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麦野「・・・浜面が入院?」3

19 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] 投稿日:2010/03/07(日) 21:45:33.20 ID:QSqt3Dk0 [3/33]

―――――


「・・・これ・・、いや、これ。 ・・これ?」


ここは1階の1番端にある果物売り場、色とりどりの果物が並べてあり、どれも新鮮そのものだ。

その中で、イチゴが数多く並べてあった。

雛壇(のような壇)に置かれており、合計30パックほど並べられている。

そこで、一心不乱にイチゴを選別している大人気ない少女が居た、滝壺理后である。

ケーキの上に飾るためのイチゴを選ぶだけなのだが、彼女はなぜか命懸けだった。

せっかく浜面へのケーキを作るのなら、完璧にしたい、ケーキの味の引き立て役であるイチゴでさえも。

麦野からイチゴへの執着を見込まれて任せられた、絶対に失敗は許されない任務だ、彼女にとっては。


「・・・3パックくらいって言われたけど、難しいな・・、選ぶの。」


それぞれの大きさはどうか、一個一個に傷はないか、値段はどうか、

生産者の名前は書いてあるか、そして、何より食欲をそそるかどうか。

いつもは半開きのような、眠そうな目を、全開まで開いて見定める。

30パック以上もある中から、3パックだけを厳選するのは、少し手間のかかる作業だった。

20 名前:saga[] 投稿日:2010/03/07(日) 21:48:20.56 ID:QSqt3Dk0 [4/33]


「プレゼント~♪ プレゼント~♪」

「・・・これ、いや、これもなかなか。」

「あの人へ~の♪ プレゼント~♪ ってミサカはミサカは気分上々に鼻歌交じりで、果物売り場にやってきたの!」

「・・・・誰?」


全神経をイチゴ選びに集中させていたため、すぐ隣に人が居ることに気づかなかった。

隣というか、視線を向けたの右横下、茶髪にいわゆるアホ毛を生やし、愛らしい水色のワンピースを身に纏った女の子。


「あれ、貴方・・。」

「あー! 昨日の健康ランドに居た沈利お姉ちゃんと一緒に居たぼんやり顔したお姉ちゃん!

 ってミサカはミサカは二度目ましてのご挨拶をしてみる!」


ペコリ、とお辞儀をするアホ毛の子。

首から下げられた子供らしいカエルの財布が激しく揺れる。

ぼんやり顔した、というのは微妙に引っかかったが、大したことでもないので、気にしないことにする。


22 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 21:49:35.21 ID:QSqt3Dk0 [5/33]


「どうしたの、迷子?」

「む~、ミサカは迷子なんかじゃないよ! 自分からあの人から離れて、とある作戦を実行に移したばかりなの!

 ってミサカはミサカは計画をちょっぴりバラしちゃう!」

「・・・・。」


自分から離れたにしても何にしても、結局、この子は迷子なんじゃないだろうか、と首を傾げる滝壺。

年はだいたい10歳くらいだろうか、それくらいなら1人で買い物に来てもおかしくはなかったが、

彼女が言うには、一応は一緒に来た人が居るらしい。

でも、この目の前の女の子は、今は一人である。

それに迷子というのは、親を探して泣き叫んでしまうパターンと、自分が迷子になったことさえ気づかないパターンもある。

このデパートは5階建てで1つの階層だけでも、かなりの広さであるため、一度迷うとかなり厄介だ。


23 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 21:51:28.15 ID:QSqt3Dk0 [6/33]


「貴方、お名前は?」

「だーかーら! ミサカは迷子なんかじゃないの!ってミサカはミサカはほっぺたを膨らませるー!」

「・・別に迷子と決め付けたからって名前を聞いたわけじゃないよ。

 二回も会ったんだから、名前くらいは聞いておこうかなって思っただけ。」

「うー・・、ミサカはラストオーダーって言うんだよ、ってミサカはミサカは敵対心をチラリと見せつつも、自己紹介してみるー!」

「私は滝壺理后、よろしくね。」


ラストオーダー、という日本人としては余りにも奇抜すぎる名前だが、滝壺も気にせず自己紹介する。

麦野がその名前を聞いたときは、彼女は不思議に思っていたが、滝壺は特にツッコまなかった。

彼女らしいといえば彼女らしい。


「じゃぁ、とりあえず迷子センターに・・。」

「だ、だから違うって! ミサカはあの人へのプレゼントを買いに来たんだよ!

 ってミサカはミサカはもうヤケになって作戦の全貌をバラしちゃうっ!」

「あの人への・・、プレゼント?」


24 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 21:52:49.89 ID:QSqt3Dk0 [7/33]


自分に通じるものがあったのか、ぴくりと反応する滝壺。

それもそのはず、彼女も浜面に送るケーキの一部であるイチゴを選んでいたのだから。

「そうだよー! 黄泉川からお小遣いをもらったから、いつもお世話になってるあの人に、

 コーヒーとフルーツのプレゼントをしようと思うのー! ってミサカはミサカは大暴露!」

「・・そうだったんだ、迷子って疑ってごめんね。」

「別に気にしてないよ!ってミサカはミサカは証拠に笑顔を振りまいてみるー!」


キャッキャと年相応にはしゃぐ打ち止め。

今の会話のどこに、打ち止めが迷子ではないという説明があったのかは、イマイチ分からなかったが。


「その、プレゼントを贈る相手は大切な人なの?」

「うん! あの人の前だと、恥ずかしくて言えないけどねっ、

 でもあの人は私にとってすっごく大切な人で、すっごくミサカは感謝してるの!

 ってミサカはミサカは、もしあの人に聞かれたら嫌だから、段々声を小さくしてみる・・。」


25 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 21:54:17.33 ID:QSqt3Dk0 [8/33]


顔を少しだけ赤らめる打ち止め。

この年で大切な人が居ると言えるのは、すごいことだな、と滝壺は思った。

さらには、その人に対する感謝の意思さえ持っている。

そこらの小学生だと、余程大人びている子でも、そんなことを思いはしても、口に出すことはできないはずだ。


「実はね、私も大事な人へのプレゼント選びの真っ最中なんだ。」

「えー! そうなの!? 理后お姉ちゃんの大事な人ってー? ってミサカはミサカは失礼ながらも、踏み込んだ質問!」

「大事っていうか、一緒に居てホッとするっていうか、ね・・。

 はまづらは、私や私の仲間のためなら、いつでも力になってくれる人なんだ。」

「はまづら、っていうの? 理后お姉ちゃんの大事な人、ってミサカはミサカは確認の為に聞き返してみるー!」

「・・!」


26 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 21:56:45.64 ID:QSqt3Dk0 [9/33]


つい口を滑らせて名前を言ってしまった、自分の大事な人。

ハッとして両手で口を塞ぐ滝壺。

もちろん、浜面だけでなく、絹旗もフレンダも麦野も、彼女にとっては大切な仲間だ。

それでも、なぜ彼が自分の中で優先されているのか、という決定的な理由は、まだ彼女は分かってはいない。

いずれ、それは彼女の心の中で纏まっていくことではあるが。


「今言ったこと、内緒だよ? 誰にも言ってないことなんだから。」

「うん! 理后お姉ちゃんの大切な人だもん、ってミサカはミサカはお口にチャックしてみる!」


ジーッと、口にチャックをするような動作をみせる打ち止め。

大人びた発言もする一方で、こういう子供相応のこともする。

健康ランドに居たときも思ったことではあるが、この少女はすごく可愛らしい、妹に欲しいくらいだ。


「それで、どうしてここに来たんだっけ・・?」

「んー、だからねー、」


27 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 21:58:19.98 ID:QSqt3Dk0 [10/33]


彼女の話によると、今日の朝、保護者からお小遣いを1000円もらったらしく、

いつも一緒に居る、自分を可愛がってくれる人にプレゼントをするため、ここに来たらしい。

しかし、このデパートの場所が分からなかったらしく、結局、そのプレゼントを贈る相手と一緒に来たものの、

プレゼントはその人に内緒であげたかったため、全力疾走で逃亡し、急いでフルーツを買いに来た、ということらしい。

彼女が重そうに抱える買い物カゴの中に、もう一つのプレゼントであるコーヒーがたくさん入っていた。

逃げながらも、コーヒーを適当に何本も掻っ攫って来たらしい。


「そういうわけで、ミサカは果物を買いに来たんだけど、あの人の好きな果物、知らないんだよね・・、

 ってミサカはミサカは自分の計画性のなさに、頭を悩ませてみるー。」

「たぶん、コーヒーをそんなに買っちゃったら、果物を買えないと思うよ?」

「え!? コーヒーって1本いくらくらいするの!? ってミサカはミサカは冷や汗一筋!」

「たぶん、120円くらいするんじゃないかな・・。」


打ち止めの買い物カゴの中には、大目に見ても10本は入っている。

彼女がもらったお小遣いは1000円。

これでは果物どころか、カゴの中のコーヒーすらすべて買うことはできないだろう。


28 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:00:29.43 ID:QSqt3Dk0 [11/33]


「ど、どうしよう・・、とりあえず、コーヒーを何本か戻して・・、」

「・・そんなことしたら、贈る相手に見つかっちゃうかもよ?」

「え、ええ・・、で、でも・・、」

「・・・・・、これ、貸してあげる。」


滝壺は少し考えたあと、ポケットに入っていた財布から1000円札を1枚取り出し、打ち止めの手に握らせた。

打ち止めは、ポカーンと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「・・・え、え! で、でも、悪いよ! ほとんど初対面なのに、お金なんて・・、

 ってミサカはミサカは申し訳なさから、突き返してみる・・。」


渡された1000円札をくしゃくしゃにしながらも、滝壺の胸に突き返した。

一応、彼女もそういう礼儀はわきまえているらしい。

それに対し、首を振り、もう一度、打ち止めの手に、今度はしっかりと握らせる。

打ち止めは相変わらず、焦ったままだ。


29 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:02:45.34 ID:QSqt3Dk0 [12/33]


「あ、あの・・、」

「それ、貸してあげるだけだからね・・、また、私と会って、返してくれれば良いから。」

「・・・で、でも、お姉ちゃんの、」

「んっ。」


滝壺は、自分の手の平を打ち止めの口に静かに当てた。

彼女は、もう一度打ち止めと会うための口実を作っただけ。

もちろん、彼女が自分にそれを返してくれるかどうかも分からない。

彼女は打ち止めの家を知らないし、打ち止めも滝壺の家は知らない。

それでも、また会えたら良いなという些細な願望を込めただけ。

またこの愛らしい少女と会えるなら、1000円くらいは使っても良い。

願わくば、この少女の思いがその人に届くように。

つまり、この少女のことを滝壺は気に入ってしまったのである。

単純に、容姿が可愛らしかったからかもしれない。

自分の姿が、この少女に重なって見えたからかもしれない。

でも、これはただの気まぐれなどではない、それだけは確かだった。


30 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:04:22.81 ID:QSqt3Dk0 [13/33]


「それ以上、何か言うのなら、それは没収だよ。 貴方の大切な人に作戦がバレちゃうかもね。」

「・・・・、ありがとう、ってミサカはミサカは心から理后お姉ちゃんに感謝してみる・・。」


これ以上抵抗するのも逆に失礼と思ったのだろうか、打ち止めは素直に滝壺に感謝した。

それを見て、満足そうに微笑んだ滝壺。

別にそれは偽善とか、優越感とか、そういう打算的なものからの微笑みではない。

打ち止めも、滝壺も、ただ純粋に心優しい少女、それだけである。

彼女たちに想われる人は、かなり幸せだろう。


「私も果物選び、手伝ってあげる。」

「えっ、別に、そこまでしてもらわなくてもっ・・、」

「果物選びには定評があるんだ、任せて・・!」

「じゃあ! ミサカも理后お姉ちゃんの果物選び、手伝ってあげる!

 ってミサカはミサカは少しでも良いから恩返し!」


すっかり人助けモードに入ってしまった滝壺、彼女にしては珍しく意気込んでいる。

彼女もイチゴを選ばなければいけないのだが、それは後回しらしい。

楽しそうに喋りながら、少女二人は想い人のために。





32 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:06:42.51 ID:QSqt3Dk0 [14/33]

―――――


「あァー、あのクソガキ・・、ほンとに手間がかかりやがるッ・・!」


愚痴を吐きつつ、入り口にポツンと立ったままの白髪に赤眼の少年、一方通行。

買い物カゴを持ちながら、庶民的なデパートの入り口に立っているその姿はいささか滑稽だ。


「入った途端に走り出しやがってェッ・・。デパートに行きたいっていうから、

こちとら杖ついてわざわざ一緒に来てやったって言うのによォ・・。」


一方通行と打ち止めは二人仲良くデパートに来たものの、入り口に立った瞬間に、

打ち止めは、スッタカターと行き先も告げずに何処かへ消えてしまったらしい。

このデパートは5階まであるため、彼女は1階の食品売り場だけでなく、

下手をすれば、上の階に行ってしまっている可能性もある。

自在に動かせない身体に鞭をうって探すには、かなり骨が折れる。

限りあるチョーカーの充電を使ってまで、探し出すのも馬鹿らしい、彼はそう考えていた。

携帯電話を取り出し、打ち止めに電話しようとする。

しかし、彼女が携帯電話を持っていなかったことを思い出し、すぐに止めた。


33 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:07:51.24 ID:QSqt3Dk0 [15/33]


「あァー・・クソ、こういうときのためにも携帯電話ッつーもンを持たせるべきだったな・・。」


ハァー、と大きな溜め息をつく一方通行。

学園都市第一位の超能力者をここまで悩ませるのだから、大した少女である。


「とりあえず、近場から探してみるかァ・・・・、ン?」


近場から探そうと、一歩踏み出したとき、彼の視界に、見覚えのある女性。

茶髪のロングヘアに、薄いクリーム色のコートのような服を着ている。


「・・おィ。」

「・・・・。」

「・・おィ、お前だよ、女。」

「・・何よ?」


ギン、とかなりの目つきの悪さで振り返った少女、一瞬別人に思えたが、どうやら思ったとおりだ。

昨日、一方通行に自分から話しかけてきた麦野という名前の少女。

他人を忌み嫌う一方通行が、なぜ自分から彼女に話しかけたのかは、彼自身も分からなかった。

ただ、何の気なしに、自然に声をかけてしまったのだ。


34 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:09:42.73 ID:QSqt3Dk0 [16/33]


「・・あー、昨日の。」

「・・あ、あァ、あンまり、顔つきが違うンで別人かと思ったぜ・・。」


健康ランドのときのこの少女は、もっと柔らかな表情に、育ちの良さそうな振る舞いをしていたような気がしたが。

ふと見ると、彼女の持つ買い物カゴにはたくさんのチューハイが入っている。

これは、ある意味、彼女に幻想を抱いていた男性から見れば、幻滅の光景だろう。

一方通行は、麦野に対して特別な好意を抱いていたわけではないので、大きなショックは受けなかったが、

印象の良かった異性が酒を馬鹿買いしていたら、それはそれで嫌な気持ちになるというものである。


「おい、女の酒飲みはあンまり感心しねェぞ・・?」

「ち、違うわよ! 何人かで集まって楽しむだけだっつーの!」


一方通行の記憶では、この少女は自分に対して敬語を使っていたはずだったが、動揺のあまり、口調が崩れてしまっている。

そっちの方が接しやすいので、特に咎めはしなかったが。


「あァ、決まってそういうよな、上っ面は清楚キャラ気取ってる酒飲みの女ってのはよ。」

「だーかーらー、違うって言ってんでしょうがー!」


確かに麦野の言うことは本当なのだが、今、証明することはできないので、仕方なく引き下がった。


35 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:11:39.57 ID:QSqt3Dk0 [17/33]


「つーか、お前、未成年じゃないのかよ?」

「え? 私は20歳よ、こう見えても。」

「あァ、だろうな、納得した。」

「・・どういう意味?」

「なンでも。」


サラリと言ったが、麦野はまだ未成年である。

そう言ってみて、一方通行がどういう反応をするのか見たかったのだが、

予想通りの発言だったため、少し頭にキていた。

絹旗たちにしろ、この目の前の少年にしろ、どうして自分を年増と言うのか。

彼らは麦野のことを大人びて見える、と言っただけで、老けて見えると言っているわけではないのだが、

彼女がそういう風に捉えてしまっているので、どうしようもないことである。


「っていうか、こんなところに昼間からどうしたわけ、スノープリンスは。」

「ぐッ・・!? その呼び方はやめろッつッてンだろうォが・・・。」

「別に貶してるわけじゃないのよ、ロリコンプリンス。」

「てめェ・・。」


反撃するように一方通行をイジり始める麦野に対し、これが本性か・・! と歯軋りする。

やはり、女というものは見た目や少し話しただけでは分からない、そう痛感した一方通行だった。


36 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:13:03.90 ID:QSqt3Dk0 [18/33]


「あら、今日はあの子は一緒じゃないの?」

「あァ、アイツならここに入った途端に走ってどっか行っちまったよ、ッたく、世話のかかるクソガキだ。」

「馬鹿ねー、ああいう子からは一瞬も目を離しちゃダメなのよ。」

「・・・・・チッ。」


人の苦労も知らないで、この女はヌケヌケと文句を垂れ流しやがって・・、と心の中で呟く。

まぁ、保護者の立場である自分に過失があるのは否めないので、黙っておいたが。


「どうせなら、一緒に探してあげようか?」

「あァ? 別にそンな手ェ借りる必要もねェよ、ッつーか探す必要もねェッての。」

「どうして?」

「あのクソガキが俺を置いてどっか行ッちまうのは、いつものことなンだよ。」

「ふーん・・、誘拐とかあったらどうするのよ?」

「あ、あァ?」


学生だらけの学園都市とはいえ、少なからずならず者は居るし、強盗や破壊行為などもあり、誘拐も言うまでもない。

打ち止めは、そういう犯罪者から見れば、丁度いい的だ。

学園都市の裏側を知る麦野だからこその忠告である。


38 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:17:37.65 ID:QSqt3Dk0 [19/33]


「ふン、そうなりゃそいつをブチ殺すまでだ・・。」

「ブチ殺すって・・、事件になったら色々と面倒でしょ、ホラ、さっさと探すわよ。」

「なッ・・、俺一人で十分だっつンだよ、てめェはすっこンでろ。」

「杖なんかついてる奴がウロチョロする迷子を効率良く探せるわけないでしょ・・ってアンタ、杖なんかついてたっけ?」


昨日健康ランドで会ったときは、杖などついてなかったような気がした。

さすが麦野というべきか、なかなか鋭い指摘である。


「あ・・、あァ、まぁ別に、気にする必要はねェよ。」

「ふーん、まぁ、良いわ、私の方がアンタより手際良く探せるんだから、口出しは無用よ。」

「あァ、そうかよ・・。」


これは断るよりも、一緒に探し回ってもらったほうが面倒じゃなくて済む。

そう判断したのか、仕方なく折れる一方通行、どうも彼は女性に振り回される傾向にあるようだ。

そのとき、ノリの良い着信音が麦野のポケットから鳴り響く。

麦野お気に入りのロックバンドのデビュー曲、マイナーながら心に響くものがある。

バイブが気になるので、とりあえず、携帯を開き、通話。


39 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:19:50.89 ID:QSqt3Dk0 [20/33]


「む、麦野ですか?」

「あら、絹旗、どうしたの?」


向こうに出たのは絹旗だった。

彼女には今夜のパーティーのお菓子や食べ物を頼んだはずで、別に麦野に特別聞くようなことはないはずだったが。


「あのですね・・、超面倒なことになりまして・・。」

「ちょっと待った、アンタ今何処に居るの?」


通話の向こう側から、歩行者信号の音楽と思われるものが流れてきた。

明らかにデパートの中ではない、彼女は外に居るようだ。


「えーとですね・・。」


絹旗が説明するには、昨日の健康ランドに居た銀髪腹ペコシスターと鉢合わせ、口喧嘩をする内に、

商品だったお菓子の袋を誤って破ってしまい、あろうことかそのまま逃走してしまったという。

一番心配なく送り出した兵士が、銃弾を持って行き忘れたと言って、

基地にも戻れず、戦場から即座に逃げ出したような間抜けぶりである。

受話器の向こうに聞こえるように、露骨に呆れた溜め息を吐く麦野。


40 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:20:25.75 ID:QSqt3Dk0 [21/33]


「・・で、私は何をすれば良いわけ?」

「とりあえず、お菓子とおつまみ類をお願いできますか・・?」

「分かった。とりあえず、アンタは戻らなくて良いわよ、そのままそこで待ってなさい。」

「す、すみません、私としたことが・・。」


ピッと通話を切る麦野。

あの子供はまともにお使いもできないのか、と麦野は呆れて物も言えないよう。

というか、そこで待ってなさい、といったものの、彼女は何処まで逃亡したのだろうか。


「あのさー・・、」

「言わなくて良い、俺にも聞こえてたからな。

 お前は買いに行けよ、あのクソガキは一人で探すからよ。」

「あら、優先順位がおかしいわよ、私もあの子を探すに決まってるでしょ。」

「あァ?」

「あのねー、お菓子とかどうでも良いもの買うより、あの子を探す方が先。」


アンタ、馬鹿ァ? と顔を覗き込むように言い放つ麦野。

かなり鼻につく言い方だったが、自分が強気に出られる状況ではないので、大人しく従う一方通行。


「・・悪ィな、礼はコーヒーで良いか?」

「全てはあの子を見つけてからよ。」


傍から見れば、一緒に作る料理の材料でも買いに来たカップルに見えなくもない二人は、

トラブルメーカーのアホ毛少女を探すために、歩き始めた。


41 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:21:51.94 ID:QSqt3Dk0 [22/33]

―――――



案外、あっさり見つけてしまえた。

その探し人の少女は果物売り場に居た、しかも、自分の連れと一緒に。


「あ、むぎの。」

「沈利お姉ちゃん! ってあぁ!? ってミサカはミサカはあの人に見つかっちゃって慌てふためくっ!」

「随分と簡単に見つかったわねぇ。」

「ッたく・・、後でお尻ペンペンだな、こりゃァ。」


驚愕の表情を浮かべたまま、絶句する麦野。

その視線に気づいた一方通行は慌てて否定した。


「アンタ、やっぱりそういう・・。」

「ぐッ!? いや、違う! 別にそンな趣味があるとかじゃねェぞ!?」

「早いところ、彼女をウチに保護した方が良いかしら、手遅れになるまえに。」

「て、手遅れだとッ・・!?」


そんなやましいことをする気持ちはどうたらこうたらと弁解の言葉が聞こえたが、面倒なので無視。

とりあえず、クルリと振り返り、目の前にまだ幼さの残る少女に話しかける。


42 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:24:27.60 ID:QSqt3Dk0 [23/33]


「良かった、探してたのよ? いきなり何処か行っちゃった、ってあの白いのから聞いたから。」


あの白いの、とは未だに身振り手振りで自分のロリコン疑惑を否定しているロリコン王子。

そういう風になるから、余計アレなんだって・・、とゲンナリする麦野。


「ごめんなさい、沈利お姉ちゃんにも迷惑かけちゃったんだ・・、ってミサカはミサカは深い謝意を持ってお辞儀する・・。」

「別に気にしなくて良いわよ・・、それより何買おうとしてるの?」


見れば分かるのだが、子供に対する接し方をわきまえている麦野は、社交辞令的に聞いてみる。

子供というのは、大人に色々なことを説明するのが好きなのだ。


「えーとね、メロン! すごく美味しいって理后お姉ちゃんが!

ってミサカはミサカは満足げに沈利お姉ちゃんに見せてみる!」


「へぇ~、でっかいメロンねぇ・・。」


打ち止めが両手で抱えていたのは、かなり大きなメロンだった。

いくらくらいするのだろうか、高級そうだ。

1000円や2000円で買えないようにも見えた。


43 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:26:37.56 ID:QSqt3Dk0 [24/33]


「(こんな小さな子でさえ買い物ができるっていうのに・・うちのチビっ子は・・。)」


先ほど電話してきた、お使いも満足にできない少女の顔が浮かぶ。

やはり、あれはしばらく子供扱いしてやろう、と決意した今日この頃である。


「アンタもずいぶん懐かれたみたいね、滝壺。」

「子供、好きだから・・。」


ふふっ、と滝壺は笑みを浮かべる。

母性まで持ち合わせているのか、この天然少女は、と再び対抗心を燃やす麦野。

あとで「お母さんのような女性」は好きかどうか、浜面に聞いておくべきだろう。


「・・おィ! 聞いてンのか、てめェ!」

「あー? まだ言ってたのアンタ。」


声を荒げる一方通行に対し、カラッとした表情を向ける麦野。

この男は、麦野が聞いてないにも関わらず、まだベラベラと意味のない弁解をしていたのだろうか。

このロリコンは性根から色々と叩きなおした方が良いんじゃないだろうか、と不安になる。


44 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:28:33.33 ID:QSqt3Dk0 [25/33]


「だいたいねー、普段からそんな女の子連れて歩いてるんだから、ロリコンって思われても仕方ないと思うわよ?」

「・・ロリコンってなーに? ってミサカはミサカは物知りそうな理后お姉ちゃんに聞いてみるー!」

「ロリコンっていうのは、ロリータ・コンプレックスの略で、」

「止めろォォォォォォォォォォッ!!!!」


がァァァァァッ!と頭を掻き毟る一方通行、かなり苦笑いものの光景である。

こりゃ面白い玩具見つけたわ、と小悪魔な笑みを浮かべる麦野。

とんでもない悪女に目をつけられてしまったものである。

平静を保とうと、ぐしゃぐしゃにした髪の毛を元に戻した一方通行は、再び口を開く。


「いや、兄弟みたいに見られる可能性だってあるだろォが・・!」

「本当にそう思うなら、重度のシスコンね。 近場の女の子をさも自分の本当の妹に仕立て上げるんじゃ。」

「・・シスコンってなーに? ってミサカはミサカは物知りそうな理后お姉ちゃんに聞いてみるー!」

「シスコンっていうのは、シスター・コンプレックスの略で、」

「グがァァァァァァァァァァッ!!!!」


即座に否定された上に、さらに文句を上乗せされ、

発狂したように頭を掻き毟る一方通行、ここまで来ると笑えない光景である。

麦野は、健康ランドのときもこの少年は変人っぽいと思ったが、今は別の意味で変人であることが分かった。

普段は抜き身の刀のような雰囲気を発している割に、少し突っつくだけで簡単に崩れる。

こういうのをギャップ萌えというのだろうか。


45 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:30:24.63 ID:QSqt3Dk0 [26/33]


「ま、冗談はさておいて。」

「・・おら、てめェ、さっさとコーヒー買って帰ンぞ、・・っていうかなンだ、そのメロンは!?」


今頃気づいたのか、打ち止めが抱えている大きなメロンにいちゃもんをつける一方通行。

そんなものを買うつもりなのか、と彼の苛立ちがピークに達しようとしていた。


「こンのクソガキはッ・・いつもいつも、」

「待って。」


今にも打ち止めの尻を叩きそうな勢いだった一方通行を、二人の間に挟まれるように立って、止める滝壺。

ウチの教育方法に口を出すな、と言わんばかりの目つきを見せる一方通行。


「この子は貴方のために、メロンを買おうとしてるみたいだよ。」

「り、理后お姉ちゃん! ってミサカはミサカは計画をっ、」

「もうバレちゃったから仕方ないよ。」


46 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:32:06.75 ID:QSqt3Dk0 [27/33]


何の話をしているのか分からない麦野と一方通行は揃って首を傾げた。

滝壺は、再び彼の方へ向くと、話を続ける。


「この子はね、貴方のために、大事なお小遣いを使って、

メロンと貴方の大好きなコーヒーをプレゼントしようとしたの。」

「あ・・あァ?」


打ち止めの足元に置いてあった買い物カゴを見ると、たくさんのコーヒーが入っていた。

最近、一方通行がハマっている黒と金のパッケージのブラックコーヒー。

打ち止めは最近の彼のコーヒーの好みまで覚えていたらしい。


「貴方に秘密でプレゼントしたかったんだって。

だからここに来るなり、貴方から逃げて、急いで買おうとしてたみたい。」

「・・・・チッ、そういうことかよ。」


虫の居所が悪いのか、頭をポリポリとかく一方通行。

打ち止めはせっかくの贈り物作戦が失敗してしまい、滝壺の後ろに隠れるようにして、彼の顔を見つめていた。


48 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:33:32.44 ID:QSqt3Dk0 [28/33]


「ッたく、このクソ生意気なガキが・・。」

「あら、この子もアンタのことが好きみたいだし、良かったじゃない。」

「・・あァ、そうかよ。」

「私は同意の上なら何しても良いと思うわよ、年齢差なんて関係ないわよね。」

「って、何の話をしてンだ、何の話をッ!?」


キッと麦野を睨みつける一方通行。

それに慣れてしまった麦野はどこ吹く風、という表情だ。


「別にそンな気遣いは要らねェよ・・、お前の小遣いなンだから、お前が好きなように使ったら良いだろ。」

「で、でも!ってミサカはミサカは・・、」


何か言いたそうな目で訴えかける打ち止め。

その目を見たら負けるため、目を逸らす一方通行。


49 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:34:32.97 ID:QSqt3Dk0 [29/33]


「分かってないよ、貴方は。」

「・・・あァ?」


再び、滝壺が口を挟んでくる。

怪訝そうな目で滝壺に視線を送る。


「この子がお小遣いを好きなように使った結果、貴方へのプレゼントっていう選択肢を選んだ。

 そういうことだと思うよ、私は。」

「・・・・。」


黙りこくる一方通行。

自分が言いたいことを言ってくれたからか、パァ!と明るい表情になる打ち止め。

それを見た滝壺は、少しだけ口元を緩めた。


「・・・この子が貴方に贈り物をしたい、そう言ってるみたいだし、素直に受け取れば良いと思うよ。

 この年で自分がお世話になってる人に、お金を出してまでプレゼントするなんて、

そうそうできることじゃないと思うな・・、少なくとも、私は。」


50 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:36:43.13 ID:QSqt3Dk0 [30/33]


滝壺の言うことに、一切間違いはなかった。

打ち止めの気持ちを完璧に代弁した、優しさに満ち溢れた言葉。

いつもは脱力している彼女も、このときばかりは芯の通った言葉を発していた。

これに対して、反論するのは野暮な話だ。


「・・・わかったよ、今回だけだからな、クソガキ。」

「うん!! ってミサカはミサカは貴方に溢れんばかりののスマイルを送ってみるー!」


後光が差すような笑顔を向けられ、少したじろぐ一方通行。

女性だけでなく、恐らく子供にも弱いのだろう、その表情はまんざらでもないようだ。

そのことがすぐ横に居た麦野からもはっきりと分かった。


「相思相愛か・・、良いわねよねぇ、初々しいわ。」

「がッ・・!? だ、誰のこと言ってやがンだッ!?」


べっつに~♪ と口笛を一吹きする麦野。

ただ、今彼女が言ったことは本心である。

自分が想う人が自分のことを想ってくれる、たったそれだけのことが彼女には羨ましかった。

麦野の想い人は、彼女に対してある程度の好意は持っていてくれても、それ以上のことを思ってくれることはない。

平行線を辿ったまま、その気持ちは昇華することはないのだ、少なくとも、麦野はそう思っていた。

だからこそ、年齢差は違えど、目の前の二人が好き合っているのは、少し自分の心に突き刺さるものがあったのだろう。


51 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:40:21.37 ID:QSqt3Dk0 [31/33]


「きっと大きくなったら美人になるわよ、この子。 大事にしてあげなさい。」

「チッ・・余計なお世話だ。」

「よーし、一件落着、お会計にダッシュだ! ってミサカはミサカはクラウチングスタート!」

「お、おい、こら待てェッ!!」


話が終わると同時に、一目散にレジへと向かってしまった打ち止め。

杖をつきながら、それを慌てて追う一方通行。

しかし、いきなり立ち止まると、クルリと麦野たちに振り向いた。

黙ったままだったが、少し間を置いたあと、

その透明感さえも感じられる白い顔に、カッターで切り込みを入れられたような線のような口が開いた。


「・・・色々と世話ンなったな。」


麦野と滝壺、二人の顔を見て、感謝の言葉を述べる一方通行。

それは、打ち止めを探してくれたこと、そして、彼らの距離をほんの少し縮ませてくれたこと。

ふふ、と苦笑する麦野、それにつられて滝壺も目を細めた。


52 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/07(日) 22:41:25.80 ID:QSqt3Dk0 [32/33]


「・・別に良いわよ、ただし、あの子を泣かせるようなマネしたら、アタシたちが許さないから。」

「ん。」


麦野がビシッと一方通行に人差し指を向けた。

滝壺も同じようなアクションをしている。


「・・ふン、おっかねぇ女どもだな。」


そう言った一方通行の表情が、一瞬だけ、ほんの少しだけ、緩んだように見えた。

少年らしい、年相応の快活さが垣間見える、柔和な笑み。


「あら、そういう顔もできるんじゃない。」

「あ゛・・!?」

「普段からそういう表情で彼女に接してあげなさい、そうすればあの子はもっとアンタのこと好いてくれるわよ。」

「・・・てめェは俺の母親かっつーの。」

「ぐたぐだ言ってないでさっさと追う! また迷子になるわよ、あの子!」

「あァ~、やかましい女だ。」


彼らしい悪態をつきながら、既に姿が見えなくなってしまっている打ち止めを追い始める一方通行。

その背中は、心なしか、少しだけ優しさに満ちているように見えた。


彼らの生活が幸せなままでありますように、麦野は柄にもなく、そんなことを思ったりしていた。


87 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 22:31:24.72 ID:6HzjlX20 [2/19]

―――――


みなさん、ご機嫌よう、お久しぶりです、いかがお過ごしでしょうか、浜面仕上です。

少し前までは、スキルアウトのリーダーやら何やらをやっていましたが、解体と同時に、根無し草に。

今では、学園都市の暗部組織「アイテム」とやらの下部組織で、雑用をやらされる日陰過ごしの毎日です。

先日、ちょっとした喧嘩に巻き込まれ、足を痛めたせいで入院していましたが、本日、無事退院することができました。

さて、自分は「アイテム」が所有する隠れ家の一つに来ています。

「アイテム」の四人が、わざわざ自分のために退院祝いと称して、

パーティー的なものを企画してくれたようで、現在も楽しんでいるところなのですが。


「う~ん・・・、はーまづらぁ。」

「zzz・・。」

「・・・結局、サバ缶が・・、すぴー・・。」

「・・も・・、これ以上、超食べられませ・・。」


この状況は・・、どうなってやがるんだっ・・?


90 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 22:33:49.78 ID:6HzjlX20 [3/19]


大量の空き缶に、お菓子や食べ物の袋、残骸で散らかりまくった部屋に浜面仕上は居た。

人の住めるような環境ではない部屋に、唯一ある大きいシックな茶色のソファで一人寂しく、スルメをかじっている。

ゴミだらけの部屋を見渡すと、四人の少女がふしだらに寝っ転がっているのが目に入った。

真っ先に目に入ったのは、自分のすぐ横で、美しい脚線美を持ちながらも、それを投げ出して、

浜面の右半身に、その身を預けている茶髪ロングヘアの少女、麦野沈利。

少女と言うよりも、女性と言った方がいくらかしっくりくるかもしれない。

普段は大人びた雰囲気で、超能力の実力も学園都市内で上から四番目、そして、「アイテム」の中では最年長

ではあるが、今の彼女は、深夜まで続いた飲み会から帰ってきたOLのような、かなりだらしない状態にあった。

そして、足元に目を向けると、黒の、おかっぱに近い髪型をした、ピンク色のジャージを着ている少女、滝壺理后。

こちらも、ひどく酒に酔っているらしく、目を閉じて眠ったまま、ピクリとも動かない。

正直、普段からボーッとしていて、あまり今の状態と変わらないため、本当に寝ているかどうかも怪しいが。


91 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 22:36:30.83 ID:6HzjlX20 [4/19]


少し視線をズラすと、部屋の真ん中にある丸テーブルに突っ伏したまま、何やらいびきをかいている金髪の少女、フレンダ。

彼女の手元には、大量の空の缶詰が散乱しており、その中のいくつかを大事そうにかき集めたまま、寝ている。

その向かい側のカーペットの上に大の字で寝ている小柄な少女が、絹旗最愛。

こちら側に足を投げ出して寝ているので、薄桃色のふわふわセーターから覗く可愛らしい下着が丸見えである。

計算された角度を常に保っている絹旗も、眠りに落ちている間はさすがに無理らしい。


「(絹旗の奴・・、見えてんだっつーの・・。)」


無防備としか言いようのない、それでも、学園都市を裏側から突き動かしているという「アイテム」の四人。

酔い潰れた彼女たちのそれぞれに、毛布の一枚でも掛けてやりたいところだったが、

麦野がその身を自分にもたれかかったまま、爆睡しているので、動くに動けない状況にあった。

少し右横に視線を移すと、麦野の少々乱れたブラウスの中から、チラリと、たわわとしたものが見える。


92 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 22:38:58.54 ID:6HzjlX20 [5/19]


「(・・・・くっそ、この生殺しっぷりは、幸か不幸か分かったもんじゃねぇ・・。)」


普段は、麦野たちの異次元的能力に戦々恐々としているが、

こうもノーガードな姿を見せられると、盛りの男して、かなりムラムラきてしまうものがある。

他の三人も、まだ若いとはいえ、妙な色気を纏っていた。

手を出せば生命的な意味でアウト、出さなくても理性がパンクする的な意味でアウト。

苦悩する少年。


「(・・そもそも、どうしてこんなことになったんだったっけか?)」



それは遡ること、6時間ほど前のこと。





93 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 22:41:17.51 ID:6HzjlX20 [6/19]

―――――


「やっと、退院かぁ・・。」


元入院患者・浜面仕上は、迎えに来た麦野(最も意外)が持ってきてくれた普段着に着替え終わり、

満足に立つことのできるようになった足をベッドから下ろすと、久しぶりに全身を使って背伸びをする。

病院服よりも、やはりいつもの茶のジャージが丁度良い、彼はそう実感した。

かなりの年季物で、随分とボロボロになっていたが、着慣れているジャージで思い出深く、

誰かにとやかく言われるまでは変えたくない、と何気ないポリシーを持っていた。

嫌々言っていた味の薄い病院食や病院独特の臭いや雰囲気も、今となっては名残惜しい。

しかし、彼にとっての一番の心残りは、彼の横に居る美人(必須事項)ナースだ。

その美人ナースはいつも自分に微笑みかけてくれる、もちろん今も。


「ちょっとアンタ、何で顔が緩んでんのよ。」

「おっ、おう!? 何でもねぇっ! ようやく退院できる喜びに打ちひしがれてただけだっ。」

「喜びに打ちひしがれるだけなら、鼻の下は伸びないと思うんだけど。」


何て洞察眼に優れた女なんだッ・・、と冷や汗一つの浜面。

恐らく、彼女と付き合う男性が浮気をすれば、半日でバレるだろう。


94 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 22:43:25.86 ID:6HzjlX20 [7/19]

そのやり取りを見ていた美人ナースがクスクスと笑っていた。

浜面と麦野は不思議そうに、にこやかに微笑む彼女を見やる。


「ああ、ごめんなさい。お二人があまりにも仲良さそうでしたから、

 ・・私みたいなのがこんなこと聞くのもアレなんですけど、付き合ってらっしゃるんですか?」

「!?」


今のやり取りのどこが、彼らがカップルに見える理由になっていたのかは分からなかったが、

思わず、過剰に反応してしまう麦野。

意識しすぎれば、しすぎるほどドツボにハマってしまうパターン。


「・・ああ、いやいや。そんなんじゃないっスよ。」

「あぐっ!?」


キッパリ、と否定する浜面の言葉が、鋭利な刃物のように麦野のセンチなハートに突き刺さった。

彼の発言に対して、とやかく言うことはできなかったが、彼を想っている彼女にとっては、かなり心が痛む言葉である。

言っている浜面も本心から言ってるのだろう、ヘラヘラと笑っていた。


95 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 22:46:39.04 ID:6HzjlX20 [8/19]

「あら、そうだったの、ごめんなさいねっ。」

「・・いえいえ、個人的には貴方の方、がふッ!?」

「アンタはいつも一言多いのよ。」


浜面が余計なことを言うだろうと肘を構えていたが、

案の定、口説きにかかったので、肘鉄を喰らわせる麦野。

退院当日の病み上がりの男とはいえ、浜面なので容赦はしないようだ。

クスクスと微笑み続ける美人ナース。

この美人ナースの笑顔を拝めるのもこれで見納めかと思うと、かなり物寂しい感じだ。

そんな彼の心中を探ったのか、麦野がさらにチャチャを入れる。


「そんなにこのナースさんが良いなら、もう一度ココで入院必至の身体にしてやっても良いのよ、はーまづらぁ?」

「ばッ、馬鹿! お前のは冗談に聞こえねぇよっ!」


あまりにも彼女の発言が冷たい声色だったので、情けなくも慌てふためく浜面。

ちなみに、麦野は割と本気で言っていた。

彼が他の女性の色目に引っかかるのが、それほど嫌だという証拠である。

126 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:36:11.24 ID:.rSPNuI0 [2/15]

「・・じゃ、このバカが本当にお世話になりました。」

「ええ、できれば同じ形で出会わないように、喧嘩もほどほどにしてくださいね?」

「あ、はい・・、どうも。」


すっかり飼い慣らされたハムスターのように縮こまってしまった浜面と、それに首輪をつける麦野がお辞儀する。

別れの挨拶もそこそこに、長くお供した病室から出て、二人は仲良く並んで下へ続く階段に向かった。

そこで、病室から顔を出し、色々と楽しい男の子でしたよ。と要らない補足をする美人ナース。

後ろから見れば、なかなかお似合いの二人なんだけどな、とも呟いた、二人には聞こえないように。

一方、ナースの言葉を聞くや否や、キッと麦野は辛辣な視線を送り、それを受けた浜面は汗ダラダラに歩き続ける。

色々と、ってあの人に何したの? と言わんばかりの目つきである。


「そ、そういえばっ、何でまた麦野が迎えに来てくれたんだ・・?」

「・・何よその言い方、私より滝壺の方が良かったかしら、腑抜けの浜面クン。」


退院早々、最も厄介な女の子の機嫌を損ねてしまったな、と後悔する浜面は、何とか話題転換をはかった。

いずれにせよ、わざわざ迎えに来てくれた彼女の不機嫌にさせてしまっては、男として恥ずべきことだ。

彼女の表情を伺いつつ、慎重に言葉を選ぶ浜面。



96 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 22:49:45.70 ID:6HzjlX20 [9/19]


「い、いや・・、俺なんかのためにわざわざ病院にまで足を運んでくれるなんて、何か悪かったしよ・・。」

「別に・・、ジャンケンで負けたから、私が嫌々来ただけよ。」

「ああ・・、そんなことだと思ったよ。」


何を期待していたわけでもなかったが、意味もなく肩を落とす浜面。

やがて、監獄のようだった病院から出て、久しぶりに青空の下に解放される。


ここで、麦野は2つの嘘をついていた。

1つ目は、ジャンケンで「負けた人」ではなく、「勝った人」がお迎え役だったこと。

ジャンケンで負けた人が。なんて彼に失礼な決定方法を、彼女を含めた「アイテム」がするわけがなかった。

もちろん、「負けた人」が迎えに行くことが失礼だ、などと口に出して言えるような彼女たちではなかったが。

2つ目は、彼女は嫌々ではなく、逆に、嬉々として迎えに来たこと。

お迎え役に抜擢されることにより、浜面と二人きりになれるチャンスを掴み取れる上、

面倒な浜面退院パーティーの最終準備が免除されるからである。

それに、絹旗やフレンダならともかく、要警戒人物である滝壺を、

浜面を二人きりにさせるくらいなら自分が行った方が良いに決まっている。

これらのことをもちろん、浜面に正直に言えるわけがなかった、言う必要もないが。

さっきのナースへの彼の発言からも察することができるように、

彼にとって、麦野はまだ、そういう存在ではないし、見てもいないのだ。

彼が、ただ単純に、麦野のことはタイプではないからか、

自分なんかが麦野のような女性にはつりあわないと謙遜していただけなのか。

どちらにせよ、浜面本人にそれを聞けるわけがなかった。

彼女の取るべき手段は、外堀を埋めていくように、彼の心を自分側に引き寄せるしかないのだ。


98 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 22:53:40.75 ID:6HzjlX20 [10/19]

そんなこんなを考えていたので、いつの間にか麦野は、浜面より前を歩いているようだった。


「麦野。」

「・・何よ。」


唐突にかけられる声に、ほんの少しだけ肩を震わす麦野。

まさか、自分の考えていたことが口にでも出ていたのだろうか、と心の中ではビクつきながらも、

平静を保ってみせた麦野は、なんとか無愛想な返答を絞り出し、振り向いた。

できるだけ、自分の心が彼に垣間見られることのないように、平然とした表情を作りながら。

頭の中がてんやわんやの麦野とは対照的に、浜面が落ち着いた雰囲気で口を開いた。


「いや、今言うのもアレなんだけどよ、色々と悪かったな・・、入院中。

 たぶん、滝壺や絹旗たちと比べて、麦野が一番多くお見舞いに来てくれたと思うからさ。

 一番仕事量が多いはずのに、ちょくちょく顔出してくれてありがとな。」

「あ、うん・・・。」


どんな言葉が返ってくるのか分からず、全方位の完全防御で構えていたが、

まさか、このタイミングで彼の口から感謝の言葉が出てくるとは思いもしなかった。

そのせいで、気の利いた言葉を返すことは出来なかった自分が悔やまれる。


99 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 22:59:08.65 ID:6HzjlX20 [11/19]

ちなみに、彼女が一番多くお見舞いに行った、というのは事実である。

麦野自身は、ライバルである滝壺や絹旗が何回、彼のお見舞いに行ったのかは把握し切れていなかったが、

かなり病院に足を運んだという自覚はあった。

なぜ、そんなにもあしげなく通っていたのかというと、

もちろん、この浜面の入院という機会をみすみす逃すわけにはいかなかったからである。

入院患者の浜面にとっては、かなり不謹慎な話ではあるが、麦野にとっては棚からぼた餅だった。

普段は他の三人が居るため、満足がいくまで会話することはできなかったし、

できたとしても、三人を交えたクロストークになってしまうため、自分の言いたいことが言えないときもあった。

だからこそ、願ってもないアタックチャンスだったのである。


「・・ま、毎日のように私が行くことで、アンタの自然治癒に焦りをかけたのよっ」

「な、なんだそりゃ・・。」


頭で様々に考え抜いた結果、わけのわからないことを言ってしまう麦野。

学園都市第四位の超能力を演算する頭脳でも、色恋沙汰のベストな思案は不可能だったようで。

素直に、浜面のことが心配だったから、と言うことができれば、もちろん、それに越したことはないが、

それでも、そんな距離の近い、恋人のような存在にかけるような言葉を吐けるほど、彼との距離はまだ縮まっていない。

焦りは禁物、というのを何よりも彼女はわきまえていた、恋愛をする上でのベタな鉄則の一つ。

つまり、麦野が、彼を気遣った角のない言葉を言っても、浜面は不信がるだけなのだ、という結論である。


100 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 23:04:02.75 ID:6HzjlX20 [12/19]

「ああ、あとさ、買ってきてくれたマフィンとかアップルパイも美味かったぞ。

 どっちかっていうと、そっちの方が俺の治癒力にエネルギーがいった感じだなっ。」

「・・あぁ、そう。」

「な、何でそこに急に元気なくすんだよ・・。」

「別に何でもないわよ。」


彼が気を利かせて言った言葉が、気に障ったわけじゃなかった。

彼が、自分が食べたお菓子は麦野が「店で買ってきたもの」と未だに思っていることが、麦野の気分を損ねた。

言うまでもなく、それらすべては麦野が空いた時間を使って、「手作りしたもの」である。

嘘のように聞こえるかもしれないが、彼女はなかなか言うタイミングが掴めず終いだった。

時には、わざわざ買ったお菓子作りの本を見ながら、時には、恥を忍んで同僚のフレンダに頼み、教えてもらいながら。

血の滲むようなとまではいかないが、彼女が一生懸命に想いを込めて作ったそれらは、

彼の口には届いたものの、心には届いていなかったようで。

彼女が自分で手作りだと言えば済む話だが、それができなかったから、彼女はやり場のない思いのままなのだ。

自分の気持ちが相手に伝わることがない、口に出すこともできない。

いつしか、いつになったら彼に恋人のような、最も近しい存在が言うような言葉をかけてあげられるのか、

彼女らしくなくも、深夜に一人で感傷に浸ったときもあった。

それのせいで、お菓子をヤケ食いしてしまったりもしていたのだ。(それを滝壺に見られたりもしていたが。)

考えても考えても、いくら考えても、正解が見つからなかった、そして、彼の退院の日を迎えてしまったのである。


102 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 23:07:17.37 ID:6HzjlX20 [13/19]


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


退院する雑用を病院まで迎えに行くという私情で、下部組織が運転する車も用意することができず、

結局、歩いていつもの隠れ家に帰らなければいけなかったのだが、終始、無言になってしまう二人。

絹旗に、抜け駆けで寄り道せず、真っ直ぐ帰ってくるようにと釘を刺されているため、

気晴らしのために、どこか気の利いたお店に入ったりすることはできなかった。

足取りは自然と重くなっていき、どんどん隠れ家までの道のりが遠くなっていくように感じられるばかりだ。

麦野は緊張で浜面の表情を伺えず、浜面は麦野の表情を伺ってばかりだった。


「(私のせいよね・・、私のせいだ・・。あぁ、もうっ・・。)」

「(やっぱ、機嫌悪いよな、麦野・・。いつもより雰囲気が怖ぇ気がするし・・。)」


この静寂が、この時間が、早く過ぎ去ってくれるように、そう思うばかりだった、そう思うことしかできなかった。

彼女の心は完全に怯えたままで、言葉を吐くことは愚か、見つけることもできなかった。

自分が一番願っていた二人だけの時間が、今までで一番苦痛のひと時になる。

心を躍らせて彼を迎えに行ったはずが、自分の振る舞いのせいで、その楽しみのすべてが暗転してしまった。

日が沈んでいき、その暗闇は、彼女の心にも影を落とし始めていた。

日曜の夕方という部活帰りで遊びほうける学生が多い中、そんな喧騒は彼女の耳には程遠く、

カツンカツン、という麦野の不機嫌なハイヒールの音だけが、夕刻の学園都市に悲しく響いていた。



103 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 23:10:09.67 ID:6HzjlX20 [14/19]

―――――


「結局さー、綺麗にしてもどうせまたすぐ散らかすってー。」

「そんなこと言ったって、麦野が掃除しようって言い出したんですから、超仕方ないでしょう。」

「隠れ家の掃除って、いつもはまづらがやってくれたもんね。」


こちらは、お馴染みの「アイテム」の隠れ家の一つである、灰色の寂れたマンションの一室。

麦野が浜面を迎えに行っている間に、滝壺、絹旗、フレンダの三人はせっせと部屋掃除に励んでいた。

部屋中に散らかったゴミやら食べ物の袋やら空の缶詰やら何やらをすべてゴミ袋に入れて、外に出しておく。

ズレまくったカーペットやソファの位置を元の場所に戻し、床の埃は全部掃除機で吸い取る。

普段から彼女たちには清潔を重んじる傾向が、ほぼないに等しかったため、

雑用係の浜面が入院してしまったせいで、この部屋は見るも無残な状態になっていた。


「それにしても麦野、無表情を保ってましたけど、超にっこにこで出て行きましたね。」

「結局、麦野って、ああ見えて喜怒哀楽制御できないタイプだよねー、最近知ったことだけど。」

「私もはまづら迎えに行きたかったな・・。」


104 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 23:15:13.86 ID:6HzjlX20 [15/19]


ちょっと出て行くだけにも関わらず、麦野は気合十分で部屋を出て行っていた。

鏡の前で何回も自分の姿を確認し、髪を幾度となくとかし、服装すらも気にかけているようだった。

最近、というかここ1ヶ月に限ってのことだったが、彼女の様子が明らかに以前とは変わっていた。

恐らく、浜面と二人きりの機会が増えたための、彼女の気持ちの変化が大きく影響しているのだろう。

今までは水面下に沈んでいた想いが、ここに来て表面化してきたらしい。


「麦野って浜面のこと、好きだったりするんでしょうか。」

「さぁねー、麦野の考えることって、ある意味滝壺さんより理解不能なところあるし。」


当然ながら、フレンダは麦野の想いには気づいている。

薄々感づいてはいたのだが、マフィン作りを教えて欲しい、と頼み込まれたときに確信した。

ちなみに、フレンダの狙いは麦野自身であり、彼女は麦野を手中に収めたいというレズビアンである。

それでも、それ以上に彼女の幸せは願わなくてはならない。

彼女は、同姓同士の恋愛は、いずれ、絶対に乗り越えられない壁にぶつかることが分かっているからだ。


105 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 23:19:13.14 ID:6HzjlX20 [16/19]


「ま、私は浜面のことなんてどうとも思ってませんけと・・。」

「へぇー。」

「何ですか、そのニヤニヤ顔は・・。」

「絹旗も結構浜面にベタベタなところあるから、ひょっとしてー、って思ったのよー。」


浜面にも言われたように、絹旗はその減らず口とは裏腹に、知り合いに依存するタイプである。

年齢が年齢のため、まだまだ誰かに依存したいものなのだろう。

それを素直にできないのは、環境と性格、あるいはその年でレベル4という優秀すぎる能力をもったせいかもしれない。


「別に・・、使い勝手の良い奴隷で・・・、良い兄貴みたいなものでしょうか。」

「・・結局、絹旗ってブラコン?」

「どうしてそういう結論に至ったのか、小一時間使って話してもらえますか?」

「絹旗もさー、素直に私らに甘えたら良いのに。」

「・・甘える、というのが私にはよく分かりませんし、別に今の私には超必要のないことです。」


プイッとそっぽを向き、ゴミ袋の開け口をきつく縛り始める絹旗。

その小さな背中を見て、フレンダは少し寂しく思った。


106 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 23:20:29.66 ID:6HzjlX20 [17/19]

普通の環境の中で、普通の生活を送っていれば、普通の子供であったならば、

12,3歳という年齢である以上、勉強もそこそこに、男女問わず遊び倒す時期だ。

男の子であれば、はつらつとスポーツをしたり、女の子であれば、オシャレに気を遣う時期だ。

彼女はそういった時期を少しも体験していない、既に精神がほとんど大人になってしまっている。

いや、大人にならざるを得なかったのだろう。

フレンダ自身も、絹旗の過去に何があったのかは知らない、率直に聞くのも野暮な話だ。

「アイテム」の全員が、何かしらの闇を持っている。

麦野がレベル5にまで上り詰めた経緯、絹旗がその年齢でレベル4になった経緯、

滝壺が「体晶」という身体に想像以上の負担をかける物質を使わなければならない能力を持った経緯。

しかし、それらは暗黙の了解で、尋ねることは許されない。

暗部組織というのは、戦力の価値のみで繋がれる集まりだ、それ以上の個人的感情は必要とされていない。

それでも、今となっては、「アイテム」は戦力の価値だけの繋がりではない、フレンダはそう思っている。

だからこそ、お互いの胸中を吐露してほしいと思うのだ。


107 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/09(火) 23:22:31.73 ID:6HzjlX20 [18/19]


「結局、滝壺さんはどうなの、浜面のこと。」

「・・はまづらのこと?」

「うん。」

「好きだよ。」

「・・それは、どういう意味で?」

「意味なんてあるの?」


滝壺との、この手の会話は水掛け論になるばかりである。

歩くブラックボックスの彼女に恋愛沙汰のことを聞くのは意味がないわけで。

そんな滝壺が、眠たそうな目で、壁にかかっている時計を仰ぎ見る。

今は夕方の6時少し前、麦野と浜面がそろそろ帰ってくる頃だろう。


「さて、準備は超整いましたね。」

「結局、ケーキは隠しておいてよ、もったいぶりたいからね。」

「うん、ばっちりだよ。」


滝壺が、大きなケーキが冷蔵庫にしまってあるのを再確認する。

部屋も塵一つない、完璧に美しい、清潔感溢れる部屋だ。

普段、鼻をつまみそうになるほどの汚らしい部屋なだけあって、浜面は驚くことだろう。


「麦野、寄り道とかしてないよね・・。」

「さぁ、一応、しないようにと言っておきましたが、麦野が従うかどうかは分かりません。」

「・・まだかな。」


三人の少女は、プレゼントを待つような、そんな心持ちで、彼らを今か今かと待っている。

127 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:38:21.70 ID:.rSPNuI0 [3/15]

―――――



時刻は六時十五分過ぎ、家庭によっては既に夕食を食べ始めている頃だろうか。

麦野が浜面の迎えのために隠れ家を出てから、2時間ほどが経っている。

退院祝いの準備は完璧に終わっているため、何もすることのない三人を、密かに眠気が襲おうとしていた。

前日、テニスやら健康ランドで散々騒ぎ倒した後に、夜は浜面の退院祝い会議をするつもりが、

夜遅くまでお菓子パーティーをしてしまい、「アイテム」の全員が、睡眠時間が致命的に足りていないのである。

しかし、さすがに今日は寝落ちするわけにはいかなかった。

下手こいて三人とも寝てしまっては、麦野の独り舞台になってしまう。

そうなっては、麦野が浜面に何をするか分かったものではなかった。

(恋愛的には麦野は奥手なので、それほど危惧することではないかもしれないが)

とにかく、何としてもそれだけは阻止しなければならなかった(滝壺・絹旗視点)。


「ふわぁ・・。」


ソファに寝っ転がっている絹旗が天井を仰ぎ見たまま、力のない欠伸をしたとき、

三人が待ちわびていた、ガチャリとドアが開く音。

そして、玄関先でする、二人の人間の足音と、がさごそと靴を脱ぐ音。


128 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:39:26.73 ID:.rSPNuI0 [4/15]


「・・ただいまー。」


お待ちかねだった浜面の声だけが、三人の居た場所にまで届いた。

その声を聞くや否や、何を争っているのか、互いを押しのけながらドタバタと玄関先まで走ってくる三人。

家に帰った瞬間、女の子三人がお出迎えしてくれるとは、何という楽園だろうか。


「おっかえりー、浜面ー、入院生活はエンジョイできたー?」

「超おかえりなさい!!」

「・・はまづら、おかえり。」


フレンダは皮肉たっぷりに、絹旗はわざとらしく不機嫌そうに、滝壺は心の底から待ちわびていたかのように。

真っ先に玄関に辿りついた絹旗に手を引かれ、玄関から部屋の奥にまで進むと、

彼が思っていたのとは違う、部屋の全貌が目の前に広がっていた。


「おう・・、ってな、何だッ!? 何でこんなに綺麗になっちまってるんだよっ!?」


彼が入院する前は、とても人が住めるような環境ではなかったはず。

自分が掃除をしても、誰一人手伝うことのなかった彼女たちが掃除したというのか、と目を丸くしている浜面。


129 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:40:54.48 ID:.rSPNuI0 [5/15]


「何もしないで部屋が綺麗になるわけないじゃん。」

「ふふ、浜面が入院中、私たちはクリーンを心がけていたんですよ!」

「・・2時間前から頑張って掃除したんだよ、はまづらの退院祝いのために。」


胸を張る絹旗とフレンダに対し、あっさりと白状する滝壺。

ガクンッとコントのようにズッコケる見栄っ張り二人。


「そういうこちらに都合の悪いことは言わなくて良いんですよ、滝壺さん。」

「・・うん。」

「・・いや、でもよ、何か俺、感動したぜ・・、お前らがこんなに献身的に。」


自分のお見舞いに来てくれる。

一生掃除することがないだろうと思っていた彼女たちが掃除をする。

我が子の成長を目の当たりにした親のように涙腺を潤ます浜面。

恐らく、この涙の数だけ彼は苦労したのだろう、主に彼女たちのせいで。

とにかく、彼の中では、この科学技術最先端の学園都市でも、

空から槍が降ってくるのではないだろうか、という珍妙な出来事だったのだ。


「ほらほら、浜面の退院祝いということなんですから、さっさとそのソファに座りやがってください。」

「お、おう、っていうか俺の退院祝いなんてしてくれるのかっ!?」

「・・え、麦野から聞いてなかったんですか?」


130 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:42:43.68 ID:.rSPNuI0 [6/15]


一応、浜面に退院祝い実施の旨を伝えるように、と麦野に言ったはずだった。

絹旗が不思議そうに麦野を見やるが、彼女の様子が明らかに迎えに行ったときとは違っていることに気付いた。

表情は普段とそれほど変わらないのだが、何やら元気がないように見える。

いつもの強気な口調も影を潜めており、何よりも、帰ってきてから一言も喋っていないのだ。


「麦野?」

「・・ん、あぁっ。 うん、何だっけ?」

「いえ、浜面に退院祝いのこと言ってなかったんですか?」

「・・ああ、ごめん、忘れてたわ。」


ハッとしたように、口を開く麦野、ぼんやりしているようで。

やはり、どうも様子がおかしい、この2時間の間に何かあったのだろうかと疑ってしまう。

彼女の異変に気付いたのか、フレンダが麦野の目の前でパタパターと両手を振っている。

ボスン、とソファに座った絹旗の元に、フレンダが近寄り、耳元で囁く。


「<麦野、何かあったのかな・・?>」

「<・・思いましたか。 やっぱり何かおかしいですよね、心ここにあらずって感じですね。>」


ボーッとしている麦野、いそいそと準備を始める滝壺と、それにひっつく浜面を他所に、小声で相談する二人。

浜面が何か要らないことを言ったのだろうと思ったが、それなら麦野は怒っているはずだ。

しかし、彼女は怒っているというより、快活さが失われているようだった。


131 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:43:56.53 ID:.rSPNuI0 [7/15]


「<・・一応、パーティームードに巻き込んでみますか。>」

「<うーん・・。>」

「<とにかく、このままだと麦野が超情緒不安定で能力暴発とかしちゃったりするかもしれません。>」

「<結局、それだけは何としても避けたいもんだね・・。>」


冗談ではあるが、それに近い爆発は起きてしまいそうである。

静かな麦野は何かの前兆のようにしか思えない。

二人が囁き会議を終えた頃、特大ケーキが運ばれてきた。

その顔に微笑みを全開にした滝壺によって、部屋の真ん中にある丸テーブルの上に、ドン、と置かれる。


「・・どう?」

「・・ぅ、うおおぉぉっ、こりゃ傑作だなっ!!」


浜面を虜にしたのは、厚さはそれほどでもないが、幅がやたら広い円型ケーキだった。

目分量でだいたい、直径20cmくらいの大きさで、厚さは5cm程度といったところだ。

ケーキの上にはたくさんのイチゴが所狭しと飾られており、生クリームは、これでもかというくらいに塗られている。

市販の板チョコを砕いたかのような大雑把な飾りや、いつぞやの余り物のようなロウソクも立っていた。

女の子の作るケーキにしては、遊び心が足りない気もするが、

普段あまり料理をしない彼女たちにそれ以上を求めるのは酷な話だろう。

それでも、退院したばかりの浜面にとっては、十分すぎるほどの出来であることには違いない。

彼が思わず唸ってしまうのも、納得できる迫力だった。


132 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:45:00.79 ID:.rSPNuI0 [8/15]


「傑作、じゃなくて超傑作ですね。」

「いやー、苦労したよこれ。結局、みんなで材料買いに行って、昼間っから速攻で作ったからねー。」

「だから、少し雑に見えちゃうかもしれないんだけど・・。」

「いや、そんなことねぇよ。っていうか、こんなケーキ食べるの自体、何年ぶりだろうなぁ・・。」

「このイチゴ、ぜんぶ私が乗せたんだよ?」

「くっ・・、イチゴを乗せただけでも滝壺の想いが俺の心にひしひしと伝わってくるようだぜッ・・。」


感動に浸る浜面を横に、麦野の調子はまだ上がっていないようで、

その様子に唯一気付いたフレンダが、心配そうに彼女を見やった。

蚊帳の外、というか自分から輪の中から外れているようにも見える。

このままだと、楽しいパーティーにはならないという悪い意味での確信が、フレンダにはあった。


「・・麦野、ちょっと来て。」

「・・な、なに?」


スッと立ち上がったフレンダは、麦野に一声かけると、彼女の腕を引っ張って、強引に立ち上がらせた。

もちろん、浜面や滝壺もそちらに目を向ける。


133 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:48:14.89 ID:.rSPNuI0 [9/15]


「・・フレンダ、どうかしたの?」

「ああ、何か麦野、携帯を落としちゃったらしいんだ、ちょっと探してくるよ。」

「ち、ちょっと、フレンダ、何言って、?」

「そりゃ面倒だな、俺たちも手伝うって。」

「結局、目が節穴の浜面じゃ無理無理、私たちが戻るまで、三人はグータラしてれば良いよっ、

 私が電話して麦野の携帯鳴らしながら探すから、結局、どうせすぐ見つかるよ。

 途中までは持ってたって言ってるし、すぐ近くで落としたんだろうから。」

「お、おいっ!?」

「超分かりました、よろしく頼みますね、『麦野のこと』」

「うん、任せて。」


立ち上がろうとする浜面を力づくで押しのける絹旗、そして、フレンダと一瞬だけ視線を合わせる。

頷いたフレンダは、麦野の口を半ば強引に押さえ込み、引きずったまま、部屋から静かに出て行った。


134 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:49:49.85 ID:.rSPNuI0 [10/15]


「まぁ、フレンダさんに任せておきますか・・。」

「全員で探した方が早いに決まってるのに・・フレンダの奴。」

「少なくとも、浜面じゃ、超どうにもならない問題ですよ。」

「な、どういう意味だよそれ。」

「そういう意味ですよ。」


すっかり準備係の滝壺がケーキを器用に切り分け、静かにそれぞれを用意した五つの紙皿に乗せる。

乗せられるや否や、浜面がフォークを差し込もうとする、そこで、滝壺が浜面の目の前に人差し指を突きつけた。


「・・・ケーキは全員が揃うまで、だよ。」






135 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:52:03.06 ID:.rSPNuI0 [11/15]

―――――



「ちょ、ちょっと、フレンダ。何処行くつもりよ!

だいたい、私携帯なんか落としてないんだけどっ!」

「結局、ここまで来れば良いかな・・。」


階段を駆け上がり、フレンダが麦野を連れてきた場所は、マンションの最上階。

といっても、「アイテム」の隠れ家の一つだけ上の階、つまり、4階だ。

当然、普段は用もないので、彼女たちも4階に来るのは初めてだった。

ちなみに、4階には誰一人住人がおらず、足元の明かりも点いていないため、暗闇と静寂だけがそこを支配している。

当然、浜面たちからは、彼女たちの会話が聞かれることもない位置にあった。

フレンダが麦野をわざわざ引っ張り出して、こんなところにまで来る理由はそれだった。

向かい合う二人。

夜風が二人の長髪を静かになびかせる。


136 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:53:41.35 ID:.rSPNuI0 [12/15]


「で、結局、何があったのさ、麦野。」

「何の話よ。」

「・・浜面と喧嘩でもしたの?」

「別にそんなんじゃない。」

「そうだよね、浜面はいつもと変わんなかったもん、喧嘩してるならもっと不機嫌なはずだし。」

「そういうこと、早く戻るわよ。」

「っ・・。」


ぶっきらぼうな言葉を吐き、早々にその場から立ち去ろうとする麦野の腕を掴むと、強引に彼女を自分の方へ向かせる。

麦野があからさまな不快さを表情に出しているのが、暗がりでもよく分かった。


「だから何よ?」

「・・麦野さ、また自分の中に溜め込んでない?」

「・・何の話だかさっぱり。」

「とぼけないで、私には分かるから。」

「へぇ、アンタなんかに私の思ってることが分かるんだ、

 いつから念話能力(テレパス)の能力者になったわけ?」


137 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:55:51.85 ID:.rSPNuI0 [13/15]


はっ、と鼻で笑う麦野。

それでも、フレンダの目は麦野を見据えていた。

それが癇に障ったのか、視線を逸らす麦野。

苛立ちを隠せないのか、小さく舌打ちをする。

それでも、フレンダは続けた。


「・・そうだよ、私には分かる、麦野のことならね。」

「あっそう。」

「能力者としてじゃなくて、一人の女の子として、だけどね。」

「・・あのさ、それ以上不快な発言すんだったら、アンタでも容赦しないから。」


こんな小さなイザコザのときでさえ、麦野が発するその空気は、ピリピリとフレンダの喉を圧迫する。

それでも、唾を飲み込み、目を閉じ、少し思案したあと、再び麦野を真っ直ぐ見た、彼女の目を。

すると、彼女はすぐに視線を逸らす、先ほどと同じように、ごく自然に。

部屋に居たときとは違い、彼女には、怒りか、苛立ちか、不満かが前面に押し出されていた。

やはり、自分の中のもやもやを隠し通していたらしい、

しかし、今になって表面化したのだろう。


138 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:57:18.72 ID:.rSPNuI0 [14/15]


「・・いつまでもくよくよして、隠し続けてるから、進展しないんじゃないの?」

「あ・・?」


麦野の声が冷たさを帯びる。

それでも。

それでも、歯を食いしばり、両拳を強く握ったまま、肺の酸素をすべて使い切るように、腹の奥底から、


「結局、そうやってウジウジしてるから浜面が気にも留めてくんないんだよって言ってんのッッッ!!!!」


勢い任せで捨て身の一撃を放った、今まで一度も逆らったことがないであろう麦野に。

言った以上は、絶対に引かない、そう決心した。

麦野が黙っていられず、先に口を開こうとする。


「・・・・アンタ、」

「どうせまた、浜面に言いたいこと言えないで、自滅したんじゃないの?

 結局、いつもそうだよね、麦野はさ。

 そういえば、マフィンやアップルパイが手作りってことさえ言えてないんでしょ?

 麦野らしくないじゃん、そんなの。」

「・・それがどうかした?

 別に言っても言わなくても、無意味な話よ。」

「そういう考えだから、いつまで経っても距離は縮まらない・・。」

 浜面の入院中にアタックかけに行ったのは良いけどさ、何の進展もないみたいじゃん。」

「・・・・・。」


139 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/11(木) 23:59:08.04 ID:.rSPNuI0 [15/15]

「麦野が浜面のこと好きなのは分かってる、だからこそ私はもう見てられないんだよ・・。」

「・・、るさい。」

「どうして、好きな人の前で言いたいことが言えないか分かる?

 単純に恥ずかしさの問題もあるけどね、

 その言葉のせいで、相手に嫌われたらどうしようっていう気持ちがあるからなんだよ。」

「うるさい・・・・、」

「そういうのはね、思い過ごし。

 一つだけ言っておくけど、浜面は麦野のこと嫌ってなんかない、それだけは言えるよ。

 いい加減・・・・、少しは素直になったらどうなのさ。」

「・・・っるさいのよッッッッッッッ!!!!」


通路に反響し、階下にまで響くような、静かな夜の中での絶叫。

それでも、フレンダは引かない。


140 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/12(金) 00:02:13.09 ID:Y9fr1LE0 [1/3]


「私は、浜面と麦野がいつも何話してるかなんか知らないけどね、さっきの二人の態度で確信した。

 結局、麦野が自分で不満を溜め込んで、勝手に苛々してるだけ・・・、違う?」


「だったら何よ・・、どうしろって言うのよ! 面と向かって好きって言えってッ!?

 アイツはね、私みたいなガサツで能力以外は何の取り得もない奴のことなんか好きにはならない・・、

 料理もできないし、気の利いた言葉もかけてやれない、見た目だけ取り繕って・・、

 まだ、私なんかよりも純粋で自然な滝壺の方が、アイツにとっては魅力的に映るはずなんだよ・・ッ」


力強さが抜け、だんだんと弱々しくなっていく声、肩を落とす麦野。

フレンダは唇を噛み締めた。


「この・・、ヘタレッ・・!」


「・・・・なに?」


「このドヘタレって言ったんだよ、麦野ッ・・、

 結局、私たちのリーダーはこんな腑抜けだったのかッてね・・!

 私はね、麦野の恋は成就してほしいって思ってる・・、滝壺さんよりもねッ!」


「・・・・・。」


フレンダの言葉が、麦野に強く突き刺さる。

口を閉じたのは何よりの証拠か。


141 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/12(金) 00:09:10.31 ID:Y9fr1LE0 [2/3]


「私は、麦野みたいな強い女の子に憧れてた・・、それがどう?

 色恋一つに対して、足を踏み出せずに居るこのヘタレっぷりはッ・・!」


「・・私は自分の立場を十分に分かってる。

 だからまだ、今は積極的に行くときじゃないって・・・、

 触れたくても触れられない、その苦しみが・・。

 ・・・アンタなんかに、私の気持ちの何が分かるっていうのっ!?」


「結局、麦野の気持ちはともかく、誰かが好きって気持ちは十分に分かる。」


「・・・だから、アンタに何がっ、」


一呼吸。

刹那。

夜風が止む。




「・・私は麦野が好き。

 女であっても、・・大好きだよ。」




いまさらにも聞こえるかもしれない、その言葉。

今ばかりは、本当の意味を持つ。

混じり気のない、強い想いと共に。


154 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 22:24:37.09 ID:4ky72MI0 [2/17]


―――――



「結局、いまさらかもしんないけどさ・・、私は本気だから。」


フレンダの意志は、その目に光となって表れていた。

その真っ直ぐな瞳をかわすように、麦野は視線を横にずらす。

なんとなく、見ていられなかったからだ。

まだ明るさの残る夜の学園都市を視界に入れたまま、麦野は言葉を返す。


「・・・、どういう意味よ。」


「友達として好き、とかじゃない。

 ・・結局、恋愛対象として好きって言ってる。」


「・・そ、そうよね、アンタ。

そういう奴だもんね、別にいまさら驚きはしないわ。」


フレンダは同性愛者だ。

前々から、薄々そういう想いを麦野に抱いていたとはいえ、それに目覚めたのは割と最近のことである。

そのため、最近は彼女による過剰なアプローチが多かった。

だからこそ、いまさら告白などされても、それほど動揺することはない、はずだったが。

複雑に揺れ動く心持ちのまま、麦野が口を開く。


155 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 22:25:58.85 ID:4ky72MI0 [3/17]


「で、それを今言って何になるわけ?」


「・・私は麦野が好き。

 でもね、麦野が浜面を好きっていうんなら、私は素直に引き下がるよ。

 そうすることが麦野の幸せならね、それを優先するけどさ。

 麦野が浜面に対してウジウジしたまま、その距離が縮まらないで、

 ゲームに飽きて、二度とそのゲームをやらなくなる子供みたいに、

 麦野が心変わりしたら、結局、私の決断は水の泡になる。」


「・・かなり失礼なこと言うようになったわね、アンタ。」


眉を潜める麦野。

お前はそのうちあの人のことを好きじゃなくなる、などと言われれば、誰だって不快な気持ちになるはずだ。

もちろん、それを否定しにかかるのが人間というもの。



「・・・私は心変わりなんてしない、自信を持って言えるわ。」


「そっか、それを聞いて安心した。

 ・・でも、結局、他のことも考えられるわけだよね。」


「他のこと?」


「・・・浜面を他の誰かに取られちゃうとか、ね。」


「ッ・・!」


「例えば、滝壺さん・・とか。」


157 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 22:28:20.33 ID:4ky72MI0 [4/17]


この少女は何を言っているのか。

この少女の口から出てくる言葉の一つ一つが自分を苛立たせる。

この少女は何がしたいのか、今すぐにでも能力で蜂の巣にしてやりたいくらいの衝動に駆られる。

両拳を強く握り、それをグッと堪える。

そのとき、自分の唇が震えているのが分かった、息が荒い。

心臓が鷲掴みにされているような苦しさ。

動揺しているはずがない、心ではそう思っていたが、身体はまるで正反対だった。


「さっき言ってたよね、麦野。

 浜面から見て、自分は滝壺さんよりも下に見られてるんだって。

 劣等感?

 でもね、それこそが麦野の悪い癖。」


「・・私は事実を述べただけ、違う?」


「強がるのは良いけどさ、後悔するよ、それ。」


フレンダの言葉は信じられないくらいに鋭く、そして、冷たかった。


159 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 22:37:51.45 ID:4ky72MI0 [5/17]

「さっきね、滝壺さんに浜面のことをどう思ってるか聞いたんだよね。」


「・・な、」


「『好きだよ。』って言ってたよ、即答だった。

 そして、そのあとに『意味なんてない。』とも言ってた。

 そのままの意味で、何の意味もなく好き、って解釈もあると思う。

 友達だから好き、っていう解釈もあると思う。

 でも、私はそうは思わない。

 たぶん、滝壺さんの中で、浜面が好きっていうことはもう当たり前のことになってる。

 だから、そんな言葉が少しの恥じらいもなく出てくるんだよね。」


立て続けに麦野を責めるフレンダ。

彼女の言葉は麦野の心を大きく揺さぶっていく。


160 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 22:40:22.04 ID:4ky72MI0 [6/17]


「いいの? このままだと、間違いなく、浜面は滝壺さんの手中に落ちるよ。

 浜面ってああ見えて、かなりウブなところあるもんね。

 結局、そういうタイプに対しては、積極的に攻めた方が勝ち。」


「・・・・・。」


「でも、攻める側が消極的になってると、逆に浜面は縮こまっちゃうね、

 自分が何かやったんじゃないか、機嫌を損ねるようなことしたんじゃないか、って。」


「・・、めて。」


「どうするの、麦野?

 結局、殻に引きこもったまま、自分の気持ちを押し殺したまま、今の距離感のまま、

 滝壺さんと浜面の距離が近づいていくのを、指を咥えて見ているのか、

 それとも、勇気出して、浜面に自分の想いを徐々に打ち明けていくの・・?」


「や、やめて・・。」


「私は麦野が幸せになってくれるなら、喜んで身を引く。

 でも、麦野が怖がって、縮こまったまま、来るべきチャンスを逃すようなら、その犠牲は無駄になる。」


「もう・・、やめてよッッッ!!!」


自分の耳を両手で塞いだまま、うずくまってしまう麦野。

その叫び声は、明らかな震えを帯びていた。


161 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 22:42:10.36 ID:4ky72MI0 [7/17]

それを足元に見据えたまま、フレンダはなお続ける。


「結局、私に出来ることは、麦野の尻を引っぱたいて、目を覚ましてあげること。

 失敗を恐れて、何もできないような子供みたいな麦野の背中を押してあげること。

 仲介しようって思ってるわけじゃない、

 麦野自身の力で、浜面と上手くいって欲しいんだよ・・、私は。」


言いながら、しゃがみ込み、耳を塞いだままの麦野の両手を取るフレンダ。

その手は、意外にも簡単にほどけた。

そして、そのまま強く、堅く握り締める。

それでも、麦野はフレンダと視線を合わせようとはしない。

構わず、再び口を開いた。


「麦野。」


「・・・・、ぇぐっ」


「・・浜面が麦野のこと嫌いなわけない、

 ましてや、他の人と比べて麦野を評価しようなんてことするわけない、

 結局、浜面がそうやって、身近な人をそんな風に見るような奴じゃないって知ってるでしょ?」


162 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 22:45:04.51 ID:4ky72MI0 [8/17]


「・・・でも、もぅわがんないっ」


「・・何が分からないの?」


「私は・・、ぅえ、いつも浜面には・・う゛ぅ・・、

 素直に言えないし・・、変に気ぃ遣うばっかだし・・ぐすっ、

 こんながんじがらめな、ぇぐっ、気持ちのままなんじゃ・・、

 私・・、浜面のことなんて・・、」


「っ!」


その瞬間、フレンダが掴んでいた両手を離すと、

フレンダは、その右手を思い切り、麦野の右頬に叩きつけた。

パァンッと言う鋭い音が静寂を切り裂く。


「・・ぁくっ!」


「今・・、何て言おうとしたっ!?」


唇を噛み締め、両手で包むように麦野の顔に触れる。

今叩いたばかりの右頬を右手で擦りながらも、フレンダは目を見開いたまま、続けた。


163 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 22:48:01.51 ID:4ky72MI0 [9/17]


「結局、そういうことを口に出すようなら終わりだからねっ・・、

 どうして、そんな諦めるようなこと言うのさっ・・、諦める要因なんて一つもないっ!

 全部、麦野の勝手な妄想なんだよ・・っ、それなのに、これからってときにそんなこと言って・・!」


「・・で、でも、」


「でもじゃないっ!」


麦野の顔を両手で強引に引き上げ、視線を合わせる。

彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

髪の毛もところどころがほつれているかのようにボロボロで。

彼女の弱さ、不安、恐怖がすべて表面化しているようだった。

そんな見たことのないような表情をする麦野を見て、フレンダは余計に強く心を打たれる。


「浜面は麦野のこと嫌いなんかじゃない、

 そんで、これからも嫌いになることはないよっ・・!

 だから、麦野は麦野らしく居てよ・・、それだけで十分なんだからっ・・!」


164 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 22:50:08.79 ID:4ky72MI0 [10/17]


「・・・・・ぇうっ、」


大粒の涙を流したまま、俯く麦野。

自分の言いたいことはすべて言った、これで麦野に火がついてくれれば良い。

フレンダにとって、この干渉は博打のようなものだった。

麦野にあっさりかわされても負け。

麦野が二度と立ち直れなくなってしまっても負け。

とにかく、麦野が自分の考え方を変えてくれれば、

浜面に対するスタンスを変えてくれれば、それだけで十分な成果になる。

麦野は依然として下を向いたまま、口を開いた。


「・・・、アイツってさ・・。」


「うん?」


「アイツって誰にでも優しいじゃない・・、

 アンタの言うとおり、アイツは相手を他人と比べて相対的に評価するような奴じゃないってことは分かってる。

 でも、アイツって誰にでも優しすぎるんだよ・・。

 そのためだったら、何でもする奴なのよ・・、だからこそ、難しいのよ・・。」


165 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 22:54:21.71 ID:4ky72MI0 [11/17]


「・・難しいって?」


「アイツは同量の好意をもって、平等に接する。

 それは良いことなんだけどさ・・、

 いくら何をしても、アイツの中では、その平等な好意が、一線を越えた好意になることはないんじゃないかって。」


「・・どうして? 浜面だって誰かを好きになることはあるでしょ?」


「ううん。

 例えば、アイツが誰かを好きになるとする、

 そうなると、今まで接してきた他の女の子とは明らかに隔絶されることになる、

 ・・いや、隔絶っていうのは言いすぎだけどさ。

 それでも、その子は特別な存在にはなるわけじゃない?

 そうなると、アイツはその他の女の子たちに申し訳ないように思うはずなのよ。

 だからこそ、アイツは平等のまま、みんなに接するはずなのよ。」


つまり、浜面と滝壺が好き合ったとする。

そうなると、浜面は今まで仲の良かった異性、麦野や絹旗、フレンダに対して、罪悪感が生まれる。

下手をすれば、ぎくしゃくして、今まで保っていた一定の距離感さえも崩れてしまう、ということ。

それが怖いから、浜面は女の子と付き合ったりしないのではないか、ということらしい。


166 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 22:56:45.43 ID:4ky72MI0 [12/17]


「い、いくらなんでも、それは考えすぎっしょ・・。

 結局、そんなのある意味、浜面の自意識過剰になっちゃうじゃん、

申し訳なく思うなんて、そんなの余計なお世話だし。」


「アンタは別にアイツのこと好きじゃないじゃない、一人の男としてさ。

 だから、そうやって考えられる。

 でもね、私はダメなんだよ・・、そんな風に接せられたら、私はもうアイツとは一緒には居られなくなるっ・・」


例え、浜面が誰かに一線を越えた好意を持ち始めたとして、付き合ったとする、

そうなったら、少なくとも麦野たちに変な気を遣うはずだ。


「それは浜面が、麦野の気持ちに気付いてたら、でしょ?

 アイツは麦野の気持ちになんか気付いてない、だから、そんな風に不自然な接し方になるとも思えないよ。」


「アイツが自然に接してくることが、私にとってどれだけの苦痛になるか・・ってことよ。」


「・・・・・そういうこと、か。」


よくある話だ。

フラれた相手に、翌日に何もなかったかのように、自然なまま話しかけられれば、少なからず辛くなる。

彼女は、それが嫌なのだろう。


167 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 23:00:03.11 ID:4ky72MI0 [13/17]


「でも、それはあくまでも浜面が他の人と付き合った、っていう前提の話でしょ。

 麦野が浜面と付き合えれば、そんなことないじゃない。」


「・・それでも同じことよ。」


「え?」


「私と浜面が付き合うとする、そうすれば浜面は滝壺に対しても、複雑な心持ちのまま接するわよ。」


「それはっ・・、浜面が滝壺さんの気持ちに気付いていたら、でしょ。

 とても、滝壺さんの想いに気付いているとは・・。」


「滝壺は私とは違う、私みたいに臆病じゃないし、むしろ積極的な方。

 それに、そもそもタイプが違うのよ。

 私みたいなタイプより、滝壺みたいなタイプが優しくしてくれた方が心は動くはずだし・・。」


言うまでもないが、麦野という少女と、滝壺という少女は、まるで正反対の性格、容姿をしている。

動と静、強と弱、麦野が激しく燃える炎なら、滝壺は静かに流れる水そのもの。

浜面がどちらのタイプが好きか、という問題はあるが、一般的には滝壺寄りになる、というのが彼女の考えだ。

それでも、浜面の鈍感さはかなりのものだ、滝壺の好意に気付いているかどうかも確証はない。


168 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 23:02:31.45 ID:4ky72MI0 [14/17]


「・・・本末転倒すぎるよ、そんなのっ・・!」


「だって・・、一度そう考えちゃったら、もう頭から離れなくなっちゃったのよ・・。」


フレンダは痛感した。

この少女は優しすぎる。

そんな他の女の子にまで、気を遣うような、そんな神経の擦り切れてしまうようなことを思っているなんて。

そんなことを考えたら、キリなんてなかった。

ならば、何のために浜面のことを好きになんかなったりしたのか。

他の女の子に気を遣うようなら、最初から好きにならなければ良い話だ。

その理由は簡単、そのときには既に遅かったのだ。

滝壺の想いに気付いたときには、自分はもう彼のことを好きになっていた。

何もかも手遅れだった。


「つまり、諦めるってこと・・なの?」


「・・・・わがん、ない゛っ」


「麦野っ・・。」


麦野も辛かった、だが、フレンダも同じくらいに心が絞めつけられていた。


169 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 23:04:41.93 ID:4ky72MI0 [15/17]

自分の大好きな少女が心の底から苦しんでいる。

協力していたつもりが、まったく解決にはなっていなかった。

彼女の気持ちは予想以上に壊れかかったていた。

今すぐにでも、ぐちゃぐちゃに泣き崩れている彼女を抱きしめてあげたかった。

いっそこのこと、自分が彼女を幸せにしてやりたかった。

でも、それは彼女の意志を完全に無視した、身勝手な行動。

一にも彼女の想い、二にも彼女の想い、何よりも優先されるのが麦野自身。

段々とフレンダ自身もどうしていいか分からなくなっていく。

手を差し伸べたつもりが、自分もその闇の中へ引きずりこまれていくような感覚だった。


そんな、どうにもならない状況で、救いの手は意外なところから現れる。

それは今の彼女が待ち望んでいたものか。

それとも、今は最も見たくなかったものか。



「・・・・ど、どうしたんだよ。」



まったく他のことは耳に入っていなかった。

だからこそ、気付けなかった。

気付いたとき、麦野が初めて自分で顔をあげる。



「・・・はま、づら・・?」





170 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/13(土) 23:08:34.70 ID:4ky72MI0 [16/17]


暗闇でもよく分かった、月夜に照らされた彼の姿。



現れたのは、麦野沈利の想い人。



ビクンと跳ねた心臓。



それは、最終楽章の始まりの合図。

185 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 22:59:51.49 ID:tUlT9.w0 [2/28]

―――――



「戻ってきませんね・・、二人とも。」


待ちくたびれたのか、カーペットにぐでーっと寝転がる絹旗。

いざパーティーだ、という矢先に二人が出て行ってしまったので、

完全に脱力してしまっているようだ。

道路や塀の上で似たような格好をしている猫をよく見るなぁ・・、と割とどうでもいいことを呟く浜面。

一方、横に居る滝壺も絹旗と同じように寝転がっている、

両手両足をピシッと伸ばしたまま、うつ伏せになっているという違いはあるが。


「ケーキが冷めちゃうね。」


「・・ケーキが、冷める?」


顔だけ上げて呟く滝壺に適当なツッコミを入れたあと、携帯の時計を拝見する。

二人が部屋を出て行ってから、十分ほどが経っていた。

状況確認のため、フレンダの携帯に電話してみたが、応答はない。

麦野の携帯にコールしたまま探している、というので無理もないが。

まだ六時半過ぎとはいえ、窓の外をカーテン越しに見ると、辺りはほとんど暗くなっているようだった。


187 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:02:31.85 ID:tUlT9.w0 [3/28]


「やっぱり、俺も行けば良かったか・・、女二人で夜に出て行くのも危ない気がするしなぁ・・。」


「そうですね、不機嫌な麦野と鉢合った人が超危ない目に遭うでしょう、恐らく。」


「・・もきゅもきゅ。」


絹旗の代わりに麦野が買ってきたお菓子の山をおもむろに漁り、

ポッキーを取り出すと、それを一本咥える滝壺。

絹旗もそれにあやかって一本手に取ると、煙草を吸うように口元でクルクル弄ぶ。

ダメ人間の象徴のような少女二人を尻目に、

浜面は天井に目を向けながら、ソファに寝転がっていた。


「・・不機嫌かー、そうだよな・・アイツ、今日やっぱ様子がおかしいよな。」


「んー、気付いてたんですね、さすがの浜面も。」


「ああ、麦野の奴、病院出たくらいからおかしかったんだよ。」


「でしょうね、夕方にここを出て行ったときは、むしろ超機嫌良かったくらいですもん。」


ジャンケンで勝ち、浜面のお迎え権をゲットした麦野の小さなガッツポーズ姿を今でも覚えている。

しかし、先ほどは明らかに不機嫌というか落ち込んでいるというか。

恐らく、原因はこの男だろう、絹旗はそう推測していた。

彼はそういうことには絶対に気付かない鈍感さを持っている。

(今回に限っては、麦野の自爆なのだが。)


188 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:03:30.55 ID:tUlT9.w0 [4/28]


「やっぱ、俺も探してくるわ。 そんな遠くには行ってないとは思うけどさ。」


「・・・え、いや、もう少し待ちません? たぶん、そろそろ戻ってきますよ。」


フレンダが麦野から色々と事情を聞いている頃だろう。

その中に、浜面を乱入させるわけにはいかないため、何とか引き止めようとする絹旗。

脱いでいた茶のジャージを着た浜面は、既に立ち上がって、玄関に向かっていた。


「あいつらが戻ってこないと、パーティーは始められないんだろ?

 ・・・四の五の言ってる時間がもったいないってなッ!!」


「・・ちょ、浜面っ!!」


ニカッと振り向いて笑った浜面は、靴を履き、いそいそと出て行ってしまった。

当然、絹旗はそれを止めようとするも、滝壺が彼女の服の袖を引っ張ってしまったため、

がくんと崩れ落ち、ドテッと尻餅をついてしまう。

すると、その絹旗を後ろから抱きしめるように滝壺が両腕を回し始めた。

いつもは物静かな滝壺のアグレッシヴなその行動に、思わずドキッとしてしまう。

滝壺の顔が、振り向いた絹旗の顔の寸前まで近づいていく。

お互いの吐息が鼻先にかかるところまで。


189 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:04:16.77 ID:tUlT9.w0 [5/28]


たまらず、絹旗は声を絞り出す。



「た、滝壺さんっ・・!?」



そして、

ゆっくりと、滝壺が口を開いた。



「イチゴ・・。」


「・・・、待ちきれないんですか。」



コクン、と頷く。

今日も「アイテム」の腹ペコウサギは愛らしい。





191 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:05:39.19 ID:tUlT9.w0 [6/28]


―――――



「何があったんだよ・・、携帯探してるんじゃなかったのか?」


通路にへたり込んでいる麦野と、それを前にしてしどろもどろになっているフレンダ。

そんな光景を見れば、誰であっても頭の上に疑問符が浮かんでしまうだろう。


「結局、浜面こそなんでここに・・?」


ここは彼らの隠れ家の部屋がある三階の一つ上の階、

つまり、四階は普段は彼らが用もなく訪れない場所である。

携帯を探しに出た二人を追ってきたのだろうが、こんな場所にいち早く来るのは不自然だ。

状況が把握できず、複雑な面持ちのまま、浜面はうやむやに口を開く。


「いや、だって、上の階から、女の声が聞こえたからさ・・、

 この階に住んでる奴は居なかったはずだから、おかしいなって思ってよ、一応・・。」


「あぁ、そっか・・・。」


今までの会話が聞かれていたかもしれないと思うと、フレンダは耳が一気に熱くなった。

しかし、それ以上に爆発しそうになっているのは麦野だろう。

そのせいか、一度あげたはずの顔を再び俯かせていた。

そんな彼女の様子を見て、浜面が何も感じないわけがない。


192 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:06:28.00 ID:tUlT9.w0 [7/28]


「麦野、もしかして・・泣いてるのか・・?」


「いや、こ、これはねっ・・!」


フレンダは必死に弁解しようとするが、こんなときに限って上手く退けられるような案が浮かばない。

麦野を隠すような位置に何気なく動くも、当たり前だが、誤魔化しきれなかった。

普段は見られないような、生真面目な表情をしたまま、二人に近づく浜面。

座り込んでいる麦野に引き寄せられるようにしゃがみ込むと、腕を回すように彼女の背中を支える。

浜面に触れられたというのに、麦野は無反応のままだった。


このとき、フレンダは最後の覚悟を決める。

自分にできることはすべてやった。

自分が彼女にかけたい言葉、かけるべき言葉はすべてかけた。

あとは、彼女自身がどう動くか。

自分の力ではもうどうにもならない。

自分では彼女は救えない、だから彼に任せるしかなかった。


193 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:07:32.33 ID:tUlT9.w0 [8/28]


「大丈夫かよ・・、どうしたっていうんだっ?」


「あのさ、浜面。

 私、麦野の携帯探しに行かなきゃいけないから・・、麦野のこと、よろしくね。」


「お、おい、フレンダッ!?」


「頼んだよ。」


一言だけ残す。

それが精一杯の言葉だった。

麦野の手を握っていたその手を離し、彼女を浜面に任せるや否や、

彼の引き止める声も聞こえないかのように、フレンダは足早に階下へ消えていった。


「ちくしょうっ・・。」


ほんの少しの物寂しさと大きな悔しさが、彼女の背中から滲み出ていた。

それでも、大好きな麦野の幸せを願うだけ。

今日という日が、今という時間が、少しでも彼らの距離を埋めてくれることを祈るだけ。


いつの間にか、優しくも、しつこく纏わりつくような夜風が再び吹き始めていた。





194 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:08:35.48 ID:tUlT9.w0 [9/28]


―――――



こんな姿は見られたくなかった。

自分が極限まで弱っている、こんな無様で腑抜けた姿を。

誰よりも、自分が想っている彼にだけは、絶対に見られたくなかった。

涙と汗でぐしゃぐしゃで、自分の顔がどうなっているかさえも分からない。

必死に自分の表情を悟られないように、

俯き、そっぽを向き、浜面とまともに向かい合おうとはしなかった。


「おい、麦野・・っ!」


「私は・・良いから、あっち行っててッ・・・・!!」


「何言ってんだよ、放っておけるわけねぇだろ・・。」


麦野の両肩を、自分の手で支えるように掴む浜面。

そのとき、初めて麦野の表情がはっきりと見えた。

それは、いつも彼が見ていた、一人の女の子でありながらも、

それを感じさせないような凛々しさを保ち続ける彼女ではなかった。

目元は泣きじゃくったせいか赤く腫れており、涙の跡がはっきりと残っている。

彼女の美しさを少しだけ補強していた化粧も少し崩れ、

異性も羨むような綺麗な長い髪もボサボサになっている。

そんなに酷くなってしまったなら、少しでも直そうとするのが普通だ。

しかし、今の彼女はそんなことを気にも留めず、ただただ泣き続けている。

少なくとも、これがいつもの麦野沈利でないことは、さすがの浜面にも理解できた。


196 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:10:27.04 ID:tUlT9.w0 [10/28]


「おい・・、本当に何があったんだ・・?」


「何でも・・ないっ・・。」


「嘘つけっ、何もないなら泣くわけないだろっ!?

 もしかして、フレンダに何かされたのか?」


「ちが、うっ・・!」


フレンダが一から説明してくれれば良かったのだが、

彼女は無責任にも、あっという間に消えてしまった。

今の麦野から事情を聞くのは不可能に近い。

何をすれば良いのかも分からず、脱力した彼女の身体を支えてやることしかできなかった。


「く、うぅ・・っ・・、アンタのせいだっ・・、全部、浜面が悪いんだからぁぁぁっ・・!!」


「え、・・ちょ、・・お、俺ぇぇぇッッ!?」


「うぇっ・・ひぅくっ・・・、ぇあああぁぁぁぁっ・・・!!」


散々泣いたように見えていたにもかかわらず、

まだ少女のようにわんわん泣き始める麦野。

これでもかというくらいの泣きっぷりに、さすがに動揺を隠せない浜面。

麦野の機嫌が悪いのは薄々感じつつも、

まさか彼女が泣くとは思わなかった、今更ではあるが。


197 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:12:00.48 ID:tUlT9.w0 [11/28]


「ぅぐっ・・、うぅっ・・!」


「む、麦野・・っ!」


今は何を言っても無駄なようだ。

とりあえず、恐る恐る、包むように彼女を支え続け、頭を優しく撫でてやる。

普通ならここで顎辺りに鉄拳が撃ち込まれるのだが、今回ばかりはそれがなかった。

いつもの強気な姿とは裏腹な、まったく様変わりした彼女の姿。

そのギャップに、思わず打ちのめされそうになる浜面。

普段は強気な女の子が弱っているのを見ると、何とも言えない気分になってしまうものだ。


「と、とりあえず、部屋に戻るか・・?」


「・・やだ。」


「何でそういうことだけきっぱり速攻で言うんだよ・・、っていうか戻らないつもりかよっ!?」


「何か・・、動きたくない・・。」


「わがまま言うなよ・・、俺だってここを動けないだろ・・?」


「・・やだ。」


少し落ち着いてきたのか、言葉をはっきり言うようにはなったが、

テコでも動かない様子を見せる麦野に、四苦八苦する浜面。

いつもの自由奔放な彼女にも手を焼いていたが、元気なく拗ねられてもかなり手がかかる。


198 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:13:39.75 ID:tUlT9.w0 [12/28]


「良いわよ、アンタは何処へでも行っちゃえばいいのよ・・、

 私なんか置きざりにして・・、

 滝壺のとこでも絹旗のとこでも誰のとこへでも行けば良いじゃない・・。」


「な、何わけのわかんないこと言ってんだよ・・?」


「・・・・・。」


「だいたい、何で滝壺たちのことを引き合いに出してくるんだ・・、

 もしかして、アイツらと喧嘩でもしたのか?」


「私みたいな奴と一緒に居るより、アイツらと居た方が楽しいでしょ・・、アンタも。」


「・・あのよ、何か悩みでもあるなら、俺で良ければ相談に乗るぞ、麦野?」


「・・うっさい。」


話がなかなか噛み合わない。

彼女がまともに口を開くようになったは良いことだが、さらに面倒な状態に陥ってしまったのは困りごとだ。

自分の指を髪の毛にくるくる巻きつけながら、悪態をつくように話し続ける麦野。

いよいよ反抗期が始まった子供の世話をしているようで、普通の人なら居心地が悪くなってしまうだろう。

それでも、彼女を見捨てるわけにはいかなかった。

一見、半端な不良の見かけによらず、お人好しで世話焼きな浜面だからこそ。


199 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:16:16.39 ID:tUlT9.w0 [13/28]


「そういや、病院出たときから変に静かだったけど・・、

 考え事でもしてたのかよ、全然話してくれなかったし・・。」


「・・別にそういうわけじゃない。」


「そうか・・、じゃあ、もしかして俺が何か悪いことした、のか?」


「・・え?」


「だって、それ以外考えられないからよ・・。」


「そ、そんなこと、ないっ・・、アンタは別に悪いことしてないからっ!」


「そう、なのか・・、っていうかさっきは全部俺が悪いみたいなこと言ってなかったか、お前・・?」


「いや、あれは・・言葉のあやっていうか・・、何ていうか・・。」


フレンダの言ったとおりだったのかもしれない。

浜面は被害妄想ならぬ加害妄想をしてしまっていたらしい。

麦野が殻に閉じこもってしまい、

理由も分からないままの浜面が勘違いして自分を責めてしまう、という図だ。


200 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:19:33.85 ID:tUlT9.w0 [14/28]


「アンタは悪くない・・、私のせいだから・・。」


「・・・あのさ、俺で良かったら何でも相談に乗るぞ?

 人生経験、全然ないけど・・、そういうのって人に話すだけでも効果あるって言うしさ。」


「・・・じゃあ、聞いてくれる?」


「あぁ、いくらでも。」


「・・・・私さ、好きな奴が居るのよ。」


「・・む、麦野が・・、か?」


「どういう意味よそれ・・。」


「い、いや・・、麦野が恋愛の話するなんて、初めてだなって思ってよっ・・。」


完全に斜め上からの話題だったため、

思わず剥き出しの地雷を踏みつけそうになる浜面。

せっかく立ち直った麦野の機嫌をまた損ねるわけにはいかなかったので、何とか言い逃れる。

眉間によった皺を緩め、はぁ・・。と大きな溜め息をつく麦野。

恐らく、溜め息をつきたいのは浜面の方だろうが。


201 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:25:32.82 ID:tUlT9.w0 [15/28]


「で、どんな奴なんだよ、そいつは。」


「・・そいつはね、どうしようもなくバカで、何の取り柄もないような奴なんだけど、

 一緒に居るとホッとするっていうか・・、つーか、今でも何で好きなのかわからないのよね。」


「それ、本人に言ったらかなり傷つくと思うぞ。」


「大丈夫よ、そういうことを気にするような奴じゃないから。」


ふーん、そういうもんか、とあっさり受け流す浜面。

ここまで言っても浜面は麦野の想い人が誰かというのに勘づくことはないようで。

そもそも、学園都市の暗部で活動する彼女たちに、

表の世界に居るようなまともな恋愛対象の男が居るはずはない、と考えるのが普通なのだが。

それが何だか滑稽な状況で、半分辛いながら、半分くすぐられるような可笑しさがこみ上げて来る。


202 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:27:03.58 ID:tUlT9.w0 [16/28]


「でも、その相手には私のガサツさっていうか・・、そういう嫌な面も見られてるからさ、

 少しくらい優しくしただけじゃ、そいつ、私の方に振り向いてくれないのよね・・。」


「ガサツ・・、って誰が?」


「私のことに決まってるでしょ、二回も言わせないでよ・・、

 生活能力がまるでゼロの頭でっかちな私がガサツ以外の何だって言うわけ?」


自分の粗暴っぷりは、自分自身がよく分かっている、ということ。

そういうことはしてはいけない(特に彼の前では)と思っていても、気付いたら手を出しているのだ。

時にはちっぽけな怒りから、時には小さすぎる嫉妬から。

怒っている場合は、大抵は自分の想いが伝わっていないとき、

嫉妬している場合は、彼の目を対象の女の子から何とか逸らさせたいとき。

恥ずかしさや照れ隠しのために、思わずちょっかいを出してしまったこともあった。

それはきっと、彼の目から鬱陶しいように見られていることは明白、彼女はそう思っている。


203 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:29:17.40 ID:tUlT9.w0 [17/28]


「俺はそうは思わないけどな。」


「・・そ、そんなフォローは要らないわよ。」


拗ねた子供をなだめる親のように目を細め、少しだけ口元を緩ませる浜面。


「その場しのぎの嘘でも、一応のフォローでも何でもないって・・。

 麦野がガサツなんて一度も思ったことねぇよ。

 身だしなみはちゃんとしてるし・・、

 まぁ、部屋の掃除とかは「アイテム」全員してないことだから別としてもよ、

 暗部の仕事だってそつなく完璧にこなしてるしさ。

 俺とお前が一緒に居た時間なんて、大して長くないけどよ、

 少なくとも俺の目から見たらそんないい加減な奴には見えない、かな。」


「・・・何ていうか、何だろ・・それ。」


長々と麦野を褒めちぎっていたので、どことなく視線を泳がす浜面。

人を褒めるというのが彼はイマイチ得意ではないらしい。

一方の麦野も褒められ慣れて居ないのか、返す言葉が見つからなかった。


204 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:30:13.74 ID:tUlT9.w0 [18/28]


「それに、俺が入院してたときに持ってきてくれたマフィンとかさ・・、

 あれ、全部、麦野の手作りだったんだって?」


「・・・・へっ!?」


「違うのか?」


「いや、確かに私が作ったけど・・、何でアンタがそれ知ってるの・・?」


「俺が退院する三日前くらいだったかな・・、

 フレンダが初めて見舞いに来てくれたんだけどさ、

 そのときにアイツが教えてくれたんだよ。」


「そ、そうなんだ・・。」


麦野はその時だけの小さな恥ずかしさから、お見舞いの品を自分の手作りだと言えずにいた。

それくらいのことも言うことができないほどの奥手っぷり。

それを見かねたのか、フレンダが浜面に勝手にカミングアウトしてしまっていたらしい。

ちなみに、麦野が浜面へのお菓子作りをする度に、フレンダは相談を持ちかけられていたので、

彼女は、麦野の手作りの品をすべて知っていたのだ。


205 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:32:21.60 ID:tUlT9.w0 [19/28]


「(さっきは、私に『手作りだって言うことすらできなかったんでしょ?』みたいなこと言ってたくせにっ・・。)」


それでも、一応の感謝はしておかなければならないだろう。

ただ、はっきりと分かるのは、彼女は常に麦野のことを第一に考えてくれていた、ということ。


「お菓子作ったりもできるし、俺みたいな雑用にもそんな気遣いしてくれるんだからさ、

 自分のことガサツなんて思うのは、止めた方が良いと思うぞ。」


「そう、かな・・。」


「そういう思い込みが激しいと、いつの間にか、本当にその通りの人間になっちまうときってあると思うんだよ。

 ・・俺もスキルアウトのとき、自分に信頼とか求心力とかがないんじゃないかって思い始めたら、

 あっという間に崩壊しちまったよ、俺自身も、スキルアウトもな。」


「アンタが・・?」


「ああ。 それで、畳み掛けられるようにスキルアウトの仲間に襲われて・・、

 そのとき、本当に俺にはそういう信頼とか絆とかってなかったんだな、って思ったんだけどさ、

 絹旗が言うんだよ、それは俺に対する期待の裏返しだったんじゃないか、って。」


206 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:33:57.61 ID:tUlT9.w0 [20/28]


「どういうこと・・、それって?」


「アイツらは俺を信じてくれてた、こんなどうしようもない、アイツらと同じ無能力者で、

 駒場みたいなリーダー性もないし、周りの人間を惹きつけるようなカリスマ性もない。

 そんな俺をアイツらは信頼してくれてた。

 でも、今の俺はアイツらが忌み嫌う能力者の下で働いてて・・、

 それがアイツらにとっては許せなかったんじゃないか・・って。」


「だから、そいつらはアンタに裏切られたと思って、喧嘩なんか吹っかけてきた・・ってこと?」


「そういうこと・・だと思うんだよ。

 アイツら、確かにあのときそんなことを口走ってたみたいなんだよ。

 あのとき、ちゃんと俺の思いとか、俺が今やるべきことみたいなのをアイツらに説明できてれば、

 こんなことにはならなかったかもしれなかったのにさ・・。」


聞くところによると、その喧嘩で怪我をしたのは浜面だけではなく、

相手側の何人かも全員負傷していたらしい。

そんな事態に陥ってしまったのを、浜面は不甲斐なく思っている。

いつか、彼はその仲間たちに何かしらの話をしに行くのだろう。


207 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:35:03.62 ID:tUlT9.w0 [21/28]


「話が逸れちまったな・・、何が言いたいかっていうとさ、

 自分のことをちゃんと見てやれないとそういうことに繋がったりするんだ。

 そのためには、誰かからの客観的な意見が必要なんだと思う。

 だから、俺は麦野に言いたいんだよ、

 お前はガサツでも粗暴でもない、ちゃんとした奴だってことをさ。」


「・・・・・。」


「・・・・・うあッ!?

 いや、別にお前に対して下心があるとかじゃなくてよ!

 俺が今思ったとおりのことを話したっていう・・か、ぐぅ、・・・げぅあぁぁぁッ!?」


本人的にはかなり小っ恥ずかしい台詞だったらしく、両手で頭を抱えながら赤面する浜面。

それを見て、このとき初めて麦野が笑みを浮かべていた。

浜面が顔をあげたときには、すぐに緩みを隠していたが。


208 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:35:39.96 ID:tUlT9.w0 [22/28]


「何か・・、アンタに説教されちゃったみたいね。」


「あ、いや・・別にそんな偉そうなこと言ったつもりじゃねぇんだっ・・!

 俺みたいなことになってほしくないってだけでさ・・、麦野が。」


「ふぅん・・、心配してくれてるんだー?」


いつもの調子を取り戻しつつある彼女に対して、

口を一文字に結んだまま、のけぞる浜面。

心なしか顔が少し赤い。


「・・・そ、そうだよ、何か悪いかよ、

 俺みたいな下っ端がお前みたいな有能な奴の心配するなんて、余計なお世話だろうけどさ・・。」


「ばーか、それだってアンタの思い込みよ。」


「・・ん?」


「余計なお世話なんてこれっぽっちも思ってないわよ、・・ありがとね、浜面。」


素直に感謝の言葉を述べる麦野が意外だったのか、鼻の頭をかく浜面。

どうも彼と話していると、そのウブさ加減から、中学生の男の子と話しているように感じられた。

その初々しさすらも、数多い彼の魅力の一つなのかもしれない。

母性本能をくすぐる、というのだろうか。


209 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:36:18.21 ID:tUlT9.w0 [23/28]


「まぁ・・、少しは自分のことも認めてやることにするわ、私。」


「ああ、ほどほどにな。」


再び、小さく微笑む麦野。

ようやくいつもの麦野に戻ってくれたことにホッと胸を撫で下ろす。


「それにしても、何か意外だったな・・。」


「何がよ?」


「いや、麦野がそういうこと俺に話してくれるなんて、今まで一度もなかったからさ。」


「・・そう?」


確かに、自分でも浜面とこんな真剣な話をするとは思わなかった。

その場の勢いで、ほぼ無意識言ってしまったのか。

何にしろ、この状況を作ってくれた偶然とフレンダには感謝しなければならないだろう。


「・・何か少しは麦野のことを知れたのかな、って思った。」


それを聞いて、ニヤリと口角を上げる麦野。

ゾクッとしつつも、どこか心地良いような寒気に襲われる。


「へぇ・・、じゃあ、私のすべてをアンタに教えてあげても良いのよ?」


な゛、うあぁッ!?とか言いながら、目を泳がせる浜面。

やはり、どうもこういう手法には弱いらしい。

自分のことを奥手、という割には意外とこういうちょっかいは頻繁に出しているので、

案外、自分は消極的すぎるというわけでもないのかもしれない、と麦野は自覚する。


210 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:36:48.80 ID:tUlT9.w0 [24/28]


「(・・でも、たまには悪ノリでも良いから、乗ってきてほしいのよね・・。)」


それでも、いくらちょっかいを出したところで、彼はその挑発に乗ることはなかった。

少なくとも麦野に対しては。

絹旗やフレンダに対しては、彼はちょくちょく反抗したりするものの、麦野にだけは抵抗することはなかった。

それも、彼との距離感のせいなのだろうか、こればかりは聞いてみないと分からないだろう。


「アンタってさ、どんなタイプが好みなの?」


「・・あぁ? 何だよいきなり。

 だいたい俺の好みなんか聞いてどうするんだよ、好きな奴が居るんだろ、他に。」


それはアンタよ、と言ってしまいたいところだったが、グッとその言葉を喉元で抑える。

これが素直に言えるのなら、どれだけ楽になれることだろう。

まだそれを言えるほど、彼と近づいたわけじゃない。


211 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:37:38.84 ID:tUlT9.w0 [25/28]


「べ、別に参考よ、参考。

 たまたま、アンタとタイプが似てるのよ、そいつ。」


「・・それは俺が『どうしようもなくバカで、何の取り柄もないような奴』って言いたいのか。」


「あら、一字一句間違えずによく覚えてたわね、私が言ったこと。」


「いや、否定はしねぇけどよ・・、こればっかりは間違った思いこみじゃねぇ気がするし。」


「良いからさっさと教えなさい、早く言わないとこの階から突き落とすからっ。」


理不尽ッ!? と慌てふためく浜面。

本気で言ったわけじゃないのに、あたふたするから面白い。

少しだけ考えたあと、浜面はゆっくりと口を開いた。


「・・こんな俺でも認めてくれる・・、奴かな。」


「・・認める?」


「俺みたいな、どうしようもなくバカで、何の取り柄もないような無能力者でも、

 この学園都市のそういう有能な奴らと同じように、平等に俺のことを見てくれる、そんなタイプ。」


本心から言ったのだろう、視線は床に落としていながらも、

何かをしっかりと見つめているような、そんな目つきだった。


212 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:38:39.84 ID:tUlT9.w0 [26/28]


「きっと、滝壺とか絹旗とかも、俺のことは心の底じゃ平等に見てくれてないと思うんだ、

 いや、もちろん、アイツらのこと信じてないわけじゃないんだよッ・・!

 でもそう思ってないと、何か嫌なんだよ・・、裏切られたときが怖くてさ。

 だから、いつか現れるって信じてる、

 俺のことを、俺自身の価値を見定めてくれて、認めてくれる奴が。

 もしかしたら、もう現れてるのかもしれないけどさ・・。

 まぁ、強いて言えば、今言ったような女が・・、タイプって感じかな。」



結局、浜面も、麦野と同じように殻に閉じこもっていたのかもしれない。

人間が何よりも恐れているものは、自分に下される評価だ。

それだけで自分と他人に優劣が付けられ、区別され、差別される。

能力や科学技術が何よりも最優先される学園都市は、

優劣というものが顕著に浮き出てしまう、

そういった副作用のようなものが出てしまう場所なのだ。

だから、浜面のような壁にぶつかってしまった人間は、

やがて、スキルアウトにその身を落としてしまうのだろう。


213 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/15(月) 23:40:16.62 ID:tUlT9.w0 [27/28]


「・・・じゃあさ、」


「ん?」


人間に他人に認めてほしい、という欲望がある。

浜面は、それを包み隠さず、思いのたけをすべて曝け出してくれた。

もちろん、それに答えなければならないとか、思いを汲んでやりたいとか、

そういう安易な同情、ましてや義務感があったわけではない。

それでも、麦野の口は、ごく自然に動き、紡ぎだすように言葉が出てしまった。




「・・もし、私がそんなふうにアンタのことを見てる、って言ったら?」




再び吹き始めていた、弱々しくも、彼女たちを包むような夜風。

微かな夜の匂いを運んでくるそれは、二人の時間が止まると共に、再び・・、止んだ。


235 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:26:33.99 ID:NiQvBbA0 [2/18]


―――――



「ただいまぁ・・。」


憔悴しきった様子のフレンダがようやく帰宅した。

総歩行距離は50メートルもなかったのだが。

何かの拍子に上の階の二人の会話が聞こえると困るので、しっかりとドアを閉めておく。

それにいち早く反応したのは、心配だったのか、玄関にずっと目を向けていた絹旗だった。


「・・おかえりなさいー、って一人ですか?」


「・・いや、私の携帯の電池が切れちゃったからさ、充電しに来たんだよ。」


とっさに考えたにしては、よくできた嘘をつく。

一応、自分の携帯を充電器に繋ぐと、はぁ・・。と深すぎる溜め息をつくフレンダ。

そんな彼女の様子を気にもせず、滝壺が話しかける。


236 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:28:11.59 ID:NiQvBbA0 [3/18]


「・・はまづらには会った?

 フレンダたちを追いかけて、出て行っちゃったんだけど・・。」


「ああ・・、うん。」


絹旗と滝壺を見やると、休止状態に入っているかのようなグダりっぷりだった。

滝壺はケーキ作りのときに余ったイチゴをもぐもぐ食べている。

ケーキを食べるのは全員揃ってから、と浜面に言っていたにもかかわらず、

イチゴとはいえ、彼女がいち早くそれを破ってしまっているようだった。

その滝壺が、何かに気付いたのか、スッと身体を起こす。


「あれ、充電してる間もコールはできるよね。

 しなくて良いの・・? 麦野の携帯、まだ見つかってないんでしょ?」


なかなか目ざとい。

あー・・、と間延びした声をあげたあと、力なく歩を進め、

さっきまで浜面が座っていたソファにボスンッと倒れこむフレンダ。

足をジタバタさせ、クッションに顔をうずめたまま、呟き始める。


237 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:29:22.47 ID:NiQvBbA0 [4/18]


「負けた・・。」


「・・何にです?」


「結局さ、性別の差って・・大きいよね。」


彼女はチャームポイント?でもある制帽をポイッとぞんざいに投げ捨てる。

ちょうど、寝転がっていた絹旗の頭の上にポトリと落ちる。


「どうしたんですか、フレンダもテンションダダ下がりじゃないですか・・、

 しっかりしてくださいよ。」


「・・二人が戻ってきたら、もう、すっごい飲むよ・・、私は、止められないよ・・。」


助力したはずのフレンダまで弱体化しているのが心配になったのか、

彼女の身体を優しく揺すってみる絹旗。

反応がないため、耳元で小さく囁く。


「<・・何があったのか、あとで話してくださいね?>」


「・・その前に、私を慰めて・・・・、ぎぬ゛はだぁぁ゛っ!!」


「う、うひゃぁっ!

 ちょ、ちょっと私の服に鼻水やらヨダレやらつけないでください! 超迷惑ですっ!」


「うわ゛ぇぁぁ・・、げっぎょぐ・・、

 絹旗も私のこと無下にするんだぁ・・・っ、うええ゛ぇぇっ!」


239 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:33:52.40 ID:NiQvBbA0 [5/18]


襲い掛かるように絹旗に倒れこむフレンダ。

パッ見た感じでは、なかなか微笑ましい光景だが、絹旗は必死に引き離そうとする。

絶叫しながら、相手のお腹の辺りに顔をうずめるように、絹旗を抱きしめる。

それを何とか引っぺがそうとする絹旗。


「ちょっ・・、いい加減にぃっ!?」


「なんだよおおお・・、私は今ボロクソなん・・・、ぅ、うえ・・?」


「・・よしよし。フレンダ、いい子いい子。」


「た、たきつぼざん゛っ・・?」


フレンダを絹旗から優しく剥がすと、彼女の頭を包み込むように抱きしめる滝壺。

その髪の毛を一本一本とかすように、頭を優しく撫でてやる。

滝壺の恋より麦野の恋を応援する、と心で決めているだけに、

その滝壺からの優しさは身に染みるようだった。


「うぐぅ・・、私・・、滝壺さんのお婿になるよぉっ・・!!」


「フレンダは優しい子。」


「う゛ぅああぁぁぁぁぁぁぁんっ・・・!!」



一番辛い思いをしたのは、誰よりも、この泣きじゃくる少女だったのかもしれない。


とある一つの恋の灯火が消えた瞬間だった。





240 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:34:55.46 ID:NiQvBbA0 [6/18]


―――――



「そういう風に見てる・・って?」


「アンタがさっき言ってた通りよ、嘘みたいに聞こえたかしら?」


平然と言い放った割に、心の中で麦野はかなり動揺していた。

告白だとか抱擁だとかがまだ早いのは分かっている。

それでも、フレンダが身を呈して自分を説得してくれたことに報いたい。

彼と一緒に居られる限られた時間を有効に使いたい。

少しでも、彼との距離をつめたい、それだけだ。


「・・はは、そりゃ、そう見てくれてるんならありがたいけどよ、イマイチピンとこねぇや。」


「・・なんでよ。」


「だって、麦野は学園都市に7人しか居ないレベル5だぜ?

 そんな奴に俺みたいな無能力者云々言われても、あんまり実感沸かねぇんだよな・・。」


241 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:37:05.91 ID:NiQvBbA0 [7/18]


彼女にとってはかなり勇気を振り絞った発言だったにもかかわらず、

その気持ちとは裏腹に、浜面はあっけらかんとしていた。

確かに、好きだの愛してるだのと言ったわけではないので、

大したダメージになっていないということは、無理もなかった。


「じゃぁ、どうすれば良いのよ・・。」


「どうすれば・・って何が?」


「・・いや、なんでもない。」


つい、ポロリと言葉が漏れてしまう。

いつもこうだ。

彼を目の前にすると、自分の言いたいことがあまり言えない。

本能と理性が攻めぎ合っているのか。


「いや、でも、ありがとな。

 口に出して言って貰えるだけでもありがたいよ、俺みたいな馬鹿にとっては。」


「・・どういたしまして。」


何を言えばいいかも分からず、馬鹿正直に形式通りの言葉を吐いてしまう。

今回も何事も進展せず終わってしまいそうな気がしていた。


242 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:39:28.42 ID:NiQvBbA0 [8/18]


「・・何か、今日の麦野、ちょっといつもと違う感じだな。」


「どういう意味?」


「いや、何か・・素直っていうか・・、何だろ、よくわかんねぇや。」


「素直・・ねぇ。」


確かに彼の前でわんわん泣いてしまったのは、ある意味素直さが垣間見えたといえる。

彼に言いたいこともいつもよりは言えている気がする。

あくまでも、いつもより、という話だが。


「・・こういう方が浜面のタイプなのかしらん?」


「あ・・いや、タイプっていうか、

 まぁ、そうしてもらってた方が俺としては尻拭いが楽で良いな、って。」


「折るわよ。」


「・・すみません。」


何をだよ・・。という疑問が浮かんだが、それは心に留めておく。

話に一段落ついたため、そろそろ帰るか、と浜面が腰を上げた瞬間。

聞きなれない歌が麦野のポケット辺りから聞こえてきた。

麦野の携帯が鳴ってしまっている。


243 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:40:58.99 ID:NiQvBbA0 [9/18]


「(・・しまっ、)」


「・・おい、麦野?」


浜面に背を向けて、慌てて携帯の着信音を切り、電源も切る。

彼女が部屋を出た理由は、携帯を探すということだったはずだ。

もう既に携帯を持っていたのがバレてしまうのは、かなりまずかった。


「・・・おいおい、携帯見つかってたんなら、何でこんな所に居たんだよ?」


「あ・・いや、部屋の前に落ちてたのよ、それを拾って・・、」


「その後に、わざわざ四階まで来たっていうのか?

 それに、麦野が泣いてた理由と辻褄が合わねぇんだけど・・。」


「そ、それは・・。」


「・・そういえば、麦野が泣いてた理由も聞かせてもらってねぇな。」


「・・お、女の子にそういうこと聞く、普通?」


「教えてくれなきゃ、今度は俺がここから動きたくねぇな。」


しゃがんだまま、動く素振りを見せない浜面。

ガッチリした体格の彼は、通路を塞ぐように。

とりあえず何か良い嘘はないかと麦野は模索するも、なかなか浮かばない。


244 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:41:54.78 ID:NiQvBbA0 [10/18]


「・・・別にからかいたいわけじゃねぇんだ。

 麦野が泣くなんて滅多なことじゃねぇし・・、ちょっと心配なだけだ。」


「ちょっとだけ・・?」


「・・かなり。」


こればかりは本心から言っているらしい。

それでも、浜面のことで悩んでいたなどとは口が裂けても言えるはずがなかった。


「あー・・えっとね。」


「もしかして、そんなに深刻なことだったのか・・?」


「え、まぁ・・、深刻っていうか・・。」


「ま、まさか・・、生理がこな、」


「・・な、なわけないでしょうがっっっ!!!!」


心無い発言を気にしたのか、浜面の首を絞めにかかる麦野。


「い、いや・・泣くほど深刻なことってそれくらいしか浮かばっ・・ぐおわっ!?」


不安定にしゃがんでいた浜面は、そのまま押されるがままに、後ろに倒れてしまう。

固いコンクリに背中を打ちつけ、うめく浜面。

浜面が麦野に押し倒されるような体勢に。


245 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:44:13.38 ID:NiQvBbA0 [11/18]


「い・・てぇ・・、てめぇ麦野っ、何しやがるっ!!」


「ア、アンタが馬鹿なこと言うからでしょっ!

 男同士の猥談じゃないんだから、そういうことを軽々しく口にするんじゃないわよっ!」


「そ、そんなに必死になるってことは・・マジで、」


「・・があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


ほぼ馬乗りになった状態で、ガバッと彼の両目を、自分の両手で覆い被せる麦野。

自分でも何をしているのかさっぱり分からない。

突然の行動にもかかわらず、なぜか浜面はそれほど抵抗せず、されるがままだった。


「・・・麦野、手をどかしてくれないか?」


「・・アンタを殺したくなるくらいの衝動に駆られてるわ。」


「ちょ・・、おい、冗談はよせってっ!?」


麦野のからかいは、ときどき本気なのか冗談なのか分からなくなる。

ジタバタし始めていた両腕を床にペタリと置き、大の字になる浜面。

彼女の表情は暗闇のせいでさっぱり読み取れない。

口からは唐突な文句ばかりが溢れ出してくる。


247 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:45:57.77 ID:NiQvBbA0 [12/18]


「・・・いつだってそう、こっちが何をしようとまるで効果なくてっ。

 これ以上何をしろって言うのよ・・、もう距離が埋まるはずなんてない・・っ!!」


「お、おい! 何言って・・、」


「ふざけてるとしか思えない・・っ、私がどれだけ・・、」


「・・・?」



喉に何かが詰まる。

異物が詰まったまま、取り除くことができないような感覚。

肺に空気が送られず、吐き出すこともできない。

言葉が出ない。

熱い。

これで何度目だろう。

口が開いても、肝心の声が出てこないのは。

代わりに出てくるのは、流しきったはずの涙だけ。

枯れることのない涙。


248 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 22:47:41.51 ID:NiQvBbA0 [13/18]


「・・・・ぅ・・、んくっ・・!」


「・・・?」


何が起きているのかは分からない。

それでも、自分にできることは一つだけ。

優しく、できるだけ弱く支えてやること。

彼にできることはそれだけだ。

強く、壊すほどに抱きしめることはできない。

彼女の気持ちがどの方向に向いているのかが分からないから。

自分にだって、弱りきった相手を受け止める手段くらい分かっている。

だから、なるべく優しく、まるで揺りかごのように。

産まれたばかりの子供を受け入れるように、

仰向けのままの浜面に倒れこんできた麦野を、彼は優しく抱いてやる。

自分のわずかな心の動揺が悟られないように。


249 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 23:00:45.53 ID:NiQvBbA0 [14/18]


「・・・ぅくっ、うん・・っ、えぐっ・・・!」


「・・麦野。」


目を閉じたままでも分かる。

いや、目を閉じなければ分からない。

聞こえてくるのは彼の鼓動。

感じるのは彼の吐息。

あれほど自分が触れたかった彼が、あれほど自分が欲していた彼が、

今はもう自分と重なっている。

それでも。

これほどまでに近くても、自分の想いは通じていない。

彼はあくまでも、手を差し伸べてくれただけ。

それは同情や救済の心からで、好意や愛情からではない。

それが分かっていても、涙は止まることはなかった。

自分のついたちっぽけな嘘が、大きな壁となって二人を分かつようにあった、心の壁が。


250 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 23:03:02.81 ID:NiQvBbA0 [15/18]



「泣くほど、麦野に想われてるんだから、そいつは幸せモンだよ。」



これだけのことをしても、揺らぐことのない彼が、酷く憎らしく、少し羨ましくもあった。

それでも、彼女は決意する。



「(ぜったい・・、射止めてやるんだからっ・・・・!!)」



いつか彼が自分の気持ちに気付いてくれる日を夢見て。



明かりが一つずつ消えていく、その静かな夜が、

少しでも彼らの距離を縮めてくれたかどうかは、彼ら次第だ。





251 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 23:05:17.06 ID:NiQvBbA0 [16/18]

―――――



戻ってからの麦野の醜態といったら、目を伏せたくなるほどだった。

爆発したかのような酒の飲みっぷりと、

何に対するものなのかは分からないが、豪快な泣きっぷり。

同調するようにフレンダが火に油を注ぎ、滝壺もマイペースながら着実に荒らしていく。

唯一の良心である絹旗は、他の三人が酔いつぶれる一時間以上も前に爆睡を開始していた。

やがて、滝壺もソファに座る浜面の足元に崩れ落ち、眠りに落ちる。


「おい・・、麦野、その辺で止めとけって・・、明日以降に響くぞっ!?」


「はまづらぁ・・うるせぇんだよ・・、浜面の癖によぉ・・ッ!」


「浜面なんかねーぇ・・ひっく、缶詰に手を挟まれて死んじゃえば・・良いのよッ!

 そうすりゃ・・結局、っく、私のものなんだよぉぉっ、むぎのはぁぁっ!」


絶叫すると同時に、その場に倒れこむ麦野とフレンダ。

彼女たちが何に対して反抗しているのかは、さっぱり分からず終いの浜面。

自分に寄りかかるようにして眠りに入った麦野は、

糸の切れた操り人形のようにピクリとも動かない。

それでも、真っ赤に火照った顔と、大きく深い寝息が印象的だ。


252 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/20(土) 23:06:37.36 ID:NiQvBbA0 [17/18]


「どいつもこいつも・・、まだまだ子供だよな・・。」


暗部組織といえども、彼女たちは全員が年頃の少女。

誰もが恋愛感情を抱いているはずだ。

麦野が誰かを想っているように。

いつかは彼女たちが幸せになるときは来る。

そのために、自分は彼女たちをサポートしていく。



「何か・・、愛着が沸いちまったんだよな・・。」




今更になって彼女たちから離れることはできなかった。

彼女たちに見捨てられるという可能性もあるが。

守るだなんて偉ぶったことは言わない。

あくまで、少しだけでも良いから、助けることができれば良い。



「そのためにも・・・、俺も一眠りだ。」



4人の少女の面倒を見る少年は、目を閉じることにする。

右腕に心地よく、温かい感触を受けながら。



・おわり・

66 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/08(月) 22:21:43.51 ID:qtXMbx20 [2/12]

☆おまけ・その1



「とうまーっ! とうまーっ!」

「あー、やっと戻ってきやがったか、インデックスの奴・・。」


ようやくお菓子売り場から戻ってきたインデックス。

しかし、少し彼女の様子がおかしいことに上条は気づいた。

意気揚々とお菓子を探しに行った食べ放題チャンピオンの彼女が、

お菓子を1つも持っていない上に、かなり慌てた表情をしている、何があったのか。


「あれ、どうしたんだ・・、お菓子買うんじゃなかったのか?」

「そ、それがっ・・!」


ほんの少しだけ目を潤ませたまま、説明しようとするインデックスの後ろから、

中年の女性店員が息を荒げながら、追ってきていた。

状況が状況なだけに、長年の勘からして、嫌な予感しかしない。


67 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/08(月) 22:23:36.23 ID:qtXMbx20 [3/12]


「・・あのー、ちょっとよろしいでしょうか、この子のお知り合いですよね?」

「は、はい、俺・・ですか?」


息を整えながら、上条に話しかける店員。

予防線を張るように、曖昧な返答をする上条、それはほぼ意味のない抵抗だったが。

問題の原因と思われるインデックスは観念したかのように、口を閉じたままだった。

消せない記憶として残った、昨日の健康ランドの悪夢が上条の脳裏に再び浮き上がってきていた。


「・・あのですね。ついさっき、その子が勝手にお菓子の袋を開けちゃったみたいで・・。」

「・・な、なぅァァッ!!?? インデックス、またお前そんなハタ迷惑なことをッ!!」


まさか、お菓子の袋を破ってまで食べようとしないとは思ったが、それすらもぶっちぎりで裏切られてしまった。

上条は人目を憚らず、インデックスの頭に勢い良く、しつけと称してチョップを浴びせる。

今回ばかりは罪の意識があるのか、甘んじて直撃を受けるインデックス。


68 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/08(月) 22:25:46.91 ID:qtXMbx20 [4/12]


ギャーギャーと口喧嘩を始めてしまう上条とインデックス。

この二人が食べ物絡みの言い合いを始めてしまうと、キリがない。

そのため、店員が申し訳なさそうに、上条に声をかけた。


「とりあえず、奥のほうまで来てもらえますか、事情を聞く必要があるので・・。」

「・・・ふ、不幸なんだよ。」

「それは俺の台詞だ・・・。」



ちなみに、もう一人の加害者である絹旗最愛は、インデックスを犠牲に、見事に逃げ切っていた。





69 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/08(月) 22:28:06.70 ID:qtXMbx20 [5/12]

☆おまけ・その2



「たっだいまー!ってミサカはミサカはご機嫌にアイムホーム!」

「・・疲れた。」


ズンズン進んでいく打ち止めと、肉体的にも精神的に疲れきってしまった一方通行、靴を脱ぐのも億劫らしい。

一方通行は、自分への贈り物である巨大メロンといつもの大量のコーヒーを持っていた。

それを持ちながら、杖をつきつつ、デパートからの長距離を歩いてきたのだから、今の彼は満身創痍である。


「おかえりなさい。」

「おかえりじゃんー。」


返ってきた声は二つ、いずれも女性のようだ。

一人は、一方通行・打ち止めと同じく、この家に居候している、どこか品のある二十代後半の女性、芳川桔梗。

もう一人は、自宅にも関わらず、緑色のジャージを部屋着として着用している二十代半ばの女性、黄泉川愛穂。

ちなみに、打ち止めのお小遣いを渡してあげたのは、この黄泉川である。

一方通行から見れば、活発な少女から、知的な大人の女性、面倒見の良い明るい女性、

と全方位外交を可能としているハーレム王国である。

しかし、ロリコン疑惑のある彼の場合は、それすらも打ち止めに一方通行(いっぽうつうこう)だが(疑惑)。


70 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/08(月) 22:30:14.92 ID:qtXMbx20 [6/12]


「おィ、黄泉川。オマエ、今日学校でやることあったンじゃなかったかよ?」

「あー、ダルいから止めたじゃん。 体育教師はそれほど事務的な仕事はないじゃんよー。」

「・・嘘つけ、職務怠慢だろォが。」


文句を言いながら、食卓テーブルの椅子にドカッとメロンとコーヒーの入った袋を投げ置く一方通行。

座って雑談していたらしい二人は、興味津々でそれを覗き込んだ。

最初に、芳川が眉をひそめ、一方通行を見やる。


「また、君はこんなにコーヒー買ってきて・・、重度のカフェイン中毒なのかしら。」

「ブラックなンだから健康にさして問題はねェよ。文句を言われる筋合いもねェ、今更。」

「おッ!? これ、メロンじゃん! 久しぶりじゃんー、こんなデッカいメロンー。」


凛とした澄んだ声で咎めるも、まるで相手にしない一方通行、このやり取りは日常風景である。

芳川が教育上よろしくない彼の行動を咎め、黄泉川が殴るなり怒鳴るなりで叱り付ける。

おまけに、抵抗しようにも、能力発動の権限は打ち止め自身が握っているときた。

ただでさえ、性格の歪んでいる彼がいずれの女性にも心が揺れ動かないのも無理はない。

言い合う二人を差し置いて、子供のようにメロンを抱きかかえてはしゃぐ黄泉川。

彼女に備わりついている二つのものも、メロン級だったが。


71 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/08(月) 22:33:28.25 ID:qtXMbx20 [7/12]


「それねー、黄泉川からもらったお小遣いで、ミサカが買ったんだよ!

 ってミサカはミサカはドーン!と胸を張る!」

「あら、打ち止めがコレを買ってきてくれたの?」

「う゛~、自分のお小遣いを使ってまで・・、よくできた子じゃん~。」


知り合ったばかりの滝壺理后が一緒に選んでくれた大きいメロン。

興味深そうにメロンの手触りを楽しむ芳川に、打ち止めの優しさにホロリとくる黄泉川。

彼女が子供を持つようになるのはいつの話になるのだろうか。

そして、本日何度目かは分からないが、満足そうに微笑む打ち止め。


「おい、そのメロン、俺のモンじゃなかったのか・・?」

「えー、二人がこんなに喜んでくれてるんだから、みんなで食べた方が美味しいよ?

 ってミサカはミサカはコロッと心変わりしてみるー。」

「・・・あァ、そうですか。」


こちらも、本日何度目かは分からないが、機嫌の悪そうに舌打ちする一方通行。

打ち止めに対して少しでも感謝の意を持った彼は、なんとなく損した気分だった。

ちなみに、このメロンは打ち止めの持っていたお金では賄いきれなかったため、結局、一方通行も自腹を切っている。

よく考えなくても、滝壺の1000円をプラスしても、買うのが無理なことは明白だった。


72 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/08(月) 22:35:38.24 ID:qtXMbx20 [8/12]


「よーし、じゃ、お姉さんがメロンを叩き割ってやるじゃん!」

「叩き割られたら食べるところがなくなっちゃうから、私が切るわね。」


ひ、ひどいじゃん・・。と涙目になる黄泉川を無視して、彼女から包丁を奪い取る芳川。

元々、なんとなく近寄りがたい雰囲気を醸し出しているため、妙に包丁が似合う。

包丁を振り上げようとするが、ピタッと止めて、左手で一方通行を手招きする。


「一方通行、ズレると危ないから抑えておいて。」

「何で俺なンだよ、黄泉川がやりゃ良いだろォが、怪力なンだからよ。」

「ほら、さっさとスイッチ入れて。能力なら絶対ブレないでしょ。」

「・・・人遣いが荒ェ女。」

「誰が怪力じゃん?」


愚痴愚痴しながらも、チョーカーの電源を入れ、メロンを両手で抑える一方通行。

ちなみに、芳川が間違えて一方通行の腕を切ってしまった場合、芳川の腕が弾け飛ぶだろう。

ズッ、と切り込み、ガリガリ、と鈍い音を立てた後、ストン、と綺麗に縦に割れた。

すると、新鮮そのもので、食欲をそそる、水気のある中身が披露される。

間髪入れず、四つに切り分ける芳川、研究者だった割に、意外と器用な包丁捌きを見せていた。

そして、なぜかそれを物欲しそうに見つめる黄泉川は、若干拗ね気味である。


73 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/08(月) 22:38:32.37 ID:qtXMbx20 [9/12]


「お皿持ってきて、愛穂。」

「はいはいー、じゃん。」

「・・なァ、自分の分が一番大きいように切ってないか?」

「気のせいよ。」

「わーい! メロンだぁーッ!ってミサカはミサカはトン!チン!カーン!」

「おい、行儀悪ィから止めろ。」

「貴方がそれを言う?」

カンカン!とフォークで皿を叩く打ち止めを見て、やかましそうに顔を歪める一方通行。

彼が人に行儀だの何だのを言っているのが面白かったのか、思わずクスリとくる芳川。


「「「・・、それではみなさんご一緒にいただきまーす(じゃん)。」」」


「君もいただきますしなさい。」

「ざけんな。」

「あら嫌だ、まだ反抗期終わってないのかしら。」

「うっせェ。」


母親に対して反抗心剥き出しにする子供のように振舞う一方通行。

彼が素直に「いただきます」をしても、それはそれで気持ちが悪いが。

彼の無作法っぷりを見た打ち止めが、ムッと口を挟んだ。


74 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/08(月) 22:39:54.82 ID:qtXMbx20 [10/12]


「だめだよー、ちゃんといただきますしないと。食べ物に対する感謝でもあるんだからねっ、

 ってミサカはミサカは貴方に礼儀作法を叩き込むっ!」

「子供にまでそんなこと言われるなんて、学園都市第一位も堕ちたものよねぇ。」

「子供への悪影響じゃん、反面教師じゃん!」


女性3人にボッコボコにいちゃもんをつけられたため、心外だが、仕方なく手を合わせた。

目を閉じて、食物への感謝を込める。


「イタダキマス、・・・これで良いのか?」

「良くできましたって、ミサカはミサカは褒めてあげるっ!」

「やればできるじゃない。」

「これからもちゃんと続けるじゃんよー。」


かなりバカにされているようで、さらに機嫌を損ねる一方通行、まるで子ども扱いである。

しかし、3vs1ではどうにも分が悪かったため、黙ってメロンにかじりつく。


「あー、ダメダメ、私が世に伝わるシムケン食いって奴を教えてやるじゃん、こうやってー・・、」

「これ、悪い例だから、気にしないで食べなさい、行儀か悪いだけだから。」


がぶがぶがぶぐしゃーッ、とすごい勢いでメロンにかじりつく黄泉川。

それを見る前に、既に打ち止めは口元を濡れ濡れにさせてしまっていた。

その口で、一方通行に微笑みながら尋ねる。


75 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/08(月) 22:40:43.69 ID:qtXMbx20 [11/12]


「ねぇ、美味しい? ってミサカはミサカは貴方に感想を求めてみる!」

「あァ・・? まァまァってトコだな・・。」

「えー、もっと気の利いたことを言ってほしいかもー、ってミサカはミサカは不満たらたらー。」



それを気にせず、再びメロンにかじりつく一方通行。

別に質問に答えたくなかったわけではない、機嫌が悪いわけでもない、ましてやメロンが食べたかったわけでもない。

彼女の笑顔を見たとき、ふと緩んでしまった口元を隠すため、それを彼女には見られたくはなかった。


「おら、口、汚れてンぞ。」

「わぷっ!?」


手元にあった白布巾で、打ち止めの口元を優しく拭いてやる一方通行。

少し驚いたものの、笑顔のまま、それにあやかる打ち止め。

その微笑ましい光景を、目を細める黄泉川と芳川。

こんな何気ない生活が、いつまでも続けば良いと心から思った瞬間だった。





76 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga] 投稿日:2010/03/08(月) 22:43:44.94 ID:qtXMbx20 [12/12]

今回は、短い上に、「アイテム」分なしという暴挙回でした。

次回からは本腰入れてラストスパートに入るので、目を通していただけると幸いです。

では、おやすみなさい。

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