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八九寺「わたし、阿良々木さんの事が嫌いです」

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:35:21.46 ID:1cd+b9m60 [1/43]
まよいバイバイ

001

 今日は全国的に、母の日だった。
 そんなセリフが言ってみたくなっただけで、阿良々木暦は言ってみたりする。
ちなみに言えば今日は母の日ではない。八九寺との思いに胸を馳せているだけだ。
 何せ八九寺に会いに行く途中のことなので、多少の無礼は許して欲しいものだ。八九寺真宵。
 今日は、八九寺の成仏を手伝う約束をした。
八九寺を助ける為だが、僕はどうも気が進まない。八九寺真宵は幽霊で、どうしようもなく怪異だった。
一度八九寺の未練を解決したのだが、
しかし未練はそれでは全てなくなったという訳でもないようで、
図々しくも八九寺は、この世に居続けたのだった。
それは自分にとってとても嬉しいことであるけれど、やはり八九寺にとってはよくないのだそうだ。
八九寺は自分の未練という奴が分からないらしいので、
今日は僕が八九寺の未練を探してみようと思った訳だ。
 もしかして分かりたくないというのが、八九寺の本音なのかもしれないけど。
 とにかく、八九寺真宵。
 彼女は怪異その物で――人間に戻ることは不可能だ。
 僕のような、怪異もどきとは違って。僕も当然、完全な人間に戻るつもりはないけれど。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:38:23.17 ID:1cd+b9m60
002

「……よお。八九寺。元気にしてたか?」
「話しかけないでください。わたし、阿良々木さんの事が嫌いです」
 何の前触れもなくそう告げたのは、まごうことなき八九寺真宵だった。
僕は二人で約束して、時間通りここに来たので、僕に嫌われる要素は微塵もないと言っていい。
自転車は以前羽川に言われた通り駐輪場に止めた。流石にこの距離まで徒歩で来るのには無理がある。
 八九寺真宵は、当たり前のように言う。
「もう顔を見るのも嫌です。どっか行っちゃってください」
「どっか行っちゃってるのはお前だよ。なんだよいきなり。何かの冗談か?」
 僕は冗談だと思って、八九寺にそう言った。
「言葉の意味が分からないんですか? 
阿良々木さんの物わかりが悪いのか阿良々木さんの物わかりが悪いのか知りませんが、迅速にどっか行っちゃってください!」
「何故二回言ったんだ。そんなに大事なことでもなかろう」
「いえいえ。ここまで言っておかないと、阿良々木さんが馬鹿なこと、わたしすっかり忘れてしまいそうで」
「確かに僕は馬鹿だが、言っていいことと悪いことはあるはずだ、八九寺。
おいおい、冗談でも言ってくれるなよ、そんな事」
 わざわざ家庭教師を早めに終わらせてから来たってのにその言い草はあんまりだ。
「だから、阿良々木さんのことが嫌いだと言っているんです。成仏する方法も、探さなくていいですよ」

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:40:10.45 ID:1cd+b9m60
「だから、そんな言い草はないだろ。せっかく来てやったのに。
前、自分の未練を探すって言ったじゃないか」
 流石に八九寺も、冗談で言っていいこと悪いことの区別はついているはずだ。その辺は小学生ではない。
「だから、嫌いだから探さないでと言っているんです。嫌いって分かりますか? 女を兼ねるって書きます」
「小学五年生から漢字の書き方を教わりたくないよ。相当の馬鹿だと思われているらしいな。
今日は、お前を成仏させる為に、僕が骨身になって、お前を助けようとしているんだ」
「邪魔なだけです。消えてください」
「…………」
 こういう時の対処法は、誰からも教わっていない。もちろん戦場ヶ原からもだ。
「あっそ。お前がそう言うなら、もういいよ。僕は帰るからな。迷子になって泣くなよ」
「ふんっ。わたしの心配なんかしないでいいです、阿良々木さんっ」
 八九寺は最後まで悪態をついていた。
「……阿良々木さん、お元気で」
 僕が公園を自転車で去る時に聞こえた不意のその一言に、僕は聞こえないふりをした。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:43:01.95 ID:1cd+b9m60
003

 私立直江津高校に通う最中、その道中に、八九寺の姿を見かけることはなかった。
まああれだけ嫌われているなら、会っても知らんぷりされるか、嫌なことを言われるだけだからな。
 何となくつまらない気持ちで、高校へと向かった。八九寺の道中の会話は楽しかったものだが。
 授業は大学に行けるようにする為なるべく真剣に受け、そして昼休み。
 僕は戦場ヶ原と一緒にお弁当なる物を食べ、まあその感想はとてもおいしかったと評し、
そして昼休みはお互い昼飯を食べたあとは自由行動を取るので、その間に僕は羽川に話を聞くことにした。
 聞くことは一つ。
「昨日、八九寺に嫌いだと言われたんだけど、何か理由とか分かるかな」
「そんな事知らないよ。本当に知らない。そんなの八九寺ちゃんにしか分からないだろうし」
「だろうな。僕もそう思ったぜ」
「セクハラのしすぎじゃないの?」
「ちげえよ! つーかなんでセクハラしてること知ってんだよ!」
 やはり被害者の会の影響か!
「八九寺ちゃん、ほんと嫌がってたよ。
『阿良々木さんにこんなに揉まれて、もう私はお嫁に行けませんっ!』って」
「どう考えても喜んでるじゃないか!」
「そう見えるのは阿良々木君だけだよ」
「くそっ、抱きつかなかったら文句言われて、抱きついても羽川にチクられる! 僕は一体どうしたらいいんだ!」
「抱きつくのをやめればいいと思うな……」
「やめたら『阿良々木さん、そんなつまらない人間になったんですね。何かあったのですか?』と言われるんだぞ!!」
「それはまあ誘い受けかも」
「だろっ? じゃあ僕は抱きつかなきゃ駄目じゃないか!」

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:46:34.17 ID:1cd+b9m60
「いやそんな事はないと思うよ。抱きつく以外の方法をとればいいんじゃないかな」
「たとえば?」
「フレンドキッス」
「ディープキスになっちゃう!」
「アメリカで言うハグ」
「僕の場合押し倒しちゃうな!」
 あ、これは嘘。
 見ろ、羽川が引いているではないか。
「じょ、冗談だって。そんなに引いたような表情をしないでくれ。死にたくなってくる」
「阿良々木君が八九寺ちゃんにそんなに愛情を抱いているとは……
でも、阿良々木君って八九寺ちゃんに成仏して欲しくないんじゃなかったっけ?」
「そうだが、それとこれとは別」
 人助けと、自分の願望を混同してはならない。
 阿良々木暦のポリシーだ。……いやそんな格好いいものではないけれど。
 単に、薄いだけだ。
 阿良々木暦という存在が。
「大体八九寺が成仏したいって言うんなら、手伝うのは当然だろ?」
「うーん、当然とは思えないけどな」
「お前だったら助けるだろ?」
「協力はする。……でもあんまり積極的にはしないかな。阿良々木君は真宵ちゃんに成仏して欲しくないんだよね?」
「ああ。そうだな。どっちかといえば、そうかもしれない。でも、八九寺が成仏したいってんなら、話は別だろ」
「真宵ちゃんは成仏したいって言ったの?」
「……そこまでは言ってないな。協力して欲しいと言っていた」
「そうなんだ……阿良々木君、もしかして八九寺ちゃんは、成仏する方法を見つけたんじゃないかな?」
「え? ……それだったら、僕に報告してもいいだろ。なんで報告しないんだ? 成仏する方法が見つかったから、僕は用済みと言う事なのか?」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:49:01.27 ID:1cd+b9m60
「違うって。落ち着いて。……わざと阿良々木君に嫌われて、未練を持たれないように消えようとしたんじゃないかな」
「……あっ」
 お元気で、と言っていた。僕は確かに聞いていた。
 ……もしかして、そうなのかもしれない。
んーでも八九寺なら、もっといい別れ方を身につけているはずなんだけどなー、小学生に期待しすぎたか。
もしかして、あれが別れの合図なのかもしれない……ってちょっと待て。
あれが別れの合図だったらもう会えないじゃないか。嘘だろ?
「阿良々木君。ただの推測だから。そんなに思い詰めないで」
「いやでも羽川の推測って、僕にとっては事実と同義だから……」
「言ってるでしょ。何でもは知らない。知ってる事だけ、って。
だからそんな事、推測するしかできないよ。聞いてくる事も出来るけど、
八九寺ちゃんの場合、誤魔化される事が多いからね。遠回しに拒否されるかもしれないし」
 わざと僕に嫌われる為に……。
 なるほど、筋は通っている。あいつがそういうことを考えるかどうかは微妙だが、その線で考える事は悪くなさそうだ。
 羽川はそこからは何も言わずに、ただじっと、側にある木を眺めていた。別にそこに八九寺がいた訳ではないが、僕も見つめる。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:50:58.05 ID:1cd+b9m60
「あら。阿良々木君、羽川さんと随分とお仲は宜しいようで」
 前触れもなく、戦場ヶ原ひたぎ。
 解説しておくと、貝木泥舟との邂逅の後、戦場ヶ原はデレたのだ。
 解説終了。
 いや、する気がないというか。まあ貝木は彼女にとっての何らかの心の障壁であり、
整理をつけるべき相手だった。そして、彼と話して初めて、彼女は変われたのである。
 つまらない女になった。
 貝木は、そう言ったけど。
 元々の彼女が、あんなに純粋無垢だったと考えるならば、
僕はその心の芯からの戦場ヶ原ひたぎをも、また好きになることだろう。
「阿良々木君、何の話をしていたのかしら。聞かせてもらえる?」
「ああ、いいよ」
 戦場ヶ原ひたぎは、僕がそう言うと、僕の腕に絡みついてきた。
 絡みついてきた!
 ……もしデレる前の戦場ヶ原ひたぎが、こんな風に絡みついてきたら、僕はそういう反応をしていた。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:53:55.74 ID:1cd+b9m60
「……戦場ヶ原さんが来たようだし、私は失礼させてもらうね。バイバイ」
 そう言って、羽川はこの場から立ち去った。
 相変わらず、気の遣える奴だ。
「何の話をしていたか……だっけか。戦場ヶ原、五月十四日、覚えているか? 全国的に母の日、だった日」
「忘れる訳がないわ。私が阿良々木君に告白をした日だもの」
 可愛い!
 いや、本当に変わったものだ。デレる前の戦場ヶ原ひたぎならば、
「私が阿良々木君に対して、ツンデレった日ね」と照れてそう誤魔化していたかもしれない。
 誤魔化す戦場ヶ原も可愛いけど。
「そういえば、阿良々木君って呼ぶのやめにしないか? 他人行儀じゃん」
「そうね。暦君っていうのは、なんか……違うし」
「ひたぎって呼んでいいか?」
「じゃあ暦って呼ぶわ」
「ガハラさんにしようかな」
「じゃあヨミ君って呼ぶ事にする」
 なんか禅問答みたいになってきたな。
 しかしヨミ君って呼ばれるのは、なかなか新鮮だな。響きがいい。
 なんだかガハラさんって怪獣みたいなイメージだから、今のデレてる戦場ヶ原とはイメージ違うんだよな。
せんじょうがはらひたぎ、だから。
「ジョウ・ガハラって外国人みたいだよな」
「ジョウちゃんって呼んでくれていいよ」
 ジョウちゃん。
 ヨミ君。
 ……ちゃん付けはあれだから、ジョウさん……すなわち嬢さんにしようかな。ヤクザっぽくていい。
「嬢さんでいいか? 個人的にはこっちの方が好きだ」
「いいわよ。阿良々木君がいいなら」

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:56:32.88 ID:1cd+b9m60
 やべえ可愛い!
 デレる前なら絶対に言わなかった!
「まあそれはともかく、嬢さん」
「何? ヨミ君」
 ……変なヤクザ映画みたいな呼称だ。まあ、面白いのでよしとする。
「さっきの話だ。聞きたがってたろ? 羽川と話してた事」
「ええ。もしかして浮気してるかもしれないから」
 そういう所は変わってないのな。
「ほら、その日、八九寺っていたじゃん。お前には見えないけど」
「ああ……阿良々木君が助けた子の名前ね」
「僕いつもその子と会ったら話してやったりして遊んでるんだけど、なんかその子に嫌われちゃって」
「なんで?」
「こっちが知りたいよ……僕、嫌われるような事何もしてないのに……」
「うーん……」
 戦場ヶ原は、溜息と共に何か考える素振りをして、
「あれじゃない? ツンデレったのよ」
「お前と同じ基準で考えるな! 嫌いなら嫌いだって言う小学生だよ。ったく……」
 まあ、こんな事を他人に話しても分かる訳ないか。
 無駄もいい所である。
「本当に嫌われるような事してない? 抱きついたりとか、ほっぺにチューしたりとか」
「してないしてない! 断固してない!」

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 21:58:56.48 ID:1cd+b9m60
「あれ? 阿良々木君だったらいつも、
『僕をそんな程度の変態だと思っていたのか!? だとしたら悲しすぎるぞ!』とか言っていたのに」
「まあまあ、それはとにかくとしてだ」
 誤魔化さないとまずいことに!
「前別れる時までは、楽しく会話していたんだ。別れる時まで。
だから嫌われる事をしていないと断言できる。……うむむ。もしかして僕の何かの悪い情報が八九寺に伝わったのか?」
「八九寺ちゃんはそんな程度では嫌わないと思うわよ。阿良々木君に助けられたんだもの」
「まあ、そうなんだけど……」
 別に、実際に助けたのは僕じゃないし。
 忍野と戦場ヶ原による力が大きいのだ。
「阿良々木君の事忘れちゃったとか?」
「あり得る!」
 しょっちゅう僕の名前噛んでるしな。たまに忘れてるんじゃないかと思う時がある。……忘れてないよな?
「ま、八九寺ちゃんにも色々あるんでしょう」
 そう言って、戦場ヶ原は話を切り上げた。この辺りの手際はいい物だ。
「何か分かったのか?」
「いや別に。音速はついたかな」
 音速じゃないだろう。憶測だ。
「へえ。なんだ? 言ってみろよ」
「言わないわ」
 とか言って、戦場ヶ原は黙った。
 まあでもこれだけの会話で、憶測がつくとは大した物だ。尊敬に値する。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:00:47.07 ID:1cd+b9m60
「……阿良々木君、その子、注意しておきなさいよ」
「ん? 何が?」
「丁寧に扱わないと、取り返しのつかない事になるから」
 まさか、僕からの八九寺への愛がばれているのか? 
毎回抱きついている事がばれているのか!? 
取り返しのつかない事とは、僕が死ぬと言う事か? 戦場ヶ原はデレたんじゃないのか!
「阿良々木君、つつでがましいようだけど、その考えている事は違うわ」
「ぼ、僕の思考を読み取っただと!?」
「表情見てたら分かるって。阿良々木君、そんなキャラだったっけ?」
「流石に僕も命の危険となれば、取り乱す事はあるさ……」
 あーまあ、わざとらしかった気がする。反省しよう。
「どうしても教えてくれないのか?」
「外したら恥ずかしいし、八九寺ちゃんにも事情はあるから」
 戦場ヶ原はそう言って、目つきは鋭いナイフのようになり、
「浮気したら殺すわよ」
 と言った。
 八九寺の事を言っているのだろうが、それは酷く的はずれである。
「戦場ヶ原。八九寺の事言ってんなら、違うぞ。あいつは僕の親友だからさ。
そういう関係にはなれないし、僕はロリコンじゃない」
「そういうことじゃなくて……もういいわ」
 戦場ヶ原は憂鬱そうに、溜息をついた。僕にはその理由が分からなかった。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:03:20.87 ID:1cd+b9m60
004

 神原駿河。
 僕は彼女の事を述べるのに、変態という二文字の言葉を酷使しなければ語り終える自信がない。
それほどに、彼女の変態性は常軌を逸している。
変態がそもそも常軌を逸しているという意味の言葉なのに、それをまたさらに凌駕しているの言うのだから驚きだ。
 僕は戦場ヶ原ひたぎの家で勉強してから、神原の家にお邪魔する事にした。
毎月十五日と三十日は、神原の家で掃除をするという約束なのだ。
 携帯を取りだして、神原に掛けてみる。
「……神原駿河。得意技は満面の笑み」
「電話で表現出来ない!」
「あれ、その声と突っ込みは、阿良々木先輩ではないか」
「ああ。……お前、得意技いくつ持っているんだ」
「うーん、自分の得意技を数えろと言われても、
それは自分の限界を認識するという事なのだから個人的には好きではないが……軽く千個は超えている」
「マジで!? 一つ分けてくれ!」
「じゃあベッドでのエロい寝方を……」
「よし伝授しなくていいぞ」
「酷いのだ! 自分で言えって言った癖に!」
「そんな方法を先輩に伝授しようとするお前の方が酷いよ! 
いいから今日、お前の家行っていいか? 十五日で、お前の部屋の掃除するはずだっただろ」
「そうだったな。すっかり忘れていた。今すぐ散らかさなくては」
「そんな事しなくていいよ! ったく。わざと散らかしてるんじゃないだろうな?」
「そんな訳あるまい。わざわざ阿良々木先輩が苦労する事を私がするものか」
 ならば、あの普段の散らかりようは一体……。
「電話で話しても仕方ないから、今から行くぞ」
「うむ。満面の笑みで待っている」
 こいつはボケしかしないのか。
 突っ込みに限度はないが、我慢には限度があるぞ。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:07:24.66 ID:1cd+b9m60
 自転車に乗りつつ、神原宅に到着。中学校が同じなので、戦場ヶ原の家と神原の家はそう遠くない。
僕が暗闇を認識しやすいというのもあり、神原宅には比較的早く着いた。
 相変わらず神原の家はでけー。僕の家が二個は入るかな。
こういう場合、個と数えていいのか分からなかったが、それは戦場ヶ原に聞くとして。
「暦お兄ちゃん。待っていたぞ?」
 そんな事を言ったのは、もちろん千石撫子ではなく神原駿河。悪趣味な事してんじゃねえ。
「悪趣味とは酷いのだ。阿良々木先輩だって前呼んだ時は、喜んでいたぞ?」
「前触れもなくそんな事してんじゃねえ。ったく。お前、髪も伸びてんだから、マジで一瞬千石と間違えるだろうが」
「そんな事より阿良々木先輩。
もう戦場ヶ原先輩の家で勉強してからとても時間が遅いのだから、
早めに掃除を済ませた方がいいぞ……いや私が言える立場ではないがな」
「だな。そう思うなら誠心誠意散らかさないように頑張ってくれ」
 言い方が嫌みっぽくなってしまった。
 別に散らかしても僕が掃除して、すなわち交流の機会が出来るので僕としてはそれ程困っていない。
困るならそもそも後輩の部屋を掃除していない。散らかせるというのも、案外空気が読めるという証なのかもしれなかった。
この結論はいかにも突飛すぎるけど。
「そういえば、あれから千石には会ったのか? 一回だけの仲じゃ、寂しすぎるだろ」
「ああ、何度か会ったぞ。あれから五回くらい」
「へえ。何か話す事はあるのか?」
「あるというかないというか……相談に乗ってあげてるというか……」
 なんだ、神原にしてはぎこちない。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:10:09.38 ID:1cd+b9m60
「ふーん、千石でも相談する事あるんだ」
 何故僕に相談してくれないのか疑問に思ったけれど。
 相変わらず、神原の部屋は散らかっていた。いや、そんな表現では済まない。
 もうここがゴミを捨てる所だと言っても僕は何の迷いもなく頷いてしまうだろう。
 三十分くらいして、神原の部屋の清掃を終える。自分にとってこれはもう習慣みたいなもので、手慣れていた。
「流石阿良々木先輩なのだ。すごいのだ」
「……変な口調になってないで、お前も片づけるという事を覚えて僕を手伝ってだな……」
「あっ、阿良々木先輩の肩にゴミが」
 そう言って、神原は僕の肩にぴとっとついてくる。……別に密着する必要はないのだが。
「よし、取れたぞ、阿良々木先輩」
「なかなか殊勝な奴じゃないか。どれ、こっちのゴミ袋に捨ててくれ」
 しかし神原は手を出さない。
「まさかゴミを溜めておく気なのか!?」
「まさかまさか。そんな事するはずがない」
「じゃあ何だったんだ! 僕に密着したいだけか!」
「流石阿良々木先輩ともなると、私の心はお見通しなのだな」
「否定しない! 否定しろよ!」
「でも阿良々木先輩、この密着している限りにおいて、嫌がっていないのだろう?」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 頼むから離れてくれ!」
「ああ、阿良々木先輩の嫌がる姿も素敵なのだ……」
「罵倒が通用しねえ!」
 ったく。
 冗談はここまでにしておいて、神原から離れる。これぐらいの事なら戦場ヶ原も許してくれるだろう。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:12:10.26 ID:1cd+b9m60
「時に神原。女の子の気持ちが分かる、お前に話を聞きたい」
「何なのだ? 阿良々木先輩。まさか戦場ヶ原とのセックスレス……」
「そんな事、実際にあってもお前に相談しないよ。お前だけには絶対にな」
「むう。じゃあ羽川先輩だったら相談するのか?」
「しねえよ! いいから黙ってろ!」
 なんでそういう話に繋げたがるんだ。
 お前は中学生男子か。
「中学生男子。響きがいいな!」
「あーもう! 鬱陶しいなあ!」
 何なんだこいつ。
 突っ込みを通り越して怒りに変わってきた……。我慢には限度はないが、突っ込みには限度があるぞ。
「あのな。相談したいのは、小学五年生女子の事だ」
「おお! 趣味が合うではないか!」
「お前に趣味が合わない奴はいないよ。
いや合う奴が存在しないのか? 分かんねえや。
あー、とな。多分戦場ヶ原から聞いてると思うけど、その子は幽霊で、
一度助けてやったきり、僕の親友になったんだけど、どうやら先日、嫌われてな。
僕はそいつと仲が良くて、よく遊んでたんだけど……
で、なんで嫌われたのか、分からないから、神原に話が聞きたいなあと」
「それはツンデレったのではないか?」
「即答だな! いっそ清々しいよ!」
 間を置いて、
「しかし阿良々木先輩、それでは説明が足らなさすぎるぞ」
 と神原は言った。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:14:52.65 ID:1cd+b9m60
「まず阿良々木先輩は何をしようとしたのだ?」
「えっと、……八九寺の成仏の手伝いを」
「ああ、八九寺ちゃんな。戦場ヶ原先輩から聞いているぞ。ツインテイルで可愛い少女だってな」
「戦場ヶ原には見えないはずだろ……」
「『阿良々木君の反応で分かる』だって」
「そこまで分かるのか! 恐るべき彼女の洞察力!」
「持つべき物は信用出来るパートナーだな、阿良々木先輩」
「いや確かにそうなんだけどさ……そうだな。その子はツインテイルで可愛い女の子だ」
「で、阿良々木先輩は何か怒られるような事をしたのか?」
「僕の記憶にはないけど……いや、単純にそんな事した記憶がないな。そんな事する訳ないし」
「なら、決まっているではないか」
「何がだよ」
「本当は嫌ってないんだろ?」
「…………」
 そう言われると、そうかもしれない。
 言葉に詰まる。
「じゃあなんで嫌ってないのに嫌いだと言ったんだ? わざわざそんな事言う必要はないじゃないか」
「その子はどう言ったんだ?」
「話しかけないでください。わたし、阿良々木さんのことが嫌いですって」
「んー……」
 神原はそこで思い悩んだようだ。
 まあ、知り合いでもない子の嫌いな理由を他人に聞くとは、
 僕もなんだか気の遣わない事をしてしまった。分かる訳もないし、
 変に気を遣ってしまうだけだろう。申し訳ない。
「ありがとな。神原。さっきの意見、参考になったぜ。……ていうか神原、僕の嫌いな所ってあるか?」
「私の意見を聞いているのか?」
「ああ」
「ないな。全くない。阿良々木先輩は、まさに神のごとき人格を持っているのだ」
「お前の信仰する神が何かは知らないが、随分と落ちぶれた神だな」

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:17:03.55 ID:1cd+b9m60
「そんなに謙遜しないでくれ。私の本音の言葉なのだから」
「本音の言葉が重すぎる! ……でも、前までお前、僕の事憎んでいたじゃん。
その時は僕の事嫌いだったんだろ?」
「嫌いだったな。いや、憎んでいた。
阿良々木暦さえいなくなれば、この世は円滑に回るとさえ思っていたのだ」
「いずれにしろ壮大すぎるだろ! 僕はもっと小さいよ! 路傍の石くらいに小さい!」
「そう、身長がな……」
「やめろぉ! 僕より小さい癖に何故かダンク出来るお前が身長に対してどうこう言うんじゃない! 
これはパラレルワールドなんだ!」
「阿良々木先輩は喋らなければ流川楓そっくりなのだがな」
「そりゃ髪伸ばしてりゃ誰でもそうなるさ。
うーん、お前がそう言うなら、八九寺が僕を嫌ってないということも、信用していいのかな」
「いいのではないか? 自分を助けてくれる相手を、嫌いになれる訳がない」
 その意見に対しては僕は一言もの申したかったのだが、無粋なのでやめにする。
「ありがとな、神原。参考になったよ」
「阿良々木先輩のお役に立てて光栄なのだ」
 神原はそう言って笑った。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:19:02.42 ID:1cd+b9m60
005

 さて、僕は家に帰って食事を取り、その頃にはもう十時を回っていた。
 僕は別に早く寝る習慣がついている訳ではないが、今日は疲れたし早く寝ようかと思っていた。
 が、自分の部屋に行く所で、ちょうど月火に出会った。
「おお月火か。まだ起きていたのか」
「この時間帯に起きるのは普通だよ、お兄ちゃん。不良だからって言って私達を馬鹿にしないでよね」
「別に馬鹿にしたつもりも、ついでに自分が不良であるという自覚もない。ったく。子供は早く寝ろ」
「お兄ちゃんこそ」
「僕は今から寝るんだ」
「寝るぐらいなら話をしましょ」
「なんで僕は妹と会話をする為に睡眠の時間を削ってまで時間を取らなければならないんだ。したい話なら後にしろ」
「お兄ちゃん、悩み事あるでしょ」
「ねーよ。少なくとも、お前らに話すような悩みはねー。皆無だ。お前らが悩みの種だ」
「またまたそんなこと言っちゃって。ある癖にー」
「あーもう分かった話すよ。僕友達に嫌われてて、
嫌われてる理由が分からないんだ。だから、どうすればいいかって」
「嫌われる理由が分かんないなら、本当に嫌われてるか怪しいんじゃないの?」
「どういう意味だ? 理路整然と説明しろ」
「嫌われるような事してないって意味だよ。してるなら、理由も分かるはずだもん」
「ふむ……そういう考え方もあるか。神原も同じようなこと言っていたな」
 嫌ってない。
 ふむ……確かに、最初出会った頃の八九寺はそうだった。
 いや、もしかして本当に僕のことが嫌いだったのかもしれないが、
 しかし八九寺は自分から遠ざける為に、あの言葉を使っていた……ということは。
 八九寺が危ないと言う事か?
 あ、あれは、まさかお元気でってのは、別れの言葉か? 
 いやそれはないだろう。あまりにも唐突すぎる。ないよな?

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:21:03.72 ID:1cd+b9m60
「まあお兄ちゃんはお兄ちゃんだから仕方ないけどね」
「そりゃ僕はお前のお兄ちゃんだろうさ。だからどうしたんだよ?」
「別に。どうもしないよ。ただ、どうしてこう、他人に気を遣えるように、
他人の事を考えられるようになるんだろうねーと思うと、何だか悲しくてさ」
「だから考えているよ。その子の事も、その子の抱えている問題事を解決しようと僕は頑張ったんだ」
「そういう所が傲慢なんじゃない? その子も、お兄ちゃんのそういう所を嫌ったんじゃないかな?」
「そういう考え方もあるのか……。ちなみにお前は、僕の嫌いな所とかあるか?」
「私達に対してはやたらと偉そうなところとか。あとおっぱい触る所とか」
「お前は分かってねーな。偉そうじゃなくて、妹のおっぱい触れなくて、何がお兄ちゃんだ」
「うわっ、名言来た」
「僕はお前のおっぱいを触れる事を誇りに思うよ」
「そんな事誇りに思わなくても良いよ! もう埃がかってるよ!」
「ふん。まあ、セクハラというのは酷いよな」
 八九寺に対するセクハラの事もあるかもしれない。
 自重すると、八九寺は逆ギレしちゃうから、これが難しい所だけれど。
 そして僕と話して気が済んだようだ、特に下の階には何の用もなかったようで、月火は自分の部屋に消え去った。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:23:16.76 ID:1cd+b9m60
006

 その後自分の部屋に行って、
 何となく寝られなかったので本を読んだりテレビを見たりして時間を過ごしていた。そして、十一時頃。
「兄ちゃん! 大地震が起きたぞ!」
 そんな事を言って、阿良々木火憐は僕の寝ているベッドを左右上下に揺らした。
 この場合、重要なのは上下の方で、上下ということはそりゃベッドも浮かさなければならない。
 それは火憐にとって当たり前の事で、その位の重さ、火憐にとっては重さとして機能しなかったようだ。
 まあ要するに揺らされるハメになった僕だけれど、当然朝ではない。
 朝だからと言ってこんな所業されたら困るがしかしそれでも夜中にこんな事されたら近所迷惑である。
「火憐ちゃん。何があったんだ? 僕が聞いてやるから、落ち着け」
「とぉ!」
 当の火憐は言う事も聞かず、僕の布団へダイブ。
 この場合エロい意味に解釈されがちだが、この場合僕と火憐はリアルファイトである。
 いやまあそんな事言っても、僕が火憐に勝てる訳はないのだけれど。
 火憐は袈裟固めでこの戦いに終止符を打った。
 いや、始まってもいねえ。始まってないのに何故か終止符は打たれてしまっている!
「苦しい! お前の長い腕で本気で絞められると死ぬ!」
 吸血鬼は呼吸器官系は弱いんだぞ!
「ふっ、あたしの兄ちゃんともあろう奴が、情けない」
 そう言って、火憐は僕から離れた。
「んだよてめえ。何しに来たんだよ」
「ちょっと散歩。兄ちゃんの部屋でも拝みに行こうかと」
「何を拝むつもりだ」
 いやまあこの場合は頼み事か、それか僕に怒りにきたかの二択だ。
「兄ちゃん。なんで月火ちゃんに相談しておいて、あたしには相談しないのさ」
「えっ? ああ、その事か」

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:25:29.28 ID:1cd+b9m60
 火憐がそんな事を言うとは思わなかったので、思わず拍子抜けしてしまった。
「月火からある程度は聞いてるのか?」
「いや、それはしゃべり渋ったけど、詳しくは兄ちゃんに聞けって事で」
 僕に詳しく聞いてもらっても困るけどな。
「なんであたしには喋ってくれないんだよー」
「だってお前他人の気持ち考えた事ないだろー」
 目突き。
 それも高速と言ってよかった。
 躊躇しなさで言ったら戦場ヶ原に劣るかもしれないが(デレる前)、
 しかしこの反射神経の良さだったら戦場ヶ原にも勝てるだろう。
「分かった分かった。僕が理路整然と、分かりやすく説明してやる」
 そして僕はもう何回目か分からないこの状況説明をした。
 いやまあ実際僕にも嫌われている理由が定かでないので、はっきりした事は言えないが。
「分かった」
「何がだ」
「兄ちゃんはアホだって事が」
「僕は馬鹿の自覚があるが、しかし火憐ちゃんよりは賢いはずだぞ? 僕は高校三年生だからな」
「えー兄ちゃんがあたしより賢いってショック」
 僕はどれだけ馬鹿だと思われているんだろう。
「でもさあ、実際、兄ちゃん彼女いんの?」
「いるよ。お前らと同じようにな」
「え!? 兄ちゃん友達いないのに彼女はいるんだ!?」
「その失礼な言い方はなんだ! 
友達いないからって彼女いるからってなんだよ! そんなの人個人の勝手じゃないか。
……ていうか、友達はいるよ。春休みにちょっとしたパラダイムシフトがあって」

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:27:45.57 ID:1cd+b9m60
「兄ちゃんに友達が出来ただって!? それは異常だ!」
「そんな事言うなよ。月火ちゃんには話した事あるけど、お前には話した事なかったっけか」
「むーなんで月火ちゃんとは色々話すんだよ」
「月火ちゃんは物分かりがいいからな」
 お前と違って、とまでは言わなかった。
「うーん、なんか彼女いないと思ってたのにちょっとショックだな」
「なんでお前らがショック受けんだよ。彼氏がいるお前に、そういう事言う権利はないよ」
 まあ、こいつらに彼氏がいるのも、兄としては複雑な心境だからな。
 こいつらが惚れるとはどんな男なのだろう……想像がつかない。
 いや、月火の方はかろうじて想像がつくけれど、火憐は無理だ……全く想像出来ない!
「ま、いずれ紹介するよ。いずれな」
 夏休み明けにこいつらに紹介する予定だったが、すっかり忘れていた。
 どうなるんだか想像がつかないが、まあそれはお楽しみということで。
「エア彼女、とやらじゃないだろうな」
「僕は空気が彼女じゃないよ。僕は本当にそいつの事が大好きでさ。可愛くて仕方がないんだ」
「あーうるせえ黙れもしくは死ね!」
「死ねは酷い」
「兄ちゃんののろけ話なんか聞くんじゃなかったよ。ったく。
前まで人間強度がどうのこうのとか、言ってたじゃないか」
「人間強度が下がるから、だ! その位の短い言葉覚えろよ!」
「痛々しくて思い出したくても理性が拒否するんだよ……兄ちゃんがまさか厨二病だったなんて」
「お前らに言われたくはねえよ!」

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:30:26.09 ID:1cd+b9m60
 ファイヤーシスターズとかアホみたいな名前ばらまきやがって。
 僕がどれだけその兄である事を隠す為に苦労してきた事か。
「まあ悪い思い出があるから、人は変われるのさ」
 火憐はそう言って格好つけた。
 明らかに厨二病だ。
「ちなみにファイヤーシスターズってのは、兄ちゃんも含まれてるからな」
「何故だ!」
「火の姉妹、じゃなくて、火の妹達、なんだよ」
「なんでその僕の存在を匂わすような訳なんだよ! 火の姉妹でいいだろ!」
「だって姉妹だと、シスターズになんないじゃん」
「ああ」
 うっかりしていた。
 そういえばそうだった。
「相変わらず兄ちゃんは馬鹿だなー」
「うう」
 でもこの名前考えたの、そもそもお前らだろ? 
 僕は分からなくて当然だけど、お前らは分かって当然だって。
「ちなみになんでそう、妹達って訳になるよう仕組んだんだ? 僕はこの件には一切関わっていないはずだろう」
「兄ちゃんがいなかったら、私が正義に燃える事もなかっただろうし。
月火ちゃんだってそう。兄ちゃんがいなかったら成り立っていなかったんだよ、ファイヤーシスターズは」
「まったく。本当に、可愛い妹だ」
「兄ちゃん、さっきの話だけど……あたしには分かんないや」
「まあそりゃそうだよな」
 この悩みは、解決しそうになかった。
 妹に話して解決するというのも、無体な話だ。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:33:15.38 ID:1cd+b9m60
007

 千石撫子の話をする時は、
 僕という主観が抜けた時と僕の主観が入っている時とで彼女の捉え方が違うらしく、
 あちこちで指摘されている。あちこちと言うより、主に月火と神原からだ。
 まあ彼等には要領の悪い言い方をされるので、
 というか概念的に説明されるので自分にはよく分からないけれど。
 まあ、一人の人間がいたとして、
 その人について色々意見が食い違うのは、当たり前の事だろう。そう思う。
 要するに僕は千石の事を語る時には、
 僕の捉え方と他人の捉え方が違うという事である。
 だから、僕の主観による説明は実は客観的な用を為していないのかもしれない。
 うむ。
 そういうわけで、翌日。
 以前千石の家に行った時には親の帰宅という事で僕は途中退場で帰る事になってしまい、
 まあその後プールに行ったりクラス会の演技の指導をしたりと尽力してきた僕だけれど、
 今日は完全に千石からの招待で、今日は家には一日中誰もいない日なのだそうだ。
 何故そういう日を選んだのか僕には分からないけれど、
 それには千石なりの理由があると思ったので言わないでおいた。多分、それが正しい判断だろう。
 徒歩で千石の家に向かうと、千石が玄関先で僕を待っていた。
 笑顔で、前髪はもうばっさり切っちゃって、目元も丸見えだ。笑っている顔が本当に可愛かった。
 千石に聞くと、学校でも僕の言いつけ通りそうしているらしく、好評なのだそうだ。よかった。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:35:05.24 ID:1cd+b9m60
「そういえば千石、聞きたい事があるんだけど」
「何? 暦お兄ちゃん」
 千石の部屋に入った所で、僕は問いかけた。
「お前に蛇の呪いを掛けた人達はその後、どうなった?」
「……知らない」
 千石からの拒絶の一言だった。
 まあ、そうだろう。考えたくもないだろう。お兄ちゃんとして、駄目な事をしてしまった。
「そうか……千石に呪いを掛けたんだもんな……知りたくないよな」
「あ、うん、えっと、元気にしてるよ。
蛇は憑いてるんだけど、表面上では何の作用も及ぼしていないように見えるかな。
忍野さんが言ってたように、あれは撫子の対処が悪かったってだけで本当に何もしない怪異だったんだね」
「そうか……それはそれで、いい事、なのかな」
「暦お兄ちゃん……相変わらず、優しいね。……撫子に呪いを掛けた人達の事も聞くなんて」
「ごめんな。千石には嫌な事だったんだろうな。ごめん。本当に謝るよ」
「あ、いや、な、撫子もごめん。知らないなんて嘘ついちゃった」
「いいんだよ。それ位の覚悟でやらないと」
 これからも怪異に関わってしまうかもしれないし。
 しかしそれは言わないでおいた。千石も分かっている事だろうし、変に不安を煽ってしまうのもよくない。
 千石は。
 普通の人間に――戻れるんだから。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:36:46.46 ID:1cd+b9m60
 とりあえず僕は千石の部屋のベッドに座り、
 ……何となく、千石の匂いが染みつきすぎている気がするこのベッドに、
 僕が腰を着けていいものか迷ったのだけれど、千石が言ったので僕は構わず座る事にした。
 ま、この部屋も狭いしな。以前来た時より、狭く感じた程だ。
「じゃあ千石、何して遊ぶ?」
「うーん、柔道ごっこ」
「響きが歪すぎる!」
「袈裟固めとか横四方固めとか」
「だめだめ! なんでそんな事するんだよ!」
「えっ……もしかして暦お兄ちゃん、撫子が嫌いで、その……」
「いや誰でも断るよ! 男女混合でやったらまずいだろそんなの!」
「撫子はできるよ? 暦お兄ちゃんの横四方固めとか……」
「ストーップ! 千石が出来るかどうかが問題じゃない!」
「……うーん」
 千石は迷ったようで、
「じゃあ、ババ抜きしよう」
 と言った。
 ……メジャーすぎる。
 それ、中学生がやるような遊びじゃないだろ。
「だ、駄目……かな?」
「いや、いいよ。さっきより全然マシだ。やろうぜ!」
 しかし二人でババ抜きやっても楽しいものか。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:39:52.90 ID:1cd+b9m60
 二人だったので、トランプの数がすごい事になった。
 二十七枚だぜ? そこからペアの組のトランプを探す。
 これがなかなかの重労働で、整理をつけるのに一分くらいかかった。
 そして試合開始。……僕にババがないので、千石にババがあるのだろう。なんて緊張感のないゲームだ。
「あっ」
 僕は一回目でババを引いてしまった。
 次は千石の番。
「うーん、これだ!」
 と言って、僕のババを取った。
 あれ? 分かると思うんだけどな。
 相当な馬鹿なのか僕に気を遣ってくれたのか。多分後者だろう。という訳で、僕もババを引く事にした。
「あれ?」
 僕もとりあえず演技をして見せた。しかし千石の目がギラリと光る。
 ……僕が気を遣った事に気付いているのだろう。
 僕はわざとシャッフルしてババがどれか分からないようにした。
 これで、僕が負ける事が出来るだろう。うん、何かが間違っているような気がするが、これでいい。
 しかし千石も去る者、一枚一枚引くフリをして僕の反応を窺っている。……なかなか侮れない!
 僕が蒼白な表情をした瞬間、
「これだ!」
 千石がそんな事を言ってトランプを引いた。
 おそらくババだと思って引いたのだろう。しかし、それはババではなかった。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:40:49.97 ID:1cd+b9m60
>>37
その作者さん大好き!
でも違う。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:42:11.36 ID:1cd+b9m60
「フッフッフ……」
 そうさ! 僕は演技をしたのさ!
 ババが引き当てられたという蒼白な表情をする事で、
 千石はこれをババだと思って引く! そう! 僕は計画通りに事を運んだのだ!
「……こ、暦お兄ちゃん……撫子、こんな事じゃ、負けないよ?」
 いやそもそもババを持っている方が負けなのだが。
 ちなみにババはもちろん僕が持っている。残りは二枚。千石はあと一枚!
 このババをキープすれば僕の勝ち! このババを取られれば僕の負けだ!
「おおおお……」
 僕は最後の一枚を……取った。
 ふはは! 見たか! 僕の勝ちだ! ひれ伏すがいい!
「……暦お兄ちゃんの、負・け」
 ああ!
 いつの間にか罠に嵌められたのは僕だったのか!
 ……しかし盛り上がったな。まさか僕にわざと負けさせる事で勝ちに行くとは(意味不明)
 千石撫子、恐るべし!
 なんか知らんがどっと疲れた。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:44:01.07 ID:1cd+b9m60
「……さて、暦お兄ちゃん、何でも聞いてくれるんだっけ?」
「いつの間に王様ゲームになったんだ!? 待て待て待て!」
「いつじゃなくて、もう決まってるんだよ。暦お兄ちゃんは撫子の指示に従う他、ないの」
「恐ろしい王国だな」
 ……何だか、千石の背後から殺気、いや、色気が滲み出ている気が……。
「暦お兄ちゃん……ちょっとそこのベッドで寝ててよ」
「はぁ? 柔道ごっこはしないぞ」
「いいから。暦お兄ちゃんは寝る以外ないの!」
 いやそんな事言われても。
 病人じゃあるまいし。
「つーか何で僕をそこまでベッドに誘導させたがるんだよ。他にも座る場所はあるだろうが」
「ないの! ないって言ったらないの!!」
 こえええ。
 千石が怒るのを僕は初めて見た気がする。
 そして、一言。
「だって……撫子、暦お兄ちゃんのことが、好きなんだから」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:46:21.30 ID:1cd+b9m60
 えっ?
 ああ、……。
 ああ、月火、神原。
 お前らの言っていたのは、こういう事だったんだな。
 ……そして。
「……悪いな千石。僕は戦場ヶ原がいるんだ。お前と付き合う事はできない。いや、しない」
「え、嘘でしょ? いやいや、ありえないって。マージーデースーかー」
 言語が狂っていた。いや混乱しているのは目に見て取れる。
「気付いてやれなくて済まなかったな。ほんと……僕は、どれだけ同じ過ちを、犯せば済むんだろう」
 それは独り言だった。
 理解してくれなくてもいい。
「こ、暦お兄ちゃん、一人にしてくれるかな……ちょっと考えたい事があるから」
「そ、そうか。ああ、いいぞ。お前の家なんだから。……また遊ぼうぜ」
「う、うん。約束だよ」
 千石は、目に涙を浮かべたが、決して泣きはしなかった。本当は強いんだな、この子。
 僕は千石の部屋の鍵を開け、そして階段を駆け下りた。
 玄関の鍵を開け、そして外に出る。生憎僕にも用があった。
 さて……吸血鬼の脚力、持ってくれよ。
 僕は真っ昼間から全力で走り出した。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:48:39.18 ID:1cd+b9m60
009

 八九寺を見つけたのは夕方だった。
 もうそろそろ宵になりそうな頃だった。
「八九寺」
「話しかけないでください。あなたの事が嫌いです」
「僕は嫌いじゃないな。話していて楽しいし、側にいて欲しい」
「気休めな事を言わないでください。夢見ちゃったらどうするんですか」
「いい夢を見させてやるよ。その時はな」
 さて。
 僕がしなければならない事は何だろう。
 八九寺の為に僕が出来る事は――なんだろう。
「八九寺、お前、成仏したいか?」
「したいです。早く、阿良々木さんのいない世界へ、行きたいです」
「どうしてもか?」
「ええ」
「僕は嫌だな。お前のいない世界なんて――嫌だ」
「私は阿良々木さんのいない世界がどれだけ素晴らしいか、常日頃考えています」
「またまた、そんな冗談を」
 そうだ。
 成仏が嫌なら、成仏をさせなければいい。
「八九寺。成仏しないでくれ。僕からのお願いだ」

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:49:42.10 ID:1cd+b9m60
「阿良々木さんは今自分が何を言っているか分かっていますか? 
……あの時まで、私を成仏させようとしたのではないのですか?」
「そういうのは、もう、やめだ」
 もう偽善者にはなれない。
 ただ――僕の願いを押しつけているだけなんだから。
「成仏しないでくれ。お前は僕の友達だから、いなくなって欲しくないんだ」
「そ、そんな事言われるとなかなか……成仏したくてもできませんね」
 八九寺は照れながらそう言った。
「お前だって僕に会えないのは嫌なはずだろう? だって――」
「はいはい分かりました。成仏しなければいいんでしょう?」
「ああ。……僕はお前がいなくなるのは嫌だ」
「あはは。阿良々木さん、お言葉がお上手です」
 茶化すようにそう言った。
 そうだ。何より、僕の願いが重要なはずだ。
 八九寺に成仏をして欲しくない。その願いが。
「ちゃんと責任、取ってくださいよね」
「どう取ればいいんだ?」
「一生阿良々木さんの側にいたいです。駄目ですか?」
「お前は戦場ヶ原に見えないはずだから、ギリギリオーケーだな」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:51:33.60 ID:1cd+b9m60
010

 後日談というか、今回のオチ。
 八九寺真宵は、成仏をしなかった。僕の理想を押しつけた結果だ。
 八九寺にいなくなって欲しくない。
 その想いが――八九寺を縛ってしまった。
 後悔はなかった。
 八九寺の未練だって? ああ、それか。……そんな事を言っていた時期もあったっけ。
 そんなのは遙か昔の事だ。うん。忘れよう。
 と、言うのはもちろん冗談である。
 僕の口からいうのは忍びないから、忍に言ってもらおう。
 ただでさえ八九寺が憑く事になって不快になった忍で、解説する事は些かというか、
 太陽を倒しかねないくらいのストレスを抱え込んでいるだろうけれど。
「その小娘は、お主の事が好きなんじゃろ。だから、だからなんじゃ」
 だから、成仏できない。
 未練が――残ってしまったから。
 僕に告白するという未練が、残ってしまったから。
 知らんけど。
 はっはっは。
 まあ、陰の中にまで入って影響を及ぼしてくるという訳ではないから忍にも許してもらいたい所だ。
 まあ許してもらわなくてもいいけど。僕と忍の関係は、おそらく、それでいい。
「兄ちゃん。朝だぞ!」
「早く起きないと、留年しちゃうぞ!」
「最悪に後ろ向きなフレーズだ!」

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:53:08.66 ID:1cd+b9m60
 起きるにも起きられない。いや、そんな事言われて起きあがりたくない。
「留年なんかしねえよ! 僕は真面目に勉強すると決めたんだ!」
「不良の兄ちゃんが!」
「不良のお兄ちゃんが!」
「だー!! 僕はいつから不良になったんだ!」
「カッターシャツ出してたら不良だよね」
「よね」
「あれはファッションだ!」
 そんな事を言って起きあがった。……まあ、こういうのも悪くない。
 いつもと変わらぬ日常というのも。
 目的を持つというのは、目標を持つというのは案外悪くない心地だ。
 戦場ヶ原と同じ大学に行くという、志。
 身支度を整え、玄関に来た所で。
「ギララ木さん。遅いですよ」
「僕を危ない目つきのような擬音で呼ぶな。僕の名前は阿良々木だ」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ」
「かみまみた」
「わざとじゃない!?」
「髪を見た」
「誰のだ。さて、行くぞ。後ろに乗れ」
「阿良々木さんちょっとノリ悪い突っ込みですね」
「時間がないんだ。ほれ、行くぞ」

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:55:03.10 ID:1cd+b9m60
 八九寺を自転車の荷台に乗せ、僕に捕まらせてから自転車で猛ダッシュ。
「ああああああああああッ! 早すぎですッ!」
「僕に憑いてくると言ったんだろ? それ位の覚悟じゃ務まらないぜ?」
 まあ要するに遅刻しそうだからこんなに全力で走っている僕だが、そんな奴の台詞とは到底思えない。
「今からでも辞めます! こんなのやってられますか!」
「それは無理だな! 拒否できない! 返品なんてさせないぜ?」
「格好いいです! 一生憑いていきたくなる程格好いいです!」
「憑いていきたくなる程……か」
 一生。
 吸血鬼の一生とは、どれだけの物だろう。
 もしかして、常人より、長いかもしれない。
 戦場ヶ原や他の皆はもう死んでしまって……僕は生き残るかもしれない。
 僕と、忍と、八九寺だけ。それこそ、僕はロリコンと言われても迷いなく反論する事はできない。
 いや、ロリコンではないんだけど。
 一生背負っていくと決めたんだから。
 八九寺真宵のツンデレをも。
「話しかけないでください。わたし、阿良々木さんの事が嫌いです」

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/26(日) 22:56:24.86 ID:1cd+b9m60
糸冬

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