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女旅人「なにやら視線を感じる」後半
218 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:28:03.13 ID:HLdAiRjk0 [73/212]
旦
今日は珍しく、全くと言っていいほどにすることが無かった。
午前の鍛錬が終えてから軽く汗を洗い落とし、部屋に戻る。
側近に訊いても提出すべき書類があるわけでも誰かに会う約束があるわけでもなく、
本当に、何も無かった。 面倒は面倒だが無かったら無かったで困るものである。
本棚から適当に一冊選び、ソファに腰掛けパラパラと捲る。
これは最近読んだばかりだな、と思っていると、ドアが開く音が聞こえた。
王子「うわぁ~、せんまい部屋ァ」
ずけずけと入ってきたのはこの国の王子であった。
前
女旅人「なにやら視線を感じる」前半
旦
今日は珍しく、全くと言っていいほどにすることが無かった。
午前の鍛錬が終えてから軽く汗を洗い落とし、部屋に戻る。
側近に訊いても提出すべき書類があるわけでも誰かに会う約束があるわけでもなく、
本当に、何も無かった。 面倒は面倒だが無かったら無かったで困るものである。
本棚から適当に一冊選び、ソファに腰掛けパラパラと捲る。
これは最近読んだばかりだな、と思っていると、ドアが開く音が聞こえた。
王子「うわぁ~、せんまい部屋ァ」
ずけずけと入ってきたのはこの国の王子であった。
前
女旅人「なにやら視線を感じる」前半
219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:30:08.00 ID:HLdAiRjk0 [74/212]
双子の弟で、王位継承位第二位の17歳の少年である。 ろくに勉強しようともせず、
甘やかされたこいつは随分と我侭に育ってしまった。 御聡明な兄とは正反対だ。
私「殿下。 こんな狭い部屋に何の御用で」
王子「別に用は無いんだけどさぁ」
王子は部屋をきょろきょろと見回した。 勲章を流し見、そして壁に掛けられた剣の前で足を止める。
実際に手に取り、しげしげと見つめ、そして振りかぶってみたりする。
素人が剣を振るというのは流石に危なっかしくて見ておられず、王子に近付いて注意する。
私「無闇に触れては危険です、お止めください」
王子「だいじょーぶだよ、剣ぐらいちょっとは習ってんだからさぁ」
220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:36:04.80 ID:HLdAiRjk0 [75/212]
王子は、近付いた私の顔をじっと見る。
身長は私と同じぐらいか少し大きいぐらい。 顔はまだ青臭い。
王子「ここまで近くで見るのは初めてだけどキミ、可愛い顔してるんだね」
私「……勿体無いお言葉で」
相手をするのは面倒臭い。 さっさと帰ってくれないか。
そう思うも、王子は帰るような素振りは見せない。
私の周りをゆっくりと歩き、私の身体を嘗め回すように見る。 嫌な目つきだ。
決していい気分はしない。 王子でなければとっくに剣の錆になっていたろうに。
王子「よし、決めた」
背後から声が聞こえたと同時に、太股に気色悪い手がねっとりと触れるのを感じた。
223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:43:36.72 ID:HLdAiRjk0 [76/212]
王子「キミはボクの所有物だ」
私「……戯れ事はお止めください、殿下」
王子「ふざけてなんかないよ」
尻を撫で回していた手は徐々に前に移動し、そして私の陰部へと到達した。
私は思わず腰の短剣に手を伸ばす。
私「殿下。 私にも限度が御座います。 それ以上続けると言うのであれば――」
王子「どうなるの?」
ぱっと私から手を放す。 そして私の前に歩み出てナスビのような顔を近付けた。
王子「ねぇ、どうなるの? ボクをそのナイフで殺そうって言うの? ねぇ」
225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:48:01.77 ID:HLdAiRjk0 [77/212]
王子「いいよ、別に。 でも王子であるボクに少しでも傷つけたりしたらどうなると思う? ねぇ」
王子「それに本当は感謝してほしいんだよねぇ、王子であるボクに相手してもらえるんだから。
……将来、兄上にもし不幸があったら、次の王の座はボクのものになる。
その時、もしかしたら王妃にキミを選ぶかもしれないんだよ? そういうのも捨てちゃうワケ?」
私「そのようなものに興味は御座いません」
王子「……いいのかなぁ。 キミがもし、すこしでもボクに反逆の意を見せたりしたら――
ボク、凄く怒るだろうね。 何をするだろう? 例えば、キミの属する騎士団を潰しちゃうとか?」
私「……! 卑怯なッ!!」
王子「何とでも言えば良いよ。 よく考えてよね、ボクはどっちでもいいから。
キミが大人しく言うことを聞いて、ボクのオモチャになるか、
反発してキミ個人としてのプライドを守る代わりに、キミの大切な恩人や仲間がいる団を潰すか」
王子「キミなら分かるよね。 どっちが利口な選択か」
私は血が滲むほどに下唇を噛締め手を握り締め、王子は目を細め口の端をつり上げた。
短剣から手を引いた瞬間押し倒され、私の唇はあっけなく奪われてしまった。
231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:54:18.59 ID:HLdAiRjk0 [78/212]
抵抗する唇を貪り、強引に舌をねじ込み、絡ませる。
離すと、間には白い糸が引いた。
憎たらしい程に可笑しそな顔の王子が馬乗りにして見下す。
王子「弱いモンだねぇ騎士団の隊長さんも! たった一言で!」
王子「最初から決まってるんだよ、選択の余地がないことなんか!」
私の腰から短剣を抜き取り、服の端に切れ込みを入れる。
王子「権力の前じゃ、キミみたいなたかが平民の人間なんかさぁ!!」
そして力任せに引き裂き、乱暴に服を剥ぎ取り、私の上半は裸を露にした。
234 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:56:57.27 ID:HLdAiRjk0 [79/212]
王子「うわっ!!?」
王子は私の上から転げ落ちた。 そして怪物を見るかのように、私を指差す。
王子「な、なんだ、お前、そんな身体で……!!
そんな化け物みたいに醜い身体が、女のものだって言うのか!?」
そして未だに倒れる私に寄って、「汚らわしい」「奇形」と腹を蹴る。
口に入ったゴミを外に出すかのように、臭い唾を私の顔に吐き捨て、
王子「あ゛ー興ざめた! 気分悪ぃ!! 帰る!!」
と、床を踏鳴らしながら部屋から出て行き、壊れそうなほどに強くドアを閉めた。
取り残された私は、しばらくそのまま天井を見ていた。
235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:58:12.36 ID:HLdAiRjk0 [80/212]
ソファに凭れ呼吸を整えていると、ドアがノックされ下女が入ってきた。
ケーキを焼いたから食べないか、とのこと。 何も言わずに手を振った。
私「それより、服を引っ掛けて破いてしまった。 替えを頼む。 楽なやつを」
下女「はい、分かりました」
服を取りに部屋を出ようとしたが、ドアの前で足を止めた。
私の表情を窺がい、おどおどと少し口ごもりながら私を心配した。
下女「……大丈夫ですか? お顔が、真っ青です」
何も言わないまま、またひらひらと手を振る。
下女は困ったような顔をし まだ何か言いたげだったが、そのまま部屋を出て行った。
膝を抱きかかえ、顔を埋める。
あのボサボサの頭をした男のだらしない顔が見たいな、と思った。
240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:06:34.80 ID:HLdAiRjk0 [81/212]
ボサボサ頭「何かあった?」
開口一番がそれだった。 下女にも言われたが、私は相当酷い顔をしているようだ。
この男もやはり何か言いたげではあったが、何も言わないまま席についた。
こいつは、私のことをどう思っているのだろうか。
やはり弟王子やそこらの傭兵達の様に――私を慰み者としか見ていないのか。
それとも、この町にいる間だけ共に酒を飲む、ただそれだけの人間だと思っているのか。
そして、私はどうなのだろう。 私はこいつをどう思っているのか。
戦場で仇として出会い、情けをかけられ助けられ、そしてまた偶然この場所で出会ったこの男を。
決闘で清々しいほどに負かされ、数えられる程度しか共に酒を飲んでいないこの男を――
243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 11:12:31.48 ID:HLdAiRjk0 [82/212]
共に旅をしたいと、告げた。 いつの間にか口が勝手に喋っていた。
当然こいつは大層驚いたが、酒を飲んで深呼吸をすると落ち着きを取り戻し、
そして真っ直ぐ私の顔を見て問うた。 何故そんなことを言うのか、と。
私「私は、疲れたんだ。 あそこでの生活が嫌になったんだ」
いろいろな出来事が頭を過ぎった。
どれもこれも、吐き気がするほどに嫌な事ばかりだ。
言いたいことは山のようにあった。 言うことができれば、どれだけ楽になるだろうか。
しかし喉から搾り出すことができたのは、たったこれだけの言葉だった。
245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:18:16.27 ID:HLdAiRjk0 [83/212]
私「もちろん、お前が嫌だと思うのであればそれでいい、今日の話は忘れてくれ」
忘れて、今までのように、毎日じゃなくてもいいから共に居させてくれ。
どうか私から離れないでくれ、お願いだから――……言える、わけがない。
だいたい嫌がるに決まっているのだから、こんなことを言っても余計に――
いや、それとも旅をしようと言った時点で――嫌われてしまったかもしれないな。
しかしその予想は大きく外れた。
ボサボサ頭「えっと、じゃあ、行こっか」
少し恥ずかしがる男の言葉を聞いた瞬間、
私の中の糸のようなものがプツンと切れ、目の前が真っ暗になった。
246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:24:26.39 ID:HLdAiRjk0 [84/212]
旦
店員によると、彼女は開店前から来てそれからずっと飲み続けていたらしい。
酒が進んでないように見えたのは限界が近付いていたからだったようだ。
だったら、あの言葉も酔った彼女の戯言なのだろうか。
糸がプツンと切れたように眠る彼女を見て考える。 どうしたものか。
最初に彼女がそうしたように、このまま店に放置しておけばいいのだろうか。
いや、彼女のような美しいかつ可愛い女性が無防備にもこんな場所に寝ていては
他の酔っ払った客に何をされるかわかったものではないし、放置はダメ絶対。
彼女の肩を揺すってみる。 起きる気配なし。
だめだこりゃ
251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:30:36.20 ID:HLdAiRjk0 [85/212]
宿屋「お? 兄ちゃん今日は早かtt」
彼女を背負う俺の姿を見た宿屋の旦那がぽかんとしているのを尻目に、急いで部屋に運び込む。
唯一の狭いベッドに彼女を寝かし、ボロい布切れのような毛布をかける。 無いよりはマシだろう。
規則的に胸を上下させ、すぅすぅと寝息をたてる。 髪は乱れて彼女の顔にかかっている。
そして何より、まだありありと残っている、彼女の体重を担っていた俺の背中が捉えた感触――
彼女の、小さいながらも確かにあった柔らかなモノの感触が、俺の頭を、股間を刺激し、
今にも爆発させようとしていた。
これはいかん。 これはいかん!! これは、俺の理性が保たん!!
いくら彼女が寝ているとはいえ、その横で息子を宥めるというのも……不可ッ!!
257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:37:20.32 ID:HLdAiRjk0 [86/212]
宿屋「で、何でオレんとこに居んだよお前は」
俺「萎えさせるには旦那を見るのが一番だと思った」
宿屋「失礼な、見ろこの肉体美」
俺「なんというビールっ腹。 あー萎えた萎えた」
宿屋「だいたい萎えさせる必要がどこにあるんだ。
折角たぶらかした女だろ、さっさとぶち込みゃいい。 女を待たせちゃいかんぜボウヤ」
俺「たぶらかしてなどいない! 酔いつぶれちゃったから仕方なく、」
宿屋「なるほど酒を飲ませて無理やりか。 でも後悔するぜェきっと」
俺「だから、そんなつもりは無い!」
宿屋「無いっつーか出来ないんじゃねーの。 臆病っつーか甲斐性なしっつーか」
俺「俺は紳士なだけだ!!」
260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:40:27.61 ID:HLdAiRjk0 [87/212]
俺「……というわけでさ、俺をここで寝かしてほしい」
宿屋「だめ。 却下。 客は客室で寝ろ」
俺「じゃあ新しく部屋を借りる。 多少高くてもかまわん」
宿屋「却下。 満室」
俺「ふざけんな客来ねーってボヤいてたのどこのどいつだ!!」
宿屋「うるせー店主が満室っつったら満室なんだよ!!
折角シングルベッド一つの密室なんだから童貞ぐらい捨てて来い!!」
その後も口論は続いたが、結局別の部屋で寝ることは許されなかった。
くそう、あのおっさんめ。 明日奥さんにおっぱいパブ行ってた事バラしちゃる。
262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:43:20.19 ID:HLdAiRjk0 [88/212]
朝の日差しがこうこうと輝き、小鳥の囀りが聞こえる。 俗に言う朝チュンである。
窓から差すその清々しい光が作り出す陰で、俺は膝を抱えて蹲っていた。
俺は何もしなかった。 出来なかったのではなく、しなかったのである。
無防備、無抵抗の彼女を前にして俺は、何もしなかったのである。
一晩耐え抜いたこの俺を誰か褒めてやって然るべきだ。
とりあえずロビーに降りる。
カウンターの奥では宿屋の奥さんが朝食を作っていた。
俺に気付くとニカッと笑い「もうちょっとだからね」と言った。
宿屋の旦那と奥さんは喧嘩こそするものの、仲良く今までやってきたのだろう。
俺が居ない間にライバル店が増えたりもした。 それでも、これからも二人三脚で続けていくのだろう。
そんな夫婦の仲に皹を入れるのは、やはり良心が痛む。 他人が介入するのは野暮というやつだ。
俺「前、旦那さんが若いお姉さんのいっぱい居る店に居たよ」
265 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:46:55.96 ID:HLdAiRjk0 [89/212]
朝食を持って部屋に戻る。 と、ドアの閉まる音で彼女は起きてしまった。
彼女「ん……」
もぞ、と動く。 かわいい。 うっすらと目が開く。 かわいい。
上半身を起こすも、まだぼーっと目を擦っている。 超絶かわいい。
キョロキョロと見回し、俺と目が合う。 その瞬間ぱっと見開かれた。
彼女「な、なっ……!!」
俺「お、おはよう……」
彼女「私の剣は!!」
寝起きどっきり。 死ぬほどかわいい。
というか起きてまず剣の心配か。 ベッド脇の壁に掛けてあるのを指差す。
267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:49:03.33 ID:HLdAiRjk0 [90/212]
彼女「……私の部屋、ではないようだな」
俺「酔いつぶれて寝ちゃったんで、運ばしてもらいました」
「そうか」と言いながら彼女は自分の胸、そして下腹部を触って確認し、
そして小さく安堵の息を漏らした。 俺はそんなことしてないので安心してください。
彼女「……酒場からは、宮廷の方が近かったと思うが」
俺「いやそうだけど……そこには行きたくないだろうと思って」
はっとしたような顔をする。
268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:51:11.12 ID:HLdAiRjk0 [91/212]
彼女「……昨日は、とんでもない事を口走ってしまったな」
俺「酒かなり飲んでたみたいだしなぁ」
酒を飲んだ勢いで、思ってもいないことを言ってしまうことはある。
当然、今回――彼女が共に旅をしたいと言ったことも、そうだと思っていた。
その時だけでも俺は死ぬほど嬉しかったから、今嘘だったと言われても
ヘコタレ……ないことは絶対にないが、まぁ仕方ないかと諦めることはできる。
彼女「うむ、だから……その時の言葉、取り消して欲しい」
俺「あ、……はい」
ほらほらほらほらぁぁぁああああ!!!
所詮夢だったんだよちくしょおおおおおおおおおお!!!
270 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:52:38.69 ID:HLdAiRjk0 [92/212]
彼女「それでだな」
俺「あはい」
彼女「傭兵のお前に、依頼する。 内容は私の旅の同伴、護衛」
彼女「報酬は当分の食費と宿代。 どうだ、引き受けてくれるか」
つまりは――
しばらく固まったあと、黙って頷く。
彼女はにっこりと笑って「ありがとう」と言った。
271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:54:32.48 ID:HLdAiRjk0 [93/212]
半分投下終わったよ!やったねたえちゃん!
274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:56:35.96 ID:HLdAiRjk0 [94/212]
一階のロビーにはボコボコにされた宿屋の旦那がぽつねんと立っていた。
理由は知っているが「どうしたのその顔」と訊いてみた。 「放っておけ」
宿屋「それよか朝の決まり文句! 『昨夜はおたのしみでしたか』?」
俺「あっおいこら!」
言ったとき、彼女がちょうど階段から降りてきた。 旦那の表情が固まる。
そして、俺と彼女の顔を指を差し、交互に確認した。
宿屋「たたったたたた隊長殿ぉぉおおおおおッ!!!?」
彼女「朝から騒々しいな」
宿屋「え、どっ……おい、もしかして前言ってた飲み友達って」
俺「彼女がその」
宿屋「な、なんだってー!!!」
276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:58:07.71 ID:HLdAiRjk0 [95/212]
宿屋「た、隊長殿! お言葉ですが何故このような糞野郎とセッk」
言わせねぇよ!と首元にナイフを突きつける。 このおっさんなんてこと言いやがる!
彼女はやれやれといった感じで「勘違いしないでいただきたい」と言った。
彼女「妙な噂を流してもらっては困るのだ。
私が酔った勢いで男との肉体関係をもってしまったなどという隊の沽券に関わるような事は特にな」
宿屋「は、ハイすみません、それにこんな男にゃそんな勇気も意気地もありませんでした!」
俺「あのなぁ」
その後、俺が町を出ることを旦那に告げると、一瞬寂しそうな顔を見せた。
宿屋「また泊まりに来い。 死ぬんじゃねえぞ」
俺「旦那もおっパブ行き過ぎて奥さんに殺されないようにな」
宿屋「テメェかぁぁあああああッ!!!」
278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[6/10] 投稿日:2010/09/15(水) 11:59:38.36 ID:HLdAiRjk0 [96/212]
彼女「お前の気遣いには感謝するが、結局は一度戻らねばならない」
宿を出てからそう言った。
旅にはそれなりに準備が必要であるし、なにより彼女は騎士団五番隊隊長という
かなり高い地位の人物であるため、いろいろと片付けなければならないことがあるのだろう。
というか、そういう重要人物が急に席を離れることに上からの許可など下りるのだろうか。
そんな事を考えながら、俺は食料の調達に勤しんでいた。
旅の間に彼女が食べる量、好きな食べ物、苦手な食べ物は全て把握しているつもりだ。
なんせ一ヶ月彼女を見続けていた、彼女の食生活のことなら俺に任せろ。
それプラス、俺自身が食べる分も買う。 手に持つ袋はなかなかに重い。
こ、これが、二人分の食料の重さか……!
281 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:02:15.82 ID:HLdAiRjk0 [97/212]
待ち合わせをしていた町の東門に寄り掛かりながら、シャクシャクとリンゴを食べる。
彼女が来るのは夜か、下手したら明日……いや、もしかしたら外出の許可が下りないかもしれない。
心配事は多々あるが、それよりも俺は待ち合わせという行為そのものの方にこそ感じるものがあった。
そわそわというか、わくわくする。 どうした自分、ティーンエイジャーに戻ったつもりか。
日時計で言うところの午後二時過ぎ、思っていたよりかなり早く彼女は現れた。
その姿は去年ずっと追い続けていたときのそれと同じで、俺にとってはそれが最も馴染み深い服装である。
彼女「待たせたな」
俺「いや、俺も今ちょうど買い終わったところだから」
やったことはないがデートの待ち合わせみたいだな、と思った。
しかし今の彼女との関係は「依頼主」と「傭兵」なのである。
何故俺に頼んだのかという質問に対して、彼女は「目の前に居たお前が傭兵だったから」だと答えた。
結局のところ旅をするのは――傭兵であれば、誰でも、よかったのだ。
286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:10:26.10 ID:HLdAiRjk0 [98/212]
旦
私にとってボサボサの頭をした男が、他の男に比べて何か特別な存在である事には違いなかった。
私はその本心を、あいつに知られてしまうことを恐れた。 それが重荷となって、嫌われてしまうのを恐れた。
共に旅をしたいという願いを「依頼」と改めたのも、その依頼をそいつにした理由を単純に
「傭兵だったから」と言ったことも、本心を探られないようにするためだった。
「元敵兵」、「飲み仲間」、「傭兵と依頼主」、「旅の相方」
あいつとの仲を、これ以上は望まない。 そして崩したくもない。
――私は、私が思っていた以上に臆病者らしい。
そう思いながら、行きたくもない宮廷に足を踏み入れた。
さっさと用を終わらせて、待ち合わせの場所に急ごう。
287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:12:11.94 ID:HLdAiRjk0 [99/212]
待ち合わせの東門に腰を預けてしゃがんでいる男を見つけた。
食べ終わったリンゴの芯を歯に咥え、カクカクとさせて遊んでいる。 待たせてしまったようだ。
私に気付くと立ち上がり、芯をその辺に吐き捨てる。
そして荷物からごそごそと何かを取り出し、私に放り投げた。
微妙にずれた位置に飛んだそれを受け取ってみると、リンゴだった。
……確かに私はリンゴには目が無いが、こいつに言った覚えはない。
けど、まぁ、有難く頂いておこう、うん。 一口齧る。 美味しい。
その様子を見ると男はにっこりと笑い、歩き始めた。
ボサボサ頭「じゃ、行こうか」
288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:17:26.49 ID:HLdAiRjk0 [100/212]
旦
さて、彼女との二人旅が始まってしまったわけだが。
彼女が共に旅をしたいと告げたときは「おおっもしや」と思ったけどそんなことはなかったぜ!
現在「元敵兵」、「酒飲み友達」、「依頼主と傭兵」と「旅の護衛」が俺と彼女の関係、
それ以上を期待してはいけないし、また俺はこれを維持していかなければならない。
どうしてだろうな、去年はあんなに望んでいた彼女との旅なのに嬉しい反面胃がキリキリする。
きっと俺は彼女との接し方が分からないのだ。 いつもあった間を埋める酒は、もう旅では使えない。
妄想で何度も何度も描いた彼女とのらぶらぶちゅっちゅハッピートラベルライフでは
何かのトラブルに巻き込まれピンチの彼女の前にこの俺が颯爽と現れるのが常であった。
しかしそんな超ご都合主義なToLOVEるは現実で起こるはずも無く俺の活躍の場は無い。
すなわち俺には今のポジションを維持するだけの自信はない!
俺は彼女を見るだけで楽しいが、彼女にも旅を楽しんでもらわないことには意味がないのだ!
290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:24:54.28 ID:HLdAiRjk0 [101/212]
彼女は俺の右側、少し後ろを歩いた。
多分右目が潰れた俺に対する彼女の気遣いで それはまことに嬉しい事ではあるのだが、
しゃくしゃくとリンゴを齧る彼女の可愛い姿を視界の端ですら捉えることができなかった。 無念。
ぽりぽりと右頬を掻いていると、不意に「おい」と彼女が話しかけてきた。
振り向いてみると、彼女の手には眼帯が握られており、こちらに差し出していた。
彼女「陥没していては痛々しくて見てられん。 隠しておけ」
oi おい これはあれか彼女からのプレゼントと見てよろしいか! 紀伊店のか!
そしてごそごそと荷物を弄った音がしなかったことから彼女のポケットに入っていたと推測できる。
彼女と密着状態にあった布だと。 素晴らしいこれはクンカクンカする他ない!
否そんな姿を晒すなど紳士としては恥ずべきだ。 ここは――
目に装着するとき鼻の前を通り過ぎる瞬間に、こっそりと匂いいや香りを嗅ぐべきであろう。
291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:28:53.62 ID:HLdAiRjk0 [102/212]
俺「ありがとう死ぬほど嬉しいです」
彼女「死ぬほどってな……ま、まぁ喜んでくれたみたいで何よりだ」
俺「でもどうだろう、ガラ悪そうに見えないかねこれは。 盗賊みたいに」
彼女「間抜け面に締りが出たし丁度良いんじゃないか」
俺「間抜けって……そんな風に思われてたのか」
彼女「間抜けで優柔不断だな」
俺「否定も肯定もできんとは!」
これは友人としての会話なのだろうが、やはり彼女とのそれは楽しかった。
眼帯というプレゼントも貰ったしもう人生の最盛期と言っても過言ではないだろう。
293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:37:57.64 ID:HLdAiRjk0 [103/212]
出発が遅かったこともあるが、空はあっという間に暗くなってきた。
歩きながらせっせと拾った枝を組み、フリントで火種を作って火を育てる。
俺が塩漬け肉を切り分けて串に刺し ぢりぢりと焼いている間、彼女は小さな鍋でスープを作っていた。
「初日ぐらい贅沢してもいいだろう」とのこと。 かかかか彼女の手作り料理だよおい!!
食卓には肉の串焼き、小さなパン、酒、そして彼女手作りの豆と野草のスープが並んだ。
酒を掲げ、乾杯。 ジョッキやグラス同士がぶつかる爽快な音ではなく、
動物の胃袋に入った酒がボチョンと揺れる音しかしなかったが、まぁそんなものは味に関係ない。
スープをまず一口、飲む。 間を入れずに二口目、三口目と口に運ぶ。
なんという美味さだ! かつてこれほどまでに美味いスープを飲んだことがあっただろうか!
豆に合った絶妙な調味料の加減、加えられたバターによるまろやかさ、
そして何より目の前で彼女が作ったという事実が俺の頬を削げ落とした。 今なら死んでも良い。
295 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:43:08.33 ID:HLdAiRjk0 [104/212]
旦
渡した眼帯に喜んでくれたようだった。 医務室には義眼もあったが、
髪がボサボサで髭も毎日どこかしら剃り残しがあるズボラな男にそれが合うとは思えなかった。
正直、眼帯も似合ってはいなかった。 と言うより、あいつという男のイメージに合わなかった。
まぁきっとすぐに慣れると思うし、ずっと窪んでいるのを見せつけられるよりはマシだろう。
旅の初日だということで、景気付けにマメのスープを作ってみた。
軍行中 部下達によく振舞っていたものだが、こいつの口にも合ってくれたらしくペロリと食べてしまった。
そんなに喜んでくれるのなら、毎日でも作ってやりたい。 ……旅中は無理か。
夕食が終わり、私の腹は満たされた。 そして、心まで満たされた。
あいつが美味そうにスープを飲むのを見たからだろうか。
297 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:49:32.77 ID:HLdAiRjk0 [105/212]
私「去年も、一人で旅をしていたんだ」
ボサボサ頭「なんで?」
私「大した理由はない、ただぼーっとしたかったんだ。 尤も戦の準備ですぐ終わってしまったが」
ボサボサ頭「なるほどね」
私「それで、やはり単身では夜襲が心配で落ち着いて寝ていられなくてな。
今回も一人旅でも良かったんだが、それもあってお前に旅の同行を頼んだわけだ」
ボサボサ頭「それなら部下の誰かでも良かったんじゃ」
私「あいつらは信頼こそ出来るが、やはり上司と部下だからな。 堅苦しいだろう。
その点お前は傭兵でお互い気を使う必要もないし、私より腕が立つ。 ……信頼も、できる」
ボサボサ頭「え、……信頼、されてるんだ」
私「駄目か?」
ボサボサ頭「いやいや! そんなことは」
299 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:54:34.85 ID:HLdAiRjk0 [106/212]
ボサボサ頭「そ、それより……こんな急な旅、上が許してくれたのか?」
私「許可か。 書類ならすんなり通った」
ボサボサ頭「えっそうなの?」
私「……正直、廷内での私の評価はあまり良くない。
由緒正しき正規軍の隊長という地位に居座るには私は相応しくないと、そういう声が多い。
私が女だからか、若すぎるからか、平民――奴隷出身だからか、とにかく気に入らないと」
私「そんな中でも私が居られたのは武勲があったからだ。
武勲があったから――利用価値があったから、なんとかしがみ付いていられた」
私「だが半年前、連合軍との戦で勝利を収めた。 圧勝だった。
そんな勝ち方をしてしまったら、他の国もしばらくは不用意に手はだせなくなる」
私「戦がなくなる。 私は武勲を挙げられなくなる。
武勲を挙げられない私は軍に利益を与えない。 評価を下げる邪魔者でしかない」
私「せめてと思い鍛錬や事務仕事を頑張っても、それは副隊長にだってできる。
こんな立場のない私になんか、休暇や外出の許可が下りないわけがないだろう」
301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:03:43.17 ID:HLdAiRjk0 [107/212]
私「……あ、す、すまん。 長くなってしまったな」
ボサボサ頭「いや……それはいいんだ、けど、騎士団を抜けようとは思わないのか?
そんなしがらみが嫌だったから旅をしようと思ったんだろ、それなら……」
私「……旅をしようと思った理由はそれだけでもない。
私は『駒』だ。 どこに行くも自由だが、いざと言う時の為に抜けることはできない」
私「それに私は副団長に恩義があるし、またあの人の下で働きたいとも思っている。
今では特に、私のことを信頼してくれている大切な部下も居るからな。 抜けられないさ」
男は眉を下げ、しばらく黙った後「そっか」と言った。
何故、私はこいつにこんな話をしてしまったのだろうか。 こんなことを聞いたって困るだけではないか。
こいつは本来、私とは全く関係のない――
ボサボサ頭「でも、じゃあ、この旅の間だけでもそういうの忘れて、一緒に楽しもう」
―― 一緒に楽しむ、か。 無関係などではない、こいつは立派な「友人」ではないか。
きっと、どんな事があってもこいつと居れば、私は楽しく感じられるだろうな、と思った。
304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:12:45.81 ID:HLdAiRjk0 [108/212]
旦
しばらくの会話の後、明日に備えてそろそろ寝るかと提案した。
もちろん性的な意味ではなく。 本当はそうであってほしいけれども。
クジを引いた結果、俺が先に見張りをすることになった。
彼女が言ったように一人旅では自分を守るものは自分しかないので
獣や盗賊に襲われやすい夜などは、おちおち寝てもいられない。
その点二人旅は交代すれば、時間は少なくともぐっすり眠ることが出来る。
尤も一人旅に慣れきってしまった俺は――恐らく彼女も、熟睡は出来ないと思うが。
木に背を預け剣を抱いている彼女も、目は閉じているものの起きているに違いない。
305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:19:17.07 ID:HLdAiRjk0 [109/212]
今日の彼女は珍しく自身についてを語ってくれた。 そして俺を信頼していると言っていた。
どちらも大変喜ばしいことである。 やっぱり今が人生のピークだ。
いやその話ではなく。
なんというか、騎士という職業は俺が想像していたよりも面倒くさそうであった。
辞める事すら許されないとは俺が一番嫌なタイプの仕事ではないか。
……いや、彼女だから、か。 彼女はかなり腕の立つ人物であるから他の兵団に入られることは避けたい。
また自身は語らなかったが、彼女はその容貌から市民から絶大なる人気を誇り、団のイメージアップにも繋がる。
しかし平民出身の女性である彼女を隊長などという高い地位に就けては他の平民出身の兵士がつけあがり
代々貴族の家柄が後を継いでいくという正規軍の威厳を損なうことにもなる。
また、旅に出たくなった理由は他にあると言った。
きっと彼女は、俺のような平民には想像のつかない様な しがらみの中で生きているのだろう。
「そういうのを忘れて旅を楽しもう」と言ったは良いが、俺に彼女を楽しませる――
いやせめて、気を紛らわすような力があるのだろうか。
ようやく聞こえてきた彼女の寝息に耳を澄ませながら、考えた。
306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[7/10] 投稿日:2010/09/15(水) 13:24:06.78 ID:HLdAiRjk0 [110/212]
それから何日も経ったが、彼女と俺の距離は相変わらず「友人」から一歩進めない。
いや、彼女からしてみればそれですらなく、まだ「酒飲み仲間」「依頼主と傭兵」かもしれないが。
本来、疲れた彼女の心を癒すというのが目的の旅であったのだが、
逆に俺ばっかりが気を遣わせて、しかも癒されているような気がする。
歩くときは常に俺の広くなってしまった死角に居てくれるし、
見張りが終わって俺が起こすときは子猫のように目を擦って超絶可愛いし、
逆に彼女が俺を起こすときは、彼女が直に俺の肩をぽんぽんと叩いてくれるのだ!
まさに至福のときであった。
310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:30:44.53 ID:HLdAiRjk0 [111/212]
彼女に訊いたところ、旅は原則として戦で召集がかけられるまでは続けられる、だそうだ。
しかし「遊歴」として宮廷から出ている間は給料が与えられないので長期に亘ってそれを志願した前例がなく、
また、あまりにも顔を出さなければ いくら忌み嫌われていようと「アイツは何をサボっているんだ」と
お偉いさんからの評価が更に悪くなってしまう、ということで上限は半年から一年ほどだそうだ。
尤もそれは「遊歴」の期限であって、彼女が俺と旅を続けてくれる時間の話ではない。
途中で飽きてしまえば、俺とはサヨナラバイバイすることだってできるのだ。
今のように何の目的もなく旅を続けていては必ず飽きてしまう。
せめて一箇所でも行きたいと思える場所があればいいのだが――
312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:36:12.94 ID:HLdAiRjk0 [112/212]
ある町の宿、ベッドの上に胡座をかいて考える。
なお宿はツインでなくシングルを二部屋借りることにしている。
残念と思う反面、息子の戒めは遠慮なく行えるので少しありがたい。
長年愛用してきた地図を広げる。
まず、彼女は各地に点在する軍の駐屯地には近付きたくはないだろう。
また、俺は今更気まずいという理由で実家には絶対に近寄りたくない。
と、すれば。
地図の、ある町をてんてんと指す。 ママの町はどうだろうか。
あそこならば、今の時期はリンゴが採れるしまた焼きリンゴを食べることが出来る。
彼女はきっと喜んでくれるし、俺も一度食べてみたいと思っていた。
よし、そうと決まればさっさと彼女に報告して明日出発しよう。
316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:42:55.58 ID:HLdAiRjk0 [113/212]
旦
男が提示した町は去年の旅で寄ったことのある場所だった。
行った事があるのなら再度訪れる必要は無い、と言うところだが、
確かその町はあの焼きリンゴを食べた町だったため、断ることができなかった。
いや、むしろあっちから提示してくれて有難いとすら思った。
私が提案した場合、理由を訊かれては困る。 「焼きリンゴを食べたいから」などと言えるものか!
なんでも、こいつの知り合いが居るとかなんとか。
知り合い。 男だろうか。 女だろうか。
……いやいや、相手の性別など何故私が考えるのだ。
関係ないだろうに。
318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:48:47.71 ID:HLdAiRjk0 [114/212]
旦
今いる町からママの町までは結構な距離があったため、
翌日 例の商業町に寄るという旅商人に馬車に同乗させてくれと頼んだ。
自分たちの食費は(彼女が)出すし、俺は傭兵だから用心棒ぐらいにはなると説明すると
「旅は道連れ世は情けって言うしなぁ」と、渋々ながら承諾してくれた。
商人夫婦と七歳と五歳の兄妹、そして使用人が二人の計六人キャラバンで、
馬車は三台ある。 扱う品物は薬草から生活雑貨までいろいろと揃えているようだ。
それだけの馬を維持できるのなら、かなり儲かっているに違いない。
二台は商品がぎっしり詰められているため、
俺たちは一家と共に日用品等が積んである車に乗せてもらうことになった。
319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:55:23.05 ID:HLdAiRjk0 [115/212]
母親と兄妹の向かいに彼女と俺が隣り合って座っている。
兄妹は最初剣に興味を示していたが母親に危険だと一喝され、次は俺の目に興味を示した。
兄「にーちゃん目がないんだね」
妹「ね。 いたくないの?」
俺「痛くないよ。 こんな傷は傭兵の勲章ってんだ、格好良いだろ」
兄「なんかよく分かんないけどカッコイイ!」
彼女「ふん、逃げる途中に刺されてか」
兄「えっ逃げたの?」
妹「カッコわる~い」
俺「なんてことを!」
320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:56:45.34 ID:HLdAiRjk0 [116/212]
兄妹は眼帯をめくったり、無くなった目の部分をつついてみたり、
眼帯を自分につけて遊んだりした。 おい少しでも傷つけたらケツ叩くぞ糞餓鬼共!!
……などと、彼女の前で大人気ないことも言えない。
母親が馬車で はしゃぐなと注意しても、静かになるのはほんの一瞬だけである。
父親「兄ちゃんが傭兵なのは分かったけどよ、
姉ちゃんは何やってんだ? まさか同じ傭兵ってわけでも無ぇだろ」
確かに傭兵ではないが、騎士だと答えることもできないだろう。
彼女は少し考えてから「貴族だ」と言った。 夫婦は驚いた様子である。
彼女「と言っても、地方貴族でそんな金や権力があるわけではない。
今は家出中のようなもので、用心棒として傭兵のこいつを雇っている」
父親は「ふーん」と納得したようだ。
まぁ、家出中というのもあながち間違いではない。
321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:00:10.41 ID:HLdAiRjk0 [117/212]
日が落ちてくると馬を止めて野営の準備を始めた。
兄妹はせっせと仲良く枝を集め、手伝いをしている。 微笑ましい。
夕食はパンとチーズと、肉と野菜の煮付け、酒であった。 子供はそれを水で割る。
また、肉は我々が提供したものである。
食事が終わると寝るまでの間各自の時間を過ごす。
父親は使用人と明日進むルートを確認し、母親は妹に地面を使って字の読み方を教える。
彼女は剣の手入れをしていて、俺はそれを見つつ同じく剣の手入れをする。
兄「ねーちゃん」
彼女に話しかけた。 彼女は顔を上げ「剣は貸さんぞ」と腰に収めた。
兄は「そうじゃなくって」と言い、んふふふふと不敵な笑みを浮かべた。 そして
兄「おっぱい攻撃ーっ!!!」
彼女の両のむむむむむ胸を揉みやがった!!!!
327 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:13:07.98 ID:HLdAiRjk0 [118/212]
俺「こンの糞餓鬼ィィイイイイ!!!!」
背中をむんずと掴み彼女から引き剥がす。
この餓鬼揉みやがった!! 幾度となくチャンスがあった俺すらしなかった乳を揉みやがった!!
この糞餓鬼め!! うらやまけしからん俺にも揉ませろ畜生ォォオオオ!!!
兄「んだよ良いだろー! にーちゃんだってもんでるんだろー?」
俺「やるかッ!!」
やりたいわ!!
彼女のペターンオパーイを指でつつーってして後ろから揉みしだきたいわ!!
兄「でもそんなにやわらかくなかtt」
俺「黙れ耕すぞ!!!!」
329 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:18:38.13 ID:HLdAiRjk0 [119/212]
彼女「おい、そろそろ放してやれ。 所詮子供のイタズラだろう」
優しすぎる。 これが子供の特権という奴か、俺も子供に戻りたい。
しかしそんな考えは「二度目は無いが、な」という彼女の発言によって撤回された。
笑っていない目はマイサンをキュッとさせた。 しかし何故だろうドキドキする!
兄「んだよー、母ちゃんなら夜父ちゃんがやっても怒らないのにさー」
母親「ち、ちょっと!!」
父親「おいこら!!!」
夫婦の赤裸々話には俺も彼女も使用人も苦笑いするしかない。
妹は頭に「?」を浮かべ、兄の頭には拳骨によるたんこぶが盛り上がった。
330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:24:11.54 ID:HLdAiRjk0 [120/212]
夜はさらに更け、静かになる。 酒を飲みながらちらりと彼女を見ると、
ある一点をぼーっと見つめていた。 その視線の先を追ってみる。
そこには、母親が肌蹴た毛布を兄妹に優しくかけてやる姿があった。
彼女「……家族、か」
ぽつりと呟いた。 そう言えば、去年の旅の中でも彼女はぼーっとしている時があった。
確かあれは広場で、あの時も仲良く遊ぶ家族の姿があったような気がする。
彼女は奴隷出身だと言った。
もしかしたら、親の温もりも覚えていないうちに離れ離れになってしまったのかもしれない。
だとしたら、こんな光景は見ていて羨ましいだろうな、と思う。
切なげな彼女の目を見て、後ろから抱きしめてやりたいなぁと思った。
もちろんそんなことをしても多分鉄拳が飛んでくるだけである。
334 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:52:05.43 ID:HLdAiRjk0 [121/212]
翌日、馬を走らせ車内で会話をしていると、失明によって更に高性能になった俺の耳が不審な音を捉えた。
急いで荷台の後部に行き、カバーの隙間から、今通ってきた道を見る。
彼女「どうした」
俺「このキャラバン以外の蹄音が聴こえた気が」
「そんな馬鹿な」と言いつつも、彼女も揃って隙間から後ろを見る。 と、先ほど超えた丘の下から
五つの影が現れた。 それらは左右に散らばり、手には光るものが見える。 恐らく、武器。
俺「親父さん、多分盗賊が近付いている」
父親「何ィ!? に、逃げるかっ!?」
俺「いやこの物量じゃ逃げられん、それに下手に逃げると品物や馬が撃たれる」
父親「じゃあどうしろってんだ!」
336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:52:49.29 ID:HLdAiRjk0 [122/212]
父親が使用人に馬を止めるよう合図を送ると、三台の馬車はゆっくりと止まった。
そして間もなくして盗賊の乗った馬がやってきて、馬車を前後左右から囲んだ。
頭目と思われる人物が父親に近付く。
頭目「大人しく荷物を捨てるか。 良い判断だな」
父親「品物はくれてやる。 だから家族には手を出すな」
頭目「そうだな。 じゃあ……そこの女と後ろの二台を渡してくれりゃ、他は無傷で返してやるよ」
指名された彼女は黙ってゆっくりと立ち上がり、頭目に近付いた。
頭目「そうそういい子だ、大人しく――」
そして、頭目の髭だらけの頬に、唾を吐き出した。
俺も彼女に上から見下されて唾を吐きつけてほしいものである。
338 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:53:40.37 ID:HLdAiRjk0 [123/212]
頭目「……糞アマめ。 交渉決裂だ! 野郎共! 皆殺しにしてしまえ!!」
俺「応!!」
響いたのは俺の声だけである。
一つしかない返事、それも知らない声に頭目はぎょっとし、振り返る。
「あれ!?」と間抜けな声を出し、俺の横で伸びている四人の盗賊の姿を見て更に驚いた。
目線を俺に戻したのでにっこりと笑って「どうも」と言うと、
顔面蒼白になった頭目も「どうも」と口の端をヒクつかせて返した。
頭目「へへ、えっと、失礼しました!」
馬の両の腹を蹴り、頭目は四人の部下を置いて走り去っていった。
なんたる小物臭か。
340 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:55:06.21 ID:HLdAiRjk0 [124/212]
彼女「やけに静かだったから全員一撃で殺したものだと思っていたが、気絶しているだけか」
俺「まぁ、無垢な少年少女に血を見せるわけにもいかんだろうと思ってね」
彼女「器用な真似するのだな。 しかし生かしておいて大丈夫か?」
俺「ボウガンは壊したし、大丈夫じゃないかな」
彼女「随分とお優しいのだな。 いつか裏目に出るぞ」
俺「それは困った」
341 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:55:44.10 ID:HLdAiRjk0 [125/212]
気絶した四人を木に縛りつけ、それらの馬の手綱は近くの木に掛けておいた。
キャラバンに戻ると拍手で迎えられ、少々恥ずかしい気分になる。
また、その日の夕食では本来商品であるはずの高い酒が振舞われた。
父親「いやぁ助かった! 盗賊が来たって聞いてどうなることかと思ったぞ!」
俺「用心棒として仕事しただけなんだけどね」
母親「んー、護衛の途中でなければ正式に雇いたいところだったわ」
父親「なぁ。 姉ちゃん、良い傭兵雇ったなぁおい!」
彼女「え、あ、う、うむ、こいつは有能な傭兵だ」
……傭兵、かぁ。 彼女に有能と思われているのは非常に喜ばしいことなんだが、
やっぱり俺の評価は「傭兵」から動くことはないんだろうな。
343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:58:32.08 ID:HLdAiRjk0 [126/212]
旦
夕食の後の自由時間、ボサボサの頭をした男は兄の相手をしていた。
盗賊をあしらってから兄のあいつに対する眼差しは尊敬のものへと変わり、勝手に「師匠」と呼んでいた。
兄「ししょーすっげーカッコよかった! ねぇアレどうやんの!?」
ボサボサ頭「どうやんのってなぁ。 説明すんのか?」
盗賊団の頭目が父親に近付いた瞬間、男はこっそりと荷台の後ろから出る。
私は頭目と話し、時間を稼いでいる間に雑魚共を片付ける、という段取りだった。
しかし時間稼ぎが必要でなくなるほどに、あいつは手早く四人を倒した。 殺しもせず、音も出さず。
「音も出さず」と言えば、あいつと共に歩いているときにいつも思っていることがあった。
足音が異様に静かなのである。 あいつが私の後ろを歩いた時、本当に付いて来ているのかと疑うほどに。
無論戦場において相手に行動を察知されないよう足音を極力出さないようにすることはある。 私もそうだ。
しかしだからと言って、人間がここまで静かに行動できるものなのだろうか。
345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:59:52.88 ID:HLdAiRjk0 [127/212]
以前酒を飲みながら聞いた話では、あいつは
「ずっとぶらぶら旅して好きなように生きたいけど、それでは食うに困るから春夏は頑張って働く、
秋は食べ物が美味しいから食べ歩き、冬は寒いから金があれば働かない。 実質働いてるのは半年程度」
だそうだ。 はたして傭兵如きの安月給で半年も働かないで済む程の蓄えができるのだろうか。
いや。 経験から言って、どんなに報奨金を貰おうとそれは無理だ。
あいつは、かなりの手練れである。 地方など給料のケチった戦に出るには勿体無いほどだ。
あれだけの腕があれば、もっと多く金が手に入る仕事があるはずだ。
例えば――暗殺、とか。
……ないな、それは。
「無駄な殺生は好まん」と言うばかりか恩人を斬ってしまったことを泣きそうなほど後悔するような男だ。
あいつに、そんなことができるとは思えない。
348 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:07:12.35 ID:HLdAiRjk0 [128/212]
妹の方が、母親の影からちらちらとボサボサ頭を見ていることに気付いた。
昨日まではもっと積極的におんぶだのだっこだのをせがんでいた様に思うが。
見ていると、私の視線に気付いたらしい母親が口を開いた。
母親「初恋の相手はパパでもお兄ちゃんでもなく、
傭兵のお兄さんだったみたいね。 格好良かったから仕方ないかな」
妹「なっなんで、そんなこと言うのーっ!」
妹は耳を真っ赤にして「ママのバカバカ」と小さな手で母親をポカポカと叩いた。
なんというか、これが微笑ましいというやつだろうか。
きっとこの五歳の少女は、あいつのことが好きなのだろう。
尤も私は、人を好きになったことがないので、それがどういう感情なのかは分からない。
分かろうとも思わない。 恋愛など、戦場で邪魔になるばかりではないか。
351 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:12:42.26 ID:HLdAiRjk0 [129/212]
旦
その後は何事もなく順調に進み、一週間程で商業の町に着くことができた。
夫婦と使用人二人と握手を交わし、たまに遊びに来てくれと言われた。
どうやら彼らはこの町一の大商人の跡取りらしく、今はすぐに発つものの冬はここで過ごしているらしい。
兄「オレオレ! ぜってーししょーみたいに強いヨーヘーになる!」
俺「やめとけやめとけ、ロクな金貰えなくて食うに困るぞ」
兄「じゃあ騎士! かっちょいい騎士になる!」
彼女「それもやめておけ」
口を尖らせ「なんでだよぉ」と文句を言う兄の頭にぽんぽんと手を乗せ、
彼女「大人しく家業を継げ。 強くなったら、それで家族を守ってやれ」
目はとても優しく、そしてどこか切なげであった。
俺は耳が痛い。 戦にはご縁のない俺の故郷では家業を継ぐのは長男の役目であるためだ。
353 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:18:02.04 ID:HLdAiRjk0 [130/212]
別れの挨拶も終え、さぁ行こうかという時に足がずっしりと重くなった。
見てみると、俺の左脚には目を赤くした妹がぎゅっとしがみ付いていた。
「あらあら」と母親が苦笑いする。
母親「ほら、お兄さん困ってるでしょ? バイバイしなきゃ」
脚から引き剥がされた妹の目には大粒の涙が溜まり、顔はくしゃくしゃになっている。
どうしたもんかなと目線の高さを合わせるために しゃがみこむと、いきなり飛びついてきた。
そして選りにも選って彼女の目の前で、俺のほっぺにちゅーをしたのである。
唖然としていると、五歳の少し増せた少女はさっと放れ、そしてぱたぱたと母親の場所まで走った。
妹「ばいばい!!」
賑やかな町が一瞬静まるほどの大きな声で叫び、腕がもげるのではないかと思えるほどに大きく手を振った。
遠く離れ、人混みに紛れても、少女は小さな手を振り続けた。
361 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[8/10] 投稿日:2010/09/15(水) 15:30:28.67 ID:HLdAiRjk0 [131/212]
宿にて一泊し、朝、この町を出発した。
ママの店のある町までは、雨さえ降らなければ五日程で行くことができるだろうか。
「行きはよいよい帰りは辛い」と言った感じで、この町から行くには最短ルートでも少々時間がかかる。
彼女「確かお前はここで倒れていたな」
途中でからかわれる。 彼女とその部下を傷つけたことを未だにずるずると引きずっている俺にとって
それは冗談になっておらず、思わず顔を顰めてしまう。 その様子を見て、彼女はくすくすと笑った。
なんとなくだが、彼女の笑顔は最初よりも柔らかくなったような気がする。
特にあの家族と接してから――……つまりは、俺の力ではないわけだ。
362 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:32:38.58 ID:HLdAiRjk0 [132/212]
全くの二人きりというのは久々のことであった。
今は馬の蹄音も貨車の音も、兄妹の喧嘩声や歌い声も何も聞こえない。
森が風によってざわめく音と野生生物の蠢く音、
そして右後ろからの彼女の静かな足音だけが俺の耳に届いた。 少し、緊張する。
そんな沈黙を破ったのは再び彼女である。
彼女「……あそこで倒れていたということは、この道を通って、その途中クマに襲われたのだな」
俺「そうなるね」
彼女「私も去年この道を通って、さっきの町に行った。 着いたのはお前が倒れていた日と同じ日だ」
俺「へ、へぇ~」
彼女「つまりは、お前は私のすぐ後ろを歩いていたことになる」
363 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:35:51.12 ID:HLdAiRjk0 [133/212]
ひやり、と汗をかく。
俺から彼女の姿は見えないが、視線だけは感じる。
素足でイラガの幼虫を踏んでしまったかのように、ぢくぢくと背中を突き刺す。
しまった、話のネタにと思って喋ったが、それではいつどこを通ったのか教えているようなものではないか。
もしやこんなところで後を尾行けていたことがばれるのではないか。 おいおいおいやばいよやばいよ!
俺「ぐぐぐ偶然だね!」
彼女「偶然か?」
俺「偶然! 偶然!!」
彼女「その後戦場でも会ってるんだ。 偶然にしては出来すぎていないか」
俺「それは本当に偶然だから!」
彼女「『それは』?」
のおおおおおおおおおおおおおおおおお
366 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:39:06.06 ID:HLdAiRjk0 [134/212]
俺「……と、とにかく、本当に偶然だ!」
彼女「偶然なぁ」
俺「いいいくつかの偶然が重なるとそれが必然だと思ってしまう傾向は人間の悪い癖だと思います」
彼女「む……なら、本当に偶然なのか? それにしてはやけに不自然な否定だが」
俺「いやだって、……俺がずっと後付けてたみたいに思われるのは……」
彼女「確かにそのように思われるのはいい気がしないな」
俺「そ、そうそう」
彼女「そうか。 すまんな、お前を信用していると言いつつストーカーまがいの事をしていたのではと疑った」
俺「はははやるわけないない」
彼女「もし本当にやっていたとしたら軽蔑しかしないな」
おれ に 9999 の せいしん てき ダメージ! ▼
369 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:42:04.93 ID:HLdAiRjk0 [135/212]
旦
「いくつかの偶然が重なるとそれが必然だと思ってしまう」というあいつの言葉には心当たりがあった。
半年ほど前、兄王子――陛下からの信頼も厚く、すでに国の一部の統治を
任せられており別の場所で暮らしている――が、宮廷に訪れていたときである。
下女「聞いてくださいよ! 本日殿下が……無能じゃないほうの殿下がいらしているのですけど!
なんと、五回! 五回も廊下ですれ違っちゃったんです! しかも三回、目が合ったんですよ!」
私「それは偶然だったな」
下女「偶然なんかじゃないんです! そんなに偶然が重なるわけがないんです!
限られた時間の中であんなに目が合っちゃったら、もう偶然なわけがないんです!
きっと私と兄殿下は運命の赤い糸で結ばれちゃっているんです! きゃーどうしましょう騎士様!」
妄想もいいところである。
372 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:47:20.32 ID:HLdAiRjk0 [136/212]
ただ偶然同じ場所を通り、ただ偶然目が合った、それも一方的な勘違いかもしれないというのに、
たったそれだけで、それが運命の仕業だという下女を酷く馬鹿にした覚えがある。
多分、同じようなものだろう。
そう、ただ単に偶然が重なっただけではないか。 偶然同じ時期に同じ道を通っただけだ。
それだけで私の後をついてきたのではないかと考えるのは自意識過剰というものだ。
足音はおいておくとして、尾行する者特有の視線だって全く無かった。
第一あいつには私を追う理由などないではないか。
戦場でも、酔いつぶれた時も、私に何もしなかったのだから。
374 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:50:00.89 ID:HLdAiRjk0 [137/212]
日が暮れると小さな洞穴の入り口に火を焚き、質素な夕食を済ます。
限られた食料を取り合って喧嘩する声も聞こえたりはぜず、とても静かなものだった。
ボサボサの頭をした男が荷物を探り「デザート」と言ってまたリンゴを放り投げた。
食料は一緒に買って回ったはずだが、リンゴを買った覚えは無い。
私「いつの間に買ったんだ」
ボサボサ頭「肉を吟味している間にちょろりと。 金は俺のだから安心して」
私「何故、リンゴなんだ」
ボサボサ頭「今の時期美味いし、安いからね」
こいつ本当は、私の好物がリンゴであることを知っているのではないか。
齧り付くと、口の中で甘く少し酸っぱい果汁がじゅわりと染み出た。 やはり、美味い。
376 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:53:13.81 ID:HLdAiRjk0 [138/212]
翌日、翌々日もひたすら歩き続けた。 去年のように雨が降ることはなさそうでなによりである。
ボサボサの頭をした男はこの道をよく通るらしく、この数日も全く地図を見もせずすいすいと進んでいく。
ならば何故今更クマになど襲われたという話になる。 「運悪くしっぽ踏んだんだよ」 馬鹿か。
近道もいくつか知っているらしく、少々険しい道も歩いた。
私が歩けると言ったから通っている道なのに、なにかと手を貸してくれようとしている。
実際無理しているところなどないので「助けなどいらん」と出された手を払いのける。
眉を下げる仕草は、相変わらず眼帯には似合わない。
378 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:54:50.01 ID:HLdAiRjk0 [139/212]
昔女に振られた理由について話しながら小さな川の側を歩いていた時である。
突然、目の前の男が立ち止まった。 その肩に私の鼻がぶつかりそうになる。
文句を言おうとすると、男は閉じた口の前に立てた人差し指を運んだ。
「静かに」という合図である。
こいつは耳がいい。
いつか馬車に乗っていたときも後ろから迫る盗賊の蹄音に気付いたほどである。
今回も何者かの気配がしたのだろう。 ……まさかクマが現れた訳でもあるまい。
ボサボサ頭「……ちょっと、多いかも」
380 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:57:03.94 ID:HLdAiRjk0 [140/212]
言った瞬間、背後でガサリと茂みが揺れる大きな音がした。
私とボサボサ頭の視線はそこに奪われる。 先には武器を持った者。
と、一瞬私の視界の端――男の死角で、何かがきらりと光った。
まさか。
男を突き飛ばす。
バン、という音と共に放たれた矢は、また、私の肩を射た。
ボウガンを持った男は舌打ちをし、そして逃げていく。
ボサボサ頭が私の名を叫ぶ。
382 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:58:41.16 ID:HLdAiRjk0 [141/212]
私「大事無い、さっさと追え!!」
ボサボサ頭「……ッ すぐ戻る!!」
ボウガンの男を追い、私は残される。
刺さった矢を抜こうとすると、またガサリと音がして三人の男が現れた。
手には、剣を持っている。
私「……いいだろう、丁度腕が鈍っていたところだ」
思わず笑みがこぼれた。
久しぶりに剣を抜く。
384 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:59:19.59 ID:HLdAiRjk0 [142/212]
旦
木々を掻き分け雑魚の首を飛ばしボウガンを放った男を追う。
あいつの走り方は少々おかしい。 裾に隠れているが、もしやあれは――
崖に追い詰めると、相手は動きを止めこちらに振り返った。
その顔には見覚えがあった。
弓兵「よぉ」
かつての戦場で、同じ傭兵として雇われていた――
そして、決闘の途中にボウガンを放ち、彼女の左脚に命中させた男。
俺「なんのつもりだ」
弓兵「そりゃこっちの台詞だよなァ?」
387 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:01:35.95 ID:HLdAiRjk0 [143/212]
弓兵「テメェの為を思ってあの女隊長を撃った! しかしどうだ、テメェはその恩を仇で返しやがった。
おかげで碌な飯にもありつけやしねぇ! こんな片脚無ぇカタワなんか誰も雇いたくねえってよ!!」
弓兵「しかもだ! やっと見つけたテメェは、あの女隊長と仲良くしてやがるじゃねえかよ!
一緒に落ちた場所でヤって仲良くなったのか? そんなことでオレの人生めちゃくちゃにされたのか!?」
俺「お前の人生なんか知るかお前の存在価値なんか彼女に比べればシラミ以下だ」
弓兵「一々ムカつく野郎だな。 ……まぁ良い! テメェを殺すつもりだったが、
あの女がそんなに大事だってんならむしろ外して正解だったみたいだな!」
俺「どういう意味だ」
弓兵「あの矢には毒がたっぷりと塗ってあった! テメェは一生悔やんで死ね!!」
393 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:06:41.58 ID:HLdAiRjk0 [144/212]
弓兵の左の義足を叩き折り、マウントポジションをとる。
首元につきつけた剣は既に薄い皮膚を切り血を滴らせていた。
俺「解毒剤を出せ今すぐだそうすれば楽に殺してやる」
弓兵「んなもん無えよ!! 毒はヘビのもんだ、一度食らったら必ず死n」
手首を捻ると弓兵の首からは汚い血が噴き出した。
役立たずに興味はない。
立ち上がり、彼女の元へ急いで戻る。
俺「……俺の、せいじゃないか! くそ……!!」
398 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:09:47.70 ID:HLdAiRjk0 [145/212]
彼女の名を呼ぶ。 彼女の名を叫ぶ。
返事は無い。
地面に剣が突き刺さっているのが見えた。
近付いていくと、そこにはぐったりと木に凭れる彼女の姿があった。
再び彼女の名を呼ぶ。
返事は、ない。
彼女の手には、肩に刺さっていたであろう矢が握られている。
ここに来る前に、俺が斃した覚えの無い者の死体が五体転がっていた。
彼女はそれらを斃した後、矢を抜いたのだろう。 だとすれば、毒はもう全身に――
402 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:14:24.04 ID:HLdAiRjk0 [146/212]
膝から崩れ落ち、うなだれる。
俺のせいだ。 俺のせいだ。 俺のせいで彼女は。
俺があの時、仕返しにとあいつの脚を切り落としたから。
俺があの時、あいつに僅かな情けをかけて生かしておいたから。
彼女の言うとおり、裏目に出た。
聴覚の妨げとなる小川の側を歩いて足音に気付くのが遅れたのは俺ではないか。
目の前の敵に惑わされて死角の敵に気付けなかったのは俺ではないか。
俺は、彼女の護衛をするためにこの旅をしているのではないのか。
何が護衛だ、守られているのは自分ではないか!
そればかりか、守るべき人を死に至らしめてしまったではないか!!
407 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:19:16.04 ID:HLdAiRjk0 [147/212]
彼女に対する恩をまた仇で――しかも最悪な形で、返してしまった。
もう、俺は、死を以ってその罪を償うしかない。
短剣を抜き、自らの首に構える。 今はもう、迷いは無い。
ぐっと力を込める。
こつん。
何かが頭に当たる感触がした。
枝だろうか、木の実だろうか。 顔を上げてみる。 と。
彼女「何を、やっているんだ」
彼女の手は拳骨。 どうやらそれに叩かれたらしい。
しばらく見つめ合ってから、
俺「ぎゃぁああああぁあ生き返ってるうぅぅうううううっ!!?」
彼女「勝手に殺すな!」
413 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:28:23.62 ID:HLdAiRjk0 [148/212]
彼女は毒にやられて死んでいた、のではなく、単に休んでいただけなようだ。
ヘビ毒による症状――激痛や腫れの広がり、頭痛や吐き気などは認められないとのこと。
あの弓兵がヘビ毒と騙されて偽物を掴まされたという結論に至った。 考えてみれば、
収入の無くなった傭兵如きに致死性の高い毒薬などが買えるわけが無いのだ。
彼女「ただな。 ……血が、止まらん」
俺「……そういうことは早く言ってくれ!」
彼女を抱きかかえ、近くの洞窟まで運ぶことにした。
彼女「は、放せっ! 自分で歩けるっ!」
今回ばかりは言うことを聞けない。 血が止まらないのに歩いては出血量を増やすだけである。
図々しくもこんなことをして彼女に嫌われてしまうかもしれないが、彼女の命には代えられない。
しかしこの、嫌がるような、少し恥ずかしがるような彼女のこの顔、非常にかわいいです。
痛みが少ないこと、血が止まらないことから、矢に塗られていたのは
ヒルの唾液に近いものではないかと考えられる。 直接死に至ることはないものの、
治らない傷口から良からぬ病原菌が入り込んでしまう恐れがあるため処置は急いだ方がいいだろう。
416 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:34:01.18 ID:HLdAiRjk0 [149/212]
ある程度の広さのある洞穴を発見し、彼女をそこで降ろした。
彼女「すまん、重くなかったか」
俺「鎧着込んだ状態と比べると空気運ぶようなもんだったよ」
彼女「む……す、すまん」
目が覚めた瞬間斬りつけてきた去年と比べ、彼女も随分しおらしくなったなぁと思う。
あの時の頬の傷は深く、未だに消えていない。 良い記念だし傷の下に日付も彫っておこうか。
という冗談はさておき、とにかく彼女が前言ったように
俺をすっかり信頼してくれているようで、改めて思うが大変喜ばしいことである。
419 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:36:48.46 ID:HLdAiRjk0 [150/212]
さて問題が発生した。 否、発生することは分かっていた。
彼女の頼みにはことごとく「はい」としか返せないイエスマン・俺である。
もちろん「包帯巻くの、手伝ってくれるか」という頼みにもイエスマンは発動してしまったのである。
その頼み、つまりどういうことか。
「正当な理由があるのなら、裸を見せてもいい」 と、そ、そういうことだ。
……いや そういうことっていったいどういうことだってばよ!!
俺「いやちょっと考え直して欲しい! 包帯巻くってことは、
俺に、その、は、裸を見られてしまうってことだろ! いいのか俺に頼んで!」
彼女「お前は衛生兵に対しても裸を恥らえと言いたいのか?」
俺「ええええええ、あー……うーん……」
な、なるほど、今の俺は衛生兵扱いか。 俺がいるから仕方なく俺に頼んでいるだけか。
そうだね誰かがしなきゃいけないもんね俺が特別ってわけではないよね!!
423 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:39:52.33 ID:HLdAiRjk0 [151/212]
ただ一つ、現在ですら半勃起状態の愚息をもつ俺には彼女に言っておかなければいけないことがある。
俺「えっと非常に恥ずかしながら俺も一応男の端くれですので、いざというときは斬って下さって構いません」
彼女「え、あぁ……はは、そうか。 ……まぁ、大丈夫だろう」
大丈夫って。 何が大丈夫なんだ。 彼女が俺に絶大なる信頼をおいているということか?
それはそれで嬉しいのだが、かれこれ長い付き合いになる彼女の裸をまだ一度たりとも見ていない俺が
そのような期待に応えられるかどうかは正直わからない。 いつ息子が爆発するかも分からない。
ああくそう昨日抜いておけばよかったとか今更そんな後悔しても遅いのである。
彼女「包帯、用意できたらナイフも一緒に持ってきてくれ」
俺「ナイフ? まさか俺のn」
彼女「血でへばり付いて脱げない。 服を切る」
非常に残念ながら、包帯の準備はとっくに完了している。
生唾を飲み、深呼吸をする。 腹ァくくれ! さぁ、いざゆかん!!
425 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:42:02.26 ID:HLdAiRjk0 [152/212]
彼女の肌着姿ですら初めてな俺である。 肌着といっても女性らしくビスチェを着込んでいるわけが無く、
俺はもちろんのこと男が着るような、吸汗性を重視した綿100%のタンクトップであった。
ナイフを持った彼女はそれにビッと切れ込みを入れる。 そしてそのまま真っ直ぐ下におろし、
タンクトップの前面は二分される。 片方ずつ腕を抜き、彼女の上半身は露わになった。
しかし、俺の視線の先は彼女の控えめな乳房でも、鎖骨でも、へそでも、くびれでもなく――
鍛え上げられた身体にある、数え切れないほどの、傷であった。
彼女「だから、大丈夫だと言っただろう」
はっとした。
彼女「私が襲われ、脱がされても……大体、それで終わる」
ここで何かを言わなければならない。 何かをしなければならない。 それは分かっていたのだが。
結局、彼女の水の催促があるまで、何もすることができなかった。 最悪だ、俺。
427 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:43:42.89 ID:HLdAiRjk0 [153/212]
水をかけ、血を洗い流す。 傷に滲みるのか彼女は小さな声で呻いた。
矢が刺さっていたのは肩というより胸に近かった。 重要な部分を傷つけてはいなかったものの
防具を装備していなかったために案外深い部分にまで達していたらしく、出血量は多い。
こうやって診ている間にも血はどくどくと溢れ出た。
綺麗(であろう)布を重ね傷口にあてがい、少々きつめに包帯を巻いていく。
見てしまうのは彼女に失礼である事は分かっているのに、どうしても、傷に目がいってしまう。
メイスの類で背中をえぐられた痕、無数の矢傷の痕、肩から深くまで斬り込まれた痕、
背中にも腹部にもある、焼き鏝を押し付けられたような明らかに拷問によるものと思われる痕――
小さいものから大きなものまで、たくさんの消えそうにない傷が残っていた。
彼女「汚いだろ」
視線に気付いた彼女はぽつりと言った。 一瞬だけ包帯を巻く手を止めてしまった。
「そんなことはない」と言ったが、それでは説得力の欠片もない。
429 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:44:16.55 ID:HLdAiRjk0 [154/212]
彼女「気を遣わなくて良い、慣れているし気にしない」
俺「気なんか遣ってない。
……他の人がどう思っているのかは知らないけど、俺はこの身体が汚いとは思わない」
俺「確かに傷だらけで『綺麗』と言えるものではないかもしれないけど……
傷は戦士の勲章というか、一人の人間として頑張って生きてきた証みたいなものだ。
だから、俺はこれが汚いとなんか絶対思ったりしない。 むしろ、その、ええと……」
「魅力的だ」「美しいとすら思う」
言葉は思いつくのだが、喉の手前で閊えてしまう。
結局言いたかったことは言えずに包帯を巻き終え、
「また明日取り替える」という事務的なことしか伝えられなかった。
430 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:45:00.41 ID:HLdAiRjk0 [155/212]
いつの間にか外は暗くなり、秋の気温はどんどん下がっていく。
しかし残党が居るかもしれないという警戒もあり、火を熾すことはできない。
相手に居場所を教えることになる上、またボウガンで狙われたらひとたまりも無い。
彼女は包帯を巻き終えてからすぐ、半ば気絶するかのように眠りについた。
荒かった呼吸は安定してきているものの、失血による体温の低下は否むことが出来ない。
その上地面や石壁の冷たさは俺と彼女のマントごときで防げるとは思えない。
火を熾せない今、彼女の身体を温めるには――……
彼女と俺の現在の関係は「依頼主と傭兵」と、多分「信頼関係のある仲間」とか「友達」。
超えてはならない一線はあるが、彼女は今、寝ている。
「裸で温め合う」
ついに、繰り返された妄想を実践するときがきたのである。
436 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:48:42.31 ID:HLdAiRjk0 [156/212]
結論を言うと、やっぱりそれもできなかった。
臆病者とでも根性なしとでもなんとでも言えばいい。 俺は紳士でありたいのだ。
しかし彼女を温めるという行為をやめたわけではない。
後ろから、彼女を抱き寄せる。 これで一応は温かくなるはずだ。
俺の腕の中で、彼女は静かに寝息をたてている。 それは俺に確かな安心感を与えた。
先ほど見た、彼女の背中。 女性に相応しくない形容詞であるが、筋肉に覆われていたそれは逞しく見えた。
逞しいはずであるのに、今目の前にある背中は何故こんなにも小さく弱弱しく見えるのだろうか。
それは彼女が「女性」だからか。 それとも「彼女」だからだろうか。 それとも、傷だらけだったからだろうか。
少し触れただけでも壊れてしまいそうだった。
彼女の、愛しく小さな背中を抱きしめ、優しく、起こさないように、耳の裏にそっと口付けをした。
「友達」の一線、ちょっと越えてしまったなぁと、後ろの壁に頭をごんとぶつけた。
440 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 16:50:30.91 ID:HLdAiRjk0 [157/212]
何時間も彼女を抱きつつの見張りを続けていたが、彼女の様子を見る以外にすることがなかった。
残党を懸念してこうやって見張りをしていたわけだが、実は残党など居なかったのではないか。
だとしたら今の数時間非常に無駄な時間を過ごしたことになる。
いや彼女の寝息を聞いたり彼女の体温を感じたり彼女の髪の匂いを嗅いだりする時間が無駄なのではない。
むしろそんな状況で見張りが出来るということは幸せだと言っても過言ではない。
しかし、何の意味もなく警戒し続けるというのは精神的に、非常に疲れるのである。
その緊張の糸を緩めても良いのではないかと考えた。
こうやって彼女を温めることも重要だし出来れば続けていたいのだが
残党が居ないとなればその役目は焚き火に任せることも出来るし、俺には他にもしたいことがあった。
441 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:52:36.16 ID:HLdAiRjk0 [158/212]
俺「……ふぅ」
愚息のしつけの時間である。 二人旅となると、どうしてもこのような時間の確保は難しい。
しかし何故だろう、彼女をオカズにしたわけではないというのに彼女に対する罪悪感が半端ない。
その理由は、俺の手に握られている彼女の血に汚れたタンクトップが知っているに違いない。
その後は彼女の服を川で洗濯をしたり、湧き水を確保して蒸留したり、
栄養のある(主に貧血に良しとされる)野草を集めたり、剣にこびりついた血糊をふき取ったりと、
なんだかんだしている間に日が昇り始めた。
今日も天気がよさそうである。
今年はここを通る間に雨が降りそうになることもなく、心から良かったと思う。
445 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:54:07.33 ID:HLdAiRjk0 [159/212]
ナイフで無精髭を剃っていると、洞窟から彼女がもそっと這い出てきた。
四つん這いで、目はぼうっとしている。 こんなかわいい生物がこの世に存在して許されるのか!
そして、その出てきた彼女の第一声が
彼女「あれは、何かの儀式でもやっていたのか?」
俺「生贄の儀式を」
暖をとるため彼女の周りに小さな焚き火を燈したのだが、
それが規則的に並んでいたために面白がってその間に線を引いた。
絵本で見たような、いわゆる魔法陣のようなものである。
彼女「いい歳して何やっているんだ」
尤もな意見である。
446 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:55:37.06 ID:HLdAiRjk0 [160/212]
朝食を作っていたのだが、まだ出来上がっていなかったので先に包帯の交換をすることになった。
洞窟に戻ると目の前で彼女が脱ぎ始める。 どんなストリップ・ショウよりも俺を興奮させてしまう。
彼女は衛生兵をはじめとする、目的が治療である者の場合ならば目の前でも抵抗なく服を脱げるのだそうだ。
俺は恥ずかしいことこの上ない。 絶対にB地区とか直視できない。
そこらへんは視界に入れないように気をつけながら、包帯を解き傷口を見た。
完全にとは言えないが、血は止まってきているようだし ひとまず安心する。
尤も傷が塞がるまではまだ時間がかかりそうではあるが。
450 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[>>447傭兵の主観] 投稿日:2010/09/15(水) 16:57:20.36 ID:HLdAiRjk0 [161/212]
新しい当て布に交換し、また包帯を巻き直す。
後ろから巻いているため、彼女の両の脇から腕を通して包帯を左手から右手に受け渡すのだが
その瞬間俺の腕に、彼女の胸の、筋肉ではない部分に、そしてその先端に、触れそうになってしまう。
今こんなことを考えてしまうのは下劣で不純であることは重々承知なのだがこれは意識せざるを得ない。
少しでも手の位置を変えればダブルクリックの後揉みしだくことなど簡単にできてしまうのである。
そんな誘惑にも耐えられるのは俺が紳士であるからに他ならない。
俺ほどになれば彼女の髪をクンカクンカするだけで我慢することができるのだ。
昨日彼女は「身体を見れば萎える」ような事を言ったが、実際に萎えた奴居るのかよ。
こんな魅力的な身体を前にして萎えた糞野郎が居るのかよ! 馬鹿じゃねーのか!!
454 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 16:59:49.69 ID:HLdAiRjk0 [162/212]
「俺特製薬草スープ」が完成した。 椀によそい、彼女に手渡す。
瞬間、彼女は眉間に皺をよせた。 しばらく睨めっこをした後、恐る恐るスプーンで掬い、口に運ぶ。
彼女「……お前これ味見したか」
俺「はははもちろん。 する訳がない」
彼女「飲んでみろ。 生きた虫を噛締めた味がするぞ」
俺「お断る。 どんな味だよそれ。 あ、でもほら良薬口に苦しって言うし」
彼女「いい事を教えてやる毒薬もまた口に苦い!!」
俺「うわやめr…………ッ!! ッッ!!」
スープの入った椀を無理やり口につっこみ、俺に飲ませた。
顔が緑色に変色しかけた。 なんだこの味わ!! これが虫の味なのか!!
熱いわ不味いわ苦いわでとにかく大変だった。 豆とキノコがせめてもの救いである。
それでも、彼女はなんだかんだで具だけでも食べてくれた。
味はともかくとして、これは身体に良いに違いないから、とのこと。
もちろん俺も食べた。 彼女にだけ罰ゲームを与えるわけにはいかないからである。
460 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:03:02.02 ID:HLdAiRjk0 [163/212]
旦
賑やかな朝食を済ませてから、目的の町に足を向けた。
背負って行こうかと提案されたが丁重に却下させてもらった。
これ以上こいつに迷惑をかけたくはなかった。
こいつに迷惑をかけたくはなかった、のだが。
しばらく歩いて正午過ぎ、休憩をとってから、立ち上がることができなくなった。
吐き気がするほどの眩暈と発熱――朝は、なかったはずなのだが。
背負われ、近くの洞穴に運ばれた。
結局迷惑をかけてしまっているではないか。
馬鹿か、私は。
461 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:04:02.18 ID:HLdAiRjk0 [164/212]
目を閉じていると、突然額に冷たい感覚が走った。
驚いて見てみると、どうやら男が水でしぼった布を乗せてくれたようだ。
目の上に乗せる。 ひんやりとしていて、気持ちいい。
傷口から病原菌が入り、体内の抗体とそれらが絶賛奮闘中なための発熱ではないか
というのが男の考えであった。 解熱剤はあるが、それなら無理に飲まないほうがいい、とのこと。
私「……すまない、お前には迷惑をかけてばかりだ」
ボサボサ頭「なんで謝るんだ、俺が謝りたい位なのに。
俺の目さえあれば俺を庇って矢を受けることも今こうして苦しむこともなかった」
私「それでも……、すまない」
ボサボサ頭「……」
467 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:09:13.08 ID:HLdAiRjk0 [165/212]
ボサボサ頭「……包帯、どうしよう。 これ以上悪くなる前に、巻き直す?」
私「いや、大丈夫だ。 ……お前は私の身体に触れること、嫌がらないのか」
ボサボサ頭「嫌がる理由が見つからないけど」
私「そうか。 ……ふふ、私を脱がそうとした奴らは皆、
私を汚物のように見るというのに…… お前は、優しいのだな」
ボサボサ頭「汚b……酷い奴が居たもんだな」
私「そんなのばっかりだ。 傭兵も、貴族も、弟王子も」
ボサボサ頭「え、おっ、王子ィ!? 王子って国の? なんで……」
私「性欲の捌け口にするためだ」
ボサボサ頭「そうじゃない、そういうことは、王子だからって許されることなのか!?」
私「王子だから、だ。 それに強姦でもない。 契約の下での"和姦"だ」
ボサボサ頭「なっ――」
468 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:10:09.04 ID:HLdAiRjk0 [166/212]
私「騎士団を潰さない代わりに、大人しく所有物になると。 そういう契約だ」
ボサボサ頭「な、んだよ、それ……、そんな一方的なものが契約って言えるのかよ」
私「そんなもんだ。 ……結局、そこまでは至らなかったがな。
私の身体を見て、私の上から転げ落ちたんだ。 はは、滑稽だ、驚くあの姿、本当に滑稽だった!」
私「所詮、私は駒だ。 権力など無に等しい。 だから、身体を触られても、服を破られても、
化け物だと罵られても身体を蹴られても顔に唾を吐き掛けられても、何も、できないんだ」
私「……何も、できなかったんだ」
私「私の大切な部下達を、騎士団を盾にされて、何もできなかったんだ」
私「あんな屈辱を受けて、私は、あの糞生意気な餓鬼一人もこの手で殺してやることができなかったんだ!!」
469 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:11:01.69 ID:HLdAiRjk0 [167/212]
私「結局私は、権力の前じゃ何もできない! 私は弱い! 弱い自分が嫌で嫌で仕方ないッ!!」
私「本当に、本当にッ……嫌になった、だから、あの日、お前に……ッ」
私「……すまない、お前は、関係なかった、のに……、
自分勝、手な、私の我侭に、付き合わせて、迷惑、ばかりかけ、て……ッ」
私「すまない、すまない、本当に、すまない……」
溢れる涙は布に吸収されたが、嗚咽を隠すことはできなかった。
男は、何も言わない。 どんな顔をしているのか。 見ることも出来ない。
嫌われてしまったろうか。 しかしそれでもいい。
男が立ち上がる気配がした。 私の元を離れるのだろうか。
しかし、私が捉えたのは男が歩き去るものではなく、私の身体がふわりと浮き上がるような感覚だった。
471 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:12:04.67 ID:HLdAiRjk0 [168/212]
私「お、おい、何を……」
ボサボサ頭「町に向かう」
私「なら私を置いていけ、もう一緒に行動する必要なんか――うわっ」
ボサボサ頭「こんな汚い場所じゃ破傷風にもなりかねない。 ほら喋ると舌噛むぞ」
私を背負い、有無を言わさずとして走り出した。
辺りはそろそろ日が落ちてくる。 それなのに、私を背負ったまま町に向かおうというのか。
無茶な――
それでも私は、振り落とされないようにしがみ付いた。
薄れていく意識の中、こいつだけはもう手放したくないとひたすらに願い続けた。
473 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[ちょっと休憩する] 投稿日:2010/09/15(水) 17:15:05.48 ID:HLdAiRjk0 [169/212]
499 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:45:05.48 ID:HLdAiRjk0 [170/212]
ここで誤爆をするのがいつもの俺
しかし今日の俺はそんなヘマはしないぜ
あとほんのちょっとだけど、お付き合い願う
500 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[9/10] 投稿日:2010/09/15(水) 17:46:42.55 ID:HLdAiRjk0 [171/212]
懐かしい温かさに目が覚めると、見覚えの無い部屋だった。
額には濡れた布が乗せられており、それは既にぬるくなっていた。
重い上体を起こす。 と、丁度その時部屋のドアが開かれた。
「あら」と言って現れたのは、あの酒場の、若き女店主であった。
女主人「目、覚めたみたいね」
町には、着いたらしい。
ここは彼女の店の二階の生活スペースで、この部屋は余っていたのだという。
何故、病院でも宿屋でもないのだろうか。
505 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:48:46.96 ID:HLdAiRjk0 [172/212]
私「……あいつは」
女主人「あいつ? ああ、自分の部屋で寝てるわよ」
私「自分の部屋? ここにあいつの部屋があるのか」
女主人「そ。 この町に居る時はそこに泊まってるわね、十年ぐらい前から」
知り合いが居ると言われてこの町に来た。 その知り合いというのが恐らく彼女の事だろう。
見た目からして30代といったところだろうか。 左目の泣き黒子が印象的な、美しい女性。
あいつとは十年来の仲だという。 この家にはあいつの部屋もある。
歳は少し離れているが、この女主人はあいつの、……恋人、なのだろうか。
506 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:50:49.29 ID:HLdAiRjk0 [173/212]
女主人「で。 貴女は、どういう関係なの? 一緒に旅をしているようだけど」
私「……ただの、旅の護衛として……傭兵として、あいつを雇っていただけだ」
女主人「護衛ね。 それにしては貴女の方が怪我してるみたいだけど。 役立たずなんじゃない?」
私「そんなことはない! あいつは私の為に何でもしてくれた、あいつはいつでも――」
女主人「あら。 ふふ、貴女、あの子のことを好きになったの?」
私「な、何を言う!! あ、貴女は、あいつの恋人ではないのかっ!! そんな事を言って、」
女主人「恋人ぉ?」
きょとん、とした。 しばらく黙った後、急に吹き出し、そして大笑いした。
なんだ、私は何か可笑しなことでも言ったのか? 恋人ではないのか? じゃあ一体なんだと言うのだ。
女主人「ごめんなさいね、あたしのこれ、女装なのよぉ」
言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
理解したところで「はぁ!?」という驚きの声しかでなかった。
女装主人「あーおっかしい、まさかあの子の恋人と間違われる日がくるなんて夢にも思わなかった!」
508 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:52:29.73 ID:HLdAiRjk0 [174/212]
女装主人「ま、恋人ではないから遠慮なく話してね。 あの子の事、好きなの?」
私「…………分からない」
女装主人「分からない?」
私「恋愛沙汰にはむしろ批判的で、経験がなかった。
人を好きになるということが、どういう感情なのか……分からないんだ」
女装主人「そう、じゃあ……貴女は、あの子の事をどう思っているの?
難しく考える必要はないわ。 思いついた言葉を言うだけでいいの」
私「どう、思っているか……」
私「……最初は、憎たらしいとしか、思っていなかったんだ」
私「それが何度か会ううちに、あいつと話すと気が楽になると気付いた。
それだけだと思っていたんだが。 半年ほど、会えなくなる時期があった。
たった半年なのに、会えないだけで、私の心にはぽっかりと穴が空いたような感じがした」
私「多分寂しかったんだ。 だから久しぶりに会ったときは、とても嬉しかった」
509 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:53:25.55 ID:HLdAiRjk0 [175/212]
私「あいつは優しすぎる。 どんなに迷惑をかけても笑ってくれる。
私の傷だらけの身体を見ても『汚くない』と言ってくれた。 嘘でも、嬉しかった」
私「私は、あいつと居るだけで楽しいし、心も満たされるような気持ちになれる」
私「私は、あいつから、離れたくない」
女装主人「……その想いを、あの子に言ったことは?」
私「言えるわけがない。 あいつにとって私は『友人』で『依頼主』だ。
そんな事を言ってしまって、この関係すら壊れてしまうのが、……怖いんだ」
女装主人「……そう」
女装主人「貴女はあの子の事が好きなのね。 それも、どうしようもないぐらいに」
511 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:54:22.75 ID:HLdAiRjk0 [176/212]
「後で薬、持って来るから」と言って女装した店の主人はこの部屋を出て行った。
取り残された私はベッドの上で一人、丸くなる。
……私は、あいつの事が、好きらしい。
そうか、好きだったのか。 私はずっと、あいつの事が好きだったのか。
あいつの事を考えるだけで心が満たされ、そして心が締め付けられるような思いがしたのも、
あいつの事が好きだったからか。
自分の気持ちに気付いてしまった。
――いや、違う。 本当はずっと気付いていた。 ただ認めたくなかっただけだ。
人を好きになることは拠所を求める弱者のすることだと、戦場では邪魔になるだけだと、
人を好きになってしまうと敵に付け入る隙を与えることになるだけだと、弱くなってしまうと、
今までそう思い続けてきた自分を全て、否定してしまうようで――
人を好きになるというのは、こんなにも、辛いことなのか。
515 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:57:47.19 ID:HLdAiRjk0 [177/212]
旦
現在の俺はすこぶる不機嫌であった。
昨晩――いやむしろ今日の早朝と言える、既に店も閉まってしまった時間に
俺はママの店に転がり込み、彼女の介抱、そして王子と王宮の資料と馬を要求した。
しかしそれが通ることはなく、ママは俺にも寝ろと言うばかりだった。
気に食わなかった俺は力尽くで資料だけでも手に入れようとした。
ママに片腕を外されようが、とにかく、俺は弟王子を、殺してやりたい一心だった。
その思いも虚しく顎に強烈な一発を食らってしまった俺は今までずっと気を失っていた。
肩を固定している包帯を煩わしく思い、それを解いていると、
ノックもせずにママが入ってきた。
ママ「駄目じゃない、解いちゃ」
516 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:59:26.50 ID:HLdAiRjk0 [178/212]
ベッドの際に腰掛けるママを睨みつけると、「随分と遅い反抗期ね」と言って溜息を吐いた。
俺「どうして行かせてくれなかったんだ」
ママ「あんなフラフラな状態で行かせられる訳ないでしょ。
ましてや相手はこの国の王子様。 ……あなたには荷が重過ぎる」
俺「でもあの糞餓鬼を殺さなきゃいけない」
ママ「どんな事情があるのかは知らないけど、
今自分が出来る事と出来ない事を見誤っちゃ駄目。 だからいつまで経っても坊やなの」
俺「でも」
ママ「私情を挟んでもロクな事にならないのはよく知ってるでしょ? 諦めなさい」
俺「……」
518 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:01:12.84 ID:HLdAiRjk0 [179/212]
俺「……彼女は」
ママ「目は覚めたわ。 今から薬貰いに行くけど、具体的にどんな症状なの?」
不思議なことに、彼女を背負ってここに向かう途中、急に俺にも彼女と同じ症状が現れた。
もちろん俺は毒の矢を食らっていたわけでもないし、その他の雑魚の攻撃を食らった覚えも無い。
菌が進入できる傷口はなかったし、風邪を引いていたわけでもない。
去年と違って全くの健全体であった俺が、何故こうなってしまったのか。
ママ「変なものでも食べたんじゃない?」
変なもの。 心当たりはある。 朝食べた、「俺特製薬草スープ」である。
もう忘れたいというのに、歯の間に詰まったカスがその味をいちいち思い出させる。
しかしそれは不味かっただけで、身体には良いはずだった。
俺「使ったのは薬草だ、確認もした。 それと町で買った豆と木の実、あとキノコ」
ママ「キノコ?」
519 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:02:25.53 ID:HLdAiRjk0 [180/212]
俺「昔からこの時期この辺で採れてた、美味しいやつ」
するとママは「あー」と言って目を覆った。
ママ「何年も帰ってきてなかったし、去年もすぐ発っちゃったから知らないのかもね。
そのキノコ、急に毒性を持ち始めて倒れる人が続出したのよ。 今はもう栽培禁止になってるわ」
なん……だと……
と言うことは、待て。 俺が今こうやって寝ていざるをえない状況になったのも、
彼女が熱に浮かされ大変苦しい思いをしているのも全て、俺のせいだということになる。
俺「……まただまただよもうやだ俺死にたい」
ママ「あんたの死ぬ死ぬ詐欺はもう飽きたわ」
軽くあしらわれ、額を指でトンと押された。 去年まで無かった羽毛の枕に頭がぼすっと埋まる。
「病人は大人しくしてなさい」と水で絞った布を顔にべちゃりと投げつけられた。
522 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:04:29.83 ID:HLdAiRjk0 [181/212]
ママ「で。 どういう経緯であなた達が知り合ったのかは知らないけど……やっぱりまだ好きなわけ?」
俺「好きだよ」
ママ「あら。 ふふ、きっぱり言うのね」
俺「好きじゃなきゃこんな熱くならない。物理的にも精神的にも。 彼女のためなら死ねる」
ママ「そんなに好きならいい加減本人に言っちゃえばいいのに。 意気地なし」
俺「……だよなぁ」
ママ「『俺は紳士だ』って言わないのね」
俺「ただ臆病なだけなんだよ俺は……」
ママ「……過去に振られたこと、相当トラウマになってるのね。
怖いんでしょ、また振られることが。 振られて、今の関係が崩れるのが怖いんでしょ」
黙って頷くと、呆れたように「本当、そっくりすぎて笑っちゃうわ」と呟き溜息を吐いた。
いったい何が、誰にそっくりだというのか。
524 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:06:26.55 ID:HLdAiRjk0 [182/212]
旦
薬の影響か、ベッドに倒れこんだ瞬間枕に意識を吸い取られるように眠りに落ちてしまった。
そして目覚めた現在、先ほどまでの身体のだるさは全て消えていた。
窓の外を見てみればもう暗くなっていた。 下の階からは酒を飲む賑やかな声が聞こえる。
部屋を出て薄暗い廊下を通り、あいつの部屋の前で立ち止まる。
少し戸惑いながらも扉をノックする、が、返事は聞こえない。
ギィと軋む扉を開けると、窓もなく埃っぽい小さな部屋にベッドがあり、そこにあいつは横たわっていた。
胸が規則的に上下している。 近付いてみると静かな呼吸が聞こえる。
どうやら、まだ寝ているらしい。
525 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:09:24.49 ID:HLdAiRjk0 [183/212]
床に膝をつき、特徴的なボサボサの髪を掻き分け、顔を覗き込む。
無精髭は生えているものの、安らかに眠るそれはどこか幼く見える。
いつも陥没している眼窩を隠していた眼帯は右手に握られていた。
私が、初めてこいつにあげた物。
そういえばこいつは大層喜んでくれていたな。 今も大切にしてくれているのだろうか。
ぼうっと考えていると、こちらに気付いた主人が近付いてきた。
女装主人「あら。 起きるの待ってるの?」
私「え、あ、いや、別に待っていたわけでは。 ただ見ていただけだ」
「ふーん」と言うと、主人はおもむろに男に近付き、
そして目にも留まらぬ速さで鳩尾に強烈な一撃を放ったのである。
ボサボサ頭「お゛ぶッ!?」
526 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:10:32.42 ID:HLdAiRjk0 [184/212]
主人の予想外の行動に私は唖然とするしかなかった。
ボサボサの頭をした男も咳き込みながら起き上がり、突然の事態に混乱していた。
ボサボサ頭「ゲホッ……、え、何、敵襲……!?」
女装夫人「女性を待たせちゃ駄目じゃない、坊や」
「え」と言いながら、私を見た。 私など女性扱いするほど女らしくもないだろう、と思っていると
ボサボサ頭はかなり驚いた様子でベッドから転げ落ち、そして壁に後頭部を打ち付けた。
こんな光景は前にも見た気がする。 これが「デジャ・ビュ」というやつか。
女装主人「二人ともお腹へってたら下にいらっしゃい、ご馳走するわよ」
そう言ってぱたぱたと部屋を出て行った。
とても急がしそうである。
529 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:12:25.13 ID:HLdAiRjk0 [185/212]
旦
ママの強力な一撃によって目が覚め、そして目の前にいた彼女に驚いて
ベッドから転げ落ち、頭を打ち付けたために完全に覚醒した俺である。
ママとの会話で改めて彼女のことを好きであると確認したからか、
どうも彼女と二人きりというのはドキドキしてしまうものである。
当の彼女の顔までが赤く見えるのは、蝋燭の明かり加減のためだろうか。
彼女「今の、大丈夫だったか。 モロに入ったが」
俺「はは……まぁ、多分手加減されてたから大丈夫だと思う」
彼女「す、すまないな、私がここに居たばっかりに。 もう出て行くから、ゆっくり休んでくれ」
俺「あ、いやいや。 今ので完全に目ぇ覚めたし良いよここに居て」
そう言って、何気なくベッドに座るように促した。
彼女は少し戸惑いながらも、すとんとベッドに腰を下ろした。
530 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:14:24.73 ID:HLdAiRjk0 [186/212]
俺「えっ……と、もう熱とか大丈夫?」
彼女「ん、お蔭様でな」
俺「で、その熱の原因なんだけど、実は、その……」
彼女「スープに入っていたキノコだろう。 聞いた」
俺「……ごめん」
彼女「何故謝る。 知らなかったのだろう?」
俺「知らなかった、なんて免罪符にはならない」
彼女「お前は同じ毒に侵されながらも私をここまで運んでくれた。
私にお前を責める理由はない、むしろ感謝したいことばかりだ。
あのスープだって私の為に作ったのだろう。 だったら悪いのは私だ」
俺「いやだからだな、」
彼女は「私が悪い」と言い張った。 俺も「俺が悪い」と言い張った。
責任の擦り付け合いとは全く逆の口論――それは激化していき、
いつの間にか喧嘩にまで発展してしまう。 お互いに譲れないのである。
533 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:18:55.61 ID:HLdAiRjk0 [187/212]
彼女「じゃあお前があの矢に射られたかったと言うのか? とんだ酔狂ではないか!」
俺「俺は護衛だ! 護衛として雇われている身がなんで守られなくちゃいけないんだ!!」
彼女「雇い主には傭兵の品質を管理する義務がある!!」
俺「傭兵にそんなの必要ない!
護衛である俺を庇うぐらいなら最初から俺なんか必要なかったんじゃないのか!?」
彼女「ッ、黙れ!! 貴様は私に雇われている身だ!
私の勝手な行動に口を出される義理はない!! 何故、そこまで私に口答えするのだ!!」
俺「好きだからに決まってるだろうが!!」
「俺のせいで嫌な思いさせたくない」と言おうとしていたのだが――
その裏にあった本音を、勢いで、つい、ぽろりと、言ってしまった、のである。
538 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:20:53.68 ID:HLdAiRjk0 [188/212]
しまった、と口を押さえるが今更口を封じても時既に遅し。
場の空気が凍り付く。
彼女は、掴んでいた俺の胸倉から右手を放した。
そして俺の顔に強烈な鉄拳を食らわせ、走って部屋を出て行ってしまった。
ああ、だめだ。 絶対に、完全に、完ッ全に、嫌われてしまった。
どうしよう。 死にたい。
しかし俺が自決するのを危惧してか暗器を含む武器全てをママに没収にされている。
どこかに殺傷力のあるものは――
いや、その前に、死ぬ前に。 彼女に謝っておかなければならない。
彼女を追い、走り出す。
541 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:22:29.03 ID:HLdAiRjk0 [189/212]
旦
与えられた部屋に駆け込み、扉を閉じ、そしてそれに背を凭れしゃがみこむ。
何度深呼吸をしても脈拍が落ち着かない。
あいつはなんと言った? あいつは今、何と言った?
私を好きだと――そう、言ったのか?
馬鹿な。 馬鹿な。 馬鹿な。 そんな訳ない、そんなことあるはずが――
コンコン、と背後の扉が叩かれる。
思わずびくりとしてしまい、開けるべきか開けざるべきか戸惑っていると、
扉の向こうから「開けなくてもいい」と静かな声が聞こえた。
542 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:24:09.81 ID:HLdAiRjk0 [190/212]
ボサボサ頭「ごめん、さっきのは俺のせいで傷ついて欲しくないって意味で……」
ボサボサ頭「……いや、やっぱり……さっきのは、俺の本音。
ずっとそうだった。 でも黙ってた。 ……怖くて言えなかった」
ボサボサ頭「所詮俺は傭兵の糞野郎だから、言ったところでどうなるかなんか分かってた。
……言って、振られて、敬遠されて、一緒にしていた旅が終わるのが、怖かった」
ボサボサ頭「だからずっと黙ってた。 ……ごめん」
ボサボサ頭「でももういい。 言ってしまった。
もう俺となんか居たくないだろ? 契約、切ってくれて構わない」
ボサボサ頭「俺はもうここを出るから……安心して身体休めるといい」
ボサボサ頭「旅、すごく楽しかった。 ありがとう。 それじゃあ」
545 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:25:46.95 ID:HLdAiRjk0 [191/212]
脳が命令を下す前に、立ち去ろうとしていた男を引き止めていた。
隔てていた扉を開き、驚き固まる男の手首を引っ張り、強引に部屋に入れた。
そしてその手を掴んだまま、「本当なのか」と尋ねる。 声が、震えている。
私「私の、目を見て、もう一度、言って欲しい」
男は口をぱくぱくさせた。 そして深く深く深呼吸し、
そしてあの決闘の日のように真っ直ぐと私の目を見据えた。
ボサボサ頭「ずっと、す、好きだった」
なぜこんな大事なときに声が裏返るのか。 それはさておくとして――
その言葉に、何の偽りも感じなかった。 その瞬間、私の目からは滝のように涙が流れた。
549 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:27:32.61 ID:HLdAiRjk0 [192/212]
私「…たしを、好きでいてくれるのか? こんな私を好きでいてくれるのか?」
私「こんなに我侭な私を、こんなに迷惑をかけてしまった私を、
こんなに醜い身体をした私を、本当に、お前は、好きでいてくれるのか?」
ボサボサ頭「うん」
私「……っ、私も……、ずっと、ずっとずっと好きだった」
私「お前のことが、好きで好きで堪らなかった。 だけどずっと言えなかった。
お前が私のことを嫌っているのではないかと、煙たがっているのではないかと思っていた」
私「怖かった。 私も、お前と離れることが怖くて、ずっと、言えなかった……っ」
漏れる嗚咽を止めたのは私自身ではなく、こいつであった。
未だに私が掴んでいる手で私の肩を抱き、もう片方で私の流れる涙をそっと拭う。
そしてその手をゆっくりと顎に沿わせ、軽くしゃくると、そのまま優しく唇を重ねた。
560 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:30:58.50 ID:HLdAiRjk0 [193/212]
旦
さて、まさかの予想外ともいえる彼女からの告白――彼女も、俺が好きだと、
そう言われたおかげで勢いにまかせて唇が触れる程度であるが彼女とキキキキキスをしてしまった訳だが。
ドキドキドキドキといつもの二倍の脈拍が自身から聴こえる。
彼女の桃色の可愛らしい、そして柔らかな唇に勝手ながらファースト・キッスを奪ってもらった俺は、
プラスαとして唇を放した後の彼女の、赤らんだ顔+涙ぐんだ+上目遣いという超絶コンボによって
内心息絶え絶えであった。 彼女の可愛さは致死量を超えてしまった。 可愛すぎて生きるのが辛い。
この先どうすればいいのですか我が息子よ。 この童貞畜生めにどうか教えてやってつかあさい。
しかしそんな問いかけも虚しく返事は返ってこない。 当然である。 息子といえど、俺なのだ。
ああくそう、なんのための日々の妄想だったのだ! これだから童貞は!
しかし、やることがわからなくても、わからないなりに、頑張らなければならないのである。
564 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:34:22.30 ID:HLdAiRjk0 [194/212]
やることは分からない、分からないが、単純にもう一度、キスをしたいと思った。
顔を近づける。 彼女はそれを理解したように目を瞑り、低い身長を補うため背伸びをした。
舌を入れても彼女は抵抗しなかった。 絡め、放し、そしてまた絡め合う。
唇を貪り、更に強く絡め合うため彼女の頭の後ろに手を回す。 彼女も、俺の背中に手を回した。
熱く、荒い鼻息が互いの顔にかかる。 相手の鼓動までが伝わってくる。
唇を離すと、二人の間にねっとりとした白い糸が引いた。
彼女を軽く押す。 ベッドの縁に足を掛け、仰向けに倒れる。
そしてその上に、俺が覆いかぶさる。
耳まで赤くした彼女は、潤んだ目でじっと俺を見つめている。
服の中に手を滑り込ませる。 包帯の上から胸を撫でる。
柔らかな先端部に触れると彼女は熱い息を漏らした。
572 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:36:46.08 ID:HLdAiRjk0 [195/212]
これはもう、辛抱堪らん。 彼女の服に手をかけ、脱がそうとした。
すると彼女は「待ってくれ」と言い、俺の行動を制止させた。
彼女「……明かりを、消してくれないか」
俺「なんで」
彼女「こんな汚い身体なんか、見たく、ないだろ」
俺「前も言ったけどそんな事思ってない。
傷だらけだけど、俺はむしろそれが魅力的だと思うし、美しいと思うよ」
彼女「でも」
俺「それに俺は、恥ずかしがる顔をじっくり見たいんだよね」
彼女「……ばか」
581 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:42:20.00 ID:HLdAiRjk0 [196/212]
めし
597 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[last] 投稿日:2010/09/15(水) 18:58:12.46 ID:HLdAiRjk0 [197/212]
―――――
―――
―
ママ「昨夜はお楽しみだったみたいね」
朝起きて、昼の部開店準備中の店に降りた俺にママが放った第一声である。
朝っぱらからなんてことを!と思うものの否定も出来ず、目をそらして苦笑いするしかなかった。
俺「も、もしかして、声、漏れてた?」
ママ「残念だけどお客さん賑わってて全然聴こえなかったわ。
だから驚いたわぁ、さっき様子を見に行ったら一緒に寝てるんだもの」
ひとまず安心した。 もし俺以外に彼女の喘ぎ声を聞かれてなどいたら彼女はこの町を歩けなくなる。
そして俺にも、彼女のあの甘い声を俺だけのものにしたいと いっちょまえな独占欲があった。
598 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:59:21.16 ID:HLdAiRjk0 [198/212]
ママ「どうする、朝ご飯食べる?」
俺「いや、彼女がまだ起きてないし、しばらく待つよ」
「そ」とあいづちを打ちながら、ママは俺の顔を見てニコニコとした。
ああきっと話を聞きたいのだろうなと思い、彼女を待つ間馴れ初めを語ることにした。
俺「彼女、実はこの国の、」
ママ「正規軍の女隊長さんでしょ?」
俺「あら」
どうやら知っていたらしい。
まぁ、酒場の店主でありギルドマスターの一面も持つママの事だから、
彼女のような有名人の顔ぐらい知っていてもなんら不思議なことではない。
だったら去年ちょっとぐらい教えてくれたってよかったのになぁと思いながら話を続ける。
601 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:00:40.57 ID:HLdAiRjk0 [199/212]
俺「実は去年ここを発ってから、クマに襲われて行き倒れて離れ離れになったんだよ」
ママ「災難だったわね。 去年は木の実が不作だったからかしら」
俺「で、しばらく入院して、彼女のことは諦めて仕事を再開したんだ。 借金返すために」
俺「春にあった戦に当然彼女は参加してたんだけど、
偶然その時俺も丁度参加してたんだよね。 この国の敵、連合軍側に」
ママ「あら、とんだ負け戦だったわね。 その目はその時?」
俺「いやこれはもっと後。 で、彼女と一戦交えて、その後いろいろあって俺は戦線離脱。
戦終わった王都の酒場にて偶然再会、決闘やりなおして、それ以降一緒に酒を飲む仲に」
俺「しかも行き倒れている時の俺を助けてくれたのは
偶然町を出るために通りかかった彼女(とその部下)だったらしいんだ」
ママ「へぇ~、偶然に偶然が重なったわけ」
俺「そうそう。 嬉しい限りだよ本当」
604 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:02:56.82 ID:HLdAiRjk0 [200/212]
旦
窓から差し込む眩しい朝日に目が覚める。
身体を起き上がらせた拍子に肌蹴た毛布から現れたのは、一糸纏わぬ姿の自分だった。
ああ、そうか、昨日はあいつと――……
思い出しただけで、顔が熱くなる。
性交自体は初めてではなかった。 昔傭兵のとき一度、五人の男に回されたことがある。
捨てられた後に残っていたのは、下半身の苦痛と、喪失感と、恐怖感と、屈辱感だけだった。
しかし今は、それらの一つも感じていない。 今あるのは、幸福感のみである。
恐ろしいと思っていた男の身体を受け入れることが出来たのは、あいつだったからに他ならない。
まさか、性行為というものに、ここまで魔力があるとは――
こんなものに溺れては、いつかは身を滅ぼすな、と思った。
606 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:03:45.53 ID:HLdAiRjk0 [201/212]
私の横にあいつの姿はなかった。
代わりに、ベッドの横にある椅子の上に、脱ぎ捨てられていたはずの私の服が
丁寧に折畳まれ置かれていた。 あいつの仕業か。 変なところで几帳面なやつだ。
それを手に取り着込んでいく途中、胸や首筋に赤い点があることに気付いた。
虫にでも刺されたか? ……いや、違う。 これはあいつが吸い付いた痕か。
あいつめ、なんてものを残してくれたのだ。
廊下に出てあいつを探す。 一階に降りてみると、店の主人の小さな声が聴こえた。
この扉の向こうは酒場のスペースだろうか。
607 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:05:38.97 ID:HLdAiRjk0 [202/212]
旦
ママ「ずっと、好きだったものね。 いろいろと思うことあるんじゃない?」
俺「……そうだなぁ」
ママ「全部吐き出していいのよ。 お客さんの話を聞くのがあたしの仕事だから」
俺「お客さんって。 そんな寂しい扱いだったの俺」
ママ「息子って言って欲しい?」
俺「嫌だよちんこついた母親なんか」
ママ「誰が母親って言ったのよ、あたしは女装が好きなだけで女になるつもりはないのよ」
俺「はいはい。 ……えっと、じゃあちょっと聞いてくれるかな」
ママ「ふふ、どうぞ」
614 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:08:19.93 ID:HLdAiRjk0 [203/212]
俺「まず去年、丁度一年前の今の時期町の酒場で見つけた彼女に俺は運命的な何かを
感じたよ。 一目惚れすると同時に彼女が俺の何かを変えてくれるんじゃないかってね。
それから彼女に話しかけるために彼女の後をつけた。 話しかけるなら彼女が望んだ
時に話しかけたいからね。 だから彼女の研究とも言える。 この研究の時間は本当に
楽しかった。 彼女の歩行速度。 彼女の歩幅。 歩くときの癖と、それによる足音。 手を
振る角度。 歩くことで揺れる輝かしいまでに靡く髪とマントと、伸び縮みする大臀筋。
彼女の呼吸音。歩いた後の彼女の髪の残り香。 少し汗の匂いの混じった、甘い香り。
彼女の嫌いな食べ物。 彼女の好きな食べ物。 朝食と夕食のレパートリー。 一日に食
べる量。 彼女が去った後に残された、彼女が食べていたと思われる骨付き肉の残り
かすは有難く頂戴させてもらって大切に大切に舐めさせてもらったよ。 ごちそうさまです」
俺「彼女の行動のひとつひとつが、俺の中のナニカを刺激したんだ。 欠伸をする彼女。
くしゃみをする彼女。 木の根に躓きそうになる彼女。 頭を掻く彼女。 伸びる彼女。
髪を耳に掛ける彼女。 水を飲んで一息を入れる彼女。 休憩中に溜息を吐く彼女。
というか、もう、彼女が存在するというだけで俺は常に元気になれたんだと思うんだよ」
615 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:09:09.83 ID:HLdAiRjk0 [204/212]
俺「一緒に酒を飲むようになった彼女。 彼女はある酒場の常連客でね、ボトルまでキープして
もらっているんだ。 その酒をよく飲ませてもらっていたんだけど、それはただのワインじゃ
なくて、シードルも少し混ぜられた彼女オリジナルブレンドなんだよね。 他の酒を混ぜる事
はよくあるけども、シードル、リンゴ酒を混ぜるってあたりいかにも彼女らしいよね。 その酒
はもちろん美味しかったんだけど、なにより彼女オリジナルよいう事実に最も美味を感じた。
酒を飲んでる間は無言のことが多かったけど、たまにお互いの話をしたりするんだ。その時
の彼女の見せる表情といったら後ろを歩いていては絶対にみることのできないものだし、な
により目の前の席に座っているものだから本当に近い距離なんだよね。 なんというか、もう
凄く可愛いんだよ。 いつものつんとした鋭い目ももちろんいい。 だけど時折見せる無邪気な
笑顔とか、柔らかい笑顔とか、人を見下して嘲笑う顔とか、心身ともに疲弊している顔とか、
もう何から何まで可愛いんだよね。 本当に、彼女の顔はずっと見ていても飽きないんだよね」
俺「旅を始めるとき、彼女は眼帯をプレゼントしてくれたんだ。 これね。 彼女には内緒だけど、
これ内側に日付を刺繍したんだよね。 記念日っていうのかな、とりあえず忘れないように。
彼女に貰ったということと、それが貰うまで彼女のズボンのポケットもしくは彼女に握られて
いたと思うとどうしても匂いを嗅がずにはいられなくなるよね。 もちろん大っぴらにはしない
けどさ。 俺はプレゼントだと勝手に思ってるけど、彼女にとっては目の陥没が見苦しかった
のかもしれない。 だけど、心配をしてくれているのかもしれない。 そうかんがえるとやっぱり、
俺はこの眼帯を装着しているだけで幸せな気分に慣れるんだよ。 手放したこともほとんどない」
617 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:09:42.93 ID:HLdAiRjk0 [205/212]
俺「酔いつぶれた彼女を初めて背負ったとき、俺は地獄を見たよ。 それは背中に襲い掛かった。
遠目で観ても分かるとおり、彼女の胸は他の女性に比べれば小さい分類なんだよ。 ほとんど
が筋肉になってしまってるんだ。 でもその考えは浅はかだったよ。 背中に彼女を感じて分か
った。 彼女も、胸は、ある。 胸の下部。 明らかに筋肉と言い難い柔らかな部分があったんだ。
確かに小さい。 小さいけども、確かにそれは、その宝石は、そこに存在したんだよ。 それで、
昨日。 俺は彼女の許可を得、初めてまじまじと見ることに成功した。 包帯を取り替えるときに
だって観ることはできたけども、それは俺のプライドというか俺の中の紳士が許さなかったんだ。
で、その、彼女のおっぱいなんだけど、やっぱり、小さいんだ。 でもそれって大変素晴らしい事
だと思うんだよね。 彼女は騎士で、女を捨てていると思われているかもしれないけど、実はそん
なことは決してないんだよ。 確かにあの筋肉に覆われた身体は女性らしいとは言い辛いけども
それでも彼女は立派な女性なんだよ。 彼女は、その筋肉に覆われた身体が、身体を鍛える
ことで小さくならざるを得なかった胸が、女性らしくないことを、本当は気にしている、とても可愛い
女性なんだよ。 だからあのとき蝋燭の火を消すように頼んだんだと思うんだ。 俺はそんなこと
気にしない、むしろそうやって気にしている彼女が非常に魅力的だと思うんだけどさ。 で、その
彼女の胸はこう、後ろから乳輪付近を指で押さえて、それでゆっくりと揉みあげたんだけど、やっ
ぱり後ろからやったのが良かったのか、凄く手に収まるような感覚が良いんだよ。 さっき地獄
って言ったけど、それは悪い意味ではないんだ。 俺は、地獄のような、歓喜を味わったよ。 うん」
622 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:12:17.82 ID:HLdAiRjk0 [206/212]
俺「あ、それでね。 話はちょっと戻るんだけど旅の途中で――」
ママ「ああ、もう、いいわ」
俺「え、なんで? まだちょっとしか話してないんだけど」
ママ「いいから。 ……っていうか。 逃げなさい」
「へ、」と言いながら、ママの視線の先を追う。 と。
そこには、にっこりと笑う、彼女が立っていた。
もちろん目は、笑ってない。
サーッと一気に血の気が引くのがわかった。
626 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:14:12.14 ID:HLdAiRjk0 [207/212]
席から立ち上がり、後ずさる。
俺「おおっおおおおおはよう、どどどうかな体調は」
彼女「ああ貴様のおかげで順調だ、見ろ、肩ももう軽く回せる」
指を鳴らし、肩をぐるんぐるんと回しながら、俺に、一歩一歩近付いてくる。
俺「え、ええっと、その、あの、いつから、聞いていたのでしょうか?」
彼女「『じゃあちょっと聞いてくれるかな』辺りからだな」
俺「は、ははは、それって最初からって事じゃん超ウケル」
そう言った瞬間に、俺は彼女に背を向け店から出て抜け出そうとした。
しかしその試みは軽く打ち砕かれた。
彼女は目にも留まらぬ速さで走り、俺の目の前に立ちはだかる。
そして前方に走り続けようとする慣性を利用して俺を投げ飛ばした。
630 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:15:34.28 ID:HLdAiRjk0 [208/212]
うつ伏せに倒れる俺を踏みつける。 地団太を踏むように何度も何度も踏みつける。
彼女「貴様! 貴様は!! 去年からずっと私を尾行けていたと言うのか!!!」
俺「げふッ! いや、それは、研究あぶッ!!」
彼女「ぬかせ!! なにが研究だ単にストーキングしていただけではないか貴様はッ!!」
俺「紳士d……!」
彼女「前、後ろに居たのは偶然だと言ったな!! あれも嘘だったのか、あァ!?」
俺「んう゛ッ!!」
彼女「ましてや、私の、私の……ッ! ち、……ッ、このぉッッ!!!」
634 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:17:17.92 ID:HLdAiRjk0 [209/212]
俺「ごっ、ごめ……! し、死んじゃう!! 本当に死んじゃう俺!!!」
彼女「ああ死ね死んでしまえ!!!!」
俺「おごぉ゛ぉおおおおおおおおおお」
彼女は両脇に、俺の脚を挟んだ。
そして俺に跨り、美しいフォームの逆エビ固めが完成した。
俺「……ほっ……!」
俺「本望なりィィイイイイ!!!!」
fin.
644 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:21:11.14 ID:HLdAiRjk0 [210/212]
やっと投下終わったぜーフゥハハハー
支援してくれた人、保守してくれた人、読んでくれた人全てに感謝
童貞にエロシーンなんか書けるはずなかったんや!
670 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:49:14.31 ID:HLdAiRjk0 [211/212]
>コテ
ない
>森見登美彦
大好き
>過去SS
このスレに関係ないし黒歴史だよ言わせんな恥ずかしい
>この後
焼きリンゴ食べて仲直り。続編書かないけど
予定では、スレ立ててさる無効時間に70投下、
その後支援もなく20時間以上一人でもそもそ続けてひっそり落ちる予定だったんだけど
その期待をものすごい勢いで裏切られたよ。マジサンクス
今回もbadエンドにするつもりだったけどhappyにしてよかった
673 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:56:35.66 ID:Dd7JTLtl0 [2/3]
>>670
気になってるのそこじゃないけど騎士団云々とか何も問題なく
最終的に二人は仲良く暮らしました めでたしめでたし
でいいんだな!遊歴?とか言う期限の伏線が回収されず怖かったけどこの後も幸せなんだな!?
675 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 20:02:41.83 ID:HLdAiRjk0 [212/212]
>>673
なあなあエンドにしたのは各自の想像に任せるためだぜい
双子の弟で、王位継承位第二位の17歳の少年である。 ろくに勉強しようともせず、
甘やかされたこいつは随分と我侭に育ってしまった。 御聡明な兄とは正反対だ。
私「殿下。 こんな狭い部屋に何の御用で」
王子「別に用は無いんだけどさぁ」
王子は部屋をきょろきょろと見回した。 勲章を流し見、そして壁に掛けられた剣の前で足を止める。
実際に手に取り、しげしげと見つめ、そして振りかぶってみたりする。
素人が剣を振るというのは流石に危なっかしくて見ておられず、王子に近付いて注意する。
私「無闇に触れては危険です、お止めください」
王子「だいじょーぶだよ、剣ぐらいちょっとは習ってんだからさぁ」
220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:36:04.80 ID:HLdAiRjk0 [75/212]
王子は、近付いた私の顔をじっと見る。
身長は私と同じぐらいか少し大きいぐらい。 顔はまだ青臭い。
王子「ここまで近くで見るのは初めてだけどキミ、可愛い顔してるんだね」
私「……勿体無いお言葉で」
相手をするのは面倒臭い。 さっさと帰ってくれないか。
そう思うも、王子は帰るような素振りは見せない。
私の周りをゆっくりと歩き、私の身体を嘗め回すように見る。 嫌な目つきだ。
決していい気分はしない。 王子でなければとっくに剣の錆になっていたろうに。
王子「よし、決めた」
背後から声が聞こえたと同時に、太股に気色悪い手がねっとりと触れるのを感じた。
223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:43:36.72 ID:HLdAiRjk0 [76/212]
王子「キミはボクの所有物だ」
私「……戯れ事はお止めください、殿下」
王子「ふざけてなんかないよ」
尻を撫で回していた手は徐々に前に移動し、そして私の陰部へと到達した。
私は思わず腰の短剣に手を伸ばす。
私「殿下。 私にも限度が御座います。 それ以上続けると言うのであれば――」
王子「どうなるの?」
ぱっと私から手を放す。 そして私の前に歩み出てナスビのような顔を近付けた。
王子「ねぇ、どうなるの? ボクをそのナイフで殺そうって言うの? ねぇ」
225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:48:01.77 ID:HLdAiRjk0 [77/212]
王子「いいよ、別に。 でも王子であるボクに少しでも傷つけたりしたらどうなると思う? ねぇ」
王子「それに本当は感謝してほしいんだよねぇ、王子であるボクに相手してもらえるんだから。
……将来、兄上にもし不幸があったら、次の王の座はボクのものになる。
その時、もしかしたら王妃にキミを選ぶかもしれないんだよ? そういうのも捨てちゃうワケ?」
私「そのようなものに興味は御座いません」
王子「……いいのかなぁ。 キミがもし、すこしでもボクに反逆の意を見せたりしたら――
ボク、凄く怒るだろうね。 何をするだろう? 例えば、キミの属する騎士団を潰しちゃうとか?」
私「……! 卑怯なッ!!」
王子「何とでも言えば良いよ。 よく考えてよね、ボクはどっちでもいいから。
キミが大人しく言うことを聞いて、ボクのオモチャになるか、
反発してキミ個人としてのプライドを守る代わりに、キミの大切な恩人や仲間がいる団を潰すか」
王子「キミなら分かるよね。 どっちが利口な選択か」
私は血が滲むほどに下唇を噛締め手を握り締め、王子は目を細め口の端をつり上げた。
短剣から手を引いた瞬間押し倒され、私の唇はあっけなく奪われてしまった。
231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:54:18.59 ID:HLdAiRjk0 [78/212]
抵抗する唇を貪り、強引に舌をねじ込み、絡ませる。
離すと、間には白い糸が引いた。
憎たらしい程に可笑しそな顔の王子が馬乗りにして見下す。
王子「弱いモンだねぇ騎士団の隊長さんも! たった一言で!」
王子「最初から決まってるんだよ、選択の余地がないことなんか!」
私の腰から短剣を抜き取り、服の端に切れ込みを入れる。
王子「権力の前じゃ、キミみたいなたかが平民の人間なんかさぁ!!」
そして力任せに引き裂き、乱暴に服を剥ぎ取り、私の上半は裸を露にした。
234 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:56:57.27 ID:HLdAiRjk0 [79/212]
王子「うわっ!!?」
王子は私の上から転げ落ちた。 そして怪物を見るかのように、私を指差す。
王子「な、なんだ、お前、そんな身体で……!!
そんな化け物みたいに醜い身体が、女のものだって言うのか!?」
そして未だに倒れる私に寄って、「汚らわしい」「奇形」と腹を蹴る。
口に入ったゴミを外に出すかのように、臭い唾を私の顔に吐き捨て、
王子「あ゛ー興ざめた! 気分悪ぃ!! 帰る!!」
と、床を踏鳴らしながら部屋から出て行き、壊れそうなほどに強くドアを閉めた。
取り残された私は、しばらくそのまま天井を見ていた。
235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 10:58:12.36 ID:HLdAiRjk0 [80/212]
ソファに凭れ呼吸を整えていると、ドアがノックされ下女が入ってきた。
ケーキを焼いたから食べないか、とのこと。 何も言わずに手を振った。
私「それより、服を引っ掛けて破いてしまった。 替えを頼む。 楽なやつを」
下女「はい、分かりました」
服を取りに部屋を出ようとしたが、ドアの前で足を止めた。
私の表情を窺がい、おどおどと少し口ごもりながら私を心配した。
下女「……大丈夫ですか? お顔が、真っ青です」
何も言わないまま、またひらひらと手を振る。
下女は困ったような顔をし まだ何か言いたげだったが、そのまま部屋を出て行った。
膝を抱きかかえ、顔を埋める。
あのボサボサの頭をした男のだらしない顔が見たいな、と思った。
240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:06:34.80 ID:HLdAiRjk0 [81/212]
ボサボサ頭「何かあった?」
開口一番がそれだった。 下女にも言われたが、私は相当酷い顔をしているようだ。
この男もやはり何か言いたげではあったが、何も言わないまま席についた。
こいつは、私のことをどう思っているのだろうか。
やはり弟王子やそこらの傭兵達の様に――私を慰み者としか見ていないのか。
それとも、この町にいる間だけ共に酒を飲む、ただそれだけの人間だと思っているのか。
そして、私はどうなのだろう。 私はこいつをどう思っているのか。
戦場で仇として出会い、情けをかけられ助けられ、そしてまた偶然この場所で出会ったこの男を。
決闘で清々しいほどに負かされ、数えられる程度しか共に酒を飲んでいないこの男を――
243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 11:12:31.48 ID:HLdAiRjk0 [82/212]
共に旅をしたいと、告げた。 いつの間にか口が勝手に喋っていた。
当然こいつは大層驚いたが、酒を飲んで深呼吸をすると落ち着きを取り戻し、
そして真っ直ぐ私の顔を見て問うた。 何故そんなことを言うのか、と。
私「私は、疲れたんだ。 あそこでの生活が嫌になったんだ」
いろいろな出来事が頭を過ぎった。
どれもこれも、吐き気がするほどに嫌な事ばかりだ。
言いたいことは山のようにあった。 言うことができれば、どれだけ楽になるだろうか。
しかし喉から搾り出すことができたのは、たったこれだけの言葉だった。
245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:18:16.27 ID:HLdAiRjk0 [83/212]
私「もちろん、お前が嫌だと思うのであればそれでいい、今日の話は忘れてくれ」
忘れて、今までのように、毎日じゃなくてもいいから共に居させてくれ。
どうか私から離れないでくれ、お願いだから――……言える、わけがない。
だいたい嫌がるに決まっているのだから、こんなことを言っても余計に――
いや、それとも旅をしようと言った時点で――嫌われてしまったかもしれないな。
しかしその予想は大きく外れた。
ボサボサ頭「えっと、じゃあ、行こっか」
少し恥ずかしがる男の言葉を聞いた瞬間、
私の中の糸のようなものがプツンと切れ、目の前が真っ暗になった。
246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:24:26.39 ID:HLdAiRjk0 [84/212]
旦
店員によると、彼女は開店前から来てそれからずっと飲み続けていたらしい。
酒が進んでないように見えたのは限界が近付いていたからだったようだ。
だったら、あの言葉も酔った彼女の戯言なのだろうか。
糸がプツンと切れたように眠る彼女を見て考える。 どうしたものか。
最初に彼女がそうしたように、このまま店に放置しておけばいいのだろうか。
いや、彼女のような美しいかつ可愛い女性が無防備にもこんな場所に寝ていては
他の酔っ払った客に何をされるかわかったものではないし、放置はダメ絶対。
彼女の肩を揺すってみる。 起きる気配なし。
だめだこりゃ
251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:30:36.20 ID:HLdAiRjk0 [85/212]
宿屋「お? 兄ちゃん今日は早かtt」
彼女を背負う俺の姿を見た宿屋の旦那がぽかんとしているのを尻目に、急いで部屋に運び込む。
唯一の狭いベッドに彼女を寝かし、ボロい布切れのような毛布をかける。 無いよりはマシだろう。
規則的に胸を上下させ、すぅすぅと寝息をたてる。 髪は乱れて彼女の顔にかかっている。
そして何より、まだありありと残っている、彼女の体重を担っていた俺の背中が捉えた感触――
彼女の、小さいながらも確かにあった柔らかなモノの感触が、俺の頭を、股間を刺激し、
今にも爆発させようとしていた。
これはいかん。 これはいかん!! これは、俺の理性が保たん!!
いくら彼女が寝ているとはいえ、その横で息子を宥めるというのも……不可ッ!!
257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:37:20.32 ID:HLdAiRjk0 [86/212]
宿屋「で、何でオレんとこに居んだよお前は」
俺「萎えさせるには旦那を見るのが一番だと思った」
宿屋「失礼な、見ろこの肉体美」
俺「なんというビールっ腹。 あー萎えた萎えた」
宿屋「だいたい萎えさせる必要がどこにあるんだ。
折角たぶらかした女だろ、さっさとぶち込みゃいい。 女を待たせちゃいかんぜボウヤ」
俺「たぶらかしてなどいない! 酔いつぶれちゃったから仕方なく、」
宿屋「なるほど酒を飲ませて無理やりか。 でも後悔するぜェきっと」
俺「だから、そんなつもりは無い!」
宿屋「無いっつーか出来ないんじゃねーの。 臆病っつーか甲斐性なしっつーか」
俺「俺は紳士なだけだ!!」
260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:40:27.61 ID:HLdAiRjk0 [87/212]
俺「……というわけでさ、俺をここで寝かしてほしい」
宿屋「だめ。 却下。 客は客室で寝ろ」
俺「じゃあ新しく部屋を借りる。 多少高くてもかまわん」
宿屋「却下。 満室」
俺「ふざけんな客来ねーってボヤいてたのどこのどいつだ!!」
宿屋「うるせー店主が満室っつったら満室なんだよ!!
折角シングルベッド一つの密室なんだから童貞ぐらい捨てて来い!!」
その後も口論は続いたが、結局別の部屋で寝ることは許されなかった。
くそう、あのおっさんめ。 明日奥さんにおっぱいパブ行ってた事バラしちゃる。
262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:43:20.19 ID:HLdAiRjk0 [88/212]
朝の日差しがこうこうと輝き、小鳥の囀りが聞こえる。 俗に言う朝チュンである。
窓から差すその清々しい光が作り出す陰で、俺は膝を抱えて蹲っていた。
俺は何もしなかった。 出来なかったのではなく、しなかったのである。
無防備、無抵抗の彼女を前にして俺は、何もしなかったのである。
一晩耐え抜いたこの俺を誰か褒めてやって然るべきだ。
とりあえずロビーに降りる。
カウンターの奥では宿屋の奥さんが朝食を作っていた。
俺に気付くとニカッと笑い「もうちょっとだからね」と言った。
宿屋の旦那と奥さんは喧嘩こそするものの、仲良く今までやってきたのだろう。
俺が居ない間にライバル店が増えたりもした。 それでも、これからも二人三脚で続けていくのだろう。
そんな夫婦の仲に皹を入れるのは、やはり良心が痛む。 他人が介入するのは野暮というやつだ。
俺「前、旦那さんが若いお姉さんのいっぱい居る店に居たよ」
265 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:46:55.96 ID:HLdAiRjk0 [89/212]
朝食を持って部屋に戻る。 と、ドアの閉まる音で彼女は起きてしまった。
彼女「ん……」
もぞ、と動く。 かわいい。 うっすらと目が開く。 かわいい。
上半身を起こすも、まだぼーっと目を擦っている。 超絶かわいい。
キョロキョロと見回し、俺と目が合う。 その瞬間ぱっと見開かれた。
彼女「な、なっ……!!」
俺「お、おはよう……」
彼女「私の剣は!!」
寝起きどっきり。 死ぬほどかわいい。
というか起きてまず剣の心配か。 ベッド脇の壁に掛けてあるのを指差す。
267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:49:03.33 ID:HLdAiRjk0 [90/212]
彼女「……私の部屋、ではないようだな」
俺「酔いつぶれて寝ちゃったんで、運ばしてもらいました」
「そうか」と言いながら彼女は自分の胸、そして下腹部を触って確認し、
そして小さく安堵の息を漏らした。 俺はそんなことしてないので安心してください。
彼女「……酒場からは、宮廷の方が近かったと思うが」
俺「いやそうだけど……そこには行きたくないだろうと思って」
はっとしたような顔をする。
268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:51:11.12 ID:HLdAiRjk0 [91/212]
彼女「……昨日は、とんでもない事を口走ってしまったな」
俺「酒かなり飲んでたみたいだしなぁ」
酒を飲んだ勢いで、思ってもいないことを言ってしまうことはある。
当然、今回――彼女が共に旅をしたいと言ったことも、そうだと思っていた。
その時だけでも俺は死ぬほど嬉しかったから、今嘘だったと言われても
ヘコタレ……ないことは絶対にないが、まぁ仕方ないかと諦めることはできる。
彼女「うむ、だから……その時の言葉、取り消して欲しい」
俺「あ、……はい」
ほらほらほらほらぁぁぁああああ!!!
所詮夢だったんだよちくしょおおおおおおおおおお!!!
270 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:52:38.69 ID:HLdAiRjk0 [92/212]
彼女「それでだな」
俺「あはい」
彼女「傭兵のお前に、依頼する。 内容は私の旅の同伴、護衛」
彼女「報酬は当分の食費と宿代。 どうだ、引き受けてくれるか」
つまりは――
しばらく固まったあと、黙って頷く。
彼女はにっこりと笑って「ありがとう」と言った。
271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:54:32.48 ID:HLdAiRjk0 [93/212]
半分投下終わったよ!やったねたえちゃん!
274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:56:35.96 ID:HLdAiRjk0 [94/212]
一階のロビーにはボコボコにされた宿屋の旦那がぽつねんと立っていた。
理由は知っているが「どうしたのその顔」と訊いてみた。 「放っておけ」
宿屋「それよか朝の決まり文句! 『昨夜はおたのしみでしたか』?」
俺「あっおいこら!」
言ったとき、彼女がちょうど階段から降りてきた。 旦那の表情が固まる。
そして、俺と彼女の顔を指を差し、交互に確認した。
宿屋「たたったたたた隊長殿ぉぉおおおおおッ!!!?」
彼女「朝から騒々しいな」
宿屋「え、どっ……おい、もしかして前言ってた飲み友達って」
俺「彼女がその」
宿屋「な、なんだってー!!!」
276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 11:58:07.71 ID:HLdAiRjk0 [95/212]
宿屋「た、隊長殿! お言葉ですが何故このような糞野郎とセッk」
言わせねぇよ!と首元にナイフを突きつける。 このおっさんなんてこと言いやがる!
彼女はやれやれといった感じで「勘違いしないでいただきたい」と言った。
彼女「妙な噂を流してもらっては困るのだ。
私が酔った勢いで男との肉体関係をもってしまったなどという隊の沽券に関わるような事は特にな」
宿屋「は、ハイすみません、それにこんな男にゃそんな勇気も意気地もありませんでした!」
俺「あのなぁ」
その後、俺が町を出ることを旦那に告げると、一瞬寂しそうな顔を見せた。
宿屋「また泊まりに来い。 死ぬんじゃねえぞ」
俺「旦那もおっパブ行き過ぎて奥さんに殺されないようにな」
宿屋「テメェかぁぁあああああッ!!!」
278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[6/10] 投稿日:2010/09/15(水) 11:59:38.36 ID:HLdAiRjk0 [96/212]
彼女「お前の気遣いには感謝するが、結局は一度戻らねばならない」
宿を出てからそう言った。
旅にはそれなりに準備が必要であるし、なにより彼女は騎士団五番隊隊長という
かなり高い地位の人物であるため、いろいろと片付けなければならないことがあるのだろう。
というか、そういう重要人物が急に席を離れることに上からの許可など下りるのだろうか。
そんな事を考えながら、俺は食料の調達に勤しんでいた。
旅の間に彼女が食べる量、好きな食べ物、苦手な食べ物は全て把握しているつもりだ。
なんせ一ヶ月彼女を見続けていた、彼女の食生活のことなら俺に任せろ。
それプラス、俺自身が食べる分も買う。 手に持つ袋はなかなかに重い。
こ、これが、二人分の食料の重さか……!
281 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:02:15.82 ID:HLdAiRjk0 [97/212]
待ち合わせをしていた町の東門に寄り掛かりながら、シャクシャクとリンゴを食べる。
彼女が来るのは夜か、下手したら明日……いや、もしかしたら外出の許可が下りないかもしれない。
心配事は多々あるが、それよりも俺は待ち合わせという行為そのものの方にこそ感じるものがあった。
そわそわというか、わくわくする。 どうした自分、ティーンエイジャーに戻ったつもりか。
日時計で言うところの午後二時過ぎ、思っていたよりかなり早く彼女は現れた。
その姿は去年ずっと追い続けていたときのそれと同じで、俺にとってはそれが最も馴染み深い服装である。
彼女「待たせたな」
俺「いや、俺も今ちょうど買い終わったところだから」
やったことはないがデートの待ち合わせみたいだな、と思った。
しかし今の彼女との関係は「依頼主」と「傭兵」なのである。
何故俺に頼んだのかという質問に対して、彼女は「目の前に居たお前が傭兵だったから」だと答えた。
結局のところ旅をするのは――傭兵であれば、誰でも、よかったのだ。
286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:10:26.10 ID:HLdAiRjk0 [98/212]
旦
私にとってボサボサの頭をした男が、他の男に比べて何か特別な存在である事には違いなかった。
私はその本心を、あいつに知られてしまうことを恐れた。 それが重荷となって、嫌われてしまうのを恐れた。
共に旅をしたいという願いを「依頼」と改めたのも、その依頼をそいつにした理由を単純に
「傭兵だったから」と言ったことも、本心を探られないようにするためだった。
「元敵兵」、「飲み仲間」、「傭兵と依頼主」、「旅の相方」
あいつとの仲を、これ以上は望まない。 そして崩したくもない。
――私は、私が思っていた以上に臆病者らしい。
そう思いながら、行きたくもない宮廷に足を踏み入れた。
さっさと用を終わらせて、待ち合わせの場所に急ごう。
287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:12:11.94 ID:HLdAiRjk0 [99/212]
待ち合わせの東門に腰を預けてしゃがんでいる男を見つけた。
食べ終わったリンゴの芯を歯に咥え、カクカクとさせて遊んでいる。 待たせてしまったようだ。
私に気付くと立ち上がり、芯をその辺に吐き捨てる。
そして荷物からごそごそと何かを取り出し、私に放り投げた。
微妙にずれた位置に飛んだそれを受け取ってみると、リンゴだった。
……確かに私はリンゴには目が無いが、こいつに言った覚えはない。
けど、まぁ、有難く頂いておこう、うん。 一口齧る。 美味しい。
その様子を見ると男はにっこりと笑い、歩き始めた。
ボサボサ頭「じゃ、行こうか」
288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:17:26.49 ID:HLdAiRjk0 [100/212]
旦
さて、彼女との二人旅が始まってしまったわけだが。
彼女が共に旅をしたいと告げたときは「おおっもしや」と思ったけどそんなことはなかったぜ!
現在「元敵兵」、「酒飲み友達」、「依頼主と傭兵」と「旅の護衛」が俺と彼女の関係、
それ以上を期待してはいけないし、また俺はこれを維持していかなければならない。
どうしてだろうな、去年はあんなに望んでいた彼女との旅なのに嬉しい反面胃がキリキリする。
きっと俺は彼女との接し方が分からないのだ。 いつもあった間を埋める酒は、もう旅では使えない。
妄想で何度も何度も描いた彼女とのらぶらぶちゅっちゅハッピートラベルライフでは
何かのトラブルに巻き込まれピンチの彼女の前にこの俺が颯爽と現れるのが常であった。
しかしそんな超ご都合主義なToLOVEるは現実で起こるはずも無く俺の活躍の場は無い。
すなわち俺には今のポジションを維持するだけの自信はない!
俺は彼女を見るだけで楽しいが、彼女にも旅を楽しんでもらわないことには意味がないのだ!
290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:24:54.28 ID:HLdAiRjk0 [101/212]
彼女は俺の右側、少し後ろを歩いた。
多分右目が潰れた俺に対する彼女の気遣いで それはまことに嬉しい事ではあるのだが、
しゃくしゃくとリンゴを齧る彼女の可愛い姿を視界の端ですら捉えることができなかった。 無念。
ぽりぽりと右頬を掻いていると、不意に「おい」と彼女が話しかけてきた。
振り向いてみると、彼女の手には眼帯が握られており、こちらに差し出していた。
彼女「陥没していては痛々しくて見てられん。 隠しておけ」
oi おい これはあれか彼女からのプレゼントと見てよろしいか! 紀伊店のか!
そしてごそごそと荷物を弄った音がしなかったことから彼女のポケットに入っていたと推測できる。
彼女と密着状態にあった布だと。 素晴らしいこれはクンカクンカする他ない!
否そんな姿を晒すなど紳士としては恥ずべきだ。 ここは――
目に装着するとき鼻の前を通り過ぎる瞬間に、こっそりと匂いいや香りを嗅ぐべきであろう。
291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:28:53.62 ID:HLdAiRjk0 [102/212]
俺「ありがとう死ぬほど嬉しいです」
彼女「死ぬほどってな……ま、まぁ喜んでくれたみたいで何よりだ」
俺「でもどうだろう、ガラ悪そうに見えないかねこれは。 盗賊みたいに」
彼女「間抜け面に締りが出たし丁度良いんじゃないか」
俺「間抜けって……そんな風に思われてたのか」
彼女「間抜けで優柔不断だな」
俺「否定も肯定もできんとは!」
これは友人としての会話なのだろうが、やはり彼女とのそれは楽しかった。
眼帯というプレゼントも貰ったしもう人生の最盛期と言っても過言ではないだろう。
293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:37:57.64 ID:HLdAiRjk0 [103/212]
出発が遅かったこともあるが、空はあっという間に暗くなってきた。
歩きながらせっせと拾った枝を組み、フリントで火種を作って火を育てる。
俺が塩漬け肉を切り分けて串に刺し ぢりぢりと焼いている間、彼女は小さな鍋でスープを作っていた。
「初日ぐらい贅沢してもいいだろう」とのこと。 かかかか彼女の手作り料理だよおい!!
食卓には肉の串焼き、小さなパン、酒、そして彼女手作りの豆と野草のスープが並んだ。
酒を掲げ、乾杯。 ジョッキやグラス同士がぶつかる爽快な音ではなく、
動物の胃袋に入った酒がボチョンと揺れる音しかしなかったが、まぁそんなものは味に関係ない。
スープをまず一口、飲む。 間を入れずに二口目、三口目と口に運ぶ。
なんという美味さだ! かつてこれほどまでに美味いスープを飲んだことがあっただろうか!
豆に合った絶妙な調味料の加減、加えられたバターによるまろやかさ、
そして何より目の前で彼女が作ったという事実が俺の頬を削げ落とした。 今なら死んでも良い。
295 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:43:08.33 ID:HLdAiRjk0 [104/212]
旦
渡した眼帯に喜んでくれたようだった。 医務室には義眼もあったが、
髪がボサボサで髭も毎日どこかしら剃り残しがあるズボラな男にそれが合うとは思えなかった。
正直、眼帯も似合ってはいなかった。 と言うより、あいつという男のイメージに合わなかった。
まぁきっとすぐに慣れると思うし、ずっと窪んでいるのを見せつけられるよりはマシだろう。
旅の初日だということで、景気付けにマメのスープを作ってみた。
軍行中 部下達によく振舞っていたものだが、こいつの口にも合ってくれたらしくペロリと食べてしまった。
そんなに喜んでくれるのなら、毎日でも作ってやりたい。 ……旅中は無理か。
夕食が終わり、私の腹は満たされた。 そして、心まで満たされた。
あいつが美味そうにスープを飲むのを見たからだろうか。
297 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:49:32.77 ID:HLdAiRjk0 [105/212]
私「去年も、一人で旅をしていたんだ」
ボサボサ頭「なんで?」
私「大した理由はない、ただぼーっとしたかったんだ。 尤も戦の準備ですぐ終わってしまったが」
ボサボサ頭「なるほどね」
私「それで、やはり単身では夜襲が心配で落ち着いて寝ていられなくてな。
今回も一人旅でも良かったんだが、それもあってお前に旅の同行を頼んだわけだ」
ボサボサ頭「それなら部下の誰かでも良かったんじゃ」
私「あいつらは信頼こそ出来るが、やはり上司と部下だからな。 堅苦しいだろう。
その点お前は傭兵でお互い気を使う必要もないし、私より腕が立つ。 ……信頼も、できる」
ボサボサ頭「え、……信頼、されてるんだ」
私「駄目か?」
ボサボサ頭「いやいや! そんなことは」
299 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 12:54:34.85 ID:HLdAiRjk0 [106/212]
ボサボサ頭「そ、それより……こんな急な旅、上が許してくれたのか?」
私「許可か。 書類ならすんなり通った」
ボサボサ頭「えっそうなの?」
私「……正直、廷内での私の評価はあまり良くない。
由緒正しき正規軍の隊長という地位に居座るには私は相応しくないと、そういう声が多い。
私が女だからか、若すぎるからか、平民――奴隷出身だからか、とにかく気に入らないと」
私「そんな中でも私が居られたのは武勲があったからだ。
武勲があったから――利用価値があったから、なんとかしがみ付いていられた」
私「だが半年前、連合軍との戦で勝利を収めた。 圧勝だった。
そんな勝ち方をしてしまったら、他の国もしばらくは不用意に手はだせなくなる」
私「戦がなくなる。 私は武勲を挙げられなくなる。
武勲を挙げられない私は軍に利益を与えない。 評価を下げる邪魔者でしかない」
私「せめてと思い鍛錬や事務仕事を頑張っても、それは副隊長にだってできる。
こんな立場のない私になんか、休暇や外出の許可が下りないわけがないだろう」
301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:03:43.17 ID:HLdAiRjk0 [107/212]
私「……あ、す、すまん。 長くなってしまったな」
ボサボサ頭「いや……それはいいんだ、けど、騎士団を抜けようとは思わないのか?
そんなしがらみが嫌だったから旅をしようと思ったんだろ、それなら……」
私「……旅をしようと思った理由はそれだけでもない。
私は『駒』だ。 どこに行くも自由だが、いざと言う時の為に抜けることはできない」
私「それに私は副団長に恩義があるし、またあの人の下で働きたいとも思っている。
今では特に、私のことを信頼してくれている大切な部下も居るからな。 抜けられないさ」
男は眉を下げ、しばらく黙った後「そっか」と言った。
何故、私はこいつにこんな話をしてしまったのだろうか。 こんなことを聞いたって困るだけではないか。
こいつは本来、私とは全く関係のない――
ボサボサ頭「でも、じゃあ、この旅の間だけでもそういうの忘れて、一緒に楽しもう」
―― 一緒に楽しむ、か。 無関係などではない、こいつは立派な「友人」ではないか。
きっと、どんな事があってもこいつと居れば、私は楽しく感じられるだろうな、と思った。
304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:12:45.81 ID:HLdAiRjk0 [108/212]
旦
しばらくの会話の後、明日に備えてそろそろ寝るかと提案した。
もちろん性的な意味ではなく。 本当はそうであってほしいけれども。
クジを引いた結果、俺が先に見張りをすることになった。
彼女が言ったように一人旅では自分を守るものは自分しかないので
獣や盗賊に襲われやすい夜などは、おちおち寝てもいられない。
その点二人旅は交代すれば、時間は少なくともぐっすり眠ることが出来る。
尤も一人旅に慣れきってしまった俺は――恐らく彼女も、熟睡は出来ないと思うが。
木に背を預け剣を抱いている彼女も、目は閉じているものの起きているに違いない。
305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:19:17.07 ID:HLdAiRjk0 [109/212]
今日の彼女は珍しく自身についてを語ってくれた。 そして俺を信頼していると言っていた。
どちらも大変喜ばしいことである。 やっぱり今が人生のピークだ。
いやその話ではなく。
なんというか、騎士という職業は俺が想像していたよりも面倒くさそうであった。
辞める事すら許されないとは俺が一番嫌なタイプの仕事ではないか。
……いや、彼女だから、か。 彼女はかなり腕の立つ人物であるから他の兵団に入られることは避けたい。
また自身は語らなかったが、彼女はその容貌から市民から絶大なる人気を誇り、団のイメージアップにも繋がる。
しかし平民出身の女性である彼女を隊長などという高い地位に就けては他の平民出身の兵士がつけあがり
代々貴族の家柄が後を継いでいくという正規軍の威厳を損なうことにもなる。
また、旅に出たくなった理由は他にあると言った。
きっと彼女は、俺のような平民には想像のつかない様な しがらみの中で生きているのだろう。
「そういうのを忘れて旅を楽しもう」と言ったは良いが、俺に彼女を楽しませる――
いやせめて、気を紛らわすような力があるのだろうか。
ようやく聞こえてきた彼女の寝息に耳を澄ませながら、考えた。
306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[7/10] 投稿日:2010/09/15(水) 13:24:06.78 ID:HLdAiRjk0 [110/212]
それから何日も経ったが、彼女と俺の距離は相変わらず「友人」から一歩進めない。
いや、彼女からしてみればそれですらなく、まだ「酒飲み仲間」「依頼主と傭兵」かもしれないが。
本来、疲れた彼女の心を癒すというのが目的の旅であったのだが、
逆に俺ばっかりが気を遣わせて、しかも癒されているような気がする。
歩くときは常に俺の広くなってしまった死角に居てくれるし、
見張りが終わって俺が起こすときは子猫のように目を擦って超絶可愛いし、
逆に彼女が俺を起こすときは、彼女が直に俺の肩をぽんぽんと叩いてくれるのだ!
まさに至福のときであった。
310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:30:44.53 ID:HLdAiRjk0 [111/212]
彼女に訊いたところ、旅は原則として戦で召集がかけられるまでは続けられる、だそうだ。
しかし「遊歴」として宮廷から出ている間は給料が与えられないので長期に亘ってそれを志願した前例がなく、
また、あまりにも顔を出さなければ いくら忌み嫌われていようと「アイツは何をサボっているんだ」と
お偉いさんからの評価が更に悪くなってしまう、ということで上限は半年から一年ほどだそうだ。
尤もそれは「遊歴」の期限であって、彼女が俺と旅を続けてくれる時間の話ではない。
途中で飽きてしまえば、俺とはサヨナラバイバイすることだってできるのだ。
今のように何の目的もなく旅を続けていては必ず飽きてしまう。
せめて一箇所でも行きたいと思える場所があればいいのだが――
312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:36:12.94 ID:HLdAiRjk0 [112/212]
ある町の宿、ベッドの上に胡座をかいて考える。
なお宿はツインでなくシングルを二部屋借りることにしている。
残念と思う反面、息子の戒めは遠慮なく行えるので少しありがたい。
長年愛用してきた地図を広げる。
まず、彼女は各地に点在する軍の駐屯地には近付きたくはないだろう。
また、俺は今更気まずいという理由で実家には絶対に近寄りたくない。
と、すれば。
地図の、ある町をてんてんと指す。 ママの町はどうだろうか。
あそこならば、今の時期はリンゴが採れるしまた焼きリンゴを食べることが出来る。
彼女はきっと喜んでくれるし、俺も一度食べてみたいと思っていた。
よし、そうと決まればさっさと彼女に報告して明日出発しよう。
316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:42:55.58 ID:HLdAiRjk0 [113/212]
旦
男が提示した町は去年の旅で寄ったことのある場所だった。
行った事があるのなら再度訪れる必要は無い、と言うところだが、
確かその町はあの焼きリンゴを食べた町だったため、断ることができなかった。
いや、むしろあっちから提示してくれて有難いとすら思った。
私が提案した場合、理由を訊かれては困る。 「焼きリンゴを食べたいから」などと言えるものか!
なんでも、こいつの知り合いが居るとかなんとか。
知り合い。 男だろうか。 女だろうか。
……いやいや、相手の性別など何故私が考えるのだ。
関係ないだろうに。
318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:48:47.71 ID:HLdAiRjk0 [114/212]
旦
今いる町からママの町までは結構な距離があったため、
翌日 例の商業町に寄るという旅商人に馬車に同乗させてくれと頼んだ。
自分たちの食費は(彼女が)出すし、俺は傭兵だから用心棒ぐらいにはなると説明すると
「旅は道連れ世は情けって言うしなぁ」と、渋々ながら承諾してくれた。
商人夫婦と七歳と五歳の兄妹、そして使用人が二人の計六人キャラバンで、
馬車は三台ある。 扱う品物は薬草から生活雑貨までいろいろと揃えているようだ。
それだけの馬を維持できるのなら、かなり儲かっているに違いない。
二台は商品がぎっしり詰められているため、
俺たちは一家と共に日用品等が積んである車に乗せてもらうことになった。
319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:55:23.05 ID:HLdAiRjk0 [115/212]
母親と兄妹の向かいに彼女と俺が隣り合って座っている。
兄妹は最初剣に興味を示していたが母親に危険だと一喝され、次は俺の目に興味を示した。
兄「にーちゃん目がないんだね」
妹「ね。 いたくないの?」
俺「痛くないよ。 こんな傷は傭兵の勲章ってんだ、格好良いだろ」
兄「なんかよく分かんないけどカッコイイ!」
彼女「ふん、逃げる途中に刺されてか」
兄「えっ逃げたの?」
妹「カッコわる~い」
俺「なんてことを!」
320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 13:56:45.34 ID:HLdAiRjk0 [116/212]
兄妹は眼帯をめくったり、無くなった目の部分をつついてみたり、
眼帯を自分につけて遊んだりした。 おい少しでも傷つけたらケツ叩くぞ糞餓鬼共!!
……などと、彼女の前で大人気ないことも言えない。
母親が馬車で はしゃぐなと注意しても、静かになるのはほんの一瞬だけである。
父親「兄ちゃんが傭兵なのは分かったけどよ、
姉ちゃんは何やってんだ? まさか同じ傭兵ってわけでも無ぇだろ」
確かに傭兵ではないが、騎士だと答えることもできないだろう。
彼女は少し考えてから「貴族だ」と言った。 夫婦は驚いた様子である。
彼女「と言っても、地方貴族でそんな金や権力があるわけではない。
今は家出中のようなもので、用心棒として傭兵のこいつを雇っている」
父親は「ふーん」と納得したようだ。
まぁ、家出中というのもあながち間違いではない。
321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:00:10.41 ID:HLdAiRjk0 [117/212]
日が落ちてくると馬を止めて野営の準備を始めた。
兄妹はせっせと仲良く枝を集め、手伝いをしている。 微笑ましい。
夕食はパンとチーズと、肉と野菜の煮付け、酒であった。 子供はそれを水で割る。
また、肉は我々が提供したものである。
食事が終わると寝るまでの間各自の時間を過ごす。
父親は使用人と明日進むルートを確認し、母親は妹に地面を使って字の読み方を教える。
彼女は剣の手入れをしていて、俺はそれを見つつ同じく剣の手入れをする。
兄「ねーちゃん」
彼女に話しかけた。 彼女は顔を上げ「剣は貸さんぞ」と腰に収めた。
兄は「そうじゃなくって」と言い、んふふふふと不敵な笑みを浮かべた。 そして
兄「おっぱい攻撃ーっ!!!」
彼女の両のむむむむむ胸を揉みやがった!!!!
327 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:13:07.98 ID:HLdAiRjk0 [118/212]
俺「こンの糞餓鬼ィィイイイイ!!!!」
背中をむんずと掴み彼女から引き剥がす。
この餓鬼揉みやがった!! 幾度となくチャンスがあった俺すらしなかった乳を揉みやがった!!
この糞餓鬼め!! うらやまけしからん俺にも揉ませろ畜生ォォオオオ!!!
兄「んだよ良いだろー! にーちゃんだってもんでるんだろー?」
俺「やるかッ!!」
やりたいわ!!
彼女のペターンオパーイを指でつつーってして後ろから揉みしだきたいわ!!
兄「でもそんなにやわらかくなかtt」
俺「黙れ耕すぞ!!!!」
329 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:18:38.13 ID:HLdAiRjk0 [119/212]
彼女「おい、そろそろ放してやれ。 所詮子供のイタズラだろう」
優しすぎる。 これが子供の特権という奴か、俺も子供に戻りたい。
しかしそんな考えは「二度目は無いが、な」という彼女の発言によって撤回された。
笑っていない目はマイサンをキュッとさせた。 しかし何故だろうドキドキする!
兄「んだよー、母ちゃんなら夜父ちゃんがやっても怒らないのにさー」
母親「ち、ちょっと!!」
父親「おいこら!!!」
夫婦の赤裸々話には俺も彼女も使用人も苦笑いするしかない。
妹は頭に「?」を浮かべ、兄の頭には拳骨によるたんこぶが盛り上がった。
330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:24:11.54 ID:HLdAiRjk0 [120/212]
夜はさらに更け、静かになる。 酒を飲みながらちらりと彼女を見ると、
ある一点をぼーっと見つめていた。 その視線の先を追ってみる。
そこには、母親が肌蹴た毛布を兄妹に優しくかけてやる姿があった。
彼女「……家族、か」
ぽつりと呟いた。 そう言えば、去年の旅の中でも彼女はぼーっとしている時があった。
確かあれは広場で、あの時も仲良く遊ぶ家族の姿があったような気がする。
彼女は奴隷出身だと言った。
もしかしたら、親の温もりも覚えていないうちに離れ離れになってしまったのかもしれない。
だとしたら、こんな光景は見ていて羨ましいだろうな、と思う。
切なげな彼女の目を見て、後ろから抱きしめてやりたいなぁと思った。
もちろんそんなことをしても多分鉄拳が飛んでくるだけである。
334 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:52:05.43 ID:HLdAiRjk0 [121/212]
翌日、馬を走らせ車内で会話をしていると、失明によって更に高性能になった俺の耳が不審な音を捉えた。
急いで荷台の後部に行き、カバーの隙間から、今通ってきた道を見る。
彼女「どうした」
俺「このキャラバン以外の蹄音が聴こえた気が」
「そんな馬鹿な」と言いつつも、彼女も揃って隙間から後ろを見る。 と、先ほど超えた丘の下から
五つの影が現れた。 それらは左右に散らばり、手には光るものが見える。 恐らく、武器。
俺「親父さん、多分盗賊が近付いている」
父親「何ィ!? に、逃げるかっ!?」
俺「いやこの物量じゃ逃げられん、それに下手に逃げると品物や馬が撃たれる」
父親「じゃあどうしろってんだ!」
336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:52:49.29 ID:HLdAiRjk0 [122/212]
父親が使用人に馬を止めるよう合図を送ると、三台の馬車はゆっくりと止まった。
そして間もなくして盗賊の乗った馬がやってきて、馬車を前後左右から囲んだ。
頭目と思われる人物が父親に近付く。
頭目「大人しく荷物を捨てるか。 良い判断だな」
父親「品物はくれてやる。 だから家族には手を出すな」
頭目「そうだな。 じゃあ……そこの女と後ろの二台を渡してくれりゃ、他は無傷で返してやるよ」
指名された彼女は黙ってゆっくりと立ち上がり、頭目に近付いた。
頭目「そうそういい子だ、大人しく――」
そして、頭目の髭だらけの頬に、唾を吐き出した。
俺も彼女に上から見下されて唾を吐きつけてほしいものである。
338 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:53:40.37 ID:HLdAiRjk0 [123/212]
頭目「……糞アマめ。 交渉決裂だ! 野郎共! 皆殺しにしてしまえ!!」
俺「応!!」
響いたのは俺の声だけである。
一つしかない返事、それも知らない声に頭目はぎょっとし、振り返る。
「あれ!?」と間抜けな声を出し、俺の横で伸びている四人の盗賊の姿を見て更に驚いた。
目線を俺に戻したのでにっこりと笑って「どうも」と言うと、
顔面蒼白になった頭目も「どうも」と口の端をヒクつかせて返した。
頭目「へへ、えっと、失礼しました!」
馬の両の腹を蹴り、頭目は四人の部下を置いて走り去っていった。
なんたる小物臭か。
340 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:55:06.21 ID:HLdAiRjk0 [124/212]
彼女「やけに静かだったから全員一撃で殺したものだと思っていたが、気絶しているだけか」
俺「まぁ、無垢な少年少女に血を見せるわけにもいかんだろうと思ってね」
彼女「器用な真似するのだな。 しかし生かしておいて大丈夫か?」
俺「ボウガンは壊したし、大丈夫じゃないかな」
彼女「随分とお優しいのだな。 いつか裏目に出るぞ」
俺「それは困った」
341 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:55:44.10 ID:HLdAiRjk0 [125/212]
気絶した四人を木に縛りつけ、それらの馬の手綱は近くの木に掛けておいた。
キャラバンに戻ると拍手で迎えられ、少々恥ずかしい気分になる。
また、その日の夕食では本来商品であるはずの高い酒が振舞われた。
父親「いやぁ助かった! 盗賊が来たって聞いてどうなることかと思ったぞ!」
俺「用心棒として仕事しただけなんだけどね」
母親「んー、護衛の途中でなければ正式に雇いたいところだったわ」
父親「なぁ。 姉ちゃん、良い傭兵雇ったなぁおい!」
彼女「え、あ、う、うむ、こいつは有能な傭兵だ」
……傭兵、かぁ。 彼女に有能と思われているのは非常に喜ばしいことなんだが、
やっぱり俺の評価は「傭兵」から動くことはないんだろうな。
343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:58:32.08 ID:HLdAiRjk0 [126/212]
旦
夕食の後の自由時間、ボサボサの頭をした男は兄の相手をしていた。
盗賊をあしらってから兄のあいつに対する眼差しは尊敬のものへと変わり、勝手に「師匠」と呼んでいた。
兄「ししょーすっげーカッコよかった! ねぇアレどうやんの!?」
ボサボサ頭「どうやんのってなぁ。 説明すんのか?」
盗賊団の頭目が父親に近付いた瞬間、男はこっそりと荷台の後ろから出る。
私は頭目と話し、時間を稼いでいる間に雑魚共を片付ける、という段取りだった。
しかし時間稼ぎが必要でなくなるほどに、あいつは手早く四人を倒した。 殺しもせず、音も出さず。
「音も出さず」と言えば、あいつと共に歩いているときにいつも思っていることがあった。
足音が異様に静かなのである。 あいつが私の後ろを歩いた時、本当に付いて来ているのかと疑うほどに。
無論戦場において相手に行動を察知されないよう足音を極力出さないようにすることはある。 私もそうだ。
しかしだからと言って、人間がここまで静かに行動できるものなのだろうか。
345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 14:59:52.88 ID:HLdAiRjk0 [127/212]
以前酒を飲みながら聞いた話では、あいつは
「ずっとぶらぶら旅して好きなように生きたいけど、それでは食うに困るから春夏は頑張って働く、
秋は食べ物が美味しいから食べ歩き、冬は寒いから金があれば働かない。 実質働いてるのは半年程度」
だそうだ。 はたして傭兵如きの安月給で半年も働かないで済む程の蓄えができるのだろうか。
いや。 経験から言って、どんなに報奨金を貰おうとそれは無理だ。
あいつは、かなりの手練れである。 地方など給料のケチった戦に出るには勿体無いほどだ。
あれだけの腕があれば、もっと多く金が手に入る仕事があるはずだ。
例えば――暗殺、とか。
……ないな、それは。
「無駄な殺生は好まん」と言うばかりか恩人を斬ってしまったことを泣きそうなほど後悔するような男だ。
あいつに、そんなことができるとは思えない。
348 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:07:12.35 ID:HLdAiRjk0 [128/212]
妹の方が、母親の影からちらちらとボサボサ頭を見ていることに気付いた。
昨日まではもっと積極的におんぶだのだっこだのをせがんでいた様に思うが。
見ていると、私の視線に気付いたらしい母親が口を開いた。
母親「初恋の相手はパパでもお兄ちゃんでもなく、
傭兵のお兄さんだったみたいね。 格好良かったから仕方ないかな」
妹「なっなんで、そんなこと言うのーっ!」
妹は耳を真っ赤にして「ママのバカバカ」と小さな手で母親をポカポカと叩いた。
なんというか、これが微笑ましいというやつだろうか。
きっとこの五歳の少女は、あいつのことが好きなのだろう。
尤も私は、人を好きになったことがないので、それがどういう感情なのかは分からない。
分かろうとも思わない。 恋愛など、戦場で邪魔になるばかりではないか。
351 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:12:42.26 ID:HLdAiRjk0 [129/212]
旦
その後は何事もなく順調に進み、一週間程で商業の町に着くことができた。
夫婦と使用人二人と握手を交わし、たまに遊びに来てくれと言われた。
どうやら彼らはこの町一の大商人の跡取りらしく、今はすぐに発つものの冬はここで過ごしているらしい。
兄「オレオレ! ぜってーししょーみたいに強いヨーヘーになる!」
俺「やめとけやめとけ、ロクな金貰えなくて食うに困るぞ」
兄「じゃあ騎士! かっちょいい騎士になる!」
彼女「それもやめておけ」
口を尖らせ「なんでだよぉ」と文句を言う兄の頭にぽんぽんと手を乗せ、
彼女「大人しく家業を継げ。 強くなったら、それで家族を守ってやれ」
目はとても優しく、そしてどこか切なげであった。
俺は耳が痛い。 戦にはご縁のない俺の故郷では家業を継ぐのは長男の役目であるためだ。
353 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:18:02.04 ID:HLdAiRjk0 [130/212]
別れの挨拶も終え、さぁ行こうかという時に足がずっしりと重くなった。
見てみると、俺の左脚には目を赤くした妹がぎゅっとしがみ付いていた。
「あらあら」と母親が苦笑いする。
母親「ほら、お兄さん困ってるでしょ? バイバイしなきゃ」
脚から引き剥がされた妹の目には大粒の涙が溜まり、顔はくしゃくしゃになっている。
どうしたもんかなと目線の高さを合わせるために しゃがみこむと、いきなり飛びついてきた。
そして選りにも選って彼女の目の前で、俺のほっぺにちゅーをしたのである。
唖然としていると、五歳の少し増せた少女はさっと放れ、そしてぱたぱたと母親の場所まで走った。
妹「ばいばい!!」
賑やかな町が一瞬静まるほどの大きな声で叫び、腕がもげるのではないかと思えるほどに大きく手を振った。
遠く離れ、人混みに紛れても、少女は小さな手を振り続けた。
361 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[8/10] 投稿日:2010/09/15(水) 15:30:28.67 ID:HLdAiRjk0 [131/212]
宿にて一泊し、朝、この町を出発した。
ママの店のある町までは、雨さえ降らなければ五日程で行くことができるだろうか。
「行きはよいよい帰りは辛い」と言った感じで、この町から行くには最短ルートでも少々時間がかかる。
彼女「確かお前はここで倒れていたな」
途中でからかわれる。 彼女とその部下を傷つけたことを未だにずるずると引きずっている俺にとって
それは冗談になっておらず、思わず顔を顰めてしまう。 その様子を見て、彼女はくすくすと笑った。
なんとなくだが、彼女の笑顔は最初よりも柔らかくなったような気がする。
特にあの家族と接してから――……つまりは、俺の力ではないわけだ。
362 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:32:38.58 ID:HLdAiRjk0 [132/212]
全くの二人きりというのは久々のことであった。
今は馬の蹄音も貨車の音も、兄妹の喧嘩声や歌い声も何も聞こえない。
森が風によってざわめく音と野生生物の蠢く音、
そして右後ろからの彼女の静かな足音だけが俺の耳に届いた。 少し、緊張する。
そんな沈黙を破ったのは再び彼女である。
彼女「……あそこで倒れていたということは、この道を通って、その途中クマに襲われたのだな」
俺「そうなるね」
彼女「私も去年この道を通って、さっきの町に行った。 着いたのはお前が倒れていた日と同じ日だ」
俺「へ、へぇ~」
彼女「つまりは、お前は私のすぐ後ろを歩いていたことになる」
363 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:35:51.12 ID:HLdAiRjk0 [133/212]
ひやり、と汗をかく。
俺から彼女の姿は見えないが、視線だけは感じる。
素足でイラガの幼虫を踏んでしまったかのように、ぢくぢくと背中を突き刺す。
しまった、話のネタにと思って喋ったが、それではいつどこを通ったのか教えているようなものではないか。
もしやこんなところで後を尾行けていたことがばれるのではないか。 おいおいおいやばいよやばいよ!
俺「ぐぐぐ偶然だね!」
彼女「偶然か?」
俺「偶然! 偶然!!」
彼女「その後戦場でも会ってるんだ。 偶然にしては出来すぎていないか」
俺「それは本当に偶然だから!」
彼女「『それは』?」
のおおおおおおおおおおおおおおおおお
366 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:39:06.06 ID:HLdAiRjk0 [134/212]
俺「……と、とにかく、本当に偶然だ!」
彼女「偶然なぁ」
俺「いいいくつかの偶然が重なるとそれが必然だと思ってしまう傾向は人間の悪い癖だと思います」
彼女「む……なら、本当に偶然なのか? それにしてはやけに不自然な否定だが」
俺「いやだって、……俺がずっと後付けてたみたいに思われるのは……」
彼女「確かにそのように思われるのはいい気がしないな」
俺「そ、そうそう」
彼女「そうか。 すまんな、お前を信用していると言いつつストーカーまがいの事をしていたのではと疑った」
俺「はははやるわけないない」
彼女「もし本当にやっていたとしたら軽蔑しかしないな」
おれ に 9999 の せいしん てき ダメージ! ▼
369 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:42:04.93 ID:HLdAiRjk0 [135/212]
旦
「いくつかの偶然が重なるとそれが必然だと思ってしまう」というあいつの言葉には心当たりがあった。
半年ほど前、兄王子――陛下からの信頼も厚く、すでに国の一部の統治を
任せられており別の場所で暮らしている――が、宮廷に訪れていたときである。
下女「聞いてくださいよ! 本日殿下が……無能じゃないほうの殿下がいらしているのですけど!
なんと、五回! 五回も廊下ですれ違っちゃったんです! しかも三回、目が合ったんですよ!」
私「それは偶然だったな」
下女「偶然なんかじゃないんです! そんなに偶然が重なるわけがないんです!
限られた時間の中であんなに目が合っちゃったら、もう偶然なわけがないんです!
きっと私と兄殿下は運命の赤い糸で結ばれちゃっているんです! きゃーどうしましょう騎士様!」
妄想もいいところである。
372 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:47:20.32 ID:HLdAiRjk0 [136/212]
ただ偶然同じ場所を通り、ただ偶然目が合った、それも一方的な勘違いかもしれないというのに、
たったそれだけで、それが運命の仕業だという下女を酷く馬鹿にした覚えがある。
多分、同じようなものだろう。
そう、ただ単に偶然が重なっただけではないか。 偶然同じ時期に同じ道を通っただけだ。
それだけで私の後をついてきたのではないかと考えるのは自意識過剰というものだ。
足音はおいておくとして、尾行する者特有の視線だって全く無かった。
第一あいつには私を追う理由などないではないか。
戦場でも、酔いつぶれた時も、私に何もしなかったのだから。
374 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:50:00.89 ID:HLdAiRjk0 [137/212]
日が暮れると小さな洞穴の入り口に火を焚き、質素な夕食を済ます。
限られた食料を取り合って喧嘩する声も聞こえたりはぜず、とても静かなものだった。
ボサボサの頭をした男が荷物を探り「デザート」と言ってまたリンゴを放り投げた。
食料は一緒に買って回ったはずだが、リンゴを買った覚えは無い。
私「いつの間に買ったんだ」
ボサボサ頭「肉を吟味している間にちょろりと。 金は俺のだから安心して」
私「何故、リンゴなんだ」
ボサボサ頭「今の時期美味いし、安いからね」
こいつ本当は、私の好物がリンゴであることを知っているのではないか。
齧り付くと、口の中で甘く少し酸っぱい果汁がじゅわりと染み出た。 やはり、美味い。
376 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:53:13.81 ID:HLdAiRjk0 [138/212]
翌日、翌々日もひたすら歩き続けた。 去年のように雨が降ることはなさそうでなによりである。
ボサボサの頭をした男はこの道をよく通るらしく、この数日も全く地図を見もせずすいすいと進んでいく。
ならば何故今更クマになど襲われたという話になる。 「運悪くしっぽ踏んだんだよ」 馬鹿か。
近道もいくつか知っているらしく、少々険しい道も歩いた。
私が歩けると言ったから通っている道なのに、なにかと手を貸してくれようとしている。
実際無理しているところなどないので「助けなどいらん」と出された手を払いのける。
眉を下げる仕草は、相変わらず眼帯には似合わない。
378 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:54:50.01 ID:HLdAiRjk0 [139/212]
昔女に振られた理由について話しながら小さな川の側を歩いていた時である。
突然、目の前の男が立ち止まった。 その肩に私の鼻がぶつかりそうになる。
文句を言おうとすると、男は閉じた口の前に立てた人差し指を運んだ。
「静かに」という合図である。
こいつは耳がいい。
いつか馬車に乗っていたときも後ろから迫る盗賊の蹄音に気付いたほどである。
今回も何者かの気配がしたのだろう。 ……まさかクマが現れた訳でもあるまい。
ボサボサ頭「……ちょっと、多いかも」
380 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:57:03.94 ID:HLdAiRjk0 [140/212]
言った瞬間、背後でガサリと茂みが揺れる大きな音がした。
私とボサボサ頭の視線はそこに奪われる。 先には武器を持った者。
と、一瞬私の視界の端――男の死角で、何かがきらりと光った。
まさか。
男を突き飛ばす。
バン、という音と共に放たれた矢は、また、私の肩を射た。
ボウガンを持った男は舌打ちをし、そして逃げていく。
ボサボサ頭が私の名を叫ぶ。
382 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:58:41.16 ID:HLdAiRjk0 [141/212]
私「大事無い、さっさと追え!!」
ボサボサ頭「……ッ すぐ戻る!!」
ボウガンの男を追い、私は残される。
刺さった矢を抜こうとすると、またガサリと音がして三人の男が現れた。
手には、剣を持っている。
私「……いいだろう、丁度腕が鈍っていたところだ」
思わず笑みがこぼれた。
久しぶりに剣を抜く。
384 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 15:59:19.59 ID:HLdAiRjk0 [142/212]
旦
木々を掻き分け雑魚の首を飛ばしボウガンを放った男を追う。
あいつの走り方は少々おかしい。 裾に隠れているが、もしやあれは――
崖に追い詰めると、相手は動きを止めこちらに振り返った。
その顔には見覚えがあった。
弓兵「よぉ」
かつての戦場で、同じ傭兵として雇われていた――
そして、決闘の途中にボウガンを放ち、彼女の左脚に命中させた男。
俺「なんのつもりだ」
弓兵「そりゃこっちの台詞だよなァ?」
387 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:01:35.95 ID:HLdAiRjk0 [143/212]
弓兵「テメェの為を思ってあの女隊長を撃った! しかしどうだ、テメェはその恩を仇で返しやがった。
おかげで碌な飯にもありつけやしねぇ! こんな片脚無ぇカタワなんか誰も雇いたくねえってよ!!」
弓兵「しかもだ! やっと見つけたテメェは、あの女隊長と仲良くしてやがるじゃねえかよ!
一緒に落ちた場所でヤって仲良くなったのか? そんなことでオレの人生めちゃくちゃにされたのか!?」
俺「お前の人生なんか知るかお前の存在価値なんか彼女に比べればシラミ以下だ」
弓兵「一々ムカつく野郎だな。 ……まぁ良い! テメェを殺すつもりだったが、
あの女がそんなに大事だってんならむしろ外して正解だったみたいだな!」
俺「どういう意味だ」
弓兵「あの矢には毒がたっぷりと塗ってあった! テメェは一生悔やんで死ね!!」
393 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:06:41.58 ID:HLdAiRjk0 [144/212]
弓兵の左の義足を叩き折り、マウントポジションをとる。
首元につきつけた剣は既に薄い皮膚を切り血を滴らせていた。
俺「解毒剤を出せ今すぐだそうすれば楽に殺してやる」
弓兵「んなもん無えよ!! 毒はヘビのもんだ、一度食らったら必ず死n」
手首を捻ると弓兵の首からは汚い血が噴き出した。
役立たずに興味はない。
立ち上がり、彼女の元へ急いで戻る。
俺「……俺の、せいじゃないか! くそ……!!」
398 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:09:47.70 ID:HLdAiRjk0 [145/212]
彼女の名を呼ぶ。 彼女の名を叫ぶ。
返事は無い。
地面に剣が突き刺さっているのが見えた。
近付いていくと、そこにはぐったりと木に凭れる彼女の姿があった。
再び彼女の名を呼ぶ。
返事は、ない。
彼女の手には、肩に刺さっていたであろう矢が握られている。
ここに来る前に、俺が斃した覚えの無い者の死体が五体転がっていた。
彼女はそれらを斃した後、矢を抜いたのだろう。 だとすれば、毒はもう全身に――
402 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:14:24.04 ID:HLdAiRjk0 [146/212]
膝から崩れ落ち、うなだれる。
俺のせいだ。 俺のせいだ。 俺のせいで彼女は。
俺があの時、仕返しにとあいつの脚を切り落としたから。
俺があの時、あいつに僅かな情けをかけて生かしておいたから。
彼女の言うとおり、裏目に出た。
聴覚の妨げとなる小川の側を歩いて足音に気付くのが遅れたのは俺ではないか。
目の前の敵に惑わされて死角の敵に気付けなかったのは俺ではないか。
俺は、彼女の護衛をするためにこの旅をしているのではないのか。
何が護衛だ、守られているのは自分ではないか!
そればかりか、守るべき人を死に至らしめてしまったではないか!!
407 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:19:16.04 ID:HLdAiRjk0 [147/212]
彼女に対する恩をまた仇で――しかも最悪な形で、返してしまった。
もう、俺は、死を以ってその罪を償うしかない。
短剣を抜き、自らの首に構える。 今はもう、迷いは無い。
ぐっと力を込める。
こつん。
何かが頭に当たる感触がした。
枝だろうか、木の実だろうか。 顔を上げてみる。 と。
彼女「何を、やっているんだ」
彼女の手は拳骨。 どうやらそれに叩かれたらしい。
しばらく見つめ合ってから、
俺「ぎゃぁああああぁあ生き返ってるうぅぅうううううっ!!?」
彼女「勝手に殺すな!」
413 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:28:23.62 ID:HLdAiRjk0 [148/212]
彼女は毒にやられて死んでいた、のではなく、単に休んでいただけなようだ。
ヘビ毒による症状――激痛や腫れの広がり、頭痛や吐き気などは認められないとのこと。
あの弓兵がヘビ毒と騙されて偽物を掴まされたという結論に至った。 考えてみれば、
収入の無くなった傭兵如きに致死性の高い毒薬などが買えるわけが無いのだ。
彼女「ただな。 ……血が、止まらん」
俺「……そういうことは早く言ってくれ!」
彼女を抱きかかえ、近くの洞窟まで運ぶことにした。
彼女「は、放せっ! 自分で歩けるっ!」
今回ばかりは言うことを聞けない。 血が止まらないのに歩いては出血量を増やすだけである。
図々しくもこんなことをして彼女に嫌われてしまうかもしれないが、彼女の命には代えられない。
しかしこの、嫌がるような、少し恥ずかしがるような彼女のこの顔、非常にかわいいです。
痛みが少ないこと、血が止まらないことから、矢に塗られていたのは
ヒルの唾液に近いものではないかと考えられる。 直接死に至ることはないものの、
治らない傷口から良からぬ病原菌が入り込んでしまう恐れがあるため処置は急いだ方がいいだろう。
416 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:34:01.18 ID:HLdAiRjk0 [149/212]
ある程度の広さのある洞穴を発見し、彼女をそこで降ろした。
彼女「すまん、重くなかったか」
俺「鎧着込んだ状態と比べると空気運ぶようなもんだったよ」
彼女「む……す、すまん」
目が覚めた瞬間斬りつけてきた去年と比べ、彼女も随分しおらしくなったなぁと思う。
あの時の頬の傷は深く、未だに消えていない。 良い記念だし傷の下に日付も彫っておこうか。
という冗談はさておき、とにかく彼女が前言ったように
俺をすっかり信頼してくれているようで、改めて思うが大変喜ばしいことである。
419 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:36:48.46 ID:HLdAiRjk0 [150/212]
さて問題が発生した。 否、発生することは分かっていた。
彼女の頼みにはことごとく「はい」としか返せないイエスマン・俺である。
もちろん「包帯巻くの、手伝ってくれるか」という頼みにもイエスマンは発動してしまったのである。
その頼み、つまりどういうことか。
「正当な理由があるのなら、裸を見せてもいい」 と、そ、そういうことだ。
……いや そういうことっていったいどういうことだってばよ!!
俺「いやちょっと考え直して欲しい! 包帯巻くってことは、
俺に、その、は、裸を見られてしまうってことだろ! いいのか俺に頼んで!」
彼女「お前は衛生兵に対しても裸を恥らえと言いたいのか?」
俺「ええええええ、あー……うーん……」
な、なるほど、今の俺は衛生兵扱いか。 俺がいるから仕方なく俺に頼んでいるだけか。
そうだね誰かがしなきゃいけないもんね俺が特別ってわけではないよね!!
423 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:39:52.33 ID:HLdAiRjk0 [151/212]
ただ一つ、現在ですら半勃起状態の愚息をもつ俺には彼女に言っておかなければいけないことがある。
俺「えっと非常に恥ずかしながら俺も一応男の端くれですので、いざというときは斬って下さって構いません」
彼女「え、あぁ……はは、そうか。 ……まぁ、大丈夫だろう」
大丈夫って。 何が大丈夫なんだ。 彼女が俺に絶大なる信頼をおいているということか?
それはそれで嬉しいのだが、かれこれ長い付き合いになる彼女の裸をまだ一度たりとも見ていない俺が
そのような期待に応えられるかどうかは正直わからない。 いつ息子が爆発するかも分からない。
ああくそう昨日抜いておけばよかったとか今更そんな後悔しても遅いのである。
彼女「包帯、用意できたらナイフも一緒に持ってきてくれ」
俺「ナイフ? まさか俺のn」
彼女「血でへばり付いて脱げない。 服を切る」
非常に残念ながら、包帯の準備はとっくに完了している。
生唾を飲み、深呼吸をする。 腹ァくくれ! さぁ、いざゆかん!!
425 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:42:02.26 ID:HLdAiRjk0 [152/212]
彼女の肌着姿ですら初めてな俺である。 肌着といっても女性らしくビスチェを着込んでいるわけが無く、
俺はもちろんのこと男が着るような、吸汗性を重視した綿100%のタンクトップであった。
ナイフを持った彼女はそれにビッと切れ込みを入れる。 そしてそのまま真っ直ぐ下におろし、
タンクトップの前面は二分される。 片方ずつ腕を抜き、彼女の上半身は露わになった。
しかし、俺の視線の先は彼女の控えめな乳房でも、鎖骨でも、へそでも、くびれでもなく――
鍛え上げられた身体にある、数え切れないほどの、傷であった。
彼女「だから、大丈夫だと言っただろう」
はっとした。
彼女「私が襲われ、脱がされても……大体、それで終わる」
ここで何かを言わなければならない。 何かをしなければならない。 それは分かっていたのだが。
結局、彼女の水の催促があるまで、何もすることができなかった。 最悪だ、俺。
427 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:43:42.89 ID:HLdAiRjk0 [153/212]
水をかけ、血を洗い流す。 傷に滲みるのか彼女は小さな声で呻いた。
矢が刺さっていたのは肩というより胸に近かった。 重要な部分を傷つけてはいなかったものの
防具を装備していなかったために案外深い部分にまで達していたらしく、出血量は多い。
こうやって診ている間にも血はどくどくと溢れ出た。
綺麗(であろう)布を重ね傷口にあてがい、少々きつめに包帯を巻いていく。
見てしまうのは彼女に失礼である事は分かっているのに、どうしても、傷に目がいってしまう。
メイスの類で背中をえぐられた痕、無数の矢傷の痕、肩から深くまで斬り込まれた痕、
背中にも腹部にもある、焼き鏝を押し付けられたような明らかに拷問によるものと思われる痕――
小さいものから大きなものまで、たくさんの消えそうにない傷が残っていた。
彼女「汚いだろ」
視線に気付いた彼女はぽつりと言った。 一瞬だけ包帯を巻く手を止めてしまった。
「そんなことはない」と言ったが、それでは説得力の欠片もない。
429 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:44:16.55 ID:HLdAiRjk0 [154/212]
彼女「気を遣わなくて良い、慣れているし気にしない」
俺「気なんか遣ってない。
……他の人がどう思っているのかは知らないけど、俺はこの身体が汚いとは思わない」
俺「確かに傷だらけで『綺麗』と言えるものではないかもしれないけど……
傷は戦士の勲章というか、一人の人間として頑張って生きてきた証みたいなものだ。
だから、俺はこれが汚いとなんか絶対思ったりしない。 むしろ、その、ええと……」
「魅力的だ」「美しいとすら思う」
言葉は思いつくのだが、喉の手前で閊えてしまう。
結局言いたかったことは言えずに包帯を巻き終え、
「また明日取り替える」という事務的なことしか伝えられなかった。
430 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:45:00.41 ID:HLdAiRjk0 [155/212]
いつの間にか外は暗くなり、秋の気温はどんどん下がっていく。
しかし残党が居るかもしれないという警戒もあり、火を熾すことはできない。
相手に居場所を教えることになる上、またボウガンで狙われたらひとたまりも無い。
彼女は包帯を巻き終えてからすぐ、半ば気絶するかのように眠りについた。
荒かった呼吸は安定してきているものの、失血による体温の低下は否むことが出来ない。
その上地面や石壁の冷たさは俺と彼女のマントごときで防げるとは思えない。
火を熾せない今、彼女の身体を温めるには――……
彼女と俺の現在の関係は「依頼主と傭兵」と、多分「信頼関係のある仲間」とか「友達」。
超えてはならない一線はあるが、彼女は今、寝ている。
「裸で温め合う」
ついに、繰り返された妄想を実践するときがきたのである。
436 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:48:42.31 ID:HLdAiRjk0 [156/212]
結論を言うと、やっぱりそれもできなかった。
臆病者とでも根性なしとでもなんとでも言えばいい。 俺は紳士でありたいのだ。
しかし彼女を温めるという行為をやめたわけではない。
後ろから、彼女を抱き寄せる。 これで一応は温かくなるはずだ。
俺の腕の中で、彼女は静かに寝息をたてている。 それは俺に確かな安心感を与えた。
先ほど見た、彼女の背中。 女性に相応しくない形容詞であるが、筋肉に覆われていたそれは逞しく見えた。
逞しいはずであるのに、今目の前にある背中は何故こんなにも小さく弱弱しく見えるのだろうか。
それは彼女が「女性」だからか。 それとも「彼女」だからだろうか。 それとも、傷だらけだったからだろうか。
少し触れただけでも壊れてしまいそうだった。
彼女の、愛しく小さな背中を抱きしめ、優しく、起こさないように、耳の裏にそっと口付けをした。
「友達」の一線、ちょっと越えてしまったなぁと、後ろの壁に頭をごんとぶつけた。
440 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 16:50:30.91 ID:HLdAiRjk0 [157/212]
何時間も彼女を抱きつつの見張りを続けていたが、彼女の様子を見る以外にすることがなかった。
残党を懸念してこうやって見張りをしていたわけだが、実は残党など居なかったのではないか。
だとしたら今の数時間非常に無駄な時間を過ごしたことになる。
いや彼女の寝息を聞いたり彼女の体温を感じたり彼女の髪の匂いを嗅いだりする時間が無駄なのではない。
むしろそんな状況で見張りが出来るということは幸せだと言っても過言ではない。
しかし、何の意味もなく警戒し続けるというのは精神的に、非常に疲れるのである。
その緊張の糸を緩めても良いのではないかと考えた。
こうやって彼女を温めることも重要だし出来れば続けていたいのだが
残党が居ないとなればその役目は焚き火に任せることも出来るし、俺には他にもしたいことがあった。
441 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:52:36.16 ID:HLdAiRjk0 [158/212]
俺「……ふぅ」
愚息のしつけの時間である。 二人旅となると、どうしてもこのような時間の確保は難しい。
しかし何故だろう、彼女をオカズにしたわけではないというのに彼女に対する罪悪感が半端ない。
その理由は、俺の手に握られている彼女の血に汚れたタンクトップが知っているに違いない。
その後は彼女の服を川で洗濯をしたり、湧き水を確保して蒸留したり、
栄養のある(主に貧血に良しとされる)野草を集めたり、剣にこびりついた血糊をふき取ったりと、
なんだかんだしている間に日が昇り始めた。
今日も天気がよさそうである。
今年はここを通る間に雨が降りそうになることもなく、心から良かったと思う。
445 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:54:07.33 ID:HLdAiRjk0 [159/212]
ナイフで無精髭を剃っていると、洞窟から彼女がもそっと這い出てきた。
四つん這いで、目はぼうっとしている。 こんなかわいい生物がこの世に存在して許されるのか!
そして、その出てきた彼女の第一声が
彼女「あれは、何かの儀式でもやっていたのか?」
俺「生贄の儀式を」
暖をとるため彼女の周りに小さな焚き火を燈したのだが、
それが規則的に並んでいたために面白がってその間に線を引いた。
絵本で見たような、いわゆる魔法陣のようなものである。
彼女「いい歳して何やっているんだ」
尤もな意見である。
446 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 16:55:37.06 ID:HLdAiRjk0 [160/212]
朝食を作っていたのだが、まだ出来上がっていなかったので先に包帯の交換をすることになった。
洞窟に戻ると目の前で彼女が脱ぎ始める。 どんなストリップ・ショウよりも俺を興奮させてしまう。
彼女は衛生兵をはじめとする、目的が治療である者の場合ならば目の前でも抵抗なく服を脱げるのだそうだ。
俺は恥ずかしいことこの上ない。 絶対にB地区とか直視できない。
そこらへんは視界に入れないように気をつけながら、包帯を解き傷口を見た。
完全にとは言えないが、血は止まってきているようだし ひとまず安心する。
尤も傷が塞がるまではまだ時間がかかりそうではあるが。
450 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[>>447傭兵の主観] 投稿日:2010/09/15(水) 16:57:20.36 ID:HLdAiRjk0 [161/212]
新しい当て布に交換し、また包帯を巻き直す。
後ろから巻いているため、彼女の両の脇から腕を通して包帯を左手から右手に受け渡すのだが
その瞬間俺の腕に、彼女の胸の、筋肉ではない部分に、そしてその先端に、触れそうになってしまう。
今こんなことを考えてしまうのは下劣で不純であることは重々承知なのだがこれは意識せざるを得ない。
少しでも手の位置を変えればダブルクリックの後揉みしだくことなど簡単にできてしまうのである。
そんな誘惑にも耐えられるのは俺が紳士であるからに他ならない。
俺ほどになれば彼女の髪をクンカクンカするだけで我慢することができるのだ。
昨日彼女は「身体を見れば萎える」ような事を言ったが、実際に萎えた奴居るのかよ。
こんな魅力的な身体を前にして萎えた糞野郎が居るのかよ! 馬鹿じゃねーのか!!
454 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 16:59:49.69 ID:HLdAiRjk0 [162/212]
「俺特製薬草スープ」が完成した。 椀によそい、彼女に手渡す。
瞬間、彼女は眉間に皺をよせた。 しばらく睨めっこをした後、恐る恐るスプーンで掬い、口に運ぶ。
彼女「……お前これ味見したか」
俺「はははもちろん。 する訳がない」
彼女「飲んでみろ。 生きた虫を噛締めた味がするぞ」
俺「お断る。 どんな味だよそれ。 あ、でもほら良薬口に苦しって言うし」
彼女「いい事を教えてやる毒薬もまた口に苦い!!」
俺「うわやめr…………ッ!! ッッ!!」
スープの入った椀を無理やり口につっこみ、俺に飲ませた。
顔が緑色に変色しかけた。 なんだこの味わ!! これが虫の味なのか!!
熱いわ不味いわ苦いわでとにかく大変だった。 豆とキノコがせめてもの救いである。
それでも、彼女はなんだかんだで具だけでも食べてくれた。
味はともかくとして、これは身体に良いに違いないから、とのこと。
もちろん俺も食べた。 彼女にだけ罰ゲームを与えるわけにはいかないからである。
460 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:03:02.02 ID:HLdAiRjk0 [163/212]
旦
賑やかな朝食を済ませてから、目的の町に足を向けた。
背負って行こうかと提案されたが丁重に却下させてもらった。
これ以上こいつに迷惑をかけたくはなかった。
こいつに迷惑をかけたくはなかった、のだが。
しばらく歩いて正午過ぎ、休憩をとってから、立ち上がることができなくなった。
吐き気がするほどの眩暈と発熱――朝は、なかったはずなのだが。
背負われ、近くの洞穴に運ばれた。
結局迷惑をかけてしまっているではないか。
馬鹿か、私は。
461 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:04:02.18 ID:HLdAiRjk0 [164/212]
目を閉じていると、突然額に冷たい感覚が走った。
驚いて見てみると、どうやら男が水でしぼった布を乗せてくれたようだ。
目の上に乗せる。 ひんやりとしていて、気持ちいい。
傷口から病原菌が入り、体内の抗体とそれらが絶賛奮闘中なための発熱ではないか
というのが男の考えであった。 解熱剤はあるが、それなら無理に飲まないほうがいい、とのこと。
私「……すまない、お前には迷惑をかけてばかりだ」
ボサボサ頭「なんで謝るんだ、俺が謝りたい位なのに。
俺の目さえあれば俺を庇って矢を受けることも今こうして苦しむこともなかった」
私「それでも……、すまない」
ボサボサ頭「……」
467 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:09:13.08 ID:HLdAiRjk0 [165/212]
ボサボサ頭「……包帯、どうしよう。 これ以上悪くなる前に、巻き直す?」
私「いや、大丈夫だ。 ……お前は私の身体に触れること、嫌がらないのか」
ボサボサ頭「嫌がる理由が見つからないけど」
私「そうか。 ……ふふ、私を脱がそうとした奴らは皆、
私を汚物のように見るというのに…… お前は、優しいのだな」
ボサボサ頭「汚b……酷い奴が居たもんだな」
私「そんなのばっかりだ。 傭兵も、貴族も、弟王子も」
ボサボサ頭「え、おっ、王子ィ!? 王子って国の? なんで……」
私「性欲の捌け口にするためだ」
ボサボサ頭「そうじゃない、そういうことは、王子だからって許されることなのか!?」
私「王子だから、だ。 それに強姦でもない。 契約の下での"和姦"だ」
ボサボサ頭「なっ――」
468 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:10:09.04 ID:HLdAiRjk0 [166/212]
私「騎士団を潰さない代わりに、大人しく所有物になると。 そういう契約だ」
ボサボサ頭「な、んだよ、それ……、そんな一方的なものが契約って言えるのかよ」
私「そんなもんだ。 ……結局、そこまでは至らなかったがな。
私の身体を見て、私の上から転げ落ちたんだ。 はは、滑稽だ、驚くあの姿、本当に滑稽だった!」
私「所詮、私は駒だ。 権力など無に等しい。 だから、身体を触られても、服を破られても、
化け物だと罵られても身体を蹴られても顔に唾を吐き掛けられても、何も、できないんだ」
私「……何も、できなかったんだ」
私「私の大切な部下達を、騎士団を盾にされて、何もできなかったんだ」
私「あんな屈辱を受けて、私は、あの糞生意気な餓鬼一人もこの手で殺してやることができなかったんだ!!」
469 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:11:01.69 ID:HLdAiRjk0 [167/212]
私「結局私は、権力の前じゃ何もできない! 私は弱い! 弱い自分が嫌で嫌で仕方ないッ!!」
私「本当に、本当にッ……嫌になった、だから、あの日、お前に……ッ」
私「……すまない、お前は、関係なかった、のに……、
自分勝、手な、私の我侭に、付き合わせて、迷惑、ばかりかけ、て……ッ」
私「すまない、すまない、本当に、すまない……」
溢れる涙は布に吸収されたが、嗚咽を隠すことはできなかった。
男は、何も言わない。 どんな顔をしているのか。 見ることも出来ない。
嫌われてしまったろうか。 しかしそれでもいい。
男が立ち上がる気配がした。 私の元を離れるのだろうか。
しかし、私が捉えたのは男が歩き去るものではなく、私の身体がふわりと浮き上がるような感覚だった。
471 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 17:12:04.67 ID:HLdAiRjk0 [168/212]
私「お、おい、何を……」
ボサボサ頭「町に向かう」
私「なら私を置いていけ、もう一緒に行動する必要なんか――うわっ」
ボサボサ頭「こんな汚い場所じゃ破傷風にもなりかねない。 ほら喋ると舌噛むぞ」
私を背負い、有無を言わさずとして走り出した。
辺りはそろそろ日が落ちてくる。 それなのに、私を背負ったまま町に向かおうというのか。
無茶な――
それでも私は、振り落とされないようにしがみ付いた。
薄れていく意識の中、こいつだけはもう手放したくないとひたすらに願い続けた。
473 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[ちょっと休憩する] 投稿日:2010/09/15(水) 17:15:05.48 ID:HLdAiRjk0 [169/212]
499 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:45:05.48 ID:HLdAiRjk0 [170/212]
ここで誤爆をするのがいつもの俺
しかし今日の俺はそんなヘマはしないぜ
あとほんのちょっとだけど、お付き合い願う
500 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[9/10] 投稿日:2010/09/15(水) 17:46:42.55 ID:HLdAiRjk0 [171/212]
懐かしい温かさに目が覚めると、見覚えの無い部屋だった。
額には濡れた布が乗せられており、それは既にぬるくなっていた。
重い上体を起こす。 と、丁度その時部屋のドアが開かれた。
「あら」と言って現れたのは、あの酒場の、若き女店主であった。
女主人「目、覚めたみたいね」
町には、着いたらしい。
ここは彼女の店の二階の生活スペースで、この部屋は余っていたのだという。
何故、病院でも宿屋でもないのだろうか。
505 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:48:46.96 ID:HLdAiRjk0 [172/212]
私「……あいつは」
女主人「あいつ? ああ、自分の部屋で寝てるわよ」
私「自分の部屋? ここにあいつの部屋があるのか」
女主人「そ。 この町に居る時はそこに泊まってるわね、十年ぐらい前から」
知り合いが居ると言われてこの町に来た。 その知り合いというのが恐らく彼女の事だろう。
見た目からして30代といったところだろうか。 左目の泣き黒子が印象的な、美しい女性。
あいつとは十年来の仲だという。 この家にはあいつの部屋もある。
歳は少し離れているが、この女主人はあいつの、……恋人、なのだろうか。
506 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:50:49.29 ID:HLdAiRjk0 [173/212]
女主人「で。 貴女は、どういう関係なの? 一緒に旅をしているようだけど」
私「……ただの、旅の護衛として……傭兵として、あいつを雇っていただけだ」
女主人「護衛ね。 それにしては貴女の方が怪我してるみたいだけど。 役立たずなんじゃない?」
私「そんなことはない! あいつは私の為に何でもしてくれた、あいつはいつでも――」
女主人「あら。 ふふ、貴女、あの子のことを好きになったの?」
私「な、何を言う!! あ、貴女は、あいつの恋人ではないのかっ!! そんな事を言って、」
女主人「恋人ぉ?」
きょとん、とした。 しばらく黙った後、急に吹き出し、そして大笑いした。
なんだ、私は何か可笑しなことでも言ったのか? 恋人ではないのか? じゃあ一体なんだと言うのだ。
女主人「ごめんなさいね、あたしのこれ、女装なのよぉ」
言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
理解したところで「はぁ!?」という驚きの声しかでなかった。
女装主人「あーおっかしい、まさかあの子の恋人と間違われる日がくるなんて夢にも思わなかった!」
508 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:52:29.73 ID:HLdAiRjk0 [174/212]
女装主人「ま、恋人ではないから遠慮なく話してね。 あの子の事、好きなの?」
私「…………分からない」
女装主人「分からない?」
私「恋愛沙汰にはむしろ批判的で、経験がなかった。
人を好きになるということが、どういう感情なのか……分からないんだ」
女装主人「そう、じゃあ……貴女は、あの子の事をどう思っているの?
難しく考える必要はないわ。 思いついた言葉を言うだけでいいの」
私「どう、思っているか……」
私「……最初は、憎たらしいとしか、思っていなかったんだ」
私「それが何度か会ううちに、あいつと話すと気が楽になると気付いた。
それだけだと思っていたんだが。 半年ほど、会えなくなる時期があった。
たった半年なのに、会えないだけで、私の心にはぽっかりと穴が空いたような感じがした」
私「多分寂しかったんだ。 だから久しぶりに会ったときは、とても嬉しかった」
509 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:53:25.55 ID:HLdAiRjk0 [175/212]
私「あいつは優しすぎる。 どんなに迷惑をかけても笑ってくれる。
私の傷だらけの身体を見ても『汚くない』と言ってくれた。 嘘でも、嬉しかった」
私「私は、あいつと居るだけで楽しいし、心も満たされるような気持ちになれる」
私「私は、あいつから、離れたくない」
女装主人「……その想いを、あの子に言ったことは?」
私「言えるわけがない。 あいつにとって私は『友人』で『依頼主』だ。
そんな事を言ってしまって、この関係すら壊れてしまうのが、……怖いんだ」
女装主人「……そう」
女装主人「貴女はあの子の事が好きなのね。 それも、どうしようもないぐらいに」
511 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:54:22.75 ID:HLdAiRjk0 [176/212]
「後で薬、持って来るから」と言って女装した店の主人はこの部屋を出て行った。
取り残された私はベッドの上で一人、丸くなる。
……私は、あいつの事が、好きらしい。
そうか、好きだったのか。 私はずっと、あいつの事が好きだったのか。
あいつの事を考えるだけで心が満たされ、そして心が締め付けられるような思いがしたのも、
あいつの事が好きだったからか。
自分の気持ちに気付いてしまった。
――いや、違う。 本当はずっと気付いていた。 ただ認めたくなかっただけだ。
人を好きになることは拠所を求める弱者のすることだと、戦場では邪魔になるだけだと、
人を好きになってしまうと敵に付け入る隙を与えることになるだけだと、弱くなってしまうと、
今までそう思い続けてきた自分を全て、否定してしまうようで――
人を好きになるというのは、こんなにも、辛いことなのか。
515 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:57:47.19 ID:HLdAiRjk0 [177/212]
旦
現在の俺はすこぶる不機嫌であった。
昨晩――いやむしろ今日の早朝と言える、既に店も閉まってしまった時間に
俺はママの店に転がり込み、彼女の介抱、そして王子と王宮の資料と馬を要求した。
しかしそれが通ることはなく、ママは俺にも寝ろと言うばかりだった。
気に食わなかった俺は力尽くで資料だけでも手に入れようとした。
ママに片腕を外されようが、とにかく、俺は弟王子を、殺してやりたい一心だった。
その思いも虚しく顎に強烈な一発を食らってしまった俺は今までずっと気を失っていた。
肩を固定している包帯を煩わしく思い、それを解いていると、
ノックもせずにママが入ってきた。
ママ「駄目じゃない、解いちゃ」
516 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 17:59:26.50 ID:HLdAiRjk0 [178/212]
ベッドの際に腰掛けるママを睨みつけると、「随分と遅い反抗期ね」と言って溜息を吐いた。
俺「どうして行かせてくれなかったんだ」
ママ「あんなフラフラな状態で行かせられる訳ないでしょ。
ましてや相手はこの国の王子様。 ……あなたには荷が重過ぎる」
俺「でもあの糞餓鬼を殺さなきゃいけない」
ママ「どんな事情があるのかは知らないけど、
今自分が出来る事と出来ない事を見誤っちゃ駄目。 だからいつまで経っても坊やなの」
俺「でも」
ママ「私情を挟んでもロクな事にならないのはよく知ってるでしょ? 諦めなさい」
俺「……」
518 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:01:12.84 ID:HLdAiRjk0 [179/212]
俺「……彼女は」
ママ「目は覚めたわ。 今から薬貰いに行くけど、具体的にどんな症状なの?」
不思議なことに、彼女を背負ってここに向かう途中、急に俺にも彼女と同じ症状が現れた。
もちろん俺は毒の矢を食らっていたわけでもないし、その他の雑魚の攻撃を食らった覚えも無い。
菌が進入できる傷口はなかったし、風邪を引いていたわけでもない。
去年と違って全くの健全体であった俺が、何故こうなってしまったのか。
ママ「変なものでも食べたんじゃない?」
変なもの。 心当たりはある。 朝食べた、「俺特製薬草スープ」である。
もう忘れたいというのに、歯の間に詰まったカスがその味をいちいち思い出させる。
しかしそれは不味かっただけで、身体には良いはずだった。
俺「使ったのは薬草だ、確認もした。 それと町で買った豆と木の実、あとキノコ」
ママ「キノコ?」
519 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:02:25.53 ID:HLdAiRjk0 [180/212]
俺「昔からこの時期この辺で採れてた、美味しいやつ」
するとママは「あー」と言って目を覆った。
ママ「何年も帰ってきてなかったし、去年もすぐ発っちゃったから知らないのかもね。
そのキノコ、急に毒性を持ち始めて倒れる人が続出したのよ。 今はもう栽培禁止になってるわ」
なん……だと……
と言うことは、待て。 俺が今こうやって寝ていざるをえない状況になったのも、
彼女が熱に浮かされ大変苦しい思いをしているのも全て、俺のせいだということになる。
俺「……まただまただよもうやだ俺死にたい」
ママ「あんたの死ぬ死ぬ詐欺はもう飽きたわ」
軽くあしらわれ、額を指でトンと押された。 去年まで無かった羽毛の枕に頭がぼすっと埋まる。
「病人は大人しくしてなさい」と水で絞った布を顔にべちゃりと投げつけられた。
522 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:04:29.83 ID:HLdAiRjk0 [181/212]
ママ「で。 どういう経緯であなた達が知り合ったのかは知らないけど……やっぱりまだ好きなわけ?」
俺「好きだよ」
ママ「あら。 ふふ、きっぱり言うのね」
俺「好きじゃなきゃこんな熱くならない。物理的にも精神的にも。 彼女のためなら死ねる」
ママ「そんなに好きならいい加減本人に言っちゃえばいいのに。 意気地なし」
俺「……だよなぁ」
ママ「『俺は紳士だ』って言わないのね」
俺「ただ臆病なだけなんだよ俺は……」
ママ「……過去に振られたこと、相当トラウマになってるのね。
怖いんでしょ、また振られることが。 振られて、今の関係が崩れるのが怖いんでしょ」
黙って頷くと、呆れたように「本当、そっくりすぎて笑っちゃうわ」と呟き溜息を吐いた。
いったい何が、誰にそっくりだというのか。
524 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:06:26.55 ID:HLdAiRjk0 [182/212]
旦
薬の影響か、ベッドに倒れこんだ瞬間枕に意識を吸い取られるように眠りに落ちてしまった。
そして目覚めた現在、先ほどまでの身体のだるさは全て消えていた。
窓の外を見てみればもう暗くなっていた。 下の階からは酒を飲む賑やかな声が聞こえる。
部屋を出て薄暗い廊下を通り、あいつの部屋の前で立ち止まる。
少し戸惑いながらも扉をノックする、が、返事は聞こえない。
ギィと軋む扉を開けると、窓もなく埃っぽい小さな部屋にベッドがあり、そこにあいつは横たわっていた。
胸が規則的に上下している。 近付いてみると静かな呼吸が聞こえる。
どうやら、まだ寝ているらしい。
525 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:09:24.49 ID:HLdAiRjk0 [183/212]
床に膝をつき、特徴的なボサボサの髪を掻き分け、顔を覗き込む。
無精髭は生えているものの、安らかに眠るそれはどこか幼く見える。
いつも陥没している眼窩を隠していた眼帯は右手に握られていた。
私が、初めてこいつにあげた物。
そういえばこいつは大層喜んでくれていたな。 今も大切にしてくれているのだろうか。
ぼうっと考えていると、こちらに気付いた主人が近付いてきた。
女装主人「あら。 起きるの待ってるの?」
私「え、あ、いや、別に待っていたわけでは。 ただ見ていただけだ」
「ふーん」と言うと、主人はおもむろに男に近付き、
そして目にも留まらぬ速さで鳩尾に強烈な一撃を放ったのである。
ボサボサ頭「お゛ぶッ!?」
526 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:10:32.42 ID:HLdAiRjk0 [184/212]
主人の予想外の行動に私は唖然とするしかなかった。
ボサボサの頭をした男も咳き込みながら起き上がり、突然の事態に混乱していた。
ボサボサ頭「ゲホッ……、え、何、敵襲……!?」
女装夫人「女性を待たせちゃ駄目じゃない、坊や」
「え」と言いながら、私を見た。 私など女性扱いするほど女らしくもないだろう、と思っていると
ボサボサ頭はかなり驚いた様子でベッドから転げ落ち、そして壁に後頭部を打ち付けた。
こんな光景は前にも見た気がする。 これが「デジャ・ビュ」というやつか。
女装主人「二人ともお腹へってたら下にいらっしゃい、ご馳走するわよ」
そう言ってぱたぱたと部屋を出て行った。
とても急がしそうである。
529 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:12:25.13 ID:HLdAiRjk0 [185/212]
旦
ママの強力な一撃によって目が覚め、そして目の前にいた彼女に驚いて
ベッドから転げ落ち、頭を打ち付けたために完全に覚醒した俺である。
ママとの会話で改めて彼女のことを好きであると確認したからか、
どうも彼女と二人きりというのはドキドキしてしまうものである。
当の彼女の顔までが赤く見えるのは、蝋燭の明かり加減のためだろうか。
彼女「今の、大丈夫だったか。 モロに入ったが」
俺「はは……まぁ、多分手加減されてたから大丈夫だと思う」
彼女「す、すまないな、私がここに居たばっかりに。 もう出て行くから、ゆっくり休んでくれ」
俺「あ、いやいや。 今ので完全に目ぇ覚めたし良いよここに居て」
そう言って、何気なくベッドに座るように促した。
彼女は少し戸惑いながらも、すとんとベッドに腰を下ろした。
530 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:14:24.73 ID:HLdAiRjk0 [186/212]
俺「えっ……と、もう熱とか大丈夫?」
彼女「ん、お蔭様でな」
俺「で、その熱の原因なんだけど、実は、その……」
彼女「スープに入っていたキノコだろう。 聞いた」
俺「……ごめん」
彼女「何故謝る。 知らなかったのだろう?」
俺「知らなかった、なんて免罪符にはならない」
彼女「お前は同じ毒に侵されながらも私をここまで運んでくれた。
私にお前を責める理由はない、むしろ感謝したいことばかりだ。
あのスープだって私の為に作ったのだろう。 だったら悪いのは私だ」
俺「いやだからだな、」
彼女は「私が悪い」と言い張った。 俺も「俺が悪い」と言い張った。
責任の擦り付け合いとは全く逆の口論――それは激化していき、
いつの間にか喧嘩にまで発展してしまう。 お互いに譲れないのである。
533 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:18:55.61 ID:HLdAiRjk0 [187/212]
彼女「じゃあお前があの矢に射られたかったと言うのか? とんだ酔狂ではないか!」
俺「俺は護衛だ! 護衛として雇われている身がなんで守られなくちゃいけないんだ!!」
彼女「雇い主には傭兵の品質を管理する義務がある!!」
俺「傭兵にそんなの必要ない!
護衛である俺を庇うぐらいなら最初から俺なんか必要なかったんじゃないのか!?」
彼女「ッ、黙れ!! 貴様は私に雇われている身だ!
私の勝手な行動に口を出される義理はない!! 何故、そこまで私に口答えするのだ!!」
俺「好きだからに決まってるだろうが!!」
「俺のせいで嫌な思いさせたくない」と言おうとしていたのだが――
その裏にあった本音を、勢いで、つい、ぽろりと、言ってしまった、のである。
538 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:20:53.68 ID:HLdAiRjk0 [188/212]
しまった、と口を押さえるが今更口を封じても時既に遅し。
場の空気が凍り付く。
彼女は、掴んでいた俺の胸倉から右手を放した。
そして俺の顔に強烈な鉄拳を食らわせ、走って部屋を出て行ってしまった。
ああ、だめだ。 絶対に、完全に、完ッ全に、嫌われてしまった。
どうしよう。 死にたい。
しかし俺が自決するのを危惧してか暗器を含む武器全てをママに没収にされている。
どこかに殺傷力のあるものは――
いや、その前に、死ぬ前に。 彼女に謝っておかなければならない。
彼女を追い、走り出す。
541 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:22:29.03 ID:HLdAiRjk0 [189/212]
旦
与えられた部屋に駆け込み、扉を閉じ、そしてそれに背を凭れしゃがみこむ。
何度深呼吸をしても脈拍が落ち着かない。
あいつはなんと言った? あいつは今、何と言った?
私を好きだと――そう、言ったのか?
馬鹿な。 馬鹿な。 馬鹿な。 そんな訳ない、そんなことあるはずが――
コンコン、と背後の扉が叩かれる。
思わずびくりとしてしまい、開けるべきか開けざるべきか戸惑っていると、
扉の向こうから「開けなくてもいい」と静かな声が聞こえた。
542 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:24:09.81 ID:HLdAiRjk0 [190/212]
ボサボサ頭「ごめん、さっきのは俺のせいで傷ついて欲しくないって意味で……」
ボサボサ頭「……いや、やっぱり……さっきのは、俺の本音。
ずっとそうだった。 でも黙ってた。 ……怖くて言えなかった」
ボサボサ頭「所詮俺は傭兵の糞野郎だから、言ったところでどうなるかなんか分かってた。
……言って、振られて、敬遠されて、一緒にしていた旅が終わるのが、怖かった」
ボサボサ頭「だからずっと黙ってた。 ……ごめん」
ボサボサ頭「でももういい。 言ってしまった。
もう俺となんか居たくないだろ? 契約、切ってくれて構わない」
ボサボサ頭「俺はもうここを出るから……安心して身体休めるといい」
ボサボサ頭「旅、すごく楽しかった。 ありがとう。 それじゃあ」
545 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:25:46.95 ID:HLdAiRjk0 [191/212]
脳が命令を下す前に、立ち去ろうとしていた男を引き止めていた。
隔てていた扉を開き、驚き固まる男の手首を引っ張り、強引に部屋に入れた。
そしてその手を掴んだまま、「本当なのか」と尋ねる。 声が、震えている。
私「私の、目を見て、もう一度、言って欲しい」
男は口をぱくぱくさせた。 そして深く深く深呼吸し、
そしてあの決闘の日のように真っ直ぐと私の目を見据えた。
ボサボサ頭「ずっと、す、好きだった」
なぜこんな大事なときに声が裏返るのか。 それはさておくとして――
その言葉に、何の偽りも感じなかった。 その瞬間、私の目からは滝のように涙が流れた。
549 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:27:32.61 ID:HLdAiRjk0 [192/212]
私「…たしを、好きでいてくれるのか? こんな私を好きでいてくれるのか?」
私「こんなに我侭な私を、こんなに迷惑をかけてしまった私を、
こんなに醜い身体をした私を、本当に、お前は、好きでいてくれるのか?」
ボサボサ頭「うん」
私「……っ、私も……、ずっと、ずっとずっと好きだった」
私「お前のことが、好きで好きで堪らなかった。 だけどずっと言えなかった。
お前が私のことを嫌っているのではないかと、煙たがっているのではないかと思っていた」
私「怖かった。 私も、お前と離れることが怖くて、ずっと、言えなかった……っ」
漏れる嗚咽を止めたのは私自身ではなく、こいつであった。
未だに私が掴んでいる手で私の肩を抱き、もう片方で私の流れる涙をそっと拭う。
そしてその手をゆっくりと顎に沿わせ、軽くしゃくると、そのまま優しく唇を重ねた。
560 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:30:58.50 ID:HLdAiRjk0 [193/212]
旦
さて、まさかの予想外ともいえる彼女からの告白――彼女も、俺が好きだと、
そう言われたおかげで勢いにまかせて唇が触れる程度であるが彼女とキキキキキスをしてしまった訳だが。
ドキドキドキドキといつもの二倍の脈拍が自身から聴こえる。
彼女の桃色の可愛らしい、そして柔らかな唇に勝手ながらファースト・キッスを奪ってもらった俺は、
プラスαとして唇を放した後の彼女の、赤らんだ顔+涙ぐんだ+上目遣いという超絶コンボによって
内心息絶え絶えであった。 彼女の可愛さは致死量を超えてしまった。 可愛すぎて生きるのが辛い。
この先どうすればいいのですか我が息子よ。 この童貞畜生めにどうか教えてやってつかあさい。
しかしそんな問いかけも虚しく返事は返ってこない。 当然である。 息子といえど、俺なのだ。
ああくそう、なんのための日々の妄想だったのだ! これだから童貞は!
しかし、やることがわからなくても、わからないなりに、頑張らなければならないのである。
564 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:34:22.30 ID:HLdAiRjk0 [194/212]
やることは分からない、分からないが、単純にもう一度、キスをしたいと思った。
顔を近づける。 彼女はそれを理解したように目を瞑り、低い身長を補うため背伸びをした。
舌を入れても彼女は抵抗しなかった。 絡め、放し、そしてまた絡め合う。
唇を貪り、更に強く絡め合うため彼女の頭の後ろに手を回す。 彼女も、俺の背中に手を回した。
熱く、荒い鼻息が互いの顔にかかる。 相手の鼓動までが伝わってくる。
唇を離すと、二人の間にねっとりとした白い糸が引いた。
彼女を軽く押す。 ベッドの縁に足を掛け、仰向けに倒れる。
そしてその上に、俺が覆いかぶさる。
耳まで赤くした彼女は、潤んだ目でじっと俺を見つめている。
服の中に手を滑り込ませる。 包帯の上から胸を撫でる。
柔らかな先端部に触れると彼女は熱い息を漏らした。
572 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:36:46.08 ID:HLdAiRjk0 [195/212]
これはもう、辛抱堪らん。 彼女の服に手をかけ、脱がそうとした。
すると彼女は「待ってくれ」と言い、俺の行動を制止させた。
彼女「……明かりを、消してくれないか」
俺「なんで」
彼女「こんな汚い身体なんか、見たく、ないだろ」
俺「前も言ったけどそんな事思ってない。
傷だらけだけど、俺はむしろそれが魅力的だと思うし、美しいと思うよ」
彼女「でも」
俺「それに俺は、恥ずかしがる顔をじっくり見たいんだよね」
彼女「……ばか」
581 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:42:20.00 ID:HLdAiRjk0 [196/212]
めし
597 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[last] 投稿日:2010/09/15(水) 18:58:12.46 ID:HLdAiRjk0 [197/212]
―――――
―――
―
ママ「昨夜はお楽しみだったみたいね」
朝起きて、昼の部開店準備中の店に降りた俺にママが放った第一声である。
朝っぱらからなんてことを!と思うものの否定も出来ず、目をそらして苦笑いするしかなかった。
俺「も、もしかして、声、漏れてた?」
ママ「残念だけどお客さん賑わってて全然聴こえなかったわ。
だから驚いたわぁ、さっき様子を見に行ったら一緒に寝てるんだもの」
ひとまず安心した。 もし俺以外に彼女の喘ぎ声を聞かれてなどいたら彼女はこの町を歩けなくなる。
そして俺にも、彼女のあの甘い声を俺だけのものにしたいと いっちょまえな独占欲があった。
598 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 18:59:21.16 ID:HLdAiRjk0 [198/212]
ママ「どうする、朝ご飯食べる?」
俺「いや、彼女がまだ起きてないし、しばらく待つよ」
「そ」とあいづちを打ちながら、ママは俺の顔を見てニコニコとした。
ああきっと話を聞きたいのだろうなと思い、彼女を待つ間馴れ初めを語ることにした。
俺「彼女、実はこの国の、」
ママ「正規軍の女隊長さんでしょ?」
俺「あら」
どうやら知っていたらしい。
まぁ、酒場の店主でありギルドマスターの一面も持つママの事だから、
彼女のような有名人の顔ぐらい知っていてもなんら不思議なことではない。
だったら去年ちょっとぐらい教えてくれたってよかったのになぁと思いながら話を続ける。
601 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:00:40.57 ID:HLdAiRjk0 [199/212]
俺「実は去年ここを発ってから、クマに襲われて行き倒れて離れ離れになったんだよ」
ママ「災難だったわね。 去年は木の実が不作だったからかしら」
俺「で、しばらく入院して、彼女のことは諦めて仕事を再開したんだ。 借金返すために」
俺「春にあった戦に当然彼女は参加してたんだけど、
偶然その時俺も丁度参加してたんだよね。 この国の敵、連合軍側に」
ママ「あら、とんだ負け戦だったわね。 その目はその時?」
俺「いやこれはもっと後。 で、彼女と一戦交えて、その後いろいろあって俺は戦線離脱。
戦終わった王都の酒場にて偶然再会、決闘やりなおして、それ以降一緒に酒を飲む仲に」
俺「しかも行き倒れている時の俺を助けてくれたのは
偶然町を出るために通りかかった彼女(とその部下)だったらしいんだ」
ママ「へぇ~、偶然に偶然が重なったわけ」
俺「そうそう。 嬉しい限りだよ本当」
604 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:02:56.82 ID:HLdAiRjk0 [200/212]
旦
窓から差し込む眩しい朝日に目が覚める。
身体を起き上がらせた拍子に肌蹴た毛布から現れたのは、一糸纏わぬ姿の自分だった。
ああ、そうか、昨日はあいつと――……
思い出しただけで、顔が熱くなる。
性交自体は初めてではなかった。 昔傭兵のとき一度、五人の男に回されたことがある。
捨てられた後に残っていたのは、下半身の苦痛と、喪失感と、恐怖感と、屈辱感だけだった。
しかし今は、それらの一つも感じていない。 今あるのは、幸福感のみである。
恐ろしいと思っていた男の身体を受け入れることが出来たのは、あいつだったからに他ならない。
まさか、性行為というものに、ここまで魔力があるとは――
こんなものに溺れては、いつかは身を滅ぼすな、と思った。
606 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:03:45.53 ID:HLdAiRjk0 [201/212]
私の横にあいつの姿はなかった。
代わりに、ベッドの横にある椅子の上に、脱ぎ捨てられていたはずの私の服が
丁寧に折畳まれ置かれていた。 あいつの仕業か。 変なところで几帳面なやつだ。
それを手に取り着込んでいく途中、胸や首筋に赤い点があることに気付いた。
虫にでも刺されたか? ……いや、違う。 これはあいつが吸い付いた痕か。
あいつめ、なんてものを残してくれたのだ。
廊下に出てあいつを探す。 一階に降りてみると、店の主人の小さな声が聴こえた。
この扉の向こうは酒場のスペースだろうか。
607 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:05:38.97 ID:HLdAiRjk0 [202/212]
旦
ママ「ずっと、好きだったものね。 いろいろと思うことあるんじゃない?」
俺「……そうだなぁ」
ママ「全部吐き出していいのよ。 お客さんの話を聞くのがあたしの仕事だから」
俺「お客さんって。 そんな寂しい扱いだったの俺」
ママ「息子って言って欲しい?」
俺「嫌だよちんこついた母親なんか」
ママ「誰が母親って言ったのよ、あたしは女装が好きなだけで女になるつもりはないのよ」
俺「はいはい。 ……えっと、じゃあちょっと聞いてくれるかな」
ママ「ふふ、どうぞ」
614 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:08:19.93 ID:HLdAiRjk0 [203/212]
俺「まず去年、丁度一年前の今の時期町の酒場で見つけた彼女に俺は運命的な何かを
感じたよ。 一目惚れすると同時に彼女が俺の何かを変えてくれるんじゃないかってね。
それから彼女に話しかけるために彼女の後をつけた。 話しかけるなら彼女が望んだ
時に話しかけたいからね。 だから彼女の研究とも言える。 この研究の時間は本当に
楽しかった。 彼女の歩行速度。 彼女の歩幅。 歩くときの癖と、それによる足音。 手を
振る角度。 歩くことで揺れる輝かしいまでに靡く髪とマントと、伸び縮みする大臀筋。
彼女の呼吸音。歩いた後の彼女の髪の残り香。 少し汗の匂いの混じった、甘い香り。
彼女の嫌いな食べ物。 彼女の好きな食べ物。 朝食と夕食のレパートリー。 一日に食
べる量。 彼女が去った後に残された、彼女が食べていたと思われる骨付き肉の残り
かすは有難く頂戴させてもらって大切に大切に舐めさせてもらったよ。 ごちそうさまです」
俺「彼女の行動のひとつひとつが、俺の中のナニカを刺激したんだ。 欠伸をする彼女。
くしゃみをする彼女。 木の根に躓きそうになる彼女。 頭を掻く彼女。 伸びる彼女。
髪を耳に掛ける彼女。 水を飲んで一息を入れる彼女。 休憩中に溜息を吐く彼女。
というか、もう、彼女が存在するというだけで俺は常に元気になれたんだと思うんだよ」
615 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:09:09.83 ID:HLdAiRjk0 [204/212]
俺「一緒に酒を飲むようになった彼女。 彼女はある酒場の常連客でね、ボトルまでキープして
もらっているんだ。 その酒をよく飲ませてもらっていたんだけど、それはただのワインじゃ
なくて、シードルも少し混ぜられた彼女オリジナルブレンドなんだよね。 他の酒を混ぜる事
はよくあるけども、シードル、リンゴ酒を混ぜるってあたりいかにも彼女らしいよね。 その酒
はもちろん美味しかったんだけど、なにより彼女オリジナルよいう事実に最も美味を感じた。
酒を飲んでる間は無言のことが多かったけど、たまにお互いの話をしたりするんだ。その時
の彼女の見せる表情といったら後ろを歩いていては絶対にみることのできないものだし、な
により目の前の席に座っているものだから本当に近い距離なんだよね。 なんというか、もう
凄く可愛いんだよ。 いつものつんとした鋭い目ももちろんいい。 だけど時折見せる無邪気な
笑顔とか、柔らかい笑顔とか、人を見下して嘲笑う顔とか、心身ともに疲弊している顔とか、
もう何から何まで可愛いんだよね。 本当に、彼女の顔はずっと見ていても飽きないんだよね」
俺「旅を始めるとき、彼女は眼帯をプレゼントしてくれたんだ。 これね。 彼女には内緒だけど、
これ内側に日付を刺繍したんだよね。 記念日っていうのかな、とりあえず忘れないように。
彼女に貰ったということと、それが貰うまで彼女のズボンのポケットもしくは彼女に握られて
いたと思うとどうしても匂いを嗅がずにはいられなくなるよね。 もちろん大っぴらにはしない
けどさ。 俺はプレゼントだと勝手に思ってるけど、彼女にとっては目の陥没が見苦しかった
のかもしれない。 だけど、心配をしてくれているのかもしれない。 そうかんがえるとやっぱり、
俺はこの眼帯を装着しているだけで幸せな気分に慣れるんだよ。 手放したこともほとんどない」
617 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:09:42.93 ID:HLdAiRjk0 [205/212]
俺「酔いつぶれた彼女を初めて背負ったとき、俺は地獄を見たよ。 それは背中に襲い掛かった。
遠目で観ても分かるとおり、彼女の胸は他の女性に比べれば小さい分類なんだよ。 ほとんど
が筋肉になってしまってるんだ。 でもその考えは浅はかだったよ。 背中に彼女を感じて分か
った。 彼女も、胸は、ある。 胸の下部。 明らかに筋肉と言い難い柔らかな部分があったんだ。
確かに小さい。 小さいけども、確かにそれは、その宝石は、そこに存在したんだよ。 それで、
昨日。 俺は彼女の許可を得、初めてまじまじと見ることに成功した。 包帯を取り替えるときに
だって観ることはできたけども、それは俺のプライドというか俺の中の紳士が許さなかったんだ。
で、その、彼女のおっぱいなんだけど、やっぱり、小さいんだ。 でもそれって大変素晴らしい事
だと思うんだよね。 彼女は騎士で、女を捨てていると思われているかもしれないけど、実はそん
なことは決してないんだよ。 確かにあの筋肉に覆われた身体は女性らしいとは言い辛いけども
それでも彼女は立派な女性なんだよ。 彼女は、その筋肉に覆われた身体が、身体を鍛える
ことで小さくならざるを得なかった胸が、女性らしくないことを、本当は気にしている、とても可愛い
女性なんだよ。 だからあのとき蝋燭の火を消すように頼んだんだと思うんだ。 俺はそんなこと
気にしない、むしろそうやって気にしている彼女が非常に魅力的だと思うんだけどさ。 で、その
彼女の胸はこう、後ろから乳輪付近を指で押さえて、それでゆっくりと揉みあげたんだけど、やっ
ぱり後ろからやったのが良かったのか、凄く手に収まるような感覚が良いんだよ。 さっき地獄
って言ったけど、それは悪い意味ではないんだ。 俺は、地獄のような、歓喜を味わったよ。 うん」
622 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:12:17.82 ID:HLdAiRjk0 [206/212]
俺「あ、それでね。 話はちょっと戻るんだけど旅の途中で――」
ママ「ああ、もう、いいわ」
俺「え、なんで? まだちょっとしか話してないんだけど」
ママ「いいから。 ……っていうか。 逃げなさい」
「へ、」と言いながら、ママの視線の先を追う。 と。
そこには、にっこりと笑う、彼女が立っていた。
もちろん目は、笑ってない。
サーッと一気に血の気が引くのがわかった。
626 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:14:12.14 ID:HLdAiRjk0 [207/212]
席から立ち上がり、後ずさる。
俺「おおっおおおおおはよう、どどどうかな体調は」
彼女「ああ貴様のおかげで順調だ、見ろ、肩ももう軽く回せる」
指を鳴らし、肩をぐるんぐるんと回しながら、俺に、一歩一歩近付いてくる。
俺「え、ええっと、その、あの、いつから、聞いていたのでしょうか?」
彼女「『じゃあちょっと聞いてくれるかな』辺りからだな」
俺「は、ははは、それって最初からって事じゃん超ウケル」
そう言った瞬間に、俺は彼女に背を向け店から出て抜け出そうとした。
しかしその試みは軽く打ち砕かれた。
彼女は目にも留まらぬ速さで走り、俺の目の前に立ちはだかる。
そして前方に走り続けようとする慣性を利用して俺を投げ飛ばした。
630 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:15:34.28 ID:HLdAiRjk0 [208/212]
うつ伏せに倒れる俺を踏みつける。 地団太を踏むように何度も何度も踏みつける。
彼女「貴様! 貴様は!! 去年からずっと私を尾行けていたと言うのか!!!」
俺「げふッ! いや、それは、研究あぶッ!!」
彼女「ぬかせ!! なにが研究だ単にストーキングしていただけではないか貴様はッ!!」
俺「紳士d……!」
彼女「前、後ろに居たのは偶然だと言ったな!! あれも嘘だったのか、あァ!?」
俺「んう゛ッ!!」
彼女「ましてや、私の、私の……ッ! ち、……ッ、このぉッッ!!!」
634 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/15(水) 19:17:17.92 ID:HLdAiRjk0 [209/212]
俺「ごっ、ごめ……! し、死んじゃう!! 本当に死んじゃう俺!!!」
彼女「ああ死ね死んでしまえ!!!!」
俺「おごぉ゛ぉおおおおおおおおおお」
彼女は両脇に、俺の脚を挟んだ。
そして俺に跨り、美しいフォームの逆エビ固めが完成した。
俺「……ほっ……!」
俺「本望なりィィイイイイ!!!!」
fin.
644 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:21:11.14 ID:HLdAiRjk0 [210/212]
やっと投下終わったぜーフゥハハハー
支援してくれた人、保守してくれた人、読んでくれた人全てに感謝
童貞にエロシーンなんか書けるはずなかったんや!
670 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:49:14.31 ID:HLdAiRjk0 [211/212]
>コテ
ない
>森見登美彦
大好き
>過去SS
このスレに関係ないし黒歴史だよ言わせんな恥ずかしい
>この後
焼きリンゴ食べて仲直り。続編書かないけど
予定では、スレ立ててさる無効時間に70投下、
その後支援もなく20時間以上一人でもそもそ続けてひっそり落ちる予定だったんだけど
その期待をものすごい勢いで裏切られたよ。マジサンクス
今回もbadエンドにするつもりだったけどhappyにしてよかった
673 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 19:56:35.66 ID:Dd7JTLtl0 [2/3]
>>670
気になってるのそこじゃないけど騎士団云々とか何も問題なく
最終的に二人は仲良く暮らしました めでたしめでたし
でいいんだな!遊歴?とか言う期限の伏線が回収されず怖かったけどこの後も幸せなんだな!?
675 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/15(水) 20:02:41.83 ID:HLdAiRjk0 [212/212]
>>673
なあなあエンドにしたのは各自の想像に任せるためだぜい
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