:RooYQAzXO [70/76]
今夜も……晴れていたら、僕は空を見上げるんだろう。
明るい月と、寒さでよく見えるようになった星がそこにはあって……。
どこかで、一つの星が笑っているように光を放っていて。
素敵な気持ちになった僕は、また彼女を想って笑うんだ。
その星に……お祝いの言葉をあげよう。
「お誕生日、おめでとう」
それだけで、彼女は笑ってくれる。
二人で、星と海を見つめながら抱き合ったあの日を……僕は忘れない。
この記憶は、空にいる彼女の側に行っても……。
星として生きる僕の記憶に、永遠に残るのだから。
星の裏側に付いた……消えない、彼女の印と一緒に。
「星の海で……つかまえて」
終
317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/30(木) 08:13:10.62 ID:RooYQAzXO [71/76]
終わりです。
読んでくれた人、保守の人ありがとうございます。
九月にどうしても書きたかった文章がこれでした。
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コメント
妻がいるのに生きてる時も死後も思いは別のところにあるんだね!最低だね!
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