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唯「憂ー…」

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 20:26:43.71 ID:HfAFUzO10 [1/75]
よしかく

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 20:29:05.87 ID:HfAFUzO10 [2/75]
粉雪の降る早朝、わたしは独り、学校への道のりを歩いていた。

時折吹く冷たい風が、さらされた顔のほおを容赦なく突き刺す。
厳しい十二月の寒さに、わたしは思わず体をふるわせた。
口から吐き出したささやかな息は、白い色取りを添えて、辺りに霧散する。


よりそうようにして一緒に登校していた妹の姿は、今はもういない。
いつだったか二人でいっしょに巻いたマフラーは、その長さを余らせ、寂しげにたなびいていた。



「ういー・・・」

 

自分でも知らないうちに、わたしは妹の名前をつぶやいていた。反応の返ってこない言葉は、行き場所を失ってさまよい、消える。
冬の朝独特の静けさが、頼りないわたしの鼓膜を引き裂いたような、そんな気がした。




7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 20:30:00.84 ID:HfAFUzO10
「おはよー」

わたしは学校に着くとまず、クラスの親友たちにおはようの挨拶をする。
乾燥した空気のせいか、思ってたよりもうまく、言葉を発することができなかった。

「おっすー唯」


そんなことは気にも留めず、りっちゃんは元気よく挨拶を返してくれた。
教室は暖房をつけたばかりで、たいして暖まっておらず、わたしは身を縮こませた。

それに対してりっちゃんは、普段どおりはつらつとした表情をみせている。


9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 20:31:15.24 ID:HfAFUzO10
「おはよ唯」

「おはよう唯ちゃん」

澪ちゃんとムギちゃんの二人も、わたしに笑顔をみせて挨拶してくれた。
そんな当たり前のことがわたしにはすごく嬉しくて、思わず顔をほころばせる。

「みおちゃ~~~ん。寒かったよ~~」

「わわっ!?冷たいからやめろって唯!」


気持ちが昂ぶったわたしはつい、澪ちゃんに抱きついてほおずりしてしまった。
澪ちゃんが必死になって抵抗する。でも嫌そうな感じはまるでない。
澪ちゃんの、やわらかくてかすかに甘い、そんな匂いがわたしの鼻をなでた。



10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 20:33:45.29 ID:HfAFUzO10
そのあとわたしは、少し離れた席に座ってる和ちゃんに話しかける。

何か書き物をしていた和ちゃんが顔をあげてくれた。

「おはよー和ちゃん!」

元気よくわたしは声をかける。

「あら・・・。おはよう唯」


でも、和ちゃんは素っ気なかった。

それどころか、今まで書き物をしていた紙を机にしまって、ペンをケースにしまうと、
和ちゃんはすぐさま教室の外へと出て行ってしまった。

空になった机と椅子だけが、わたしとともにとり残される。


11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 20:36:52.56 ID:HfAFUzO10
最近の和ちゃんは、ずっとこんな感じだった。

むこうから話かけてくれることはほとんどなく、わたしから話しかけても、
今みたいにすぐ会話を切り上げて、どこかに立ち去ってしまうことがほとんどだった。

今までずっとそばにいてくれた幼馴染のそんな態度に、わたしは胸を締めつけられるような気持ちにさらされた。


「ハハッ、ふられちまったな~唯」

りっちゃんが近寄ってきて、わたしの肩に手をかけて茶化す。

気を使ってくれてるのだろう。

そんな心遣いに、わたしは素直によろこんだ。精一杯の笑顔でりっちゃんにこたえる。


12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 20:38:57.39 ID:HfAFUzO10
「あれれ~。ふられちった~。りっちゃんなぐさめて~」

「しかたないな~。わたしの胸でめいっぱい泣きなさい!」

遠慮せずにわたしは、思い切りりっちゃんの胸に飛び込んだ。

痛んだ胸がほんの少しだけ、やわらいだような気がする。



「はっはっは。かわいいやつめ。…って唯!顔をあんまりくっつけるな!ちべたいっ!!」




14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 20:42:44.61 ID:HfAFUzO10
一日の授業が終わると、わたしは真っ先に軽音部の部室にむかった。

りっちゃんたち三人は、クラスの掃除当番なので後から遅れてやってくる。

わたしは部室までの階段を、いっきに駆け上がった。
肩にかついだギー太が、段差を昇るたびにユサユサと揺れる。

「いっちば~~~ん!!!」


両開きになっている部室の扉を勢いよく開けると、おもいきりそう叫んだ。

誰もいない部屋に、わたしの声が響きわたる。と思ったらそこには、先客がいたようだった。


15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 20:44:32.91 ID:HfAFUzO10
「なに言ってるんですか唯先輩。一番乗りはわたしです」


そう言ってあずにゃんがひょっこりと顔を出す。
どうやらソファの影になって見えなかったみたいだ。

大きな瞳で、わたしの顔を見つめてくる。わたしはあずにゃんに近寄ると、力いっぱい抱きしめて愛情を表現した。

「ごめんよあずにゃ~~~ん。あんまりちっちゃくてかわいいから、最初はわからなかったんだよ~」

「ちっちゃいってなんですか!!あとあんまり強く抱きしめないでください!苦しいです!」

そう言ってあずにゃんは、首を振って抵抗する。

その姿があまりに愛らしくて、抱きしめる手につい力がこもってしまった。

あずにゃんのちっちゃな体はなんだかやわらかくて、本当に猫を抱いているように錯覚させられる。


16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 20:48:22.31 ID:HfAFUzO10
「唯先輩!いいかげんにしてくださいよ!」

あずにゃんが当然の抗議をする。だけどわたしはかまわずに抱擁を続けた。

「ええ~。だってあずにゃんあったかいし。それに今は人肌が恋しくてしかたないんだよ~さみしいんだよ~」


その言葉に突然、あずにゃんがハッとした顔をする。
その瞬間わたしは、腕の中にいるはずの彼女が、まるでここから消え去ってしまったような喪失感に襲われた。

わたしはとっさに、彼女を腕から解放する。

「ご、ごめんね。あずにゃん。わたし、ちょっと調子に乗っちゃったよ。今度から気をつけるね」

そう言ってわたしは、彼女からほんの少し距離をとる。
腕の中に残ったぬくもりが、このうえなく名残おしい。

「い、いえ。わかってくれればいいんです」

彼女はとりつくろうように言う。肩をにぎりしめた右手が、心なしかふるえている気がした。



そのあとすぐ、りっちゃんたちが部室にやってきて、いつもの部活動が始まった。





17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 20:50:35.94 ID:HfAFUzO10
「はあ…」

学校からの帰り道。辺りは暗闇に包まれており、
弱い光を放つ街路灯がぽつんと浮かび上がるだけだった。

わたしは小さく溜め息をつく。さっきのあずにゃんとの出来事を思い出して、少し胸が苦しくなった。

「あずにゃんに悪いことしたな…」

不用意なことをいって、彼女に苦しい思いをさせてしまった。

あずにゃんは憂の、一番の親友だった。家族とかわらないくらいに、
親愛の気持ちを向けてくれていた子だ。それなのにわたしは…。

肩に担いだギー太が重たくのしかかる。


18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 20:52:26.93 ID:HfAFUzO10
家につくとわたしは、玄関の鍵をあけてその扉を開いた。
帰りを出迎えるものが誰ひとりいない、冷え切った暗い空間がわたしを待っていた。

無感動な顔で、家にあがる。灯りをともすと、重い足取りのまま階段を昇り、自分の部屋の扉を開けた。

バッグとギー太を置くと、すぐに部屋を出る。

向かったのは、憂の部屋だった。


トントン。部屋の扉をノックする。

「ういー?おじゃまするよー?」

誰もいないはずの部屋にむかって、わたしは断りをいれる。


20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 20:59:08.41 ID:HfAFUzO10
「ハハ、何言ってんだろわたし…」

自嘲しながら、わたしは中にはいった。

一瞬、なつかしい匂いが鼻をくすぐって、わたしは不思議な光景をかいま見る。

『おかえり。お姉ちゃん』

昔のままの笑顔で出迎えてくれる、そんな憂の姿だ。

だがそんな幻はすぐに、闇の中へと霧散する。いまだにふっきることのできない自分に、我ながらあきれてしまう。

わたしは憂のベッドにもぐりこんだ。
枕をぎゅっと抱えて、体を丸め横になる。かすかに残った憂の匂いが、わたしをつつみこむ。

そうしているとまるで、憂がすぐそばにいるような、そんな気がした。



「憂ー…。どうして…?、どうして死んじゃったの?」

冷たいしずくが、ほおを伝って流れ落ちた。
 



23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 21:03:04.48 ID:HfAFUzO10
あれは秋もだいぶ深まった、十月の終わりのことだった。


その日は朝からずっと雨で、部活が終わって帰る時間になっても勢いはおとろえず、

舗装された道路を雨粒が容赦なく叩きつけていた。


わたしはそのころ買ったばかりの赤い傘をクルクルとまわして、上機嫌で帰り道を跳ねていた。


ギー太は、濡れてしまうといけないので学校に置いてきた。

ギー太のことが心配だけど、こればかりは仕方がない。わたしの隣を、やさしい表情の憂が歩いていく。


25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 21:06:02.07 ID:HfAFUzO10
「すごいうれしそうだね。お姉ちゃん」笑顔の憂。

「そりゃそうだよ~。だってやっと、この子の出番がやってきたんだもん!」

そう言ってわたしは、お気に入りの傘を空高くかかげてみせた。
その拍子に、傘から数滴のしずくがはじける。

「お姉ちゃんてば、傘を買ってからずっと『雨降らないかな~』って毎日言ってたもんね」

「うん!やっと神様にお願いが通じたみたいでよかったよ~」わたしは笑顔で憂に答える。

そんな他愛のない話をしていると、わたしたちは大きな道の交差点にさしかかった。
流れる車の音と歩く人々の喧騒とが混じりあう。


ちょうど歩行者信号が青になっていたので、好都合とばかりにわたしは歩を踏み出した。


「あまり急がないでお姉ちゃん」


少し遅れた憂が小走りでついてくる。


26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 21:08:15.90 ID:HfAFUzO10
そのときだった。ものすごいスピードの車が、わたしたちに突っ込んできたのは。


突然のことに驚くあまり、わたしはなにがなんだかわからなかった。
呆然として、勢いよく近づいてくる車を見つめることしかできなかった。

不思議な感覚におそわれる。時間の流れが遅くなって、目の前の光景がスローモーションで流れていく、そんな感覚。


頭の中を、いろいろなものが駆け抜けてゆく。

軽音部のみんなや和ちゃんお父さんお母さんたちの顔、そしてたくさんの思い出。


28 名前:>>27 ありがたい[] 投稿日:2010/05/29(土) 21:13:22.38 ID:HfAFUzO10


『わたし死んじゃうのかな…』



そんな考えが頭をよぎったとき、わたしは何かに思い切りはじき飛ばされた。

車にではない。人間の手だ。


道路に倒れこんだわたしが、もといた場所をふりかえったとき、
そこにはこちらにむかって手を突き出したまま、体勢を崩す憂の姿が見えた。

車はもう、憂のすぐそばまで近寄っている。


喉がひき裂けそうなくらいの大きな声で、わたしは憂の名前を叫んだ。


けれど、それが彼女に届くことは、永遠になかった。


29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 21:15:13.00 ID:HfAFUzO10

その後のことはよく覚えていない。


救急車のサイレンや街をゆく人たちのざわめきだけが耳に残っている。


いろんな人たちが私の前にいれかわりたちかわりやってきて、何かを尋ねてきた気がしたけど、

そのときのわたしにはただ、わずかにうなずいたり首を横にふったりすることしかできなかった。


31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 21:18:51.15 ID:HfAFUzO10
暗闇の中、ふと物音がして、わたしは目をさました。

どうやらいつのまにか眠ってしまったみたいだ。まぶたをこすりながら、からだを起こす。

寝ぼけた頭がじょじょに覚醒してゆく。



物音の原因をさがして、辺りをさがすと、制服のポケットの中で携帯電話が震えているのがわかった。

取り出して確認すると、時刻は夜の22時を回っていた。

思いのほか長い時間眠っていたらしい。

着信を確認すると、さわちゃんからの電話だった。すぐに通話ボタンを押そうとして、わたしは思いとどまる。



正直、今は誰かと話すような気分じゃなかった。

ベッドの隅に携帯を放り投げると、わたしは部屋を出た。



33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 21:21:11.55 ID:HfAFUzO10
一階に降りるとまず、わたしは洗面所にむかった。

一度顔を洗って、頭をスッキリさせようと思ったからだ。



洗面所の明かりをつける。鏡をのぞきこむと、わたしはひどい顔をしていた。
髪の毛は乱れて寝癖がついており、目元はほんのりと紅くはれていた。眠ったまま泣いてしまったのだろうか。


とにかく、わたしは顔を洗おうとしてまず髪留めをはずした。それを洗面台の端にそっと置く。

そのとき視界の隅に、あるものが見えた。手に取って、しげしげと見つめる。




それは、憂が生前使っていたリボンだった。どうしてこんなところにあるのだろうか。

わたしはすこし疑問に思ったが、あまり気に留めないことにする。


35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 21:24:28.62 ID:HfAFUzO10
そんなことよりも、わたしはもっといいことを思いついてしまった。

まずくしをかけて、乱れた髪を整える。寝癖を直すのにすこし時間がかかってしまった。

次にわたしは、さきほどのリボンをつかい髪をひとつにまとめてくくった。



そしてふたたび鏡をのぞきこむと、さきほどまでそこにいた平沢唯の姿はもうどこにもいない。

かわりに映っていたのは、ちょっとだけ目を腫らした、平沢憂の姿だった。

ひさしぶりに妹の姿を目にしたわたしは、おもわず顔をほころばせた。鏡の中の憂もいっしょに笑ってくれる。



「ただいま、憂」

『おかえり。お姉ちゃん』

鏡の中の憂が、そうこたえてくれた気がした。




37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:26:52.39 ID:HfAFUzO10
翌日の放課後、わたしはさわちゃんに職員室まで呼び出された。

昨日も電話があったけど、いったい何の用だろうか。成績のことだったらどうしよう。軽い不安が首をもたげる。


「それでさわちゃん。今日は何の話?」

職員室の隅にある応接用のソファに座ったわたしは、対面に座るさわちゃんの目を見つめて尋ねた。

「職員室でくらい、ちゃんと先生って呼びなさい…。
今日はね、平沢さんがきちんと生活できてるかどうか質問しようと思ったの。
それにあなた、昨日電話に出てくれなかったでしょ?」



そういってさわちゃんはコーヒーを一口すする。
たちのぼる湯気が、彼女の眼鏡をわずかに曇らした。

コーヒーはわたしの分も用意されていたが、口をつける気にはならなかった。苦いのは好きじゃない。


38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 21:28:18.66 ID:HfAFUzO10

「え~、ちゃんとできてるよ~さわちゃん。ひとりでも自炊はできてるし、
今日だって朝はやくに起きれたよ~。わたしってばもう、一人前のレディー!」


そういってウインクしてみせる。さわちゃんは溜息をついた。


「本当に大丈夫かしら…。なんだか心配ね。他にはどう?何か変わったこととかない?」

「かわったこと?とくにないけど」

「ほんとうに?どんなささいなことでもいいのよ?」


やけにねばる。いったいなんだというのだろう。


「う~ん。かわったこと…。あっ、そういえば最近、和ちゃんが冷たいんだ~。どうしたんだろ…、わたしのこと嫌いになったのかなぁ…」


そういってわたしはしょげた顔をする。


39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:30:06.90 ID:HfAFUzO10
「真鍋さん?ああ…。別に彼女はあなたのことが嫌いになったとか、そういうわけじゃないのよ。ただ…」

そういってさわちゃんは言いにくそうにする。

「ただ?」

「ただ、彼女も気に病んでるのよ…。あの事故のことをね。
無理もないわ。だから、あまり深く考えなくていいのよ。しばらくそっとしといてあげなさい」


そういってさわちゃんはコーヒーの最後の一口を飲み干した。

「うん…。わかったよさわちゃん」



さわちゃんの話はそれだけで、他にはとくにないみたいだったので、わたしは職員室を後にした。

部屋を出る際に振り返ると、さわちゃんがどこかに電話しているのが目にはいった。

とくに気にも留めずに、わたしはすぐ部室へとむかった。




41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:32:20.66 ID:HfAFUzO10
部室につくと、りっちゃんたちがにぎやかに出迎えてくれた。
軽音部はいつだって、わたしを暖かい空気でつつみこんでくれる。

「どうした唯~?呼び出しなんか食らっちゃって~。どうせまた、成績のことで注意されたんだろ?」

「むむっ!ちがうよぉ~。それにりっちゃんにだけは成績のことを言われたくないなぁ!」

「なんだとこらー!わたしだって、本気だせばテストなんて楽勝なんだぞー!」

そう言ってりっちゃんは、わたしのほおをひとさし指でグリグリつつく。


「ほ~。ならこれからは、テストの前日になっても私に泣きついてくるなよ」

澪ちゃんがそう言うと、りっちゃんの顔がひきつった。


42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:33:53.67 ID:HfAFUzO10
「うわー!そんなこと言わず、お助けくださいみおしゃま!!」

りっちゃんは澪ちゃんにしがみついて懇願する。この二人は本当に仲がいい。見てるこっちがほほえましくなってくる。


「ほら!お礼にチューしてやるよ!チュー!」

「わわっ!?やめろ律!みんな見てるんだぞ!」

澪ちゃんがあわてて抵抗する。

「あらあらまあまあ」


ムギちゃんが笑顔でその光景を見守っていた。


43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:35:04.80 ID:HfAFUzO10
「いつまで馬鹿なことやってんですか。唯先輩が来たんだから、はやく部活を始めましょうよ」

あずにゃんがあきれてツッコミをいれる。
その言葉に、ようやく澪ちゃんを解放したりっちゃんがうなずいた。

「そうだな。じゃあムギ、お茶の準備だ~!」

「は~い」

「なんでですか!」



44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:36:11.37 ID:HfAFUzO10
部活を終えるとわたしたちは、学校を出て帰路についた。

途中まではみんな一緒なので、今は五人並んで道を歩いている。

外は真っ暗で、いつも目にする街並みはみな夜に溶けてしまった。

冬枯れした街路樹が等間隔に、番人のような顔で立っている。一人なら怖いはずのその景色が、五人でいる今はなんとも感じない。


「な~唯。今度の日曜日なんだけどさ、みんなで買い物に行かないか?」

車道側を歩くりっちゃんが私にたずねる。

「買い物?いいねいいね~。絶対行こうよ!」

わたしは迷わず快諾した。


47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:37:40.36 ID:HfAFUzO10
「よーし決まりだ!いろんなところを見て回ろう!
…そういえばさわちゃんも誘ったんだけど断られちゃったんだよな~。日曜日は忙しいとかなんとか言って」

「ありゃりゃ。さわちゃんどうしたのかな?」

わたしは首をかしげる。

「もしかして、男でもできたんじゃないのか~?」

りっちゃんはニヤリと笑った。

「ばっ、馬鹿言うな律!さわこ先生にか、彼氏なんてできるはずないだろ!」

澪ちゃんが顔を赤らめる。

「それはさすがにひどくないですか…」

澪ちゃんに、あずにゃんがつっこんだ。



48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:40:31.97 ID:HfAFUzO10
そんな他愛ない話をしているとあっというまに時間は流れ、わたしたちは別々の道に別れる。

ちょっぴりなごりおしいが、わたしは手をふってみんなにさよならした。


ひとりになると、心なしか少し気温が下がったような気がした。
顔をマフラーにうずめて、わたしは身をふるわせる。

これからあの、誰もいない家に帰るのかと思うと、気が滅入って仕方がなかった。
そんな心細さを煽るかのように、前方に長く伸びた影が闇に踊る。


長い時間をかけてわたしは、ようやく家にたどり着く。

門を開ける前に、郵便受けの中身を確認した。
学校に行っている間に、何か届いているかもしれないからだ。

といっても、公共料金の請求書やダイレクトメールの類が大半なのだけど。


49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:42:20.56 ID:HfAFUzO10
中を探ると、どうやら何も届いていないみたいだった。

よく確認しようとして、わたしは奥まで手を突っ込む。



冷たい鉄の感触だけを、わたしは空虚に手探りしたのだが―、

「いたっ!」

指先に走った軽い痛みに、わたしは思わず声をあげて手を引き抜いた。

中指の先を見ると、その腹にふつりと赤い血のしずくが弾け出している。



驚いて、わたしは注意深く郵便受けの中を覗きこんだ。

そこには、長さ5センチほどのガラス片が転がっていた。
細長い三角形に割れた破片―そのとがった部分で、指先を切ってしまったのだ。


50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:43:23.17 ID:HfAFUzO10
傷口をなめながら、郵便受けからガラス片をつまみ出す。

こんなところにどうして?


こんなものが、勝手に郵便受けの中に紛れ込むことなどありえない。

とすると…。誰かがわざと?そうとしか考えられない。


冷たい風が音を立てて吹く。


深い夜の闇に、姿の見えぬ何者かの悪意を感じて、わたしは軽い吐き気にも似た気分を味わった。


51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:45:54.38 ID:HfAFUzO10
わたしは最悪の気分で、次の日をすごした。

あんなことがあったのだ。気が滅入らないはずがない。



軽音部の誰かに相談しようかとも考えたが、結局そうすることなく一日を過ごした。

ただのいたずらだろうし、みんなにはあまり心配かけたくはなかった。



学校では普段どおりの態度で生活し、家に帰ったあとは何をするでもなく、

憂のベッドでシーツにくるまり、不安や心細さを必死で頭から追い払った。



52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:49:15.88 ID:HfAFUzO10

日曜日になると、わたしはみんなと約束どおりショッピングに出かけた。

洋服屋さんや ゲーム屋さんなどをみんなで見て歩く。日々の悩みや窮屈さを忘れて、それを満喫した。




楽しい時間が過ぎるのはあっという間で、いつのまにか時刻は夕方の16時を回っていた。

あたりは少しずつ暗くなってきて、街の明かりもちらほらと灯をともす。



みんなはさすがに歩き疲れて、そろそろ帰ろうかという話になっていた。

もう少しみんなといっしょにいたい気持ちにかられたが、あまりわがままはいえない。


53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:51:02.35 ID:HfAFUzO10
そのとき、わたしは遠くによく知る人物を見かけた。

その女性―さわちゃんは見知らぬ男性といっしょに歩いていた。

だが声をかける間もなく、さわちゃんとその男性は人ごみの中へと消えてしまった。



あの男性は誰なのだろうか。まさか本当に、さわちゃんにいい人ができたとでもいうのだろうか。
あまりそういう雰囲気には感じられなかったけど。



今見たことをみんなには告げず、わたしたちは帰路についた。


54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 21:53:34.85 ID:HfAFUzO10
わたしは家につくと、確認のため郵便受けの中を探った。

ガラス片の一件があるため、慎重に中を確かめる。心なしか指がふるえた。

しかし、その日はとくに危険なものは入っておらず、ほっとして胸をなでおろした。



やはり、あれはただのいたずらだったのだろうか。

安心したわたしは、軽い足取りで家へと入る。

しかしそこでわたしは、不可解なものを目にした。



リビングのテーブルの上に、一枚の封筒が置いてあったのだ。

いったいいつのまに…。この家に出入りする人間は、わたししかいないのに。


55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:54:58.23 ID:HfAFUzO10
「なにこれ…」

わたしはビクビクとふるえながらでそれを手にとる。

どこにでもあるような白い定型封筒だった。あて先も差出人の名も、そこには書かれていない。



これはいったい何なのだろう。わたしはおろおろと周囲に目を配った。

どこかから誰かが、じっとこちらを見つめているような気がしたからだ。



白く明かりが灯ったリビングには、しかしもちろん、誰の姿もない。




なかなか決心がつかなかったが、わたしはようやく封を切った。

中には一枚の紙切れが入っており、そこには汚い字でこう書かれていた。


56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:57:04.51 ID:HfAFUzO10
『思い出せ、お前の罪を

 思い出せ、お前の醜さを

 近いうちに、楽にしてやる』




悪夢のただなかに放り込まれたような、全身が痺れて動かなくなったような心地で、

わたしはしばらく、その文面から目をはなすことができなかった。




これはいったいどういうことなのだろう。誰が、何の目的でこんなことを。

そこでわたしは、ガラス片の件を思い出す。

もしかして、この手紙の差出人はあのいたずらを仕掛けた人と同一人物なのではないだろうか。
だとすれば、明らかに悪意をもって、わたしを狙っている。


58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:58:30.04 ID:HfAFUzO10
そして『近いうちに、楽にしてやる』という一文。

なにかしらの手段によって、わたしを脅かそうという意思がありありと見て取れた。





右手にもっていた紙が、音もなくテーブルの上に落ちる。

急に強い寒さを覚えたわたしはリビングを出ると、すぐさま憂の部屋へとむかった。

シーツにくるまると、明かりもつけず、部屋の隅でガクガクと震える。




真っ暗な闇の中に、あるはずのない誰かの視線を感じた。

静けさの中に響く、聞こえるはずのない誰かの笑い声……。


59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 21:59:57.34 ID:HfAFUzO10



『思い出せ、おまえの罪を』



わたしの罪とはいったい何なのだろう。何を思い出せと言うのだろう。


「怖いよ…。憂…」

おびえながらわたしは、眠れない夜をすごした。




60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:01:35.75 ID:HfAFUzO10

次の日からわたしは、軽音部のみんなの家に泊めてもらうことにした。

あの家に―平沢家にいては、いつどんな危険な目にあうかわからない。





みんなには、くわしい事情は話さなかった。

ただ「独りはこころ細いから泊めてほしい」とだけ告げると、みんなはすぐに快諾してくれた。

みんなの心遣いに思わず涙ぐみそうになって、それをかくすのが大変だった。



61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:04:14.49 ID:HfAFUzO10

軽音部のみんなの家に泊まるのは初めてのことだったが、
すごい居心地がよくて、きゅうくつな思いをすることはまるでなかった。

夜はいっしょに布団にくるまって、いろんなことを話した。


りっちゃんとは、これからの放課後ティータイムについてあつく語った。
『武道館ライブという目標にむかって、これからもがんばるぞ!』そう言ったりっちゃんの目は、きらきら輝いてた。


澪ちゃんとは、今までつくった曲の思い出や、これからの曲作りについて話し合った。
とちゅう、新しく書き下ろした詩を朗読してくれたけど、すごいよかったと思う。

少し背中がかゆかったけれど。


62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:06:09.13 ID:HfAFUzO10

ムギちゃんの家―お屋敷はすごい広くてめまいがしそうだった。

料理もたくさん出てきたし、お風呂もすっごい広かった。

たった一日だけど、なんだかお嬢様になった気分で愉快だった。

夜は二人で、軽音部の仲間たちの話で盛り上がった。

なんだかムギちゃんの鼻息が荒い気がしたけど、あれはどうしたのだろう。





最後はあずにゃんの家に泊めてもらった。

あずにゃんの部屋にはたくさんのレコードやCDがあって、すごいびっくりした。

せっかくの機会なので、わたしはあずにゃんにべったり甘えてすごす。

夜には、今までの思い出をいっぱい話した。

学校のことも、放課後ティータイムのことも、そして―憂のことも。



63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:07:53.09 ID:HfAFUzO10

「あ~、あずにゃんはやっぱりあったかいなぁ!」

「ちょっと唯先輩くっつきすぎです!もう少しはなれてください!」

布団のなかでからみつくわたしに、あずにゃんが抗議する。

「だって~、あずにゃんといっしょに寝れるのがうれしいんだもん!」

「もう…。しょうがないですね。今日だけですよ」

「やった~!」


夜なのでわたしは、声をひそめてよろこんだ。


66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:09:34.22 ID:HfAFUzO10

今わたしたちは、ひとつの布団をふたりでつかっていた。わたしはあずにゃんにぎゅっと抱きつく。

するとあずにゃんが、天井を見つめながら言った。

「やっぱり、唯先輩心細いですよね…。憂がいなくなっちゃって……」

「え~。わたしはあずにゃんがいるから平気だよ!みんなもいるしね!」

「そんなことばかり言って…。みんなわかってるんですからね?唯先輩が強がってるって」

「……」

「だから、唯先輩が泊めてほしいって言ったときは、みなさんすごい喜んでたんですよ。
親友なんだからもっと頼ってくれてもいいのにってずっと言ってて…」

「あずにゃんも喜んでくれてたの?」

「わ、わたしは別に…!とにかく!もっと私たちのこと頼りにしてください。最近ますます暗い顔してるから、みんな心配してたんです」


手紙の一件が脳裡をかすめる。


70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:12:56.93 ID:HfAFUzO10

「うん…。ありがとう、あずにゃん。わたし、もう少しだけみんなに甘えさせてもらうね…」

目をつむって、より体を密着させる。シャンプーの匂いが鼻をくすぐった。

「大好きだよ…あずにゃん。みんなも…」

なんだか安心してしまったわたしは、急に強い眠気に襲われた。

いろんなことがあって疲れていたからだろう。それはとてもあらがえるものではなかった。

「だ、大好きだなんて、またそうやって…!そ、そういえば唯先輩…」

あずにゃんがまだ何かしゃべっている。意識が遠くなるにつれ、だんだんと声が小さくなる。よく聞き取れない。

「唯先輩、あのテープのことなんですが……」



テープ?テープっていったい何の…?それって…。

そう尋ねる前に、私の意識は深い深い闇の中にもぐっていってしまった…。



71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:15:00.50 ID:HfAFUzO10

一週間近くにわたって、みんなの家を泊まり歩いたわたしは、ようやく自分の家に戻ることにした。


まだ不安は残っていたが、気持ち的にだいぶ回復してきたし、手紙の主もそろそろあきらめたかもしれない。

そんなことを考えながら、やっと家の前にたどり着く。するとそこには、意外な人物が立っていた。




それは和ちゃんだった。

彼女とはもう、長いこと話をしていなかったため、
嬉しいやら困惑するやら、複雑な心境になる。


なんと声をかけようか迷っていると、和ちゃんがこちらに気づいた。

彼女はすこし驚いた顔をしていたが、すぐに踵をかえして、立ち去ろうとする。


72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:17:16.11 ID:HfAFUzO10

「ま、まって和ちゃん!」

わたしはかけあしで追いつくと和ちゃんをつかまえた。

「ねえ、どうして逃げるの?わたしのこと嫌いになっちゃったの?」




和ちゃんはわたしの手を振り払う。

「…別に嫌いになったわけじゃないわ」

「じゃあどうして…?」




短い沈黙が流れた後、ようやく和ちゃんが口を開いた。


73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:20:48.03 ID:HfAFUzO10

「どうしてもこうしてもないわ…。全部…全部あなたが悪いのよ!」

そう言って和ちゃんは激昂する。こんな彼女は初めて見た。

わたしは思わずひるんでしまい、ぱっと手を離す。

それでも彼女は続ける。

「あなた、自分が何をしてるかわかってるの!?あのこは…あのこはもう…!」





74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:21:43.16 ID:HfAFUzO10

そこでようやくわたしは、和ちゃんがわたしを避けている理由に思いあたった。

彼女は、事故のあとも一人のうのうと生きているわたしがゆるせなかったのだ。

たしかに、憂はわたしだけでなく、和ちゃんにとっても妹のような存在だった。

和ちゃんも、憂を失ったことを、わたしと同じかそれ以上に悲しく思っていたのだろう。



「ごめんね…。わたしがもっとしっかりしてれば、憂のことを守ってあげれたのに…」




わたしは素直にわびた。だがその言葉は、たいした意味をなさなかったようだ。

和ちゃんは、わたしをにらみつけると、踵をかえしてどこかへ去ってしまった。



75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:24:05.08 ID:HfAFUzO10
結局、仲直りをするどころか、彼女をさらに怒らせてしまった。

その事実に心が締め付けられる。わたしは暗い顔をして、家にはいっていった。

しかしそこには、さらにわたしの心に追いうちをかけるものがあった。




あの白い封筒だ。ふたたびリビングのテーブルにあらわれたそれに、わたしは愕然とする。

顔をひきつらせて、すぐに封を切る。そこには以前と同じ汚い字でこう書かれていた。





『思い出せ、お前の罪を

 おまえは生きていてはならない』



76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:26:06.48 ID:HfAFUzO10
わたしはリビングのソファに体をうずめてその手紙を読んだ。強い寒気を覚える。

いったい、わたしの罪って何なんだろう…。

そこでわたしはふいに、和ちゃんの言葉を思い出した。



『全部あなたが悪いのよ!』



わたしの罪…。それはもしかして、あの事故のことではないのだろうか。

わたしがもっと普段からしっかりしていれば、あんな事故にあわずにすんだのではないか。

憂のことを失わずにすんだのではないか。




そこまで考えてわたしは、急にめまいをおぼえた。


77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:28:35.59 ID:HfAFUzO10
ふらつく足取りで、二階へとあがってゆく。

とにかく今は何も考えたくない。

荷物を置くため、わたしは自分の部屋のドアを開けた。バッグをベッドに放り投げ、ギー太を壁に立てかける。

早く憂の部屋に行こう。

そう思って部屋を出ようとしたとき、わたしはあることが気になった。





79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:30:05.73 ID:HfAFUzO10
机の引き出しがわずかにあいている。どうしてこんなことが今さら気になったのだろう。

わたしは引き出しを閉めるため、机に歩みよった。そこでわたしは、引き出しの中からのぞくそれに気づいた。



カセットテープだ。



何のラベルも貼り付けられていない無地のまま。これはいったいなんだろう。

記憶にない。もしやこれも手紙の主の…。


すこし不気味な気もしたが、とりあえずそれを制服のポケットにしまった。明日、みんなに訊いてみよう。



81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:33:15.33 ID:HfAFUzO10
次の日は雨だった。

雨粒が地面に降り注ぎ、勢いよく音を立てる。

わたしは事故の日のことを思い出して、気が滅入った。玄関から出る際に、薄いエメラルドグリーンの傘を手にとる。

赤い傘は、事故のときに壊れてしまっていた。






その日の放課後、わたしは再びさわちゃんに呼び出された。

最近さわちゃんは忙しくて、ずっと部室に来れなかったから、ちゃんと話すのはひさしぶりだった。

今回はいったい何の用だろう。




そういえば、あの手紙のこと、さわちゃんに相談してみようかな…。


82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:36:46.31 ID:HfAFUzO10
「それでさわちゃん、今日はなんの用?」

パイプいすに座って、机ごしにさわちゃんに尋ねる。

今日は職員室ではなく、生徒指導室だった。

わたしとさわちゃんの二人きり。雨はいまだに止まず、部屋の窓を冷たく濡らしている。




「ええ。今日は平沢さんに大事な用があってね…。そのまえに、最近の調子はどう?何か変わったことはあったかしら?」

「え~かわったこと~?特にないよー?あ!そういえば最近、軽音部のみんなの家に泊めてもらったんだ~。すっごい楽しかったよ~」


わたしは笑顔で答える。


83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:41:41.81 ID:HfAFUzO10
「そう。それはよかったわ。…ところで、本当になにか変わったことはないの?なにか体調に異変とか…」

「も~、またその話~?ほんとにだいじょぶだよ~」

わたしは手をふって否定する。

「なにかないの?忘れてしまったこととか。思い出せないこととか…」

さわちゃんの言葉に、わたしははっとした。手紙に書かれていた言葉を思い出す。




『思い出せ、おまえの罪を』




わたしは急に言葉をなくして、うつむいてしまう。

もしかしてさわちゃんはあの手紙のことを知ってる?さわちゃんは、わたしの罪を知ってるのかな…。

憂を守れなかった、わたしの罪…。





84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:43:42.24 ID:HfAFUzO10
黙り込んでしまったわたしに、さわちゃんは言いづらそうに口を開いた。

「ねえ平沢さん?さっき私、大事な話があるって言ったわよね?」

その言葉に、わたしは少しだけ顔をあげる。


「私最近、ずっとあの事故のことを調べてたの。いろんな人に話を聞いたわ。

まわりで事故を目撃した人たち、刑事さん、憂さんをはねてしまったひと…。

わたしも最初は半信半疑だったわ、その事実にね。でも、こればかりは疑いようがないの…」


そこでさわちゃんは溜息をついた。

「ねえさわちゃん、まわりくどいよ。いったいどういうことなの…?」

わたしはじれったくなって口を開く。それには答えず、さわちゃんは一つせきをする。


87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:46:23.20 ID:HfAFUzO10

「…ところで平沢さん。ひとつ尋ねたいのだけど、あなた、あの赤い傘はどうしたの?

事故のあった日にあなた、まわりの人たちに見せてまわってたわよね」

「傘?傘はあの事故の時に壊れちゃって…」

傘がなんだというのだろう。

「どうしてあなたの傘が壊れるの?あなた言ってたわよね。憂さんがあなたを突き飛ばして、助けてくれたって。それなのに、どうしてあなたの傘が壊れるの?」

さわちゃんがじっとわたしの目を覗き込む。

「ねえさわちゃん…。わたしにはさわちゃんが何を言いたいのかわからないよ…」

わたしは思わず目をそらした。



「しかたないわね…。本当は自分で思い出してほしかったのだけど…。

よく事故のことを思い出して。どうして赤い傘が壊れてしまったの?平沢唯さん…。



          いえ―         平沢……憂さん」



88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:47:24.20 ID:HfAFUzO10
あの事故の日…。



雨の降りしきる中、わたしは呆然としてその場に座りこんでいた。

人々のざわめき、その中に混じる誰かの悲鳴。クラクションを鳴らす車の音。

近くには、壊れてばらばらになった赤い傘が、無残な姿をさらしている。



そしてわたしのすぐそばには、頭から血を流してよこたわる女の子の姿があった。





わたしによく似たその少女は、平沢唯…。わたしの、お姉ちゃんだった…。



89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:50:06.29 ID:HfAFUzO10
「あの雨の日、一台の車があなたたちにむかって来た。そして唯さん…、

お姉さんはあなたをかばって車にはねられたの…。

目撃した人たちに訊いたら、みんなこう答えてくれたわ。

『赤い傘をさした女の子がもう一人を助けた』って。

私も始めは気づかなかった。あなたが憂さんであることにね。

事故があって、私も気が動転していたし…、教師失格ね」






山中先生はそう言って窓の外をみた。雨はまだ止まない。


90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:51:49.55 ID:HfAFUzO10


「そしてここからが重要なのだけど…。

憂さん、あなたはどうしてもお姉さんの死が受け入れられなかった。

認めたくなかったのね、あんなに仲のいい姉妹だったわけだし。

そしてあなたはこう強く思い込むことにした―平沢唯は死んでいない、死んだのは平沢憂だ、と」



わたしはうつむいたまま、話を聞く。



「それであなたは事故の日から今まで、平沢唯として生きてきた。

本当に信じがたいことだわ…。憂さん、あなたは本当に唯さんのことが大好きだったのね…」







91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:53:13.42 ID:HfAFUzO10
山中先生がこちらをふりむいた。

「ねえ憂さん?こんなことはもう、終わりにしましょう?あなたのためにもならないし、

それに…。唯さんだってそんなこと望んでいないわ」

先生がわたしの肩にやさしく手をおいた。しかし、わたしはそれを振り払う。



「やめてください!」

いきおいよく立ち上がったわたしは、先生を強くにらみつけた。

「お姉ちゃんは…!平沢唯は死んでなんかいません!そんなのわたしは信じない!」

そう言ってわたしは、生徒指導室を飛び出した。

山中先生の呼び止める声が後ろから響いたが、それを振り切って走り出す。雨が降るのもかまわず、わたしは学校の外へと飛び出した。




信じるもんか……!!わたしは平沢唯で、あの日死んだのは憂なんだ…!平沢唯は死んでなんかいない。死んでないんだ…!



92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:55:21.67 ID:HfAFUzO10
無我夢中で走っていると、いつのまにかわたしは自分の家の近くに来ていた。

そのことに気づいて、ようやく足を止める。

傘もささずにここまで来たので、体中びしょ濡れだ。

あまりの寒さに思わず肩を抱く。白い吐息が雨に打ち消された。




家の前まで来るとそこには、和ちゃん―いや、和さんがいた。

わたしを見つけて、驚きの声をあげる。

「ちょっと!あなたどうしたの!?ずぶぬれじゃない!」

駆け寄ってきて、傘をさしだしてくれる。

「とにかく早く中へ…」


94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 22:56:27.27 ID:HfAFUzO10


「和さん…」

わたしの言葉に、和さんは目をむいて驚いた。



「憂!?あなたもしかして…」

和さんの言葉をさえぎって、わたしは言った。

「…ごめんなさい。お姉ちゃんを守れなくて、ごめんなさい…!」



それだけ言って、わたしは家の中へと駆け込んだ。

和さんが声をあげて引き止めるが、それも気にしない。



ドアを閉める音が、降り止まぬ雨の音に消えていった。



95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 23:00:16.19 ID:HfAFUzO10
わたしはシャワーを浴びながら、これまでのことを思い返した。

事故のこと、わたしが平沢唯として生きてきたこと、軽音部のみんな、山中先生、和さん。

すべてのことが頭の中でつながっていった。




うなだれたこうべに、熱いお湯が降り注ぐ。体は温まっても、沈んだ気持ちはどうにもならない。




山中先生の言うとおり、わたしはお姉ちゃんの死を受け止めきれず、そこで自らを殺した。

とにかくお姉ちゃんさえ、平沢唯さえ生きてくれてさえいたら、それでよかったのだ。




姉の死を今、はっきりと認めざるをえなくなり、涙がこぼれた。

大粒の涙が顔を伝い、浴室のタイルへとゆっくり落ちていく。


96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 23:03:45.30 ID:HfAFUzO10
和さんは始めから気づいていたのだ。

わたしが平沢唯の、偽者でしかないことに。

そして、わたしの異常な振る舞いにおびえ、距離をおいた。

それなら、あの態度にも納得がいく。それでもわたしのことを心配して、時折家に様子を見に来てくれてたのだろう。




そしてあの手紙…。あれも今ならすべての説明がつく。

あれを置いたのはわたしだ。姉を死なせてしまったことを許せないわたし自身が、

みずからを罰しようとして、あのような手紙やガラス片をもちいておどかしてきたのだ。


あの手紙に書かれた『罪』とは、平沢唯を守れないまま、のうのうと生きるわたしのことだったのだ。

なんという茶番だろう。姉の死を受け止めきれず、ましてや、その姉になりかわろうとするだなんて。



「お姉ちゃん……」
わたしはその場にうずくまり、大きく嗚咽をもらした。



97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 23:05:22.36 ID:HfAFUzO10
暗い闇の中、わたしはひとりシーツにくるまり、ひざをかかえていた。

ここは平沢唯の―お姉ちゃんの部屋だ。

その隅でわたしは何をするでもなく、ぼーっとしていた。

カーテンを閉め切っているため、ほとんど明かりがない状態だ。

そのなかで、姉の使っていたギターが鈍い光を放っている。それをかき鳴らしていた人は、もういない。




どれくらいの時間がたったのだろう。もうずっと長いこと、こうしているような気がした。

何もする気がしない。姉を失ってしまった今、わたしには生きる理由が見つからなかった。

もう何もかもがどうでもいい。

いっそこのまま、死んでしまうのもいいかもしれない。

それが、お姉ちゃんを助けられなかったわたしへの罰だ。




目をつぶると、しだいに意識がまどろんでいき、静寂だけがそこに残った。


98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 23:10:01.48 ID:HfAFUzO10
わたしは夢をみた。


そこは家のリビングで、お姉ちゃんが床のうえでごろごろしていた。

わたしはとなりで、その姿を笑顔で見つめている。

「うーいー。何か甘いもの食べたいな~」

「だめだよお姉ちゃん。今食べたら、夕飯が食べれなくなっちゃうよ?」

「え~たべたいよ~。ういー、おねが~い」

お姉ちゃんが抱きついてお願いしてくる。

「もーしょうがないな~」




結局わたしは、それをゆるしてしまう。いけないとはわかっていても、すぐに甘やかしてしまうのだ。

「おいしいー」

笑顔でアイスキャンディーをなめる姉。

わたしはこの笑顔に弱いのだ。


99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 23:11:22.97 ID:HfAFUzO10
「ねえういー」

「なあに?お姉ちゃん」

アイスをなめおわったお姉ちゃんがわたしに話かける。

「憂は何かほしいものとかない?」

「ほしいもの?うーんとくにないかなぁ。お姉ちゃんがずっと元気でいてくれたら、わたしはそれで充分だよ」

「えー、それじゃ困るよ~。何がほしいか決めてくれないと」

お姉ちゃんが顔を曇らせる。



「どうして?何かあるの?」

「うん!憂の誕生日プレゼントだよ!」

ほこらしげな顔でそう告げる。


100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 23:12:47.01 ID:HfAFUzO10
「えっ!?わたしの誕生日って二月だよ?ずいぶん気が早くない?」

「そんなことないよ~。こういうのは早いうちから決めとかないとね!わたしに何かあったら困るし」

突然お姉ちゃんが怖いことを言い出すので、わたしは不安になってしまう。

「そんなこと言わないでお姉ちゃん…」

「だいじょうぶだよ、ういー。それより何がほしい?」

「うーん。そうだなぁー。…じゃあ、歌とか歌ってくれれば、それでいいよ」

あまりいい案が思い浮かばなかったわたしは、無難なことを言ってしまう。

その答えにお姉ちゃんは不満そうな顔だ。

「え~、歌~?う~ん、憂がそう言うなら仕方ないか。わかった!楽しみにしててね!」

そう言ってお姉ちゃんは、顔をほころばせた。つられて、わたしも笑顔になる。




こんな幸せがずっと続いてくれればいい。そのほかにはもう、何もいらなかった。



102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 23:14:50.22 ID:HfAFUzO10
そこでわたしは目を覚ました。

いつのまにか、眠ってしまったみたいだ。

目にたまった涙をぬぐう。ひどい夢だ。

もうお姉ちゃんはこの世にいないというのに…。




わたしは床から起き上がると、部屋を出た。

何をしようというわけでもない。とりあえず階段をおりて、洗面所へとむかう。

鏡の前に立つと、お姉ちゃんそっくりの、わたしの姿がそこにはあった。

姉の姿をだぶらせてしまい、思わず目に涙がにじむ。


「お姉ちゃん…」


103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 23:18:33.09 ID:HfAFUzO10
そのときわたしは、あることが気にかかった。

洗濯機につっこんだままにしていた制服をとりだし、ポケットの中をまさぐる。

「これ……」

それは、前にお姉ちゃんの部屋で見つけたテープだった。

梓ちゃんが言ってたのと同じものなのだろうか。

いったい、何が録音してあるのだろう。

気になったわたしは、軽音部の人たちに悪いと思いつつ、それを聴いてみることにした。

二階にあがり、お姉ちゃんの部屋をあける。

「少しだけ借りるね、お姉ちゃん」

そう言ってわたしは、テープをCDラジカセの中に差し込んだ。



緊張にふるえる手で、再生ボタンを押す。



104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 23:20:24.81 ID:HfAFUzO10
すると、カセットテープに特有のざらついた音が流れ出した。

だが、30秒くらいずっとその調子で、何も聴こえてこない。

何も録音されてないのだろうか。

わたしはなんだか空回りしたような気持ちになって、停止ボタンを押そうとした。

そのとき、急に声が聞こえてきたので、あわてて手を引っ込める。




なつかしい、お姉ちゃんの声だ。それに軽音部のみんなの声も聞こえる。


105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/29(土) 23:21:48.60 ID:HfAFUzO10
『ねえ~、これちゃんと録音できるのかなぁ?』

『大丈夫だよ。ちゃんと確認しただろ?』

『ねえりっちゃん、このラジカセ、ほんとにだいじょうぶ?』

『だーいじょぶだって。唯は心配症だなぁ。それより早くそれ読んじゃえよ。もう録音始まってるぞ?』

『わわっ!?そうだった!え~コホン!平沢憂どの!本日はお日柄もよくー…』

『唯先輩…。それじゃ結婚式です…』

108 名前:さるェ…[] 投稿日:2010/05/30(日) 00:00:31.04 ID:s6It9fyD0 [1/6]
『えー、だってこういう感じのしか思いつかなかったんだよ~あずにゃん。

う~ん、もういいや!今適当に考えちゃえ!

え~っと憂。お誕生日おめでとう!そしてありがとう!

憂にはいつも、お世話になりっぱなしだからね。駄目なお姉ちゃんでごめんね~。

でもでも、本当に憂には感謝してるんだよ!

だから今日は、こうして歌をテープに録って、憂にプレゼントすることにしました。

本当はもっといいものをあげたかったんだけど、結局思いつかなかったよぉ~。

ごめんね~憂。それとそれと、今軽音部のみんなが録音を手伝ってくれてます。

ほんとにありがたいよ~。憂もあとでみんなにお礼いっといてね!

えーと、あとは何かいうことあったかな?あ!!これからもずっとよろしくね!

お父さんとお母さんは忙しくて、あんまりうちにいれないけど、ふたりで仲良くやっていこうね!えーと、あとねあとね……』



110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/30(日) 00:08:23.79 ID:s6It9fyD0 [2/6]
『おい唯、そろそろ曲に入らないと、テープに収まりきらないぞ?』

『え?澪ちゃんそれほんと?じゃあしょうがないか…。とにかく憂!大好きだよ!じゃあ歌の録音を始めようか……あ!?』

『どうしたの唯ちゃん?』

『ギー太が…。ギー太の弦がさびちゃってる……』

『見せてください唯先輩。うわ…、これひどいですね。いったん楽器屋さんで調整してもらったほうがいいんじゃないでしょうか』

『え~!?じゃあ録音は?』

『それはちょっとの間お預けですね…。というか、唯先輩がいけないんですよ!
ちゃんと普段からギターをしっかりメンテナンスしてないから……大体……いつも……くどくどくどくど』

『うう…。あずにゃん今言わなくても…』

『ははっ。じゃあ今日はここまでだな。ムギ~、お茶の準備だ!おっと…録音を止めないとな』



111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/30(日) 00:15:18.71 ID:s6It9fyD0 [3/6]
テープの内容はそこまでしかなかった。

結局、歌を録音する機会がなかったのだろう。

それがすこし、抜けてるお姉ちゃんらしい感じがした。

ひさしぶりに聴く姉の声は、なんだかすごくなつかしくて、おもわず涙がこぼれる。






わたしは、テープを何度も何度も再生した。

「お姉ちゃん…。確かにプレゼント、受けとったよ…。本当にありがとう…」


112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/05/30(日) 00:21:07.60 ID:s6It9fyD0 [4/6]
冬も終わりを告げた三月の半ば、わたしは今お姉ちゃんの―平沢唯のお墓の前にいた。

空は青く晴れ渡り、風は春の到来を告げるようにやさしく吹いている。

わたしは姉の墓前に花束をそえて、そっと両手をあわせた。

元気だったころの姉を思い出す。

思い出の中のお姉ちゃんはずっと笑顔で、その愛らしい姿がありありと目に浮かぶ。




わたしは―平沢憂はあの事故の日、たしかに一度死んだ。



お姉ちゃんを失ってえぐれた心の傷は、そう簡単には消えそうにない。

だけど、お姉ちゃんからうけとった言葉が、笑顔が、今新たに私の中で、芽吹くのを感じていた。

最後に残されたそれを、わたしは大事にしていきたい。

そうすることが、お姉ちゃんからもらったプレゼントへの、せめてものお返しになればいいとわたしは思う。


113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/30(日) 00:22:22.61 ID:s6It9fyD0 [5/6]
今日はこのあと、梓ちゃんや純ちゃんと買い物に行く予定だった。

待ち合わせの時間まで、あと少ししかない。

「それじゃあお姉ちゃん、行ってくるね!」

わたしはそう告げると、二人の待つ場所へとかけだした。

どこまでも晴れ渡る空の下、あらたなつぼみが、花の咲き誇る季節が来るのを予感させた。




おしまい



117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/30(日) 00:28:04.70 ID:s6It9fyD0 [6/6]
やっとおわったー

最後まで読んでくれた人本当にありがとう
陳腐なネタで正直すまんかった


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