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風子「秋山さん、琴吹さんから」澪「ん?」
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/22(日) 22:39:01.86 ID:ipTBxKiU0 [1/34]
授業中に時折、こんな手紙のやりとりがある。
けだるい午後の何気ない一コマ。
左隣の高橋さんから囁かれて受け取った手紙には、
『明日の朝早く、誰もいないうちに教室に来て。
理由は聞かないで。詳しくはそのとき話します。』
とだけ書かれていた。
左やや後方に視線を向けると、ムギは素知らぬ顔で普段通り授業を受けている。
受け渡しをした高橋さんも同様だ。
ふむ、これは何かよほど大事な相談があるのだろう。
ここで返信するのは無粋というものだ。
私も同じように、普段通り授業を受けた。
授業中に時折、こんな手紙のやりとりがある。
けだるい午後の何気ない一コマ。
左隣の高橋さんから囁かれて受け取った手紙には、
『明日の朝早く、誰もいないうちに教室に来て。
理由は聞かないで。詳しくはそのとき話します。』
とだけ書かれていた。
左やや後方に視線を向けると、ムギは素知らぬ顔で普段通り授業を受けている。
受け渡しをした高橋さんも同様だ。
ふむ、これは何かよほど大事な相談があるのだろう。
ここで返信するのは無粋というものだ。
私も同じように、普段通り授業を受けた。
3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:41:15.82 ID:ipTBxKiU0
放課後も、いつものように軽音部ではティータイム。
私も半ば呆れつつ、雑談の輪に加わる。
ムギが紅茶を淹れてくれる。
唯がお菓子にがっつく。
梓が練習しようと急かす。
律がはしゃぐ。
私が律のデコを叩く。
ティータイムの後、申し訳程度に練習をする。
こうして、今日という時間も、いつものように過ぎ去った。
部活中も、私は手紙のことには触れなかった。
部活後、律にだけ、明朝は所用で一緒に登校できないことを伝えておいた。
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:46:16.36 ID:ipTBxKiU0
──翌朝
校門が開いてまだ間もない、いまだ人気のない昇降口。
下駄箱を開け閉めする音がやけに大きく聞こえる。
靴を上履きに履き替えて床を爪先で叩きながら、
「話って何だろうな…相当重要な話なんだろうけど」
と、独り言を呟きつつ、まさか告白されたりしないよなあ、などと苦笑する。
意を決して教室に入ると、誰もいない。
いきなり背後から驚かされたりしては心臓に悪い。
周囲を見回しつつ、恐る恐る声を出す。
「おい、ムギ?いないのか?」
しかし、返事はなく、静寂が答えるのみだった。
少し早く来すぎたのかもしれないな、と、独り合点する。
ひとまず、自分の席に荷物を置いて腰掛けようとすると、机の上にある何かが光った。
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:47:45.58 ID:ipTBxKiU0
「眼鏡…」
シンプルでオーソドックスな眼鏡。洒落っ気はないが、野暮ったい感じもない。
黒っぽく細いチタンフレームで、掛け心地はよさそうだ。
だがレンズの向こう側の像が大きくゆがむところを見ると、
レンズは薄いが、向こう側の景色が縮んで見えるので、度はかなり強いことを伺わせる。
おそらく、隣の高橋さんが間違えて私の席に置いてしまったのだろう。
ということは、高橋さんももう登校しているということか。
でも、眼鏡を置いたままどこに行ったのだろう。
ふと、イタズラ心が脳裏をかすめた。
「か、掛けてみちゃおうかな。ちょっとだけ…」
同じクラスになってからというもの、私と高橋さんはそっくりだとよく言われる。
席が隣ということもあり、しばしばからかわれるのだが、実際どのくらい似ているのだろう?
好奇心にかられ、私は鞄から手鏡を取り出すと、その眼鏡を掛けてみた。眼鏡の度で視界が歪む。
…なるほど、手鏡に映る像は確かにそっくりだ。他人のそら似とはよく言ったものだ。
高橋さんがドッペルゲンガー呼ばわりされてしまうのも頷ける。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:49:19.38 ID:ipTBxKiU0
「度が強すぎるな。気持ち悪くなる前に外そう…」
そう思って眼鏡のツルに手を掛けた瞬間。
強烈な頭痛。
視界はさらに激しく歪む。
異変と危険を察知した私は、眼鏡を必死に外そうとする。
しかし、眼鏡は肌に癒着したかのごとく、外れない。
呼吸がままならなくなる。
左右のこめかみを万力で締め上げられるような激痛。
同時に、全身の血が脳内に充満してくるような圧迫感。
「ぐ……ぁッ……!」
私は、叫びにならない叫びを上げて意識を失う。
その刹那、手鏡の中の私の顔が、かすかに嘲笑を浮かべた気がした。
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:51:11.89 ID:ipTBxKiU0
一応補足。風子とは高橋風子(↓)。けいおんのモブキャラ。最近出番少ないので書く。
外見は基本的にメガネ澪。髪は黒より少し色が薄い濃灰色。
なおスレタイは第10話のセリフから。
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13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:53:30.79 ID:ipTBxKiU0
… ……
……橋…!……さん!おーい!寝たら死ぬぞ~!衛生兵っ!衛生兵~っ!」
うるさい。しつこい。
肩を激しく揺さぶられて、たたき起こされる。
どうやら朝から居眠りしてしまったらしい。
ぼんやりとした意識のまま、眼鏡を直しつつ顔を上げる。
聞き慣れたはずの声に、見慣れたはずの額とカチューシャ。
「…ああ、田井中さん、おはよう」
「ここは澪の席だぜ?いくらメガネ澪だからって席まで一緒じゃ困るなぁ」
努めて穏やかな表情を保とうとするが、こういうガサツでやかましい人種は正直好かない。
だが、田井中さんの名を呼んだとき違和感を覚えたのは何故だろう。
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:55:04.07 ID:ipTBxKiU0
すると、秋山さんが教室に入ってきた。
「朝っぱらからうるさいぞ、律」
「うお!本体のお出ましだ。『フッ、それは残像だ』とか言わないの?」
「ふざけるなって!」
「ところで今日はなんで早く登校したの?」
「ちょっと早めに来て自主練してた。誰かさんのせいで最近おろそかだしな~」
「スミマセンデス!」
秋山さんが田井中さんと掛け合い漫才のように話している間に、
私も、そそくさと隣にある自分の席に戻る。
18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:56:20.67 ID:ipTBxKiU0
秋山さんが自席に近付いてきて、私に話し掛ける。
「おはよう高橋さん。ごめんな。いつもうるさくて」
「大丈夫よ。気にしてないから」
気にしていても言えるわけないのに。溜め息が混じりそうになるのをごまかす。
それに気にしてはいないというのは嘘ではない。気に食わないし気に入らないけれど。
このくらいで目くじらを立てていたら私の狭量さが知られてしまう。
席に座った秋山さんが不思議そうにつぶやくと、田井中さんが応じる。
「ん? なんか席が温かいな」
「澪2号さんが秀吉ばりに席を暖めておいてくれたようでーす!」
メガネ澪だの澪2号だの言わないで。私にはちゃんとした名前があるの。
高橋風子という名前が。
そう内心で反感を抱きつつも、言い返せない自分にも腹が立った。
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:57:45.54 ID:ipTBxKiU0
教室内にもだいぶ人が増えてきた。もうすぐ朝のホームルームだ。
窓から差し込む朝の日差しを眺めて眠気を覚ましていると、教室後方の集団が視界に入った。
平沢さんの席を中心にして、軽音楽部の面々及び真鍋さんが談笑している。
軽音楽部を見ていると、全くもって理解に苦しむ。秩序も統制も何もない。
平沢さんや田井中さんは言わずもがなとして、
幼馴染みのよしみとはいえ、秋山さんが田井中さんとつるんでいる理由もわからないし、
琴吹さんはこんな交友関係で家名に傷が付くとは思わないのか。
真鍋さんも平沢さんのようなお気楽極楽で自堕落な人間のどこがいいのだろう。
そんな理解不能な連中がこの上なく疎ましく、嘆かわしく、
そして、この上なく妬ましく、羨ましかった。
私はクラスでは特段好かれも嫌われもしていない。
が、その立場を保つためにどれほど汲々としていることだろう。
“オンナノコの世界”とやらは、無用な暗黙の了解が多すぎる。
朝からまた溜め息をつきたくなる。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:58:48.73 ID:ipTBxKiU0
強い朝日が窓から差し込んでいるせいなのか、秋山さんのつややかな黒髪は、
いつもより明るい色をしているように見える。
秋山さんと一瞬目が合った。
私とそっくりなのに、なぜこうも違う境遇なのだろう。
心中を見透かされているような気がして、黒板に視線を逃がすと、予鈴が鳴る。
ほどなく、朝のホームルームが始まった。山中先生が連絡事項を伝達する。
「…それと、来週は月曜が祝日なので、水曜に月曜の時間割で授業をします。
教科書や宿題を忘れないよう、各自メモしておいてね」
このハッピーマンデーとやらのせいで、時間割が変則的になるのは煩わしい。
連休だろうが単発休日だろうが、私には関係はない。
もちろん、休日はありがたいことだ。
些末な人間関係に煩わされずに、喜ばしき知識に親しむことができる。
休日でありさえすれば、家の土蔵にある古書を読みふけることができるのだから。
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:59:55.15 ID:ipTBxKiU0
そんなことを思いながら、時間割変更をメモしようとする。
手帳を押さえ、シャープペンを持つ。と、手が止まる。
(字が、書けない?)
力を込めたペン先がぶるぶると震える。ほんの数秒だったが、長く感じた。
が、そのとまどいの後、あっさりと問題は解決した。
まったく馬鹿馬鹿しいことだ。まだ寝ぼけているのかもしれない。
「…左手で書けるわけないじゃない」
無意識に独りごちて、ペンを持つ手を握り替える。
そうして右手にペンを握った瞬間、視界の右端に、同じようにペンを握り替える秋山さんの姿が映った。
彼女は、右手から左手にペンを握り替えると、呟いた。
「私が左利きだったな」
そう言って、彼女が私のことを横目でちらと見遣ったような気がした。
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:02:18.18 ID:ipTBxKiU0
(私“が”左利き? 私“が”? “が”? “が”?)
その何気ない一言で、体内の血液全てが一瞬にして水銀に置き換わったような衝撃を受ける。
瞳孔が極限まで収縮し、また散大する。
汗腺という汗腺から汗が噴き出し、動悸が激しくなる。
突如、私は秋山さんに掴みかからねばという衝動に駆られ、
席から腰を浮かそうとするが、目眩がして崩れ落ちる。
床に頭を打ち付けるかという、すんでの所で秋山さんに支えられる。
山中先生が駆け寄る。クラスは騒然となる。
「高橋さん!どうしたの?大丈夫!?」
「は、はい…」
私はそう答えるのが精一杯だった。
前方から寄ってきた田井中さんが遠慮がちに言う。
「高橋さん、朝も机に伏せてたし、席も間違えてたし、体調悪いんじゃ…」
「私、このまま高橋さんを保健室に連れて行きます。しばらく安静にしたほうが」
「それがいいわね…。じゃあ秋山さんお願いね。他の人は席に戻って」
山中先生に促され、教室はようやく平穏を取り戻す。
私は秋山さんに支えられて、教室を後にした。
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:04:36.81 ID:ipTBxKiU0
──廊下
板張りの廊下に、上履きの抑揚のない足音がひたひたと響く。
なぜ、秋山さんに掴みかかろうとしたのか、自分でも分からない。
私の体はかすかに震えている。
秋山さんが口を開く。
「風邪なのか?」
「ううん、熱はないわ」
さらに秋山さんが視線を前方に泳がせたまま問う。
「……………ムギから私宛ての手紙、覚えてるか?」
「いつの手紙のこと?」
「いや、分からないならいいんだ」
質問の意図がつかめなかった私の反問に対して、秋山さんは答えない。
そのまま、保健室まで一言も交わさぬまま、私たちは歩いた。
保健室までの道のりが、恐ろしく長く感じられた。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/22(日) 23:06:44.30 ID:ipTBxKiU0
──保健室
秋山さんがドアをノックする。
「失礼します。って、先生いないな。今日は出張みたいだ」
「勝手に使っちゃっていいのかな…」
「大丈夫だろ。体調が悪くて休ませてもらうだけだし」
誰もいない保健室に着くと、私は秋山さんに促されてベッドに横たわる。
朝の白く鋭い日差しは、ベッドの周りのカーテンによって和らげられる。
横たわる私の上に、秋山さんが掛け布団を掛けてくれる。
「秋山さんごめんね。手間かけちゃって」
「………………本当に手間だよ。しらばっくれちゃってさ。なめてるのか?」
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:11:39.60 ID:ipTBxKiU0
無表情のままの悪罵。
私がその発言の意図を推測しようとする前に、
文章の意味を理解する前に、
いや、発声の認識さえし終えないうちに、
秋山さんは布団を掛ける体勢から、そのまま馬乗りになってきた。
危機を感じて反射的に身をよじるが、布団が邪魔で身動きができない。
叫ぼうにも、驚愕と恐怖に支配されて、酸欠気味の水槽の中にいる金魚のように、
私はただ間抜けに口をぱくぱくと動かすのがやっとだった。
「安心してくれ。静かにすれば危害は加えない。高橋さんに傷を付けると私も困るからな」
そう言って、秋山さんはポケットから紙片を取り出す。
秋山さんの長い髪が私の周囲の視界を薄暗く遮る中、紙片のみに意識が集中する。
「さて、さっきの廊下での質問の続きだけど、この手紙に見覚えはないか?」
手紙にはこう書いてある。
『明日の朝早く、誰もいないうちに教室に来て。
理由は聞かないで。詳しくはそのとき話します。』
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:13:49.55 ID:ipTBxKiU0
私は、手紙を回すときには、中身は決して見ないことにしている。
見たいという好奇心などないといえば嘘になるが、それ以上に、
盗み見たとか見ないとかのくだらない諍いに巻き込まれたくはない。
第一、こんな手紙に大して重要なことは書いていないのだから。
しかし、その一方で、私の記憶には、この文言がはっきりとあった。
「どうだ?実は今朝早く高橋さんのポケットから拝借したんだけど」
「え……私が持ってたの?でも秋山さん宛てだったんでしょ……?」
ようやく機能しはじめた脳をフル回転させて私は答える。
「しらを切っている訳じゃなさそうだけどまだ記憶が曖昧か…でも見覚えはあるな?」
私は、小さく頷いた。
冷や汗とも脂汗ともつかない汗が額に浮かび、前髪が張り付く。
「よく正直に答えてくれた。これは、高橋さん、君が書いたんだ。
筆跡まで琴吹さんに、いや、ムギに似せて、ご丁寧なことだ」
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:16:09.37 ID:ipTBxKiU0
「私は、そんな手紙なんか書いたことは…」
私が否定しようとすると、秋山さんが薄く嗤笑しながらささやく。
「『日頃、手紙を回さない自分の名前で渡すのでは不自然だ。軽音部員の名を借りよう。
しかし、唯や律はメモで相談を切り出すようなガラではなさそうだ。だから、ムギの名を騙ろう。』
高橋さんは、そう考えた。…違うか?」
私は答えない。
大脳どころか脳幹までまさぐられるような不快感。
これまでの人生でそんな手紙など書いたことなどないという確信はある。
しかし、一方でこの手紙を書いた記憶も確かにあった。
「じゃ、もう少し種明かしをしようかな。いま、高橋さんはこう思っている。
『仮に、そうだとして、なぜ秋山澪宛ての手紙を、書いた本人でもある高橋風子が持っていたのか』と」
秋山さんは、私が思っていたことを寸分違わず言い当てる。
気色悪さを通り越して感心している自分に気付く。無言のまま、再び私は小さく頷く。
ベッド脇のサイドテーブルの上にある目覚し時計の針の音が、やけに大きく聞こえる。
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:20:15.95 ID:ipTBxKiU0
秋山さんは、幼稚園児に手ほどきするように鷹揚な態度で、語り続ける。
「簡単なことだよ。これは、君が書いて、君が受け取ったんだぞ。
正確には、高橋風子の人格たる君が書き、秋山澪の肉体たる君が受け取ったとでも言おうかな」
「…ごめんなさい。秋山さんの言っている意味が全然分からないの」
なんとか平静を取り戻しつつあった脳が再び混乱し始める。
心胆寒からしめられるとはこういうことか。
秋山さんはそんな私を意に介さず、話を続ける。
「今朝、君は時間割変更の連絡のとき、一瞬、左手でペンを持ったろ?
そして“左手で書けるわけないじゃない”と呟いた。
私も、違和感を持ってはいたんだけれど、それで確信してしまったんだよ。
……入れ替わる前の記憶が残っていることに」
「入れ…替わる…?」
「もしかしたら君にも、“それ以前”の記憶が残っているんじゃないか、と思ってね。
それで『私が左利きだったな』って、カマをかけたんだ。
案の定、君は取り乱した。“左利きだったとき”の記憶が頭の片隅に残っていたんだ」
「…入れ替わるって、何と…何が…?」
私は、その答えが何であるかを認識しつつあった。
しかし、認容したくはなかったのだ。
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:23:14.13 ID:ipTBxKiU0
そして、秋山さんは事も無げにさらりと断言する。
「『何と何が』だって?『誰と誰が』の間違いだろ。
野暮なことを質問するんじゃない。君も分かっているはずだぞ。
……秋山澪と、高橋風子が、入れ替わったんだよ」
髄液に液体窒素を流し込まれたかのように慄然とする。
「非科学的な…ありえない…」
「信じたくなければそれも結構。が、記憶は嘘をつけない。思い出せ。
……高橋家の裏庭の土蔵。二階の左から四列目最奥の書棚。上から三段目。
堅牢な赤茶色い背表紙。羊皮紙製の古びた分厚い洋書。第五章第七節」
秋山さんは淡々と説明する。
言われた通りに記憶をたどると、幻灯のように滑らかに脳裏に再現される。
カビ臭い土蔵の臭い、古書の重量感、羊皮紙の手触りさえ思い起こされる。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:25:00.48 ID:ipTBxKiU0
「…さて、その内容も思い出してくれたか、な?」
私は秋山さんの問いに吸い込まれるようにして答える。
「他者と心身を入れ替える秘儀…」
「ご・名・答。ただ、残念ながら、秘儀は不完全だったみたいだな。
文書の手順通りにしたはずだが、お互いの記憶と人格は共有され混在したままだ。
秘儀に関する知識も消えるはずなのに残ってる。君も分かっているだろ?」
「そんな!」
秋山さんは、したり顔で私に同意を求めるが、私は受け入れない。
しかし、なおも私の意思を無視して、秋山さんは私を求めようとする。
「このままでは、お互いに社会生活に、ひいては今後の人生に支障を来たす。
だから、完全に入れ替わるために秘儀を完遂させねばならない。血を、交わすぞ」
「……ふ、ふざけるなっ! 何故こんなことを!?」
私は、出しうる限りの気力と声量で問うた。
36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:26:25.80 ID:ipTBxKiU0
すると、目の前の“秋山さん”の表情が、険しく、しかし悲しげに崩れる。
「…羨ましかったんだ」
「それは、秋山澪の、ことが、か?」
私が『秋山澪』の名を出して問うと、“秋山さん”のこれまでの余裕に満ちた冷笑的な態度が一変し、
感情を露わにしてまくし立てる。
「なんでなのよ!?引っ込み思案で恥ずかしがり屋で人付き合いも苦手なクセに、
愚昧極まる軽音部のやつらに囲まれてヘラヘラヘラヘラ楽しそうにして!
私だって、私だって、共に語らう友達が、心開ける仲間が欲しかったのに!!」
呆気にとられた私は、思わず聞き返す。
「…たった、それだけのことで?」
「何がそれだけなもんか!ふざけないでよ!私の気持ちも知らないで!」
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:27:54.58 ID:ipTBxKiU0
…そうか、そうだったのだ。
今、私の目の前にいるのは、まさしくもう一人の“私”。
もう一人の哀れで寂しく滑稽で孤独な秋山澪、澪2号だ。
周囲が自分を拒絶しているのではなく、自分が周囲を拒絶しているだけなのに。
自分が幸福になるための術を、他人の幸福を奪い取る以外に知らない。
他人を否定することでしか、自分を肯定することができなかったのだ。
結局、この“私”は、私以上に人との関わり方を知らず、
周囲を軽んじ、ないがしろにしながら、そのまま自分の世界に沈潜してしまったのだ。
私の肩口を抑えつけながら、“私”はまくしたてる。
「文学少女なんて聞こえはいいけど、ガリ勉で根暗で勉強以外に取り柄がなくて!
人間関係の構築もできない社会不適合者!どうせあなたもそう思ってるんでしょ!?
現に一生懸命気を遣ってるのに、嫌われないだけで全然好かれないじゃない!
テスト前くらいしか頼りにされない虚しさがあなたに分かるの!?」
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:29:26.45 ID:ipTBxKiU0
私も人付き合いは苦手だ。
よくよく考えてもみれば、いや、考えるまでもなく、
これまで作ってきたような歌詞を考えつく人間は世間から相当逸脱していると思う。
だが、私の周りには受け入れてくれる人々が居た。
幼馴染みの律、軽音部の仲間、和やさわ子先生、他のいろいろな人たち、
誰かが欠けていたら、私も“私”のようになっていたのかもしれない。
それらの人々の優しさ、暖かさ、心地良さ、ありがたさ、
目の前の“私”の幼稚さ、嘆かわしさ、愚かさ、哀しさ、
そして、私が“私”のようになったときの恐ろしさ、寂しさ、虚しさ、
そんなことに思いが致り、視界が涙で滲んでくる。
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:31:16.63 ID:ipTBxKiU0
そして、そんな私の顔を見た“私”が、苛立ちを私にぶつける。
「そんな目で見ないでよ!どいつもこいつも私のことを馬鹿にして!」
「……もう、やめよう、こんなこと。今なら間に合うよ。“高橋さ…」
「…その名で呼ぶな!私は、私はッ、“秋山澪”だッッッ!!!!!」
『高橋』と呼び掛けた瞬間、目の前の“私”の顔が憤怒と恐怖で醜く歪んだ。
激昂した“私”は全体重をその両腕に掛けて、私の頚を絞め上げてくる。
途端に鼓動が高鳴り、顔面が鬱血していく。
眼圧が高まり、目が充血していくような感覚に襲われる。
「か…はっ」
私の吐いた唾液の飛沫が、“私”の顔に張り付く。
驚いて我に返ったのか、私の頚を絞める“私”の手が弛み、離れる。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:33:19.32 ID:ipTBxKiU0
むせ込むのを必死に抑えて視覚に意識を集中すると、
眼鏡越しに見た“私”も、顔をくしゃくしゃにして呆然と涕泣していた。
涙とも洟とも唾ともつかない粘性のある“私”の体液が一滴、左のレンズに滴る。
僅かばかりの沈黙があった。
そして、“私”は嗚咽しながら、寂しげに、しかしはっきりと、こう言った。
「………ごめん。ごめんなさい。でも、もう、後には退けないんだ。
わかってくれ、わかってくれよ、“高橋さん”…」
「…嫌!嫌だッ!私は! 私が!!!“秋山────
続く言葉が紡がれることはなかった。
私の唇は“私”の唇によって奪われ、意識は暗転する。
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:35:31.00 ID:ipTBxKiU0
──────────────────────────────
… …
…………!!
片肘をついて飛び起きる。
思い出せないが、何かとても恐ろしく、そして寂しい夢を見ていた気がする。
涙が頬を伝い、顎の先から掛け布団に一滴したたる。
とっさに眼鏡をずらして涙をシャツの袖口で拭う。
(眠ってしまったのね…しかも眼鏡をしたまま)
ここは保健室のベッドの上だ。
状況を理解して安息とも嘆息ともつかぬ溜め息をつく。
ごう、とクーラーの室外機が低いうなりを上げている。
空調の風を受けたカーテンの衣擦れの音が、さやさやと響く。
胸元を少し緩めて風を入れる。
昼下がりの黄色く穏やかな陽光が、カーテン越しに柔らかく投げかけられる。
上半身を完全に起こすと、全身が寝汗にまみれているのか、
胸、腹、背中、脇の下に至るまで、汗の粒が重力に負けて肌を滑っていくのが分かる。
額に張り付いた前髪を払う。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:36:57.99 ID:ipTBxKiU0
ほどなくして、味覚に鉄分を感じるのに気付く。
右手の甲で拭うと、何か余程恐ろしい夢を見ていたのだろう、噛んだ唇から血が滲んでいる。
家に帰ったらシャワーで汗を流して寝てしまおう。食欲など到底湧かない。
夢ごときに精神を掻き乱される自らの不甲斐なさを恥じるばかりだ。
しばし呼吸を整えつつ、ぼおっとしていると、
不意に保健室のドアがノックされ、ドア越しに声が聞こえる。
「高橋さん、起きてるか?」
「あ、秋山さん」
「カーテン開けていいかな?」
「…どうぞ」
ドアを開ける音がして、足音が近付くと、
秋山さんは遠慮がちにカーテンを押しのけながら、私の顔を覗き込む。
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:39:29.46 ID:ipTBxKiU0
強い西日を浴びた秋山さんの髪も、朝と同じように、
いつもよりやや明るい色をしているように感じられた。
「ごめん、もしかして起こしちゃったか?そろそろ帰りのホームルームなんだけど…
動けないならこっちにに高橋さんの荷物を持ってくるよ」
「無理に起こされたわけじゃないから謝らなくていいわ。
でもホームルームは難しいかな。ちょっと汗かいちゃって…」
「確かに寝汗がすごいな。じゃあ荷物を持ってくるから。
あと、着替えのジャージも誰かから借りてくる」
「ごめんね。ありがとう…あれ?どうしたの、それ?」
秋山さんの顔を間近でよく見ると、唇の端が切れている。
「ああ、これ?別に乾燥してもいないのに、いつの間にか切れてたよ。
さすがに高校生でお肌の曲がり角は勘弁してほしいな」
秋山さんはそう言って苦笑し左の親指で口元を拭う。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:44:00.52 ID:ipTBxKiU0
二、三のやりとりの後、秋山さんは教室に戻っていった。
彼女は私と似ている。が、なぜこうも違うのだろう。
恥ずかしがり屋で引っ込み思案なのにファンクラブができるほどの人気。
軽音部でも大いに活躍しているのも頷ける。
それだけに一方で、軽音部の凡俗どもに振り回されているのが残念だ。
朱に交われば何とやら。そのうち身を滅ぼすのではないか。
秋山さんの足音が遠ざかるのを聞きながら、私はそう憂慮した。
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:45:20.14 ID:ipTBxKiU0
二、三のやりとりの後、秋山さんは教室に戻っていった。
彼女は私と似ている。が、なぜこうも違うのだろう。
恥ずかしがり屋で引っ込み思案なのにファンクラブができるほどの人気。
軽音部でも大いに活躍しているのも頷ける。
それだけに一方で、軽音部の凡俗どもに振り回されているのが残念だ。
朱に交われば何とやら。そのうち身を滅ぼすのではないか。
秋山さんの足音が遠ざかるのを聞きながら、私はそう憂慮した。
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:48:11.13 ID:ipTBxKiU0
カーテンを完全に開いて視線を窓の外に移すと、埃っぽい校庭に西日が燦々と降り注いでいる。
(早く休日にならないかな…)
今週末も、また、土蔵の古書を渉猟するとしよう。
あの場所は、旧き良き先人たちの知恵が横溢する聖域だ。
そう、まさに私だけの聖域。
くだらない人間関係に巻き込まれるよりは、
喜ばしい知識に囲まれて暮らすことが、私には至上の幸福なのだから────
終わり
(ふりだしに もどる?)
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:55:35.99 ID:ipTBxKiU0
これで終了。
一応、メガネをかけた時点で身体が、そして人格・記憶が一部混在しつつ入れ替わる。
髪の色が明るくなっている描写がそれ。
そして保健室でのやりとりにより人格・記憶も完全に入れ替わる、と。
最近ひいきにしているモブの高橋風子の出番が少ないので、
逆に「澪をメガネ無し風子とすればいい」と思ったのと、
作画のブレで、今週の澪は風子っぽいな、などと思ったのがきっかけ。
でも風子はこんな根暗じゃなくてもっと健気に頑張る子だと信じたい。
とりあえず、けいおんモブの中では風子一押しだっつーことだよ言わせんな恥ずかしい。
放課後も、いつものように軽音部ではティータイム。
私も半ば呆れつつ、雑談の輪に加わる。
ムギが紅茶を淹れてくれる。
唯がお菓子にがっつく。
梓が練習しようと急かす。
律がはしゃぐ。
私が律のデコを叩く。
ティータイムの後、申し訳程度に練習をする。
こうして、今日という時間も、いつものように過ぎ去った。
部活中も、私は手紙のことには触れなかった。
部活後、律にだけ、明朝は所用で一緒に登校できないことを伝えておいた。
5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:46:16.36 ID:ipTBxKiU0
──翌朝
校門が開いてまだ間もない、いまだ人気のない昇降口。
下駄箱を開け閉めする音がやけに大きく聞こえる。
靴を上履きに履き替えて床を爪先で叩きながら、
「話って何だろうな…相当重要な話なんだろうけど」
と、独り言を呟きつつ、まさか告白されたりしないよなあ、などと苦笑する。
意を決して教室に入ると、誰もいない。
いきなり背後から驚かされたりしては心臓に悪い。
周囲を見回しつつ、恐る恐る声を出す。
「おい、ムギ?いないのか?」
しかし、返事はなく、静寂が答えるのみだった。
少し早く来すぎたのかもしれないな、と、独り合点する。
ひとまず、自分の席に荷物を置いて腰掛けようとすると、机の上にある何かが光った。
7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:47:45.58 ID:ipTBxKiU0
「眼鏡…」
シンプルでオーソドックスな眼鏡。洒落っ気はないが、野暮ったい感じもない。
黒っぽく細いチタンフレームで、掛け心地はよさそうだ。
だがレンズの向こう側の像が大きくゆがむところを見ると、
レンズは薄いが、向こう側の景色が縮んで見えるので、度はかなり強いことを伺わせる。
おそらく、隣の高橋さんが間違えて私の席に置いてしまったのだろう。
ということは、高橋さんももう登校しているということか。
でも、眼鏡を置いたままどこに行ったのだろう。
ふと、イタズラ心が脳裏をかすめた。
「か、掛けてみちゃおうかな。ちょっとだけ…」
同じクラスになってからというもの、私と高橋さんはそっくりだとよく言われる。
席が隣ということもあり、しばしばからかわれるのだが、実際どのくらい似ているのだろう?
好奇心にかられ、私は鞄から手鏡を取り出すと、その眼鏡を掛けてみた。眼鏡の度で視界が歪む。
…なるほど、手鏡に映る像は確かにそっくりだ。他人のそら似とはよく言ったものだ。
高橋さんがドッペルゲンガー呼ばわりされてしまうのも頷ける。
9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:49:19.38 ID:ipTBxKiU0
「度が強すぎるな。気持ち悪くなる前に外そう…」
そう思って眼鏡のツルに手を掛けた瞬間。
強烈な頭痛。
視界はさらに激しく歪む。
異変と危険を察知した私は、眼鏡を必死に外そうとする。
しかし、眼鏡は肌に癒着したかのごとく、外れない。
呼吸がままならなくなる。
左右のこめかみを万力で締め上げられるような激痛。
同時に、全身の血が脳内に充満してくるような圧迫感。
「ぐ……ぁッ……!」
私は、叫びにならない叫びを上げて意識を失う。
その刹那、手鏡の中の私の顔が、かすかに嘲笑を浮かべた気がした。
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:51:11.89 ID:ipTBxKiU0
一応補足。風子とは高橋風子(↓)。けいおんのモブキャラ。最近出番少ないので書く。
外見は基本的にメガネ澪。髪は黒より少し色が薄い濃灰色。
なおスレタイは第10話のセリフから。
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13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:53:30.79 ID:ipTBxKiU0
… ……
……橋…!……さん!おーい!寝たら死ぬぞ~!衛生兵っ!衛生兵~っ!」
うるさい。しつこい。
肩を激しく揺さぶられて、たたき起こされる。
どうやら朝から居眠りしてしまったらしい。
ぼんやりとした意識のまま、眼鏡を直しつつ顔を上げる。
聞き慣れたはずの声に、見慣れたはずの額とカチューシャ。
「…ああ、田井中さん、おはよう」
「ここは澪の席だぜ?いくらメガネ澪だからって席まで一緒じゃ困るなぁ」
努めて穏やかな表情を保とうとするが、こういうガサツでやかましい人種は正直好かない。
だが、田井中さんの名を呼んだとき違和感を覚えたのは何故だろう。
17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:55:04.07 ID:ipTBxKiU0
すると、秋山さんが教室に入ってきた。
「朝っぱらからうるさいぞ、律」
「うお!本体のお出ましだ。『フッ、それは残像だ』とか言わないの?」
「ふざけるなって!」
「ところで今日はなんで早く登校したの?」
「ちょっと早めに来て自主練してた。誰かさんのせいで最近おろそかだしな~」
「スミマセンデス!」
秋山さんが田井中さんと掛け合い漫才のように話している間に、
私も、そそくさと隣にある自分の席に戻る。
18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:56:20.67 ID:ipTBxKiU0
秋山さんが自席に近付いてきて、私に話し掛ける。
「おはよう高橋さん。ごめんな。いつもうるさくて」
「大丈夫よ。気にしてないから」
気にしていても言えるわけないのに。溜め息が混じりそうになるのをごまかす。
それに気にしてはいないというのは嘘ではない。気に食わないし気に入らないけれど。
このくらいで目くじらを立てていたら私の狭量さが知られてしまう。
席に座った秋山さんが不思議そうにつぶやくと、田井中さんが応じる。
「ん? なんか席が温かいな」
「澪2号さんが秀吉ばりに席を暖めておいてくれたようでーす!」
メガネ澪だの澪2号だの言わないで。私にはちゃんとした名前があるの。
高橋風子という名前が。
そう内心で反感を抱きつつも、言い返せない自分にも腹が立った。
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:57:45.54 ID:ipTBxKiU0
教室内にもだいぶ人が増えてきた。もうすぐ朝のホームルームだ。
窓から差し込む朝の日差しを眺めて眠気を覚ましていると、教室後方の集団が視界に入った。
平沢さんの席を中心にして、軽音楽部の面々及び真鍋さんが談笑している。
軽音楽部を見ていると、全くもって理解に苦しむ。秩序も統制も何もない。
平沢さんや田井中さんは言わずもがなとして、
幼馴染みのよしみとはいえ、秋山さんが田井中さんとつるんでいる理由もわからないし、
琴吹さんはこんな交友関係で家名に傷が付くとは思わないのか。
真鍋さんも平沢さんのようなお気楽極楽で自堕落な人間のどこがいいのだろう。
そんな理解不能な連中がこの上なく疎ましく、嘆かわしく、
そして、この上なく妬ましく、羨ましかった。
私はクラスでは特段好かれも嫌われもしていない。
が、その立場を保つためにどれほど汲々としていることだろう。
“オンナノコの世界”とやらは、無用な暗黙の了解が多すぎる。
朝からまた溜め息をつきたくなる。
20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:58:48.73 ID:ipTBxKiU0
強い朝日が窓から差し込んでいるせいなのか、秋山さんのつややかな黒髪は、
いつもより明るい色をしているように見える。
秋山さんと一瞬目が合った。
私とそっくりなのに、なぜこうも違う境遇なのだろう。
心中を見透かされているような気がして、黒板に視線を逃がすと、予鈴が鳴る。
ほどなく、朝のホームルームが始まった。山中先生が連絡事項を伝達する。
「…それと、来週は月曜が祝日なので、水曜に月曜の時間割で授業をします。
教科書や宿題を忘れないよう、各自メモしておいてね」
このハッピーマンデーとやらのせいで、時間割が変則的になるのは煩わしい。
連休だろうが単発休日だろうが、私には関係はない。
もちろん、休日はありがたいことだ。
些末な人間関係に煩わされずに、喜ばしき知識に親しむことができる。
休日でありさえすれば、家の土蔵にある古書を読みふけることができるのだから。
21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 22:59:55.15 ID:ipTBxKiU0
そんなことを思いながら、時間割変更をメモしようとする。
手帳を押さえ、シャープペンを持つ。と、手が止まる。
(字が、書けない?)
力を込めたペン先がぶるぶると震える。ほんの数秒だったが、長く感じた。
が、そのとまどいの後、あっさりと問題は解決した。
まったく馬鹿馬鹿しいことだ。まだ寝ぼけているのかもしれない。
「…左手で書けるわけないじゃない」
無意識に独りごちて、ペンを持つ手を握り替える。
そうして右手にペンを握った瞬間、視界の右端に、同じようにペンを握り替える秋山さんの姿が映った。
彼女は、右手から左手にペンを握り替えると、呟いた。
「私が左利きだったな」
そう言って、彼女が私のことを横目でちらと見遣ったような気がした。
23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:02:18.18 ID:ipTBxKiU0
(私“が”左利き? 私“が”? “が”? “が”?)
その何気ない一言で、体内の血液全てが一瞬にして水銀に置き換わったような衝撃を受ける。
瞳孔が極限まで収縮し、また散大する。
汗腺という汗腺から汗が噴き出し、動悸が激しくなる。
突如、私は秋山さんに掴みかからねばという衝動に駆られ、
席から腰を浮かそうとするが、目眩がして崩れ落ちる。
床に頭を打ち付けるかという、すんでの所で秋山さんに支えられる。
山中先生が駆け寄る。クラスは騒然となる。
「高橋さん!どうしたの?大丈夫!?」
「は、はい…」
私はそう答えるのが精一杯だった。
前方から寄ってきた田井中さんが遠慮がちに言う。
「高橋さん、朝も机に伏せてたし、席も間違えてたし、体調悪いんじゃ…」
「私、このまま高橋さんを保健室に連れて行きます。しばらく安静にしたほうが」
「それがいいわね…。じゃあ秋山さんお願いね。他の人は席に戻って」
山中先生に促され、教室はようやく平穏を取り戻す。
私は秋山さんに支えられて、教室を後にした。
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:04:36.81 ID:ipTBxKiU0
──廊下
板張りの廊下に、上履きの抑揚のない足音がひたひたと響く。
なぜ、秋山さんに掴みかかろうとしたのか、自分でも分からない。
私の体はかすかに震えている。
秋山さんが口を開く。
「風邪なのか?」
「ううん、熱はないわ」
さらに秋山さんが視線を前方に泳がせたまま問う。
「……………ムギから私宛ての手紙、覚えてるか?」
「いつの手紙のこと?」
「いや、分からないならいいんだ」
質問の意図がつかめなかった私の反問に対して、秋山さんは答えない。
そのまま、保健室まで一言も交わさぬまま、私たちは歩いた。
保健室までの道のりが、恐ろしく長く感じられた。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/08/22(日) 23:06:44.30 ID:ipTBxKiU0
──保健室
秋山さんがドアをノックする。
「失礼します。って、先生いないな。今日は出張みたいだ」
「勝手に使っちゃっていいのかな…」
「大丈夫だろ。体調が悪くて休ませてもらうだけだし」
誰もいない保健室に着くと、私は秋山さんに促されてベッドに横たわる。
朝の白く鋭い日差しは、ベッドの周りのカーテンによって和らげられる。
横たわる私の上に、秋山さんが掛け布団を掛けてくれる。
「秋山さんごめんね。手間かけちゃって」
「………………本当に手間だよ。しらばっくれちゃってさ。なめてるのか?」
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:11:39.60 ID:ipTBxKiU0
無表情のままの悪罵。
私がその発言の意図を推測しようとする前に、
文章の意味を理解する前に、
いや、発声の認識さえし終えないうちに、
秋山さんは布団を掛ける体勢から、そのまま馬乗りになってきた。
危機を感じて反射的に身をよじるが、布団が邪魔で身動きができない。
叫ぼうにも、驚愕と恐怖に支配されて、酸欠気味の水槽の中にいる金魚のように、
私はただ間抜けに口をぱくぱくと動かすのがやっとだった。
「安心してくれ。静かにすれば危害は加えない。高橋さんに傷を付けると私も困るからな」
そう言って、秋山さんはポケットから紙片を取り出す。
秋山さんの長い髪が私の周囲の視界を薄暗く遮る中、紙片のみに意識が集中する。
「さて、さっきの廊下での質問の続きだけど、この手紙に見覚えはないか?」
手紙にはこう書いてある。
『明日の朝早く、誰もいないうちに教室に来て。
理由は聞かないで。詳しくはそのとき話します。』
29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:13:49.55 ID:ipTBxKiU0
私は、手紙を回すときには、中身は決して見ないことにしている。
見たいという好奇心などないといえば嘘になるが、それ以上に、
盗み見たとか見ないとかのくだらない諍いに巻き込まれたくはない。
第一、こんな手紙に大して重要なことは書いていないのだから。
しかし、その一方で、私の記憶には、この文言がはっきりとあった。
「どうだ?実は今朝早く高橋さんのポケットから拝借したんだけど」
「え……私が持ってたの?でも秋山さん宛てだったんでしょ……?」
ようやく機能しはじめた脳をフル回転させて私は答える。
「しらを切っている訳じゃなさそうだけどまだ記憶が曖昧か…でも見覚えはあるな?」
私は、小さく頷いた。
冷や汗とも脂汗ともつかない汗が額に浮かび、前髪が張り付く。
「よく正直に答えてくれた。これは、高橋さん、君が書いたんだ。
筆跡まで琴吹さんに、いや、ムギに似せて、ご丁寧なことだ」
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:16:09.37 ID:ipTBxKiU0
「私は、そんな手紙なんか書いたことは…」
私が否定しようとすると、秋山さんが薄く嗤笑しながらささやく。
「『日頃、手紙を回さない自分の名前で渡すのでは不自然だ。軽音部員の名を借りよう。
しかし、唯や律はメモで相談を切り出すようなガラではなさそうだ。だから、ムギの名を騙ろう。』
高橋さんは、そう考えた。…違うか?」
私は答えない。
大脳どころか脳幹までまさぐられるような不快感。
これまでの人生でそんな手紙など書いたことなどないという確信はある。
しかし、一方でこの手紙を書いた記憶も確かにあった。
「じゃ、もう少し種明かしをしようかな。いま、高橋さんはこう思っている。
『仮に、そうだとして、なぜ秋山澪宛ての手紙を、書いた本人でもある高橋風子が持っていたのか』と」
秋山さんは、私が思っていたことを寸分違わず言い当てる。
気色悪さを通り越して感心している自分に気付く。無言のまま、再び私は小さく頷く。
ベッド脇のサイドテーブルの上にある目覚し時計の針の音が、やけに大きく聞こえる。
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:20:15.95 ID:ipTBxKiU0
秋山さんは、幼稚園児に手ほどきするように鷹揚な態度で、語り続ける。
「簡単なことだよ。これは、君が書いて、君が受け取ったんだぞ。
正確には、高橋風子の人格たる君が書き、秋山澪の肉体たる君が受け取ったとでも言おうかな」
「…ごめんなさい。秋山さんの言っている意味が全然分からないの」
なんとか平静を取り戻しつつあった脳が再び混乱し始める。
心胆寒からしめられるとはこういうことか。
秋山さんはそんな私を意に介さず、話を続ける。
「今朝、君は時間割変更の連絡のとき、一瞬、左手でペンを持ったろ?
そして“左手で書けるわけないじゃない”と呟いた。
私も、違和感を持ってはいたんだけれど、それで確信してしまったんだよ。
……入れ替わる前の記憶が残っていることに」
「入れ…替わる…?」
「もしかしたら君にも、“それ以前”の記憶が残っているんじゃないか、と思ってね。
それで『私が左利きだったな』って、カマをかけたんだ。
案の定、君は取り乱した。“左利きだったとき”の記憶が頭の片隅に残っていたんだ」
「…入れ替わるって、何と…何が…?」
私は、その答えが何であるかを認識しつつあった。
しかし、認容したくはなかったのだ。
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:23:14.13 ID:ipTBxKiU0
そして、秋山さんは事も無げにさらりと断言する。
「『何と何が』だって?『誰と誰が』の間違いだろ。
野暮なことを質問するんじゃない。君も分かっているはずだぞ。
……秋山澪と、高橋風子が、入れ替わったんだよ」
髄液に液体窒素を流し込まれたかのように慄然とする。
「非科学的な…ありえない…」
「信じたくなければそれも結構。が、記憶は嘘をつけない。思い出せ。
……高橋家の裏庭の土蔵。二階の左から四列目最奥の書棚。上から三段目。
堅牢な赤茶色い背表紙。羊皮紙製の古びた分厚い洋書。第五章第七節」
秋山さんは淡々と説明する。
言われた通りに記憶をたどると、幻灯のように滑らかに脳裏に再現される。
カビ臭い土蔵の臭い、古書の重量感、羊皮紙の手触りさえ思い起こされる。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:25:00.48 ID:ipTBxKiU0
「…さて、その内容も思い出してくれたか、な?」
私は秋山さんの問いに吸い込まれるようにして答える。
「他者と心身を入れ替える秘儀…」
「ご・名・答。ただ、残念ながら、秘儀は不完全だったみたいだな。
文書の手順通りにしたはずだが、お互いの記憶と人格は共有され混在したままだ。
秘儀に関する知識も消えるはずなのに残ってる。君も分かっているだろ?」
「そんな!」
秋山さんは、したり顔で私に同意を求めるが、私は受け入れない。
しかし、なおも私の意思を無視して、秋山さんは私を求めようとする。
「このままでは、お互いに社会生活に、ひいては今後の人生に支障を来たす。
だから、完全に入れ替わるために秘儀を完遂させねばならない。血を、交わすぞ」
「……ふ、ふざけるなっ! 何故こんなことを!?」
私は、出しうる限りの気力と声量で問うた。
36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:26:25.80 ID:ipTBxKiU0
すると、目の前の“秋山さん”の表情が、険しく、しかし悲しげに崩れる。
「…羨ましかったんだ」
「それは、秋山澪の、ことが、か?」
私が『秋山澪』の名を出して問うと、“秋山さん”のこれまでの余裕に満ちた冷笑的な態度が一変し、
感情を露わにしてまくし立てる。
「なんでなのよ!?引っ込み思案で恥ずかしがり屋で人付き合いも苦手なクセに、
愚昧極まる軽音部のやつらに囲まれてヘラヘラヘラヘラ楽しそうにして!
私だって、私だって、共に語らう友達が、心開ける仲間が欲しかったのに!!」
呆気にとられた私は、思わず聞き返す。
「…たった、それだけのことで?」
「何がそれだけなもんか!ふざけないでよ!私の気持ちも知らないで!」
37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:27:54.58 ID:ipTBxKiU0
…そうか、そうだったのだ。
今、私の目の前にいるのは、まさしくもう一人の“私”。
もう一人の哀れで寂しく滑稽で孤独な秋山澪、澪2号だ。
周囲が自分を拒絶しているのではなく、自分が周囲を拒絶しているだけなのに。
自分が幸福になるための術を、他人の幸福を奪い取る以外に知らない。
他人を否定することでしか、自分を肯定することができなかったのだ。
結局、この“私”は、私以上に人との関わり方を知らず、
周囲を軽んじ、ないがしろにしながら、そのまま自分の世界に沈潜してしまったのだ。
私の肩口を抑えつけながら、“私”はまくしたてる。
「文学少女なんて聞こえはいいけど、ガリ勉で根暗で勉強以外に取り柄がなくて!
人間関係の構築もできない社会不適合者!どうせあなたもそう思ってるんでしょ!?
現に一生懸命気を遣ってるのに、嫌われないだけで全然好かれないじゃない!
テスト前くらいしか頼りにされない虚しさがあなたに分かるの!?」
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:29:26.45 ID:ipTBxKiU0
私も人付き合いは苦手だ。
よくよく考えてもみれば、いや、考えるまでもなく、
これまで作ってきたような歌詞を考えつく人間は世間から相当逸脱していると思う。
だが、私の周りには受け入れてくれる人々が居た。
幼馴染みの律、軽音部の仲間、和やさわ子先生、他のいろいろな人たち、
誰かが欠けていたら、私も“私”のようになっていたのかもしれない。
それらの人々の優しさ、暖かさ、心地良さ、ありがたさ、
目の前の“私”の幼稚さ、嘆かわしさ、愚かさ、哀しさ、
そして、私が“私”のようになったときの恐ろしさ、寂しさ、虚しさ、
そんなことに思いが致り、視界が涙で滲んでくる。
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:31:16.63 ID:ipTBxKiU0
そして、そんな私の顔を見た“私”が、苛立ちを私にぶつける。
「そんな目で見ないでよ!どいつもこいつも私のことを馬鹿にして!」
「……もう、やめよう、こんなこと。今なら間に合うよ。“高橋さ…」
「…その名で呼ぶな!私は、私はッ、“秋山澪”だッッッ!!!!!」
『高橋』と呼び掛けた瞬間、目の前の“私”の顔が憤怒と恐怖で醜く歪んだ。
激昂した“私”は全体重をその両腕に掛けて、私の頚を絞め上げてくる。
途端に鼓動が高鳴り、顔面が鬱血していく。
眼圧が高まり、目が充血していくような感覚に襲われる。
「か…はっ」
私の吐いた唾液の飛沫が、“私”の顔に張り付く。
驚いて我に返ったのか、私の頚を絞める“私”の手が弛み、離れる。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:33:19.32 ID:ipTBxKiU0
むせ込むのを必死に抑えて視覚に意識を集中すると、
眼鏡越しに見た“私”も、顔をくしゃくしゃにして呆然と涕泣していた。
涙とも洟とも唾ともつかない粘性のある“私”の体液が一滴、左のレンズに滴る。
僅かばかりの沈黙があった。
そして、“私”は嗚咽しながら、寂しげに、しかしはっきりと、こう言った。
「………ごめん。ごめんなさい。でも、もう、後には退けないんだ。
わかってくれ、わかってくれよ、“高橋さん”…」
「…嫌!嫌だッ!私は! 私が!!!“秋山────
続く言葉が紡がれることはなかった。
私の唇は“私”の唇によって奪われ、意識は暗転する。
41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:35:31.00 ID:ipTBxKiU0
──────────────────────────────
… …
…………!!
片肘をついて飛び起きる。
思い出せないが、何かとても恐ろしく、そして寂しい夢を見ていた気がする。
涙が頬を伝い、顎の先から掛け布団に一滴したたる。
とっさに眼鏡をずらして涙をシャツの袖口で拭う。
(眠ってしまったのね…しかも眼鏡をしたまま)
ここは保健室のベッドの上だ。
状況を理解して安息とも嘆息ともつかぬ溜め息をつく。
ごう、とクーラーの室外機が低いうなりを上げている。
空調の風を受けたカーテンの衣擦れの音が、さやさやと響く。
胸元を少し緩めて風を入れる。
昼下がりの黄色く穏やかな陽光が、カーテン越しに柔らかく投げかけられる。
上半身を完全に起こすと、全身が寝汗にまみれているのか、
胸、腹、背中、脇の下に至るまで、汗の粒が重力に負けて肌を滑っていくのが分かる。
額に張り付いた前髪を払う。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:36:57.99 ID:ipTBxKiU0
ほどなくして、味覚に鉄分を感じるのに気付く。
右手の甲で拭うと、何か余程恐ろしい夢を見ていたのだろう、噛んだ唇から血が滲んでいる。
家に帰ったらシャワーで汗を流して寝てしまおう。食欲など到底湧かない。
夢ごときに精神を掻き乱される自らの不甲斐なさを恥じるばかりだ。
しばし呼吸を整えつつ、ぼおっとしていると、
不意に保健室のドアがノックされ、ドア越しに声が聞こえる。
「高橋さん、起きてるか?」
「あ、秋山さん」
「カーテン開けていいかな?」
「…どうぞ」
ドアを開ける音がして、足音が近付くと、
秋山さんは遠慮がちにカーテンを押しのけながら、私の顔を覗き込む。
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:39:29.46 ID:ipTBxKiU0
強い西日を浴びた秋山さんの髪も、朝と同じように、
いつもよりやや明るい色をしているように感じられた。
「ごめん、もしかして起こしちゃったか?そろそろ帰りのホームルームなんだけど…
動けないならこっちにに高橋さんの荷物を持ってくるよ」
「無理に起こされたわけじゃないから謝らなくていいわ。
でもホームルームは難しいかな。ちょっと汗かいちゃって…」
「確かに寝汗がすごいな。じゃあ荷物を持ってくるから。
あと、着替えのジャージも誰かから借りてくる」
「ごめんね。ありがとう…あれ?どうしたの、それ?」
秋山さんの顔を間近でよく見ると、唇の端が切れている。
「ああ、これ?別に乾燥してもいないのに、いつの間にか切れてたよ。
さすがに高校生でお肌の曲がり角は勘弁してほしいな」
秋山さんはそう言って苦笑し左の親指で口元を拭う。
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:44:00.52 ID:ipTBxKiU0
二、三のやりとりの後、秋山さんは教室に戻っていった。
彼女は私と似ている。が、なぜこうも違うのだろう。
恥ずかしがり屋で引っ込み思案なのにファンクラブができるほどの人気。
軽音部でも大いに活躍しているのも頷ける。
それだけに一方で、軽音部の凡俗どもに振り回されているのが残念だ。
朱に交われば何とやら。そのうち身を滅ぼすのではないか。
秋山さんの足音が遠ざかるのを聞きながら、私はそう憂慮した。
45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:45:20.14 ID:ipTBxKiU0
二、三のやりとりの後、秋山さんは教室に戻っていった。
彼女は私と似ている。が、なぜこうも違うのだろう。
恥ずかしがり屋で引っ込み思案なのにファンクラブができるほどの人気。
軽音部でも大いに活躍しているのも頷ける。
それだけに一方で、軽音部の凡俗どもに振り回されているのが残念だ。
朱に交われば何とやら。そのうち身を滅ぼすのではないか。
秋山さんの足音が遠ざかるのを聞きながら、私はそう憂慮した。
46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:48:11.13 ID:ipTBxKiU0
カーテンを完全に開いて視線を窓の外に移すと、埃っぽい校庭に西日が燦々と降り注いでいる。
(早く休日にならないかな…)
今週末も、また、土蔵の古書を渉猟するとしよう。
あの場所は、旧き良き先人たちの知恵が横溢する聖域だ。
そう、まさに私だけの聖域。
くだらない人間関係に巻き込まれるよりは、
喜ばしい知識に囲まれて暮らすことが、私には至上の幸福なのだから────
終わり
(ふりだしに もどる?)
48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/22(日) 23:55:35.99 ID:ipTBxKiU0
これで終了。
一応、メガネをかけた時点で身体が、そして人格・記憶が一部混在しつつ入れ替わる。
髪の色が明るくなっている描写がそれ。
そして保健室でのやりとりにより人格・記憶も完全に入れ替わる、と。
最近ひいきにしているモブの高橋風子の出番が少ないので、
逆に「澪をメガネ無し風子とすればいい」と思ったのと、
作画のブレで、今週の澪は風子っぽいな、などと思ったのがきっかけ。
でも風子はこんな根暗じゃなくてもっと健気に頑張る子だと信じたい。
とりあえず、けいおんモブの中では風子一押しだっつーことだよ言わせんな恥ずかしい。
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