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キョン「朝起きたら鶴屋さんが隣で寝ていた」 part3

1 名前:都留屋シン[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:33:08.13 ID:wsfxcr/i0
こんばんわ、三回目になります。
前回せっかく他の方にスレ立ててもらってたのに
まったく気付かず自分で立ててしまって……ごめんなさいorz

partは一応外しました。
微妙にルール理解してなくてすいません。

若干体調がアレですががんばっていきたいと思います。
それではよろしくお願いします。



どうぞ

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:36:23.65 ID:wsfxcr/i0
普通に忘れるところでしたが前回と前々回のログです。
つ ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org660946.zip.html


4 名前:24/1 合言葉は 2683 つーるーやーさん[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:40:39.55 ID:wsfxcr/i0

見る見る内に景色が流れていく。
といってもそれは下り坂だからであって、決して俺が俊脚であるというわけではなかった。
前回発揮したような超常的な力は現れず、俺はどたどたと情けない足取りで坂を下っていた。
畜生、脚が痛てぇ。いつぞやたたらを踏んだときの比ではない、全身全霊全体重が俺の脚にかかる。
このままポッキリと折れてしまうんじゃないだろうか。
それは困るな。せめて鶴屋さんに追いついてからにしてくれよ。俺の両足。

息急き切りながら駆け下っていくと小さな人影が見えた。
見覚えのあるマフラーに、腰よりも遥か先に伸びたキレイな髪と後ろ姿。
俺が知っている人。俺が知っている先輩。
俺の可愛い先輩、鶴屋さんがそこにいた。
力なく肩を落として、道端にじっと座り込んでうつむいて。

普段の鶴屋さんからは絶対に想像のできない姿だった。
ぬけがらのように何もない地面を見つめる姿からはいつもの覇気が感じられない。
こんな繊細な人を、俺はどうしてあんな風に傷つけちまったのか。悔やんでも悔み切れない。
ただ今は、鶴屋さんの元へ一刻も早く駆けつけたかった。その後どうするかは、その後考えればいいのだ。

俺は急ブレーキをかけて鶴屋さんの背中に手を伸ばした。

キョン「鶴屋さ──」

次の瞬間、俺の身体は宙を舞い一回転した後背中を地面に強かに打ち付けたのだった。おぅふっ。

肺から空気が一斉に飛び出し痙攣し縮みきった横隔膜では一切の外気を取り込むことができなかった。
俺は仰向けで逆転した天地の今は上方にある恐らく大地かっこ鶴屋さんの方かっことじるを見上げた。

鶴屋さん「──っの! なにすんっ、ってキョ、キョンくんっ!?」


5 名前:24/2[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:43:45.09 ID:wsfxcr/i0

驚いているような表情の鶴屋さん。いや、実際に驚いているんだろう。
なんで俺がいるのか、なんで自分に投げ飛ばされているのか、状況が飲み込めないといった表情だ。
俺はなんとか体勢をうつ伏せに変え両腕をついて上半身を起こす。

鶴屋さん「だ、だいじょぶかいっ! キョンくん! キョンくんっ!」

鶴屋さんが俺に駆け寄り気遣うように俺の両腕に手を添える。
苦しそうな俺の顔を覗き込んで心配そうにする。

鶴屋さん「な、なんでキョンくんがここにいるのさっ!?
       そ、それになんで、どうして、わ、わけがわからないよっ、どういうことなのさっ!」

さっきとはまるで逆だ。俺がまともに喋れなくて、鶴屋さんが一方的に喋っていて。
ついでに俺が鶴屋さんの名前を呼んでいるところも。
俺はいまだに何も喋れないでいる。
さすがに坂の上から投げ飛ばされて背中を思いっきり打ち付けたのだ。
五分や十分休んだ程度では回復しない。
畜生、すぐにでも伝えなきゃならないことがあるってのに。
俺がどうすることもできないでいるとポケットの奥から話し声が聞こえてきた。

ハルヒ「──ちょっと、キョン、聞いてるの!?
     なによ今のガチャガチャって音、鶴屋さんのとこには着いたの!?
     ねぇってば! キョン! キョン!!」

どうやら俺は電話を切り忘れてきちまったらしい。
会話の後ポケットにつっこんだまま放置していた。
俺はなんとかポケットに手を突っ込むとハンズフリーのボタンを押した。

ハルヒ「ちょっと! キョン! キョン! もう鶴屋さんには追いついたんでしょうね! キョン!」

7 名前:24/3[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:46:00.31 ID:wsfxcr/i0

鶴屋さん「ハルにゃんっ!? ハルにゃんなのかいっ?」

ハルヒ「その声は鶴屋さん!
     よかった、バカキョンが追いついたのね。ところでキョンはどうしてる?
     さっきからうーともあーとも言わないけど」

鶴屋さん「そ、それがっ……さっ……」

鶴屋さんは申し訳なさそうに言う。

鶴屋さん「あたしがぽいっと投げ飛ばしちゃったさ……それも坂の上から」

ハルヒ「あちゃー」

ハルヒの呆れたような声が響く。

鶴屋さん「突然後ろから掴まれたから敵対する亀屋一族の刺客かと思ったっさっ」

だんだん鶴屋さんの家は極道か何かなんじゃないかと思えてきた。それでも違和感がないから困る。

ハルヒ「え、キョンがそんなことをしたの? それは自業自得ね。むしろ追い打ちをかけておくといいわ」

無茶言うな、死んじまう。

鶴屋さん「いやぁそれはさすがにひどいっしょ。元気になってからにしとくよっ。死なない程度にさっ♪」

うおーい、そんな満面の笑顔で言わないでくだっさい! ただそうされても仕方がないことは否定のしようがない。
むしろその程度で済むならよかったと思うべきだろう。


8 名前:24/4[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:48:32.02 ID:wsfxcr/i0

ハルヒ「と、言うわけで!」

ハルヒがまとめに入る。どういうわけだ。

ハルヒ「そこのバカはいろんな誰かの為だとか
     鶴屋さん自身の為でもあるとか
     いい加減で自分勝手な思い込みで貴女を思いっきり苦しめました。
     さて、どうしますか? どのように血祭りに上げますかっ!」

ハルヒが恐ろしいことを言い始める。

鶴屋さん「そうさねぇ。
       まずはあばらをへし折って身動きを取れなくした後で
       じっくりと肉体の機能を奪っていくっさっ。
       そして完全に無抵抗になったところを絞め技でじわじわと体力を奪っていってそれから……」

鶴屋さんは俺を値踏みするように見た後さらりと言う。
ハルヒも電話の向こうで若干引いていた。

「さ、さすが鶴屋さん。恐ろしい子」などと言って。むしろお前が恐ろしいわ。

俺はハルヒとの通話を切るとそのまま一緒に電源も切った。
先程までの賑やかな空気は一瞬にして消え失せ夜の静けさだけが残った。
鶴屋さんは不安そうに俺を見る。
ハルヒの賑やかさにつられて明るく振る舞ってはいたが、やはりさっきの今なのだ。
どうしようもなく距離感がある。目の前にいる鶴屋さんがいつもより小さく遠くに見えた。
それは肩を落として申し訳なさそうにしていることに加えて、俺のことを信頼しきれないでいるからなのだろう。
当然だ。ハルヒの手ではなく、俺は俺の手でこの人の信頼を取り戻さなければならない。
それが俺の今すぐとりかかるべき最大の重要課題なのである。

10 名前:24/5[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:51:17.33 ID:wsfxcr/i0

とはいえ俺の呼吸はいまだ絶え絶えでまともに喋るどころか立ち上がることさえ困難だ。

(さて、ここからどう出るんだ、俺? どう立ち回るんだ?)

そんなもん、決まってんだろ。

俺は鶴屋さんを強引に抱き寄せ、そのまま胸の前で抱きしめた。
鶴屋さんはそれでも不安そうに、怯えるように俺を見上げる。
目線を合わせるのが怖い。そう訴えるように。
鶴屋さんは俺の顔から視線を落とし俺の胸元に置いた。

気まずい沈黙が流れる。
俺はなんとか腹に力を込めつつかすれるような声を絞り出した。

キョン「つ……やさ……」

鶴屋さんの肩がビクリと震える。恐れるように、怯えるように組んだ両手をわななかせながら。

キョン「つるや……さ……鶴屋さん……鶴屋さんっ!」

ようやく言葉にして紡ぐことができた。俺は鶴屋さんの名前を何度も呼ぶ。
そのたびに鶴屋さんは肩をいからせてうつむいていく。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。

キョン「鶴屋さん……俺はずっと、あなたのことを雲の上の人だと思ってきました。
     俺には手の届かない、掴みどころのない人だって」

鶴屋さんは驚いたように俺の顔を見る。疑うような、それでいて期待するような視線。
その瞳を見据えて俺は言うべき言葉をつなげて行く。


11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:53:48.82 ID:wsfxcr/i0
>>9

折り返しは過ぎているのでとりあえず行けるとこまで行こうと思います。




12 名前:24/6[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:55:58.59 ID:wsfxcr/i0

キョン「俺は、あなたの、鶴屋さんと俺の違いばっかりに気が行っていて、
     それで鶴屋さんが俺に何を期待してくれているのか考えたこともありませんでした。
     鶴屋さんは名家のお嬢様で頼りになる先輩で、
     俺はというとただの一般人で頼りにならない情けない後輩です」

鶴屋さんは辛そうな表情で俺を見る。そんなことないと言いたいのだろうか。
何度か言葉を発しようとした後、苦い表情で押し黙る。
それでも視線は俺から逸らさず、今にも泣き出しそうになりながら。

キョン「そしてごめんなさい、鶴屋さん」

鶴屋さんの視線が小刻みに泳ぐ。
動揺、恐れ、不安、期待、すべてがないまぜになった感情が瞳の奥に陰っていた。
鶴屋さんは寒さで赤らんだ頬を上気させながら俺の言葉をただじっと待っている。

キョン「あなたが俺を必要としてくれている以上に、
     俺にはあなたが必要みたいです。鶴屋さん……」

俺は言うべきことを言う。伝えるべきことを伝える。
ただ目の前の先輩に安心してもらって、俺のことをもう一度信頼してもらう為に。




14 名前:24/7[sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:58:52.64 ID:wsfxcr/i0

キョン「鶴屋さんが俺のとこに居られなくなったら、俺が鶴屋さんのところへ行きます。
     それはもう迷惑がられるでしょうが、そんなこともうどうでもいいです。
     財産目当てかと言われたらそいつはぶん殴っておきます。
     それで鶴屋さんが鶴屋さんの家に居られなくなったとしたら、
     そのときはごめんなさい」

鶴屋さんが大粒の涙をこぼし始める。
苦しそうに歯を食いしばりながら、
それでいて瞳にはいつの間にかいつもの光が宿っていた。
暗い陰りはもうかけらも見られなかった。

鶴屋さん「バッカじゃないっかいっ」

鶴屋さんは言い放つ。そして目尻の涙を袖で拭うとまっすぐに俺を見据える。
後から溢れてくる涙で再び泣き出しそうになりながら。

鶴屋さん「ばかばかばかばかばかっ! キョンくんの、キョンくんのっ……!」

鶴屋さんが俺の胸を叩く度に大粒の涙がこぼれ落ちる。
鶴屋さんは俺を何度も何度も叩く。
その度に名前を呼びながら、俺の嫌いなあだ名を叫びながら。

言葉はやがて嗚咽に変わり鶴屋さんは俺の胸に額を目一杯力強く擦りつけてきた。
コートの襟を掴んだ手は少しずつ下がっていき、
俺の二の腕をなぞって背中にたどり着きそこで落ち着いた。
俺は鶴屋さんの脇の下から背中に手を回すと鶴屋さんが痛がらない程度にきつく、
ぎゅっと抱きしめた。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/02/16(火) 23:58:19.70 ID:PCK14syu0
しかし二次創作でこれだけ書くって執念だね

15 名前:24/8                  >>13自分でも呆然としました。[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:03:42.78 ID:zg1LfBPO0

鶴屋さんの喉からわずかに息が漏れる。俺の腕の中で鶴屋さんは小さく息をしている。
まぶたはきつく閉じられていたが目尻にもう涙は浮かんではいなかった。
安心したような大きなため息。それは荒い呼吸へと変わっていった。

俺の息も荒くなる。背中はまだズキズキと痛んだが、構うことはない。
そんなもん放っときゃ治る。

鶴屋さんが顔を上げて俺の目を見る。
そして期待するような瞳ではなく、命令するような強い視線を俺に投げかける。
責めるような、きつく問い詰めるような視線。悪事を働いた子供を叱るような目つきだ。
俺は気圧されてたじたじになる。参ったなこりゃ。

キョン「あの……俺のしたことを許してもらえますか……?」

鶴屋さんはニカリと満面の笑みを浮かべる。
ただそれはどこか邪悪を孕んでいて、良からぬ企みを予感させ、何より八重歯が威圧的だった。
俺は嫌な予感がした。俺の危険探知スキルはレッドアラートを鳴らしている。
ただもう俺は立ち戻れないところまで着ていて、
恐らくそこはとんでもない猛獣の縄張りで、
いつの間にやら俺は囚われの哀れな餌なのであった。

一体いつからだろう。
鶴屋さんが俺の隣に現れたあの日あの朝。
あの時から俺は、囚われの獣なのだった。

上等な狩人の前では、狼だって家畜同然だ。抗うことはできない。
そしてもう抗う気もない。俺が主導権を握れる最後のチャンスは、
今日を最後に永遠に失われたのだから。


16 名前:24/9[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:06:56.72 ID:zg1LfBPO0

鶴屋さん「んっ」

鶴屋さんが目を閉じて唇を差し出してくる。さっさとしろとでも言わんばかりに。
些かの逡巡も俺には許されていなかった。

俺は鶴屋さんの肩を抱いて、自分の唇を鶴屋さんの唇に重ね合わせた。
鶴屋さんの肩が一際大きくこわばる。
その後は安心したように力が抜け、俺に身を任せるように体重を委ねてきた。

どれくらいそうしていただろうか。どちらからともなく唇を離す。

鶴屋さんの俺を見つめる瞳はトロンと惚けたように虚ろで、それでいて恍惚に満ちていた。
口はわずかに開き、確かめるように舌で二三回唇を舐めた。
胡乱な瞳で俺の口元を眺めている。
鶴屋さんはそれでもまだ不満そうだ。というより物足りないといった表情だった。
俺の耳元に唇を寄せると囁くように語りかけてきた。

鶴屋さん「キスだけじゃ足りないっさ……
       なんで人は男の子と女の子に別れてるか……キョンくんは知ってっかいっ?」

俺の額を一筋汗が伝う。極めつけに冷たい、氷のような汗だった。
鶴屋さんは今から悪事を働こうと嬉々としている犯罪者のように俺を見据える。
いや、獲物をどう料理しようか思案している腹ペコの狩人のような目だった。
あの日あの朝あの時から俺は囚われの獣で、
間抜けにも自ら皿の上に飛び乗った家畜同然の狼なのだった。





19 名前:24/10end[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:09:35.53 ID:zg1LfBPO0


鶴屋さんがもう一度俺にキスをする。今度は自分から、激しく強く求めるように。

冷たい汗はいつの間にか引いていて、俺の頬も上気していた。
いつの間にか胸の奥に暖かい日差しが指しているような、そんな清々しさとぬくもりを感じる。
手は空気の冷たさを甲に感じると同時に鶴屋さんの体温を手のひらで感じていた。
小さな火がかすかに灯るような、そんな暖かい感覚がした。

それは俺の両腕を通り、脳へと伝わり、様々な電気的スパークを織りなして、
深い慈しみへと変わったのだった。

鶴屋さん「それじゃぁキョンくんっ。準備はオッケーっかなっ?」

鶴屋さんが俺に訪ねる。俺はいつでも微妙に準備不足です、鶴屋さん。

俺がそう言うと鶴屋さんはニカッと笑って、

鶴屋さん「めがっさ承知しないにょろっ!」

嬉しそうに俺を抱きしめたのだった。










21 名前:25/1dream[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:13:10.82 ID:zg1LfBPO0

また変な夢を見た。

再び見たのはちゅるやさんではなく、なんていうか、ものすごーく不可解で説明しにくいんだが……


朝倉涼子だった。


それもちゅるやさん並に小さい小動物みたいな朝倉だった。わけがわからん。
このもう一つの世界って奴は一体どうなってやがるんだ?

朝倉……ちゅるやさん風に言うとあしゃくらか?
で、そのあしゃくらは夜の俺の家の前に張り込むと封印された手紙を手に静かに佇んでいた。
俺の家の中からはちゅるやさんの話し声が聞こえる。

ちゅるやさんはスモチがいかに素晴らしいかについて語っているようだ。夢の中の俺の素っ気ない返事も聞こえる。
よかった、あいつらも仲直りしたんだな。いや、でもあいつらはもともと一緒に暮らしてるんだよな?
鶴屋さんが俺のとこに来たからあいつらは離れ離れになって、
それで俺が鶴屋さんと一緒にいることを選択したから、
そうか、俺が鶴屋さんと一緒に居るってことはそれはそのままこいつらが離れ離れになるってことなんだよな。

迂闊だった。だがどういうことだ。こいつらは今普通に生活しているぞ。

俺は嫌な予感がした。
まさかこっちの鶴屋さんに何かあったのか?
まずい、さっさと起きなければ。しかしどうやって起きればいいんだ。
頬でもつねってみるか。ところで俺の頬ってどこだ。身体も動かねぇ、ってか身体がねぇ。
意識だけがここにある感じだ。畜生、動けよ。

22 名前:25/2dreamend[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:16:04.88 ID:zg1LfBPO0

俺がどうにもできないでいると不意にあしゃくらの手が天にかざされた。
そのままくるくるとかき混ぜるように動かし始める。

俺の感覚のない背筋が凍りつきそうになる。
俺は似たような光景を見たことがあった。
忘れもしないあの時、長門がそうやって世界を変えたように、今まさにあしゃくらが世界を変えている。

あしゃくらがゆらゆらと天をかき混ぜた後、一際大きく風が吹いた。

俺の意識はその風に吹き飛ばされ高く高く舞い上がっていく。

町内、市内、県内、列島、大陸、惑星、銀河、宇宙、虚無。

どんどんと遠ざかり、やがて小さな点からなにもない広大で真っ白な世界へと変わった。

目がくらむような光。それは俺の部屋のベランダから差し込む朝の日差しのようだった。








24 名前:26/1[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:19:30.78 ID:zg1LfBPO0

目覚ましがなる前に俺は目を覚ました。
頭の奥、芯が抜けたような感覚がして首を捻った瞬間頭痛がした。
頭の前の方がズキズキと痛む。
ガンガンするというよりは前頭葉が麻痺しちまったかのような、エラーを起こしているかのような不快感がする。
ぼんやりとままならない思考で辺りを見回す。
なんかまた妙な夢を見たような気がするんだが、内容ははっきりと思い出せなかった。
なんだかえらいとんでもないような夢だった気がする。だが思い出せないのでは仕方がない。

鶴屋さんの寝息がして俺は壁側を見る。鶴屋さんは心地よさそうに眠っていた。
俺は心の底から安堵のため息をつく。なんだか鶴屋さんが居なくなっちまってるような気がしていたからだ。
どうやらそんなことは俺の杞憂に過ぎなかったらしい。やれやれ、俺もヤキが回り通しだな。

俺は鶴屋さんの頬を指の背でかるく撫でる。鶴屋さんは猫のような甘えるような声を出した。
まだ夢の中でうにゃうにゃと戯れているようだ。無理に起こすのも悪いので俺は目覚ましのタイマーを止めた。

軽く伸びをする。
寒かったので脱ぎ捨ててあった手近なシャツを適当に羽織った。

ベランダから外を覗くと一面に銀世界が広がっていた。俺はカーテンを閉じて外の光を遮った。

この分だと早めに登校した方がいいだろうな。
休校になる可能性もあるが一応準備だけはしておいた方がいいだろう。
俺は布団にくるまっていまだ夢の世界でまどろんでいる先輩の額にかかる髪の毛を指で繰り分けながら声をかける。

25 名前:26/2[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:22:51.36 ID:zg1LfBPO0
>>25 残り二つ山場が終わったらエピローグです。



キョン「鶴屋さん、朝ですよ。起きてください」

俺の声に反応してうっすらとまぶたを開くと再びむにゃむにゃと舟を漕ぎ始めた。

俺は鶴屋さんの布団を無理やりはぎ取ろうとしてやめた。
鶴屋さんの肩に毛布をかけてくるんでそのまま抱き起こす。鶴屋さんの首がくたっと俺にもたれかかる。
そのまま髪の毛を踏まないように気をつけながらベッドに座らせた。
舟はようやく港に着いたのだろう、
鶴屋さんは俺を認めると「おっすっ」と軽やかに朝の挨拶を交わした。俺もめっすっと返す。

鶴屋さん「んにゃは……もう朝にょろっ? なんだか眠り足りないっさ……」

まぁ眠るのが遅かったですからね。

鶴屋さんは「それもそうだねっ」と笑うと大きく伸びをした。

俺は鶴屋さんに肌着を渡す。鶴屋さんは毛布の中に潜り込むともぞもぞと中で着替えた。
鶴屋さんが毛布の中からピョコンと首を出す。そして言いにくそうに床を指差しながら、

鶴屋さん「それも取ってほしいっさ……」

と恥ずかしそうに笑った。俺はそれを拾い上げると鶴屋さんに手渡した。

鶴屋さん「ありがとっ、キョンくんっ」

そう言うと鶴屋さんはもう一度毛布の中に潜りこんでもぞもぞと動いた。

27 名前:26/3[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:26:45.97 ID:zg1LfBPO0

鶴屋さんが毛布から手を出すたびに新しい着替えを手渡した。俺もそろそろ着替えないとな。

髪を手ぐしで整えながら俺は制服に着替えた。
タイを結ぼうとしたところで着替え終わった鶴屋さんが毛布の中から現れた。
そのまま俺の前に立つとタイに手を掛け結び始める。あのー、鶴屋さん?

鶴屋さん「ちょっち任せてほしいっさっ。
       ただ初めてだから上手く結べないかもしれないけどねっ、そのときは許して欲しいにょろっ」

そう言う鶴屋さんはわりと慣れた手つきで俺のタイを結んでいく。
なんか俺より上手いぞ。本当に初めてなのか?

鶴屋さんはそんな俺の心を読んだのか「いっぱい練習したからねっ」とニカッと歯を見せながら笑った。

俺は身悶えしそうになりながらもなんとか平静を保つ。さすがに今そういう気分になるのはまずいだろう。
俺のひきつった顔を見て鶴屋さんはにゃははっと笑った。

妹ちゃん「キョンくん、鶴屋さん、おっはよ~!」

バタンと扉が勢いよく開いて妹が朝の挨拶をする。
俺と鶴屋さんは二人同時に妹へ振り向く。
鶴屋さんの手はちょうど俺の後ろ襟を直していて顔と顔が非常に近い位置にあった。
妹の顔がみるみる赤くなっていくのがわかる。おい、ちょっと待て、お前が思っているようなことではなくてだな。

妹ちゃん「ご、ごゆっくりー!」

妹は大慌てで扉を勢いよく閉めた。ドタドタと廊下を駆けていく音がする。
おいおい階段で転ぶなよ。鶴屋さんはケラケラと嬉しそうに笑っている。俺もなんだか笑ってしまった。


28 名前:26/4[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:29:53.88 ID:zg1LfBPO0

鶴屋さん「キョンくん、ちょっち手伝ってほしいっさっ」

鶴屋さんは俺に背中を見せると頼みごとをする。
なんですか、鶴屋さん。あなたのお望みでしたらなんなりと。

鶴屋さん「これこれっ」

鶴屋さんは自分の長い髪を指差す。

鶴屋さん「今日は結ってみようと思ってさっ、
       あたしがゴムを押さえとくからキョンくんはあたしの髪を通してくれないっかな?」

鶴屋さんは自分で一回髪の毛を髪ゴムに通すと後を俺に任せた。

俺は二度三度と鶴屋さんの髪を髪ゴムに通した。
いかんせん不器用なせいで鶴屋さんの首筋に俺の指が当たるたび鶴屋さんはくすぐったそうに笑い声をあげた。

ようやく結び終えたところで鶴屋さんが振り返る。長いポニーテール姿の鶴屋さん。
手を後ろに隠してやや前傾な姿勢で俺を上目遣いに見上げる。その表情はなんだか嬉しそうだった。
俺は恥ずかしくなって頬を指でかいた。

鶴屋さん「どっかな、キョンくん、似合ってるかいっ?」

当社比63%増しです。俺がそう言うと鶴屋さんは八重歯を見せながら笑った。

鶴屋さん「それじゃ、いこっかっ」

鶴屋さんが俺の手を引く。そのまま器用に後ろ歩きをする。


31 名前:26/5[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:35:40.21 ID:zg1LfBPO0

俺が扉を開けて、鶴屋さんが俺を引っ張っていく。
どこに行くかというと朝食を食べにダイニングまで下りてその後学校へ向かうだけなのだが、
鶴屋さんはとても楽しそうだった。こんな日がいつまでも続けばどれほどいいことだろう。

階段を下りてダイニングに着くと食事が用意されていた。
どうやら妹が一人で作ったらしい。
といってもありあわせの材料、もとい昨日一昨日の朝昼晩の残り物に多少手を加えた程度だったが。
大したメニューではないが妹にしては上出来だと言える。鶴屋さんが言っていたとおり案外化けるかもな、あいつ。

ところでその当の本人はというと、
いまだ赤い顔でキッチンの物陰に隠れながらこちらをちらちらと伺っているのだった。

お前はどっかの産業スパイか何かか。

鶴屋さんが手招きすると妹はおずおずと顔を出した。そして鶴屋さんに駆け寄って抱きついた。

鶴屋さん「妹ちゃんおっはよ~っ、朝ごはん作ってくれたんだっ、
       もうお腹ぺっこぺこだから助かったにょろっ」

俺は鶴屋さんのお腹がぺっこぺこな理由を想像する。はい、昨日の晩飯を抜いたからですよ。
当然である。決して俺が考えているような不埒な理由ではないのだ。これ重要。

妹ちゃん「えへへっ、ちょっと早起きして作ったんだよっ。きっとお腹空いてるだろうなって思って」

妹は嬉しそうに鶴屋さんに自慢している。しかし妹はどういう理由で俺たちのお腹が空いていると思ったのだろう。
不意に妹の口から禁則事項ですっという言葉が飛び出しそうな気がして俺は頭を振った。
まぁいい、さっさと朝食を済ませちまおう。学校があるならあるで相当骨が折れそうだからな。



32 名前:26/6[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:38:21.30 ID:zg1LfBPO0

俺はリビングから外を見る。一体何センチ積もってるんだ。
俺はリモコンでテレビの電源を入れた。

朝のニュースをやっている。先週末の流星群に関するニュースだ。そういや気になってたんだ。
俺はニュースに聞き入った。

キャスター「流星群を望遠鏡から高感度カメラで撮影した写真を解析したところ
        人間の顔や身体の形に見えるそうですね」

女子アナ「えぇ、なんでも女性の体つきに見えるとか」

キャスター「なんとも悩ましいポーズを取っているそうですね」

女子アナ「えぇ、まぁ」

女子アナウンサーが苦笑する。

女子アナ「どこか悩ましいその形状から観測機関は正式に流星群の名称をググレ流星群に決定しました。
       この名称は国際的な検索エンジン大手の──とは関係なく──」

画面の下に「Goo-Goo Lay meteor storm」と表示される。

ググれ、ってか。なんか微妙にどっかで聞いたことのあるようなないようなフレーズだな。
まぁ今はそんなことを考えている暇はない。さっさと朝飯を食っちまって学校へ行こう。
そして古泉や長門にまた相談しないとな。

俺はダイニングで鶴屋さんと妹と朝食を取る。



33 名前:26/7[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:41:55.34 ID:zg1LfBPO0

妹が俺のおかずを盗んだり鶴屋さんが俺のおかずをかすめ取ったりしながら騒々しい朝の時間は過ぎていく。
妹が鶴屋さんの髪型を褒める。鶴屋さんが照れくさそうに笑う。うむ、我が妹ながら素晴らしい審美眼だ。
女子にしておくには惜しいがお前が弟じゃなくて心底よかったと思うぞ俺は。

朝食をとり終えた俺と鶴屋さんは鞄を持って玄関へ向かう。妹の小学校は休校らしい。
そりゃこの雪ならそうだろうよ。だが俺たちはそういうわけにはいかないんでな。
ちなみに両親は明日には帰ってくるらしい。いったいいつまで遊んでんだ。世間はとっくに平日だぞ。
と思ったらどうやら山の方では昨日の朝から豪雪で帰るに帰れなくなっているらしい。
本来なら昨日の晩にはもう戻っているはずだったそうだ。積雪、ナイスファインプレー。
なんて空気の読める子だ。俺は小さくガッツポーズを取った。鶴屋さんは隣で不思議そうにしていた。
俺が「こっちの話です」と笑うと鶴屋さんも「そうかいっ?」とつられて笑った。

妹に見送られながら俺と鶴屋さんは門口を通る。
道には既にわだちが出来ていてちらほらと人も歩いている。俺と鶴屋さんはザクザクと積雪を踏みしめながら坂を下っていく。

俺と鶴屋さんはどちらからともなく手をつないでいた。
手袋はしていなかったので手の甲は冷たかったが、結んだ手のひらはとても暖かかった。
俺は鶴屋さんの歩調に合わせてゆっくりと歩く。
鶴屋さんが凍結した路面で滑ったときはすぐに支えられるように気をつけよう。
そう思った次の瞬間、俺の足は地面をしっかり捉えることなく左右にフラフラと揺れた。
そのまま坂を滑走していくかというところで背後からマフラーをつかまれて俺は体勢を立て直すことができた。

鶴屋さんは出来の悪い後輩でも見るような「しょうがないなぁ」と言いたげな眼差しで俺を見る。
鶴屋さんがそのスレンダーな胸を張って何かを言おうとした瞬間足が思いっきり宙を蹴った。

当然ながらずっこけたわけである。俺はとっさに鶴屋さんの足を掴んで引き寄せる。
鶴屋さんは転倒することなく俺の腕の中に収まった。
俺が得意げな顔をして鶴屋さんをからかってやろうと思った矢先、鶴屋さんは責めるような眼差しで俺を見上げてきた。


35 名前:26/8[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:44:29.82 ID:zg1LfBPO0

鶴屋さん「キョンくん……」

なんだか嫌な予感がする。

鶴屋さん「……見たにょろっ?」

え、見たって何をですか。俺の頬を冷たい汗が伝う。

鶴屋さん「スカートのっ!」

あぁ、毛糸の。

俺の顔面に鶴屋さんの鉄拳かっこ怒髪かっことじるがめり込んだ。
俺はかろうじて倒れることなく直立の姿勢を保った。

鶴屋さんはスカートの前を両手で押さえながら頬を赤らめ怒るように俺を睨みつけている。
若干八重歯をのぞかせながら。見たっていうなら昨夜もっとすごい何かを見た気がしますが。
俺がそう言おうとしたのを鶴屋さんに読まれたらしい。鶴屋さんは目つきを一際キッと鋭くして俺を制した。

俺は笑ってしまう。

鶴屋さんもしばらく怒るような顔つきを続けていたが、観念したのか笑顔を取り戻す。

バカな話だ。俺はまだ、世界も何も救っちゃいないというのに。

鶴屋さん「今日は日直だからさ、下駄箱で待ち合わせはできそうにないにょろっ」

鶴屋さんが残念そうに言う。


36 名前:26/9end[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:46:54.54 ID:zg1LfBPO0

キョン「それなら待ってますよ。しばらくその辺ブラブラしたり部室に顔を出したりしてます」

鶴屋さんは照れくさそうに笑うと太陽のようにカラッとした笑みを浮かべた。

鶴屋さん「キョンくんごめんにょろっ、ありがとっさっ!」

俺と鶴屋さんは再び手をつなぐ。
そして二人一緒に、学校へ向かう坂道を下っていった。








37 名前:27/1[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:49:13.66 ID:zg1LfBPO0

鶴屋さんと俺は下駄箱で別れてそれぞれの教室へと向かう。
教室の前では谷口と国木田がだべっていて俺を見つけた連中が軽い挨拶をしてきた。
俺は適当に返事をして教室に入る。

俺の席の後ろでハルヒはいつものように外の景色を眺めていた。
俺は自分の席に座って鞄を置くとハルヒに軽く挨拶をする。

キョン「よっ、ハルヒ。元気か」

ハルヒは俺の方を一瞥もせず無言を貫いていた。
視線は景色、というかどこか空中に置かれたまま動かない。俺は構わず続ける。

キョン「昨日はすまなかったな、助かったぜ。あの後──」

ハルヒ「ストップ」

ハルヒは視線も姿勢もわずかに動かすことなく俺を制する。そして短く「後にして」とだけ続けた。

キョン「後っていつだよ」

ハルヒは答えない。まぁ多分放課後のことなんだろうな。そう当たりを付けて俺は黙っていることにした。
触らぬハルヒに祟りなし、とは言わないまでも、昨夜みたいなご利益を時々は与えてくれるんだ、
そのぐらいの意思は最大限尊重するべきだろう。そうこうしているうちに朝のホームルームが始まる。

授業の合間もハルヒは終始無言だった。
俺は背後にプレッシャーを感じながらもすべての授業を終え、放課後を迎えた。

帰り支度を始めるハルヒに声をかける。


38 名前:27/2[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:51:27.23 ID:zg1LfBPO0

キョン「そろそろいいか、ハルヒ」

ハルヒは短く「ダメ」とだけ言った。なんだ、まだなのか。

いったいいつならいいのかと聞こうとしたところで先回りするようにハルヒは言う。

ハルヒ「ここじゃダメ。部室で。あとあんたはしばらくブラブラしてきなさい。すぐに来たらぶっ飛ばすわよ」

そう言うと鞄を手にすたすたと歩いていってしまった。
ついに俺に一瞥くれることもなかったな。一体どういうことなんだ?
そういや昨夜の電話は一方的に切っちまってたんだった。それを怒っているのか?
まぁなんにせよ今は取り付く島がない。
俺は言われた通りブラブラすることにした。と言っても寄る場所などないのだが。
鶴屋さんの教室へでも行こうか。そこには朝比奈さんもいるかも知れない。
ただ一年坊が一人でフラフラと歩いていくには敷居が高い場所ではある。
とりあえず古泉の教室へでも行ってみようか。あの後どうなったか気になるしな。

俺は一年九組の教室へと足を向けた。
九組の教室の入口で話し込んでいる女子に古泉はいるかと訪ねる。

女子「古泉くんだったらホームルームが終わったら急いでどこかに行っちゃったよ。
    なんか用事があったみたい」

キョン「そうか、わりぃな。ありがとよ」

女子「いいえ~」

背後で女子のクスクスと笑う声が聞こえる。
笑い声に混じって「ねぇねぇ、あの人じゃない?」とか「そうかも」とかいう話し声も聞こえてくる。

39 名前:27/3[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 00:56:38.92 ID:zg1LfBPO0

俺は背筋に寒いものを感じながらも気を取り直して歩みを進めた。
中庭側の窓から空を見ると昨日までの曇天が嘘のように晴れ上がっていた。
それでも雪が溶けない辺り気温は相当に低いらしい。
今朝は天気予報を見てこなかったからな。
シベリア寒気団が冬将軍まで引き連れて来たのかもしれない。そしたら今頃生きちゃいないか。

俺はその辺をブラブラする。本当にブラブラしていただけだった。
途中で軽音部の連中とすれ違ったり挨拶を交わしたりしながらふらふらとその辺を漂う。

もうそろそろいいだろう。俺はSOS団の部室へと歩き始めた。
部室棟の階段を上り文芸部、もといSOS団の部室のドアに手をかける。
不機嫌そうなハルヒの横顔が思い浮かぶ。何を言われるにせよ今はとにかく覚悟を決めるしかない。
俺は扉を開いて部室へ入った。

ハルヒは窓の前に立って外を眺めていた。
いつものようにメイド姿でお茶を入れている朝比奈さん。どこか緊張しているような素振りだ。
古泉は俺を認めると静かに笑った。古泉、昨日はありがとな。
そして長門はいつものように本を読んで、はいなかった。
俺の方をじっと見てどこか申し訳なさそうにしている。
いつもより肩を落としているように見えたのは気のせいだろうか。

ハルヒはゆっくりと俺に向き直る。その目は俺を睨むように見据えていた。
だがどこか微妙によそよそしい雰囲気をまとっている。
言いにくい事を言う前の、聞きにくいことを聞く前にするような表情だ。
だが若干の陰りはあるもののそれはいつものハルヒの目だ。
自分の意思を貫こうとする時の目だ。たとえどんなに迷っていても
ハルヒは最終的に自分の望む道を選択する。そんなことはわかりきっている。
俺はそんなハルヒに何を言うでもなく自分の席に座った。向かいで古泉が困ったような顔をしている。


41 名前:27/4[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:00:37.97 ID:zg1LfBPO0

俺は鞄を置いてマフラーとコートを外した。
朝比奈さんがお茶をすすめてくれる。ありがとう、朝比奈さん。助かります。

そんな俺に業を煮やしたのかハルヒがつかつかと歩み寄ってくる。

ハルヒ「──で?」

突然俺に訪ねてきた。まだ何も聞かれていないが言わんとするところはわかる。
あの後どうなったのか、事の成り行きを聞いているのだろう。
俺は朝比奈さんが出してくれたお茶かっこ美味いかっことじるを一口すすってハルヒに向き直った。

俺の微妙な余裕が気に障ったのだろう。ハルヒは机に思いっきり手のひらを打ち付けると俺を責めるようにまくしたてた。

ハルヒ「昨夜はよくも通話を、ていうか電源まで切ってくれたわね、まだ話したいことがあったのに!」

俺はハルヒを制するように手のひらを向ける。それが余計に気に障ったのかハルヒは更にまくし立てる。

ハルヒ「で、鶴屋さんとはどうなったの!? ちゃんと養ってもらえることになったんでしょうね!」

俺は笑いそうになったが顔には出さなかった。今ここで笑おうものなら問答無用でぶん殴られることは目に見えている。
ハルヒは一方的に巻き込まれた、というか勝手に巻き込まれたたんだが、一応はこの問題に関して部外者の立場だ。

完全にそうではないものの、あくまで優先されるべきは当事者間の意思であって、
ハルヒが世界に対してこうであったらと都合のいい空想的な期待を押し付けることはあっても、
誰かが自分の思うこうこうこういうように考えていたら、
などという世迷い言は思いつきもしないだろう。
そもそもそういうときハルヒは自分の口や自分の手でもって相手の思考を変えようとする。
決してその超上の能力で人間の精神まで改変したりはしない。


42 名前:27/5[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:03:14.49 ID:zg1LfBPO0

それはハルヒにとって一番やってはいけないことだからだろう。

どこかに本物の神がいてある日突然ハルヒの前に現れて、

「あなたの望むような世界に変えてあげます」

と言ったとして、ハルヒは首を縦に振るだろうか?

いや、いままでのハルヒだったらそういうことにはイエスと答えたかもしれない。
ただ目の前のハルヒは違う、少なくともSOS団を結成してからのハルヒにとっては絶対に、
天地がひっくり返ってもありえないことだ。俺はそう信じたいね。

じゃなきゃハルヒは誰かのためにこんなに必死になったりはしない。俺はそう思う。

キョン「まぁ落ち着けよ、な。むしろ俺はお前に聞きたいことがあるんだ」

ハルヒが憮然とした表情をする。ハルヒは期待を裏切られたように不満げだったが、一応は俺の言葉を待っている。

ハルヒ自身も迷っているのだろう。そんなハルヒを見据えて俺は言葉を続ける。

キョン「そもそも俺と鶴屋さんの共通点ってなんだ?」

ハルヒは驚いたような、呆れたような表情に変わる。そしてその顔にはみるみるうちに怒りが充満していく。

怒りで紅潮したハルヒは俺の胸ぐらを掴み上げた。


43 名前:27/6[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:05:33.72 ID:zg1LfBPO0

ハルヒ「あんたって奴はぁああ!」

そして俺を思いっきり殴りつけた。

椅子を巻き込んで倒れこむ俺。
ぜぇぜぇと肩で息をするハルヒ。

二度三度と蹴りの追い打ちが飛ぶ。そのたびに俺は顔を床にこすりつけた。
長門がハルヒを背後から制する。ハルヒはいまだ何かを叫んでいる。
俺はゆっくりと上体を起こした。

長門、別にかまわないんだぜ。ハルヒを押さえなくてもな。

正直俺は今ハルヒにぶん殴られてホッとしている。
鶴屋さんは俺を許してくれた。古泉もできる範囲で俺を応援してくれた。
朝比奈さんも今こんな俺を心配そうに見てくれている。
長門は暴れるハルヒを押さえつけてまで俺を守ってくれる。

俺には自分で自分をぶん殴る根性がない。だからハルヒ、お前にぶん殴って欲しかったんだ。

お前なら後先考えず俺をぶん殴るくらいわけないだろ。お前しかいなかったんだよ。すまん、ハルヒ。すまん。

俺はおもむろに立ち上がってゆっくりハルヒに向き直った。椅子を起こし再びそこに座る。
そしてもう一度言う。

キョン「なぁ、ハルヒ。俺と鶴屋さんの共通点ってなんだ?俺と鶴屋さんはいつからこうしてる?
     いつからこういう関係になった? いつ知りあっていつ仲良くなって、
     いったいいつのどの時に俺の家で暮らすようになったんだ?」


44 名前:27/7[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:07:42.99 ID:zg1LfBPO0

ハルヒ「そんなこと──!」

言いかけてハルヒは一瞬言葉に詰まった。

ハルヒ「あ、あたしが知るわけないわよ! あんたと鶴屋さんの話でしょ!
     いくら団長だからって団員の私生活にまで干渉したりしないわよっ!」

俺の私生活は十分お前に振り回されてるんだけどな。それはさて置き俺は言葉を続ける。

キョン「古泉、お前は知ってるか?」

古泉は首を横に振る。

キョン「朝比奈さん、あなたは?」

みくる「えっと──いつの間にか……そうなってたと思い……ます……」

キョン「ありがとうございます。長門、お前は?」

ハルヒがいまだバタバタと暴れているのでしゃべりにくそうだったが長門は割と平気そうに答える。

長門「確認できない。あなたと鶴屋さんがいつから共同生活を始めたのかは不明」

キョン「ありがとよ」

長門はコクンと小さく頷く。




45 名前:27/8[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:10:10.52 ID:zg1LfBPO0

ハルヒ「そんなの──!」

ハルヒは長門の手をついに振り切ると俺の椅子に足を叩きつけるように乗せて睨みつけてくる。
ハルヒが足の置き場を間違えていたら大変なことになっていたな。そう思うだけで股間がキュッとなるぜ。

ハルヒ「あんたがなんか調子いいこと言って意外と純情な鶴屋さんを手篭めにして、
     あんなことやこんなことやそーんな卑劣な手段をあれこれ駆使して都合よく弄んだに決まってるでしょ!
     じゃなきゃなんであんたみたいなろくでもない甲斐性のないバカに
     鶴屋さんみたいな美人がなびくっていうのよ、えぇ!?」

こいつの中ではそうなってるのか。俺は笑っちまうのをこらえるのに苦労した。
まぁいつもの俺って奴がそうしていないことを保証できないので俺には返す言葉がないわけだが。
やれやれ。自分にまで手を焼くハメになるとはな。俺はニヤリと歯を見せずに笑うと

キョン「俺もそう思う」

とハルヒに言ってやった。

ハルヒ「んなっ──!?」

ハルヒは心底驚いているといった表情だった。そして怒りのボルテージは最高潮と言わんばかりにまくしたてる。

ハルヒ「んじゃぁなに、あんたマジで鶴屋さんのこと遊びだったわけ!?
     それで鶴屋さんのことがいらなくなったから振ったっていうの!? なによ……それ……なんなのよ!!」

ハルヒは今にも泣き出しそうな表情で俺を見据える。俺はどんな表情をするでもなくただハルヒの視線を受け止めた。
ハルヒの手は今すぐ俺の首を絞めてくびり殺してやろうと言わんばかりにわなないている。
それを抑えるためか、ハルヒはぎゅっと拳を握った。


46 名前:27/9[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:13:09.14 ID:zg1LfBPO0

ハルヒが俺の言葉を待っている。俺は続けた。

キョン「正直俺にはわからなかった。鶴屋さんがなんで俺のことを好きになってくれているのかがな」

ハルヒは苦々しい表情で俺の言葉を待つ。急かすように二三度宙を噛むも、言葉にならず押し黙った。

キョン「俺はな、ハルヒ。正直不安だったんだよ」

ハルヒは俺から視線を逸らさない。それは非常に名誉あることだった。まだ見限られていない証拠だからだ。
それだけで敢闘賞もんだった。
こいつはいろんな人間、いろんな物事を常に見限り続けて、そして一時期自分にまで見切りをつけようとしてたんだからな。
そんなハルヒが俺をいまだ見据えていることは奇跡的なことだった。
宝くじに当たるより、隕石が脳天に命中して生きているよりありえないことだった。

キョン「鶴屋さんは名家のお嬢様、俺は単なる一般人。
     鶴屋さんは頼りになる先輩、俺は何の価値もない情けないほど頼りない後輩だ。
     俺は鶴屋さんに何一つしてやれない。なのに鶴屋さんは俺になんでもしてくれる。しようとしてくれる。
     いろんな努力も、気遣いも、俺のためだけにやってくれる。自分を変えようとさえしてくれる。
     そんなこと、俺が望もうが望むまいがお構いなしにな」

俺はおどけるように言う。ハルヒの顔に若干青みが差す。不安を隠せない、最悪の状況を思い浮かべた直後のような表情だ。
俺はそんなハルヒにも構わずなおも続ける。

キョン「正直、吊り合わないよな。だって見てみろよ。鶴屋さんはあんなに美人なのに、俺はこんなだぜ?
     俺のどこにそんな美人に好かれる要素があるってんだよ。ハルヒ、お前だっておかしいと思うだろ」

ハルヒはわなわなと拳を震わせる。
絞殺を我慢するために握られた手は今や撲殺の凶器と化していた。
あぁ、ハルヒ。それでいい。それで合ってるよ。頼んだぜ。

47 名前:27/10[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:15:34.22 ID:zg1LfBPO0

ハルヒ「おかしいのは……あんたのその脳みそよ!!」

ハルヒは思いっきり俺を殴りつける。突っ伏した俺の体重で机の足がガリガリと床を擦る。

ハルヒはそれ以上俺を殴りつけるでもなく蔑むような視線を投げかけている。
不愉快なものでも見るように俺を見下ろしている。ただ視線は一瞬たりとも逸らさずに、俺を見据えたままに。

俺はよろよろと立ち上がる。朝比奈さんが支えてくれようとしたが俺は手でそれを制した。
古泉も同じように動いてくれたが、それも制した。おれは自分の足で立ち上がってハルヒを見下ろす。

俺は真剣にハルヒを見据えた。ハルヒは驚いたように半歩後ずさる。

ハルヒ「な、なによ──!」

キョンのくせに、と言いたかったのだろうが、それよりも先に俺が口を開いた。

キョン「そうだ、おかしいのは俺の方だ。イカれちまってたのは俺の方だ。
     俺には当たり前の当たり前過ぎる当たり前のことがすっかり抜け落ちてたんだからな」

ハルヒは訳がわからないと言った表情で俺を見据える。俺だってわけがわからない。ただ次の言葉は、わけがわかると思うぜ。

キョン「朝起きたら鶴屋さんが隣で寝ていた。マジで仰天したぜ、これには」

ハルヒの目が丸くなる。同じベッドで寝起きしていることまでは知らなかったようだ。ハルヒの顔が赤くなる。
これは珍しいものが見れたな。

キョン「そんなこんなで俺は鶴屋さんに振り回されながら、昨夜突き放しちまおうってことになった。
     もちろん古泉、お前も共犯だぜ?」


48 名前:27/11[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:18:19.54 ID:zg1LfBPO0

俺が指さした先、古泉にハルヒが狩猟直前の猛獣のような凄みを込めた視線を向ける。

古泉はたじろいで数歩後退したあと俺を避難するような、救いを求めるような視線を送ってくる。
長門のことは言わない。なぜなら主犯は俺と古泉だからだ。
ただ安心しろよ、お前と地獄まで相乗りする気はねぇからな。俺は返事の代わりにニヤッと笑いかけてやった。

古泉の額から一筋冷たそうな汗が伝う。表情は完全に硬直していた。すまん、古泉。その顔は若干おもしろいぞ。

朝比奈さんはおろおろしながらも事態を見守っている。時折何か言いたそうにしながらも何度も言葉を飲んでいる。
長門が朝比奈さんの側に寄って二三言囁いた後朝比奈さんはおろおろするのをやめ落ち着きを取り戻した。
すまん、長門。恩に着るぜ。

キョン「そんで昨夜のあれだ。ハルヒ、助かった。本当に助かったんだ。感謝するぜ。ありがとよ」

ハルヒはそれには一瞬だけ視線を逸らし居心地悪そうにする。
だがすぐに俺を睨み返して不満を訴えかけてくる。

ハルヒ「そ、そうよ! あんた鶴屋さんと仲直りしたかったんじゃなかったの!
     それであたしに散々迷惑かけておいて何よ! もうあんたムチャクチャじゃないの!」

俺はハルヒに構わずに言う。

キョン「それでもう一度だけ尋ねさせてくれ」

俺はハルヒを真剣に見据えてもう一度言う。

キョン「俺と鶴屋さんの共通点ってなんだ?」



50 名前:27/12[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:20:34.61 ID:zg1LfBPO0

ハルヒはぐっと押し黙る。
答えたいのに答えられない、そんな居心地の悪さと何か適当な理由でも思いつきはしないかという必死の思索がうかがえた。

ハルヒは考えている。
俺と鶴屋さんの共通点。なんで鶴屋さんが俺を好きになって、なんで俺が鶴屋さんと一緒にいるべきなのか。
その理由を求めて。

ハルヒは両腕を力なく落としてうつむいた。瞳からはいつもの覇気が消え失せてどんよりと曇っている。

古泉が机の向こうで気が気じゃないといった表情で事態を見守っている。
この後に超特大の閉鎖空間が現れて空前絶後の戦闘を繰り広げることを覚悟しているんだろうか。
まぁ、そうなるかもしれないが、そんときはそんときで、なんとかしてくれ。

ハルヒはいまだ何も答えられないでいる。
こうしてハルヒを見下ろす日が来るとは思わなかったが、あんまり気持ちのいいもんじゃないな。むしろ居心地が悪い。
ハルヒがこうして落ち込んでいると夏にさっさと日が落ちちまったようなあっけなさを感じる。
どんなに鬱陶しくても、おいおいまだ早いだろって言いたくなるようなそんな感覚だ。

俺は続ける。

キョン「わからないんじゃない。そんなもの、初めからないんだ」

ハルヒの手がぴくりと動く。ただ反論までには至らないらしい。その後うんともすんとも言わない。

キョン「強いて言うなら、普通の人間だってところだな」

これにはハルヒが噛み付いてきた。闘志をむき出しにして、それでいて蜘蛛の糸にすがる罪人のように。



51 名前:27/13[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:22:43.14 ID:zg1LfBPO0

ハルヒ「はぁ? そんなの当たり前でしょうがっ!
     それを言うならあたしや古泉くんやみくるちゃんや有希だってそうじゃないのよ!
     あんたほんっとに頭がおかしいんじゃないの!」

俺は笑ってしまった。古泉も微妙に苦笑いをしている。
朝比奈さんは居心地悪そうだ。長門は、うん、いつも通りだな。いつも通り、頼りになる連中だ。
今もこうして世界を守っている、まったく大した奴らだよ。
ただもうちょっと俺の馬鹿に付き合ってくれ。いつもは俺がお前らに合わせてるんだからな。
まぁいいだろ。ちっとくらい、渡らなくていいような危ない橋を渡ったってよ。

なぁ、お前ら。

キョン「お前の言う通りだよ、ハルヒ。そんなことは当たり前のことだったんだ」

おかしいのは俺の方で。イカれちまってたのは俺の方で。
俺には当たり前の当たり前過ぎる当たり前のことがスポンと抜け落ちてたんだ。

まぁこんな生活を春から続けてりゃ無理もないってもんだ。
自分を弁護していいのなら、一つそれだけは言わせてくれ。

俺には当たり前のことが当たり前じゃなかったんだ。









52 名前:27/14[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:25:44.83 ID:zg1LfBPO0


キョン「鶴屋さんは、普通に俺を好きになって、普通に俺と一緒に居たいと言ってくれたんだ。
     ただ、それだけだったんだよな」

ハルヒは複雑な表情で俺を見据えている。
なんだか痛い子を見るような視線が混じっていたのは気のせいではないだろう。
確かに、普通の人間の感覚から見ればそうなるよな。
パラレルワールドがどうとか世界の終わりがどうとか考える必要なんてない。
ましてや鶴屋さんを傷つけることが世界を救うこととどう結びつくってんだ? 今なら俺にもわかる。
ハルヒ、お前の常識が俺にもわかる。ただな、ハルヒ。
お前が一番非常識だってことには、いつまでも気づかないままでいてくれよ。頼んだぜ。

キョン「そしたらなんかバカらしくなってそのまま鶴屋さんとキスしちまった」

俺は高らかに言い放つ。ハルヒの表情を確認するでもなく俺は古泉の方を向く。
こういうシナリオでいいか、古泉。
お前はあれこれ用意してくれていたりなにこれ裏で手を回してくれていたのかもしれないが、
とりあえずこういうことにしておいてくれ。その方が、一番簡単だろ?

俺は朝比奈さんの方を向く。
朝比奈さんは顔を真っ赤にしていけないものでも見るような視線を俺に向けていた。
すみません、朝比奈さん。俺、汚れっちまいました。

長門は俺をじっと見ている。その視線はどこか寂しげなようでいて、同時にとても優しい暖かなものだった。
少し申し訳なさそうにしているのは昨日話したことを気に病んでいるのだろうか。
長門、お前はよくやってくれたよ。本当に、いつもいつもな。

最後にハルヒに向き直る。ハルヒは泣きそうな表情で俺を見る。そんな顔をするなよ。
鬼が童に追われたみたいな、悲しそうな顔をよ。

53 名前:27/15[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:28:52.24 ID:zg1LfBPO0

俺はおどけたように肩をすくめて言う。
今から言うたった一言を言うためだけに俺はハルヒに殴られたり蹴られたり
古泉を青ざめさせたり朝比奈さんを不安がらせたり長門に手間と迷惑をかけたりしたのだ。

ここで言わなかったら、それは嘘だ。

キョン「そこまで行っちまったら、もう理由とか関係ないだろ。責任取らなきゃな。それが俺の答えだ」

俺は痛む頬をニヤリと引きつらせて言い放つ。そして「ただ……」と続けた後、

キョン「その後どうなったかは聞くなよな」

と言った。

ハルヒの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
俺は妙な達成感を感じながら若干得意げにハルヒを見下ろしていた。
ハルヒがうつむく。完全勝利だ。ついにこいつを打ち負かす日が来るとはな。
ただ若干この後が不安ではあるが。

そんな俺の不安は的中した。

ハルヒはつかつかと歩き俺の背後に回ると張り手で思いっきり背中を叩いてきた。

景気のいい音がして俺はつんのめる。
不意をつかれたせいで一瞬呼吸が止まったが、心臓が止まったような錯覚がした分そっちの驚きは少なかった。
それに鶴屋さんに投げ飛ばされた時ほど深刻なダメージというわけでもない。
俺はハルヒに向き直る。

キョン「痛っつつ……いきなりなにすんだよ!」

54 名前:27/16[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:31:14.69 ID:zg1LfBPO0

ハルヒの顔は陰っていて見えない。笑っているのか、泣いているのか、それすらもわからない。

古泉「失礼します♪」

不意に背後で古泉の声がした。そしてハルヒに叩かれたところを力いっぱい平手で叩かれた。
さすがに同じところを二度も思いっきり叩かれればそれなりのダメージになる。
俺はゲホゲホと咳き込んで机につっぷす。見上げた古泉の顔はいつも以上のニヤケ面だった。
嬉しさと悪意を満遍なくまぶしたような金箔を振りかけたケーキのようにこってりとした表情だった。
古泉、お前の頬、なんか光ってないか?

そう思うのもつかの間、側に近寄るただならない気配を感じて俺は飛び起きた。
次の瞬間長門の手刀がさっきまで俺の頭があった位置に振り下ろされる。
ドゴッとやかましい音がして机が盛大にへし折れた。

ちょ、長門! 待て! 待つんだ! それだけはシャレにならん!
古泉が俺を背後から押さえつける。長門がじりじりと俺に迫る。

キョン「待ってくれ!」

俺の叫び声で長門はためらうように足を止める。
助かったと思ったのもつかの間、背後でたたずんでいる団長様が鶴の一声を鳴らした。

ハルヒ「かまわないわ、有希。おもいっきりやっちゃいなさい」

長門はコクリと小さくうなずく。ちょ、待て! 待ってくれ!

長門「大丈夫、力加減は修正した。死にはしない。多分」

多分ってなんだ、お前の口から多分なんていう言葉を耳にするとは思わなか──

55 名前:27/17[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:33:30.53 ID:zg1LfBPO0

長門「真空長門チョップ」

長門がぼそりと呟いた次の瞬間手刀が俺の脳天に突き刺さった。
俺はおもいっきりつんのめるとバネ仕掛けのおもちゃのように跳ね上がりへし折れていない方の机にダイブした。
机は俺の体重で盛大にへし折れる。SOS団の大事な備品二つがいまや無残な犠牲となっていた。
俺がひくひくと床で呻いていると朝比奈さんが駆け寄ってきた。
あぁ、朝比奈さん、やっぱりあなたは天──そう思ったところで脳天にぽかりと小さな拳が振り下ろされた。

ハルヒ「それじゃぁダメよ! みくるちゃんは非力なんだからもう数発追加しなさい!」

そんなハルヒの声が聞こえた。

みくる「あ、ご、ごめんなさい、キョンくん……えいっ! えいっ!」

そう言って謝る朝比奈さんに俺は何度もぽかぽかと殴られる。正直痛くはなかった。
むしろ新しい感覚に目覚めちまいそうで理性を保つのに必死だった。
危うく普通な俺に普通じゃない属性が追加されるところだった。
それはさすがにハルヒの許容範囲外だろうから死の瀬戸際にあったと言える。
ううん、朝比奈さん、恐ろしい子っ。

俺がほうほうの体で起き上がると長門、朝比奈さん、古泉が俺を見降ろしていた。
どこか嬉しそうな、いつも通りだがいつも通りではない三人がそこにいた。

古泉の気持ち悪いウィンク。
朝比奈さんの素敵な笑顔。
長門は俺にわかる程度に少しだけ微笑んだ。
そこにハルヒが近づいてくる。下から見上げて初めて表情が分かった。

見上げたハルヒの顔は笑っているような泣いているような不思議なものだった。

56 名前:27/18[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:35:53.45 ID:zg1LfBPO0

ハルヒは俺に手を差し出す。俺はその手を取って立ち上がった。
立ち上がったばかりの俺にハルヒはビシッと指を突きだす。

ハルヒ「さぁ、キョン。団長命令よ! 行ってきなさい!」

俺はぽかんと口を開ける。

キョン「い、行くって……どこへだ?」

ハルヒ「決まってるでしょ!」

ハルヒはその出るところは出ている胸を思いっきり張って俺に言い放つ。

ハルヒ「鶴屋さんのところよ!」

俺はわけがわからなかった。

キョン「なんで今から。それに鶴屋さんは今日はまだクラスで日直の仕事をしてるんだぞ」

ハルヒ「なら直接教室に乗り込んでいけばいいじゃない! 何がなんでもそうしなさい!
     これは絶対命令です! 逆らったら即死刑! 懲罰的に教育的に死刑を厳粛に盛大に執行します!
     だからさっさと行きなさい、キョン! ぶっちゃけあんたの死刑なんてめんどくさくって仕方がないんだから!」

そう言い放つとハルヒは俺の脚を思いっきり蹴り飛ばす。






57 名前:27/19end[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:38:07.86 ID:zg1LfBPO0

キョン「痛っ!」

俺が抗議の声をあげるのにも構わずハルヒは俺の背中を押してどんどん扉の方へ押しやっていく。
古泉が先回りをして部室の扉を開く。
そしてハルヒはもう一度俺の背中を思いっきり蹴り飛ばしてドアの外へと放り出した。

勢いよく廊下に這いつくばった俺は部室の方へと振り返る。

古泉がいつものニヤケ面で手を振っている。朝比奈さんが「ファイトです、キョンくんっ!」と俺を応援する。
長門は手を正面に突き出してぐるぐると円を描く。そしてハルヒは両腕を組んで仁王立ちをしている。

ハルヒ「さぁ、キョン。走り出す準備はいーい?
     あんたの大好きな鶴屋さんのところにあんたの大好きな駆けっこで辿りつけるのよ。
     これ以上のことはないでしょう」

ハルヒは静かに言い放つ。昨夜あの時俺を焚きつけたように、
俺の背中を勢いよく押し出したあの時のような優しい口調で。
天高らかに指をかざし、ぐるぐると天に輪を描いて。

ハルヒ「レディー────」

俺が微妙に準備不足なのは言うまでもなく。
ここにいる誰もがそんなこと知ったこっちゃないのは言うまでもなく。
俺の顔が凍りついたように引きつっていることもおかまいなしに、

ハルヒ「ゴー!!!」

それでもスタートの合図は出されたのだった。


58 名前:28/1daydream[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:40:26.48 ID:zg1LfBPO0

古泉「しかし良かったんですか、涼宮さん。彼を行かせてしまって」

ハルヒ「いいのよ、あんな奴、さっさと覚悟を決めてさっさと納まるところに納まってればいいのよ。まったくせいせいしたわ」

長門「それは嘘」

ハルヒ「なぁっ!? 違うわよ、ほんっっとにセーセーしたわよ、
     ただちょっと鶴屋さんにあんな奴吊り合うわけないなーって思ってただけよ、
     あたしだって当人同士の意思は尊重するわよ、
     ただあいつがあんなだから鶴屋さんに迷惑かけないか心配なだけよ!
     鶴屋さんもあれで結構キョンを立てようとするもんだから不安だっただけよ!
     そうよ! そうなのよ! あっはっはっは!」

みくる「涼宮さん……」

古泉「困ったものですねぇ」

長門「ところで今から数十分後に次元間交差の極大期が来ることを彼に言っていない」

古泉「あら、そういえば言いそびれてしまいましたねぇ。こうなることは予想がつきませんでしたから」

みくる「でもキョンくんなら大丈夫だと思います。根拠は……ないんですけど」

ハルヒ「なになに、何の話? 面白い話ならあたしも混ぜなさい!」

古泉「今から数十分後に空で流星群が見れるかもしれない、というお話ですよ」




59 名前:28/2daydream[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:43:30.07 ID:zg1LfBPO0

ハルヒ「なにそれ面白そうじゃない!
     キョンなんて放っておいてみんなで見に行きましょう、屋上へ集合ね!
     そうと決まったら張り切るわよー!
     有希、望遠鏡を天文部から借りてきなさい、そっこーで、急いでね!」

長門「実は既に借りてきていたりする」

ハルヒ「のわぁっ! 有希……恐ろしい子っ!」

みくる「あ、あたしも手伝ったんですよ~」

ハルヒ「みくるちゃんナイスファインプレー! もう、こうしちゃうんだからっ」

みくる「ふぇえええ、やめてください~」

ハルヒ「ここかぁ、ここがええのんかぁ、ぐへへへへ。
     ってそういえば古泉くん。ちょっといいかしら」

古泉「なんでしょう?」

ハルヒ「あなたとキョンがグルになってたって話、あたしまだ聞いてなかったんだけど?」

古泉「ちょ、涼宮さん、待ってください、これには深い、世界の存亡に関わりかねない深い事情がっ!」

60 名前:28/3daydreamend[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:45:40.60 ID:zg1LfBPO0

ハルヒ「だまりなさいっ!」

長門「生体反応レベル低下」

みくる「こ、古泉くん~~っ」

ハルヒ「あ~、すっきりしたわ。それじゃぁみんな、レッツ・ラ・ゴーーー!」

古泉「……」







61 名前:29/1[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:47:58.88 ID:zg1LfBPO0
俺はハルヒに焚きつけられるままに部室棟を後にして二年の教室がある校舎を訪れていた。

勢い込んで走ってきはしたものの教室の場所がわからない。
鶴屋さんがまだ日直の仕事をしているというのならまだ教室に残っている可能性がある。
俺は一つ一つ二年の教室の中を確認することにした。

しかし不思議なことにここに来るまでの間二年の生徒はもとより
渡り廊下や他の学年の校舎でも誰一人としてすれ違うことはなかった。
この積雪量では運動部の活動などままならないので普段残るような連中はさっさと帰ってしまったんだろうか。

それにしても人の気配どころかかすかな物音までしないのは不可思議ではある。
俺は異様な雰囲気を感じながらも鶴屋さんを探して教室を一つ一つ覗いていった。

いくつ目かの教室を覗いたところで鶴屋さんの後ろ姿を見つけた。

鶴屋さんはほうきで床をせっせと掃いている。
同じ日直の当番であろう男子の姿はなく、他に残っている生徒もいなかった。
にゃろう、手伝う奴とかいないのか。俺は若干の憤りを感じつつ教室の扉に手をかけた。
扉を開く音に気づいて鶴屋さんがこちらを振り返る。そして意外そうな表情をした。

鶴屋さん「にょろっ、キョンくんどうしたんだいっ、めっずらしいねぇ。
      キョンくんがうちの教室まで来るなんてさっ。
      文化祭のとき以来じゃないかなっ。みくるだったらもうとっくに部室棟へ行っちゃったよ」

鶴屋さんはほうきを手にニコリと笑う。そしてほうきを後ろ手に隠すような仕草をした。

鶴屋さん「それとも……あたしに会いに来てくれたのっかなっ?」

鶴屋さんが嬉しそうに微笑む。俺はなんとも気恥ずかしくなって頭の後ろを掻いた。


63 名前:29/2[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:50:37.34 ID:zg1LfBPO0

キョン「まぁ……なんていうか……本当にそうなんです」

ハルヒがなんで俺をここに寄こしたのかはわからないが、一応俺としてはそういうつもりである。
鶴屋さんは再び意外そうな顔をする。半分冗談だったのに、と言おうとしたのか、
何かを言いかけてそれを飲み込んだ。そして照れくさそうに笑いながら頬をポリポリと掻いた。

なんとも言えない時間が流れていく。

鶴屋さん「ちゃっちゃっと終わらせちゃうからさっ、もうちょっとだけ待っててよっ」

キョン「俺も手伝いますよ、その方が早く帰れますから。
     そしたら帰りにスモチでも買って、また一緒に食べましょう。もちろん妹も一緒にね」

鶴屋さん「それはいいにょろっ! キョンくん、ありがとっさっ」

鶴屋さんはほうきを抱きしめて楽しそうに笑う。

俺はそんな鶴屋さんに微笑み返す。教室内には夕日が差し込み赤と橙に染まる。
窓辺に立つ鶴屋さんと扉側に立つ俺。窓枠が夕日を遮ってできた格子状の影が床や壁を這う。

風が吹いて窓ガラスががたがたと揺れた。
そのまま鶴屋さんをずっと見つめていたい気分になった。

ただ俺はそんな光景にどこか見覚えがあった。
鶴屋さんが立っているその場所に確か違う人物が立っていた気がする。
そこは一年五組の教室で。

それは誰だったかな。そう、そこには確か……。


64 名前:29/3[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:53:17.69 ID:zg1LfBPO0

俺が何気なくそんなことを考えながらほうきを取り出そうと掃除用具入れの扉に手をかけたところで
突然建物全体が揺れたような激しい衝撃を感じた。
引力が逆転したかのように一瞬体がふわりと浮かびあがる。そしてすぐに重力が帰ってきた。

俺はその場に転倒し体を床に強かに打ちつける。鶴屋さんは衝撃で体勢を崩しその場に座り込んでいる。
俺はなんとか床を這いずって鶴屋さんに近づこうとした。

床に這いつくばったまま窓から空を見上げると赤い空にいくつもの光の筋が現れていた。

それは流れ星の大軍のように現れては消え、また現れては消えていった。
しかしその数はだんだんと増えていき、遠目には一筋の太い光線のようにも見えた。

おいおい、流星群ってのは夕方でも見えるもんなのかよ。
やはりあのググレ流星群というのはただの流星群ではなかったらしい。
だがこんな天変地異まがいのことまで起こすとは。

二つの並行宇宙が接近して潮汐効果で分裂する。

長門から聞いた説明が脳裏をよぎる。くそ、俺が鶴屋さんを突き離せなかったからこうなっちまったてのか。
せっかくハルヒや長門や朝比奈さんや古泉が俺に決心をつけさせてくれたっていうのに。
ようやく、ようやく鶴屋さんの気持ちとまっすぐ向かい合う覚悟ができたっていうのに。

キョン「鶴屋さん……!」

俺はなんとか鶴屋さんのところまで辿りつくと鶴屋さんを力いっぱい抱き寄せた。鶴屋さんも俺に必死にすがりつく。
重力感覚が消え失せそうになるほどに激しい揺れの中で目を開くと傍に落ちているほうきや机や椅子は微動だにしていなかった。
いったいこれはどういうことだ。てっきり流星群の影響で引力が逆転しちまったのかと思ったんだが。
しかし激しい揺れは実感として俺と鶴屋さんを襲い続けている。
幻覚だとはとても思えない。これは、これは一体どういうことなんだよ。

65 名前:29/4[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:55:32.43 ID:zg1LfBPO0

突然発光する白い物体が俺達のすぐ隣に出現した。
ぼんやりと煙のように正体がつかめなかったそれは徐々に輪郭を帯びて小さな人間の形へと変わっていく。
なんだってんだ、マジで神でも降りてきたってのかよ。

それは急激に光を放ち俺は目を閉じる。必死で鶴屋さんを抱きとめながら。
やがて光が収束し、教室内に夕日の赤が戻ってくる。

俺は恐る恐る目を開いて発光した物体の方を向く。鶴屋さんも俺の目線を追ってそちらを向く。
それはなんとも奇妙な光景だった。

小柄な物体、というか生物というか。
しかしどこか見覚えのある人にとてもよく似た小さな後ろ姿。

それは俺がここ数日の間夢で見ていた、もう一つの世界の鶴屋さんであるちゅるやさんその人だった。

ちゅるやさん「……にょろ?」

ちゅるやさんはきょろきょろとあたりを見回す。
まだ背後にいる俺達の存在には気づいていないようだ。

ちゅるやさん「あれっ、あたしどうしちゃったんだろっ。
         さっきまでキョンくんと教室のお掃除してたのに。
         キョンくん……先に帰っちゃったにょろ……?」

鶴屋さんは寂しそうに肩を落とす。そして小さく「にょろ~ん」と呟いた。

キョン「ちゅるやさん……?」

俺はちゅるやさんの名前を呼ぶ。ちゅるやさんは俺に向き直ると表情をぱぁっと明るくした。

67 名前:29/5[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 01:57:53.60 ID:zg1LfBPO0

そして俺の方へひょこひょこと歩み寄ってきた。鶴屋さんは呆気にとられた表情でちゅるやさんを見る。
そしてちゅるやさんの名前を呼んだ俺に向き直ると不思議そうな視線を投げかけてきた。

鶴屋さん「キョ、キョンくん、この子は……?」

ちゅるやさん「キョンくんっ! と……あれ、おっきいあたしだっ。
         あたしいつの間にこんなにおっきくなっちゃったんだろっ。気づかなかったよ」

俺は微妙にひきつった笑顔を見せながら鶴屋さんにちゅるやさんを紹介する。

キョン「ちゅるやさん……と言うそうです……なんでも鶴屋さんのもうひとつの姿だとか」

鶴屋さんは目を丸くしてちゅるやさんの丸い目を見る。ちゅるやさんも不思議そうに鶴屋さんを見る。
鶴屋さんとちゅるやさんが見つめ合っている不思議な光景だった。

鶴屋さんは次の瞬間表情をぱぁっと明るくした。

鶴屋さん「キョンくんキョンくん! この子、めがっさかわいいねっ!
       それになんだかあたしに似てるねっ、ちょっち照れくさいっかなっ」

鶴屋さんはちゅるやさんを抱き寄せてそのスレンダーな胸元でぎゅっと抱きしめた。
小さな女の子が子犬を抱きしめて喜んでいるような仕草で、ちゅるやさんに頬を擦りよせて嬉しそうにしている。

ちゅるやさん「キョンくんキョンくん、あたしおっきくなっちゃったのに小さいままだよっ。
         これってどういうことかなっ?」

ちゅるやさんは不思議そうに俺に尋ねる。俺にも自体がさっぱり飲み込めないので説明しようがない。
俺は苦笑いを返すだけで精いっぱいだった。


68 名前:29/6[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:00:39.86 ID:zg1LfBPO0

鶴屋さん「ねぇねぇ、キョンくんっ! この子うちに連れて帰っちゃだめかなっ!」

鶴屋さんは瞳をランランと輝かせて俺にせがむように詰め寄る。俺は気圧されてたじたじになる。

キョン「え、えぇ……俺は一向にかまいませんよ」

ちゅるやさん「え……また、キョンくんの家で一緒に住んでもいいにょろっ……?」

ちゅるやさんが驚いたように声を上げる。その瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。

ちゅるやさん「またキョンくんと一緒にスモークチーズを食べていいのかいっ……?
         良かったにょろ……ずっと……ずっと一人で寂しかったにょろよ……キョンくん……」

ちゅるやさんは鶴屋さんの手を離れとてとてと俺に寄り添って涙を流した。俺は目一杯嫌な予感がした。
驚いたように俺を見つめていた鶴屋さんの表情はみるみるうちに怒りに染まり
今や炸裂寸前の火山のようであった。髪の毛は膨らみ若干浮き上がっている。
なるほど、これが例の怒髪というやつか。

俺がそんな場違いな感想を抱いていると鶴屋さんが烈火の如く勢いよく立ち上がり叫んだ。

鶴屋さん「キョンくんっ、ちっさいあたしになにしたっさ~!!」

してませんっ、一応、こっちの俺は何もっ! 何もしてないはずですからっ!

とはいえあちらの俺がしたことはある意味俺のしたことでもあるわけで、
ということは俺自身に懲罰を与えることは一切何の間違いもないと言えるが、
ただ、それはあちらの俺に対してして欲しい。俺ばっかりが痛い目に遭うのは納得がいかなかった。
そんなことを鶴屋さんに説明したところでわかってもらえないのは目に見えている。


70 名前:29/7[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:03:34.69 ID:zg1LfBPO0

俺はこういう状況に対してとことん悲しいまでに無力であった。
俺がその後の惨劇を覚悟しているとちゅるやさんが間に立ち鶴屋さんを制する。

ちゅるやさん「や、やめてほしいにょろっ、キョンくんは何も悪いことしてないっさっ、
         きっと全部あたしが悪かったんだよっ、
         だからおっきいあたしもキョンくんを許してあげて欲しいっさ。
         あたしはまたキョンくんと暮らせるだけで幸せにょろよっ」

ちゅるやさんは涙が出るほどに健気であった。
俺自身でさえもう一人の俺を許せないというのにちゅるやさんはその俺のことを憎いとは欠片も思っていないらしい。
もう一つの世界の鶴屋さんもある意味大物だった。
やはりどこの世界でも鶴屋さんは大した人なのだと感心する。
そう思うともう一人の俺の酷さったらないな。俺はどこに行ってもあんなのってことか? 畜生、泣けてきた。

鶴屋さんは急にしおらしくなってちゅるやさんを抱きかかえその場に座りこみ俺におずおずと尋ねてくる。

鶴屋さん「キョ、キョンくんっ……本当に知らないのかいっ……?
       あたしこの子が言ってることがちょっとわかんなくなってきちゃったにょろ……一体どういうことなのさっ?」

鶴屋さんは不安そうな顔で上目づかいに俺を見る。




71 名前:29/8[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:05:47.18 ID:zg1LfBPO0

キョン「うまく説明できないんですが……
     別のもう一つの世界ってところにそのちゅるやさんみたいにもう一人俺がいて、
     ちゅるやさんと暮らしてるんですよ。その世界で俺はどういうわけだかちゅるやさんを家から追い出しちまって、
     今二人は離れ離れになってるんです。で、俺はその光景を夢で見てたんですよ。
     今の今まで本当のことだったとはそれこそ夢にも思いませんでしたが」

鶴屋さん「じゃ、じゃぁそのキョンくんももう一人のあたしみたいにこんなにちっさいのかなっ?」

鶴屋さんの瞳がらんらんと輝く。何を期待しているかは明白だった。
きっとちゅるやさんみたいにかわいらしい俺を想像して期待に胸をふくらませているのだろう。

俺はもう一人の俺ののっぺりとした顔を思い出す。あれは可愛いものというよりも面白いものに分類されるだろうな。
残念なことに、もう一人のおれのデザインは鶴屋さんの期待には沿えないのだった。

俺は両手の平を上にあげて首を横に振る。鶴屋さんは残念そうにしながらも俺に笑いかけてくれた。
若干慰めが混じっていたような気がしたのは俺の心を見透かしてのことなのだろうか。
何はともあれその繊細な気遣いが俺の心の支えなのだった。

鶴屋さん「とにかくそのもう一人のキョンくんはとっちめてやんないとねっ!
       まっ、こっちのキョンくんもあたしのこと追い出そうって考えてたみたいだから
       ある意味同罪だと思うんだけどねっ」

鶴屋さんの鋭いごく当然の指摘が俺の胸に突き刺さる。一旦このネタで揺すられれば俺に太刀打ちする術はないのだ。

俺は微妙にひきつった表情のまま硬直する。

鶴屋さん「まっ、もう気にしてなんかないけどねっ」

鶴屋さんは楽しそうに俺にウィンクをする。俺は手のひらを鶴屋さんの方に向けて降参の意思を示す。

72 名前:29/9[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:08:06.14 ID:zg1LfBPO0

鶴屋さんはにゃははっと声に出して笑うとちゅるやさんを抱きしめた。

ちゅるやさんもそれにつられて「にょろ~ん」と嬉しそうに言う。というより鳴き声のような感じだったが。

そういえばちゅるやさんがここに現れたってことは他に、
例えば俺なんかも今この校舎のどこかに現れているんだろうか。

あっちの世界のハルヒや長門や朝比奈さんや古泉の姿をまだ俺は見たことがない。
そういえばもう一人夢で見ていたような気がするのだが、それは誰だったか。
喉元まで出かかっているのだが上手く思い出せない。
今ここに、かつてこんな夕日の中で、俺の教室のちょうどこの場所で俺を待っていたその人物。

俺はそこに思い至って愕然とする。同時に前回見た夢の内容がありありと浮かび上がってくる。
どうしてだ、どうして俺は忘れていたんだ。どうして今の今まで、俺は思い出すことができなかったんだ。

ここに立っていたのは朝倉だった。

夢で見たのは朝倉……いやちっさい朝倉、あしゃくらだ。
あいつが空中をかき混ぜて、それで世界がおかしくなったんだ。
なんらかの方法でおそらくあっちの世界のハルヒの力を使うかして世界をおかしくしちまったんだ。
しかしどういうことだ、どうして無関係な俺たちの世界にまで影響が。

鶴屋さん「キョ、キョンくん、あれっ!」

俺の思考を遮って鶴屋さんが教室の扉の方を指差す。
俺が振り返るとそこにはちゅるやさんが現れたときのようなぼんやりとした煙のような光が漂っていた。
それは徐々に形を成してちゅるやさんのような小柄な女の子の姿へと変わる。

その姿に俺は見覚えがあった。

73 名前:29/10[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:10:15.57 ID:zg1LfBPO0

忘れるはずがない、いや、ついさっきまで忘れていた俺が言うのもなんなんだが、
忘れようもないその後ろ姿は、もう一人の朝倉涼子、あしゃくらだった。

あしゃくら「あ、あれ? わ、わたしなんでこんなところに……?
       キョンくんを追っかけてたのに……キョンくんっ、何処に行っちゃったの~」

朝倉が、いやあしゃくらが俺のことを探している? 俺は背筋に寒いものを感じた。
その手に握られているものはなんだ。紙切れのようだが、いや、油断はできない。
突然爆発したりナイフに変化したりするのかもしれない。
連中にとって物質の構成情報を変異させることなど造作もないことなんだ。

あしゃくらがゆっくりとこちらに振り向く。
その見た目はちゅるやさんのように愛らしいが、正直あの朝倉の分身のような存在を見た目だけで信頼する気にはなれない。
俺はとっさに身構えて鶴屋さんとちゅるやさんを後ろに隠した。

俺を認めたあしゃくらの表情がぱぁっと明るくなる。
どうしてそんな表情をする? どうしてそんなに嬉しそうなんだ?
俺をもう一度殺せることが、そんなに、そんなに嬉しくてたまらないっていうのか。

あしゃくら「あっ……キョンくんっ、そこに居たのねっ。あの……こ、これを受け取ってくださいっ!」

あしゃくらは俺に向かってとことこと駆け寄ってくる。まずい、これ以上距離を詰められたらどうしようもない。
朝倉の人間離れした俊敏さを思い出す。
それはどう考えても目の前のちっこいあしゃくらには不釣合いな動きではあったが、
たとえどんな姿をしていようと朝倉は朝倉である。ほんの僅かな油断さえ許されない。

キョン「朝倉、それ以上近寄るなっ!」

俺はとっさに身構えると大声を上げてあしゃくらを威嚇した。

75 名前:29/11[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:12:58.71 ID:zg1LfBPO0

あしゃくらは俺の言葉に驚いたように体を大きく震わせるとその場に立ち尽くした
。全身をふるふると震わせている。表情は今にも泣き出しそうなくらい悲しげだ。

なんだ、このあしゃくらは朝倉とは違うのか?
あしゃくらが朝倉と同じなら俺の言葉で動きを止めたりなんかしない筈だ。
ならこいつは俺を殺す気はないっていうのか? それとも単に油断させるためか、余裕の現れか。

怯えるように全身を震わせるあしゃくらからはそういった危険は感じとれない。
だが、朝倉に二度殺されかけ実際に一度刺されている俺としてはそれだけの理由で
あしゃくらへの警戒を解くことはできない。考えがどうのっていうより、本能がそれを許さない。

なのに、くそっ、なんでこんなにやりにくいんだよ。

あしゃくら「あの……その……ごめんなさいキョンくん……
       わたし……ただこの手紙を受け取ってもらいたくて……」

キョン「手紙……? 何が書いてあるんだ、何かの罠じゃぁないだろうな?」

あしゃくら「えっ……? わ、罠ってなに……? わ、わたしはそんなつもりじゃ……
       ただキョンくんにわたしの気持ちを知ってもらいたくって……
       あ、あの……この手紙、受け取ってもらえませんか……?」

あしゃくらは手に持っている手紙をおずおずと俺に差し出してくる。
小動物のように怯えるあしゃくらからはあの朝倉涼子がまとっていたような危険な気配は感じられなかった。俺は葛藤する。
正直どうしたものかわからなかった。俺や鶴屋さんもあんなに違ったんだ。
あちらの世界のあしゃくらとこちらの世界の朝倉が必ずしも似た人間ではないということも十分考えられる。
なら今おれがしているような態度はひどいことなんじゃないのか。頭の奥がズキズキと痛む。
思考と生存本能の軋轢で相当にストレスを感じているらしい。くそ、俺はどうすればいいんだ。


76 名前:29/12[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:15:30.54 ID:zg1LfBPO0

ちゅるやさん「あしゃっち……あしゃっちなのかいっ?」

俺の背後からちゅるやさんが覗き込むようにあしゃくらを見る。
いつの間にか鶴屋さんの手から離れて俺のすぐ斜め後ろに立っていた。

あしゃくら「ちゅ、ちゅるやさんっ!? ど、どうしてあなたが……キョンくんと一緒に……
        あ、あなたはもうキョンくんとは一緒に居られない筈なのにっ」

ちゅるやさん「そんなことないよっ、キョンくんはあたしのことを許してくれたさっ。
         また一緒に暮らそうって言ってくれたさ。だからあしゃっちともまた一緒にスモチを食べられるっさっ」

そう言って嬉しそうにあしゃくらへと駆け寄る。

あしゃくら「こ、来ないでっ!」

あしゃくらの叫び声に驚いてちゅるやさんは足を止めた。

ちゅるやさん「あ、あしゃっち──」

あしゃくら「あなたは、あなたはいつもそう! わたしの気持ちなんか知らないで、
       ずっとキョンくんの隣で仲良く楽しそうに笑ってるっ、わたしは、
       わたしはそんなあなたのことがずっと邪魔だったのっ!」

ちゅるやさん「あ、あしゃっち……どうしたのさっ……また一緒にスモチを食べようっさ。
         そうしたらきっとみんな幸せな気持ちになれるっさ」

あしゃくら「やめてよ……やめてよっ!」

あしゃくらが叫ぶと突然その手に持っていた俺へ渡したいと言っていた手紙が発光を始めた。

77 名前:29/13[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:17:39.58 ID:zg1LfBPO0

そしてそれはキューブ状に変化して分解再構築されるとサバイバルナイフへと変わった。

忘れもしない、朝倉が俺を刺し殺そうと突進してきたときのあのサバイバルナイフへだ。

あしゃくらは驚いたようにわなないている。

あしゃくら「な、なにこれ……知らない……わたしこんなの知らない……」

あしゃくらの顔は恐怖に染まっている。
このあしゃくらに人は殺せない。あしゃくらを見ていて今ならば断言できる。
このナイフも、あしゃくらの意思で変化したのではない。俺にはそう思えた。

サバイバルナイフはあしゃくらの手に吸い付いたように貼り付き、
あしゃくらを無理やり引っ張っているようにさえ見える。
ナイフにだけ別の者の意思が宿ったような、
不自然なほどあしゃくらからは乖離した殺意に満ちた禍々しい狂気を振りまいていた。

キョン「ちゅるやさ──」

俺がそう叫ぼうとした瞬間、ちゅるやさんに向いていた切っ先がついっと俺の方へと転換した。
そのままあしゃくらの意思を無視するように空中をゆっくりと進み、あしゃくらを引きずっていく。

実際にはあしゃくらの手足だけが操り人形のように動いていて、
両手両足の自由がきかないあしゃくらは必死で体を後ろに戻そうとしているのだがどうすることもできないでいる。
見えない糸で操られるようにあしゃくらはゆっくりと俺に向かって前進してきていた。


78 名前:29/14[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:20:01.83 ID:zg1LfBPO0

あしゃくら「そ、そんな、いやっ! わ、わたしこんなことしたくない!
       こんなの、こんなのだめっ! キョンくん、お願い、逃げて、お願い!!」

あしゃくらの悲痛な叫び声が教室内に響き渡る。

異様な迫力に気圧されて俺は身動きが取れなかった。
少しでも動こうものなら弾丸のように一直線に跳びかかってくるという予知めいた予感がした。

鶴屋さんだけは、鶴屋さんだけは傷つけさせるわけにはいかない。俺はあしゃくらから鶴屋さんを隠す。

鶴屋さんは場の異様な雰囲気を感じ取ってか大人しく俺の背中に寄り添っている。
背後を一瞥すると鶴屋さんは不安そうに俺を見上げてきた。
とはいえ鶴屋さんを安心させられるようなネタを俺は持ってはいない。
どんな表情をすることもできず、俺はあしゃくらに向き直った。

あしゃくらが握るサバイバルナイフはじりじりと俺に迫ってくる。あしゃくらの悲鳴が室内に響き渡る。

このままではただ刺されるのを待つばかりだ。
ここは思い切ってあしゃくらからナイフを奪い取るしかない。
あしゃくらがもう二三歩近づいてきたときが勝負だ。ただ殺されるのを待つだけの状況には耐えられない。

俺は意を決して重心を前方に移す。
俺が飛びかかろうとしたその時、ちゅるやさんがあしゃくらの前に立ちはだかった。


79 名前:29/15[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:22:20.02 ID:zg1LfBPO0

ちゅるやさん「あしゃっち……こんなこと、もうやめようっ。その方がいいっさ」

あしゃくら「ちゅるやさん……だめ……逃げて……このままだと、わたしはあなたを!」

ちゅるやさん「あしゃっちはそんなことができる子じゃないっさっ。あたしはそう思うにょろよっ」

あしゃくら「え──」

ちゅるやさんはあしゃくらの手からひょいっと呆気ないほど簡単にナイフを取り上げると、
代わりにどこからともなく取り出したスモチを手渡した。

ちゅるやさんはナイフをその場にぽいっと捨てる。
ナイフがまとっていた禍々しい狂気はもはや感じられなかった。

あしゃくらは糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。緊張の糸も切れたのか大粒の涙を流しながら。

あしゃくら「わたしは……わたしは……あなたをずっと邪魔に思っていたのに……
       あなたはわたしに優しくしてくれる……わたしがどんなにあなたの邪魔をしようとしたって
       ずっとあなたは私と、本当の友達のように親しくしてくれる……
       それが……わたしには辛くって……辛くって耐えられなかったの……」

あしゃくらは言葉の合間にとぎれとぎれに嗚咽を漏らす。
自分を責めるように、自分のしたことを後悔するように自分の感情を吐き出していく。

あしゃくら「だから、だからわたしはあなたをキョンくんから引き離したのに……
       それでもなんであなたはわたしに優しくしてくれるの……
       そんなひどいことをしたあたしにどうしてこんなに、優しくしてくれるの……」



81 名前:29/16[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:24:36.41 ID:zg1LfBPO0


ちゅるやさん「そんなの、決まってるっさっ」

ちゅるやさんは泣き崩れるあしゃくらに優しく微笑んだ。

ちゅるやさん「あしゃっちが、あたしの大切な友達だからだよっ」

あしゃくらが驚いたようにちゅるやさんを見上げる。

あしゃくら「許して……くれるの……? 
       こんなに、こんなにひどいことをしたのに、こんなに、あなたを傷つけたのに……」

ちゅるやさん「許すも何も最初から怒ってなんかいないっさっ。
         またキョンくんとあたしとあしゃっちでさっ、スモチを食べようよっ。
         きっとみんなで食べたほうが美味しいにょろっ」

あしゃくらは一際大粒の涙を流すとちゅるやさんを抱きしめた。ちゅるやさんもそれに応える。

やはり鶴屋さんはどこのどんな世界でも大物だった。
あしゃくらの狂気を鎮めたちゅるやさんは、本当に女神か何かのように見えた。

俺は鶴屋さんの方を見る。鶴屋さんは優しげな瞳で二人を見つめていた。
視線に気づいた鶴屋さんは俺に向き直り優しく微笑みかけてくれた。俺も鶴屋さんに微笑み返す。

ようやく、何もかもが終わったのだ。

そう予感したその時、突如教室の床が裂けるように隆起し炸裂した。
近くに居たちゅるやさんとあしゃくらが吹き飛ばされる。


82 名前:29/17end[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:26:44.62 ID:zg1LfBPO0

あしゃくらは土煙の向こうへ飛ばされ見えなくなった。
ちゅるやさんは教室の後ろ、連絡黒板の前に落下した。

慌てて鶴屋さんがちゅるやさんのもとへ駆け寄る。
俺は舞い上がる土煙を凝視した。そこに誰かが居るような気がしたからだ。

粉塵の奥に覗いた人影に俺は見覚えがあった。

あれこそ、あれこそ間違いなく俺が知っている人物。
俺を一度ならず殺そうとして、そして今、再び俺を殺すためにやってきた。

そんなターミネーターみたいな奴。



朝倉涼子がそこに居た。














84 名前:30/1daydream2[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:29:24.59 ID:zg1LfBPO0

ハルヒ「な、なによあれ! なんなのよ! すごいわ、これは大発見よ! あんな流星群見たことがないわ!」

長門「流星群の大気圏突入時の損耗率、0%。形状を維持したまま現在も地表に接近中」

みくる「あわわわわわわ、ど、どういうことですか~」

古泉「わ、わかりません。ただ流星群の帯が心なしか大きくなっていっているような……ゴフッゴフッ」

長門「流星群が互いに衝突を繰り返し合体している。巨大な隕石へと変化するのも時間の問題」

みくる「え、そ、それってすごく大変なことなんじゃ……」

長門「そう。あの規模の隕石が太平洋、
    あるいは地表に落下すれば大量絶滅クラスの影響を全生命体に与える」

ハルヒ「なんですってぇ!? あたしがまだ宇宙人未来人超能力者異世界人に出会う前に
     世界が滅んでたまるもんですかっ! っていうか誰かなんとかしなさいよっ。
     突然だっさいタイツを来たキョンが現れてスーパーツッコミビームで隕石をなんでやねんしちゃうとか
     そういうことが起こらないのっ!?」

古泉「……ある意味涼宮さんの力が弱まっていてよかったのかもしれませんね」

ハルヒ「なによ、古泉くん。何の話なのよ。って何あれ、なんだかこっちに近づいてくるわよ」

長門「流星群、完全に合体。重力、及び慣性を無視してこちらに高速接近している。衝突は不可避」

みくる「ふええぇええ」

古泉「ほ、本当に世界が、このまま終わってしまうんでしょうか」

85 名前:30/2daydream2[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:31:48.39 ID:zg1LfBPO0

ハルヒ「そんなことあたしが許さないって言ってんでしょっ! んもー! こんな隕石、
     さっさとどっか行っちゃいなさいよっ!どうせならもっとおもしろいエイリアンとか連れてきなさいよねっ!」

長門「隕石、地表まで数万メートルの距離まで接近。来る」

みくる「ひゃあぁあああ」

古泉「み、みなさん、うわああ──!」

ハルヒ「……」

長門「……」

みくる「……」

古泉「……」

ハルヒ「──あれ? なんにも起きないわよ」

長門「隕石、地上から数千メートルで突如静止。地表への影響は一切認められない」

古泉「ど、どうやら……助かったんでしょうか……」

長門「不明。情報を検索する」

ハルヒ「ね、ねぇ、あれちょっと見てよ。あの隕石、なんだかみくるちゃんに似てない……?
     ていうかそっくりじゃない! いや、でも……なんだろ……どこか微妙に違うような……」

みくる「え! わ、わたしにですか……?」

87 名前:30/3daydream2[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:33:57.48 ID:zg1LfBPO0

長門「体格の同調率は99.9%。ただし顔面の形状が著しく異なる」

古泉「そうですね、どこかのぺっとしているというか無表情といいますか、まったく生気が感じられません」

ハルヒ「人間にできる表情じゃあないわね。
     でもあのナイスエロボディは間違いなくみくるちゃん……
     実際にいんぐりもんぐりしたあたしが言うんだから間違いないわっ!」

みくる「やぁあ~、み、見ないでください~」

長門「流星群、形状変化。発声機能の始動を確認。何らかの音声的コンタクトが予想される」

ハルヒ「い、隕石のみくるちゃんが……しゃべってる! で、でもどうして! どうしてなの──!!?」

















89 名前:30/4daydream2end[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:37:41.23 ID:zg1LfBPO0

ググレ流星群「ググれ」




ハルヒ「……」 長門「……」 みくる「……」 古泉「……」


ハルヒ「……夢ね。これは。それもとびきり悪い夢だわ」

古泉「おぉっ、と、突然隕石が爆発しましたっ! し、四方に飛び散るあれはっ! え……」

長門「我々に似た者の足の裏から超光速伝導流体が放出され空中を高速飛行している。
    原理は不明。地球に存在する技術ではない」

みくる「わ、わたしはあんなこと言いません~っ!」

ハルヒ「まぁもうそんなことはどうでもいいじゃない、みくるちゃん。
     ほら、綺麗よ。アタシたちが空を飛んでいるわ。そこだけはいい夢じゃない」

古泉「そうこうしているうちに空を飛んでいる涼宮さんが爆発しました!
    そして無数の小さな……小さな涼宮さんに……」

ハルヒ「あぁ、もうどうでもいいわ。もうなにもかもがどうでもいいわ。
     さっさと全身タイツのキョンパーマンが現れて事件を解決してくれることを祈るだけよ。
     さぁ、みんなで叫びましょう」


一同「「「「キョンパーマン~」」」」

90 名前:31/1[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:40:56.91 ID:zg1LfBPO0

一瞬誰かに呼ばれた気がして窓の方を振り返ったがそんなことはなかった。

そんなことをしている場合ではない。
こいつは、こいつは消滅した筈の、もうとっくに消えてなくなっている筈の朝倉涼子だ。
なんでこいつがここに居るんだよっ。嫌な予感はしていたが、まさか本人が登場するとは思わなかったぜ。

朝倉「久しぶりね、キョンくん……元気にしてたかしら? 学校生活は楽しめてる?
    ふふふっ、結構楽しんでるみたいね」

朝倉はそう言って鶴屋さんへと視線を移す。俺の額から冷たい汗が一筋伝った。
こいつのヤバさはあしゃくらが握っていたナイフの非ではない。こいつ自身が全身凶器みたいな奴だ。
腕を金属の槍に変えて伸ばしたり空間を変化させたりなんでもありな奴。そんな奴とどう戦えってんだ。
長門が居なきゃ俺にはどうしようもない。

朝倉は床に落ちていたナイフを拾うとひきつった笑みを浮かべて俺の方を見る。

朝倉「意外そうね? なんで消えた筈の私が復活したのか、わからないって顔じゃない?
    教えてあげるわ、その子のおかげよ」

朝倉は刃先を指先でなぞりながらナイフを動かして背後の瓦礫の影で倒れているあしゃくらを示した。

朝倉「その子が、ふふ、もう一人の私が世界をこんな風にいじってくれたおかげよ。
    もっとも、こうなることは計算してなかったみたい。
    ただ単にあなたとちゅるやさんを引き離したい一心だったみたいね。
    わけもわからず世界を改変したせいで、今こんなにめちゃくちゃなことになっちゃったってわけ。
    ふふふ、おもしろいでしょう? おかげで私は復活できた。一時的にだけどね。
    それでもあなたを殺すには十分な時間だわ」

キョン「ど、どういうことだ? 俺にはまだ、わけがわからない」

93 名前:31/2[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:45:31.76 ID:zg1LfBPO0
>>88 ググれ、じゃなくて2683です。


朝倉「あら、仕方がないわね。じゃぁ説明してあげるわ。あの時みたいにね。
    この子がこっちの世界に現れた瞬間、私の存在はこの子とある意味一蓮托生になったの。
    例えるならこの子の一部を間借りしているような状態ね。
    この子がここに存在している限り私はここに存在していられる。自分の意思を伴ってね。だから……」

朝倉は切っ先を俺に向ける。
それは正確に俺の心臓を指し示していて、いつでも殺せると言わんばかりの威圧感だった。

朝倉「私は私の使命を果たす。あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」

キョン「ま、待て、その急進派って奴は今もそう思ってんのか? 聞いてみろよ、
     今はもう事情が変わってるのかもしれないぞ、あれから随分経ったんだ、
     俺を殺して困るような状況になってるかもしれないだろ」

朝倉「あらあら、怯えてるのね。昔の私だったらもうとっくにそうしていたでしょうね。でも今はどうでもいいの。
    私、うれしいのよ? またあなたに会えて。あなたを私の手で殺せると思うとゾクゾクするわ。
    正直、使命なんて関係ない。あなたを殺せればそれでいい

なんてことだ。
今や朝倉は情報統合思念体の差し向けた暗殺者ではなく、既に一介の殺人鬼へと変貌していた。
俺の最後の希望は絶たれたに等しい。どうすれば、どうすればいいってんだ。
不意に自分が電車に追いついたときのことが思い浮かぶ。
あの力が使えたなら鶴屋さんやちゅるやさん、そしてあしゃくらを連れてこの場から逃げおおせるかもしれない。
だがその力はあの時の一回こっきりでそれ以降使うことはできなかった。
今も使えるという保証はない。
だが、今はそれに頼るしかなかった。


94 名前:31/3[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:48:48.75 ID:zg1LfBPO0

俺は必死であの時の高揚感を思い出そうとする。

朝倉「何かしら。駆けっこでもしようっていうの? 面白そうね。私も参加させて欲しいわ」

クスクスと楽しげに笑う朝倉の目は全く笑ってなど居なかった。
獲物を狩る直前の猛禽類のような視線。機先を制されてしまった。こいつにはどこまでがお見通しなんだよ。

鶴屋さんは連絡黒板の前でちゅるやさんを抱きかかえて呆然と立ち尽くしている。
それはそうだろう、朝倉の言っていることは傍から見れば頭のイカれた狂人そのものだからだ。
俺はこいつのことを少なからず知っているからかろうじて落ち着いていられるが、鶴屋さんは違う。
俺が初めて朝倉の話を聞いたときのような、理解が状況に追いつかないゆえの焦燥感を感じているのだろう。
ただならない危機感だけが内蔵を締め付けられるような不快感と共にまとわりついて離れない。その気持ちは痛いほどにわかった。

朝倉「こんな可愛い彼女を抱えて私から逃げられるなんて思わないことね。
    たとえそれが適ったとしても、どっちみちあなた……たち……は……」

鶴屋さんに視線を移した朝倉の表情が一瞬苦痛に歪んだような気がした。
目は限界まで見開いて口元が小刻みに震えている。いったいどういうことだ。
こいつが突然こんな顔をするなんて。鶴屋さんの何に反応したっていうんだ。

俺は嫌な予感がした。朝倉の怨念があしゃくらのナイフに宿っていたことを思い出す。
もしそれが朝倉に対しても起こっていたとしたら? 朝倉にも予想外の筈だ。
自分が一方的に操っていたつもりの対象から、深刻な影響を受けているなどと、こいつが認める筈がない。
だがそれはこいつ自身が一番よくわかっているのだろう。だからこそまずい、
こいつは、こいつは自分の、自分自身の感情を否定しにかかる。それはもちろん、鶴屋さんに対する凶気としてだ。
朝倉にとって鶴屋さんを攻撃するのにそれ以上の理由はいらない。奴は何の迷いもなく鶴屋さんを襲う、それも今すぐにでも。

動け、動けよ俺の足、動け──。


95 名前:31/4[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:51:04.49 ID:zg1LfBPO0

朝倉「あなた……気に入らないわ……」

朝倉が鶴屋さんに向かって飛びかかる。鶴屋さんはとっさに身構えるもちゅるやさんを抱えて、
それも宇宙的人外である朝倉を相手にして太刀打ちできる筈がない。
鶴屋流古武術はさすがに宇宙人との戦闘は想定していないだろう。俺が、俺が鶴屋さんを守るしかない。

超高速の脚力は発揮できなかったが朝倉の動きを予想できていたことが幸いした。
俺と鶴屋さんの距離が朝倉より離れていなかったこともだ。
いつの間にか走り出していた俺は朝倉と鶴屋さんの間に飛び込み、ナイフの切っ先の前に立ちはだかった。

朝倉の頬が一瞬狂喜に歪んだ気がした。朝倉の左右のバランスの崩れた狂ったような顔が迫る。

俺は覚悟を決めた。

だが次の瞬間、俺の体はふわりと浮き上がりバランスを崩した。
ナイフは俺の体をかすめ脇腹をえぐり朝倉はそのまま連絡黒板へと突っ込んだ。

もうもうと煙が立ち上り木片が辺りに散乱する。木くずの雨が降り倒れこむ俺の顔にパラパラと落ちた。

鶴屋さん「キョンくん……キョンくんっ!」

鶴屋さんが俺に駆け寄ってくる。
どうやら鶴屋さんがとっさに俺の体勢を崩して投げ飛ばし間一髪でナイフを回避させてくれたようだ。
とはいえ朝倉の動きが速すぎて完全には間に合わなかったらしい。
それでも生身の人間としては達人クラスの動作と言っていい。
鶴屋さんが俺を投げ飛ばしてくれなかったら俺は今頃あの世行きだった。
こうして鶴屋さんの顔を再び見ることもできなかっただろう。俺は心の底から鶴屋さんに感謝した。
この頼りになる偉大な先輩に、俺の可愛い先輩に。


96 名前:31/5[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:53:35.24 ID:zg1LfBPO0

鶴屋さん「キョンくん……しっかりするっさっ! キョンくんっ! 死なないでおくれよっ!
       お願いだからさっ、一生のお願いだから……死なないで欲しいにょろ……
       お願いだよキョンくん……キョンくんっ……」

鶴屋さんの俺を呼ぶ悲痛な声が聞こえる。俺は霞んでいく視界の中でかろうじて鶴屋さんを認めた。
俺がかすかに笑いかけると鶴屋さんは安心したのか大粒の涙をこぼした。

キョン「あなたの……おかげです……鶴屋さん。おかげで命拾いしました……」

鶴屋さんの表情がぱぁっと明るくなる。
鶴屋さんは俺の頭を自分の膝の上に乗せると力いっぱい俺を抱きしめた。

キョン「すみません……鶴屋さんは一人でも平気だったのに……
     俺がバカなことをしたせいで余計な迷惑をかけてしまって……」

俺は鶴屋さんの凄さを見誤っていた。鶴屋さんは俺の助けなど初めから、ぜんぜん、
まったくこれっぽっちも必要とはしていなかったのだ。
雲の上の人だなんだと散々心の中で持ち上げておいて腹の底ではまだこの人を常識の範疇で捉えていたらしい。
そんな自分の浅い思考が恨めしかった。

だが鶴屋さんはそんな俺の考えを否定するように首をふるふると横に振った。

鶴屋さん「キョンくんが間に立ってくれたからあたしの動きが読まれなかったっさっ。
       あたしが助かったのはキョンくんのおかげにょろっ、そうじゃなかったら間違いなく動きを合わせられてたっさ……
       あんな速さで迫られたら正直……どうしようもないっからね……」

どうやら俺の犠牲もまんざら無駄ではなかったらしい。
鶴屋さんの言葉を信じるならば俺は鶴屋さんのことを超常的な力に頼ることなく自分の力だけで守れたのだ。
俺のしたことは決して余計な邪魔なんかではなかった。そう思うとえぐられた脇腹の激しい痛みでさえ誇らしく感じられる。

97 名前:31/6[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:55:59.11 ID:zg1LfBPO0

鶴屋さんの無事な姿とその笑みに俺は安堵の溜め息を吐いた。
だがまだ安心するには早すぎる。朝倉はまだそこに居て、いつ再び襲いかかってくるかわからない。

えぐられた脇腹から徐々に痛みが引いて何も感じなくなっていく。
痛みが失せるにつれて俺の意識も朦朧とし始め周囲の輪郭はぼやけ視界が曖昧になっていった。
俺は陰っていく視界の中鶴屋さんに語りかける。

キョン「逃げて……ください……あいつは人間が相手してどうこうできる奴じゃない……宇宙人なんですよ……
     しかもターミネーターみたいにしぶといんです……そんな奴をどうこうできっこない……
     鶴屋さん……俺のことはもういいです……ですから……だから……」

あなただけは逃げてください。そう言おうとしたところで鶴屋さんが俺の口を押さえて言葉を遮った。
鶴屋さん……?

鶴屋さん「そんなこと……そんなこと言わないで欲しいにょろ……あたしの居る場所は……
       キョンくんの隣だって言ったはずさっ! 絶対に、絶対にキョンくんを一人では置いていかないよっ、
       そんなのは、キョンくんが許してくれたって、あたしがあたしを許せないっさ……」

鶴屋さん、そう言ってくれることは涙が出るほど嬉しいですが、でも、でも今は俺は
あなたになによりも生き残って欲しいんです。だからお願いです。逃げてください……逃げてください……。

俺の願いも虚しく鶴屋さんはその場から動かず、立ち上る粉塵の向こう側から朝倉が憤怒の形相を見せながら現れた。

俺は絶望に打ちひしがれる。朝倉のそんな感情をむき出しにした顔は見たことがなかった。
涼しい顔で笑いながら消えていった、そんな朝倉涼子はもういなかった。


99 名前:31/7[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 02:58:09.01 ID:zg1LfBPO0

朝倉「あなたは……いつも……いつも私の邪魔をして……殺してやる! 八つ裂きにして殺してやる!」

もはや朝倉自身その感情が自分のものなのかあしゃくらのものなのか区別がついていない。
あしゃくらの感情と朝倉の狂気がクロスオーバーし危険な化学反応を起こす。

鶴屋さん、お願いだ。逃げてくれ。
誰か…誰か居ないのか……俺たちを助けてくれる誰か……どこかの誰か……。
お願いだ、俺のことはいい。鶴屋さんを、鶴屋さんだけは助けてくれ。

朝倉はゆっくりとこちらに近づいてくる。狂喜と凶器と狂気を振り乱し、胸喜に打ち震えながら。
充足する寸前の恍惚の表情を浮かべて。俺が最も恐れていた自体がそこにあった。

鶴屋さんが気丈に朝倉を睨みつける。鶴屋さんの俺を抱きしめる力が強くなる。その手は小刻みに震えていた。
本当はこの場から逃げ出したくてたまらないのだろう。なのに俺なんかのためにこの場に残ってくれている。
それは俺が想定した最悪の自体そのものだった。鶴屋さんがいっそ俺のことを見捨ててくれればどんなにいいだろう。
鶴屋さんの俺に対する優しさが今は完全に裏目に出てしまっていた。

朝倉は俺と鶴屋さんの前で立ち止まると逆行で影になった暗い表情に目いっぱいの蔑みを浮かべて俺たちを嘲笑った。
朝倉はナイフを逆手に持ち替える。ナイフを握る手が徐々に振り上げられていく。

朝倉「あなた……本当に邪魔よ……」

朝倉の冷たい囁きと共にナイフは無慈悲に振り下ろされた。


100 名前:31/8[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 03:02:57.68 ID:zg1LfBPO0
>>98 厳しくなってきました。とりあえずキリのいいところまで

俺は心の中で叫んだ。やめてくれ、お願いだからやめてくれ。
今そこに居るだれか、どこに居るだれでもいい。

助けてくれ。お願いだ──俺たちを助けてくれ──。

突然朝倉の背後から何者かの手が飛び出してナイフの刃を素手で掴み上げた。
朝倉のナイフを掴んでいた腕がひねり上げられて小さくうめき声をあげる。
背後を振り返った朝倉の声は驚愕に満ちていた。

朝倉「う、嘘よ……あなたにこんなことができる筈がないわ……ただの人間のあなたに……
    ありえない……ありえないわ!」

朝倉が悲痛な声で叫ぶ。どうした、なにがこいつをそんなに動揺させてるってんだ。
鶴屋さんを見上げるとその表情も朝倉同様驚愕に満ちていた。
しかしその瞳はどこかランランと輝いて、まるでスーパーヒーローを間近で見た少年のようにきらめいている。
目尻にうっすらと涙をためて嬉しそうですらある。誰だ──鶴屋さんにこんな顔をさせるそいつ、
朝倉のナイフを素手でつかみあげたそいつは誰なんだ──。
俺の目にぼんやりとした人影が飛び込んでくる。こいつは一体誰なんだ──。

そいつは人間離れした動きでそのまま朝倉を弾き飛ばすとその場に仁王立ちした。

朝倉「がふっ──!?」

朝倉は空中で二回三回と回転し体勢を整えると床の上に着地した。
朝倉の体から骨が軋むような嫌な音がする。どうやらあの一撃は朝倉にダメージを与えているようだ。
無尽蔵の体力と回復能力を持つ朝倉にダメージだと? 俺には状況がまったく飲み込めなかった。


101 名前:31/9halfend[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 03:05:29.55 ID:zg1LfBPO0

誰だ? 長門か? お前が来てくれたのか? いや、違う。あれは俺と同じ男子の制服だ。
誰だ、谷口、なわけないか。まさか古泉じゃないよな。もしそうなら俺はお前にキスしたっていい。

俺が半分暗闇がかった視界をゆっくりと上へと向ける。
そこに立っている人物に俺は見覚えがあった。たった一度だけ夢で見たあの男。
なんとも味気のない、のっぺりとした表情。どんなに人生を儚んで絶望に伏したとしても絶対にあんな顔はできまい。
それはまさに一切の感情を見いださせない虚無の表情である。人知を超越した何者かの顔である。
だがそれは間違いなく俺のよく知っている人物だった。

それは──俺だった。

そしてその俺は間違いなく異世界人であった。まったく笑えない冗談だった。
にょろっとした俺だから……にょろキョンでいいのか? とにかく俺はお前をそう呼ぶぜ。

そいつ……にょろキョンはゆっくりと両手を上げ体の正面で交差させた。

にょろキョン「だーめ」







103 名前:都留屋シン[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 03:07:58.59 ID:zg1LfBPO0
章の途中になりますが本日はここまでになります。

ブツ切るような形になってすいません。
時間が遅くなり過ぎてしまったので……。

超展開の真っただ中になりますがご容赦ください。



106 名前:都留屋シン[sage] 投稿日:2010/02/17(水) 03:15:38.78 ID:zg1LfBPO0
次回でラストです。


毎回長い時間つき合わせてしまってすいません。

正直この長さは自分でも引いています。

でも次回はそれほど長くはかからないと思います。



物語がどう収束していくのか見守っていただければ幸いです。
ありがとうございました。

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